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月歌を紡ぐ為に(3/4)  

「今宵は良い夜だ……そうは思いませんか、ダーレンさん」

 そう、目の前の男は呟く。

「お前……パブロか? こんなところで何を?」

 パブロと呼ばれた男は、ゆったりとした足取りでこちらへ歩み寄る。
 叔父が知っているという事は、彼は騎士の同僚なのだろうか。

「あぁ、すみませんが貴方に用がある訳ではないのですよ。
 私がここへ来たのは、貴方が常日頃自慢している姪っ子さんに会いに来たのですよ」

「……はぁ?」

 ダーレンは素っ頓狂な声を上げる。
 そもそも叔父が自分の事を仕事場でどう喋っているのかも気になるが、それにしても彼の言葉の意味が良く分からない。

「さて、まずは年寄りにはご退場願います」

「な――!」

 一瞬の出来事だった。
 叔父と相対したパブロが、叔父の腰に回し蹴りを放ったところは意味不明ながらも認識できた。

 だが、それだけで人の体が数十メートル先の物置まで吹き飛ぶだろうか。

「え……? え……!?」

「後は若い者同士という事で……ね」

 突然の意味不明の暴力に硬直したルナの頬に、パブロの手が触れた。
 ――冷たい。

 いくら雪の季節だとしても、ちっとも温もりを感じない。
 まるで身体の芯から冷え切っているような、そんなおぞましさすら感じる冷たさ。

「やッ……! 止めてくださいッ!」

 ルナはその手を振り払い、パブロと距離を取った。
 触れていたのはほんの一瞬だったが、肌が訴える嫌悪感が半端ではない。

「あなた、何なんですか?
 どうして叔父さんを、あんな……!?」

「貴方を頂く為です」

「……は?」

「いや、正確には貴方の血を頂く為……
 それにはダーレンさんは邪魔でしたので、ああして排除したまでです」

 混乱が収まり切らない頭が、更に混乱した。
 パブロは狂っている。
 ルナの頭は理解不能な事柄で埋め尽くされ、最終的にそう結論付けた。

 そしてその狂人に、自分が狙われているという事を認識した瞬間、全身から冷たい汗が噴き出した。
 ただの蹴りだけで人を数十メートル吹き飛ばす身体能力を持つ相手だ。
 要するに、逃げられない。

 こちらからアクションを起こしてもダメ。
 相手のアクションを待ってもダメ。
 それでもルナは逃げるためにじりじりと間合いを離そうとする。

 一方のパブロは余裕を見せ付けるように、にこやかな表情で口を開く。

「貴方、処女でしょう?」

「……は、……はぁぁっ!?」

 正直、耳を貸す必要なんてなかった。
 相手は狂人だ。
 会話で突破口を開く事など不可能に近いし、そもそもそんな話術をルナは備えていない。

 それ以前に花も恥らう一六歳の乙女に処女か否かを訊ねるなど普通有り得ない。
 ルナは顔を真っ赤にして、思わず口を開いてしまった。

「な、なな何を突然っ……!」

「いやね、私のマスターが言っていたのだよ。
 『処女の血は最高だ』ってね……私はどうしても飲みたいのですよ、処女の血をね」

「あ、あなた一体何者なんですか。さっきから血を飲むだのなんだの、正気の沙汰とは思えません!」

「ん? 吸血鬼ですが?」

 きゅっ、とルナは息を詰まらせた。
 吸血鬼という種を見るのは、冒険者になってから三度目だ。
 一度目はヨーク村で、二度目はグリグオリグ修道院跡。

 どちらの相手も生半可な相手ではなかった。
 こうしてルナが生きている事も、『月歌を紡ぐ者たち』に一人の死者も身体の欠損もない事が不思議なくらいだ。

 そんな相手が、ルナの目の前にいる。
 トドメとばかりに、ルナの身体を狙っている。

(い、以前の私ならこれだけで失神できたでしょうね……慣れてきているのでしょうか……?)

 頭では冷静なフリをしているが、身体はガチガチに硬直して足が動かない。
 あんな常人離れした身体能力を見せられては、彼の言葉が嘘だと断ずるのは間違いな気がする。

「あぁそんなに引かないでください……よッと!」

「――ッッ!!」

 真正面に見据えていたはずの、パブロの身体が消失した。
 それを認識した一瞬後に、腹の辺りに重い衝撃がぶつかった。

「がッ、ぁ……!?」

 あまりの衝撃に足が地を離れ、そのままゴロゴロと地面を転がされる。
 手加減されたのか、ダーレンとは違って吹き飛んだ距離は数メートル程だった。
 それでもほとんど無防備な身体へのダメージは生半可なものではない。

「逃げても無駄ですし、いくら叫んでも誰も助けに来ませんよ」

 内臓が不気味に震える感触を体感しながら、ルナは咳き込む。
 口の中に、鉄の錆びたような味が広がる。

「それにしても、さすがイクシリオンの家ともなると使用人の数も半端ではありませんね。
 一人ずつ眠らせるのがとっても大変でした。
 ――あぁ、殺してはいませんよ。
 殺したところで私の得になる訳でもありませんし、何より大事になってほしくないのでね」

 簡単に人を殺すだの何だの言ってのける彼が恐ろしい。
 こうして相対している以上、次にやるべき事は何かを考えるなければならない。
 だが、逃げられないし助けも呼べないとなると、やれる事はひとつだけだ。

「………………」

 一緒に吹き飛ばされた護身用の棒を掴み、それを支えに立ち上がる。
 恐怖とダメージがルナの足を震わせるが、それでも立ち上がらなければならない。

 ルナは無言で護身用の棒を構える。
 元来これは殴打するものでなく、相手を遠ざける為、または防御の為の棒だ。
 どんな熟練のヴァンパイアハンターであろうと、こんな棒切れ一本では吸血鬼の相手などできないだろう。

 それでも、やるしかない。
 ルナにできる事、ルナが生き残る方法は、たったひとつ。
 彼を倒して前に進む、これだけだ。

「……うっ」

 視界が滲んだ。
 頬を熱い何かが伝っている事で、自分が涙を流しているのだと気が付いた。

 ――理不尽だ。
 どうして自分が吸血鬼になど狙われなければならないのだろう。
 どうして吸血鬼という存在に、こんなに短期間で出会ってしまうのだろう。

(ああ、そうか……)

 ――

 魔道士エイベルに殺されかけたのも、ヨーク村やグリグオリグ修道院跡で吸血鬼と対峙した事も、全て。
 全ては、ルナが呪われた娘だから。

 あらゆる不幸を、厄災を、絶望を、引き寄せているのだ。
 何の事はない、『月歌を紡ぐ者たち』を不幸にしているのは、他でもないルナ自身だった。

 棒を握る手から、力が失われていく。

 ――死ぬべきだ。
 これ以上、コヨーテたちに不幸を振り撒きたくない。
 彼らの事を本当に思うのなら、ここで死んでしまった方がいい。 

 いくら何でもネガティブすぎる思考である。
 普段のルナなら考え付くはずがない事だが、ついさっきの叔父との会話で記憶の古傷に触れられてしまっていた。
 それに追い討ちを掛けるようなパブロという絶望が、ルナから生きようとする気力を奪っていく。

「では、そろそろ頂くとしますか。
 大人しくしていてくださいね、騒がれると面倒ですし」

 パブロが歩み寄ってくる。
 石畳を叩くブーツの音が、やけに大きく響いている気がする。

「――や、」

 ゆったりとした動作で挙げられた手に、再びあの冷たい感触を思い出して、ルナは後ずさる。

 やっぱり怖い。
 死ぬのが怖くないなんて嘘だ。
 本当なら死にたくないし、まだ叔父さんや宿のみんなと一緒にいたい。
 
 しかし、それは叶わない。

「約束……ひとつだけ、約束してください」

「何です?」

「死ぬのは……私だけにしてください」

 神に背く化け物に懇願するなんて、聖職者失格だ。

「叔父さんにも、イクシリオン家の人たちにも、コヨーテたちにも、手を出さないでください……」

 それでも縋りたかった。
 冷血どころか身体全体が冷え切っている、目の前の化け物に。

「ダーレンさんもですか?
 ううん、困りましたねぇ……
 他の人たちはどうでもいいんですけど、あの人には私の正体を知られていますし。
 そもそも、そんな約束聞き入れたところで私にはメリットがありません。

 ……でもまぁいいでしょう、約束します。
 私、こう見えて今まで嘘をついた事はないんですよ。

 だから――」

 パブロは腰に帯びていた剣を手に取った。
 奇妙な事に剣の柄を軽く握っているだけに過ぎず、ルナを斬ろうとしている様子もない。

「だから、これが最初の嘘ですよ」

 物置の壁に寄りかかる形で倒れているダーレン目掛けて、パブロは剣を持つ手を大きく振りかぶり――

「ッ……!」

 ――鮮血が舞う。

 まるで噴水のようだ、とルナは思った。
 ヒトの傷口から、こんなにも血液があふれ出す様を見るのは二度目だ。
 凄惨さを通り越して、どこか滑稽にさえ思えるその情景に、ルナは声も出なかった。

 ついさっきまで、自分もああなる寸前だったのかと思うと、背筋が寒くなる。
 やっぱり、死とは怖いものだ。

 そこまで考えて、ルナは思い直した。

 ――あぁ、彼は

「……貴方、誰です?」

 パブロは唐突な闖入者に対して、低い声を投げかける。
 剣を握っていた右手が二の腕の辺りを斬られて力なく揺れている事にも、噴水のように血が噴出している事実をも無視して。

 

「……ようやくだ」

 銀髪赤眼の少年は呟く。
 今は止んでいるが、さっきまで雪が降るほどの寒さだったにも関わらず、彼は顔中を汗だくにして荒い呼吸を繰り返している。

「……ようやく辿り着いたぞ、吸血鬼!」

 コヨーテ=エイムズは叫ぶ。
 まるで溜まり溜まった鬱憤を晴らすように、長年の仇敵と出会った時のように、猛々しく。



 イクシリオン家の薔薇園へ至る庭に、三つの人影が立っている。
 コヨーテはルナを庇うように、彼女とパブロを繋ぐ直線上に移動した。

「……はぁ、だから貴方誰です?」

 吸血鬼はつまらなそうな表情で突然の乱入者を睨みつける。
 彼にとっては余興が盛り上がる最高の場面で邪魔された気分なのだろう。

 コヨーテはそれを無視して、ルナに視線を向ける。
 衣服に不自然な乱れはない。
 顔色は悪いが、血を吸われた事が原因ではないのはすぐに分かった。

「無事か、ルナ」

 ルナはあまりの状況に固まってしまっていた。
 だが、死んでいない。

 間に合った。
 ただそれだけで涙が出そうなくらい嬉しい。
 吸血鬼の自分では流す涙などないが、それくらいに嬉しかった。

「何ですか貴方、私に何か用事ですか?」

 吸血鬼は苛立たしげに剣をくるくると回している。
 先ほど斬ったはずの腕が、血の跡を残して繋がりつつあった。

「……お前を殺しに来た」

 コヨーテは【レーヴァティン】を強く握りしめる。
 あの再生速度は、あの吸血鬼に血の力が十分に残っている事を示している。
 決して油断はできない。

「参ったな、後腐れなく食事を終えたかったのだけれど。
 どうやら食事の前に運動する必要があるみたいですねぇ」

 吸血鬼は回していた剣を、今度は両手で握った。
 構えから見て、おそらくリューン騎士団仕込みの型だろう。

「――やッ、止めてください!
 約束したじゃないですか、私が死ねばコヨーテたちには手を出さないって!」

「ルナ……!?」

「ごめんなさいコヨーテ、こんな事になったのは私のせいです。
 私が不幸を引き寄せてしまったから……だからみんなが危険な目に遭ってるんです。
 アリメ村のオーガも、ミューレルのエイベルも、ヨーク村やグリグオリグ修道院の吸血鬼も、全部!

 だから……私が死ねば、みんな助かるんです……」

 言葉も出なかった。
 ルナの言葉にはそれを裏付ける要素が全くない。

 彼女が不幸を引き寄せたという事は有り得ないはずだ。
 少なくとも吸血鬼を引き寄せたのはコヨーテなのだから。
 否、吸血鬼に引き寄せられたのがコヨーテなのだ。
 ルナたちはそれに付き合わされただけだ。

 ルナがこの吸血鬼とどういう取り決めをしたのかは知らない。
 だが、この現場に辿り着く前から吸血鬼を追っていたコヨーテを見逃すほど、目の前の男は甘くない。
 事前に相手が吸血鬼だと分かっていたのだから、特に念入りに『後片付け』するはずだ。
 具体的に、コヨーテやルナの知り合いを片っ端から殺していくような、そんな『後片付け』を。

「……君が死んでも誰も助からない」

 感情が生まれた。

 それは、ルナに対する憐れみではない。
 死という安易な選択肢に飛びつかざるを得なかった、ルナへの同情などでは決してない。

「君を死なせる事は、絶対にさせない」

 他の選択肢を全て消し去った吸血鬼への怒り。
 この運命とやらを運び込んだ、自分自身への怒り。
 そして、その運命を操る『神』への憎悪にも近い怒り。

「君や、みんなに話さなきゃいけない事があるんだ」

 ルナが思っているほど、彼女は不幸を運んでいない。
 それをルナに伝えたところで彼女は納得しないだろう。
 お互いがお互いの事情を知らないのだから当然だ。

 今更ながらに思い知らされる。
 自分が吸血鬼である事を黙っていたのは、全てが保身の為だった。
 事情を話していれば違う未来があったのかもしれない。
 ルナが思い悩む事も、そもそも彼女らが危険な目に遭う事もなかったのかもしれない。

 だが、それを後悔という形で終わらせる訳にはいかない。
 まだ取り返しが利くはずだ。
 その選択肢を、今この手で掴みとる。

「君の『不幸』はオレが背負う。
 だから……信じて、待っていてくれ」

「コヨーテ……」

 ルナは諦観の漂う表情で俯いた。
 おそらく彼女は、コヨーテが死ぬ未来しか考えられないのだろう。
 もしコヨーテの正体を知っていれば、そんな思いをさせる事もなかったのだろうか。

 大丈夫だと伝えたかったが、止めた。
 言葉は意味を成さない。

 眼前の吸血鬼を見据え、頭を切り替える。
 ここから先は殺し合いだ。

「さぁて、腕も治りましたよ。
 良かったんですかぁ、悠々と治癒の時間を取らせて」

「気にするな。
 むしろ待っていてくれた事に感謝するよ。
 その腕、もうずっと前に治っていただろう?」

「………………」

「負傷している事をアドバンテージにできるのは吸血鬼の特権だ。
 特に『成りたて』のヤツなら得意顔でよくやるんだが、バレバレなんだよ」

 普通の人間なら吸血鬼の怪我の治癒にどれだけかかるかなんて知らない。
 相手が負傷しているからと油断して掛かれば、手痛い反撃を喰らう事になる。

 知らないというのは、戦いにおいて大きな欠陥だ。
 それがどんな些細な事であれ、戦略に組み込まれてしまえばその時点でフェイクとして機能してしまう。

「なるほど、多少の知識はあるみたいですね。
 だったらこちらも考えを改めましょう。
 小細工抜きで、セオリー通りに、殺すとします」

 吸血鬼の身体がゆらりと揺れ、次の瞬間には矢のような速度で間合いを詰めてくる。
 突き出された剣を【レーヴァティン】で受け止める。
 激しい金属音が鳴り響き、コヨーテの身体が揺さぶられた。

「ぐっ……!」

 ヨーク村での戦いとは違い、完全に演技ではない後退。
 それほどまでに、目の前の吸血鬼には力が漲っているのだ。

 二度三度、金属音が響き渡る。
 振り下ろす一撃、逆袈裟に切り上げられる一撃、心臓を狙う突き。
 それら全ての剣閃に決殺の威力が込められている上に、速い。
 リューン騎士団仕込みの堅実な技術はコヨーテに反撃の手を許さない。

 辛うじて振り下ろされる一撃を逸らし、【レーヴァティン】を振るいカウンター気味に首を狙う。
 肉を引き裂く感触を手元に感じる。
 破れた血管から盛大に血飛沫が舞う。

 普通の人間同士の戦いなら、これで決着だ。
 だが、相手が吸血鬼であればこの程度の損傷はかすり傷同然である。
 先ほどの防御で腕が痺れていたのか、刃はわずかに頚椎に届かなかった。

「――ダメですねぇ、甘々、ですよ」

 吸血鬼の口の端がギギギ、と釣り上がる。
 はめられた、そう感じた時には遅かった。

 攻撃に転じた隙間を縫うように、吸血鬼の右膝がコヨーテの脇腹に突き刺さる。
 強靭な脚力から繰り出されたそれは、ベキベキと音を立てて数本の肋骨を易々と破壊した。

「がっ……あ……!」

 目に見えて突き刺さった膝が離れた瞬間、内臓が不気味に蠢いた。
 常人ならばそれだけで気絶するほどの一撃に、コヨーテは膝をつく。
 圧迫された内臓が元の位置に戻ろうとする度に猛烈な吐き気を覚え、思わず口元を押さえた。

 続けざまに放たれた首筋を狙う一撃を辛うじて【レーヴァティン】で受け止めるも、強烈な勢いにコヨーテの身体が吹き飛ばされてしまった。
 まるで猪の突進を受け止めたような衝撃だった。

「コヨーテ!」

 ルナが悲痛な叫び声を上げる。
 どうにか致命傷は避けたが、素人目に見ても勝負は決していた。

 コヨーテが受けた脇腹へのダメージは、それほどの意味を持つ。
 まず激痛に体が引き攣り、次に衝撃が肺を貫いて呼吸が乱れる。
 その上、脇腹の肋骨というのは戦闘においてかなり重要な部位である。
 両手を扱うだけでも激しい痛みが動きを阻害してしまう。

「ゲホッ、ゲホ……やぁ、首を斬られ、ると、喋りにくいん、ですねぇ。初め、ての体験です」

 なおも首元から泉のように血を吐き出している吸血鬼が余裕の表情を見せる。
 言葉を紡ぐたびに込み上げる血液が邪魔するのも厭わず、吸血鬼はそれでも口を閉ざさない。
 まるでコヨーテの一撃が全くの無駄骨だったと告げるように。

「ま、貴方の血は、要らな、いので、さっさと死ん、でください」

 再び振り下ろされる剣を、コヨーテは睨め付ける。

「――おおおおおぉぉぉぁぁああああああ!!」

 それでもコヨーテは諦めない。
 吸血鬼の手首をつかみ、強引に軌道をずらす事で回避する。
 それでも完全には逸らせず、刃は右肩を浅く切り裂いた。

「おおっ、おっ!?」

 そのままの勢いで吸血鬼を投げようとするが、易々と引き剥がされてしまった。
 完全に虚をついたはずの攻撃を回避され、コヨーテは舌打ちしつつ追撃を免れる為に普段よりも大きく間合いを取る。

 渾身の【鬼手捕縛】だったのだが、それでも通用しない。
 ヨーク村の吸血鬼には十分に通用したものだが、これは肋骨のダメージが軽視できない事の表れだ。
 対して、吸血鬼の喉から滔々と流れ出していた血はすでに止まっている。
 彼の体内では失った血液を『血の力』でどんどん作り出しているのだろう。

「ぐっ、はぁー……はぁー……」

 まずい事に、呼吸をする度に体の内側が痛む。
 折れた肋骨が肺を引っ掻いているのかもしれない。

「……なかなかしぶといですね。
 素手で剣閃を止めるなんて聞いた事もありませんよ。
 一体何者なんですか、貴方」

 余裕なのか、吸血鬼は剣を地面に突き刺して喉元の血を拭っている。
 回復に時間を取りたいコヨーテとしても、向こうが勝手に喋っている状況は悪くはない。

「でも、それも辛うじての事。
 どこまで粘れるか、見物ですねぇ」

 血で塗れたハンカチを放り捨て、吸血鬼は剣を手に取った。
 少し間は空いたものの、肋骨の回復などそんな短時間で行えるものではない。
 口内に鉄の味を感じながらも、コヨーテは立ち上がった。

「――ぐぶッ!?」

 猛烈な吐き気に口元を押さえるが、込み上げる何かは猛烈な勢いで駆け上がってくる。
 軽くない怪我で派手に動いたのが悪かったのだろう。
 たまらず吐き出してしまうが、それは吐瀉物ではなかった。

 指の隙間から零れ落ちるのは、真っ赤な液体だった。

「コヨーテ!」

 泣きそうな声で、ルナが叫んだ。


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周摩

Author:周摩
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