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『牧場を荒らす者』 

 真昼だというのに、薄暗い室内にレンツォは寝そべっていた。
 酷使が過ぎて上がらなくなった右腕は指先の感覚がなくなっている。
 どれだけ吸っても整わない息が恨めしい。

「あ、兄ィ……もう止めにしやしょう」

 いかにもチンピラといった風貌の男が、情けない声を出している。
 無理もない、レンツォは昨日の夜からぶっ通しで鍛錬をしているのだ。
 それにつき合わされているチンピラもへとへとになっている。

「ざけんな……まだやる……!」

 口ではそう言ってもレンツォは立ち上がれない。
 それどころか口以外動かせない。

「でもこれ以上やったら兄ィがぶっ壊れちまうよ……」

「……、続けるぞ」

「あーもういいよ。寝てな寝てな」

 不意に飛んできた声に、レンツォは億劫そうに振り返る。
 そこには特徴的なクリーム色の髪をした少年、カイルがいた。

「何を張り切ってるんだい。君らしくもない」

「……、放っとけよ」

「投擲芸の練習だろ、放っておけるかい。
 そっちがその気ならボクが教えてやらない事もなかったのに」

 カイルはいつもの人を小馬鹿にしたような笑みを消している。
 その表情だけで次の言葉が予想できる。

「どうしようが同じさ。僕には『蛇』の才能なんてない」

「……そりゃこいつは『蛇』の芸でもやたら仕込むのが小難しいもんだし。
 君の得意な『猫』や『梟』に仕込むような芸とは違うものさ」

 盗賊同士では独特の隠語を用いて会話するのが普通だ。
 『蛇』とは暗殺者、『猫』はスリ、『梟』は見張りを指す盗賊間での隠語である。

 『大いなる日輪亭』で最も投擲の技が得意な者はカイルをおいて他にはいない。
 その彼が茶化す事もせずにそう判断したのだから、欠片の望みもないのだろう。

 的として設置した厚めの木の板には、一箇所も貫通した傷はない。
 一晩を通してやり続けた訓練でただの一度もまともに刃を突き立てられなかった。
 情けないにも程がある。

「でもさ、分かってて続けるのに価値はあるのかい?」

「納得できるかって問題とは別だろ」

「限界までとことんモード、か。
 結局、『煤鼠すすねずみ』は黒になりきれないのかねぇ?」

「……、」

 『煤鼠』。
 かつてレンツォがギルド内で呼ばれた二つ名だが、これは決して名誉なものではない。

 リューン地下に存在する広大な下水網に設けられた盗賊ギルドには『黒鼠』と呼ばれる、裏の世界では有名の盗賊がいた。
 それにあやかったといえば聞こえはいいが、実態は『黒』になりきれない半端なものとして薄汚い『煤』の字を当てられただけだ。
 しかしレンツォはこの呼び名を嫌ってはいなかった。

 盗賊とは結局、日の目を見る事のできない人種だ。
 それなら煤を被っていようが闇の中では見分けがつかず、日の元に出ても隠れ蓑となる。
 能ある鷹は爪を隠すもので、『煤鼠』はそれを表しているとも取れた。

「『蛇』の芸は全部ダメだったんでしょ」

「だから焦ってんじゃないか……」

「こだわる必要ないんじゃない?
 君の持ち味活かしてりゃいいと思うけどね」

 確かにカイルの言葉にも一理ある。
 事実『月歌を紡ぐ者たち』というパーティは総じて戦闘力が高い。
 吸血鬼の力を持つコヨーテを筆頭に、凄腕の魔術師バリー、百発百中の弓の名手チコ、白兵戦最速のミリア。
 そんな中で、レンツォの付け焼刃の技が役に立つとは思えない。

 それでも後悔はするのだ。
 無能と役立たずなら前者がマシだとしても、何かをせずにはいられない。

「……『煤鼠』が隠しているのは能じゃなくて恥なんだよ。持ち味なんてありゃしない」

「そうかい? まーそういう事にしててもいいんだけど」

 カイルはわざとらしく口笛を吹いて、

「あっ、そういえば『陽光』のマリナさんから情報回ってきてたんだった。
 ボクらにはあんまり必要なかったから、君にあげるよ」

 にんまりとした、実に厭らしい笑みを浮かべた。



 コヨーテ=エイムズは半吸血鬼である。
 人間でもあり吸血鬼でもある半端な存在である彼は、幼い頃にヒトの優しさに触れ、人間の側へと歩み寄ろうと心に決めた。
 彼に優しさを教えたヒトは半端者のくだらない運命に巻き込まれて死んだ。
 この頃から、コヨーテは形振り構わずに人間の側であろうとの魂に誓った。

 コヨーテは人間が吸血鬼に襲われる事、殺される事を許せない。
 欠片でもニオイを嗅ぎ取れば全力を以って排除しようとするだろう。

 とはいえ、彼が手に取っている貼り紙にそういうニオイを感じ取った訳ではない。
 一枚の羊皮紙から吸血鬼が関わっている事を見抜けるのなら苦労はしないだろう。
 それでも依頼の貼り紙にはたった一語、コヨーテの興味を引く言葉が綴られていた。

「『近頃、家畜が血吸い鳥の被害に遭っています』……」

 聖誕祭の夜、コヨーテが自らの正体を明かして間もなく、彼はレンツォに吸血鬼に関わっている可能性のある情報を探すように頼み事をしていた。
 誰もが一笑に付すような噂でも細かく情報を持ってきてくれたのだが、現在はある時期を境に情報の質と量が極端に落ちている。
 その『ある時期』というのが闘技都市でエコマと名乗る吸血鬼と戦った直後からというのだから始末に終えない。

『――あ、そうそう。
 たぶんこれからコヨーテさんを殺そうとする吸血鬼は「組合」にはいなくなると思いますよ』

 馬鹿みたいに軽く、エコマはそう言っていた。
 もしかしたら本当に吸血鬼全体の動きが制限されているのだろうか。
 『属性』だの何だのとも言っていたが、エコマの言葉は何一つ理解できないままだ。

(……、しかしレンツォの情報網というのも大したものだな)

 この貼り紙はレンツォの仲間のチンピラ風の男から受け取ったものだ。
 なんでもレンツォは手が離せない状況らしく、代わりに届けに来たのだという。
 終始彼がビクビクしていたのは、『月歌』結成前に宿の娘アンナに手を出そうとしてコヨーテが叩き伏せた過去があるからだろう。
 その件に関してはもうとっくに水に流したはずだが、こうも怯えられるとさすがに居心地が悪い。

「次の仕事か?」

 もはや『月歌』専用テーブルと化した大人数用テーブルに、レンツォ以外のメンバーがいつも通りに座る。
 チンピラ風の男がミリアの姿を見てそそくさと逃げ出してしまった事も構わず、二人はコヨーテの持つ貼り紙を覗き込んだ。

「血吸い鳥ねぇ」

 そう呟いて、ミリアはコヨーテの目を見る。
 ミリアは暗に吸血鬼絡みの事件なのか、と聞いているのだろう。
 対してコヨーテは首を横に振り、

「初耳だ。オレも全てを知っている訳じゃないから断言は出来ないが……」

「血吸い鳥ってのは通称で、一部の地域じゃデリハースと呼ばれる魔物だな」

 コヨーテはデリハースという名にも聞き覚えがなかった。
 どうやら他のメンバーも初耳らしく、バリーに情報を求める。

「普段は岩山なんかの洞窟に群れで棲んでるんだが、エサが減る雪の時期になると食料を求めて人里に降りて来る事もままあるらしい。
 こいつらは中型動物の血を食料としているからな、畜産農家にとってはまさに天敵ってところだろ」

「あれ、でもおかしいよ。
 どうして雪もほとんど溶けた今頃なの?
 獲物が少ないから人里に降りて来るのは分かるけど、今はもう野生の動物も活発に動き出す頃じゃない。
 そんなに食料に困る事はないと思うんだけどー?」

「そうだ、そこがよく分からんところではある。
 デリハースはあまり知能の高い妖魔じゃない。
 となると可能性として挙げられるのは、やはりデリハースとは別の種の介入ってところじゃねぇか?」

吸血鬼ヤツらが関わっている可能性もあるのね。
 そういえば以前に似たような依頼請けて相対する破目になったわね」

 その呟きに、場が一瞬にして静まり返った。
 以前請けたヨーク村からの依頼では蝙蝠だったのだが、確かにシチュエーションが似ている。
 蝙蝠の事件との直接の関連はなかったものの、結果的に吸血鬼と相対する事件へと発展した。

 吸血鬼が介入している事件など、決してロクなものではない。
 そもそも好き好んで吸血鬼と相対したいなどと誰が考えるだろう。

「その可能性は薄い」

 沈黙を打ち破ったのはコヨーテの声だ。

「ヤツらの狙いが見えないのはいつもの事だが、それにしても回りくどい。
 わざわざ妖魔を操って家畜を襲わせる事にヤツらのメリットが見えないし、これに関しては何となくだが他の何かが関わっている気がしない」

「考えたくないけど、兵力増強って理由はないの?」

「ヤツらにとっては同種か人間以外の生物なんて『その他』の一括りだ。
 同種との争いでは役に立たず、人間相手なら扱いやすい他の動物を使う。
 血吸い鳥なんて珍しい種を使役しなければならない特別な理由がない限り、専用の使役術式を開発して適用する手間が惜しいだろう」

「俺の知り得る限りじゃ血吸い鳥や吸血鬼以外の吸血種を要する術式は存在しない。
 こりゃあひょっとするとそんなに大事じゃないのかもしれないぜ」

「何となくを重ねて悪いんだが――」

 コヨーテは照れくさそうに鼻の頭を掻いて、

「何となく。吸血鬼ヤツらと関わる際に嫌というほど味わう、きな臭い感じがしないんだよな」

 コヨーテの直感は、外れることの方が少ない。
 『大いなる日輪亭』では知らない者はいないほど有名な話であるが、所詮は直感でありコヨーテ自身が『嫌な予感』の重要度を理解できる訳ではない。
 もしかすると表面上では臭ってこないだけで、深部ではどす黒い何かが蠢いているのかもしれないのだ。

 しかし、せっかくレンツォが探してきた情報であり実際に被害に遭っている人間がいる以上、見て見ぬ振りをするのは難しかった。

 改めて依頼書を読み込んでみると、依頼主はリューン近郊の村で牧場を営んでいる農夫だった。
 近くに発掘済みの遺跡があり、そこに血吸い鳥が住み着いているという。
 報酬は銀貨九〇〇枚と一般的な討伐依頼としては少々高めだった。

「大雑把に聞くが、デリハースは厄介か?」

「そこらの冒険者なら骨の折れる相手だろうよ。
 名の通り空を飛べる奴らだが、体の大きさはゴブリン並だ。
 顎の力も相当だな。一度食らいついたら相手の血が枯れるまで離さないらしい」

「うへー、それが群れてるんでしょ?
 頭上の有利を取られた上に群れられたんじゃ面倒だねー」

「いや、もっと面倒なものがある。
 デリハースは『血分け』という習性を持っているらしい」

「ちわけ?」

「言葉通り、仲間に血液を分け与える行為だ。
 デリハースの血液は酸素に触れると変質・固化して一種の滋養強壮薬となる。
 その効果は強力でな、特に同種に対してなら高位の司祭の【癒身の法】に勝るとも劣らん」

「それ、厄介程度で収まるんですか?
 上空に逃げられたらバリーやチコしか攻撃手段がありませんし、持久戦になったらこちらが不利ですよ」

「だが、デリハースには分かりやすい弱点があるんだよ。
 『血分け』では火傷を治癒できないらしい。
 俺の炎の術式で焼き払えば、奴らの最大の利点は失われたも同然だ」

「なるほど……デリハースに関しての知識がない、または炎を扱えない冒険者なら避けて然るべき相手ね」

 バリーの持つ【炎網の囲い】は一撃の火力に欠けるが、回避不能の術式である。
 致命傷とまでは行かずとも『血分け』を行えないくらいの火傷を負わせる事は容易だろう。
 仮にデリハースがどれだけ群れようと、【炎網の囲い】は対集団用の術式だ。
 むしろ群れてくれた方がありがたいくらいだった。

「だったら術式の完成までバリーを守り通す陣形になればいいのか。
 どちらにせよレンツォが戻るまで出発できないんだし、作戦を幾つか練っておこう」

 それからというもの、一人欠けた『月歌』はあれやこれやと陣形を話し合った。
 結局、その日レンツォが戻ってきたのは夕刻だったので、出発は明日に延期となった。
 レンツォが異様に疲労困憊していたので、休ませる目的でもあったのだが。



 件の遺跡に辿り着いたコヨーテらを待ち受けていたのは、仄かな血の臭いだった。
 見れば、遺跡の至る所に変色した血液らしきものが付着している。
 『血分け』の跡だろうか。

「見張りはいない……と。裏で何かが糸を引いてるんなら、見張りの一つや二ついてもおかしくないんだけど」

 話し合った結果、陣形はほぼいつも通りとなった。
 前衛にコヨーテとミリア、索敵及び調査役としてレンツォも前列に加わる。
 そして後衛にバリー、チコ、ルナ。
 事前に遺跡はほとんど一本道という情報を仕入れているからこそ出来る、前方のみに集中した陣形だった。

 遺跡に入ってすぐ、分かれ道に差し掛かった。
 左手側の通路は行き止まりになっているらしく、右手側を進めば一本道になっているらしい。

「んで、数日潰して何かできたの?」

「いきなりざっくり来たね……結論から言わせてもらうと、ダメだった」

「その割にはすっきりした顔してるじゃない。何かあったんでしょ」

 ミリアはしつこく食い下がる。
 このエルフはどうにもレンツォの仕事中に無駄話をしたがるようだ。

「自分を改造するのはもう止めたのさ。
 僕がどれだけ努力してもコヨーテや君のように強くなれない。
 敬虔な信徒でもなく魔術の素質はないし、チコのように一芸に秀でている訳でもない。

 だから諦めた」

 何を、と聞き返すミリアの声は口に出なかった。
 唐突に振り向いたレンツォがもう一方の通路を突き刺すように睨めつけている。

「お出ましだ」

 騒々しい羽音が行き止まりの通路から聞こえてくる。
 遺跡の天井すれすれを飛んでいる二体のデリハースの姿も確認できた。

 しかし『月歌』の面々は双方の通路の調査の為、丁度十字路の真ん中にいる。
 このままでは下手すれば挟撃される。
 あまり状況は良くなかった。

「ミリア、君は後方のバリーたちの援護を。
 もう一方の通路からデリハースが来たらマズい事になる」

「待ちなさい、作戦忘れたとは言わせないわよ」

 空を飛べる相手には前衛や後衛といった配置は無意味だ。
 こちらも空を飛ばない事には後衛の前に出る事ができないからだ。
 故にバリーの立てた作戦とは、なるべく前衛がデリハースの興味を引いている間に速射が可能なチコで攻撃しつつ、バリーが術式を完成させる、といったものだった。

「コヨーテもいるし、注意を引くくらいならどうにでもできるさ。
 それにたぶん、この状況なら僕の方が適任だと思うよ」

 それだけ告げて、レンツォは駆け出した。
 前方では既にコヨーテが一体を相手取っている。
 もう一体をそちらに向けないように、コヨーテから離れた場所に立つ。

「――チッ!」

 仕方なく、ミリアは後方に向かう。
 それでも視線は前方に向けて。

 鳥類独特の甲高い鳴き声を上げ、デリハースは急降下する。
 嘴のない、爬虫類を連想させる大きな口を開け、レンツォを噛み砕こうとしていた。

「レンッ――!」

 予想以上に早いその噛み付きは、ミリアでさえ避けられるか分からなかった。
 そして戦闘のセンスのないレンツォには避けられないであろう事も分かった。
 コヨーテやミリアのようにある程度の長さの得物を持っているなら防御もできようが、彼が普段武器としているのはさして防御に向かないナイフだ。
 あれではナイフごと手首を噛み千切られるのではないだろうか。

 そこでミリアは気づいた。
 彼の手に握られているのはいつものナイフではなく、シンプルな形状の小瓶である事に。

 レンツォは一切淀みのない動作で、手の中の瓶を突進してくるデリハースの額へと放った。
 それはカウンターのような形になり、デリハースの額にぶつかった小瓶は粉々に砕け散る。

「――!!」

 突如、デリハースの体が真っ赤な火炎に包まれた。
 予想外の攻撃にひるんだのか、デリハースは撃ち落されたように地面に叩きつけられた。

 ミリアはてっきりバリーの術式が完成したのかと思ったが、どうやら違うらしい。
 彼の術式は広範囲に渡る為、あそこまで接近していたレンツォが被害を受けていないのはおかしい。
 そもそもバリーのいる後方からでは到底間に合わない距離があったのだ。

「……いや、すごいねこりゃ。迫力あるもんだ」

 レンツォが投げた小瓶は火炎の精霊『サラマンダー』の魔力が封じ込められたものだった。
 酸素に触れると魔力が活性化され、濃密な炎の属性を持つ魔力が燃え盛る。
 リューンのとある薬屋で販売されていたものだが、この店の情報を持ってきたのはカイルだ。

(後で何か奢ってやるか……あ、元々はマリナさんの情報だっけ?)

 レンツォは懐からいつものナイフを取り出し、火炎にもがくデリハースの喉を貫いた。
 もう一体のデリハースはコヨーテに首を刎ねられている。
 あの速度の噛み付きに即座に対応し、自分の技巧のみであの怪鳥を仕留めるとは驚きだ。

 やはり、とレンツォは再認識する。
 どうあがいても自分はコヨーテやミリアのように強くなる事はできないのだと。
 しかし、それに対してもう未練はなかった。

 自分は自分で他人は他人だというのなら、何も自分が強くなる必要はなかったのだ。
 同じ結果が得られるのなら投げナイフだろうが弓矢だろうが変わらない。
 古代の人間が獲物を仕留める為に石を磨いたように、現代の人間が何かを倒す為に剣を取るように、レンツォは彼の守りたい者の為に人類の知恵を武器に戦う。

 それはある種の妥協だったが、レンツォは後悔していない。
 自分を騙すのには慣れているつもりだから。



 遺跡の天井に巨大な穴が開いている。
 扉の向こう側にも達していて、これならデリハースが行き来していてもおかしくない。
 というより既に扉の向こうはデリハースのものと思われる鳴き声で喧しい。

「さて、どうやらこの向こうが巣のようだが……」

「はいはい、提案があるわ。
 とりあえずレンツォが突っ込んで【火炎瓶】を投げまくるってどう?」

「冗談きついよミリア! つかそんなにストックないし!」

「私に心配かけさせた罰よ。柄でもないのにカッコつけやがって」

「面倒くせぇ……落ち着けよお前ら」

 結局あの後、数回に渡ってデリハースと遭遇したが、コヨーテとミリアが上手く誘導した事もあって難なく殲滅に成功している。
 レンツォの持つ【火炎瓶】は炎に弱いデリハースに対して絶大な効果を発揮した。
 突然の奇襲に対してもバリーの詠唱の完了を待たずに炎による攻撃ができたのは大きい。

「情報によればこの先は大部屋が二つ連なっているらしい。
 そして鳴き声から察するにこの向こうが奴らの巣になっているはずだ」

「まぁ陣形は変える必要はねぇんだが……
 レンツォ、お前の戦力を確認しておきたい」

「【火炎瓶】はラストの一個。
 あとは似たような道具が幾つかあるけど、一つ面白いものがある」

 レンツォが取り出したのは繊細な装飾が施された小瓶だった。
 瓶の外見で中身を判別する為なのだろうが、これでは香水瓶と間違えてしまわないだろうか。

「こいつの中身は揮発性の高い睡眠薬だ。
 とにかく即効性のある薬品らしいから、先手を取るにはお誂え向きだよ」

「おいおい、【眠りの雲】も再現できるのかよ」

「つっても揮発性が高いから効果は長く続かないし、これって結構高いんだぜ。
 よっぽどの時じゃなけりゃあバリーの魔術に頼るさ」

「よし、じゃあこうしよう。
 これから巣に乗り込む訳だが、そこにデリハースが五体以上いたらレンツォはその瓶を放ってくれ。
 四体以下ならこれまで通りオレとミリア、そしてレンツォが陽動に走ってバリーの術式を待つ」

「おっけー了解!」

「それじゃ……行くぞッ!」

 合図と同時に、コヨーテは扉を蹴り開けて大部屋へとなだれ込む。
 既に聞き飽きたデリハースの耳障りな甲高い鳴き声が響き渡る。

「六体か……使うよ!」

 打ち合わせ通りに、レンツォはデリハースが固まっている地点に【催眠瓶】を投げ込む。
 繊細な小瓶は砕け散り、透明な液体が付近に撒き散らされる。
 視覚では判断しづらいが、既に揮発しているらしい。
 離れた箇所にいた一体を除いたデリハースの動きが鈍くなっている。

「……《残虐なる焔王のため息よ、欠片も残さず包み込め》」

 バリーの詠唱が始まる。
 【催眠瓶】の影響を受けなかったデリハースが飛びかかってくるが、チコの放った矢で翼を傷つけられ、バランスを崩したところでコヨーテの【レーヴァティン】によって貫かれた。

「――《囲え!》」

 半透明の網が炎を伴ってデリハースの群れへ直撃する。
 本来、【炎網の囲い】は低威力の術式であるが、炎に弱い相手には最低限でも最高の結果を叩きだせた。
 辺りに肉の焦げる嫌な臭いが漂い出すと、デリハースは身動ぎ一つしなくなった。

「ここにいたので全部かしら」

「逃げてった奴らもいるけど、もう鳴き声も聞こえないしたぶんそうだろうね。
 でも情報じゃもう一つ大部屋があるらしいし、そっちも見てから帰ろう。
 何かお宝でもあると嬉しいんだけどなぁ」

 大昔に発掘され尽くした遺跡に何を期待しているのか、レンツォはうきうきと扉を開けた。

「……おい、誰だよお宝だとか言ったヤツ」

「……あんたでしょ」

 鼻を突く濃密な血の臭い。
 その臭いの発生源には鷲と獅子の特徴を併せ持つ魔獣――グリフォン――がいる。

「どうしてこんなところにグリフォンが……!?」

 伝説に語られる上級妖魔グリフォンはコヨーテらの気配に気づいていながら動きを見せない。
 よくよく観察すると、妙な形をした槍のような武器がグリフォンの体に突き刺さっている。
 動きを見せないのではなく動けないのかもしれない。

「お腹には大怪我、天井も壊れていますし、どこかの誰かに討伐されかけてここまで逃げてきたのでしょうか」

「同類の瀕死を察知して『血分け』で助けようとしたんだろうな。
 そう考えりゃわざわざ家畜を襲ったのも、こいつの為に余分に必要だったって事で頷ける」

 つまり、瀕死のグリフォンが事件の発端という事らしい。
 放っておいても深手を負ったグリフォンは数日で衰弱死するだろう。
 しかし、ここの巣のデリハースはほとんど殲滅したとはいえ、それでも何体かは外へ逃げて行った。
 グリフォンを見逃してしまえば、戻ってきた固体が再び家畜を襲うだろう。
 これを解決するには『血分け』の必要を失くせばいい。

「……まぁ、吸血鬼が関わっていなくて一安心だよ」

「あら、随分と余裕綽々ね。手負いでも相手はグリフォンよ?」

「手負いじゃない吸血鬼の相手よりマシだろ?」

「そういえばそうね」

 軽口を叩きつつ、前衛の二人はそれぞれの得物を握りなおした。
 それが癇に障ったのか――人語を解するかは不明だが――グリフォンは吼え、巨大な翼を羽ばたかせる。
 腹を貫く槍が大きく揺れ、抉られた傷口から鮮血が噴き出しているがお構いなしだ。

「的が大きくて助かるよ!」

 真っ先に動いたレンツォが放ったのは【火炎瓶】だ。
 グリフォンは飛来した瓶を鉤爪で叩き落したが、魔力が外に漏れた事で火炎が舞う。
 耳を劈く咆哮が遺跡に響き渡る。
 勢いに乗るようにミリアが右側から飛びかろうとするも、鉤爪に阻まれ迂闊に近づけない。

「おっ、とと。さすがに接近戦はマズいみたい」

「近づけないんなら遠距離からブチ抜くよ!」

 グリフォンの咆哮を隠れ蓑に、チコの弓は引き絞られる。
 正確な狙撃は右の翼の付け根に突き刺さった。

 翼を負傷した事で焦りが出たのか、グリフォンは上空へと飛び上がる。
 怪我によりバランスが崩れていたが、どうにか飛ぶ事はできるらしい。

「――逃がすな、黒狼ッ!」

 【天狼突破】。
 咄嗟に、コヨーテは左腕を狼に変換した。 
 黒い尾を引く彗星のような速度で、黒き狼はグリフォンへと迫る。
 

「――――――――!!!」

 耳を劈く断末魔が遺跡に響き渡る。
 あろう事か、黒狼は刺さった槍を強引に押し出したのだ。
 辺りに大量の鮮血が舞い、濃密な血の臭いが漂う。

 地に落ちたグリフォンはしばらく痙攣していたが、やがて動かなくなった。



「おう、お帰り……うお、血生臭え!」

 『大いなる日輪亭』に帰還したコヨーテたちは、開口一番に宿の親父から文句の言葉を頂戴した。
 一羽ばたきで遺跡の天井を越えたグリフォンが撒き散らした血液やら何やらは、地上のコヨーテらに満遍なく降りかかったのだ。  そんなこんなで一仕事終えた後だというのに、血を洗い流して服を着替えるまで、落ち着いて空腹を満たす事すら叶わなかった。

「……ちょっとしたハプニングがあったがな。どうにかなったよ」

「ハプニングねぇ……血吸い鳥から血でも吐かれたのか?」

 親父は根菜と鶏肉のスープを人数分並べながら、適当に聞き返した。
 青い顔をしたルナが、

「空から降ってくる臓物はトラウマになりそうですよ……」

 と呟いていたが、深く聞かない方が良さそうだった。
 何しろこれから夕食なのだ。

「ところで親父さん、コレ何か分かる?」

 レンツォは壁に立てかけた槍を指差した。
 グリフォンに突き刺さっていた槍だが、見たところ珍妙な機巧からくりが内蔵されているらしいので戦利品として持ち帰ってきたものだ。
 どうも外見だけではどうやって扱うのかが分からず、かといって分解してしまうと元に戻せる自信がない。

「何だこりゃ、機巧の武器? 珍しいもん見つけてきたなぁ」

「やっぱ珍しいヤツ? 高く売れるかなぁ?」

「保障はできんが……何なら買い手を捜してやろうか」

 自分で探しても良かったが、武器に関しても機巧に関しても門外漢なレンツォはすっぱりと諦め、機巧の槍はひとまず親父に預ける事になった。
 そもそもあの槍は見た目通りに重い。
 コヨーテがいなければ持ち帰る事すら諦めただろう。

「そういえば例の牧場近くでグリフォンを見たって噂を聞いたんだが……
 って、おい。何でお前らみんなしてため息ついてるんだ?」

「親父さん、変な話振らないでよ! こっちはご飯食べてるんだよ!?」

「いやいやちょっと待て。食卓でグリフォンの話ってタブーだったのか?」

「しかもよりによってトリニクよ……連想するなって方が無理だわ!」

「落ち着け、トマトスープじゃなかっただけマシだ」

「バリーこそ落ち着いて。それじゃ逆効果だからー!」

 後ほど依頼の話をしたら親父さんは夕食代を奢りにしてくれた。
 どちらにしろ落ち着いて食事は取れなかったが、結果オーライという事にしておこうと心に決める『月歌を紡ぐ者たち』だった。

 ぎゃあぎゃあと騒がしい『大いなる日輪亭』の夜は更けていく。



【あとがき】
今回のシナリオはThe Baddestさんの「牧場を荒らす者」です。
血吸い鳥という妖魔を退治する、シンプルな短編討伐モノですね。
終盤で発覚する最奥のボスへの繋がりと伏線など物語の運びが非常に上手く、妖魔数の制御やアイテム入手に関しても非常に作り込まれています。
攻守揃った作品ですので、未プレイの方は是非。

さて、今回発覚した盗賊としてのレンツォの二つ名ですが、カッコよくもなく卑屈すぎない名前を考えるのに苦労しました。
元ネタになった『黒鼠』はご存知の方もいらっしゃると思いますが、そうですあの『金狼の牙』のエディンさんです。
Leeffesさん、こういう形で申し訳ありません。

チンピラについてはミリア登場編とレンツォ登場編を参照してください。
作者自身があいつらを再登場させる事になるとは思っていませんでした。

レンツォはアイテムユーザーになりますが、今後のアイテム補充はそれぞれのリプレイ開始前に購入していた事にします。
エドワードさん、今後ともよろしくお願いします。

購入:『エドワードの薬屋』
【キュア・ポイ】-80sp×3(-240sp)
【キュア・パラ】-80sp×2(-160sp)
【火炎瓶】-60sp×3(-180sp)
【氷結瓶】-60sp×3(-180sp)
【催眠瓶】-150sp
合計-910sp

☆今回の功労者☆
レンツォ。初めて戦闘で役に立ちました。

報酬:
900sp

使用:
【火炎瓶】×3
【催眠瓶】

戦利品:
【ヴォーテクス=D】→売却→+5370sp

銀貨袋の中身→8282sp


≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『牧場を荒らす者』(The Baddest様)
『エドワードの薬屋』(たてやん様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。
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周摩

Author:周摩
しがないリプレイ書きのブログです。

Info.
当ブログはリンクフリーです。報告は不要ですが、あれば相互リンクさせていただきたいと思います。

周摩のシナリオはこちらへどうぞ。

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