FC2ブログ
≪ 2019 06   - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 - - -  2019 08 ≫
*admin*entry*file*plugin
リプレイ記:陽光を求める者たちの記事一覧

『銀斧のジハード』(3/3) 

 一行はいったん台所へ戻り、使用人が用いていた勝手口を通って二階へ続く階段を上った。
 二階はほとんどが領主のための部屋であり、そのためか一切人の気配がない。
 悪徳領主にはもったいないくらいの立派な謁見場の片隅に、領主の私室へ続く扉があり、さすがにそこには鍵がかかっていた。
 しかしスコットの腕の前には単純な錠前は意味を成さない。

 限りなく音を立てずに扉を開けたスコットは領主の私室に入り、クロスボウを構えて視線の先を警戒する。
 が、そこにはダークエルフはおろか領主の姿もない。
 やたらと豪奢な家具が揃っているが、本棚やデスクの周辺は書物と羊皮紙の束で雑然としていた。

「三流魔術書や儀式教本がいっぱいですの。ほかにも聖北教会関係の書物も……?」

「しかし、ここにもいないとなると領主は外出中なのか?」

「それはないですの」

 そう言ってクロエが示したのは領主の予定表だった。
 もちろん公儀のものでなく、魔術儀式に用いられる生贄ドワーフの予定である。
 名前などは管理されていないようだが、日を経るごとに物凄いペースで減っていくドワーフの残数が末恐ろしい。
 記録によればつい数刻前に今日の儀式が執り行われたらしく、それから外出したとはとても考えられなかった。

「むぅ、何となくここが怪しいんじゃが……」

「わたくしもおなじ意見ですの。これまでの部屋には『儀式場』にふさわしい魔術記号もついぞみあたりませんでしたの。どこかに別の部屋が用意されているとかんがえるのが自然ですの」

「隠し扉ならほれ、もう見つけとるわい」

 スコットの指した先は壁そのもののように見えたが、角度によっては見えなくなるほどの細い亀裂が壁に走っており、確かに壁と同化するように一枚板が添えつけてある。
 それを剥がしてみたところ、はたしてそこには扉が存在していた。

「いよいよじゃのう。覚悟は良いかッ!」

「できてるよ……行こう!」

 隠し扉がスコットの手によって開かれる。
 部屋の中はむせ返るような湿度と吐き気を催す悪臭に満ちていた。
 血の臭い、腐肉の臭い、死の臭い。
 エリックたちは直ちにこの場を飛び出したくなる衝動を辛うじて抑えながら前に進む。

 部屋には何人かの騎士たちと共に例のダークエルフ、そして領主であろう、ひと際豪奢な衣服を身に着けた男がこちらに背を向けて立っている。
 オロフが武器を抜き放つと、彼らは一斉にこちらを振り返った。
 とりわけ領主らしき若い男は驚きで顔を蒼白にさせた。

「な、なんだ、貴様らッ! ここをどこだと思っておる……い、いやその前になぜここにおるのだ!」

「貴様らは……あの洞窟にいた冒険者と、逃げ出したドワーフか」

 領主に対してダークエルフは冷静だった。
 その様子を見てクロエは確信する。
 ダークエルフはチーニの妖精窟で戦った時よりも確実に力を増している、と。

「神聖な祈りの儀式を邪魔立てしおって……殺せッ! そいつらを殺してしまえ!!」

 領主の号令に騎士たちが得物を手に冒険者たちに襲い掛かろうとする。
 しかしダークエルフがそれを制し、前に踏み出した。

「――復讐といわけか。醜きドワーフよ」

「言え……ワシの仲間をどうしたッ!」

「仲間だと? ククク、あのドワーフどもなら我が守護天使への生贄として利用させてもらったぞ!」

 答えたのはダークエルフでなく領主であった。

「皆、天にも届かんばかりの声を上げて死んでいってくれたわ。我が守護天使は血の臭いがお好きでな……ワシにも力を授けてくださったッ! 聖北の坊主どもは間違っておる。我が心の師ガイウスこそが正しき道を説いておられたのだ!」

「守護天使ですって? あなたが崇めているのは単なる悪魔じゃないですか」

「ククク、お前らは悪魔だ天使だと区別するが……忘れるな、神がこの世の全てをお創りになったのだ。偉大なる神がお前らが悪魔と呼ぶ我が守護天使にも力を与えたのだぞ? 神が存在をお認めなのだ! それを崇めて何が悪いッ、ワシらを異端などと呼んで迫害しおってッ!!」

「……そもそもが間違っているんですよ。ガイウス派の教義はきちんと学びましたか? ガイウス派は天使も悪魔も共に神の被造物であり、前者は人に救いを与え、後者は人に試練を与える……だから人は両者の存在を常に意識し、双方の主張に耳を傾けよと説いたのです。別に天使=悪魔だから悪魔を敬え、彼らの求めに応じよなどとは言っていません」

 レティシアは生粋の聖北教徒であるが、異端については幼い頃から学び、それを排除する術を身に修めていた。
 かといって異端はすべて処刑するというのもナンセンスだと彼女は考えている。
 ガイウス派に限らず、もともとは同じ聖北の信徒が道を誤る悲劇は二度と起こしてはならず、逆に糧にしなければならないのだ。

「私はガイウス派の教義はやはり間違いだと思いますが……あなたのそれよりはずっとまともだと思いますね。ガイウス派が異端とされたのは悪魔の存在に肯定的な意味を与え、それを天使と同列に扱った事が理由なのです」

「まったく、不勉強ですの。学問とは文字をただ追えばいいというものではありませんの。まぁ、おおかたそこのダークエルフにまちがったことを吹きこまれたのでしょうけど」

「……、」

 ダークエルフは何も言わない。
 冒険者に対して否定する事も、領主に対して弁明する事もしない。
 それが領主の心情を炙ったのか、彼は慌てて「戯言を……」とうめいた。

「き、貴様ら、冒険者の分際でワシが間違っておるというのか? 身の程をわきまえよ……!」

 領主が怒りからそう喚いた時だった。
 オロフが斧を大きく一振りすると、身を低く屈めて構えた。

「ワシには小難しい事は分からんが、ひとつだけはっきりしとる事がある」

「何ィ……?」

「それはなッ、たとえ神の意志であれ何であれ、ワシの仲間を奪った貴様らだけは絶対に許さんという事じゃッ!!」

 オロフの叫びが部屋に木霊した瞬間、エリックたちも散開し、それぞれに得物を構えた。
 騎士たちも同じくそれぞれに向けて槍を構え、ダークエルフは身を低く屈める。

「くくっ、所詮醜いドワーフなどにはワシの崇高なる信仰はわからんッ! お前ら、殺せ……ヤツらも殺して我が守護天使に捧げるのだ!!」

 領主の言葉を合図に、騎士たちが一斉に襲い掛かってきた。
 前衛のエリック、ガイア、オロフはそれぞれ自らの得物で初撃を捌き、更には二撃目で押し返す。
 以前、チーニの妖精窟で戦った時とは違う。
 広い室内で十全に動けるのだとしたら、ショートスピアで壁を作るほどの密度のない騎士に後れを取る事は決してない。

「――ひとつ聞かせろ! なぜ、なぜワシらの『穴』を襲った? 目的は何だったのじゃ?」

「ククク、単なる訓練だ! いずれ我が騎士団は隣国に進行する……そのための訓練よ!」

「人間相手に訓練をすると何かとうるさいのでな。その点、ドワーフならば教会も諸侯もたいして気にはしないだろう?」

「なん……じゃとッ!」

「ククク、妖精窟を襲った時、貴様らドワーフをもう少し生かしておいても良かったなァ! そうすればワシももっと力を手に出来たのになッ! フハハハハハハッ!」

「貴様ァッ……!」

 オロフの斧がうねりを上げて領主に襲い掛かる。
 が、それが届く前にガイアの刀がオロフの斧を弾いた。
 オロフははっと我に返り、領主から離れて構え直す。

「冷静になれとは言わん。だが怒りに身を任せる事が無念を晴らす術ではないと知っているはずだ」

「……分かっておるッ!」

「あぶねえオロフ! ――変ッ! 身ッ!」 

 エリックは【不撓の魔鎧】を身に纏う。
 光の奔流により、死角から打ち込まれた火球を弾き飛ばした。
 呪文の詠唱もなしに放たれた攻撃にそちらを見れば、燃え盛る炎の身体を持つサラマンダーが現れていた。

「――精霊!」

 チーニの妖精窟では用いられなかった精霊術。
 その真価は術者と切り離されても単体で意志を持って動ける独立性にある。
 そして半実体のその身体は単なる武器や魔法の攻撃を受け付けず、特殊な手段でなければ排除できない。

 領主もダークエルフもずっと後方だ。
 まずは精霊の攻撃を潜り抜けて邪魔な騎士たちから片づけなければならない。
 練度は低いとはいえ重装備に加えて数が多いとやはり厄介だ。
 だがあまり手間をかけていては後方から魔術による支援があるだろう。

「《貫き徹す光の鏃》……、《輝きを纏い》……」

 見れば、後方で悠々と領主が呪文の詠唱を進めている。
 まだ呪文がたどたどしい様子だが、それでもあれは【魔法の矢】だ。
 放たれれば誰かが傷を負う。

「《疾走はしれ風よ、悠久の旅人よ。奔放なる本性を現し、四方八方へと駆け抜けろ》……《吹きすさべ》!」

 魔術に対する熟練度ではクロエは決して劣る事はない。
 領主の詠唱が結ばれる前に自身の魔力を練り上げ、詠唱を完結させていた。
 部屋の中央がぐにゃりと空間が歪む錯覚を覚えるほどに魔力がうねり、直後に炸裂した。

 轟、と膨大な風が衝撃波となって部屋中を薙ぎ払った。
 【弾ける大気】と呼ばれるそれは圧縮した空気を炸裂させる事で空間ごと吹き飛ばす大雑把ながらも攪乱に向く魔術だ。
 単なる暴風を生み出す術式といえばそれまでだが、場の状況をリセットするにはもってこいである。

「いまですの!」

「やるならやるって言ってくれよ! あーびっくりした!」

「うっさいですの! たすけたんだから文句いわない!」

 ともあれ、確かに相手の虚を突いた事は間違いない。
 混乱している内に、騎士の持つショートスピアに【雷破】を打ち込んで感電させる。
 驚き得物を取り落とした隙に壁まで蹴り飛ばした。

「うおおッ!!」

 横合いから別の騎士がエリックを貫かんとショートスピアを突き出してくる。

「――んッ!?」

 が、その騎士の動きがびくりと止まった。
 よろよろとふらつく騎士の背後には影のように張りつくマリナの姿があった。
 彼女の両腕を肘まで覆う黒の手袋には鋼線が仕込まれており、それらを伸ばして騎士の首を絞めている。

「このッ!」

「ふっ――!」

 中衛の騎士がマリナの背後を取ろうとするも、それより速く騎士の両肩を掴んで跳び上がる事で回避する。
 着地するなりすかさず後ろ回し蹴りで首を絞めていた騎士を蹴り、中衛の騎士が構えていたショートスピアに突き刺した。

「ぐああッ!」

 しなやかな体捌きと軽やかなステップからの暗殺術は彼女の得意とするところだ。
 彼女の技術はたとえ乱戦の中でも対象を殺せるほどに昇華しつつある。

「エリック、騎士は放っておいてあんたはあのダークエルフを」

「お、おお!」

 背中を押され、エリックは騎士の合間を縫ってダークエルフと相対する。
 騎士たちがそれに反応した瞬間、ガイアもまた領主へと歩を進めた。
 さすがにそちらにはすぐそばに護衛がいたが、たった一閃で斬り伏せられて沈黙した。

「う、うう……騎士たちよ、護れ! ワシを護れッ!」

「てめえはそこで大人しくしていろ……」

 必死に助けを乞う領主に対し、ガイアは静かに彼を睨めつけた。
 こうなってしまっては領主はもはや一歩も動けない。
 ガイアに寄り付く騎士は常に後の先を取られ、一撃で葬られる運命にあるのだから。

「ちッ……私を護りもしないとはいい根性だ」

 舌を打ち、ダークエルフは新たな呪文の詠唱を始めた。
 聞きなれない言葉が彼の口から紡がれる。

「これは……? ……リーダー! なにかやばいですの!」

 クロエが叫ぶ。
 彼女が解析できない言語での膨大な魔力を用いた未知の術式。
 それが何なのかの正体が掴めず、彼女は取り乱していた。

「任せろ!」

 エリックはすぐに距離を詰めようとするが、

「……って、なんだこれ!?」

 彼の周囲に黒い靄のような何かが漂い出した。
 いくら払ってももがいても、へばりつくような漆黒の闇。
 ぎょろ、と闇の中に瞳が蠢き、エリックはそれと目を合わせてしまった。

「うッ……あああぁぁぁぁぁ!?」

 ずぶずぶと闇から黒が融け出し、ついには完全な闇がエリックを包み込んだ。
 ダークエルフが従える精霊はサラマンダーだけに留まらない。
 闇に溶け、闇を操るのは闇の精霊であるシェイドの十八番だ。

「あれは、――シェイド!?」

「ちっ、エリックは放っておきなさい。シェイドがああやって獲物を捕らえている間は何しても無駄よ!」

 あの闇の中ではエリック自身はほぼ無防備だろうが、あちらも手出しができない。
 獲物の心を弄るのはシェイドの愉悦であり、それを邪魔すれば精霊の機嫌を損ねる事になるからだ。

「……ちょっとは持ちこたえなさいよ。馬鹿ヒーロー」



「なんだってんだ……これ……!?」

 手を伸ばしても自らの指先すらも闇に溶ける。
 たった今まで戦いの場にいたというのにその喧噪すら闇の向こうから聞こえてくる事はなく、いくら声を出しても誰にも届いている感じはしない。
 そこから抜けようと走り出すが、いくら走っても壁にすら辿り着かない。
 まるで空間だけ別次元に切り取られたような感覚だった。

「くそっ!」

 知識を持ち合わせていないエリックには対処法が分からない。
 何が起こるかも分からない闇の中で、来るのかすら定かではない闇の終わりを待つしかないのか。

「ッ……!」

 ぞくり、とエリックの背筋に冷たいものが走った。
 ここから一生出られないのではないか。
 そんな予感が脳裏に過ぎり、無意識に身体が震える。

「こんな事してる場合じゃねえんだ……!」

 学のないエリックには知る術はないが、音も光もない空間に放り込まれた人間は恐るべき早さで精神が削られていくという。
 心が弱い者なら発狂するのにそう時間は要さない。

「ん……!?」

 気が付けば、変身を解除した覚えはないのにその身に纏っていた【不撓の魔鎧】が消失していた。
 混乱する頭が落ち着きを取り戻さないまま、エリックは足元の『それ』を見た。
 自らの脚を掴む、青白い手を。

「うわあっ!? な、何い――!?」

 いったいいつの間に現れたのか、エリックは何人もの地を這う人間に囲まれていた。
 誰も彼もが苦しげなうめき声を発しながら一人の例外もなく血に塗れている。
 この世のものとも思えない光景に、エリックは恐怖した。

 ぐるん、と。
 地を這う人間たちが一斉にエリックにその顔を向けた。

「――なッ、あ……ああっ……!?」

 エリックの心臓が跳ねあがる。
 彼らはどれもこれも見知った顔だった。
 イベロ村で戦った魔術師、『千羽の白鷺亭』のジェシカ、地方領主オーギュスト、その側近の魔術師、命がけで村を救わんとした依頼主の青年、そしてアルトゥル。
 これまでエリックたち『陽光を求める者たち』と戦い、あるいは友情を育み、あるいは依頼主として関わり、そして命を落とした者たちだった。

『なぜ……殺したぁ……』

『なぜ……助けてくれなかった……』

『俺たちは……死にたくなど……なかったのに……』

 彼らは口々に声を上げた。
 怨嗟の声が闇の中を満たしていく。
 恐怖で歯の根が噛み合わず、エリックはただ荒い呼吸を繰り返すばかりだった。

「……違う、違うんだ……、おれも……おれだって助けたかったんだ……!」

 すでに彼の両足には幾人もの死者がまとわりつき、一歩も動けなくなっている。
 彼はただ目と耳を閉じて、ひたすらに彼らへ弁明を続けるしかなかった。

『おまえがもっと早く……駆けつけていれば……』

『おまえが仲間を止めていれば……』

『おまえが俺の前に現れなければ……』

『私たちは……死なずに済んだ……』

『おまえが……殺した……』

「ち、がう……!」

『おまえが……殺した……』

「ちがう……!」

『おまえが……殺した……』

「もう、……」

『おまえが……』

「やめてくれ……!」

 いくら能天気なエリックでもその心の底ではずっと悔やんでいた。
 これまでエリック自身が手にかけ、命を奪った相手は一人だっていやしない。
 仲間たちだって、無駄に命を弄んだりした事はない。
 仕事のため、自分たちの命のため、誰かを守るため、必要に応じて命のやり取りをしてきたはずだ。

 だのに、エリックはそれらすべてを悔やみ、悲しんでいた。
 無残に切り捨てられた命だろうと、敵対した相手の命だろうと関係ない。
 命を奪う行為そのものが、エリックは酷く悲しい事だと感じていた。

「……本当は分かってたはずなんだ」

 エリックは独りごちる。

「おれに、正義の味方は無理なんだって……」

 エリックは静かに、耳を覆っていた両手を離した。
 そして固く閉じていた瞼を上げ、自らを呪う彼らに目を合わせる。

『おまえが殺した……お前が殺した……おまえが……』

「……ごめんな。おまえたちを救えなかったおれは……確かに殺したも同然だよな」

 目と耳を閉じて逃げていても彼らは納得しない、満足なんてするはずがない。
 向き合うしかないのだ。

「生憎とおれは馬鹿だからな。後悔しても仕方がない、なんて割り切れるはずもねえ。だから……」

 双眸から涙が溢れて止まらなかった。

「おれはひたすら前に進む。虐げられる人々を守って、その命を救うために走り続ける! だけど、おまえたちの事も決して忘れない! この魂に刻んで……いずれ再び、おまえたちと向き合うから……!」

 ふと気づけば、エリックの身体には何事もなかったかのように【不撓の魔鎧】が装着されていた。
 まるで潮の流れのように死者たちが退いていく。
 闇は相変わらず黒いままだが、それでもその勢いが弱まっている感覚を覚えた。

「どんな闇の中にあっても……おれはもう立ち止まらない!」

 ぐっ、と大地を踏みしめ、その両脚に最大の力を込める。
 【不撓の魔鎧】がじわりと熱を持つ。
 エリックの覚悟に呼応するかのように、金属部位が黄金の輝きを放ち始めた。

「おれは……闇をも照らす、陽の光になるんだ!!」

 エリックは文字通り、輝きを伴って闇の中から跳び上がった。
 驚くべき事だが、闇の中で流れた時間は傍から見ればわずかなものにすぎず、状況はさほど変わってはいなかった。
 しかしそんな状況も見えない彼は打倒すべき敵、ダークエルフの姿を認め、魂を激しく燃やす。

 ダークエルフに向けて伸ばされた彼の手が虚空を握る。
 否、彼は体内で練り上げた気を電気として操る術を持つ。
 それはダークエルフが身に着けている金属へと繋がった磁力、見えないロープを掴んでいた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 エリックはそれを思い切り引き寄せる。
 届かない手を届かせる。

「なッ――にィ!?」

 自身の身体が見えない力に引き寄せられ、ダークエルフは驚愕した。
 いくら踏ん張ろうともその身が無防備に前進するのを止められない。
 空中で蹴りの姿勢をつくるエリックに対し、逃げる事すらままならない。

「――でいやぁぁぁああああああああああああ!!!」

 エリックは吼え、更に強く互いを引き寄せる。
 ついには床から足が離れたダークエルフの腹に、エリックの渾身の蹴りが炸裂した。
 さながら落雷の如き【雷霆脚】ライトニングストライク

「ぐおおおあああああッ!!」

 ダークエルフはそのまま蹴り飛ばされ、調度品を薙ぎ倒して後方の壁へと激突する。
 キックと共に雷撃を撃ち込む【雷霆脚】をまともに受けたのだ。
 踏みとどまる事もできずに膝をついた。

「な、にッ……!!」

 炎が噴き上がるような音が連続した。
 それはダークエルフの身体から発せられている。
 エリックには見えなかったが、クロエには確かに彼の身体に爆発的な魔力の渦が吹き荒れている様が見えていた。

「行き場をうしなった魔力が……あばれていますの!」

 水瓶に穴が空けば水は流れ出る。
 貯められた水の量が多ければ多いほどその勢いは増すものだ。
 大勢のドワーフの命を贄として高められた魔力が備わっている今のダークエルフも同じだ。
 溢れんばかりの魔力で張りつめていたところに膨大な魔力の解放、そしてそれを掌握・制御する前に【雷霆脚】による大衝撃があれば、魔力の暴走が起こってもおかしくはなかった。

「う、ぐああああああああああああ――ッ!!」

 一頻り悶えた後、ダークエルフは吼えるように叫んだ。
 内側で暴れまわる魔力に耐えきれず、その身体は魔力を燃料として燃え上がり、ついには【火晶石】のように大爆発を起こした。
 誰が見ても一目瞭然な、彼の最期であった。

「な、な、な――!」

 しばらく誰もが呆気に取られていたが、その静寂を破ったのはがくがくと震える領主であった。

「なんという、事だ……! ダークエルフせんせいがッ、ワシの騎士たちがッ……たかが一介の冒険者風情に……!」

 半狂乱になって喚く領主にガイアが近づき、その喉元に『ブレーメル』を突きつけた。
 領主は「ひッ」と声を上げ、その場で縮みあがる。

「ブレーメルというドワーフを知っているか?」

「な、にッ……知らん! ワシは知らん!」

「俺も顔は知らない。だが彼の無念は俺にも分かる」

 ぐっ、と『ブレーメル』を握る手に力が籠もるのが遠目に見ても分かった。

「ガイア!」

 エリックが叫ぶ。
 それを横目で眺めたガイアは短く息を吐いて、改めて領主へ眼を向ける。

「忘れるな。俺たちはお前を殺せないんじゃない。。裁判の結果も関係ねえ。もしてめえが再び魔術に触れるなら、ブレーメルこいつはいつでもてめえの喉元を引き裂きに現れると知れ」

「あ……、あああ……!」

「……閣下、あなたにはペルージュの教会までご同行願います。よろしいですね?」

「わ、わかった……! わかった……!!」

 領主は震えながら何度も頷く。
 力が入らなくなったのか、そのまま突っ伏して震えるばかりだった。

「こんな……こんな男にワシの……仲間、が……」

 オロフは握りしめた斧を下ろし、首を振ると領主に背を向けた。
 殺す価値もないと思ったのだろうか。
 それとも協力してくれた『陽光を求める者たち』の今後を慮っての事か。

 後から駆けつけてきた騎士たちも自らの主君を人質に取られた事を知り、その場で武器を投げだして降伏した。
 エリックたちは彼らを縛り上げると、慎重に階段を下りていく。
 未だに傷が癒えず荒い呼吸を繰り返すビルイェルを地下牢から連れ出し、騎士たちが追いかけてこない事を厳重に確認しつつ、一行は城を出た。



 チーニの城を出た一行はペルージュまでのおよそ三日を踏破しなければならなかった。
 人質を伴っての旅は緊張の連続であり、常に周囲に気を配らなくてはならない。
 しかしガイアの脅しが十分に効いていたのか、チーニ領主は抵抗らしい抵抗も見せず、虚ろな瞳を地面に向けるばかりだった。

 彼らはいったんメーヌまで戻ると、一息入れてすぐそこを発った。
 村人にかかる迷惑を思えば長居どころか立ち寄る事すら避けたかったが、物資の不足は如何ともしがたい。
 そしてビルイェルとはここで別れ、再び教会の神父に彼の治療を依頼した。
 本人はついていくと言い張ったが、神父が断固としてそれに反対し、治療の必要性を説いたからだ。
 オロフで慣れていたのか、頑固なドワーフもついには折れた。

 一行はメーヌから更にペルージュへ向かった。
 道中は何事もなかったが、やはり人質の輸送は気を抜けない。
 たった二日が嘘のように長く感じられた。

 二日後、一行は疲れ果てた顔でペルージュに入った。
 疲れとストレスで誰も言葉を発さず、そのまま異端審問官シャンデルフェールが待つ教会へと向かう。

「よくぞやり遂げた」

 教会ではシャンデルフェールが一行の帰還を歓迎してくれた。
 彼は冒険者をねぎらい、そしてその勇気を称えた。
 しかしエリックたちは彼に領主の身柄を引き渡すと、さっさと宿に入ってそれきり三日間、一歩も外に出ようとはしなかった。
 メーヌでの妖魔退治以来、緊張の連続で身も心も疲れ果てていたのだ。

「……、」

 二週間後、冒険者にして聖北教徒であるレティシア・スペイサーを代表として起訴された領主チーニ侯ギョームは、衆人環視のもと、シャンデルフェールから教会関係者の手によって裁かれた。
 そこに集まった誰もが予想したとおり、彼に下されたのは『破門』の宣告である。

「……どうなんじゃッ」

「破門は聖北の徒にとって社会からの追放に等しい。社会におけるあらゆる身分や資格を剥奪されます。少なくとも形式上は」

「形式上、って……それじゃおれたちの苦労はなんだったんだよ」

「確かにそうした言葉だけの追放など意に介さない者も少なくはありません」

「――チーニ領主ギョームは、」

 横合いから口を出したのはマリナだった。

「城が穢れるとか言って女性を排除したり野良の子犬や子猫を【魔法の矢】で虐げたりしていたクソ野郎よ。気性は激しくプライドが高い。その無駄に高いプライドを傷つけられるのを何より憎む性格……というのが長年彼に仕えていた元使用人の所感ね」

「そう。自らを誇る事甚だしいギョームにとってはそれこそ死刑宣告に等しい精神的打撃を受けているのでしょうね」

「そして、――見なさい」

 マリナが指した先は、身分上ギョームと同じ地位に属する諸侯が座る席だった。
 彼らはこの判決に対して沈黙を守り、むしろ教会側の姿勢を支持するかのごとく振舞っていた。
 つまるところ、ギョームは同じ仲間として助けるには少々のだ。
 領土の統治に苦労する諸侯にとっては国内に棲むドワーフの態度も大きな不安材料だったのだろう。

「あいつにはもう、何もないわ。城も、騎士も、ダークエルフも、身分も、自身を保ってきたプライドだって粉々よ」

「……あいつにとってはある意味死よりも重い判決ってとこか」

 宗教裁判で侯爵の地位を事実上終われたギョームはその後、世俗裁判にもかけられた。
 この裁判でもギョームは冒険者エリック・ブレイバーの名で起訴されたが、その裏で動いたのはかの異端審問官だった。
 シャンデルフェールは『チーニの妖精窟』がペルージュの領内にほんの少しだけはみ出すような形で存在している事に目を付け、ギョームの妖精窟襲撃をペルージュへの領域侵犯としてチーニとペルージュ間の相互取り極めに違反する事を理由に起訴するよう、エリックに入れ知恵していたのである。

 世俗裁判はすでに後ろ盾を失っているギョームにとっては極めて不利に展開した。
 最終的に彼は侯爵位こそ奪われなかったものの、統治能力の欠如を理由に国王の名の下にチーニの統治権を失った。
 ギョームは自分自身以外の全てを失ったのだ。

 判決から三日後、『陽光を求める者たち』は長く留守にした『大いなる日輪亭』へ帰ろうとしていた。

「……帰ってしまうのか」

「もう、おれたちは必要なさそうだからな」

 オロフは見送りに来てくれたがこの二週間というもの、昼は裁判のために走り回り、夜は依頼の報酬を造るためほとんど寝ていなかった。
 眼の下の隈が尋常ではない。
 しかし、彼は仲間を失った悲しみをそうした多忙で打ち消すようにひたすら日々の仕事をこなしていた。

「これは報酬じゃ。受け取ってくれるな?」

 そう言って差し出されたのは見た事もない金属製の道具だった。
 土台に対して金属製の筒が丁字に添えつけられており、一見して何に使うのか分からない代物である。

「ちょっと、みせて。みせてくださいですの!」

 魔法の道具に興味津々のクロエはそれを受け取ると必死に観察しているが、やはり彼女にも分からないらしい。

「これは?」

「魔法の眼鏡じゃ。調査や戦闘でも役に立つ事があるじゃろう。オヌシら冒険者の役立つものをと思うてな」

「お、おおおーーーーー! これすごいですの! やばいですの!」

 片目で筒を覗いているクロエが興奮気味に叫んでいた。
 ワンオフの魔具という希少性に加え、調査・分析に使用できる道具はただでさえ貴重である。

「『銀斧』の異名は細工師としても戦士としても力量を認められた者に与えられるものじゃ。ワシの全てをこの一品に注ぎ込んだ……有効に使ってくれい」

「ああ、ありがとう!」

「ではこちらも。これをビルイェルに渡しておいてくれ」

 横合いからガイアが『ブレーメル』をオロフに差し出した。
 地下牢でビルイェルと交わした約束を果たすべく、彼はずっとその剣を大事に預かっていたのだった。

「『ブレーメル』は最も領主を震え上がらせた、最高の剣だ。……彼にはそう伝えておいてくれ」

「オヌシ……、あいわかった。確かに伝えよう」

 ゆっくりと頷いて、それきりガイアはそっぽを向いた。

「……でも、これからどうするんだ?」

「しばらくこの街に滞在した後、ビルイェルの快復を待って『チーニの妖精窟』に帰る。『穴』の復興はワシら二人の腕にかかっておろう、難しいじゃろうがどうしてもやり遂げるつもりじゃ……他所から移住者も募らなくてはならん。当面は忙しくなりそうじゃよ」

 しばらくは彼の目の下から隈は消えないのだろうな、とエリックは思った。

「いつか……ワシが『穴』を復興したら訪ねてきてくれるか? 人間の友人たちよ」

 オロフは別れ際にそう言った。
 『陽光を求める者たち』はそれぞれ彼の手を握り、その時は必ずオロフの妖精窟を訪ねると誓った。

 彼ならやり遂げられるだろう。
 誰もがそう思い、その日を思い描いた。
 そして同時に考えた。

 その日まで生き残らなくては、と。

 冒険者たちの寿命は一般に決して長くない。
 彼らは常に危険と隣り合わせに生き、差し出される死神の腕を振り払う事で日々の糧を得ているのだ。
 だから、まずは生き残らなくてはならない。
 それぞれにそんな思いを抱きながら、彼らは懐かしい我が家へと戻っていく。

 ――再び始まるであろう冒険までのほんのわずかな休息が、彼らの精神と身体を癒しますように。



【あとがき】
『陽光を求める者たち』、Lv5のシナリオはMartさんの「銀斧のジハード」です。
ドワーフと人間との争いをメインに据えて描かれているものの、およそ武器を振るい、血を流すだけが戦いではないと教えてくれるお話です。
やはり地位が上の人間と敵対するというのは大きなリスクとなるので、それにどうやって食らいつくのかを見つけ出し、実行に移せる力があるというのは冒険者の『強さ』だと思います。
そして頑固で偏屈で大酒飲みという一般的なイメージなドワーフたちのなんと魅力的な事か!
ツンデレおじいちゃん最高ですよ!

しかしオロフさん大好きなので、未だかつて連れ込んだ事は一度もなく……
だって、せっかく助けたんですよ!
あの責任感の強いオロフさんが『穴』を放っぽって冒険者やってるなんて想像もできない……誘っちゃいけない……!
って、毎回なってました。愛ゆえに。

さて、ここまでエリック率いる『陽光を求める者たち』は冒険を続けてきましたが、残るはソロのみとなりました。
が、エリックの成長という意味では今回のLv5がひとつの到着点になります。
ソロの主役はマリナですが、エリックはというとほとんどそのまま五月祭へと向かっていくのです。

実はLv1からずっと『人間の悪意』が最大の敵になるように、Lv2からは『悪意によって殺し殺される人間』が出るシナリオを選んできていました。
Lv3ではスコットが提起した『殺された人間の思いはどうなる』という問いにずっと悩まされるエリックでしたが、Lv4で味わった『か弱い存在の死とそれに憤るレティシアの正義』によってついに鼻っ柱を叩き折られてしまいました。
自身の掲げる正義に悩みを始める彼はただ盲目的に『正義』を謳う事で目を逸らし続けましたが、今回のLv5ではガイアの喝もあってようやく向き合う事が出来ました。
五月祭では新たな悩みが現れますが、それでも彼は乗り越えて行ってくれるのだろう、と信じています。

ちなみに今回はガイア回でありました。
ほとんどエリックに食われる形にはなっていますが、彼は彼のやりたい事を貫きとおしたので十分です。
もともと彼はエリックのように自らが光り輝く存在ではありません。
山賊の用心棒をしていた時代からずっと暗闇を歩んでいた彼は光を放つ術を持たないのです。
しかし光でも闇でも、何が降り注ごうと変わらずそこに在るのが大地です。
何があっても我を貫く強さを見せつけてくれる事を願います。

……キックからの爆発は様式美だって日曜の朝が教えてくれました。


☆今回の功労者☆
ガイア。エリックとは反対にクールに決めてくれました。

報酬:
なし

戦利品:
【オロフの指輪】
【潰石断】
【妖精の眼鏡】


≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『銀斧のジハード』(Mart様)

今回の使用カード
【荒ぶる魂】(『城塞都市キーレ』ブイヨンスウプ様)
【弾ける大気】(『追憶の書庫』のいん様)
【雷霆脚】(『アルタロ村(仮)』周摩)

今回使用させて頂いた固有名詞
『妖精の外套』(出典:『隠者の庵』 作者:Fuckin'S2002様)
『イベロ村の魔術師』(出典:『大猿岩』 作者:MNS様)
『『千羽の白鷺亭』のジェシカ』(出典:『蝙蝠屋敷』 作者:机庭球様)
『地方領主オーギュスト』(出典:『子供狩り』 作者:柚子様)
『その側近の魔術師』(出典:『子供狩り』 作者:柚子様)
『命がけで村を救わんとした依頼主の青年』(出典:『子供狩り』 作者:柚子様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。

スポンサーサイト

『銀斧のジハード』(2/3) 

 レティシアによる治癒を済ませた『陽光を求める者たち』は、改めて教会へ戻った。
 傷は治っても殴り合いで汚れた衣服はそのままなため、怪訝な表情をされながらもエリックはオロフと相対する。

「どうしたんじゃ……何か忘れものか?」

「あぁ、そんなところだな。でっかい忘れ物を取りに戻ってきたんだ。そう、髭面の妖精をな……」

「……オヌシら、まさか!」

「どうせ一人で悪徳領主退治と洒落込むつもりだったんだろう。俺たちにも一枚噛ませろ」

 エリックがやたらとキザったらしく似合わない台詞を吐いたせいか、ガイアも横から声をかけた。

「ヌぅ……しかし、オヌシら……分かっておるのか? ワシが倒さんとしておるのは仮にも一国の領主じゃぞ。そんな事に手を貸せば――」

「そりゃあもう承知の上だぜ、考えがあるから問題ねぇ。ところで、わしらもプロじゃからの。善意からの人助けってのもカッケェが、やっぱそれなりの『報酬』がないと、なぁ……?」

「やれやれ、呆れたものじゃ。人間というのは『妖精』一人助けるのに見返りを求めるのか……」

 オロフは肩をすくめて首を振る。
 だが、間を置かずニヤリと口の端を上げた。

「……策があると言ったのう?」

 『陽光を求める者たち』は皆一様に頷いた。

「分かった……オヌシらを信じよう。依頼は『悪徳領主』と『黒妖精』の打倒、そして『連れ去られた者の救出』じゃ。報酬は依頼を終えた後、ワシが持てる技術を駆使して魔法の品を造ってやろう。それでよいか?」

「ちゃあんと価値のあるものを頼むぜぇ?」

「ドワーフを人間と一緒にするでない。ドワーフは一度交わした約束は必ず守る!」

「おっしゃ、契約成立だ! 早速これからの事を話し合おうじゃねぇか!」

 まずは、とマリナから行動の肝となる作戦が伝えられた。
 初めに異端者を討伐するのだという大義名分がなければろくに動けない。

「ふんッ、ドワーフの『穴』がひとつ塞がったぐらいでは理由にならんというわけかッ!」

「悲しい事にね。ともかく、委任状を手に入れるためにペルージュへ行くつもりよ」

「ペルージュ? なぜそんなところへ行く必要があるんじゃ」

「ややこしい話ですが、宗教上の境界と国家の境界は一致していないのです。チーニでの宗教上の問題はペルージュの教会の管轄です」

 そもそも司教座都市であるペルージュほどの街でなければ異端審問会は設置されていない。
 教会ならどこでもいいというわけではないのだ。
 しかし領主を打倒するためにチーニへ向かう必要がないのはある意味では幸運と言えるかもしれなかった。

「ともかく、ペルージュとかいう街に行けばいいんじゃな……?」

「悪いけど同行してもらうわよ。直接の被害者が立ち会ったほうが色々と有利になるから」

 無論じゃ、とオロフは鼻を鳴らした。

「当面の行動方針はそれでいいとして……ところで率直に聞くけれど。チーニ領主ってどんな奴なの?」

 『陽光を求める者たち』はあくまでメーヌ村には妖魔退治の仕事で赴いただけだ。
 さすがに用もないチーニの、それも領主の情報なんてたいして持っていない。

「ワシが知っておる限りではあやつは先代の領主の跡を継いだばかりじゃ。じゃから、どんなヤツかはよく知らん。ただ、黒妖精を使っておるところから見ると、オヌシらが推測するとおり異端の者なんじゃろうな……黒妖精は邪神や悪魔に魂を売った者たちじゃからな」

「戦力はどのくらいか分かる?」

「前にも言ったが、ヤツはド田舎の小領主にすぎん。その力も地方豪族と同程度……ワシの知っておる限りでは手下の騎士どもは二〇もおるまい」

 ただし、手下にダークエルフを従えているとなれば他にもバケモノを飼っている可能性がないとは言い切れない。
 油断は禁物だ。

「でも、かりにも領主ですのよ? 騎士が二〇人というのはすくなすぎませんこと?」

「田舎の小領主なんてそんなものよ。これでも多いぐらいだわ。意外と知られていないけれど、大抵の領主が養ってる正規の騎士団の数なんか高が知れてるのよ。戦争なんかでも実際には数を誇張していたり、使用人や奴隷まで含めて計算する事が多々あるわ」

「ま、そういう事じゃな。人間はやたらと体面にこだわるからのう」

 『人間』という大きな括りで語られると少し否定したくもなるが、客観的にみればそうなるのだろうか。

 ともかく話を済ませた一行はすぐに装備を整え、オロフを引き連れてメーヌ村を後にした。
 山を越えねばならないが、ペルージュはメーヌから北西へ一日ほどに場所に位置する。
 オロフの体調が万全ではないため通常より遅い歩みとなったが、さしたるトラブルもなく、一行は宗教都市ペルージュへと辿り着いた。

「おおー、都会! ってかんじではありませんが、田舎というほどさびれてるかんじはないですの!」

「さ、では教会へ参りましょうか」

「まずは盗賊ギルドで情報を集めてからじゃろ」

「その前に宿決めとかねえ?」

「到着早々休む奴がありますか! とっとと教会に行くべきです!」

「情報が足りねぇの、わしめっちゃ不安なんじゃけど!」

「でも拠点は大事だろ!? なぁ、オロフも疲れたなら遠慮なく言えよ?」

 なぜか到着早々揉めてしまう『陽光を求める者たち』であった。
 その様子を見て呆れるオロフに、マリナは「いつもの事よ」と無感情な声で応える。

「宿は却下するとして……確かに情報は欲しいわね」

「異端審問官も暇ではありません。足踏みしている間に不在となったらどうするのです」

「それなら二手に別れましょう。あたしは盗賊ギルドで情報を仕入れるわ。レティシアはオロフを連れて教会へ向かいなさい」

「お、それならわしと小僧もギルドのほうじゃな。教会なんて堅苦しい場所はわしらには合わんからのう」

「ではわたくしは教会へ。ほらほら、リーダーもいっしょ行くですの」

「お、おい! 裾を引っ張るなって……!」

 いまいちまとまりに欠ける『陽光を求める者たち』だが、それでも目的のためにそれぞれが動く事はできる。
 むしろそうしたスタンドプレーのほうが得意なメンバーが集まっている節さえあるため、少人数での行動でも高い成果を発揮できるのだった。

 エリックたち教会組と別れたマリナたち盗賊ギルド組は、いかにもな路地裏を進む。
 ややあって見つけた、寂れてはいるが入り口からでも数名の客が見える酒場へと足を踏み入れる。
 店内に入ると、やはりいかにもな男たちがたむろしていた。
 入り口から遠いテーブルに一人で陣取る頬のこけた男の前に、マリナは無遠慮に腰かけた。

「『鼠』ね?」

「そう言うあんたも『狼』と『虎』を従える『蛇』とはなかなか珍しい」

「チーニ領主」

「銀貨二〇枚」

 ただ一言ずつ言葉を交わしただけで、二人は取引の場に立った。
 初見の場ゆえに簡単な符丁を用いた盗賊の会話ではあるが、それだけで十分に分かってもらえたのだろう。
 ちなみに先ほどのやりとりでは、『情報屋』かと問うマリナに対し、相手の男は『山賊』と『腕利きの武人』を引き連れた『暗殺者』であると見抜いていた。
 きっちり銀貨二〇枚をチップのように積み、賭けをベットするかのように『鼠』のほうへ動かした。

「チーニの領主はつい最近、先代から馬鹿息子に代替わりしたばかりだ。現領主はプライドの塊みたいなヤツでな。気に食わない召使や騎士たちをどんどん辞めさせていったらしい」

「そりゃまた……典型的なダメ二世じゃのう」

「メーヌ村にはあの城の元使用人がいたはずだぜ。そいつから何か情報が得られるかもしれないな」

 灯台下暗しというべきか。
 どちらにせよペルージュからチーニに向かうにしてもメーヌを通る必要がある。
 これほど重要な情報が銀貨二〇枚というのは些か安い気もしたが、元使用人が更なる情報を握っている可能性を考慮すれば妥当なのかもしれなかった。

「ダークエルフ」

「銀貨一〇枚」

 マリナは提示された銀貨を積み、情報屋のほうへ押しやった。

「お前さんたちが相手にするダークエルフってのがどんなのかは知らんが、そもそも邪神や悪魔に魂を売った奴らの事だろう? って事はだ、闇の精霊を使う可能性が高いはずだ。闇の恐怖から自分を解放する準備はしておいたほうがいいんじゃねぇか?」

 ハズレか、とマリナは短く息を吐いた。
 そもそもチーニ領主が『ガイウス派』である事やダークエルフを従えている事は普通は流通するはずのない情報だ。
 さすがに厳重に守られてはいる様子である。

「異端審問官」

「……銀貨三枚」

 あまりにも安い。
 半ば諦めつつも、マリナは三枚の銀貨を渡した。

「へへッ、これは情報って言わねぇかもな。ここの異端審問官のおっさんは気さくなヤツだ。話はちゃんと聞いてくれるだろうし、俺が言うのもなんだか信用できる。約束なんかはきちんと守ってくれるだろうな」

 どうにも個人的な印象で語られた気がしてならない。
 ともあれ盗賊と異端審問官という随分とかけ離れた職業でもこうまで言わせるのだ。
 地位に見合う能力はあるという事か。

「あんたほどの『鼠』が判を押すのなら信じていいのでしょうね」

「損はねぇさ」

 じゃろなぁ、とスコットは三枚の銀貨を眺めながら呟いた。



 エリックたちはオロフを連れ、ペルージュの教会を訪れた。

「ようこそいらっしゃったッ! さて、いかなる御用かな!?」

 ものすごい音圧がびりびりと響く。
 たくましすぎる肉体に無精髭という、およそ聖職者というよりは重戦士が似合いそうな男性が宗教都市ペルージュの司祭殿である。
 彼の口からは説法より怒号のほうが似合いそうだ。

「い、異端審問官殿にお会いしたいのですが……」

 さすがのレティシアも気圧されている様子だった。
 彼女の趣味である儚く華奢な少女とはあまりにもかけ離れた対極の存在だからだろうか。

「なんと、異端審問官殿を訪ねておいでとは。どこぞに異端者でもおったというのかな!?」

「ええ、まぁ……」

「異端審問官殿はいつもご多忙の身、なかなかお会いする事は叶わんのだが……そなたらは誠に運が良いッ! 彼の御方は今、奥で御寛ぎなのだッ!!」

「そ、それは助かりま……」

「早速、私がお取次ぎいたそうッ! ささッ、しばしこちらで待たれよッ!!」

「ありがとうござ……」

 突風が吹き抜けていったような錯覚を覚えつつ、レティシアはほっと胸を撫でおろした。
 ともかく、異端審問官に会えずに待たされる事はなさそうだ。
 彼女らはひんやりとした教会の中でそれぞれに異端審問官が現れるのを待つ。
 ややあって、司祭が初老の男を伴って現れた。

「お待たせしたなッ! こちらが異端審問官のギィ・シャンデルフェール殿であられるッ!!

 異端審問官ギィ・シャンデルフェールは割と大人しそうな雰囲気の男性だった。
 きっちりと正装している司祭とは逆に、やや動きやすそうな服装は異端審問官らしく巡回を行うためにある程度野外活動にも適応できるようになっているのだろう。
 レティシアたちはシャンデルフェールに挨拶し、自己紹介を済ませる。
 そしてここへ来た経緯を話し、領主討伐の委任状を発行してもらえるよう願い出た。

「お前たちの申し出は分かった。まず……その指輪とやらを見せてくれんか」

 エリックは懐から例の指輪をシャンデルフェールに差し出した。
 彼はそれを恐る恐るといった風に受け取ると丹念に鑑定する。

「確かにこれはガイウス派の指輪だ。……そこのドワーフよ。オロフといったな」

「うむ」


「お前は復讐心から領主を倒したいのであろう。しかしな、いかに領主が惨い行為をしたとして、それだけでおいそれと異端討伐の委任状を出すわけにはいかんのだよ……」

「……むぅ、しかし――」

「それに人間にはまだ被害が出ておらぬ……もしここでワシが委任状を発行しても、諸侯が黙っておるまい」

「なんだと!?」

 シャンデルフェールの言葉に強く反応したのはエリックだった。

「く、口を慎みなさいエリック!」

 下手に異端審問官の気分を害そうものならこの場から即刻叩き出されてもおかしくない。
 それこそ物理的にあの筋肉モリモリの司祭に追い出されかねない。
 慌ててレティシアが制そうとするものの、しかしエリックの勢いは止められなかった。

「領主は黒魔術の儀式を行うとアルトゥルが……亡くなったドワーフが言っていたんだ! 被害が出てからじゃ遅いんだよ!」

「フ……、人の話は最後まで聞くものだ。勇気ある冒険者よ」

 シャンデルフェールはわずかに口の端をゆがめた。

「領主を討伐する委任状は出す事はできん……しかし、しかしじゃ。の委任状は出す事はできる。……邪悪な妖魔の退治は教会にとっても有難いからの」

「おっさん……!」

「もし、その時……もしも、だぞ?」

 口の傍に掌を立て、シャンデルフェールはまるで内緒話のように声を潜めるふりをする。

「領主が邪悪な妖魔に操られておったら、捕えて教会に引き渡す事はできるかもしれんな。改心させねばならんからの……だが、良いか? 決して殺してはならんぞ。領主を捕えてここまで連れてくるんだ。そうしたらワシがそいつを裁判にかけてやる」

「あ、あぁ……もちろんだ!」

「フフフ……では少し待て。委任状を渡すからな」

 シャンデルフェールは再び奥へ引っ込み、半刻ほど経った後に紐で結ばれた一枚の羊皮紙を手に戻ってきた。
 ダークエルフ討伐の委任状はたった一枚の羊皮紙のはずなのに、やたら重く感じられた。

「さあ、持っていくがよい。オヌシらならきっと成し遂げると信じておるぞ」

「ありがとう、異端審問官のおっさん!」

「だから口を慎め馬鹿!」

 背中にレティシアのお叱りの言葉を浴びながらも気にせず、エリックは委任状を握りしめて教会を飛び出ていった。
 やる気があるのは結構だが、肝心の依頼主であるオロフすら置いていくとはどういう了見か。
 その様子を一歩引いたところから眺めていたクロエは長いため息を吐いてやれやれとかぶりを振った。

 恭しく非礼を詫びるレティシアを待った後、クロエたちもオロフを伴って教会を出ると、すぐそばで盗賊ギルドへ向かっていたマリナたちと合流した。
 どうやらマリナがエリックを捕まえてくれていたらしく、ダークエルフ討伐の委任状も彼女の手に渡っていた。
 その場の流れとはいえ、あんな大事なものをエリックに預けていた事に今さらながら戦慄したレティシアは身を震わせながらも委任状の無事を喜んだ。

「首尾よくいったようで何よりね」

「そちらはなにか情報はえられましたの?」

「それなりよ」

 マリナがこういった物言いをする時は得てして進展があった時だ。
 内容はチーニへ向かう道すがらに共有するとして、一行はすぐさまメーヌ村へと向かう。
 来る時と異なり、オロフの足取りが目に見えてしっかりしたものになっていた。

 もはや見慣れたメーヌ村へ向かうのは四度目になる。
 冒険者といえど短期間に同じ村を何度も訪れる機会は少なく、エリックたちは一瞬、故郷へ戻るような錯覚を覚えた。
 一昼夜の後、エリックらはメーヌ村に辿り着いた。
 教会へ顔を出すと、村の神父が慌てた様子で出迎えてくれた。

「ああ、皆さんお帰りなさい! どうでした? 委任状は手に入りましたか?」

「フンッ、一応な……」

 行動を共にしないものの、今回の件では神父も立派な仲間だ。
 マリナはこれまでの経緯を話した。
 神父はいちいち頷きながら、それらに耳を傾ける。

「……そうでしたか。オロフさんはご不満でしょうね……、でも分かってください。人間にもいろいろと込み入った事情があるのです」

「分かってはおるッ。だが理解する事と機嫌の良し悪しは別じゃッ!」

「そう、ですね……それで皆さん、いつここを発たれるのですか?」

「すぐよ。でもその前に、このメーヌには以前チーニ城で働いていた元使用人がいると聞いたのだけれど」

 それは盗賊ギルドで得た情報のひとつであった。
 宗教都市ペルージュに近いメーヌの事、信心深い人間が多いはずのこの村の中であれば神父ほど村人の情報を得ている人間は少ないだろう。
 わざわざ虱潰しに探す事もない。

「ああ、コラさんの事ですね。コラさんならすぐそこ、雑貨屋のお隣にお住まいですよ」

「さすがね。助かるわ」

「とはいえ全員で動く必要もねぇじゃろ。わしらは城へ向かう準備しておくでな、その彼女にはお前さんらで会っといてくれや」

 さすがに移動が多すぎて疲れたのか、スコットは半ばサボタージュ宣言をしていた。
 確かに一般的な民家に六人と妖精一人では窮屈この上ない。
 マリナはオロフを伴ってコラの家へ赴く事にし、他のメンバーには小休止を兼ねて準備を進めさせる事にした。



 チーニ城はメーヌを北へおよそ二日進んだところにある美しい古城だ。
 その規模は小さいものの、四方を山に囲まれており、天然の要塞となっている。
 城に辿り着いたのは二日後の昼頃だったが、マリナの提案で深夜を選んで行動を開始した。
 物陰に隠れつつ城へ近づき、正面玄関を避けて移動する。

「のう、マリナよ。ワシらは委任状を持っておる。なぜ真正面から堂々と攻め込まんのじゃ」

「委任状はあくまで合法的に領主と相対するための保険よ。うちのリーダーでもなければ白昼堂々と七名で二〇名以上の完全武装騎士を相手にしようなんて思わないわ」

「なんかものすげえ馬鹿にされた気がする……」

「教会公認なら何でもできると思ってるのは時代錯誤のお坊さんくらいね」

 そういうものか、とオロフは納得した様子だった。
 更に言えば先日の妖精窟での戦闘があった影響で、より警戒が強くなっているのだろうと予想できる。
 そこで役立つのがメーヌ村のコラより得た城内の情報である。

「この辺りに裏口があるという話よ」

 月明りが助けになっているとはいえ、周囲はかなり薄暗い。
 それでもマリナとスコットの観察眼の前には隠された小さな扉も発見されるのは時間の問題だった。
 前もって情報を得られて存在を確信できているというのは強いものだ。

「侵入前に作戦を再確認するわ」

 再び物陰に身を潜め、マリナはコラの情報から書きあげた城の見取り図を広げる。

「本件でのあたしたちの目的は二つ。ダークエルフの打倒に伴う領主の捕縛、そして生き残りのドワーフの救助よ。この中で優先すべきは当然ドワーフの救助になるわ」

「おお……おまえの口からそんな言葉が聞けるなんてちょっと感動するぞおれ」

 普段なら打算的というか他人の都合など知った事じゃないというスタンスのマリナである。
 エリックが驚くのも無理ないが、当然マリナが非効率的な作戦を提案するはずがない。

「……この時間帯なら領主はおそらく寝室でしょうが、肝心のダークエルフの場所が分からないわ。半面、ドワーフはまず間違いなく地下牢よ。潜入に下手を打って騒ぎになれば生き残りの命が摘まれる可能性が高いのだから、場所がはっきりしているほうから対処するのは当たり前よ」

「かといって地下牢でさわぎになれば領主とダークエルフがお城からにげかねないですの」

「だからドワーフの救助もダークエルフの居場所を探るのも隠密行動が原則。エリックは大声出すの禁止。なんなら発言も禁止。クロエも派手な魔術は控えなさいね」

「もちろんですの。リーダーとちがってわきまえていますのよ」

 本気マジな感じで言われたので猿轡を噛ませられる前に自主的に口元を押さえるエリックであった。
 しかしそうなるとエリックはあまり活躍の場がない。
 彼の戦法は一撃で意識を吹き飛ばすには威力もリーチも心許ない肉弾戦のみだ。
 気功による雷撃でも打ち込む場所を考えなければ声を上げさせてしまう。

 エリックはガイアの肩に手を置いて、

「……ダークエルフが見つかるまでは任せたぜ」

 ぐっと親指を立てて言った。
 その手はすぐに振り払われたものの、ガイアは拒否しなかった。

「オヌシら変わっとるのう……」

「自覚はしてるわ。残念ながらね」

 方針は決まった。
 後は行動あるのみだ。

 『陽光を求める者たち』はスコットを先頭に音を立てずに侵入する。
 規模はものすごいがそこは台所であった。
 地下牢は台所と同じく北側に位置するらしく、さらに現在では一部の使用人しか使用していないはずの二階への階段へ通じる勝手口が存在している。

 まずは地下牢を目指すべく、エリックらは台所を出て近くの扉を調べていく。
 城内は思っていたよりも簡素で、しかし機能的ともいえる造りにはなっていた。
 スコットは地下牢に続く扉の向こうに人の気配を感知した。

「わたくしがサポートしますの」

 スコットはドアノブを掴んだまま、クロエの呪文詠唱にタイミングを合わせる。
 
「……《眠れ》!」

 呪文の結びとドアを開けるタイミングはこれ以上なく完璧だった。
 部屋の中にはすぐに無味無臭の白いガスが広がっていく。
 数多の魔術の中でも【眠りの雲】は勝手に広範囲に広がるため、対象を視認していなくても用いられる強みがある。

 部屋の中にいた騎士は二人。
 それぞれが突然の闖入者と謎の白いガスに戸惑っている隙に、ガイアとマリナが跳び出した。
 ガイアが騎士の喉を裂き、マリナは騎士の首を鋼線で締め上げた。

 ガスが消え去るわずかな間に二人の喉を封じて無力化した『陽光を求める者たち』はそのまま室内へ入り、ドアを閉める。
 迅速かつ音もなく場を制したため、未だに他の騎士には気づかれていないはずだ。

「うむ、ようやった。地下への階段もあるぜぇ」

 この部屋は牢番の詰め所のようだった。
 おそらく地下には騎士はいないだろうが、それでも慎重に階段を下りていく。
 薄暗い地下牢は悪臭に満ち、一息ごとに肺を汚していくようにも思われる。
 足元にはいろいろなものが散乱しており、中にはドワーフのものと思しき衣服もある。

「ムッ……誰かおるの。あれは……ドワーフ……?」 

 スコットたちにはまだ何も見えなかったが、夜目の利くオロフには見えているらしい。
 彼はそのドワーフの名だろうか、「ビルイェル……」と呟くと、牢へと駆け寄った。
 冒険者たちの目もようやく地下牢の薄暗さに慣れてきたようで、今ではビルイェルと呼ばれたドワーフの姿がしっかりと認識できるようになった。
 マリナは上階に詰めていた牢番から奪っておいた地下牢の鍵を使い、牢を開いた。

「ビルイェルッ! 生きておったのか……ワシだ、オロフだッ!」

「ム……オ、オロフ……オロフなのか……おお、オロフ……! オヌシこそ生きておったか……」

 息も絶え絶えといった様子でビルイェルは声を絞り出している。
 出会ったばかりのオロフよりも酷い傷が全身に刻まれていた。

「少し、遅かったのう……他の皆はもう……、うぐ……ッ!」

「……これはいけません。かなり衰弱しています」

 レティシアはすぐさま祈りを捧げ、ビルイェルの傷を癒す。
 その傷はオロフよりも酷いものではあったがアルトゥルのように手遅れではなかった。

「ありがとう……少し楽になった。して、オロフ、この方たちは……?」

「こやつらは……」

 オロフは今までの経緯をかいつまんで説明した。
 その説明からはおよそ一般的な冒険者像からはかけ離れた要素は除外されていたが。

「そうだったのか……貴方たちは我らチーニのドワーフ族にとっての恩人というわけだな……」

「善意だけで行動してるわけじゃねえんだ。気にすんな」

「フフ……人間は複雑な生き物じゃな。素直に賛辞を受け入れればよいものを」

「こういうヤツらなのじゃ」

 ドワーフ二人は口の端を上げて笑い合った。

「さて、オロフよ……ここにおるという事は、狙いは領主とダークエルフじゃな……」

「無論じゃッ! この『銀斧のオロフ』の名にかけて、ヤツらのそっ首刎ね飛ばしてくれる!」

 領主は殺しちゃダメだからね、と後ろから釘を刺すマリナであった。

「頼んだぞ、オロフよ……そうじゃ、気高き冒険者たちよ。先日、牢番の騎士が仲間が殺されたゆえに見張りを強化すると言うておった……ヤツの口ぶりからの推測でしかないが、中庭には近づかんほうがいいじゃろう」

「そうか、助かる」

 む、とビルイェルはガイアの腰に吊られた剣に目を付けた。
 それはチーニの妖精窟から持ち出された『ブレーメル』の名が刻まれた一振りの剣だ。

「それはまさしく我が友ブレーメルの……、くっ……!」

「ブレーメルは領主に連れて行かれたと……彼はどこに?」

「……ヤツも皆も連れていかれた。『黒魔術』の儀式に我々の生命力を必要とするようじゃ……」

 ビルイェルも明日には連れていかれる予定だったという。
 見れば彼の他にドワーフの姿はない。
 逃げおおせたオロフを除けば彼が最後のドワーフだったようだ。

「一体、あいつらは何をしようとしているの?」

「どうやら黒妖精が領主を唆して自身の力を増す儀式を行わせているようじゃ……黒妖精のヤツめ、ここに来るたび力を強めている事がわかる」

「なんじゃとッ、ワシらの仲間をそのような事に……! ますます許せんッ、あの腐れエルフめがッ!!」

「オロフ、抑えて」

 彼が激昂するのも無理はないが、直後にエリックの手によって口が塞がれた。
 あまり興奮されると他の騎士に気づかれる恐れがある。

「領主がどこにいるか分かる?」

「二階じゃろうな……仲間のブレーメルが連れて行かれる時、『二階へ連れていけ』と黒妖精が騎士に命じておったしの……」

「儀式もそちらで行われている可能性が高いのね」

 となればもはや一階には用はない。
 負傷し動けないビルイェルはいったん牢の中に戻し、領主を無力化した後に再救助する事になった。

「あとで必ず助けに来る……だからじっと待っておるんじゃ。良いな?」

「うむ……待っておるぞオロフ。それに勇気ある冒険者たちよ……」

 牢番の騎士二名の遺体はすでに隠してある。
 ビルイェルの話によれば牢番は交代したばかりであり、朝方まではここに近づく騎士はいないという。

「……あんた、ブレーメルとは仲が良かったんだな」

 冒険者たちが次々に一階へ上る階段へ向かう中、ガイアは独りビルイェルの前に立った。

「少しだけ借りていていいか。すべてが終わったら必ずあんたに渡す」

「……分かった」

 ビルイェルは真剣な表情で頷いた。
 誓いを胸に、ガイアは元凶たる領主を叩きのめすべく階段へ向かった。


To Be Continued...  Next→

『銀斧のジハード』(1/3) 

 白、白、白。
 辺りのどこを見回しても白がその場を支配していた。
 『陽光を求める者たち』は深い霧の中にいる。
 彼らはメーヌ村での妖魔退治の仕事を終え、リューンへ戻る途中であった。

「まったく……ツイてないわ」

 しかし折悪しく突如深い霧が発生し、森の中に足止めされていた。
 『陽光を求める者たち』ももはやベテランの域に達した冒険者パーティだ。
 土地勘のない場所で山勘に任せて進んでも危険しかない事は重々理解している。

「つーてもこればっかりはどうしようもねえじゃろ」

 山の天気は変わりやすい。
 いかに用意周到な彼らとて、それを完全に予測する事は難しい。
 かつては山賊の頭領として山の天候すらも読み切っていたスコットでさえも他所の地方は知らないものだ。

 ツイていない。
 彼らにしてみればそう言う他に言葉はなかった。

「仕方がありません。火を熾してしばらく様子を見ましょう」

 霧の発生は唐突なもので、薪に使えそうな湿気っていない木の枝や木の葉はまだいくらか手に入った。
 エリックは指先でパチンと紫電を弾けさせて火を熾す。
 彼は体内で気を練り上げ、電気を生み出して操る気功闘法を修得している。
 数多の戦いを乗り越えた末に身体に馴染んできたのか、近頃はコントロールも楽になり、出力も跳ね上がっているのだという。

「はぁー……」

 じっとりとした霧が身体にまとわりつく。
 布が湿気を帯び、彼らの疲れた身体を容赦なく消耗させていく。
 自然と口数は少なくなり、誰もが俯き加減に火を見つめている。

「早く晴れねえかな、この霧……こんなところで野宿なんてゴメンだぜ」

 エリックの言葉に誰もが無言で頷く。
 皆一様に、ため息混じりに静かに燃える炎を見つめていた。

 どれだけそうしていただろうか。
 霧によって時間の進みも曖昧になってきた辺りで、真っ先に反応したのはやはりスコットだった。

「おい、何か近づいてくるぜ」

 低く鋭い声で警告を発するスコットは冷静に焚火を踏み消し、油断なくクロスボウを構える。
 他のメンバーも各々の得物を手に周囲を警戒する。
 霧でほとんど視界は利かないゆえに最初に気配を察知したスコットが向いている方角だけに気を取られるわけにはいかない。
 自然と焚火跡を中心とした円陣を組む形となった。

 沈黙の時間が過ぎる。
 ややあって、スコットのみならず誰の耳にもそれは入り込んできた。
 ざり、ざり、と枯葉を踏みつける音。
 音の規則性は二足歩行の類であると告げている。
 人間か、あるいは妖魔の類か。

 足音は次第に『陽光を求める者たち』のほうへと近づいてきている。
 スコットは三歩引き、ガイアが三歩前へ出る。
 すでに臨戦態勢は整っていた。

「……、」

 真っ白な霧から滲むように現れたのは、小さな老人だった。

「――人間? いや、あれは……」

 低い背丈ながらもがっしりとついた筋肉、長い髭に彫りの深い顔立ち。
 男の大きな目玉がぎょろぎょろと動き、冒険者の姿を認めるとその背に吊っていた戦斧へ手をかけた。

「くッ……人間めッ……こんなところまで……追いかけて来おったかッ!」

 絞り出されるようにしわがれた声が吐かれた。
 だ。

「な、何――、ちょっ!?」

 そのドワーフ族の男は傷つき、今にも倒れそうなほどに衰弱しているにも関わらず、しかし憎悪に燃える双眸で『陽光を求める者たち』を睨みつける。
 戦斧を両手に握り締め、深く腰を落とした。
 今にも飛び掛かってきそうな様子に肝を冷やしたエリックは慌てて声をあげた。

「ちょ、ちょっと待てぇい! 落ち着けおっさん!」

「ワシは……こんなところで……死ぬわけには、いかん……!!」

 轟、と振り上げられた戦斧は恐ろしい勢いで振り下ろされた。
 しかし威力はともかく踏み込みに始まる体捌きは著しく精彩を欠いており、エリックたちは一足飛びで攻撃を避けた。
 戦斧はそのまま無人の焚火跡を叩き、薪や枯葉の類が激しく飛び上がる。

「待てと言っている! あたしたちはアンタの敵じゃないわ!」

「騙されんぞ! よくも、よくも我が一族を……!!」

 横薙ぎに繰り出される一撃を、ガイアは納刀したままの鞘で叩いて逸らす。

「誤解だ。俺たちはお前の事など知らん」

「わたくしたちは北のメーヌで依頼をこなしてかえる途中ですの!」

「あなたと戦う心算などありません! 増してや初対面のあなたを傷つける目的もない!」

「ほれ、わしらも得物は仕舞うからな。おっさんも斧を収めちゃくれんかの」

 スコットの言葉を皮切りに皆が手にしていた武器を降ろし、後衛のスコットやレティシアはこれ見よがしにそこらに放った。

「なん……だと……、くッ……!」

 ドワーフの動きが鈍くなる。
 全身から急速に力が抜けていった様子で、男はその場に崩れ落ちるように倒れこんだ。
 完全に気を失ったようだ。
 その頑丈そうな体躯が動く気配はない。

「お、おい! おっさん大丈夫か!」

「邪魔です退きなさい!」

 エリックを突き飛ばしながらドワーフに駆け寄ったレティシアはすぐに聖句を紡ぐ。
 【癒身の法】による応急処置だが、ある程度経験を積んだ冒険者ならばそれが万能でない事は承知している。
 残りのメンバーはじっとその様子を見守った。

「……大丈夫です。今すぐにどうこうという事はありません」

 ややあって口を開いたレティシアの言葉の調子はおよそ安心できるテンションではなかった。

「このまま放置するのは危険です。生きているのが不思議なくらいの重傷ですからね」

「……仕方がないわね。霧が晴れるのを待ってメーヌへ連れて戻るしかないわ」

「リューンまでは……ま、もたねぇよな。あーあー、また半日かけて今来た道を引き返すってか。つれぇのう」

 しかしいくら初対面で襲い掛かられたとはいえ放置してリューンに戻るわけにもいかない。
 何よりエリックが良しとしないだろう。
 スコットはため息を吐き、空を仰いだ。

「……あ?」

 まるでこの出逢いを演出していたかのように、じっとりとした霧が晴れはじめていた。
 陽の光がどんよりとした雲間を切り裂き、山中に差し込みつつある。

「まじかよ……」

「ちょうどいいだろ。ほら、行くぞ」

 ためらいなくドワーフを背負い、エリックはメーヌの方角へ歩み出した。
 しょうがないとばかりに他の面々もその後を追う。
 その姿を尻目に、マリナはひとり考えを巡らせる。

『人間めッ……こんなところまで……追いかけて来おったかッ!』

 彼は確かにそう言っていた。
 それでなくとも、ただでさえ彼は瀕死の重傷を負っているのだ。
 のっぴきならない何かがあったに違いない。

(面倒に巻き込まれなければ良いんだけれど)

 無理だろうな、とマリナは諦めたように息を吐いた。
 何しろその面倒の塊を背負っているのはお節介の塊のような男なのだから。
 我らがヒーロー、エリック・ブレイバーが捨て置かない事なんて想像できないほど付き合いは短くない



 『陽光を求める者たち』はそれから半日かけて出てきたばかりのメーヌ村へ引き返した。
 気を失っているドワーフはひどく重かったが、エリックは一度も弱音を吐く事なく踏破した。
 村へ辿り着いた彼らは即座に教会へとそのドワーフを運んだ。

 寒村というほど寂れてはいないがメーヌ村はさほど大きくもない山村である。
 大怪我を負った者を運び込む場所は教会と相場が決まっている。
 教会の神父はドワーフの容態を見るや、快く一室を借してくれた。
 彼こそが先日解決した妖魔退治を依頼した張本人であり、その仕事ぶりに感心していた事も後押ししてくれたのかもしれない。

 寝台に横たわったドワーフの全身からは汗が噴き出し、時折苦悶の表情を見せる。
 しかし、持ち前の驚異的な生命力に加え、レティシアと教会の神父による必死の治療の甲斐もあって彼の容態は次第に安定していった。

「くっ、ここは……どこじゃ……」

 ドワーフが目を覚ましたのは三日後、まだ朝靄の消えぬ早朝の事だった。
 共に早朝の看病を請け負ってくれたメーヌ村の神父はほっと胸を撫でおろした。

「気が付きましたか……ここはメーヌ村ですよ」

「メーヌ、じゃと? ……なぜワシはこんなところにおるんじゃ?」

「あなたは山中で倒れられたのですよ。そこにいる冒険者の方々があなたをここまで運んできてくださったのです。……それはもう酷い怪我をしておられましたから」

 エリックたちの顔を見て、ようやくドワーフは記憶を取り戻した様子だった。

「そうか……世話になったようじゃな。ドワーフは恩知らずではない。礼を言わねばならんな……」

「なぁに、礼には及ばんさ。困った時はお互い様だからな!」

「あなたが私たちに出逢う事が出来たのも神の思し召しでしょう……ともかく今は身体を休める事です」

 そう言うレティシアは少しやつれていた。
 この三日間、神父と交代とはいえほとんどつきっきりで【癒身の法】で治療していたのだからあまり眠れていないのだ。
 その顔には『頼むから大人しくしていてほしい』と書いてあるようにすら見える。

「でもなぁ、びっくりしたぜ。大怪我したあんたが突然襲い掛かってくるんだからな」

「ワシが……? ……そうじゃ。確か山に入って……のう、ワシは一体どれくらい意識を失っておったのじゃ?」

「三日間よ。下手すると助からないかと思ってた大怪我からこんな短時間で持ち直したのだから大したものね」

「――三日、じゃとッ!? い、いかん、こうしてはおれんッ……」

 ドワーフは慌てて身体を熾そうとする。
 しかしまだ完全に癒えたわけではないその身体が彼の行動を妨げたようだ。
 彼は低いうめき声と共に寝台に倒れ込んだ。

「むちゃですの! いくら強じんなからだをもつドワーフとはいえ、そのケガでは……」

「しかしッ、ワシは行かねばならん……行かねばならんのじゃ!」

 並々ならぬ様子に、やはり一番最初に手を挙げてしまうのは我らがリーダーエリック・ブレイバーなのである。

「なあ、一体何があったんだ? 山で会った時から随分と切羽詰まった様子だが」

 それでも立ち上がろうと、ドワーフは歯を食いしばって必死にもがいていた。
 が、ようやく自分がまだ身動きの取れない身体である事を悟ったのか、やがて大人しく身体を寝台に横たえた。

「よかったら聞かせてくれよ。何があったのか、どうしてあそこにいたのか」

 その声が耳に届いたのか届いていないのか、ドワーフは眉間に深い皴を寄せ、むっつりと押し黙ったまま天井を睨めつけている。
 エリックたちはそんなドワーフの様子をしばらく見守っていたが、どうにも口を開きそうにないとみて、部屋から出ようと立ち上がった。

「――あれは……二週間前の事じゃ」

 突然、ドワーフが口を開いた。
 驚きつつもエリックたちは動きを止め、再び彼が口を開くのを待つ。

「ワシの住むチーニの妖精窟に甲冑を身につけた騎士らしき男がやってきた。チーニの領主の使いと名乗ったヤツは、妖精窟あなへ入るなりまっすぐワシらの長の下へ行き……その場で領主からの書状を広げ、声高に読み始めおった。中身は兎角ふざけたものじゃった……領主は傲慢にもワシらドワーフ族に対し、税を要求してきたのじゃ」

「税? ヒトの法をドワーフ族に押し付けようとするなんて」

「税としてワシらの造った武器や装飾品を納め、加えて男は一定期間兵役に就く事……それがヤツらが示した要求じゃった」

 ドワーフ族は頑健な肉体と戦士としての適性もそうだが、それよりも手先の器用さを生かした細工師や鍛冶屋といった職人技術の高さが有名である。
 妖精窟――ドワーフ族の集落――単位となればどれだけの価値ある品が眠っているのか想像もつかない。

「人間がワシらに服従を求めるなど、これほど笑える話があろうか」

 ドワーフたちはその要求を笑い飛ばし、書状を燃やして使いの者を追い出した。
 しかし三日後、領主は再び書状を送ってきた。
 今度は従わなければ攻撃するとの一文を加えてあったという。

「今度はワシらも激怒した。ド田舎の小領主がワシらを脅すなど傲慢にも程があるッ!」

 わずか二度目の接触で最後通牒とは交渉も何もあったものじゃない。
 まるで最初から決裂を望んだような事の運び方だった。

 使者を追い返したドワーフたちはすぐに戦いの準備を始めた。
 チーニの妖精窟には戦士は少なかったが、田舎の小領主の力など高が知れている。
 存分にドワーフ族の力を思い知らせてやる心算であった。

「その五日後、一〇人の騎士がやってきた。ワシらは『穴』に立てこもり、入ってくる騎士を片っ端から叩き殺そうと待ち構えた……しかし、敵はドワーフの戦い方を熟知しておった。今にして思えば、最初から『穴』の襲撃こそがヤツらの狙いだったんじゃろう。あまりにも用意が周到すぎた」

 その異変に最初に気づいたのは彼だったという。
 待ち構え、声を押し殺している最中、にわかに鼻を衝く異臭が妖精窟の入り口から漂い始めた。

「『燃える水』というものを知っておるか? ……臭いの正体に気づいた時にはすでに手遅れじゃった」

「……マジかよ。田舎の小領主ごときがそんな代物よく仕入れられたな」

 スコットは驚いたような表情を貼りつけて不愉快そうに口角を下げた。
 遥か東方で産出されるそれは名前の通りに火を近づけると激しく燃え盛るという液体である。
 そんなものを洞窟に向けてばら撒いたらどうなるか、結果は想像に難くない。

「敵はばら撒いた『燃える水』に火蜥蜴サラマンダーを放ちおった。その時まで気づかんかったが……ヤツらの中には忌まわしい黒妖精ダークエルフが混じっておったのじゃ」

「ダークエルフが……!?」

「うむ……後は地獄絵図じゃ。火と煙にやられて多くの仲間が『穴』の中で命を落としたッ! そこから逃れようと『穴』から飛び出した者も出てきたところを槍で刺し貫かれたッ!」

 それでも彼は懸命に戦った。
 しかし騎士が引き上げた時に生き残っていたのは数えるほどしかいなかったという。
 何人かのドワーフは騎士によって連れ去られ、残った者も皆、瀕死の重傷を負っていた。

「ワシは助けを求めてすぐにそこを離れた。生きておる者の中でワシが一番元気じゃったからな……」

 エリックらは霧の中で彼と出逢った時を思い出していた。
 チーニからメーヌまで踏破した疲労を抜きにしても全身にはともすれば即死してもおかしくない傷がいくつも刻まれていた。
 一番元気だったという彼がそうなのであれば、他の生存者も絶望的だ。

「ワシはここメーヌを目指して山中を彷徨った。……しかしそこで力尽き、こうして今ここに至っておる」

「………………」

 誰しもが口を真一文字に結んで何も言えなかった。
 神父は十字を切り、祈りの言葉を呟く。
 やや遅れてレティシアもそれに倣った。

「オヌシら、冒険者といったな」

「……ああ」

「オヌシらに頼みがある。『穴』の……『チーニの妖精窟』の様子を見てきてはくれんか。情けない事にワシはこの通り、動けそうもない……頼む。まだ生きておる者がおるかもしれん……」

 頑固者で知られるドワーフの眼に光るものが見えた。

「借りは必ず返す! この『銀斧のオロフ』の名に懸けて……だから、頼むッ……!」

 ドワーフ――オロフ――は美しい装飾の入った指輪をエリックの手の中に押し込んだ。

「無論タダでとは言わん。ワシが造った指輪をやろう。ドワーフの手によるものじゃ、売れば銀貨四〇〇枚にはなるじゃろう」

「わかっ――!?」

 ぐいい、と襟首をつかまれて、エリックはうめいた。
 何事かと振り向くと、マリナがドアのほうを指している。
 部屋の外に出るよう促していると気付き、エリックは指輪を一端置いて訝しがりながらもそれに従った。

「マリナは反対か」

「この件に関しては何も問題はないわ」

「だよな。おまえがいつも気にしてるタダ働きにはならねえし」

 そうじゃないわ、とマリナは短く息を吐いた。

「問題はどこまで関わるのか、という事よ。この件の根本にはチーニ領主が関わっているのは間違いないんだし、引き際を決めておかないとまたいつかみたいにずるずると領主と敵対する可能性があるわ」

「前は何とかなったじゃねえか」

「オーギュストは正式な領主じゃなかった。従えられる部下はほとんどいなかったし、だからこそあたしたちも相対できた……今回は状況が違う。チーニ領主は地位と権力を保ったまま今回の所業に出ているのよ。慎重に事を見極めないと、死ぬのはドワーフだけじゃ済まなくなるわ」

 話を聞く限りでは少なくとも騎士一〇名を動かせるくらいにはチーニ領主は権限を保っている。
 その上、ダークエルフや『燃える水』といった普通でない戦力も所持している事を考えると、軽い気持ちで敵対できる相手ではない。

「分かったよ。だが、ひとまずはオロフの依頼を請けてやりてえ」

「辛い報告をする羽目になるかもしれないわよ」

「……それでもだ。おれは目を背けたくねえんだ」

 エリックの意志は固い。
 それだけを確認して、マリナは頷いた。

 彼は変わろうとしている。
 少なくとも考えなしに叫んで喚いて殴って、それですべてが解決すると思い込んでいた以前とはまるで違う。
 マリナはそう感じていた。

(あるいは冒険者を辞めるきっかけになる、か)

 折れるかどうかは彼次第である。
 一抹の不安要素はあるものの、マリナはひとまずその思考を後へ追いやった。
 今はただ目の前の依頼をこなす事だけを考えるべきなのだから。



 『チーニの妖精窟』はメーヌ村から北東に二日進んだところに存在している。
 オロフから事細かくそこへ至る道を説明されていただけに、一切迷う事なくきっちり二日で辿り着いた。
 この辺りには騎士たちが未だに徘徊している可能性もある。
 自然とエリックらの表情は引き締まった。

「焦げ臭い」

 エリックは口元を覆って眉をしかめた。
 妖精窟の入り口周辺はところどころに炭化した草木の成れの果てが散らばっていて、地面がどす黒く変色している様子もいくつか見られた。
 この場で起こった凄惨な虐殺の傷跡が深く刻まれている。

「……こりゃあ、いくらわしでもちょっと入るのを躊躇うぜ」

「ですわね。戦いの跡はあるのに、けが人どころか死体すらありませんの」

「後片付けした奴がいるって事ね。それが未だ中にいる可能性がある。ドワーフか、それとも……」

 ドワーフであればそれでいい。
 むしろ生きて仲間を弔えるほどに動けているのならそれは朗報と言える。
 だが、彼らを虐殺した騎士たちが何らかの目的で後片付けを行ったのなら、まだこの場所に利用価値があるのかもしれない。

「慎重に行きましょう」

 スコットを先頭に、痛ましい焦げ跡が残る洞窟の入り口を潜り抜ける。
 妖精窟の内部は薄暗く、様々な『モノ』が焼けた、あの特有の臭いを閉じ込めたままだ。
 誰もがその臭いに顔をしかめた。
 しかし、彼らを不快にさせたのはその臭いだけが原因ではない。

「せ、狭ぇなぁオイ。お姫さんにゃちょうどいいかもしれんが……」

 妖精窟はもともとドワーフの体格に合わせて、彼ら自身が掘ったものなのだろう。
 小柄なドワーフならともかく人間の『陽光を求める者たち』にとっては窮屈で仕方がない。
 ここで戦いにでもなれば著しく行動を妨げられるのは明らかだった。

 およそドワーフにとっては快適なはずの妖精窟の中は、異臭と壁の焦げ跡が全てだった。
 いくつか枝分かれした『部屋』があったもののどこもかしこも散々な有様で、通路が崩落して進めない場所もあった。

 その中に、特に激しく争った形跡が刻まれた部屋が存在した。
 いくつかの棚や空箱のみが散乱するここは、おそらくはドワーフの成果物が保管されていた場所なのだろう。
 一部のドワーフはここで最後まで抗い、そして地面の染みとなってしまったのか。

「………………」

 もとより異臭によって口を開きたくない状況ではあるが、別の理由で彼らは無言だった。
 スコットが後回しにした最後の扉。
 その向こうには四、五人の騎士がいるだろう、との予測が立てられていた。

「……開けるぜ」

 扉を開くと、中にいた者たちが一斉にこちらを振り向いた。
 甲冑を身に纏った騎士が数名と、中央には浅黒い肌に尖った耳が特徴的なダークエルフが立っている。

「何者だッ、貴様らッ!」

「流れ者の冒険者よ。あんたたちと敵対する気はないけれど……」

 更にその奥には一人のドワーフが壁にもたれるように座り込んでいて、苦悶の表情のままこちらを見つめていた。
 彼は全身に火傷を負い、ひどく弱っているように見えた。

「彼を解放してくれないかしら」

「フン……どうやらネズミが迷い込んできたようだな。ドワーフの死肉でも漁りに来たか?」

 ダークエルフは見下すように嘲笑い、ドワーフの頭を足蹴にした。
 そんな光景を見せられて我慢のできるエリックではない。

「――やめろッ!!」

 マリナの背から飛び出て、明確に対峙する。
 騎士たちはダークエルフを護るようにショートスピアを構えて壁を作った。

「殺しますか?」

「こいつらはお前たちの手には余るだろう。仕方がない、私も手を貸そう」

 ダークエルフは身体を低く屈め、即座に呪文の詠唱を開始する。
 魔術は数の有利を一瞬でひっくり返す威力を秘めている。
 すぐにでも阻止したいところだが、ただでさえ狭い妖精窟に前衛として配置された騎士が邪魔すぎる。

「――リーダー、【眠りの雲】がきますの! ガイアもおねがいしますの!」

「あ? あぁ、了解! 例の布陣だな!」

 前衛を務める騎士二人に対し、エリックとガイアがそれぞれ相対する。
 もはやダークエルフの【眠りの雲】を止めるだけの時間は存在しない。
 二人は腰だめに構え、エリックは首から提げた七色の七つの撫ぜ、ガイアは大きく息を吐いて限界まで吸い込んだ。

「……《眠れ》!」

 ダークエルフの呪文が結ばれ、無味無臭の白いガスがエリックとガイアを包む。
 そのガスを吸った者は抗いようのない深い眠りへと誘われ一瞬後にはショートスピアに貫かれてしまうだろう。
 だが、それも相手がこの二人でなければの話だ。

「変ッ! 身ッ!」

「ハァァァ――!」

 エリックは魔石から光を迸らせ、次の瞬間には要所に金属のガードが付いた暗色系の鎧のような衣服に、触覚のような飾りがついたデザイン性の高い兜を身に纏っていた。
 一見すれば全身鎧に似た衣装だが、ゴテゴテした印象がまったくないスマートなそれは、単純な物理・魔法に対する防御性能を付与する一種の魔具である。
 その防御性能は変身時の一瞬、すなわち光が迸る瞬間にもっとも威力を発揮するため、【眠りの雲】の抵抗に成功したのだった。

 ガイアは精神集中によって闘志を燃やし、ただ目の前の敵を排除するだけの修羅と化す。
 遥か北方の辺境の地にて蛮族と戦い続ける城塞都市キーレにおいて発展した蛮族の武術、【荒ぶる魂】と呼ばれる精神集中法である。
 全身に気を張り巡らせ、雑念を振り払って自らを奮い立たせる効果がある。
 完璧にとはいかないものの、並の【眠りの雲】なら跳ね除け得るほどの精神集中を可能としていた。

「でいやぁぁぁあああああ!」

 エリックは吼え、真正面に構えられていたスピアを弾き、そのまま間合いに入り込んで紫電を纏った一撃で騎士を殴り飛ばす。
 一方のガイアは無言で、柄でスピアの切っ先を弾いて逸らし、それが戻る前に居合の一閃で騎士の喉元を引き裂いた。
 結果的にその場で最も油断していたのは前衛の騎士二名だった。

「な、な――!」

 ただでさえ数において劣る騎士たちは、更に差をつけられる形となり、やや浮足立った。
 頼みとしていたであろうダークエルフの魔術が通用しなかった事も精神的なダメージとなっているはずだ。

「う、うわあっ!」

 ある騎士はスコットに全身の関節を撃ち抜かれてへたり込み、またある騎士はマリナの鋼線に得物を取られ、レティシアのレイピアに膝をぶち抜かれて立てなくなっていた。
 形勢が不利と悟ったのか、ダークエルフは部屋の奥へ逃げながら次なる魔術を詠唱し始めるが、

「おいおいどこ行くんじゃ、逃がさんぜ――!」

 前衛の隙間からスコットの十八番、クロスボウによる狙撃が行われる。
 狭い妖精窟で回避が難しいとはいえ、放たれた矢は見事ダークエルフの背中の突き立った。

「ぐうっ……!」

 射撃をまともに受けたダークエルフは短くうめき、そのまま倒れ伏す。
 わずかな間でその場を制圧した『陽光を求める者たち』はエリックが難色を示す前に無力化した騎士たちに手早くとどめを刺した。
 エリックが仕留めた騎士についても例外ではない。

「正当防衛だとかそういう問題じゃないって事は分かってくれるわね? 敵対した以上、こいつらの口を封じなきゃあたしらが標的になるの」

「……分かってる」

 そう言って、エリックは強く胸を抑えた。
 痛むのか。
 聞こうとしたが思い直して、マリナは口を結んだ。

「あんたたちは……助けに、来てくれた……のか?」

 奥で痛めつけられていたドワーフが弱弱しい声をあげた。
 傍に寄ったガイアへ焦点の合わない眼差しを向ける。

「……ああ、そうだ。オロフというドワーフに頼まれた」

「おおッ……オロフは無事、メーヌに……辿り、着、いたのじゃな……良かっ……た……」

 彼は激しく衰弱していた。
 火傷の痕が化膿し、そこから虫が湧き始めている。
 彼はぜぇぜぇと苦しそうに、細い呼吸を繰り返していた。

「ここでは限界がありますね。運び出して、本格的な治療が必要です」

 ずっと【癒身の法】によって治癒していたレティシアが額に汗を滲ませながら言う。
 言葉とは裏腹に、その目は半ば泳いでいた。

「もう、いい……ワシは、もう……助からんよ」

「……そんな事、言うものではありません」

「人間は……無駄な事が……、好きじゃな……」

 ドワーフは力なく笑う。

「オヌシらに……頼みがある。オロフに……伝えてくれ……」

 血反吐を吐くような言葉が続いた。
 死の際の言葉を聞き逃すまいとしたのか、自然とガイアは彼の手を握りしめていた。

「――ッ」

 言伝が最後まで絞り出されるように。
 彼の最期の願いを聞き届けられるように。
 もう少しだけ保ってくれと。

「……、」

 ガイアは静かに彼の言葉を聞いていた。
 脳細胞に刻み付けるのは言葉だけではない。
 彼の無念、懸念、そして心願を丸ごとそっくり伝えなければならないのだ。

 領主はドワーフら妖精族の身体を使って黒魔術を行おうと目論んでいる。
 そのために『穴』を襲い、ドワーフを連れ去った。
 しかしながら『チーニの妖精窟』の血を絶やさないためにも、復讐など考えずに生きろ。
 それが、アルトゥルと名乗ったドワーフの最期の言葉だった。

「……逝きました」

 短く伝え、レティシアは聖北式に十字を切る。
 ガイアは握りしめていた手を、彼の胸の前で組ませた。
 わずかに目を伏せた後、黙って立ち上がる。

「行くぞ」

 依頼はあくまで『妖精窟の調査』だ。
 しかしオロフに対してもアルトゥルに対しても、誰しも罪悪感のようなものを感じていた。
 それを最も受けているのは、命が失われる様を目の当たりにしたエリックか、それとも傍で看取ったガイアか。

「……あ」

 突然、スコットが声をあげた。
 場違いな声に、他のメンバーが一斉に彼を見る。

「ちっ、やられたのう……」

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、スコットはある一方を睨む。
 自然と他のメンバーの視線がそれと同じ方向に注がれる。
 そこにはあるはずのものがなかった。
 確かに倒したはずのダークエルフの遺体がそっくり消失していたのだ。

「……なんらかの防御術式と、おそらくは【妖精の外套】ですの」

「ちゃあんと頭と心臓にも一発ずつぶち込んだんじゃがのう」

「十中八九、ダミーだったですの……ん?」

 その時、クロエは足元に転がる物に目を留め、拾い上げた。
 その指輪には気味が悪いほど写実的に彫刻された赤い瞳が貼りつけられていた。

「なんですの、これ。気味がわるいですの」

「これは……! 知っていますよ。異端で弾圧されたガイウス派の象徴!」

 ガイウス派は『悪魔=天使同一説』、つまり天使だけでなく悪魔もまた神の使いと見なす説を奉じる聖北教会の一派である。
 およそ一〇年ほど前に宗教会議で正式に異端認定され、解散させられたはずであるが、まだ生き残っていたようだ。

「異端認定ね……」

 クロエから指輪を受け取ったマリナはそう呟き、静かに眉を平坦にした。



 再び丸二日をかけてメーヌ村へと戻った『陽光を求める者たち』はすぐに教会へと戻った。
 少しでも早くメーヌに帰りたいという欲求と、一方でオロフに何と伝えればいいのかを精神こころが決めかねてせめぎ合い、やや足取りは重い。
 教会の扉を開くなり飛び込んできたのは自由に動き回るオロフの姿であった。

「オロフ、もう動いて大丈夫なの?」

「ふんッ、ドワーフを軟弱な人間と一緒にするでない」

「ああ、皆さん。ご無事で何よりです」

 彼らはそれぞれ互いの無事を喜び合った。
 オロフはあの後、日に日に良くなり、昨日からは簡単な運動ができるまでに回復したという。

「こちらは大変でしたよ。オロフさんがあなた方を追いかけると言って聞かず……止めるのに随分苦労しました」

 神父は苦笑いを浮かべつつそう言った。
 冒険者としては神父の苦労が容易に想像できる。
 この小柄な妖精族はとりわけ頑固な事で知られているのだ。

「ワシは大丈夫じゃと言っておろうが!」

 ところで、とオロフは話題を変えた。

「妖精窟はどうだったのじゃ……?」

 オロフはそう言って俯いた。
 エリックらが六名で帰ってきた事から結果は想像できたのだろう。
 彼はあくまで確認のためにそう訊いていた。

「……すまねえ、……助けられなかった」

 エリックは一から十まですべてを語った。
 無残に荒れ果てた妖精窟の様子、ダークエルフと騎士たちの事。
 そしてガイアからは助けられなかったアルトゥルの最期の言葉が伝えられた。
 オロフは一言も発さずにそれを聞いていた。

「妖精窟から持ち出せたのはこれだけだった」

 ガイアは一振りの剣をオロフへ差し出した。
 『チーニの妖精窟』で唯一生き残っていた箱から手に入れていた、『ブレーメル』と名が刻まれた剣である。

「ブレーメル……あやつはその剣をいつか剣豪に渡す日を夢見ておった。ワシの目の前で騎士に連れ去られたがの……」

 目を閉じたオロフは逡巡の後、剣をガイアに押し付ける。

「オヌシらが持っておればよかろう。剣は使う者がおって初めて輝くものじゃ……」

「……、分かった」

 ガイアはそれ以上何も言えず、言われたまま剣を受け取った。

「ご苦労じゃったな……感謝するぞ、冒険者たちよ。辛い役目を引き受けさせてしまったようじゃ……」

 すべてを聞き終えたオロフはそう言って沈黙する。
 成す術を失ったエリックはその沈黙に耐えきれなかった。

「すまねえ! おれは――!」

「オヌシらが謝る事はない。オヌシらは精一杯やってくれた……そうじゃろ?」

「ッ……!」

「ともかく『依頼』は完了じゃ……オヌシらには感謝しておる。……ありがとう」

 頑固者で知られるドワーフの口から出た感謝の言葉。
 妖精窟の騎士とダークエルフを全て打ち倒し、ドワーフを全て救ってからであればどれほど喜ばしかっただろう。
 結局はダークエルフを取り逃がし、唯一の生き残りだったアルトゥルの命も救えなかった『陽光を求める者たち』には喜べるはずもなかった。

「……、」

 うなだれるオロフに背を向けて、茫然自失となったエリックはふらついた足取りで教会を出た。
 しかしわずかも歩けず、教会の壁に背を預けてそのまま座り込んでしまった。

 依頼はこなした。
 後はいつもの『大いなる日輪亭』に帰るだけだ。
 それ以上、何もできる事なんかなかった。

 空を仰げば太陽が燦々とその光を降り注いでいた。
 エリックは暖かな希望を思わせる明るさを、惜しみなく振りまく太陽が好きだった。
 自身が守るべき者たちにとっての陽の光になりたいと願った。
 だからこそ、冒険者になった暁にはそれを追いかける存在となり、いつかは掴んでみせるとパーティの名前に誓いを刻んだ。

 だが現実は厳しかった。
 太陽はひどく遠い。
 イカロスの失墜に曰く、太陽に近づきすぎてはその身を焦がすという。
 だがエリックのようにちっぽけな存在では決して届く事はなく、その身の程を知る機会を得る事もなく、ただその手を伸ばしているように見せかけるだけで精一杯だった。

「なんてツラしてやがる」

 ふと気が付けば、隣にはガイアが腕を組んで立っていた。
 他の連中はどうしただの、そんな些細な事にも気が回らないエリックは、ただ彼の言葉の意味だけを考えた。

「……悪いのかよ」

「仕事は十全に達成した。俺たちは俺たちに出来うる最高の結果を出した。……何が不満だ」

 やけに冷静な物言いにエリックは思わず奥歯を噛んだ。
 どうしてそこまで冷めた言葉を口にできるのか、まったく理解できなかった。

「――人が死んだんだぞ! ドワーフも、……アルトゥルだってお前の目の前で死んだ! 何が最高の結果だよ……! おれは誰にも死んでほしくなかったのに!!」

「馬鹿か。死なねぇ生き物がどこにいる。生きてるって事は最後はみんな死んじまうモンなんだよ。早いか遅いかしか差はねぇんだ」

「だからって割り切れるもんじゃねえだろ! 殺されるのとは違うだろ!!」

「フン……そんなに死なせたくねぇんなら医者か政治家にでもなるべきだったな」

「ガイアッ……!」

「人が殺し殺される事実から目を背けて何になる。お前がやってんのは正義の味方なんかじゃねぇ。単なる臆病者があちこちに首突っ込んで場を乱して滅茶苦茶にして、そうして結果的に人が死ななけりゃいいを繰り返しただけだ。――

「――ガイアぁぁぁああああああああ!!!」

 ついに沸点に達したエリックは無我夢中でガイアを殴り飛ばしていた。
 激情に任せて思い切り殴ったはずなのに、当のガイアは二、三歩たたらを踏んだだけで持ちこたえている。

「……そう言や、お前との決着はまだだったな」

 口の端から血を流すガイアは腰を落とし、右半身を前に構えた。
 彼の攻撃圏内に入れば最後、必ず身体のどこかの部位が失われる。
 そんな、本気の居合の構え。
 しかしその右手は刀の柄には伸びていない。

「――ッ!!」

 ガイアが動く。
 二歩。
 思わずエリックは顔面を両手でガードする。
 いや、三歩。
 右の裏拳と見せかけて、左のボディーブローがエリックに突き刺さる。

「ごッ……!」

 クリーンヒットし、身体をくの字に折ったエリックの顔面を、今度こそ右のフックが叩いた。
 まるで意趣返しともとれるその一撃で、今度はエリックが殴り飛ばされる。

「どうした、正義の味方。本気も出してねぇ俺の拳で沈むようじゃ何も救えねぇぞ。これまでも、これからもな」

「く、そぉぉぉ――!」

 渾身の右ストレートを繰り出すも、居合の構えから放たれる裏拳に阻まれ、打ち落される。
 蹴りを放ってもガイアの護りのほうが疾く、鋭い。
 もともとは居合の技術だ、神髄は護りでなく攻めである。
 わずかも打ち合わない内に、エリックの四肢は断続的な痛みに悲鳴を上げていた。

「所詮、お前の本質はそんなものだ。今までがぬるま湯すぎただけで、本物の越えられない壁にぶち当たると簡単に折れる。何が正義の味方だ、くだらねぇ」

「お、まえ……!!」

「――お前のどこに正義があるってんだ! 死んだ者を救えなかった事を嘆くだけで誰もが救えるなんて勘違いしてんじゃねぇぞ!」

「う、うう……!」

「今も生きてる誰かを死なせないために動く正義はねぇのかよ! 誰かを殺して私腹を肥やす奴らをのさばらせて! ちっぽけな命が何十、何百と失われてもお前にはどうだっていいのか! それでお前は何も感じねぇってのか!!」

「――うあああぁぁぁああああああ!!!」

 エリックは吼えるように叫び、ガイアへ向かって駆けた。
 対して機械のように正確なガイアの裏拳が放たれる。
 それはエリックの鳩尾に寸分の狂いもなく突き刺さり、一時的な呼吸困難に陥ったエリックは歯を食いしばった。

「――ァ、ッ!!」

 
 フリーになった両手でガイアの両肩を掴み、エリックは思い切りのけ反る。
 まるでキツツキが木を穿つように繰り出されたはガイアの額に打ち付けられ、彼は低くうめいた。

 互いに大きすぎるダメージを受け、二人して倒れ込んだ。
 どちらも立ち上がれない。

「そん、なわけ……ねえだろ……! おれは自己満足のために正義の味方を目指してんじゃねえ……誰かを救いたくて……おれにも、救える人がいるならって……」

 より深刻なダメージを受けたエリックは激しく咳き込みながらも、それでも言葉を紡ぐ。

「……おれはッ、誰かに笑っていてほしいから! 笑って生きていてほしいと願ったから! おれの正義を掲げたんだ!!」

「………………」

 ガイアは何も言わない。
 心の底から沸き上がったエリックの本心に、しかし何も反応しなかった。
 立ち上がる気力もないエリックは彼の表情すら読み取れない。

 それでも、エリックは心で理解していた。
 ガイアは笑っている、と。
 魔術も奇蹟も超能力すら持たなくたって、きっとそうであると感じていた。

 なぜなら彼もまた心情を吐露していたのだから。
 彼の手の中で命の灯火が消えたアルトゥルの事を何とも思っていないはずがない。
 様々な感情が渦を巻いているとしても、その原因を作った領主とダークエルフに対しては怒りしかないはずなのだ。

「う、うわーお。とんでもないことになっていますの」

「えっ、私がこれを治癒するんですか? ば、馬鹿馬鹿しい……」

「そう言うてやるなって。なんかものすげー青春って感じじゃね? いやぁ、小僧ガイア送って正解だぜ」

 なんだか騒がしいと思ったら、物陰から他のメンバーがこっちを覗いていた。
 止めてくれればいいのに、と思ったがスコットが黒幕らしい。
 エリックは何のつもりかと問いただそうとするも、その背にマリナが無遠慮に腰を下ろしてあまつさえ脚を組んだためカエルがつぶれたような声をあげて押し黙るしかなかった。

「結論は出たんでしょ? それで、あんたはどうしたい?」

「ぐ、ぐ……な、なんだって……?」

「疲れたんならこのままリューンに帰るのもいいわ。何ならメーヌここに一泊したってかまわない。でも、もしそれ以外の選択肢を取りたいのなら、言うべき言葉があるでしょう?」

「……なんだよ、それ。いつもなら秒で却下するくせに。それに――」

 今回ばかりはわがままも通らないだろうとエリックは覚悟していた。
 何しろ、相手は小さいとはいえ領主だ。
 そんな者を相手にしてはたとえ打倒したとしても『お尋ね者』となる未来しかない。
 ドワーフの敵討ちだとしても法破りには変わりないのだから。

「言っておくけれど。今回の件はさすがのあたしたちも業腹で、どうにか反撃できないかを検討済みよ。そして結論は出ている」

 エリックの目の前に見覚えのある指輪がポトリと落とされた。
 気味が悪いほど写実的に彫刻された赤い瞳が貼りつけられてた禍々しい指輪。
 それは『チーニの妖精窟』で手に入れた、悪魔崇拝のガイウス派の指輪だった。

「これをダークエルフあるいは騎士たちが持っていたのは間違いないわ。そして彼らは領主の部下。となれば悪魔崇拝者を匿っている事になる。……あるいは領主自身も悪魔崇拝者かもしれないわ」

 そんなものが教会の耳に入ればどうなるか。
 学のないエリックにでも何が起こるかは理解できた。

「つまり、これを証拠に教会の異端審問官からを手に入れられれば」

「おれたちは……教会の代理人として合法的にチーニの領主を退治できる……?」

「妙案でしょ?」

 蠱惑的な笑みを浮かべたマリナに、エリックは力なく笑った。
 何もかもガイアの言う通りだ。
 エリックは独りで何もかもやろうとして、できなかったからただ逃げているだけだった。

 当然だ。
 エリックには知識もなければ知恵もなく、情報を操る術もなければ奇蹟だって起こせない。
 何もかもを独りでできる人間なんてこの世にいない。
 少なくとも、エリックはそんなに器用じゃない。

「さぁ、どうするの。ヒーロー?」

 心強い味方が手を貸してくれている。
 だったら今はそれに甘えよう。
 エリックはエリックにしかできない方法で、その借りを返せばいいのだから


To Be Continued...  Next→

『子供狩り』(2/2)  

「……やー、やっぱ便利じゃのう。電撃」

「おお? なんだよいきなり」

「グリズリー相手じゃあわしのクロスボウもマリナの鋼線もレティシアのレイピアだって通らねえんだぜ? 死人が出てねえだけで奇跡よ」

「おれはボロボロだけどな!」

 グリズリーの巨体と分厚い毛皮は生半可な攻撃を通さない。
 基本的には対人装備であるスコット、マリナ、レティシアにとっては天敵とも言い換える事ができる相手である。
 反面、エリックが操る気孔術は多少の距離は無視できる技もあり、いくら強靭な肉体でも電撃は体内を通るため意味を成さない。
 そして彼の纏う『不撓の魔鎧』は堅固な防御力を誇り、グリズリーの一撃を受けられる唯一の存在である事から見事に盾としてこき使われたのだった。

「しっかし、これからどうするよ」

「手がかりがなくちゃ話にならないわ」

「こうなりゃ無理やりにでも村長の口を割ったほうが手っ取り早い気がするぜ」

「口を割らせるのは村長じゃなくてもいいわ。村人もある程度は事情を知っているはずよ」

「どうしてそう言い切れるのです?」

「『隣家の子供が風邪をひいた』程度の話が村中の噂になるのが田舎の性質よ。こんな閉鎖的な村で何か異常が起こったとしたら一人で事情を隠し通すのは至難の業だし、それも子供ひとりが姿を消すような事件よ。知らないはずがないわ」

「だな。こうした片田舎じゃ横のつながりが強ぇモンだからな」

 スコットが後を引きついで「貧困と戦うために仕方なくそうなってる部分もあるんじゃがなぁ」と補足する。

「あの女の子の事を考えるとあまり時間はない」

「急ぎましょう! 何が何でも口を割らせるのです! たとえどんな非道を行おうとも!!」

「あんた本当に聖職者なの?」

 マリナの呆れ果てたツッコミを無視して、レティシアはずんずんと森を進みだす。
 その方針には賛成なのだが、彼女が言うととても危険な香りがしそうで怖い。

「……お頭、半歩こちらへ」

「うむ」

 ガイアの短い忠告を受けてスコットがきっちり半歩分の距離を引いた瞬間、横合いの茂みから何かが飛来してエリックらを襲った。
 しかしそれらは誰にもかすりもせず地面に突き立つだけにとどまった。
 三本の、つくりが粗い矢だ。

「誰です!」

 即座に反応したレティシアが茂みに分け入ると、遠方で三つの人影が木々を揺らして駆け去ったところだった。
 その身なりから、おそらく村の人間である可能性が高い。

「おい小僧、避ける意味あったかこれ」

「……泥が跳ねます」

「今更泥汚れくらい気にしねぇんじゃが……まぁいい。ようやった」

「どうでもいいから追いますよ、早く! 今なら追いつけるんですから!!」

 声を張り上げながら疾走していくレティシアの後を、呆れた様子でエリックたちがついていく。
 先の一撃で村人たちの技量は知れた。
 レティシア一人が乗り込んでもどうにでもなるほどの力量差があるだろう。
 しかし、今の彼女を放っておくと何が起こるか想像できず、彼女の暴走を押しとどめるために足を速めざるを得なかった。

 ややあって、先行するレティシアが足を止めた。
 その先には村人らしき青年が足をかばうようにして蹲っている。
 おそらく足元の木の根に引っ掛けて逃げ遅れたのだろう。
 その手には弓もあり、彼がさっきの襲撃者である事は疑いようがない。

「なっとらんのう、まったくなっとらん。襲撃時に最も気を揉むべきは逃走ルートじゃろうが。一矢のみに留めて即座に撤退する作戦だけは褒めてやるが、それにしても地の利を活かさんとはどういう――」

「ろくでもない情報吹き込んでんじゃないわよ」

「……あなたにはききたいことが山ほどありますの」

 いつものノリで漫才じみたやりとりを始める二人を尻目に、クロエが一歩前に出て言った。
 しかし青年は固く口を閉ざしたまま何も言わない。
 すっかり周りを囲まれてしまったため冷や汗をかいている様子だが、思いのほか口が堅いようだ。

「どきなさいクロエ。あんたじゃ荷が勝つわ」

 どう見ても組し易そうなクロエを下がらせて、マリナは不敵に口の端を吊り上げる。
 すでに尋問は始まっているのだ。

「大人しく吐いてくれないと痛い目を見る事になるわ。どんな風に痛い目を見るか……知りたい?」

「……ふん、あんたたちになんか話す事は何もないね」

「冒険者なんてやっていると色んな知識が身につくものよ。たとえば、どんなに鍛えても痛みへの耐性をつけられない場所っていうのが人間の身体にはあるんだ、って事とか」

「……っ!」

「指と爪の間、眼球、足の裏。そんな場所を責められたら大の大人でさえ泣き叫ぶそうよ。こんな知識を仕入れたところで使う予定がなかったんだけれど……あんた、試してみる?」

 青年の顔に怯えが走った。
 後ずさろうとするが、背後に回ったガイアがそれを許さない。

「おう、おう。やったれ女王様。サディスティックな鞭捌き見せてくれや」

「鞭なんて要らないわ」

 煽るスコットに乗って、マリナはあえて青年の足元から小枝を拾った。

「ほら、この木の枝、自然に折れたはずなのにこんなに鋭利。これで皮膚の薄いところをやられたらどんな風になるかしら。ねぇ、気にならない?」

 これでもかというほどの猫なで声で、マリナは薄い笑みを浮かべて青年に迫った。

 その手に持った小枝はまるでナイフのような鋭さを見せる。
 これにはたまらず青年は声にならない悲鳴を上げて、必死に首を左右に振った。

「そう、興味ないの? でも、あたしは気になるわ」

 マリナを見上げる青年の瞳に恐怖が刻まれている。
 雪の降る時期だというのにこめかみをじっとりと濡らした汗がぽたり、ぽたり、伝い落ちていく。
 いつ泣き出してもおかしくないほどに、だ。

「まぁ待てマリナ。そう脅かしてちゃ話ができないだろ」

 割って入ったのはエリックだった。
 マリナは意地の悪い笑みをすぐさま引っ込めて、手中の小枝を放り捨てて身を引く。
 らしくない素直さだが、こうした激しい尋問をしていけばいずれエリックが割り込んでくるのは想定済みだったのだろう。

「おれは平和的に話し合いができればそれに越した事はないと思ってんだ。村人もなるべくなら傷つけたくない。だから、話してくれねえか? おれたちを襲撃した理由と、この村にいま何が起こっているのかを」

「そうすれば危害は加えないと約束するわ」

「……、……ほ、本当に?」

 マリナが頷くと、青年の瞳にわずかに迷いが生じた。
 しっかりと揺さぶられた青年は、ついさっきまでの頑なな雰囲気を完全に失っている。

「むしろ、おれたちは村の人たちを助けに来てんだよ。ついさっき、セシルという女の子が姿を消した。心当たりあるか?」

「……っ!」

 青年が息を呑むのが分かった。
 見事に釣れたとマリナは青年に見えないようにほくそ笑む。

「この村の女の子よ、知らないはずがないわよね? 彼女の持っていた人形だけが置き去りにされていたわ。この村に起こっている事と無関係じゃないんでしょう。あの子の身を案じる気持ちが少しでもあるのなら、協力なさい」

「……、」

 明らかに動揺の色を隠しきれていない青年は、今度は脂汗を流し始めた。
 憂いを帯びた目を地面に落とし、諦めたようなため息を漏らす。
 マリナは聞こえないように小さく息を吐いて、エリックの肩に手を置いてGOサインを出す。

「おれたちはこの村を助けるようにって依頼を請けて来たんだ。村のためを思うのなら、協力してくれ。力の及ぶ限り、いや! 何があってもお前たちを助けると約束するぜ!」

 最後の一押しは、エリック風の言葉にするならば『正義の一押し』だった。
 青年は長い間うつむき、葛藤している様子だったが、やがて顔をあげるとついに深く頷いた。

「分かりました。あなたがたを信じて、お話します。どうかこの村を、子供たちを……セシルを救ってあげてください」

 青年の瞳に嘘がない事を確認して、一仕事を終えたマリナは近くの木の幹に背を預けた。
 それを契機に青年を囲んでいた輪が少しだけ広がる。
 あくまで少しだけなのは尋問を終えても周囲の警戒を怠っていない証だった。

「まず、あなたがたを襲った事をお詫びします。いつもつるんでいる若者たちであなたがたを追い返そうと企んでやった事です。冒険者の干渉など、事態を悪くするだけだと思い……」

「事態の悪化ねぇ。という事は、やっぱりこの村では何かが起こっているわけね?」

「皆さんもすでにお気づきのようですが……子供がさらわれています。時期は、そう、一昨年の秋頃からでしょうか」

「そんなに以前から? という事は……」

「ええ、さらわれたのはセシルだけではありません。近隣の村を合わせれば数えるのも馬鹿らしいほどになります。」

 ぎり、と奥歯が噛み締められた音がした。
 それはレティシアからだっただろうか、エリックからだっただろうか。
 あるいは両方だっただろうか。

「私たちは子供がさらわれていくのを手をこまねいて見ているほかありませんでした。……ええ、本当に文字通り見ていた事さえあったのです。あのお方は、はばかる事なく堂々と子供を連れてゆかれましたから……」

「……なんだかいやな予感がいたしますわ」

「子供たちをさらっていくのは……、この土地の領主、オーギュスト様なのです」

 クロエは嫌な予感が当たった事で頭を抱えた。
 土地を治めるべき領主がこのような悪事を働いているなんて呆れかえるばかりだ。

「オーギュスト様はとにかく蛮勇で知られたお方でした。敵対した国では『戦場であのお方の姿を見たら生き残れない』という噂までが囁かれたそうです」

「噂ってのは尾ひれがつくもんじゃがのう?」

 言いつつ、スコットはマリナの様子を伺った。
 マリナの返答はない。
 さすがにそこまでの情報がなかったのだろうか。

「先頃、オーギュスト様の弟君が乱心して国王に切りかかったかどで処刑され、オーギュスト様も地位を剥奪され、財産の多くを没収されてしまいました。いくつか所持されていた城も、情けのようにひとつ残されたのみです」

「……凋落のショックで気が触れちまったのかねぇ」

「オーギュスト様がどうしてこのような事をされるのか、私たちには分かりません。私たちが知っているのは、あの城に連れてゆかれて帰ってきた子供はただの一人もいない、という事だけ……」

「そこまでされていながら、何故抵抗しない? オーギュストが人をさらっているのは明々白々なのだろう?」

「確かにあのお方は、地位を剥奪されています。厳密に言えばもう領主ではありません」

 しかし、と青年は疲れたように続けた。

「実質、あのお方は今でもこの土地の領主なのです。表立ってはあのお方は全てを失い、ただの平民に身分を落とした、という事になってはいます。しかし、お国はその武勲を無視できなかったのでしょう。一城とこの貧しい村々をあのお方に残されました」

「お情け、って事ね」

「……そう思います。あのお方は形式上はすでに平民ですが、実際はこの貧しい村々の支配権を持たれたままなのです」

「だが、されるがままというのは……!」

「私たち村人にとって領主というのは……神にも等しい存在なのです。逆らうなんて……考えるのも恐ろしい」

 青年は両手で顔を覆った。
 抵抗した後の事を想像したのだろう、心の底から恐怖している様子だ。

「だったらよ、領主の上の偉いさんに話つけりゃいいんじゃねえか?」

「……それも無理でしょう。この村々はお国からオーギュスト様へ最後の情けとして贈られた褒美です。その時点で、見捨てられているのです」

 それでなくとも国が地方のゴタゴタにいちいち介入してくるかどうかは分からない。
 何よりも村人たちにはそんな発想なんてなかったに違いなく、思いついたとしても最初から諦めて行動しなかっただろう。
 ただひとり、依頼主の男性を除いては。

「彼だけが……『助けを求めるべきだ』と言っていました。いくらオーギュスト様といえどもこんな横暴は許されるべきではない、と……私たちは彼が恐ろしかった」

 懺悔のような独白は続く。

「たとえ何をされても私たちはただ奴隷のようにあのお方のために働き、そして耐えるしかないんです。今までだってずっとそうしてきた。だのに、今更何を言い出すのかと。焦った村人たちが村長の命を受けて、……彼を襲いました」

 マリナは小さく「やっぱり」と呟いた。
 あからさまに動揺し、カマかけに見事に引っかかった村長の言動から推測していたのだが、これで確定した。

「私はそれに加わってはいませんが、村人がそうするのを見過ごしていたのですから同じです。それでも彼はあなたがたのところへ辿りついて、助けを求めたのですね……」

「……彼は最期まで、命が尽きるその瞬間まで、子供たちの身を案じていました」

 最期を看取ったレティシアが依頼主の死に際の様子を伝えると、青年は涙ぐんだ。

「私たちのした事はやはり間違っていたのでしょうか……」

 その問いに答えを出せる者はいなかった。
 どちらを選んでいたとしても片方は死に、片方は後悔に苦しめられる。
 完璧な回答なんてないのだから。

「あらかた聞き出せたわね」

「そうだな。そろそろ行くか」

 頭を使いすぎて疲れたのか、エリックは大きく伸びをした。

「あなたがたは……やはりオーギュスト様を……」

 青年は恐れるように口をつぐんだ。

「倒すさ。おれたちは『この村を救ってほしい』と頼まれたんだ」

「諸悪の根源がはっきりしたんだもの、排除しなければ依頼達成とはいかないでしょう。話し合いで解決できたら楽ではあるけど……そう簡単にはいかないでしょうね」

「いいねぇ、国を相手に喧嘩売るっつーのは。そうそうない刺激だぜ」

「……一人で盛り上がってるところ悪いんだけど、もちろんそうならないと踏んだから言ってんのよ? オーギュストはもう領主じゃないんだし、そもそもどんな人間だろうと領民を、子供をさらって殺しているのなら極刑は免れないわ」

「こどもをさらうくるった男をすておけなかったとおりすがりの冒険者、ですの」

「でも……、本当にあのオーギュスト様を……そんな、恐ろしい」

「あなたたちは領主を慕っていたの?」

「ま、まさか。ただ、信じられないんです。逆らおうなどと考えつく人がいるなんて……私たちのような塵に等しいものが力あるものに逆らうなんて……、そんな事、あっていいんでしょうか……?」

 青年は俯いたまま恐怖に震えていた。

「私はまだ、領主様に逆らうなんて愚かな事だという気がします。けれど、もし皆さんが本当に成功したのなら……きっとそれは正しい事なのでしょうね」

 もはや洗脳に近いほど搾取される事に慣れきってしまっている。
 彼が生まれた時から、いやそれ以前からずっとこの村は虐げられ続けてきたのだろう。

「こんな状況に甘んじているのはおかしいと、間違いなのだと。皆さんが証明してはくださいませんか……」

「………………」

「ん? な、なんだよ?」

 答えを待つ青年の前にエリックが押し出された。
 エリックはすぐさま振り向くが、犯人と思しきマリナとスコットはそっぽを向いて知らんぷりしている。

「……、」

 答えろ、という事だろうか。
 半年近い付き合いになるが、彼女らはこういった場面ではいつもエリックに発言を任せている。
 今回もいつも通りなのだろう。

 ならば返してやろう、渾身の答えを。
 エリックは肺いっぱいに空気を吸い込んだ。



 『陽光を求める者たち』は領主オーギュストに与えられた古城、その地下室に降り立った。
 壁際で蝋燭の明かりがゆらゆらと揺れ、その頼りない光源が部屋を辛うじて照らしている。

 古城の規模に比べると、ごく小さな部屋だった。
 あちこちに武器やおそらくは拷問用の器具が所狭しと立てかけられている。
 床に視線を落とすと、赤黒い染料――おそらくは血液――で描かれた魔方陣が見えた。

 部屋の奥には大きな祭壇が存在感を放っている。
 その上に両手両足を縛られて転がされているのは見間違えるはずもない、村で行方を消した幼女セシルだ。
 祭壇の傍らには二人の男が佇んでいる。

「誰だ? そこにいるのは……」

 気配に気づき、冒険者たちを睨めつけたのは初老の男だった。
 艶のない長い黒髪は柳のように垂れ下がっているものの、ぎらぎらと輝く眼光までは隠しきれていない。
 身に纏っている衣服の室から、彼が領主オーギュストなのだろう。

「ふん、汚らわしい身なりだな。野盗の類だろうが、私の城に忍び込むとは命知らずな輩だ」

「祭壇への供物が増えましたな」

 領主オーギュストの傍で下卑た笑みを浮かべるのは黒色のローブを纏った男だ。
 こちらも不気味なほど生気のない顔色をしているが、瞳だけは鋭く爛々と輝いている。
 風貌から老人かと思われたが、声色はさほど歳を食っているようには聞こえない。

「このような者たちを捧げたところで悪魔もそう喜びはしますまいが、儀式の彩りにはちょうど良いでしょう」

 魔術師風の男はひび割れた唇を吊り上げて笑う。
 一方の領主オーギュストは冒険者にさして興味もないらしい。
 魔方陣上の幼女に熱っぽい視線を注いでいる。

「……血の魔方陣、それにつたない祭壇。召喚の手法がまちがいだらけですの」

 こんなもののために子供を犠牲にしていたなんて、とクロエは震えた。
 震えを押し殺すように握りしめた奥歯が軋んだ音を立てた。

「何をぶつぶつと言っている。命乞いなどしても無駄だ。私の楽しみに水を差した報いは受けてもらうぞ……」

 領主オーギュストは幼女に向けていた剣をこちらに向けようとして、はたと手を止めた。

「……子供がいるではないか! おお、それも……なんと美しい」

 異様な熱を宿した領主オーギュストの瞳は他の一切にかまわずクロエだけに向けられている。
 その視線が愛撫するかのように、クロエの髪を、瞳を、唇を、四肢を辿ってゆく。
 粘ついた視線の前に、クロエはその身を竦めた。

「おお、しかし、その美しさはすぐに失われてしまう。年齢とともにみるみる腐敗してゆくのだ……耐えられぬ! このような美をただ腐敗するに任せるなど……」

 狂気に満ちた恍惚の表情は瞬く間に刃物のような鋭さの怒りの表情へ切り替わる。
 溢れだした憤怒を抑えられないとばかりに剣の切っ先を床に叩きつけた。

「おいで。私の手でその美を永遠に留めてあげよう。この剣でその首を落として、私の寝台に飾ってあげよう。悪魔にくれてやるのはもったいない。寂しくはないぞ、毎日話をしてあげるから」

 城の一室に、幾人もの子供を攫い惨たらしく命を奪った一部始終を綴った日記があった。
 また、子供のものと思しき無数の白骨が大きなかまどにくべられていた。
 そこでは恨みと執着で現世に留まり続けていた子供の死霊に襲われた。

 子供たちがどうやって殺されたのか、どんな思いで死んでいったのかも知っている。
 領主の悪逆非道な振る舞いには同じ子供のクロエも憤慨した。
 だのに、いざ狂った領主を目の前にすると怒りよりも不気味さや得体の知れない恐さを感じた。

「――冗談ではありません!!」

 叫んだのはクロエではなかった。
 だん、とレティシアが大きく一歩踏み出す。
 震える拳を抑えつけようと固く握りしめ、爪が掌に食い込んで血が垂れている。

「いいですか、耳の穴ァかっぽじってよくよくよく聞きなさい! あなたのような俗物にくれてやるほどクロエの……いいえ、他のどの子供の身体も安くありません! たかが戦を取り上げられた程度でクソみたいにくだらない魔術の真似事に溺れて、か弱い子供をさらって自分の欲望のために黒魔術なんかの生贄にしやがって! 悪魔なんてわざわざ呼び出す必要なんかこれっぽっちもありません! 自分の顔も見た事ないんですか! 鏡がないなら貸してあげますからよぉーく目ン玉開いて見てみなさい、悪魔はあなた自身でしょうがッ! くそっ! くそおっ!! どうして私はシスターなんかやってるんですか!!! どうしてあなたのような悪魔じみた外道相手にも救いを与えなくちゃならないってんですか!!!! なんか『野盗』に斬られて無様に死んでいくのがお似合いだってんですよぉぉぉおおおおおおおおお!!!!!」

 地下室に至るまで、『陽光を求める者たち』は古城の中を一部屋ずつ探索した。
 その過程で明らかとなった領主オーギュストの非道、悪行の数々はとても人間の所業とは思えないものだった。
 積もりに積もった怒りはついにその矛先を得て、更に上乗せされた怒りが爆発した。

「あぁ、恐ろしい。人間は恐ろしいのう。妖魔よりも悪魔よりも何よりも、人間の欲望のためにこんな陰惨な事ができる人間はおっそろしいのう? さぁ、それが巡り巡ってあんたに返ってくるんじゃぜ。せいぜいあがけよ領主様。今回ばかりはド屑なわしも更にそれ以下の屑に出会えてちょっと手加減できそうにないからのう」

「……ふん」

 冒険者たちの怒りを前にしても領主オーギュストは口端を軽く上げただけだった。
 そして、もう有無を言わさぬとばかりにまっすぐ切り込んでくる。

「――変ッ身ッ!!」

 エリックは胸元の七色の七つの石を撫ぜ、光の奔流と共に『不撓の魔鎧』をその身に召喚する。
 暗色系の下地に赤いラインが走った要所に金属のガードが付いた鎧のような衣服。
 アーメットに近いが黄色い触角ような飾りのついたデザイン性の高い兜。
 一見すれば全身鎧だが、ゴテゴテした印象がまったくないスマートなデザインは、どちらかといえば仮装に近かった。
 しかしてその実態は、単純な物理・魔法に対する防御性能を付与する一種の魔具アーティファクトである。

 領主オーギュストの先制の一撃は召喚・装着されたエリックの籠手によって阻まれた。
 戦で武功を立てただけあって、さすがに手練れの様子だ。
 だが、それしきで怯むエリックではない。
 正義の味方エリック・ブレイバーは義憤を力に変えられるのだ。

「たとえどんな理由があろうが関係ねえ! テメェのやった事は絶対ぇ許せねえ!!」

 数多の戦場を潜り抜けてきた剣技は、ことごとくを『不撓の魔鎧』によって封じられた。
 否、いくら魔具であろうと斬れない道理はない。
 エリックは刃が十全に威力を発揮する角度を見極め、わずかずつずらして受ける事でその勢いを殺しているのだ。

「邪魔ですリーダー! だぁぁぁらっしゃあああぁぁぁぁぁ!!」

 片っ端から攻撃がいなされている外側からレティシアのレイピアが縫うように領主オーギュストを襲う。
 怒りによってリミッターが外れているのか、その攻めは苛烈を極める。
 ただ単純な力任せの攻撃ではない。
 攻め手はがむしゃらなくせに技のキレと鋭さは異常なまでに冴え渡っている。

「おおおおおおおおおっ!!!」

 エリックの放った【雷破】が剣を伝って領主オーギュストの身体を打ち抜いた。
 もともと気を練って生み出した稲妻だけに、その一撃のみで絶命させるには至らない。
 だが電撃を浴びれば意志とは無関係に身体は痺れ、いくら抗っても一時的にその動きを止める。

「がッ……!!」

 レティシアの操るレイピアが唸りを上げ、神速の突きが領主オーギュストの四肢を穿つ。
 領主オーギュストは地に倒れ伏した。
 手放された剣はエリックが踏みつけ、二度と彼の手に渡らないようそのまま階段のほうに蹴り飛ばした。

 ふと気が付けば、魔術師風の男のほうもすでに終わっていた。
 マリナの鋼線とガイアの斬撃を烈火のごとく浴びたのだろう、黒いローブがずたずたになっていた。
 それでも辛うじて息をしているところを見ると、どちらかが手加減したのだろう。

「う……わ、わたしも、ついに天に召される時が、来たのか……」

 まるで他人事のように領主オーギュストは嘯く。
 レティシアの突きは彼を絶命させるほどの傷を負わせていない。
 だが、これまでの悪逆非道の限りを尽くした彼の所業を許せる者などいない。
 身動きの取れない彼にとってはもう終わったも同然なのだろう。

「……何を、」

 予想外の反応だった。
 外道の最期がこんなに整っていていいはずがない。
 醜く足掻くなり、口汚く罵るなり、死の恐怖に怯えるなり、もっと相応しい反応があっていいはずだ。

「何を、きれいに死のうとしてるんですか……!」

 それが余計にレティシアの感情を逆なでる。

「数多の人の命を踏みにじって辱めておきながら! 何をだけがきれいに終わろうとしてんだ!! !!!」

 怒りで理知的な口調を捨て去ったレティシアに対し、横たわるしかできないはずの領主オーギュストは笑って見せた。
 嘲りの笑いだ。

「――ッ!!」

「レティシア!」

 エリックは咄嗟にレイピアを持つ彼女の腕を掴んだ。
 このままでは彼女は領主オーギュストを殺してしまうのは火を見るより明らかだ。
 とはいえエリック自身、何をもってこの場を収めるのかを決めきれていない。

「何のつもりです。まさか『殺すな』だとか宣うつもりじゃありませんよね?」

「……、」

「いくら馬鹿なあなたでも善悪の区別くらいつくでしょう? この男を生かしておけばまた何の罪もない無垢な幼い命が奪われていきます。それくらい理解できるでしょう? ここで止めておかねばならない事くらい分かるでしょう?」

「……分かるよ。そいつのやった事が許される事じゃねえってのも分かる。だけど、だからって殺すなんて――」

「何を言うかと思えば。正義の味方が聞いて呆れますね。……いいですか馬鹿野郎、あなたのそれは正義感でもなければ倫理観から来るものでもない。あなたはただ単に怯えているんですよ」

「怯えてなんか……おれは――!」

「だからそういうところが異常なんですよ。この男の所業は誰がどう見たって極刑モノです。あなたが守るべき弱者にでも聞いてみればいい。一〇〇人いたとして一〇〇人が情状酌量の余地なし、と答えるでしょうよ。それでもあなたはこの男を殺すべきでないと思いますか? 生かして、永遠に来やしない更生の機会を待ち続けるんですか? 性善説を唱えるのは結構ですが、他人にそれを強要しないでいただけませんか? 迷惑ですから」

 早口で捲くし立てられ、エリックは完全に言葉を飲み込んだ。
 これでもかというほどに気圧されている。

 エリックだって領主の所業には腹を立てたし、絶対に許せる事ではないとも思っている。
 それでも命まで奪ってしまうのは違う気がして最後の一歩を踏み出せない。

「まぁ、そう強く言ってやるなよ。相手は本物の馬鹿なんじゃからのう。見てるこっちが痛々しいぜ」

 その空気を打ち破ったのは意外にもスコットだった。
 しかもレティシアを宥めるような言葉を吐いている。

「知りませんよ。イライラしているところに横合いからふざけた真似されたら誰だって怒るでしょう」

「ふん。いくら正論だろうとお前さんのそれは単なる八つ当たりじゃのう。それじゃあ人の心は動かせねぇぜ?」

「何を言いたいのかさっぱり分かりません」

「要はお前さん以外の全員がってこった。お前さんにとっちゃそれが正義なんだろうが、行き過ぎた正義はもはや正義とは呼ばねぇ」

 気づけばレティシアの周りには誰もいない。
 領主に対して激しい怒りを抱いていたはずのエリックやクロエも、今は一歩引いた位置から動けなくなっている。
 あれだけたったひとつの目標に殺到していたはずなのに。

「――ッだから何だと言うのです! 誰について来てもらわなくても結構です、私が領主を殺す事には変わりはありません!!」

「そうはいかねぇんじゃよ。もはやお前さんの正義は揺らいだ。お前さんの独りよがりな正義を押し通すと言うのなら、どこぞの正義の味方とおんなじじゃのう?」

「……理解できません」

「だったらおいおい考えていけばいいんじゃねぇか? あと、何か勘違いしてるかもしんねぇが……」

 スコットはいったん言葉を切り、左手を動かして領主へ向けた。
 その手には先ほどの戦闘からずっとクロスボウが握られていた。
 必然、すでに弦は引き絞られ矢は番えてある。

「わしはこの男を許すとも生かすとも言ってねぇんだよなぁ」

 ヒュガッ、と空気を切り裂く音がした。
 一角獣のように額に矢を生やした領主は大きく跳ねるように震えた後、二度と動く事はなかった。
 タイミングを見計らったように、部屋の隅ではガイアが魔術師風の男の喉を裂いていた。
 何の打ち合わせもなかったように感じたが、二人はもともと山賊の頭と用心棒だ。
 この程度はツーカーなのだろう。

「……ッ、」

 レティシアはしてやられた、という風に唇を噛んだ。
 が、すぐにそっぽを向いて表情を隠した。
 いくら大罪人だろうと死をもって贖った相手にこれ以上の贖罪は不可能だ。
 レイピアを鞘に収め、レティシアは大きく息を吐いた。

「何か文句あるかよ正義の味方さんよぉ?」

 クロスボウを仕舞いつつ、スコットは言った。

「いや……」

「あんまり気にすんなよ。馬は馬方、適材適所ってヤツだ」

「誰かがやらなきゃならなかったって事なのかよ……」

「あの村を救ってほしいって願い、お前さんが請け負ったんじゃねぇか。もうひとつの願いを請け負ったのもお前さんじゃろ。だったら放り投げずに最後まで面倒見てやれよ」

 結局、依頼を請け負った以上は解決しなくてはならない。
 依頼主が求めたのは村を救済であり、それを叶えるためには領主の存在は絶対に無視できない要素になる。
 説得して村から手を引かせる事ができればあるいは違った結論が出たかもしれないが、現実はそうならなかった。

 領主は数多の子供たちを攫い、命を奪い、終いには村人ではないクロエの命まで己の悦楽のために奪おうとした。
 説得不能。
 その時点で冒険者としての選択肢はただひとつに絞られた。

 エリックはそれに気づけなかった。
 いや、気づいていたとしても必死に目を逸らしただろう。
 それは矜持ではない。
 傍迷惑な、ただの自侭だ。

 我を通すのであれば道を拓かなければならない。
 エリックはそれを怠った。

「……くっ!」

 エリックはがっくりと項垂れた。
 誰かが祭壇に囚われていた幼女セシルを解放した様子が、幼女が咽び泣く声が、音で伝わる。
 愚かしくも正義の味方エリック・ブレイバーは倒すべき敵を倒せず、救うべき子供すらも忘れて、ただひたすらに自分の無力を呪うしかなかった。



 幼女を家へ帰した『陽光を求める者たち』はぽつりぽつりと降り出した雨の中、帰路についていた。

「本格的に降り出す前に、雨をしのげるところが見つかればいいんだけど」

 マリナはどんよりと分厚い雲で覆われた空を見上げながら言う。

 村では宿を断られた。
 唐突に領主の支配から解き放たれた村人たちはひどく困惑していて、その元凶とも言うべき冒険者たちはにべもなく追い出される形となった。

「『夜が来るよ 雨が降るよ 早くお帰り 子供たち 人さらいが やってくる』……」

 前を行くクロエが、小石を蹴りながら老婆の家で聴いたわらべうたを歌っている。

「……気に入ったの?」

「まさかですの。ただ、すこし気になっただけですの」

 後ろを振り返り、クロエは目を細めた。

「城でみつけた日記によるとむかしの領主もにたようなことをやっていたみたいですの。このおうたは……きっとそのころに生まれたですの」

「でしょうね。それにしても、よく歌詞を覚えていたわね」

「くりかえしが多いですし、なんだか印象深くて……でも、忘れたほうがいいかもですの。大勢の子どもたちの死があったからつくられたものですし……」

「……忘れなくていいわ。覚えていてあげなさい」

「……そうですね。語り継いでいくこと、後世への警告とすること。それがきっと死んだ子たちへのはなむけになる」

 しとしとと静かに振る小雨の中、クロエの甘ったるいソプラノ声が歌を紡ぐ。
 誰もが声を出さず、わらべうたに包まれながらを黙々と歩を進める。

 ややあって小さな看板と柵が見えた。
 ここが村のはずれのようだ。

「…………」

 その傍には『陽光を求める者たち』を襲った村人の青年が立っている。
 青年の髪も衣服も、雨でじっとりと濡れている。

「ずっと待ってたの? 雨が降っているのに」

 青年は答えず、黙ったままエリックたちに向かって深く頭を垂れた。
 領主の城へ向かい無事に戻ってきた冒険者たちを見て、彼が何を思い、何を考えたのか。
 その心中は誰にも分からない。

「………………」

 雨の中へ消え行く冒険者の姿を、青年はいつまでも見送っていた。



「……なぁ」

「どうかしましたの?」

「おれにもあの歌、教えてくれよ。おれも……忘れないからさ」

 依然変わらず。
 答えは、まだ出ない。



【あとがき】
『陽光を求める者たち』、Lv4のシナリオは柚子さんの「子供狩り」です。
じっとりと重たい雰囲気の中で繰り広げられるダークなお話です。
いや、というかもうタイトルで明るい話じゃないって分かりますね!
最初に得られる情報は少ないながら、しかし冒険者たちが行動し、思考し、掴み取る事でクライマックスへ向かっていく様は、冒険者たちが『生きている』のだと実感させてくれる気がいたします。

中堅レベル向けシナリオだけあって、エネミーも大物です!
初見はそのまま、二度目は子供PCの数を増やしていきましょう、是非!

さて、今回はレティシア回でございました。
性癖暴露と共に個性爆発、といった感じにしたかったのですが、最終的にエリックが奪っていった感がありますね。
強気の戦士系お姉さんは妙な性癖を持つのが周摩家のルールですねミリア姉さん?
ともかく、彼女の『守るべきもの』は作中の通り。
エリックやガイアとも違う、彼女だけの正義があるのです。

……そしてやはり頼れるのか頼れないのか分からないけど活躍するお頭ァ!

☆今回の功労者☆
レティシア。マジギレしていたけど消化不良でごめん。

報酬:
なし

戦利品:
【誘眠の書】
【翡翠の首飾り】→売却→300sp


≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『子供狩り』(柚子様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。

『子供狩り』(1/2)  

「ほんによう降りますなあ。こないな中に雨ざらしにされたら、いくら冒険者でも病気になってしまいますじゃろ」

 白髪の老婆は人数分のシチューの皿をテーブルに並べつつ、人当たりのいい笑みを浮かべた。

「ほら、これでも食べて身体あったこうして。夕飯の残り物なんじゃがね」

「いやいや、とんでもないご馳走だ! ありがたくいただくよ!」 

 雪の季節が近いこの時期、ただでさえ雨に降られて身体が冷えているところでほこほこと湯気を立てるシチューは反則的だ。
 じっくりと煮込まれてほろほろに溶けるじゃがいもは程よい甘さを口の中に広げていく。
 今のエリックらにとっては何よりのご馳走である。

「おーいしい! からだのしんからあったまりますのよ」

 窓の外の闇は深く、雲間を窺い知る事はできない。
 先ほどから雨が強く弱く窓硝子を叩いている。

 エリックら『陽光を求める者たち』はとある依頼の帰り道で思いがけず雨に降られてしまった。
 あいにく宿など望むべくもない山中だったので雨ざらしの覚悟を決めていたところだったのだが、そんな中で一軒の小屋を見つけて訪ねたのだった。

「すみませんね、ご婦人。こんな夜更けに押しかけてきて食事まで頂いてしまって」

 ほほほ、と老婆は上品に笑う。

「困っている旅の人に閉ざす戸なんぞありませんよ。ゆっくりしておいき」

 そう言ってくれてはいるものの、ただでさえ一人暮らしの小屋だ。
 冒険者が六名も急に上がりこんでいては迷惑極まりないだろう。

 エリックは未だ雨脚強い窓の外を見やり、

「街道に出るまでおおよそ四半刻といったところか。リューンもそう遠くないな」

「おいおい。雨が降ってなきゃ、だろ」

「分かってるよ……それにしてもよく降るなぁちくしょう」

「ほんにほんに。こんな夜はあったこうして、早う寝らんと。人さらいも来てしまいますしのう」

「人さらい?」

 唐突に物騒な言葉が飛び出してきて、思わずエリックは聞き返していた。

「この辺りには野盗でも出るのか?」

 だが、よくよく考えれば有り得ない事ではないように思われる。
 人家もまばらな山中だ、そうした行為はやりやすいだろう。
 しかし老婆は黄色い歯を見せて笑った。

「おやまあ私ったら、よう考えもせんと物騒な事を口走ってもうた。この辺りではよう言うんじゃ、『夜に雨が降ると人さらいが来る』いう風に。意味なんぞない、雨が降ったときの決まり文句みたいなものじゃよ。そうそう、わらべうたにもあってのう……」

 老婆は顎に手を当てて思い出すような仕草をして、頼んでもいないのにこの地方に伝わる童謡を歌いだした。
 雨音を伴奏に、しゃがれた声が細く響き始める。

『夜が来るよ 雨が降るよ
 早くお帰り 子供たち
 人さらいが やってくる

 夜が来るよ 雨が降るよ
 振り返らずに お急ぎよ
 背中に誰かの手がのびる

 後ろをご覧 球蹴りしていた
 子供たちは どこ消えた?
 後ろをご覧 おしゃべりしていた
 子供たちは どこ消えた?

 夜が来るよ 雨が降るよ
 早くお帰り 子供たち
 人さらいが やってくる』

「……これはまたずいぶんと不気味なおうたですの。童謡にはあまり適さない気がいたしますわ」

「似たような歌なら知ってるわ。そっちでは子供をさらうのはオーガだけど」

「きっと暗くなっても遊びたがる子供を怖がらせて早く帰らせるためにあるのでしょう。よくある話です」

 遊び盛りの子供たちに業を煮やした母親たちの苦心の作、といったところか。
 道徳教育等を子供に分かりやすく伝えるための手段として童謡や童話が生まれる事もある。
 この不気味な童謡もその類かと思ったのだが、

「ほっほっほ、そんな見方もありますじゃろなあ」

「作り物ではない、と?」

「左様、私の母親が言うとった。この辺がまだ村と言ってもいいくらいじゃった昔の話でな、小さい子が何人も居のうなってしまう事件があったそうじゃ。草の根分けて探したが、ひっとりも見つからんかった。村の者も総出で、当時の領主様も冒険者を雇ってまで探したというんじゃが、結局原因は分からずじまいだったそうな。歌はその事件を踏まえておるんじゃよ」

「……それでこんなに恐ろしげな歌詞、ですか。歌の通りに人さらいか、それともオーガの仕業かもしれませんね。いずれにしろ、子供が巻き込まれる事件は痛ましいものです」

 レティシアは十字を切り、かつての被害者に祈りを捧げた。

「怖い歌じゃが、その裏には二度とそんな事を繰り返してはならんという思いを感じるのう。忘れてしまわんように歌にしたのかもしれん。人間はすぐ忘れてしまいよるからのう……」

「……そうね」

 話が一段落して、マリナは小さく息をついた。
 窓を叩く大粒の雨を見ながら、マリナは明日の天気を危ぶんでいた。
 一向に雨脚が弱まる気配はない。
 やはり雨ざらしは逃れられないかもしれない。

 ふと、雨音に混じって別の音をマリナの耳が捉えた。
 泥濘を踏みつける規則的な音、誰かがこちらへ近づいてきている。
 少し遅れてスコットが椅子に座りなおし、ガイアは刀へ手を伸ばした。

 家の出入り口が勢いよく開かれ、男が入り込んできた。
 閂がかけられていなかった事に一瞬ぎょっとしたマリナだったが、この家の主があの人当たりの良さそうな老婆だった事を思い出してため息をつく。

「はぁ……はぁ、はぁ……」

 男はずぶ濡れで荒い呼吸を繰り返している。
 身体を引きずりながら家へあがろうとしたが、精根尽き果てたようにその場へ倒れ込んでしまった。

「おやまあ、大変! すぐに湯を沸かさにゃあ。長い事雨の中にいたんじゃろ、こんなに身体が冷えてしもうて……ひっ!」

 駆け寄った老婆が息を呑んだ。
 男の腹部から、赤い滴りが染み出していたからである。
 すぐさまレティシアが傷口を検めるが、眉をしかめて首を横に振った。

「刃物で抉られて内臓がはみ出しかかっています。これでは、もう……」

「あ、ぁ……あんたたち、そのなりは……冒険者かい?」

 異常事態に立ち上がりかけたエリックを、マリナがその肩を掴んで止める。
 訝しげに振り向いたエリックに対し、マリナは無言で首を振った。
 面倒事はご免被る、という意思表示だった。

 しかしエリックはそんな事はお構いなしだ。
 マリナの手を払い除けて男に近づく。

「頼む、村を……俺の村を、救ってやってくれ……」

 男の息がひゅうひゅうと擦れだす。
 懸命に言葉を紡ごうとしているが、音にならない。

「しっかりしろ! お前の村がどうしたってんだ!?」

「こ、子供が……子供たちが……、俺は、俺なんか、俺一人の命……なんか、喜んで……捧げ……でも、子供たち……が、なんて、た、耐えられない」

 そうして喋っている間にも、床には真っ赤な血溜まりが広がっていく。
 男の目も焦点があっていない。

「村は……東に山を一つ越えたところに……こ、これを報酬に……」

 言い終える前に男の身体から力が抜け、ぴくりとも動かなくなった。
 レティシアは瞳を覗き込み、しばらく黙した後、下唇を噛み締めた。
 そして開いたままの目を閉じさせる。

 男が差し出したままの手の中には、鈍く光る首飾りがあった。
 詳しい価値は調べてみなければ分からないが、幾許かの金にはなるだろう。
 言い換えれば、報酬として機能する事になる。

「――言っておくけれど。これは正式な依頼じゃないわ。宿を通していないし詳細すら曖昧、話す前に死んじゃったもの」

「マリナ、何が言いてえんだ?」

「こんの馬鹿……、ああもういいわ。勝手にしなさい」

 呆れてため息もでないマリナは腕を組んで身を引いた。
 この自称正義の味方であれば垂涎モノの状況だ、断るはずがない。
 今回はタダ働きにはならないだけマシ、なのだろうか。

(ま、そう思って諦めるしかないわね)

 マリナは深くため息をついて、せめて雨が上がってくれる事を祈るしかなかった。



「暗くて分かり辛いけれど、向こうに人家のようなものが見えるわ」

「どれどれ……あぁ、本当だ本当だ。あれが例の村か。やっと着いたなぁオイ」

 早朝に出発した冒険者は山一つ分の長い道のりを歩き続け、ようやく目的の村を前にしていた。
 頭上には薄紫の暗雲が垂れ込め、辺りは既に夜の気配を孕んでいる。
 夕べから一晩中降り続いた雨も今は止んでいるが、いつ振りだしてもおかしくない天気だ。

「こんな天気なのに山越えなんて呆れ果てるわよまったく」

 地面のぬかるみや土砂崩れは相当なものだった。
 依頼主の男の切羽詰った様子は、村が一刻を争う事態だと告げていた。
 それ故に日中のほとんどを移動に費やしたのだが、こうして夜が近づいている現状、結果的には正解だったといえる。

「……妙じゃのう」

「あ? 何が?」

「ここまで近づくまで誰も村に気づかなかったのよ。どうしてだと思う?」

「どうして、って。こんなに暗いんじゃ気づくわけねえだろ。ここまで来てようやく家らしい輪郭が見えてきたんだからな」

「……どうしてくらいのか、ぎもんに思わないですの? この村にはあかりがついていないですのよ」

「日が沈んでからまだそう経っていないにしてもこの天気よ。明かりを点けるのが普通だと思うけれど」

 合点がいったエリックは、村の方角を睨むように見つめた。
 なるほど明かりのついた家はただの一軒もない。

 いつまでも尻込みしているわけにもいかず、エリックらは村の中へと足を踏み入れた。
 通りに人の姿は見当たらず、家々もまばらで閑散とした村だ。
 夜闇の濃さが増しているのに対し、明かりのついた家が一軒もないのが気に掛かる。

「ここに降りてくるまでは廃村である可能性も考えておったが……どうやらそりゃなさそうじゃなぁ。道に新しい足跡がある」

 スコットは演技掛かった調子で両手を広げてくるりと回る。

「生活感はある、人が住んでいる気配もある。じゃが、どこか打ち捨てられたような雰囲気があるのはなァんでじゃろうの?」

 ただ投げかけるだけの疑問の言葉だったが、誰もそれに答えられない。
 廃村というだけならまだしも、人気がないのに生活感があるというギャップが不穏な空気を醸し出していた。
 試しに手近な民家のドアを叩いてみるものの、扉が開かれる事も応えもなかった。

「待てぃ、扉の向こうに人の気配を感じる。衣擦れの音がしたぞ」

 言うが早いか、口の前に人差し指を立てたスコットは扉へと張り付く。
 しばらくして、彼は扉から離れた。

「向こうに誰かが居るのは間違いないのう。息を潜めてこちらを窺っとる様子じゃな」

「……居留守を使われているのですね」

 取り合ってくれないのでは仕方がない。
 無理やりこじ開けるわけにもいかず、エリックらはその場を離れて再び村を散策する。
 ようやく村の外れで見かけた斧を抱えた樵らしき男は、エリックらの姿を見て青ざめ、呼び止める間もなくそそくさと立ち去ってしまった。

「何なんだよ……」

 山間の村が排他的な性格をしているのは不思議な事ではない。
 だが、ここまで頑なに外部の人間との接触を避けているのは少し妙に感じる。
 
「なぁ。何か起こってる感じ、あるか?」

「見ただけで判断できるような異変はないわ」

 言いつつ、マリナは一歩身を引いた。
 隣を歩いていたレティシアはその行動に小首を傾げたが、一瞬後に意味を知る。

「――きゃっ!」

 狭い道から突然飛び出してきた小さな影がレティシアにぶつかった。
 何かと思えば、淡いクリーム色のワンピースに身を包んだ女の子である。
 どうやらマリナは敵意のない幼女が近づいてくるのを察知したのだろうが、レティシアにとっては、

「ありがとうございます!」

 そう興奮気味に叫ばずにいられなかった。
 マリナにはあからさまに嫌悪感交じりの目で見られたが、レティシアは気にしない。
 反面、幼女のほうは見る見る表情を曇らせていく。
 大きな澄んだ瞳が揺れ、今にも泣き出しそうな雰囲気だった。

「ほら、これ」

 エリックが差し出したのは年季の入った人形だった。
 幼女の表情がみるみる明るいものへと変わっていく。
 どうやらぶつかった拍子に手にしていたものを取り落としたらしく、そのまま奪われると思ったのだろうか。

「ありがとうお兄ちゃん」

「気にするな……って、痛っ、痛い! 何だよレティシア何なんだよ?」

 幼女には見えないところで地味に攻撃を受けるエリックだった。

「ねえ、お兄ちゃんたち変な格好だね。どこから来たの?」

「リューンからだよ。この村の人に頼み事をされたんだ」

 幼女は可愛らしく小首を傾げた。
 村の事情を訊ねるには、さすがに幼すぎたようだ。

「ねえお兄ちゃん、セシルと一緒に遊ぼうよ。もう一人で遊ぶのいやだよ」

 セシルと名乗った幼女はつま先立ちをしながら、エリックの袖を引いてくる。
 村の様子はほぼ死に絶えたような静けさだったし、遊び盛りの子供としては相当に退屈なのだろう。
 そして背後の完全なる死角から繰り出されるレティシアの蹴りが勢いを増した。

「ごめんな、ちょっとやらなくちゃならねえ事があるんだ。それが終わってからな」

「ほんと、ほんとに? ぜったいよ」

「ああ、ヒーローは約束を破らねえんだぜ」

 色々と破られたんだけれど、と言いたげなマリナの冷ややかな視線がエリックに突き刺さるが、エリックはへたくそな口笛を吹いてそっぽを向いた。

「ところでおじょうちゃん、村長さんのおうちがどこにあるかごぞんじありませんの? この村で一番えらい人のことですの」

「グレアムのお爺ちゃんのことね。知ってるよ、あっち」

 セシルが指した先に目をやると、木々の隙間から比較的立派な家屋の屋根が顔を出していた。
 さっきからの受け答えでも感じたが、エリックたちを騙そうとする様子は見られない。
 彼女と同い年くらいで冒険者のクロエでもここまで完璧な演技は不可能だろう。

「感謝いたしますわ。それと、もう暗いですからお子さまはおうちにおかえりなさい。人さらいがきちゃいますわよ」

「……、」

 セシルはくしゃりと顔を歪め、身体をひるがえした。
 てっきり「お前が言うな」という風なツッコミを期待していたのだが、少し様子がおかしい気がする。
 彼女は何かを知っていたのだろうか。

「さあ、とっとと村長んトコ行こうぜ。何か知ってるかもしれねえし……おいレティシア?」

「は、はいはい。行きますよ……まぁ、帰りにも会えるでしょうし。お楽しみはその時にとっておくとしますか」

「あ? 何だって?」

「気にしないでください。とっとと終わらせたいのです」

 レティシアに急かされる形で、エリックらは半ば急ぎ足で目的の村長宅を目指した。
 村長宅はちらりと覗いた屋根からも予想はついていたが、他の家々よりも少しだけ立派なつくりをしていた。
 それでも比較的に、ではあるが。

 そんな多少はきれいなドアをノックすると、初老の禿頭の男性が顔を出した。
 エリックらを値踏みするような視線で見回し、

「……何だね、あんたたちは」

 鷲を思わせる鋭い瞳でジロリと睨んできた。
 どうにも歓迎されていないらしい。

「依頼を請けて来た冒険者よ。ある人に『この村を救ってくれ』と頼まれてね。依頼人に心当たりはないかしら? 村の者だと思うのだけれど。黒髪で色白、それからこんな首飾りを持っていたわ」

 マリナが依頼人の首飾りをじゃらりと手に下げると、村長らしき男性はぎょろりとした目をいっそうむき出した。

「……さぁ、知らんな。どこの誰だね、そんな妙な依頼をしたのは」

 村長らしき男性は視線を落として言う。
 その不自然な変化をマリナは見落とさない。

「心当たりがおありのようだけれど?」

「そんな男は知らん。そもそも何の事だ、『この村を救ってくれ』だと? 見たと思うが、ここはいたって普通の村だ。わざわざ冒険者が来るようなところではない」

「ふう……そうは言うけれど、確かに頼まれたのよね。依頼人の様子も尋常じゃなかった。ずぶ濡れで、血相を変えて飛び込んできたのよ」

「知らん、知らん。その男も死に際で気が動転していたんだろう。意識が朦朧としてあらぬ事を口走ったんだ、よくある事だ」

……か。まるで見てきたように言うのね?」

 後ろのほうで、スコットが笑いをこらえきれずに噴き出した。
 クロエも目を伏せて、無言で肩をすくめる。

「あたしは依頼人が瀕死だっただなんて一言も言っていないけれど? ついでに言えば、依頼人が男だとも言っていないわ」

「………………」

「何か知っているのでしょう?」

「わ、わしは……っ、そう、単なる間違いだ。『飛び込んできた』などと言うからなんとなく死にかけだと思ったんだ、深い意味はない!」

「自称『普通の村』なのに随分と物騒な間違いするのね」

「――っ、不愉快だ! 帰ってくれっ!」

 村長らしき男性は顔を真っ赤にして勢いよくドアを閉め、すぐさま閂をかける音も聞こえてきた。

「ふん。ああまであからさまなのも珍しいわ」

「この村になにが起こっているかはまだわかりませんが、村長が一枚かんでいると見てまちがいありませんわね」

「あの様子じゃあ二枚三枚は噛んどるんじゃねぇの? 何にせよ、依頼主が瀕死だったと知っとるっつー事は奴の死に何らかの形で関わっとったんじゃねぇか」

「今の時点で結論を下すのはまだ早いわ。早々に断定すると視野を狭めるわよ」

「ま、どちらにせよ情報が要るわな。いっそ、強引に扉を破って脅迫するってぇのはどうじゃい?」

「それもありだけど」

「ありなのかよ!?」

 マリナは当然のようにエリックのツッコミをスルーした。
 話の腰を折られるのを嫌ったというのもあるが、普段が非常識のカタマリのような男に常識を諭されたような気がして腹が立ったのだ。

「最後の手段よ。怪しいというだけで村長が関わっている物的証拠はないもの。いっそこちらを攻撃でもしてくれれば正当に実力行使に出られるのだけれど」

 ぱき、と指を鳴らしてマリナは物騒な事を言ってのける。
 確かにそれが一番手っ取り早いだろうが、いくらなんでもむちゃくちゃだ。

「……まったく、そういうとっぴな発言はリーダーだけにしてほしいですの」

 誰にも聴こえないように呟いてから、クロエは来た道を引き返していく。



「む、あの子のにおいがします」

「……どうしたレティシア、何か変なモンでも食ったのか?」

「違いますよ失礼な。ほら、あそこに」

 レティシアが指した先には、先ほど会ったセシルという幼女が持っていた人形が落ちていた。
 先ほどは観察する余裕もなかったが、こうして見ると薄汚れてボロボロになっているのが分かる。
 山間の貧しい村では良くある事だ。

「あらら、何度もおとすなんて物もちのわるい子ですの」

「そう言ってやるなよお姫さん。どうやらわざとじゃあないらしいぜ」

「はぁ?」

「馬の蹄」

 スコットは地面にしゃがみこんだまま立ち上がらず、

「見ろよ、人形が落ちてた周囲には蹄の跡がある。ほら、点々とあっちへ続いてるじゃろ」

「……ほんとですの。でも、たんなる野生馬ではないですの?」

「装蹄されとるんじゃよ、野生馬じゃあねぇ。それに、随分と大きな馬だぜ。大人の男じゃないと乗りこなすのは難しいんじゃねぇか?」

「精査は済んでいるの?」

「ああ、蹄の跡は向こうの茂みのほうからこちらへ一直線。そして、ちょうど人形のあった場所で折り返しておる」

「つまりあの子がさらわれた、と」

「あの幼女の家が村はずれにある。装蹄済みの馬で送迎する。人形を落としても気づかない。そういう性質じゃなけりゃそう考えるのが妥当じゃろなぁ」

 それに、とスコットは続ける。

「依頼主が死に際に言っておったじゃろ、子供が云々とな。わしにはどうにも繋がっておるように思えてしょうがない」

「跡、追えますか!?」

「おお、なんじゃいきなりやる気出しやがって……まぁわしにかかりゃあこんなの楽勝じゃ。午前中に降った雨のおかげで地面柔らけぇからな」

 そう会話を続けている間にもスコットは足跡を追っていたらしく、言い終えた時にはもうその視線を水平に戻していた。

「森のほうへ向かっておるな」

「よし、行きますよ!」

「……間違っちゃいないのだけれど、薄気味悪いわね。やる気に満ち溢れるレティシアが」

「うるさいですね! 幼女が私を待っているのです!」

「のう、マリナ。もしかして、っつーか間違いなくこやつ……」

「あたしに答えを求めないでよ。成人してて良かったって喜びを噛み締めているところなんだから」

 つまり、レティシアは『そういう人』だったという事だ。
 『大いなる日輪亭』には幼女趣味疑惑が持ち上がっているレギウスという冒険者がいる――なお、彼は強く否定している――が、そんな彼をステラやクロエといった幼い女の子が慕う様をまるで親の仇のように眺めるレティシアという図はそう珍しいものではなかった。

「……なにやら身のきけんをかんじますの」

「あんた、しばらく大人しくしておいたほうがいいんじゃない?」

「うう……リーダー、背中にかくれさせてくださいですの……」

 じりじりとレティシアから距離を取るクロエだった。
 もしかしたら心当たりがあったのかもしれない。

「あぁ、もう。とっとと行くわよ」

 スコットとそれを護衛するような立ち位置のガイアを先頭に、エリックらは森を進んでいく。
 足跡を調査しつつ進むスコットをやたらと急かすレティシアにガイアが得物を抜きかける事態も発生したものの、どうにかマリナとエリックで宥めた。
 しばらくは順調に進んでいたが、泉に近づいた辺りでスコットが「うげっ」と唸った。

「他の動物の足跡が多すぎてダメじゃなこりゃあ、紛れちまっとる」

「完全に?」

「完全にじゃい。どうやらここは森の動物たちの水飲み場みてぇじゃからのう」

 億劫そうに膝を叩いて立ち上がり、スコットはため息をついた。

「つーかやべぇよ。動物の足跡ン中に割とでけぇの混じって……」

 スコットが言いかけると、傍の茂みになにかの影がうごめいた。
 長身のスコットよりもひと回りもふた回りも巨大な、黒々とした体毛のグリズリーだ。
 口元が引きつったスコットの姿をみとめ、ずんぐりとした巨体を伸び上がらせる。

「……噂をすれば何とやら、って奴かの?」

 縄張りを荒らされたと思ったのか、グリズリーは牙をむき出して威嚇の雄叫びを上げた。


To Be Continued...  Next→

(△お好みの文字サイズになるまでクリックしてください)

周摩

Author:周摩
しがないリプレイ書きのブログです。

Info.
当ブログはリンクフリーです。報告は不要ですが、あれば相互リンクさせていただきたいと思います。

周摩のシナリオはこちらへどうぞ。

QRコード