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『銀斧のジハード』(3/3) 

 一行はいったん台所へ戻り、使用人が用いていた勝手口を通って二階へ続く階段を上った。
 二階はほとんどが領主のための部屋であり、そのためか一切人の気配がない。
 悪徳領主にはもったいないくらいの立派な謁見場の片隅に、領主の私室へ続く扉があり、さすがにそこには鍵がかかっていた。
 しかしスコットの腕の前には単純な錠前は意味を成さない。

 限りなく音を立てずに扉を開けたスコットは領主の私室に入り、クロスボウを構えて視線の先を警戒する。
 が、そこにはダークエルフはおろか領主の姿もない。
 やたらと豪奢な家具が揃っているが、本棚やデスクの周辺は書物と羊皮紙の束で雑然としていた。

「三流魔術書や儀式教本がいっぱいですの。ほかにも聖北教会関係の書物も……?」

「しかし、ここにもいないとなると領主は外出中なのか?」

「それはないですの」

 そう言ってクロエが示したのは領主の予定表だった。
 もちろん公儀のものでなく、魔術儀式に用いられる生贄ドワーフの予定である。
 名前などは管理されていないようだが、日を経るごとに物凄いペースで減っていくドワーフの残数が末恐ろしい。
 記録によればつい数刻前に今日の儀式が執り行われたらしく、それから外出したとはとても考えられなかった。

「むぅ、何となくここが怪しいんじゃが……」

「わたくしもおなじ意見ですの。これまでの部屋には『儀式場』にふさわしい魔術記号もついぞみあたりませんでしたの。どこかに別の部屋が用意されているとかんがえるのが自然ですの」

「隠し扉ならほれ、もう見つけとるわい」

 スコットの指した先は壁そのもののように見えたが、角度によっては見えなくなるほどの細い亀裂が壁に走っており、確かに壁と同化するように一枚板が添えつけてある。
 それを剥がしてみたところ、はたしてそこには扉が存在していた。

「いよいよじゃのう。覚悟は良いかッ!」

「できてるよ……行こう!」

 隠し扉がスコットの手によって開かれる。
 部屋の中はむせ返るような湿度と吐き気を催す悪臭に満ちていた。
 血の臭い、腐肉の臭い、死の臭い。
 エリックたちは直ちにこの場を飛び出したくなる衝動を辛うじて抑えながら前に進む。

 部屋には何人かの騎士たちと共に例のダークエルフ、そして領主であろう、ひと際豪奢な衣服を身に着けた男がこちらに背を向けて立っている。
 オロフが武器を抜き放つと、彼らは一斉にこちらを振り返った。
 とりわけ領主らしき若い男は驚きで顔を蒼白にさせた。

「な、なんだ、貴様らッ! ここをどこだと思っておる……い、いやその前になぜここにおるのだ!」

「貴様らは……あの洞窟にいた冒険者と、逃げ出したドワーフか」

 領主に対してダークエルフは冷静だった。
 その様子を見てクロエは確信する。
 ダークエルフはチーニの妖精窟で戦った時よりも確実に力を増している、と。

「神聖な祈りの儀式を邪魔立てしおって……殺せッ! そいつらを殺してしまえ!!」

 領主の号令に騎士たちが得物を手に冒険者たちに襲い掛かろうとする。
 しかしダークエルフがそれを制し、前に踏み出した。

「――復讐といわけか。醜きドワーフよ」

「言え……ワシの仲間をどうしたッ!」

「仲間だと? ククク、あのドワーフどもなら我が守護天使への生贄として利用させてもらったぞ!」

 答えたのはダークエルフでなく領主であった。

「皆、天にも届かんばかりの声を上げて死んでいってくれたわ。我が守護天使は血の臭いがお好きでな……ワシにも力を授けてくださったッ! 聖北の坊主どもは間違っておる。我が心の師ガイウスこそが正しき道を説いておられたのだ!」

「守護天使ですって? あなたが崇めているのは単なる悪魔じゃないですか」

「ククク、お前らは悪魔だ天使だと区別するが……忘れるな、神がこの世の全てをお創りになったのだ。偉大なる神がお前らが悪魔と呼ぶ我が守護天使にも力を与えたのだぞ? 神が存在をお認めなのだ! それを崇めて何が悪いッ、ワシらを異端などと呼んで迫害しおってッ!!」

「……そもそもが間違っているんですよ。ガイウス派の教義はきちんと学びましたか? ガイウス派は天使も悪魔も共に神の被造物であり、前者は人に救いを与え、後者は人に試練を与える……だから人は両者の存在を常に意識し、双方の主張に耳を傾けよと説いたのです。別に天使=悪魔だから悪魔を敬え、彼らの求めに応じよなどとは言っていません」

 レティシアは生粋の聖北教徒であるが、異端については幼い頃から学び、それを排除する術を身に修めていた。
 かといって異端はすべて処刑するというのもナンセンスだと彼女は考えている。
 ガイウス派に限らず、もともとは同じ聖北の信徒が道を誤る悲劇は二度と起こしてはならず、逆に糧にしなければならないのだ。

「私はガイウス派の教義はやはり間違いだと思いますが……あなたのそれよりはずっとまともだと思いますね。ガイウス派が異端とされたのは悪魔の存在に肯定的な意味を与え、それを天使と同列に扱った事が理由なのです」

「まったく、不勉強ですの。学問とは文字をただ追えばいいというものではありませんの。まぁ、おおかたそこのダークエルフにまちがったことを吹きこまれたのでしょうけど」

「……、」

 ダークエルフは何も言わない。
 冒険者に対して否定する事も、領主に対して弁明する事もしない。
 それが領主の心情を炙ったのか、彼は慌てて「戯言を……」とうめいた。

「き、貴様ら、冒険者の分際でワシが間違っておるというのか? 身の程をわきまえよ……!」

 領主が怒りからそう喚いた時だった。
 オロフが斧を大きく一振りすると、身を低く屈めて構えた。

「ワシには小難しい事は分からんが、ひとつだけはっきりしとる事がある」

「何ィ……?」

「それはなッ、たとえ神の意志であれ何であれ、ワシの仲間を奪った貴様らだけは絶対に許さんという事じゃッ!!」

 オロフの叫びが部屋に木霊した瞬間、エリックたちも散開し、それぞれに得物を構えた。
 騎士たちも同じくそれぞれに向けて槍を構え、ダークエルフは身を低く屈める。

「くくっ、所詮醜いドワーフなどにはワシの崇高なる信仰はわからんッ! お前ら、殺せ……ヤツらも殺して我が守護天使に捧げるのだ!!」

 領主の言葉を合図に、騎士たちが一斉に襲い掛かってきた。
 前衛のエリック、ガイア、オロフはそれぞれ自らの得物で初撃を捌き、更には二撃目で押し返す。
 以前、チーニの妖精窟で戦った時とは違う。
 広い室内で十全に動けるのだとしたら、ショートスピアで壁を作るほどの密度のない騎士に後れを取る事は決してない。

「――ひとつ聞かせろ! なぜ、なぜワシらの『穴』を襲った? 目的は何だったのじゃ?」

「ククク、単なる訓練だ! いずれ我が騎士団は隣国に進行する……そのための訓練よ!」

「人間相手に訓練をすると何かとうるさいのでな。その点、ドワーフならば教会も諸侯もたいして気にはしないだろう?」

「なん……じゃとッ!」

「ククク、妖精窟を襲った時、貴様らドワーフをもう少し生かしておいても良かったなァ! そうすればワシももっと力を手に出来たのになッ! フハハハハハハッ!」

「貴様ァッ……!」

 オロフの斧がうねりを上げて領主に襲い掛かる。
 が、それが届く前にガイアの刀がオロフの斧を弾いた。
 オロフははっと我に返り、領主から離れて構え直す。

「冷静になれとは言わん。だが怒りに身を任せる事が無念を晴らす術ではないと知っているはずだ」

「……分かっておるッ!」

「あぶねえオロフ! ――変ッ! 身ッ!」 

 エリックは【不撓の魔鎧】を身に纏う。
 光の奔流により、死角から打ち込まれた火球を弾き飛ばした。
 呪文の詠唱もなしに放たれた攻撃にそちらを見れば、燃え盛る炎の身体を持つサラマンダーが現れていた。

「――精霊!」

 チーニの妖精窟では用いられなかった精霊術。
 その真価は術者と切り離されても単体で意志を持って動ける独立性にある。
 そして半実体のその身体は単なる武器や魔法の攻撃を受け付けず、特殊な手段でなければ排除できない。

 領主もダークエルフもずっと後方だ。
 まずは精霊の攻撃を潜り抜けて邪魔な騎士たちから片づけなければならない。
 練度は低いとはいえ重装備に加えて数が多いとやはり厄介だ。
 だがあまり手間をかけていては後方から魔術による支援があるだろう。

「《貫き徹す光の鏃》……、《輝きを纏い》……」

 見れば、後方で悠々と領主が呪文の詠唱を進めている。
 まだ呪文がたどたどしい様子だが、それでもあれは【魔法の矢】だ。
 放たれれば誰かが傷を負う。

「《疾走はしれ風よ、悠久の旅人よ。奔放なる本性を現し、四方八方へと駆け抜けろ》……《吹きすさべ》!」

 魔術に対する熟練度ではクロエは決して劣る事はない。
 領主の詠唱が結ばれる前に自身の魔力を練り上げ、詠唱を完結させていた。
 部屋の中央がぐにゃりと空間が歪む錯覚を覚えるほどに魔力がうねり、直後に炸裂した。

 轟、と膨大な風が衝撃波となって部屋中を薙ぎ払った。
 【弾ける大気】と呼ばれるそれは圧縮した空気を炸裂させる事で空間ごと吹き飛ばす大雑把ながらも攪乱に向く魔術だ。
 単なる暴風を生み出す術式といえばそれまでだが、場の状況をリセットするにはもってこいである。

「いまですの!」

「やるならやるって言ってくれよ! あーびっくりした!」

「うっさいですの! たすけたんだから文句いわない!」

 ともあれ、確かに相手の虚を突いた事は間違いない。
 混乱している内に、騎士の持つショートスピアに【雷破】を打ち込んで感電させる。
 驚き得物を取り落とした隙に壁まで蹴り飛ばした。

「うおおッ!!」

 横合いから別の騎士がエリックを貫かんとショートスピアを突き出してくる。

「――んッ!?」

 が、その騎士の動きがびくりと止まった。
 よろよろとふらつく騎士の背後には影のように張りつくマリナの姿があった。
 彼女の両腕を肘まで覆う黒の手袋には鋼線が仕込まれており、それらを伸ばして騎士の首を絞めている。

「このッ!」

「ふっ――!」

 中衛の騎士がマリナの背後を取ろうとするも、それより速く騎士の両肩を掴んで跳び上がる事で回避する。
 着地するなりすかさず後ろ回し蹴りで首を絞めていた騎士を蹴り、中衛の騎士が構えていたショートスピアに突き刺した。

「ぐああッ!」

 しなやかな体捌きと軽やかなステップからの暗殺術は彼女の得意とするところだ。
 彼女の技術はたとえ乱戦の中でも対象を殺せるほどに昇華しつつある。

「エリック、騎士は放っておいてあんたはあのダークエルフを」

「お、おお!」

 背中を押され、エリックは騎士の合間を縫ってダークエルフと相対する。
 騎士たちがそれに反応した瞬間、ガイアもまた領主へと歩を進めた。
 さすがにそちらにはすぐそばに護衛がいたが、たった一閃で斬り伏せられて沈黙した。

「う、うう……騎士たちよ、護れ! ワシを護れッ!」

「てめえはそこで大人しくしていろ……」

 必死に助けを乞う領主に対し、ガイアは静かに彼を睨めつけた。
 こうなってしまっては領主はもはや一歩も動けない。
 ガイアに寄り付く騎士は常に後の先を取られ、一撃で葬られる運命にあるのだから。

「ちッ……私を護りもしないとはいい根性だ」

 舌を打ち、ダークエルフは新たな呪文の詠唱を始めた。
 聞きなれない言葉が彼の口から紡がれる。

「これは……? ……リーダー! なにかやばいですの!」

 クロエが叫ぶ。
 彼女が解析できない言語での膨大な魔力を用いた未知の術式。
 それが何なのかの正体が掴めず、彼女は取り乱していた。

「任せろ!」

 エリックはすぐに距離を詰めようとするが、

「……って、なんだこれ!?」

 彼の周囲に黒い靄のような何かが漂い出した。
 いくら払ってももがいても、へばりつくような漆黒の闇。
 ぎょろ、と闇の中に瞳が蠢き、エリックはそれと目を合わせてしまった。

「うッ……あああぁぁぁぁぁ!?」

 ずぶずぶと闇から黒が融け出し、ついには完全な闇がエリックを包み込んだ。
 ダークエルフが従える精霊はサラマンダーだけに留まらない。
 闇に溶け、闇を操るのは闇の精霊であるシェイドの十八番だ。

「あれは、――シェイド!?」

「ちっ、エリックは放っておきなさい。シェイドがああやって獲物を捕らえている間は何しても無駄よ!」

 あの闇の中ではエリック自身はほぼ無防備だろうが、あちらも手出しができない。
 獲物の心を弄るのはシェイドの愉悦であり、それを邪魔すれば精霊の機嫌を損ねる事になるからだ。

「……ちょっとは持ちこたえなさいよ。馬鹿ヒーロー」



「なんだってんだ……これ……!?」

 手を伸ばしても自らの指先すらも闇に溶ける。
 たった今まで戦いの場にいたというのにその喧噪すら闇の向こうから聞こえてくる事はなく、いくら声を出しても誰にも届いている感じはしない。
 そこから抜けようと走り出すが、いくら走っても壁にすら辿り着かない。
 まるで空間だけ別次元に切り取られたような感覚だった。

「くそっ!」

 知識を持ち合わせていないエリックには対処法が分からない。
 何が起こるかも分からない闇の中で、来るのかすら定かではない闇の終わりを待つしかないのか。

「ッ……!」

 ぞくり、とエリックの背筋に冷たいものが走った。
 ここから一生出られないのではないか。
 そんな予感が脳裏に過ぎり、無意識に身体が震える。

「こんな事してる場合じゃねえんだ……!」

 学のないエリックには知る術はないが、音も光もない空間に放り込まれた人間は恐るべき早さで精神が削られていくという。
 心が弱い者なら発狂するのにそう時間は要さない。

「ん……!?」

 気が付けば、変身を解除した覚えはないのにその身に纏っていた【不撓の魔鎧】が消失していた。
 混乱する頭が落ち着きを取り戻さないまま、エリックは足元の『それ』を見た。
 自らの脚を掴む、青白い手を。

「うわあっ!? な、何い――!?」

 いったいいつの間に現れたのか、エリックは何人もの地を這う人間に囲まれていた。
 誰も彼もが苦しげなうめき声を発しながら一人の例外もなく血に塗れている。
 この世のものとも思えない光景に、エリックは恐怖した。

 ぐるん、と。
 地を這う人間たちが一斉にエリックにその顔を向けた。

「――なッ、あ……ああっ……!?」

 エリックの心臓が跳ねあがる。
 彼らはどれもこれも見知った顔だった。
 イベロ村で戦った魔術師、『千羽の白鷺亭』のジェシカ、地方領主オーギュスト、その側近の魔術師、命がけで村を救わんとした依頼主の青年、そしてアルトゥル。
 これまでエリックたち『陽光を求める者たち』と戦い、あるいは友情を育み、あるいは依頼主として関わり、そして命を落とした者たちだった。

『なぜ……殺したぁ……』

『なぜ……助けてくれなかった……』

『俺たちは……死にたくなど……なかったのに……』

 彼らは口々に声を上げた。
 怨嗟の声が闇の中を満たしていく。
 恐怖で歯の根が噛み合わず、エリックはただ荒い呼吸を繰り返すばかりだった。

「……違う、違うんだ……、おれも……おれだって助けたかったんだ……!」

 すでに彼の両足には幾人もの死者がまとわりつき、一歩も動けなくなっている。
 彼はただ目と耳を閉じて、ひたすらに彼らへ弁明を続けるしかなかった。

『おまえがもっと早く……駆けつけていれば……』

『おまえが仲間を止めていれば……』

『おまえが俺の前に現れなければ……』

『私たちは……死なずに済んだ……』

『おまえが……殺した……』

「ち、がう……!」

『おまえが……殺した……』

「ちがう……!」

『おまえが……殺した……』

「もう、……」

『おまえが……』

「やめてくれ……!」

 いくら能天気なエリックでもその心の底ではずっと悔やんでいた。
 これまでエリック自身が手にかけ、命を奪った相手は一人だっていやしない。
 仲間たちだって、無駄に命を弄んだりした事はない。
 仕事のため、自分たちの命のため、誰かを守るため、必要に応じて命のやり取りをしてきたはずだ。

 だのに、エリックはそれらすべてを悔やみ、悲しんでいた。
 無残に切り捨てられた命だろうと、敵対した相手の命だろうと関係ない。
 命を奪う行為そのものが、エリックは酷く悲しい事だと感じていた。

「……本当は分かってたはずなんだ」

 エリックは独りごちる。

「おれに、正義の味方は無理なんだって……」

 エリックは静かに、耳を覆っていた両手を離した。
 そして固く閉じていた瞼を上げ、自らを呪う彼らに目を合わせる。

『おまえが殺した……お前が殺した……おまえが……』

「……ごめんな。おまえたちを救えなかったおれは……確かに殺したも同然だよな」

 目と耳を閉じて逃げていても彼らは納得しない、満足なんてするはずがない。
 向き合うしかないのだ。

「生憎とおれは馬鹿だからな。後悔しても仕方がない、なんて割り切れるはずもねえ。だから……」

 双眸から涙が溢れて止まらなかった。

「おれはひたすら前に進む。虐げられる人々を守って、その命を救うために走り続ける! だけど、おまえたちの事も決して忘れない! この魂に刻んで……いずれ再び、おまえたちと向き合うから……!」

 ふと気づけば、エリックの身体には何事もなかったかのように【不撓の魔鎧】が装着されていた。
 まるで潮の流れのように死者たちが退いていく。
 闇は相変わらず黒いままだが、それでもその勢いが弱まっている感覚を覚えた。

「どんな闇の中にあっても……おれはもう立ち止まらない!」

 ぐっ、と大地を踏みしめ、その両脚に最大の力を込める。
 【不撓の魔鎧】がじわりと熱を持つ。
 エリックの覚悟に呼応するかのように、金属部位が黄金の輝きを放ち始めた。

「おれは……闇をも照らす、陽の光になるんだ!!」

 エリックは文字通り、輝きを伴って闇の中から跳び上がった。
 驚くべき事だが、闇の中で流れた時間は傍から見ればわずかなものにすぎず、状況はさほど変わってはいなかった。
 しかしそんな状況も見えない彼は打倒すべき敵、ダークエルフの姿を認め、魂を激しく燃やす。

 ダークエルフに向けて伸ばされた彼の手が虚空を握る。
 否、彼は体内で練り上げた気を電気として操る術を持つ。
 それはダークエルフが身に着けている金属へと繋がった磁力、見えないロープを掴んでいた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 エリックはそれを思い切り引き寄せる。
 届かない手を届かせる。

「なッ――にィ!?」

 自身の身体が見えない力に引き寄せられ、ダークエルフは驚愕した。
 いくら踏ん張ろうともその身が無防備に前進するのを止められない。
 空中で蹴りの姿勢をつくるエリックに対し、逃げる事すらままならない。

「――でいやぁぁぁああああああああああああ!!!」

 エリックは吼え、更に強く互いを引き寄せる。
 ついには床から足が離れたダークエルフの腹に、エリックの渾身の蹴りが炸裂した。
 さながら落雷の如き【雷霆脚】ライトニングストライク

「ぐおおおあああああッ!!」

 ダークエルフはそのまま蹴り飛ばされ、調度品を薙ぎ倒して後方の壁へと激突する。
 キックと共に雷撃を撃ち込む【雷霆脚】をまともに受けたのだ。
 踏みとどまる事もできずに膝をついた。

「な、にッ……!!」

 炎が噴き上がるような音が連続した。
 それはダークエルフの身体から発せられている。
 エリックには見えなかったが、クロエには確かに彼の身体に爆発的な魔力の渦が吹き荒れている様が見えていた。

「行き場をうしなった魔力が……あばれていますの!」

 水瓶に穴が空けば水は流れ出る。
 貯められた水の量が多ければ多いほどその勢いは増すものだ。
 大勢のドワーフの命を贄として高められた魔力が備わっている今のダークエルフも同じだ。
 溢れんばかりの魔力で張りつめていたところに膨大な魔力の解放、そしてそれを掌握・制御する前に【雷霆脚】による大衝撃があれば、魔力の暴走が起こってもおかしくはなかった。

「う、ぐああああああああああああ――ッ!!」

 一頻り悶えた後、ダークエルフは吼えるように叫んだ。
 内側で暴れまわる魔力に耐えきれず、その身体は魔力を燃料として燃え上がり、ついには【火晶石】のように大爆発を起こした。
 誰が見ても一目瞭然な、彼の最期であった。

「な、な、な――!」

 しばらく誰もが呆気に取られていたが、その静寂を破ったのはがくがくと震える領主であった。

「なんという、事だ……! ダークエルフせんせいがッ、ワシの騎士たちがッ……たかが一介の冒険者風情に……!」

 半狂乱になって喚く領主にガイアが近づき、その喉元に『ブレーメル』を突きつけた。
 領主は「ひッ」と声を上げ、その場で縮みあがる。

「ブレーメルというドワーフを知っているか?」

「な、にッ……知らん! ワシは知らん!」

「俺も顔は知らない。だが彼の無念は俺にも分かる」

 ぐっ、と『ブレーメル』を握る手に力が籠もるのが遠目に見ても分かった。

「ガイア!」

 エリックが叫ぶ。
 それを横目で眺めたガイアは短く息を吐いて、改めて領主へ眼を向ける。

「忘れるな。俺たちはお前を殺せないんじゃない。。裁判の結果も関係ねえ。もしてめえが再び魔術に触れるなら、ブレーメルこいつはいつでもてめえの喉元を引き裂きに現れると知れ」

「あ……、あああ……!」

「……閣下、あなたにはペルージュの教会までご同行願います。よろしいですね?」

「わ、わかった……! わかった……!!」

 領主は震えながら何度も頷く。
 力が入らなくなったのか、そのまま突っ伏して震えるばかりだった。

「こんな……こんな男にワシの……仲間、が……」

 オロフは握りしめた斧を下ろし、首を振ると領主に背を向けた。
 殺す価値もないと思ったのだろうか。
 それとも協力してくれた『陽光を求める者たち』の今後を慮っての事か。

 後から駆けつけてきた騎士たちも自らの主君を人質に取られた事を知り、その場で武器を投げだして降伏した。
 エリックたちは彼らを縛り上げると、慎重に階段を下りていく。
 未だに傷が癒えず荒い呼吸を繰り返すビルイェルを地下牢から連れ出し、騎士たちが追いかけてこない事を厳重に確認しつつ、一行は城を出た。



 チーニの城を出た一行はペルージュまでのおよそ三日を踏破しなければならなかった。
 人質を伴っての旅は緊張の連続であり、常に周囲に気を配らなくてはならない。
 しかしガイアの脅しが十分に効いていたのか、チーニ領主は抵抗らしい抵抗も見せず、虚ろな瞳を地面に向けるばかりだった。

 彼らはいったんメーヌまで戻ると、一息入れてすぐそこを発った。
 村人にかかる迷惑を思えば長居どころか立ち寄る事すら避けたかったが、物資の不足は如何ともしがたい。
 そしてビルイェルとはここで別れ、再び教会の神父に彼の治療を依頼した。
 本人はついていくと言い張ったが、神父が断固としてそれに反対し、治療の必要性を説いたからだ。
 オロフで慣れていたのか、頑固なドワーフもついには折れた。

 一行はメーヌから更にペルージュへ向かった。
 道中は何事もなかったが、やはり人質の輸送は気を抜けない。
 たった二日が嘘のように長く感じられた。

 二日後、一行は疲れ果てた顔でペルージュに入った。
 疲れとストレスで誰も言葉を発さず、そのまま異端審問官シャンデルフェールが待つ教会へと向かう。

「よくぞやり遂げた」

 教会ではシャンデルフェールが一行の帰還を歓迎してくれた。
 彼は冒険者をねぎらい、そしてその勇気を称えた。
 しかしエリックたちは彼に領主の身柄を引き渡すと、さっさと宿に入ってそれきり三日間、一歩も外に出ようとはしなかった。
 メーヌでの妖魔退治以来、緊張の連続で身も心も疲れ果てていたのだ。

「……、」

 二週間後、冒険者にして聖北教徒であるレティシア・スペイサーを代表として起訴された領主チーニ侯ギョームは、衆人環視のもと、シャンデルフェールから教会関係者の手によって裁かれた。
 そこに集まった誰もが予想したとおり、彼に下されたのは『破門』の宣告である。

「……どうなんじゃッ」

「破門は聖北の徒にとって社会からの追放に等しい。社会におけるあらゆる身分や資格を剥奪されます。少なくとも形式上は」

「形式上、って……それじゃおれたちの苦労はなんだったんだよ」

「確かにそうした言葉だけの追放など意に介さない者も少なくはありません」

「――チーニ領主ギョームは、」

 横合いから口を出したのはマリナだった。

「城が穢れるとか言って女性を排除したり野良の子犬や子猫を【魔法の矢】で虐げたりしていたクソ野郎よ。気性は激しくプライドが高い。その無駄に高いプライドを傷つけられるのを何より憎む性格……というのが長年彼に仕えていた元使用人の所感ね」

「そう。自らを誇る事甚だしいギョームにとってはそれこそ死刑宣告に等しい精神的打撃を受けているのでしょうね」

「そして、――見なさい」

 マリナが指した先は、身分上ギョームと同じ地位に属する諸侯が座る席だった。
 彼らはこの判決に対して沈黙を守り、むしろ教会側の姿勢を支持するかのごとく振舞っていた。
 つまるところ、ギョームは同じ仲間として助けるには少々のだ。
 領土の統治に苦労する諸侯にとっては国内に棲むドワーフの態度も大きな不安材料だったのだろう。

「あいつにはもう、何もないわ。城も、騎士も、ダークエルフも、身分も、自身を保ってきたプライドだって粉々よ」

「……あいつにとってはある意味死よりも重い判決ってとこか」

 宗教裁判で侯爵の地位を事実上終われたギョームはその後、世俗裁判にもかけられた。
 この裁判でもギョームは冒険者エリック・ブレイバーの名で起訴されたが、その裏で動いたのはかの異端審問官だった。
 シャンデルフェールは『チーニの妖精窟』がペルージュの領内にほんの少しだけはみ出すような形で存在している事に目を付け、ギョームの妖精窟襲撃をペルージュへの領域侵犯としてチーニとペルージュ間の相互取り極めに違反する事を理由に起訴するよう、エリックに入れ知恵していたのである。

 世俗裁判はすでに後ろ盾を失っているギョームにとっては極めて不利に展開した。
 最終的に彼は侯爵位こそ奪われなかったものの、統治能力の欠如を理由に国王の名の下にチーニの統治権を失った。
 ギョームは自分自身以外の全てを失ったのだ。

 判決から三日後、『陽光を求める者たち』は長く留守にした『大いなる日輪亭』へ帰ろうとしていた。

「……帰ってしまうのか」

「もう、おれたちは必要なさそうだからな」

 オロフは見送りに来てくれたがこの二週間というもの、昼は裁判のために走り回り、夜は依頼の報酬を造るためほとんど寝ていなかった。
 眼の下の隈が尋常ではない。
 しかし、彼は仲間を失った悲しみをそうした多忙で打ち消すようにひたすら日々の仕事をこなしていた。

「これは報酬じゃ。受け取ってくれるな?」

 そう言って差し出されたのは見た事もない金属製の道具だった。
 土台に対して金属製の筒が丁字に添えつけられており、一見して何に使うのか分からない代物である。

「ちょっと、みせて。みせてくださいですの!」

 魔法の道具に興味津々のクロエはそれを受け取ると必死に観察しているが、やはり彼女にも分からないらしい。

「これは?」

「魔法の眼鏡じゃ。調査や戦闘でも役に立つ事があるじゃろう。オヌシら冒険者の役立つものをと思うてな」

「お、おおおーーーーー! これすごいですの! やばいですの!」

 片目で筒を覗いているクロエが興奮気味に叫んでいた。
 ワンオフの魔具という希少性に加え、調査・分析に使用できる道具はただでさえ貴重である。

「『銀斧』の異名は細工師としても戦士としても力量を認められた者に与えられるものじゃ。ワシの全てをこの一品に注ぎ込んだ……有効に使ってくれい」

「ああ、ありがとう!」

「ではこちらも。これをビルイェルに渡しておいてくれ」

 横合いからガイアが『ブレーメル』をオロフに差し出した。
 地下牢でビルイェルと交わした約束を果たすべく、彼はずっとその剣を大事に預かっていたのだった。

「『ブレーメル』は最も領主を震え上がらせた、最高の剣だ。……彼にはそう伝えておいてくれ」

「オヌシ……、あいわかった。確かに伝えよう」

 ゆっくりと頷いて、それきりガイアはそっぽを向いた。

「……でも、これからどうするんだ?」

「しばらくこの街に滞在した後、ビルイェルの快復を待って『チーニの妖精窟』に帰る。『穴』の復興はワシら二人の腕にかかっておろう、難しいじゃろうがどうしてもやり遂げるつもりじゃ……他所から移住者も募らなくてはならん。当面は忙しくなりそうじゃよ」

 しばらくは彼の目の下から隈は消えないのだろうな、とエリックは思った。

「いつか……ワシが『穴』を復興したら訪ねてきてくれるか? 人間の友人たちよ」

 オロフは別れ際にそう言った。
 『陽光を求める者たち』はそれぞれ彼の手を握り、その時は必ずオロフの妖精窟を訪ねると誓った。

 彼ならやり遂げられるだろう。
 誰もがそう思い、その日を思い描いた。
 そして同時に考えた。

 その日まで生き残らなくては、と。

 冒険者たちの寿命は一般に決して長くない。
 彼らは常に危険と隣り合わせに生き、差し出される死神の腕を振り払う事で日々の糧を得ているのだ。
 だから、まずは生き残らなくてはならない。
 それぞれにそんな思いを抱きながら、彼らは懐かしい我が家へと戻っていく。

 ――再び始まるであろう冒険までのほんのわずかな休息が、彼らの精神と身体を癒しますように。



【あとがき】
『陽光を求める者たち』、Lv5のシナリオはMartさんの「銀斧のジハード」です。
ドワーフと人間との争いをメインに据えて描かれているものの、およそ武器を振るい、血を流すだけが戦いではないと教えてくれるお話です。
やはり地位が上の人間と敵対するというのは大きなリスクとなるので、それにどうやって食らいつくのかを見つけ出し、実行に移せる力があるというのは冒険者の『強さ』だと思います。
そして頑固で偏屈で大酒飲みという一般的なイメージなドワーフたちのなんと魅力的な事か!
ツンデレおじいちゃん最高ですよ!

しかしオロフさん大好きなので、未だかつて連れ込んだ事は一度もなく……
だって、せっかく助けたんですよ!
あの責任感の強いオロフさんが『穴』を放っぽって冒険者やってるなんて想像もできない……誘っちゃいけない……!
って、毎回なってました。愛ゆえに。

さて、ここまでエリック率いる『陽光を求める者たち』は冒険を続けてきましたが、残るはソロのみとなりました。
が、エリックの成長という意味では今回のLv5がひとつの到着点になります。
ソロの主役はマリナですが、エリックはというとほとんどそのまま五月祭へと向かっていくのです。

実はLv1からずっと『人間の悪意』が最大の敵になるように、Lv2からは『悪意によって殺し殺される人間』が出るシナリオを選んできていました。
Lv3ではスコットが提起した『殺された人間の思いはどうなる』という問いにずっと悩まされるエリックでしたが、Lv4で味わった『か弱い存在の死とそれに憤るレティシアの正義』によってついに鼻っ柱を叩き折られてしまいました。
自身の掲げる正義に悩みを始める彼はただ盲目的に『正義』を謳う事で目を逸らし続けましたが、今回のLv5ではガイアの喝もあってようやく向き合う事が出来ました。
五月祭では新たな悩みが現れますが、それでも彼は乗り越えて行ってくれるのだろう、と信じています。

ちなみに今回はガイア回でありました。
ほとんどエリックに食われる形にはなっていますが、彼は彼のやりたい事を貫きとおしたので十分です。
もともと彼はエリックのように自らが光り輝く存在ではありません。
山賊の用心棒をしていた時代からずっと暗闇を歩んでいた彼は光を放つ術を持たないのです。
しかし光でも闇でも、何が降り注ごうと変わらずそこに在るのが大地です。
何があっても我を貫く強さを見せつけてくれる事を願います。

……キックからの爆発は様式美だって日曜の朝が教えてくれました。


☆今回の功労者☆
ガイア。エリックとは反対にクールに決めてくれました。

報酬:
なし

戦利品:
【オロフの指輪】
【潰石断】
【妖精の眼鏡】


≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『銀斧のジハード』(Mart様)

今回の使用カード
【荒ぶる魂】(『城塞都市キーレ』ブイヨンスウプ様)
【弾ける大気】(『追憶の書庫』のいん様)
【雷霆脚】(『アルタロ村(仮)』周摩)

今回使用させて頂いた固有名詞
『妖精の外套』(出典:『隠者の庵』 作者:Fuckin'S2002様)
『イベロ村の魔術師』(出典:『大猿岩』 作者:MNS様)
『『千羽の白鷺亭』のジェシカ』(出典:『蝙蝠屋敷』 作者:机庭球様)
『地方領主オーギュスト』(出典:『子供狩り』 作者:柚子様)
『その側近の魔術師』(出典:『子供狩り』 作者:柚子様)
『命がけで村を救わんとした依頼主の青年』(出典:『子供狩り』 作者:柚子様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。

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周摩

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