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2019年06月の記事一覧

『蜘蛛の魔術師』 

 ミリア・アドラーク・グラインハイドはとある森を訪れていた。
 八月に入り強い日差しに参ってしまう日が増えてきたが、鬱蒼と茂る森の木々からは木漏れ日すらもあまり漏れてはこない。
 まだ日も高い内だというのに涼風が森の中を通り抜けていく。

「………………」

 ここは『蜘蛛の魔術師』ムドウ=ブラックソードが潜伏している森だ。
 数十年前に魔術学連から希少な魔術媒体を強奪し、追っ手の魔術師を完膚なきまでに皆殺しにして逃げおおせた指名手配犯である。
 非道な人体実験を行いつつ雲隠れを続けていたようだが、やはり情報というものは完璧に遮断できるものではないらしい。

「……間違いないわ」

 ミリアが事前に得た情報通り、森の一角に結界が張られている。
 彼女が立っている場所はちょうどその境界のようだ。
 昼でも暗い森の中に張られた人除けの結界、なるほど魔術師らしい隠れ家だ。

(森はマナに満ちている。ここなら多少魔力が洩れても違和感がないというわけね)

 眼前に広がる無為の森。
 人がいる、まして人が住んでいる様子など全く感じられない。
 結界の境目すら曖昧に森の静寂に溶けている。

 だがミリアは経験で以って知る。
 この森の、この一角のみは、蜘蛛が巣を張る常世の欠落だと。

(ここから先はムドウの工房……)

 魔術師の本拠地となればどんな罠が待ち受けているか分からない。
 事前に得た情報によるとムドウの工房にはとある魔神の一柱を模した使い魔が番犬代わりに放ってあるという。
 四方すべてに意識を張り巡らせ、不意の強襲に備えなくてはならない。

 結界の中に足を踏み入れてわずかもしない内に、静寂を切り裂く禍々しい雄叫びが木霊した。
 侵入者への警告か、己が主への警鐘か。
 兎にも角にも、声の主は疾く現れた。

『グモオオオォォォァァァァ……!!』

 名状しがたい雄叫びを上げながら現れたのは巨大な三つ頭の守護者。
 王冠を被った人間、灰色猫、ヒキガエルに類似した三つの頭を持ち、その頭は蜘蛛のような多脚をもつ胴体に直接乗っかっている。
 不気味という言葉をそのまま具現化すればこうなるのかもしれない、とミリアは漠然と思った。
 情報にあった偽神の一柱の傍らには左右に異形の獣がミリアに牙を剥いている。

(なるほどここは蜘蛛の巣。侵入者に敏感なのは当然というわけね)

 あと一歩進めば、あるいは隙や敵意を見せれば戦端が開かれるに違いない。
 望むところだとでも言いたげに、ミリアは挑発気味に指の関節を鳴らす。

「ぶち壊してやるわ。覚悟しなさい」

 【海神の双剣】を抜き放って堂々と彼らの領域を踏み侵した。
 それに呼応するように二体の獣が駆け出し、ミリアへと鋭い牙を剥く。
 しかしミリアはそれらをひと跳びで躱し切ると、すれ違いざまに縦回転し【月描き】による斬撃を見舞う。
 魔獣の片割れは頭を真っ二つに割られ、脳漿を噴き出しながら倒れ伏した。

 残った魔獣は再び攻撃するべく着地と同時に反転する。
 鋭い牙を剥き突き立てんと襲い掛かる魔獣だが、しかしその牙をミリアへ突き立てる瞬間は永劫訪れない。
 接触の前に一撃と見紛う二撃、【湖面の一閃】により上顎から切り裂かれ、頭の半分を盛大に吹き飛ばされたからだ。

「――はあああぁぁぁ!!」

 攻撃を受け流すための回転を止め、ミリアは偽神と相対する。
 深く腰を落として思い切り地を踏みしめ、頭上に構えた双剣に力を込め、思い切り振り下ろす。
 【海神の双剣】の魔力と混じり合ったミリアの気迫が青白い刃となり、【斬塊閃】として放たれた。

 パァン! と三つ首と胴を繋ぐ一点が弾け、偽神の首はそれぞれ三方向へ倒れ込んだ。
 力なくその身を沈めた蜘蛛のような多脚からは噴水のように血を撒き散らしている。
 この一瞬の攻防で、ミリアはその場を一歩も動かずに番犬どもを葬り去った。

 ミリアは大きく息を吸い、そして吐いた。
 戦いの熱で高ぶった身体を冷やし、心を落ち着かせる。

(……危ういわ)

 一目見て、彼らが自分を満足させるような力を持たない事は分かっていた。
 だからこそというべきか、ミリアは自らの中で『一歩も動かずに倒し切る』という縛りを入れて難易度を上げていた。
 しくじれば命を失いかねない事くらい分かっていたはずだ
 だのに、心はどこまでも激しくギリギリの戦いを望んでいる。

 ミリア自身、壊れかけているとは感じている。
 力の渇望は自身が満たされないゆえの衝動だと理解はしていた。
 だからこそこの森の主が満たしてくれるだけの人物であってほしいと願いつつ、ここに立っている。

(癖にならないといいのだけど)

 そうこう考えている内に、やがて魔獣たちの身体が崩れ落ちる。
 結界の門番たる使い魔たちはその役目を全うできなかった。
 役目を果たせない道具に価値などない。
 彼らの身は融解していき、間もなくその影を完全に失った。

 物言わぬ獣とてその肉体は情報の塊だ。
 おそらくは技術の漏洩を防いでいるのだろう。
 後に残ったのは微かに魔力の痕跡を残す、不気味な粘液だけだった。

「はぁ……」

 こんな木偶の坊をいくら殺したところで何の感慨も浮かばない。
 真に命を賭して争うべき敵は他にいる。
 肩をぐるりと回し、呼吸を整える。

 前座は始末した。
 次はいよいよメインディッシュだ。

 ざくざくと短い草を踏みしめる音をしばらく奏でた後、ミリアは結界の中心へ辿り着いた。
 人の息吹を感じさせなかった森であったが、やや開けた空間に幾つかのテントが張られている。
 どことなく、ミリアは戦場の野営地を想起した。

「……あれは」

 大地に刻まれた魔法陣が微弱な燐光を放っている。
 その淡い光こそはヒトの持たざる魔力の迸り。
 どうやら大地からマナを汲み上げて工房形勢の糧にしているようだ。

(どうやらここが目的地で間違いないようね)

 ミリアは魔法陣から目を離した。
 否、正確にはより興味を引くほうへと視線を移したのだ。
 件の指名手配犯、蜘蛛の魔術師ことムドウは魔法陣のすぐ隣に身動ぎひとつせず佇んでいた。

(まるで生ける死体……)

 髪は白く、肉の削げた顔は幽鬼のそれを想起させる。
 老いたる身体には生気というものがまるで感じられない。
 ミリアの見立てではムドウの身体は十余年の昔に戦士としての限界を迎えていた。

 曰く、至高の魔術剣士。
 曰く、戦場の鬼、
 ……曰く、蜘蛛の魔術師。
 数多の殺し名を持つ、最強の剣士。
 それが今ミリアの眼前に立つ男のかつての姿だ。

 戦場を離れ、隠れ暮らし、そして生きたまま老いてしまったムドウ。
 今の彼にはかつて蜘蛛の魔術師とたたえられた剣士の面影は失われていた。

(いや、違う。これは……、)

 かつて最強と謳われた戦士の姿はそこにはない。
 しかし、薄暗闇でなお青く光るその氷眼を除いては。

「……ふむ。学連の追っ手というわけではなさそうだが?」

 森に満たされた静寂を弾く、迫力の低音。
 遠雷のように、内に秘めた激しさを感じさせる声であった。

 老いて、衰えた。
 ある側面ではそれも事実だろう。
 しかしミリアには目の前の枯れ枝のような痩身の老人が、ただそのように現実に現れている老人というだけには思えなかった。

(不思議な感覚ね)

 青い眼光。
 凍てつくような青。
 その目には意志はなく、矜持もなく、強者の持つ迫力すらも見られなかった。

(……なるほど。なればこそ、と)

 ミリアはムドウから感じる驚異の正体を看破した。
 意志も矜持も驕りもないとするならば、その痩身に詰まっているのはだけという事だ。

(何が死に損なった老兵よ。あれはどう見ても狩人の眼じゃないの)

 内心で情報提供者へ愚痴を吐く。
 だが、ままならぬ相手こそミリアの求むるところである事もまた事実だ。

「確かに学連とは関係ないわ。でも、あなたの敵よ」

 逸る気持ちを抑えきれず、ミリアは腰の双剣に手をかける。

「――あなたを……、殺しに来た」

 ミリアの殺意の睥睨。
 我が敵を焼け、という意志の籠った眼光はムドウに正しく通じたようであった。

「そうか。オレを殺しに、か……」

 蜘蛛の魔術師の表情には何の疑問も浮かんでいないようだった。
 それも当然、彼は目が合った瞬間からミリアと殺しあう事に決めていたのだから。

「これは僥倖。すでに空の器だと思っていたが、存外まだこのオレにもこんな新鮮な感情が残っていようとはな」

 即ち、殺意。
 両者の意違わず、殺し合いの契約は完了した。
 言葉のやり取りは短く。
 互いを敵とみなした以上、やり取りするべきものは命である事は共通認識だ。

「蜘蛛の魔術師――ムドウだ」

 ムドウの名乗り。
 その簡潔さは、自身は魔術師である以上に剣士であると主張しているようにも聞こえた。

「『大いなる日輪亭』の冒険者、ミリアよ」

 ミリアもまた応える。
 彼には剣士に対する礼でもって返すべきだと感じたからだ。

 じりじりと戦場の匂い、両者の殺意が辺り一面に伝播していく。
 互いに双剣を抜き放ち、各々の構えで以って相対する。

 先に仕掛けたのはミリアだった。
 神速の踏み込みから牽制も兼ねた片手横薙ぎ。
 しかしそれを、ムドウは単なる体捌きのみで避けてみせた。
 否、単なる体捌きではない。
 まるで多脚を思わせる脚運びで小刻みにステップを刻み、一瞬ごとに立ち位置を変えるほどの軽やかな身の運びだった。

 スピードならミリアも負けてはいない。
 しかしあれほどのステップで完全なる制御の下に身体を動かせるのであれば、そこから繰り出される技の速度はミリアに勝る。
 安定感は技を繰り出す上でも重要な要素なのだから。

 恐ろしく精確な突きが、あろう事かミリアの側面から放たれた。
 一対一で戦っているのにも関わらず、彼女が加速と減速の狭間で制御を失っている隙に回り込まれてしまっている。

(――速い!)

 剣で弾いてどうにか事なきを得るも、その一手を打つ間に背後にまで回り込まれていた。
 もはや瞬間移動にも近いその動きはあまりにも速すぎる。
 防御に大仰な動作を加えてしまえばそれだけ次の動作が鈍る。
 一瞬たりとも休めない剣戟を十数回ほど打ち合って、ついにミリアは避け切れなくなった。

「くっ――!」

 びしゃあ、と鮮血が迸る。
 たまらず距離を取って自らの首筋に触れてみると、ぬるりとした感触がした。
 浅いが、しかしほんのわずかでも深ければ動脈を裂いていた傷だ。

(……だったら!)

 大きく息を吸って、ミリアは力を溜める。
 大地を踏みしめ双剣を頭上に掲げ、力を解放するかのごとく叫ぶ。
 対するムドウは静かにミリアを見据えたまま双剣を構えている。

「――はあああぁぁぁ!!」

 次いで放たれたのは【斬塊閃】の青白い刃であった。
 ミリアの持つ技で唯一、遠距離からの攻撃が可能な斬撃技である。
 しかし接近戦では不利という決断を下さねばならないのはミリアにとっては屈辱だった。

「……、」

 ムドウは体勢を低くして地を蹴ると、青白い刃に向かって双剣を振るう。
 まるで氷が砕けるようなせめぎ合う音が連続したかと思うと、ミリアの放った気迫の刃は打ち砕かれてしまった。

(――あれ、は!)

 一瞬ではあったがミリアには見えていた。
 【斬塊閃】を打ち消す際、ムドウの振るう双剣は確かに四本になっていた。
 そこで改めて彼女はムドウの二つ名を思い出す。

「蜘蛛の……魔術師!」

 もはや疑いようもなく、あれは魔法剣の一種である。
 本来なら多数を相手取る際に切り込む技なのだろうが、単に手数を増やす手法としても扱えるようだ。
 接近戦の技術で上回られ、さらに魔法剣も使いこなすムドウだったが、それが逆にミリアに光明をもたらした。

 【斬塊閃】を掻き消すのに彼は魔法剣による迎撃を行った。
 ミリアの技の中でも威力の高いものではあるが、枯れにはそうせざるを得ない理由があるに違いない。
 つまり威力で勝るミリアの技を受けきれないほどムドウに力が残っていない可能性がある。
 防御を崩せれば、あるいは。

 ミリアは跳んだ。
 影から影へと飛び移り、死角からの攻撃を可能とする【飛影剣】。
 ムドウの蜘蛛の如き脚捌きにはあまり奇襲効果は得られないものの、それでも接近するには十分だ。
 常に急所を狙った攻撃を仕掛け、相手に受けに回らせる。
 さすがの彼も全力の急所狙いを脚捌きだけで避け切るのは難しいらしく、剣による防御を交えはじめたため、それだけミリアにも攻撃の機会が訪れている。

 おそらくはそれこそが勝機。
 ムドウの第一印象を思い出せば、生ける死体の如き痩せぎすの老人だった。
 現役の、おそらくは全盛期のミリアの攻撃を受けきるほどの力は残っていないのだろう。

(攻めて攻めて攻めまくる!)

 守勢に回れば彼の体力が尽きる前にこちらが参ってしまう。
 もとより攻撃はミリアの得意とするところである。
 苛烈な攻めが功を奏したのか、十数合は打ち合った頃にようやくムドウの剣に乱れが生じた。
 その一瞬の隙を見逃さないミリアは渾身の一撃を叩きこむ。

「……!!」

 が、それは髪の毛数本を斬り飛ばしたのみで、あえなく空を切った。
 この一瞬のために温存しておいたのだろう、蜘蛛の如き脚捌きで身体の位置を変えていた。
 そして隙を見逃さないのはムドウも同じだ。
 しかしいつの間にか逆手に持ち替えられていた左の剣を間一髪で見抜いたミリアは、タイミングを狂わせてくる攻撃を身体を捻る事で避けきった。

「――ッ!?」

 びしり、と。
 ミリアの身体に衝撃が走り、その全身を強張らせた。
 何事が起ったのか理解する間もなく、目の前にムドウの双剣が迫る。
 禍々しい紫色のオーラを纏った魔法剣による攻撃が、ミリアの脇腹と肩口を裂く。

「がっ……!!」

 鮮血が舞い、ミリアはたまらず取り落としそうになる得物を強く握り直した。
 原因不明の衝撃に身を強張らせ、魔法剣による攻撃を受けながらも、ミリアは手にした剣を振るって月を描く。
 鈍りに鈍った【月描き】では更なる追撃を跳ね除けるだけの効果しか得られなかったが、今はそれで十分だった。

(剣閃は避けたはず……だのに、あの衝撃は?) 

 問うまでもなく魔法剣の一種なのだろう。
 駆け抜けるような衝撃、硬直する身体、指先にほんの少し残る痺れなど、どうやら雷撃の類らしい。

(しかも、この傷……!)

 先ほど裂かれた脇腹と肩口の傷が熱を持ち始めている。
 あまり多く経験したわけではないが、ミリアはこれが毒による浸食だと理解していた。
 そんな思考の隙間を縫うように、ミリアの周囲がざわざわと揺れ始めた。

「っ!?」

 ぞぞぞぞぞぞぞ、と地面から蠢き這い出てきたものは不定形の黒い何かであった。
 ムドウが振るう双剣タクトがそれを生き物のように動かし、そしてミリアを襲わせる。

「くっそ、なんでもありかっ!!」

 戦場の剣に清いも汚いもない事はミリアも十分理解しているものの、思わず悪態をついた。
 ミリアはその場を飛び退き、それを躱す。
 そこでようやく、不定形のそれらは単一の個体でなく複数の砂で構成された攻撃だと理解した。
 怒涛のように押し寄せる砂は蛇のようにうねり、ミリアを飲み込まんとなおも迫る。

「はあああぁぁぁ!!」

 避けてばかりではジリ貧になるだけだ。
 ミリアは即座に腰を落とし、【斬塊閃】でもって迎撃する。
 砂の波を割り、その向こうにいるムドウへ迫らねば勝機は訪れない。
 通り抜ける際にやすりと化した砂の波に身体中を削られ血を噴くものの、それらは決して致命傷足り得ない。

「――若い、な」

 じっとりと重い声がミリアの鼓膜を叩く。
 まるで金縛りにあったかのように、その手足が不自然な震えを訴えていた。
 脚が地面に縫い付けられたかのように動かない。

「若さゆえの蛮勇。それを振るえる内は好いものだ」

 手足の動きを縛るこれは疑いようもなく、彼が打ち込んだ毒だ。
 あの砂の攻撃は単に相手を吹き飛ばすものではなかった。
 一粒一粒が毒に侵された毒砂を、ミリアは真正面から全身に浴びてしまっている。

「――振るえるものならな」

 ムドウの剣が空に向かって掲げられる。
 毒によって指一本動かせなくなったミリアは膝をつき、最期の一撃を待つだけの身である。

「……蛮勇?」

 そのはずだった。

「そりゃ結構。

「ッ―ー!!」

 ミリアの右手にはいまだに双剣の片割れがなおも強く握られている。
 毒に侵され指一本動かせなくなっているはずの手が、未だに生きている。

 ムドウは知らない。
 ミリアの右手首にはたった一枚の小さな小さな【藍色の鱗】が残されている事を。
 それは先の水精事件の際にミリアに贈られた海の残り香であり、触れて念じれば水底よりあえかな歌声が癒しの力を伝えてくれる。
 水精の癒しはわずかずつではあるが肉体的な損傷を癒し、精神こころを癒し、更には毒をも浄化する。

「だあッ!!」

 膝をついた姿勢から立ち上がると同時に跳躍し、その勢いを利用して右手の剣が振るわれた。
 ムドウもまた掲げていた剣を振りおろす。
 互いの剣は互いの肉体を縦に裂き、真っ赤な飛沫を弾けさせた。
 たまらず互いに後退し距離を開けるが、超至近距離で受けた傷はそれそれそう浅いものではなかった。

「――!!」

 勝機。
 こここそが分水嶺だと直感で感じた。
 そしてそれを相手も感じているというのも理解できた。

「おおおぉぉぉ――!!」

 ムドウが吼える。
 双剣を交差させ、刃をすり合わせる。
 ギャリリリリ、と鳴り響く金属音の後に、彼の双剣は焔に包まれた。

 ムドウの天をも灼く焔の一閃が放たれる。
 戦場において敵に触れられる事なく敵陣を砕いて焼く、まさに蜘蛛の剣技の最終形とも言うべき奥義だ。

「はあああぁぁぁぁぁ!!」

 深く腰を落とし、その両脚を地面に噛みつく牙と成して地を駆ける。
 脚力の全てを機動力へと変えたミリアは大きく空へんだ。

 ミリアの空中から降り注ぐような多段撃が放たれる。
 神速の機動力と双剣の習熟度がなければ扱う事すらできない、ロスウェル双剣術の奥義【天翔穿龍撃】。

「――――――!」

 天を灼き打ち砕く蜘蛛の剣と、天翔けて穿つドラゴンの剣撃。
 互いに高速戦闘の極致ともいえる技術で、完全なる回避をもって完膚なきまでに敵を打ち倒す技だ。
 しかし完全なる回避を謳う技を互いに繰り出したとして、それらが同時に成り立つ事はあり得ない。
 どちらか一方が必ず勝利し、どちらか一方が必ず敗れる。

 二人が交差する一瞬の内に四つの刃が閃き、ぶつかり合い、あるいは空を切った。
 無限に続くと錯覚するような一瞬の剣戟を終え、ムドウは走り抜け、ミリアは脚から着地していた。
 しかし互いに双剣を振りぬいた姿勢のまま動かない。 

 ――勝敗は決した。
 ミリアの右足と左腕には深々と一筋の赤いラインが引かれている。
 神速の技術によってふさがっていた傷口が、内側からあふれ出す血液によって開き、やがてそれらは真っ赤な飛沫となって噴き出した。

「ぐッ、あ……!」

 傷を負った部位は血液と共に急速に力を失い、左手は剣を取り落とし、右膝はがくりと折れてしまった。
 いくら【藍色の鱗】があろうとここまで深い傷を完全に治癒できるだけの力はない。
 戦うための腕も逃げるための脚も奪われた。

 このまま待っていても失血で死に至るだろう。
 それ以前にムドウによって更なる追撃が加えられれば死は免れない。
 今度こそ動けないミリアはいつ訪れるか分からない死に対し、ただひたすら待つだけしかできなかった。

「……、む」

 しかし、二人の頭上に漂っていた死神の手はミリアを選んではいなかった。

 大きく仰け反ったムドウの脇腹は深々と抉れていた。
 ミリアと同じく時間差で紅い噴水が弾け、空中に真っ赤な花弁を形作る。
 鉄臭い赤が地に落ちると同時に、ムドウもまた倒れ込む。

 互いに全力の技を打ち合ったあの一瞬、先に完全回避を崩したのはミリアであった。
 ムドウの一閃で先んじて左の攻撃の手を潰されたものの、しかし残った右だけで唯一にして絶対の傷を刻んでいた。
 二人の技のどこに差があったのか、それは当人たちも知るところではない。

 それでも勝敗は決したのだ。
 厳然とした事実によって、ムドウはわずかもせず死に至り、ミリアは治癒によって命を取り留める。
 一対一の戦いにおいてそれ以上に優劣を分ける要因は存在しないのだから。

 ムドウはそのまま立ち上がれないどころか身動ぎひとつできずにいる。
 双剣はその手から離れ、魔法陣は色を失った。
 それらは全て、彼の死が不可避と示す凶兆だ。

「……遺したい言葉はある?」

 動かない右足を引きずって傍まで近寄り、眼下のムドウに訊ねた。
 死に至る量の血を失って息も絶え絶えであったが、彼の意識は未だ失われていない。

「……遺すべき物、はすでに残、した。オレは、すでに、終わった者だ。……だが、……」

 がふ、とムドウは呼気と共に血を吐いた。
 しばらく咳き込み、やがて真っ赤に濡らした口元を再び動かす。

「老いて、枯れて、人知れず、死ぬ逝くものとばかり……思っていたのだがな。まさかこのオレが……、戦士として死ねるとは……思わなんだ」

 わずかに、ほんのわずかに口の端が上がったように見えた。

「貴様には……、礼を言おう」

 ムドウの声が消え行く。
 晩年を追われて過ごし、生涯を戦場で生きた男はそれでも満足そうな顔で逝った。
 剣に生きた者が戦いの中で死にゆくというのがこれほどまでに美しいものか。
 ミリアはその妖しいまでの死に様に耐えられず、思わず目を逸らした。

「………………」

 死体を運ぶのは手間がかかる。
 テントの中を探せば、討伐を証明できるものも見つかるだろう。
 早くこの場を離れたい一心で、ミリアは重い一歩を踏み出すものの、自らの傷の痛みに身体を強張らせた。
 
 自らの右手首に残された【藍色の鱗】に触れながら、わずかずつでも傷の修復に努める。
 ムドウの遺した傷薬で応急処置を済ませ、彼の遺産をその手に抱える。

 剣術と魔術――その粋を集め、生涯に渡って磨き上げた蜘蛛の技。
 その技術書の価値は一〇〇万の富に勝る。
 テントの中には少なくない額の銀貨がある意味では無防備に、ある意味では興味なさげに放置されていたが、ミリアはそれらに手を付ける気にはならなかった。

 最後に一度だけ、ミリアは大地に横たわるムドウへ目を向けた。
 しかしすぐに首を横に振り、踵を返す。

 彼を討ったと証明すれば、遠からず学連の者がここへ足を踏み入れるだろう。
 ムドウを恨む人間も少なからず存在するはずだ。
 遺された何もかもを奪い、荒らし、そして踏みつぶしていくのだろう。

 それでも、彼の死は辱めていいものではない。

 それはムドウ=ブラックソードという人物が人の道に外れた殺人鬼であり、生命を冒涜する研究を行っていた事実があったとしても、最期の瞬間だけは剣士であったからだ。
 剣士として戦い、剣士として生涯を終えたムドウにはもう罪を贖う命も残ってはいない。

 ミリアが命を賭して戦ったのはもとより銀貨が目当てではなかった。
 自らを死地に追いやらねば見えぬ地平があるからこそ、彼女はムドウを選んだ。
 ムドウの半生について知っていても、その一面だけを見て正しい判断を下せるほどミリアは聡明ではない。

 つまり、知った事ではないのだ。
 もう二度とムドウによる犯罪がこの世では行われない――それだけでいい。
 それが誰かの救いになってもならなくても関係ない。

 ミリアにとっての事実はムドウと正面から戦い、そして勝ったという事だけだ。

 戦利品を持って戦場跡を去る。
 死者を哀れむ事なく、貶める事なく。
 これはある男の終幕であり、しかしある冒険者の日常にすぎない。

 願わくばそれが、彼女の血となり肉となりますように。 



【あとがき】
今回のシナリオはRiverさんの「蜘蛛の魔術師」です。
シナリオタイトル、そして貼り紙の記述の通り、魔術師を討伐する一人用シナリオです。
……嘘は言ってないです。
単身で魔術師の工房に乗り込むという高レベル冒険者にしか許されないであろう威風堂々ムーブを、重厚な地の文で盛り上がりながらプレイできます。
暗さも重みもあって雰囲気とても良いですよ!

ムドウさん渋くて好きです。
老獪というにはどこか潔い気がすると思ったらその実、彼が鍛え上げた蜘蛛の技術は割といやらしい強さがあって、なるほどムドウという人間は一言では語れない。
最後の言葉に彼の本心が詰め込まれているとは思いますが、しかし彼が本当に成したかった事は別にある気がして、どうにもその深さを図らせてくれない人な気がします。
それはそうと個人的な趣味嗜好で言わせていただければこれでミリアより頭一つ分くらい大きかったらとても萌えます。否、燃えます。

今回はミリア姉さんのソロ行動でした。
彼女が単独で動くのもこれが二回目ですね。
コヨーテほどタフではなくてもそれなりに機転が利いて何より強いので信頼しているところもありますね。
入手こそしたものの遣う描写がなかったあれをついに使えたのもうれしいところでした。

はい。今回の新技ですが、完全にずるしました。
入手元の『深緑都市ロスウェル』では構えの購入とレベル7以上が必要で、かつレベル8未満だと2割の確率で失敗するとんでもない奥義でした。
条件満たしていませんがとりあえず【撃鷹の構え】を購入してカード置き場にぶっこんでおきました。
ここにきてまたミリアが散在する羽目になるとは……
いずれロスウェルも新装開街したいとは思っていますが、このひどい作りから脱却したいものですね。


☆今回の功労者☆
ミリア。もはや何も言う事はない……免許皆伝じゃ!


購入:
【撃鷹の構え】-3000sp(深緑都市ロスウェル)

報酬:
なし

戦利品:
【双剣】
【天砕】


銀貨袋の中身→1667sp


≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『蜘蛛の魔術師』(River様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。

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周摩

Author:周摩
しがないリプレイ書きのブログです。

Info.
当ブログはリンクフリーです。報告は不要ですが、あれば相互リンクさせていただきたいと思います。

周摩のシナリオはこちらへどうぞ。

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