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『劇団カンタペルメ』(1/2)  

 真っ暗な闇の中、ルナは目を閉じていた。
 早鐘を打つ心臓をゆっくりと宥める事に専念しているのだ。

「………………」

 ゆっくりと深呼吸して、頭を落ち着かせる。
 もうすぐ始まってしまうのだ。

『皆様、本日は「カンタペルメ」までご来場いただき、誠にありがとうございます。
 これより「シンディーリア」を始めさせていただきます。どうぞお楽しみください』

 緞帳一枚を隔てた向こうでざわついていた人たちが、一斉に静かになった。
 その人たちの期待の大きさを考えると胃が痛い。
 しかし、ここまできて逃げる選択肢は取れない。

 開始の合図が暗闇に響き渡り、ゆっくりと緞帳が上がっていく。
 同時に、恐ろしい音量の拍手が響き渡る。
 緞帳が完全に昇り切ったところでルナの姿は光に照らされる予定だ。

 そもそもの発端は何だったのだろう。
 内容が曖昧だという理由で様子見されていた依頼の貼り紙を選んだ事だろうか。
 それともタイミングよくあちらの人員が不足し、『月歌を紡ぐ者たち』がピッタリ六名だった事だろうか。

 いいや、そんな事を考えている場合ではない。

 ルナは覚悟を決めて、杖を強く握り締めた。
 そして心の中で願う。

 どうか台詞を噛まないように、と。



 時は遡り三日前。

 ルナがグリズリーに襲われた。
 そう錯覚するぐらい、彼女の勢いは凄まじかった。

「いや、それにしてもアナタ素晴らしいオーラだわ……!
 幾人ものトップスターを見出してきたアタシだから分かる、アナタは役者になる為に生まれてきたの!
 途轍もない、最高級のダイヤの原石なのよ!」

 興奮気味に捲くし立てる女性は、通常の成人男性よりも背が高く横幅も相応のものを持っている。
 どうも自分だけの世界に入っているらしい彼女の勢いに、ルナは完全に飲まれていた。

「アタシに磨かせてちょうだい!
 才能が開花すれば花形スターの座は思いのままよ!」

「わ、分かりましたから手を離してください……」

 ルナは疲れた表情でされるがままになっていた。
 どうもこの女性、体格に見合う膂力を持ち合わせているらしい。
 非力なルナの腕力では強引に振りほどく事もできない。

「あら、あらら?
 ひいふうみい……都合よく六人いるじゃない!」

 困惑の表情を浮かべる『月歌を紡ぐ者たち』を見渡して、女性は腕組みして背を向ける。
 そしてやけに芝居がかった動作で振り返り、両手を勢い良く上に掲げる。

「――決めたわッ!
 アナタたちで、『シンディーリア』を演(や)るわよッ!」

「……酔っ払ってんのかアンタ?」

 バリーの冷静なツッコミが効いたのか、女性は荒い息を整え、ようやく落ち着いてくれた。
 どうやら彼女がこの劇団『カンタペルメ』の支配人にして座長だそうだ。
 芸術都市と呼ばれるミューゼルで決して小さくない規模の劇場を保持している事からも、その手腕が窺い知れる。

 コヨーテらがここに来た理由は一つ、劇団『カンタペルメ』からの依頼を受ける為だ。
 貼り紙によれば依頼の内容は嫌がらせしてくるライバル劇団に対する用心棒のようなものだったはず。
 なのだが、どうも話がおかしい。

「実は貼り紙を出した数日後、役者が根こそぎ辞表を出してきたわ。
 貼り紙にも書かせてもらったライバル劇団の『ボヌッチ』に引き抜かれてしまったの」

 劇団『ボヌッチ』は『カンタペルメ』とは犬猿の仲で、長年のライバルでもあるらしい。
 それが、最近になって嫌がらせがエスカレートしてきた。
 具体的には劇場にネズミの死骸をばら撒かれたり、公演中に聞くに堪えない下品な野次を飛ばされたり。
 酷いものでは配給の弁当に腐った食べ物を混入されたりもしたらしい。

 当然治安隊にも通報したのだが、人的被害が出ていない現状では動けないとの回答を得るに至った。
 対策を立てても全体的な解決には繋がらず、ずっと今日まで嫌がらせには耐えてきたらしい。

「それでも最近はみんな気力が削がれてしまって稽古に身が入らず、段々とお客も離れていったわ。
 今回の『シンディーリア』が成功すれば、昔のような活気が戻ると思っていたのに……

 よりによって『ボヌッチ』に行くなんてぇ……!」

 ごつごつした肩をしゅんと落とし、座長はむせび泣く。
 ハンカチを噛んで悔しがる彼女の形相は凄まじく、相当に怒り狂っているようだ。

「でもさ、どうして『ボヌッチ』に移籍したの?
 僕だったら嫌がらせしてきた相手の劇団には絶対に移籍したくないけど」

「芸術都市と呼ばれるミューゼルでも、まともに役者に給金を払えるのはウチか『ボヌッチ』くらいだからよ。
 選択肢は多くないから、仕方ないといえば仕方がないでしょうよ。

 ――でもっ!」

「うわっ! だ、だから手を掴まないでください!」

「アナタたちが来てくれた!
 芸術の女神ミューゼルはアタシたちを見放してはいなかったのよ!

 お願い、『シンディーリア』の公演が二日後なの。
 楽しみにしてくれているお客様が大勢いるし、劇団の運命もかかっているわ。
 どうか、どうか『シンディーリア』の舞台に立ってちょうだい!」

「……オレたちは冒険者だし、少なくともオレは演劇なんて見た事がない。
 はっきり言って素人以下だと思うんだが、分かってるのか?」

「この際だし構いやしないわ。
 大丈夫、アタシの指導があればどうにかなるわよ。

 それに、アナタたちにはセンスを感じるの。
 これも芸術が引き寄せた『運命』なのかもしれないわ」

「当初の話からだいぶ逸れてしまっていますが、それは『依頼』と見ていいのでしょうか?」

「勿論よ、報酬だってちゃんと支払うわ。
 このまま公演を決行すると知れたらまた嫌がらせが続くでしょうし。
 元々の依頼に元々の報酬はそのままで、公演の収入の一割を加えるという事でどうかしら?

 ……何だか不満そうだけど、衣装代だって宣伝費だってかかってるのよ。
 辞めてった役者に払ってた給金の事を考えたらバカにならないくらい赤字なんだから!」

「分かった分かった。
 そんで、具体的に一割ってどのくらい?」

「大体銀貨二〇〇枚ってところかしら。
 公演の首尾如何によっては増額も考えるわ。
 要するに、稼げるか否かはアナタたちの腕にかかっているの」

 元々の報酬を加えて考えると最低でも銀貨五〇〇枚。
 『ボヌッチ』も嫌がらせごときで人を殺す事はできないはずだ。
 命の危険が少ない事を考えれば、割は悪くない。

 結局はその一点が決め手となって依頼を受ける事になった。
 バリーとレンツォが若干渋っていたが、コヨーテの決定には従うつもりらしい。

 座長はというと、若干演技がかった様子で涙を流しながら芸術の神に感謝をしていた。
 そこへ、赤い髪の少女がパタパタと走ってきた。

「座長! たっ、大変ですぅ!」

「どうしたの、そんなに息を切らせて」

「い、いま劇場の入り口に、こんな怪文書が……」

 その怪文書を開くと、やけに角ばった字体でこう書かれていた。

『公演は中止になさいませ。でなければ「ミューゼルの美」は頂きますわ』

「――な、な、なんですってぇえええええええええええええええ!!」

 劇団で鍛えた肺活量での本気のシャウトに、座長を除く全員が耳を塞いだ。
 横合いから覗いたバリーたちには分からなかったが、座長の額に幾条もの青筋が浮かんでいるところを見ると、余程の事らしい。

「劇団『ボヌッチ』めぇぇ、どうあってもウチを潰したいというのね! 上等よ!!」

 話が見えないコヨーテは事情を聞きたかったが、興奮がマックスとなった座長に話しかけるのは躊躇われた。
 そこで事情を知ってそうな赤い髪の少女へと視線を向けると、向こうも事態を察してくれたらしい。

「ええと、『ミューゼルの美』っていうのは私たちの劇団の宝物なんですぅ。
 とっても大きい宝石で、緞帳の上の方に飾ってあるんですよ」

「あれは芸術に携わる全ての者の憧れ。
 芸術の女神ミューゼルの加護を受けた宝石よ。
 芸術を追求する者たちに大きな機会を与えてくれると言われているの」

 すなわち、あの怪文書は窃盗の犯行予告といったところか。
 数々の嫌がらせで劇団を傾かせ、役者を引き抜いたところでこの怪文書。
 どうやら劇団『ボヌッチ』の狙いは、この『ミューゼルの美』にあるようだ。

「てゆーか窃盗は犯罪っしょ。
 ここは素直に治安隊に協力してもらえばいいんじゃないの?」

「ダメよ、公演ごと中止にさせられるに決まっているわ!
 劇場は普段、厳重に施錠しているからあそこに入れるのは公演の時だけなのよ。
 当然、奴らも公演中を狙ってくるわ」

「公演を止めなけりゃ強引に奪う、止めても『カンタペルメ』は潰れて『ミューゼルの美』を手放さざるを得なくなる。
 なかなか強かじゃねぇか」

 思わず相手を褒めるコメントをしてしまったバリーを、座長がギロリと睨みつける。
 二メートル弱の座長から威圧され、バリーは肩をすくめた。

「というか、『ボヌッチ』ってどういう集団なのよ。
 公演中に舞台上部の宝石を盗むって、どう考えても素人じゃ無理なんだけど」

「実は、向こうも冒険者を雇っているみたいなのよ。
 今までの嫌がらせも全部その冒険者の仕業みたい」

「同業者が絡んでるとは聞いてねぇんだけどなぁ……」

 相手が冒険者なら最悪の場合、身の安全は保障されない。
 一般的な冒険者は信用を大切にする為、よっぽどでなければ人を殺さない。
 だが、世の中には報酬の為なら人を殺す事も厭わない冒険者もいるのだ。

 チマチマと嫌がらせに精を出すあたりはどうにも危険に思えないのが怖いところである。
 それでもこうして宣言している以上、公演中の劇場で窃盗を行えるくらいの実力はあるはずだ。

「あぁ、どうしたらいいの……
 アナタたちには役者として演技をしてもらわないといけないのに……」

 座長は頭を抱えてしまっていた。
 さっきまでの威勢の良さは完全にナリを潜めている。

 そんな様子の座長に、赤い髪の少女が恐る恐る話しかける。

「あのぅ、あたし思うんですけど……彼ら、冒険者さんですよ?
 舞台で役を演じつつ、悪者をひっとらえるのなんて朝飯前じゃないですか?」

「――ッ!!」

「いやいやいやいや、突然何を言い出しちゃってんのこの子。
 座長さんも『天才かしらこの子?』って顔すんのやめて」

「いいえ、この子が言ってる事もあながち間違いじゃないわよ。

 考えても見なさい、向こうがこの劇場に入るには観客に紛れるしか方法はないわ。
 劇場の中で客席を一番良く見渡せる場所……それは舞台の上をおいて他にはないっ!
 舞台の上から妙な動きをする奴がいないか見張りをすれば、無事も公演もできるし一石二鳥じゃないの!」

「だから。怪しい奴を見つけたとして、それからどうするのよ。
 演目を『シンディーリア』からリアルな大捕り物に変えていいって言うなら話は別だけど」

 しばらく顎に指先を当てて考え込んでいたバリーが、ぽつりと言う。

「劇っつっても全員が常に舞台の上にいる訳じゃねぇよな。
 舞台上で不審な奴を見かけたら、控えているメンバーに合図を送ればいいんじゃねぇか?」

「最高ねアナタ! それでいくわよ!」

 それはそれでメンバーの負担が大きい気がするが、冒険者の力を過信しすぎているこの座長には言っても聞かないだろう。
 万が一の場合を考えると、控えのメンバーを調整しなくてはならない。
 そして、もしも控えのメンバーだけで手に負えない場合は本当に大捕り物を演じる事になるのは明らかだった。



 時間の歩みの感じ方というのは一定ではない。
 依頼を受けてからの『劇団カンタペルメ』では、矢のような早さで時間が過ぎていった。

 冒険者は早急に配役を決定し、稽古に励んだ。
 配役も可能な限り控えのメンバーが手薄にならないように気を配っている。
 稽古の合間には不審者を発見した際の合図を決めて、そちらへの対策にも手を抜かない。

 劇団側も多忙を極めた。
 そもそも劇場関係者が減り、役者が総入れ替えとなった事で座長自らが方々へ頭を下げに回ったのだ。
 すでに宣伝用の看板等には役者の名前が入っていたらしく、それらも一から作り直しになったらしい。

 そうして、ドタバタしつつ二日が経った。
 明日が本番のこの日、コヨーテらは通しで稽古を行った。

「……素晴らしいわ」

 今まで何十何百と劇を見てきた座長の感想である。
 世辞抜きでここまでの評価を得られたのは、それ相応の努力があった。
 台詞量の多いバリーやルナは暇を見つけては台本とにらめっこして何度も何度も復唱していたし、他のメンバーもお互いの演技を高めるために助言したり励ましあったりした。

「でも気を抜いちゃダメよ。
 明日の本番で、大勢のお客さんの前で成功させなくちゃ意味はないんだから」

「ええ、分かっています。
 この三日間の努力を無駄にする訳にもいきませんからね」

「……みんな、ありがとうね。
 こんなに情熱を持って取り組んでくれるとは思わなかったわ。
 明日の舞台、私も楽しみにしているからね」

 この日まで、出来る限りの事はやった。
 今日の通し稽古と同じレベルの演劇を魅せれば、最高の結果を残せるのは間違いないだろう。

 しかし、明日はそうはいかない。
 『ミューゼルの美』を奪うために、必ず妨害が入るのだ。

 本番当日、『劇団カンタペルメ』は大勢の観客で大賑わいとなっていた。
 主婦御用達のリューン中央市場の大安売りセールの比ではない、と大都会を拠点としている冒険者たちも驚くほどだ。
 予想以上の盛況ぶりに、冒険者たちが緊張してしまうのも無理からぬ事である。
 おまけに、

「ねぇ聞いた? 今日の公演って役者さんが一新されたらしいよ」

「聞いた聞いた。
 『脅威の新人、リューンより彗星のように現る!』だっけ。
 楽しみだよねー」

 ……と、本人らの知らぬところで物凄く宣伝されていたらしい。
 各々は『余計な事を』と思いつつも、こうでもしなければ観客は取り戻せなかったのかもしれないと諦める事にした。

 ざわざわとした雰囲気が楽屋裏にまで伝わってきて、ちっともリラックスできない。
 それに、今日は劇だけでは終わらせてはもらえない。
 『何事もなければいいな』という楽観的な言葉は、誰一人として口にする者はいなかった。

 しばらくして、第一幕に出演するメンバーが舞台へと移動した。
 残りのメンバーは出番まで警備のために舞台袖で待機している。

 そして。
 観客にとっては待望の、劇団にとっては緊張の。

 緞帳が、上がった。


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周摩

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