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ロスウェル五月祭 アナザーサイド/エルフ 

 日が落ちて久しいキルヴィの森を、魔導ランタンを携えた二人の人影が進んでいく。
 背後には未だ五月祭に沸くロスウェルの街がある。
 しかしもうわずかもしない内に、吸血鬼の手によって祭りの高揚も恐怖によって塗り替えられてしまう。

「……レギウスを疑うわけじゃないけどさ、やっぱり僕には信じられないんだよね」

 魔導ランタンを持つレンツォは独り言のように切り出した。

「私だって信じたくないわよ。……コヨーテが負けるなんて」

「ん? ……いや、そっちもそうだけどさ。吸血鬼が徒党組んで街を侵略しようとしてる事のほうだよ」

 そっちか、とミリアは薄く笑った。

「レギウスがホラ吹いたって話は聞かないわね。あいつもバリーと似たタイプだから、憶測だけで他人を動かそうとはしないと思う」

「それは分かってるんだけど……僕らでも信じきれないところがあるのに、交渉なんてできるのかな?」

「……、」

 ミリアは押し黙ったまま答えない。
 もちろんレンツォ自身も明確な答えを期待して訊ねたわけではないだろう。
 ただ、これから向かう先はミリアの故郷、エルフの集落なのだ。
 自分の知らない何かに期待したかったのかもしれない。

「レンツォ、やっぱりあんた戻りなさい」

「……なんでさ」

「あんたが思っているほど気楽なものにはならないわ」

「だろうね」

「だろうね、って……分かってないでしょ。熊の巣穴に入り込むようなものなのよ?」

「そうなんだ。そりゃおっかない」

 あくまで気楽な態度を崩さない態度に、ミリアは眉根を寄せる。

「僕はさ、エルフの里の事もミリアの過去も知らない。だって教えられてないからね。本人に無断で調べるのはマナー違反だし」

「……あんたらしくないんじゃない? そういうのは気にしないと思ってた」

 思わずといった風にレンツォは笑った。

「僕にだって他人の気持ちを思いやる事くらいできるさ」

「だったら別に私についてこなくてもいいのに」

「寝ていて転んだ例はなし……僕のモットーに近い言葉だけど、それだけを守ってたんじゃつまらない人間にしかなれないってのも分かってるのさ」

「意外ね」

「まぁ、ギャンブル好きにノーリスクは選べないってのもあるけど」

 台無しだわ、とミリアは短く息を吐いた。

「リスクを冒してでも私と一緒に来る意味、あるのかしら?」

「今朝、君の妹に会っただろ。どうにも穏やかじゃなかった」

「……間の悪い妹分だわ、まったく」

「彼女が強く反応していたのは君の左目、そこに刻まれた紋様だ。それが現れたのは昨夜から……よりにもよって『紅し夜』だ。不吉な何かである事は間違いないでしょ」

 ミリアは答えられなかった。
 仲間たちには『黒化の刻印』はダークエルフに堕ちた者の証であるとしか説明していない。
 それ以上の意味はない、とも言っていた。

「……ほんと、変なところで鋭いんだから」

 偶然にもその刻印を敵視するエルフと出会っただけで、レンツォが特別鋭いわけではないだろう。
 コヨーテは直接相対したわけだし、魔術に強く知識の広いバリーも何か感づいているはずだ。
 仲間思いの強いチコや心配性のルナなんかも、確証はないまでも不安がっている風だった。

「そういう事だから、放っておけるわけないよね。僕の力なんか何の役に立たないとしても、僕はそこから目を逸らしたくない。……君を独りにしたくない」

「何よ、やけにカッコつけるじゃない」

「君は鏡を見たほうがいいね。まさにこれから死にに行くんじゃないかって顔してたよ」

 先ほどのミリアの言葉で、あながち間違いではないのかもしれないと考えを変えさせてしまったわけか。
 レンツォは一度決定した事柄に執着する、意外と頑固なところがある。
 それが悪癖といえばそうなのだろうが、少なくとも今のミリアにとっては悪い気持ちはしなかった。

「……ところでその刻印については教えてくれないの?」

「それには及ばない。きっと糾弾されるでしょうし。ただ……」

「ただ?」

「私は何があっても『月歌を紡ぐ者たち』のミリアだ、って事は変わらないわ」

 そっか、と短い返事をしてレンツォは押し黙った。
 そろそろ無駄話は終いにしなければならないと気づいたのだろう。
 二人はすでにエルフの里、すなわち彼らの縄張りに入っている。

「――止まれ」

 ややあって、二人は姿の見えない相手から声をかけられた。
 相手がエルフだと分かっている二人は、何ら反応する事なく足を止める。

「刻印持ちが何をしに来た」

「ずいぶんなご挨拶ね、泣き虫ベルスタ。いい加減、恋人の一人でもできたのかしら?」

 謎の相手に対して、ミリアは一瞬でその正体を看破し、さらに煽ってみせた。

「……お前たちを悪意ある侵入者として追い払うのは簡単だ。個人的には永遠にその口を塞いでしまいたいくらいだが」

「ふぅん?」

「族長がお前と話したがっている……『修練場』に来い」

 一陣の風のように草木を揺らして、声の主は去っていった。
 いや、声の主だけではない。
 ミリアたちを囲むように生えている草木が一斉に揺れた。
 包囲されていたのだ。

「腕上げたのねぇ」

「感心してていいの?」

「あっちが話したいって言ってるんだから大丈夫よ。それより、あんたは気づいてた?」

「囲まれてる事にはなんとか。ただ、さっきの声の奴は分からなかった。びっくりしたよ」

 フィールドワークに関しても十分に経験を積んだレンツォですらこれだ。
 ここが彼らの縄張りである事を差し引いても、訓練は十分に行き届いているらしい。

 キルヴィの森、グラインハイドの集落。
 一般的にロスウェルのエルフの里といえばここを指し、キルヴィの森の管理者として永くこの地を守っている。
 『修練場』は森を守り獣を狩る術を学ぶ場として使われている、森の中にあって開けた場所の通称であった。

「……手厚い歓迎ね。涙が出そうよ」

 『修練場』に足を踏み入れた二人は、一斉にエルフたちに囲まれた。
 森の守護者たちはみな各々の得物を手にこちらを窺っている。
 彼らの視線はほとんどミリアの左目、正確にはその周囲に刻まれた『黒化の刻印』を怨めしそうに睨めつける。

「久しいな、ミリア」

「族長」

 族長と呼ばれたエルフは、まっすぐミリアに相対した。
 ミリアよりも長身で、細身ながらも筋肉を感じさせる肉体。
 暗めの茶髪は短く刈り揃えられており、エルフ特有の長い耳が強く印象に残る。

「やれやれだ。いきなり里を抜けたと思ったら、何の連絡も寄越さずに帰ってくるとはな」

「別に来たくて来たわけじゃない。私だってそこまで命知らずじゃないからね」

「里を抜けた件については特に言及するつもりはない。だが、その左目はいただけないな。だから――」

「――里の中で閉鎖的な暮らしをして緩やかに死んでいけ、とでも言いたいんでしょ」

 それが受け入れられなかったからこそ、ミリアは里を出た。

「反発した結果が『黒化の刻印それ』だ。お前は特にアドラークの血が濃い。激情に駆られ魔に触れればいずれそうなる事は目に見えていた」

 族長は畳みかけるように言葉を続ける。

「子々孫々に歌を遺し続けるアドラークの一族を滅ぼしたのは、皮肉にもその血だ。黒に堕ちたアドラークの血脈を受け継ぐ子たちは常に黒化に怯えなくてはならない。そうならないためにも、アドラークから黒の血を薄めさせていくしかない。……お前はその使命を全うせず、里を抜けて黒に堕ち、そして一族を捨てた。アドラークのみならずグラインハイドすらもな」

「………………」

「そんな大罪者が、何をしに戻ってきた。返答如何ではこの場で打ち殺すぞ」

 一触即発。
 そんな空気が流れるが、ミリアには全く臆した様子はない。

「深緑都市ロスウェルで『吸血鬼の組合』を名乗る組織が大規模なテロ攻撃を画策している。超大型移送魔具とやらを空に飛ばし、やろうと思えば街一つ、下手すれば周囲の森すらも焼け野原にしかねない。……そんな情報が入ってきたから警告に来たまでよ」

「そのような出まかせを信じると思うか?」

「信じる信じないはあんたの勝手よ。ただ、族長として取るべき行動は取ったほうがいいわ」

 すう、と族長の眉が平坦になった。
 それ以上に表情を動かさず手先だけで指示を出すと、何名かのエルフがその場を去っていった。

 『修練場』に不気味な静寂が訪れる。
 互いに口を開かず、ただ待つばかり。

 さすがにこのまま帰ります、などと言い出せないレンツォもまたじっと待つ。
 ただ待つだけなのもどうかと思い、適当に観察していると、族長の顔に視線がぶち当たった。
 ともすれば女性にも見えるその顔立ちはなかなかに整っていて、どこかで見たような気がして――

「――って、ああっ! あんた賭場の!!」

「は? ……あっ! ひ、人違いだ! 無礼者!」

「嘘つけ! 声も顔も一緒じゃないか! 余計に取ってった僕のお金返せ!!」

 場の空気を読まずに思わず叫んでしまったため、さすがに周囲のエルフもざわつきはじめた。
 そんな中でミリアだけはニターっと口の端を吊り上げている。

「へぇ……あんたまだ賭博やってるんだ? あれだけ行くな止めとけ族長の自覚を持てと散々言われてたはずなのに?」

「だ、だから人違いだと……!」

「族長……また禁忌を破って……」

「最近やけに金回りがいいと思ってたよ……」

 必死に弁明する族長だったが、普段の素行の悪さが災いしてか、周囲のエルフも口々にひそひそ話を始めてしまった。
 せっかく張り詰めた空気が一転して弛緩してしまい、ペースを崩された族長は何度か咳払いして声を静めさせる。
 そうこうしているうちに、去っていったエルフが戻ってきた。

「……残念だミリア。街では何も起こっていないそうだぞ?」

「まだ始まっていないというだけよ。それだけ早く報せに来てやったんだから感謝してほしいくらいだわ」

「要は不確かなまま確かめもせずに受け売りでもしたのだろう。?」

 ぴくり、とミリアの眉がひそめられた。

「今朝がたキロルが里に関わるなと警告したはずなのに、お前はこうしてのこのことやってきた。何か手土産がなければ里には戻れないと考えたお前はこの機会に恩を売っておこうと考えたわけだ。透けて見えるぞ?」

 族長の言葉を皮切りに、周囲が一斉にざわついた。
 動揺ではない。
 みな口々にミリアを罵倒している。
 恥知らずが、とか身の程を弁えよ、とかそんな内容だった。

 だが、レンツォはそんな言葉なんかよりも、ミリアの様子が恐ろしくてそれどころではなかった。
 明らかに苛ついている様子で、迂闊に触れれば殴られそうな空気だった。

「――あぁもうごちゃごちゃうっさいわね!」

 ずらり、と。
 ミリアは双剣を左右同時に抜いた。
 右手の剣を族長に向け、周囲のざわつきを一気に沈めさせる。

「要するに言う事聞かせたいなら力尽くでやれって事でしょうが! やってやるわよ!」

「ならば『決闘』しかないぞミリア」

「望むところよ」

 キルヴィの里に伝わる『決闘』。
 互いに譲れない何かがあれば、族長の立ち合いの下でのみ認められる腕比べ。
 普段であれば内々のいざこざを治めるためのものであるが、里を抜けたミリアに対しても例外ではないらしい。

「互いに闘士を二名選出する。相手を気絶させるか降参させるか、ともかく先に二勝を挙げた側の勝利とし、互いに闘士の増員は認められない、ただそれだけのルールだ」

「えっ、ちょ、僕も数に入ってないかい!?」

「当たり前だろ。女に戦いを任せてただ見守るだけで済むと思ってんのかお前は」

「どうだっていいわ。私が二人抜きすりゃいいんでしょ」

「ほう、言うようになったじゃねぇかミリア。それが口先だけじゃない事を願うばかりだ」

 族長はちらりと視線を流す。
 その先に佇んでいたのはキロルである。
 ただそれだけで意図を汲んだキロルは、組んでいた両手をゆったりと解いた。
 ミリアは鼻で笑う。

「あの子が相手なんてちょっと足りないんじゃないの? 色々とさぁ」

「あなたと離れていた間、私は遊んで暮らしていたわけではありません」

 挑発じみた言葉にもキロルは乗らない。
 静かに双剣を抜き放ち、腰だめに構える。
 奇しくもというか当然というか、その構えはミリアとそっくりである。

「姉の真似っこしてるだけで成長した気になってるの?」

「猿真似かどうか、その曇った目で確かめてはいかがです?」

 ばちり、と火花が飛ぶ。
 ミリアとキロル。
 エルフ族の義理の姉妹は、相手を射抜かんばかりの視線を交わす。

「では始めろ」

 族長がひとつ手を打ち、キルヴィの里に伝わる『決闘』が幕を上げた。



 レンツォが目にも止まらぬ早業を見た――正確には姿を捉えてはいるが何をしているか理解が及ばない――のはこれが初めてではない。
 大抵はミリアが一方的に相手に畳みかけている光景だけだ。
 しかし、今夜は違う。

「……まじかよ」

 呼吸を止めての十数合、ミリアとキロルの二人は互いに双剣を閃かせ、しかしただの一撃も身体にかすらせもしなかった。
 互いに同時に限界を迎え、距離を取るための蹴りすらも相打ちに終わる。

「やっぱり猿真似じゃない」

「ふ……猿真似に手一杯だったくせ」

 煽り合いもそこそこに、二人はまた同時に地を蹴る。
 甲高い金属音が鳴り響く。
 互いのそのまま距離を取り、即座に反転する。
 足を止めての殴り合いはすでに終わり、超スピードによるヒット&アウェイの勝負になった。

「――!!」

 ガイン! ギィン! と激しい金属音が弾ける。
 松明の明かりに淡く照らされた『修練場』に火花が散った。

「速度、上げますよ」

 それはキロルの声だった。
 宣言とほぼ同時に、金属音の鳴る感覚が短くなる。
 異変は十度目の火花が散った後に起こった。

 二人の打ち合いが次第に森のほうへ移っている。
 ミリアとキロル、どちらがより森での戦いに適応しているかと問われれば、間違いなく後者を挙げざるを得ない。
 となれば、押しているのはキロルのほうだ。

「――ッ!!」

 びしり、と刃が空を切る音が響く。
 同時に苦痛を押し殺したミリアの声も漏れ出ていた。
 二つの影の片方が飛び上がり、枝に手をかけて振り子の要領で加速する。
 力を溜めるその一瞬、レンツォの目にもミリアの姿を見る事ができた。

 だが、とても信じられない光景だった。
 ミリアの腹部、白いコルセットに一筋の紅い線が刻まれている。
 疑いようもなくキロルの攻撃を捌ききれなかった証だ。
 そして木々の『足場』を使って戦いの場を移すのは、状況を打破しようともがいている様を意味する。

「嘘だろ……」

 直立する木々の幹を蹴り、横から延びる枝に手をかけて立体的な軌道で動き続ける。
 そんなミリアの動きはレンツォの目で見ても最高だ。
 限りなく最適の動きをしていると感じられるし、そんなミリアであれば誰にも負けないと誇らしげに語る事だってできる。
 だが、それでも。

「ぐっ……!」

 ミリアの身体に再び、否、三度の傷がつけられる。
 いずれもかすり傷だが、それでもミリアが動き続けるたびに痛みを発し、体力を奪い続ける。
 やがて動きの鈍ったミリアは、枝の上で体制を崩した。

 好機と見たキロルは疾風のような飛び蹴りを放ち――ミリアの身体を『修練場』まで吹き飛ばした。

 まともに背中から叩きつけられたミリアは激しく咳き込み、しかしすぐに剣を杖代わりに立ち上がる。
 追撃が来ると予想しての動きだろうが、対するキロルは悠然と歩いて『修練場』へ戻ってきていた。

 もはや勝敗は決した、と周囲のエルフたちの様子が変わっていた。
 無理もない。
 ミリアは全身に傷を作って肩で息をしているのに対し、キロルはほとんど呼吸を乱さず、衣服にも傷一つなかった。

(悪い夢だ)

 レンツォは自身の節穴同然の目を呪った。
 もしかしてミリアが負けてしまうかもしれない、なんてそんな考えを浮かばせる頭を恥じた。

(冗談もほどほどにしとけっての!)

 ゆっくりと、レンツォは足を踏み出した。
 いつもと違って雑に音を出して、自らの存在を示すように歩く。
 怪訝な表情のキロルと、眉をしかめたミリアを一瞥し、レンツォは族長へ向き直る。

「賭けをやろうぜ族長、あんたの好きなギャンブルだ!!」

 まるで気が狂ったのかと疑われるほどに、レンツォは極めて明るくそう叫んだ。

「賭けだと?」

「マキシマムベットだ。僕はミリアの勝利に

「なッ――!」

 驚愕の声はキロルだった。
 彼女のみならず、周りを囲むキルヴィのエルフたちも同様にざわつき始める。

「……安っぽい台詞だ。止しとけよ、そういうのはあまり格好良いものじゃない」

「うっせ! 分かってんだよ僕にこういう台詞が似合わないってのはさぁ! でも考えてみてくれよ!」

 若干声を上ずらせながらも、レンツォは声を荒げていく。

「力を示せだぁ!? 無理に決まってんでしょ。僕ほど貧弱な冒険者そうそういねーっての! どうせミリアが負けたら僕も勝てないってのは分かりきってんだし、それならこっちの最強の手札に有り金全部つぎ込んだほうが勝率高いだろ!?」

「勝手な事を! キルヴィの決闘を侮辱する気ですか!!」

「勝つために全力を尽くす行為が侮辱だってんならそうなんだろうさ。――つーか僕はね、君じゃなくて族長と話してんだよ! どうなんだよ族長!?」

 冷や汗を垂らしながら、レンツォは族長へと向き直った。

「……くふっ、面白いねお前」

「つまらない男だとはよく言われるんだけどね」

「そりゃ博打で毎回スッてりゃそうだろうよ。俺も若い頃はよく言われたもんだ」

 ついにはげらげらと笑い出し、

「いいぜ、族長権限で認めよう。ミリアが勝てば同時にお前の勝利も確定する。逆にキロルが勝てばお前はミリアに殉ずる、と」

「釣り合いませんよ族長! 戦えば我々がこんな男に敗れるなどありえません!!」

「族長権限と言ったぞキロル。弁えての発言か?」

 語気を強めた族長の言葉に、キロルは思わずたじろいだ。

「第一、間違った事は何もないだろうよ。こいつは今まさに力を示した。戦士たる者には須らく持っていなければならない『胆力』をだ」

 前提を覆すにはそれだけの力を持った相手を説き伏せなければならない。
 幸いにも、この場で最も発言力のある族長とは賭場で熱いギャンブルを打ち交わした仲だ。
 他のエルフと比べれば崩しやすい相手だったのは僥倖だった。

 キロルは納得いかない表情のままだったが、異議を唱える事はしなかった。
 どちらにせよ彼女が勝てばレンツォの唯一の望みも絶たれると思っての事だろう。

「……僕にできるのはここまでだ。負けんじゃないよミリア!」

 交渉は成立した。
 しかしレンツォは胸を撫で下ろすような真似はできない。
 これはあくまでもレンツォ自身が勝負の場に上っただけにすぎない。
 勝つ確率をゼロから一へ動かしただけなのだ。

 この勝負の行方はミリアの双肩と双剣に託された。

「あんたってホント馬鹿よね」

「知ってるだろ? 馬鹿なのさ、実際」

「うん。ホント馬鹿よ、古今東西キングオブ馬鹿。負け続きのあんたが私に賭けたって気休めにもならないでしょ」

「ちょ、おま……いやそうなんだけどさ、そこまで言うの……?」

 自分で認めておきながら涙目になるレンツォであった。
 しかし、ミリアは曇りない笑顔で返す。

「あんたのそういう馬鹿なところ、私は好きよ」

 絶望的な状況だとしても、ミリアは笑う。
 たとえレンツォが決闘の場に駆り出されて一〇〇パーセント負けてしまうような手札だとしても、彼は諦めなかった。
 手札の不揃いに腐らず、勝つ可能性を追求した。

 結果、レンツォが選んだのはミリアに命を預けるという選択肢だった。
 苦渋の選択だろうが構わない。
 ミリアに対してなら命を預けられると彼が判断した事が重要だ。

「――見てなさい。あんたの博打の連敗、私が止めてあげるわ」

 啖呵を切って、ミリアは双剣を構えた。
 眉間に皺を寄せきったキロルは苛立ちまぎれに地面を踏みしめる。

「……どうだっていいです。私はあくまでミリア姉さま、あなたを倒せればそれでいい。元々そっちの男に興味なんかありませんから、どうなろうと知った事じゃありません。ですが――」

 神速の踏み込み。
 キロルの双剣が閃き、ミリアはそれを受け止める。
 先ほどまでとは違う、荒々しい二撃。

「――たかが気持ちの問題で! 勝負に勝てるとでも思っているんですか!」

「勝てるわよ」

 さらりと返したミリアは、吐いた言葉を証明するようにキロルの猛攻を捌ききった。
 更なる攻撃を繰り出される前に、一足飛びに距離を取る。
 逃げの一手ではない、キロルの呼吸を乱すための移動だ。

「あんたは何も分かっちゃいない」

 ともすれば戦っている事実すら否定できそうなほどに、ミリアは優しい目をしていた。

「あれはレンツォの戦い。切った張ったが苦手なレンツォ自身が考えに考え抜いて、使える物を使って手に入れた勝利の形。レンツォは別に私のために命を賭けたわけじゃないのよ。そんなもの、はじめから私は背負っていたのだから」

 ミリアが敗北してしまえばレンツォに勝ちの目は最初からないとは先刻の通りだ。
 そもそもミリアもレンツォも正と死の狭間にいるのだ。
 レンツォの戦いは彼だけのものであり、ミリアに対しての打算なんてこれっぽっちもなかったに違いない。

「だからこそ私の力になる。余計な修飾のないあの言葉が、私に力をくれるのよ」

 左目に触れる。
 正確には、そこに刻まれた『黒化の刻印』に。

「昨日の『紅し夜』、私は自分を失った。ただ戦いの快楽に溺れ、醜い獣に成り下がった。戦いに臨めば、再びあの獣の本能に飲み込まれてしまうんじゃないかと、――怖かった」

「……だから後れを取ったと? だから攻撃の一つもまともにできなかったと? ――!?」

 ミリアは優しく笑んで、人差し指を立てて誘うように動かした。

「ッ――!!」

 神速の踏み込みからの双剣と回し蹴りの三連コンビネーション。
 キロルの放つ攻撃を、ミリアは双剣と体勢を低くした肘による受け流しで捌き、同時に地を這うような足払いを見舞う。
 これに反応したキロルは一足飛びにその場を飛びのいた。

「はっ――!」

 だが、体勢を低くしていたミリアは両手両足を使い、四足獣のように爆発的な瞬発力でキロルに迫る。
 キロルも双剣を防御に回すが、踏ん張れない空中ではしっかりと大地を踏みしめて力を得たミリアの攻撃には耐えられない。
 右手の剣を弾き飛ばされた。
 それはくるくると回転しながら弧を描くと、レンツォのそばの地面に突き刺さった。

「レンツォ、ちょっとそれ持っといて。返しちゃ駄目よ」

「が、合点!」

「くっ……!」

 キロルは分かりやすく狼狽した。
 左手の剣を両手で握るが、その構えは素人のそれと大差ない。
 明らかに双剣術以外を切り捨ててきた事が分かる。

 狭いエルフの里では得意な技を磨くだけでも十分だっただろう。
 森の中での戦いに自らの身体と戦法を最適化する事もできるだろう。
 だが、すでに冒険者として外の世界を見ているミリアにとっては看過しがたい準備不足に見えた。

「まだ……まだァ!」

 一振りの剣で、双剣使いのキロルは果敢にミリアに立ち向かう。
 しかし見るからに精彩を欠いたその動きに、ミリアは片手でそれらを捌いてしまう。

「私はッ! 負けられないのです!!」

 何度捌かれても、決してキロルは折れない。

「――あなたは強かった! 優しくて、賢くて、だからみんなの憧れだった! だのに、あなたは私たちを裏切って里を出た!!」

 重心の使い方が違い、何度か転げそうになっても踏ん張って耐える。

「信じていたあなたに裏切られ! 里に一人残されて! 私がどんな思いで生きてきたかお分かりですか!?」

「……、」

「あなたを越えようと血が滲む思いで鍛えてきたのに! チャラチャラしたよくわからない男とつるみながら、黒化するほどに堕落したあなたに!!」

 キロルは涙を滲ませながら叫んでいた。

「そんなあなたに負ける私の気持ちが分かるって言うんですか!!」

「――分からないわ」

 短く答えて、ミリアはもう片方の剣を弾き飛ばした。

「残された誰かの事を考える余裕なんて……いや、そんなものを考える頭もなかった。あなたが言うほど、私は強くもないし優しくもないし賢くもない……結局、私も井の中の蛙だったのよ」

「……、」

「一人で何でもできると勘違いして、里を飛び出して都会に出て……なまじそれがちょっとばかり通用したから良くなかったわ。戻れないところまで堕ちる寸前で、仲間に助けられた」

 ついに無手になったキロルは、成す術もなくただ涙を流すのみだ。

「私たちには仲間が必要なのよ、キロル。あなたにも、私にも……この里にも」

「!?」

 そう言って、ミリアは双剣を腰の鞘に納めた。

「な、なにを……!?」

「もう戦う必要はないわ」

 ミリアは人差し指をすう、と上げた。
 その先には深緑都市ロスウェルがあり、街の上には先ほどまではなかったが出現している。

「は、始まってるじゃないか!」

 レンツォの言葉で、何事か飲み込めないでいた周囲のエルフも感づいたらしい。
 もともとこの『決闘』はミリアの言葉を信じないエルフたちを動かすために始めたものだ。
 嘘偽りない情報だったと証明された今、確かに続ける意味なんてなかった。

「……仕方あるまい。我々の敗北だな」

「何言ってんのよ。引き分けよ引き分け。決着はついてない」

「あいつは完璧な敗北感を味わったはずだからな」

「まぁ、それはそうかもしれないけれど……」

 もぞもぞと言い淀むミリアに、族長は真正面から向き合う。

「どちらにせよ、あの『船』は異常事態だ。あれの被害がこの里に及ぶ可能性はあるし、街の中にもいくらか同胞はいる。動かねばなるまいよ。――だからこそだ、ミリア。状況を一番理解しているお前から指示を出してほしい」

「つっても私も大差ないんだけど……まぁいいわ」

 ミリアは『修練場』の周りを囲っていたエルフたちに号令をかける。

「まずは二手に分かれて、片方は戦えない里の連中を『憩いの滝』まで避難させて。あそこなら街から充分に離れているから何かあっても次の行動に移しやすいはず……レンツォ、あんたはこっちを助けてあげてちょうだい」

「オッケーわかった。僕も『戦えない側』なのが悔しいけど……君の足引っ張るよりはマシさ」

 聞き分けのいいレンツォに、ミリアは満足そうに頷いた。

「もう片方は私と一緒に街へ! 同胞の避難を補助してあげて。……もし協力してくれるのなら街の人間も守ってほしい。あくまで私の願いだから、無理はしないでいいわ」

 自ら先頭に立ち戦場に赴くミリアと、自らの力不足を受け入れてそれでも誰かの助けになろうとするレンツォ。
 彼女らの姿にエルフたちは強い覚悟を見て、彼らもまた覚悟を決める。

「――キロル」

 いまだに呆然としているキロルに、ミリアは彼女の双剣を手に近づいた。

「あんたにも手伝ってほしい」

「……私などが、何かの役に立てるでしょうか」

「当たり前じゃない。私とここまで渡り合った双剣使いなんてあんた以外にいないわよ。実力は私が保証する――だからお願い。この不甲斐ない姉を

「姉さま……!」

 滲んだ涙を、歯を食いしばって耐えて、キロルは剣を受け取る。

 ミリアの号令でエルフの里はまとまった動きを見せた。
 グラインハイドの血縁者でありアドラークの一族でも屈指の実力者として名を馳せたミリア・アドラーク・グラインハイドが一時的にでもまとめ上げたその姿は、族長やキロルがかつて望んだ、新たなエルフの里の在り方だったのかもしれない。



【あとがき】
今回は五月祭編のエルフサイドストーリーです。
厳密にはミリア+レンツォ+エルフサイドという感じですがひっくるめています。
五月祭ではちょい役でしか登場しなかったミリアと、わずかに語られただけのエルフたちのお話です。
三一話でミリアに現れた異変の解決編にもなっています。

ここまでがっつり身内の話をするキャラはミリアが初めてな気がしますが……キルヴィのエルフは基本的にみんな親族なので大家族みたいなものですね。
『歌の一族』でもエルフの話は少し語っていますので、お持ちの方はそちらもどうぞ。
ちなみに『歌の一族』がアドラーク、今回登場した里――通称『もりの一族』――がグラインハイドです。
ミリアは街に戻ってキロルと別れた後、駄々をこねるエコマと戦う事になります。


≪著作権情報≫
今回使用させて頂いた固有名詞
『紅し夜』(出典:『紅し夜に踊りて』 作者:ほしみ様)

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周摩

Author:周摩
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