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2017年04月の記事一覧

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第三九話:『緋桜悲伝』 3 

 ハマオ村での三回目の朝、出遅れて起きだしたルナは神妙な面持ちで仲間たちに告げた。

「……この村に来て三度、夢を見ました。初めは親しい者が殺される夢。次は親しい者に殺される夢。そして昨日は……」

 ルナは夢の中で繰り広げられた王国騎士と妖魔の話を、要点を逃さずに話した。
 緋桜姫と呼ばれる妖魔が王国騎士に討伐された事、妖魔を退治した騎士は捨て身ではなく数で圧倒していた事、最初に派遣された騎士の名はアルフレッドといい、緋桜姫を愛していた事、

「――そして、アルフレッドという騎士はアーノルドにそっくりでした。瓜二つと言っても過言ではありません」

「……、」

「これが私の頭の中で作られた妄想の物語である事は否定しません。しかし、あまりにも現実的リアルで、これまで集めてきた情報やバリーの出した推論に近すぎるのではないかと……」

「逆に。集めた情報と俺の推論を聞いたからこそ、そういう夢を見た可能性もある」

「分かっています。だから否定はしません。もし、何か解決の糸口になりそうな情報であれば使ってください」

 顎に手を当てて、バリーは考え込んだ。
 以前にも悪魔に魅入られた母を救いたいと願う少女の霊に頼られ、五月祭では吸血鬼連中に目をつけられ、とある屋敷の人間を祟りつづけたバンシーを叱咤し、魂を鎮めたのは他ならぬルナだ。
 もしかしたらそういった手合いに絡まれやすい体質になっているのかもしれない。

「どちらにせよ、アーノルドとは話をつけなくちゃならない」

 心配ではあるが、不確定すぎる議論で時間を浪費するわけにもいかない。
 コヨーテたちは身支度を整えて村長宅へ向かった。
 わずかもせず村長宅に辿りついたが、

「もういい! あんたたちは何も分かっちゃいないんだ!!」

 唐突に扉を開けて駆け出していったのはアーノルドだった。
 走り去っていく彼を目で追いかけ、深くため息をつく村長の姿もある。

「やれやれ……アーノルドには困ったもんじゃ。何度言い聞かせれば分かるのか……」

「何かあったのか?」

「いえ、大した事ではないのですよ。先ほど飛び出していった若者……アーノルドといいますがな。彼が水源地に行きたいと申しまして。あそこは古来より聖地として崇められているので、おいそれと入らせるわけにはいかないと言って聞かせているのですが、聞く耳を持ちませんで」

「……それはもしや、緋桜姫という妖魔が封印されている場所ですか?」

 ルナの問いに、村長は片眉を上げて反応した。

「おや、村の者にでも聞きましたか? その通りです。かつてこの地を支配した邪悪な妖魔を封じている祠です。特殊な結界が張られておりましてな、魔物などの類はまったく近寄れない。ゆえに聖地と呼ばれておるのです。わしの家は代々あそこを管理しておりますが『何人たりとも近づけてはならぬ。破りし時は妖魔の封印が解け、災いが降りかかるであろう』と言われているのです」

「……本当にそうかな」

「何ですと?」

 聞き捨てならない、と村長はコヨーテを睨む。
 どうやら村長としての責務を果たす事に関してはそれなりのプライドを持ち合わせているようだ。

「ひとつ聞きたい。アーノルドの先祖は騎士の家柄か?」

「……ええ、確かにアーノルドは妖魔討伐の騎士アルフレッドの家柄です」

「やはりか」

 コヨーテはバリーを見て、彼も察した様子で頷いた。
 アーノルドが知っている『何か』とは有益だとか無益だとか、そういった次元のものではない。
 彼は核心に迫る情報を持っている。

「おそらくアーノルドは水源に向かうはずだ。オレたちも行くぞ」

「なっ――冗談じゃない! 下手に聖地に行って、もし封印が解けでもしたらどうするつもりなのです! 伝説通りならわしらは妖魔に皆殺しの目に遭うかもしれん……!」

「今この村に起こっている霧の発生と原因不明の病の流行。これが妖魔復活の前兆だとは考えられないのか?」

「……馬鹿な。有り得ん。わしの家は代々あの地を護ってきているのです。復活など有り得ない」

「昨日、オレたちは妖魔の群れを退治したが、霧は晴れたか? 病は癒えたか? 他に原因があるのは理解できるだろう?」

 言葉を詰まらせた村長に、後を引き継いでバリーが付け足す。

「あんたの一族が代々護ってきたあの水源地が最も霧が深く、そして伝承の通りであれば魔素を含んだ霧を発生させ、村人に病を振り撒くほどの呪いを流し続けられる存在があの地に眠ってるはずなんだ。あんた自身が言ったように他の魔物はあそこにゃ這入れねぇんだろ? だったら考えられるのはひとつしか残っちゃいねぇよ」

「ぐぐ……!」

 もはや唸るしかなくなった村長は、

「とにかく聖地に行く事は絶対に許さん! 村を滅びさせるつもりはわしらにはないのですからな!!」

 その一点張りで喚くだけだった。
 代々勤勉に護り続けていた祠の封印が何の落ち度もなく壊れそうになっている。
 その事実を認めたくないだけで、村人に降りかかる危険に対処しようともしない。

 これ以上話しても時間の無駄だ。
 村長の罵声を背中に浴びつつ、コヨーテたちはその場を後にした。

「よっしゃ、とっとと水源地に向かおう」

「その前にアーノルドに話を聞きてぇ。あいつの家に向かおうぜ」

「なんで? すれ違っちゃわない?」

「あいつが水源地に向かった確証はねぇだろ。仮に決意したとして、妖魔が復活しかけている場所に手ぶらで行く馬鹿はいねぇよ。身支度くらいはするぜ」

 納得した『月歌を紡ぐ者たち』はすぐさまアーノルドの家を訪ねた。
 出入り口に近づくと、家の中から慌しく何かを探しているような騒音が聞こえてくる。
 ノックしてみると苛立った様子のアーノルドが露骨に嫌な顔で出迎えてくれた。

「またあんたたちか! こんな時に!!」

 帰ってくれ、と叫ぶとすぐにドアを閉めようとするが、隙間に差し込まれたコヨーテの足が阻んだ。

「水源の祠に行くつもりだろう? そこに緋桜姫がいる。違うか?」

「知らん! 何の事だ!」

「落ち着いてください、私は真実を知っています。姫は邪悪な妖魔なんかじゃない。それは時の王によって捏造された事実……そうでしょう?」

「……っ、」

 明確な反応があった。

「姫は愛した人に裏切られたと思い、人間を恨みながら封じられた……、凄まじい怨念を残しているはずです」

「……、そうだ。村を覆う霧も、広がっている病も全て姫の怨念がもたらしたものだ」

 信じられない、といった風に困惑しながらも、アーノルドは気を落ち着けたようだ。
 村長をはじめとした村人のほとんどは伝承をそのまま信じている様子だったため、これまで彼の主張は相手にもされなかったのだろう。

「君たちが言う通り、村に伝わる妖魔伝説は嘘だ。あれは時の王が捏造し、人々に強制した偽りの事実にすぎない」

 アーノルドはそう切り出して、妖魔伝説の真実を語った。
 大まかな流れはルナが夢の中で見た内容とほとんど同じだった。

「騎士アルフレッドが死んだ後、兄へ弔いと遺品の整理のために彼の弟がこの村を訪れた。その時、死ぬ直前にアルフレッドが密かに残した手紙を発見して彼は真実を知った。しかし、もはやどうする事もできず、彼は残された思い出の品と共に口伝で子孫に伝説の事実を伝え続けたんだ。後の世に蘇るかもしれない緋桜姫の怒りを静め、真実を伝え、そして兄の真の愛を告げるために……それが俺の先祖、アーネストというわけだ」

「なるほどな。だから最初から河辺の妖魔を倒しても無駄だと知っていたわけか」

「そうだ。だから俺はどうしても緋桜姫を救わなければならない……だが、村の連中はそれをカケラも信じようとしない!」

「それでお前はその怨念をどうにかしようと思っているのか?」

「いいや、怨念をどうこうするつもりはない。俺は姫に真実を伝えるだけだ……アルフレッドは姫を裏切ったんじゃない。最期まで彼女を愛していたんだ。それを伝えなければ彼女が哀れすぎる」

 アーノルドの手の中でカチャリと音が鳴った。
 その掌には古びたアミュレットが淡く光を反射している。

「これは緋桜姫が騎士アルフレッドに贈った護りの品だ。騎士の地位を捨て狩人となった彼が森で危険な目に遭わぬようにと……」

 それは現代にまで残る緋桜姫と騎士アルフレッドの愛の証だった。
 妖魔伝説の真実がその通りであれば、緋桜姫の恨みは正当なものだ。
 怨念を静められるものはもはや残っていない可能性もある。
 であれば彼の言う通り、せめて姫の哀しい誤解を解くくらいはしなければ哀れすぎる。

「協力しよう。剣は多いほうがいいだろう?」

 コヨーテが告げると、『月歌を紡ぐ者たち』は皆一様に頷いた。



 森へ踏み込んだ『月歌を紡ぐ者たち』は水源地への道を塞ぐ柵まで一直線にたどり着いた。
 が、その前には武器を持った村人たちが立ちふさがっている。
 どうやら村長の命令で防衛しているらしい。

「《眠りをもたらす白雲よ、抱いて沈め<微睡まどろ>みの底に》……」

 手荒な真似はしたくない『月歌を紡ぐ者たち』は、バリーの魔術で眠らせる方法を選択した。
 昨日の妖魔のように霧に混じらせた【眠りの雲】は回避不可能なほどの威力を発揮する。
 眠り込んだ村人たちを道の脇に除け、一向は先を急ぐ。

「ここは……」

 しばらく道を進むと、少し開けた場所に出た。
 これまでの道中でもっとも霧の深い場所だけに、その景色はほとんど見えない。

「ここが水源だ。滝の裏に封印の祠があるはず……姫はそこにいる!」

 アーノルドもこの場所には足を踏み入れた事はないようだ。
 霧が深く、探索も容易ではなかったが、レンツォを先頭に滝を目指して進んでいく。
 少しも進まない内に、レンツォは古びた石碑を見つけて立ち止まった。

「なんて書いてあるのかな……バリー!」

 任せろ、とバリーは【識者の杖】を手に石碑と向き合った。
 【識者の杖】には解読術式が刻まれていて、その先端を文献に押し当てる事で起動できる。

「『魔なるもの、ここに封印す。何人たりともこれを起こすことなかれ』」

「……っ、何が『魔なるもの』だ!」

 激昂したアーノルドは石碑を蹴りつけた。
 経年劣化だったのだろうか。
 石碑は根元からぐらりと揺れ、後ろへ倒れてしまった。

「あらら、壊しちゃってまぁ……」

「いいじゃねぇか、手間が省けた」

 バリーの言う通り、石碑の向こうには洞窟と思われる穴が広がっていた。
 あの石碑はその文面から見ても、水源へ繋がる封印だったのだろうか。

「っ、うわ……何かすごい嫌な予感するね……」

「魔力に鈍いってのは時として羨ましいモンだぜ」

 洞窟内から強大な魔力が威圧感を伴って溢れ出ている。
 バリーは緊張した面持ちで【識者の杖】を握り締め、コヨーテとミリアも既に得物を抜いている。
 ここから先は何が起こっても不思議じゃない。

 封印の地ではあるが罠の可能性は否定できず、レンツォとミリアを先頭として洞窟内を進んでいく。
 ランタンの頼りない薄明かりで照らし出された洞窟をしばらく進むと、淡く光る泉のほとりにたどり着いた。
 そこには枯れ果てた樹木がひとつあるだけだった。

 そして、その傍らには、

「姫……!!」

 艶のある黒の長髪と、ゆったりとした民族風の衣装を重ね着している女性が佇んでいる。
 彼女が緋桜姫なのだろう。
 霊体ゆえか、その姿はうっすらと透けている。

『アル! 貴様!! よくもおめおめと我の前に……!!』

 緋桜姫は闖入者の姿を見とめると、表情を激変させた。
 アルフレッドに瓜二つのアーノルドの姿を見て怨念が爆発したのか。
 敵意をむき出しにして、周囲が歪むほどの魔力を漂わせている。

「姫! 俺の話を聞いてくれ!!」

『人間! おのれ心醜き人間どもが……! あの時、人間などに心を許さなければ!!』

「待ってください、緋桜姫! 私たちは伝説の真実を知っています!」

『真実だと!? 貴様ら人間が我を裏切った事実より他に何がある!!』

「アルフレッドは貴方を裏切ってなどいないんだ!!」

 アーノルドは必死に呼びかけるが、憎悪で真っ黒に染まった緋桜姫は聞く耳を持たない。
 詠唱も掌相もなく周囲の魔力が術式を虚空に浮かべ、『魔術』が始まっている。

『許さん! 許さん!! 決して忘れぬ!! 八つ裂きにしても足りぬ!!!』

 怨念の塊となった妖魔・緋桜姫は凄まじい負の魔力を束ね、一気に解放した。
 始まっていた術式とは別の、単に魔力を凝縮して破裂させただけの魔術以前の『暴発』が『月歌を紡ぐ者たち』を襲う。
 指向性を持たせていないとはいえ、それを集団の真ん中に放られてはひとたまりもない。
 爆風にあおられ、『月歌を紡ぐ者たち』は散り散りになってしまった。

「くっ……!」

「待て! 危険だ、アーノルド!!」

 爆発の直前にミリアに庇われていたアーノルドは何とか立ち上がり、アミュレットを片手に緋桜姫に向かって駆け出した。

「姫! 信じてくれ! アルフレッドは裏切ってなどいない! 貴方を最期の時まで愛していた!!」

『――黙れぇぇぇええええええええ!!』

 まるで羽虫を振り払うような動作で、緋桜姫は魔力を爆発させた。
 アーノルドは吹き飛ばされ、地面に背中を強く打ち付けた。

「ぐっ……う……」

『……おのれ! おのれ!! アル、一度ならず二度までも我を騙そうというのか……っ!!』

「――緋桜姫ッ!!」

 コヨーテは【レーヴァティン】を振りかざし、緋桜姫へと迫る。
 だが、

「た、頼む……! 姫を、姫を傷つけないでくれ……!」

 呼吸が乱され、声も張り上げられないアーノルドの悲痛な叫びがコヨーテの耳に届く。
 彼と彼の祖先の思いを無碍にはできず、コヨーテは思わず立ち止まる。
 振りかざした【レーヴァティン】が行き場をなくしているところに、緋桜姫の放った『魔術』が白い網状となって絡め取った。

「【蜘蛛の糸】……!?」

 リューンの魔術に酷似したそれはコヨーテをその場に縛り付けた。
 そして緋桜姫の魔力が直近で炸裂する。
 咄嗟に身を伏せて【レーヴァティン】を盾にしたコヨーテは奇跡的に軽傷で済んだようだった。

「ぐっ……傷つけるなって言ってもこのままじゃジリ貧だぞ」

「すまない、だが必ず何とかする! だから時間を稼いでくれないか!」

「無茶言ってくれるな……、本当にまずいと思ったら構っていられないからな!」

 魔力の爆発で脆くなった【蜘蛛の糸】を強引に引きちぎって、コヨーテは【レーヴァティン】を構えた。
 攻撃のためではなく、直撃を避けるための盾としての構えだ。

「姫! これを……!」

 アーノルドが掲げたのは、かつて緋桜姫からアルフレッドに贈られたアミュレットだ。

『それは……! 我がアルに渡した品……』

「そうです! あなたの事を裏切った人間が、こんなものを大切に後世に残しますか!? これは彼の家で大切に保管されていたものです、それでもまだ信じられませんか!?」

『……、信じぬ! 信じぬ!! そんな戯言などっ!!』

 魔力の爆発がアーノルドを襲う。
 が、その攻撃はコヨーテと【レーヴァティン】が放った火炎が盾となって阻まれた。

『ぬうう!』

「姫……!」

『やめろ! 我を惑わすな! その声で我の名を呼ぶな……!』

 ミリアとレンツォはフェイントを駆使して緋桜姫の攻撃を誘う。
 チコとバリーも彼らのサポートのため、当てないように牽制の攻撃を放っている。

「あなたの恋人は、最後まであなたを護ろうとしていた! でも捕らえられて……そして彼の名を騙った騎士たちがあなたを誘き出したんです!」

『……あの時、確かにアルが呼んでいると言われて……でも待っていたのは大勢の剣を持った人間たちで……そう、アルの……アルと同じ鎧の……』

「それは偽情報だったんです! 人間は……、狡猾ですから! あなたたち妖魔よりも、ずっと!」

 アーノルドとルナの必死な叫びからか、次第に緋桜姫の攻撃の手が緩んでいった。

『そんな……そんな馬鹿な事があるわけない……』

 緋桜姫は弱々しく頭を振る。

「姫! 緋桜姫!! 俺の言う事を信じてくれ!!」

『あ、あああ……!』

 やがては魔力の歪みすらなくなり、重々しかった空気はわずかずつ澄んでいった。

『そんな、そんな……嘘だ。信じない……』

「……もう一度だけでいい。信じてみたらどうだ? そんなに疑っていたら安らかになるものもならないぞ」

『アル……アル……』

 緋桜姫は膝を折り、呆然と自身の半透明になった掌を見つめる。

『ああ、そんな……我はずっとアルを誤解していたというのか……?』

「誤解してしまうのは仕方がない。だが、確かにここに真実があっただろう?」

 嗚咽のような声をあげ、緋桜姫は肩を震わせた。
 妖魔ゆえか涙を流せないが、その哀しみは十二分に緋桜姫の心を揺らしていた。

『それでは……アルは、アルはどうなったのじゃ!?』

「あなたを護ろうとした彼は、残念ですが……」

 改めてその事実を突きつけられ、緋桜姫はがくりと項垂れた。
 もはや先ほどまでの怨念はまったく見られない。

『……すまなかった。我の愚かさのせいで、関係のない者に多大な迷惑をかけたようだ』

「いいえ、本当に愚かなのは時の権力者や人間たちです。姫は何も悪くなんてありません」

 ルナは緋桜姫に近づき、膝をついてその半透明の手を握る。

「人間を、どうぞ恨んでください。でも、あなたの好きな人だけは大事にしてあげてください。きっと、それでいいのではないですか……?」

『………………』

 緋桜姫は頷き、決意したように唇を引き結んだ。
 音もなく立ち上がると、改めてアーノルドへ向き直る。

『人々に掛かった呪いは解こう。そして我はアルの元へ……』

「良かったな。これでもう恨む事も泣く事もせず、またアーノルドと一緒になれる」

「再会できたらちゃんと謝って、それから、一番の笑顔を見せてあげてください……!」

 長年の恨みから解放された安堵からか緋桜姫の表情は穏やかだった。
 光に溶けるように消えていく緋桜姫は、最後の最後まで、確かに微笑んでいた。



 村に戻った『月歌を紡ぐ者たち』は即座に若い男性の村人に囲まれた。
 その中には村長の姿もある。
 禁を破った事を糾弾されるものと思っていたが、どうにも違うらしい。

「確かに結果的にはあんたたちが正しかったわけだが……」

 そう言って、村長は複雑な表情のまま踵を返していった。
 どうやら緋桜姫が消え去った時点で病は嘘のように癒えたようだった。
 村長としては禁を破り、防衛に向かわせた村人が眠らされた事を快く思っていないようだが、それでも村が救われた事に恩を感じていないわけではないらしい。
 追い出されないだけでもありがたいものだが、どちらにせよ長居するつもりはなかった。

 すぐに村を発つと告げると、村人は次々に感謝の言葉を述べ、別れを惜しんだ。
 そんな中、ぱたぱたと走り寄ってきたのは今回の事件の解決をお願いしてきた少年だった。

「村の周りを覆っていた霧、すっかり晴れました! 少しすればお酒造りも再開できると思うし……お姫様を救ってくれて、村を守ってくれてありがとう!」

「あぁ、確かに約束は果たしたよ」

「えっと、それで僕からの報酬なんですけど……」

 そう言って少年は袋に詰めた石くれを差し出した。

「え? いや、気にしなくていいんだぞ?」

「でも、もしかしたら何かの役に立つかもしれないから……」

 少年は受け取ってもらえるまで引くつもりはないらしい。
 口約束程度ではあったが、確かに約束は交わしていたのだ。
 あまり断るのは少年の気持ちを無碍にする事になる。

「では、ありがたくいただくよ」

「はいっ!」

 少年はぱあっと表情を明るくする。
 背後でミリアが悶えているようだったが、コヨーテは軽く無視した。

「あの子が言っていて思い出したんですけど。霊酒『緋桜』の事、すっかり忘れていましたね……」

「ほら、受け取ってくれ」

 いつの間にか姿を消していたアーノルドが酒瓶を手に戻ってきていた。
 澄み切った透明な液体が詰められた酒瓶で、ともすれば単なる水のようにも見える。

「何です、これ?」

「何って『緋桜』だよ。元はと言えばそれを探しに来たんだろう?」

 そういえば宿で試飲した『緋桜』も限りなく水に近い透明だった気がする。

「……色々と悪かったな。姫が妖魔だと知ったらきっと倒しに向かうと思っていたんだ。何しろ村の誰も姫と騎士の事実を信じなかったんだからな」

「もういいですって。姫を思っての事だったんですから」

 『緋桜』に頬ずりするほど喜んでいるルナであった。
 何だかとても説得力がない。
 険悪な雰囲気で出会った彼らだったが、最後にはお互い笑顔で別れを惜しむ事ができた。

 幾百年もの時を越えて、ようやくハマオ村の妖魔伝説の真相が明らかとなった。
 その事実を知った村人たちは混乱するだろうが、わずかもせず受け入れる事になるだろう。
 もはや濃霧と流行病の脅威は去ったのだ。

 村人たちの変わらない日常は続いていく。
 冒険者たちもまたいつもの日常へ戻っていくのだろう。
 だが、彼らは知っている。

 妖魔の姫と王国騎士の間にあったものはどれだけ踏みにじられようとも崩れ去ってしまわない、『真実の愛』だった事を。



【あとがき】
今回のシナリオはF太さんの「緋桜悲伝」です。
親父さんからの簡単な依頼のはずが、実は……という半巻き込まれ型の中編シナリオでした。
村の周囲を多い尽くす濃霧、原因不明の病、村に伝わる妖魔伝説、そしてPCが見た夢……謎を解かれるにつれて明らかになっていく真実は、王道ながらもとても熱くなれるものだったかと思います。
特に周摩が作る宿にはほとんど人外いますので、妖魔伝説なんて一発でツボでしたね……クリティカル!

そして何といっても『緋桜』!
CardWirth界でも珍しい(と思う)日本酒がモデルのお酒ですね。
シナリオクリア後にシナリオに再突入すると後日談と共に2つもらえますのでお忘れなきよう。
ちなみにリプレイ中では時間が経つと不都合が起こるので即座にもらった事にしました。
そのせいか宿に仕入れる分を独り占めした感じになった気がしますが……

今回、貴重な【識者の杖】の活躍シーンもありましたね。
ほぼ【理知の剣】をレギウスに渡すための交換だっただけに、こういった活躍が描けるのは喜ばしい事です。
解読キーコード自体が非公式なものであるためか、それがないとクリア不可能な状況にはほぼならないので、影が薄いほうですがこれからもがんばってくれたらな、と……

さて、次回は節目の第四〇話です。
乞うご期待!

【着々と鉱石とおみやげが整いつつありますぞ……】


☆今回の功労者☆
バリー。【眠りの雲】ってほんっと便利ですよね

報酬・支出:
宿の亭主からの報酬:400sp
妖魔退治の報酬:500sp
村での宿泊費:-60sp(3泊)

戦利品:
【碧曜石】
【緋桜】×2


銀貨袋の中身→10517sp

≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『緋桜悲伝』(F太様)

今回使用させて頂いた固有名詞
『ブレッゼン』(出典:『魔剣工房』(Djinn様))
『紅し夜』(出典:『紅し夜に踊りて』 作者:ほしみ様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。


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周摩

Author:周摩
しがないリプレイ書きのブログです。

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