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リプレイ記:陽光を求める者たちの記事一覧

『子供狩り』(2/2)  

「……やー、やっぱ便利じゃのう。電撃」

「おお? なんだよいきなり」

「グリズリー相手じゃあわしのクロスボウもマリナの鋼線もレティシアのレイピアだって通らねえんだぜ? 死人が出てねえだけで奇跡よ」

「おれはボロボロだけどな!」

 グリズリーの巨体と分厚い毛皮は生半可な攻撃を通さない。
 基本的には対人装備であるスコット、マリナ、レティシアにとっては天敵とも言い換える事ができる相手である。
 反面、エリックが操る気孔術は多少の距離は無視できる技もあり、いくら強靭な肉体でも電撃は体内を通るため意味を成さない。
 そして彼の纏う『不撓の魔鎧』は堅固な防御力を誇り、グリズリーの一撃を受けられる唯一の存在である事から見事に盾としてこき使われたのだった。

「しっかし、これからどうするよ」

「手がかりがなくちゃ話にならないわ」

「こうなりゃ無理やりにでも村長の口を割ったほうが手っ取り早い気がするぜ」

「口を割らせるのは村長じゃなくてもいいわ。村人もある程度は事情を知っているはずよ」

「どうしてそう言い切れるのです?」

「『隣家の子供が風邪をひいた』程度の話が村中の噂になるのが田舎の性質よ。こんな閉鎖的な村で何か異常が起こったとしたら一人で事情を隠し通すのは至難の業だし、それも子供ひとりが姿を消すような事件よ。知らないはずがないわ」

「だな。こうした片田舎じゃ横のつながりが強ぇモンだからな」

 スコットが後を引きついで「貧困と戦うために仕方なくそうなってる部分もあるんじゃがなぁ」と補足する。

「あの女の子の事を考えるとあまり時間はない」

「急ぎましょう! 何が何でも口を割らせるのです! たとえどんな非道を行おうとも!!」

「あんた本当に聖職者なの?」

 マリナの呆れ果てたツッコミを無視して、レティシアはずんずんと森を進みだす。
 その方針には賛成なのだが、彼女が言うととても危険な香りがしそうで怖い。

「……お頭、半歩こちらへ」

「うむ」

 ガイアの短い忠告を受けてスコットがきっちり半歩分の距離を引いた瞬間、横合いの茂みから何かが飛来してエリックらを襲った。
 しかしそれらは誰にもかすりもせず地面に突き立つだけにとどまった。
 三本の、つくりが粗い矢だ。

「誰です!」

 即座に反応したレティシアが茂みに分け入ると、遠方で三つの人影が木々を揺らして駆け去ったところだった。
 その身なりから、おそらく村の人間である可能性が高い。

「おい小僧、避ける意味あったかこれ」

「……泥が跳ねます」

「今更泥汚れくらい気にしねぇんじゃが……まぁいい。ようやった」

「どうでもいいから追いますよ、早く! 今なら追いつけるんですから!!」

 声を張り上げながら疾走していくレティシアの後を、呆れた様子でエリックたちがついていく。
 先の一撃で村人たちの技量は知れた。
 レティシア一人が乗り込んでもどうにでもなるほどの力量差があるだろう。
 しかし、今の彼女を放っておくと何が起こるか想像できず、彼女の暴走を押しとどめるために足を速めざるを得なかった。

 ややあって、先行するレティシアが足を止めた。
 その先には村人らしき青年が足をかばうようにして蹲っている。
 おそらく足元の木の根に引っ掛けて逃げ遅れたのだろう。
 その手には弓もあり、彼がさっきの襲撃者である事は疑いようがない。

「なっとらんのう、まったくなっとらん。襲撃時に最も気を揉むべきは逃走ルートじゃろうが。一矢のみに留めて即座に撤退する作戦だけは褒めてやるが、それにしても地の利を活かさんとはどういう――」

「ろくでもない情報吹き込んでんじゃないわよ」

「……あなたにはききたいことが山ほどありますの」

 いつものノリで漫才じみたやりとりを始める二人を尻目に、クロエが一歩前に出て言った。
 しかし青年は固く口を閉ざしたまま何も言わない。
 すっかり周りを囲まれてしまったため冷や汗をかいている様子だが、思いのほか口が堅いようだ。

「どきなさいクロエ。あんたじゃ荷が勝つわ」

 どう見ても組し易そうなクロエを下がらせて、マリナは不敵に口の端を吊り上げる。
 すでに尋問は始まっているのだ。

「大人しく吐いてくれないと痛い目を見る事になるわ。どんな風に痛い目を見るか……知りたい?」

「……ふん、あんたたちになんか話す事は何もないね」

「冒険者なんてやっていると色んな知識が身につくものよ。たとえば、どんなに鍛えても痛みへの耐性をつけられない場所っていうのが人間の身体にはあるんだ、って事とか」

「……っ!」

「指と爪の間、眼球、足の裏。そんな場所を責められたら大の大人でさえ泣き叫ぶそうよ。こんな知識を仕入れたところで使う予定がなかったんだけれど……あんた、試してみる?」

 青年の顔に怯えが走った。
 後ずさろうとするが、背後に回ったガイアがそれを許さない。

「おう、おう。やったれ女王様。サディスティックな鞭捌き見せてくれや」

「鞭なんて要らないわ」

 煽るスコットに乗って、マリナはあえて青年の足元から小枝を拾った。

「ほら、この木の枝、自然に折れたはずなのにこんなに鋭利。これで皮膚の薄いところをやられたらどんな風になるかしら。ねぇ、気にならない?」

 これでもかというほどの猫なで声で、マリナは薄い笑みを浮かべて青年に迫った。

 その手に持った小枝はまるでナイフのような鋭さを見せる。
 これにはたまらず青年は声にならない悲鳴を上げて、必死に首を左右に振った。

「そう、興味ないの? でも、あたしは気になるわ」

 マリナを見上げる青年の瞳に恐怖が刻まれている。
 雪の降る時期だというのにこめかみをじっとりと濡らした汗がぽたり、ぽたり、伝い落ちていく。
 いつ泣き出してもおかしくないほどに、だ。

「まぁ待てマリナ。そう脅かしてちゃ話ができないだろ」

 割って入ったのはエリックだった。
 マリナは意地の悪い笑みをすぐさま引っ込めて、手中の小枝を放り捨てて身を引く。
 らしくない素直さだが、こうした激しい尋問をしていけばいずれエリックが割り込んでくるのは想定済みだったのだろう。

「おれは平和的に話し合いができればそれに越した事はないと思ってんだ。村人もなるべくなら傷つけたくない。だから、話してくれねえか? おれたちを襲撃した理由と、この村にいま何が起こっているのかを」

「そうすれば危害は加えないと約束するわ」

「……、……ほ、本当に?」

 マリナが頷くと、青年の瞳にわずかに迷いが生じた。
 しっかりと揺さぶられた青年は、ついさっきまでの頑なな雰囲気を完全に失っている。

「むしろ、おれたちは村の人たちを助けに来てんだよ。ついさっき、セシルという女の子が姿を消した。心当たりあるか?」

「……っ!」

 青年が息を呑むのが分かった。
 見事に釣れたとマリナは青年に見えないようにほくそ笑む。

「この村の女の子よ、知らないはずがないわよね? 彼女の持っていた人形だけが置き去りにされていたわ。この村に起こっている事と無関係じゃないんでしょう。あの子の身を案じる気持ちが少しでもあるのなら、協力なさい」

「……、」

 明らかに動揺の色を隠しきれていない青年は、今度は脂汗を流し始めた。
 憂いを帯びた目を地面に落とし、諦めたようなため息を漏らす。
 マリナは聞こえないように小さく息を吐いて、エリックの肩に手を置いてGOサインを出す。

「おれたちはこの村を助けるようにって依頼を請けて来たんだ。村のためを思うのなら、協力してくれ。力の及ぶ限り、いや! 何があってもお前たちを助けると約束するぜ!」

 最後の一押しは、エリック風の言葉にするならば『正義の一押し』だった。
 青年は長い間うつむき、葛藤している様子だったが、やがて顔をあげるとついに深く頷いた。

「分かりました。あなたがたを信じて、お話します。どうかこの村を、子供たちを……セシルを救ってあげてください」

 青年の瞳に嘘がない事を確認して、一仕事を終えたマリナは近くの木の幹に背を預けた。
 それを契機に青年を囲んでいた輪が少しだけ広がる。
 あくまで少しだけなのは尋問を終えても周囲の警戒を怠っていない証だった。

「まず、あなたがたを襲った事をお詫びします。いつもつるんでいる若者たちであなたがたを追い返そうと企んでやった事です。冒険者の干渉など、事態を悪くするだけだと思い……」

「事態の悪化ねぇ。という事は、やっぱりこの村では何かが起こっているわけね?」

「皆さんもすでにお気づきのようですが……子供がさらわれています。時期は、そう、一昨年の秋頃からでしょうか」

「そんなに以前から? という事は……」

「ええ、さらわれたのはセシルだけではありません。近隣の村を合わせれば数えるのも馬鹿らしいほどになります。」

 ぎり、と奥歯が噛み締められた音がした。
 それはレティシアからだっただろうか、エリックからだっただろうか。
 あるいは両方だっただろうか。

「私たちは子供がさらわれていくのを手をこまねいて見ているほかありませんでした。……ええ、本当に文字通り見ていた事さえあったのです。あのお方は、はばかる事なく堂々と子供を連れてゆかれましたから……」

「……なんだかいやな予感がいたしますわ」

「子供たちをさらっていくのは……、この土地の領主、オーギュスト様なのです」

 クロエは嫌な予感が当たった事で頭を抱えた。
 土地を治めるべき領主がこのような悪事を働いているなんて呆れかえるばかりだ。

「オーギュスト様はとにかく蛮勇で知られたお方でした。敵対した国では『戦場であのお方の姿を見たら生き残れない』という噂までが囁かれたそうです」

「噂ってのは尾ひれがつくもんじゃがのう?」

 言いつつ、スコットはマリナの様子を伺った。
 マリナの返答はない。
 さすがにそこまでの情報がなかったのだろうか。

「先頃、オーギュスト様の弟君が乱心して国王に切りかかったかどで処刑され、オーギュスト様も地位を剥奪され、財産の多くを没収されてしまいました。いくつか所持されていた城も、情けのようにひとつ残されたのみです」

「……凋落のショックで気が触れちまったのかねぇ」

「オーギュスト様がどうしてこのような事をされるのか、私たちには分かりません。私たちが知っているのは、あの城に連れてゆかれて帰ってきた子供はただの一人もいない、という事だけ……」

「そこまでされていながら、何故抵抗しない? オーギュストが人をさらっているのは明々白々なのだろう?」

「確かにあのお方は、地位を剥奪されています。厳密に言えばもう領主ではありません」

 しかし、と青年は疲れたように続けた。

「実質、あのお方は今でもこの土地の領主なのです。表立ってはあのお方は全てを失い、ただの平民に身分を落とした、という事になってはいます。しかし、お国はその武勲を無視できなかったのでしょう。一城とこの貧しい村々をあのお方に残されました」

「お情け、って事ね」

「……そう思います。あのお方は形式上はすでに平民ですが、実際はこの貧しい村々の支配権を持たれたままなのです」

「だが、されるがままというのは……!」

「私たち村人にとって領主というのは……神にも等しい存在なのです。逆らうなんて……考えるのも恐ろしい」

 青年は両手で顔を覆った。
 抵抗した後の事を想像したのだろう、心の底から恐怖している様子だ。

「だったらよ、領主の上の偉いさんに話つけりゃいいんじゃねえか?」

「……それも無理でしょう。この村々はお国からオーギュスト様へ最後の情けとして贈られた褒美です。その時点で、見捨てられているのです」

 それでなくとも国が地方のゴタゴタにいちいち介入してくるかどうかは分からない。
 何よりも村人たちにはそんな発想なんてなかったに違いなく、思いついたとしても最初から諦めて行動しなかっただろう。
 ただひとり、依頼主の男性を除いては。

「彼だけが……『助けを求めるべきだ』と言っていました。いくらオーギュスト様といえどもこんな横暴は許されるべきではない、と……私たちは彼が恐ろしかった」

 懺悔のような独白は続く。

「たとえ何をされても私たちはただ奴隷のようにあのお方のために働き、そして耐えるしかないんです。今までだってずっとそうしてきた。だのに、今更何を言い出すのかと。焦った村人たちが村長の命を受けて、……彼を襲いました」

 マリナは小さく「やっぱり」と呟いた。
 あからさまに動揺し、カマかけに見事に引っかかった村長の言動から推測していたのだが、これで確定した。

「私はそれに加わってはいませんが、村人がそうするのを見過ごしていたのですから同じです。それでも彼はあなたがたのところへ辿りついて、助けを求めたのですね……」

「……彼は最期まで、命が尽きるその瞬間まで、子供たちの身を案じていました」

 最期を看取ったレティシアが依頼主の死に際の様子を伝えると、青年は涙ぐんだ。

「私たちのした事はやはり間違っていたのでしょうか……」

 その問いに答えを出せる者はいなかった。
 どちらを選んでいたとしても片方は死に、片方は後悔に苦しめられる。
 完璧な回答なんてないのだから。

「あらかた聞き出せたわね」

「そうだな。そろそろ行くか」

 頭を使いすぎて疲れたのか、エリックは大きく伸びをした。

「あなたがたは……やはりオーギュスト様を……」

 青年は恐れるように口をつぐんだ。

「倒すさ。おれたちは『この村を救ってほしい』と頼まれたんだ」

「諸悪の根源がはっきりしたんだもの、排除しなければ依頼達成とはいかないでしょう。話し合いで解決できたら楽ではあるけど……そう簡単にはいかないでしょうね」

「いいねぇ、国を相手に喧嘩売るっつーのは。そうそうない刺激だぜ」

「……一人で盛り上がってるところ悪いんだけど、もちろんそうならないと踏んだから言ってんのよ? オーギュストはもう領主じゃないんだし、そもそもどんな人間だろうと領民を、子供をさらって殺しているのなら極刑は免れないわ」

「こどもをさらうくるった男をすておけなかったとおりすがりの冒険者、ですの」

「でも……、本当にあのオーギュスト様を……そんな、恐ろしい」

「あなたたちは領主を慕っていたの?」

「ま、まさか。ただ、信じられないんです。逆らおうなどと考えつく人がいるなんて……私たちのような塵に等しいものが力あるものに逆らうなんて……、そんな事、あっていいんでしょうか……?」

 青年は俯いたまま恐怖に震えていた。

「私はまだ、領主様に逆らうなんて愚かな事だという気がします。けれど、もし皆さんが本当に成功したのなら……きっとそれは正しい事なのでしょうね」

 もはや洗脳に近いほど搾取される事に慣れきってしまっている。
 彼が生まれた時から、いやそれ以前からずっとこの村は虐げられ続けてきたのだろう。

「こんな状況に甘んじているのはおかしいと、間違いなのだと。皆さんが証明してはくださいませんか……」

「………………」

「ん? な、なんだよ?」

 答えを待つ青年の前にエリックが押し出された。
 エリックはすぐさま振り向くが、犯人と思しきマリナとスコットはそっぽを向いて知らんぷりしている。

「……、」

 答えろ、という事だろうか。
 半年近い付き合いになるが、彼女らはこういった場面ではいつもエリックに発言を任せている。
 今回もいつも通りなのだろう。

 ならば返してやろう、渾身の答えを。
 エリックは肺いっぱいに空気を吸い込んだ。



 『陽光を求める者たち』は領主オーギュストに与えられた古城、その地下室に降り立った。
 壁際で蝋燭の明かりがゆらゆらと揺れ、その頼りない光源が部屋を辛うじて照らしている。

 古城の規模に比べると、ごく小さな部屋だった。
 あちこちに武器やおそらくは拷問用の器具が所狭しと立てかけられている。
 床に視線を落とすと、赤黒い染料――おそらくは血液――で描かれた魔方陣が見えた。

 部屋の奥には大きな祭壇が存在感を放っている。
 その上に両手両足を縛られて転がされているのは見間違えるはずもない、村で行方を消した幼女セシルだ。
 祭壇の傍らには二人の男が佇んでいる。

「誰だ? そこにいるのは……」

 気配に気づき、冒険者たちを睨めつけたのは初老の男だった。
 艶のない長い黒髪は柳のように垂れ下がっているものの、ぎらぎらと輝く眼光までは隠しきれていない。
 身に纏っている衣服の室から、彼が領主オーギュストなのだろう。

「ふん、汚らわしい身なりだな。野盗の類だろうが、私の城に忍び込むとは命知らずな輩だ」

「祭壇への供物が増えましたな」

 領主オーギュストの傍で下卑た笑みを浮かべるのは黒色のローブを纏った男だ。
 こちらも不気味なほど生気のない顔色をしているが、瞳だけは鋭く爛々と輝いている。
 風貌から老人かと思われたが、声色はさほど歳を食っているようには聞こえない。

「このような者たちを捧げたところで悪魔もそう喜びはしますまいが、儀式の彩りにはちょうど良いでしょう」

 魔術師風の男はひび割れた唇を吊り上げて笑う。
 一方の領主オーギュストは冒険者にさして興味もないらしい。
 魔方陣上の幼女に熱っぽい視線を注いでいる。

「……血の魔方陣、それにつたない祭壇。召喚の手法がまちがいだらけですの」

 こんなもののために子供を犠牲にしていたなんて、とクロエは震えた。
 震えを押し殺すように握りしめた奥歯が軋んだ音を立てた。

「何をぶつぶつと言っている。命乞いなどしても無駄だ。私の楽しみに水を差した報いは受けてもらうぞ……」

 領主オーギュストは幼女に向けていた剣をこちらに向けようとして、はたと手を止めた。

「……子供がいるではないか! おお、それも……なんと美しい」

 異様な熱を宿した領主オーギュストの瞳は他の一切にかまわずクロエだけに向けられている。
 その視線が愛撫するかのように、クロエの髪を、瞳を、唇を、四肢を辿ってゆく。
 粘ついた視線の前に、クロエはその身を竦めた。

「おお、しかし、その美しさはすぐに失われてしまう。年齢とともにみるみる腐敗してゆくのだ……耐えられぬ! このような美をただ腐敗するに任せるなど……」

 狂気に満ちた恍惚の表情は瞬く間に刃物のような鋭さの怒りの表情へ切り替わる。
 溢れだした憤怒を抑えられないとばかりに剣の切っ先を床に叩きつけた。

「おいで。私の手でその美を永遠に留めてあげよう。この剣でその首を落として、私の寝台に飾ってあげよう。悪魔にくれてやるのはもったいない。寂しくはないぞ、毎日話をしてあげるから」

 城の一室に、幾人もの子供を攫い惨たらしく命を奪った一部始終を綴った日記があった。
 また、子供のものと思しき無数の白骨が大きなかまどにくべられていた。
 そこでは恨みと執着で現世に留まり続けていた子供の死霊に襲われた。

 子供たちがどうやって殺されたのか、どんな思いで死んでいったのかも知っている。
 領主の悪逆非道な振る舞いには同じ子供のクロエも憤慨した。
 だのに、いざ狂った領主を目の前にすると怒りよりも不気味さや得体の知れない恐さを感じた。

「――冗談ではありません!!」

 叫んだのはクロエではなかった。
 だん、とレティシアが大きく一歩踏み出す。
 震える拳を抑えつけようと固く握りしめ、爪が掌に食い込んで血が垂れている。

「いいですか、耳の穴ァかっぽじってよくよくよく聞きなさい! あなたのような俗物にくれてやるほどクロエの……いいえ、他のどの子供の身体も安くありません! たかが戦を取り上げられた程度でクソみたいにくだらない魔術の真似事に溺れて、か弱い子供をさらって自分の欲望のために黒魔術なんかの生贄にしやがって! 悪魔なんてわざわざ呼び出す必要なんかこれっぽっちもありません! 自分の顔も見た事ないんですか! 鏡がないなら貸してあげますからよぉーく目ン玉開いて見てみなさい、悪魔はあなた自身でしょうがッ! くそっ! くそおっ!! どうして私はシスターなんかやってるんですか!!! どうしてあなたのような悪魔じみた外道相手にも救いを与えなくちゃならないってんですか!!!! なんか『野盗』に斬られて無様に死んでいくのがお似合いだってんですよぉぉぉおおおおおおおおお!!!!!」

 地下室に至るまで、『陽光を求める者たち』は古城の中を一部屋ずつ探索した。
 その過程で明らかとなった領主オーギュストの非道、悪行の数々はとても人間の所業とは思えないものだった。
 積もりに積もった怒りはついにその矛先を得て、更に上乗せされた怒りが爆発した。

「あぁ、恐ろしい。人間は恐ろしいのう。妖魔よりも悪魔よりも何よりも、人間の欲望のためにこんな陰惨な事ができる人間はおっそろしいのう? さぁ、それが巡り巡ってあんたに返ってくるんじゃぜ。せいぜいあがけよ領主様。今回ばかりはド屑なわしも更にそれ以下の屑に出会えてちょっと手加減できそうにないからのう」

「……ふん」

 冒険者たちの怒りを前にしても領主オーギュストは口端を軽く上げただけだった。
 そして、もう有無を言わさぬとばかりにまっすぐ切り込んでくる。

「――変ッ身ッ!!」

 エリックは胸元の七色の七つの石を撫ぜ、光の奔流と共に『不撓の魔鎧』をその身に召喚する。
 暗色系の下地に赤いラインが走った要所に金属のガードが付いた鎧のような衣服。
 アーメットに近いが黄色い触角ような飾りのついたデザイン性の高い兜。
 一見すれば全身鎧だが、ゴテゴテした印象がまったくないスマートなデザインは、どちらかといえば仮装に近かった。
 しかしてその実態は、単純な物理・魔法に対する防御性能を付与する一種の魔具アーティファクトである。

 領主オーギュストの先制の一撃は召喚・装着されたエリックの籠手によって阻まれた。
 戦で武功を立てただけあって、さすがに手練れの様子だ。
 だが、それしきで怯むエリックではない。
 正義の味方エリック・ブレイバーは義憤を力に変えられるのだ。

「たとえどんな理由があろうが関係ねえ! テメェのやった事は絶対ぇ許せねえ!!」

 数多の戦場を潜り抜けてきた剣技は、ことごとくを『不撓の魔鎧』によって封じられた。
 否、いくら魔具であろうと斬れない道理はない。
 エリックは刃が十全に威力を発揮する角度を見極め、わずかずつずらして受ける事でその勢いを殺しているのだ。

「邪魔ですリーダー! だぁぁぁらっしゃあああぁぁぁぁぁ!!」

 片っ端から攻撃がいなされている外側からレティシアのレイピアが縫うように領主オーギュストを襲う。
 怒りによってリミッターが外れているのか、その攻めは苛烈を極める。
 ただ単純な力任せの攻撃ではない。
 攻め手はがむしゃらなくせに技のキレと鋭さは異常なまでに冴え渡っている。

「おおおおおおおおおっ!!!」

 エリックの放った【雷破】が剣を伝って領主オーギュストの身体を打ち抜いた。
 もともと気を練って生み出した稲妻だけに、その一撃のみで絶命させるには至らない。
 だが電撃を浴びれば意志とは無関係に身体は痺れ、いくら抗っても一時的にその動きを止める。

「がッ……!!」

 レティシアの操るレイピアが唸りを上げ、神速の突きが領主オーギュストの四肢を穿つ。
 領主オーギュストは地に倒れ伏した。
 手放された剣はエリックが踏みつけ、二度と彼の手に渡らないようそのまま階段のほうに蹴り飛ばした。

 ふと気が付けば、魔術師風の男のほうもすでに終わっていた。
 マリナの鋼線とガイアの斬撃を烈火のごとく浴びたのだろう、黒いローブがずたずたになっていた。
 それでも辛うじて息をしているところを見ると、どちらかが手加減したのだろう。

「う……わ、わたしも、ついに天に召される時が、来たのか……」

 まるで他人事のように領主オーギュストは嘯く。
 レティシアの突きは彼を絶命させるほどの傷を負わせていない。
 だが、これまでの悪逆非道の限りを尽くした彼の所業を許せる者などいない。
 身動きの取れない彼にとってはもう終わったも同然なのだろう。

「……何を、」

 予想外の反応だった。
 外道の最期がこんなに整っていていいはずがない。
 醜く足掻くなり、口汚く罵るなり、死の恐怖に怯えるなり、もっと相応しい反応があっていいはずだ。

「何を、きれいに死のうとしてるんですか……!」

 それが余計にレティシアの感情を逆なでる。

「数多の人の命を踏みにじって辱めておきながら! 何をだけがきれいに終わろうとしてんだ!! !!!」

 怒りで理知的な口調を捨て去ったレティシアに対し、横たわるしかできないはずの領主オーギュストは笑って見せた。
 嘲りの笑いだ。

「――ッ!!」

「レティシア!」

 エリックは咄嗟にレイピアを持つ彼女の腕を掴んだ。
 このままでは彼女は領主オーギュストを殺してしまうのは火を見るより明らかだ。
 とはいえエリック自身、何をもってこの場を収めるのかを決めきれていない。

「何のつもりです。まさか『殺すな』だとか宣うつもりじゃありませんよね?」

「……、」

「いくら馬鹿なあなたでも善悪の区別くらいつくでしょう? この男を生かしておけばまた何の罪もない無垢な幼い命が奪われていきます。それくらい理解できるでしょう? ここで止めておかねばならない事くらい分かるでしょう?」

「……分かるよ。そいつのやった事が許される事じゃねえってのも分かる。だけど、だからって殺すなんて――」

「何を言うかと思えば。正義の味方が聞いて呆れますね。……いいですか馬鹿野郎、あなたのそれは正義感でもなければ倫理観から来るものでもない。あなたはただ単に怯えているんですよ」

「怯えてなんか……おれは――!」

「だからそういうところが異常なんですよ。この男の所業は誰がどう見たって極刑モノです。あなたが守るべき弱者にでも聞いてみればいい。一〇〇人いたとして一〇〇人が情状酌量の余地なし、と答えるでしょうよ。それでもあなたはこの男を殺すべきでないと思いますか? 生かして、永遠に来やしない更生の機会を待ち続けるんですか? 性善説を唱えるのは結構ですが、他人にそれを強要しないでいただけませんか? 迷惑ですから」

 早口で捲くし立てられ、エリックは完全に言葉を飲み込んだ。
 これでもかというほどに気圧されている。

 エリックだって領主の所業には腹を立てたし、絶対に許せる事ではないとも思っている。
 それでも命まで奪ってしまうのは違う気がして最後の一歩を踏み出せない。

「まぁ、そう強く言ってやるなよ。相手は本物の馬鹿なんじゃからのう。見てるこっちが痛々しいぜ」

 その空気を打ち破ったのは意外にもスコットだった。
 しかもレティシアを宥めるような言葉を吐いている。

「知りませんよ。イライラしているところに横合いからふざけた真似されたら誰だって怒るでしょう」

「ふん。いくら正論だろうとお前さんのそれは単なる八つ当たりじゃのう。それじゃあ人の心は動かせねぇぜ?」

「何を言いたいのかさっぱり分かりません」

「要はお前さん以外の全員がってこった。お前さんにとっちゃそれが正義なんだろうが、行き過ぎた正義はもはや正義とは呼ばねぇ」

 気づけばレティシアの周りには誰もいない。
 領主に対して激しい怒りを抱いていたはずのエリックやクロエも、今は一歩引いた位置から動けなくなっている。
 あれだけたったひとつの目標に殺到していたはずなのに。

「――ッだから何だと言うのです! 誰について来てもらわなくても結構です、私が領主を殺す事には変わりはありません!!」

「そうはいかねぇんじゃよ。もはやお前さんの正義は揺らいだ。お前さんの独りよがりな正義を押し通すと言うのなら、どこぞの正義の味方とおんなじじゃのう?」

「……理解できません」

「だったらおいおい考えていけばいいんじゃねぇか? あと、何か勘違いしてるかもしんねぇが……」

 スコットはいったん言葉を切り、左手を動かして領主へ向けた。
 その手には先ほどの戦闘からずっとクロスボウが握られていた。
 必然、すでに弦は引き絞られ矢は番えてある。

「わしはこの男を許すとも生かすとも言ってねぇんだよなぁ」

 ヒュガッ、と空気を切り裂く音がした。
 一角獣のように額に矢を生やした領主は大きく跳ねるように震えた後、二度と動く事はなかった。
 タイミングを見計らったように、部屋の隅ではガイアが魔術師風の男の喉を裂いていた。
 何の打ち合わせもなかったように感じたが、二人はもともと山賊の頭と用心棒だ。
 この程度はツーカーなのだろう。

「……ッ、」

 レティシアはしてやられた、という風に唇を噛んだ。
 が、すぐにそっぽを向いて表情を隠した。
 いくら大罪人だろうと死をもって贖った相手にこれ以上の贖罪は不可能だ。
 レイピアを鞘に収め、レティシアは大きく息を吐いた。

「何か文句あるかよ正義の味方さんよぉ?」

 クロスボウを仕舞いつつ、スコットは言った。

「いや……」

「あんまり気にすんなよ。馬は馬方、適材適所ってヤツだ」

「誰かがやらなきゃならなかったって事なのかよ……」

「あの村を救ってほしいって願い、お前さんが請け負ったんじゃねぇか。もうひとつの願いを請け負ったのもお前さんじゃろ。だったら放り投げずに最後まで面倒見てやれよ」

 結局、依頼を請け負った以上は解決しなくてはならない。
 依頼主が求めたのは村を救済であり、それを叶えるためには領主の存在は絶対に無視できない要素になる。
 説得して村から手を引かせる事ができればあるいは違った結論が出たかもしれないが、現実はそうならなかった。

 領主は数多の子供たちを攫い、命を奪い、終いには村人ではないクロエの命まで己の悦楽のために奪おうとした。
 説得不能。
 その時点で冒険者としての選択肢はただひとつに絞られた。

 エリックはそれに気づけなかった。
 いや、気づいていたとしても必死に目を逸らしただろう。
 それは矜持ではない。
 傍迷惑な、ただの自侭だ。

 我を通すのであれば道を拓かなければならない。
 エリックはそれを怠った。

「……くっ!」

 エリックはがっくりと項垂れた。
 誰かが祭壇に囚われていた幼女セシルを解放した様子が、幼女が咽び泣く声が、音で伝わる。
 愚かしくも正義の味方エリック・ブレイバーは倒すべき敵を倒せず、救うべき子供すらも忘れて、ただひたすらに自分の無力を呪うしかなかった。



 幼女を家へ帰した『陽光を求める者たち』はぽつりぽつりと降り出した雨の中、帰路についていた。

「本格的に降り出す前に、雨をしのげるところが見つかればいいんだけど」

 マリナはどんよりと分厚い雲で覆われた空を見上げながら言う。

 村では宿を断られた。
 唐突に領主の支配から解き放たれた村人たちはひどく困惑していて、その元凶とも言うべき冒険者たちはにべもなく追い出される形となった。

「『夜が来るよ 雨が降るよ 早くお帰り 子供たち 人さらいが やってくる』……」

 前を行くクロエが、小石を蹴りながら老婆の家で聴いたわらべうたを歌っている。

「……気に入ったの?」

「まさかですの。ただ、すこし気になっただけですの」

 後ろを振り返り、クロエは目を細めた。

「城でみつけた日記によるとむかしの領主もにたようなことをやっていたみたいですの。このおうたは……きっとそのころに生まれたですの」

「でしょうね。それにしても、よく歌詞を覚えていたわね」

「くりかえしが多いですし、なんだか印象深くて……でも、忘れたほうがいいかもですの。大勢の子どもたちの死があったからつくられたものですし……」

「……忘れなくていいわ。覚えていてあげなさい」

「……そうですね。語り継いでいくこと、後世への警告とすること。それがきっと死んだ子たちへのはなむけになる」

 しとしとと静かに振る小雨の中、クロエの甘ったるいソプラノ声が歌を紡ぐ。
 誰もが声を出さず、わらべうたに包まれながらを黙々と歩を進める。

 ややあって小さな看板と柵が見えた。
 ここが村のはずれのようだ。

「…………」

 その傍には『陽光を求める者たち』を襲った村人の青年が立っている。
 青年の髪も衣服も、雨でじっとりと濡れている。

「ずっと待ってたの? 雨が降っているのに」

 青年は答えず、黙ったままエリックたちに向かって深く頭を垂れた。
 領主の城へ向かい無事に戻ってきた冒険者たちを見て、彼が何を思い、何を考えたのか。
 その心中は誰にも分からない。

「………………」

 雨の中へ消え行く冒険者の姿を、青年はいつまでも見送っていた。



「……なぁ」

「どうかしましたの?」

「おれにもあの歌、教えてくれよ。おれも……忘れないからさ」

 依然変わらず。
 答えは、まだ出ない。



【あとがき】
『陽光を求める者たち』、Lv4のシナリオは柚子さんの「子供狩り」です。
じっとりと重たい雰囲気の中で繰り広げられるダークなお話です。
いや、というかもうタイトルで明るい話じゃないって分かりますね!
最初に得られる情報は少ないながら、しかし冒険者たちが行動し、思考し、掴み取る事でクライマックスへ向かっていく様は、冒険者たちが『生きている』のだと実感させてくれる気がいたします。

中堅レベル向けシナリオだけあって、エネミーも大物です!
初見はそのまま、二度目は子供PCの数を増やしていきましょう、是非!

さて、今回はレティシア回でございました。
性癖暴露と共に個性爆発、といった感じにしたかったのですが、最終的にエリックが奪っていった感がありますね。
強気の戦士系お姉さんは妙な性癖を持つのが周摩家のルールですねミリア姉さん?
ともかく、彼女の『守るべきもの』は作中の通り。
エリックやガイアとも違う、彼女だけの正義があるのです。

……そしてやはり頼れるのか頼れないのか分からないけど活躍するお頭ァ!

☆今回の功労者☆
レティシア。マジギレしていたけど消化不良でごめん。

報酬:
なし

戦利品:
【誘眠の書】
【翡翠の首飾り】→売却→300sp


≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『子供狩り』(柚子様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。

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『子供狩り』(1/2)  

「ほんによう降りますなあ。こないな中に雨ざらしにされたら、いくら冒険者でも病気になってしまいますじゃろ」

 白髪の老婆は人数分のシチューの皿をテーブルに並べつつ、人当たりのいい笑みを浮かべた。

「ほら、これでも食べて身体あったこうして。夕飯の残り物なんじゃがね」

「いやいや、とんでもないご馳走だ! ありがたくいただくよ!」 

 雪の季節が近いこの時期、ただでさえ雨に降られて身体が冷えているところでほこほこと湯気を立てるシチューは反則的だ。
 じっくりと煮込まれてほろほろに溶けるじゃがいもは程よい甘さを口の中に広げていく。
 今のエリックらにとっては何よりのご馳走である。

「おーいしい! からだのしんからあったまりますのよ」

 窓の外の闇は深く、雲間を窺い知る事はできない。
 先ほどから雨が強く弱く窓硝子を叩いている。

 エリックら『陽光を求める者たち』はとある依頼の帰り道で思いがけず雨に降られてしまった。
 あいにく宿など望むべくもない山中だったので雨ざらしの覚悟を決めていたところだったのだが、そんな中で一軒の小屋を見つけて訪ねたのだった。

「すみませんね、ご婦人。こんな夜更けに押しかけてきて食事まで頂いてしまって」

 ほほほ、と老婆は上品に笑う。

「困っている旅の人に閉ざす戸なんぞありませんよ。ゆっくりしておいき」

 そう言ってくれてはいるものの、ただでさえ一人暮らしの小屋だ。
 冒険者が六名も急に上がりこんでいては迷惑極まりないだろう。

 エリックは未だ雨脚強い窓の外を見やり、

「街道に出るまでおおよそ四半刻といったところか。リューンもそう遠くないな」

「おいおい。雨が降ってなきゃ、だろ」

「分かってるよ……それにしてもよく降るなぁちくしょう」

「ほんにほんに。こんな夜はあったこうして、早う寝らんと。人さらいも来てしまいますしのう」

「人さらい?」

 唐突に物騒な言葉が飛び出してきて、思わずエリックは聞き返していた。

「この辺りには野盗でも出るのか?」

 だが、よくよく考えれば有り得ない事ではないように思われる。
 人家もまばらな山中だ、そうした行為はやりやすいだろう。
 しかし老婆は黄色い歯を見せて笑った。

「おやまあ私ったら、よう考えもせんと物騒な事を口走ってもうた。この辺りではよう言うんじゃ、『夜に雨が降ると人さらいが来る』いう風に。意味なんぞない、雨が降ったときの決まり文句みたいなものじゃよ。そうそう、わらべうたにもあってのう……」

 老婆は顎に手を当てて思い出すような仕草をして、頼んでもいないのにこの地方に伝わる童謡を歌いだした。
 雨音を伴奏に、しゃがれた声が細く響き始める。

『夜が来るよ 雨が降るよ
 早くお帰り 子供たち
 人さらいが やってくる

 夜が来るよ 雨が降るよ
 振り返らずに お急ぎよ
 背中に誰かの手がのびる

 後ろをご覧 球蹴りしていた
 子供たちは どこ消えた?
 後ろをご覧 おしゃべりしていた
 子供たちは どこ消えた?

 夜が来るよ 雨が降るよ
 早くお帰り 子供たち
 人さらいが やってくる』

「……これはまたずいぶんと不気味なおうたですの。童謡にはあまり適さない気がいたしますわ」

「似たような歌なら知ってるわ。そっちでは子供をさらうのはオーガだけど」

「きっと暗くなっても遊びたがる子供を怖がらせて早く帰らせるためにあるのでしょう。よくある話です」

 遊び盛りの子供たちに業を煮やした母親たちの苦心の作、といったところか。
 道徳教育等を子供に分かりやすく伝えるための手段として童謡や童話が生まれる事もある。
 この不気味な童謡もその類かと思ったのだが、

「ほっほっほ、そんな見方もありますじゃろなあ」

「作り物ではない、と?」

「左様、私の母親が言うとった。この辺がまだ村と言ってもいいくらいじゃった昔の話でな、小さい子が何人も居のうなってしまう事件があったそうじゃ。草の根分けて探したが、ひっとりも見つからんかった。村の者も総出で、当時の領主様も冒険者を雇ってまで探したというんじゃが、結局原因は分からずじまいだったそうな。歌はその事件を踏まえておるんじゃよ」

「……それでこんなに恐ろしげな歌詞、ですか。歌の通りに人さらいか、それともオーガの仕業かもしれませんね。いずれにしろ、子供が巻き込まれる事件は痛ましいものです」

 レティシアは十字を切り、かつての被害者に祈りを捧げた。

「怖い歌じゃが、その裏には二度とそんな事を繰り返してはならんという思いを感じるのう。忘れてしまわんように歌にしたのかもしれん。人間はすぐ忘れてしまいよるからのう……」

「……そうね」

 話が一段落して、マリナは小さく息をついた。
 窓を叩く大粒の雨を見ながら、マリナは明日の天気を危ぶんでいた。
 一向に雨脚が弱まる気配はない。
 やはり雨ざらしは逃れられないかもしれない。

 ふと、雨音に混じって別の音をマリナの耳が捉えた。
 泥濘を踏みつける規則的な音、誰かがこちらへ近づいてきている。
 少し遅れてスコットが椅子に座りなおし、ガイアは刀へ手を伸ばした。

 家の出入り口が勢いよく開かれ、男が入り込んできた。
 閂がかけられていなかった事に一瞬ぎょっとしたマリナだったが、この家の主があの人当たりの良さそうな老婆だった事を思い出してため息をつく。

「はぁ……はぁ、はぁ……」

 男はずぶ濡れで荒い呼吸を繰り返している。
 身体を引きずりながら家へあがろうとしたが、精根尽き果てたようにその場へ倒れ込んでしまった。

「おやまあ、大変! すぐに湯を沸かさにゃあ。長い事雨の中にいたんじゃろ、こんなに身体が冷えてしもうて……ひっ!」

 駆け寄った老婆が息を呑んだ。
 男の腹部から、赤い滴りが染み出していたからである。
 すぐさまレティシアが傷口を検めるが、眉をしかめて首を横に振った。

「刃物で抉られて内臓がはみ出しかかっています。これでは、もう……」

「あ、ぁ……あんたたち、そのなりは……冒険者かい?」

 異常事態に立ち上がりかけたエリックを、マリナがその肩を掴んで止める。
 訝しげに振り向いたエリックに対し、マリナは無言で首を振った。
 面倒事はご免被る、という意思表示だった。

 しかしエリックはそんな事はお構いなしだ。
 マリナの手を払い除けて男に近づく。

「頼む、村を……俺の村を、救ってやってくれ……」

 男の息がひゅうひゅうと擦れだす。
 懸命に言葉を紡ごうとしているが、音にならない。

「しっかりしろ! お前の村がどうしたってんだ!?」

「こ、子供が……子供たちが……、俺は、俺なんか、俺一人の命……なんか、喜んで……捧げ……でも、子供たち……が、なんて、た、耐えられない」

 そうして喋っている間にも、床には真っ赤な血溜まりが広がっていく。
 男の目も焦点があっていない。

「村は……東に山を一つ越えたところに……こ、これを報酬に……」

 言い終える前に男の身体から力が抜け、ぴくりとも動かなくなった。
 レティシアは瞳を覗き込み、しばらく黙した後、下唇を噛み締めた。
 そして開いたままの目を閉じさせる。

 男が差し出したままの手の中には、鈍く光る首飾りがあった。
 詳しい価値は調べてみなければ分からないが、幾許かの金にはなるだろう。
 言い換えれば、報酬として機能する事になる。

「――言っておくけれど。これは正式な依頼じゃないわ。宿を通していないし詳細すら曖昧、話す前に死んじゃったもの」

「マリナ、何が言いてえんだ?」

「こんの馬鹿……、ああもういいわ。勝手にしなさい」

 呆れてため息もでないマリナは腕を組んで身を引いた。
 この自称正義の味方であれば垂涎モノの状況だ、断るはずがない。
 今回はタダ働きにはならないだけマシ、なのだろうか。

(ま、そう思って諦めるしかないわね)

 マリナは深くため息をついて、せめて雨が上がってくれる事を祈るしかなかった。



「暗くて分かり辛いけれど、向こうに人家のようなものが見えるわ」

「どれどれ……あぁ、本当だ本当だ。あれが例の村か。やっと着いたなぁオイ」

 早朝に出発した冒険者は山一つ分の長い道のりを歩き続け、ようやく目的の村を前にしていた。
 頭上には薄紫の暗雲が垂れ込め、辺りは既に夜の気配を孕んでいる。
 夕べから一晩中降り続いた雨も今は止んでいるが、いつ振りだしてもおかしくない天気だ。

「こんな天気なのに山越えなんて呆れ果てるわよまったく」

 地面のぬかるみや土砂崩れは相当なものだった。
 依頼主の男の切羽詰った様子は、村が一刻を争う事態だと告げていた。
 それ故に日中のほとんどを移動に費やしたのだが、こうして夜が近づいている現状、結果的には正解だったといえる。

「……妙じゃのう」

「あ? 何が?」

「ここまで近づくまで誰も村に気づかなかったのよ。どうしてだと思う?」

「どうして、って。こんなに暗いんじゃ気づくわけねえだろ。ここまで来てようやく家らしい輪郭が見えてきたんだからな」

「……どうしてくらいのか、ぎもんに思わないですの? この村にはあかりがついていないですのよ」

「日が沈んでからまだそう経っていないにしてもこの天気よ。明かりを点けるのが普通だと思うけれど」

 合点がいったエリックは、村の方角を睨むように見つめた。
 なるほど明かりのついた家はただの一軒もない。

 いつまでも尻込みしているわけにもいかず、エリックらは村の中へと足を踏み入れた。
 通りに人の姿は見当たらず、家々もまばらで閑散とした村だ。
 夜闇の濃さが増しているのに対し、明かりのついた家が一軒もないのが気に掛かる。

「ここに降りてくるまでは廃村である可能性も考えておったが……どうやらそりゃなさそうじゃなぁ。道に新しい足跡がある」

 スコットは演技掛かった調子で両手を広げてくるりと回る。

「生活感はある、人が住んでいる気配もある。じゃが、どこか打ち捨てられたような雰囲気があるのはなァんでじゃろうの?」

 ただ投げかけるだけの疑問の言葉だったが、誰もそれに答えられない。
 廃村というだけならまだしも、人気がないのに生活感があるというギャップが不穏な空気を醸し出していた。
 試しに手近な民家のドアを叩いてみるものの、扉が開かれる事も応えもなかった。

「待てぃ、扉の向こうに人の気配を感じる。衣擦れの音がしたぞ」

 言うが早いか、口の前に人差し指を立てたスコットは扉へと張り付く。
 しばらくして、彼は扉から離れた。

「向こうに誰かが居るのは間違いないのう。息を潜めてこちらを窺っとる様子じゃな」

「……居留守を使われているのですね」

 取り合ってくれないのでは仕方がない。
 無理やりこじ開けるわけにもいかず、エリックらはその場を離れて再び村を散策する。
 ようやく村の外れで見かけた斧を抱えた樵らしき男は、エリックらの姿を見て青ざめ、呼び止める間もなくそそくさと立ち去ってしまった。

「何なんだよ……」

 山間の村が排他的な性格をしているのは不思議な事ではない。
 だが、ここまで頑なに外部の人間との接触を避けているのは少し妙に感じる。
 
「なぁ。何か起こってる感じ、あるか?」

「見ただけで判断できるような異変はないわ」

 言いつつ、マリナは一歩身を引いた。
 隣を歩いていたレティシアはその行動に小首を傾げたが、一瞬後に意味を知る。

「――きゃっ!」

 狭い道から突然飛び出してきた小さな影がレティシアにぶつかった。
 何かと思えば、淡いクリーム色のワンピースに身を包んだ女の子である。
 どうやらマリナは敵意のない幼女が近づいてくるのを察知したのだろうが、レティシアにとっては、

「ありがとうございます!」

 そう興奮気味に叫ばずにいられなかった。
 マリナにはあからさまに嫌悪感交じりの目で見られたが、レティシアは気にしない。
 反面、幼女のほうは見る見る表情を曇らせていく。
 大きな澄んだ瞳が揺れ、今にも泣き出しそうな雰囲気だった。

「ほら、これ」

 エリックが差し出したのは年季の入った人形だった。
 幼女の表情がみるみる明るいものへと変わっていく。
 どうやらぶつかった拍子に手にしていたものを取り落としたらしく、そのまま奪われると思ったのだろうか。

「ありがとうお兄ちゃん」

「気にするな……って、痛っ、痛い! 何だよレティシア何なんだよ?」

 幼女には見えないところで地味に攻撃を受けるエリックだった。

「ねえ、お兄ちゃんたち変な格好だね。どこから来たの?」

「リューンからだよ。この村の人に頼み事をされたんだ」

 幼女は可愛らしく小首を傾げた。
 村の事情を訊ねるには、さすがに幼すぎたようだ。

「ねえお兄ちゃん、セシルと一緒に遊ぼうよ。もう一人で遊ぶのいやだよ」

 セシルと名乗った幼女はつま先立ちをしながら、エリックの袖を引いてくる。
 村の様子はほぼ死に絶えたような静けさだったし、遊び盛りの子供としては相当に退屈なのだろう。
 そして背後の完全なる死角から繰り出されるレティシアの蹴りが勢いを増した。

「ごめんな、ちょっとやらなくちゃならねえ事があるんだ。それが終わってからな」

「ほんと、ほんとに? ぜったいよ」

「ああ、ヒーローは約束を破らねえんだぜ」

 色々と破られたんだけれど、と言いたげなマリナの冷ややかな視線がエリックに突き刺さるが、エリックはへたくそな口笛を吹いてそっぽを向いた。

「ところでおじょうちゃん、村長さんのおうちがどこにあるかごぞんじありませんの? この村で一番えらい人のことですの」

「グレアムのお爺ちゃんのことね。知ってるよ、あっち」

 セシルが指した先に目をやると、木々の隙間から比較的立派な家屋の屋根が顔を出していた。
 さっきからの受け答えでも感じたが、エリックたちを騙そうとする様子は見られない。
 彼女と同い年くらいで冒険者のクロエでもここまで完璧な演技は不可能だろう。

「感謝いたしますわ。それと、もう暗いですからお子さまはおうちにおかえりなさい。人さらいがきちゃいますわよ」

「……、」

 セシルはくしゃりと顔を歪め、身体をひるがえした。
 てっきり「お前が言うな」という風なツッコミを期待していたのだが、少し様子がおかしい気がする。
 彼女は何かを知っていたのだろうか。

「さあ、とっとと村長んトコ行こうぜ。何か知ってるかもしれねえし……おいレティシア?」

「は、はいはい。行きますよ……まぁ、帰りにも会えるでしょうし。お楽しみはその時にとっておくとしますか」

「あ? 何だって?」

「気にしないでください。とっとと終わらせたいのです」

 レティシアに急かされる形で、エリックらは半ば急ぎ足で目的の村長宅を目指した。
 村長宅はちらりと覗いた屋根からも予想はついていたが、他の家々よりも少しだけ立派なつくりをしていた。
 それでも比較的に、ではあるが。

 そんな多少はきれいなドアをノックすると、初老の禿頭の男性が顔を出した。
 エリックらを値踏みするような視線で見回し、

「……何だね、あんたたちは」

 鷲を思わせる鋭い瞳でジロリと睨んできた。
 どうにも歓迎されていないらしい。

「依頼を請けて来た冒険者よ。ある人に『この村を救ってくれ』と頼まれてね。依頼人に心当たりはないかしら? 村の者だと思うのだけれど。黒髪で色白、それからこんな首飾りを持っていたわ」

 マリナが依頼人の首飾りをじゃらりと手に下げると、村長らしき男性はぎょろりとした目をいっそうむき出した。

「……さぁ、知らんな。どこの誰だね、そんな妙な依頼をしたのは」

 村長らしき男性は視線を落として言う。
 その不自然な変化をマリナは見落とさない。

「心当たりがおありのようだけれど?」

「そんな男は知らん。そもそも何の事だ、『この村を救ってくれ』だと? 見たと思うが、ここはいたって普通の村だ。わざわざ冒険者が来るようなところではない」

「ふう……そうは言うけれど、確かに頼まれたのよね。依頼人の様子も尋常じゃなかった。ずぶ濡れで、血相を変えて飛び込んできたのよ」

「知らん、知らん。その男も死に際で気が動転していたんだろう。意識が朦朧としてあらぬ事を口走ったんだ、よくある事だ」

……か。まるで見てきたように言うのね?」

 後ろのほうで、スコットが笑いをこらえきれずに噴き出した。
 クロエも目を伏せて、無言で肩をすくめる。

「あたしは依頼人が瀕死だっただなんて一言も言っていないけれど? ついでに言えば、依頼人が男だとも言っていないわ」

「………………」

「何か知っているのでしょう?」

「わ、わしは……っ、そう、単なる間違いだ。『飛び込んできた』などと言うからなんとなく死にかけだと思ったんだ、深い意味はない!」

「自称『普通の村』なのに随分と物騒な間違いするのね」

「――っ、不愉快だ! 帰ってくれっ!」

 村長らしき男性は顔を真っ赤にして勢いよくドアを閉め、すぐさま閂をかける音も聞こえてきた。

「ふん。ああまであからさまなのも珍しいわ」

「この村になにが起こっているかはまだわかりませんが、村長が一枚かんでいると見てまちがいありませんわね」

「あの様子じゃあ二枚三枚は噛んどるんじゃねぇの? 何にせよ、依頼主が瀕死だったと知っとるっつー事は奴の死に何らかの形で関わっとったんじゃねぇか」

「今の時点で結論を下すのはまだ早いわ。早々に断定すると視野を狭めるわよ」

「ま、どちらにせよ情報が要るわな。いっそ、強引に扉を破って脅迫するってぇのはどうじゃい?」

「それもありだけど」

「ありなのかよ!?」

 マリナは当然のようにエリックのツッコミをスルーした。
 話の腰を折られるのを嫌ったというのもあるが、普段が非常識のカタマリのような男に常識を諭されたような気がして腹が立ったのだ。

「最後の手段よ。怪しいというだけで村長が関わっている物的証拠はないもの。いっそこちらを攻撃でもしてくれれば正当に実力行使に出られるのだけれど」

 ぱき、と指を鳴らしてマリナは物騒な事を言ってのける。
 確かにそれが一番手っ取り早いだろうが、いくらなんでもむちゃくちゃだ。

「……まったく、そういうとっぴな発言はリーダーだけにしてほしいですの」

 誰にも聴こえないように呟いてから、クロエは来た道を引き返していく。



「む、あの子のにおいがします」

「……どうしたレティシア、何か変なモンでも食ったのか?」

「違いますよ失礼な。ほら、あそこに」

 レティシアが指した先には、先ほど会ったセシルという幼女が持っていた人形が落ちていた。
 先ほどは観察する余裕もなかったが、こうして見ると薄汚れてボロボロになっているのが分かる。
 山間の貧しい村では良くある事だ。

「あらら、何度もおとすなんて物もちのわるい子ですの」

「そう言ってやるなよお姫さん。どうやらわざとじゃあないらしいぜ」

「はぁ?」

「馬の蹄」

 スコットは地面にしゃがみこんだまま立ち上がらず、

「見ろよ、人形が落ちてた周囲には蹄の跡がある。ほら、点々とあっちへ続いてるじゃろ」

「……ほんとですの。でも、たんなる野生馬ではないですの?」

「装蹄されとるんじゃよ、野生馬じゃあねぇ。それに、随分と大きな馬だぜ。大人の男じゃないと乗りこなすのは難しいんじゃねぇか?」

「精査は済んでいるの?」

「ああ、蹄の跡は向こうの茂みのほうからこちらへ一直線。そして、ちょうど人形のあった場所で折り返しておる」

「つまりあの子がさらわれた、と」

「あの幼女の家が村はずれにある。装蹄済みの馬で送迎する。人形を落としても気づかない。そういう性質じゃなけりゃそう考えるのが妥当じゃろなぁ」

 それに、とスコットは続ける。

「依頼主が死に際に言っておったじゃろ、子供が云々とな。わしにはどうにも繋がっておるように思えてしょうがない」

「跡、追えますか!?」

「おお、なんじゃいきなりやる気出しやがって……まぁわしにかかりゃあこんなの楽勝じゃ。午前中に降った雨のおかげで地面柔らけぇからな」

 そう会話を続けている間にもスコットは足跡を追っていたらしく、言い終えた時にはもうその視線を水平に戻していた。

「森のほうへ向かっておるな」

「よし、行きますよ!」

「……間違っちゃいないのだけれど、薄気味悪いわね。やる気に満ち溢れるレティシアが」

「うるさいですね! 幼女が私を待っているのです!」

「のう、マリナ。もしかして、っつーか間違いなくこやつ……」

「あたしに答えを求めないでよ。成人してて良かったって喜びを噛み締めているところなんだから」

 つまり、レティシアは『そういう人』だったという事だ。
 『大いなる日輪亭』には幼女趣味疑惑が持ち上がっているレギウスという冒険者がいる――なお、彼は強く否定している――が、そんな彼をステラやクロエといった幼い女の子が慕う様をまるで親の仇のように眺めるレティシアという図はそう珍しいものではなかった。

「……なにやら身のきけんをかんじますの」

「あんた、しばらく大人しくしておいたほうがいいんじゃない?」

「うう……リーダー、背中にかくれさせてくださいですの……」

 じりじりとレティシアから距離を取るクロエだった。
 もしかしたら心当たりがあったのかもしれない。

「あぁ、もう。とっとと行くわよ」

 スコットとそれを護衛するような立ち位置のガイアを先頭に、エリックらは森を進んでいく。
 足跡を調査しつつ進むスコットをやたらと急かすレティシアにガイアが得物を抜きかける事態も発生したものの、どうにかマリナとエリックで宥めた。
 しばらくは順調に進んでいたが、泉に近づいた辺りでスコットが「うげっ」と唸った。

「他の動物の足跡が多すぎてダメじゃなこりゃあ、紛れちまっとる」

「完全に?」

「完全にじゃい。どうやらここは森の動物たちの水飲み場みてぇじゃからのう」

 億劫そうに膝を叩いて立ち上がり、スコットはため息をついた。

「つーかやべぇよ。動物の足跡ン中に割とでけぇの混じって……」

 スコットが言いかけると、傍の茂みになにかの影がうごめいた。
 長身のスコットよりもひと回りもふた回りも巨大な、黒々とした体毛のグリズリーだ。
 口元が引きつったスコットの姿をみとめ、ずんぐりとした巨体を伸び上がらせる。

「……噂をすれば何とやら、って奴かの?」

 縄張りを荒らされたと思ったのか、グリズリーは牙をむき出して威嚇の雄叫びを上げた。


To Be Continued...  Next→

『蝙蝠屋敷』(2/2) 

 今では屋敷の主となった蝙蝠たちの熱い洗礼を受けた『陽光を求める者たち』は難なくそれを退けた。
 そして手持ちのランタンに明かりを灯し、屋内へと足を踏み入れる。
 何はともあれ、まずは依頼をこなさねば話にならない。

 玄関ホールには三つの扉が存在し、内一つは鍵が掛かっていた。
 残る二つから手近な扉を開け放ち、その部屋を根城にしていた蝙蝠たちが飛び出してくる。

「《清冷なる小さき種子よ、束となりて彼の者を穿つ鋭き疾き花弁となれ!》……、《舞え!》」

 クロエの紡ぐ氷の術式、【花散里】が発動する。
 魔力によって急激に冷却された大気中の水分が散る花弁のような鋭い氷と化し、蝙蝠を切り刻む。
 それを免れた蝙蝠も冷気によって動きを止め、床に形成された氷の棘に身を落とし、貫かれた。

 クロエの術式は、『月歌を紡ぐ者たち』の魔術師バリーのように火炎を軸としないのでやや威力に欠けるが、屋内でも比較的安全に使用する事ができる。
 そして何より時間が経てば氷は溶けてしまうので後処理が楽であるという利点もある。
 使い様、というやつだ。

 どうやらこの部屋は客間だったらしく、客用のベッドが幾つか並んでいる。
 ベッドの状態は埃や蝙蝠の糞やらで酷い状態である。
 スコットが調査を行うが、特に気になるものは見つからない。

「うっし次行くか」

 特に何もやっていないスコットが仕切り、マリナにげしげしと足を踏まれている。
 本人は全く気にせず、次は食堂への扉を開けた。
 飛来する蝙蝠はクロエの唱えた【眠りの雲】で無力化した後に一匹一匹処理していく。

 散らかり放題の食堂の調査を行っていた際、きらりと光る物を発見した。
 発見者はもちろんやたらと目聡いスコットである。
 どうやら指輪らしく、そこそこの価値はありそうだ。

「………………」

「何じゃいその目ぇ、隊長殿には許可は貰っとるんじゃぜ?」

「ああそうですか。ならばご自由に」

 いかにも不満げにそう答えると、レグルスはそっぽを向いてしまった。
 その後にも、部屋の隅に保管してあった食用油や水の樽の底から幾枚かの銀貨を見つけ、似たようなやり取りを行った。
 レグルスという青年、見た目どおりの真面目さを備えているらしい。

「おっと油じゃ油じゃ。わぁい油、スコット油大好き」

 何やら変な事を呟きながら、スコットは戸棚から大きな酒瓶を取り出して、樽から油を満たした。

「……何ですかそれ、というか何故そんなものを?」

「こーいうのはじゃなー、意外なところで使えたりするもんじゃ。
 たったこれだけの油で手前の身を守れちゃったりする超スグレモノなんじゃぜ!」

「へえ、私には分からない発想ですね」

 いかにも興味なさげにレグルスはあしらった。
 訊ねたのはあちらなのに、ここまで来ると単にいちゃもんをつけたいだけではないのかと疑いたくなる。

「あ、分かり合えなくて当然じゃろ。
 あんたら治安隊とわしらじゃ生き方も価値観も考え方も全く違うもんじゃからのう」

「治安隊と冒険者とあんたたち、でしょ。一緒にしないでよ」

「こりゃ手厳しい」

 そんなやり取りを冷めた目で眺めるレグルスは、さっさと次の部屋へと向かおうとする。
 跡を追う『陽光を求める者たち』との距離は更に開いていた。

 次に蝙蝠たちの支配から解放した部屋は、埃塗れとなった複数の書棚とライティングデスクが置かれた、書斎である。
 書棚に収まった本にも均一に埃が堆積しており、今回の件でこれらから得られる情報はなさそうに思える。
 ひとまず先ほどまでと同様に調査を進め、書棚の奥より【誘眠の書】のスクロールを発見した他には何もない。
 となればこの部屋には用がなく、さっさと部屋を出ようとする『陽光を求める者たち』であるが、

「ちょっと待ってください!」

 それを引き止めたレグルスは、右手に金色の鍵を手にしてスコットへと差し出している。

「床の隅に落ちていましたよ。お渡ししますね」

「おう、こりゃ済まんのう。わしも耄碌もうろくしたかー、まさかこんなギラギラした金色の鍵を見落としちまうとはー!」

 無論、スコットが耄碌したはずはない。
 調査にはスコットだけではなく、マリナも参加していた。
 その二人が見つけられなかった金色の鍵を、易々と見つけ出したレグルス。
 彼の内に眠る天才的な観察眼が開花したのでなければ、答えは一つしかないだろう。
 しかし、それを今この場で指摘するのは得策ではない。

 その後、軽く探索したものの得られたものは少ない。
 子供部屋と思しき部屋で蝙蝠を退け、子供が宝箱にしていたらしき『雪』が積もった木箱からエメラルドを発見した程度か。
 エメラルドとはいえ等級はさほど高くなく、売却したとしても決して高額にはならないだろうが、拾い物に文句をつけても仕方がない。
 三度レグルスから冷やかな視線を浴びたのだ、ここはありがたく頂戴しておくとする。

 それらが終わると、玄関ホールに最後に残された施錠された部屋へと向かう。
 レグルスが拾ったという、件の金色の鍵を試そうというのだ。
 手ごたえを感じたスコットは金属製の扉をゆっくりと開く。
 扉の向こうはすぐ下りの階段になっている。

「お、開いたのう」

「……一体この先には何がいるのでしょうね」

「さぁ? 鬼が出るか蛇が出るか、どうせそんなところですの」

「……それはどういう――?」

「ッああああああああああああああああああああああ!!!」

 唐突に、スコットが大声を上げた。
 比較的広い玄関ホールにもぐわんぐわんと反響するほどの大音量である。
 レグルスだけでなく、他のメンバーも全員がスコットへと向いた。

「やっべ、やっべぇ! わしの財布……、どっかの部屋に落として来ちまってるよ! おいぃぃぃ!!」

「……おばかさんですの? 早いところ探してきなさいですのよ」

「どうせ薄い財布でしょうけど、それで小遣い強請られても困るのよね。さっさと探して戻ってきなさい、私たちは先に行ってるから」

「おう済まねぇ、行ってくるぜ!」

 そう言い残して、スコットは物凄いスピードで駆けて行った。
 レグルスはその様子を見て、毒気を抜かれたような顔をしている。

「……、抜け目のない方だと思っていましたが、案外せっかちなんですね」

「基本あほですのよ。さぁ、先に進むですの」

 クロエが促し、一行は暗く長い階段を降りていった。
 自分たちの足音以外、何も聞こえない。
 先ほどまで飛び回っていた蝙蝠の羽音さえもだ。
 どれだけ降ったか分からなくなるほど歩いた後に、ようやく開けた場所に出た。

「どうやら最深部のようですね……」

「そうみたいですの。でも鬼も蛇もいませんのね」

 軽く周囲を見渡しても、何も物が置かれていないのでは鬼も蛇も隠れようがないだろう。
 ただ埃だけがここには保管されていた。

「おう、待たせちまったかの」

「……意外と早かったじゃない」

「ふっふっふ。せっかく盛大なネタばらしの瞬間じゃ、主役が立ち会ってやらんとのう」

 スコットはそう言い放ち、鋭い目つきでレグルスを睨みつける。
 口元には厭らしい笑みを貼り付けたままだ。

「な、何を急に……」

「おうおう、黙って聞いとれ若造。説明はしてやるからのう」

 絶対的な自信がある、と前置きしてスコットは鼻高々に解説を始める。

「まずはあの不可解にすぎる集落。
 あそこを襲った吸血鬼がこの屋敷に棲みついていた、あるいは封印されていた……なぁんて事ぁ全然ねぇのよ。
 襲ったのは間違いなく人間、そして原因はこいつじゃろ?」

 そう言って取り出したのは、集落の一軒で見つけた麻の葉っぱである。
 明らかにレグルスは狼狽した。
 目を見開いたまま表情が動かず、彼の額からは大粒の脂汗が滴り落ちる。

 麻の葉や実は『マリファナ』の原料になる。
 薬物に規制の厳しい国に横流しすれば、莫大な利益を得られるのは言うまでもない。

「あの獣道の先には麻の畑があって、集落の人間はそれを育てるのが仕事だったってところか?
 集落の人間が消えていたのは雇い主と反発して集落の人間は皆殺しにされたから。
 理由は……まぁ十中八九、金の問題じゃろ」

「な、な……!」

「あと、あんた演技へったくそじゃのう。
 この地下への扉の鍵、あれをお前さんが見つけたって言い張ったのは頂けねぇぜ。
 こちとら家探しに関しちゃプロなんだからのう」

「そりゃあんただけよ。不名誉な自慢は止めなさい」

 マリナの手厳しいツッコミも入ったが、スコットは自信満々に全ての謎を看破していた。
 それらの推論を突きつけられたレグルスは顔面蒼白となり、小刻みに震えている。

「フ、フフ……」

 しかし、蒼白となった顔の血の気はすぐに回復、というよりむしろ高潮する。

「――やはりお前か、あの時見てたのはお前なんだな! まあいい、そろそろ仲間が駆けつける!!」

「あン?」

 スコットが訝しがっていると、まるで謀っていたかのように背後の階段から物音が響き始める。
 それは雑踏である。
 数人どころじゃない、明らかに最低でも一〇名はあろうかという足音だ。
 それらがものすごい勢いで階段を駆け下りてくる。

 冒険者六名に対し、治安隊の精鋭が一〇余名。
 それも退路を絶たれた状況とあっては冒険者の敗北は揺るぎないだろう。
 しかし、スコットは一切の怯えも焦りも感じていない。

 なぜなら、既には終わっているからだ。

「――な、なんだ!? 何が起こっている!?」

 叫んだのはレグルスだったか。
 それを掻き消すほどの絶叫と金属音が、階段より響いていた。

「うっぷぷぷぷ……」

「き、貴様まさか!?」

「ピンポンピンポン大正解!
 たあっぷり油ぁ撒いて来てやったぜぇ!
 言ったじゃろ、こんなモンでも手前の身を守れるんだってなぁ!!」

 財布を拾いに行った、というのはもちろん嘘である。
 スコットはああ見えても大がつくほどの嘘つきなのだ。

「あんまりにも強引だったからこちらはフォローに苦労しましたの」

「うるせっ! まんまと嵌ってくれたんじゃから結果オーライでいいじゃろ」

 そのやり取りを眺めながら、再びレグルスは顔面を蒼白にしていた。
 罠に嵌めたつもりが逆に嵌められていたのだから無理もない。
 何も言えず、ただ呆然と立ち尽くす。

「何じゃ、ころころ顔色変えて大変じゃのう。
 まぁ、わしらもここまで知っちまった以上、真相の中の真相まで引きずり出すハラよ。
 これから魅惑の拷問タイムに入るんじゃから無理もねぇか?」

「そん、な……」

 じり、とレグルスは後ずさる。
 完全にイってしまっているようなスコットの笑みに気圧されていた。

 その時であった。
 スコットの背後から、石階段を叩く足音が響いてくる。
 その音はさっき聞いたよりも小さいものであったが、レグルスの表情を明るくするには十分なものだった。

「キース!」

「待たせちまったなレグルス!」

 遂に階段を突破した治安隊員数名は、『陽光を求める者たち』の包囲を突っ切ってレグルスの元へ駆けていった。
 恐らく保険の意味合いの強い後詰の部隊なのだろう。

「ふ、ふふ、散々虚仮にしてくれたみたいだが……『治安隊第三部隊』の力をお前らに見せ付けてやるわ!」

「オーイオイオイオイ悪党にしちゃ台詞が安っぽすぎんぜ? もうちょっとイカした台詞じゃねぇとやる気でねぇっての」

 数を得て強気になったレグルスに対し、スコットは依然変わらず飄々と返した。
 治安隊員は数でこそ不利だろうが、それを覆すほどの鍛錬と根性を持ち合わせているのだろう。
 たかが冒険者ごときに遅れを取るはずがないと、そう信じているはずだ。

 無論、彼らは正しい。
 正しいが故に彼らは敗北するのだ。
 相当の色物揃いである『陽光を求める者たち』を、一介の冒険者として括ってしまうのは大いなる間違いなのだから。



 ひとしきり暴れた『陽光を求める者たち』は、そこらに横たわる治安隊員をそれぞれ縛り付けた。
 目を覚まして暴れられては困る。
 いくら悪党だろうと相手は治安隊だ、殺してはいない。

 しかし目下の悩みとしてはどうやってこの事態を収拾するか、この一点に尽きる。
 このままでは治安隊員に重傷を負わせたと言い掛かりをつけられるに違いない。
 そうなればリューンの街で冒険者を続ける事は適わず、あの『大いなる日輪亭』にも大きな被害が及ぶだろう。

 明暗を分ける大事な判断の時に、スコットだけはお構いなしだった。
 先ほどの戦闘でも使用したクロスボウに再び矢を番えなおす。
 そしてその照準をレグルスの脳天へと合わせた。

「……スコット。何をやっているの」

 マリナに腕を掴まれながら、スコットは億劫そうな表情で彼女を見た。

「トドメを刺す。それ以外に何かあるか?」

「馬鹿、止めなさい。殺しても得にならないわ」

「あんたからすりゃそうだろうよ元暗殺者。言っとくがな、わしは利益だけで動く人形じゃねぇんだよ」

 気に障ったのか、スコットの腕を掴むマリナの力が増した。
 掴まれた腕が締め上げられるも、スコットは涼しい表情を崩さない。

「さっきの話を聞いてたら分かるじゃろ。
 『千羽の白鷺亭』のジェシカを殺したのは間違いなくこいつらじゃい」

 追い詰められたレグルスが放った言葉。
 それは『あの時』を見ていたのがスコットだと確信した一言だった。
 もちろんスコットと治安隊の間に関わりなんて一切ない。
 今回の名指しの依頼もそもそもの前提が成立しないほどにあやふやだ。

 しかしジェシカの死が関わっているとすればどうだろうか。
 ジェシカはスコットと手紙のやり取りをしていた。
 もしレグルスの言う『あの時』に彼女がその場にいたとしたら、差出人もしくは宛て名にジェシカとスコットの名が記された手紙が治安隊の手に渡ったとするならば、彼らはそれを手がかりに二人を狙うだろう。
 ジェシカの死とスコットの招集、この二つの間隔が短すぎる事を考えると、偶然とはとても考えられなかった。

「だとしても、あたしたちにこいつらを殺す権利はないわ」

「甘ぇーんだよクソが。何が権利じゃい、そんなモンなくたって人は殺せらぁ」

 スコットは強引にマリナの手を振りほどいた。
 意外にもマリナもさほど執着せず、三歩ほど退いただけだ。
 しかし彼女はエリックのほうに向き直り、

「……エリック、こいつ任せたわ」

 そう、無茶振りをした。

「――おれ、ぜんっぜん理解できてないんですけどぉー!?」

「目の前で殺人が行われようとしているわ。止めなさい正義の味方」

「……殺人だって?」

 すっかり置いてけぼりだったエリックは、ようやくここでスコットを見る。
 さっきの戦闘でもエリックはろくに状況が飲み込めておらず、ただひたすら相手の意識を狩る事だけに集中していたくらいだ。
 彼を動かすにはごちゃごちゃとした事情を抜いて、単純明快な動機を与えてやればよい。

「スコット、おれは殺人が良い事とは思わんぞ」

「こんな場面じゃ悪を憎んで人を憎まず、とか言うのが正義の味方か?」

「そうだ、ここで彼らを殺したとしても彼らの罪は消えない。
 然るべきところで法の裁きを受けさせて、それから償わせるべきだ」

「その言葉、殺されたジェシカの前でも言えるか?
 どっちに罪があるとか、ンな事ぁどうだっていいんじゃい。
 逆恨みだろうがなんだろうが手前を殺した相手を果たしてジェシカは許してると思うか?」

 エリックは言葉を詰まらせた。
 その問いは反則だ。
 どんな英雄、どんな賢者だろうが、死者の気持ちを理解する事はできない。
 理解した風を装うだけが精一杯だ。

「ったくよぉ、正義の味方ってのは残酷なモンだぜ。
 生きてるクズ共の事にばかり頓着して、死んだ人間には一瞥もせんてか?
 死んだらもう面倒見ねえってのは、そりゃさすがに筋が通らねーってモンだろ?」

「……だが、ジェシカが彼らの死を望んでいるとも限らない!」

「そりゃそうじゃ、わしにだってジェシカの本当の気持ちなんざ分からねえよ。
 だからジェシカがこいつらを恨んでいると思って、わしはわし流の弔いをする。
 いやはや残念だったの、生憎とわし紳士じゃから。
 理不尽に殺された女の無念は晴らしてやらにゃ気が済まん性質なんだぜ?」

 卑下た笑みを浮かべ、スコットは改めてクロスボウの狙いをレグルスの脳天へと定める。

「死ねよ、糞野郎ども。ただ死んで薄汚ぇ鼠にでも食われろ」

 引き金に力が入る。
 この距離なら外すほうが難しい。
 一瞬後にはクロスボウの矢が深々と頭蓋に突き刺さり、彼らの命を絶つだろう。

「――やめろッ!!」

 その一瞬よりも早く、エリックの拳がクロスボウを殴り壊していた。
 スコットは素早く身を引いていたので無傷であるが、得物の一つが消失したのは隠しようのない事実だ

「おう、やる気か正義の味方さんよお?」

「それ以上続けるならおれがお前を矯正――!」

 その言葉が終わる前に、ガイアはスコットの前へと躍り出て居合いの構えを見せる。
 エリックと元山賊の二人は、初めて会ったその日と同じように対立していた。

「だったらここでみんな大好き多数決といくか!?
 ひとつ、こいつら治安隊は表じゃ良い顔しといて実のところ麻薬の密売に手を出していた極悪人じゃ。
 ふたつ、少なくとも集落の人間を皆殺しにし、疑いがあるというだけでジェシカも手をかけておる。
 みっつ、これまた疑いだけでわしを、それだけじゃねえ、手前ら全員を殺そうとして来やがった。

 これでもまだ治安隊の糞どもを庇う理由があるってんならよぉ、正義の味方側につけ!」

 この時ばかりは、スコットはお得意の口八丁を用いなかった。
 ただ事実だけを並べるだけで十二分にひどい状況だ。
 神経がイカれている目の前の正義の味方以外はこちらにつくという確信があった。

「レティシア、クロエ……!」

 事実、レティシアもクロエも苦虫を噛み潰したような表情でスコットの側に歩み寄っていた。
 卑劣に過ぎる治安隊の所業と、同じ女性冒険者を殺された事が響いているのか。
 とはいえエリックと事を構えるつもりはないらしく、票は入れるがそこから先には従わない姿勢だった。

「んで、手前はどうするんじゃい」

 最後に残ったのはマリナだけだった。
 彼女は相変わらずの涼しい顔つきで、エリックの傍に佇んでいる。

「あたしはこちら側よ」

「ほう。……あぁ、そういやぁあン時の借りはまだ返しちゃおらんかったのう」

 その構図は彼らが初めて顔を会わせたその日とまるで同じだった。
 まだお互いの手の内はおろか名前すら知らなかったあの時。
 彼らは事の真偽すら裏取りできないままに、生き残るために、正義のためにと対峙した。

 スコットは破壊されたクロスボウの代わりを腰より抜き、マリナは鋼線を床に垂らしている。
 ガイアは腰を落として居合いの構えを見せ、エリックは苦虫を噛み潰したような表情で胸の七色の七つの宝石へと手をかざす。

「――待ちなさい。それ以上は許しません」

 レティシアの制止の声。
 向かい合うようにして対峙する双方に横合いから声を投げつけた。

「これより私は第三勢力になります。矛を収めなければ双方を叩き伏せますので、覚悟なさい」

「……わたくしも、レティシアにつきますの。仲間うちであらそうなんて、いやですの」

 今にも泣き出しそうな暗い表情で、それでも杖を握り締めて。
 クロエはレティシアに寄り添って反抗の意思を見せる。

「見事に三竦みか……いいじゃねえか。規模は小せえが、昔に戻れた気分じゃい」

 それはスコットにとってかつての日常であった。
 身一つでならず者を束ね、縄張り争いに躍起になる山賊の密集地帯に乗り込んだあの日から、スコットという一人の山賊は周囲を敵に囲まれながら過ごしてきたのだ。
 遂には山賊集団を平らげ目指すべき標を失ってしまったスコットに、その感覚は甘美に過ぎる。

「……エリック!」

 それには暗殺者として耳聡いマリナが第一に気づいた。
 足音である。
 それも一つや二つではない。
 およそ数十人の足音が、唯一の出入り口である階段からこちらへ降りてくる。

「まずい、まさか後詰が残って……!?」

 こればかりは誰にとっても想定外だった。
 先の罠に嵌めた人数も相当な数のはずであり、よもやあれに加えて後詰が用意されているとは夢にも思わない。
 たった六名の冒険者を始末するためだけにどれほどの経費をかけているというのか。

「くっそどうする! もう油の罠も通じねえぞ!」

「切り抜けるにしても出入り口はあそこしか……!」

 おそらくは同等かそれ以上の実力を持つ相手に数で負けており、更には逃げ場も存在しない。
 まさしく絶体絶命である。
 まだこちらに残っている彼らの同胞を慮ってか、閉じ込められたり火攻めにされないだけでも幾分かはマシか。

「ともかく迎撃の準備を――!」

 エリックは叫ぶが、もう遅かった。
 一気に駆け下りてきた治安隊員数十名は階段より続々と現れ、陣形を整える。
 その数、およそ二〇名。
 三倍以上の数を相手に多少なりとも疲弊した体で、かつ無策で戦いを挑まねばならない。

「ハ、どうやらここまでのようじゃの」

 言うが否や、スコットは構えていたクロスボウを近くに倒れ伏している治安隊員の脳天へと照準を定めた。
 どうせ終わりならば、せめて道連れにしてあの世でジェシカの前に引きずり出して侘びを入れさせる。
 それが腐っても山賊の頭領たるスコットの、せめてもの足掻きだった。

「やめ――」

 エリックの制止が耳に届いたとしても、引き金を引く指を押し留める力なんてこれっぽっちもない。
 物理的に止めようとしたところで間に合うはずもない。
 いつも通りの動作で一切の迷いもなく、スコットの右手の人差し指は引き金を引いた。



 小隊を率いていた銀髪の背の高い男は、隊員に剣を収めるよう指示を飛ばして改めて冒険者たちに向き合った。

『私たちは貴方たちと争うつもりはない。ただ、話がある』

 その強面に似つかわしい重苦しい低い声だが、恫喝の意味を込めたものではなさそうだ。
 敵意がない事を感じ取った『陽光を求める者たち』はそれぞれ武器を収めた。

 男は治安隊第一部隊長ダグラス=セラーゾと名乗り、自らの部隊の目的を明かした。
 その内容とはなんと『レグルス・ステファニー、キース・アンフェア両名の捕縛』との事である。
 エリックらにはその名前に聞き覚えがある、なんて程度ではない。
 今まさにそこに打ち倒して、既に捕縛まで済ませてあるのだから。

 セラーゾは語る。
 治安隊第三部隊長ジェームス=シャランと裏で取引していた麻薬の売人が捕まり、尋問にかけられたその男は全てを白状したのだという。
 すぐさまセラーゾは第一部隊を率い、シャランの身元を拘束し、更に尋問を加えてここへ辿り着いたとの事だった。

『しかし貴方たちも運がない。もう少し後であればシャランの身柄拘束が先であり、この事件に巻き込まれる事もなかったでしょうに』

 そう言ってセラーゾは笑んだ。
 癪ではあるが、そこでようやく『陽光を求める者たち』は胸をなでおろす事ができたのだった。
 もしダグラスら第一部隊がシャランと繋がっているとしたら、こんな小細工を使って油断させる必要がない。
 単純に数を頼みに押し潰してしまえばいいのだから。

 それからセラーゾは隊員に捕縛されたレグルスらを詰め所へ運ぶよう指示を飛ばした。
 村の近辺の調査など細かいものも含めて全ての指示が終わると、その場には『陽光を求める者たち』とダグラスだけが残った。

『貴方たちには申し訳なかったと思いますし、結果的に捕縛に協力いただき大変感謝もしています。
 ですが、もうここに用はありませんね?
 私たちは事件を担当する者としてこの屋敷や周囲を入念に調べなければならず、大変忙しくなります。
 申し訳ないが貴方たちはこれにて部外者となる訳です』

 捜査の邪魔だから帰ってくれ、とのお達しである。
 いちいち高圧的な物言いに辟易するが、ここで彼らと事を構える心算も気力もない。
 最後に一つだけ、 何故スコットを名指しで罠に嵌めようとしたのか、それだけを訊ねた。
 今後同じような例が起こらないとも限らないため、情報は少しでも欲しい。

 セラーゾはそれに対してやや面倒な反応を返しつつも問いに答えた。
 彼が取り出したのは一枚の手紙、それもジェシカの書きかけのスコットへ宛てた手紙である。
 この手紙はシャランの事務室から見つけたとセラーゾは語った。

 つまりはこれが元凶だったのだろう。
 手紙の宛先であったスコットがジェシカと繋がっていて、後ろ暗い場面を見たジェシカから秘密を知られたと勘違いした結果、スコットと彼と浅からぬ付き合いのその仲間を始末しようとした、という事だ。

「……つまりはやっぱりあいつらがジェシカを殺したって事じゃねえか」

 スコットは鋭い目つきでガイアを睨めつける。
 『大いなる日輪亭』の自室で、スコットは事の顛末を聞かされた。


?」

 クロスボウの引き金を引いた刹那、スコットはすぐ傍にいたガイアに殴り倒されていた。
 急激に起動を変えられた矢はあらぬ方向へと飛んでいき、誰も傷つけずに石壁にぶつかって地に落ちた。
 一撃で意識を刈り取られたスコットはその後、そのままガイアによって宿まで運ばれている。

「結果だけ見りゃあお前は実に優秀な働きをしてる。それは評価してやらんでもないがな」

 もしあの場で抵抗のできない治安隊員を撃ち殺していた場合、いくら姦計に嵌められたとはいえ過剰防衛であった。
 結果論であるが、ガイアはそれを防いだとも見える。

「……あの場ではエリックらとの連携が必要でした。
 敵の数は多く、内部分裂していてはお頭の命も守れない状況であると判断し、過ぎた真似と覚悟してあのような行動に出ました」 

 ガイアの言い分は正しい。
 たとえ第一治安部隊が敵だったとしても、最悪の状況に対応した最良の選択肢だったはずだ。

 しかし、

「舐めるな小僧。お前の考えがわしに見抜けねえと思ったか?」

 ガイアはびくりと身体を震えさせた。
 
「手前は単にだけじゃい。
 内々じゃいつエリックの側に付こうか考えてたじゃろ。
 だから治安隊の到着のどさくさに紛れてわしを黙らせた、違うか?」

 その追求に、ガイアは顔を青くして何も言えなくなっていた。
 どうやら図星らしい。
 しかし、彼も自身の本心に気づいていなかったようである。

「お、お頭……俺は……」

「黙れガイア」

 キッパリと言葉を遮る。

「今回の件、お前が忘れてはいけない事柄は二つ。
 一つは無意識にでもわしに逆らった事、こいつは努々忘れるな。
 今まで山賊として生きてきたお前が冒険者として変わりつつある証拠じゃい。

 もう一つはわしがあの正義の味方に投げつけた言葉じゃ。
 今のお前に、あれに対する答えが出せるはずもないが……心に刻んでおけ。
 いずれ必要になる時がくるやもしれん」

 スコットがエリックに投げつけた言葉。
 憎しみの連鎖を断ち切るにはどうすればいいのか。
 復讐に対する答えを、正義の味方エリックは答えられなかった。

「それ以外は全て忘れていい。
 わしも今まで通りに奴らに接してやる。
 何なら、お前に殴られた事で記憶がなくなったと吹いてもいいぜ」

 そう言って、スコットは笑いながら部屋を出て行った。
 一方、残されたガイアは何も言えずにただ立ち尽くすだけだった。

 あの問いに対する答えがいずれ必要になるとスコットは踏んでいる。
 つまり、ガイアが『正義の味方』になると予想しているという事だろうか。
 正義とは程遠い場所にいるガイアに向かって、聡明に過ぎるあの頭領はそう思っているのだろうか。

 結局、スコットは記憶が消えた事にしたらしい。
 都合よく前後の記憶だけが抜け落ちている事を不審に思う声もあったろうが、蒸し返してしまうのも気が引けたのだろう。
 その後は多少のぎこちなさを残しつつも、『陽光を求める者たち』は次第に元の関係へと修復されていく。

 ただし。
 エリックとガイアの両名だけは違う。
 スコットの投げつけた問いに対して、未だに悩み続けるのだった。

 答えは、まだ出ない。



【あとがき】
『陽光を求める者たち』、Lv3のシナリオは机庭球さんの「蝙蝠屋敷」です。
短編ながら緻密に練られたストーリーがすごく印象に残るシナリオです。
作中人物の行動や、ラストの追い込みの部分などは特に私好みでした!

実はこのシナリオ、とある要素があったので『月歌』でやろうとも思っていたのですが、対象レベル内(2~4)は激戦区でして、せっかくなので『陽光』でリプレイさせていただきました。
最終的にはPCたちが勝手に動いてくれたので割と好みな展開に仕上がっていたりします。

さて、今回はスコット回でございました。
小話02を読んだ方は多少ご存知かもしれませんが、彼はこんな奴です。
色々と適当で冴えないオヤジっぽくもありますが、やるときゃやるんです。
そのやる気の方向性が間違っていたりもしますが……や、やるんです!
……スコット回なのにエリックとかガイアとかに影響を与えてしまうのは、彼が『お頭』だからなのかなぁって思いますね。

☆今回の功労者☆
スコット。演技お疲れさまでした、頭の傷は大した事ないよ。

報酬:
なし

戦利品:
【誘眠の書】
【宝石】→売却→400sp


≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『蝙蝠屋敷』(机庭球様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。

『蝙蝠屋敷』(1/2) 

「親父、朝飯だ! 美味な朝飯を所望する!!」

「朝っぱらからうるさい男だな……飯ならほれ、用意はできているよ」

 そう言って、宿の亭主エイブラハムは人数分の食事を『陽光を求める者たち』のテーブルまで運んで来る。
 ライ麦パンと根菜のスープというシンプルながらも『大いなる日輪亭』でもトップクラスの味を約束してくれるメニューである。

「冷める前に食えよ。せっかくの料理がまずくなるからな」

「いやいや、親父の飯は冷めても美味いぞ?」

「変な世辞は止めろ、鳥肌が立つ。いいからさっさと食え」

 エリックとしては特に世辞のつもりはなかったが、しかしこのメニューは温かいほうが確実に美味い。
 いそいそとスプーン片手に食事を開始する。
 黙々と食前の祈りを捧げているレティシア以外の面々は、リーダーを放ってさっさと食べ始めていたのはもうこの際だから気にしないエリックであった。

「……あー、飯を食いながらでいいから話を聞いてくれないか。
 実は一昨日の話なんだが、『千羽の白鷺亭』のジェシカが亡くなったそうだ」

「ジェシカが?」

 『陽光を求める者たち』にはその人物と面識があった。
 過去に同じ依頼を引き受ける事となった際に、協力して事に当たった女性冒険者である。

 特にスコットはその仕事に協力した際、彼女と二人で同じ持ち場を担当していた。
 そういう事もあり、たった一度の面識と言えど彼女の事はよく覚えている。
 何よりも、彼女の豪快で男勝りな性格と、――女性に対し甚だ失礼ではあるが――食人鬼オーガのような醜悪な容姿は普通の女性冒険者よりも印象強かった。

 しかし外見に似合わず意外と小まめな性格で、時々スコット宛に手紙を送ってきた。
 内容はといえば依頼の成功話や自慢話が多く、うんざりしてしまう事も多々あったが。
 やはり亡くなったとなればその手紙すら届かなくなる訳であり、それはそれで寂しいものがある。

「なんでも、魔物に襲われたそうだ。今は、彼女の冥福を祈ってやりなさい」

「あー、そうすっかぁ」

 何とも適当な調子でスコットは応える。
 あまりの無神経さにレティシアがきつい視線を向けるものの、スコットは素知らぬ顔をしている。

 そういう世界なのだから、冒険者が死ぬなんて当たり前の事だ。
 他人の冥福を祈る暇があるのなら、まずそれが自分らでない事を喜ぶべきなのだ。
 冒険者が冒険者に祈るなんてのは、僧侶や信心深い連中に任せておけばいい。
 それが、スコットの自論だった。

 とはいえ、全く何も思わなかった訳ではない。
 冒険者ジェシカは醜女しこめであったとはいえ、女性であった。
 女性が若くして命を散らす等、スコットにしてみればもったいない事この上ない。

 スコットは容姿だけで他人を判断する事は決してない。
 彼の目を通して見れば、ジェシカはしっかりとした芯のある立派なレディーだったのだ。
 スコットが祈るとすれば一介の冒険者に対してでなく一人の女性に対してだけだ。

 普段からは想像もつかないくらいに静かな食事を終えると、マリナは依頼の貼り紙を物色し始めていた。
 スコットは優雅に食後の紅茶を嗜んでいるところである。

「お! そうだ大事な事を忘れていたよ。スコット、お前さんに名指しで仕事があったんだ」

「はァ? わしにか?」

 スコットはいかにも訝しがった。
 今は冒険者をやっているとはいえ、かつては山賊の頭領として三桁近い人間を率いていた男だ。
 一般的な目から見れば立派な大罪人である。

 そんなスコットがやたらと目立つような真似を、知りもしない他人から名指しで仕事を頼まれるなどありえない。
 だのにわざわざ名指しする理由、となれば挙げられる可能性はマイナス方面しかない。

「そう邪推するな、指名相手は治安隊第三部隊隊長シャラン殿だ」

 リューン暮らしの短いスコットであっても名前ぐらいは聞いた事がある、街でも多くの人が絶賛する人徳者。
 その人物から名指しで仕事を頼まれたというだけでもかなりの自慢になるかもしれないほどだ。
 無論、それは一般的な冒険者にだけ適応されるもので、アウトローなスコットやガイアには関係のない話ではある。

「邪推するなってほうが無理じゃろ、そんなもん」

「捕縛目的ならわざわざ偽装の依頼なんて使わんだろ。
 そもそも名指しはお前さんだが、依頼は『陽光を求める者たち』に来ている。
 エリックはともかく、レティシアやクロエが罪に問われる事なんてないだろう?」

 ともかくとは何だ、と正当なツッコミを入れるエリックであるが、彼も夜な夜なチンピラ狩りを行っている変人だ。
 治安隊のお世話になった事は両手の指では数え切れない。

「実は数日前に話を伺っていたが、お前さんたちもここ数日仕事で帰ってこなかっただろう。
 そのせいか、俺もすっかり忘れていてな」

「薄気味悪ぃな……ちっとも狙いが見えねぇ」

「細かい事情は俺も知らんが、最近のお前さんの仕事振りが治安隊にまで届いているって事なんじゃないか?」

「おお、物凄ぇ前向きに置き換えたな。こちとら街中じゃあ手前の存在をひたすら隠蔽したいってのによぉ」

「ところで、仕事の内容は?」

 スコットは尚もぶつぶつ言っているが、マリナはお構いなしである。
 依頼、それも治安隊という大規模な機関からの名指しとあれば断る理由はまずない。
 とはいえ内容の吟味はしっかりとやらねば足元を掬われかねない。

「郊外の山奥にある廃屋に住み着いた蝙蝠を追い払って欲しい、との事だ。
 場所や賃金等の詳しい話は詰め所で話したいとか」

「ふぅん、内容は普通すぎるくらいに普通ね」

「……で、だ。
 実はついシャラン殿に格好つけて『請けさせます』って言ってしまったんだ。
 俺の、ひいては宿の面子を立てる上で受けてくれないかね?」

「はぁーっ!? てめっ、親父! 何を勝手な事をぉ!!」

 下手すればいつも以上に命の危険のあるスコットはわめき散らす。
 あくまで依頼の諾否は冒険者に権利がある。
 たとえ宿の亭主であっても不可侵な権利のはずだ。

 しかし宿の亭主としても言葉通り格好だけで安請け合いした訳では決してない。
 数週間前に、ここ『大いなる日輪亭』の専属冒険者である『月歌を紡ぐ者たち』が聖北教会からの依頼を見事完遂している。
 聖北教会といえば西方諸国でも最大規模を誇る機関であり、これを完遂した『月歌を紡ぐ者たち』の看板冒険者の座は不動のものになった。

 しかし宿の亭主は彼らだけが目立ってしまい、他の冒険者が萎縮し距離を置いてしまうのを恐れている。
 故に、聖北教会には劣るもののリューンでは相当に巨大な機関である治安隊からの依頼が、それも名指しで来ているのだからこれを逃す手はない。
 この依頼を『陽光を求める者たち』が完遂すれば、わずかに及ばないとしても『月歌を紡ぐ者たち』と張り合えるほどにはなるはずだ。

「もちろん請けるわ。こんな大口の依頼、滅多にないでしょ」

「ちょっとマリナさーん!? わし! わしの意向はぁ!?」

「スコットには我慢してもらうわ。というか、しなさい」

「理不尽すぎるぜこの冷血女!」

 しかしスコットの味方をするのはガイアくらいなもので、結局は依頼を請ける流れになってしまった。
 『陽光を求める者たち』はまだまだ安定とは程遠い、どこにでもいるような冒険者だ。
 以前請けた好事家の依頼を結果的には失敗した事により、殊更に売りとなる名声が欲しいところなのだ。

「ま、何かあっても大丈夫だろ、平気平気」

「適当な事言ってんじゃねーぞ正義の味方さんよぉ!」

「ガイアがいれば十分だろ?」

「あぁそうだがよぉ、万が一ってのがあるんだよ!
 つーか無理!
 相手の狙いも分からんのに予防策もなしに飛び込むとか鳥肌立つわい!」

 ぎゃあぎゃあとわめき続けるスコットをなだめて、ようやく『陽光を求める者たち』は宿を出た。
 色々と時間を食ったせいで、治安隊の詰め所に到着した時にはもう、日は高く昇っていた。
 『陽光を求める者たち』は、軽い身分証明を済ませるとすぐに奥の部屋へと通される。

 立派な執務室のデスクの向こうから、黒々とした髪がまだまだ現役であると印象付ける初老の男が一行を出迎えた。
 渋々、といった風にスコットは一歩前に出て、軽く挨拶を交わす。

「ども、何故かご指名されたスコットです」

「おお、君が……最近の活躍ぶりはよく耳にするよ。
 ぜひ私も君の力にあやかりたいと思ってね。

 っと、自己紹介が遅れたな。
 私はジェームス=シャラン、リューン治安隊第三部隊の隊長を務めている。
 聞きたい事は色々あるだろうから、遠慮なく聞きたまえ」

「んじゃ早速。なぁんでわしなんじゃい?」

「別に他意はない、ただ単に街角での高い評判を聞いてね。
 『大いなる日輪亭』のマスターに無理強いして君を雇えるように頼み込んだんだ。
 こうして面会できる機会があっただけでも嬉しく思うよ」

「……ほうほう、それはそれは。わしも人徳者と名高いシャラン殿と会えて光栄ですわい」

 そう言って、スコットは意外なまでに爽やかに握手を交わした。
 心なしかいつも以上に口の端がつりあがっているようにも見えるが。

「依頼の話をしても?」

 マリナが急かすと、シャランは咳払いひとつして口を開いた。

「我々第三部隊の管理地域である、とある山奥の廃屋に蝙蝠が住み着いてね。
 今はその近隣のみだからまだ心配事はないが、こういった人が多く住む街に夜間に飛行されてきては住民から苦情が来てしまう。
 その前に芽を刈りたい訳だ。
 しかしそんな事で治安隊を動かす訳にはいかなくてね、君たちの力を借りる事にした」

「……、では報酬はお幾らで?」

「銀貨六〇〇枚を考えている。
 蝙蝠を追い払うのみの仕事ゆえに大枚は出す事はできない。
 しかし、仮の話……あの廃屋に君たちの今後の冒険に役立つ何かがあるならば持って行っても構わないよ」

 特に依頼の内容や報酬に変わったところはない。
 蝙蝠を退治する目的も事前対応であり、凶暴化だとか変異種だとかの危険性を考慮してのものではない。
 報酬も一般的なもので、追加として与えられた権限も場所が山奥の廃屋となればそうおいしいものではないだろう。

 つまりは至って普通の依頼である。
 治安隊から直々、という要素がなければ請けたかどうかも怪しい内容だ。
 とはいえたったそれだけの依頼をこなすだけで治安隊からの信用を得られるのなら安いもの。
 今度ばかりはスコットも対して反対はしなかったので、エリックは依頼を請ける旨を伝えた。

「隊長、このような時にすみません。先日の会議の件で……」

 いざ出発しようとした矢先、ノックもそこそこに一人の青年が書類を手に部屋に入ってきた。
 平時より鎧を身に纏い剣を腰に吊るした姿から、彼も治安隊の隊員なのだろう。
 いかにも真面目そうな好青年だ。

「なんだレグルス! お前は空気を読むとか……待てよ、ならば丁度いい」

「丁度いい、とは?」

「いや、よく考えれば現地は深い山なのだ、案内役がいると便利かと思ってね。
 そういう事でレグルスよ、例の屋敷へ冒険者殿たちと同道しろ」

「この方たちと……? 分かりました、任務となればお受けしましょう」

 二つ返事で承諾した青年は、改めて『陽光を求める者たち』へ向き直る。

「……改めて。私はレグルスです。短い間ですが、よろしく頼みます」

「いんや、こちらこそ」

 軽く挨拶を交わした後、レグルスは用意をすると言って部屋を出て行った。
 もともと緊急出動が基本の治安隊であり、その準備は素早かった。
 彼を先頭に、リューンの街を離れて国境線上となる深い山道へと一向は足を進めていく。
 曰く、人の手があまり入っていない山道ゆえに、少しでも道を外し迷う事になれば縄張りを荒らされた事を腹立てる獣たちに襲われる事も少なくないらしい。

「そんじゃ道案内頼むぜぇ、獣にゃ襲われたくねぇからのう」

 スコットの笑みは、ただただ厭らしかった。



 日が傾き始めた頃、ようやく少し拓けた地に出た。
 そこで一行の目に映った光景。
 それは村と例えるには小さすぎる、数件の平屋が連なる集落であった。

「……それにしては」

「静か過ぎる」

 こんな人が来ないような山道の集落とはいえ、人の気配を全く感じない。
 そう、それはどの家からも同様だ。

「……例の蝙蝠屋敷はこの先だと聞いたが」

 ガイアの問いに対し、レグルスは肯定した。

 『陽光を求める者たち』は互いに顔を見合わせる。
 ここですら十分に山奥であり、街からは相当離れている。
 これより更に山奥にある屋敷に棲む蝙蝠が、遠く離れたリューンの街まで荒らしに来るだろうか。
 それとも、シャランの言う『街』とはこの集落を指すのだろうか。

 答えは否、だ。
 それならば『まち』、正式に言うならば『街』という表現はありえない。

「ほーん……」

 スコットがマイペースに列から一人離れ、大木の下の草の根を掻き分けている。
 そこには『何者か』がこの道を通り、どこかへと向かった形跡がある。
 その形跡というのは、道を作る為であろうと思われる、一部の草木に刃物で刈られた鋭い切り口である。

 一般的に考えれば、刃物をこうも理知的に扱えるのは人間あるいは知恵を持つ上級の妖魔のみ。
 つまり、この先にいるのは。

「何をしているんです!
 先ほども説明したでしょう、この先には飢えた獣たちが多数いるんです!
 貴方たちには大事な仕事がある、それを忘れて何をしようとしているんですか!?」

 レグルスの叱責が飛んだ。
 だが、当のスコットは涼しい顔で彼に向き直る。

「確かにのう、そうは聞いたがよく考えてみい。
 この獣道はどう見ても人工的に作られておる。
 つまり何かの異変に気づいた『生き残り』がこの先に避難した可能性だってあるんじゃぞ?」

「……貴方の推測が仮に合っていたとしても何度も言うように飢えた獣にやられている、そうに違いありません!
 とにかく、私は依頼人シャランの代理人でもあるんだ!
 その私の命令に逆らう事は許せない!」

 レグルスのあまりに強すぎる反対意見に対し、他の面々は神妙な――あるいは訝しがる――顔を隠せなかった。
 彼らの表情を見て、レグルスははっと我に返る。

「……すみません、言い過ぎました。
 仕事だけを優先してほしい、ただそれだけなんです。
 その後であればお好きなだけどうぞ、止めはしません」

「そぉーかい。じゃったら後でたっぷり調べさせてもらうとするぜ」

 飄々とやり取りするスコットは、相変わらず厭らしい笑みを浮かべたままだ。
 この時にはすでに治安隊ぐるみで何かを隠している、という疑惑は『陽光を求める者たち』に伝播していた。
 反対意見を誤魔化すように足を早めるレグルスの跡を、『陽光を求める者たち』が追いかける。
 先ほどとはわずかに距離を置いて、である。

「あら、これって……」

 その途中、とある家屋を通りかかった時だ。
 マリナが指差した先にあるのは、その家屋の外壁にある『不審な染み』。
 どす黒く変色してはいるが、その飛び散り方と生々しさにはひどく心当たりがある。

「……血痕ね」

「――噂は本当だったのか!?」

 突如レグルスが声を荒げた。
 その様子にエリックが首を傾げると、レグルスは腕を組みため息交じりに説明する。

「今から向かっている例の蝙蝠屋敷には、蝙蝠だけではなく何かが棲みついている噂があったんです。
 言いにくいのですが一説によると吸血鬼かもしれないと……確かに蝙蝠と吸血鬼は関連性深いですしね」

「ほーう、吸血鬼とな。そりゃ結構な相手じゃが……あんた随分と冷静じゃのう。わしゃもうビビッて夜中に一人で便所行けねぇよ」

「ま、まあ……所詮噂ですよ。
 その為、というのもおかしい話ですが、冒険者である貴方たちを雇ったのが本筋なのです。
 その噂を確かめてもらい、出来得る事なら排除してもらう……しかし、こうなってしまう前に助けられなかったとは……!」

 いかにもレグルスは悔やんだような表情を作る。
 そう、
 少なくともスコットやマリナにはそうであるようにしか見えない。

 吸血鬼。
 それが本当であれば現状の『陽光を求める者たち』で太刀打ちできるかどうかは微妙なところである。
 そもそも本来の依頼の内容に『吸血鬼の討伐』なんて文言は一言も入っていない。
 噂だと言い繕っておきながらその裏を取っていない事、意図的な情報の隠蔽が行われていた事は事実である。

 そして、血痕の他にも気になる点がある。
 血痕と共に外壁には傷跡が存在した。
 それは鋭利な刃物によって付けられたような、そんな傷だ。

 吸血鬼が極めて人間に近いタイプで剣を振り回す可能性もないとは言えない。
 根拠もなく人里を襲うような知能が足りていない吸血鬼が、わざわざ武器を使って人を襲うだろうか。

 ありえない、と断じるのは簡単だ。
 しかし、そうとなれば違う問題が生じる。
 では、誰が何の為にやったのか。

「おっと、この家は開いとるのう」

 スコットは言いつつ、端の一軒の扉を開ける。
 家屋の中を覗いてみるも、やはり誰もいない。
 不可解な情報のみが錯綜するこの村での調査は極めて重要だと判断したスコットは、屋内へ向けて足を踏み出す。

「……貴方がた冒険者は盗賊まがいの行動もするんですか?
 治安隊の隊員として、家屋の不法侵入を見逃す訳にはいかないですね。
 戻り次第、隊長にこの行為を伝えますがそれでもよろしいですか?」

「あんたクソ真面目じゃのう。隊長殿があんたを同行させた本当の理由は『監視』かと疑うてしまうわい」

「………………」

「ま、この手の事はわしら冒険者に任せておけい。
 そもそも見ろ、この村はどっからどう見ても廃村状態じゃねぇか。
 むしろ屋内に虫の息の人間がおったらどうする、ここには怖い怖い獣が潜んでる訳じゃあねぇんじゃろ?」

「……ふぅ。何がそこまでそうさせるのか分かりませんが」

 と、前置きした上でレグルスは進入の許可を出した。
 ただし自分が立会いの元である事、金品・貴重品の窃取は絶対に禁止とする事を条件として提示した。
 無論、スコットは二つ返事で承諾する。
 そもそもこの村に金品や貴重品なんかを期待していない、する訳がない。

 一行は屋内に入り、その内部を見渡した。
 だがこれと言って荒らされた形跡がある訳ではなく、ここ数日前まで普通に人間が生活していた跡が見られる。

「……ふん」

 スコットは床の隅に落ちていた、乾いた一枚の葉っぱを目聡く見つけて拾い上げた。
 細長く側面にぎざぎざがあり、網目状の葉脈。
 紛れもなく『麻』である。
 コカよりも中毒性は弱く、規制も比較的緩い薬物であるマリファナ。

 このような山奥なら原生の物がある可能性がある故に嗜好品として嗜んでいた可能性はある。
 が、少しでも道を外すと獣に出くわすほどの危険な山だとレグルスは語っていた。
 だとしたらこの村のように獣の通り道でない場所か何かで『栽培』しているのではないか。
 となれば一体何の為に、またその栽培場所はどこに存在するというのか。
 それ以前にこの集落は一体何故、数件ぽっちのあまりにも小さすぎるにも関わらず村として存在していたのか。

 いや、正しくは思い当たる節がない訳ではない。
 むしろ推測がつくほどである。
 が、この事をレグルスの前では言えるはずがない。

「……何かあったのですか?」

 スコットがマリナやクロエとアイコンタクトを取っていると、不審に思ったのかレグルスが近づいてきていた。
 ごく自然な動作で、スコットはそれを自分のポケットへとしまい込む。

「見た感じ金品などではなかったようですが、皆さん集ってこそこそしているので……」

「いんやぁ、大した事じゃねぇよ。とりあえずこれ以上気になる点はねぇなぁ」

 意外と目聡い、のではないだろう。
 スコットは厭らしい笑みにニヤニヤとした粘っこいものを付け加え始めた。

 調査は十分だと判断した事で、レグルスは一行を急かすように先へ進んだ。
 それから一刻ほど歩いただろうか。
 ようやく仕事の場所となる屋敷へと到着した。
 長年使用していないせいだろうか、屋敷の外壁は無数の蔦で覆われ、一部には亀裂が入っている。

 いざ、と扉へ手をかけ、ゆっくりと開いていく。
 その途端、暗闇の向こうから幾つもの黒い影が飛び出してきた。


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『大猿岩』(2/2) 

 そのままイベロ村に戻ったところで進展はしない。
 多少の回り道をして、村で仕入れた情報の確認を取っていく。

「おっほー、こりゃスゲェ。面白ぇ地形してやがんなこの村ぁ」

 スコットがはしゃいでいるのは、村の南西に位置する深い崖谷を眺めているからだ。
 村人から聞き出した情報にこの崖谷の話は出てきてはいたが、予想以上にとんでもない傾斜と高さだ。
 地形の情報は実際に目で見なければその真価は引き出せない。

「いけるでしょ」

「……いけますわね」

「間違いねぇじゃろ」

 エリックら『陽光を求める者たち』の参謀という役割はただの一人を指す言葉ではない。
 というのも一般的な見解に聡いマリナの穴を埋めるように、魔術的な見解を示すクロエ、アウトローな見方に明るいスコットという切れ者の存在があるからだ。
 今回はその三人の意見がぴったり一致していた。
 つまりはほぼ一〇割の確率で成功する作戦を得たという事だろう。

「……で、何が?」

 例によって、作戦の肝をエリックはほとんど理解できていない。
 これには知恵働きがそう得意でないレティシアもガイアも呆れたように冷たい視線を浴びせるしかなかった。

「……あんた、例の鎧を纏ったとしてここから落ちて助かる?」

「いや無理だろ。限界超えてるよこんなもん」

 思い切り首を横に振って否定するエリック。
 そしてじりじりと立ち位置を崖から放していく。
 下手すれば『あらそう、じゃやってみましょう』とか言って背中を押されかねない。

「それならあんたよりももっと重量のあるものがここから落ちたら、衝撃はどれほどになるでしょうね?」

「……あぁ、そういう事か。あの奇岩をここから落としてぶち砕こうって話か!」

「そういう事よ。少しは前後の文脈から状況を把握して頂戴」

 軽くため息をついて、マリナは踵を返した。
 大まかな作戦は決まった。
 後はそれを実現する為に必要なものの調達だ。

「……場合によっては広葉樹林に逆戻りだったけど、運が良かったわ」

 マリナがそう呟いたのは、南東の針葉樹林に近づいた際に聞こえてきた乾いた音が聞こえ出してからだった。
 一定のリズムで刻まれるカーン、カーン、という音は、山育ちのスコットやガイアは馴染み深いものである。

 その音を生み出す場所を目指して歩くと、やがて屈強そうな樵夫が勤勉に斧を振るっている姿を見つけた。
 彼の周囲には幾本もの切り倒された木が横たえられており、かなりの作業量を一人で行っている様子だ。
 あちらも気づいた様子で、作業の手を止めて物珍しいものを見るような目でこちらを凝視する。

「……外の人間に会うとは、こいつぁ珍しい」

 職業柄、好奇の視線を向けられるのは慣れている。
 特にエリックは余計に悪目立ちする為、殊更平気だった。

「ここで樵の仕事をしているの?」

「そうさ、何たって俺は村一番の力持ちなんだからさ!」

「随分と仕事をしている様子だけど、村の中で起こっている事は正しく理解してる?」

 マリナがそう訊ねると、樵夫は首を傾げた。
 事情を説明すると、樵夫は目を丸くして驚いた。
 どうにも朝早くからここで仕事をしていたらしく、村に起きた異変についてはさっぱり知らなかったという。

「あたしたち、丸太が欲しいのよ。
 あなたも村人なら南西の崖谷は知っているでしょう?
 村に現れた奇岩を移動させてそこへ突き落とす作戦を立てたんだけど、その運搬に丸太が要るのよ、大量にね。
 協力してもらえないかしら?」

「そりゃあもう、喜んで協力するとも。
 ……だがよぉ、俺は斧を二本しか持ってなくてなぁ。
 少し時間がかかるかもしれないぜ?」

 どちらにせよ彼一人に全ての伐採を任せるつもりはない。
 村から崖谷までの距離を考えると、一人の伐採量ではとても日暮れまでには必要数に間に合わない。
 ひとまず樵夫には作業を続けてもらう事にして、エリックらは村へ戻って斧を借りる事にした。

 村に戻った辺りで、岩の周りに集る村人が少ない事に気づいた。
 よくよく観察してみると、家々から炊煙が立ち上っている。
 昼時なのだろう。

 ろくに休憩も取っていないエリックらは、ここで携帯食料による食事を済ませた。
 これから大急ぎで樵の真似事をしなくてはならないのだ。
 こうなっては休める時に休んでおかねばならない。

 少し時間が経って、エリックらは聞き込みを始めた。
 村長に事情を伝えると、そこから伝達して合計二本の斧を借り受けられた。
 といっても力仕事はエリックとガイアの仕事である。
 二本以上あっても作業効率にさほど影響はしなかっただろう。

 再び針葉樹林に戻ったエリックらはしばらく伐採に力を注いだ。
 その間、マリナやスコットらは周囲の警戒を強めていた。
 既に正午を回って久しく、そろそろかの魔術師による何らかのアプローチがある頃だと睨んでいるのだ。

 というより、あった。
 村に戻った際に周囲を観察していたマリナとスコットがほぼ同時に『それ』を発見していたのだ。
 それは真っ黒な翼を持つ鴉であったが、ただの鴉ではないとクロエは分析した。

「おそらく、というよりかなりの確率でかの魔術師の使い魔ファミリアーでしたの」

「な? わしの勘も捨てたもんじゃないって」

「だからといって何の相談もなく撃ち落そうとしたのは許せないわよ」

 目つきが気に入らねぇ、という理由でクロスボウによる射撃を行ったスコットに対して、マリナはご立腹だった。
 矢は命中する事なく鴉はそのまま飛び去ってしまったが、事実あの鴉が使い魔だったとしたら、いくらか作戦の立てようはあったのだ。
 上手く誘導すれば主人である魔術師の下へ戻るまで泳がせる事もできたし、情報操作の成否によっては背後で糸を引く魔術師を奇襲もできたはずである。

「落ち着こうぜ、何にせよあの奇岩を放っておくってぇのはありえねぇじゃろ」

「あの作業と同時進行も可能だったって話してんのよ、まったく……」

「しかし、はやばやと撃退したのはわるいことばかりではありませんのよ。
 おまぬけなリーダーが余計なことをしゃべる前に止められたのですもの」

「クロエ。それには賛成だけれどこいつを庇うような発言は止めなさい。増長するわ」

「事実ですのに」

 特に悪い事をした訳でもないクロエは、ある意味理不尽な理由で叱られて頬を膨らませた。
 マリナとスコットは基本的に反りが合わないのだ。
 スコットはさほど気にしてはいないどころか時折鬱陶しく絡んでくるくらいだが、マリナのほうは彼の適当すぎる性格に辟易しているようだった。
 一応、マリナも彼の実力を認めていない事はないらしく、彼が正しければそれに従うという場面も多々ある。

「どちらにせよ、林みたいに遮蔽物が多量にある場所であの鴉の存在を察知するのはほぼ不可能よ。
 これから先の行動は全てかの魔術師に筒抜けだと思ったほうが賢明ね」

「わしらが件の『鏡』を得た事は知れとるんかのう」

「知らないからこそ偵察の使い魔を放っていた可能性もあり得るわ。
 そもそもあの使い魔は村を、引いてはあの奇岩周辺を監視する為だったのかもしれない。

 仮に知っていると仮定すれば、すぐにでも奪取に掛かるはずよ。
 そうしないというのなら、理由は三通り考えられるわ」

 マリナは右手の指を三本立てて、その内の一本を折る。

「ひとつはあたしたちが『鏡』を握っているから迂闊に手が出せないという可能性。
 要するに人質ならぬ物質にされるのが厄介だと踏んで様子見しているというところかしら。
 これにはあたしたちが『鏡』を入手した理由が魔術師に対する妨害であると向こうが知っていなければならないのだけれど、あたしたちをとりあえずの敵だと認識しているのは間違いないでしょう。

 少しの間でも使い魔の監視が途切れた以上、現在の『鏡』の在り処は知らないはずよ。
 もし『鏡』の所持者が分かれば、すぐにでも襲いかかって来るでしょうから気をつけなさい」

「なるほどのう。『鏡』さえ手に入っちまえば馬鹿みてぇに広範囲の魔術も使い放題ってぇ事か」

「ちなみに『鏡』はいま誰が持っていますの?」

「教える訳ないでしょ。この会話だって盗み聞きされてる可能性だってあるのよ」

 それもそうですの、とクロエはあっさりと引き下がる。
 実は現在の『鏡』の所持者はクロエであるのだが、情報操作の意味も含めてそう発言した。
 この会話を魔術師が収集してくれていればいいのだが、それでなくとも魔術師が『鏡』の在り処を見失った事は確定する。

 マリナは更に右手の指を折り、話を続ける。

「ふたつに魔術師が手を下さなくても何ら問題がない可能性。
 そもそも魔術師はこの村に『鏡』が眠っていると踏んだ上で『恐るべき破滅』とやらをもたらすつもりだった。
 もし村人がそれとは知らずに『鏡』を所持していた場合、それが原因で『鏡』が失われる事は絶対に避けるはず。
 要するに『恐るべき破滅』の対象から『鏡』は最初から外れている可能性が高いのよ」

「それはなっとくできますの。
 かの魔術師がけいけいにこの村に姿をあらわさないのはそのせいかもですの」

「話が見えねぇよ。いっちょおじちゃんにも分かるように説明してくれや」

「魔術師があつかうのはもちろん魔術ですの。
 であれば、『恐るべき破滅』をもたらすのは少なくとも村をつつむほど広範囲な術式にちがいありませんのよ。
 『鏡』をこわさないようにするのにもっとも簡単で、きそんの術式から流用しやすいのが『生物のみを対象とする』設定ですの。

 ここからはわたくしの予想になるのですが、おそらくあの奇岩が対象設定につかわれているのではないかと。
 村の中心にあれほど大きなオブジェクトを配置したのは、あれにちかづいた生物を術式の対象とする設定だったからであればなっとくですの。
 もしこの仮説がただしければ、魔術師があれにちかづいて術式の効果対象になるのをふせいでいるからわたくしたちの前に姿をあらわさないという可能性もあるですの」

「それね……、あたしは魔術に疎いからみっつ目の可能性は少し弱いのだけれど」

 そう前置きして、マリナは最後の指を折る。

「魔術師の求める『鏡』は必ずしも手の中にある必要はなく、『恐るべき破滅』のほうこそが彼の願望という可能性よ」

「なんじゃそりゃ、矛盾してねぇか?
 件のクソ魔術師は『鏡』を得る為に『恐るべき破滅』とやらを引き合いに出したんじゃろ?」

「もし望みを叶える為に大爆発が必要な術式だったとしたらどう?
 魔術師の示した『恐るべき破滅』が村人から見て一種類だとは誰にも断定できないわ。
 『鏡』が見つかれば本来の願望を叶えた余波で村を業火で包み、見つからなければ口封じと腹いせに村を洪水で押し流す。
 どちらも『恐るべき破滅』と解釈できるでしょう?」

「ううん……、ありえなくもないですの。
 おそらく口ふうじのための『恐るべき破滅』……あの奇岩を処理しようとするわたくしたちに手を出してこないところを見ると、もしかするともしかしますの」

 イベロの村長は『鏡』を太陽神の祭器らしいと言っていた。
 数多の神話で最高神に位置づけられる太陽の神を祭る『鏡』である。
 どのような使い方をするにせよ、発生するエネルギーの量は半端なものではないだろう。

「クロエ、太陽神の儀式から魔術師の扱う術式の解析は可能かしら」

「むちゃですの。そもそも情報がまったく足らないですのよ」

 何よりも情報が足らない事が現状で最大の不満だった。
 しかし『鏡』がこの手にある以上、魔術師との戦いは避けられない。
 腹をくくって出たとこ勝負するしかない、なんと参謀泣かせな状況であろうか。

 諦観溢れる会話で作戦会議を締めくくったマリナたちの元へ、必要数の伐採を終えたエリックらが汗だくで向かってきていた。



 村に戻った『陽光を求める者たち』は、まず村長に話を通した。
 元より解決策を持たない村人たちはすぐに奇岩運搬の作戦に乗ってきた。
 その辺りの交渉や指揮を行ったのは、マリナとクロエ、スコットである。
 先ほど丸太の伐採を行っていた残りのメンバーは、各々束の間の休息を味わっている。

 丸太の伐採と運搬により既に相当の時間を消費し、太陽は既に山吹色の輝きを見せている。
 崖までの間に丸太を等間隔に敷き詰めなければならないが、村人の協力を得られたとあってはそれもすぐに終わった。
 後はこれら丸太の上を、奇岩を載せて転がしてゆくのみとなる。

「よーし、皆の衆! いざ押せい!」

 陣頭指揮を執っているのはスコットだ。
 魔術師襲撃に備え、『陽光を求める者たち』は奇岩の運搬には参加せず、それぞれ周囲の警戒にあたっている。
 村人の協力を得られたのは僥倖だったといえよう。

 じりじりと奇岩は進む。
 力ある若者の少ないリベロ村ではあるが、その歩みは決して遅くはない。

「よし、休めい!」

 村人たちは奇岩が逆戻りしないように固定すると、一人また一人と地面に倒れこんだ。
 わずか半刻に満たない時間であったものの、村人の疲弊は相当なものだ。
 あれほどの重量を動かすとなれば仕方のない事である。

「再開する! 各々位置につけい!」

 この時になって、ようやく『陽光を求める者たち』は気がついた。
 日暮れまでにはまだ余裕がある。
 いくら歩みが遅かろうが、いくら山間では日没が早かろうが、あの崖谷に届きうる。

「行けい! 行けい! もうひと踏ん張りじゃ!」

 さすがにスコットは集団を束ねるのには慣れている。
 かつて三桁近くの山賊を率いた彼の手腕は伊達ではないという事だろう。

 じりじりと進む奇岩は、やがて崖谷の淵へと辿り着いた。
 予想よりも遅くなったが、それでも山の裾には山吹色の輝きが顔を残している。

「さんざ脅しかけてきたクソ魔術師のクソ岩を! 蹴り落としてやれい!!」

 スコットの号令の下、血気盛んな村の男衆が奇岩の尻を蹴飛ばした。
 ぐらり、と傾いた奇岩は、そのままゆっくりと傾いでいく。
 やがて丸太を弾き飛ばすようにその身を投げ出し、淵を少し削り取って崖下へと身を躍らせた。

 身震いするほどに切り立った崖谷だ。
 奇岩は道中で岩肌に触れる事なく落下を続ける。
 揺れは感じたが音はなかった。
 というよりも遠すぎて音が伝わる前に強風に切り裂かれてしまったのか。

「……すっげ、見事に粉微塵だぜ」

 崖下を覗き込んで確認したエリックは少し顔色が青くなっていた。
 なまじ奇岩が人型に近かったせいか、粉々に砕けた姿が人体と重なって見えたのだ。

 それを露ほども知らない村人たちからは歓声が上がった。
 二刻以上も運搬に費やした彼らの体力はもはや限界寸前だろうが、それでも飛び跳ねんばかりに喜んでいる。

 しかし雰囲気に流されてはいけない。
 『恐るべき破滅』とあの奇岩が直接関わっていたかどうかなんて、それを仕掛けた魔術師にしか分からない。
 マリナたちは崖から落として砕くと言っていたが、その実あの奇岩を村から遠ざけられればそれで良かったのだ。

 そしてかの魔術師がこれで済ますとも到底思えない。
 鴉の使い魔は、確かにこの場面も主に伝えている事だろう。
 あるいは、最悪の予想通り日暮れには術式が始まってしまうのか。

『……その「鏡」は渡さぬ』

「――!!」

 エリックは絶句した。
 不気味なしわがれた声がどこからともなく聞こえてきたからではなく、彼らの周囲が深く暗い闇に包まれたからだ。
 山吹色の輝きを振りまいていた太陽の光は、黒い霧のような闇に遮られわずかな明かりしか届かない。

『……その「鏡」を我に渡すのだ』

 大音声という訳ではない。
 しかし不思議とよく通る年老いた声が、あたりに殷々と響き渡った。

「このまま引き下がるとは思っていませんでしたが……やはりあらわれましたわね、魔術師!」

 クロエは前方の闇を睨めつけた。
 その瞳と声には、魔術師に対する敵意と敬意が同時に秘められていた。

 この闇の出所について、クロエには大方の予想がついている。
 例の奇岩を砕いた事による『保険』の術式であろう。
 奇岩が使い物にならなくなった場合に発動し、それを実施した者たちを逃がさない為の黒闇の術式。
 しかし監視していたにも関わらず奇岩が破壊されてから出てきたところを見ると、マリナとクロエの予想したふたつめの可能性はあるいは的を射ていたのかもしれない。

『……分かっておるなら話は早い、……我にその「鏡」を寄こすのだ』

「フン、いやだと申し上げましたら?」

 この闇に包まれている以上、選択肢なんてないに等しい。
 クロエの持つ『鏡』こそが唯一かの魔術師に付け入る隙に他ならないのだ。

『今一度言う。速やかに我にその「鏡」を渡せ……』

「ではこちらも一言。ぜったいにお渡ししませんのよ、はぐれ魔術師!」

『魔術師たらんとするならば冷静に考えたまえよ……戦いになってもいいのかね?』

「ふりかかる火の粉ははらうのみ、ですの」

 毅然とした態度でクロエは答える。
 たとえかの魔術師が数十年の先輩だとしても、クロエよりも十数倍の実力があったとしても。
 その傲岸不遜な忠告を受け取るつもりは砂粒ほどもありえなかった。

 少なくとも、クロエが師と仰ぐレギウスならばそうするだろう。
 その忠告を一笑と共に払いのけ、挑発ついでに魔術師を口汚く罵ったろう。
 クロエはそれに倣い、偉大なる師と天才と謳われた自身の名を汚さぬよう、ただ毅然とした態度で迎え撃った。

『……ならば、苦しみ抜いて死ぬがよい』

 魔術師の言葉が終わるより前に、不快な音が周囲を叩いた。
 それは蟲の羽音に似た、聞く者の精神を掻き乱すような低音。
 いや、似ているのではない。
 それは蟲の羽音であった。

 暗い闇の底から這い出たような禍々しい色合いの、人の頭ほどもある蟲がぬらりと姿を表した。
 魔術を使った影響か、魔術師自身の姿もはっきりと視認できる。
 禿げ上がった頭に辛うじて残る頭髪も髭も白い老人だった。

「【蟲の矢】……? 蟲をあつかう魔術師!?」

 生物を扱う、いわゆる使役系の魔術。
 呪術的な側面を併せ持つその系統は、リューン付近のではそうそうお目にかかれない。
 それ故に滅多にお目にかかれない情報不足の相手である。

「みんな、しんちょうに間合いをはかってくださいですの!」

 クロエの海馬より引き出した【蟲の矢】の情報では、術式で召喚される蟲に毒はなかったと思われるが、彼が術式の改変を行っていた場合はその限りではない。
 今の『陽光を求める者たち』は解毒の手段は持ち合わせていない。
 準備不足というよりは、その他の障害に対して手を回した結果であり、どこかで手が足らなくなるのは致し方ない。

「俺、ああいうでっかいムシは苦手なんだよなぁ……」

 あんなでかいの誰でも苦手よ、とマリナからツッコミを受けつつ、エリックは首から提げた七色の七つの石を撫ぜる。

「――変ッ身ッ!!」

 瞬時に己の正義の象徴たる『不撓の魔鎧』をその身に召喚する。
 蟲毒といえどそれが魔術に由来するものであれば『不撓の魔鎧』は多少なりとも緩和してくれるだろう。
 かといって油断や楽観視はしてはいけない。
 死への最短経路を行くようなものだ、特にかの魔術師ほどの手練であればなおさらである。

 魔術師は静かに掌を動かす。
 それが号令だったのかはさておき、召喚された二匹の蟲が『陽光を求める者たち』の元へと飛んでいく。
 狙いはガイアとマリナだ。

「……チッ」

 二人はほぼ同時に迎撃に移ったが、ガイアは無傷であったがマリナは左肩の肉を齧られて出血した。
 ガイアの刀は飛来する蟲を真っ二つに切り裂いたが、マリナの鋼線は柔らかい人体には非常に効果的であるものの頑丈で流線型の甲殻をもつ蟲には効果が薄かった。

「っあ――!」

 肩の肉を食いちぎられそうになりながらも、マリナは蟲を引き剥がす事に成功した。
 そのまま地面に叩きつけたところを、レティシアの細剣の一突きで甲殻ごと貫通させる。

「すぐに治癒を――!」

「要らないわ。それより次に備えるのよ、来るわ」

 マリナは傷を一瞥もせず、乱れた鋼線を改めて整えなおした。
 ガイアも刀に付着した蟲の残骸や体液を軽く拭って再び鞘に戻す。
 それとほぼ同時に魔術師の号令が下り、先刻の倍の量の蟲たちが一斉に襲い掛かってくる。

「はぁっ!!」

 エリックの【雷破】が、マリナの鋼線が、ガイアの刀が蟲たちを叩き落とす。
 押さえきれなかった一匹が脇を通り抜けるも、後衛のレティシアの細剣に叩き落された。

 蟲を全滅させた事で改めて魔術師を見やると、彼は再び詠唱を始めていた。
 周囲には闇よりもどす黒い魔方陣が不気味に浮かび上がっている。
 いくらエリックが鈍くても、あの術式が何のものか想像できないほどではない。

 エリックは駆けた。
 今ならば詠唱に集中していて無防備だ、仮に蟲の召喚に間に合わなくても一撃喰らわせてやるだけの余裕はある。

 【雷破】は自らの気力を雷撃に変えて戦う気功闘法であり、基礎であるそれにもわずかに『溜め』にあたる文字通りの充電期間が存在する。
 さっきの蟲への対処に【雷破】を使ってしまった為、連発できない状況ではあるがエリックの会得した技は【雷破】だけではない。
 交易都市リューンの誇る気功闘法の基礎、【掌破】がある。

「――さぁさぁ、矯正の時間だ! 喰らえい!」

 渾身の【掌破】が魔術師の鳩尾へと吸い込まれる。
 しかし、

「なッ……にぃ!?」 

 次の瞬間にはエリックはバランスを崩して転げていた。
 【掌破】が直撃したはずなのに手応えどころか何かに触れた感触すらなく、エリックの目には魔術師の身体を通り抜けたように見えた。
 混乱する頭のままのエリックは大量の蟲の羽音で我に返り、転げた勢いを利用して地を蹴って魔術師と距離をとる。

「何だってんだよ、今のは!」

「リーダー、早くはなれるですの!」

「クロエ! 今の俺、どうなったんだ!?」

 エリックの疑問を放っておいて、クロエは呪文の詠唱に入る。
 幾ら相手が大群であろうが、それが精神を持つ者なら一網打尽も可能な魔術の詠唱だ。

「……《眠れ》!」

 クロエの唱えた【眠りの雲】は魔術師の周囲を包み込んだ。
 蟲たちは一匹また一匹とふらふらと揺れ、地面に落ちていく。
 魔術師自身は完璧に抵抗に成功したらしいが、その眉間には深い皺が刻まれている。

 地に落ちた蟲は、エリックやガイアに移動のついでにあらん限りの力で踏み潰された。
 残った蟲を、束ねた鋼線でマリナが、細剣の鞘でレティシアが叩き潰していく。
 魔術師はそれを眺めながらも余裕をもって更なる呪文を紡ぐ。
 今度は虚空に禍々しい魔方陣は現れず、どうやらさっきとは違う呪文のようだ。

「スコット! 魔術師を射るですの!」

「あいよぅ、お姫さん」

 クロエの指示にスコットは不気味なくらい大人しく従い、クロスボウによる射撃を行う。
 ヒュン、という軽い音と共に撃ち出された矢は詠唱で派手に動けない魔術師へと迫り、そして右肩へと突き刺さった。
 さっきのエリックの攻撃は表情も立ち位置すら変えずに回避しおおせたはずの魔術師の表情が苦痛に歪む。

「なッ、さっきはかすりもしなかったのに!?」

「答えは蟲の羽音ですの。大量の羽音を重ねることで魔術的なリズムを生みだし、それを自分のまわりに配置することで一種の不可侵結界を作り出していたんですのよ!」

 蟲はごく普通に飛ぶだけで羽音を生み出している。
 それらを魔術的な記号に当てはめるように召喚し、調整する事で自身への干渉の一切をシャットアウトしていたのだ。
 故に周囲に蟲のない環境を作り出してやればその結界はいとも容易く崩れ去る。

 スコットはただ指示に従うだけの間抜けではない。
 自身が魔術的見解に疎いとはいえ、魔術師も人間である事に変わりなく、人間であればある程度の心理を読み解く事は可能である。
 『陽光を求める者たち』の監視を続け、かつ奇襲による足止めまでやりきった用意周到な魔術師が、その身を曝け出すにはそれなりの保険が打ってあると仮定し、それが会戦直後に召喚された蟲に関わっていると推理するのは彼にとってそう難しくなかった。
 言うなればあの指示の瞬間、クロエの魔術的見解とスコットの人間の心理的見解は一致していたのだ。

「小癪な……!」

 魔術師は矢創に構わず詠唱を完成させると、虚空より黒い杯を生み出す。
 杯に注がれているのは紅茶よりも赤く紅い血液のような液体だった。
 魔術師はそれを一気にすと、歯を食いしばって突き立ったクロスボウの矢を引き抜いた。

 しかし傷口より吹き出るはずの魔術師の血液も、通常よりもずっと少ない。
 蟲が全滅した後に蟲の追加召喚よりも優先した黒杯の魔術。
 それは自己修復術式であろうと容易に想像がつく。

「【鮮血の杯】ですの……即効性はない代わりにしばらくのあいだ自動で治癒がはたらきますの」

 クロエの記憶するところによれば、【鮮血の杯】は考えなしにあらかじめ発動しておく、といった使い方のできない術式だ。
 怪我をしていない平時においても治癒効果は消耗され、最悪の場合は魔力の無駄遣いになってしまう恐れがある。
 当然であるが相手の攻撃を予測して使用すればその性能を最大限に発揮できるといえよう。

「なるほど周到な魔術師だわ」

 吐き捨てるように、マリナは言った。
 こちらの会話など聞く耳持たぬとばかりに、魔術師は三度【蟲の矢】の呪文を紡ぐ。
 現れ出でた四匹の蟲が不可侵結界の要たる羽音を立てて飛び回る。

「《清冷なる小さき種子よ、束となりて彼の者を穿つ鋭き疾き花弁となれ》!」

 その一瞬、まるで雪に触れたかのようなひやりとした感覚を覚えた。
 クロエの紡いだのは【花散里】という冷気系の術式である。
 魔力によって急激に冷やされた周囲の水分が花弁に似た鋭い氷として形成され、集団を切り刻む。
 特筆すべきは単純な物理的攻撃だけでなく冷気による間接攻撃もできる部分にある。

「……《舞え》!」

 氷の花弁は虚空を舞い、その鋭い刃を蟲や魔術師に突き立てる。
 頑丈な甲殻にはさほど効果がなくとも、甲殻の隙間に刺さった氷の花弁が蟲を一気に冷やし、その動きを永久に止めた。
 あくまでも対群術式である【花散里】は単体に大きなダメージを与える事は難しく、魔術師の傷は【鮮血の杯】によってほぼ治癒されてしまった。

「【鮮血の杯】の弱点は――」

 それだけで十分である。
 対人、しかも一対一に優れるエリック、マリナ、ガイアといった連中が何の気兼ねもなく魔術師に殺到できるのだから。

「――治癒には時間がかかる、ということですの」

 先刻とは違う意味で魔術師はクロエの言葉を無視して、凍りついた下草を踏み折りながら必死で後退する。
 しかし即座に追いついたマリナが魔術師の片腕に鋼線を絡ませ、瞬間的な連環とする。
 振りほどかれる前にマリナ自身が解いた鋼線に、エリックの【雷破】による雷撃が加えられた。
 鋼線を伝った電流が魔術師の身体を強制的に停止させる。

 その間に接近したガイアの刀が、魔術師の腹を横一文字に裂いた。
 分厚いローブに多少は勢いを殺され、【鮮血の杯】による自動治癒で死ぬ事はないかもしれない。
 それでも【鮮血の杯】の治癒力を使い潰し、かつ魔術師の戦意を喪失させるほどの大怪我である事は揺らがない。

「ガ――、」

 膝を突いた魔術師は、

「――ガ、アアア!! ああああああ、あああァァァアアアアアーーー!!!」

 天を仰ぐように仰け反り、この世の全てを呪うような叫び声をあげた。
 裂けた腹の傷が、ぐいいい、と盛り上がる。

「――なッ!?」

 それはギチギチと細い節足を動かし這い出る蟲だった。
 腹の傷から出たのではなかった。
 蟲は、魔術師の腹を食い破って出てきたのだ。

「……ッ!」

 蟲は一匹だけにとどまらなかった。
 更に後から、うじゃうじゃと大量の蟲が溢れ出した。
 腹だけではない。
 口から、目から、耳から、その他体中の穴という穴から、大量の血糊と蟲が這い出でた。

 かのおぞましき蟲共はなおも尽きる事無く魔術師の全身から湧き出し、見る見るうちに魔術師の身体に取り付いていく。
 やがてその全身を完全に覆いつくしてしまった。
 人の形をなぞるようにうごめく蟲共は、否、その全ては風化するが如く、木目細かい塵と化して空気中に溶け出すように消えていった。

「……いま、『奈落』への回廊が閉じました。
 これが……、これが黒魔道に魅せられ、道を外れた者の末路ですの……」

 クロエは、呆然とそう呟いていた。
 続きは口に出せなかった。

(これほどむごい末路であろうと、このちからに魅せられる者はあとを絶たないですの……
 因果応報とはよくいいますが、かれら黒魔道の徒はその因果律すらおかそうとします。
 くさっても同じ魔道の輩、理解できなくもないのがくやしいですの……!)

 もはや何もなくなった地面を見つめ、クロエは己の唇を噛んだ。
 魔術師が張った黒闇の結界はすでに解けていたが、今度は本物の夜の闇が辺りを包み始めていた。



 こうして、『陽光を求める者たち』のイベロ村での依頼は終了する。
 あれだけの実力者を相手に死者が一人も出なかったのは奇跡に近い。
 村人も闇に惑わされて転んだしまった人間はいても、怪我らしい怪我を負った者は一人もいなかった。

「うむ、確かに六〇〇枚じゃの」 

 村長より渡された麻袋の中身を検めたスコットは、そう言って自らの懐に収めた。
 同時にマリナからツッコミという名のケンカキックを貰ったが、本人はあまり気にしていない。

 さて、『鏡』であるが、これは村には返さずに『陽光を求める者たち』が持ち帰る運びとなった。
 というのも事の発端がこの『鏡』であり、以降も同様の黒魔道の徒に狙われる危険性があると説得すると、村人の決定は早かった。
 『陽光を求める者たち』は見事『鏡』を持ち帰り、好事家アルブの依頼を完遂したのである。

「……なんて訳にもいかんよなぁ」

 好事家アルブに渡せば大きな見返りが期待できる。
 しかしこれほどまでに苦労して手に入れた『鏡』が一人の好事家の快楽に寄与するというのは些か不愉快に思う。
 その上、この『鏡』は軽々しく取り扱っていいものではない。

「仕方がないわ。この『鏡』は危険すぎる」

「魔術師学連に研究資料として取引をもちかければ、依頼主ほどではないけどいくらかしはらってくれるはずですの」

 かの魔術師が『鏡』を求めた理由が不明瞭である以上、用途や術式の解析を行わなければ常に危険が付き纏う。
 その点、魔術師学連ならば少なくとも好事家のコレクションルームよりは安全だし、悪用の危険性も少しは低いだろう。
 幸いにもクロエには魔術師学連と太いパイプを持つ。

 リューンに戻ってすぐに交渉に赴き、その甲斐あって銀貨五〇〇枚という結果に至った。
 本来の報酬の半分ではあるが、それでも大健闘であろう。

 結果的には好事家の依頼を達成できはしなかったものの、元々あまり評判の良くない依頼人だ。
 同情されこそすれ、非を咎められる事はないはずだ。
 ただし結局村の依頼や魔術師学連との取引などであまり損はしていない事は内緒である。

 ともあれ、エリックは自らの『正義』を貫き、村を脅かす悪の魔術師を退けたのであった。



【あとがき】
『陽光を求める者たち』、Lv2のシナリオはMNSさんの「大猿岩」です。
こちらも寝る前サクッとシリーズに収録されているシナリオですね。
制限時間の中でやれる事が多く、すごく自由度が高いつくりになっています。
色々なルートがあるのですが、今回は初見プレイ時と々ルートを辿ってみました。

さて、今回はクロエ回でございました。
すでに考察力や洞察力はかなりのものをもっています。
あとは経験を積めばバリーやレギウスにも匹敵する才能を秘めているんじゃないでしょうか。
すでにお察しの方もいらっしゃるかもしれませんが、バリーが火炎系という事でクロエは冷気系の魔術を修めてゆきます。


☆今回の功労者☆
クロエ。いい子いい子。

報酬:
村からの報酬→600sp
魔術師学連と取引→500sp


≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『大猿岩』(MNS様)
『花散里』(sue様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。

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周摩

Author:周摩
しがないリプレイ書きのブログです。

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