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リプレイ記:星を追う者たちの記事一覧

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『森の追跡者達』(2/2) 

 近くのぬかるんだ地面で見つけた人間の足跡、それを隠蔽した不自然な乱れを発見した一行は追跡を開始する。
 岸に下りてすぐ目の前は崖が聳え立っていたが、どうやらドラクロワは痕跡を隠そうとあえて一度森の中に入ったようだった。
 切り立った崖沿いに少し歩くと、鼻をすんすんと動かしたジャックが一声吠えた。

「ドラクロワの臭いを発見したようですね。よくやったぞ、ジャック」

 頭を撫でられ上機嫌なジャックは、更に小さく吠える。
 事実、湖で臭いを消されていたらお手上げだっただけにお手柄である。
 ドラクロワも悠長に臭いを落とす事すらままならないほどに追い詰められていたのかもしれない。
 逆に考えれば、それだけ遠くに逃げられている可能性も秘めている訳だが、見失うよりはマシだろう。

「もう、かなり奥へ来てしまいましたね……」

「くそっ、まさか本当に森を抜けちまったのか?」

 それでも騎士二人は焦っている様子だった。
 ジャックが臭いを探らなければ先に進めない事が逆に彼らを押し留めている、そんな雰囲気だ。

「ドラクロワ、どこまでいったのかな……」

「さぁな。案外その辺にいるんじゃねェの」

「……あのね、私はまじめな話をしているんだけど」

「だから真面目に考察してやってんじゃねェか」

「どういう事です?」

 さすがに騎士たちも聞き捨てならなかったらしい。
 この希望の見えない状況をどうにかできるならレギウスの推測でも構わないといったところか。

「ドラクロワの野郎は夕暮れに森に入ったんだ。おそらくすぐに適当な場所を見つけて野営したはずだぜ。夜の森の恐ろしさは今更説明するまでもねェだろ?」

「ええ。しかし、それも二日前の話です」

「仮に昨日を森の移動に専念したとして、ドラクロワはどこまで進めると思う? たった独りで、脱獄したばかりでろくな武装もなく、土地勘もないこの森を、だ」

 複数人で移動するレギウスたちもコボルトの待ち伏せに遭っている。
 ドラクロワもただの一度も妖魔や獣と出くわさずに移動はできなかっただろう。
 加えて、ジャックが追跡する事で探索を省いているレギウスらと違い、彼は自らの能力で道を拓かねばなかったのだ。
 そんな悪条件では通常の半分も移動できなかったのではないか。

「なるほどねぇ、となるとあのコボルトたちもドラクロワの差し金だったかもしれないね」

「かもな」

 本来コボルトは夜行性であり、臆病な性質である。
 リーダーの存在もなくあれだけ見事な奇襲攻撃は極めて珍しい。
 もしドラクロワがコボルトのテリトリーにあえて痕跡を残し、人間の侵入に対して警戒させていたとしたら、強引ながらも納得はできる。

「では、ドラクロワはこの辺りで体を休めている可能性があるのですか?」

「言っとくが確証はねェぞ。俺たちにそう思わせる事が奴の狙いかもしれねェんだしよ」

 かすかな可能性を提示しただけで、レギウスはばっさりと切り捨てた。
 過度な希望は視野を狭める。
 ましてフィールドワーク専門外の騎士なら、なおさら厳しく制しなければ足手まといになりかねない。

「……む、」

 先頭のカイルがハンドシグナルで静止を促す。
 ジャックも座らせ、吠えないように注意した。

 森を抜けた先、岩肌がむき出しになっている崖にぽっかりと開いた洞窟。
 ジャックはその先に向かって臭いを辿ったようだ。

「……どうやらドラクロワはあの洞窟の中へ向かったようですね」

「面倒くさいところだねぇ。妖魔の森って呼ばれてる場所であんなあからさまな場所に洞窟なんて何かが住み着いてないほうがおかしい気がするよまったく」

 ぶちぶちと文句を垂れ流すマーガレットを無視して、レギウスは呪文を詠唱する。

「《星海より来たれ、輝く贄の羊》」

 【孤高の王】と呼ばれるそれは術者の周囲に星型の盾を展開する術式である。
 物理・魔術を問わず威力を半減させる強力な盾ではあるが、逆にどんな小さな攻撃にも反応して消滅してしまう欠点がある。
 故に草木に触れる可能性のある移動中は使用を控えていたのだが、この先は戦闘を避け得ないと判断したのだろう。
 彼は臨戦態勢に入っている。

 他の面々も同様に戦闘準備を整え、いざ洞窟へと足を踏み入れる。
 ひんやりとした洞窟内は意外なほどに広く、そして明るかった。
 天井やそこかしこに岩の切れ目があるのだろう。
 しかし、その直後に先頭のカイルは鼻を押さえて呻いた。

「げぇ、なにこれ……!」

 洞窟内には異様な臭いが充満していた。
 じっとりとした臭いは洞窟内には籠もるばかりである。
 普段知り得るものよりも数倍も濃いが、それは冒険者、あるいは騎士たちも良く知る臭いであった。

「血の臭い……。あーくそ、ともかく鼻が曲がりそうだよ」

 しかめっ面で、しかし鼻を押さえて片手を縛る愚行は犯さずに周囲を見渡した。
 人気はなく、奥には口の大きく開いた壺が置いてあるだけだ。
 その周りを飛び回る無数のハエの羽音は、一行の神経を不快に刺激する。

「あれが原因かなぁ?」

「見りゃ分かんだろ……つってもオマエは見るな」

 若干鼻声のステラをターニャに預けて、レギウスは壺へと近づいた。
 段々と不快な臭いが強まり、更にはハエも無遠慮に纏わりついてくる。
 口を開ければそこへ飛び込んでくるのは間違いなく、仕方なしに鼻で呼吸するも、血と臓物の発する独特の臭いを強制的に吸い込まされる。

 数歩の距離がとてつもなく長く感じた後、ようやくレギウスは壺の中身を覗き込んだ
 彼自身、中身が何なのか検討はついていたのだろう。
 鬱陶しいハエの群れが、既に彼の眉間に皺を刻んでいたので表情は変わらないようにも見える。

「……、男だな」

 足早に戻ってきたレギウスは体中に纏わりつくハエを叩き、追い払いながら短く言った。

「どうしました? 中には何が入っているんです?」

「オイ待て――」

 その様子を察せなかったのか、セイルは見よう見まねで口元を覆って壺の中身を覗きに行く。
 あのハエの大群の中では膨大な数の羽音で制止の声も聞こえない。
 やがて壺を覗き込んだセイルは呻き声を上げて壺から顔を逸らす。
 そしてハエの群れから逃げるように転がりながら戻ってきた。

「あ、あれは……!」

「見間違いじゃねェよ、ありゃ男の死体だ。バラバラだったが、体積から見て恐らくは一人分だな」

「……、」

「落ち着いてからで構わねェ。あの壺に収まってる奴がドラクロワに間違いねェか確認してくれ。でなきゃ先へ進めねェからな」

「……そう、ですね。分かりました。少しお待ちください」

 セイルは顔を青くして嘔吐を堪えながら、再び壺の中を確認する。
 すぐにハエに追い立てられるように戻ってきたが、今度は確実に顔を検めたようだ。

「……ドラクロワに間違いありませんね」

 その言葉に目を丸くしたジェドも、止せばいいのに壺の中身を確認した。
 すぐさま表情を凍りつかせて冷や汗を額に滲ませる。

「へっ……これでも悪党の最後にしちゃ、上出来だ……」

 強気に絞りだした言葉とは裏腹に明らかにその顔からは血の気が引いている。

「一体、ドラクロワに何が……」

「考察よりここを離れるのが先だ。オマエらもああなりたくはねェだろ?」

「しかし、せめてもの証拠に頭部だけでも持ち帰らなくては――」

 セイルが言い終える前に、小さな地鳴りのような振動が足元から伝わってきた。

「あらら参ったね。この家の主人様のお帰りだよ」

 振り返った先には洞窟の入り口、そこを塞ぐように一匹のオーガが立っている。
 この洞窟はオーガの棲み処であり、ドラクロワは不運にもここをねぐらとしてしまったのだろう。

「ドラクロワの悪運も尽きたって事だろ」

「……俺たちの悪運はどうなんだ?」

 ジェドがひどくもっともな問いを投げかけるも、その答えは得られない。
 オーガは我が家を荒らされた怒りからか、はたまた思いがけない夕食を前にした喜びからか、異様に興奮していきり立っている。
 不快に鼓膜を叩く方向と共にオーガが猛然と襲い掛かってくる。

「――オオオオオォォォオオオオオオオオ!!!」

「……ちっ!」

 叩き潰しの豪腕が地面を叩く。
 洞窟が広かった事が散開を容易にしており、一撃必倒のオーガが相手では僥倖と言える。
 だとしてもオーガを相手取るには近すぎた。
 彼が暴れて砕いた岩の破片が周囲に飛び散り、一行を薙ぎ倒す。

 マーガレットは素早くオーガの背後に回り込み、その背中を切りつける。
 彼女の得物たる大鎌は本来引き切るものであるが、オーガの筋肉の前ではさほど深い傷は負わせられない。
 かといって突き刺してしまうと抜けなくなり、最悪得物を失う羽目になる。

「あぁもう、これだから脳ミソまで筋肉詰まってそうなバカの相手は嫌いだよ!」

「文句言ってないできりきり動く! ほら来たよっ!」

 森の暴君たるオーガはハンマーのごとき両腕を振り回し、何もかもを破壊する。
 カイルは飛びのきつつナイフを投げ放つも、巨躯のオーガにはさしてダメージにはならない様子だった。

「《舞い踊る白刃よ疾殺を歌え、荒れ狂う隼の飛翔の如く》……《切り裂け》!」

 レギウスの【操刃の舞】によってカイルの懐から飛び出したナイフは、オーガの右目に突き立った。
 この世のものとは思えない、痛みからか怒りからかも分からないほどのオーガの咆哮。
 それを前にしてもレギウスは冷静だった。

「《裂き散らし風は鳴く、血飛沫上げる刃の走りを》――」

 呪文を紡ぐ。
 詠唱の間は精神的な集中が必要不可欠であり、どんな些細な事であっても心がブレてしまえば完了しない。
 それを補佐するのは前衛の役目である。

「ほらほら~、鬼さんこちら~!」

「どしたどしたー! 捕まえてごらんなっさーい!」

 火光獣の背に乗ったステラは槍でちくちくとオーガを突っつきながら駆け回る。
 カイルもありったけのナイフを、ステラに当てないように投げ続ける。
 致命傷にならずとも意識を向けさせればそれでいい。

「……《断て》!」

「――ッ!!」

 詠唱の完了と共に放たれた真空の一撃はオーガの喉を抉り、血肉を盛大に撒き散らす。
 【風の刃】は他の術式と違い、熱や冷気、あるいは異物で血管を塞ぐ事はない。
 肉を裂き、血を吹き飛ばすこの術式は血肉を持つ相手には特に有効である。

「――ゴッ……、ガッ、ゴボッ!!」

 喉元からあふれ出す血液に激しく咳き込むオーガは、よろよろと洞窟の外へ逃げていく。
 傍目から見ても致命傷である。
 追撃しなくてもすぐに絶命するだろう。

「あれが人喰い鬼と呼ばれるオーガ……、恐ろしい……冒険者の皆さんを雇って正解でした」

 肩で息をしながら、セイルはその場にへたり込んだ。
 ジェドも同様だったが、彼は疲れよりも怒りのほうを強く感じているらしい。

「ドラクロワのヤツめ、森の次は地獄へ逃げ込んだ訳か! あんな怪物でなく、人の手で断罪されるべきだったんだ!!」

「……しょうがないよ。とにかく首だけでも持って帰ろう。上への報告には証拠が要るよ」

 ジェドをなだめ、セイルは億劫そうに立ち上がった。
 彼もこの結果に何も思っていない訳ではなさそうだ。
 ドラクロワ入りの壺は、先ほどの戦闘に巻き込まれて砕け、中身が撒き散らされている。
 その中から首を拾った二人はきつく布で包んでから袋の中にしまい込んだ。

「それでは皆さん、森の探索はこれで終わりです。ご協力に感謝します」

「何言ってんだオマエ。むしろ本番はこっからだろうがよ」

「……は、それはどういう……?」

 レギウスは答えず、ただ静かにドラクロワの首が収まった袋を指差した。
 布製の袋には乾いていなかった血液がじわりと染み込んできている。

「この森は妖魔だけの森じゃねェんだぞ」

「そんなに血の臭いを撒き散らしながら移動してたんじゃ、獣に襲われるなんて当たり前だよねぇ?」

 レギウスとマーガレットの言葉に、今度こそ意味を理解した騎士二人は顔を青くした。



 洞窟の外ではオーガの巨体が仰向けに転がっていた。
 苦痛の内に絶命したのだろう、目を見開いて血塗れの口を大きく開けている。

「……にしても無理があるぜ」

 あの後、どうにか血が滲まないように四苦八苦した結果、皮袋に強引に押し込めるという荒業を繰り広げた。
 滲みはしないが、それでも血の臭いが撒き散らされてしまうのはどうにもならなかったのだが。

「にしても、まずいよ。もうすぐ日が暮れちゃう……」

 ターニャは焦りながらも確実に、騎士二人とジャックに指文字を施している。
 追撃の間は悠長に刻む暇がなかったが、ここでようやく【妖精の歌】に抵抗する為の呪を刻んでいるのだった。
 これからはおそらくこちらが追撃を受ける番だ。
 その度に味方の行動を阻害していては逃げられるはずがない。

「思ったより手間取っちゃったからね。これ以上面倒が起きる前に早く森を出たいもんだよ」

「――ッ! みんな止まって! 密集隊形を取るんだ、早く!!」

 マーガレットの指示により、一行に緊張が走る。
 誰もが声を潜めて息を飲んだ。

「……どうやらその『面倒』が起きちまったみてェだな」

「う、うわぁ!?」

 茂みからぬらりと現れ出でたのは、一匹の狼だった。
 しかし大きい。
 騎士二人も驚いている様子だ。

「く、くそ! あっちいけ!」

「止め――!」

 セイルは手近にあった石を掴んで狼へと投げつける。
 マーガレットの制止は一瞬遅かった。
 狼にとって、敵意をもって放られた石は宣戦布告である。

 がさがさと茂みを揺らして現れたのは狼、狼、狼。
 その数は優に一〇匹を超えている。

「どうやら、すっかり目をつけられちゃったみたいだよ……」

「ターニャ、オマエは火光獣ポチに乗れ。ステラとカイルは騎士二人と犬を連れて先行しろ。俺とマーガレットが殿だ」

 これ以上狼の群れを刺激しないように、レギウスは静かに号令する。
 しかし、その静寂もステラたちが反転した事で崩された。
 狼の群れが一斉に動く。

「――行け! 逃げるんだよ!」

 マーガレットは大鎌の一振りでわずかに狼の足を鈍らせる。
 狼とは素早くて賢く、それでいて爪牙は鋭い。
 ましてやそれらが群れで襲ってくるとなれば始末に負えない。

「ちっ、これでもまだ氷山の一角なんだろうぜ! 群れの数が不明瞭すぎる。ずるずる戦って消耗するよりゃ逃げを優先したほうがマシだ!」

 【風の刃】で狼を斬り飛ばしながら、レギウスは襲ってきたもう一方の狼を蹴りつける。
 乱戦になってしまえば前衛と後衛の区別などあってないようなもので、そんな中で呪文詠唱しなくてはならない魔術師はひどく不利だ。

「ぼうっとしてんじゃないよレギウス!」

 更に襲い来る狼を、マーガレットの大鎌の石突が跳ね飛ばした。
 距離を取りたいところだが、それではマーガレットに集中してしまう。
 下手すれば先行するステラたちのほうへ取り逃がしてしまう事だって考えられる。

「――チッ」

 一匹二匹倒したところで狼たちの気勢は削げない。
 逆に興奮させてしまっているきらいすらある。

「できれば一網打尽にしたいところだがね」

 マーガレットも同じ事を考えているらしい。
 彼女の大鎌もその気になれば広範囲を薙ぎ払えるが、前後の隙が大きく、とても敢行するだけの効果が得られるか怪しい。
 一か八かの賭けに出るよりは現状を維持すべきだと考えての愚痴のようなものだったのだろう。

「《舞い踊る白刃よ疾殺を歌え、荒れ狂う隼の飛翔の如く》……《切り裂け》!」

 【操刃の舞】によって後方から飛ばした刃が狼の群れを襲う。
 先ほどとは違い、カイルの持つ印つきのナイフを全て飛ばしたものの、効果はあまり芳しくなかった。
 狼が素早い事もあるが、数が多すぎた為か狙いが上手く定まらなかったのだ。

「ちょっとレギウス! いきなりやるなよ、びっくりするじゃんかー!」

 ぎゃーぎゃーとカイルの声が聞こえてくるが、レギウスは当然無視した。
 後退しながらの戦いである。
 放ったナイフの回収は絶望的だろう。

「――ッ、くそ!!」

 狼の一匹が、レギウスの脚に噛み付いた。
 痺れるような激痛に眉をしかめ、その身を硬直させる。
 転ばなかった事だけは不幸中の幸いだった。

「レギウス!!」

「俺に構うな! オマエはあいつらへの道を塞げ!!」

「ッ……分かったよ!」

 脇を通り抜けようとした狼を蹴り飛ばして、マーガレットは再び狼の群れと相対する。
 脚に噛み付いた狼をやっとの事で追い払うも、その怪我は決して軽いものではなかった。
 足首に穿たれた牙の跡から滔々と血が流れ出している。
 少なくとも歩く度に激痛が走るほどには行動に支障が出る傷だった。

 マーガレットもわずかずつ押されてきているように見える。
 何だかんだでレギウスのほうに狼が向かわないように立ち回っているのだろう。
 よく見れば彼女の衣服もあちこちが引き裂かれ、その周辺には赤い染みが目立つ。

(……、)

 後退のペースがひどく遅くなっている。
 おそらく、いや確実に。
 動けなくなったレギウスに気遣ったマーガレットの差配だろう。

 怒りがあった。
 誰に対するものでなく、自身に対しての怒りだ。
 こんな場所で何もできずにただ嬲り殺され、ただ朽ち果てていくのか。

(……ふざけやがって)

 状況を再認識する。
 狼は未だに数を増やしている。
 これまでの攻防でいくらか数を減らしたが、それでも次から次へと増援がやってきてきりがない。

 こちらの戦力は尽きかけている。
 騎士二人とジャックはこういった状況での経験に乏しく、戦力として考えないほうがいい。
 カイルとターニャは戦闘向きでなく、ステラを前衛に出すのはレギウス自身が許せない。

 レギウスも度重なる魔術の行使によって残存魔力が乏しくなってきていた。
 だが、そんな事は関係ない。
 たとえ魔力を全て吐き出しても、足りない分を生命力から補わざるを得なくても。

『《樹海の影もて降り注げ惑わしの種、抱きて眠れ茨姫》――』

 ここで死ぬ訳にはいかなかった。
 かの宿敵との決着をつけるまでは、死ねる訳がない。

『……《掻き抱け》!』

 詠唱の完了と共に、大地が蠢く。
 ざわざわと地より這い出てきたのは、周囲の狼の群れ全てを包み込むほどの茨の枝だった。
 茨は狼たちの足元に絡みつきながら次々に花粉を周囲に撒き散らし、それに包まれた狼は身体を横たえていく。

 【茨の海】と呼ばれる中級術式である。
 精霊界より催眠作用のある花粉をばら撒く茨を召喚する術式であり、具現化できる時間こそ短いものの足止めには最適解と言える。

「――チッ、」

 レギウスは胸を押さえてうずくまった。
 中級とはいえ効果範囲をそれなりに広く設定しなければならない今のレギウスにとっては術式である。
 体内の魔力が枯渇し、生命力から強引に魔力を作り出した結果、心臓に強く負担が掛かったのだ。

「レギウス!」

 いつの間にか、火光獣とステラが駆け寄ってきていた。
 来るなと叫びたかったが、その声すら出ない。
 足止めしているとはいえ、その呪縛が解ければ狼たちは再び襲い掛かってくるはずだ。

「どいてなよ、僕がやる……って、ちょっとレギウス、君軽すぎじゃあないかい? ちゃんと食事摂らないからそんなガリガリなんだよ」

 声が出ないのをいい事に言いたい放題のマーガレットである。
 後で覚えてろよと心中で悪態をつきつつも、レギウスはマーガレットに担がれて火光獣の背中に乗せられた。

「いくよ火光獣ポチ! 重くてもがまんしてね!」

 レギウスを抱きかかえるようにステラが後ろに乗った。
 ちなみに手綱のようなものはない。
 火光獣のたてがみをがっしと掴んでいるが、当の火光獣はあまり意に介していないようだ。

 狼たちが眠りこけている間に、一行は大きく距離を稼いだ。
 その後も細かい襲撃はあったものの、ステラとカイルが牽制しつつ後退を繰り返し、ついには撒く事に成功した。

 そして一行が森を出る頃には日はとうに落ち、夜の闇が辺り一面を覆い尽くしていた。
 帰路につきたいのはやまやまだが、走りっぱなしで足が言う事を聞かない。
 小休止した後に、一行は漆黒の帳が下りた街道を歩んでリューンへと戻った。

「ったく情けねェ」

 『大いなる日輪亭』、一階のテーブル席でレギウスは水を飲んでいた。
 ひと仕事終えたからといって彼は酒を飲まない。
 ステラに悪影響を与えない為という名目で極力飲酒を控えているのだった。
 酒癖の悪いターニャや酔っ払い易いマーガレットやらを止められるのはレギウスをおいて他にいないという切実な理由もあるのだが。

 結果的に今回の依頼は多くの課題を残す事になった。
 近接戦闘要員の強化、後衛火力の増大など、主に戦闘面に関してである。
 それでも『星を追う者たち』は護衛には向かないのかもしれない。
 レギウスにとってはどの依頼もステラの護衛をしているようなものなのだから。

 だからこそ、今回のように護られる結果になってしまったのは腹立たしかった。
 こんな調子ではとてもには勝てない。

(力が要る……もっと、絶対的な力が……)

 生まれた瞬間から宿命付けられた敵、ヴィルヘルム。
 レギウスとステラの人生を大きく狂わせ、今でなお苦しめる忌まわしい規格外の敵。

 宿敵の顔を思い出し、怒りがぶり返したレギウスはため息をひとつついて、杯の中の水を飲み干した。 



【あとがき】
『星を追う者たち』Lv3のシナリオはAsaさんの「森の追跡者達」です。
追跡や探索に不慣れな騎士を護衛しながら先導する内容になっています。
あと犬のジャック君はとても良い子です、可愛い!

『妖魔の森』と銘打たれているだけあって、出現する敵は数が多めです。
レベル1~3だと全体攻撃スキルがなかなか配布されず苦戦を強いられる事もあるのでスリリングな戦闘が楽しめますね。
ちなみに最近知りましたが、速攻で用事を済ませると何事もなく帰る事ができるみたいです。
リプレイの見栄え的にやりませんが……(笑)

今回のリプレイでは全体攻撃を多く採用しています。
レギウスの【操刃の舞】、【茨の海】、ターニャの【妖精の歌】やカイルの【短剣掃射】などですね。
集団戦闘での強さはおそらく『大いなる日輪亭』でトップになったはずです。

そして冒頭でティンダーリア様より火光獣を譲っていただきました。
ポチなんて名前つけてごめんなさい、でもちゃんと可愛がります(笑)


☆今回の功労者☆
カイル。実は【短剣掃射】はかなり活躍しています。

報酬:
500sp

≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『晴藍渓流のエルフ』(Leeffes様)
『森の追跡者達』(Asa様)

今回の使用カード
【風の刃】(『武闘都市エラン』飛魚様)
【孤高の王】(『アルタロ村(仮)』周摩)
【操刃の舞】(『碧海の都アレトゥーザ』Mart様)
【茨の海】(『忘れ水の都』指環様)
【妖精の歌】(『歌の一族』周摩)
【短剣掃射】(『武闘都市エラン』飛魚様)
【火光獣】(『晴藍渓流のエルフ』Leeffes様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。


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『森の追跡者達』(1/2) 

 交易都市リューンから西に四日ほど移動した先にある晴藍せいらん渓流。
 とある噂を聞きつけたレギウスはそこにただ独りで向かっていた。
 険しい道のりで疲れた身体が、美しい渓流とその水飛沫で心身共に癒されていくようだ。

「ああら、お客さん?」

 白魚のような白く美しい足を揺らして、渓流の飛沫をぱしゃぱしゃしているエルフが、こちらを振り返って言った。
 エルフという種が元より美しい造形をしていると言ったって、このエルフは特別な魅力を醸し出している。
 いや、これは魅力という大雑把な括りでまとめてはいけないものだろう。
 魔術に造詣が深く、魔力に敏感なレギウスはそう感じた。

「ようこそ、ヘルブラウランツェの裔を預かるティンダーリアの元へ……とはいっても、もう里はないのだけれど。 歩き疲れたでしょう? ウンディーネとシルフィードに癒されながら座ってなさいな」

 自らをティンダーリアと名乗ったエルフは、ふわりと柔らかな笑みを浮かべた。
 その笑みは彼女に心を開くのに一切の抵抗を無くすほどの威力を秘めていたのは間違いない。
 辛うじて踏みとどまったのは、彼女の背後に佇む多種多様な魔獣・精霊の群れを見てしまったからだ。

「ああ、この子たちを警戒してるなら心配しなくても大丈夫。みんな、あたしが召喚の仮契約を済ませて面倒みてるから」

「召喚……、てぇ事は精霊術師なのか?」

「ええ、ただのエルフの精霊術師よ。他のエルフよりちょっとだけ水や氷の精霊と仲がいいの。……昔は、あたし以外にももう少しいたんだけどね」

 最後にそう付け加えたのは、後悔からか回顧からか。
 わずかも経っていないのにレギウスの身体からはほとんどの疲れが吹き飛んでいた。
 さっき何気ない風に使役したウンディーネとシルフィードの力なのか。

「ただの、ねェ……」

 レギウスは晴藍渓流のそこかしこで寛ぐ魔獣・精霊の群れを眺め、

(現界させたまま侍らしておくなんざ只者じゃねェな……)

 これほどの数の魔獣・精霊を使役できるだけでもとんでもない。
 もし彼らの実力を同時に最大まで引き出せるのだとしたら、それだけで国ひとつが落とせるほどの力を秘めているだろう。
 もっとも、精霊術師本人にそのつもりは全くないのだろうが。

「俺は噂を聞いてここに来た」

「あら、どんな噂なの?」

 くすくす、と口元を隠してティンダーリアは笑んだ。
 試しているのかと勘ぐったが、どうにもそんな感じはない。
 ただ純粋に噂の内容が気になるのだろう。

「『晴藍渓流に不思議な獣を引き連れ、銀貨と引き換えに冒険者と獣の仲立ちをする美形のエルフがいる』って感じだ……獣ってのは精霊の類なんだろ?」

「あらやだ美人だなんて。そうよ、後ろの子たちはみんな精霊……異界より召喚された者たちなのよ」

「見たところどいつもこいつも高位の精霊みてェだが、どうして自ら契約を切る?」

 ティンダーリアは長くなるから噛み砕いて話すね、と前置きして、

「あたしは里を離れてから、あっちこっちを旅してきたんだけど。
 その時に、精霊術師の徴を持っていない相手でもいいから契約を結びたいって召喚獣に出会ったの。
 とは言っても、あたし独りじゃ契約できる数には制限があるし、いっそここに来られた人を対象にしてみたら、って思った訳なのよ」

「なるほどな、平たく言やぁ物好きの集いって事か」

「君、平たく言いすぎよ」

 そう言って、ティンダーリアは柔和な笑みを浮かべた。

「それじゃ遠慮する事はねェな」

「あら、契約したい子がいるの?」

「ざっと見回してみたが……気に入ったのはソイツだな」

 レギウスが指差した先には漆黒の毛並みの獣が寝転がって寛いでいた。
 姿こそは一見獅子のような姿だが身体の各所に走る赤いラインは脈打つように淡く光っているところを見ると、火炎の属性を持つ精霊なのだろうか。

「東洋の火鼠、またの名を火光獣。……ちょっと分野が違いすぎてあたしも詳しくは知らないけど、その皮は火を寄せ付けないって伝説があるわね」

「……火鼠の皮衣か」

「そう。知ってるの?」

「少しな」

 苦虫を噛み潰したような表情で、レギウスは息を吐いた。
 というのも『火鼠の皮衣』とはこの場所の存在を知る少し前に関わったばかりなのだ。
 思えば、その時に得た銀貨の後押しもあってここに足を運んでいるというのもある。
 運命という言葉で片付けるのが不可能なほどに、あまりにも整いすぎていた。

(きな臭ェな……)

 レギウスはとあると深く深く関わっている。
 まさか今回の件をそいつが引き寄せたとは思わないが、それでも警戒してしまうのも無理からぬ事だろう。

「火を扱うだけあって、結構残酷な性格なの。ただ、彼に主人だと認めてもらえれば守ってくれるわ」

「……正解か」

 そう、ぽつりと呟いた後、レギウスは契約の意志を見せた。
 支払った対価を受け取り、にっこりと笑んだティンダーリアは早速儀式の準備を始めた。
 儀式と言っても堅苦しい形式ばったものではなく、身体の一部に契約のしるしを刻むのみである。

『主の敵は我が敵、この炎をもって焼き滅ぼさん。主よ、行こうではないか』

 契約の儀式が終了した後、火光獣はそう語りかけてきた。
 その声は音として認識されず初めから文章として頭の中で処理されている。
 契約者のみと繋がる精神感応テレパスの回線だろうか。

「ああ、近々その力ァ見させてもらうぜ」

『構わぬ。我が力、存分にその目に焼き付けるが良い』

 ふん、と火光獣は鼻を鳴らした。
 誇り高き魔獣は意気込んでいるものの、やってもらう仕事といえばステラのお守りだ。
 ステラがリスに変化させられた事件以来、探していた対策のひとつである。
 魔術的な手段への対抗策とはならないものの、物理的な脅威に対しては一定の成果が上がるだろう。

 後日。

「よろしくね~! え、名前つけていいの? えっとね、えっとね……じゃあ君の名前は『ポチ』だよ~!」

 火光獣は新たな主人であるステラに、まるで犬に付けるような名前を頂戴したのはまた別の話。
 ちなみに獅子は猫科である。
 哀れ。



『――改名を要求する』

「面倒くせぇ却下」

 火光獣もといポチの何度目かの改名要求をさらりと跳ね除けた。
 見るからに気を落とした風のポチを尻目に、レギウスは今日の依頼を吟味する。
 近頃は依頼の質が悪い気がする。

 というのも、彼らの常駐する『大いなる日輪亭』の看板冒険者である『月歌を紡ぐ者たち』がつい数週間ほど前まで一時的に解散状態にあったからだ。
 一定以上の評価を得ている『月歌』が不在となれば別の宿に、と流れていった依頼も少なくないだろう。
 それがレギウスは気に入らなかった。
 何も『大いなる日輪亭』の専属冒険者パーティは『月歌』だけではない。

「駄目だねぇ、イマイチだよ。そっちはどうだい?」

 依頼の貼り紙を逆側から眺めていたマーガレットは肩を竦めていた。
 その表情は一応聞いてはみるが期待はしていません、といった雰囲気の笑みを湛えている。

「こっちもだ。ロクなモンねェな」

「うまい話なんてそうそう落ちてないとは言えねぇ、それならいっそ請けないほうがまだマシだよ」

「おいおい、あまり依頼を選り好みするんじゃない」

 けらけらと笑いながらそんな事を言うものだから、さすがに耐えかねたのかカウンターの向こうから宿の亭主エイブラハムが苦言を呈する。
 宿の亭主が冒険者とは何たるかを説教しようとした矢先、入り口の扉がベルを鳴らした。
 そちらに目を向けてみると、白銀の甲冑を身に纏った若者二人が物珍しそうに店内を見回している様子だった。
 甲冑の胸にはリューン治安隊を示す紋章が光っている。

 どうにも一見の客らしく、宿の亭主は説教を切り上げてそちらの対応へと回った。
 二言三言交わした後、その視線が『星を追う者たち』へと向けられる。
 治安隊の若者二人もこちらに気づいたようで、人当たりのいい笑みを浮かべつつ『星を追う者たち』が占領しているテーブルへと近づいてきた。
 いかにも真面目そうな茶髪の青年が一歩前に出て口を開く。

「はじめまして、僕はセイル。リューン治安隊に所属しています。こっちは同僚のジェド」

 ジェドと呼ばれた黒い癖っ毛の青年は、ぶっきらぼうに会釈だけで済ませた。
 どうにも冒険者にあまりいい印象を持っていないらしいが、こういう手合いをいちいち相手したところで銀貨は得られない。
 『星を追う者たち』は適当に自己紹介を済ますと、早速とばかりに依頼の話を求めた。
 すぐさまセイルは貼り紙に使う依頼書を取り出し、レギウスへと手渡す。

「森へ逃げ込んだ脱獄犯の逮捕、ねぇ……」

「リューンの治安を守る我々にとって森の危険は未知の脅威です。
 そこでその危険に対抗できる冒険者の方々の力をお借りしたいという訳です。
 我々としてはできるだけ早く脱獄犯の追跡に移りたいので、できればこの場でお返事を頂きたいのですが」

「いくつか聞きてェ事があるが質問しても構わねェか?」

 レギウスの問いに対し、セイルは快く首を縦に振った。

「まず森ってのはどこだ。危険度は?」

「脱獄犯が逃げ込んだ森はリューン南西の郊外に広がる『アウザールの森』と呼ばれる場所です」

「『妖魔の森』かぁ、なかなか面倒なところに逃げ込まれたものだね」

 アウザールは通称『妖魔の森』と呼ばれる森だ。
 それほど大きくはないが、古来より猛獣や妖魔の類が棲み付いており、地元の人間は滅多に立ち入らない場所である。
 冒険者でも手に負えない魔物が出た、という情報はないが危険である事には変わりない。

「二日前の夕暮れに森に入っていくのを近隣の住民に目撃されています」

「だとしたら今も森に留まっている保証はないね?」

「その通りです。しかしそれ以降の目撃情報はありませんし、森を捜索する価値はあると思います」

 聞き込みには随分骨が折れたんだ、とジェドがあとを引き継いだ。
 目撃情報が途切れている以上、森に入って痕跡を探す他ない、というのが治安隊の意見らしい。

「そうしてまで追ってるその脱獄犯ってのは誰だ?」

「ドラクロワ、という名に聞き覚えはありますか? リューンを根城に四件の殺人をはじめ、強盗、強姦、放火等、救いようのない悪党です」

「あぁ、裁判で斬首刑が決まってたってヤツか。何だよ、脱獄を幇助した仲間でもいたのか?」

「おそらく無いでしょう。過去の犯行は全て単独のようですし、仲間がいるという情報もありません」

 それほどの凶悪犯に、それも単独で脱獄されたとあっては治安隊の信頼に影響するのだろう。
 わざわざ冒険者に依頼してくるのも頷ける。
 しかし治安隊の管理する刑務所からたった独りで脱走するほどの手腕を持つ相手だ。
 単なる脱獄犯だとタカを括っていては痛い目を見る可能性がある。

「報酬は貼り紙にもある通り銀貨五〇〇枚です。治安隊の台所事情も楽ではありませんし、我々としても時間が惜しい。申し訳ありませんが、交渉には応じられません。ただし森の捜索が終われば脱獄犯の逮捕の成否に関わらず報酬をお支払いする事を約束します」

 森の危険度を差し引いても上手くいけば――否、下手すれば――事を構えずに銀貨五〇〇枚の仕事になる可能性があるのは魅力的ではある。
 脱獄犯ドラクロワが森に入ったのは二日前であり、通常であればまず追いつけるはずがない
 何しろこちらは手がかりを探しながら移動しなければならず、ただ距離を離せばいいあちらとは致命的なスピードの差があるからだ。

 結果的にこの依頼は森の探索、及び低級妖魔や獣とやりあう事になるはずだ。
 今回からは火光獣もといポチが戦力として加わっているため、いつもよりは有利に戦えるだろう。
 ポチもたまには暴れさせてやらないと名前の件で鬱憤が溜まりすぎているかもしれない。

 依頼を請ける旨を伝えると、セイルとジェドは支度をすると言い残して治安隊詰め所に戻った。
 正午きっかりにアウザールの森の入り口で落ち合う事になったレギウスらは適当に食事を摂って装備を整えた後、『大いなる日輪亭』を発った。



「評判通り薄気味悪い森だね」

 『星を追う者たち』の眼前にはじっとりとした湿気に包まれたアウザールの森が広がっている。
 森の入り口付近に立てられた札には危険を知らせ、立ち入りを厳しく戒める旨の記述が施されていた。
 人が寄り付かないという前評判通り、整備どころか道らしい道すらない。

「見たところあんまり大きな森じゃないけど、捜索には骨が折れそうだよね」

「その点に関しては心強い助っ人を連れてきましたよ。紹介します、ジャックです」

 少し遅れてやってきた治安隊の二人が連れていたのは一頭の狩猟犬だった。

「ワンちゃんだ! お~よしよし」

「彼にはドラクロワのにおいを覚えこませてありますから、追跡は彼に任せてください」

「へぇ、こいつは頼りになりそうだね」

「どっかのコソ泥小僧よりもな」

「一言多いやい、バーカ!!」

「気にすんな、火光獣ポチよりマシだ」

『主よ、我が力を犬程度と比べてくれるな』

「どうでもいいがオマエ、犬脅かすんじゃねェぞ」

 そんなやり取りをしつつ、『星を追う者たち』はジャックを先頭に追跡を開始した。
 この森は『妖魔の森』と揶揄されるほどには危険な場所である。
 のんびり探索しながら追跡していては危険度は雪だるま式に積み重なっていく。

 故に、追跡は迅速に行わなければならない。
 かといって道中の警戒が甘ければそれでも危険度は増す。
 結局はどちらも立たせながらぎりぎりの許容ラインを見極めながら進まなくてはならないのだ。

「広い森だ。僕だけじゃカバーできる範囲にも限界があるから、みんなも後方の索敵くらいは頼むよ?」

 ジャックとそのリードを取るセイルはあくまでカイルの指示したペースで進んでいく。
 殿しんがりはレギウスとマーガレットが務め、火光獣の傍にステラとマーガレット、ジェドが後詰として左右を警戒する。

 ドラクロワの痕跡は直線的に残っていた。
 森を突っ切ろうとしている人間がわざわざ回り道する道理はない。
 しかし、急に行き先を変えたらしい。

「水の音がするね~」

 野生児ステラの耳には川か湖が行き先の方角にある、との事だった。
 無論、他の誰にも半信半疑であったが、やがて行き着いた先に大きな湖が広がっている事でその認識を改めた。

「どうやらドラクロワはこの湖を渡ったようですね」

「そうみたいだ。ほら、そこに船の残骸がある。きっと自分が乗る分だけ確保して他のは壊しちゃったんだよ」

「泳いで渡れる距離ではありませんね……かと言って湖に沿うように迂回するとなればそれこそ日が暮れてしまう」

「その辺探してみよう。船着場はここだけじゃないかも。……あとさ」

 カイルは口元に人差し指を立てて、

「いるよ、何かが……」

 そう、小声で言った。
 『星を追う者たち』だけでなく騎士二名も察したのか、無闇に辺りを見回すような真似はしない。
 気づいていない振りをしながら、どうにか気配を探ろうとする。

「用心深くこちらの様子を窺ってるみたいだね、かすかな気配しか感じない」

「……ドラクロワでしょうか?」

「複数人の気配がするし、どうだろうね? ただ、ここからはちょっとした隙が命取りになるからさ、無闇に孤立しないほうがいいと思う」

 騎士たちもこの提案には賛成の様子だった。
 そもそも森での探索は冒険者たちに一日の長がある。
 郷に入っては郷に従うべきだと判断したのだろう。

 一行はつかず離れずの距離を保ちながら湖沿いに探索を続け、やがて一隻の舟を見つけた。
 どうやら補修の為に場所を移してあったようで、手入れは行き届いている。
 これを借りていざ対岸へ、と洒落込みたかったが、ここで解決すべき問題が存在する。

「こっちを探ってるその気配とやら、舟を出す前に片付けておくぞ」

「だねぇ。舟出してからだと狙い撃ちされるのが目に見えてる」

 カイルはこくりと頷くと、探索の振りをして範囲を後方の森へと広げていく。
 やがて、ハンドシグナルで索敵の結果を伝えた。
 種はコボルト、数は六。
 さほど強力な妖魔ではないが、少し数が多い。

 万全を期す為に、レギウスはターニャに目配せしつつ呪文の詠唱を始めた。
 対するターニャはリュートを取り出し、ふと気づいたように騎士二人に向き直った。

「騎士さんたち、ちょっと耳とじてもらっていい?」

「は……、耳を、ですか?」

「疑問に思うだろうが、やっておいたほうがいいよ。騎士様の職務中の居眠りは罰則モノ、だろう?」

 くすくす、と厭らしく笑むマーガレットを不気味に思いつつ、騎士二人は両手で耳を塞いだ。
 ジャックの耳もステラが塞いでいる。

「《裂き散らし風は鳴く、血飛沫上げる刃の走りを》……《断て》!」

 レギウスの放った【風の刃】がコボルトの集団に切り込んで行き、戦いの火蓋が切って落とされた。
 コボルトたちは思い思いの武器を手にこちらへ走り寄ってくる。

 それを確認してから、ターニャはリュートを弾きはじめた。
 優しい音色が奏でるのは明るい曲調の呪歌、それに乗せてターニャの歌声が森の中へ染み込んでいく。

「……!!」

 【妖精の歌】と呼ばれるその呪歌は、聴く者を眠りへと誘う力を持つ。
 ターニャ自身や『星を追う者たち』はすでに効果範囲から逃れる為の呪を刻まれていて、騎士二人は耳を塞いでいる。
 必然、その歌声に聞き入った妖魔たちは強烈な眠気にその体勢を崩した。

 数で劣る集団が一時的にも行動を封じられてしまえば結果は火を見るより明らかだ。

 真っ先に飛び出したのは火光獣である。
 鋭い牙でコボルトの一体の喉笛を食い千切り、更に死体には火が飛び散った。
 続いたステラがふらついたコボルトを槍の柄で叩いて位置を調整すると、ど真ん中に切り込んだマーガレットの大鎌がコボルトの頭をまとめて刎ね飛ばした。

「ひゃー、爽快爽快。こうも見事に決まると気持ちいいもんだね」

「悪趣味野郎め。まぁ、俺は楽できて結構だがよ」

 陽気に得物の血を拭うマーガレットを眺めながら、騎士二人は唖然としていた。

「コ、コボルトを見たのも初めてだが……」

「これほど滅茶苦茶……、いや破天荒な戦いを見るのも初めてですよ」

「オイ、ドン引きされてんじゃねェか」

「えー、やだなぁ心外だ」

 マーガレットは頬を膨らまして不満そうであるが、ちっとも可愛くない。
 むしろ顔色の悪さと相まって非常に不気味である。
 ともあれ、後顧の憂いを絶ったのであれば先を急がねばならない。
 一行は舟に乗り込み、対岸を目指して漕ぎ出した。

 警戒を解く訳にはいかないが、見晴らしのいい舟の上であれば奇襲の方法は限られている。
 先ほどの戦闘によって妖魔を倒した事もあってか、ある程度の精神的余裕が出たらしい騎士はぽつりぽつりと雑談を始めた。

「……やはりというか、ドラクロワは森を突っ切る腹のようだな」

「ああ、ひょっとしたらもう森を抜けているかもしれない」

「ちなみにドラクロワが森を抜けていた場合はどうなるんだ?」

「森の反対側は我々の管轄外ですから手出しができなくなります。あちら側の治安隊に追跡を依頼してこの件は終わりになるでしょう」

「くそっ、そうなる前に何とかオレたちの手で……!」

 ジェドが固く握り締めた拳を自らの膝に振り下ろしたその時だった。
 突如、対岸の森の中から高い笛の音が響き渡る。
 同時にコボルトの一団が弓矢を手に姿を現した。

「待ち伏せか。犬頭の割には賢ェな」

「ヘイ。ヘイ。冷静なのは結構だけどさ、このままじゃ格好の的だぜ。結構ヤバい状況じゃん、どうすんのさ」

「当然突っ切る。このまま退いたところで何の解決にもなりゃしねェし、そもそも時間の無駄だろうが」

「あーくっそー! 言うと思ったよちくしょう。という訳で騎士のお二人さん、ハリネズミになりたくなかったらどうか全速力でよろしくお願いしゃっす!!」

 もはや作戦らしい作戦もないまま指示を出された騎士二人は顔を青くしながらも、オールを握る手に力を込める。
 その間にも矢は放たれ、放物線を描きながら舟へと殺到していた。

「はいはいはぁ~い!!」

 ステラは船頭に立ち、自らの身長よりも長い槍をバトンのように振り回して矢を叩き落していく。
 揺れる船の上でまるで曲芸のような芸当であるが、驚異的なバランス感覚でそれを実現していた。
 それでも捌き切れない分はマーガレットの大鎌を盾代わりとして凌ぐ。

「防戦一方ってのも癪だよねぇ!」

 カイルは両手に持てるだけのナイフを構え、一斉に撃ち放った。
 【短剣掃射】という盗賊ギルドの投擲術であり、多勢に抗するには有用な技である。
 コボルトの群れに踊りこんだナイフは数匹の息の根を止め、そこまで至らずとも射撃の手を止める程度の効果はあった。

「《舞い踊る白刃よ疾殺を歌え、荒れ狂う隼の飛翔の如く》……《切り裂け》!」

 その間にレギウスの詠唱が完了する。
 彼が用いたのは【操刃の舞】という、あらかじめ印を刻んだ得物を自身のコントロール下に収める術式だ。
 カイルが投げ放ち、コボルドに突き立ったナイフが独りでに動き出し、再度彼らに襲いかかった。
 ある者は傷を抉られ致命傷となり、ある者は改めて急所を貫かれて絶命する。

 舟が接岸した時には、その場で生きていたコボルトはたった二匹だけであった。
 それぞれ膝や腿に刃を突き立てられて故に走れなかったのだろう。
 その二匹もすぐさま飛び出したマーガレットによって命を刈り取られている。
 一方、こちらの被害といえばかすり傷程度であり、奇襲を受けた事を鑑みれば奇跡のような大勝利である。

「レギウス、ちょっとナイフ回収するから待ってて」

「面倒くせェな」

「でもさっきの術式には事前に印を刻まなきゃダメなんでしょ。どっちにしろ面倒だよ?」

「………………」

 レギウスは得心したように息を吐くと、短く呪文を詠唱する。
 【操刃の舞】によってナイフは独りでに宙に浮かび、その刃を等間隔に地面に突き立てた。

「わーお、魔術って便利。ねぇねぇレギウス、ついでに水ん中くぐらせてさ、血を洗い落としてよ」

「それはオマエでやれ」

 言うまでもなく、レギウスの魔力も消耗品だ。
 これから何が待ち受けるか分からない森の探索を続ける以上、消耗は抑えるべきである。
 結局、ぶちぶち文句を垂れながらもカイルは全てのナイフから血を洗い落とし、丁寧に拭いてから再び懐にしまいこんだ。


To Be Continued...  Next→

『賢者の果実』(4/4) 

 賢者の塔に赴いた『星を追う者たち』とパウラは、深夜帯だというのにすんなりと通された。
 さすがにパウラは顔が利くらしく、軽い身分証明だけでパスするというのは珍しい体験だ。
 勢いのまま件の青髪の魔術師の部屋まで乗り込んだ『星を追う者たち』とパウラは、そのまま奥の儀式場までなだれ込んだ。

 静かな暗室の中央にテーブル、その表面には複雑な魔法陣が形成されている。
 描く線は赤い、どうやら何かの生き物の血のようだ。
 その円の中央にステラは寝そべった。

「ステラや、これからお前さんに催眠を掛ける」

「ひゃ、はい」

「落ち着きなさい。焦ってもどうしようもならん」

 小さなリスの身体で、ステラは深呼吸する。
 しかしその程度で緊張が吹き飛んでしまえば苦労はしない。
 パウラもそれを理解しているのだろう、ゆっくりと丁寧に説明を続けていく。

 てきぱきと準備を整える青髪の魔術師とパウラの様子を、レギウスらは少し離れた場所で眺めていた。
 レギウスですら危険と判断するほどに繊細な術式の設定に、専門家以外の者はそうせざるを得ないのだ。

「……ではな、頑張るんじゃ。決して、諦めてはならんぞ!」

「うんっ、任せてよ!!」

 もはや緊張と興奮で極度のハイテンションになったステラはそう言い切った。
 とはいえそれくらいの気力を持っていてくれなければこれから行われる解呪は成功しないだろう。

 ぐらり、とした浮遊感。
 ほぼ時を同じくして、ステラの周囲を白銀の球体が包み込んだ。
 それの正体は幾本もの鎖で構成された『檻』だった。

 これはステラに対する魔術的な『縛り』を具現化したものだ。
 鎖の一本一本が術式とリンクしており、その経路を砕く事で強引な解呪を行う。

 ただし正当な手順でない以上、総当りは覚悟せねばならない。
 別の枝から分岐した鎖、すなわちダミーも多々ある。
 一手でも切断の順番を間違えてしまえばそこから術式が修復されてしまう。

 手探りを続けて、何度も失敗しながら、解に辿り着く。
 到底、一流の魔術師や専門家が選んだとは思えない方法ではある。
 ここから先は、誰の手出しもできない。
 ただひたすらステラと術式との戦いである。

「……あれだけ大言吐いたのに傍観ってのはどうなんだい?」

「婆さんはああ言ってはいたが、術者をひっ捕らえるってェのはあまり賛成できねェ。
 一部の呪術には術者の死によって効果が増幅、あるいは暴走するものもある。
 今回は死霊術だが、構築に呪術的要素を加えてねェと断言できねェからな」

「なんだ、要するに安全策かい。だったら君も手伝ってきたらどうなんだい?」

「手前で手前の首を絞めてどうする。そもそも俺たちの出番なんざ端からなかったんだよ」

 レギウスは自信家ではあるが、虚勢を張るのを極端に嫌う一面もあるのだ。
 そんなチープな自己満足の為に自分や誰かを犠牲にするなんてあってはならない。

「他人にステラの命を預けているにしては随分と落ち着いているね、レギウス?」

「……あン?」

「軽く推理してみたんだけど、君のその落ち着きは少し妙だ。
 もしかして、君はステラの身体に何か仕掛けをしていたのかい?
 『仕掛け』という言葉が気に食わないなら『保険』と言い換えてもいい」

 レギウスの眉がぴくりと動く。

「いや身体じゃないね。リスと入れ替わった状態でも効果があるとすれば、かい?」

「オマエ、本当に面倒くせェ奴だな」

「……レギウス、はぐらかしてないでこたえて。どういうこと?」

 深くため息をつくレギウスに、真剣な表情のターニャが詰め寄る。
 レギウスにとっては対して脅威にすらならないが、ステラの事を引き合いに出されては隠し通せる道理がない。

「あぁそうだよその通りだ。
 ステラの魂……要するに精神的骨格には俺の術式が施してある。
 内容は『魔法に対する防御を基礎とした延命』だ、魔力はステラ自身から賄って起動し続けている。
 俺とあいつがガキの頃に気づかれないように内密で施した、俺の術式でも最高傑作のひとつだ。
 ……これでいいかよ」

「ステラ自身から賄っている……? まさかそれってステラに影響があったりするの?」

「魔力ってのは生命力から造り出すモンだ。そりゃ体力に影響は出る」

「……それって!」

「まぁ落ち着きたまえよターニャ。なるほどだよレギウス、だから君はいつもステラに食事を分け与えている訳だ?」

 マーガレットはニタァ、という厭らしい笑みを浮かべる。

「君の手から直接渡された食事に君自身の魔力を混ぜ込めば維持するだけの魔力は確保できるからねぇ?」

 レギウスがステラに食事を分け与えているのは毎度毎度の事だ。
 すでに『星を追う者たち』の外にすら、その事実は知れ渡っている。
 彼ら二人が幼い頃からずっと食事を共にしていた事、ステラがそれを頑なに守ろうとしている事を知っている者もいるだろう。
 マーガレットの発言は全て推測ではあるが、レギウスが反論しないところを見ると間違いではなさそうだ。

「ステラは、このことを?」

「あいつには何も話しちゃいねェよ。全て俺の独断でやった事だ」

「んなっ、そんな――」

「――あぁそうだよ、全部俺のエゴだ。
 あいつを永らえさせるのもその方法を一方的に始めたのもそれら全てを隠蔽したのも俺のエゴだ。
 に壊されて俺に砕かれたあいつの人生を、どの面下げて俺が守るっつってんのか、オマエらに理解してもらおうとは思わねェよ」

 そう言ったきり、レギウスはそっぽを向いた。
 これ以上話す事は何もない、とでも言いたげに。
 しかしマーガレットの言葉は留まらない。
 まるで逃れられない死神の鎌のように、息の根を止めるような鋭さで。

「過去を話すつもりがないのは分かったさ。
 だがねレギウス、過去を詮索してほしくない意思を見せればボクが引き下がると思ったら大間違いだよ。
 話すつもりがないならそうわきまえた上で無神経にも踏み込むのがボクさ」

「……随分とイカした趣味してんじゃねェか」

 マーガレットは不気味に笑むと、よく言われるよ、とおどけた。

「話しぶりからすると、君が彼女の人生を壊した事を彼女は知らないみたいだね。
 どうして知らないのか教えてくれないかい?
 嫌われたくないからかな、それとも罪の意識に押しつぶされそうなのかい?」

「――両方だ、クソ野郎」

「おや、こらえ性のない事で。もう開き直っちゃったかぁつまんないなぁ」

「悪ィかよ」

「いいや、悪いだなんて一言も言っていないじゃないか。
 誰かに傷ついて欲しくないと思い、過ちを悔いて正そうとする者にどれだけの罪がある?
 誰かに生き永らえて欲しいと願い、実現させようともがき苦しむ事にどれだけの悪がある?

 断言しよう、君は間違っちゃいない」

 誰かを慮って生きるという事は多かれ少なかれ自分を殺して生きる事と同義だ。
 過ちがあったとして、それを償おうと必死な者をどれだけ責められるというのか。

「語られていない過去だ、ボクらには知りようがない。
 聞かされたところで納得はできても理解はできない。
 同情はできるが共感はできない。

 言葉なんてそのくらい脆いのさ。
 その程度のものを躊躇うなんて、君は一体何を恐れているんだい?」

 いつだったか、レギウスとマーガレットが初めて会った日の事。
 力にはなるけど味方にはならないよ、と彼女は言っていた。

 そしてレギウスはそれを了承した。

「……何と言おうが、俺から話す事は何もねェよ。

 オマエこそはぐらかしてんじゃねェぞ、今ここで俺とあいつの過去を暴いて何が変わる?
 事前の語りは全てターニャとカイルを味方につけるためだけの雰囲気作りだろうが。
 そうすりゃ俺がべらべら喋ると思ったか? 甘ェんだよ馬鹿」

 レギウスの言葉に、ターニャは笑みを消した。
 しばらく呆けたような表情を作っていたが、突然それは崩れる。

「……ぐっはぁー、ぜんっぜん可愛げないなこいつ! もういいよ、ボクの考え全てお見通しでさー、嫌になっちゃうよまったく!」

「え? は? ど、どういうことなの……?」

「オマエら能天気馬鹿はこの性悪馬鹿に乗せられてたって事だよ」

「そ、ゆ、こ、と。仲間だからって油断禁物だよ?」

 てへ、と舌を出してちっとも可愛くない可愛さアピールをしたマーガレットに思わず脱力するターニャとカイルであった。
 『星を追う者たち』という冒険者パーティはレギウスといいマーガレットといい、一筋縄でいかない問題児ばかりだというのは間違いない。

「もう、何やってんのさ! ステラが大変な時にさぁ!!」

「まぁ落ち着きたまえよ少年。こちとらステラが頑張ってる間は何もできないんだ」

「それにゃ賛成したくはねェが……ま、問題はねェだろ。あいつはこの程度でくたばるようなヤツじゃねェ」

「いやに言いきるね……?」

「当たり前だろ、あいつとどれだけの付き合いになると思ってやがる? オマエらとの一〇倍だぜ?」

 根拠の全くない、レギウスらしくない言葉であった。
 先ほどマーガレットから追求のあった仕掛け、言い換えれば保険とやらが効いているのかもしれない。
 どちらにせよ、ここまで堂々とされてはターニャらもステラが無事解呪を成し遂げる事を祈るしかなかった。



 結局。
 レギウスらの信じた通りに解呪は無事に済み、ステラは自分の身体を取り戻した。
 早急な対処が求められたため術式と解呪についての説明が後回しになってしまったが、どちらにせよそれが理解できるのはレギウスか、辛うじてマーガレットくらいであろう。
 それでも分かった事として、ステラに掛けられていたのはひどく奇妙な術式であったらしい事、そして解呪は奇跡的に間に合ったという事だ。

「はあ……、結構危なかったんだね」

「ったく、本当に人騒がせな馬鹿だ、あいつは」

「今更でしょ?」

 そう言って、カイルは笑った。
 つられるように、ターニャもパウラも笑顔になる。

「しかしだ、これで全てが解決した訳じゃないだろう? 件の死霊術師に関してはどうするんだね?」

「野郎が欲しかったのは術式の『結果』……つまりは使い魔だ。
 ステラにかけていた術式が破壊された事は向こうにも伝わってるだろうよ。
 そうなりゃどういうプロセスで解呪に至ったか、気づかねェはずがねェ。

 つまりはステラはもう用なしって事だ。
 どちらにせよ、こっちは相手の魔力を掴んでる。
 ステラにこれに対する迎撃術式を組み込めばそう大事にはなんねェだろうよ」

 さらりと術式を組み込むと言ってのけるが、同じ魔術師たるパウラが何も言わないところを見ると一般的な手なのかもしれない。
 暗に面倒くさい相手とは関わりたくない、と言っているのかもしれないが。

「婆さん……いや、パウラ」

 改まったように、真剣な表情のレギウスが口を開く。

「……礼を言う。あんたの助力がなけりゃ、あの馬鹿は今頃生きてねェ」

「いや、いや……元はといえば儂のせいじゃよ。儂の実のせいでこんな事になって本当に申し訳なかった」

「何もかも、あの馬鹿の不注意が原因だ。あんたが気に病む事はねェよ」

 レギウスは盛大なため息をついた。

「大騒ぎを起こして迷惑を掛けた、……あぁ、賢者の塔にもだな……悪かった。
 とにかく今後の課題はできた、すぐにでもあいつには対応策を考えるからよ」

 ターニャらはただぽかんとしてその様子を眺めていた。
 珍しく、なんてものじゃない。
 彼がこうして感謝や謝罪を行う光景を見た事なんてなかった。

「そ、それにしても、よく間に合ったよね……?」

「お前さんがたの思いと決断がこの結果を導いたのじゃよ。
 それにステラの諦めぬ気迫と、な。

 ……正直、儂は無理かもしれんと思っとったんじゃ。
 あんな術式は儂らも見た事がない、あまりにも高度なものじゃったからの。
 いやはや、お見事という他ないわい」

「まぁ、そんな特別な事じゃないさ。
 どんな時も諦めない、この命の最期の瞬間まで……それが冒険者ってやつさ」

「おお……ホレるわい!」

 パウラは感心したように言い、冒険者たちは笑った。

「つーかオマエ何もしてねェだろ」

 と、レギウスのツッコミが華麗に入ったところで、パウラは思い出したように辺りを見回した。

「ところで、ステラはどうしたんじゃ?」

「いまは……ジョギングに行ってるね。日課の」

「ほほお! あんな事があったというのに元気なもんじゃなあ!」

「あいつは馬鹿の上にマグロみてェなもんだ。止まると死ぬ」

 大きな仕事を終えて安心したからだろうか、みんなの笑いの沸点が低い気がする。
 早朝の『大いなる日輪亭』に今日も明るい笑い声が響く。

 後日、冒険者たちはパウラから知恵の実と力の実をもらった。
 今度は改良版らしく、両方を同時に食べても副作用は起こらないらしい。
 ただし、食べ合わせの問題は完全に解決した訳ではなく、効果が相殺され消滅するとの事だ。
 要はただのりんごになってしまう。

 パウラ曰く味は確かだという事だが、そこにこだわるのはもはや魔術師の思考じゃない。
 レギウスは冗談めかして大人しく農業でも始めたらどうだと告げると、意外と乗り気だったのはまた別のお話である。
 実際にはその後しっかりと余生まで魔術に捧げる宣言も成されたのだが、結局は味と安全を目指すとの事で台無しだったので記載は控えておこう。


 ちなみに。
 それからしばらく早朝のリューンにはこんな声が響いていたという。

「あ~~~~! 今日もサイッコ~~~~~!! 人間の身体ってすっばらし~~~~い!!!」



【あとがき】
今回の『星を追う者たち』初の五人揃っての冒険はありじごくさんの「賢者の果実」です。
レベル帯を問わないシナリオですが、ルートによっては相当危険な戦いが待っています。
序盤のコミカルさが嘘のようにじわじわと不安感を煽り、そして衝撃の終盤!
周摩もつい最近初プレイしたのですが、こんな名作を今の今までやっていなかったのは損した気分でした!

主人公にはステラを選びました。
そしたら彼女、あまりにもハマってくれてて凄く楽しめました。
ちなみに月歌でやるならチコ、陽光でやるならエリックかなぁ、とぼんやり思ったり。

レギウスたちは解呪ルートを選択しましたが、もう一方のルートでは非常に熱いやりとりが行われます。
しかしここでもコミカルさは失わないという素敵な雰囲気を醸し出しています。
一度は通ってみるのをお勧めします。
周摩としてはもう一方のルートのほうが若干好みだったりします。

あと、そちらのルートで盗賊ギルドに潜入し、盗賊と話すと「もしかして、捨てリスか!?」という台詞が。
惜しい、惜しいよお兄さん、それは確かにステ(ラ)リスだけど……!
と、一人ものすごい笑ってました。

そうそう、最後にもらえる報酬ですが、レギウスたちは黄色を選びました。
たぶん全員一致でそちらを選んだのでしょうね(笑)


☆今回の功労者☆
ステラ。解呪シーンは彼女の独壇場でした(描写なし)

報酬:
なし

戦利品:
【美味なリンゴ】

≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『賢者の果実』(ありじごく様)

今回使用させて頂いた固有名詞
『カンタペルメ』(出典:『劇団カンタペルメ』 作者:柚子様)
『シュレック』(出典:『隠者の庵』 作者:Fuckin'S2002様)


当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。

『賢者の果実』(3/4) 

「わっ……わたし! し、死んじゃったの~~~!?」

「馬鹿言ってんじゃねェ、生きてんだろうが。こんなうるせェ死人があってたまるか」

 あたふたするリスのステラを、レギウスが軽く叩いた。
 まるでカエルが潰されたような声を上げて、ステラは少し大人しくなる。

「だがねレギウス。死霊術、使い魔とは……一体全体どういう事だい」

「……笑ってはいられなくなったね」

「手がかりは仕入れた、推測も得た……婆さんの家へ向かうぞ。
 専門家の知恵を借りねェと、俺たちだけで判断するのは危険すぎる。
 幸い、あいつは信用できる人物みてェだしな」

「えっ、うたがってたの!?」

「ハァ? 疑わねェ理由があったかよ」

「うーわ相変わらず疑り深いねぇ」

 ターニャとカイルが呆れている中、ひとりマーガレットだけが真っ直ぐにレギウスを見つめている。
 まるで問い詰めるような、凍える視線。
 それに射抜かれてもレギウスは欠片も動じない。

「……もしかしてだがね、君はこの事を知っていたのかい?」

「……、……いいや。そうじゃねェかと思ってはいたがな。
 リスにしては妙だ、条件的には魔法生物に見えたが……はっきりとした確信はなかった」

「だから賢者の塔で調べるなんて言い出したんだね」

 その問いに対し、レギウスは答えない。
 否定していないという事は、肯定しているという事でもある。

「いつから気づいてたの、レギウス」

「……昨日の夕食時。。これはいわゆる魔物の摂り方だ」

「――うっそ……や、やっぱりわたし、ま、魔物になっちゃったの……!?」

「月の魔力も取り込んでたぜ」

「ええええええ~~~!?」

 思い切りパニクるステラは、マーガレットの懐でじたばたと暴れ出した。
 それをどうにか留めつつ、

「まぁ、そういじめるのは止したまえよ。どうせ君の事だ、アテがあるんだろう?」

「……、」

 レギウスはゆっくりと息を吐き出した。

「ついでに言っておく、オマエは注意が足りなさすぎる。
 魔法ってのは便利である半面、多かれ少なかれ危険が付き纏う代物だ。
 不用意に扱うと強烈なしっぺ返しを喰らうぞ。

 たった一度が取り返しの付かない事態に陥る場合もある。
 今回は姿がリスに変わっただけだが、下手すりゃそうならずに死んでた可能性だってある。
 肝に銘じておけ」

 さすがの能天気ステラもすっかり懲りたようで、静かに項垂れる。
 その様子からこれ以上の説教は必要ないと判断したのか、レギウスは小さく息を吐いた。

「で、君のアテっていうのは?」

 ぴくり、とリスのステラの耳が動いた。

「大した事じゃねェよ。婆さんと意見を交わす程度だ」

「ホントに大した事ないんだね。見なよ、このステラの落ち込みよう。項垂れすぎて丸まっちゃったじゃん」

「絶対わざとやってるよね……?」

 素知らぬふりしてレギウスはさっさと歩を進める。
 目指すは若葉通りのパウラ宅だ。

 少し歩いた先にある目的の民家の扉をノックする。
 すると勢い良くドアが撥ね開けられ、白髪の老婆パウラが顔を出した。

「おお、あんたたちかね! 待っとったんじゃよ!」

「……なんか老けてねェか婆さん」

「大きなお世話じゃ若造。単に調べるのに手間取っただけじゃ、久しぶりの徹夜じゃからの」

「えー、大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫。まあ、上がりなさい」

 パウラは『星を追う者たち』を自宅へ招きいれ、全員が腰掛けた事を確認すると自身もまた腰を据えた。
 徹夜からの疲れなのか、はたまた芳しくない結果が出たのか、パウラは難しい顔をしている。

「……顔から察するにいい話じゃなさそうだな」

「まあな、ちと厄介なものが出てきたのでな」

 レギウスたちも新たな情報を得ているが、まずは彼女の話を聞くのが先だ。
 先を促すと、パウラはテーブルにすっかり酸化したりんごの欠片を置いた。
 昨日レギウスが渡した『力の実』の食べカスだろう。

「……調べたところ、死霊術の名残が出てきた」

「チッ、原因はやっぱりそこかよ」

「ふむ……、驚かんところを見ると、そっちの収穫はそれかね?」

「塔の魔術師曰く、こいつはどうやら死霊術の使い魔だと。
 『生きた血肉』、死霊術の本領発揮みてェな術だってよ」

「『生きた血肉』、か……なるほどな」

「ときにパウラさん。あなたは見て分からなかったのかい?」

 塔の魔術師には看破でき、彼女よりも上位の魔術師たるパウラに同条件で看破できないはずがない。
 至極最もな質問を投げかけると、パウラはばつが悪そうな表情を作る。

「すまん……、全く、儂の不明としか言いようがない。昨日は気づかなんだ」

 パウラはステラに向き直ると、

「じゃが、今ははっきりと分かる。魔の色が濃くなっておるな」

「ど、どういうこと……!?」

「……ステラや、ちょいとこっちへ来なさい」

 パウラは問いには答えず、ステラを招きよせて手をかざした。
 一言二言の呪を紡ぐと、眉間に皺を寄せる。

「うむ。ちと奇妙ではあるが、確かに人を使って創った使い魔というところじゃな」

「奇妙、とは?」

「魔力が全くと言っていいほどないんじゃよ。
 ううむ、これでは施されていた術と符合せんのお……
 こういう使い魔なら、必ず術と術者の魔力の影響があるはずなんじゃがな」

「確かに塔の魔術師も似たような事を言っていた。随分と変わった使い魔らしいな」

「ところで話は変わるが、さっきから言っておる塔の魔術師とは誰じゃ?」

「青髪のあいつだ。名前は忘れた。そういえばあんたによろしくだとか言ってたぜ」

「青髪……おお、あの子か。頑張っとるようじゃのお。
 あれはなかなか腕のいい魔術師じゃよ、強すぎる好奇心が玉に瑕じゃがな!」

 確かに彼女は好奇心がひどく強い印象を受けた。
 よっぽど怖かったのか、ステラは思い出した恐怖に身を震わせている。

「そんな事ぁどうでもいい。今回の件、あんたの意見が聞きてェ」

「そうじゃな……」

 パウラはしばし考えた後、『力の実』の食べカスを指して、

「何者かがこれに死霊術を施した。ステラは知らずに食べ、術に掛かった。いや、というのが正しいかな」

「……、」

「幸いに、というべきじゃろう。見たところ術式は完了しておらん」

「じゃ、じゃあ元に戻れるの!?」

 ようやく見えた希望に、ステラは縋りつくように声を上げた。
 しかしステラはもう少し考えるべきだったのだ。
 レギウスがパウラの意見を聞いた瞬間、全く表情を変えなかった事に。
 それはレギウスにとって予想通り、もしくは事態が何も変わらない情報である事の表れでもある。

「……素人の俺が聞いても相当に複雑な術式だ。解呪もそう簡単じゃねェだろ」

「そっ……そんな……!」

 こればかりはショックを隠しきれないのはステラだけではなかった。
 彼以上に魔術に対しての知識を持つ者は『大いなる日輪亭』でもそういない。
 ターニャやカイルにとってレギウスは自信家という印象が強い男ではあるが、それに見合う実力があると思っている。
 そのレギウスが嘘偽りなく、自らの実力以上の術式だと評価したのだ。

「術式が完了するまであとどれくらい猶予がある?」

「断言はできんが、このまま進めば……おおよそ一週間というところかの」

「予想はしてたが、余裕ねェなぁ」

「こんな術式は儂も初めて見るわい。
 非凡な腕の持ち主じゃろう、実にきれいなもんじゃったよ」

「きれい……?」

「無駄がなく、効率の良い極めて完成度の高い術式という事じゃ。
 術の痕跡も上手く消されておる、残されたわずかな魔力を探すのさえ苦労したわい。
 これではまず、誰も気づくまいな。
 ……見事なもんじゃよ、天才的と言ってもよい」

「……元々は魔に変化させるような術式だったのかい?」

「そうじゃな……、信じがたい事じゃが、おそらく取り込んだ者を直接使い魔にする術式じゃろう」

 これには誰もが絶句した。
 専門家のパウラですら聞いた事がない術式だ。
 魔術師であるレギウスや、素人のターニャらは想像した事すらないような術式だった。

「わ、わたし……わたし、やっぱりもう死んでるんだ~~~!!」

「落ち着け! 生きてるっつってんだろうが!!」

 レギウスはリスの首根っこを押さえて、無理やり動きを止めさせた。

「だけど、一体いつやられたってのさ。
 ジョギングから帰ってきて、すぐ食べたんでしょ?
 ねぇステラ、しくしくと泣いてないで思い出して、まだ可能性はあるんだから!」

「ううぇ……食べた。おなかが、すていたからぁ~………………あっ?」

「あ? どうやら心当たりがあるみてェだな、洗いざらい全部吐きやがれ、オラ」

「その、ええーっと……そういえば、なんだけどね?
 実は食べる前に、トイレに行ったんだよね。
 で、そのときに、その~……実を、カウンターの上に置いて……」

「………………」

 魔法アイテムに対する雑な扱い、とはいえ説教前の出来事だ。
 レギウスの眉間に皺が二、三本刻まれただけで終わった、気がした。

「いっ、いや、もう! しないから! 絶対しないから、気をつけるから!!」

「……もういい。他に目を離した時はねェのか」

「絶対ない! もらって、荷物袋に入れて帰って、食べようと思って置いたんだ」

「って事はだよ、トイレに行った隙に実に触った奴じゃないか! そいつが分かれば……!」

「宿に出入りする人間は多い。しかも朝の時間帯だろう、夕食時に次ぐ混雑している時間じゃないか」

「……だが、可能性はゼロじゃねェ。
 筆跡が残ってりゃ魔力を逆探知できるかもしれねェからな。
 それがダメだったら……あとは周辺の聞き込みか」

「問題は犯人が割れたところでどうやって探し出すか、だねぇ。
 一週間って期限があるしね、早めに盗賊ギルドを頼るのも手だよ」

「平行して別の手を考える必要がある、か……ここはレギウスに頼る他ないみたいだね」

「そりゃ別に構わねェが……」

 何となく歯切れが悪い。
 話を進めながら、別の思考をしていた様子だ。

「……ステラ、婆さんに貰った実は二種類だったな? 赤と黄の二つ、そうだな?」

「あっ……! そっか、そうだ! もうひとつはどうしたの!?」

「ふぇ? 荷物袋に入れたよ? ひとつ食べたあと……」

「オマエ自身が汚ねェ荷物袋の中に入ってよぉ、嫌ってほど調べただろうが。消えてんだよ、もう一方の実がな」

「うう~む……非常~に嫌な想像じゃが、何か意図があって盗んでいきよったかもしれん。
 使い魔の創造術式の媒体には魔力のあるものを使う事は知っておるな?
 つまり、儂の実も使えるという事じゃ、とはいえ普通はやらんがの。
 他人のものを扱うのは相当に難しい上に、わざわざ使う意味がない。

 じゃが、ステラにはそれを用いた。
 術に気づかせず食わせるためにな。
 もし奴にその気であれば――」

「――使う可能性は十分にあるだろうな」

「じゃあ、もう一個の実は死霊術師が持っている。
 もしかしたら、まだ何かに使うつもりがあるのかもしれない」

「可能性は高いだろうな……あるいは、もう何かに用いたか」

 可能性を挙げる度に絶望感が一行を包んでゆく。
 昨日、事件が発覚してからの行動にそう無駄はなかったとは思うものの、楽観視が過ぎたかもしれない。
 状況は予想以上に余裕がないものになっている。

「……宿に戻るぞ。まずは宿帳を調べ、それから宿近辺で聞き込みだ」

 急ぐぞ、と言う前にレギウスは立ち上がり、さっさと扉を開けて出て行ってしまう。
 肝を冷やしたターニャやカイルも、その後を追いかけていく。
 唯一、マーガレットだけが留まりステラを優しく手に取って、パウラに向き合った。

「ドタバタと済まないね、とても助かったよ。
 急いで調べてみるので、これで失礼するよ」

「待ちなさい、儂も連れていけ。これでも専門家じゃ、あの若造よりも役立とう」

「……感謝するよ」

 とは言っても高齢のパウラに冒険者並みの足を期待するのは間違いである。
 結局マーガレットとステラはのろのろと宿に戻らざるを得なかった。



 賢者の塔を出たのは昼頃となっていたが、長々と話し込んだせいか辺りはすでに夕刻となっている。
 空はひどく綺麗に赤く染まっており、『星を追う者たち』は奇妙な胸騒ぎを覚えた。
 急いで宿に戻ったレギウスは挨拶もそこそこに、周囲の客の顔を一頻り眺めた後に宿の亭主に詰め寄る。

「親父、宿帳を見せてくれ」

「んん? 別に構わんが……」

 宿の亭主は訝しみながらも宿帳を出してくれた。
 書物の速読に慣れているレギウスは恐るべき速さで宿帳をめくる。
 これでは手伝いも何もあったものではない。

「ねえ、親父さん。ここ最近で不審なひととか、おぼえてない?」

「不審……? 不審、と言われてもなぁ……大雑把すぎないか」

「いわゆる、親父さんの勘に引っかかるような人だよ」

 そう言われてもな、と宿の亭主が首を傾げていると、レギウスが宿帳を閉じた。
 何も言わずとも苛立ったようなため息が全てを物語っている。
 宿の亭主はそれで察したのか、表情を変えた。
 さすが、伊達に長年冒険者の宿の亭主をやっていない。

「泊まり客なら、専属冒険者か常連ばかりだよ。
 気になるようなのはいなかったと思うがね」

「ま、証拠を残すような事はしねェか、仮にも魔術師の端くれならな。
 文字を書けばそこから追跡される可能性がある事くらい危惧して当然か」

「親父さん、酒場のほうはどうなの? なにか気づいたこととか、ない?」

 これまた大雑把な質問に、それでも真面目に宿の亭主は考え込む。
 しばらく唸った後、特に変化はなかった事を伝えた。
 くるくると動いていた娘さんにも尋ねるも、結果は芳しくなかった。

「質問を変えよう。
 一昨日の朝、カウンターの上にりんごのような果物が置いてなかったか?
 うちの馬鹿の持ち物でな、赤と黄の二種類なんだが」

「あ、もしかしてこの間の朝、ステラさんが食べてたりんごの事ですか?」

「それだな、ステラ以外にそれに近づいた奴は見てねェか?」

「い、いえ、そこまでは……」

 有益な情報が得られなかったとなれば後は聞き込みしかない。
 さすがに一昨日と同一の客とはいかないまでも、常連客も居合わせたはずだ。
 早速、『星を追う者たち』総出で聞き込みを開始した。

 聞き込みを行うには『ステラ』と『赤と黄色の実』というふたつを説明しなければならず、その場に居ないステラに関しては隠し通せるはずもない。
 すでに宿の亭主や娘さん、勘のいい冒険者等には今回の件にステラが関わり、そして何らかの事情で姿を見せない事は知れ渡ってしまっただろう。
 とはいえ既に一刻を争う事態だ。
 このままずるずると時間切れへと向かうくらいなら、多少の危険を冒してでも情報がほしい。

「俺、一緒に朝メシ食ったぜ?」

 その一言を得るまでに、どれだけ時間が掛かった事か。
 窓の外はもう暗くなってきている。

「気になる事はなかったかい? 誰かが来たとか、とにかく何でも良いんだ」

「え? 一昨日だろ? まあ、朝メシ食って……あれ、食ったよな? 俺」

 情報提供者は『大いなる日輪亭』に良く顔を見せる冒険者ガルンテだった。
 彼は浅黒い肌をした屈強な大男で、いわゆる知恵働きよりも身体を張った仕事が得意な部類に入るだろう。
 だとしても一昨日の出来事をおぼえていないのはどうなのか。
 彼の仲間の冒険者も、ほとほと呆れ果てている。

「あ~いや、だからさ、なんつーか……その日、ヤツと約束しててよ。
 うん、間違いねぇ、ジョギングの後な。
 で、一緒に朝メシ食ったけどよぉ……、今思い返すと、なんかよく覚えてねーな」

 何だかとても不安になってきた。
 そもそもステラはレギウスら共に朝食を摂っているはずだ。
 彼の記憶が曖昧すぎる。

「あっ、いや待て! 今思い出すから! いくら俺でも覚えてるって!!」

「いいや、もういい。ありがとよ」

「いや、だから思い出すって! ちょっと待ってくれ!!」

「もういいっつってんだろ。覚えてねェんだろ?」

「ちょ、レギウスさん!? 思い出すって――!」

 なおも食い下がろうとするガルンテを尻目に、レギウスは顎に手を当てる。
 結局、その後もこれといった手がかりは得られなかった。
 不審者の目撃もない。
 覚えていない、と言うほうが正しいだろうか。

「誰も見ていないし、覚えてもいない……」

「元々多種多様な人間が出入りする場所だ、見かけねェ奴が居ても気にされねェ。
 それでなくとも、野郎が『目くらましの術式』を用いりゃこの状況は作り出せる」

「目くらまし?」

「人間の記憶ってのは元来そう脆いもんじゃねェんだよ。
 ステラと朝食を摂ったガルンテが何も覚えていないってのはまずありえねェ、いくら奴が間抜けでもな。
 その他大勢にしてもそうだ。
 世界は日々変化してってるってのに何の変化もなかったなんざありえねェんだよ」

 仮に目くらましの術式を用いられたと仮定すれば、この状況にも納得はいく。
 しかし、それは逆に捜査の手詰まりを物語る。
 使い魔創造術式の構築からして、相手は格別な実力を持つ猛者である事は疑いようがない。

 相手の魔力は『力の実』の食べカスにわずかに残ってはいる。
 しかし、それを基に出来る事といえば一人ずつリューン中の人間に当たって回るくらいだ。
 効率は最低最悪だし、そもそもそんな時間は残されていない。

 手詰まりを感じたマーガレットが部屋に戻る事を提案した時には、街に夜の帳が折り始めた時分だった。
 机の上のランプが、『星を追う者たち』とパウラを照らす。
 じりじりと、ランプの芯が燃える音だけが部屋に響き渡る。

「現時点で分かっているのは、どうやら死霊術師が関わっているらしい、という事だけ。手がかりがあまりにも少なすぎる」

「全く、どうしてその死霊術師はステラに目をつけたんだか……」

「さて、のう……目的あってか、単に思いついただけかもしれん。あるいは実験のつもりか」

 実験、という言葉にレギウスの眉が上がった。
 苛立っている様子がありありと伝わってくる。

「あくまで死霊術師の考える事じゃ……正確な事なんて分からんよ」

「その辺は置いておくとしてだ。要は、死霊術師が見つかればいい訳だね」

「だから、どうやってそいつを見つけるのさ。誰も見ていない、姿も名前も分からないんだよ」

 カイルもいい加減に苛立ってきた様子だ。
 情報に明るい彼にとっては丸一日動いてまるで進展がなかった事が堪えているのかもしれない。
 
「……姿や名前なら分かるだろうよ、例えば盗賊ギルドならな。
 手がかりがまるでない訳じゃあねェんだ、死霊術師だろうがここまで出来る奴はそうはいねェ。
 その辺りから絞り込めば、時間は掛かるが必ず奴に関する情報は手に入る。

 だとしても、それじゃ遅すぎんだよ。
 一週間しか猶予はねェ、ともすりゃそれより短いかもしれねェ。
 とても待ってはいられねェんだよ!」

 ついに、レギウスは声を荒げた。
 未だかつて魔術師相手にここまで追い込まれた事はそうない彼の事だ。
 それがどれほどの屈辱なのか、想像すらできない。

「……レギウス、?」

「な――!?」

 その場の誰もが耳を疑った。
 マーガレットはレギウスに諦めろと言ったのだ。

「マーガレット、あなたなにを……!?」

「もうダメだよ、ここまで来たら正攻法じゃとても無理だ。
 隠蔽術に関してはあちらに完全に軍配が上がっている、もはやボクらじゃ太刀打ちできない。
 ……

 含みのある言い方。
 それがひどくレギウスの癇に障る。
 だが、彼女の言葉に間違いは何ひとつなかった。

「……死霊術師を引きずり出す方法は、ある。
 たったひとつ、馬鹿みてェな方法がな……だがこれ以上は俺に言わせんな」

 レギウスは搾り出すように、そう言った。
 言わせるなとわざわざ付け加えたくらいだ。
 その内容がどれだけ非常識かつ危険なものかは覚悟しなければならない。

 レギウスはじっとランプの炎を見て、それからステラを見た。
 彼女もリスの身体でレギウスを見つめ返す。

「……このままでも、わたしは使い魔になっていくんでしょ?」

「あぁ、そうだな」

「いまさら、気休めの言葉なんて、いらない」

 一言一言を、しっかりとステラは言葉にした。

「わたしは馬鹿だけど、なんとなくわかるよ」

 ステラはパウラへと視線を移した。
 パウラも何を問われたかを理解し、小さく息を吐く。

「穏やかではあるが、魔の気配がだんだんと濃くなっとる。
 間違いなく、術式は今も進行中じゃ。
 このまま放っておけばお前さんはいずれ完全に術に喰われてしまうじゃろう」

「なんとか解呪はできないものかね?」

「術者なしではな……いや、できん事はないが、相当の時間が掛かる。
 実はもう塔には連絡は取ってあるからの、すぐにでも解呪は始められる準備は整えておる。
 じゃが……」

 パウラは言いよどんだ。
 その後に続く言葉が言わずとも分かってしまうが、ただじっと彼女の言葉を待つ。

「……術式の完了に間に合わんかもしれん。
 やってみなければ分からん。
 儂に言えるのは断言できん、という事じゃ。

 解呪に賭けるのもひとつの手ではある、もちろん儂らも全力を尽くす。
 ……賭けてみるかね?
 ある意味確実ではある、間に合いさえすればな」

 無論、と前置きして、パウラは続ける。

「死霊術師を捕らえられれば話は早いのじゃがの、あるいはそやつが死ぬか……」

 現状ではどちらの難易度も変わらないだろう。
 レギウスの言う馬鹿みたいな方法があれば死霊術師にアプローチできるかもしれないが、それは彼が言いよどむほどに危険な、それこそ賭けだ。
 彼が作戦を話さない以上、それを決行するか解呪を選ぶか、判断できるのは彼しかいない。
 『星を追う者たち』とパウラはレギウスへと視線を集める。

「………………」

 レギウスはちらり、とステラを見た。
 彼女も小さなリスの双眸で、レギウスを見ている。

「わたしは、レギウスを信じるよ」

 その一言が決め手となった、のだろう。
 レギウスは小さく息を吐いて覚悟を決めると、静かに言った。

「少し、我慢してろステラ。すぐに終わりにしてやるからよ」


To Be Continued...  Next→

『賢者の果実』(2/4) 

 宿に戻った『星を追う者たち』は遅めの夕食を摂った。
 何だか異様に張り切った娘さんがリス用の食事――ごく普通の木の実類――と、リス用のベッド――籠の中にふかふかのクッションが敷き詰められている――を披露した事でステラの狸寝入りが炸裂したが忙しい夕方という事もあって、娘さんはさほど執着せずに仕事に戻っていった。

 とりあえず木の実を齧っていたステラではあるがやっぱり物足りないらしく、すっかりしおらしい。
 今朝同様に、レギウスが籠の陰で食事をステラに分け与えた。
 半ば興味本位で獣の肉も与えてみたが、特に意に介さず平らげたところを見ると、リスに変化しているからといって一気に草食になるという訳でもなさそうだ。

 適当に食事を済ませた『星を追う者たち』は二階の自分らの部屋に戻る。
 娘さんより託されたリス用のベッドをサイドボードに置いて、そこへステラをそっと置く。
 やれる事はない、と宣言したレギウスの指示の元、皆一様に眠る事になった。

 夜が更けてしばらく、リス用のベッドの中でステラはころんと寝返りを打った。
 視線の先には窓があり、その向こうの空は晴れており、綺麗な月が昇っている。
 彼女の名前の由来たる星々がやけに輝いて見える。

「……はぁ」

 思わず、ため息が漏れた。
 暗い天井を見ていると、様々な事が頭をよぎる。
 油断すると、心の隙を突いて押し寄せる不安と憂鬱の波に飲み込まれそうだった。

 もうステラには対処できるレベルの事態を超えている。
 今回の件が魔術絡みである事はほぼ間違いない。
 であれば彼女が最も信頼するレギウスに頼るしか手がないのも事実だ。

「……ステラ?」

 再度大きなため息をついた後、控えめにドアがノックされたかと思うとマーガレットの声がした。
 マーガレットは返事を待たずにドアを開けて入ってくる。

「どうしているかと思って来てしまったが、大丈夫かね?」

「うん。ご飯も食べたし、落ち着いたよ!」

 マーガレットはそばに来て、ベッドの端に腰を下ろした。
 それからしばしの沈黙が流れた。
 階下からは酒場のざわめきが聞こえてきて、完全な沈黙とはならなかったが。
 どうやら誰かがどんちゃん騒ぎをしているらしい。
 なんというか、いつもの『大いなる日輪亭』を切り取った風であった。

「わたし……、わたし、どうなっちゃうのかなぁ」

「元に戻るさ」

「でも……でも、原因が分からないんじゃ……」

「うむ、それも含めて色々あたってみるとしよう。全ては明日だ」

 マーガレットは手を伸ばしてふわりとステラの身体に触れた。
 それから安心させるように、やさしく撫でる。

「心配要らない、必ず元に戻るさ。
 皆で事に当たれば必ず道は開ける、ボクたちを信じたまえ。
 それに君の信頼するあのレギウスはそこまで柔な魔術師じゃない、というのは君が一番良く知っているだろう?」

「マーガレット……」

「それに、パウラさんだって手伝ってくれている。
 なんたって彼女は魔術師だ、魔術師たる彼女がこの謎を放っておくはずがない。
 最大限の熱意で取り組んでくれる事は間違いない。
 汎用性のレギウスと専門家のパウラ、この二人が組めば何も心配する事なんてないのさ」

「あはっ、そっかぁ……そうだよね」

 ようやくステラは笑った。
 実際はリスの姿なので定かではないが、声は間違いなく笑っていたはずだ。

「焦らないで、順番にやっていこう。
 明日もう一度パウラさんを尋ねて、調査の結果を聞く。
 それからステラも、もう一度色々思い出してみてほしい。
 どんな些細な事でも構わない、何が解決に繋がるか分からないからね」

「……ん、わかった」

「しっかり食べて、よく休むんだ。疲れていてはどんな力も出ない。
 おっと、感動したならば遠慮せずにマグ姉と呼びたまえよ?」

「……遠慮しとく」

 せっかくいい感じにだったのに易々とぶち壊してしまうマーガレットだった。
 その後添い寝するだのしないだの、寝返りだけで死ねるだの死ねないだのと会話を重ねるも、やがてステラはリス用のベッドで寝こけてしまった。
 少し経って、ノックもせずにドアを開けてレギウスが入ってくる。

「どうだ?」

「ん、眠っているよ……それで、どうだね?」

「まだどうとも言えねェな。幾つか気になる事はあるんだが」

 レギウスは食事を終えてすぐ、宿の屋根裏に存在する書物の貯蔵庫へと足を運んでいた。
 元々レギウスが所持してた書物の一部であり、コヨーテが以前使っていた部屋を間借りして貴重な資料のみを選んで保管してもらっていたものだ。
 そこに何かヒントがあるかもしれないと、レギウスはさっきまでずっと調査を進めていた。

「……随分と堪えている様子だよ」

「チッ、仕方ねェか。幾らこいつが極楽トンボでも不安にもなるだろうよ」

 言って、レギウスは窓際から空を見た。
 憎たらしいくらい、ステラの名の由来たる星々が輝いている。

「……自業自得だ、馬鹿が」

 苛立ち、焦燥、それらの思いの全てがステラにではなく、レギウス自身に向けられている事に、マーガレットは気づいている。
 そもそもマーガレットにここに来てステラを励ますよう指示を出したのは他でもないレギウスだ。
 彼は誰よりもステラを、仲間を思って行動できる男である。

「ま、説教も反省も元に戻ってからたっぷりやりゃあいい」

「ふふっ、覚悟したほうがよさそうだね」

 マーガレットは丸くなって眠っているリスをちょいちょいとつついた。
 からかうような言葉になったのは、レギウスの言葉が思いのほか照れ隠しのように聞こえてしまったからだろうか。
 なんというか、聞いているほうが恥ずかしい気がする。

 それからしばらくレギウスとマーガレットは小声で話し合いを続けた。
 明日の予定から、想定できる限りの状況に対する方策を練る。
 策士たるレギウスにとって出た所勝負というのはありえない。
 その周到さこそがレギウスの強みでもある。


 翌朝、窓の向こうからは小鳥のさえずりがひっきりなしに聞こえてくる。
 なんとも平和で清々しい朝であるが、寝起きしたベッドがリス用でなければ最高だった。
 ステラはリスの姿で深くため息をつく。

「う~ん……やっぱり、リスだなぁ~……」

 ステラは自分の身体をしげしげと見た。
 ふさふさの毛が生えていて、宿の亭主は羨ましがるんじゃないか。
 しかし本人の耳に入ったらぶっ飛ばされてしまうかも、という益体のない想像をしてしまう。
 レギウスを先頭に、次々と『星を追う者たち』が部屋に集ってきた。

 昨晩のマーガレットの励ましのお陰で、ステラの気持ちも幾分か軽くなっていた。
 ステラからは少なくとも昨晩までのように気分が沈んだ様子は消えているはずだ。

「さっさとメシ食っちまおうぜ」

 反対に、レギウスは少し不機嫌だった。
 結局わずかな睡眠しか取れないほどに調査を進めたのが、芳しい結果は得られなかったのだ。
 彼にとっては何も分からない状態で一夜を明かすなんて気持ち悪くて仕方がないのだろう。

 一階に降りた『星を追う者たち』は、軽く宿の亭主や娘さんに挨拶を交わしてカウンターに着いた。
 ただリスのステラに対しては娘さんからラブビームが飛んでいった。
 朝から熱い、熱すぎる。
 やがてカウンターに並べられた食事――リス用の食事ももちろんある――をつつきながら、今日の行動方針を固める。

「今日は、もう一度パウラさんのところに行くんだよね?」

「いや、その前に賢者の塔に寄るつもりだ。専門の機関で調べさせりゃ、何か手がかりが掴めるかも知れねェ」

「!!!!!!」

 リスのステラはぶんぶんと首を横に振ってノーサインを出している。
 それを一瞥したレギウスは、

「拒否権はねェよ」

「と、塔の魔術師にバレたら実験台にされちゃう!」

 確かに生物学的にも喋るリスというのは希少に過ぎるし、魔術だとしてもこの辺りではお目にかかれないものだ。
 経過観察だけならばまだしも、様々な魔術を用いての実験となればステラが壊れてしまう可能性も大いにある。

「ま、可能性はあるな」

「いぎゃ~~!! やっぱり~~~!?」

「まぁまぁ、ステラをいじめるのもその辺にしておきたまえよ」

「……冗談はともかく。
 塔ならジャンルを問わず多量の経験と知識が集まる場所だ。
 何らかの対処法、あるいは似たようなケースの記録があるかも知れねェ。
 とにかく、今は手がかりが必要だ」

「ふむ、君が他の機関を頼るなんてよっぽどだね」

「うるせェよ……ま、少し確かめてェ事もあるからな」

「で、でででででも! 実験台になったら……」

「させるかよ馬鹿、いいからオマエは黙ってリスの振りをしてりゃいいんだ」

「……ほんとに?」

「俺が今までに一度でも嘘ついた事があったかよ?」

 結局はその一言が決め手となり、ステラは静かになった。
 手早く食事を済ませて『星を追う者たち』は宿を出る。
 ちなみに、相変わらずステラは小さなリスの身体でレギウスから貰った大きなパンの欠片を平らげている。

「一度でも嘘ついた事ないんだ?」

「必ず騙せる相手を騙して面白ェかよ」

「それはそれで面白いんじゃない?」

「……そうでもねェんだよ。年中人を騙してるようなクソガキには分からねェだろうがな」



 交易都市リューンが誇る賢者の塔は、例え朝であっても人の出入りが激しい。
 勝手知ったるレギウスを先頭に、『星を追う者たち』は奥まった場所にある広めの部屋に乗り込んだ。

「邪魔するぜ」

「あら、こんにちは」

 ノックもなしに乗り込んだレギウスを見ても咎めもしない青髪の若い女性魔術師は、手元のめくりかけの本から顔を上げた。
 その手馴れた対応から察するに、いつもレギウスはこんな風にぶっきらぼうに訪れているのだろう。

「ん、どうしたの? 随分と珍しいものを連れているみたいじゃない」

「まぁな、オマエはこれをどう見る?」

「? どうも何も……魔法生物でしょ?」

「魔法生物!?」

 予想外の答えに、思わずターニャが声を張り上げていた。
 問いを投げかけたレギウスは取り乱す事なく、ただ舌を打つばかりだ。
 まるでその答えを予期していたかのように。

「えっ、なになに? 面白そうね?」

「いや面白くねェよ。そんなに興味持つんじゃねェ」

「えーっ!? それを言われて持たないなんて不可能よ!」

 青髪の魔術師はきらきらと目を輝かせている。
 どうも魔術師としての好奇心に火が点いてしまったらしい。

「チッ、ひねくれ者どもめ」

「フン、冒険者に言われたくないわね!」

 そうして二人はしばらく睨みあった。
 ステラを除く『星を追う者たち』は総じて心の中でどっちもどっちだとツッコミを入れていたが。

「……まぁ、いずれ協力を頼むかも知れねェ。が、今のところはまだいい」

「あら、今頼めばいいじゃないですか。お引き受けしましょう」

「予想は付くが……見返りは何を要求するつもりだ」

「見返りだなんて人聞きの悪い。私どもでお役に立てる事があれば、なんなりとお力になりますとも!」

 なんというか、とても嘘くさい。
 リスのステラを見る目が輝きすぎている。
 どう見ても好奇心に負けているようにしか見えない。

「ま、それはそれとしてですよ、それちょっと見せてもらえません?
 別に何もしやしませんよ、ね? ちょーっと調べるだけですから!!」

 青髪魔術師の目がギラギラと輝きを増した。
 今朝の娘さんのラブビームに劣らぬパワーにステラが青ざめながらおそるおそるレギウスへと視線を向ける。
 リスの振りをしていれば大丈夫だと、実験台にはさせないとレギウスは言っていた。

「タダならいいぜ、ほら」

 ステラの願いはあっけなく無視され、尻尾を掴まれて青髪の魔術師へと投げられた。
 声にならない叫びを上げるリスのステラ。

「……大事に扱ってくれたまえよ? 一応は預かりものなのだから」

「心配は要らねェよ、あいつはあれでも専門家だ。壊すなんて事はありえねェ」

「そういう事よ。さすがに分かってるわね」

 青髪の魔術師は早速リスの身体を撫で回していく。

「ふうん……? 変わってますね?」

 首を傾げながら、青髪の魔術師は呪文を紡いで術式を起動する。
 それが攻撃や呪術の類でないと分かっていても、リスのステラは成す術がない故に怖かった。
 気づけば青髪の魔術師の目からはさっきまでの浮ついた雰囲気は消え去り、真剣そのものとなっている。

「……これ、預からせてもらえませんか? もう少し詳しく調べたいわ」

「せっかくだが断る。俺の一存で決めていい事じゃねェからな」

 レギウスは青髪の魔術師の掌からリスの尻尾を掴むと、マーガレットに向けて投げた。
 その薄い胸に抱かれたステラは、ものすごい速さで懐へと潜り込む。
 相当の恐怖体験だったらしい。

「そう、残念だわ」

「現時点だけでいい。結果は?」

「……そうですね。すごく、すごく変わってる」

 それだけ言って、青髪の魔術師は少し考え込んだ。
 やはりあまり例を見ない類の現象なのだろう、言葉をじっくりと選んでいる様子だった。
 ややあって、青髪の魔術師は口を開く。

「結論から言えば……人為的に創られた『使い魔ファミリアー』ですね」

「使い魔……か」

「……一体、どなたから預かったんです?」

「それは教えられねェ」

 さすがにそこまで話してしまう訳にもいかない。
 ただでさえ相手は魔術師なのだ、ここまで見せてしまうのも一種の賭けではあった。
 幸いにも察してくれたのか、青髪の魔術師は引き下がった。

「ねぇ、人為的に……って、どういうこと?」

「使い魔はだいたい二種類に分けられまして……
 ひとつは最もポピュラーな召喚型です。
 対象を術者の下へ呼び寄せ、支配あるいは契約によって使役します。
 術者の能力が問われ、支配・契約できなければ召喚する事はできません」

 一般的な魔術師・魔女と言えばインプを使役している様を思い浮かべるかもしれない。
 インプは典型的な召喚型の使い魔である。
 他にも低級の妖魔や蟲などを使役している魔術師も多々存在する。

「もうひとつが創造型です。
 これは召喚型のように既存の存在を呼び出すのではなく、完全に術者の手によって作り出されるものです。
 まあ、これも結局は術者の能力が問われるのですが……
 その使い魔は、こちらの創造型になりますね。

 とはいえ創造型自体はそう珍しいものではありません、私たちだって使います。
 ここで問題になるのは、創造の『手段』です。
 何を媒体にして、どんな術式を用いるか――」

「――死霊術、か」

 レギウスの即答に、青髪の魔術師はただ頷く。

「し、死霊術だって……!?」

 状況が整理できず、カイルはレギウスの言葉を反復した。
 死霊術といえば生者と死者の境界を操る、人間としての倫理を越えた忌むべき魔術だ。
 生者であるステラに施されたとあってはさすがに冷静ではいられない。

「それは、人の血肉によって創られた――つまり、使ですよ。
 言うまでもありませんが、創造型で人の血肉を用いるのは重大な禁忌タブーです」

 その理由は言わずもがなである。
 聖北教会の教義に反する、なんて形式的なものではない。
 もっと根本的な、人として踏み外してはいけない道に背くからだ。

「普通は術者の魔力か魔力の篭った品を用いるものです。
 いたずらに強い力を込めて理を捻じ曲げる事にどういう意味があるのかと思いますけど……、人によってはそういった『素材』がひどく魅力的なようですね。
 それに、その使い魔は……、」

 青髪の魔術師が言いよどむ。

「どんな結果だろうが構わねェよ、俺たちには知る必要がある」

 レギウスの催促にも、青髪の魔術師はなおも言いよどんだ。
 ひとしきり唸った後、無理やり納得したように頷いた。

「まあ、他ならぬあなたがたですから。
 知らずにそれを連れ歩いているみたいですし……そうですね、知っておいたほうがいいでしょう」

 やがて意を決したようにレギウスと向き直った。

「先ほど人の血肉で創造された、と言いましたが……正確にはを元に創られています」

「………………」

「その様子だと、意味はお分かりでしょうか」

 レギウスは無言で返した。
 青髪の魔術師は他のメンバーのために、一言一言を噛み締めるようにして説明を加える。

「……死霊術は墓を荒らして死肉を用いる事が多いのですが、生きた血肉を使う事もあります。
 つまりは生きている人間を――」

「――っ!」

「……媒介は新鮮なほど良い。エネルギーが満ちている……、戯れ言ですよ」

 さすがにばつが悪くなったのか、青髪の魔術師はそう付け加える。

「まあ、その使い魔はかなりの力があると思います……
 そうに違いないのですがね?
 どういう訳か全然魔力が感じられないんですよね、それ」

「つまり?」

「つまり、普通の基準からすると……全く力を持っていないという事です」

「要は全くの役立たずって事か?」

「ええ、まあ……いやでもそんなはずはないんです。
 禁忌を犯してまでそんな役立たずを創る訳がありませんし……
 総合すれば、相当変わった使い魔だって事ですよ」

 役立たずを繰り返される度にステラはショックを受けている様子である。
 別にステラ自身が、ではなくリスの身体が、であるのでそこまで気に病む必要はないのだが。

「……何か、参考になりましたか?」

「あぁ、助かったぜ。……で、見返りだが」

「ちょ、ちょっと! せっかく格好良く決めたのにぃ!」

「要らねェのか?」

「まったく……見返りなら、もう十分です。珍しいものを見せて頂きました」

 取り繕うように青髪の魔術師はそう言った。
 ならばと「釣りの分で質問させてもらうがよ」とレギウスはぐいぐい押す。
 彼の前で余計な見栄は命取りである。

「パウラという魔術師に心当たりはあるか? 若葉通りに住んでいる婆さんだ」

「ああ、パウラさん? なんだ、お知り合いなんですか?」

「……最近ちょっとな。どんな魔術師だ」

「どんな、って塔のベテラン魔術師ですよ。うちの所属です。
 すっごく面白い方ですね。
 地位とか名誉とかに興味なくって、幹部に推薦されるほどの実力を持っているのに嫌がって引き受けないんですよ」

「へー、結構偉いひとなんだ?」

「何年もあれこれ理由をつけて逃げ回っているみたいですけど、そろそろヤキが回……いえ、引き受けさせられそうですよ」

「あはは、大変なんだね彼女も」

「研究も変わってますね、何しろ『美味しさを追求した魔法アイテム』ですから。
 味と安全を重視するから魔法アイテムとしてはほとんど使えないっていう本末転倒な代物ですよ。
 あ、でも子供が飲みやすい薬を医療ギルドと共同開発しているみたいです。
 研究って、思わないところで役立つものですね」

 結局はあまり有用な情報は得られなかった。
 とはいえ、パウラという魔術師に後ろ暗いところがないというのは収穫のひとつではある。
 これより後、手がかりの少ないレギウスにとっては彼女を頼るしか道が残されていないのだから。
 適当なところで話を切り上げ、『星を追う者たち』は賢者の塔から離れる事にした。

「それにしても酷い話ですよ、生きている人を使い魔にするなんて。
 その人の魂が、どうが安らかでありますように……」

 死んでもいないのに冥福を祈られたステラは、本日幾度目かのショックを受けた。


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周摩

Author:周摩
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