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リプレイ記:月歌を紡ぐ者たちの記事一覧

ロスウェル五月祭 アナザーサイド/レギウス 

 すっかり日が暮れた深緑都市ロスウェルの住宅街、その屋根の上をひた走るひとつの影。
 正確には大きな猛獣の背に乗った魔術師が一人。

 火光獣ポチの背に跨って賢者の塔を目指すレギウスは奇妙な感覚を覚えていた。

「……妙だな」

『妙、とは?』

 少しも速度を緩めずに火光獣は問う。
 初めの内はこうして誰かを背に乗せる事に不満を漏らしていたが、今ではすっかり従順である。
 おそらくこの主には何を言っても無駄だと悟ったのだろう。

「仮にも今夜は五月祭だぜ。人が少なすぎやしねェか」

 ちらり、と火光獣は人間よりも広い視野で街を見渡す。
 中心街には未だに煌びやかな明かりが瞬いており、とても少ないとは言い難い。
 が、レギウスの言わんとしている事は分かった。

『何ぞ準備でもしているのやも知れぬ』

「魔術的な人払いか、あるいはもうとっくに皆殺しにされたか」

『後者は無かろう』

「可能性はあるぜ」

『血の臭いがせん。それに夜となったのはつい先刻だ。いくら最強の夜の眷属たる吸血鬼でもこの短時間では』

「先入観は捨てろ。吸血鬼が起こした事件に吸血鬼以外の存在が混じってねェと誰が断言できる?」

『……む、』

「第一、吸血鬼っつったら血液を扱うスペシャリストじゃねェか。血の行方なんざどうとでもなる」

『考えすぎではないのか』

「だったら良いじゃねェか。仕事が楽になって困る事ァねェだろ」

『しかし――』

「お喋りは終いだ」

 レギウスの向けた視線の先には、街一番の高さを誇りそびえ立つ賢者の塔。
 火光獣の速度であればもう四半刻も掛からないだろう。
 併設されている大学の庭を突っ切れば尚更だ。

 その庭も街と同様に静かで、人っ子一人見当たらない。
 しかしこの状況ではむしろ好都合だろう、ごちゃごちゃ人が居ては通行の邪魔だ。
 屋根から降りて、芝生の上を駆けさせる。

「――ッ、跳べ!!」

 急速な魔力の膨張を肌で感じ、レギウスは叫ぶ。
 即座に命令を理解した火光獣は高く跳んだものの、突風にあおられてバランスを崩した。

『む、ぐ――!』

 いや、ただの風ではない。
 灼けつくように熱い。

『爆発、だと!?』

 爆風により弾け飛んだ土砂がまるで矢のように襲い掛かってくる。
 火光獣の瞬発力がなければとても避けきれなかっただろう。

 直撃を受ければもとより、仮に避けられたとしても二段構えの凶器が対象をずたずたに引き裂く。
 何とも周到で残忍な、基礎を忠実に守ったようなセオリー通りの攻撃魔術だ。

「チッ、まただ! 右に跳べ!」

 着地した瞬間に、レギウスはまたも魔力の流れを感知し、即座に指示を出す。
 火光獣が地を蹴った一瞬後に遅れて地面から火柱が上がった。
 一度や二度に留まらず、その攻撃は何度も何度も繰り返されていく。

(狙撃か?)

 次第に爆発のタイミングが調整されていく感覚をおぼえ、レギウスは舌を打った。
 こうなってしまうと、だだっ広く遮蔽物の少ない大学の庭を選んだのは間違いだったと断ぜずにはいられない。
 だが、レギウスの判断に誤りはなかったはずだ。

(どうして俺の位置がバレた? いや、それ以前に何を材料に俺を敵だと判断してやがる?)

 レギウスは固定観念に囚われない。
 少し考えを巡らせればすぐに答えにたどり着けるような問いだとしても、必ず一度は熟考する。

「……迎撃かよクソッタレ」

 あからさまな人払いと初撃の命中精度、そして執拗な追撃を鑑みればその可能性が最も高い。
 おそらく大学の構内から賢者の塔周辺にかけて大規模な感知術式が敷いてあったのだろう。
 迎撃術式と必ずセットで用いられるそれは、あのセオリーを忠実に守った爆破の術式を見る限り、これまたセオリー通りに厳重に隠されていたのだろう。

 追撃間隔の正確性を見れば設置型の術式だろう、というのは予想できる。
 となれば、直撃を避けるためのジグザグ行動はほぼ無意味だ。

 問題はその起動方法であるが、こちらは単純な自動起動型と遠隔操作型法が存在する。
 術式に設定された範囲で対象を感知した場合に起爆する自動起動型であれば、レギウスのような不確定な侵入者への迎撃に向くものの、術者が関与しないため確実性に欠ける。
 反対に遠隔操作型は術者が術式の操作に集中するだけ確実性は増すが、不確定な侵入者への迎撃に向かない。

(セオリー通りだったら――)

 適材適所。
 人や物に向き不向きが存在するのなら、それらが最も効率的に力を発揮する場所に宛がってやればいい。
 遠隔操作型が不確定な侵入者への対応を不得手とするならば、まずは自動起動型に対応させ、それから切り替えればいいのだ。

(――この辺りか)

 そこまで読めたとしても、大学の構内に足を踏み入れた時点ですでに術中に陥っている。
 次第に間隔を詰められていく爆風に煽られバランスを崩した火光獣を狙い、イレギュラーな火柱が立ち上った。
 その盛大な火力は、静かに聳え立つ賢者の塔を山吹色に照らす。

 火光獣が放った火球の反動でわずかに直撃を避けられたが、それでも踏ん張れたのは当の火光獣だけだ。
 その背に跨っただけのレギウスはまるで木の葉のように吹き飛ばされ、大学の一室へと壁を突き破って突っ込まされた。
 未だに粉塵の舞う家屋の片隅で、レギウスは壁を背に座り込む。

「……ったくよぉ」

 その左腕は爆風によって凶器と化した材木や石の破片によりずたずたに切り裂かれ、血を流し続けている。
 幸いな事に太い血管は傷ついていない様子で、そこらから適当な布を拝借して止血を行うだけに留めた。

『無事か、主よ』

「指は動く、手首も動く。痛ェだけだから問題ねェ」

『無茶はするな』

「ここで寝てても何も解決しねェんだよ」

 吐き捨てるように言って、レギウスは再びポチの背に跨る。
 問題ないとは言ったが握力の低下は否めず、下手すれば振り落とされかねない。
 痛みの走る左腕をポチの首輪に通して固定する。
 万が一の場合にすぐに飛び降りられるようにあくまで軽めに、である。

「まずは爆発の仕組みを知る必要がある」

『ひとつ心当たりがある。爆発の一瞬前、爆心地に何か光る物が視界に入った』

「光る物だと?」

 その言葉に反応したレギウスは顎に手を当てて考え込む。
 実際に己の目で確認した訳ではないが、レギウスの脳裏にはひとつの仮定が立った。
 それを確認しようとしたレギウスはハッとした。
 腰に帯びていたはずの【理知の剣】が消失している。

(爆風で落としちまったか?)

 【理知の剣】は術式展開・呪文詠唱を補佐する魔具である。
 あれがあるのとないのとでは戦闘面において大きな差が生まれる。

「チィ、探し物が増えちまった」

「――もしやお探しのものはこれですか?」

 頭上からの声に、レギウスはゆっくりと顔を上げた。
 レギウスは魔術師であり、気配を読むよりも魔力を読むほうが得意だ。
 その彼がこの距離まで魔力のにおいすら漏らさずに近づかれているのだ、今更焦ったところでどうしようもない。

 くすんだ茶髪を揺らしながら真っ赤な瞳をこちらに向けているのは、明らかに人外の気配を漂わせる男だ。
 その手には月明かりを反射してきらきらと輝く【理知の剣】が握られている。

「一応聞いといてやるよ。誰だオマエ」

「私はアーサー・マクレーン。吸血鬼の『貴族』……、と言っても分からないでしょうが。まぁそれなりの階級の吸血鬼ですよ」

「謙遜も度が過ぎると嫌味に聞こえるモンだぜ。『貴族』って言やぁ上から数えたほうが早ェモンだろうが」

 おや、とアーサーと名乗った吸血鬼が反応する。
 吸血鬼でもなくそれに関わりの薄いはずのレギウスが『吸血鬼の組合』のみで伝わる階級を知っているとは思わなかったのだろう。
 事実、レギウスも例の『神族の帆船』の仕様書の端に記された注釈がなければ知りえなかった情報である。

「身近に『王族』がいるといまいち実感が沸かないものでして。それに、私の専門は魔術こちらですから」

 自嘲の笑みを口元に浮かべ、アーサーは【理知の剣】の切っ先をレギウスへ向ける。
 高速で迸る魔力を感じ、レギウスは火光獣の首輪を思い切り引っ張った。
 その異常行動が緊急を要するものだと瞬時に判断した火光獣は即座にその場を跳び退く。

「《火柱よ》」

 あまりにも短い詠唱。
 しかし確かに術式は発動し、火光獣が跳び退く直前の地面より巨大な火柱が天を衝く。
 避け遅れていれば消し炭は免れなかっただろう。

「逃がしません。――《火柱よ》」

 アーサーは続けざまに魔術を放つ。
 詠唱の短さによって通常では有り得ない速度での連続魔術。
 【理知の剣】のもつ詠唱補佐の賜物か。

「足で合図する。右で叩きゃあ右、左で叩きゃあ左だ。首輪ァ引っ張ったら真後ろだ、いいな!」

 その指示とほぼ同時に右足で火光獣の腹を叩く。
 火光獣の返答は直後の火柱の爆音によって掻き消されたが、彼はしっかりと指示に従っていた。

 家屋を抜け、再び大学の庭へとステージを移す。
 しかし遮蔽物のないだだっ広い場所では良いように狙い撃ちされるのは明白だ。
 再びジグザグ行動を取らせて、なるべく茂みのあるほうへと向かっていく。

「……チッ!」

 先ほどとは比べ物にならない速度で放たれる爆炎にレギウスの集中は乱されっぱなしだ。
 【理知の剣】による精神統一効果がないだけなのだが、本来は戦場において術式を組み立てるのは難しいものである。
 盾や囮といった役目をこなす前衛がいない戦いであれば尚更だ。

「ダメだな。とにかくアレを取り返さねェと話にならねェ」

『この状況で奴に近づけと?』

「察しが早ェのは評価してやる」

 はぁ、と火光獣の口からため息じみた呼気が漏れた。
 呆れ果ててはいるらしいが、それでも彼は大きく弧を描いて進路を真反対へと変える。
 この暴君が何の勝算もなく敵に向かっていくなど有り得ない。
 そう信じているからこそだった。

「おい、焦って俺の指示を無視するんじゃねェぞ」

『他人事のように言うな……』

 家屋を飛び出してより既に五〇を数えるほどの攻撃を受けつつも、火光獣はそれらを全て紙一重で躱している。
 というのも、レギウスはすでにアーサーの癖のようなものを見抜いていた。
 火光獣の脚力を警戒しているのか、一足飛びで接近できるような地点からは必ず壁を作るように互いの間に火柱が立ち上るのだ。
 万全の布陣と思わぬ幸運により手に入った魔具があっても一切油断がない。
 どうにも堅実な男のようである。

「……、」

 レギウスは火光獣の進路を弧を描くように指示を出し、わずかずつ内側に向けていった。
 安全地帯の確保と引き換えに、アーサーには火光獣の脚力を分析する時間と材料を与えてしまう。
 それでも近づかなければレギウスにも勝機はない。

「なかなかしぶといですね。なんだか楽しくなってきました」

 相手の声が届くほどの間合いに入った。
 再び火光獣の足元を狙う火柱が立ち、壁となって妨害する。
 はずだった。

「――解析完了だクソ野郎」

 まるで火光獣を避けるように彼の両脇で火柱が壁を作った。
 悠々と炎の抜け穴を通って、アーサーと同じ塀の上へ昇る。
 ここでようやく、二人の魔術師は真正面から相対した。

「な、に……!?」

【理知の剣】おもちゃが手に入ったからってはしゃぎすぎたな」

 火光獣の背中から、レギウスはアーサーを見下した。

「呪文詠唱ってのはリズムとテンポにも意味を持たせて成立してるんだぜ。いくら【理知の剣】で詠唱の短縮を図ろうが、オマエのそれはあまりにも呪文詠唱が短すぎる。つまりオマエが唱えていたのは起動術式じゃねェ。単なる解錠詠唱リリースワードだ。そしてその肝が……」

 こいつだ、とレギウスが指で弾いたのは月明かりを受けてきらきらと輝く小さな石だった。
 赤い光を反射するその小石は、世間一般ではガーネットと呼ぶ宝石である。
 放物線を描いて飛んでくる宝石に、アーサーの顔色が変わった。

「何度も聞かされたんだ、覚えてんぜ――《火柱よ》」

 短い解錠詠唱が終わった直後、空中の宝石が一瞬の輝きの後に巨大な火柱と化した。
 レギウスが奪い、制御した術式が炸裂したのだ。
 あまりにも巨大な火柱は熱風を撒き散らし、傍の屋根に立っていたアーサーを吹き飛ばし、強制的に地面へと叩きつける。

「くっ、貴様……!」

 呻きながらも、アーサーは共に落とされ放られた【理知の剣】へと手を伸ばす。
 しかし、まるで魔具が拒否するようにひとりでに動き出し、やがてその身を立てて空中へと飛んだ。
 放物線を描いて飛んだ【理知の剣】は本来の持ち主であるレギウスの手に戻る。
 誰かの手に握られていなければ印がつけられた刃物は【操刃の舞】によって奪還できるのだ。

「そうそう、オマエはそうやって何もかも手に入れられずに這いつくばってんのがお似合いだぜ三流魔術師」

「おのれッ!」

 見下され、激昂したアーサーは無手のまま魔力を練る。
 魔具の有無は魔術戦において決定的であるとは彼自身も良く知るところであろう。
 それでも距離を取らずに詠唱を優先するという事は。

「……魔術ってのは無から有を作るわけじゃねェ。小さな有を掻き集めて呼び出し、術式として発現する。オマエのもそうだ。宝石は単なる起動媒体であってそれ自体を動かすための術式が必要になる」

 レギウスと火光獣が立っている塀の上、そしてその周辺がチカチカと瞬いた。
 ガーネットにトルマリン、トパーズといった色とりどりの無数の宝石が、風にあおられるように蠢き、周囲へ降り注いでいた。
 つまりはこれがアーサーの行っていた遠隔操作型の迎撃術式だ。

「くだらねェ」

 ヒュガッ、とアーサーの首から漆黒の刃が生える。
 それは【操刃の舞】によって背後から襲い掛かった黒塗りの短剣だ。
 アーサーは三流だが、たとえ上等の魔術師であってもその喉を潰されれば詠唱は不可能だ。
 吸血鬼の治癒力があったとしてもそれを引き抜くまでの時間くらいは稼げる。

「解析は完了したって言ってんだろ。オマエがやったのは後処理がやっかいな宝石の場所をわざわざ教えただけだぜ?」

 レギウスの短い詠唱が、複数のナイフを操ってそこらに散らばる宝石を空中に跳ね上げた。
 続いて疾風の魔術がそれらを乗せてアーサーの周囲にばら撒いた。

「ッ、が――!!」

「これで掃除も済む――《火柱よ》」

 短い解錠詠唱によって解放された膨大な魔力は連鎖的に宝石に仕込まれた術式を食い破って暴走し、アーサーを中心に大爆発を引き起こした。
 爆風が周囲を薙ぎ払い、家々の窓を吹き飛ばす。
 瞬間的に跳躍し、空中へ逃れていたレギウスと火光獣は長い滞空を経て瓦礫の山となった塀の近くに降り立った。
 いくらか消費していたとはいえ、残火力の全てを一身に受けたアーサーはぼろ雑巾よりもひどい有様で爆心地に転がっている。

「……まぁ、吸血鬼の『貴族』だってんならこの程度じゃ死なねェんだろうが」

 レギウスは改めて腰に括り付けていた短剣を抜いた。
 対不死者用に誂えた銀の短剣である。
 これにも当然、【操刃の舞】の制御に置くための印を打ってある。

 もはやぴくりとも動けないアーサーの心臓に――とはいえどこが心臓かは非常に分かりにくかったが――銀の短剣が突き立ち、賢者の塔には再び静寂が戻ってきた。



 賢者の塔に突入したレギウスは、研究棟の一室でぐーすか寝ているクロエ・キャンベルを発見した。

「オイ、無事か」

「んー、むにゃむにゃ……ししょー、もうおぼえきれないですのー……えへへ」

「起きろクソガキ」

 訳の分からない寝言にイラついたレギウスは柔らかな弾力を返すクロエの頬を左右に引っ張った。
 驚いて飛び起きたクロエは顔を赤くしながら頬を撫でている。

「な、なにをするですのししょー! 寝こみをおそうなんて紳士じゃないですの!!」

「まァだ寝ボケてンのかコラ」

「ひゃっ、い、いたいですのししょー!」

 おしおきとして追撃の頬つねりを敢行した事で、クロエは今度こそ覚醒したようだ。
 きょろきょろと辺りを見回し、ここが賢者の塔の一室である事に驚いている様子だった。

「おかしいですの。まだおねむの時間にははやかったはずですのに」

「暢気すぎんだろオマエ」

「ねる子はそだつ、ですの」

「育つ前に死ぬかもしれねェんだ。眠かろうが働いてもらうぜ」

「死……!? い、いったいなにが起こっていますの!?」

 レギウスは「説明は後だ」と突っぱね、例の『神族の帆船』の仕様書をクロエに渡す。
 先ほどの戦いで破損や紛失しなかったのは僥倖だった。

「こいつの解析作業を大至急だ。名称見りゃ分かるが北欧神話系の資料を重点的に調べて紐解け」

「はぁ、『神族の帆船』……、豊穣神フレイがもつとされる帆船ですの?」

「多少知ってるからって先入観に囚われんじゃねェぞ」

「そのくらい、いわれずともわかっていますの!」

 ぶーっ、とふくれるクロエに後を託し、レギウスはすぐに研究棟を出る。
 
「ししょー、どこいくですの!? そのけがでうごくなんて無茶ですの!」

「休んでる暇ぁねェんだよ。生憎とやらなきゃならねェ事が山積みでな」

 再び火光獣を霊界から呼び出し、レギウスはその背にまたがる。
 そして思い出したように懐から短剣を取り出してクロエに放り投げる。

「あぶっ! 鞘つきとはいえあぶないですのししょー!!」

「オマエはこれを持って『蒼天の雫亭』に戻ってろ。エリックが首尾よくやってりゃそいつの印から俺の魔力を追えるはずだからな」

「??? よくわかんないですの」

「……女狐マリナにでも渡せば勝手に理解するだろ。ほらとっとと行け」

「むー!! ひとづかいがあらいですのーーー!!」

 寝起きなのもあってか少々ご機嫌斜めなクロエはぶーたれながらも研究棟を飛び出していった。
 レギウスもまた火光獣を駆り、再び夜の街へとその身を躍らせる。

 賢者の塔は解放した。
 じきにその機能を取り戻し、彼らは各々の判断でこれからの惨劇に立ち向かうだろう。
 孤児院にはエリックが向かっている。
 となれば、残るは。

「――レギウス!」

 中央通りに差し掛かったところで声をかけられ、レギウスは声の主へ視線を向ける。
 そこに立っていたのは魔導ランタンの光を受けて輝く金髪をなびかせている長身のエルフ――ミリア・アドラーク・グラインハイドであった。
 その傍にはレンツォ・ディ・ピントの姿もあったが、レギウスはミリアがこの場に現れた事に内心驚いていた。

「ずいぶん都合がいい時に現れるじゃねェか」

「あ? それよりなんだったのよさっきの爆発。あんたボロボロだし、なんか知ってるんじゃないの?」

「話せば長くなる……つーかその前に信じられるかどうかってところだがな」

 コヨーテの正体には触れないようにレギウスは何とか言葉を選んで説明を始めた。
 が、途中でミリアもレンツォも知っていると分かったので簡潔ながら包み隠さず全てを話した。

「……となりゃ私が宿に戻ってもやれる事はないわね。もちろんレンツォも」

「え、それじゃそのアイザックとかいう吸血鬼と戦うの? 無茶だよ、つい一昨日そんな奴と戦ってボロボロになってんだしさぁ!」

「吸血鬼は止めなくちゃならねェが、その前に大型魔具が街を蹂躙するおそれがある。俺たちはそっちの被害を最小限に食い止めなくちゃならねェが、とにかく時間が足りねェんだ」

 レギウス自身、あまりミリアと話した事はないが、彼女がキルヴィ出身のエルフである事は知っている。
 そしてその左眼周辺に刻まれた『黒化の刻印』が告げる事実もまた、彼はよく知っていた。
 その上で、レギウスは適材適所を判断する。

「街の中は俺たちがどうにかする。だからオマエはキルヴィの里へ行け。エルフたちに警告と避難を伝えるんだ」

「……里に、ね」

「眼帯でも用意しておくべきだな」

「フン、要らないわよ。……それにしてもあんた、結構いい度胸してんじゃない」

 レギウスは口の端をつりあげて応えた。

 時間がない。
 二人はそれ以上の言葉を交わさず、互いに目指すべき場所へと駆けだした。
 後ろのほうでレンツォが慌てている様子が聞こえてきたが、すぐに風の音に紛れれて聞こえなくなる。

「――クソッタレが。よりにもよってこの街を狙いやがって」

 そんな彼の独白もまた、ロスウェルの夜の闇に溶けて消えていった。



【あとがき】
今回は五月祭編のレギウスサイドストーリーです。
五月祭本編にもがっつり役割を持って舞台に上がっていた彼は、コヨーテ不在の間はこう動いていたんですね。
そして本編に登場しておきながらナチュラルに消えていたアーサー・マクレーンもここにいました。
ごめんねアーサー……お疲れ!!

この話を書くにあたって、火光獣ちゃんの酷使が過ぎて大変でした。
大体このあとは空飛ぶ船に駆け上るんですよ。大変だ。

レギウスどうしてこんなに頑張ってんの? という方はぜひ『ウーノの追想』を読んでみてください。
ロスウェル五月祭は色んなキャラの最初の大きな分水嶺になるお話なので、後から追いかけても楽しめるように書いていきたいですね。

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ロスウェル五月祭 アナザーサイド/ミリア 

 薄暗い室内は紫煙で満たされていた。
 まだ日は高いというのにどの窓も締め切られていて、換気すら望めない。
 本来、賭場というのは違法である。
 しかし盗賊ギルド等の大組織が資金繰りを兼ねてそういう場を開く事は、ロスウェルのような中規模以上の街では暗黙の了解として容認されている。

(こんな祭りの日にも僕らは通常営業、ってね)

 手の中のカードをいじりつつ、レンツォは表情を読まれないように控えめに笑んだ。
 とにかく今日のレンツォは絶不調である。
 ことごとく負けが続き、昼前だというのにすでに軍資金のほとんどが誰かの懐に飛んで行ってしまった。

 しかし、この手札からはそういった負けの雰囲気は一切感じられない。
 何しろ配布された手札でジョーカーを含めたフラッシュが完成するという恐ろしさである。

 通常、賭場で行われるポーカーではジョーカーを使用しないのだが、ロスウェル盗賊ギルドが主催する賭場ではワイルドポーカールールを採用している。
 深緑都市にちなんでか、緑色が最も高い一〇〇点のチップになっているなど、街の特色ごとに設定されるハウスルールが旅先での賭場での楽しみ方であるとレンツォは考えている。

「あー、おほん」

 物思いに耽っていたら隣のプレイヤーから催促された。
 すぐさま我に返ったレンツォはオープニングベットの宣言を行うために思考を進める。

 手札は限りなく最高に近い。
 交換前に強力な手札が揃っているのだ。
 ここは勝負に出るべきだ。

 しかし焦ってはいけない。
 迂闊にレイズを宣言してしまえば手札の質を公開するのと同義である。
 ここは欲を張らずにコールを宣言して周囲のプレイヤーの警戒度を抑えなければならない場面だ。
 この手を最後の最後まで隠し、他のプレイヤーにより多くのチップを吐き出させなければならない。

 場を見れば、全てのプレイヤーがチェックを宣言しているらしい。
 ここはレンツォも同じようにチェックを宣言する。
 続いて反時計回りにターンが回り、それぞれチップを賭けていく。

「いいねぇ、コールだ」

 あえて明るめに、レンツォはコールを宣言した。
 すでにここ何戦もか同じようにコールして負け続けている。
 いわゆるブラフのブラフである。
 たかだかファーストベット程度のチップを得てもつまらない。
 これでも自称欲を張っていない賭け方である。

 レンツォのコールに続けて半数のプレイヤーがコールを宣言した。
 絶不調のレンツォなど眼中にないといったところだろう。
 それが彼の術中に嵌っているとも知らずに。

「レイズ、二五だ」

 レンツォの右隣のプレイヤーが掛け金を上乗せした。
 彼はここまで絶好調の流れを掴んでおり、その手元にはチップが山のように積まれている。
 ブラフにしてもその手札は役なしブタではない気がする。

 改めてそのプレイヤーを見てみると怪しい風体だった。
 暗めの色合いのニット帽をかぶり、身体の線を隠す大きめの外套は、時代錯誤の暗殺者を髣髴とさせる。
 しかしその顔立ちはなかなかに整っていて、身体の線が隠れている事も相まって声を聞かなければ女性に見間違えても不思議ではないだろう。

 右隣の男のレイズにより、以降のプレイヤーは軒並みドロップしてしまった。
 レンツォの前にコールしていたプレイヤーからは恨めしそうにその男を睨みつける始末である。
 案の定、ターンが回ってくる前に他のプレイヤーは全て降りてしまった。

「あらら……ま、僕はそれでもコールするよ。降りるにゃ惜しい手なんでね」

 ゆったりとコールを宣言し、チップを払う。
 同時にレンツォは右隣の男の様子を窺った。
 向こうから仕掛けておいたくせに、男はこちらを見もしない。

(余裕だね。相当強い手か……)

 レンツォの心に警戒の色が滲み出た。
 確かにフラッシュは強力な手だが、それでも十分に負けはあり得る。
 とすれば、カード交換のタイミングで相手の役を判断するしかない。

「僕は交換しない」

「二枚交換する」

 ざわり、と場が沸いた。
 勝負から降りた連中のさえずりがひどくやかましく聴こえる。

(二枚……となれば残りはスリーカード? あるいはフラッシュ狙いか?)

 レンツォが恐れていたのは一枚交換だけだ。
 二枚交換となれば残りの手札がおおよそ見えるが、一枚交換であればフォーカードの可能性が残るからだ。
 確定フォーカードの目が消えた今、すでにレンツォの手札にジョーカーが存在する事実によりスリーカード以上の役が成立する可能性は限りなく低くなった。

(何しろあちらさんは自信満々に初手レイズしたんだ。最低でも初期手札の時点で多少は勝負できる役があったんだろう。つまりあちらの手札はスリーカードで間違いない。プレイヤーが減って僕も交換していない以上、フォーカードもフルハウスも可能性はありえない!)

 拾った幸運を物にするため、レンツォの頭脳が即座に確率演算を済ませた。
 勝利の可能性は九割を悠々と超えている。

「僕はコールする」

「……コール」

「っ! へぇ、受けるんだ?」

 ターンの周りが逆だったらどれだけ楽だったか。
 この状況においてドロップしないという事はスリーカードでも十分に戦えると判断したか、あるいはフルハウス以上の役に化けたかどちらかしかない。
 内心で冷や汗をかきながらも、レンツォは手の中のフラッシュを信じた。
 いや、信じるしかなかった。

 互いのベットが終了し、いよいよショウダウンとなる。
 ターンの都合上、公開はレンツォが先だった。

「フラッシュだ」

 公開と同時に男の様子を窺う。
 端正な顔立ちがじわりと揺れた。
 心臓が跳ねる。

(どっちだ!?)

 ほんの数秒の出来事のはずなのに、心臓の鼓動が早まって時間が引き延ばされて感じる。
 まるで自分の頭が壊れたように男の手がゆっくりゆっくり動いているように錯覚した。

 やがて開かれた男の手札は、ジャックのスリーカードとナインのペア。

「フルハウス、だって……?」

 信じられるはずがない。
 男が交換したのは二枚だったはずだ。
 だとしたらその二枚の交換でナインのペアを引いてきた事になる。

 レンツォも歴戦の勝負師ギャンブラーだ。
 あの男がイカサマの類をしていない事くらい分かる。
 つまりはたった一枚の差、勝敗を分けたのは単なる運だけだ。

「く、そ……!」

 勝利への道筋は空いていたはずだ。
 だのに、最後の最後で相手が蹴った小石がレンツォを転ばせてしまった。

「言っておくが運じゃないぞ。俺にはペアが来ると分かっていた」

「……はっ、つまらないオカルトかい?」

「俺の勘は当たるんだ。俺はそれに全力で乗っかっただけだ」

「ご高説痛み入るね。だけど次はこうはいかない――」

 そう言いかけた途端、賭場がにわかに騒がしくなった。
 先ほどのざわつきよりも明らかに動揺したものだ。
 ふと見れば、目の前の男も顔色を変えている様子だ。

「どうした?」

「やべえ……まさか、『あいつ』が来たんじゃねえだろうな」

「『あいつ』?」

 訝しがるレンツォを気にする様子もなく、男は急いでチップを換金してその場を立ち去った。
 取り残されて白けてしまったレンツォもまた、自分のチップを集めて換金した。
 思ったよりも額が少ない。

「……つーかあの野郎、ベットした分以上に取っていきやがった!」

 叫んだところで男の姿はもうなかった。
 予想外の敗北に心が動揺して見逃したとはいえ、負けた上に余計な追い打ちを喰らったまま終わってはたまらない。
 レンツォもすぐに賭場を飛び出して影も形もない男の背中を追っていった。

 余談ではあるが、出入り口付近でレンツォは暗い色のローブを身に纏った男とすれ違った。
 いや、何事もなくすれ違えた。
 レンツォにとってはそれこそが賭場での最大の幸運だったのかもしれない。



 鍛冶屋へ向かった自身の双剣と【レーヴァティン】を預けたミリアは中央広場のオープンカフェで紅茶を嗜んでいた。
 テーブルには新鮮野菜のサラダとハムサンドが載っている。
 さすがに全て地元で採れたばかりの食材を使っているだけあって、どれも非常に美味だ。

「それで、その男を捜すのを手伝えって?」

 テーブルを挟んだ向こう側には、息を切らしたレンツォがただ頷いていた。
 どうやら相当に走り回ったらしい。

「冗談じゃないわ。何だってあんたの不始末に手を貸さなきゃならないのよ」

「冷たっ、ひどいよミリアー!」

「せっかくの祭りなのにわざわざ賭場に出かけて掛け金ちょろまかされるくらい油断するほうも悪いとは思わないの?」

「……旅打ちの醍醐味とは」

「あー、いい。いい。聞きたくない。どうせ私じゃ共感できないわ」

 ハムサンドの最後の一切れを口に運びながら、適当にあしらう。
 武芸一辺倒なミリアではレンツォと口論して勝てるはずがない。
 だからこそ、こうして始めから聞かないのだ。

「大体さ、ミリアだって暇でしょ? 観光ついでに街中まわってさ、一緒に犯人見つけない?」

「お断りね。そもそも私は暇じゃない……ああ、レンツォ。ちょっと左へずれてくれる?」

 訝しげな表情を作るレンツォはそれでも律儀に移動した後、ミリアの視線の先を追った。
 そこでは五月祭の儀式を終えた少年少女の一段が中央広場へ戻ってきたところである。

「うひょう、いいねいいね。うっすら汗ばんでる少年いいわ、最高だわ……」

 レンツォのあからさまな「うわぁ……」というドン引きの声にもミリアは屈しない。
 こちとらこれが見たくてわざわざ中央広場に面したカフェで待機していたのだ。

 そもそも開始直後を狙って宿を出たものの鍛冶屋の用件を済ませなければならなかったため、その一団を見失ってしまった。
 宛てもなく街中を走り回るのも非効率的なため、最終的に中央広場に戻ってくるところを狙ったのである。
 結果的に、白い衣装が汗ばんで身体に張り付いてしまい、うっすら透ける少年たちの身体を記憶に刻み込めたので結果オーライだ。

「絶対こんなの間違ってる……」

「うっさいわね、自覚はあるわよ」

「自覚あるんならここ離れよう!? そんでデートがてら街に出ようぜ!? さっきすれ違ったカップルがさぁ! クレープ食べるとかなんとか言っててさぁ、滅茶苦茶羨ましかったんだよぉ!!」

「はぁ? せめて一〇年は若返ってから言いなさいよ」

「さらっと無茶言うなよ!?」

「そのくらいの無茶をこなしてからじゃないとあんたとデートなんて夢物語よ」

「……じゃあデートじゃなくていいから街まわろうぜ?」

「せめて一二年は若返ってから言いなさいよ」

「なんで難易度上がってんだよ!?」

 そんなこんなで言い合いしているうちに儀式を終えた少年たちは解散していた。
 鑑賞タイムが短かった事だけは残念だがそれでも堪能はできたからよし。
 ミリアはそう納得してティーカップを乾した。 

「さぁてと。それじゃ私は宿に戻って寝るわ」

「うわ、マジで帰る気だ」

「こちとら昨日からほとんど寝てないのよ。たまにはゆっくり寝かせてよね」

「それってなんだか僕が君を昨日寝かせなかったように聞こえ――はぶっ!」

 とても失礼な事をほざいたのでとりあえず殴っておいた。

「――相変わらずの傍若無人っぷりですね」

 急に横合いから声をかけられたからか、レンツォは上ずった声を上げた。
 いや、それよりもこの声はミリアには覚えがあった。
 振り返ってみれば、端正な顔立ちの少女が立っている。

「キロル……」

 見覚えのある金色の髪、碧の瞳、尖った耳。
 ミリアと同じく、目の前の少女キロルはエルフである。

「お久しぶりです、

「ね、姉さまぁ!? ミリアって妹いたの!?」

「……、」

 キロルはぎろりとレンツォを睨んだ。
 狼狽するレンツォがこちらに助けを求めるように視線を移してきたが、ミリアは微妙な表情でため息をつくばかりだ。
 突然で驚いたのだろうが、切に空気を読んでほしい。

「その左眼。やはりあなたは……」

 視線を移したキロルが睨めつけているのはミリアの左眼の周りを飾る紋様だ。
 昨夜の戦いでミリアに起こった変化、そしてその代償として刻まれたのがこの紋様である。
 『黒化の刻印』と呼ばれるそれはキルヴィのエルフにのみ現れる、ダークエルフに堕ちた者の証である。

「何か文句でもあるの?」

「その刻印の意味を知らないはずはないでしょう」

「当然でしょ? 里の長老連中に聞かされすぎて耳タコよ」

「であれば正気とは思えません」

 キロルは腰に吊っているショートソードに手をかけた。
 左右で一振りずつ、彼女は二本の剣をそれぞれ両手に握る。
 反対にミリアは自身の得物を鍛冶屋へと預けたままだ。

「だぁー! やめやめ、ストップストーップ!!」

 一触即発の空気の中、その緊張をぶち切ったのはレンツォだった。

「街中で刃傷沙汰とかありえないから! そもそも姉妹だってんなら喧嘩するなよ!」

「……さっきから何ですかこの男は」

「仲間よ。今の私のね」

「こんなしょうもない男が……?」

「ヘイ小娘。初対面でいきなりしょうもないとか言われたらその後の人間関係がうまくいかなくなるって知ってるか?」

 レンツォが怒りを抑えつつ言うが、当のキロルは彼に興味がないのか、視線すら合わせようとしない。
 それもそうだろう。
 

ロスウェルここには観光で来たのよ。別に里に戻ろうとしているわけじゃない」

「……であれば構いませんが。くれぐれも里には近づかないようにしてください」

 すっぱりと言い切ってキロルは踵を返していった。
 その後ろ姿を眺めつつ、レンツォは冷や汗をぬぐっている。

「こっわぁ……何あれ、本当にミリアの妹なの?」

「血は繋がってないわよ」

「ふぅん? もしかして複雑な家庭環境だったり?」

「どうだっていいわ。それよりあんた、さっき言ってた話はもういいの?」

「あっ」

 思いのほか話し込んでしまった事もあり、その時すでに正午を回っていた。
 ただでさえ人の多い中央広場には昼食を求める人々がわんさかあふれ出している。
 こんな中でたったひとりの特別な特徴もない男を探せと言うのは無理な話である。

「いいや僕は諦めない! あの趣味悪いニット野郎を取っ捕まえてせめて負け分補填しないと僕の明日がやばいんだから!!」

「ま、がんばんなさいねー」

 燃え上がるレンツォを適当にあしらいつつ、ミリアははしたなく大きな欠伸をすると、そのまま宿のほうへと歩いて行った。



【あとがき】
今回は五月祭編のミリアサイドストーリーです。
五月祭本編ではあまり出番に恵まれなかった彼女ですが、実は祭り自体は彼女なりに堪能していました。
(レンツォは散々でしたが……)
出番はレンツォのほうが多いのにミリア編とはこれいかに、というツッコミもどうか呑み込んでください!

ここでミリアの妹、キロルが登場します。
本来は五月祭ゲストキャラの予定だったのですが、完全にタイミング逃しましたね……
そして『黒化の刻印』に関しても決着をつける予定が本筋に入らなかったという惨状です。
だがしかし、こんな事でめげるわたしではないのでエルフ編をお待ちくださいませ。

『蜘蛛の魔術師』 

 ミリア・アドラーク・グラインハイドはとある森を訪れていた。
 八月に入り強い日差しに参ってしまう日が増えてきたが、鬱蒼と茂る森の木々からは木漏れ日すらもあまり漏れてはこない。
 まだ日も高い内だというのに涼風が森の中を通り抜けていく。

「………………」

 ここは『蜘蛛の魔術師』ムドウ=ブラックソードが潜伏している森だ。
 数十年前に魔術学連から希少な魔術媒体を強奪し、追っ手の魔術師を完膚なきまでに皆殺しにして逃げおおせた指名手配犯である。
 非道な人体実験を行いつつ雲隠れを続けていたようだが、やはり情報というものは完璧に遮断できるものではないらしい。

「……間違いないわ」

 ミリアが事前に得た情報通り、森の一角に結界が張られている。
 彼女が立っている場所はちょうどその境界のようだ。
 昼でも暗い森の中に張られた人除けの結界、なるほど魔術師らしい隠れ家だ。

(森はマナに満ちている。ここなら多少魔力が洩れても違和感がないというわけね)

 眼前に広がる無為の森。
 人がいる、まして人が住んでいる様子など全く感じられない。
 結界の境目すら曖昧に森の静寂に溶けている。

 だがミリアは経験で以って知る。
 この森の、この一角のみは、蜘蛛が巣を張る常世の欠落だと。

(ここから先はムドウの工房……)

 魔術師の本拠地となればどんな罠が待ち受けているか分からない。
 事前に得た情報によるとムドウの工房にはとある魔神の一柱を模した使い魔が番犬代わりに放ってあるという。
 四方すべてに意識を張り巡らせ、不意の強襲に備えなくてはならない。

 結界の中に足を踏み入れてわずかもしない内に、静寂を切り裂く禍々しい雄叫びが木霊した。
 侵入者への警告か、己が主への警鐘か。
 兎にも角にも、声の主は疾く現れた。

『グモオオオォォォァァァァ……!!』

 名状しがたい雄叫びを上げながら現れたのは巨大な三つ頭の守護者。
 王冠を被った人間、灰色猫、ヒキガエルに類似した三つの頭を持ち、その頭は蜘蛛のような多脚をもつ胴体に直接乗っかっている。
 不気味という言葉をそのまま具現化すればこうなるのかもしれない、とミリアは漠然と思った。
 情報にあった偽神の一柱の傍らには左右に異形の獣がミリアに牙を剥いている。

(なるほどここは蜘蛛の巣。侵入者に敏感なのは当然というわけね)

 あと一歩進めば、あるいは隙や敵意を見せれば戦端が開かれるに違いない。
 望むところだとでも言いたげに、ミリアは挑発気味に指の関節を鳴らす。

「ぶち壊してやるわ。覚悟しなさい」

 【海神の双剣】を抜き放って堂々と彼らの領域を踏み侵した。
 それに呼応するように二体の獣が駆け出し、ミリアへと鋭い牙を剥く。
 しかしミリアはそれらをひと跳びで躱し切ると、すれ違いざまに縦回転し【月描き】による斬撃を見舞う。
 魔獣の片割れは頭を真っ二つに割られ、脳漿を噴き出しながら倒れ伏した。

 残った魔獣は再び攻撃するべく着地と同時に反転する。
 鋭い牙を剥き突き立てんと襲い掛かる魔獣だが、しかしその牙をミリアへ突き立てる瞬間は永劫訪れない。
 接触の前に一撃と見紛う二撃、【湖面の一閃】により上顎から切り裂かれ、頭の半分を盛大に吹き飛ばされたからだ。

「――はあああぁぁぁ!!」

 攻撃を受け流すための回転を止め、ミリアは偽神と相対する。
 深く腰を落として思い切り地を踏みしめ、頭上に構えた双剣に力を込め、思い切り振り下ろす。
 【海神の双剣】の魔力と混じり合ったミリアの気迫が青白い刃となり、【斬塊閃】として放たれた。

 パァン! と三つ首と胴を繋ぐ一点が弾け、偽神の首はそれぞれ三方向へ倒れ込んだ。
 力なくその身を沈めた蜘蛛のような多脚からは噴水のように血を撒き散らしている。
 この一瞬の攻防で、ミリアはその場を一歩も動かずに番犬どもを葬り去った。

 ミリアは大きく息を吸い、そして吐いた。
 戦いの熱で高ぶった身体を冷やし、心を落ち着かせる。

(……危ういわ)

 一目見て、彼らが自分を満足させるような力を持たない事は分かっていた。
 だからこそというべきか、ミリアは自らの中で『一歩も動かずに倒し切る』という縛りを入れて難易度を上げていた。
 しくじれば命を失いかねない事くらい分かっていたはずだ
 だのに、心はどこまでも激しくギリギリの戦いを望んでいる。

 ミリア自身、壊れかけているとは感じている。
 力の渇望は自身が満たされないゆえの衝動だと理解はしていた。
 だからこそこの森の主が満たしてくれるだけの人物であってほしいと願いつつ、ここに立っている。

(癖にならないといいのだけど)

 そうこう考えている内に、やがて魔獣たちの身体が崩れ落ちる。
 結界の門番たる使い魔たちはその役目を全うできなかった。
 役目を果たせない道具に価値などない。
 彼らの身は融解していき、間もなくその影を完全に失った。

 物言わぬ獣とてその肉体は情報の塊だ。
 おそらくは技術の漏洩を防いでいるのだろう。
 後に残ったのは微かに魔力の痕跡を残す、不気味な粘液だけだった。

「はぁ……」

 こんな木偶の坊をいくら殺したところで何の感慨も浮かばない。
 真に命を賭して争うべき敵は他にいる。
 肩をぐるりと回し、呼吸を整える。

 前座は始末した。
 次はいよいよメインディッシュだ。

 ざくざくと短い草を踏みしめる音をしばらく奏でた後、ミリアは結界の中心へ辿り着いた。
 人の息吹を感じさせなかった森であったが、やや開けた空間に幾つかのテントが張られている。
 どことなく、ミリアは戦場の野営地を想起した。

「……あれは」

 大地に刻まれた魔法陣が微弱な燐光を放っている。
 その淡い光こそはヒトの持たざる魔力の迸り。
 どうやら大地からマナを汲み上げて工房形勢の糧にしているようだ。

(どうやらここが目的地で間違いないようね)

 ミリアは魔法陣から目を離した。
 否、正確にはより興味を引くほうへと視線を移したのだ。
 件の指名手配犯、蜘蛛の魔術師ことムドウは魔法陣のすぐ隣に身動ぎひとつせず佇んでいた。

(まるで生ける死体……)

 髪は白く、肉の削げた顔は幽鬼のそれを想起させる。
 老いたる身体には生気というものがまるで感じられない。
 ミリアの見立てではムドウの身体は十余年の昔に戦士としての限界を迎えていた。

 曰く、至高の魔術剣士。
 曰く、戦場の鬼、
 ……曰く、蜘蛛の魔術師。
 数多の殺し名を持つ、最強の剣士。
 それが今ミリアの眼前に立つ男のかつての姿だ。

 戦場を離れ、隠れ暮らし、そして生きたまま老いてしまったムドウ。
 今の彼にはかつて蜘蛛の魔術師とたたえられた剣士の面影は失われていた。

(いや、違う。これは……、)

 かつて最強と謳われた戦士の姿はそこにはない。
 しかし、薄暗闇でなお青く光るその氷眼を除いては。

「……ふむ。学連の追っ手というわけではなさそうだが?」

 森に満たされた静寂を弾く、迫力の低音。
 遠雷のように、内に秘めた激しさを感じさせる声であった。

 老いて、衰えた。
 ある側面ではそれも事実だろう。
 しかしミリアには目の前の枯れ枝のような痩身の老人が、ただそのように現実に現れている老人というだけには思えなかった。

(不思議な感覚ね)

 青い眼光。
 凍てつくような青。
 その目には意志はなく、矜持もなく、強者の持つ迫力すらも見られなかった。

(……なるほど。なればこそ、と)

 ミリアはムドウから感じる驚異の正体を看破した。
 意志も矜持も驕りもないとするならば、その痩身に詰まっているのはだけという事だ。

(何が死に損なった老兵よ。あれはどう見ても狩人の眼じゃないの)

 内心で情報提供者へ愚痴を吐く。
 だが、ままならぬ相手こそミリアの求むるところである事もまた事実だ。

「確かに学連とは関係ないわ。でも、あなたの敵よ」

 逸る気持ちを抑えきれず、ミリアは腰の双剣に手をかける。

「――あなたを……、殺しに来た」

 ミリアの殺意の睥睨。
 我が敵を焼け、という意志の籠った眼光はムドウに正しく通じたようであった。

「そうか。オレを殺しに、か……」

 蜘蛛の魔術師の表情には何の疑問も浮かんでいないようだった。
 それも当然、彼は目が合った瞬間からミリアと殺しあう事に決めていたのだから。

「これは僥倖。すでに空の器だと思っていたが、存外まだこのオレにもこんな新鮮な感情が残っていようとはな」

 即ち、殺意。
 両者の意違わず、殺し合いの契約は完了した。
 言葉のやり取りは短く。
 互いを敵とみなした以上、やり取りするべきものは命である事は共通認識だ。

「蜘蛛の魔術師――ムドウだ」

 ムドウの名乗り。
 その簡潔さは、自身は魔術師である以上に剣士であると主張しているようにも聞こえた。

「『大いなる日輪亭』の冒険者、ミリアよ」

 ミリアもまた応える。
 彼には剣士に対する礼でもって返すべきだと感じたからだ。

 じりじりと戦場の匂い、両者の殺意が辺り一面に伝播していく。
 互いに双剣を抜き放ち、各々の構えで以って相対する。

 先に仕掛けたのはミリアだった。
 神速の踏み込みから牽制も兼ねた片手横薙ぎ。
 しかしそれを、ムドウは単なる体捌きのみで避けてみせた。
 否、単なる体捌きではない。
 まるで多脚を思わせる脚運びで小刻みにステップを刻み、一瞬ごとに立ち位置を変えるほどの軽やかな身の運びだった。

 スピードならミリアも負けてはいない。
 しかしあれほどのステップで完全なる制御の下に身体を動かせるのであれば、そこから繰り出される技の速度はミリアに勝る。
 安定感は技を繰り出す上でも重要な要素なのだから。

 恐ろしく精確な突きが、あろう事かミリアの側面から放たれた。
 一対一で戦っているのにも関わらず、彼女が加速と減速の狭間で制御を失っている隙に回り込まれてしまっている。

(――速い!)

 剣で弾いてどうにか事なきを得るも、その一手を打つ間に背後にまで回り込まれていた。
 もはや瞬間移動にも近いその動きはあまりにも速すぎる。
 防御に大仰な動作を加えてしまえばそれだけ次の動作が鈍る。
 一瞬たりとも休めない剣戟を十数回ほど打ち合って、ついにミリアは避け切れなくなった。

「くっ――!」

 びしゃあ、と鮮血が迸る。
 たまらず距離を取って自らの首筋に触れてみると、ぬるりとした感触がした。
 浅いが、しかしほんのわずかでも深ければ動脈を裂いていた傷だ。

(……だったら!)

 大きく息を吸って、ミリアは力を溜める。
 大地を踏みしめ双剣を頭上に掲げ、力を解放するかのごとく叫ぶ。
 対するムドウは静かにミリアを見据えたまま双剣を構えている。

「――はあああぁぁぁ!!」

 次いで放たれたのは【斬塊閃】の青白い刃であった。
 ミリアの持つ技で唯一、遠距離からの攻撃が可能な斬撃技である。
 しかし接近戦では不利という決断を下さねばならないのはミリアにとっては屈辱だった。

「……、」

 ムドウは体勢を低くして地を蹴ると、青白い刃に向かって双剣を振るう。
 まるで氷が砕けるようなせめぎ合う音が連続したかと思うと、ミリアの放った気迫の刃は打ち砕かれてしまった。

(――あれ、は!)

 一瞬ではあったがミリアには見えていた。
 【斬塊閃】を打ち消す際、ムドウの振るう双剣は確かに四本になっていた。
 そこで改めて彼女はムドウの二つ名を思い出す。

「蜘蛛の……魔術師!」

 もはや疑いようもなく、あれは魔法剣の一種である。
 本来なら多数を相手取る際に切り込む技なのだろうが、単に手数を増やす手法としても扱えるようだ。
 接近戦の技術で上回られ、さらに魔法剣も使いこなすムドウだったが、それが逆にミリアに光明をもたらした。

 【斬塊閃】を掻き消すのに彼は魔法剣による迎撃を行った。
 ミリアの技の中でも威力の高いものではあるが、枯れにはそうせざるを得ない理由があるに違いない。
 つまり威力で勝るミリアの技を受けきれないほどムドウに力が残っていない可能性がある。
 防御を崩せれば、あるいは。

 ミリアは跳んだ。
 影から影へと飛び移り、死角からの攻撃を可能とする【飛影剣】。
 ムドウの蜘蛛の如き脚捌きにはあまり奇襲効果は得られないものの、それでも接近するには十分だ。
 常に急所を狙った攻撃を仕掛け、相手に受けに回らせる。
 さすがの彼も全力の急所狙いを脚捌きだけで避け切るのは難しいらしく、剣による防御を交えはじめたため、それだけミリアにも攻撃の機会が訪れている。

 おそらくはそれこそが勝機。
 ムドウの第一印象を思い出せば、生ける死体の如き痩せぎすの老人だった。
 現役の、おそらくは全盛期のミリアの攻撃を受けきるほどの力は残っていないのだろう。

(攻めて攻めて攻めまくる!)

 守勢に回れば彼の体力が尽きる前にこちらが参ってしまう。
 もとより攻撃はミリアの得意とするところである。
 苛烈な攻めが功を奏したのか、十数合は打ち合った頃にようやくムドウの剣に乱れが生じた。
 その一瞬の隙を見逃さないミリアは渾身の一撃を叩きこむ。

「……!!」

 が、それは髪の毛数本を斬り飛ばしたのみで、あえなく空を切った。
 この一瞬のために温存しておいたのだろう、蜘蛛の如き脚捌きで身体の位置を変えていた。
 そして隙を見逃さないのはムドウも同じだ。
 しかしいつの間にか逆手に持ち替えられていた左の剣を間一髪で見抜いたミリアは、タイミングを狂わせてくる攻撃を身体を捻る事で避けきった。

「――ッ!?」

 びしり、と。
 ミリアの身体に衝撃が走り、その全身を強張らせた。
 何事が起ったのか理解する間もなく、目の前にムドウの双剣が迫る。
 禍々しい紫色のオーラを纏った魔法剣による攻撃が、ミリアの脇腹と肩口を裂く。

「がっ……!!」

 鮮血が舞い、ミリアはたまらず取り落としそうになる得物を強く握り直した。
 原因不明の衝撃に身を強張らせ、魔法剣による攻撃を受けながらも、ミリアは手にした剣を振るって月を描く。
 鈍りに鈍った【月描き】では更なる追撃を跳ね除けるだけの効果しか得られなかったが、今はそれで十分だった。

(剣閃は避けたはず……だのに、あの衝撃は?) 

 問うまでもなく魔法剣の一種なのだろう。
 駆け抜けるような衝撃、硬直する身体、指先にほんの少し残る痺れなど、どうやら雷撃の類らしい。

(しかも、この傷……!)

 先ほど裂かれた脇腹と肩口の傷が熱を持ち始めている。
 あまり多く経験したわけではないが、ミリアはこれが毒による浸食だと理解していた。
 そんな思考の隙間を縫うように、ミリアの周囲がざわざわと揺れ始めた。

「っ!?」

 ぞぞぞぞぞぞぞ、と地面から蠢き這い出てきたものは不定形の黒い何かであった。
 ムドウが振るう双剣タクトがそれを生き物のように動かし、そしてミリアを襲わせる。

「くっそ、なんでもありかっ!!」

 戦場の剣に清いも汚いもない事はミリアも十分理解しているものの、思わず悪態をついた。
 ミリアはその場を飛び退き、それを躱す。
 そこでようやく、不定形のそれらは単一の個体でなく複数の砂で構成された攻撃だと理解した。
 怒涛のように押し寄せる砂は蛇のようにうねり、ミリアを飲み込まんとなおも迫る。

「はあああぁぁぁ!!」

 避けてばかりではジリ貧になるだけだ。
 ミリアは即座に腰を落とし、【斬塊閃】でもって迎撃する。
 砂の波を割り、その向こうにいるムドウへ迫らねば勝機は訪れない。
 通り抜ける際にやすりと化した砂の波に身体中を削られ血を噴くものの、それらは決して致命傷足り得ない。

「――若い、な」

 じっとりと重い声がミリアの鼓膜を叩く。
 まるで金縛りにあったかのように、その手足が不自然な震えを訴えていた。
 脚が地面に縫い付けられたかのように動かない。

「若さゆえの蛮勇。それを振るえる内は好いものだ」

 手足の動きを縛るこれは疑いようもなく、彼が打ち込んだ毒だ。
 あの砂の攻撃は単に相手を吹き飛ばすものではなかった。
 一粒一粒が毒に侵された毒砂を、ミリアは真正面から全身に浴びてしまっている。

「――振るえるものならな」

 ムドウの剣が空に向かって掲げられる。
 毒によって指一本動かせなくなったミリアは膝をつき、最期の一撃を待つだけの身である。

「……蛮勇?」

 そのはずだった。

「そりゃ結構。

「ッ―ー!!」

 ミリアの右手にはいまだに双剣の片割れがなおも強く握られている。
 毒に侵され指一本動かせなくなっているはずの手が、未だに生きている。

 ムドウは知らない。
 ミリアの右手首にはたった一枚の小さな小さな【藍色の鱗】が残されている事を。
 それは先の水精事件の際にミリアに贈られた海の残り香であり、触れて念じれば水底よりあえかな歌声が癒しの力を伝えてくれる。
 水精の癒しはわずかずつではあるが肉体的な損傷を癒し、精神こころを癒し、更には毒をも浄化する。

「だあッ!!」

 膝をついた姿勢から立ち上がると同時に跳躍し、その勢いを利用して右手の剣が振るわれた。
 ムドウもまた掲げていた剣を振りおろす。
 互いの剣は互いの肉体を縦に裂き、真っ赤な飛沫を弾けさせた。
 たまらず互いに後退し距離を開けるが、超至近距離で受けた傷はそれそれそう浅いものではなかった。

「――!!」

 勝機。
 こここそが分水嶺だと直感で感じた。
 そしてそれを相手も感じているというのも理解できた。

「おおおぉぉぉ――!!」

 ムドウが吼える。
 双剣を交差させ、刃をすり合わせる。
 ギャリリリリ、と鳴り響く金属音の後に、彼の双剣は焔に包まれた。

 ムドウの天をも灼く焔の一閃が放たれる。
 戦場において敵に触れられる事なく敵陣を砕いて焼く、まさに蜘蛛の剣技の最終形とも言うべき奥義だ。

「はあああぁぁぁぁぁ!!」

 深く腰を落とし、その両脚を地面に噛みつく牙と成して地を駆ける。
 脚力の全てを機動力へと変えたミリアは大きく空へんだ。

 ミリアの空中から降り注ぐような多段撃が放たれる。
 神速の機動力と双剣の習熟度がなければ扱う事すらできない、ロスウェル双剣術の奥義【天翔穿龍撃】。

「――――――!」

 天を灼き打ち砕く蜘蛛の剣と、天翔けて穿つドラゴンの剣撃。
 互いに高速戦闘の極致ともいえる技術で、完全なる回避をもって完膚なきまでに敵を打ち倒す技だ。
 しかし完全なる回避を謳う技を互いに繰り出したとして、それらが同時に成り立つ事はあり得ない。
 どちらか一方が必ず勝利し、どちらか一方が必ず敗れる。

 二人が交差する一瞬の内に四つの刃が閃き、ぶつかり合い、あるいは空を切った。
 無限に続くと錯覚するような一瞬の剣戟を終え、ムドウは走り抜け、ミリアは脚から着地していた。
 しかし互いに双剣を振りぬいた姿勢のまま動かない。 

 ――勝敗は決した。
 ミリアの右足と左腕には深々と一筋の赤いラインが引かれている。
 神速の技術によってふさがっていた傷口が、内側からあふれ出す血液によって開き、やがてそれらは真っ赤な飛沫となって噴き出した。

「ぐッ、あ……!」

 傷を負った部位は血液と共に急速に力を失い、左手は剣を取り落とし、右膝はがくりと折れてしまった。
 いくら【藍色の鱗】があろうとここまで深い傷を完全に治癒できるだけの力はない。
 戦うための腕も逃げるための脚も奪われた。

 このまま待っていても失血で死に至るだろう。
 それ以前にムドウによって更なる追撃が加えられれば死は免れない。
 今度こそ動けないミリアはいつ訪れるか分からない死に対し、ただひたすら待つだけしかできなかった。

「……、む」

 しかし、二人の頭上に漂っていた死神の手はミリアを選んではいなかった。

 大きく仰け反ったムドウの脇腹は深々と抉れていた。
 ミリアと同じく時間差で紅い噴水が弾け、空中に真っ赤な花弁を形作る。
 鉄臭い赤が地に落ちると同時に、ムドウもまた倒れ込む。

 互いに全力の技を打ち合ったあの一瞬、先に完全回避を崩したのはミリアであった。
 ムドウの一閃で先んじて左の攻撃の手を潰されたものの、しかし残った右だけで唯一にして絶対の傷を刻んでいた。
 二人の技のどこに差があったのか、それは当人たちも知るところではない。

 それでも勝敗は決したのだ。
 厳然とした事実によって、ムドウはわずかもせず死に至り、ミリアは治癒によって命を取り留める。
 一対一の戦いにおいてそれ以上に優劣を分ける要因は存在しないのだから。

 ムドウはそのまま立ち上がれないどころか身動ぎひとつできずにいる。
 双剣はその手から離れ、魔法陣は色を失った。
 それらは全て、彼の死が不可避と示す凶兆だ。

「……遺したい言葉はある?」

 動かない右足を引きずって傍まで近寄り、眼下のムドウに訊ねた。
 死に至る量の血を失って息も絶え絶えであったが、彼の意識は未だ失われていない。

「……遺すべき物、はすでに残、した。オレは、すでに、終わった者だ。……だが、……」

 がふ、とムドウは呼気と共に血を吐いた。
 しばらく咳き込み、やがて真っ赤に濡らした口元を再び動かす。

「老いて、枯れて、人知れず、死ぬ逝くものとばかり……思っていたのだがな。まさかこのオレが……、戦士として死ねるとは……思わなんだ」

 わずかに、ほんのわずかに口の端が上がったように見えた。

「貴様には……、礼を言おう」

 ムドウの声が消え行く。
 晩年を追われて過ごし、生涯を戦場で生きた男はそれでも満足そうな顔で逝った。
 剣に生きた者が戦いの中で死にゆくというのがこれほどまでに美しいものか。
 ミリアはその妖しいまでの死に様に耐えられず、思わず目を逸らした。

「………………」

 死体を運ぶのは手間がかかる。
 テントの中を探せば、討伐を証明できるものも見つかるだろう。
 早くこの場を離れたい一心で、ミリアは重い一歩を踏み出すものの、自らの傷の痛みに身体を強張らせた。
 
 自らの右手首に残された【藍色の鱗】に触れながら、わずかずつでも傷の修復に努める。
 ムドウの遺した傷薬で応急処置を済ませ、彼の遺産をその手に抱える。

 剣術と魔術――その粋を集め、生涯に渡って磨き上げた蜘蛛の技。
 その技術書の価値は一〇〇万の富に勝る。
 テントの中には少なくない額の銀貨がある意味では無防備に、ある意味では興味なさげに放置されていたが、ミリアはそれらに手を付ける気にはならなかった。

 最後に一度だけ、ミリアは大地に横たわるムドウへ目を向けた。
 しかしすぐに首を横に振り、踵を返す。

 彼を討ったと証明すれば、遠からず学連の者がここへ足を踏み入れるだろう。
 ムドウを恨む人間も少なからず存在するはずだ。
 遺された何もかもを奪い、荒らし、そして踏みつぶしていくのだろう。

 それでも、彼の死は辱めていいものではない。

 それはムドウ=ブラックソードという人物が人の道に外れた殺人鬼であり、生命を冒涜する研究を行っていた事実があったとしても、最期の瞬間だけは剣士であったからだ。
 剣士として戦い、剣士として生涯を終えたムドウにはもう罪を贖う命も残ってはいない。

 ミリアが命を賭して戦ったのはもとより銀貨が目当てではなかった。
 自らを死地に追いやらねば見えぬ地平があるからこそ、彼女はムドウを選んだ。
 ムドウの半生について知っていても、その一面だけを見て正しい判断を下せるほどミリアは聡明ではない。

 つまり、知った事ではないのだ。
 もう二度とムドウによる犯罪がこの世では行われない――それだけでいい。
 それが誰かの救いになってもならなくても関係ない。

 ミリアにとっての事実はムドウと正面から戦い、そして勝ったという事だけだ。

 戦利品を持って戦場跡を去る。
 死者を哀れむ事なく、貶める事なく。
 これはある男の終幕であり、しかしある冒険者の日常にすぎない。

 願わくばそれが、彼女の血となり肉となりますように。 



【あとがき】
今回のシナリオはRiverさんの「蜘蛛の魔術師」です。
シナリオタイトル、そして貼り紙の記述の通り、魔術師を討伐する一人用シナリオです。
……嘘は言ってないです。
単身で魔術師の工房に乗り込むという高レベル冒険者にしか許されないであろう威風堂々ムーブを、重厚な地の文で盛り上がりながらプレイできます。
暗さも重みもあって雰囲気とても良いですよ!

ムドウさん渋くて好きです。
老獪というにはどこか潔い気がすると思ったらその実、彼が鍛え上げた蜘蛛の技術は割といやらしい強さがあって、なるほどムドウという人間は一言では語れない。
最後の言葉に彼の本心が詰め込まれているとは思いますが、しかし彼が本当に成したかった事は別にある気がして、どうにもその深さを図らせてくれない人な気がします。
それはそうと個人的な趣味嗜好で言わせていただければこれでミリアより頭一つ分くらい大きかったらとても萌えます。否、燃えます。

今回はミリア姉さんのソロ行動でした。
彼女が単独で動くのもこれが二回目ですね。
コヨーテほどタフではなくてもそれなりに機転が利いて何より強いので信頼しているところもありますね。
入手こそしたものの遣う描写がなかったあれをついに使えたのもうれしいところでした。

はい。今回の新技ですが、完全にずるしました。
入手元の『深緑都市ロスウェル』では構えの購入とレベル7以上が必要で、かつレベル8未満だと2割の確率で失敗するとんでもない奥義でした。
条件満たしていませんがとりあえず【撃鷹の構え】を購入してカード置き場にぶっこんでおきました。
ここにきてまたミリアが散在する羽目になるとは……
いずれロスウェルも新装開街したいとは思っていますが、このひどい作りから脱却したいものですね。


☆今回の功労者☆
ミリア。もはや何も言う事はない……免許皆伝じゃ!


購入:
【撃鷹の構え】-3000sp(深緑都市ロスウェル)

報酬:
なし

戦利品:
【双剣】
【天砕】


銀貨袋の中身→1667sp


≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『蜘蛛の魔術師』(River様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。

『ガラス瓶の向こう』(3/3) 

 教会の一室で、コヨーテはシスターの所作を見つめている。
 彼女が厳重に鍵の掛かった金属箱から取り出したのは綺麗なガラス瓶だった。

「これは、とある魔術師が自らを封じた酒です。あまりの強大な力に、破壊する事も、ましてや浄化する事も出来ずにいる曰くつきのものです」

「何でもアリだな。魔術ってのは」

 コヨーテの皮肉にも、シスターは一切表情を変えなかった。

「当時の大司祭の見立てによれば、これを服用すれば徐々に精神を侵され身体を乗っ取られるとの事……まぁ、一番簡単な方法は適当な誰かにこれを一滴残らず飲み干させた上で殺す事なのですが。いやなかなかに出来るものではありませんよね」

「……飲め、と」

「ああ、ここで全部飲んでいただかなくても結構ですよ。それでも一杯くらいは飲んでいただきますが。不正があっても困りますので」

 ガラス瓶へと目を向ける。
 確かに、というべきか、なるほどこの瓶からは嫌な予感がした。
 コヨーテの直感は外れる事のほうが少ない、というのは『大いなる日輪亭』では有名な話である。

「無責任な事を言うようですが……あなたなら、精神汚染にも耐えられるのではないかと思いましてね」

「よく言ったものだ」

「恐れ入ります」

 含みを持たせた物言い。
 おそらくこのシスターはコヨーテの正体に気がついている。
 完璧な答えに辿り着いてはいないにしても、それに近い地点までほぼ確信を持っているのだろう。

「後の事はご安心を。必ず始末は致しますので」

「……そんな事はどうでもいい」

 ゴブレットにガラス瓶から中身を注ぐ。
 思いのほか綺麗なバーガンディだった。

「ルナを、必ず助けてくれ」

「ええ、神の名に誓って」

 一切の躊躇なく、コヨーテはその杯を飽けた。



 そこは幻想でしかありえないような異常な、そして広大な世界だった。

 足元の地面はまるで水のように透明で、触れるたびに波紋を広げていく。
 地面も空も、まるで月も星も雲ない夜空のような陰鬱とした黒がどこまでも広がっている。
 だのに地平線から差し込む光が、地面から突き出た水晶体に反射して世界を淡く照らしていた。

 ――夢だ。

 コヨーテはゆっくりと身体を起こして立ち上がる。
 頭から流れる血を乱暴に袖で拭い、【レーヴァティン】を担ぎ上げる。

(馬鹿馬鹿しい)

 今更あんな記憶を見るなんて、どうかしている。
 この状況を、コヨーテは何一つ後悔していないというのに。

『やれやれ、何度も言わせないでくれたまえよ』

 眼前には全身を包帯でぐるぐる巻きにされた人型の何かが微動だにせず声を発している。
 全ての元凶にして、コヨーテの夢の中であるのにこの世界の主を称して憚らない、傍迷惑な魔術師だ。

『抗われた時の対策、僕が怠る訳がないでしょうに。ま、君が強いのは分かったけれど、ここは僕の領域だよ。君はちっとも力が出せていないじゃない』

「……、」

『君が僕に適わないのはもう実証済みだろう?』

「だから、どうした」

 コヨーテは【レーヴァティン】を下ろさない。
 依然、叛旗は掲げたままだ。

「――何度も言ったはずだぞ化け物。オレの心を折りたいのならこの心臓を貫くしかない、とな」

 肩をすくめるような仕草と共に、魔術師はため息じみた息を吐いた。
 実際にはそららも全て『そういう風』なパフォーマンスなのだろうが、コヨーテは苛立つような真似はしない。
 口では強がってみたものの、状況はさほど芳しくないのだ。
 日に日に魔術師の力は強まっていく一方であったのに加え、今日はルナに危害を加えてしまった事で、残りの酒を一気に飲み干してしまっている。

(だとしても、オレが諦める理由にはならない)

 運命がどれだけコヨーテを苦しめようとも、最期まで抗う。
 抗って抗って抗いぬいた先で未来を掴む。
 そう、決めたのだ。

『やれやれ。君一人じゃ何にもならないの、まだ分からないのかい?』

 魔術師の『腕』がしなる。
 まるで昆虫の外郭のような硬度と精密動作性を持つその腕は、これまで何度もそうしてきたように、コヨーテの首を絞め殺さんと伸ばされた。

「――なら、二人ならば!」

「なッ――!?」

 聞きなれた声が響いたかと思うと、コヨーテの目の前に白い何かが降り立った。
 しかもその間に伸ばされていた魔術師の腕を、その手に持った杖で殴りつけながら、だ。

「コヨーテ!」

 それは見間違えるはずもない。
 青みがかった銀髪を揺らし、白を基調とした修道服に身を包んだ聖北のシスター、ルナ・イクシリオンその人である。

「ルナ……どうして……!?」

 押し黙ったままつかつかと歩み寄ったルナは、

「我慢しなさい」

 言うが早いか、次の瞬間には平手が飛んでいた。
 小気味いい音が幻想的な空間に響き渡る。

「――なんでもかんでも独りで解決しようとしないでください!」

「……っ!」

「どうしてあなたはいつもいつもそうやって……! 独りで抱え込んで無理して死にそうになって! どうして誰かの力を借りようとしないんですか! ええ、そうですよ、この際だから全部言ってあげます!!」

「な、何を――」

「傷の治りが早いからとか、リーダーだから前に出るとか、男だから守る側だとか! そういうの、もう一切禁止です!! 私たち仲間でしょう、どうして頼ってくれないんですか! そんなに私が足手まといですか!? だとしても、私だって事件の真相を調べて、こうして乗り込んで来るくらいはできます! とにかく、今後は二度とこんな戦い方、許しませんからっ!!」

 早口に捲くし立てたからか、ルナは荒い呼吸を繰り返して黙り込んだ。
 それでもまだ言い足りなかったのか、コヨーテの胸を両手でポカポカと叩き出した。

 さして痛くもなかったが、心が痛んだ。

 コヨーテは自身の夢の中に彼女がどうやって入り込んできたのかも知らないし、どこまで事情を知っているのかも分からない。
 だが、おそらくは彼女はもう全部知ってここに立っている。 
 どれだけ危険な相手かを理解して、それでもなお諦めずにこの世界に入るための権利を得てきたのだろう。

「……ありがとう」

「お礼なんか、要りません。私がやりたくてやった事、です」

「……そうだったな。オレたちは同じ思いを抱いていた」

「『死なないでほしい』……言葉にすれば簡単なのに」

 互いに互いを思いあったからこそすれ違う事もある。
 だが手遅れではない。
 思いを言葉にして伝え合った今ならば、まだ。

『――はぁ。そんな陳腐な理由でそこの方はここまで来た、と?』

 待ちくたびれたとばかりに魔術師はため息をついた。
 その後に続く言葉もあからさまに揶揄するような口調である。

「それは愚策でしょ。たった一人増えたところで僕にはかないっこない」

「……それはどうかな?」

 コヨーテは嘲るような笑みを浮かべ、

「正直、心のどこかでは諦めがあったのかもしれない。ルナさえ助かるのなら、そのための時間稼ぎができればいい、と。だがな、――ルナがオレに生きろと言うのなら!」

 空気を切り裂くような音と共に、コヨーテの背中には漆黒と片翼が現れる。
 【黒翼飛翔】と呼ばれる吸血鬼の奥義、同時にコヨーテにとっては『魔』の象徴である。
 そしてもう片側には純白の片翼が飛び出した。
 『叛逆者リベリオン』と名付けられた、コヨーテにとっての『人間の心』の象徴である。

『やれやれ。面倒な事になっちゃったか……まぁいいよ』

 徐に魔術師は両手を広げた。
 それぞれの掌をコヨーテとルナに、その首へと向ける。

『二人纏めて、』

 ごぽり、と水面のような地面から赤と青の球体の魔法生物が現れ、魔術師の両肩の辺りに浮かんだ。
 これまでの戦いでも幾度か見た、防御の要のオブジェクトだ。

『その身体、頂戴するからね!』

「やれるものならやってみろ、化け物!」

 コヨーテは駆け、魔術師は両腕を伸ばす。
 もはや何度となく見てきた攻撃に、片方を【レーヴァティン】で、もう片方は翼で弾く。

 あの両腕は異常に伸びるくせに戻りが早く、カウンターを狙うには厳しいものがある。
 それでも、離れた場所に陣取るルナに対して伸ばそうものなら両断する自信はあった。
 相手もそれを理解しているだろう、だからこその接近戦だった。

 コヨーテが接近戦に持ち込む事で、ルナに手出しをさせない。
 ルナが後方に身を晒す事で、相手の攻撃をあえて誘う。
 互いが互いを支える戦いにはこういう形もある。

「はあっ!」

 レーヴァティンの斬撃はのらりくらりと避けられ、時には横合いから弾かれて届かない。
 時折放たれる魔法は翼で受け流すものの、これでは以前と変わらない泥沼だ。
 しかし、今度は一人じゃない。

「コヨーテ、あの赤い魔法生物が本体です!」

 後方からのルナの声。
 そちらを垣間見れば、なにやら金色の杖を掲げていた。

「――分かった!」

 ルナの指示を信じる事に迷いはなかった。
 戦闘時という極限状態において、彼女は憶測でものを言うタイプではない。
 必ず何らかの根拠があっての指示であるはずだった。

「レーヴァティンッ!!」

 魔剣の炎を解放し、その刀身に拳大の炎の玉を集中させる。
 チリ、チリ、という火花が散る音が次第に激しくなり、ついには炸裂する。
 爆風によってに加速した【レーヴァティン】の勢いに乗るように、コヨーテは地を蹴って翼で大気を叩いた。

『――ッ!!』

 【既殺の剣】という精気変換の技術。
 火炎の炸裂を利用して剣撃を加速させる技であるが、翼を用いて勢いに乗る事で中距離内の跳躍移動も可能としていた。
 急激な接近に対応できなかった赤い魔法生物は成す術なくその身を切り裂かれた。

『やってくれるじゃない』

「――!?」

 赤い魔法生物の傷はまるで時間が巻き戻されたようにその傷口が塞がれていった。
 自己再生能力、しかもこれほど高速のものは吸血鬼と同等かそれ以上だ。
 してやられた、と思った時にはもう遅かった。

「ッ……!」

 魔術師の腕から魔法が放たれ、コヨーテの身体を穿つ。
 零距離からの【魔法の矢】のような術式は、翼の防御を貫いて左肩を抉った。
 心臓狙いの一撃に辛うじて身をひねる事ができたのは僥倖だったと言える。

『さぁ、捕まえた。お待ちかねだぞ!』

 魔術師の腕が伸び、コヨーテの首を掴む。
 片手とは思えないほどの力で締め上げられ、足が地から離れる。
 左手に力が入らない以上、右手で首を絞める腕を掴んで抵抗するしかなく、【レーヴァティン】を手放すほかなかった。
 見れば、前衛が消えた事でルナも同様にもう片方の腕で締め上げられている。

『あぁー……いいねぇ、やっぱり「これ」は最高だぁ……』

 魔術師はうっとりした声をもらす。
 どうにもこの魔術師は絞首を楽しんでいる様子だった。
 ここまでの数日間で幾度となく手をかけられた事から予想していたが、どうやら間違いではないらしい。

「……ですよね、そうしますよね」

 首を絞められながらも、ルナは不敵に笑った。
 この瞬間を待っていたとばかりに。

「首を絞める事があなたをあなたたらしめる要素。いくら身体を乗っ取る事が目的とはいえ、それを捻じ曲げてしまっては自己を失ったあなたはあなた自身を保てない……」

『はぁ、何が言いたいの?』

「つぅ……、だ、だから、私は確信していたのです。魔術師たるあなたが戦闘から絞首へのプロセスを放棄するはずがない。必ず対象を弱らせる攻撃呪文、そして逆転を許さないために核心を隠蔽し保護する方法を持っている、と……!」

『だ、か、らぁ』

 魔術師の腕が締める力を増した。

『何が言いたいのか聞いてるんじゃないか』

「っ……、つま、り……あなたの、負け、です……!」

 首を絞められながらもルナは大きく息を吸い込んで、ありったけの声で叫ぶ。

「――ユニコォーン!!」

 その叫びに呼応するように、ルナの頭上の空間がぐにゃりと歪んだ。
 次の瞬間には歪みに大きなヒビが入り、まるでガラスを破るように空間の向こうから現れたのは一本角の白馬であった。

 聖獣ユニコーン。
 【一角獣の泉】と呼ばれる召喚術で呼び出される霊獣の一種である。
 本来であれば霊獣を呼び出し使役する事でその力を借りる術なのだが、ルナの場合はユニコーンの側から好意を抱かれ、彼女の呼びかけに応じて現れるという、ある意味特殊な関係を築いていた。

 ユニコーンはひと声嘶くと、強靭な脚力をもって大きく跳び、その一角から清らかな水を噴き散らした。
 一角から放たれる聖なる泉の飛沫は、たとえ半吸血鬼の傷であっても癒す事が可能だった。
 最大の特徴として、その癒しは飛沫の届く限りではあるが広範囲に広がる事であり、足止めされ身動きも取れず、仲間に近づけないような今の状況でもお構いなしに適用される信頼性にある。

 ただそれだけだったなら魔術師は捨て置いただろう。
 既に捕まっている状況で傷を癒したところで根本的な解決にはならない。
 だが、ユニコーンはただ傷を癒すためだけに跳んだわけではなかった。

「コヨー、テ……! 【アラクネの脚】を!」

 ユニコーンの身体には奇妙な形をした剣が括りつけられていた。
 その形状は見覚えがある。
 かの墓地で戦った、この状況を招いた元凶とも言うべき妖魔アラクネ、その前脚だ。

「あぁ――!」

 ユニコーンとすれ違う一瞬の間に、治癒された左腕で【アラクネの脚】を掴む。
 それだけで、内に秘められた魔力を肌で感じられた。
 引き剥がしたままの勢いでその刃を魔術師の腕に叩きつければ、まるで熱したナイフでバターを切るように通り抜けた。
 伸ばしきって緊張していたとはいえ、その切れ味は墓地で戦った時と一切変わらない。

「終わりにしてやる、化け物!」

 重力に従って落ちる前に、コヨーテは赤い魔法生物に剣閃を浴びせる。
 ばくり、と開いた刀傷は先ほどと同様に治癒を働かせようとするが、コヨーテは同じ轍を踏まない。
 傍に落ちていた【レーヴァティン】を足で跳ね上げて右手に掴むと、炎を解放した。

 一撃、二撃。
 【レーヴァティン】と【アラクネの脚】によって繰り出される剣閃は、意図的に操作された小爆発によって加速され、簡易的な【既殺の剣】を実現していた。

 三撃、四撃。
 さすがに焦りを感じたのか、魔術師がルナを絡めていたほうの腕を伸ばしてくる。
 が、魔剣二刀流のコヨーテは攻防に隙がない。

 五撃、六撃。
 【レーヴァティン】でいなし、【アラクネの脚】で裂く。
 結局はあれも囮のようなもので、破壊しても意味がない。

「――失せろッ!!」

 七撃。
 魔剣二刀の背を同時に爆発させ、最大加速の【既殺の剣】が放たれる。
 悪夢のような威力の剣閃によって完全に分かたれた赤い魔法生物は、その内部のコアを破壊され、ボロボロと崩れていく。

『そんな……僕が、負ける……はずが……』

 愕然とした調子で魔術師が最期の言葉を紡ぐ。
 コヨーテは振り返らずに、

「お前はもうずっとずっと以前に負けが確定していたんだ。人間をやめた、その時からな」

 それだけ告げて【レーヴァティン】を収めた。



「……わざわざこちらが尋ねる義理もなかったのでは?」

「依頼達成の報告もあるし、抑えてくれよ」

 頬を膨らませているルナを何とか宥めて、コヨーテは例の教会まで足を運んでいた。
 夢の中での戦いの後、朝を待って宿を発とうとしたコヨーテらは、宿の店主から『教会の人があんたたちを探していた』と聞いてここまで出向いたのだ。

 ルナはそれはもうしきりに関わりたくないと主張していたが、先の魔術師との戦いで用いた金色の杖の出所を訊ねられた途端に大人しくなった。
 どうやらあの杖は教会のシスターから譲られたものだったらしい。
 いくら鼻持ちならない相手だとしても礼儀を忘れるルナではない、という事だろう。

「これはこれは……お出でいただけるとは思いもしませんでした」

「そちらから呼び出しておいてご挨拶ですね。何か用事があったのではないのですか?」

 シスターは「ええ」と呟いて、コヨーテに袋を手渡した。
 ずしりとした感触と硬貨の擦れ合う音から、中身は銀貨であるとすぐに分かった。

「全部で一〇〇〇枚入っているはずです。お確かめください」

「……どうしてだ?」

「魔術師を殺すために自警団を雇うとすると二人分でこれくらいかな、と」

「……、あなたは――」

「この街は、金で解決するしかないのですよ。まつりごとも、厄介払いも、命も。ですから、気にせずお納めください」

 遮るようなシスターの言葉に、ルナは何も言わずにコヨーテから袋を受け取ると、中身の枚数を検める。

「そうそう、墓守が貴方たちに会いたがっていましたよ」

「……はい?」


「――ぼうけんしゃ。げんき、よかった」

 墓場に足を踏み入れると、数日前と同様に獣人の墓守は現れた。
 心なしかその表情には明るい色が見える気がする。

「色々とありがとうございました」

 【アラクネの脚】の出所については、どうやら彼のようだった。
 アラクネの死体を片付けたのは彼であり、その際にまだ無事な前足を確保していたのだという。
 戦いの分岐点はまさにその【アラクネの脚】であり、間接的にコヨーテは彼に助けられた事にもなる。
 感謝を述べ、固い握手を交わした。

「おれ、かんがえた。このまち、じめじめ。そらがきらい。つちがきらい。でも、きらい、ちがう」

 獣人の墓守はまっすぐにコヨーテとルナを見据え、

「おれ、ぼうけんしゃ、みて。このまち、まもる。おもう」

 あまりにもまっすぐな思いに、コヨーテは思わず鼻の頭を掻いた。
 隣でルナが微笑んでいる様子が横目で見える。
 少し、頬が熱い。

「おれ、あたまわるいけど。あれ、たおせるくらい、つよく、つよく」

「……きっと、難しいぞ」

「わかる、つもり。でも、ぼうけんしゃ。ゆうき、くれた――ありがとう」

「……ん、」

 隣でルナがニヤニヤしている様子が横目で見えた。
 とても、頬が熱い。

「そう。ぼうけんしゃ。まじゅつし、おんな。さがしてた」

「……はい?」


「――あ、きたきた」

「そちらが探しているという話でしたのにこんなところでお酒を飲んでいるとは……」

 次に二人が向かったのは、裏通りの魔術師を紹介してくれた酒屋だった。
 見れば、もう既に三本の酒瓶が空けられていた。
 酩酊していたほうが調子がいいというのは術式行使での話ではなかったのだろうか。

「あ? じゃ、あんたも飲む?」

「いいえ、遠慮しておきます。そういう気分ではありませんので」

「そもそも薦めないでくれ。ここは酒屋であって酒場じゃない」

 酒屋の主人の苦言も、魔術師は聞こえないフリをするばかりだった。
 なんだか今朝の主人は昨日よりも疲れた顔をしているような気がする。
 まるで朝っぱらから迷惑な客が来たみたいに。

「そいで探してたのはさ、上手くいったか気になってたんだよね。ま、その分じゃ成功したみたいだけど。……で、ユニコーンは上手くべた?」

「おかげさまで。専門外だというのにお力を貸していただけて助かりました」

 戦闘能力が低くコヨーテが傷を負っていても治癒すらできないルナが単独で夢の中に入るのはいささか無謀が過ぎた。
 そこで、とある魔神との戦いで心を通わせたユニコーンに手を貸してもらうべく、ルナは魔術師である彼女に指南を願い出たのである。
 結局、そこでも追加の酒を要求される事にはなったが、それでも夢の中の戦いでは逆転の一手を担っただけにいくら感謝してもし足りないほどであった。

「やや、これで失敗してたらだっさいだけだったわ。よかったね」

「いやあ、俺もこれで安心だよ。じい様もあっちで安心してるだろうなあ。……そうだ、祝い酒を出してやるよ」

 気分じゃないと断ったはずなのに、とルナが口を開きかけたが、

「後ででも飲めばいいさ。んじゃ荷物袋に入れてやるよ」

 そう言って、酒屋の店主は荷物袋を半ば強引に受け取ると、そこへ酒瓶を突っ込んだ。
 コヨーテの目には、その瓶が最近嫌というほど付き合った『あの』ガラス瓶に似ているような気がして、

「……今、不吉な瓶が見えたような?」

「気のせいさ。在庫整理してたら出てきたのも気のせいさ」

「……、」


「――すっかりたらい回しにされてこんな時間になってしまいましたね」

 リューン行きの馬車が待つ『霧断ちの門』の前は人でごった返していた。
 上手く人の少ない時間に発とうと思っていたが、世の中そうそう上手くいかないものである。

 コヨーテにとって、この街では色々と事件が起こりすぎた。
 きっとルナにとってもそうなのだろう。
 しかし冒険者としての在り方を考えさせられたという意味では、この街がひとつの分水嶺なのではないか。

「……ルナ」

「はい?」

 振り返ったルナの顔が、とても眩しかった。
 月の光だったはずの優しい光は、いつの間にコヨーテの身を焦がすほどの光になったのか。
 それともただ単にコヨーテの心が彼女に対して弱くなっただけなのか。

 ふと気づけばルナが眉根を寄せていた。
 それもそうだ、名前を呼ばれたのに二の句が紡がれないのだから。
 しかしコヨーテも何を言おうとしたのか、すっかり忘れてしまっている。

「帰ろうか。『大いなる日輪亭』に」

 誤魔化しのような言葉だった。
 本当に言いたい事、伝えたい事は別だったのかもしれないのに。

「……はいっ!」

 今はそれでもよかった。
 とびきりの笑顔で、ルナが頷いてくれるのだから。



【あとがき】
今回のシナリオは春秋村道の駅さんの「ガラス瓶の向こう」です。
仕事で訪れた街で様子がおかしい相方を巡って奔走するお話でした。
とにかく舞台となった街の人々の個性がすごく際立っていて、シリアスな本筋を追う中で癒しになっています。
墓守さん好き。

今回はコヨーテとルナの二人旅でした。
序盤の記憶を手繰る展開の影響もあって何故いきなり二人なのかはぼかしていますが、すでにレベル5で魔物の単独討伐を行っているミリアもいる事だし二人もいれば魔物討伐であっても安心だろう、といった感じで送り出されてきています。
それはそれはミリアも気を使った事でしょう!

さて、今回がユニコーンの本格登場となっています。
初登場は2016年の三五話からですが、実はある理由があって(後述)それよりも前、2015年には登場が確定していました。
【一角獣の泉】、スキルとしては回復役であるルナが倒れると機能せず速効性もないため、かなり厳しいチョイスではありますが、そのフレーバーにやられました。
_秀麗を持っている女性PCが使えば効果アップですよ……!
リプレイ的にも背中に乗ったり飛沫を上げたりとアクションが増えるため重宝します。
コヨーテとの仲は微妙ですが、一緒に頑張っていこうねユニコーン!

ちなみにこのリプレイ、実はこちらでもご紹介させていただいた、桜林囃子さんによる短編小説『七月七日 聖堂襲撃事件』でのコラボを受けてかなり衝動的に書いたものになります。
当時はパスワード付き限定公開としていましたが、ようやく日の目を見る事ができてひと安心です……これ七月七日の時も言ったな!
今回は当時品にちょっとだけ手を加えてきれいに繋がるようにしたものになります。
本当にお待たせしました……!
これでもう本当にストックはないですぞ! エンプティ!


☆今回の功労者☆
ルナ。仲間に頼れない状況でも泥臭く走り回って解決にこぎつける、それでこそ冒険者だ!


購入:
【深緑の酒】-150sp(作中で購入及び消費)
【一角獣の泉】-1400sp(宿の棚)

報酬:
アラクネ退治の報酬 1000sp
司祭からの報酬 1000sp

戦利品:
【アラクネの脚】
【装飾された杖】
【蒼穹の酒】


銀貨袋の中身→4667sp


≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『ガラス瓶の向こう』(春秋村道の駅様)
『宿の棚』(Leeffes様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。

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『ガラス瓶の向こう』(2/3) 

「ぼうけんしゃ? どうした?」

「お聞きしたい事がありまして」

 ルナはひとまず戻らない記憶を取り戻すところから始めた。
 十中八九、この空白の箇所に何かが起こって今に繋がっている。
 アラクネと戦った墓場での出来事は、きっとこの獣人の墓守が知っているはずだ。

「おれ、おまえ、すき。きいて。こたえる」

「私が怪我をした後、もう一人の冒険者は何処へ行ったかご存知ですか?」

「ん。きょうかい、いく。ぼうけんしゃ、いってた」

 教会。
 ただの怪我であるならば、薬師でも癒し手でも探せばいいだろう。
 特にコヨーテは半吸血鬼であり、教会に足を踏み入れただけでもその雰囲気のみで体調を崩しかねないのだ。
 ルナが聖北所属のシスターである事を差し引いても、わざわざ教会を頼った事実がルナの意識を乱す。

(確かめる必要がありますね)

 墓守に礼を言って、ルナは教会を目指した。
 アンレインの聖北教会は美しいと言うよりも豪奢である。
 潤沢な資金をつぎ込まれたそれは、まるで王族の屋敷のようだ。

 絢爛豪華――それは、らしくない。

「教会というのはもっと荘厳な美しさであるべきではないでしょうか……」

 気分のいいものではないですね、と独りごちてルナは教会へ足を踏み入れる。
 内装もこれまた豪奢の一言に尽きた。
 コヨーテではないが軽く眩暈がするほどに。

「どうかされましたか? ……おや、これは冒険者さん」

 顔を上げてみると、整った顔立ちのシスターがこちらを窺っていた。
 労わるような言葉ではあったが、その実、シスターはまるで作り物のように無表情だった。
 それも、教会という場においてはらしくない。

 しかし、ルナが違和感を覚えたのはそれだけではなかった。
 ルナの記憶の中ではこの教会に足を踏み入れた事も、このシスターに会った事もない。
 訝しがっていると、シスターは「ふむ」と顎に手を当てて、

「その様子では記憶が戻りつつあるのでしょうか」

「……やはり、あなたは何かを知っているのですね」

「やれやれ、そんな怖い顔をなさらないで。――お話しますよ。全て、ね」

 含みを持たせたような言葉だった。
 嘲笑うような感覚はない、むしろ哀れんでいるような、そんな感覚。
 無感情な表情と声だったが、その言動の端々で表情を作っているようにも見える。

「――確かにあなたとあの方は教会にいらっしゃいました。

「ただの怪我で、ですか?」

「いいえ。思い出せないのですか?」

 シスターは静かに右手を挙げ、天を指した。
 つられて、ルナも天井を見上げる形になる。

(あ……)

 この天井は、見覚えがあった。
 いや、という不思議な感覚ではあるが、確かに記憶している。
 記憶の奔流を感じ、ルナは待ちかねたとばかりに記憶を手繰り寄せた。


「――何とかなりましたね」

 通り雨のような音が連続している。
 それはアラクネが黒狼に腹を食い破られ、盛大にどす黒い血を撒き散らしている音だ。

 ルナは緊張の糸が切れてしまい、その場に座り込んでいた。
 血の雨を避けるようにアラクネの傍を離れたコヨーテは、【レーヴァティン】を霧にして『真紅のリボン』へと仕舞い込む。

「……感じるか? 恐ろしい魔力だ」

「ええ、死してなおこんな魔力を帯びているなんて――」

「――ッ! ルナッ!!」

 名を呼ばれて、ルナは反射的にコヨーテのほうを向いた。
 しかし次の瞬間には視界が勢いよく揺れ、頭に衝撃が走ったと思うと糸が切れたように真っ暗になる。

「――ええ。あなたの見立て通り、その方は呪われています」

 気がついた時には薄ぼんやりした視界の向こうに複雑な構造の天井が見えた。
 耳に入ってくるのはやたらと遠くから聞こえてくるような、コヨーテと女性の会話だけだ。

「多量の出血と強い負の魔力に侵されて、このままでは今夜が峠でしょうね。アラクネの怨念とは恐ろしいものです」

 苦しい。
 呼吸するのが億劫で仕方がないのに、止めようとすると死んでしまう。
 だというのに深く息を吸おうとしてもできない、その原因を突き止められるほど頭が回らない。

「この呪いでは治る傷も治りません。ここに来たのは賢明でしたね」

「解呪できるんだな?」

「もちろんです。ですが……お代は頂きますよ。ざっと、これくらい」

 コヨーテは言葉を詰まらせた。
 具体的にその女性がどのくらいの金額を要求したのか、ルナには分からない。
 だが、相当の無理難題だという事はなんとなく理解できた。

「払えないというのでしたら――そうですね、頼みたい仕事があります。どうぞ、こちらへ」

 靴の音が遠のいていく。
 一瞬の間の後、ルナの手に誰かの手が重なった。
 『誰かの手』じゃない、これは『コヨーテの手』だ。

「必ず、助ける……待っていてくれ」

 こちらを覗き込んだコヨーテの表情は、まるで彼も大怪我をしたように辛そうで苦しそうで。
 とても危うかった。
 コヨーテの手が離れ、再び足音が遠のいていく。

 静まり返った中でルナは目を閉じ、深く暗い意識の底へと転がり落ちていった。


「――あなたが!!」

 思わず、ルナはシスターへと掴みかかっていた。
 詰め寄られたにも関わらず、シスターはまたしても無感情な視線で返すだけだ。

「ああ、やっぱり。せっかく記憶を封じたというのに、こうもあっさり思い出されてしまうとは。あなたのパートナーもきっと嘆くでしょうね。記憶の処理はあの方の望みだったのですよ?」

「コヨーテに何をしたのか、答えなさい!」

「ああ、怖い怖い。落ち着いてください。あなたのためだったんですよ?」

「……、」

「こちらとしても解呪の報酬を貰わなければなりません。あなたに施された呪いは並大抵の力では到底太刀打ちできない物でした。ですので――」

 シスターは諸手を挙げた。

「費用は銀貨にして一〇〇万枚を提示しました」

「んなっ……!?」

 開いた口が塞がらない。
 一介の冒険者が用意できる金額ではない。
 よほどの富豪でもこの金額は支払えないか、あるいは出し惜しみするだろう。

「どうしてそんなに驚くのです? アラクネの魔力は相当なものでした。死に際の怨念も含めた強力な呪いです、正当な報酬だと思いますが」

「それが……」

 驚いたのは、何も額面だけにではない。
 ルナも彼女と同じく聖北教会のシスターであり、同じ教えを受けてきたはずなのだ。
 呪いに苦しむ人間を前にしておきながら個人では到底支払えないような額を対価として提示し、交換条件を突きつける。
 そんなのは、教会のあり方では断じてない。

「それが聖職者の言葉ですかっ!」

「ええ」

 シスターは一切の躊躇もなく、そう言い切った。
 ここまで無感情にものを言う人間を、ルナは知らない。
 恐怖すら感じられる。

「この街は、いえ――世の中はお金で回っているのです。あなたも私も、きっと神だってね」

「なんて事を……!」

「あなたがどう思おうと、あなたがそのお金によって助けられた事実は変えられない。もっとも、今回は仕事の報酬としてであって直接頂いたわけではありませんが。それに、冒険者ならばそういうのも日常茶飯事なのでしょう?」

「一体、何を……コヨーテに、何をさせたんですか……?」

「目には目を。歯には歯を。解呪には解呪を――あの方には、我々では手に余るものを対処して頂きました」

「それは――」

「お答えできかねます。……それが、あの方との契約ですから」

「え?」

「さあ、お引取りください。これ以上は自警団を呼びますよ」

 これ以上話す事などないとばかりにシスターは背を向けた。
 まだ情報が出揃っていないのだが、言葉通りに自警団を呼ばれてしまっては面倒だ。
 成す術を失ったルナは、半ば追い出される形で外に出た。

 教会から離れ、路地を歩くルナの足取りは重かった。

「私を助けるために、一体何を請け負ったんですか……」

 銀貨一〇〇万枚の仕事なんて、それこそヒト一人の命で賄えるものではない。
 そう断言できるほどに現実離れした額だ。

 もしかしたら、もう手遅れなのかもしれない。
 真相を暴いてもどうしようもないものかもしれない。

「でも――」

 そんなネガティヴな考えは捨てろ。
 無理だから何だというのだ。
 無駄だから何だというのだ。

 ルナ一人の命のためにコヨーテは得体の知れない何かを請け負った。
 それを思えば砂粒よりも小さい可能性を求めて命を張るくらい、ルナにだってできるはずだ。
 恩だとか義理だとか、そんな次元の話では断じてない。

(好きな人が苦しんでいるのに……ここで動けないようなら、私には他人を愛する資格なんてありません)

 自分の両手で、思い切り頬を叩いた。
 さっきまでのうじうじとした考えを痛みで追い出したのだ。

「……まずは、コヨーテが請け負った仕事の内容を明らかにする必要があります」

 まるで導かれるように、ルナは歩みを速めた。
 目的地はすでに決まっている。

 コヨーテは『霧断ちの門』でルナに一人で帰れと言った。
 どうして一人で、なのか。
 答えは簡単、請け負った仕事がまだ終わっていないからだ。

 傷と呪いがこうして跡形もない以上、教会側は先払いというリスクを背負っている。
 銀貨一〇〇万枚の仕事なんて、ルナが目覚めたのであれば仕事を放棄して逃げても不思議じゃない。
 であればコヨーテがああして街の出入り口である『霧断ちの門』に近づく事すらも警戒してしかるべきだ。
 霧で馬車が動かないだろう、というのはいくらなんでも楽観的すぎる。

(つまり、導き出される答えは――)

 教会はコヨーテに対して何らかの『鎖』を仕込んでいる。
 仕事が終わるまでか、はたまたその命が尽きるまでかは分からない。
 しかし、『鎖』が存在するという事は数少ない手がかりだ。

(どちらにせよ、私にはこれしか残っていないのですけどね)

 ルナが向かった先は借りた宿の一室だった。
 その部屋には、ついさっき襲われた時と同じようにベッドに横になるコヨーテの姿がある。
 トラウマのように記憶が蘇り、少しだけ躊躇したものの、ルナは意を決して彼に近づいた。

 呼びかけても返事がなく、どうやら今度は深く寝入っているらしい。
 追求したところで答えるはずもなく、不謹慎ではあるものの眠っていてくれて助かった。
 彼の額には汗が浮かんでいて、呼吸も荒い。
 濡れて張り付いた前髪をそっとかき分ける。

「必ず、助けます……だから、待っていてください」

 コヨーテの手を握ると、わずかに握り返す反応があった。
 まるでその決意を受け取ってくれたような気がして、ルナの視界が滲む。

「――あれ?」

 ふと、微かに嗅ぎなれたにおいがする事に気がついた。

「アルコール?」

 それは確かにコヨーテの呼気に乗って漂っている。
 酒を飲んだ、という事か。

「――っ、ありえない!」

 少なくとも首を絞められた時には酒のにおいはしなかった。 
 であればルナと分かれた後で飲んだとしか考えられない。
 だが、いくらコヨーテでも真昼間から酒を飲んで寝てしまうような堕落はしないはずだ。

 おそらく、彼はそうせざるを得ない状況にあったのだろう。

「あった……!」

 部屋の中を調べ回り、ようやくソファの下にそれを見つけた。
 美しい細工の施されたガラス瓶だ。
 栓を抜いてみれば、やはり件のアルコールのにおいがする。

「私の前では飲みませんでしたから、まさか……これが」

 ルナが酒好きだという事は、ちょっと付き合いが長ければ誰だって知っている事だ。
 こんなあからさまに高級そうな瓶に詰められた酒をその辺に放置していては、――ルナにとっては恥ずかしい事だが――間違いなく追求する。
 わざわざソファの下に隠していたのだから、その用心深さは並大抵のものではない。
 十中八九、これがコヨーテの請け負った仕事に関わるものであるのは間違いなかった。

「……これ、少しだけお借りしますね」

 今のコヨーテにしてあげられる事は何もない。
 ルナはガラス瓶を手に部屋を出る。
 目的地は決まっている。
 この瓶に詰まっていたものが酒だとしたら、本職に訊ねるのが一番手っ取り早い。



「こ、こいつは……」

 酒屋の主人に件のガラス瓶を見せたところ、明らかに知っている反応を見せた。
 出かける前に店主にも瓶について訊ねてみたが、仮にも宿屋の主がまるで初見のような反応をしていた。
 それはつまりこの酒、ひいてはこの酒瓶が一般流通するような代物ではない可能性が高い。
 予想が的中した事にルナは内心歓喜する。

「知っているお酒ですか?」

「……、じい様に聞いた話だ」

 酒屋の主人は俄かに声を潜めた。

「アンレインには今も昔も金が集まる。時が違えど自分の保身の事しか考えないのが金持ちってもんだ」

 ルナの脳裏にはアラクネ退治を依頼した夫婦の姿が思い浮かんだ。
 旦那さんはともかく、奥さんのほうは資産家を絵に描いたような典型的なタイプだった。

「じい様が店を出していた時代、アンレインの富を一身に受けていたのは占い師でもある一人の魔術師だった。そいつは甲斐甲斐しくアンレインの住民の役に立っていたが実は裏の顔があった……そいつはな、快楽殺人鬼だったのさ。殺しの方法はいたってシンプル――」

 酒屋の主人は両手で円を作って、

「――首を手で絞めるんだ」

「っ……!」

 ぞくりとした悪寒が首元をなぞる。

「しかしなかなか魔術師は捕まらなかった。そりゃそうだ、まさか魔術師が絞殺なんて野蛮な行為をするはずがないと思われていた。しかもアンレインの金持ち連中は魔術師の占いに首っ丈……迷宮入りしてもおかしくない事件だったさ」

「……でも、そうはならなかった?」

「周囲が殺人鬼の正体に気づく頃には、そいつは逃げちまってたんだ。

 やけに抽象的な言葉で話を締めくくった酒屋の主人に対し、ルナは首を傾げる。

「……それと、この瓶に何の関係が?」

「その瓶はなぁ、そっくりなんだよ」

「何と?」

「魔術師が逃げ込んだ、ガラス瓶に」

「……はい?」

「奴は自分の魔術の知識を総動員して液体に自分自身を溶け込ませた。そして俺のじい様はその酒を売った張本人……言われたらしいぞ、『いい酒をありがとう。しばらくは満足できそうだ』ってな」

 独り言のように「命拾い、したんだろうな」と呟いて、酒屋の主人は煙草をふかした。

「で、その瓶は発見されるや否や破壊されるはずだったんだが、そこは魔術師抜かりはなかった。しっかりと破壊されないように魔術で防御されてたらしい」

「……そのお酒を飲んでしまったらどうなるのでしょう?」

「さあ? 大方、新しい住処にでもされちまうんじゃねぇか……って、まさかあんた飲んじまったのか?」

「連れが、もしかしたら」

「あれは教会に納めたとか何とかだった気がするが、まあ、それどころじゃないな。本物だったら一大事だ」

 酒屋の主人はそう言うと、何やら住所の書かれたメモをルナに渡した。

「そこには魔術師が住んでいる。気難しい奴だが、相談に乗ってくれるかもしれない」

「ありがとうございます、助かります」

「いや、一応は俺にも関わりある事だしな。無事を祈ってるよ」

 酒屋の扉を後ろ手で閉め、ルナは深くため息をついた。
 話は繋がってきているが予想以上に複雑になってきている。

「ともかく教えられた場所に向かってみましょう。きっと、時間もあまり残っていません……」

 自然と早足になるものの、それでも頭だけは冷静になるよう努めた。
 しかし焦ってばかりもいられない。
 メモに記されていた場所へと向かう内に、だんだんとアンダーグラウンドな場所に踏み込んでいる状況で冷静さを失ってしまえば手がかりどころか下手したら命さえ失いかねないのだから。

「う……、」

 その通りに入って最初に気づいた事は、異臭であった。
 天蓋の街アンレインでここまで強烈な臭いを感じた事はない。

(ゴミが散乱している?)

 有機物の腐る酸っぱい臭いに顔をしかめながら目的の魔術師を探す。
 貰ったメモには大雑把な位置しか書かれていないため、ここからは足で探す必要がある。
 しかし、

「……あー、ろくなモンないな……ちくしょー」

 それらしい人物は今まさにそのゴミを漁っているところだった。
 無造作に伸ばした赤い髪が特徴的な女性であるが、薄汚れた格好がやたらと目に付く。
 とはいえ他に人影は見当たらず、意を決したルナは咳払いして、

「……失礼」

「はぁ? あんた誰?」

「表通りの酒屋のご主人に、この辺りに魔術師の方がお住まいと聞いて来た者ですが……」

 赤髪の女性はあからさまに面倒事が向かってきたと言わんばかりのため息をつくと、

「で、この超絶美貌の持ち主かつ超優秀魔術師の私に何かあるわけ?」

「精神に作用する魔法の相談を」

「はぁー? そんなだっさい事させるつもりなの?」

「……、」

「はぁー、精神の魔法とかほんとだっさ。まぁーでもしゃーないか。酒屋のおっさんの紹介じゃねぇ」

 ぼりぼりと頭を掻いて、魔術師は不意に手を出した。

「で、報酬は持ってきてるんでしょうね?」

「……いくら必要なのですか?」

「はぁー? 金なわけないじゃん。あんたほんとに酒屋のおっさんからの紹介なわけ?」

「ええ!?」

「む、怪しい。騙ってんじゃないでしょうねあんた」

「いえ、そんな事は……ただ力を貸してくれるかもしれないと言われて――」

「とにかく。本気で頼む気があるならさ、さっさと報酬持ってきてよね。分からないなら酒屋のおっさんに聞いて来てよ。そうすりゃ信じてあげるし」

「……分かりましたよっ!」

 語気が荒くなるのも厭わずに、ルナは踵を返した。
 確かに突然現れて協力しろと言われたら報酬のひとつでも要求するのは自然だし、その身の証を立てさせるのも良識の範囲内だろう。
 しかし、時間がない焦りがルナを苛立たせている。
 足早だった往路と違い、今度は駆け足での復路だった。

「え? 報酬? あ……、すっかり忘れてた。あいつは先払いだったか。……しかし、大丈夫か?」

 ルナはこくこくと頷く。
 さすがに息が切れてしまったルナは必要最低限の単語しか言葉に出せなかったが、何とか伝わったようだ。
 今はとにかく呼吸を整える事に集中したかった。

「あいつへの報酬はいつも酒だよ。酩酊してると上手くいくらしい……ええっと、いつもの酒は何だったかな」

 そう独りごちながら、酒屋の主人は棚から幾つかの酒瓶をカウンターに置いた。
 どうにもうろ覚えらしく、首を傾げながら手に取っている様子であり、とても信用ならない。
 ここで間違えてしまえばまた大幅な時間をロスする羽目になる。
 ルナとしては絶対に間違えたくない選択だ。

「確か、アルコール度数は高いほうが好みだったような」

「………………」

 おそらく、その情報は本物なのだろう。
 いつもの報酬が酒だとしたら相当な酒好きかつ酒豪、という事になると予想できるからだ。

 その言葉をヒントにカウンターの上の酒瓶、そして念のために棚のラベルを全て見回す。
 どうやら酒屋の主人の記憶はそう間違っていなかったのかもしれない。
 カウンターに置かれた深緑色の液体が目を引く酒瓶を手に取る。

「お、そいつにするかい。まいど!」

 提示された金額を支払い、ルナは酒瓶を握って店を出た。
 普段は敬虔なシスターさんを装っているルナはこう見えてもアルコールには強いほうである。
 アンレインに流通する酒の種類もこの街に訪れる前にリサーチ済みだ。
 その中でも突出して高いアルコール度数を誇るのがこの【深緑の酒】だった。

「そうそう、これこれ! うひゃー、今日もいい夢みれそ!」

 酒瓶を差し出した瞬間、魔術師はひったくるようにそれを受け取った。
 まるで我が子のように抱きしめ、口付けまでする始末である。
 再びの全力疾走で呼吸が荒く、おまけに臭いのせいもあってちょっと戻しそうなルナにはツッコむ気力すらない。

「で? 精神系の魔法だっけ、どんなのを貰っちゃったわけ?」

 なんとか呼吸を整えたルナが説明すると、魔術師は「うへー」と顔を歪めた。

「そいつはお気の毒。内部からじわじわ変化させられてんだよ、それ」

「対処方法は?」

「相手が『中』に居る以上、こっちも『中』に乗り込むしかなくね?」

「……中に?」

 ルナは『魔術的に可能なのか』と聞いたつもりだったが、魔術師はそうは受け取らなかったようだ。
 少しだけむっとした様子で、自信満々に胸を張った。

「あたしは空前絶後の大魔術師よ? このくらいちょちょいのちょい」

 そう言って、魔術師は報酬の酒瓶の栓を抜いて直接口をつけて中身をがぶ飲みする。
 相当の酒好きだとは予想していたが、まさかストレートでいくとは思わなかった。

「はははー、実は私の専門も精神系なのよ。だっさいでしょー? 結構教会からも目ぇつけられちゃってさ。ま、とりあえずこれ持ってきなよ」

 魔術師が手渡してきたのは美しい輝きを放つ宝石だった。

「夢っつーのはとっても隙の多いモンだから、その『中』に居る奴も夢を悪用してると思うんだよね。それは対象の夢に入り込む魔具アーティファクトよん」

 ルナにとっては宝石の形をした魔具というのは何度も見てきたものだ。
 今更驚きはしないが、それでも魔術師の付け加えた「夢魔ごっことか出来るかと思って作ったモンだけどね」という言葉にはさすがに胡散臭いと感じずにはいられなかった。

「そいつを使ってお連れさんの夢に入り込みな。きっとそこに奴がいるよ」

「あ、ありがとうござ――」

「――ただし。気をつけないと、あんたもお連れさんも魔術師に取り込まれかねないからね?」

「……はい」

「ま、せいぜいがんばんな」

 役目は終えたとばかりに、魔術師は酒瓶を呷りながら去っていった。
 その背が見えなくなってから、ルナは宝石の魔具を握り締めて小さくため息をつく。

「……これで、ようやく突破口が開けましたね」

 だからといって無計画に突入するほど馬鹿ではない。
 相手が用心深く狡猾な魔術師の典型と分かった以上、準備を怠っては二人とも助からないだろう。

 そしてコヨーテはもう動けないほどに消耗している可能性が高い。
 であれば攻撃手段のないルナが向かったところで何の役にも立たずじまいだ。

「――対策を講じなければ」

 限られた時間の中で、ルナは『戦う術』を探して街に繰り出していく。


To Be Continued...  Next→

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周摩

Author:周摩
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