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月歌を紡ぐ為に(2/4)  

 階段から一階のフロアを覗いてみると、コヨーテの姿がない。
 ルナはそのまま階段を降りて、カウンターに腰掛ける。

 そして、ついほっと安堵の息をもらしてしまった。

「……うう、私の馬鹿っ」

 自己嫌悪に陥り、カウンターに突っ伏してしまう。

(彼の顔を見ない事に安心してしまうとは……)

 原因は前回の依頼、彼としては何気なく放った一言だったはずだ。
 それが、ルナにとっては驚天動地の一言だとも知らずに。
 それが、ルナに聞かれているとも知らずに。

『好きだよ』

 本当に何気なく、まるで当たり前だと言いたげに、コヨーテは言い放った。

(……有り得ません。
 あの時の話しぶりからすれば、たぶん『仲間として』という事です。
 決して、『私個人が』という事じゃない……はずです)

 頭では理解しているつもりだ。
 だからこうやって『有り得ない』と断じる事もできる。

 だけど、何故だかそれでは終われない。
 心のどこかで、終わって欲しくないと願っているのかもしれない。

 ――コヨーテの事はキライじゃない。

 何に対しても一生懸命で、いつも誰かの事を考えている。
 自分が損をすると分かっていても、誰かの為に動かないと気がすまない。
 それは、とても尊い行為だ。

 ――だから、コヨーテの事は尊敬できる。

 表面では笑っていても、どこか何かを背負っているような、そんな表情を時折見せる。
 本当は苦しいんじゃないだろうか。
 心の中には、もっと別の悩みや傷を持っているんじゃないだろうか。
 ただでさえ『月歌を紡ぐ者たち』の全員の命を背負っているのに。

 ――だから、コヨーテの事が心配だ。

 彼は過去を語らない。
 何だか信頼されていないように思えて不安になるが、誰にでも秘密にしたいものはある。

 だけど、それがチコのように深く重い闇なのだとしたら。
 誰かに吐き出して軽くなる闇なのだとしたら。
 反対に、誰にも語れない程の重苦しい闇だったとしても。

 頼って欲しい。
 みんなを守ってくれるコヨーテを、彼の心を守る存在になりたい。

(……たぶん、私が思っているのはそんな事なんだ)

 ルナがコヨーテを想うのは、彼の支えになりたいと思っているから。
 そして、彼自身がルナの心の支えになっているから。

 ――だから、私はコヨーテの事が好きなんだ。

「シスター・ルナ」

「ひゃいっ!?」

 考え事をしていたせいか、肩に手を置かれて変な声が出てしまった。
 ルナは顔を赤らめて慌てて振り向くと、

「な、何なのです? 私、何か変な事しましたか?」

 驚いた表情で目をぱちくりさせている修道女の姿があった。
 艶やかな黒髪と日焼けしていない白い肌はとても女性らしいのだが、ネコのようなきつい目つきが周囲に冷めた印象を与えている。
 そんな彼女は、ルナと同じ『大いなる日輪亭』の冒険者だ。

「し、失礼しましたシスター・レティシア。
 少し考え事をしていましたもので……何かご用でしょうか?」

「いえ、私でなくて。数日前に、貴女宛てにお便りが届いていたのです、どうぞ」

 レティシアが差し出したのは赤い紐で結ばれた、一枚の羊皮紙だ。
 話によれば、先日グリグオリグ修道院へ旅立ったその日に宿へ届けられたらしい。
 早速紐を解いて中身を改める。

「差出人は……叔父さん?」

 宛名が『親愛なる我が姪っ子Dearルナ=イクシリオンへ』となっている時点で、差出人は一人しかいない。
 妙に時節の挨拶を長々と書いてある手紙を読み進めるルナは、ある一文を見て唐突に固まった。

「どうされました、シスター・ルナ?」

「………………」

「あの……?」

 レティシアが問いかけるも、ルナは手紙を握り締めてわなわなと肩を震わせているだけだ。

「――はっ! こうしてはいられません、逃げないと!」

 しばらくして顔を上げると、唐突にそんな事を叫んだ。
 手紙を乱雑に纏めて、外出するのに最低限の荷物と聖印を手に、さっさと扉へと向かう。

「シスター・レティシア、私は少し行方を晦ませます」

「あの、話が見えないのですが?」

「ちょっと叔父の悪ふざけが過ぎたと言いますか……
 これはそう、反抗期! 反抗期なのです!
 ともかく深夜礼拝には参加しますので、それまで私の事は探さないでくださいっ!」

 そう言って扉の取っ手に手をかけた瞬間、力を込めていないのに思い切り引かれた。
 つまり、何者かによって扉が開かれたのだ。

「あ――!」

 『大いなる日輪亭』の扉を開けたのは、男性のシルエットだった。



 コヨーテは雪が降りしきるリューンの街を走っていた。
 
(くそ、雪が積もって走りにくい……!!)

 辺りは暗くなってきたが、聖夜はこれからという事もあり相変わらず人がごった返している。
 そんな中央通りを、人々の間をすり抜けるように、または段差や看板を足場に踏破する。
 そのスピードはもはや常人の枠を超えていた。

『私には解せないよコヨーテ』

 呆れたような声はコヨーテの頭上からだ。
 一羽の鴉が飛ぶように移動するコヨーテに追従する形で飛行している。
 説明するまでもなくラクスマンの使い魔だ。

『君が今行うべきは探索者が割り出した座標へと向かう事だ。
 だが、あろう事か君は反対方向へ走っているじゃないか』

「……黙れ」

『何だね、何が気に入らない?』

 白々しいまでの台詞に、イライラを募らせながらコヨーテは口を開く。

「忌々しい吸血鬼がこの街に入り込んでいる事。
 その吸血鬼が『従者』を作った事。
 お前がわざわざオレにそいつの排除を依頼した事」

『――全部か。
 だがね、それらは偶然が成したものだ。
 君も子供ではないのだ、それくらい我慢してもらいたいのだがね』

「だったら、どうしてこうも都合よくに『従者』が移動するんだよ!?」

 吼えるように、呪うようにコヨーテは叫ぶ。
 ラクスマンが告げた探索者からの情報。
 聞き逃すはずがない、『イクシリオン家』という言葉。

『人違いかもしれない』

「そう思わせた時点でイラつくんだよ!」

 実際、コヨーテの予想が当たっている可能性はどのくらいか分からない。
 この広大なリューンで『イクシリオン』という名を持つのは、ルナの実家だけではないはずだ。
 だが、例によってコヨーテの直感は外れる事の方が少ない。
 この状況でルナの実家でない可能性は有り得ない気がする。

『ふむ、君がそうやって単純な感情に流されているのは初めて見る。
 君を幼い頃から知っている私からすれば、どこか感慨深いものがあるよ』

 もはやラクスマンの軽口には付き合っていられない。
 金輪際、彼の言葉を無視すると心に決めた。

 しかし、ラクスマンという吸血鬼はそれを許さない。
 一〇年という長きを暗闇の洞窟で過ごしていたとは思えない洞察力は、コヨーテの思考を的確に突き刺す。

『だがコヨーテ、君は一体何をしているんだ?
 君が向かっている方向は、リューンの地理に疎い私でも分かる。
 大方、君たち冒険者が拠点としている宿へ向かっているのだろう?』

「………………」

『まったく、私には訳が分からないよ。
 第一、今更そこへ行って何をするつもりだ?
 「従者」が発生した場所が自分の知り合いの実家だから、その人の安全だけは確保したいのか?』

「……だ、まれ」

『関係があってもなくても、人間が襲われる事には変わりない。
 君はあれか?
 自分と関係のある人間だけが助かれば、他はおざなりでも構わないと言うのか?』

「……黙れ」

『今からでも遅くないから、回れ右したらどうだ?
 例の「従者」の位置は割り出せたが、いつ発生したのかはわからない。
 手の早いヤツだったら、もう被害が出ていてもおかしくないんだぞ?』

「黙れよ! お前に何が分かる!?」

 ついにコヨーテは我慢の限界を迎えた。
 感情に任せて、心に溜まった膿を取り除くように言葉を吐き出す。

「お前にオレの恐怖が分かるか!?
 大切な人を失う悲しみが、寂しさが、怒りが分かるっていうのか!?」

『分からないよ。分かるはずがない』

 ラクスマンは淡々とした口調で告げた。
 それがコヨーテにとっては意外で、少し熱が引いてしまう。
 あの吸血鬼の性格から、揚げ足を取るように反論するものだと思っていたのだ。

「オレだって、こうしてルナを探している時間が惜しい事くらい分かっている。
 だけどな、頭で分かっていても心が突っぱねるのなら、もうどうしていいのか分からないんだよ……」

 さっきまでの勢いは鳴りを潜め、代わりに弱弱しい調子で言葉が漏れ出す。
 コヨーテは恐れているのだ。
 ルナたちと離れる事が、ではない。
 迂闊に自分と関わってしまった事で、そのツケが彼女らに回っていく事が、何より恐ろしい。

 だから力を欲した。
 それなのに、ちっとも進歩していない。

 そう。
 数年前のあの日、

『以前、私の元を尋ねた際にこう言っていたな。
 「大切なものを守る為なら、どこまでも足掻いてやる」……と。
 あれは君の本心から出た言葉だったのだろう?』

「……、」

『だったら答えは出ているじゃないか。
 、綺麗事なんか捨て去ってしまえ。

 世の中、力が全てだとは言わない。
 だが力がなければ成せない事もあるんだ。
 君が真に望んでいる事は力がなければ成せないものだと、理解しているのだろう?』

 つまり再び血を飲み、邪魔者を殺せという事だ。
 吸血鬼の秘術に反復練習はそう必要ない。
 秘術を習得した吸血鬼の、たった一掬いの血液を飲めばそれで事足りる。

 血液とは、吸血鬼のとってある種の記憶媒体だ。
 吸血鬼の身体に流れる血液は、全てを記憶している。
 技も、術も、何もかも。

 だが血を飲むという事は、更に吸血鬼に近くなるという事でもある。
 どこまでも救い難く、どうしようもなく理不尽だ。

「オレは……」

 ふと、周囲の光景が見慣れたものに変わっている事に気づいた。
 どうやら、いつの間にか宿の近辺に戻ってきていたらしい。
 ひとまず考え事は後にして、急いで『大いなる日輪亭』へ駆け寄り、扉を開け放った。

 目の前には、吃驚した様子のシスターが一人、立っている。



 そこだけを見れば、ただの馬鹿でかい公園だ。
 奥に見える、お城と見まがう規模の豪邸が見えなければ。

「はぁ……」

 ルナ=イクシリオンは深くため息をつく。
 超がつくほどの豪邸に圧倒された訳ではない。
 そもそもここはルナの生家なのだから、感慨深いものも感じない。

「なんだなんだ、元気ないじゃないか」

 声の主はルナの叔父、ダーレン・イクシリオンである。
 ルナが『大いなる日輪亭』から出ようとした際、扉を開けたのが彼だ。
 逃げようとした矢先に出鼻をくじかれ、こうして連れてこられてしまった。

「当たり前です。
 来たくもないのに無理やり連れて来られてるんですから」

「まぁそう言いなさんな。
 こういう日でもなけりゃお前さんも実家ここへ帰ってこないだろう?」

「例え今日が聖誕祭でなくても気は変わりませんよ」

 普段のルナを知る者なら、こうまで頑なに意思を貫こうとする彼女は珍しく映るだろう。
 それはダーレンがルナにとって心を許した数少ない存在だからだ。
 決して親類という関係だけでは語れないほど、二人の絆は固い。

 しかし、それだけではなかった。
 『月歌を紡ぐ者たち』は既に、ルナにとって巨大な存在となっている。
 それでも彼らに薄板一枚ほどの壁を作ってしまうのは、ルナの過去に原因がある。

 それを、ダーレンは知っている。
 知っていてなお、以前と変わらずルナと接してくれる。

「……なぁルナよぅ、やっぱり考え直してくれねえか?」

「何度言われても――」

「見合いの話じゃない。
 冒険者をやめてくれねえかって話だ」

「それは……」

 ルナは言葉を詰まらせた。
 ここへ戻りたくなかった理由、それがこの話だ。

 叔父は最初から、ルナが冒険者になる事を反対していた。
 全て自分を思っての叔父の言動だったが、それでもルナは押し切って冒険者となった。
 叔父の思いに感謝していない訳ではない。

 ただ、それでもこの家に居たくなかったのだ。

「もう、誰もお前さんの事を避けたりなんかしない。
 お前さんの母や兄が亡くなったのも、お前さんのせいだなんて誰も思っちゃいない。
 あんなのはただの思い違いだって、誰だって分かってるんだ」

「………………」

 つい押し黙ってしまったが、ルナはダーレンの言葉が嬉しかった。
 すぐにでも口を開き、感謝の言葉でも述べたかった。

 だが、できない。
 ルナの過去が脳裏に思い浮かべられ、指先が小刻みに震える。
 それを悟られないように、必死に押さえつける。

(……お母様)

 母はとても綺麗な人だったらしい。
 らしい、というのはルナは母の顔を知らないからだ。
 その母は、ルナを出産してすぐに他界した。

 特に身体が悪かった訳でもない、産後の経過も良好だったらしい。
 だのに、亡くなった。

 誰かが、ルナを呪われた娘だと言った。
 それが誰だったかは覚えていない。
 だけど、それが嫌だったからルナは実家を離れ、修道院へ入った。

(……お兄様)

 兄は騎士の家柄たるイクシリオンの名を継ぐに相応しい人物だった。
 文武両道という言葉がぴったりの兄は、異例の一七という若さで騎士の叙任を受けた事からもその秀才ぶりが窺える。
 そして、母を早くに亡くしたからか、ルナや弟たちには優しかった。

 それはルナに対しても変わらず、むしろ唯一の妹という事もあってか特別気にかけてくれていたような気がする。
 だが、彼もまた亡くなった。
 
 訓練中の事故だったらしい。
 前日まで元気だった兄の姿が変わり果てて戻ってきた時には、悲しみが大きすぎて吐き気がした。

 そして、そこでも誰かが言ったのだ、ルナは呪われた娘だと。
 ルナを産んだから母は死に、ルナに親しく接していたから兄は死んだ。

 だから、今度は修道院を出て冒険者となった。
 こんな呪われた娘がイクシリオン家の近くに居てはいけないと、自らが決めた事だ。

 自分が何と言われようと、ルナは受け止める事ができる。
 だが、そのせいでイクシリオンの名に泥を塗る事は許されない。
 何より、呪われていようがいまいが、残された最後の兄……次兄を殺させる訳にはいかない。

「……ごめんなさい」

 きっと、この考えはとても醜い。
 仮にルナが本当に呪われているのなら、居場所を変えようが誰かが不幸になる。
 イクシリオンの家族はダメで、コヨーテら『月歌を紡ぐ者たち』ならば良いという理由なんて存在しない。

 だからこそルナは繋がりが消える事を恐れ、誰かが傷つく事を恐れる。
 夏にコヨーテを庇って大怪我を負ったのもそう。
 自分が不幸を運んできたから、その皺寄せがコヨーテへ降りかかろうとしたから、あの一歩を踏み出せたのだろう。

「そう、か……」

 ルナの表情が曇ったのは過去を思い出したからだと思ったのか、ダーレンは深く踏み込んでこなかった。
 切り替えるように、その顔に無理やり笑みを作っていた。

「いや、俺も心配してるんだぞ。
 何しろ冒険者って言えば荒くれ者ってイメージが強くてな。
 ウチの可愛い姪っ子が変なヤツに絡まれてねえかって冷や冷やものなんだぜ?」

「ぼ、冒険者はそんな集まりじゃありませんっ!
 それに私の仲間はみんないい人たちですよ、変な人なんて――」

 不意に、ルナにとって後輩にあたる冒険者パーティ『陽光を求める者たち』の面々を思い出してしまった。
 彼らは個性的過ぎて、色んな意味で『大いなる日輪亭』で有名となったパーティである。
 少なくとも、その『個性的』という要素は普通ではないレベルなのは間違いなかった。

「――イ、イマセンヨ?」

「その微妙な間と棒読みは何なんだ……?」

「いえ、違うんです。
 彼らはちょっと風変わりなだけであって、決して変な人たちではないんです、本当です」

「……おや?」

 そんな会話をしていたら、ようやく屋敷に着いたようだ。
 見ると、ダーレンの視線の先には誰かが立っている。

 そこに立っているのは、男性のシルエットだった。



「あ――!」

 コヨーテが開けた扉の先には、シスター姿の女性が一人。
 だが、それはルナではない。

「レ、レティシア……」

「人の顔を見ていきなりガックリされると意味が分からないなりに腹が立ちますね」

 レティシアは何やら不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
 だが、コヨーテにとってそんな事を考えている暇はない。

「ルナは?」

「いませんよ。
 ちょっと前に、見知らぬおじ様に連れて行かれていましたけど」

 完全に何気ない一言だった。
 別に『見知らぬおじ様』とやらが『従者』である確証はないし、そもそも『従者』が男かも分からない。
 それでもコヨーテにとっては最も恐れていた事が現実になったような、絶望的な結びつきとなってしまう。

「――どこにッ! ルナはどこに行ったッ!?」

「いッ、痛ッ!」

 必死な思いがコヨーテの手に不必要な力を入れさせ、指がレティシアの肩に食い込む。
 その只ならぬ様子に、一階のフロアは騒然となった。
 あのコヨーテがシスター相手に凄んでいるのだから無理もない。

「あ……悪い、レティシ――」

「お、おいどうしたんだコヨーテ!?」

 慌てて宿の親父が駆け寄ってくるが、コヨーテは何も言えない。
 周りには幾つもの眼と耳がある。
 迂闊に事情を話してしまう訳にもいかない。

「親父……」

 コヨーテが何も言えないというのはどういう事か、分からない親父ではない。
 頑なに事情を口にしないコヨーテを見れば、吸血鬼に纏わる何かが関わっているのだろうと予想できただろう。
 そして、ルナの名を口にした事で彼女がそれに関わっている事も同様に。

「……事情は話せないのか?」

 コヨーテは首を縦に振った。
 ただそれだけの行為で、疑念が確信に変わってしまう。

 本当なら親父にも知られたくなかった。
 コヨーテの秘密を知っている親父を、いたずらに不安がらせたくなかった。

「そうか……」

 現実問題として、こうして悠長に問答している暇などない。
 一刻も早く『従者』を狩るのが最善の手のはずだ。
 なのだが、今こうして話しておかないと絶対に後悔すると、コヨーテの予感が告げている。

「――行け、コヨーテ」

「親父……」

「お前の事は俺が一番良く知っている。
 今、何が起こっているのかは知らんが、お前の事だ。
 俺は何も心配しない。

 お前だってもう立派な一人前だ。
 そんなお前が考えて導き出した結論なら文句は言わない。
 育ての親として、我が子を信じて気前良く見送ってやろうじゃないか」

 ――本当に。

「行ってこいコヨーテ、七面鳥なら取っておいてやる。
 だから約束しろ、必ず……必ず帰ってこい、ルナと一緒にな」

 ――本当に、この親父には敵わない。

「親父、ひとつだけ……頼まれてくれるか?」

 ――どうして親父の言葉はこうもオレの心を救ってくれるのだろう。

 さっきまでウダウダと悩んでいた自分がバカみたいに思える。
 自分にはまだ帰る場所がある。
 いや、帰る場所であってくれる人がいる。

「バリーたち……『月歌を紡ぐ者たち』を、ルナの生家『イクシリオン家』に集めてくれ」

 もう迷いはしなかった。
 血を飲む事を拒む理由がない。
 血を飲む事で、人間から離れる事で、仲間が離れる事を恐れる理由がない。

 自棄やけになった訳ではなく、ただ信じたかった。
 吸血鬼である事を知ってなお自分と接してくれる仲間たちであると、信じたかっただけだ。
 自分が信じないで、仲間に信じてもらおうとするのは間違っているのだから。

「……分かった。もう、いいんだな?」

 何が、とは聞かずにただ頷く。
 親父も悩んでいたはずだ。
 この中途半端で途方もなく危うい、放られた火晶石のような関係を続ける事に不安がないはずがない。

「――行ってくる」

「――行ってこい」

 短い言葉を交わし、コヨーテは宿を出る。
 迷いも何もかも吹っ切った。
 目指すはイクシリオン家、そしてそこにいるであろう『従者』のクソ野郎だ。


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周摩

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