≪ 2017 09   1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 - - - -  2017 11 ≫
*admin*entry*file*plugin

『眠りの森』 

 月の光が輝く晩の事。
 駆け出し冒険者のレギウスたち『星を追う者たち』は遠方での依頼を終え、『大いなる日輪亭』への帰路につく途中だった。

 現在歩いているのは、リューン中央行路である。
 行商人や旅人が頻繁に利用する路だけあって、さすがに幾分かは安全だ。
 だが、それも明るい内ならでの話であり、とっぷりと夜の帳が降りた今の時分では安全には程遠い。

 中央行路には旅人が休めるようにと幾つかの宿屋が点在している。
 レギウス以下『星を追う者たち』は数刻前に宿屋を素通りしており、今から戻るのも気が引けてしまう。
 かといって進もうとしても、リューンまではあと一日はかかるし、どのくらいの距離に次の宿屋があるのかも分からない。

 もはや野宿は必至というこの状況で、場違いなほどに明るい声が飛び交う。

「あーあ、随分暗くなっちゃったねぇ。
 こりゃ今日は野宿かな、参ったなぁ。
 でも雲は見当たらないし天気は崩れそうにないから一安心かな?」

 と、ケタケタ笑いながら空を眺めるのは金髪というよりクリーム色の髪の毛をした少年だった。
 それに対してこれまたニコニコ笑いながら空を見上げているのは、鮮やかな金髪を風に靡かせる活発そうな少女だ。
 少女はその身に不釣合いなほど長い槍を、軽々と担いで歩いている。

「そうだね~。
 お月様もきれいだけど、お星様もすっごいきれいだよ~」

「さすがはステラ、目の付け所が違うねぇ」

「カイルにほめられた! わ~い」

 そんな暢気に笑いあう二人に対し、黒髪碧眼の少年は深くため息をついた。
 額にはうっすらと青筋が浮かんでいる。

「いい加減黙ってろオマエら……」

「何だいレギウス、こういう状況だからこそ明るくいかないと。気が滅入っちゃうよぉ?」

「そ~だよレギウス、楽しまないと~」

「黙れっつってんだろ。
 元はと言えばカイルのクソバカがしばらく歩けば宿屋があるなんて適当な公算でモノを言いやがるからだろうが」

「なんだよぅ、ボクにだけ責任を押し付けるのかい?」

「そうじゃねェよ、ちったぁ自重してろっつってんだ」

「おっとっとハイハイ落ち着いて。
 分かりましたー自重しますー。
 だからそうやってナイフの柄でおでこぐりぐりするのやめてほしいな?」

 いろいろと面倒になったレギウスにぐりぐりされているカイルは言葉の調子も表情も変えずに嘯いた。
 レギウスの持つナイフは鞘や柄の装飾から儀式用のものだと推測できるだろう。
 彼はこれを術式発動時のワンド代わりに使っていた。
 つまり鞘に納まっていようが、弓で言うところの矢を引き絞った状態にあるという事だ。

 もちろん、レギウスに仲間を撃ち抜くつもりは微塵もない。
 パーティを組んでから少しも経たない内に、ここまでの流れはもはやお約束となっている節もある。

「ケンカはダメ」

 そして毎回のごとく、レギウスの袖を引っ張る長い茶髪の女、ターニャがそれを嗜める。
 普段無口な彼女はいざ不穏な空気が流れると真っ先に収めようとする性格で、なんだかんだで頼りになる人物だった。
 背が低く童顔であるものの、パーティ内の誰よりも年上という事もあってそういう立ち位置を弁えている。

「チッ」

 レギウスは舌打ちしてターニャの細い手を振り払うと、無言で野営の準備に取り掛かった。
 他の面々もそれに従い、慣れないながらも作業に入る。

「あれ?」

 ふと、ステラが空を見上げた。
 何事かと他の面々も空を見上げるが、夜の帳が降りきった空は真っ暗で何も見えない。

「あぁ? オイまさか……」

 夜空の異変に気づいたレギウスが眉間に皺を寄せると、頬に冷たい感触が落ちてきた。
 水滴だ。つまり、雨だった。

「ちょっと、冗談きついよ!」

 お調子者のカイルも、今度ばかりは笑みが消えている。
 さっきまで雲ひとつなかったはずの夜空には分厚い雲がかかっていた。
 少しもしない内に、水滴は土砂降りへと変じた。

「このままじゃ風邪引いちゃう……」

 ターニャは外套のフードを被り更なる雨に備えるも、この土砂降りでは大して意味を成さないだろう。
 『星を追う者たち』は未だに経験の浅い駆け出し中の駆け出しだ。
 今回はお使い程度の依頼だった事もあり、野営を想定しておらず用意は甘かったと言わざるを得ない。

「面倒だが仕方ねェ。
 街道沿いに走りゃ民家か廃屋ぐらいはあるだろ」

「よ~し走ろう走ろう!」

「……オマエはもうちょっとテンション下げろ」

 呆れるほど元気なステラに追い立てられるように、レギウスたちは走り出した。



「レギウス、光だよ」

 土砂降りの暗闇を走るステラが言った。
 彼女の指差す先には、微かだが温かい光が見える。
 民家の灯りか何かとも思われたが、どうにも人工的な風には見えない不思議な光だった。

「点滅……してる?」

 その光は明るくなったり暗くなったり、ターニャの言うとおり点滅しているようだ。
 カイルはあれがカンテラか何かの光だと推測した。
 急いでその光へと駆け寄ったのだが、しばらく走ったところで光を見失ってしまった。

「あれ~?」

「落ち着け。その辺探してみりゃ何かあるはずだ」

 藁にも縋る思いで光の出所を探してみると、レギウスは建物のぼんやりとした輪郭を捉えた。
 どうにもそれは古ぼけた小さな教会らしい。
 早速レギウスは教会へ駆け寄り、これまた古びた扉をノックした。

「俺たちは旅人だ。一晩だけでいい。宿を貸してくれ」

 目の前の扉は何の反応も示さない。
 あまりにも簡素でぶっきらぼうな言葉に、強盗か何かの類と思われてしまったのだろうか。

「オイ、居るなら返事ぐらいしろ!」

「ちょ――!!」

 と、レギウスは見た目通りボロッちい扉を蹴飛ばした。
 その様子に肝を冷やしたターニャとカイルが彼を押さえつける。
 これも彼なりの調査なのかもしれないが、見ている側はハラハラするだけだった。

「血迷ってんじゃないよレギウス、勘弁してよ!」

「どうも留守みてェだな、普通ここまでやったら何かしらの反応がある。
 だが妙だ、あの灯りはこの方向で間違いねェはずだ。
 他に民家もねェみてェだし、ここ意外考えられねェんだがな」

 そう考えを巡らせているレギウスの背後、古ぼけた扉からガチャリという音が聞こえた。
 ドアノブを回す音だ。
 扉が軋んだ音を立てて開いていき、隙間からはぼんやりとした灯りが毀れている。

「どなたでしょう……こんなお時間に……」

 一世代遅れのランプの灯りは乏しく、それを持つ男の顔はうっすらとしか見えない。
 それでも彼に敵意がない事は分かった。
 よくよく見てみれば、彼が着ているのは修道服であり、どうもこの教会の神父のようだ。

「何だよ、やっぱり居たんじゃねェ……むぐっ」

 悪態をつくレギウスの言葉尻が妙な事になったのは、ターニャが彼の口を強引に閉ざしたからだ。

「し、失礼しました。
 ボクらは怪しい者じゃありません。
 リューンの、『大いなる日輪亭』の冒険者と言えば分かりますかねぇ?」

「さぁ? 私は存じませぬが……」

「あ、そっすか。
 まぁ怪しい者じゃないので警戒しないでくださいネ。
 んで、ちょーっと相談なんですけどぉ、今夜一晩だけ宿を貸してもらえないかなーって……ぐえっ」

 どうにも馴れ馴れしい口調のカイルの言葉尻が妙な事になったのは、ターニャが彼の袖口を強引に引っ張ったからだ。

「………………」

 神父は黙して答えない。
 一連の流れが(仕方のない事だが)好意的な受け取り方をされなかったのかもしれない。

「あの~、それじゃこの雨が通りすぎるまででいいので雨宿りだけでも……」

 ステラがおずおずと切り出すと、ようやく神父は反応らしい反応を見せた。
 どことなく、神父の表情が柔らかくなった気がする。

「それはそれは大変だったでしょう。
 こんな寂れた場所でよろしければ、どうぞお入りください」

「あ、ありがとう神父様!」

 ステラとターニャは行儀良く、レギウスとカイルは適当に礼を述べて教会へと入った。
 神父の持つランプの灯りだけを頼りに暗闇の協会を先へと進んでいく。
 入ってすぐの礼拝堂の傍を通り抜けて廊下を進み、修道士の使う寝室へと至る。

「では、今夜はごゆっくりお休みください。私はこれで……」

 そう言って、神父は静かに去って行った。
 寝室のドアを開けると、お世辞にも片付いているとは言えない部屋が目に飛び込んできた。
 しかしそれでも雨の中での野宿と比べれば雲泥の差だ。
 贅沢は言えないどころか十分に贅沢である。

 レギウスたちはそれぞれ雨に濡れた服を吊るした。
 当然代えの服など持ち合わせていない為、あられもない姿にならざるを得ない。
 ――はずはなかった。
 無頓着なレギウスは上半身裸であるが、他は勝手に余りのシーツだったりぼろのローブだったりを拝借している。
 ちゃんと着てますよ、ちゃんと。

「ふぁ~あ、ねむい~」

 ステラはすでにベッドへ身を投げている。
 人一倍タフな癖に、休める時には全力で休むのが彼女だった。

「もう夜も遅いしね、さぁ寝ましょう寝ましょう」

「待てカイル。
 ドアと窓の他に出入りできそうな場所がねェか探るのが先だ。
 寝るのは全ての出入り口に罠を仕掛けてからだろうが」

「ええー、もう眠いんだよ」

「永久に眠りてェんなら手伝うぜ?」

 その手には例の儀式用のナイフが握られていた。
 やれやれと面倒くさそうにカイルは起き出して、部屋の隅々まで調査する。

 ここまで高圧的な態度を取られても彼がレギウスに従うのは、そうした方が結果的に休めるからだ。
 余計な見張りを立てる必要もなく、夜半の襲撃者に対して怯えずに済む。
 結局のところ、口ではどう言おうともカイルはレギウスという男を信頼していた。

 部屋の調査が終わり侵入者用の非殺傷罠を仕掛けて、ようやくカイルは眠りについた。



 彼らは深い森を歩いていた。
 誰も歩みを止める事なく。

 樹木が光り輝く森林。
 その光景の中で、皆が同じ場所を目指して歩いていた。

 やがて、不思議な感覚を味わう。
 とても懐かしい感覚。
 レギウスたちは一度もこの森へ足を運んだ事はない筈なのに。

 彼らは、しばらくそこに立ち止まった。

 皆は不意に足を止める。
 光だ。温かい輝き。
 まるでレギウスたちを導いているかのように。

 レギウスたちは、その光が指し示す方向へと歩いていく。
 やがて、レギウスたちの世界が視界に広がる。

 ふ、と。
 視界が白い光に包まれ、

「……!」

 レギウスは目を覚ました。

(……まだ夜中、だな。こんな時間に目ェ覚めるなんざ珍しいじゃねェか)

 もう一度眠ろうとしたレギウスは、視界の端に捨て置けないものを見た。
 彼らをこの教会へと導いた、あの不思議な光だ。
 相変わらず明滅を繰り返してその正体を見定めさせない。

(何だ、何が光ってやがる?)

 ゆらゆらと部屋の中を漂う光。
 その動きはまるで、自分たちに何かを訴えかけているようにも見えた。

「悪ィがよ、言いてェ事があるんなら人間の言葉で頼むぜ」

 それに反応したのかは定かではないが、光はドアへとぶつかり、すり抜けるように外へと出て行った。

「へェ、少し強引だが、まぁいいぜ。寝しなに散歩ってのも洒落てんじゃねェか」

 レギウスは手探りでそのまま部屋を出ようとした。
 が、上着の裾を何かに引っ掛けてしまう。
 忌々しそうな表情でそちらを向くと、ステラの白い手ががっしりと裾を掴んでいた。

「むにゃ~すぴ~」

 どうやら寝ぼけているようだ。
 意外に力が込められていて、無理に引き剥がす事も難しい。
 そんな事をしている内に、ふと視線を感じて顔を上げた。

「おやおや、親御さんは大変だねぇ」

「ほほえましい」

 裾の攻防戦を見ながら妙な笑みを浮かべているのは、カイルとターニャだった。 
 その軽口よりも、彼らを起こしてしまった事に対してレギウスは舌を打つ。
 これはあくまでレギウス個人の好奇心であり、彼らの休息を邪魔してはならないのだ。

 レギウスが乱暴な物言いをするのには理由がある。
 彼はとあると深く深く関わっている。
 いずれそれと相対する事になった際に、自分以外の存在がその場に立ってはならない。
 巻き込んでしまうからだ。
 だからこそ、レギウスは突っぱねるような言葉遣いを好む。

 何も、心の底から仲間の事を見下している訳ではない。
 むしろ他人を気にしすぎるからこそ、そうした言葉や態度が出てしまう。

「寝てろ」

 短く告げ、レギウスはようやく解けたステラの手をベッドの上へ放す。
 そうして部屋を出ようとしたレギウスの裾を、今度はカイルとターニャが同時に引っ張った。

「どこいくの?」

「眠れねェから散歩してくるだけだ」

「怪しいねぇ。大体、そんな細い神経してないでしょ」

 この時になって初めて、レギウスは嘘が下手なのだと気づかされた。
 逡巡の後、レギウスはステラを揺り起こして事情を話す。
 彼女独りをこの部屋に残す訳にもいかない。

「例の光? あれがまた現れたってのかい?」

 レギウスは頷いて、個室のドアを開けた。
 廊下の突き当りには例の明滅する光が漂っている。

「あの通りだ。どうも何かを伝えたがってるらしい」

「ふぅん、面白いじゃん」

 カイルは目を輝かせて興味を示した。
 が、彼以上に興味を示していたのがターニャだ。
 彼女は普段からは想像も出来ないほどアグレッシブにそれを観察している。
 吟遊詩人の本能がくすぐられたのだろうか。

「追いかけよう、はやく」

「オイコラ引っ張んな」

 痺れを切らしたターニャはレギウスの袖を引っ張って進む。
 それに呼応して光も宙を泳ぐように動き、礼拝堂へと入り込んだ。
 両開きの扉を開くと、無数の燭台に刺さった蝋燭の灯が不思議な雰囲気を醸し出している。

 光はすいすいと軽快に礼拝堂の宙を泳ぎ、やがて壁に吸い込まれていった。

(あぁ?)

 不意に、レギウスは引っかかるものを感じた。
 無人の礼拝堂の燭台に火が灯されている事でなく、決定的な違和感。
 明滅する光が消えた先を目で追っていく内に、その違和感は解消された。

「この教会、左右対称シンメトリーじゃねェな」

 神は厳格で完全なものという考えから、神を祭る教会は左右対称な建物にするべきという考えがある。
 とはいえそれは絶対的なものでなく、物資の不足等の資金的な問題から左右対称とならないケースも多々ある。
 しかし、この教会は意図的に左右非対称アシンメトリーとなっている。 
 光の消えた先には他のものよりも一層古いドアが、後から取り付けられてあった。

「物置かな?」

 直感的に口に出たのだろうが、なかなかどうしてステラの言う事は外れていないようだ。
 埃の堆積具合から鑑みるに、そう人の出入りがなかった事が伺える。
 少しも進まない内に、地下への階段が口を開いていた。

「地下室……怪しい」

 ふとターニャがそんな事を言うので、カイルは一層目を輝かせた。
 どうにもあの目は金目の物を探ろうと考えているに違いない。

 階段を下りると、その先は何も見えなかった。
 さすがに地下には灯りは点いていない。
 例の光も見当たらず、どうやら更に先へ行ってしまっているらしい。

「まっくらだね~、ランタンつける?」

「ハイハイ、こんな事もあろうかと! 勝手に持って来ました部屋のランプ!」

「良くやったコソ泥小僧。こんなところで無駄に資源を使いたくはねェからな」

 ターニャは呆れた様子でそれらを眺めている。
 意外と犯罪スレスレの行為も厭わないレギウスの言動は今に始まった事ではない。
 それでも口出しせずにいたら同罪なんだろうなぁ、とターニャは他人事のように呟いた。



 地下室の奥には小さな部屋が三つあった。
 物置のようだが、用途別に分けてあるのだろう。
 どの扉も鍵は腐っていてすんなりと出入りできたのだが、真ん中の部屋だけはしぶとく鍵が生きていた。

 そうして探索している内に、教会という場所にとても似つかわしくないモノを発見した。
 人間の骨である。
 それも頭部から足先まで欠ける事無く揃っており、おまけに衣類のようなボロ布まで纏っている。

 教会の地下に人の死体、しかも白骨化するまで手を加えられていない。
 正気の沙汰とは思えない状況に、あの神父は何者なのかという疑問が沸いた。
 彼はこの事を知っているのだろうか。

 問いただすべく地上に戻り、教会を隅々までくまなく探すも、神父の姿はどこにも見当たらなかった。
 雨が上がったとはいえ、夜も明けていない時分に外を出歩くとは思えない。
 教会の中で探していない場所は、鍵の生きていた真ん中の地下室だけだ。
 開錠するべくカイルがしばらく観察していたが、やがてガチャリという音と共に鍵を外した。

「わ~カイルすご~い」

「うははは! もっと褒めなさい褒めなさい!」

 有頂天なカイルを尻目に、レギウスは扉を開け放つ。
 そこは小さな部屋だった。
 構造自体は他の物置と何ら代わりはない。

 しかし、他の部屋とは決定的に違っている。
 は奥の方でモゾモゾと動いていた。

「あぁ? 何だこりゃ」

 レギウスの言葉に反応したは狂気を含んだ瞳でこちらを睨めつける。
 どうやら何らかの生物のようだ。
 全身が灰色の体毛で覆われており、緩やかな曲線を描く鼻先は熱帯林に生息するバクのそれに似ていた。

 それが単なる動物でない事は、レギウスはすぐに理解できた。
 薄暗い中でもはっきりと見て取れる五本指は、木製の古びた杖を握っているからだ。

「離れろ!」

 叫ぶと同時に、レギウスはターニャを突き飛ばし、カイルを蹴り飛ばした。
 奇妙な生物はモゴモゴと顔面を揺らしているのが見える。
 魔術の造詣が深いレギウスは、それが呪文の詠唱だと確信した。

(喧嘩売ってんのか、面白ェ……!)

 仲間を庇った体勢からでは回避に移る事もできない。
 しかし、背後にはステラがいる。
 避ける事など最初から頭にない。

 あの奇妙な生物――魔獣――が詠唱しているのは恐らく基礎にして強力無比な魔術、【魔法の矢】だろう。
 どう足掻いても回避できないのなら受け止めるしか術はない。

「――、――――!」

「《星海より来たれ、輝く贄の羊》!」

 魔獣とレギウスの詠唱終了は同時だった。
 予想通り、魔獣は正面のレギウスに向けて【魔法の矢】を放つ。
 十分な魔力を得て飛来するその魔術は、レギウスの心臓へ向かっている。

 これに対して、レギウスは三枚の星型の障壁で以って迎え撃つ。
 【孤高の王】。
 魔力によって編まれた半実体の障壁はレギウスの意思で宙を浮かび、あらゆる攻撃を受け止める盾となる。

 【魔法の矢】が障壁にぶつかり、光が爆発する。
 衝撃で障壁の一枚は原型を留めなくなるほどに破壊され、破片は実体を失って消え去った。

「レギウス!」

「――チッ、やるじゃねェか」

 レギウスは胸を押さえて、しかし不敵な笑みを作る。
 魔獣から目を放さずに赤い唾を吐いた。

 【孤高の王】は障壁を生み出すが、それは完璧な『身代わり』とはなれない。
 自らの魔力を編んで作った障壁は言うなれば半分は術者のようなものなのだ。
 障壁が引き受けるのは衝撃の半分のみという、見た目ほどメルヘンで優雅な魔術ではない。

「全員バラけろ! こいつは並の防御じゃ役に立たねェ威力だ!」

 その宣告はステラたちの背筋を凍らせた。
 【孤高の王】を展開していたレギウスがあれほどに評価している。
 ただそれだけで、一撃で昏倒できる程の威力だと理解できた。

「まったく、面倒な相手に絡まれたもんだよ!」

 軽口を叩きつつ、カイルは細身のナイフを懐から数本取り出す。
 片手に四本ずつ鉤爪のように握り、側面から切りかかる。
 いまいち急所の読めない魔獣だが、切り続けていればいつかは死ぬ。

 そんなカイルの考えを嘲笑うかのように、魔獣は床を蹴って後方へ退避する。
 同時に攻撃を繰り出していたステラの槍とカイルのナイフが空を切る。

「――。――――」

 魔獣の声を聞いた全員の表情が強張る。
 先ほどとは違う呪文の詠唱だった。

「きゃあっ!」

 杖の先から放たれた白い網が、ターニャの身体を絡め取る。
 リューン魔術、【蜘蛛の糸】だ。
 木笛を準備していたターニャは衝撃に吹き飛ばされ、壁に固定されてしまう。
 転がった木笛が悲しげな音を立てた。

「なかなか賢いオツムしてんじゃねェかクソ野郎!」

 ターニャは『星を追う者たち』の生命線だ。
 彼女が奏でる木笛の演奏には傷を癒す力があった。
 まさか見抜かれた訳ではないだろうが、事実あの魔獣は厄介な吟遊詩人の動きをいの一番に封じ込めている。

 今のレギウスたちでは【呪縛】を効果的に解除する方法は持ち合わせていない。
 ターニャを解放するには長い時間、魔獣から注意を逸らさねばならなくなる。
 当然、それは自殺行為に等しい。

「――、――――!」

 二発目の【魔法の矢】は、ターニャから注意を逸らすべく走り回るステラの足元を撃ち抜いた。
 狙いを誤った訳ではない。
 彼女の背後に山積みとなっていたガラクタの土台が弾け飛び、雪崩のようにステラに襲い掛かった。

「わああ!」

 ガラクタの山に足元を噛み付かれ、ステラは思わずすっ転んでしまう。

「ステラ!」

 あのままでは狙い撃ちだ。
 焦燥に駆られたレギウスは彼女に駆け寄るものの、

「――、――――!」

 またしても【魔法の矢】が唱えられる。
 再び障壁で防御しても、恐らく衝撃だけでレギウスは昏倒しかねない。

「背後がお留守ですぜぇぇぇ!!」

「――!!」

 隙を突いたカイルの一撃が、魔獣の背を捉えた。
 細く小さいナイフな為、内臓までは届いていないはずだが、それでも激痛は免れない。

 しかし魔獣は少しも怯まず振り返り、杖の先端をカイルに向けた。
 迸る光にカイルは冷や汗をかく間もなく横に飛びのく。
 さっきまで唱えられていたのは【魔法の矢】なのだ。
 攻撃を受けても詠唱が中断させられないとは微塵も考えていなかったのは甘かったのか。

「が、っ……!」

 咄嗟に交差させた腕に光が着弾する。
 光は腕一本を貫通し、華奢な少年の腹に喰らいつく。
 胴体まで貫通しなかったのは不幸中の幸いだが、それでも衝撃で彼の身体は吹き飛ばされた。

 魔獣は圧倒的に強かった。
 使用しているのは全て初歩レベルのリューン魔術なのだが、詠唱速度がとんでもなく正確で速い。
 レギウスらが未だ駆け出しの冒険者であり、戦闘経験が浅い事を差し引いてもかなりの手練であるのは疑いようがない。

「――

 それでもレギウスは看破する。
 強いという一言で片付けてしまえない違和感の正体を見破る。
 魔獣を観察し続け、実際に魔術を撃ち合って、更に仲間が傷ついてからの気づきだったが、決して遅くはない。

「解析結果その一、オマエの魔力は膨大だが逆にそれが足枷になっている。
 どうも安定してねェみてェだな?
 さっき俺が受けた【魔法の矢】とカイルをぶち抜いたそれとは威力に差がありすぎる。

 オマエは初歩魔術しか使わねェ訳じゃねェ。
 使、一般的には高度な術式ほど魔力の扱いは繊細になるからな」

 言いつつ、レギウスは堂々とステラを庇うように立ちふさがる。

「解析結果その二、オマエの驚異的な詠唱速度はその杖が影響してんだろ。
 術者の集中力を高める魔具ってところか?
 オマエにゃ勿体無ェ代物だな」

「――、――……」

 人語は理解できないのか、魔獣はレギウスの言葉を聴いていない。
 それどころか被せるように新たな呪文の詠唱を開始していた。

「そしてェ!!」

 好機と見たレギウスは床を蹴る。
 彼と魔獣との距離はおよそ一〇歩分。
 どう贔屓目に考えても魔獣の術式が放たれる方が速い。
 レギウスは残った障壁を全て前面に展開し、攻撃に備えた。

「観察結果その三!
 オマエはそれほど速かねェんだよォォォ!!」
 
 レギウスの背後から別の影が飛び出した。
 狂気を含んだ瞳が、ギョロリとその影――ステラ――を捉えている。
 時間を稼いでいる内にガラクタの山から足を引き抜いていたのだ。

「《裂き散らし》――」

 ここぞとばかりに、レギウスは必殺の術式の詠唱を始める。
 魔術師レギウス槍使いステラのどちらが倒れても、残ったどちらかが魔獣をぶち抜ける。
 さほど速く動く事ができない魔獣には、まさしくチェックメイトだったはずだ。

「――――、――。――」

 しかし魔獣は冷静だった。
 残りたった一~二小節の詠唱で完成したはずの【魔法の矢】の術式をいとも簡単に捨て去ったのだ。
 杖の魔具に怪しげな魔力が渦巻き、差し出された先端から放射状に白い霧のようなものが広がる。

(チィ、さすがに間に合わねェか……!)

 初歩魔術でありながら、多数を相手取る際に効果的な魔術、【眠りの雲】。
 無味無臭の白いガスを吸った者は深い眠りへと誘われる。
 戦闘中に眠りに落ちる事の恐ろしさは語るまでもない。

「――《風は鳴く、血飛沫上げる刃の走りを》!」

 視界が白に染まる中、強引にレギウスは詠唱を完了させる。
 多少強引にでもしない事には、行き場を失った魔力が暴走しかねなかった。

(く……!)

 星型の障壁が術者付近の霧を吸い取って、溶けるように消えていく。
 それでも、ぐらりと足元が揺れる感覚を味わう。
 障壁一つで乗り越えられるほど、柔な呪文ではなかったのだ。

 倒れる訳にはいかない。
 視界の端には白い霧に飲み込まれるようにステラが倒れこんでいる様が映った。

(届け……)

 レギウスは右手の儀式用ナイフが纏う渦を見た。
 普段であれば見えないはずの空気の渦が白いガスの中にあって姿を見せている。
 先ほどレギウスが詠唱した、【風の刃】という術式だ。

(届きやがれっ、クソッタレがァァァ!!)

 前方に翳したナイフから、渦巻いていた不可視の刃が放たれた。
 それは空気中に漂う白いガスを切り裂いて、その向こうの魔獣へと飛来する。

「――――――!!!」

 大気を切り裂く唸り声のような悲鳴が上がった。
 同時にビチャビチャという粘っこい水音が耳に入る。

 【風の刃】は血肉を持つ生物に対しては、言葉通りの必殺となり得る強力な術式だ。
 皮膚は裂かれ肉は吹き飛び血がぶち撒かれる。
 余りにも凄惨なこの術式はリューン付近のではそうそうお目にかかれない。

「ハッ、やるじゃねェか」

 素直に、レギウスは己の相手を称えた。
 魔獣の右腕は消失しており、かすかに残った指の破片と共に杖が床に転がっている。
 レギウスの狙いが逸れた訳でもなく、かの魔獣が危険を察知してわずかに避けたのだ。

「――、――……!」

 再び、魔獣は詠唱を開始した。
 それを聞くのはもう四度目になる、疑いようもなく【魔法の矢】だった。
 少なからず【眠りの雲】の影響を受けた身体に加えて、この近距離では避けようがない。

「……死ぬ前に一つだけ言っておく」

 杖の先端に集中する膨大な魔力を眺めつつ、

「魔術師ならよ、は常に注意してろ」

 レギウスは不敵な笑みを浮かべて宣言する。
 傍から見ればただの負け惜しみのような台詞だが、魔獣には関係ない。
 そもそも、あの魔獣は人語を理解しない。
 それを分かっているからこそ、レギウスは宣言したのだ。

「バラしちゃイヤーン☆」

 カイルの声に気づいた魔獣が振り返る間も無く。
 ずぶり、と。
 背後から突き立てられたナイフによって魔獣の心臓が穿たれる音が、やけにはっきりと聞こえた。



「やーれやれ、疲れたよ」

「同感だ」

 吐き捨てるように呟き、レギウスは【眠りの雲】によって眠らされたステラを揺り起こす。
 寝ぼけ眼のステラは『もう食べられないよ~』とお決まりの台詞を口にしてレギウスに引っ叩かれた。

「みんな、あれ」

 ようやく【蜘蛛の糸】の呪縛から解放されたターニャが、壁を指差している。
 良く見なければ分からなかったが、そこには両開きの古い扉があった。

「乗りかかった舟だ。行ってやろうじゃねェか」

 レギウスはふらつきながら、床に転がっている杖を手にした。
 先ほどまでの所有者はもうこの世にいない。

「レギウス、この先にこいつのお仲間がいたらどうすんのさ」

「居たんならもうとっくに出てきてるだろうよ。
 出てこないって事は居ないか動けないかだ」

 正直なところ、レギウスは魔獣の仲間に出てきてほしかった。
 たった今手に入れた杖の魔具を、存分に試し撃ちしたい気持ちで一杯なのだ。

 わずかな期待とそれを否定する落胆を胸に、レギウスは扉を蹴り開けた。

「ここは……」

 さっきの部屋に劣らず、狭い部屋だった。
 そこではいくつもの光が不規則に蠢いている。
 その四隅には小さな呪符が貼り付けられており、どうやら空間を切り取っているらしい。



 得心したようにレギウスは頷くと、一つだけ残った星型の障壁を砕き、破片を四隅の呪符へと投げつける。
 呪符に記された文字が破られ、その意味合いが変化する。
 切り取られていた空間には解れができ、やがてガラスの割れるような音と共に空間は元に戻った。

 蠢いていた光は戸惑うようにあちらこちらへ移動する。
 その一つがレギウスたちに近づき、通り過ぎ、教会の外へと放たれた。
 すると他の光も導かれるように、一つまた一つと教会の外へと解き放たれていく。

「きれいだね~」

「……、そうだな」

 レギウスはナイフを仕舞い、杖の先端を地へ向けた。
 ステラはそれこそ星を見るように胡坐をかいて、槍は傍へ転がした。
 ターニャは目を輝かせて、いそいそと羊皮紙の束を取り出した。
 カイルは寝転がって、光の一つ一つに手を振った。

 やがて全ての光が解き放たれた頃、最後に一つだけ残った光がレギウスに近づいてくる。
 明滅する光、それは――

「あぁ、オマエだったのか」

 ぼんやりとした輪郭が浮かび上がり、この教会にレギウスらを迎え入れた神父の姿となった。

「……、――――――」

 神父の口が言葉を紡いだ。
 しかしレギウスたちの耳には、発せられた言葉は聞こえなかった。
 それでも、声がなくてもレギウスには伝わる。

「――ハッ、礼なんざいらねェよ」

 彼がレギウスらをここへ呼んだのは、この為だったのだから。

 なるほど冒険者というのは不思議なものだ。
 王侯貴族から依頼が来る事もあり、古の魔竜を打ち倒す者もあり、かと思えば一銭にもならない仕事を通りすがりの幽霊から依頼されたりもする。
 それを楽しめる者でなければ、冒険者ではない。

 レギウスたちは皆が皆、この出会いを恨めしく思ってはいなかった。



【あとがき】
『星を追う者たち』、最初のシナリオはABCさんの「眠りの森」です。
「寝る前サクッとカードワースvol.2」に収録されているだけあって、サクッと終わる短編シナリオです。
痩せすぎず太りすぎず、何とも健康的なシナリオでした。

真夜中でしかも地下を探索するというある意味『狭められた視界』は、文章のダイエットを表している気がしますね。
暗闇の向こう、削られた文章を想像して楽しむのも、このシナリオの遊び方だと思います。

最後の戦闘は、実際はもう少し長かったです。
一撃必殺級の【魔法の矢】が飛来するので、レギウス以外のメンバーは【攻撃】してました。
事前プレイで何度ゲームオーバーになった事か……
【守護の聖印】は使いそうなPCがいなかった為、荷物袋行きでした。どっかで使いたいなぁ。

レギウスのナイフについては作中では時代が違うのであえて固有名詞を出しませんでしたが、アサメイを意識しています。
……まぁ、早速別アイテムに取って代わられましたが。


☆今回の功労者☆
レギウス。【風の刃】の威力がなくてはクリア不可能でした。

報酬:
なし

戦利品:
【隠者の杖】→レギウス
【守護の聖印】


≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『眠りの森』(ABC様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。

スポンサーサイト


この記事へのコメント

この記事へコメントする














(△お好みの文字サイズになるまでクリックしてください)

周摩

Author:周摩
しがないリプレイ書きのブログです。

Info.
当ブログはリンクフリーです。報告は不要ですが、あれば相互リンクさせていただきたいと思います。

周摩のシナリオはこちらへどうぞ。

QRコード