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リプレイ記:陽光を求める者たちの記事一覧

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『蝙蝠屋敷』(2/2) 

 今では屋敷の主となった蝙蝠たちの熱い洗礼を受けた『陽光を求める者たち』は難なくそれを退けた。
 そして手持ちのランタンに明かりを灯し、屋内へと足を踏み入れる。
 何はともあれ、まずは依頼をこなさねば話にならない。

 玄関ホールには三つの扉が存在し、内一つは鍵が掛かっていた。
 残る二つから手近な扉を開け放ち、その部屋を根城にしていた蝙蝠たちが飛び出してくる。

「《清冷なる小さき種子よ、束となりて彼の者を穿つ鋭き疾き花弁となれ!》……、《舞え!》」

 クロエの紡ぐ氷の術式、【花散里】が発動する。
 魔力によって急激に冷却された大気中の水分が散る花弁のような鋭い氷と化し、蝙蝠を切り刻む。
 それを免れた蝙蝠も冷気によって動きを止め、床に形成された氷の棘に身を落とし、貫かれた。

 クロエの術式は、『月歌を紡ぐ者たち』の魔術師バリーのように火炎を軸としないのでやや威力に欠けるが、屋内でも比較的安全に使用する事ができる。
 そして何より時間が経てば氷は溶けてしまうので後処理が楽であるという利点もある。
 使い様、というやつだ。

 どうやらこの部屋は客間だったらしく、客用のベッドが幾つか並んでいる。
 ベッドの状態は埃や蝙蝠の糞やらで酷い状態である。
 スコットが調査を行うが、特に気になるものは見つからない。

「うっし次行くか」

 特に何もやっていないスコットが仕切り、マリナにげしげしと足を踏まれている。
 本人は全く気にせず、次は食堂への扉を開けた。
 飛来する蝙蝠はクロエの唱えた【眠りの雲】で無力化した後に一匹一匹処理していく。

 散らかり放題の食堂の調査を行っていた際、きらりと光る物を発見した。
 発見者はもちろんやたらと目聡いスコットである。
 どうやら指輪らしく、そこそこの価値はありそうだ。

「………………」

「何じゃいその目ぇ、隊長殿には許可は貰っとるんじゃぜ?」

「ああそうですか。ならばご自由に」

 いかにも不満げにそう答えると、レグルスはそっぽを向いてしまった。
 その後にも、部屋の隅に保管してあった食用油や水の樽の底から幾枚かの銀貨を見つけ、似たようなやり取りを行った。
 レグルスという青年、見た目どおりの真面目さを備えているらしい。

「おっと油じゃ油じゃ。わぁい油、スコット油大好き」

 何やら変な事を呟きながら、スコットは戸棚から大きな酒瓶を取り出して、樽から油を満たした。

「……何ですかそれ、というか何故そんなものを?」

「こーいうのはじゃなー、意外なところで使えたりするもんじゃ。
 たったこれだけの油で手前の身を守れちゃったりする超スグレモノなんじゃぜ!」

「へえ、私には分からない発想ですね」

 いかにも興味なさげにレグルスはあしらった。
 訊ねたのはあちらなのに、ここまで来ると単にいちゃもんをつけたいだけではないのかと疑いたくなる。

「あ、分かり合えなくて当然じゃろ。
 あんたら治安隊とわしらじゃ生き方も価値観も考え方も全く違うもんじゃからのう」

「治安隊と冒険者とあんたたち、でしょ。一緒にしないでよ」

「こりゃ手厳しい」

 そんなやり取りを冷めた目で眺めるレグルスは、さっさと次の部屋へと向かおうとする。
 跡を追う『陽光を求める者たち』との距離は更に開いていた。

 次に蝙蝠たちの支配から解放した部屋は、埃塗れとなった複数の書棚とライティングデスクが置かれた、書斎である。
 書棚に収まった本にも均一に埃が堆積しており、今回の件でこれらから得られる情報はなさそうに思える。
 ひとまず先ほどまでと同様に調査を進め、書棚の奥より【誘眠の書】のスクロールを発見した他には何もない。
 となればこの部屋には用がなく、さっさと部屋を出ようとする『陽光を求める者たち』であるが、

「ちょっと待ってください!」

 それを引き止めたレグルスは、右手に金色の鍵を手にしてスコットへと差し出している。

「床の隅に落ちていましたよ。お渡ししますね」

「おう、こりゃ済まんのう。わしも耄碌もうろくしたかー、まさかこんなギラギラした金色の鍵を見落としちまうとはー!」

 無論、スコットが耄碌したはずはない。
 調査にはスコットだけではなく、マリナも参加していた。
 その二人が見つけられなかった金色の鍵を、易々と見つけ出したレグルス。
 彼の内に眠る天才的な観察眼が開花したのでなければ、答えは一つしかないだろう。
 しかし、それを今この場で指摘するのは得策ではない。

 その後、軽く探索したものの得られたものは少ない。
 子供部屋と思しき部屋で蝙蝠を退け、子供が宝箱にしていたらしき『雪』が積もった木箱からエメラルドを発見した程度か。
 エメラルドとはいえ等級はさほど高くなく、売却したとしても決して高額にはならないだろうが、拾い物に文句をつけても仕方がない。
 三度レグルスから冷やかな視線を浴びたのだ、ここはありがたく頂戴しておくとする。

 それらが終わると、玄関ホールに最後に残された施錠された部屋へと向かう。
 レグルスが拾ったという、件の金色の鍵を試そうというのだ。
 手ごたえを感じたスコットは金属製の扉をゆっくりと開く。
 扉の向こうはすぐ下りの階段になっている。

「お、開いたのう」

「……一体この先には何がいるのでしょうね」

「さぁ? 鬼が出るか蛇が出るか、どうせそんなところですの」

「……それはどういう――?」

「ッああああああああああああああああああああああ!!!」

 唐突に、スコットが大声を上げた。
 比較的広い玄関ホールにもぐわんぐわんと反響するほどの大音量である。
 レグルスだけでなく、他のメンバーも全員がスコットへと向いた。

「やっべ、やっべぇ! わしの財布……、どっかの部屋に落として来ちまってるよ! おいぃぃぃ!!」

「……おばかさんですの? 早いところ探してきなさいですのよ」

「どうせ薄い財布でしょうけど、それで小遣い強請られても困るのよね。さっさと探して戻ってきなさい、私たちは先に行ってるから」

「おう済まねぇ、行ってくるぜ!」

 そう言い残して、スコットは物凄いスピードで駆けて行った。
 レグルスはその様子を見て、毒気を抜かれたような顔をしている。

「……、抜け目のない方だと思っていましたが、案外せっかちなんですね」

「基本あほですのよ。さぁ、先に進むですの」

 クロエが促し、一行は暗く長い階段を降りていった。
 自分たちの足音以外、何も聞こえない。
 先ほどまで飛び回っていた蝙蝠の羽音さえもだ。
 どれだけ降ったか分からなくなるほど歩いた後に、ようやく開けた場所に出た。

「どうやら最深部のようですね……」

「そうみたいですの。でも鬼も蛇もいませんのね」

 軽く周囲を見渡しても、何も物が置かれていないのでは鬼も蛇も隠れようがないだろう。
 ただ埃だけがここには保管されていた。

「おう、待たせちまったかの」

「……意外と早かったじゃない」

「ふっふっふ。せっかく盛大なネタばらしの瞬間じゃ、主役が立ち会ってやらんとのう」

 スコットはそう言い放ち、鋭い目つきでレグルスを睨みつける。
 口元には厭らしい笑みを貼り付けたままだ。

「な、何を急に……」

「おうおう、黙って聞いとれ若造。説明はしてやるからのう」

 絶対的な自信がある、と前置きしてスコットは鼻高々に解説を始める。

「まずはあの不可解にすぎる集落。
 あそこを襲った吸血鬼がこの屋敷に棲みついていた、あるいは封印されていた……なぁんて事ぁ全然ねぇのよ。
 襲ったのは間違いなく人間、そして原因はこいつじゃろ?」

 そう言って取り出したのは、集落の一軒で見つけた麻の葉っぱである。
 明らかにレグルスは狼狽した。
 目を見開いたまま表情が動かず、彼の額からは大粒の脂汗が滴り落ちる。

 麻の葉や実は『マリファナ』の原料になる。
 薬物に規制の厳しい国に横流しすれば、莫大な利益を得られるのは言うまでもない。

「あの獣道の先には麻の畑があって、集落の人間はそれを育てるのが仕事だったってところか?
 集落の人間が消えていたのは雇い主と反発して集落の人間は皆殺しにされたから。
 理由は……まぁ十中八九、金の問題じゃろ」

「な、な……!」

「あと、あんた演技へったくそじゃのう。
 この地下への扉の鍵、あれをお前さんが見つけたって言い張ったのは頂けねぇぜ。
 こちとら家探しに関しちゃプロなんだからのう」

「そりゃあんただけよ。不名誉な自慢は止めなさい」

 マリナの手厳しいツッコミも入ったが、スコットは自信満々に全ての謎を看破していた。
 それらの推論を突きつけられたレグルスは顔面蒼白となり、小刻みに震えている。

「フ、フフ……」

 しかし、蒼白となった顔の血の気はすぐに回復、というよりむしろ高潮する。

「――やはりお前か、あの時見てたのはお前なんだな! まあいい、そろそろ仲間が駆けつける!!」

「あン?」

 スコットが訝しがっていると、まるで謀っていたかのように背後の階段から物音が響き始める。
 それは雑踏である。
 数人どころじゃない、明らかに最低でも一〇名はあろうかという足音だ。
 それらがものすごい勢いで階段を駆け下りてくる。

 冒険者六名に対し、治安隊の精鋭が一〇余名。
 それも退路を絶たれた状況とあっては冒険者の敗北は揺るぎないだろう。
 しかし、スコットは一切の怯えも焦りも感じていない。

 なぜなら、既には終わっているからだ。

「――な、なんだ!? 何が起こっている!?」

 叫んだのはレグルスだったか。
 それを掻き消すほどの絶叫と金属音が、階段より響いていた。

「うっぷぷぷぷ……」

「き、貴様まさか!?」

「ピンポンピンポン大正解!
 たあっぷり油ぁ撒いて来てやったぜぇ!
 言ったじゃろ、こんなモンでも手前の身を守れるんだってなぁ!!」

 財布を拾いに行った、というのはもちろん嘘である。
 スコットはああ見えても大がつくほどの嘘つきなのだ。

「あんまりにも強引だったからこちらはフォローに苦労しましたの」

「うるせっ! まんまと嵌ってくれたんじゃから結果オーライでいいじゃろ」

 そのやり取りを眺めながら、再びレグルスは顔面を蒼白にしていた。
 罠に嵌めたつもりが逆に嵌められていたのだから無理もない。
 何も言えず、ただ呆然と立ち尽くす。

「何じゃ、ころころ顔色変えて大変じゃのう。
 まぁ、わしらもここまで知っちまった以上、真相の中の真相まで引きずり出すハラよ。
 これから魅惑の拷問タイムに入るんじゃから無理もねぇか?」

「そん、な……」

 じり、とレグルスは後ずさる。
 完全にイってしまっているようなスコットの笑みに気圧されていた。

 その時であった。
 スコットの背後から、石階段を叩く足音が響いてくる。
 その音はさっき聞いたよりも小さいものであったが、レグルスの表情を明るくするには十分なものだった。

「キース!」

「待たせちまったなレグルス!」

 遂に階段を突破した治安隊員数名は、『陽光を求める者たち』の包囲を突っ切ってレグルスの元へ駆けていった。
 恐らく保険の意味合いの強い後詰の部隊なのだろう。

「ふ、ふふ、散々虚仮にしてくれたみたいだが……『治安隊第三部隊』の力をお前らに見せ付けてやるわ!」

「オーイオイオイオイ悪党にしちゃ台詞が安っぽすぎんぜ? もうちょっとイカした台詞じゃねぇとやる気でねぇっての」

 数を得て強気になったレグルスに対し、スコットは依然変わらず飄々と返した。
 治安隊員は数でこそ不利だろうが、それを覆すほどの鍛錬と根性を持ち合わせているのだろう。
 たかが冒険者ごときに遅れを取るはずがないと、そう信じているはずだ。

 無論、彼らは正しい。
 正しいが故に彼らは敗北するのだ。
 相当の色物揃いである『陽光を求める者たち』を、一介の冒険者として括ってしまうのは大いなる間違いなのだから。



 ひとしきり暴れた『陽光を求める者たち』は、そこらに横たわる治安隊員をそれぞれ縛り付けた。
 目を覚まして暴れられては困る。
 いくら悪党だろうと相手は治安隊だ、殺してはいない。

 しかし目下の悩みとしてはどうやってこの事態を収拾するか、この一点に尽きる。
 このままでは治安隊員に重傷を負わせたと言い掛かりをつけられるに違いない。
 そうなればリューンの街で冒険者を続ける事は適わず、あの『大いなる日輪亭』にも大きな被害が及ぶだろう。

 明暗を分ける大事な判断の時に、スコットだけはお構いなしだった。
 先ほどの戦闘でも使用したクロスボウに再び矢を番えなおす。
 そしてその照準をレグルスの脳天へと合わせた。

「……スコット。何をやっているの」

 マリナに腕を掴まれながら、スコットは億劫そうな表情で彼女を見た。

「トドメを刺す。それ以外に何かあるか?」

「馬鹿、止めなさい。殺しても得にならないわ」

「あんたからすりゃそうだろうよ元暗殺者。言っとくがな、わしは利益だけで動く人形じゃねぇんだよ」

 気に障ったのか、スコットの腕を掴むマリナの力が増した。
 掴まれた腕が締め上げられるも、スコットは涼しい表情を崩さない。

「さっきの話を聞いてたら分かるじゃろ。
 『千羽の白鷺亭』のジェシカを殺したのは間違いなくこいつらじゃい」

 追い詰められたレグルスが放った言葉。
 それは『あの時』を見ていたのがスコットだと確信した一言だった。
 もちろんスコットと治安隊の間に関わりなんて一切ない。
 今回の名指しの依頼もそもそもの前提が成立しないほどにあやふやだ。

 しかしジェシカの死が関わっているとすればどうだろうか。
 ジェシカはスコットと手紙のやり取りをしていた。
 もしレグルスの言う『あの時』に彼女がその場にいたとしたら、差出人もしくは宛て名にジェシカとスコットの名が記された手紙が治安隊の手に渡ったとするならば、彼らはそれを手がかりに二人を狙うだろう。
 ジェシカの死とスコットの招集、この二つの間隔が短すぎる事を考えると、偶然とはとても考えられなかった。

「だとしても、あたしたちにこいつらを殺す権利はないわ」

「甘ぇーんだよクソが。何が権利じゃい、そんなモンなくたって人は殺せらぁ」

 スコットは強引にマリナの手を振りほどいた。
 意外にもマリナもさほど執着せず、三歩ほど退いただけだ。
 しかし彼女はエリックのほうに向き直り、

「……エリック、こいつ任せたわ」

 そう、無茶振りをした。

「――おれ、ぜんっぜん理解できてないんですけどぉー!?」

「目の前で殺人が行われようとしているわ。止めなさい正義の味方」

「……殺人だって?」

 すっかり置いてけぼりだったエリックは、ようやくここでスコットを見る。
 さっきの戦闘でもエリックはろくに状況が飲み込めておらず、ただひたすら相手の意識を狩る事だけに集中していたくらいだ。
 彼を動かすにはごちゃごちゃとした事情を抜いて、単純明快な動機を与えてやればよい。

「スコット、おれは殺人が良い事とは思わんぞ」

「こんな場面じゃ悪を憎んで人を憎まず、とか言うのが正義の味方か?」

「そうだ、ここで彼らを殺したとしても彼らの罪は消えない。
 然るべきところで法の裁きを受けさせて、それから償わせるべきだ」

「その言葉、殺されたジェシカの前でも言えるか?
 どっちに罪があるとか、ンな事ぁどうだっていいんじゃい。
 逆恨みだろうがなんだろうが手前を殺した相手を果たしてジェシカは許してると思うか?」

 エリックは言葉を詰まらせた。
 その問いは反則だ。
 どんな英雄、どんな賢者だろうが、死者の気持ちを理解する事はできない。
 理解した風を装うだけが精一杯だ。

「ったくよぉ、正義の味方ってのは残酷なモンだぜ。
 生きてるクズ共の事にばかり頓着して、死んだ人間には一瞥もせんてか?
 死んだらもう面倒見ねえってのは、そりゃさすがに筋が通らねーってモンだろ?」

「……だが、ジェシカが彼らの死を望んでいるとも限らない!」

「そりゃそうじゃ、わしにだってジェシカの本当の気持ちなんざ分からねえよ。
 だからジェシカがこいつらを恨んでいると思って、わしはわし流の弔いをする。
 いやはや残念だったの、生憎とわし紳士じゃから。
 理不尽に殺された女の無念は晴らしてやらにゃ気が済まん性質なんだぜ?」

 卑下た笑みを浮かべ、スコットは改めてクロスボウの狙いをレグルスの脳天へと定める。

「死ねよ、糞野郎ども。ただ死んで薄汚ぇ鼠にでも食われろ」

 引き金に力が入る。
 この距離なら外すほうが難しい。
 一瞬後にはクロスボウの矢が深々と頭蓋に突き刺さり、彼らの命を絶つだろう。

「――やめろッ!!」

 その一瞬よりも早く、エリックの拳がクロスボウを殴り壊していた。
 スコットは素早く身を引いていたので無傷であるが、得物の一つが消失したのは隠しようのない事実だ

「おう、やる気か正義の味方さんよお?」

「それ以上続けるならおれがお前を矯正――!」

 その言葉が終わる前に、ガイアはスコットの前へと躍り出て居合いの構えを見せる。
 エリックと元山賊の二人は、初めて会ったその日と同じように対立していた。

「だったらここでみんな大好き多数決といくか!?
 ひとつ、こいつら治安隊は表じゃ良い顔しといて実のところ麻薬の密売に手を出していた極悪人じゃ。
 ふたつ、少なくとも集落の人間を皆殺しにし、疑いがあるというだけでジェシカも手をかけておる。
 みっつ、これまた疑いだけでわしを、それだけじゃねえ、手前ら全員を殺そうとして来やがった。

 これでもまだ治安隊の糞どもを庇う理由があるってんならよぉ、正義の味方側につけ!」

 この時ばかりは、スコットはお得意の口八丁を用いなかった。
 ただ事実だけを並べるだけで十二分にひどい状況だ。
 神経がイカれている目の前の正義の味方以外はこちらにつくという確信があった。

「レティシア、クロエ……!」

 事実、レティシアもクロエも苦虫を噛み潰したような表情でスコットの側に歩み寄っていた。
 卑劣に過ぎる治安隊の所業と、同じ女性冒険者を殺された事が響いているのか。
 とはいえエリックと事を構えるつもりはないらしく、票は入れるがそこから先には従わない姿勢だった。

「んで、手前はどうするんじゃい」

 最後に残ったのはマリナだけだった。
 彼女は相変わらずの涼しい顔つきで、エリックの傍に佇んでいる。

「あたしはこちら側よ」

「ほう。……あぁ、そういやぁあン時の借りはまだ返しちゃおらんかったのう」

 その構図は彼らが初めて顔を会わせたその日とまるで同じだった。
 まだお互いの手の内はおろか名前すら知らなかったあの時。
 彼らは事の真偽すら裏取りできないままに、生き残るために、正義のためにと対峙した。

 スコットは破壊されたクロスボウの代わりを腰より抜き、マリナは鋼線を床に垂らしている。
 ガイアは腰を落として居合いの構えを見せ、エリックは苦虫を噛み潰したような表情で胸の七色の七つの宝石へと手をかざす。

「――待ちなさい。それ以上は許しません」

 レティシアの制止の声。
 向かい合うようにして対峙する双方に横合いから声を投げつけた。

「これより私は第三勢力になります。矛を収めなければ双方を叩き伏せますので、覚悟なさい」

「……わたくしも、レティシアにつきますの。仲間うちであらそうなんて、いやですの」

 今にも泣き出しそうな暗い表情で、それでも杖を握り締めて。
 クロエはレティシアに寄り添って反抗の意思を見せる。

「見事に三竦みか……いいじゃねえか。規模は小せえが、昔に戻れた気分じゃい」

 それはスコットにとってかつての日常であった。
 身一つでならず者を束ね、縄張り争いに躍起になる山賊の密集地帯に乗り込んだあの日から、スコットという一人の山賊は周囲を敵に囲まれながら過ごしてきたのだ。
 遂には山賊集団を平らげ目指すべき標を失ってしまったスコットに、その感覚は甘美に過ぎる。

「……エリック!」

 それには暗殺者として耳聡いマリナが第一に気づいた。
 足音である。
 それも一つや二つではない。
 およそ数十人の足音が、唯一の出入り口である階段からこちらへ降りてくる。

「まずい、まさか後詰が残って……!?」

 こればかりは誰にとっても想定外だった。
 先の罠に嵌めた人数も相当な数のはずであり、よもやあれに加えて後詰が用意されているとは夢にも思わない。
 たった六名の冒険者を始末するためだけにどれほどの経費をかけているというのか。

「くっそどうする! もう油の罠も通じねえぞ!」

「切り抜けるにしても出入り口はあそこしか……!」

 おそらくは同等かそれ以上の実力を持つ相手に数で負けており、更には逃げ場も存在しない。
 まさしく絶体絶命である。
 まだこちらに残っている彼らの同胞を慮ってか、閉じ込められたり火攻めにされないだけでも幾分かはマシか。

「ともかく迎撃の準備を――!」

 エリックは叫ぶが、もう遅かった。
 一気に駆け下りてきた治安隊員数十名は階段より続々と現れ、陣形を整える。
 その数、およそ二〇名。
 三倍以上の数を相手に多少なりとも疲弊した体で、かつ無策で戦いを挑まねばならない。

「ハ、どうやらここまでのようじゃの」

 言うが否や、スコットは構えていたクロスボウを近くに倒れ伏している治安隊員の脳天へと照準を定めた。
 どうせ終わりならば、せめて道連れにしてあの世でジェシカの前に引きずり出して侘びを入れさせる。
 それが腐っても山賊の頭領たるスコットの、せめてもの足掻きだった。

「やめ――」

 エリックの制止が耳に届いたとしても、引き金を引く指を押し留める力なんてこれっぽっちもない。
 物理的に止めようとしたところで間に合うはずもない。
 いつも通りの動作で一切の迷いもなく、スコットの右手の人差し指は引き金を引いた。



 小隊を率いていた銀髪の背の高い男は、隊員に剣を収めるよう指示を飛ばして改めて冒険者たちに向き合った。

『私たちは貴方たちと争うつもりはない。ただ、話がある』

 その強面に似つかわしい重苦しい低い声だが、恫喝の意味を込めたものではなさそうだ。
 敵意がない事を感じ取った『陽光を求める者たち』はそれぞれ武器を収めた。

 男は治安隊第一部隊長ダグラス=セラーゾと名乗り、自らの部隊の目的を明かした。
 その内容とはなんと『レグルス・ステファニー、キース・アンフェア両名の捕縛』との事である。
 エリックらにはその名前に聞き覚えがある、なんて程度ではない。
 今まさにそこに打ち倒して、既に捕縛まで済ませてあるのだから。

 セラーゾは語る。
 治安隊第三部隊長ジェームス=シャランと裏で取引していた麻薬の売人が捕まり、尋問にかけられたその男は全てを白状したのだという。
 すぐさまセラーゾは第一部隊を率い、シャランの身元を拘束し、更に尋問を加えてここへ辿り着いたとの事だった。

『しかし貴方たちも運がない。もう少し後であればシャランの身柄拘束が先であり、この事件に巻き込まれる事もなかったでしょうに』

 そう言ってセラーゾは笑んだ。
 癪ではあるが、そこでようやく『陽光を求める者たち』は胸をなでおろす事ができたのだった。
 もしダグラスら第一部隊がシャランと繋がっているとしたら、こんな小細工を使って油断させる必要がない。
 単純に数を頼みに押し潰してしまえばいいのだから。

 それからセラーゾは隊員に捕縛されたレグルスらを詰め所へ運ぶよう指示を飛ばした。
 村の近辺の調査など細かいものも含めて全ての指示が終わると、その場には『陽光を求める者たち』とダグラスだけが残った。

『貴方たちには申し訳なかったと思いますし、結果的に捕縛に協力いただき大変感謝もしています。
 ですが、もうここに用はありませんね?
 私たちは事件を担当する者としてこの屋敷や周囲を入念に調べなければならず、大変忙しくなります。
 申し訳ないが貴方たちはこれにて部外者となる訳です』

 捜査の邪魔だから帰ってくれ、とのお達しである。
 いちいち高圧的な物言いに辟易するが、ここで彼らと事を構える心算も気力もない。
 最後に一つだけ、 何故スコットを名指しで罠に嵌めようとしたのか、それだけを訊ねた。
 今後同じような例が起こらないとも限らないため、情報は少しでも欲しい。

 セラーゾはそれに対してやや面倒な反応を返しつつも問いに答えた。
 彼が取り出したのは一枚の手紙、それもジェシカの書きかけのスコットへ宛てた手紙である。
 この手紙はシャランの事務室から見つけたとセラーゾは語った。

 つまりはこれが元凶だったのだろう。
 手紙の宛先であったスコットがジェシカと繋がっていて、後ろ暗い場面を見たジェシカから秘密を知られたと勘違いした結果、スコットと彼と浅からぬ付き合いのその仲間を始末しようとした、という事だ。

「……つまりはやっぱりあいつらがジェシカを殺したって事じゃねえか」

 スコットは鋭い目つきでガイアを睨めつける。
 『大いなる日輪亭』の自室で、スコットは事の顛末を聞かされた。


?」

 クロスボウの引き金を引いた刹那、スコットはすぐ傍にいたガイアに殴り倒されていた。
 急激に起動を変えられた矢はあらぬ方向へと飛んでいき、誰も傷つけずに石壁にぶつかって地に落ちた。
 一撃で意識を刈り取られたスコットはその後、そのままガイアによって宿まで運ばれている。

「結果だけ見りゃあお前は実に優秀な働きをしてる。それは評価してやらんでもないがな」

 もしあの場で抵抗のできない治安隊員を撃ち殺していた場合、いくら姦計に嵌められたとはいえ過剰防衛であった。
 結果論であるが、ガイアはそれを防いだとも見える。

「……あの場ではエリックらとの連携が必要でした。
 敵の数は多く、内部分裂していてはお頭の命も守れない状況であると判断し、過ぎた真似と覚悟してあのような行動に出ました」 

 ガイアの言い分は正しい。
 たとえ第一治安部隊が敵だったとしても、最悪の状況に対応した最良の選択肢だったはずだ。

 しかし、

「舐めるな小僧。お前の考えがわしに見抜けねえと思ったか?」

 ガイアはびくりと身体を震えさせた。
 
「手前は単にだけじゃい。
 内々じゃいつエリックの側に付こうか考えてたじゃろ。
 だから治安隊の到着のどさくさに紛れてわしを黙らせた、違うか?」

 その追求に、ガイアは顔を青くして何も言えなくなっていた。
 どうやら図星らしい。
 しかし、彼も自身の本心に気づいていなかったようである。

「お、お頭……俺は……」

「黙れガイア」

 キッパリと言葉を遮る。

「今回の件、お前が忘れてはいけない事柄は二つ。
 一つは無意識にでもわしに逆らった事、こいつは努々忘れるな。
 今まで山賊として生きてきたお前が冒険者として変わりつつある証拠じゃい。

 もう一つはわしがあの正義の味方に投げつけた言葉じゃ。
 今のお前に、あれに対する答えが出せるはずもないが……心に刻んでおけ。
 いずれ必要になる時がくるやもしれん」

 スコットがエリックに投げつけた言葉。
 憎しみの連鎖を断ち切るにはどうすればいいのか。
 復讐に対する答えを、正義の味方エリックは答えられなかった。

「それ以外は全て忘れていい。
 わしも今まで通りに奴らに接してやる。
 何なら、お前に殴られた事で記憶がなくなったと吹いてもいいぜ」

 そう言って、スコットは笑いながら部屋を出て行った。
 一方、残されたガイアは何も言えずにただ立ち尽くすだけだった。

 あの問いに対する答えがいずれ必要になるとスコットは踏んでいる。
 つまり、ガイアが『正義の味方』になると予想しているという事だろうか。
 正義とは程遠い場所にいるガイアに向かって、聡明に過ぎるあの頭領はそう思っているのだろうか。

 結局、スコットは記憶が消えた事にしたらしい。
 都合よく前後の記憶だけが抜け落ちている事を不審に思う声もあったろうが、蒸し返してしまうのも気が引けたのだろう。
 その後は多少のぎこちなさを残しつつも、『陽光を求める者たち』は次第に元の関係へと修復されていく。

 ただし。
 エリックとガイアの両名だけは違う。
 スコットの投げつけた問いに対して、未だに悩み続けるのだった。

 答えは、まだ出ない。



【あとがき】
『陽光を求める者たち』、Lv3のシナリオは机庭球さんの「蝙蝠屋敷」です。
短編ながら緻密に練られたストーリーがすごく印象に残るシナリオです。
作中人物の行動や、ラストの追い込みの部分などは特に私好みでした!

実はこのシナリオ、とある要素があったので『月歌』でやろうとも思っていたのですが、対象レベル内(2~4)は激戦区でして、せっかくなので『陽光』でリプレイさせていただきました。
最終的にはPCたちが勝手に動いてくれたので割と好みな展開に仕上がっていたりします。

さて、今回はスコット回でございました。
小話02を読んだ方は多少ご存知かもしれませんが、彼はこんな奴です。
色々と適当で冴えないオヤジっぽくもありますが、やるときゃやるんです。
そのやる気の方向性が間違っていたりもしますが……や、やるんです!
……スコット回なのにエリックとかガイアとかに影響を与えてしまうのは、彼が『お頭』だからなのかなぁって思いますね。

☆今回の功労者☆
スコット。演技お疲れさまでした、頭の傷は大した事ないよ。

報酬:
なし

戦利品:
【誘眠の書】
【宝石】→売却→400sp


≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『蝙蝠屋敷』(机庭球様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。

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『蝙蝠屋敷』(1/2) 

「親父、朝飯だ! 美味な朝飯を所望する!!」

「朝っぱらからうるさい男だな……飯ならほれ、用意はできているよ」

 そう言って、宿の亭主エイブラハムは人数分の食事を『陽光を求める者たち』のテーブルまで運んで来る。
 ライ麦パンと根菜のスープというシンプルながらも『大いなる日輪亭』でもトップクラスの味を約束してくれるメニューである。

「冷める前に食えよ。せっかくの料理がまずくなるからな」

「いやいや、親父の飯は冷めても美味いぞ?」

「変な世辞は止めろ、鳥肌が立つ。いいからさっさと食え」

 エリックとしては特に世辞のつもりはなかったが、しかしこのメニューは温かいほうが確実に美味い。
 いそいそとスプーン片手に食事を開始する。
 黙々と食前の祈りを捧げているレティシア以外の面々は、リーダーを放ってさっさと食べ始めていたのはもうこの際だから気にしないエリックであった。

「……あー、飯を食いながらでいいから話を聞いてくれないか。
 実は一昨日の話なんだが、『千羽の白鷺亭』のジェシカが亡くなったそうだ」

「ジェシカが?」

 『陽光を求める者たち』にはその人物と面識があった。
 過去に同じ依頼を引き受ける事となった際に、協力して事に当たった女性冒険者である。

 特にスコットはその仕事に協力した際、彼女と二人で同じ持ち場を担当していた。
 そういう事もあり、たった一度の面識と言えど彼女の事はよく覚えている。
 何よりも、彼女の豪快で男勝りな性格と、――女性に対し甚だ失礼ではあるが――食人鬼オーガのような醜悪な容姿は普通の女性冒険者よりも印象強かった。

 しかし外見に似合わず意外と小まめな性格で、時々スコット宛に手紙を送ってきた。
 内容はといえば依頼の成功話や自慢話が多く、うんざりしてしまう事も多々あったが。
 やはり亡くなったとなればその手紙すら届かなくなる訳であり、それはそれで寂しいものがある。

「なんでも、魔物に襲われたそうだ。今は、彼女の冥福を祈ってやりなさい」

「あー、そうすっかぁ」

 何とも適当な調子でスコットは応える。
 あまりの無神経さにレティシアがきつい視線を向けるものの、スコットは素知らぬ顔をしている。

 そういう世界なのだから、冒険者が死ぬなんて当たり前の事だ。
 他人の冥福を祈る暇があるのなら、まずそれが自分らでない事を喜ぶべきなのだ。
 冒険者が冒険者に祈るなんてのは、僧侶や信心深い連中に任せておけばいい。
 それが、スコットの自論だった。

 とはいえ、全く何も思わなかった訳ではない。
 冒険者ジェシカは醜女しこめであったとはいえ、女性であった。
 女性が若くして命を散らす等、スコットにしてみればもったいない事この上ない。

 スコットは容姿だけで他人を判断する事は決してない。
 彼の目を通して見れば、ジェシカはしっかりとした芯のある立派なレディーだったのだ。
 スコットが祈るとすれば一介の冒険者に対してでなく一人の女性に対してだけだ。

 普段からは想像もつかないくらいに静かな食事を終えると、マリナは依頼の貼り紙を物色し始めていた。
 スコットは優雅に食後の紅茶を嗜んでいるところである。

「お! そうだ大事な事を忘れていたよ。スコット、お前さんに名指しで仕事があったんだ」

「はァ? わしにか?」

 スコットはいかにも訝しがった。
 今は冒険者をやっているとはいえ、かつては山賊の頭領として三桁近い人間を率いていた男だ。
 一般的な目から見れば立派な大罪人である。

 そんなスコットがやたらと目立つような真似を、知りもしない他人から名指しで仕事を頼まれるなどありえない。
 だのにわざわざ名指しする理由、となれば挙げられる可能性はマイナス方面しかない。

「そう邪推するな、指名相手は治安隊第三部隊隊長シャラン殿だ」

 リューン暮らしの短いスコットであっても名前ぐらいは聞いた事がある、街でも多くの人が絶賛する人徳者。
 その人物から名指しで仕事を頼まれたというだけでもかなりの自慢になるかもしれないほどだ。
 無論、それは一般的な冒険者にだけ適応されるもので、アウトローなスコットやガイアには関係のない話ではある。

「邪推するなってほうが無理じゃろ、そんなもん」

「捕縛目的ならわざわざ偽装の依頼なんて使わんだろ。
 そもそも名指しはお前さんだが、依頼は『陽光を求める者たち』に来ている。
 エリックはともかく、レティシアやクロエが罪に問われる事なんてないだろう?」

 ともかくとは何だ、と正当なツッコミを入れるエリックであるが、彼も夜な夜なチンピラ狩りを行っている変人だ。
 治安隊のお世話になった事は両手の指では数え切れない。

「実は数日前に話を伺っていたが、お前さんたちもここ数日仕事で帰ってこなかっただろう。
 そのせいか、俺もすっかり忘れていてな」

「薄気味悪ぃな……ちっとも狙いが見えねぇ」

「細かい事情は俺も知らんが、最近のお前さんの仕事振りが治安隊にまで届いているって事なんじゃないか?」

「おお、物凄ぇ前向きに置き換えたな。こちとら街中じゃあ手前の存在をひたすら隠蔽したいってのによぉ」

「ところで、仕事の内容は?」

 スコットは尚もぶつぶつ言っているが、マリナはお構いなしである。
 依頼、それも治安隊という大規模な機関からの名指しとあれば断る理由はまずない。
 とはいえ内容の吟味はしっかりとやらねば足元を掬われかねない。

「郊外の山奥にある廃屋に住み着いた蝙蝠を追い払って欲しい、との事だ。
 場所や賃金等の詳しい話は詰め所で話したいとか」

「ふぅん、内容は普通すぎるくらいに普通ね」

「……で、だ。
 実はついシャラン殿に格好つけて『請けさせます』って言ってしまったんだ。
 俺の、ひいては宿の面子を立てる上で受けてくれないかね?」

「はぁーっ!? てめっ、親父! 何を勝手な事をぉ!!」

 下手すればいつも以上に命の危険のあるスコットはわめき散らす。
 あくまで依頼の諾否は冒険者に権利がある。
 たとえ宿の亭主であっても不可侵な権利のはずだ。

 しかし宿の亭主としても言葉通り格好だけで安請け合いした訳では決してない。
 数週間前に、ここ『大いなる日輪亭』の専属冒険者である『月歌を紡ぐ者たち』が聖北教会からの依頼を見事完遂している。
 聖北教会といえば西方諸国でも最大規模を誇る機関であり、これを完遂した『月歌を紡ぐ者たち』の看板冒険者の座は不動のものになった。

 しかし宿の亭主は彼らだけが目立ってしまい、他の冒険者が萎縮し距離を置いてしまうのを恐れている。
 故に、聖北教会には劣るもののリューンでは相当に巨大な機関である治安隊からの依頼が、それも名指しで来ているのだからこれを逃す手はない。
 この依頼を『陽光を求める者たち』が完遂すれば、わずかに及ばないとしても『月歌を紡ぐ者たち』と張り合えるほどにはなるはずだ。

「もちろん請けるわ。こんな大口の依頼、滅多にないでしょ」

「ちょっとマリナさーん!? わし! わしの意向はぁ!?」

「スコットには我慢してもらうわ。というか、しなさい」

「理不尽すぎるぜこの冷血女!」

 しかしスコットの味方をするのはガイアくらいなもので、結局は依頼を請ける流れになってしまった。
 『陽光を求める者たち』はまだまだ安定とは程遠い、どこにでもいるような冒険者だ。
 以前請けた好事家の依頼を結果的には失敗した事により、殊更に売りとなる名声が欲しいところなのだ。

「ま、何かあっても大丈夫だろ、平気平気」

「適当な事言ってんじゃねーぞ正義の味方さんよぉ!」

「ガイアがいれば十分だろ?」

「あぁそうだがよぉ、万が一ってのがあるんだよ!
 つーか無理!
 相手の狙いも分からんのに予防策もなしに飛び込むとか鳥肌立つわい!」

 ぎゃあぎゃあとわめき続けるスコットをなだめて、ようやく『陽光を求める者たち』は宿を出た。
 色々と時間を食ったせいで、治安隊の詰め所に到着した時にはもう、日は高く昇っていた。
 『陽光を求める者たち』は、軽い身分証明を済ませるとすぐに奥の部屋へと通される。

 立派な執務室のデスクの向こうから、黒々とした髪がまだまだ現役であると印象付ける初老の男が一行を出迎えた。
 渋々、といった風にスコットは一歩前に出て、軽く挨拶を交わす。

「ども、何故かご指名されたスコットです」

「おお、君が……最近の活躍ぶりはよく耳にするよ。
 ぜひ私も君の力にあやかりたいと思ってね。

 っと、自己紹介が遅れたな。
 私はジェームス=シャラン、リューン治安隊第三部隊の隊長を務めている。
 聞きたい事は色々あるだろうから、遠慮なく聞きたまえ」

「んじゃ早速。なぁんでわしなんじゃい?」

「別に他意はない、ただ単に街角での高い評判を聞いてね。
 『大いなる日輪亭』のマスターに無理強いして君を雇えるように頼み込んだんだ。
 こうして面会できる機会があっただけでも嬉しく思うよ」

「……ほうほう、それはそれは。わしも人徳者と名高いシャラン殿と会えて光栄ですわい」

 そう言って、スコットは意外なまでに爽やかに握手を交わした。
 心なしかいつも以上に口の端がつりあがっているようにも見えるが。

「依頼の話をしても?」

 マリナが急かすと、シャランは咳払いひとつして口を開いた。

「我々第三部隊の管理地域である、とある山奥の廃屋に蝙蝠が住み着いてね。
 今はその近隣のみだからまだ心配事はないが、こういった人が多く住む街に夜間に飛行されてきては住民から苦情が来てしまう。
 その前に芽を刈りたい訳だ。
 しかしそんな事で治安隊を動かす訳にはいかなくてね、君たちの力を借りる事にした」

「……、では報酬はお幾らで?」

「銀貨六〇〇枚を考えている。
 蝙蝠を追い払うのみの仕事ゆえに大枚は出す事はできない。
 しかし、仮の話……あの廃屋に君たちの今後の冒険に役立つ何かがあるならば持って行っても構わないよ」

 特に依頼の内容や報酬に変わったところはない。
 蝙蝠を退治する目的も事前対応であり、凶暴化だとか変異種だとかの危険性を考慮してのものではない。
 報酬も一般的なもので、追加として与えられた権限も場所が山奥の廃屋となればそうおいしいものではないだろう。

 つまりは至って普通の依頼である。
 治安隊から直々、という要素がなければ請けたかどうかも怪しい内容だ。
 とはいえたったそれだけの依頼をこなすだけで治安隊からの信用を得られるのなら安いもの。
 今度ばかりはスコットも対して反対はしなかったので、エリックは依頼を請ける旨を伝えた。

「隊長、このような時にすみません。先日の会議の件で……」

 いざ出発しようとした矢先、ノックもそこそこに一人の青年が書類を手に部屋に入ってきた。
 平時より鎧を身に纏い剣を腰に吊るした姿から、彼も治安隊の隊員なのだろう。
 いかにも真面目そうな好青年だ。

「なんだレグルス! お前は空気を読むとか……待てよ、ならば丁度いい」

「丁度いい、とは?」

「いや、よく考えれば現地は深い山なのだ、案内役がいると便利かと思ってね。
 そういう事でレグルスよ、例の屋敷へ冒険者殿たちと同道しろ」

「この方たちと……? 分かりました、任務となればお受けしましょう」

 二つ返事で承諾した青年は、改めて『陽光を求める者たち』へ向き直る。

「……改めて。私はレグルスです。短い間ですが、よろしく頼みます」

「いんや、こちらこそ」

 軽く挨拶を交わした後、レグルスは用意をすると言って部屋を出て行った。
 もともと緊急出動が基本の治安隊であり、その準備は素早かった。
 彼を先頭に、リューンの街を離れて国境線上となる深い山道へと一向は足を進めていく。
 曰く、人の手があまり入っていない山道ゆえに、少しでも道を外し迷う事になれば縄張りを荒らされた事を腹立てる獣たちに襲われる事も少なくないらしい。

「そんじゃ道案内頼むぜぇ、獣にゃ襲われたくねぇからのう」

 スコットの笑みは、ただただ厭らしかった。



 日が傾き始めた頃、ようやく少し拓けた地に出た。
 そこで一行の目に映った光景。
 それは村と例えるには小さすぎる、数件の平屋が連なる集落であった。

「……それにしては」

「静か過ぎる」

 こんな人が来ないような山道の集落とはいえ、人の気配を全く感じない。
 そう、それはどの家からも同様だ。

「……例の蝙蝠屋敷はこの先だと聞いたが」

 ガイアの問いに対し、レグルスは肯定した。

 『陽光を求める者たち』は互いに顔を見合わせる。
 ここですら十分に山奥であり、街からは相当離れている。
 これより更に山奥にある屋敷に棲む蝙蝠が、遠く離れたリューンの街まで荒らしに来るだろうか。
 それとも、シャランの言う『街』とはこの集落を指すのだろうか。

 答えは否、だ。
 それならば『まち』、正式に言うならば『街』という表現はありえない。

「ほーん……」

 スコットがマイペースに列から一人離れ、大木の下の草の根を掻き分けている。
 そこには『何者か』がこの道を通り、どこかへと向かった形跡がある。
 その形跡というのは、道を作る為であろうと思われる、一部の草木に刃物で刈られた鋭い切り口である。

 一般的に考えれば、刃物をこうも理知的に扱えるのは人間あるいは知恵を持つ上級の妖魔のみ。
 つまり、この先にいるのは。

「何をしているんです!
 先ほども説明したでしょう、この先には飢えた獣たちが多数いるんです!
 貴方たちには大事な仕事がある、それを忘れて何をしようとしているんですか!?」

 レグルスの叱責が飛んだ。
 だが、当のスコットは涼しい顔で彼に向き直る。

「確かにのう、そうは聞いたがよく考えてみい。
 この獣道はどう見ても人工的に作られておる。
 つまり何かの異変に気づいた『生き残り』がこの先に避難した可能性だってあるんじゃぞ?」

「……貴方の推測が仮に合っていたとしても何度も言うように飢えた獣にやられている、そうに違いありません!
 とにかく、私は依頼人シャランの代理人でもあるんだ!
 その私の命令に逆らう事は許せない!」

 レグルスのあまりに強すぎる反対意見に対し、他の面々は神妙な――あるいは訝しがる――顔を隠せなかった。
 彼らの表情を見て、レグルスははっと我に返る。

「……すみません、言い過ぎました。
 仕事だけを優先してほしい、ただそれだけなんです。
 その後であればお好きなだけどうぞ、止めはしません」

「そぉーかい。じゃったら後でたっぷり調べさせてもらうとするぜ」

 飄々とやり取りするスコットは、相変わらず厭らしい笑みを浮かべたままだ。
 この時にはすでに治安隊ぐるみで何かを隠している、という疑惑は『陽光を求める者たち』に伝播していた。
 反対意見を誤魔化すように足を早めるレグルスの跡を、『陽光を求める者たち』が追いかける。
 先ほどとはわずかに距離を置いて、である。

「あら、これって……」

 その途中、とある家屋を通りかかった時だ。
 マリナが指差した先にあるのは、その家屋の外壁にある『不審な染み』。
 どす黒く変色してはいるが、その飛び散り方と生々しさにはひどく心当たりがある。

「……血痕ね」

「――噂は本当だったのか!?」

 突如レグルスが声を荒げた。
 その様子にエリックが首を傾げると、レグルスは腕を組みため息交じりに説明する。

「今から向かっている例の蝙蝠屋敷には、蝙蝠だけではなく何かが棲みついている噂があったんです。
 言いにくいのですが一説によると吸血鬼かもしれないと……確かに蝙蝠と吸血鬼は関連性深いですしね」

「ほーう、吸血鬼とな。そりゃ結構な相手じゃが……あんた随分と冷静じゃのう。わしゃもうビビッて夜中に一人で便所行けねぇよ」

「ま、まあ……所詮噂ですよ。
 その為、というのもおかしい話ですが、冒険者である貴方たちを雇ったのが本筋なのです。
 その噂を確かめてもらい、出来得る事なら排除してもらう……しかし、こうなってしまう前に助けられなかったとは……!」

 いかにもレグルスは悔やんだような表情を作る。
 そう、
 少なくともスコットやマリナにはそうであるようにしか見えない。

 吸血鬼。
 それが本当であれば現状の『陽光を求める者たち』で太刀打ちできるかどうかは微妙なところである。
 そもそも本来の依頼の内容に『吸血鬼の討伐』なんて文言は一言も入っていない。
 噂だと言い繕っておきながらその裏を取っていない事、意図的な情報の隠蔽が行われていた事は事実である。

 そして、血痕の他にも気になる点がある。
 血痕と共に外壁には傷跡が存在した。
 それは鋭利な刃物によって付けられたような、そんな傷だ。

 吸血鬼が極めて人間に近いタイプで剣を振り回す可能性もないとは言えない。
 根拠もなく人里を襲うような知能が足りていない吸血鬼が、わざわざ武器を使って人を襲うだろうか。

 ありえない、と断じるのは簡単だ。
 しかし、そうとなれば違う問題が生じる。
 では、誰が何の為にやったのか。

「おっと、この家は開いとるのう」

 スコットは言いつつ、端の一軒の扉を開ける。
 家屋の中を覗いてみるも、やはり誰もいない。
 不可解な情報のみが錯綜するこの村での調査は極めて重要だと判断したスコットは、屋内へ向けて足を踏み出す。

「……貴方がた冒険者は盗賊まがいの行動もするんですか?
 治安隊の隊員として、家屋の不法侵入を見逃す訳にはいかないですね。
 戻り次第、隊長にこの行為を伝えますがそれでもよろしいですか?」

「あんたクソ真面目じゃのう。隊長殿があんたを同行させた本当の理由は『監視』かと疑うてしまうわい」

「………………」

「ま、この手の事はわしら冒険者に任せておけい。
 そもそも見ろ、この村はどっからどう見ても廃村状態じゃねぇか。
 むしろ屋内に虫の息の人間がおったらどうする、ここには怖い怖い獣が潜んでる訳じゃあねぇんじゃろ?」

「……ふぅ。何がそこまでそうさせるのか分かりませんが」

 と、前置きした上でレグルスは進入の許可を出した。
 ただし自分が立会いの元である事、金品・貴重品の窃取は絶対に禁止とする事を条件として提示した。
 無論、スコットは二つ返事で承諾する。
 そもそもこの村に金品や貴重品なんかを期待していない、する訳がない。

 一行は屋内に入り、その内部を見渡した。
 だがこれと言って荒らされた形跡がある訳ではなく、ここ数日前まで普通に人間が生活していた跡が見られる。

「……ふん」

 スコットは床の隅に落ちていた、乾いた一枚の葉っぱを目聡く見つけて拾い上げた。
 細長く側面にぎざぎざがあり、網目状の葉脈。
 紛れもなく『麻』である。
 コカよりも中毒性は弱く、規制も比較的緩い薬物であるマリファナ。

 このような山奥なら原生の物がある可能性がある故に嗜好品として嗜んでいた可能性はある。
 が、少しでも道を外すと獣に出くわすほどの危険な山だとレグルスは語っていた。
 だとしたらこの村のように獣の通り道でない場所か何かで『栽培』しているのではないか。
 となれば一体何の為に、またその栽培場所はどこに存在するというのか。
 それ以前にこの集落は一体何故、数件ぽっちのあまりにも小さすぎるにも関わらず村として存在していたのか。

 いや、正しくは思い当たる節がない訳ではない。
 むしろ推測がつくほどである。
 が、この事をレグルスの前では言えるはずがない。

「……何かあったのですか?」

 スコットがマリナやクロエとアイコンタクトを取っていると、不審に思ったのかレグルスが近づいてきていた。
 ごく自然な動作で、スコットはそれを自分のポケットへとしまい込む。

「見た感じ金品などではなかったようですが、皆さん集ってこそこそしているので……」

「いんやぁ、大した事じゃねぇよ。とりあえずこれ以上気になる点はねぇなぁ」

 意外と目聡い、のではないだろう。
 スコットは厭らしい笑みにニヤニヤとした粘っこいものを付け加え始めた。

 調査は十分だと判断した事で、レグルスは一行を急かすように先へ進んだ。
 それから一刻ほど歩いただろうか。
 ようやく仕事の場所となる屋敷へと到着した。
 長年使用していないせいだろうか、屋敷の外壁は無数の蔦で覆われ、一部には亀裂が入っている。

 いざ、と扉へ手をかけ、ゆっくりと開いていく。
 その途端、暗闇の向こうから幾つもの黒い影が飛び出してきた。


To Be Continued...  Next→

『大猿岩』(2/2) 

 そのままイベロ村に戻ったところで進展はしない。
 多少の回り道をして、村で仕入れた情報の確認を取っていく。

「おっほー、こりゃスゲェ。面白ぇ地形してやがんなこの村ぁ」

 スコットがはしゃいでいるのは、村の南西に位置する深い崖谷を眺めているからだ。
 村人から聞き出した情報にこの崖谷の話は出てきてはいたが、予想以上にとんでもない傾斜と高さだ。
 地形の情報は実際に目で見なければその真価は引き出せない。

「いけるでしょ」

「……いけますわね」

「間違いねぇじゃろ」

 エリックら『陽光を求める者たち』の参謀という役割はただの一人を指す言葉ではない。
 というのも一般的な見解に聡いマリナの穴を埋めるように、魔術的な見解を示すクロエ、アウトローな見方に明るいスコットという切れ者の存在があるからだ。
 今回はその三人の意見がぴったり一致していた。
 つまりはほぼ一〇割の確率で成功する作戦を得たという事だろう。

「……で、何が?」

 例によって、作戦の肝をエリックはほとんど理解できていない。
 これには知恵働きがそう得意でないレティシアもガイアも呆れたように冷たい視線を浴びせるしかなかった。

「……あんた、例の鎧を纏ったとしてここから落ちて助かる?」

「いや無理だろ。限界超えてるよこんなもん」

 思い切り首を横に振って否定するエリック。
 そしてじりじりと立ち位置を崖から放していく。
 下手すれば『あらそう、じゃやってみましょう』とか言って背中を押されかねない。

「それならあんたよりももっと重量のあるものがここから落ちたら、衝撃はどれほどになるでしょうね?」

「……あぁ、そういう事か。あの奇岩をここから落としてぶち砕こうって話か!」

「そういう事よ。少しは前後の文脈から状況を把握して頂戴」

 軽くため息をついて、マリナは踵を返した。
 大まかな作戦は決まった。
 後はそれを実現する為に必要なものの調達だ。

「……場合によっては広葉樹林に逆戻りだったけど、運が良かったわ」

 マリナがそう呟いたのは、南東の針葉樹林に近づいた際に聞こえてきた乾いた音が聞こえ出してからだった。
 一定のリズムで刻まれるカーン、カーン、という音は、山育ちのスコットやガイアは馴染み深いものである。

 その音を生み出す場所を目指して歩くと、やがて屈強そうな樵夫が勤勉に斧を振るっている姿を見つけた。
 彼の周囲には幾本もの切り倒された木が横たえられており、かなりの作業量を一人で行っている様子だ。
 あちらも気づいた様子で、作業の手を止めて物珍しいものを見るような目でこちらを凝視する。

「……外の人間に会うとは、こいつぁ珍しい」

 職業柄、好奇の視線を向けられるのは慣れている。
 特にエリックは余計に悪目立ちする為、殊更平気だった。

「ここで樵の仕事をしているの?」

「そうさ、何たって俺は村一番の力持ちなんだからさ!」

「随分と仕事をしている様子だけど、村の中で起こっている事は正しく理解してる?」

 マリナがそう訊ねると、樵夫は首を傾げた。
 事情を説明すると、樵夫は目を丸くして驚いた。
 どうにも朝早くからここで仕事をしていたらしく、村に起きた異変についてはさっぱり知らなかったという。

「あたしたち、丸太が欲しいのよ。
 あなたも村人なら南西の崖谷は知っているでしょう?
 村に現れた奇岩を移動させてそこへ突き落とす作戦を立てたんだけど、その運搬に丸太が要るのよ、大量にね。
 協力してもらえないかしら?」

「そりゃあもう、喜んで協力するとも。
 ……だがよぉ、俺は斧を二本しか持ってなくてなぁ。
 少し時間がかかるかもしれないぜ?」

 どちらにせよ彼一人に全ての伐採を任せるつもりはない。
 村から崖谷までの距離を考えると、一人の伐採量ではとても日暮れまでには必要数に間に合わない。
 ひとまず樵夫には作業を続けてもらう事にして、エリックらは村へ戻って斧を借りる事にした。

 村に戻った辺りで、岩の周りに集る村人が少ない事に気づいた。
 よくよく観察してみると、家々から炊煙が立ち上っている。
 昼時なのだろう。

 ろくに休憩も取っていないエリックらは、ここで携帯食料による食事を済ませた。
 これから大急ぎで樵の真似事をしなくてはならないのだ。
 こうなっては休める時に休んでおかねばならない。

 少し時間が経って、エリックらは聞き込みを始めた。
 村長に事情を伝えると、そこから伝達して合計二本の斧を借り受けられた。
 といっても力仕事はエリックとガイアの仕事である。
 二本以上あっても作業効率にさほど影響はしなかっただろう。

 再び針葉樹林に戻ったエリックらはしばらく伐採に力を注いだ。
 その間、マリナやスコットらは周囲の警戒を強めていた。
 既に正午を回って久しく、そろそろかの魔術師による何らかのアプローチがある頃だと睨んでいるのだ。

 というより、あった。
 村に戻った際に周囲を観察していたマリナとスコットがほぼ同時に『それ』を発見していたのだ。
 それは真っ黒な翼を持つ鴉であったが、ただの鴉ではないとクロエは分析した。

「おそらく、というよりかなりの確率でかの魔術師の使い魔ファミリアーでしたの」

「な? わしの勘も捨てたもんじゃないって」

「だからといって何の相談もなく撃ち落そうとしたのは許せないわよ」

 目つきが気に入らねぇ、という理由でクロスボウによる射撃を行ったスコットに対して、マリナはご立腹だった。
 矢は命中する事なく鴉はそのまま飛び去ってしまったが、事実あの鴉が使い魔だったとしたら、いくらか作戦の立てようはあったのだ。
 上手く誘導すれば主人である魔術師の下へ戻るまで泳がせる事もできたし、情報操作の成否によっては背後で糸を引く魔術師を奇襲もできたはずである。

「落ち着こうぜ、何にせよあの奇岩を放っておくってぇのはありえねぇじゃろ」

「あの作業と同時進行も可能だったって話してんのよ、まったく……」

「しかし、はやばやと撃退したのはわるいことばかりではありませんのよ。
 おまぬけなリーダーが余計なことをしゃべる前に止められたのですもの」

「クロエ。それには賛成だけれどこいつを庇うような発言は止めなさい。増長するわ」

「事実ですのに」

 特に悪い事をした訳でもないクロエは、ある意味理不尽な理由で叱られて頬を膨らませた。
 マリナとスコットは基本的に反りが合わないのだ。
 スコットはさほど気にしてはいないどころか時折鬱陶しく絡んでくるくらいだが、マリナのほうは彼の適当すぎる性格に辟易しているようだった。
 一応、マリナも彼の実力を認めていない事はないらしく、彼が正しければそれに従うという場面も多々ある。

「どちらにせよ、林みたいに遮蔽物が多量にある場所であの鴉の存在を察知するのはほぼ不可能よ。
 これから先の行動は全てかの魔術師に筒抜けだと思ったほうが賢明ね」

「わしらが件の『鏡』を得た事は知れとるんかのう」

「知らないからこそ偵察の使い魔を放っていた可能性もあり得るわ。
 そもそもあの使い魔は村を、引いてはあの奇岩周辺を監視する為だったのかもしれない。

 仮に知っていると仮定すれば、すぐにでも奪取に掛かるはずよ。
 そうしないというのなら、理由は三通り考えられるわ」

 マリナは右手の指を三本立てて、その内の一本を折る。

「ひとつはあたしたちが『鏡』を握っているから迂闊に手が出せないという可能性。
 要するに人質ならぬ物質にされるのが厄介だと踏んで様子見しているというところかしら。
 これにはあたしたちが『鏡』を入手した理由が魔術師に対する妨害であると向こうが知っていなければならないのだけれど、あたしたちをとりあえずの敵だと認識しているのは間違いないでしょう。

 少しの間でも使い魔の監視が途切れた以上、現在の『鏡』の在り処は知らないはずよ。
 もし『鏡』の所持者が分かれば、すぐにでも襲いかかって来るでしょうから気をつけなさい」

「なるほどのう。『鏡』さえ手に入っちまえば馬鹿みてぇに広範囲の魔術も使い放題ってぇ事か」

「ちなみに『鏡』はいま誰が持っていますの?」

「教える訳ないでしょ。この会話だって盗み聞きされてる可能性だってあるのよ」

 それもそうですの、とクロエはあっさりと引き下がる。
 実は現在の『鏡』の所持者はクロエであるのだが、情報操作の意味も含めてそう発言した。
 この会話を魔術師が収集してくれていればいいのだが、それでなくとも魔術師が『鏡』の在り処を見失った事は確定する。

 マリナは更に右手の指を折り、話を続ける。

「ふたつに魔術師が手を下さなくても何ら問題がない可能性。
 そもそも魔術師はこの村に『鏡』が眠っていると踏んだ上で『恐るべき破滅』とやらをもたらすつもりだった。
 もし村人がそれとは知らずに『鏡』を所持していた場合、それが原因で『鏡』が失われる事は絶対に避けるはず。
 要するに『恐るべき破滅』の対象から『鏡』は最初から外れている可能性が高いのよ」

「それはなっとくできますの。
 かの魔術師がけいけいにこの村に姿をあらわさないのはそのせいかもですの」

「話が見えねぇよ。いっちょおじちゃんにも分かるように説明してくれや」

「魔術師があつかうのはもちろん魔術ですの。
 であれば、『恐るべき破滅』をもたらすのは少なくとも村をつつむほど広範囲な術式にちがいありませんのよ。
 『鏡』をこわさないようにするのにもっとも簡単で、きそんの術式から流用しやすいのが『生物のみを対象とする』設定ですの。

 ここからはわたくしの予想になるのですが、おそらくあの奇岩が対象設定につかわれているのではないかと。
 村の中心にあれほど大きなオブジェクトを配置したのは、あれにちかづいた生物を術式の対象とする設定だったからであればなっとくですの。
 もしこの仮説がただしければ、魔術師があれにちかづいて術式の効果対象になるのをふせいでいるからわたくしたちの前に姿をあらわさないという可能性もあるですの」

「それね……、あたしは魔術に疎いからみっつ目の可能性は少し弱いのだけれど」

 そう前置きして、マリナは最後の指を折る。

「魔術師の求める『鏡』は必ずしも手の中にある必要はなく、『恐るべき破滅』のほうこそが彼の願望という可能性よ」

「なんじゃそりゃ、矛盾してねぇか?
 件のクソ魔術師は『鏡』を得る為に『恐るべき破滅』とやらを引き合いに出したんじゃろ?」

「もし望みを叶える為に大爆発が必要な術式だったとしたらどう?
 魔術師の示した『恐るべき破滅』が村人から見て一種類だとは誰にも断定できないわ。
 『鏡』が見つかれば本来の願望を叶えた余波で村を業火で包み、見つからなければ口封じと腹いせに村を洪水で押し流す。
 どちらも『恐るべき破滅』と解釈できるでしょう?」

「ううん……、ありえなくもないですの。
 おそらく口ふうじのための『恐るべき破滅』……あの奇岩を処理しようとするわたくしたちに手を出してこないところを見ると、もしかするともしかしますの」

 イベロの村長は『鏡』を太陽神の祭器らしいと言っていた。
 数多の神話で最高神に位置づけられる太陽の神を祭る『鏡』である。
 どのような使い方をするにせよ、発生するエネルギーの量は半端なものではないだろう。

「クロエ、太陽神の儀式から魔術師の扱う術式の解析は可能かしら」

「むちゃですの。そもそも情報がまったく足らないですのよ」

 何よりも情報が足らない事が現状で最大の不満だった。
 しかし『鏡』がこの手にある以上、魔術師との戦いは避けられない。
 腹をくくって出たとこ勝負するしかない、なんと参謀泣かせな状況であろうか。

 諦観溢れる会話で作戦会議を締めくくったマリナたちの元へ、必要数の伐採を終えたエリックらが汗だくで向かってきていた。



 村に戻った『陽光を求める者たち』は、まず村長に話を通した。
 元より解決策を持たない村人たちはすぐに奇岩運搬の作戦に乗ってきた。
 その辺りの交渉や指揮を行ったのは、マリナとクロエ、スコットである。
 先ほど丸太の伐採を行っていた残りのメンバーは、各々束の間の休息を味わっている。

 丸太の伐採と運搬により既に相当の時間を消費し、太陽は既に山吹色の輝きを見せている。
 崖までの間に丸太を等間隔に敷き詰めなければならないが、村人の協力を得られたとあってはそれもすぐに終わった。
 後はこれら丸太の上を、奇岩を載せて転がしてゆくのみとなる。

「よーし、皆の衆! いざ押せい!」

 陣頭指揮を執っているのはスコットだ。
 魔術師襲撃に備え、『陽光を求める者たち』は奇岩の運搬には参加せず、それぞれ周囲の警戒にあたっている。
 村人の協力を得られたのは僥倖だったといえよう。

 じりじりと奇岩は進む。
 力ある若者の少ないリベロ村ではあるが、その歩みは決して遅くはない。

「よし、休めい!」

 村人たちは奇岩が逆戻りしないように固定すると、一人また一人と地面に倒れこんだ。
 わずか半刻に満たない時間であったものの、村人の疲弊は相当なものだ。
 あれほどの重量を動かすとなれば仕方のない事である。

「再開する! 各々位置につけい!」

 この時になって、ようやく『陽光を求める者たち』は気がついた。
 日暮れまでにはまだ余裕がある。
 いくら歩みが遅かろうが、いくら山間では日没が早かろうが、あの崖谷に届きうる。

「行けい! 行けい! もうひと踏ん張りじゃ!」

 さすがにスコットは集団を束ねるのには慣れている。
 かつて三桁近くの山賊を率いた彼の手腕は伊達ではないという事だろう。

 じりじりと進む奇岩は、やがて崖谷の淵へと辿り着いた。
 予想よりも遅くなったが、それでも山の裾には山吹色の輝きが顔を残している。

「さんざ脅しかけてきたクソ魔術師のクソ岩を! 蹴り落としてやれい!!」

 スコットの号令の下、血気盛んな村の男衆が奇岩の尻を蹴飛ばした。
 ぐらり、と傾いた奇岩は、そのままゆっくりと傾いでいく。
 やがて丸太を弾き飛ばすようにその身を投げ出し、淵を少し削り取って崖下へと身を躍らせた。

 身震いするほどに切り立った崖谷だ。
 奇岩は道中で岩肌に触れる事なく落下を続ける。
 揺れは感じたが音はなかった。
 というよりも遠すぎて音が伝わる前に強風に切り裂かれてしまったのか。

「……すっげ、見事に粉微塵だぜ」

 崖下を覗き込んで確認したエリックは少し顔色が青くなっていた。
 なまじ奇岩が人型に近かったせいか、粉々に砕けた姿が人体と重なって見えたのだ。

 それを露ほども知らない村人たちからは歓声が上がった。
 二刻以上も運搬に費やした彼らの体力はもはや限界寸前だろうが、それでも飛び跳ねんばかりに喜んでいる。

 しかし雰囲気に流されてはいけない。
 『恐るべき破滅』とあの奇岩が直接関わっていたかどうかなんて、それを仕掛けた魔術師にしか分からない。
 マリナたちは崖から落として砕くと言っていたが、その実あの奇岩を村から遠ざけられればそれで良かったのだ。

 そしてかの魔術師がこれで済ますとも到底思えない。
 鴉の使い魔は、確かにこの場面も主に伝えている事だろう。
 あるいは、最悪の予想通り日暮れには術式が始まってしまうのか。

『……その「鏡」は渡さぬ』

「――!!」

 エリックは絶句した。
 不気味なしわがれた声がどこからともなく聞こえてきたからではなく、彼らの周囲が深く暗い闇に包まれたからだ。
 山吹色の輝きを振りまいていた太陽の光は、黒い霧のような闇に遮られわずかな明かりしか届かない。

『……その「鏡」を我に渡すのだ』

 大音声という訳ではない。
 しかし不思議とよく通る年老いた声が、あたりに殷々と響き渡った。

「このまま引き下がるとは思っていませんでしたが……やはりあらわれましたわね、魔術師!」

 クロエは前方の闇を睨めつけた。
 その瞳と声には、魔術師に対する敵意と敬意が同時に秘められていた。

 この闇の出所について、クロエには大方の予想がついている。
 例の奇岩を砕いた事による『保険』の術式であろう。
 奇岩が使い物にならなくなった場合に発動し、それを実施した者たちを逃がさない為の黒闇の術式。
 しかし監視していたにも関わらず奇岩が破壊されてから出てきたところを見ると、マリナとクロエの予想したふたつめの可能性はあるいは的を射ていたのかもしれない。

『……分かっておるなら話は早い、……我にその「鏡」を寄こすのだ』

「フン、いやだと申し上げましたら?」

 この闇に包まれている以上、選択肢なんてないに等しい。
 クロエの持つ『鏡』こそが唯一かの魔術師に付け入る隙に他ならないのだ。

『今一度言う。速やかに我にその「鏡」を渡せ……』

「ではこちらも一言。ぜったいにお渡ししませんのよ、はぐれ魔術師!」

『魔術師たらんとするならば冷静に考えたまえよ……戦いになってもいいのかね?』

「ふりかかる火の粉ははらうのみ、ですの」

 毅然とした態度でクロエは答える。
 たとえかの魔術師が数十年の先輩だとしても、クロエよりも十数倍の実力があったとしても。
 その傲岸不遜な忠告を受け取るつもりは砂粒ほどもありえなかった。

 少なくとも、クロエが師と仰ぐレギウスならばそうするだろう。
 その忠告を一笑と共に払いのけ、挑発ついでに魔術師を口汚く罵ったろう。
 クロエはそれに倣い、偉大なる師と天才と謳われた自身の名を汚さぬよう、ただ毅然とした態度で迎え撃った。

『……ならば、苦しみ抜いて死ぬがよい』

 魔術師の言葉が終わるより前に、不快な音が周囲を叩いた。
 それは蟲の羽音に似た、聞く者の精神を掻き乱すような低音。
 いや、似ているのではない。
 それは蟲の羽音であった。

 暗い闇の底から這い出たような禍々しい色合いの、人の頭ほどもある蟲がぬらりと姿を表した。
 魔術を使った影響か、魔術師自身の姿もはっきりと視認できる。
 禿げ上がった頭に辛うじて残る頭髪も髭も白い老人だった。

「【蟲の矢】……? 蟲をあつかう魔術師!?」

 生物を扱う、いわゆる使役系の魔術。
 呪術的な側面を併せ持つその系統は、リューン付近のではそうそうお目にかかれない。
 それ故に滅多にお目にかかれない情報不足の相手である。

「みんな、しんちょうに間合いをはかってくださいですの!」

 クロエの海馬より引き出した【蟲の矢】の情報では、術式で召喚される蟲に毒はなかったと思われるが、彼が術式の改変を行っていた場合はその限りではない。
 今の『陽光を求める者たち』は解毒の手段は持ち合わせていない。
 準備不足というよりは、その他の障害に対して手を回した結果であり、どこかで手が足らなくなるのは致し方ない。

「俺、ああいうでっかいムシは苦手なんだよなぁ……」

 あんなでかいの誰でも苦手よ、とマリナからツッコミを受けつつ、エリックは首から提げた七色の七つの石を撫ぜる。

「――変ッ身ッ!!」

 瞬時に己の正義の象徴たる『不撓の魔鎧』をその身に召喚する。
 蟲毒といえどそれが魔術に由来するものであれば『不撓の魔鎧』は多少なりとも緩和してくれるだろう。
 かといって油断や楽観視はしてはいけない。
 死への最短経路を行くようなものだ、特にかの魔術師ほどの手練であればなおさらである。

 魔術師は静かに掌を動かす。
 それが号令だったのかはさておき、召喚された二匹の蟲が『陽光を求める者たち』の元へと飛んでいく。
 狙いはガイアとマリナだ。

「……チッ」

 二人はほぼ同時に迎撃に移ったが、ガイアは無傷であったがマリナは左肩の肉を齧られて出血した。
 ガイアの刀は飛来する蟲を真っ二つに切り裂いたが、マリナの鋼線は柔らかい人体には非常に効果的であるものの頑丈で流線型の甲殻をもつ蟲には効果が薄かった。

「っあ――!」

 肩の肉を食いちぎられそうになりながらも、マリナは蟲を引き剥がす事に成功した。
 そのまま地面に叩きつけたところを、レティシアの細剣の一突きで甲殻ごと貫通させる。

「すぐに治癒を――!」

「要らないわ。それより次に備えるのよ、来るわ」

 マリナは傷を一瞥もせず、乱れた鋼線を改めて整えなおした。
 ガイアも刀に付着した蟲の残骸や体液を軽く拭って再び鞘に戻す。
 それとほぼ同時に魔術師の号令が下り、先刻の倍の量の蟲たちが一斉に襲い掛かってくる。

「はぁっ!!」

 エリックの【雷破】が、マリナの鋼線が、ガイアの刀が蟲たちを叩き落とす。
 押さえきれなかった一匹が脇を通り抜けるも、後衛のレティシアの細剣に叩き落された。

 蟲を全滅させた事で改めて魔術師を見やると、彼は再び詠唱を始めていた。
 周囲には闇よりもどす黒い魔方陣が不気味に浮かび上がっている。
 いくらエリックが鈍くても、あの術式が何のものか想像できないほどではない。

 エリックは駆けた。
 今ならば詠唱に集中していて無防備だ、仮に蟲の召喚に間に合わなくても一撃喰らわせてやるだけの余裕はある。

 【雷破】は自らの気力を雷撃に変えて戦う気功闘法であり、基礎であるそれにもわずかに『溜め』にあたる文字通りの充電期間が存在する。
 さっきの蟲への対処に【雷破】を使ってしまった為、連発できない状況ではあるがエリックの会得した技は【雷破】だけではない。
 交易都市リューンの誇る気功闘法の基礎、【掌破】がある。

「――さぁさぁ、矯正の時間だ! 喰らえい!」

 渾身の【掌破】が魔術師の鳩尾へと吸い込まれる。
 しかし、

「なッ……にぃ!?」 

 次の瞬間にはエリックはバランスを崩して転げていた。
 【掌破】が直撃したはずなのに手応えどころか何かに触れた感触すらなく、エリックの目には魔術師の身体を通り抜けたように見えた。
 混乱する頭のままのエリックは大量の蟲の羽音で我に返り、転げた勢いを利用して地を蹴って魔術師と距離をとる。

「何だってんだよ、今のは!」

「リーダー、早くはなれるですの!」

「クロエ! 今の俺、どうなったんだ!?」

 エリックの疑問を放っておいて、クロエは呪文の詠唱に入る。
 幾ら相手が大群であろうが、それが精神を持つ者なら一網打尽も可能な魔術の詠唱だ。

「……《眠れ》!」

 クロエの唱えた【眠りの雲】は魔術師の周囲を包み込んだ。
 蟲たちは一匹また一匹とふらふらと揺れ、地面に落ちていく。
 魔術師自身は完璧に抵抗に成功したらしいが、その眉間には深い皺が刻まれている。

 地に落ちた蟲は、エリックやガイアに移動のついでにあらん限りの力で踏み潰された。
 残った蟲を、束ねた鋼線でマリナが、細剣の鞘でレティシアが叩き潰していく。
 魔術師はそれを眺めながらも余裕をもって更なる呪文を紡ぐ。
 今度は虚空に禍々しい魔方陣は現れず、どうやらさっきとは違う呪文のようだ。

「スコット! 魔術師を射るですの!」

「あいよぅ、お姫さん」

 クロエの指示にスコットは不気味なくらい大人しく従い、クロスボウによる射撃を行う。
 ヒュン、という軽い音と共に撃ち出された矢は詠唱で派手に動けない魔術師へと迫り、そして右肩へと突き刺さった。
 さっきのエリックの攻撃は表情も立ち位置すら変えずに回避しおおせたはずの魔術師の表情が苦痛に歪む。

「なッ、さっきはかすりもしなかったのに!?」

「答えは蟲の羽音ですの。大量の羽音を重ねることで魔術的なリズムを生みだし、それを自分のまわりに配置することで一種の不可侵結界を作り出していたんですのよ!」

 蟲はごく普通に飛ぶだけで羽音を生み出している。
 それらを魔術的な記号に当てはめるように召喚し、調整する事で自身への干渉の一切をシャットアウトしていたのだ。
 故に周囲に蟲のない環境を作り出してやればその結界はいとも容易く崩れ去る。

 スコットはただ指示に従うだけの間抜けではない。
 自身が魔術的見解に疎いとはいえ、魔術師も人間である事に変わりなく、人間であればある程度の心理を読み解く事は可能である。
 『陽光を求める者たち』の監視を続け、かつ奇襲による足止めまでやりきった用意周到な魔術師が、その身を曝け出すにはそれなりの保険が打ってあると仮定し、それが会戦直後に召喚された蟲に関わっていると推理するのは彼にとってそう難しくなかった。
 言うなればあの指示の瞬間、クロエの魔術的見解とスコットの人間の心理的見解は一致していたのだ。

「小癪な……!」

 魔術師は矢創に構わず詠唱を完成させると、虚空より黒い杯を生み出す。
 杯に注がれているのは紅茶よりも赤く紅い血液のような液体だった。
 魔術師はそれを一気にすと、歯を食いしばって突き立ったクロスボウの矢を引き抜いた。

 しかし傷口より吹き出るはずの魔術師の血液も、通常よりもずっと少ない。
 蟲が全滅した後に蟲の追加召喚よりも優先した黒杯の魔術。
 それは自己修復術式であろうと容易に想像がつく。

「【鮮血の杯】ですの……即効性はない代わりにしばらくのあいだ自動で治癒がはたらきますの」

 クロエの記憶するところによれば、【鮮血の杯】は考えなしにあらかじめ発動しておく、といった使い方のできない術式だ。
 怪我をしていない平時においても治癒効果は消耗され、最悪の場合は魔力の無駄遣いになってしまう恐れがある。
 当然であるが相手の攻撃を予測して使用すればその性能を最大限に発揮できるといえよう。

「なるほど周到な魔術師だわ」

 吐き捨てるように、マリナは言った。
 こちらの会話など聞く耳持たぬとばかりに、魔術師は三度【蟲の矢】の呪文を紡ぐ。
 現れ出でた四匹の蟲が不可侵結界の要たる羽音を立てて飛び回る。

「《清冷なる小さき種子よ、束となりて彼の者を穿つ鋭き疾き花弁となれ》!」

 その一瞬、まるで雪に触れたかのようなひやりとした感覚を覚えた。
 クロエの紡いだのは【花散里】という冷気系の術式である。
 魔力によって急激に冷やされた周囲の水分が花弁に似た鋭い氷として形成され、集団を切り刻む。
 特筆すべきは単純な物理的攻撃だけでなく冷気による間接攻撃もできる部分にある。

「……《舞え》!」

 氷の花弁は虚空を舞い、その鋭い刃を蟲や魔術師に突き立てる。
 頑丈な甲殻にはさほど効果がなくとも、甲殻の隙間に刺さった氷の花弁が蟲を一気に冷やし、その動きを永久に止めた。
 あくまでも対群術式である【花散里】は単体に大きなダメージを与える事は難しく、魔術師の傷は【鮮血の杯】によってほぼ治癒されてしまった。

「【鮮血の杯】の弱点は――」

 それだけで十分である。
 対人、しかも一対一に優れるエリック、マリナ、ガイアといった連中が何の気兼ねもなく魔術師に殺到できるのだから。

「――治癒には時間がかかる、ということですの」

 先刻とは違う意味で魔術師はクロエの言葉を無視して、凍りついた下草を踏み折りながら必死で後退する。
 しかし即座に追いついたマリナが魔術師の片腕に鋼線を絡ませ、瞬間的な連環とする。
 振りほどかれる前にマリナ自身が解いた鋼線に、エリックの【雷破】による雷撃が加えられた。
 鋼線を伝った電流が魔術師の身体を強制的に停止させる。

 その間に接近したガイアの刀が、魔術師の腹を横一文字に裂いた。
 分厚いローブに多少は勢いを殺され、【鮮血の杯】による自動治癒で死ぬ事はないかもしれない。
 それでも【鮮血の杯】の治癒力を使い潰し、かつ魔術師の戦意を喪失させるほどの大怪我である事は揺らがない。

「ガ――、」

 膝を突いた魔術師は、

「――ガ、アアア!! ああああああ、あああァァァアアアアアーーー!!!」

 天を仰ぐように仰け反り、この世の全てを呪うような叫び声をあげた。
 裂けた腹の傷が、ぐいいい、と盛り上がる。

「――なッ!?」

 それはギチギチと細い節足を動かし這い出る蟲だった。
 腹の傷から出たのではなかった。
 蟲は、魔術師の腹を食い破って出てきたのだ。

「……ッ!」

 蟲は一匹だけにとどまらなかった。
 更に後から、うじゃうじゃと大量の蟲が溢れ出した。
 腹だけではない。
 口から、目から、耳から、その他体中の穴という穴から、大量の血糊と蟲が這い出でた。

 かのおぞましき蟲共はなおも尽きる事無く魔術師の全身から湧き出し、見る見るうちに魔術師の身体に取り付いていく。
 やがてその全身を完全に覆いつくしてしまった。
 人の形をなぞるようにうごめく蟲共は、否、その全ては風化するが如く、木目細かい塵と化して空気中に溶け出すように消えていった。

「……いま、『奈落』への回廊が閉じました。
 これが……、これが黒魔道に魅せられ、道を外れた者の末路ですの……」

 クロエは、呆然とそう呟いていた。
 続きは口に出せなかった。

(これほどむごい末路であろうと、このちからに魅せられる者はあとを絶たないですの……
 因果応報とはよくいいますが、かれら黒魔道の徒はその因果律すらおかそうとします。
 くさっても同じ魔道の輩、理解できなくもないのがくやしいですの……!)

 もはや何もなくなった地面を見つめ、クロエは己の唇を噛んだ。
 魔術師が張った黒闇の結界はすでに解けていたが、今度は本物の夜の闇が辺りを包み始めていた。



 こうして、『陽光を求める者たち』のイベロ村での依頼は終了する。
 あれだけの実力者を相手に死者が一人も出なかったのは奇跡に近い。
 村人も闇に惑わされて転んだしまった人間はいても、怪我らしい怪我を負った者は一人もいなかった。

「うむ、確かに六〇〇枚じゃの」 

 村長より渡された麻袋の中身を検めたスコットは、そう言って自らの懐に収めた。
 同時にマリナからツッコミという名のケンカキックを貰ったが、本人はあまり気にしていない。

 さて、『鏡』であるが、これは村には返さずに『陽光を求める者たち』が持ち帰る運びとなった。
 というのも事の発端がこの『鏡』であり、以降も同様の黒魔道の徒に狙われる危険性があると説得すると、村人の決定は早かった。
 『陽光を求める者たち』は見事『鏡』を持ち帰り、好事家アルブの依頼を完遂したのである。

「……なんて訳にもいかんよなぁ」

 好事家アルブに渡せば大きな見返りが期待できる。
 しかしこれほどまでに苦労して手に入れた『鏡』が一人の好事家の快楽に寄与するというのは些か不愉快に思う。
 その上、この『鏡』は軽々しく取り扱っていいものではない。

「仕方がないわ。この『鏡』は危険すぎる」

「魔術師学連に研究資料として取引をもちかければ、依頼主ほどではないけどいくらかしはらってくれるはずですの」

 かの魔術師が『鏡』を求めた理由が不明瞭である以上、用途や術式の解析を行わなければ常に危険が付き纏う。
 その点、魔術師学連ならば少なくとも好事家のコレクションルームよりは安全だし、悪用の危険性も少しは低いだろう。
 幸いにもクロエには魔術師学連と太いパイプを持つ。

 リューンに戻ってすぐに交渉に赴き、その甲斐あって銀貨五〇〇枚という結果に至った。
 本来の報酬の半分ではあるが、それでも大健闘であろう。

 結果的には好事家の依頼を達成できはしなかったものの、元々あまり評判の良くない依頼人だ。
 同情されこそすれ、非を咎められる事はないはずだ。
 ただし結局村の依頼や魔術師学連との取引などであまり損はしていない事は内緒である。

 ともあれ、エリックは自らの『正義』を貫き、村を脅かす悪の魔術師を退けたのであった。



【あとがき】
『陽光を求める者たち』、Lv2のシナリオはMNSさんの「大猿岩」です。
こちらも寝る前サクッとシリーズに収録されているシナリオですね。
制限時間の中でやれる事が多く、すごく自由度が高いつくりになっています。
色々なルートがあるのですが、今回は初見プレイ時と々ルートを辿ってみました。

さて、今回はクロエ回でございました。
すでに考察力や洞察力はかなりのものをもっています。
あとは経験を積めばバリーやレギウスにも匹敵する才能を秘めているんじゃないでしょうか。
すでにお察しの方もいらっしゃるかもしれませんが、バリーが火炎系という事でクロエは冷気系の魔術を修めてゆきます。


☆今回の功労者☆
クロエ。いい子いい子。

報酬:
村からの報酬→600sp
魔術師学連と取引→500sp


≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『大猿岩』(MNS様)
『花散里』(sue様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。

『大猿岩』(1/2) 

 エリックら『陽光を求める者たち』は黙々と、すっかり日も暮れた暗い山中を歩いている。

 日が沈む数刻前までは頼まれなくても口を突いて出ていた愚痴すらももう出ない。
 ここはリューンから遠く南西へと隔たった山中である。
 彼らは現在、とある依頼でこの地方に来ていた。

 幸いこの地方は時期も相まって気候も温暖であり、山中を数日彷徨おうと凍死する事はない。
 また、豊かな山の恵みが彼らを飢えさせず、清涼な川が喉の渇きを潤すだろう。
 しかし、皆一様に疲れた表情を隠せない。

 今回の依頼はこの地方のどこかの村で古代に行われていたとされる太陽神の儀式に使用されたとされる、とある『鏡』の探求だった。
 取り立てて目立ったところのない、聞くだけなら普通の範疇に収まる依頼だと思われるだろう。

 ところがどっこい、今回の依頼人というのがとんだ曲者だった。
 その潤沢な資金力に任せて骨董品や芸術品、魔術の道具マジックアイテムを買い漁り、依頼先にも無理難題を押し付けるという冒険者業界でも有名な悪評高い好事家、それが依頼人アルブの風評である。
 今回の品もまた、ただ古い伝承の一節に登場するのみで、あまりにもそれについての情報が少なく、実在すら危ぶまれる代物であった。
 かといって有力者であるアルブの依頼を無下に退ける訳にもいかない。

 詰まるところ、そのような雲を掴むような話に近頃ようやく活動を再開した宿の主力たる『月歌を紡ぐ者たち』を投入する訳にはいかず、丁度良く手が空いていた『陽光を求める者たち』が選ばれたという事だった。
 宿の亭主エイブラハムは手が空いていたからと説明したが、聡明なマリナやクロエはそれが欺瞞だとうすうす感じ取っていた。

「くっそー……何でおれたちが……」

 依頼人の屋敷から出発した後、エリックはそう愚痴をこぼしていた。
 何の事はない、要するに『この依頼ならエリックがどれだけアホな行動を取っても問題ないんじゃないか?』という宿の亭主の判断なのだろう。
 ついでに野外活動や夜営等のフィールドワークを駆け出しの内に体験させておこうという親心もあったのかもしれない。

「よし」

 先頭を歩くマリナの後ろで、エリックが何かを決意したように立ち止まる。
 何事かとマリナが振り返った事を確認したエリックもまた後続の仲間へと振り返った。

「こんな辺境まで探索したんだ。依頼人にはもう十分に義理は果たしたと思うんだがどうだ?」

 依頼を諦めよう、とエリックは言っていた。
 かつて山賊として山間を駆け回っていたガイアやスコットはともかく、都会育ちの箱入り娘クロエは疲労の色を隠せていない。
 ポーカーフェイスのマリナや肉体派シスターのレティシアも顔には出していないが相当疲労がたまっているはずだ。

「……そうね。残念だけれど仕方がないわ」

 意見が出てからの決断は早かった。
 冒険者にとっては依頼の成否よりも自らの命のほうが当然重い。
 元々、内容のほうに無理があったのだ。
 『陽光を求める者たち』の名に泥を塗るかもしれない判断ではあるが、仕方のない事だと割り切ってしまうしかない。

「とにかく、日暮れから随分時間が経っちまってる。今日はこの辺りで夜営にしようぜ」

 しばらく歩き、適当な場所を見繕って夜営の準備に取り掛かる。
 ガイアが慣れた手つきで熾した火を囲み、それぞれ干し肉や乾パンで軽く食事を取った。
 見張りをエリックとガイアが交代で行うよう取り決めると、真っ先にスコットが高いびきで寝入ってしまった。

 特に夜の間に何が起こるでもなく、日が昇る。
 焚き火に水を張った鍋を掛けていたガイアは鍋を火からどかして、そこに直接茶葉を放り込んだ。
 元山賊らしい荒削りな紅茶ではあるが、慣れない夜営で疲れの取れていない一行の心に余裕を取り戻すだけの効果はあったようだ。
 余談ではあるが、寝起きの紅茶はスコットの趣味らしい。

 火の始末を終えた『陽光を求める者たち』は宿に帰還すべく、山中を北東へと進む。
 どれだけ歩いた末だろうか、先頭を歩いていたマリナの視線が大きく上へと跳ね上がった。

「……村」

 そう呟いたマリナは立ち止まり、改めて生い茂る草木の向こうを見つめる。
 やがて確信を得たとばかりに口を開いた。

「村が見えるわ」

「マジか」

 単純に驚きからの言葉であったが、技量を疑われたと思ったのかマリナはむすっと口をへの字に曲げると、人差し指で空を指した。
 快晴の青い空に、幾筋もの白い煙が立ち上っている。
 炊煙だった。

 しばらく山中を進むと、肉眼でも村が見えるようになる。
 木々の切れ目から見えるその村は、寒村と呼ぶべきか。
 まともな行路すらなく、外との交流もあまりなさそうなところを見ると、完全に自給自足が成立しているのだろう。
 ちょっとした建築物ひとつをとってみても、意外にみすぼらしい印象は受けない。

「あぁ? 何じゃありゃ……」

 最初に気づいたのはスコットだ。
 村に近づくにつれ視界を遮る木々が減っていき、やがて全ての視界が開けた瞬間だった。
 異様なほど巨大な岩が、村の中央に鎮座ましましている。

 奇怪な形をしたその奇岩の周りを村人らしき人々が取り囲んでいる。
 どうにも最初からあったものでもないらしい、ちょっとした騒ぎになっている様子だ。

「参りましたね」

 そう言ったのはレティシアだったか。
 彼女は特徴的な猫のようなきつい目つきで奇岩を、そして周囲の村人を眺めている。

「……そうね」

 返答したのはマリナだった。
 彼女もレティシアが言わんとしている事を理解したのだろう。
 軽くため息をついて、もはや手遅れとなった事態を見守る事にした。

 この村に立ち寄ったのは単純に移動の方角が合致したからというだけではない。
 冒険者の長旅は何が起こるか分からない。
 いくらこの地方の山の恵みが豊かであれ、いずれは中央行路を通ってリューンに戻らねばならないのだ。
 であれば途上で食料等を補給しておいて損はなく、可否はともあれ交渉したい状況ではあった。

 しかし、それにも現実的な損得勘定が必要である。
 仮に食料等の補給が可能であったとしても、それらの価値を上回るほどの厄介事に巻き込まれてしまってはマイナスだ。
 そしてあの村では現在進行形で『何か』が起こっているらしい。
 『何か』があの桁違いのスケールの奇岩であるならば、マイナスになる可能性が非常に大きかった。

「そこの第一村人、何かあったのか?」

 自称『正義の味方』エリックは状況を分かっているのかいないのか、ともあれ手近な村人に声を掛けてしまっていた。
 どうにも彼は他人の不幸や困惑といったものが感覚で解るそうで、そんな雰囲気を醸し出す人には躊躇なく手を差し伸べてしまう、言うなれば手当たり次第に捨て猫を拾ってくるような困ったヤツである。
 レティシアもマリナも、彼がこういった行動を取る事は間違いないだろうと予測していたが、その通りであった。
 そもそも奇岩と困惑する周囲の村人を見られた時点で手遅れだった。

 奇岩を取り囲む人々の中に、この村――イベロ村というらしい――の村長が混じっていた。
 ルイスと名乗った髪も髭も白い初老の男性は、田舎特有の排他的な考えは持っていないらしく、素直にエリックら冒険者を歓迎してくれた。
 街道からも大きく外れたこの村にはほとんど外部の人間が訪れないらしく、数人の村人から好奇の視線を投げかけられる。

「ところで村長、あの不気味な岩は一体何なんだ?」

「……う~む、実は我ら村民もほとほと困り果てておるのです。
 我らにも、『これ』についての詳しい事は全く分からんのですよ」

「どういうことですの?」

 傍のクロエが思わず口を挟んだ。
 村の中にあれだけ目立つ奇岩があって、村人ですら詳細を知りえない。
 どうにも尋常な状況ではないらしい。

「いや……何しろ、この岩は今朝までここにはなかったのですから」

「……んん? つまり?」

「実は――」

 村長は事の経緯を語り出した。
 昨夜、一人の魔術師がこの村を訪れ、脅迫まがいに村に古くから伝わるとある宝物の引渡しを迫った。
 しかし村人たちにはその宝物の所在についての心当たりはなく、業を煮やした魔術師はどういった方法でか、あの奇岩を村へと運び込んだ。

『日暮れまで猶予を与える。
 それまでに宝物の引渡しに応じぬ場合……、ぬしらには恐るべき破滅が舞い降りるであろう』

 そう言い残し、引渡し場所を指定して姿を消したとの事だった。

「そりゃまた……面倒な手合いに絡まれたもんじゃの」

「どうにか情報を集めて宝物の所在の心当たりをかの魔術師に伝えたのですが、彼はそのまま姿を消し、それきり……」

 情報を渡した事で脅威は去ったのか、それとも現物を持ってこなければ状況は変わらないのか、対応を決めかねている様子だ。
 改めて、エリックは奇岩を見上げた。
 話を聞いた後では、あの奇妙な形が次第に悪魔のような姿を模しているように見え始める。

 一方のクロエはあの奇岩が魔術師によって用意されたものだと聞いて、興味津々といった風に観察を始めている。
 『大いなる日輪亭』が誇る一流の魔術師であり『星を追う者たち』のリーダー・レギウスに対し師匠ししょー』呼ばわりする前の彼女は、魔術師を見つければ互いの理論を戦わせる事を楽しみとしていたくらいには他の魔術師に対する対抗意識が強い。
 それは弱冠一二歳にして一端に魔術を扱える彼女にとって年齢の差を容易に埋める事のできる数少ない手段であったからだ。
 あれほどの大質量を運び込むほどの実力を持つ魔術師だ、難敵である事に間違いはない。

「ところで、その宝物とは?」

「かつてこの村で信仰されていたという、太陽神の祭器らしいのですが……それは『鏡』であったと伝わっております」

「『鏡』……!?」

「もっとも、実際のところその実在すら怪しいのですが……」

 どこかで聞いた話だと思ったら、エリックらの求めている『鏡』とよく似ていた。
 この地方のどこかの村で古代に行われていたとされる太陽神の儀式。
 場所、儀式、そして『鏡』という一致。
 もはやこれで別物であるほうが異常であるような、そんな一致である。

「……ところで、あなた方はもしや冒険者とおっしゃる方々なのではないですかな?」

「いかにも、おれたちは冒険者だが」

「冒険者という方々は、報酬をお支払いすれば色々な事を請け負って下さると聞いております」

「うむ、時には報酬はなくても――んがっ!」

 エリックの返答の後半が乱れたのは、マリナによるローキックが綺麗にふくらはぎにヒットしたからだ。
 完全に筋肉の防御が効かない場所を狙われたエリックはうずくまって痛みに耐えるためにとても静かになった。
 確かに冒険者はタダ働きする事もあろうが、それは苦渋の決断の末でなければならない。
 エリックが損する分にはまだいいが、それが他五名に影響を出してはいけないのだ。

「何とか私どもにお力をお貸し頂けないものでしょうか……?」

「もう少し具体的にお願いします。私たちに何をしてほしいと?」

「……何とか、この岩の始末を手伝って頂きたいのです」

「つーてもよぉ、勝手に岩を弄っちまっても大丈夫なんかよ」

「かと言いましても、日没までと時間が限られておりますので、この岩に対して何らかの始末をつけておかねば……」

「まぁ、確かにね」

 件の魔術師がどんな思惑で『鏡』を欲しているかは分からないが、それを手に入れるためならあれほどの奇岩を易々と用意できるくらいに執着しているのは確かだ。
 脅しをかけている以上、どう転んでも村人を始末する可能性も捨てきれない。
 となれば、早くあの奇岩を処理してしまったほうがいいに決まっている。

「報酬は銀貨でお支払い致します」

「銀貨ぁ? 半強制的に外と隔離されてるこの村に銀貨があるんかよ」

「念のために持ってはおりますが、村の生活のほとんどを自給自足で賄っておりますゆえ、我らにとって貨幣はあまり必要のないものなのです。
 そうですな……村中からかき集めれば六〇〇枚にはなりましょうか」

「六〇〇か……ううむ……」

 こと報酬や銀貨の話になると口を挟んでくるのがスコットである。
 六〇〇枚という額はそういった取り決めこそないものの、駆け出し冒険者への報酬としては一般的だ。
 スコットが渋っているのは、冒険者となって初めての情報が極めて不明瞭な状態からの依頼となりそうだからだ。
 かつて山賊の頭領として三桁近くの人間を率い、かつその中でクーデターが起ころうとも難なく切り抜けて見せるほどに用意周到な彼は、情報の重要性を正しく理解している。

「……おい、どうすんだ」

「(今回の依頼主アルブは失敗に対しては極めて財布の紐の堅い男よ。『鏡』を持ち帰らないと、きっと奴は最低限の報酬しか出さないでしょうね)」

 村人に聞こえないように、かつ仲間たちには聞こえるように声を絞って、マリナは続ける。

「(だけど幸い『鏡探し』の依頼は日限を切られていない事だし、ここで小金を稼いでおいてもいいんじゃないかしら?)」

「(つーてもよぉ。この依頼、結構なリスクを背負う事になるかもしれねぇんだぜ?)」

「(ですの。敵はおそらく黒魔道の徒であるうえに、わたしたちはへとへとですのよ)」

 件の奇岩の調査は粗方終えたのだろう。
 クロエはそれを用意した魔術師を高位の者と判断したようだ。

「(……『鏡』の件はどうなんだ。村長の話を聞く限りだと俺たちが求めている『鏡』と合致している)」

「(アルブは依頼さえ成功させれば金は惜しまない男よ。首尾よく『鏡』を持ち帰れば、相当の見返りが期待できるわ。幸い、村人も『鏡』の実在を信じてはいないみたいだし)」

「(そもそも『鏡』が現存しない可能性は考慮しているか?)」

「(そんな事言ったら何もできないでしょうが。とにかく、この依頼を請けておけば『鏡』に接する何らかのチャンスが訪れるかもしれない。現存の有無は実際に調査して調べるしかないわ)」

「(ここで帰ってタダ働き同然の銀貨を得るくらいなら、村長の依頼を請けておいていいのではないでしょうか。魔術師が奇岩を用意して脅している以上、あの岩を中心に『恐るべき破滅』とやらが始まるのでしょうし、最悪の場合は村人を連れて村を離れてしまえばいいのです)」

「ま、何にせよ情報を集めてからの判断になるのよ。分かった、リーダー?」

「うぐおおお……え、なに? つかお前のローキックがな、スゲェ痛いんだよ。手加減……いや足加減しろよ……!!」

「うるさいわね。私たちは依頼を請けるほうに傾いてるのよ。さっさと決断しなさいよ『正義の味方』」

 元より一人ででも依頼を受ける勢いだったエリックだ。
 仲間たちが依頼を請けるほうに傾いていると聞いては反対材料なんて何もなかった。



 イベロ村は外界とはほとんど隔離された山の中にある村だ。
 現在の正確な時刻がほとんど分からない。
 とはいえタイムリミットは日没という事なので、数人の村人から各々の感覚での日没までの時間を聞き出して平均値を割り出せばそれなりの精度の制限時間が設定できる。
 最悪の事態を考慮すると、そう余裕は残されていないだろう。

 しかし情報収集をないがしろにしては本末転倒である。
 できる限り迅速に情報を集め、吟味して行動に移さなければならない。
 となればまずはメンバーを分けての聞き込みや村周辺の製図となるが、この状況ではそれもできない。

 魔術師の存在である。
 かの魔術師がただ奇岩を用意しただけとは到底考えられない。
 ほとんど外界との交流を絶った村とはいえ、魔術に造詣の深い旅の人間が訪れるという万に一つの偶然を考慮していないはずがない。
 必ず何らかの方法で監視あるいは感知術式を仕込んでいるはずだ。

 であればこちらから戦力を分断するのは得策とは言い難い。
 最悪、散ったところを各個撃破されてしまいかねないのだから。
 よっぽど腕に自信のある魔術師でなければ、不確定要素である冒険者を放っておく事は考えにくい。

「ところで村長。例の『鏡』、その在り処の心当たりを私たちにも教えてもらえないかしら?
 魔術師のほうもケアしておかなければ、後々大変な事になるかもしれないわ」

 村人が最も恐れているのは『恐るべき破滅』、ひいては魔術師だ。
 それへの対処だと大義名分を掲げていれば彼らは喜んで協力してくれる。
 見事なまでの言い包めだった。

 村長は確証はないと前置きしつつも、詳細な場所を伝えてくれた。
 同時に古びた笛も渡され、その場所で笛を吹けば神宝への道が開く、と言っていた。
 彼自身も言っていた言葉ではあるが、眉唾物である。

「とりあえず好事家の依頼は一歩前進だな」

「さて、それじゃ『鏡』の確認に行きましょうか」

「え? 先にそっちを進めるのか? 岩はどうするんだよ?」

「例の魔術師は相当危険な相手だってのは理解してる?
 そいつはあんな奇岩を用意するほどに『鏡』を強く求めてるのよ。
 何に使うにしろ、少なくとも平和的な利用法じゃないってくらい分かるでしょ」

「もしまだ残っているようならこちらで先にかくほしてしまえばいいですの。
 すでになくなっているのなら魔術師がもちさったものととらえ、あの大岩の処理に力をつくすですの。
 目的のものを手に入れてなおこんな村にこだわる理由なんてありませんのよ」

「口封じとかの可能性は?」

「かの魔術師がおそれるとしたらそれこそリューンの『騎士団』や『賢者の塔』レベルの質・量ともにそろったつわものですの。
 この村からでは近くの大都市には半日ていどではとうていたどりつけませんし、その後のゆくえなんていくらでもごまかせますから無意味ですのよ」

 一流の魔術師レギウスに形だけとはいえ師事しているクロエはさすがの洞察力を見せ付けた。
 特に相手が魔術師という事で、いつも以上に張り切っているようにも見える。

「ともかく、その場所とやらに行ってみようぜ。それが最善手なんじゃろ?」

 情報の収集は大事ではあるが、それを抱えて足踏みしているだけでは前に進めない。
 『陽光を求める者たち』は村の中心から北西に位置する広葉樹林へと向かった。

 じめじめとした広葉樹林の道中では、マリナが移動に支障が出ない程度に草を摘んでいた。
 どうやら傷に効く薬草の類であるらしい。
 元暗殺者だけあって、彼女は薬や毒にも詳しいのだとか。

 そうこうしている内に、村長から聞き出した『鏡』の在り処へと辿り着いた。
 後はここで渡された笛を吹けばいいとの事だったが、クロエは笛をエリックに差し出すばかりで吹こうとしない。

「わたくし、アンティークだけはがまんならないですの。ばっちいですの」

「あぁ、そういう……仕方ねぇなぁ」

「待ちなさい、あたしがやるわ。もしあんたが失敗したら誰か吹いてくれる人がいるなら別だけど」

「おう、『正義の味方』の後は嫌じゃが、お前さんの後ならわしが吹いてやらぁ。是非失敗しやがれ」

 スコットの軽口を無視して、マリナは渡された笛に口をつけた。
 村長から旋律の指定はなかった為、ただ息を吹き込んで音を出すだけだ。

「………………」

 気配がした。
 周囲の木々がざわついているような感覚がある。
 三六〇度、全方向から気配を感じるが、多数の気配は感じない。
 やがて、木々の切れ目からぬるりと『それ』が姿を現した。

「蛇……!?」

 クロエ程度の体躯なら易々と丸呑みにしてしまいそうな大蛇だった。
 いや、あれだけ巨大であれば大柄なエリックやスコットも全身の骨を砕かれてから丸呑みされてしまうだろう。

『汝ら……イベロの血筋の者ではないな……』

「しゃべった……? なるほど、この大蛇こそが太陽神の使徒という事ですのね……!」

「感心している場合ではありませんよ! 私たちは――」

『……我は「神鏡」の守護者なり。イベロの血を持たず、「呼び笛」を持つ者は滅ぼさねばならぬ』

「――待て、話を聞けぃ! おれたちはイベロ村から依頼を、」

『我は「神鏡」の守護者なり。イベロの血を持たず、「呼び笛」を持つ者は滅ぼさねばならぬ』

 元よりこちらの話を聞く気はないと言いたげに、大蛇は同じ言葉を返してきた。
 自ら守護者と名乗るだけあって頭が固い。

『……参る!』

 守護者は首をもたげ、一気にクロエに向かって襲い掛かる。
 単に彼女が最も丸呑みに適した身体をしていたからだろうが、傍にはスコットが立っていた。
 そしてスコットの傍には、必ずガイアがいる。

 ベギィ! という鈍い音と共に守護者の攻撃はクロエやスコットの位置から大きくずれる。
 ガイアの持つ白刃が閃き、守護者の巨大な毒牙のひとつを叩き斬っていた。
 腰に差した状態からの一瞬の鞘走りから繰り出される先の先を取る抜刀の技、【居合い斬り】である。
 牙は衝撃によって吹き飛ばされ、近くの木の幹をへし折りながら止まった。

「チ……硬い」

 守護者の武器のひとつである毒牙の一本を奪っただけでもお手柄ではあるが、あくまでガイアは納得していないようである。
 あの様子だと守護者の身体をそれこそ魚のように捌いてしまうつもりだったのか。

 何にせよ、守護者の皮膚は硬い。
 口内の粘膜であれば別だろうが、そこへ至るにはまずあの毒牙を何とかせねばならない。
 渾身の【居合い斬り】は毒牙によって勢いを殺されていたが、まともに当てれば斬れるはずだ。
 ガイアは慌てずにそう分析し、刀を再び鞘へと戻した。

「ッ……! 来るぞ、避けろぉぉぉ!!」

 エリックが叫ぶとほぼ同時に、守護者が動いた。
 守護者はぬらりと身を翻して距離をとったように見えるが、もうひとつの武器である尾が振りかぶられていた。

 ひとの胴体よりも太い尾は辺りの広葉樹を薙ぎ倒して迫ってくる。
 その素早さに、後衛のクロエとレティシアが対応できていない。
 間に合わないと判断したエリックは首から提げた七色の七つの石を撫ぜ、

「――変ッ身ッ!!」

 石から放たれた猛烈な光の奔流と共にエリックの姿が眩む。
 光は一瞬で治まったが、そこに立っていたのはさっきまでのエリックではない。

 赤色系の下地に黄色いラインが走った、真っ赤なマントが特徴的な鎧のような衣服。
 アーメットに近いが黄色い触角のような飾りのついたデザイン性の高い兜。
 一見すれば鎧だが、下半身にはそういったゴテゴテした印象のないスマートなデザインは、どちらかといえば仮装に近かった。
 それは『不撓の魔鎧』という、単純な物理・魔法に対する防御性能を付与する一種の魔具アーティファクトである。

「く、……おおおおッ!!」

 守護者の尾による一撃を、エリックはあろう事かその身で受け止めた。
 それでも衝撃を完全に殺せるはずもなく、エリックの身体は数メートルの距離を後ずさり、地面に二本の轍を作る。

「ナイスですの、リーダー!」

 その隙に射程外から離れたクロエは、悠々と呪文の詠唱を開始する。

「《眠りをもたらす白雲よ、抱いて沈め微睡まどろみの底に》……」

 それは【眠りの雲】と呼ばれる、リューン界隈ではポピュラーな魔術だ。
 劣勢を覆すほどの力を秘めたその魔術は、眠りという無防備な状態に強制移行させる恐るべき術式である。

「《眠れ》!」

 距離も範囲も十分に満たした守護者は無味無臭の霧を思い切り吸ったのだろう。
 エリックを数メートルも押し出したその力はどこへやら、全身が弛緩し始めている。

 その期を逃さず、レティシアの細剣が守護者の脳天を切り裂く。
 浅かったものの守護者もたまらずのたうち、尾を掴んでいたエリックはそのまま振り回された。
 そしてとうとう掴んでいられなくなり、そのまま空中に放り出される。

「――やべっ!」

「チッ、とどめてろよ阿呆」

 身を低くしたガイアが交差するように守護者へ近づく。
 十分に大地に踏み込み、渾身の【居合い斬り】が放たれた。
 一瞬の抜刀による居合いはもはや目で追う事も難しく、比例して威力も相当のものだ。
 守護者の尾は根菜のように切り裂かれ、皮一枚を残して盛大に血を噴いている。

「見ろ、斬り落とせなかっただろうが」

「そこまでやりゃ十分だろ。動けねぇよ」

 ばつが悪そうにエリックは言うが、守護者――純粋ではないだろうが彼(?)は蛇なのだ――の生命力を甘く見てはいけない。
 尾が動かせない事など気にも留めない風に、守護者は激しく身をよじって這い回る。

 周囲の木々を薙ぎ倒し、その死角からエリックへとあぎとを限界まで開いて襲い掛かる。
 対するエリックは放られたままの体勢だ。
 打撃等に抗する力を持つ『不撓の魔鎧』といえど、全ての攻撃をシャットアウトできる訳ではない。
 鎧が破られれば、当然毒牙はエリックを貫くだろう。

「ったく、世話の焼ける『正義の味方』じゃの」

 しかしその牙はエリックを貫く事はなかった。
 スコットの両手に構えられた二挺のクロスボウから放たれた矢が、狙いをあたわず守護者の両眼に突き刺さったからだ。
 痛みと驚愕からか、守護者は首を高く振り上げる。

 目の前には、比較的柔らかい腹が無防備に曝されている。
 エリックは駆けた。
 得物を持たない彼にとっての『必殺技』をお見舞いする為にはぎりぎりの距離まで接近しなければならない。

「――だあッ!」

 掛け声と共に繰り出された拳が守護者の腹へと迫る。
 直撃の一瞬前に、ズバチィ! という弾ける音がしたかと思うと、エリックの拳が発光した。
 その発光の正体は、紫電だ。

 エリックの放った技は体内で雷を練り上げ、その力でもって技と成す気功闘法の一種である。
 とりわけ基礎的な技術として比較的広く教えられているその技は【雷破】と呼ばれている。
 身体の末端部分から電撃を迸らせ敵を打ち据える単純な技ではあるが、生者への攻撃ではかの【掌破】よりも高い威力を発揮する。

「――――――!!!」

 守護者の甲高い雄叫びが広葉樹林に響き渡る。
 それを間近で聞いたエリックは、それでも耳を塞ぐような真似はせずに構えを崩さない。
 重ねるが、蛇の生命力を甘く見てはいけない。

 ぎらり、と守護者の潰れた視線がエリックを射抜く。
 彼我の距離が近すぎる。
 このままでは手痛い一撃、いや丸呑みされてもおかしくない。

「邪魔だ、阿呆」

 立ち尽くすエリックの傍を駆け抜けたガイアは、【雷破】が打ち込まれた場所へ疾走からの居合いを叩き込む。
 それで全てが決した。
 衝撃も含めたその一閃は守護者の身体を真っ二つにし、その巨体をゆっくりと地に横たえさせた。
 そしてしゅうしゅうといった音と白煙と共に守護者は跡形もなく消滅し、その跡にはひとつの『鏡』が残るばかりだった。

「これが……例の『鏡』って訳か」

 守護者が消滅し、周囲に敵性が存在しなくなったのを確認してから、エリックは『不撓の魔鎧』を解いた。
 そのまま膝をついてしばらく呼吸を整え、それからようやく『鏡』を手にした。
 祭器として使用されている割には『鏡』は特に目立った装飾もなく、至ってシンプルなつくりになっている。
 背面には古代語と思しき文字が彫られてあるが、古代語魔術を専門とするレギウスを師と仰いでいるクロエでも頭をひねっている辺り、相当に難しい言語なのだろうか。

「たんに劣化していて読めなくなっているだけですの」

「あ、さいで」

 何はともあれ、『鏡』を得られた事は大きなアドバンテージとなる。
 同時に、この『鏡』を付け狙う魔術師との衝突を避けられないものとして策を練らなければならない。
 差し当たっては村に鎮座ましましている例の奇岩をどうにかせねばならない。

 負傷したのはエリックだけだが、その傷も大したものではない。
 のんびり休憩を取っていられるほど余裕もないエリックらは、すぐに村の方角へ戻らなければならない。

「何してんだマリナ、帰ろうぜ?」

 エリックは、静かにその場に佇むマリナに声を掛けた。
 その声にピクリと反応すると、マリナはゆっくりと振り返る。

「……ええ。行きましょう」

 いつもと変わらないマリナの声と表情。
 だが、エリックにはその手が微かに震えているように見えた。

 改めて見直してみるが、さっきとは打って変わって震えているようには見えない。
 何故だかその一瞬だけはエリックにはそう見えたのだ。
 エリックは見間違いだったと思い直して、仲間たちに置いていかれないように足を動かした。


To Be Continued...  Next→

『愚者たちの報い』 

 『大いなる日輪亭』。
 リューンに星の数ほど存在する冒険者の宿の質を平均を割り出せば、中の下といったところだろう。
 それでも夕飯時から夜更けにかけてはかなりの賑わいを見せる。
 亭主エイブラハム=エイムズの料理の腕と、酒の種類の豊富さがこの宿を支えているのだ。
 そしてもう一つ。

「ただいま手の空いている者に話を通しますので、そのテーブルに着いてお待ちください」

 依頼の貼り紙を持参した中年の男は会釈すると、無言で示された席に着いた。
 亭主エイブラハムは受け取った貼り紙を再度見直してため息をつく。
 この手の依頼はあまり扱いたくないと思っているのだ。

(しかし内容が内容だしな……、下手な奴らには任せられん。
 性質を理解している分、コヨーテたちになら安心して任せられるんだが、今はいない)

 その『月歌を紡ぐ者たち』は先日の依頼で国家反逆罪レベルの所業を犯した危険人物に命を狙われ命からがら窮地を逃れたばかりだ。
 現在はそれぞれの目的の為に各地へ散っている。
 宿には傷の療養の為に残ったシスターと、その付き添いの狩人の二人だけしかいない。

 周囲には上手く誤魔化しているが『大いなる日輪亭』はそれほど安定していない。
 それというのも、宿の顔となる看板冒険者が存在しないからだ。
 元々高名な冒険者を抱えていた訳でもない上に、それなりに経験を積んだ冒険者パーティはつい最近引退してしまった。
 専属冒険者のほとんどが『月歌を紡ぐ者たち』よりも後に登録した者たちで、即座にデリケートな依頼を任せられる程の信頼がない。

 仮に信頼のおける冒険者がいたとしても、この内容では請けてもらえるかどうかが分からない。
 何しろ依頼の内容は『復讐の代行』であり普通の冒険者ならあまり請けたがらない部類の依頼だ。
 そもそも復讐自体が違法性のある可能性が高く、加減しすぎれば依頼は失敗となり、やりすぎれば冒険者がお尋ね者となってしまう。
 どれだけリターンが大きくてもそれ以上のリスクを背負ってしまうのでは進んで請けたがる冒険者はいないだろう。

 さてどうするかと頭を抱えた親父の悩みは、わずか十数秒後に吹き飛ぶ事となる。
 まさかと思っていた、進んで請けたがる冒険者が現れたからだ。
 それがとんでもなく破天荒な冒険者だった事が、親父に新たな悩みを生む事になるのはまた別の話だろう。



「あなた方が私の依頼を請けてくださる冒険者の方ですか……?」

「その通り! 我ら『陽光を求める者たち』に何でも依頼するがいい!」

 自信満々に言い放ったのは燃えるような赤い髪をした少年だった。
 そして即座に黒髪の美女に後頭部をぶん殴られた。
 早速のトンデモ行動に、心配でカウンター越しに見守る事にした親父の胃がダメージを受ける。

 赤い髪の少年はエリックという、最近良くも悪くも有名になってきた冒険者だ。
 正義の味方を自称してはばからず、夜な夜な街へ出ては悪事を働くチンピラなんかを退治しているらしい。
 これだけ聞けばまともだと受け取られかねないが、彼がこの行動に出る際はどういう理屈か変な兜を被りド派手な衣装に着替えてから行うのだから、下手しなくてもただの変態にしか見えない。
 それでいてチンピラ数人くらいなら徒手でも相手取れるほどには喧嘩が強いのだから却ってタチが悪い。

 そしてそんな彼の頭をぶん殴った黒髪の美女はマリナという。
 元々は日の当たらない場所で仕事をしていたという彼女は盗賊ギルドの深い場所の人間だった。
 ともすれば一般人と見まがう衣装の彼女だが、普通とは言えないくらいに丈夫そうな、肘まである黒い手袋が唯一の特徴だ。

「失礼しました。依頼を請けるか否かはお話を聞いてみないと判断しかねます」

 どうにか取り繕って話を進めたのは金髪の女性だ。
 多少派手ではあるが聖北の修道服に身を包んだ彼女の名はレティシア。
 以前話した際に『月歌を紡ぐ者たち』のルナと同期だと言っていたが、彼女と決定的に違う点は椅子に立てかけた立派な細剣だろう。
 レティシアは一般的な『シスターさん』というイメージからはだいぶ離れたところに位置する存在らしい。

「ああ、申し訳ない……皆さんには重要な事ですからね」

 どこか思いつめたような顔をしているこの男は、今回の依頼主だ。
 年の頃は初老一歩手前といったところか。
 リューンの銀行に勤めているらしい。

「皆さんに頼みたいのは一応『復讐』……という事になるんでしょうかね」

「どういう事ですの? くわしくおねがいしますわ」

 たどたどしい調子で問うたのは、髪を飾る大きな赤いリボンが特徴的な少女だった。
 彼女は弱冠一二歳で一端に魔術を扱えるとして未来を期待されているクロエという才女だ。
 恵まれた才能を早くに開花させ大学への飛び級も確約されていたが、ある日暇つぶしに行った『星を追う者たち』の魔術師レギウスと魔術論争でこっ酷くやり込められてからは彼を師匠ししょー呼ばわりして追い掛け回しているという、変人候補である。

「……そう、あれは今から少し前の事でした」

 ぽつりぽつりと、依頼人の男は話を始めた。
 内容はある意味では在り来たりな、追い剥ぎに遭ったという話である。
 が、場所がリューン市内という事で路上強盗なのだろう。
 奪われたのが金品だけならまだしも、と男は深くため息をついた。

「……私は身ぐるみを剥がされました。
 気絶させられた私は全裸で大通りに捨てられたんです。
 それから治安隊に行って犯人の逮捕を頼みましたが……結局、犯人は見つからなかった。

 それから私が全裸で大通りに捨てられていたので変態って言われるようになりましてね……
 私だけなら良かったんです、でも娘や妻まで……
 そして先日、とうとう娘と妻が出て行ってしまいました」

 と、依頼人はうなだれた。
 青年は無表情のままため息をついて目を閉じた。
 同時に、聞き飽きたとばかりに初老の男がそっぽを向く。

 無表情の青年はガイア、初老の男はスコットという、元山賊とその頭領だ。
 二人はとある抜き差しならない事情からエリックたちと冒険者パーティを組む事になったのだが、中身は未だに山賊気分のようだ。

 ガイアは頭領スコットの懐刀であり、一流の剣術を扱う凄腕だ。
 用心棒の仕事もこなしていたという事もあり、眼光がすでに堅気じゃない。
 一方のスコットはいかにもだらけたような雰囲気のおっさんといった感じだが、ガイア同様瞳の奥は鋭い。

「私は許せないんです。
 幸せに暮らしていたはずなのにあれで全てが崩れ落ちました。
 もう取り戻す事はできない。

 ですがせめて……あの連中に復讐したいんです!」

 相変わらずな反応を見せるスコットに対して、エリックは少し身を乗り出しつつある。
 どうやら彼の『正義の心』とやらが共感しているのだろう。

「もう終わった事として治安隊は取り合ってくれません。
 それに逮捕される程度じゃあ私の気が晴れません。
 どうか、皆さんの力で奴らを懲らしめ、そして治安隊に引き渡して欲しいんです!」

「ぃよぉぉぉし! 任せろッ!!」

 渾身の力を込めて、エリックが叫ぶ。
 同時にマリナの肘が彼のこめかみに直撃した。
 あれは下手したら絶命する恐れのある一撃だが、エリックはまるで堪えていない。

「ひとまず、こいつは放って置いて下さい。
 幾つか質問があるのですが、よろしいですか?」

 再びレティシアが取り直し、話をまともな方向へ引っ張る。
 彼女の問いに依頼人は快く頷いた。

「まず懲らしめろとの事ですが、やりすぎては我々が治安隊のお世話になってしまいますし、足りなければあなたに納得していただけません。
 治安隊に引き渡す事が条件のようですので、多少荒っぽい方法でブチのめしてもよろしいので?」

「はい、そうなれば後は私がやります。
 とにかく犯人さえ見つかれば……私の友人がどうにかしてくれます」

 聖北のシスターさんの口から出た『ブチのめす』という大変貴重な発言をも、依頼人は気にしていないようだ。
 親父としては胃にチクチクとダメージを受けているのだが。

「では次ですの。犯人に心あたりはありませんの?」

「正直、検討もつきません……
 しかし、そういえば奴らは全員緑色のバンダナをつけていました。
 ユニフォームのようなものなのかもしれません」

「何でぇ、カラーギャングか。
 ……いやちょっと待て。
 お前さんが襲われたのは夜だろ、何でンな事まで分かるんじゃい」

「こう見えても視力と記憶力には自信がありますので」

 半信半疑といった様子で、スコットは肩をすくめた。
 リューンの治安隊はここまでの情報を与えられておきながら犯人を挙げられなかったのかと落胆しているのだろうか。

「んで、見返りは?」

「依頼を達成していただければ銀貨四〇〇枚をお支払いいたします」

「安い。話にならんわ」

 ばっさりと切り捨てるスコットに、宿の親父の胃がジクジクし始めた。
 値上げの交渉にしてももう少し言い方ってものがあるはずだ。

「うう、分かりました。
 少し待ってもらう事になると思いますが、一〇〇枚ほど増額します」

 依頼人は若干涙目になっている。
 親父の胃も限界だ。

「まぁいいじゃろ。こんなもんで」

「ではこの依頼、請けさせていただきます」

 どうやら決まったようだ。
 話が妙な風に拗れなくて済んだ事に、親父はほっと胸を撫で下ろす。

「では親父さん! 行ってくるぞッ!」

「お、おう、気をつけろよ。
 初仕事なんだ、気張っていけ……」

 しこたま殴られていたはずなのにたいそう元気なエリックに、親父はほうほうの体で応えた。



 リューンの街に出たエリックらは犯人のアジトへ到着した。

「待て待て待ていッ! 展開が早すぎないかッ!? 過程はッ!?」

「……リーダー、もしかして寝ボケていたんですの?」

「そんな事はない! お目目はパッチリだ!」

「なにも分からないでそこのチンピラさんをなぐっちゃったですの……?」

「あ、あれは向こうから喧嘩売ってきたんじゃん!」

 六歳も年下の女の子に心底呆れられ、エリックはちょっとヘコんだ。
 が、不屈の闘志で持ち直すと、頼れる参謀役マリナへと視線を移した。
 そして『説明オネガイシマス』と目だけで伝える。

「あんたの頭でも理解できるように説明するのって疲れるんだけど。
 特別手当もらってもいいくらいには」

「待ってください。私もちょっと展開が早すぎると思いますが」

「ほら見ろ! おれ以外にも付いてこれてない奴いるじゃん! 説明プリーズ!」

 マリナはぎゃあぎゃあとうるさいエリックの鳩尾にとりあえず一発パンチして大人しくしておく。
 ようやく静かになったところで、説明を開始した。

「緑色のバンダナって情報だけで犯人グループの特定はできたわ。
 奴らは『グリーンダイバーズ』と名乗ってる小規模なカラーギャングね。
 やってる事はしょっぱいけど被害者の数だけは立派なもんよ」

「その『グリーンダイバーズ』が犯人グループだという確証はないのですか?」

「必要ないでしょ。
 そもそも犯人グループが緑のバンダナを巻いているって情報は依頼人から貰ったのよ。
 それを基に情報を集めていくのは当然の行為だし、結果的に間違っていたとしても依頼人の落ち度って事で揺さぶるわ」

「……しかし、大義名分がなくなっては復讐の代行は難しいのでは?」

「世間のあいつらに対する風評、聞いてみる?
 『どうしようもないろくでなしのクズども』、『社会のカス』、『とっととキーレ送りになれ』、『×××ピー野郎ども』」

「分かりました、もういいです」

「『×××ピー××ピー』、『死刑とか×××ピーにしていいんじゃね?』……」

「もういいっつってんでしょうが! 耳障りです!」

「ま、結局そこら中から悪評が沸いて出ているのよ。
 つまりそれだけ被害者がいるって事ね。
 仮に依頼を請けたっていう大義名分がなかろうが、間違ってたら間違ってたで慈善活動って事で片付けていいのよ」

「……そ、それで、どうしてアジトまで分かったんだ?」

 さっきよりも随分と大人しくなったエリックは鳩尾を押さえつつ問う。

「さっきあんたがチンピラと遊んでる間に聞き込みしておいたわ。
 すごく快く答えてくれたのが気になるけど、スラムの人間からも見限られてるみたい。
 どちらにしろ先は短かったって事ね」

 吐き捨てるように言って、マリナは目の前の酒場へ視線を移す。
 『エボラ』という名の、何の変哲もない酒場だ。

「さてさて、こっからはお前さんの十八番じゃろ。
 暴れてくりゃいいじゃねぇか『正義の味方』エリックさんよぉ?」

「あ、うん……でもちょっと待って。マリナの腹パンチ……ヤバすぎ……」

「ハイハイ、おっ邪魔しまぁす」

「スコォォォォォット!?
 待ってって言ったじゃん、おれ言ったよね!?
 何で戦う前からダメージ持ち込んでんのおれぇ!?」

 あろう事か味方の手で、無慈悲にも開かれた扉の向こうではチンピラたちが談笑している。
 なるほど全員が緑色のバンダナを頭に巻いている。
 彼らが悪名高き『グリーンダイバーズ』である事は間違いなさそうだ。

 しかも大声で話している内容が例の依頼人の件のようで、実に分かりやすい。
 腹へのダメージから満身創痍だったエリックの瞳に光が宿る。
 善良な依頼人を侮辱する大笑いに、怒りの炎が燃え上がる。
 ついには腹のダメージすらも忘れて、エリックはチンピラに詰め寄った。

「なんだぁお前ら、ここは貸切だぜ。さっさと出ていきな」

「なぁに、テメェらを叩きのめして治安隊に叩きだせと頼まれてな。今から実行するところだ」

 エリックの返答に、再びチンピラたちは大笑いする。
 喧嘩を売られているのだと理解したようだ。

「俺ら『グリーンダイバーズ』よ? 分かっててここに来てんの?」

「おいおいどうでもいいじゃねぇか。
 ぶちのめしくださいってわざわざ言いに来てるんだ。
 お望み通りにしてやろうぜ」

「くくっ、それもそうだな。
 冒険者なんざ俺たちの敵じゃねぇ」

「あーあー、無駄なお喋りはもうやめろ。
 テメェらはただひたすらに自らの行いを後悔しながら、ついでに詫びの言葉でも考えながら神妙に制裁を受けるんだ」

「……ぶっ殺す」

 チンピラの一人がナイフを抜いて、エリックへと迫る。
 対するエリックは首から提げた七色の七つの石を撫ぜ、

「――変ッ身ッ!!」

 石から放たれた猛烈な光の奔流と共にエリックの姿が眩む。
 光は一瞬で治まったが、そこに立っていたのはさっきまでのエリックではない。

「さぁさぁ、矯正の時間だ!」

 赤色系の下地に黄色いラインが走った、真っ赤なマントが特徴的な鎧のような衣服。
 アーメットに近いが黄色い触角のような飾りのついたデザイン性の高い兜。
 一見すれば鎧だが、下半身にはそういったゴテゴテした印象のないスマートなデザインは、どちらかといえば仮装に近かった。

「なんだこいつ!?」

「怯むんじゃねぇ! ただの虚仮脅しだ!」

「ぐぁーはっはっは! 脅しかどうか、その身でとくと味わうがいい!!」

 テンションが上がりすぎてどこぞの魔王のような叫びを上げながら、エリックはチンピラに飛びかかった。

「喰らえい!」

 勢いそのままに掌底をチンピラの腹に叩き込む。
 そのチンピラの足は地より浮き、ノーバウンドでカウンターを飛び越えていった。

「な、何だ今の技は! とんでもねぇぞ!」

「はぁっはっは! 今のはリューン闘技場が誇る気功法のひとつ、【掌破】だぁぁぁ!!」

「えっ、【掌破】ってあの……? よわ――」

「弱くねぇよ、謙虚なだけだ!
 鍛えりゃ強くなるし幽霊とかにはすげぇ威力になるんだぞ、お前らいっぺん幽霊になって喰らってみるか!?」

 エリックら『陽光を求める者たち』は冒険者駆け出しである。
 しかしそれは冒険者としての経験が少ないという意味であり、戦闘技術が低いという意味では決してない。
 むしろ夜な夜なチンピラ狩りに精を出すエリックや元山賊のガイアやスコットといった連中は、形式こそ違えど実戦の経験は少なからずあるのだ。

 『グリーンダイバーズ』は全員が大振りのナイフを持っているが、自称正義の味方であるエリックは怯まない。
 突き出されたナイフを持つ手を掴んで引っ張り、カウンターの要領で左の拳を顔面に叩き込む。

「ぐげっ!」

 潰れたカエルのような声を上げて、チンピラが壁に叩きつけられた。
 エリックの纏う『不撓の魔鎧』には攻撃の威力を高めるような効果はなく、シンプルに物理・魔法に対する耐性を付与する。
 よってこれらの動作や攻撃の威力はエリックが培った格闘の技術の集大成だ。

 相も変わらず滅茶苦茶な男だとガイアは表情を変えずに呆れる。
 あのヘンテコな装束もそうだが、彼は武器を持たずに徒手で戦う。
 幼い頃から剣を握って生きてきたガイアには到底真似できない。

 エリックの大暴れを尻目に元山賊のガイアは刀を抜かずに携え、横目でリーダーの姿を追う。
 山賊時代から何度か縄張り争いに借り出された事があったが、その際は大抵ガイアが独走して頭領を切り伏せて戦いを終わらせていた。
 今回の相手のようなチンピラ集団とくれば所詮は烏合の衆と相場が決まっている。
 ならばガイアがやる事も決まっている。

「殺すなよ。殺したらあの『正義の味方』がうるっせぇからのう」

「……承知」

 かつての主スコットの指示に短く答え、戦いを終わらせるために足を踏み出す。
 視界の端ではマリナが鋼線でチンピラの首を絞めているし、クロエの魔法に翻弄されるチンピラをレティシアが細剣の柄でぶん殴って気絶させている。
 何だかわざわざガイアが出て行く必要もなさそうに思えてくるが、油断は身を殺す事を彼は理解していた。
 リーダー格のチンピラへと歩を進めると、わずかにでも忠誠心のある手下がその前に立ちふさがろうとしている。

「……死にたくなければ俺に向かってくるな。あの仮面男なら身体の欠損も後遺症もなく気絶させてくれるぞ」

 そう告げて、ガイアは得物である東洋の剣を鞘に入れたまま腰を落として構えた。



 後日、依頼人からお礼の手紙が届いた。
 手紙では依頼人は今までの仕事を辞めて、妻子と共に全く別の土地で新しい生活を始めるそうだ。
 誰も自分の事を知らない新天地を求めて旅立ったのだろう。

 一方、『陽光を求める者たち』にボコボコにされたグリーンダイバーズには更に懲役刑が課せられたそうだ。
 彼らが捕まった事が知れると、彼らの被害者が次々と立ち上がった。
 それほどの数の被害者を無視できなかった治安隊は重い腰を上げて捜査を始め、罪状を固めてグリーンダイバーズの裁判を行う。

 あまりにも簡素な裁判だったらしい。
 裏で誰かが手を回した結果なのだろう。
 罪状は麻薬所持、強姦、強盗、その他諸々、もう二度と娑婆に出てくる事はないのかもしれない。

 そして、新天地へ旅立った依頼人。
 彼はリューンから逃げ出したのだろうか。
 それとも。

「ま、考えても埒が明かないわね」

 上乗せ分も含めて五〇〇枚の銀貨が詰まった袋を弄びながら、マリナは杯の中の葡萄酒を乾した。



【あとがき】
『陽光を求める者たち』、最初のシナリオはwizさんの「愚者たちの報い」です。
サクッと終わる短編の討伐シナリオです。
Readmeにもありますが、まさしくチンピラのためのチンピラによるチンピラのシナリオなんですよね。
純粋な悪としてのチンピラがここまでインパクトのある敵役というのは逆に珍しい気がします。

『陽光』ですが、見たまんま全員変人です。
辛うじて常識人に近いのがマリナくらいですが、彼女も彼女で……
さすがにサクサクッと終わるこのシナリオで全員の見せ場を作る事は難しかったので、他のメンバーはまたいつか出番を与えたいですね。

【掌破】の下りに関しては某所で某お布団の精霊さんに触発された結果です。
ホントに【掌破】は対霊体用技能としては優秀なんですよ。
レベル1なら。

『不撓の魔鎧』(変身アイテム)につきましては現在作成中です。


☆今回の功労者☆
エリック。自称『正義の味方』の面目躍如。

報酬:
基本報酬→400sp
追加報酬→100sp


≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『愚者たちの報い』(wiz様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。


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周摩

Author:周摩
しがないリプレイ書きのブログです。

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当ブログはリンクフリーです。報告は不要ですが、あれば相互リンクさせていただきたいと思います。

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