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月歌を紡ぐ為に(1/4)  

 昨晩の事を、『私』は憶えていない。
 いや、完全に憶えていない訳ではなかった。

 今、『私』はベッドに横臥しているのだが、隣にはブロンドの髪の女が静かに寝息を立てている。
 『私』と彼女は昨晩、互いに愛を確かめ合った。
 そこまでは完全に記憶がある。

 だが、そこからの記憶がない。
 奇妙な事だが、『私』には眠った記憶がないのだ。

 『私』は確かに記憶している。
 喉の渇きを覚えた『私』は、飲み物を求めて地下のワインセラーに降りた。

 そこからだ、記憶が途絶えたのは。
 気がつけば――正確には『目を覚ませば』だが――、『私』はこうしてベッドに横臥している。

『てをのばせ』

 薄っすらと思い出されるのは、誰かの声。
 頭の中でずっとずっと反復される言葉に、『私』は気が狂ってしまったのかと錯覚した。

 その言葉以外に、『私』は何も憶えていない。
 何処で、誰が、どういう状況で言ったのかも憶えていないのは異常だと思う。

 少なくともその日は強く頭を打ったり、何か精神的に葬り去りたいような嫌な事があった訳でもない。
 『私』は誇り高きリューン騎士団の一員だ。
 剣術訓練で肉体的に痛い事、精神的に辛い事はあったのかもしれないが、記憶を失くす程ではなかったはずだ。

『てをのばせ』

 では、なぜ記憶を失くしてしまったのだろう。

『てをのばせ、てをのばせ』

 そもそも、この言葉に何の意味があるのだろう。

『てをのばせ、てをのばせ、てをのばせ』

 どうして、こうも連呼されているのだろう。

『てをのばせ、てをのばせ、てをのばせ、てをのばせ、てをのばせ、てをのばせ』

 どうして、『私』は彼女の首の両腕を押さえて馬乗りになっているのだろう。

『てをのばせてをのばせてをのばせてをのばせてをのばせのばせのばせのばせのばせのばせのばせばせばせばせばせてを』

 どうして、嫌がり、苦しむ彼女に何の感慨も沸かないのだろう。
 
『てをのばせてをのばせのばせのばせのばせのばせのばせのばせのばせばせばせばせばせばせばせばせばせてをのばせせせせせせせのばせてをてをてをてを』

 彼女が困惑しながらも『私』を見つめている。
 『何のつもり?』と彼女は問うた。
 だが、『私』にも分からない。

 『私』はこの声に従っただけだ。
 ただ、手を伸ばした先に彼女があっただけ。

『――

 唐突に、言葉が変わった。
 『私』はその声に従い、『何か』を飲み干すべく首をもたげた。

 ――ああ、どうして、『私』は彼女の首筋に噛み付こうとしているのだろう。

『のみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせのみほせ』

 声に導かれるように、『私』は彼女の首筋に犬歯を突き立てた。
 一瞬で錆びた鉄のような味が口内に広がる。
 不思議と、『私』にはそれが不快には感じられなかった。

 大気を引き裂くような絶叫が木霊する前に、彼女の喉から甘美な声が漏れる。
 何かに陶酔したような、どこか恍惚とした声が部屋に響き渡る。
 抵抗する力も弱まってきていた。

 もはや『私』には何かを考える余裕もなく、ただひたすらにじゅるじゅると音を立てて彼女の血液イノチを吸い尽くす。

 ――ああ。
 己の価値観が反転し、捻じ曲がる。
 その感覚は『私』の身体中を駆け巡り、えも言われぬ快感が『私』を包み込んだ。

 一切合財の束縛から解き放たれたような、そんな感覚。
 事実、世界がとてもクリアに見える。
 さっきまで薄暗かった室内が、急に鮮明に見て取れる。

 今の気分を例えるなら、そう。
 まさしく『生まれ変わった』というヤツだろう。

「……お前を選んで正解だったな」

 不意に、背後から声をかけられた。
 だが、『私』は今それどころではない。
 目の前の女の血液を啜り尽くす方が、よっぽど大事だ。

「喜べ、人間。
 ……いや、『元』人間と言った方が正しいか。

 お前はこれから、この素晴らしい血液タベモノを幾らでも食らうがいい。
 今のお前はあらゆるしがらみから解放された存在だ。
 故に、お前を縛るものはあってはならない。

 もし、お前の邪魔をする存在が現れたのなら、そいつらを殺せ。
 お前にはその資格があるし、成しえるだけの力もある」

 その声は、どこか不思議なほどに存在感があった。
 今までにないくらい吸血に没頭していたというのに、その言葉は一字一句違わずに覚える事ができた。

「フフフ……随分と美味そうに啜るものよな。
 我輩も昨晩は馳走になったが、やはり男のそれよりは女だな。
 それも、処女ならば最高だ。
 いずれは自ずと理解するだろうが、憶えておいて損はないぞ」

 そこで、『私』は後ろを振り返った。
 その言葉に何かを感じた訳ではなく、単純に目の前の血袋から中身がなくなって興味の対象が移っただけだ。

 だが、そこには何もいなかった。
 はじめから誰もいなかったように、静寂だけがその場に取り残されている。

『処女ならば最高だ』

 今更になって、その言葉が『私』の精神を蝕んでいく。
 の血液ですら、あれだけの陶酔と充足を得られたのだ。

 あの声の言葉には、何故か信じてしまえるだけの価値がありそうな気がする。
 というより、もはや確信めいたものが芽生え始めていた。

『――

 頭の中で、誰かの声がそう呟く。
 不思議と逆らう気の起きない、だが従っていれば間違いなく幸せになれるだろうという確信めいた言葉。
 その時ようやく、その声が先ほど背後からかけられた声と同じものだと『私』は気がついた。

「……了解、我が主」

 『私』は虚空へ向かって、そう呟いた。



 雪というものは積もる時と積もらない時がある。
 バリーに言わせれば、積もるか積もらないかは地面の温度と雪に含まれる水分の多寡で決まるものらしい。
 今、リューンに降っている雪は積もるのだろうか。

「……ハァ」

 そんな事を考えながら、コヨーテはため息をついた。
 考えたくない問題に辟易して現実逃避しても、ロクな事にはならない。

 現実へ目を向けると、ため息をつかずにはいられなかった。
 『なんて、考えたくもない。
 考えたくもないが、考えなければ誰かが傷つく。

 運命とは皮肉なもので、どこまでも残酷なものだ。
 吸血鬼という種は得てして運命に玩ばれるもので、コヨーテも例外ではない。

 コヨーテは半吸血鬼である。
 アイランズという名の父は狂って人間を襲い、コヨーテの手で消滅させられた生粋の吸血鬼だ。
 母の素性は知らないが、父の旧友たるラクスマンによれば人間だったらしい。
 そんな二人の子供がコヨーテだ。

 吸血鬼の運命とは早い話が『戦う運命』であり、戦いに生きる吸血鬼にとっては好都合なのだろう。
 だが、半分人間であるコヨーテにとって、迷惑以上の何物でもない。

 夏の終わりに、今まで人間として生きてきたコヨーテは初めて自らの意志で血を飲んだ。
 化け物としての悦楽に浸りたかったからじゃない。
 大切な誰かを守る為には力が必要だからだ。

 そして、コヨーテは力を手に入れた。
 いや――力に溺れた、と表現した方が正しいかもしれない。
 後々にどういう結果が待つかも想像していなかった。

 秋の終わりに、一件の依頼を受けた。
 元々の内容は大したものではなく、冒険者の仕事としては簡単な部類に入るものだっただろう。
 そして、吸血鬼と戦った。
 運が良かったのか、コヨーテらは誰一人欠ける事無く日々を過ごしている。

 その時まではコヨーテも割と楽観的に考えていた。
 あの依頼を受けた事は偶然でなく必然――言うなれば運命だったと薄々気づいていたにも関わらず。

 しばらくは平穏に日々は過ぎていったが、運命というヤツは緩急をつけて人を苦しめる。
 つい数日前、再びコヨーテらは吸血鬼と戦う。
 今度は誰かが絶命してもおかしくない状況で、結果的に同行した依頼人が重症を負った。

(オレが、引き寄せてしまった……)

 わずか数ヶ月の間に、二度も吸血鬼と関わった。
 異常すぎる。
 今こうして悩んでいる事が不思議なくらい、馬鹿げた確率だ。

 このままでいいのか?
 もし次に吸血鬼と関わってしまったら、誰かを失ってしまうんじゃないか?

 強くなって、仲間を守ると心に決めた。
 だが、足りない。
 ヨーク村で戦った吸血鬼も、グリグオリグ修道院で戦った吸血鬼も、仲間の力がなくてはどうにもならなかった。

 どうすればいいのかと考えたところで、選択肢は二つしかなかった。
 誰も彼も守れるように強くなるか、誰も傷つけないように離れるか。
 吸血鬼に近しくなるか、『月歌を紡ぐ者たち』を解散するか。

 相変わらず最低の二択だ。
 ヒトを守りたいから吸血鬼の道を歩もうとしているのに、人間の道とは相容れないのだから。

「………………」

 仲間たちとは離れたくない。
 だが、誰かを守るには吸血鬼の力を得るしかない。
 剣の腕を上げるだけでは、まるで遅いのだから。

 仲間を危険に晒したくないのなら、ここを離れるのが最上なのかもしれない。
 コヨーテがここにいなければ、そもそも吸血鬼とは関わらずに済むのだから。

(……頭を冷やすか)

 同じ答えと自問を繰り返す頭では何一つ生産的な考えが浮かばない。
 散歩に行くと言い残して、コヨーテは街へ出た。

 突き刺さるような冷気が風に乗って全身を撫ぜる。
 おまけにはらはらと降ってくる雪が、どんどん頭に積もってくる。
 この分では、夜明けにはどっさりと積もっているかもしれない。

 街は活気付いていた。
 時刻は夕方なのだが分厚い雲に太陽の光は遮られ、辺りはどんよりと暗い。
 それでも、街を行き交う人々の表情は明るかった。

 今夜は聖誕祭だ。
 いわゆるクリスマスというヤツで、神サマが誕生した日らしい。
 教会信徒は礼拝に出席して慎ましく過ごすらしいが、冒険者の宿で育ったコヨーテにはあまり関わりがない。
 冒険者のクリスマスとは言うなれば『無礼講の日』であり、朝まで馬鹿騒ぎしても文句のない日という事で認識されている事もある。

(そういえば、宿の信徒連中も礼拝に出かけるんだったな。
 オレも来ないかと誘われたっけか……断ったけど)

 半吸血鬼であるコヨーテでも、教会だとか修道院だとかは妙な違和を感じてしまう。
 それは決して居心地の良いものではなく、下手すれば体調を崩してしまう程だ。

(どうしてこうなるんだ……)

 どれだけ人間に憧れても。
 どれだけ人間として過ごそうとしても。
 吸血鬼という呪いが、それを許さない。

 呪い――そう、呪いだ。
 人間になれない呪い。
 なまじ人間の姿をしているものだから、それは余計にタチが悪い。

 吸血鬼は、種として不安定な存在だ。
 生粋の吸血鬼である『不死の王ノーライフキング』は、人間の容姿をしているという。
 別種の存在だというのに、容姿は同じ。
 ゴブリンとコボルトの容姿が違うように、種が違えば姿も違うはずなのに。

 もしかしたら吸血鬼とは、人間のなりそこないなのではないか。
 吸血鬼が血を吸うのは、人間としての機能を求めているのではないか。
 人間は人間としか子を成せないが、吸血鬼は人間との間に子を成す事はできるのは、まさか。

「……馬鹿馬鹿しい」

 首を振って、考えを否定する。
 『なりそこない』などと表現して、あたかも望みが、希望が残っているように考えるのは自分の悪いクセだ。

 頭を切り替えるように、マイナス気温の空気を大きく吸い込んで、吐いた。

『――コヨーテ』

 ふと、誰かに呼ばれたような気がした。
 それがどこかで聞いた事がある声で、そしてそれが誰の声か思い出し、コヨーテは声の発生源へと足を運んだ。



『久しぶりだな、コヨーテ』

 声の主は、一羽の鴉だった。
 人気のない路地裏の塀の上に停まっている。

「何の用だ、ラクスマン」

『動じていないとは重畳。話をスムーズに進められそうで何よりだ』

 ラクスマンと呼ばれた鴉は微動だにせず、身体全体で声を発していた。

 吸血鬼が使役する蝙蝠や狼、鴉といった鳥獣は、主との連絡役として伝令に使われる事がある。
 これは、その典型的な使い方だ。
 ラクスマンがこの方法を使うのは稀である。
 否、あちらから連絡を取ってくる事自体がかなり珍しい。

『人づてに聞いたよ、グリグオリグ修道院での吸血鬼退治。
 ヨーク村での騒動もそうだが、よく生き残ったものだ。
 敬意と慰労を込めて、ひとまずは君の生存を喜ぼうじゃないか』

「そりゃどうも……世間話をしにきたのなら、日を改めて欲しいんだけどな」

『つれないな。
 私がこうして遠路はるばる連絡を寄越したのだ。
 ただそれだけで事の重要性を理解して貰えると嬉しいのだがね』

 確かに、あのラクスマンがリューンまで連絡を取ってきた事は今までなかった。
 そもそも『かつて都市だった荒野』の洞穴に潜む男だ。
 変化らしい変化がないあの場所で、こちらに連絡を寄越す事などあるのだろうか。

『君、このままでは殺されるぞ』

「――ハァ?」

 あまりにも唐突過ぎた。
 命を狙われるような事をした覚えはない。
 いや、に心当たりはあるのだが、その件とラクスマンの関連性は薄いだろう。

『なんて間抜けな顔をしているんだ。
 まさか、本当に気づいていないのか?』

「見に覚えがないものでね」

『随分と平和ボケしているみたいだな……』

 ラクスマンのため息に合わせて、鴉が首を捻った。
 その様子が、無駄に腹立たしい。

『君、二度も吸血鬼を倒しただろう。
 それも「組合」に属していない野良吸血鬼をだ。
 ……「組合」の上層部は君を危険視し、問題視している』

「たった、それだけでか?」

『言っておくが、「知らなかった」では済まされない。
 どちらにせよ調和を乱す存在という事には変わりないのだからな』

 信じられない。
 あの二度の戦いは、正当な自己防衛だったはずだ。
 それを、吸血鬼の都合で問題視されるなんて馬鹿げている。

『そして、逃げる事もできない。
 「組合」の支部は広範囲に分布しているし、その分ネットワークも広大だ。
 そもそも「組合」には優秀な探索者サーチャーもいる。
 下手な動きをすれば、すぐに居場所を察知される』

 ラクスマンの事務的な説明が続く。
 だが、コヨーテはそれどころではない。

 ――『解散』。
 その言葉が、コヨーテの脳内を駆け巡っていた。

 例え逃げられないのだとしても、『大いなる日輪亭』から、『月歌を紡ぐ者たち』から逃げる事はできる。
 その果てにコヨーテが殺されても、恐らく仲間たちに危害は加えられないだろう。
 とはいえ、それもかなり楽観的に考えての状況だ。

『……そこでコヨーテ。
 君に黄金ほどの価値のある情報をくれてやろう』

「………………」

『「組合」は利益になる存在にはとても寛容でね。
 かくいう私も、まだ価値があると判断されて生かされているに過ぎないのだが』

 もったいぶるようなラクスマンの言葉に苛立ちを覚える。
 あの男は、絶対にこの状況を楽しんでいるに違いない。

『つまりだ、君も「組合」にとって価値のある存在だとアピールすればいい』

「……どういう事だ?」

 『組合』とやらが何を目的に組織されたものかを知らないコヨーテは、何が利益となるかが分からない。
 対してラクスマンは『簡単だよ』と前置きして、言葉を紡ぐ。

『――吸血鬼を狩ればいいのさ』



「……吸血鬼狩り?」

『そう。「組合」の一員として、吸血鬼を狩る。
 勘違いしないように言っておくが。
 私が狩れと言っているのは、「組合」の禁忌を犯した吸血鬼の事だよ』

「そんな事は分かっている。
 だが、それのどこが黄金に値する情報なんだ?」

『なに、簡単な事だ。
 この街には既にそういった輩が入り込んでいるのだよ』

「――ッ!?」

 今、何と言った?
 吸血鬼が。
 『組合』とやらの禁忌を犯した吸血鬼が。

 この、リューンの街に入り込んでいるだと?

「詳細を話せ」

『おや、急にやる気になったみたいじゃないか。
 何にせよ重畳、私も無駄話に花を咲かせに来た訳ではないのでな』

 余裕のあるラクスマンの声色が妙に腹立たしく思う。
 相手は正真正銘の吸血鬼であり、人間の事を食料だと思っていても仕方がない。
 そんな事はとっくに理解しているはずだが、それでも腹立たしい。

『事の発端は一ヶ月前、とある吸血鬼が禁忌を犯した。
 どんな禁忌を犯したのかは……君には関係のない事だし、「組合」の機密保持の為に伏せておくよ。
 ともかく、その吸血鬼は「組合」からブラックリストに入れられ、狩られる事になった』

 禁忌云々は知らないが、吸血鬼狩りに関してはコヨーテも知っている。
 半吸血鬼という種は得てして吸血鬼となるか、吸血鬼を狩るハンターとなるかの二択を選ばなければならないものだ。
 故にある程度の知識は持っている。

『しかし、そいつは割としぶとくてな。
 足取りは簡単に掴めるのだが、こちらが放ったハンターが一度粛清に失敗してから用心深くなった。
 ヤツは通った街に一体だけ「従者サーヴァント」を残していくようになった』

「……目くらましの為の囮って事か?」

 『従者』とは最下層に位置する吸血鬼である。
 思考能力は生前より低下し、質の悪いものに至っては吸血の本能だけで行動する者も存在する。
 意図的にそういった輩を作り出し、適当に混乱を引き起こすだけで、相当厄介な目くらましになるはずだ。

 逆に、混乱が起こらないだけでも厄介だ。
 まだ見ぬ『従者』が潜んでいるかもしれないし、大元の吸血鬼が残っているかもしれないのだから。

『そんなところだ。
 追っ手としては囮を無視して大元を叩いた方が手っ取り早い。
 だが、残された「従者」が好き勝手に暴れてしまえば追っ手が、ひいては「組合」が動きづらくなる。
 そこで「組合」は追っ手の数を増やして、または近隣の同志に協力を仰ぎ……「従者」を狩りつつ追跡する事にした』

 そこまで『組合』が本腰を入れていれば、すぐに決着がつきそうなものだ。
 しかし現状を考えると、その吸血鬼は形振り構わずに逃走しているのだろう。

『まったく、忌々しい。
 こちらとしても、一介の「貴族ノーブル」風情に構っている暇はないのだがな……』

「待て、『貴族』だと?」

『ああ、言っていなかったかな』

 飄々と言ってのけるラクスマン。
 腹立たしさを通り越して、呆れた。

『落ち着いて話を聞けよ。
 誰も君に「貴族」とぶつかって欲しい、なんて頼んでいないだろう。
 もっとも、君ならいずれ階級差なんて関係なくなるとは思うがね』

「……どうでもいいから、続きを話せ」

 ラクスマンは苦笑して、

『やれやれ、期待しているというのに「どうでもいい」か』

 やがて気を取り直したように話を続ける。

『それで、その「貴族」がこのリューンの街に足を踏み入れたという情報が入った。
 いつもなら追っ手と協力者で「貴族」と「従者」を追う手筈なのだが、非常に良くない事態に陥っている』

「………………」

『端的に言うと、人手が足りなくなったという事だ。
 あの「貴族」が「従者」を撒き散らしているというのは話したと思うが、長引いた分だけ処理に手を焼いているのが現状だ』

「つまり、オレに『従者』を狩れと言っているのか」

『その通りだ。
 君は「貴族」と戦う必要はないし、むしろ戦ってはいけない。
 正式な追っ手が存在する以上、粛清任務を妨害する形になってしまう。

 君がすべき事はたった一つ、「従者」を速やかに狩る事だ。
 駆除が早ければ早いほど、「貴族」の逃走が難しくなる訳だ』

 コヨーテは自嘲気味に笑い、

「どうやって?
 オレには【血液感知】の秘術は使えないんだぞ。
 この広大な街でたった一体の『従者』を探し出せというのなら、無茶な話だ」

『その辺りは心配するな。
 「組合」の探索者に現在地を感知してもらい、それを君に伝える事になっている。

 居場所は分かるのにヤツを仕留められない最大の理由は、ヤツ自身が探索者だからだ。
 追っ手が近づく度に進路を変更し、巧妙に行方を晦ましてしまう。
 ……まぁ、だからこそ君が適任なのだがね』

「力が弱い吸血鬼は感知に引っかからない訳か」

『そういう事だ。
 感知とは探索する対象の加減を調整して使用するものだ。
 追っ手となりえる「貴族」以上の吸血鬼を感知すれば、「並」以下の吸血鬼は引っかからない。

 つまり、「並」以下の君は感知には引っかからないという訳だ。
 ああ、でも貶している訳じゃないよ、少なくとも今回はプラスに働いているのだからな』

「力が弱い事くらい、自覚してるさ。別に傷つかない」

 ラクスマンはさもつまらなそうに『そうか』と呟くと、

『おっと、探索者様からの連絡だ。
 「従者」の現在地が割り出せたらしい』

 極めて事務的な口調でラクスマンは座標を口にする。

 鴉の気管を通して発せられた従者の位置は、当然ながらおよそコヨーテの予想だにしない場所であった。
 しかし、ラクスマンという吸血鬼が接触してきた事、『貴族』がこの町に入り込んだという事を知った時、心の片隅では有り得なくもないと感じていたのだろうか。

 今宵は聖誕祭。
 神が生まれたとされる日。

 この日、コヨーテは改めて神を憎んだ。


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周摩

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