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『ガラス瓶の向こう』(3/3) 

 教会の一室で、コヨーテはシスターの所作を見つめている。
 彼女が厳重に鍵の掛かった金属箱から取り出したのは綺麗なガラス瓶だった。

「これは、とある魔術師が自らを封じた酒です。あまりの強大な力に、破壊する事も、ましてや浄化する事も出来ずにいる曰くつきのものです」

「何でもアリだな。魔術ってのは」

 コヨーテの皮肉にも、シスターは一切表情を変えなかった。

「当時の大司祭の見立てによれば、これを服用すれば徐々に精神を侵され身体を乗っ取られるとの事……まぁ、一番簡単な方法は適当な誰かにこれを一滴残らず飲み干させた上で殺す事なのですが。いやなかなかに出来るものではありませんよね」

「……飲め、と」

「ああ、ここで全部飲んでいただかなくても結構ですよ。それでも一杯くらいは飲んでいただきますが。不正があっても困りますので」

 ガラス瓶へと目を向ける。
 確かに、というべきか、なるほどこの瓶からは嫌な予感がした。
 コヨーテの直感は外れる事のほうが少ない、というのは『大いなる日輪亭』では有名な話である。

「無責任な事を言うようですが……あなたなら、精神汚染にも耐えられるのではないかと思いましてね」

「よく言ったものだ」

「恐れ入ります」

 含みを持たせた物言い。
 おそらくこのシスターはコヨーテの正体に気がついている。
 完璧な答えに辿り着いてはいないにしても、それに近い地点までほぼ確信を持っているのだろう。

「後の事はご安心を。必ず始末は致しますので」

「……そんな事はどうでもいい」

 ゴブレットにガラス瓶から中身を注ぐ。
 思いのほか綺麗なバーガンディだった。

「ルナを、必ず助けてくれ」

「ええ、神の名に誓って」

 一切の躊躇なく、コヨーテはその杯を飽けた。



 そこは幻想でしかありえないような異常な、そして広大な世界だった。

 足元の地面はまるで水のように透明で、触れるたびに波紋を広げていく。
 地面も空も、まるで月も星も雲ない夜空のような陰鬱とした黒がどこまでも広がっている。
 だのに地平線から差し込む光が、地面から突き出た水晶体に反射して世界を淡く照らしていた。

 ――夢だ。

 コヨーテはゆっくりと身体を起こして立ち上がる。
 頭から流れる血を乱暴に袖で拭い、【レーヴァティン】を担ぎ上げる。

(馬鹿馬鹿しい)

 今更あんな記憶を見るなんて、どうかしている。
 この状況を、コヨーテは何一つ後悔していないというのに。

『やれやれ、何度も言わせないでくれたまえよ』

 眼前には全身を包帯でぐるぐる巻きにされた人型の何かが微動だにせず声を発している。
 全ての元凶にして、コヨーテの夢の中であるのにこの世界の主を称して憚らない、傍迷惑な魔術師だ。

『抗われた時の対策、僕が怠る訳がないでしょうに。ま、君が強いのは分かったけれど、ここは僕の領域だよ。君はちっとも力が出せていないじゃない』

「……、」

『君が僕に適わないのはもう実証済みだろう?』

「だから、どうした」

 コヨーテは【レーヴァティン】を下ろさない。
 依然、叛旗は掲げたままだ。

「――何度も言ったはずだぞ化け物。オレの心を折りたいのならこの心臓を貫くしかない、とな」

 肩をすくめるような仕草と共に、魔術師はため息じみた息を吐いた。
 実際にはそららも全て『そういう風』なパフォーマンスなのだろうが、コヨーテは苛立つような真似はしない。
 口では強がってみたものの、状況はさほど芳しくないのだ。
 日に日に魔術師の力は強まっていく一方であったのに加え、今日はルナに危害を加えてしまった事で、残りの酒を一気に飲み干してしまっている。

(だとしても、オレが諦める理由にはならない)

 運命がどれだけコヨーテを苦しめようとも、最期まで抗う。
 抗って抗って抗いぬいた先で未来を掴む。
 そう、決めたのだ。

『やれやれ。君一人じゃ何にもならないの、まだ分からないのかい?』

 魔術師の『腕』がしなる。
 まるで昆虫の外郭のような硬度と精密動作性を持つその腕は、これまで何度もそうしてきたように、コヨーテの首を絞め殺さんと伸ばされた。

「――なら、二人ならば!」

「なッ――!?」

 聞きなれた声が響いたかと思うと、コヨーテの目の前に白い何かが降り立った。
 しかもその間に伸ばされていた魔術師の腕を、その手に持った杖で殴りつけながら、だ。

「コヨーテ!」

 それは見間違えるはずもない。
 青みがかった銀髪を揺らし、白を基調とした修道服に身を包んだ聖北のシスター、ルナ・イクシリオンその人である。

「ルナ……どうして……!?」

 押し黙ったままつかつかと歩み寄ったルナは、

「我慢しなさい」

 言うが早いか、次の瞬間には平手が飛んでいた。
 小気味いい音が幻想的な空間に響き渡る。

「――なんでもかんでも独りで解決しようとしないでください!」

「……っ!」

「どうしてあなたはいつもいつもそうやって……! 独りで抱え込んで無理して死にそうになって! どうして誰かの力を借りようとしないんですか! ええ、そうですよ、この際だから全部言ってあげます!!」

「な、何を――」

「傷の治りが早いからとか、リーダーだから前に出るとか、男だから守る側だとか! そういうの、もう一切禁止です!! 私たち仲間でしょう、どうして頼ってくれないんですか! そんなに私が足手まといですか!? だとしても、私だって事件の真相を調べて、こうして乗り込んで来るくらいはできます! とにかく、今後は二度とこんな戦い方、許しませんからっ!!」

 早口に捲くし立てたからか、ルナは荒い呼吸を繰り返して黙り込んだ。
 それでもまだ言い足りなかったのか、コヨーテの胸を両手でポカポカと叩き出した。

 さして痛くもなかったが、心が痛んだ。

 コヨーテは自身の夢の中に彼女がどうやって入り込んできたのかも知らないし、どこまで事情を知っているのかも分からない。
 だが、おそらくは彼女はもう全部知ってここに立っている。 
 どれだけ危険な相手かを理解して、それでもなお諦めずにこの世界に入るための権利を得てきたのだろう。

「……ありがとう」

「お礼なんか、要りません。私がやりたくてやった事、です」

「……そうだったな。オレたちは同じ思いを抱いていた」

「『死なないでほしい』……言葉にすれば簡単なのに」

 互いに互いを思いあったからこそすれ違う事もある。
 だが手遅れではない。
 思いを言葉にして伝え合った今ならば、まだ。

『――はぁ。そんな陳腐な理由でそこの方はここまで来た、と?』

 待ちくたびれたとばかりに魔術師はため息をついた。
 その後に続く言葉もあからさまに揶揄するような口調である。

「それは愚策でしょ。たった一人増えたところで僕にはかないっこない」

「……それはどうかな?」

 コヨーテは嘲るような笑みを浮かべ、

「正直、心のどこかでは諦めがあったのかもしれない。ルナさえ助かるのなら、そのための時間稼ぎができればいい、と。だがな、――ルナがオレに生きろと言うのなら!」

 空気を切り裂くような音と共に、コヨーテの背中には漆黒と片翼が現れる。
 【黒翼飛翔】と呼ばれる吸血鬼の奥義、同時にコヨーテにとっては『魔』の象徴である。
 そしてもう片側には純白の片翼が飛び出した。
 『叛逆者リベリオン』と名付けられた、コヨーテにとっての『人間の心』の象徴である。

『やれやれ。面倒な事になっちゃったか……まぁいいよ』

 徐に魔術師は両手を広げた。
 それぞれの掌をコヨーテとルナに、その首へと向ける。

『二人纏めて、』

 ごぽり、と水面のような地面から赤と青の球体の魔法生物が現れ、魔術師の両肩の辺りに浮かんだ。
 これまでの戦いでも幾度か見た、防御の要のオブジェクトだ。

『その身体、頂戴するからね!』

「やれるものならやってみろ、化け物!」

 コヨーテは駆け、魔術師は両腕を伸ばす。
 もはや何度となく見てきた攻撃に、片方を【レーヴァティン】で、もう片方は翼で弾く。

 あの両腕は異常に伸びるくせに戻りが早く、カウンターを狙うには厳しいものがある。
 それでも、離れた場所に陣取るルナに対して伸ばそうものなら両断する自信はあった。
 相手もそれを理解しているだろう、だからこその接近戦だった。

 コヨーテが接近戦に持ち込む事で、ルナに手出しをさせない。
 ルナが後方に身を晒す事で、相手の攻撃をあえて誘う。
 互いが互いを支える戦いにはこういう形もある。

「はあっ!」

 レーヴァティンの斬撃はのらりくらりと避けられ、時には横合いから弾かれて届かない。
 時折放たれる魔法は翼で受け流すものの、これでは以前と変わらない泥沼だ。
 しかし、今度は一人じゃない。

「コヨーテ、あの赤い魔法生物が本体です!」

 後方からのルナの声。
 そちらを垣間見れば、なにやら金色の杖を掲げていた。

「――分かった!」

 ルナの指示を信じる事に迷いはなかった。
 戦闘時という極限状態において、彼女は憶測でものを言うタイプではない。
 必ず何らかの根拠があっての指示であるはずだった。

「レーヴァティンッ!!」

 魔剣の炎を解放し、その刀身に拳大の炎の玉を集中させる。
 チリ、チリ、という火花が散る音が次第に激しくなり、ついには炸裂する。
 爆風によってに加速した【レーヴァティン】の勢いに乗るように、コヨーテは地を蹴って翼で大気を叩いた。

『――ッ!!』

 【既殺の剣】という精気変換の技術。
 火炎の炸裂を利用して剣撃を加速させる技であるが、翼を用いて勢いに乗る事で中距離内の跳躍移動も可能としていた。
 急激な接近に対応できなかった赤い魔法生物は成す術なくその身を切り裂かれた。

『やってくれるじゃない』

「――!?」

 赤い魔法生物の傷はまるで時間が巻き戻されたようにその傷口が塞がれていった。
 自己再生能力、しかもこれほど高速のものは吸血鬼と同等かそれ以上だ。
 してやられた、と思った時にはもう遅かった。

「ッ……!」

 魔術師の腕から魔法が放たれ、コヨーテの身体を穿つ。
 零距離からの【魔法の矢】のような術式は、翼の防御を貫いて左肩を抉った。
 心臓狙いの一撃に辛うじて身をひねる事ができたのは僥倖だったと言える。

『さぁ、捕まえた。お待ちかねだぞ!』

 魔術師の腕が伸び、コヨーテの首を掴む。
 片手とは思えないほどの力で締め上げられ、足が地から離れる。
 左手に力が入らない以上、右手で首を絞める腕を掴んで抵抗するしかなく、【レーヴァティン】を手放すほかなかった。
 見れば、前衛が消えた事でルナも同様にもう片方の腕で締め上げられている。

『あぁー……いいねぇ、やっぱり「これ」は最高だぁ……』

 魔術師はうっとりした声をもらす。
 どうにもこの魔術師は絞首を楽しんでいる様子だった。
 ここまでの数日間で幾度となく手をかけられた事から予想していたが、どうやら間違いではないらしい。

「……ですよね、そうしますよね」

 首を絞められながらも、ルナは不敵に笑った。
 この瞬間を待っていたとばかりに。

「首を絞める事があなたをあなたたらしめる要素。いくら身体を乗っ取る事が目的とはいえ、それを捻じ曲げてしまっては自己を失ったあなたはあなた自身を保てない……」

『はぁ、何が言いたいの?』

「つぅ……、だ、だから、私は確信していたのです。魔術師たるあなたが戦闘から絞首へのプロセスを放棄するはずがない。必ず対象を弱らせる攻撃呪文、そして逆転を許さないために核心を隠蔽し保護する方法を持っている、と……!」

『だ、か、らぁ』

 魔術師の腕が締める力を増した。

『何が言いたいのか聞いてるんじゃないか』

「っ……、つま、り……あなたの、負け、です……!」

 首を絞められながらもルナは大きく息を吸い込んで、ありったけの声で叫ぶ。

「――ユニコォーン!!」

 その叫びに呼応するように、ルナの頭上の空間がぐにゃりと歪んだ。
 次の瞬間には歪みに大きなヒビが入り、まるでガラスを破るように空間の向こうから現れたのは一本角の白馬であった。

 聖獣ユニコーン。
 【一角獣の泉】と呼ばれる召喚術で呼び出される霊獣の一種である。
 本来であれば霊獣を呼び出し使役する事でその力を借りる術なのだが、ルナの場合はユニコーンの側から好意を抱かれ、彼女の呼びかけに応じて現れるという、ある意味特殊な関係を築いていた。

 ユニコーンはひと声嘶くと、強靭な脚力をもって大きく跳び、その一角から清らかな水を噴き散らした。
 一角から放たれる聖なる泉の飛沫は、たとえ半吸血鬼の傷であっても癒す事が可能だった。
 最大の特徴として、その癒しは飛沫の届く限りではあるが広範囲に広がる事であり、足止めされ身動きも取れず、仲間に近づけないような今の状況でもお構いなしに適用される信頼性にある。

 ただそれだけだったなら魔術師は捨て置いただろう。
 既に捕まっている状況で傷を癒したところで根本的な解決にはならない。
 だが、ユニコーンはただ傷を癒すためだけに跳んだわけではなかった。

「コヨー、テ……! 【アラクネの脚】を!」

 ユニコーンの身体には奇妙な形をした剣が括りつけられていた。
 その形状は見覚えがある。
 かの墓地で戦った、この状況を招いた元凶とも言うべき妖魔アラクネ、その前脚だ。

「あぁ――!」

 ユニコーンとすれ違う一瞬の間に、治癒された左腕で【アラクネの脚】を掴む。
 それだけで、内に秘められた魔力を肌で感じられた。
 引き剥がしたままの勢いでその刃を魔術師の腕に叩きつければ、まるで熱したナイフでバターを切るように通り抜けた。
 伸ばしきって緊張していたとはいえ、その切れ味は墓地で戦った時と一切変わらない。

「終わりにしてやる、化け物!」

 重力に従って落ちる前に、コヨーテは赤い魔法生物に剣閃を浴びせる。
 ばくり、と開いた刀傷は先ほどと同様に治癒を働かせようとするが、コヨーテは同じ轍を踏まない。
 傍に落ちていた【レーヴァティン】を足で跳ね上げて右手に掴むと、炎を解放した。

 一撃、二撃。
 【レーヴァティン】と【アラクネの脚】によって繰り出される剣閃は、意図的に操作された小爆発によって加速され、簡易的な【既殺の剣】を実現していた。

 三撃、四撃。
 さすがに焦りを感じたのか、魔術師がルナを絡めていたほうの腕を伸ばしてくる。
 が、魔剣二刀流のコヨーテは攻防に隙がない。

 五撃、六撃。
 【レーヴァティン】でいなし、【アラクネの脚】で裂く。
 結局はあれも囮のようなもので、破壊しても意味がない。

「――失せろッ!!」

 七撃。
 魔剣二刀の背を同時に爆発させ、最大加速の【既殺の剣】が放たれる。
 悪夢のような威力の剣閃によって完全に分かたれた赤い魔法生物は、その内部のコアを破壊され、ボロボロと崩れていく。

『そんな……僕が、負ける……はずが……』

 愕然とした調子で魔術師が最期の言葉を紡ぐ。
 コヨーテは振り返らずに、

「お前はもうずっとずっと以前に負けが確定していたんだ。人間をやめた、その時からな」

 それだけ告げて【レーヴァティン】を収めた。



「……わざわざこちらが尋ねる義理もなかったのでは?」

「依頼達成の報告もあるし、抑えてくれよ」

 頬を膨らませているルナを何とか宥めて、コヨーテは例の教会まで足を運んでいた。
 夢の中での戦いの後、朝を待って宿を発とうとしたコヨーテらは、宿の店主から『教会の人があんたたちを探していた』と聞いてここまで出向いたのだ。

 ルナはそれはもうしきりに関わりたくないと主張していたが、先の魔術師との戦いで用いた金色の杖の出所を訊ねられた途端に大人しくなった。
 どうやらあの杖は教会のシスターから譲られたものだったらしい。
 いくら鼻持ちならない相手だとしても礼儀を忘れるルナではない、という事だろう。

「これはこれは……お出でいただけるとは思いもしませんでした」

「そちらから呼び出しておいてご挨拶ですね。何か用事があったのではないのですか?」

 シスターは「ええ」と呟いて、コヨーテに袋を手渡した。
 ずしりとした感触と硬貨の擦れ合う音から、中身は銀貨であるとすぐに分かった。

「全部で一〇〇〇枚入っているはずです。お確かめください」

「……どうしてだ?」

「魔術師を殺すために自警団を雇うとすると二人分でこれくらいかな、と」

「……、あなたは――」

「この街は、金で解決するしかないのですよ。まつりごとも、厄介払いも、命も。ですから、気にせずお納めください」

 遮るようなシスターの言葉に、ルナは何も言わずにコヨーテから袋を受け取ると、中身の枚数を検める。

「そうそう、墓守が貴方たちに会いたがっていましたよ」

「……はい?」


「――ぼうけんしゃ。げんき、よかった」

 墓場に足を踏み入れると、数日前と同様に獣人の墓守は現れた。
 心なしかその表情には明るい色が見える気がする。

「色々とありがとうございました」

 【アラクネの脚】の出所については、どうやら彼のようだった。
 アラクネの死体を片付けたのは彼であり、その際にまだ無事な前足を確保していたのだという。
 戦いの分岐点はまさにその【アラクネの脚】であり、間接的にコヨーテは彼に助けられた事にもなる。
 感謝を述べ、固い握手を交わした。

「おれ、かんがえた。このまち、じめじめ。そらがきらい。つちがきらい。でも、きらい、ちがう」

 獣人の墓守はまっすぐにコヨーテとルナを見据え、

「おれ、ぼうけんしゃ、みて。このまち、まもる。おもう」

 あまりにもまっすぐな思いに、コヨーテは思わず鼻の頭を掻いた。
 隣でルナが微笑んでいる様子が横目で見える。
 少し、頬が熱い。

「おれ、あたまわるいけど。あれ、たおせるくらい、つよく、つよく」

「……きっと、難しいぞ」

「わかる、つもり。でも、ぼうけんしゃ。ゆうき、くれた――ありがとう」

「……ん、」

 隣でルナがニヤニヤしている様子が横目で見えた。
 とても、頬が熱い。

「そう。ぼうけんしゃ。まじゅつし、おんな。さがしてた」

「……はい?」


「――あ、きたきた」

「そちらが探しているという話でしたのにこんなところでお酒を飲んでいるとは……」

 次に二人が向かったのは、裏通りの魔術師を紹介してくれた酒屋だった。
 見れば、もう既に三本の酒瓶が空けられていた。
 酩酊していたほうが調子がいいというのは術式行使での話ではなかったのだろうか。

「あ? じゃ、あんたも飲む?」

「いいえ、遠慮しておきます。そういう気分ではありませんので」

「そもそも薦めないでくれ。ここは酒屋であって酒場じゃない」

 酒屋の主人の苦言も、魔術師は聞こえないフリをするばかりだった。
 なんだか今朝の主人は昨日よりも疲れた顔をしているような気がする。
 まるで朝っぱらから迷惑な客が来たみたいに。

「そいで探してたのはさ、上手くいったか気になってたんだよね。ま、その分じゃ成功したみたいだけど。……で、ユニコーンは上手くべた?」

「おかげさまで。専門外だというのにお力を貸していただけて助かりました」

 戦闘能力が低くコヨーテが傷を負っていても治癒すらできないルナが単独で夢の中に入るのはいささか無謀が過ぎた。
 そこで、とある魔神との戦いで心を通わせたユニコーンに手を貸してもらうべく、ルナは魔術師である彼女に指南を願い出たのである。
 結局、そこでも追加の酒を要求される事にはなったが、それでも夢の中の戦いでは逆転の一手を担っただけにいくら感謝してもし足りないほどであった。

「やや、これで失敗してたらだっさいだけだったわ。よかったね」

「いやあ、俺もこれで安心だよ。じい様もあっちで安心してるだろうなあ。……そうだ、祝い酒を出してやるよ」

 気分じゃないと断ったはずなのに、とルナが口を開きかけたが、

「後ででも飲めばいいさ。んじゃ荷物袋に入れてやるよ」

 そう言って、酒屋の店主は荷物袋を半ば強引に受け取ると、そこへ酒瓶を突っ込んだ。
 コヨーテの目には、その瓶が最近嫌というほど付き合った『あの』ガラス瓶に似ているような気がして、

「……今、不吉な瓶が見えたような?」

「気のせいさ。在庫整理してたら出てきたのも気のせいさ」

「……、」


「――すっかりたらい回しにされてこんな時間になってしまいましたね」

 リューン行きの馬車が待つ『霧断ちの門』の前は人でごった返していた。
 上手く人の少ない時間に発とうと思っていたが、世の中そうそう上手くいかないものである。

 コヨーテにとって、この街では色々と事件が起こりすぎた。
 きっとルナにとってもそうなのだろう。
 しかし冒険者としての在り方を考えさせられたという意味では、この街がひとつの分水嶺なのではないか。

「……ルナ」

「はい?」

 振り返ったルナの顔が、とても眩しかった。
 月の光だったはずの優しい光は、いつの間にコヨーテの身を焦がすほどの光になったのか。
 それともただ単にコヨーテの心が彼女に対して弱くなっただけなのか。

 ふと気づけばルナが眉根を寄せていた。
 それもそうだ、名前を呼ばれたのに二の句が紡がれないのだから。
 しかしコヨーテも何を言おうとしたのか、すっかり忘れてしまっている。

「帰ろうか。『大いなる日輪亭』に」

 誤魔化しのような言葉だった。
 本当に言いたい事、伝えたい事は別だったのかもしれないのに。

「……はいっ!」

 今はそれでもよかった。
 とびきりの笑顔で、ルナが頷いてくれるのだから。



【あとがき】
今回のシナリオは春秋村道の駅さんの「ガラス瓶の向こう」です。
仕事で訪れた街で様子がおかしい相方を巡って奔走するお話でした。
とにかく舞台となった街の人々の個性がすごく際立っていて、シリアスな本筋を追う中で癒しになっています。
墓守さん好き。

今回はコヨーテとルナの二人旅でした。
序盤の記憶を手繰る展開の影響もあって何故いきなり二人なのかはぼかしていますが、すでにレベル5で魔物の単独討伐を行っているミリアもいる事だし二人もいれば魔物討伐であっても安心だろう、といった感じで送り出されてきています。
それはそれはミリアも気を使った事でしょう!

さて、今回がユニコーンの本格登場となっています。
初登場は2016年の三五話からですが、実はある理由があって(後述)それよりも前、2015年には登場が確定していました。
【一角獣の泉】、スキルとしては回復役であるルナが倒れると機能せず速効性もないため、かなり厳しいチョイスではありますが、そのフレーバーにやられました。
_秀麗を持っている女性PCが使えば効果アップですよ……!
リプレイ的にも背中に乗ったり飛沫を上げたりとアクションが増えるため重宝します。
コヨーテとの仲は微妙ですが、一緒に頑張っていこうねユニコーン!

ちなみにこのリプレイ、実はこちらでもご紹介させていただいた、桜林囃子さんによる短編小説『七月七日 聖堂襲撃事件』でのコラボを受けてかなり衝動的に書いたものになります。
当時はパスワード付き限定公開としていましたが、ようやく日の目を見る事ができてひと安心です……これ七月七日の時も言ったな!
今回は当時品にちょっとだけ手を加えてきれいに繋がるようにしたものになります。
本当にお待たせしました……!
これでもう本当にストックはないですぞ! エンプティ!


☆今回の功労者☆
ルナ。仲間に頼れない状況でも泥臭く走り回って解決にこぎつける、それでこそ冒険者だ!


購入:
【深緑の酒】-150sp(作中で購入及び消費)
【一角獣の泉】-1400sp(宿の棚)

報酬:
アラクネ退治の報酬 1000sp
司祭からの報酬 1000sp

戦利品:
【アラクネの脚】
【装飾された杖】
【蒼穹の酒】


銀貨袋の中身→4667sp


≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『ガラス瓶の向こう』(春秋村道の駅様)
『宿の棚』(Leeffes様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。

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周摩

Author:周摩
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