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『滅びの呼び声』(2/2) 

「そのオルゴールって貰いものなんですよね?
 だったら元凶の人物を捕まえて、オルゴールを突き返せばいいのでは?」

「相手が『受け取る』意思を見せないと渡せねぇ代物だぜ。
 話の内容から察するに、相手はこれがどういうものか理解してやがる。
 当然突っぱねるだろォな」

「でも話を聞く分には教えてくれるかもしれなわよ。
 最悪、命が惜しければ~って脅せばいいし。
 このオルゴールが何なのか分からない状況ってのはかなりマズいと思うのよね」

「分からないなら分からないで賢者の塔に調べてもらうって手もあるな。
 確か、この街にもあったはずだ」

「賢者の塔なら曰くつきの品でも預かってくれる可能性はある。
 相談っつー名目で持ち込むのもアリだと思うぜ。

 ただなぁ、賢者の塔はここよりも更に壁を隔てた内周にある。
 俺らにはそこに立ち入る権利がねぇ……」

「じゃあさ、まずオルゴールについて調べるところから始めよー。
 これが何なのかが分かればそこから対処の方法も生まれるっしょ」

「そうだな、人に見せて情報を集めるか。
 いや、元凶の男を追うのが手っ取り早いか?」

「一つさ、最上級に簡単で最下級に下衆な方法があるんだけど」

「それってもしかして」

「元凶の男と同じ手を使うって事さ。
 実行するなら何も知らない、赤の他人に対してやらなくちゃいけないけど」

「……それは今すぐ却下しておくよ」

「んー、だいたいこんなところかな? そんじゃ動こう!」

 目下の方針は情報収集だ。
 あの元凶の男を捜し出し、できれば返却し、無理なら情報を搾り出す。

 一階に降り、女将さんに外出する旨を伝える。
 特に行き先を聞かれるような事はなかった。
 夕食の後片付けに忙しいようだ。

 雨足が少し弱まっていたのは僥倖だった。
 外周のスラムへ向かうのにも軒下を通ればそう濡れずに済む。
 雨天だろうがお構いなしに、スラムには人がいる。

 聞き込みを開始するも、誰も彼も非協力的だった。
 銀貨でも握らせてやれば喋るかもしれないが、その相手が情報を掴んでいるとは限らない。
 むしろそんな事をしてしまえば情報を持たない者ばかりが大勢集まってしまう。

 四苦八苦しながらも聞き込みを続けるも、一向に進展はない。
 ふと、ルナは座り込んでこちらを見つめる視線に気がついた。
 視線の主はみすぼらしい少女だった。
 傷んだ髪はガサガサで、着ている物も元の色が分からないくらいに泥の染みで塗りつぶされている。

「こんばんは。人を探しているんですが、左手の小指が欠けた男の人を知りませんか?」

「……、なにか食べ物もってる?」

 そう言ったきり、子供は再び押し黙った。
 見かねたルナはコヨーテを呼ぶ。
 彼は宿の二階に昇る前にパンを一つ持っていったはずだ。
 あれからすぐにオルゴールの呪いが露見したのなら、まだ食べられずに持っているかもしれない。

「見つかるなよ」

 事情を聞いて小さくため息をついたコヨーテは、周囲に隠すような動作で紙袋に入れていたパンを少女に渡す。
 コヨーテの忠告を聞くまでもなく、少女はその場で貪るように食べた。
 最後の欠片を嚥下えんかした後、少女は口を開いた。

「……ヨハンのおじさん」

「知っているのか? 左手の小指が欠けた男を」

 少女は控えめに頷いた。
 彼女の拙い説明を総合すると件の男の名はヨハンというらしい。
 元冒険者でそれなりの腕があり、厄介ごとを解決してくれるのでこの地では人望があるようだ。
 彼女も以前に関わった事があるらしく、ヨハンの住まいまで教えてくれた。

「当たりか……お手柄だ、ルナ」

 早速教えられた通りの場所へ行ってみると、そこは半ば朽ち果てた廃墟だった。
 ドアと呼べるものはなく、かつて着いていたであろう蝶番はボロボロに錆付いている。
 警戒しながらコヨーテはかつてのドアをくぐった。

「――!」

 はたしてそこに元凶の男はいた。
 相手もこちらの姿を見て取ったのだろう、驚きに目を見開いている。
 最初の驚きが去ると、以外にも男は落ち着いた様子になった。

「……そうか、箱の件で来たのだな」

「知っている事を全て喋ってもらおうか」

 男は今更隠し立てする必要もない、と前置きして、

「ナーダ教について知っているか。
 この外周のスラムで信仰されている宗教で、私も信者の一人だ。
 宗派により集会所がいくつかあるが」

 コヨーテはバリーを一瞥したが、彼は首を横に振った。
 そもそもコヨーテらがツェナイグを訪れたのはこれが初めてだし、壁の内側にも聖北教会があるというのにそのお膝元で別の宗教が広まっているとは思いもよらない。
 知らなくても問題ないのか、ヨハンは話を先へ進める。

「先日の事だ。
 家にいた私は、突然大地の揺れに見舞われた。
 地震の規模は大した事はなかったのだが、集会所の安否が気になってな。

 自身の安全を確保してからナーダ教の集会所へ赴くと、祭壇が壊れていた。
 その祭壇はナーダ教の発祥以前からこの地に土着の宗教が根付いていた頃のものの流用だ。
 誰も詳細は知らんが、相当に古いものだったらしい。

 その、壊れた祭壇の中から見つかったのが、それだ」

「……オルゴールが?」

「オルゴール風の外装は後から私が被せたもので、元は小箱だ。
 底の部分が外れるから開けてみろ」

 彼の言うとおりに底を弄ると、蓋が外れて小さな箱が現れた。
 中を開いてみると、そこには幾つかの骨片と一枚の羊皮紙が入っている。
 骨片はどうにも人骨のように見える。

「羊皮紙はその遺骨の人物が生前に書き記したもののようだ。
 狂おしく熱に帯びた筆致でこのような事が書いてあった」

 ヨハンは要点だけを掻い摘んで話す。
 遺骨の人物は位の高い神官、神の真理の求道者である。
 齢は五〇を超え、死の足音を近しく聞くようになった。

 だが自身の魂はあっさりと死の淵に追いやるには希少すぎる。
 神の道もまだ究めていない。
 そう考えた男は、禁断の死霊術に手を出す。
 自身をアンデッド化し、永遠の命を得ようと目論んだ。

「おいおい、死霊術師かよ」

 バリーが吐き捨てるように言った。
 『月歌を紡ぐ者たち』はほんの数週間前に大量のゾンビを操る死霊術師と相対したばかりだ。
 対してヨハンは気にせず、話を先に進める。

 編み出した術を行使し、男は一度死に、この小箱の中へ収まる事にした。
 箱の発見者がその『所有者』となるよう呪いをかけて。
 『所有者』が小箱の骨に葡萄酒を注いだ時、男はアンデッドとして復活する。
 永遠の存在となり、周囲に災いをもたらし君臨する。

「……前半と後半の記述の間には日数がかかっているようだ。
 神の道を究めるために永遠の命を求めていたはずが、死霊術に手を出してからは手段と目的が摩り替わり、『復活して周囲に災いをもたらす』とまで書いている。
 死霊術が穢らわしい禁呪とされる所以ゆえんが、これだけでも分かろうというものだな」

「……、」

「ああ、言いたい事は分かる。
 そんな厄介な代物を押し付けてよくものうのうと、と言いたいのだろう。
 悪いとは思ったが、先刻その御仁の戦う姿を見た時、この人ならこの箱に打ち勝つ事ができるかもしれないと思った」

「……打ち勝つも何も、そもそも復活しないようにあんたが保管すればいいだけの話だろう」

「その箱は譲渡、もしくは『所有者』の死により他者の手に渡る事で所有権が移るのだが、私に万一の事がありナーダ教過激派の手に渡るのが恐ろしくもあった。
 彼らはより多くに死をもたらす妄想に取り憑かれている。
 冒険者なら、このスラムと無縁の場所でカタをつけてくれるのでは、という身勝手な考えだった。

 自身とその周囲が無事に健やかに過ごせればそれでいいという矮小な人間だ、私は。
 卑怯者の謗りは甘受しよう」

 ヨハンは、これが私の知る全てだという言葉で締めくくった。
 廃墟の中を重い雰囲気の静寂が支配する。

「つくづく厄介なものを……」

「厄介程度で収まるかよ。
 賢者の塔に預けるって手が使えなくなっちまった。
 中身がこんなんじゃ預かってくれる可能性は低い。
 下手すりゃこれごと街を追い立てられちまうぜ」

「じゃーさ、この骨に金鎚でも叩き込んでぶっ壊してみるってのはどう?」

「何が起きるか分からんからやめろ。
 つーかその程度の対策を施してないはずがねぇんだ」

「やるつもりもなかったが、ヨハンと同じく他人を騙して押し付けるって手もダメだな。
 何かの拍子で葡萄酒がかかってしまったら復活してしまう。
 知らないんだから当たり前だ、何の解決にもならない」

「しかし逆を言えば葡萄酒をかけなければ復活はしません。
 もう魔法の抵抗力を削ぐ呪いは解呪されたんですし、このまま持っていてもいいのでは?」

「一生葡萄酒飲むな、近寄るなって言ってるのと同じだぞ?
 それ以前にオレたちが利用する宿は葡萄酒なんて置いてて当たり前だ、宿も取れなくなる」

「そっ、それは死活問題です……!」

「だったらすっぱりとお付き合いを断るのが一番。
 わざと死霊を復活させて、倒す。
 真相が判明した上で、一番単純明快な解決法はこれでしょ」

「まぁそうなるよな。
 他人に迷惑をかけずに綺麗さっぱり解決できる唯一の手段だ。
 ……問題は、勝てるかどうかだが」

「そうだな、これだけ手間の掛かる術式だ。
 ゾンビのような下級のアンデッドになるとは考えられねぇ。
 以前倒した死霊術師より手順が複雑だ、正気かどうかはともかく知性を持った個体で、生前の知識や技能を備えて復活すると考えた方が無難だ」

「知力は大した事ないんじゃない?
 私だったら羊皮紙に事実をありのまま馬鹿正直に書いたりしない。
 もっとこう、『葡萄酒かけたら願いが叶いますよ!』とかその気にさせる文を書いた方が良いに決まってる」

「死霊術にかぶれて正常な判断力を失ってたのかもしれねぇぜ。
 ……さて、戦うってぇんならこんなスラムじゃダメだな。
 他人に迷惑がかからないような都合のいい場所はねぇか?」

「街に入る時、すぐ傍に小さな遺跡があったっしょ。
 あそこはもう滅多に人が寄り付かないって話だし、そこでいいんじゃない?」

「あとは、相手がアンデッドだと分かっているんですから。
 教会に相談するっていう手もありますし、相応の準備を整えましょう」

「……よし」

 方針は固まった。
 葡萄酒はミリアが一本確保していたのでそれを使う事にする。
 危険は少ないが、どうにも葡萄酒が大量に置かれているだろう宿へ戻る気は起きなかった。
 この足で、すぐに対策を整える事になる。

「私に何か、出来る事はないかね」

 神妙な面持ちで、ヨハンは言った。

「いらないわ。アンタがいても足を引っ張るだけよ」

「……私一人では不可能だが、あなた達とともになら勝てるかもしれない」

「いらないっつってんでしょ。
 殺されても文句言えない事したくせに調子良すぎるわよアンタ。
 こっちはいい加減ムカつきっぱなしなんだから、もう黙ってなさい」

 ミリアは本気で怒っていた。
 その様子に肝を冷やしたのか、ヨハンは神妙な面持ちで頷く。

 事実、ヨハンが傍にいては都合が悪かった。
 不死者との戦いで、コヨーテが自由に秘術を扱えないのは大幅な戦力ダウンになるのは明白なのだから。



 街のすぐ傍の遺跡に辿り着いた。
 根こそぎ盗掘され尽くした遺跡を見れば、人が寄り付かないという話もすぐに理解できる。
 折れた遺跡の柱の上に蓋を外した小箱を置いた。

 ルナは十字を切って祈りを捧げながら、聖水を十字状に振り掛ける。
 教会の神父曰く、こうする事である程度の力を削ぐ事ができるらしい。

 全員に【聖霊の盾】とチコの矢一本一本に至るまで全ての武器に【聖別の法】の聖句を唱えた。
 相手が高位のアンデッドという事が分かりきっているのだから、準備はやりすぎて困る事はない。
 その代償として戦う前からルナが疲弊したが、こればかりは仕方がない。

「……準備完了です」

「よし、じゃあ始めるよ」

 レンツォは葡萄酒の栓を抜き、小箱に目掛けて垂らした。
 すると骨は泡立ちながら溶け始め、そこから白い霧状の煙がたなびきはじめる。
 急いでレンツォが距離を取り、両手に炎と冷気の瓶を構えると、一陣の風が霧を薙ぎ払った。

「……、」

 そこには黒い衣を纏った不死者の姿があった。
 禁呪により不死を得た神官は目の前にいるコヨーテたちに気づく。
 コヨーテは油断なく得物を構え直した。

 だが、不死者のくぼんだ眼窩から毀れる眼光はコヨーテを通り過ぎた。
 それが捉えているのは、天へ届けといわんばかりに高くそびえる城塞都市ツェナイグの街壁だった。
 不死者がまだ神に仕える神官だった頃、まだツェナイグはその名とその姿ではなかったのかもしれない。

「………………っひ、」

 街の変貌した様子を見て時代の変遷を感じ取ったのだろうか。
 そんな考えが頭を過ぎったが、すぐに間違いだと気づく。

「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ……!」

 哄笑。
 壊れたように笑い続け、不死者はゆらゆらと身体を揺らす。
 唐突に、先ほどと同じ霧が漂ったかと思うと、霧の中から浮遊する髑髏の形をしたアンデッドがいくつも現れた。

「こいつッ!」

 チコは矢筒から無作為に数本を手に取り、空へ向けて引き絞り、放つ。
 聖別された矢は放物線を描いて不死者と浮遊する髑髏へと襲い掛かった。
 空を埋め尽くすような一瞬の豪雨の如き乱射は【夕立】という。

「ひゃひゃひゃ!」

 不死者は雨のように降り注ぐ矢を避けようともせず、いつの間に出現させたのか、右手に握った剣で打ち払った。
 彼と共に復活したのならあの剣も不浄な力を源としているのだろうが、聖別された矢では砕く事は叶わない。
 浮遊する髑髏の数体には直撃したが、どれもこれも貫通していた。
 どうやら聖別された事によって衝撃を受けはするものの、元々実体がないので突き刺さる事はないらしい。

 不死者はふらふらと不規則に舞い、最も手近なコヨーテに向けて手に現した剣を振るう。
 平凡とは言いがたい太刀筋ではあるが、聖夜に死闘を繰り広げたあの吸血鬼に比べればどうという事はない。
 強烈な振り下ろしの一撃を、【レーヴァティン】で逸らすように往なす。
 しかし浮遊する剣士と戦った経験などあるはずもなく、明らかに不浄な力を宿した剣の一撃を警戒し、易々と攻勢に出られない。

 続いて繰り出される遠心力を利用した、まるで子供だましのような空中一回転の一閃を弾く。
 体勢を崩した事により空中でほんのわずか停止した不死者に対し、好機と見たコヨーテは【レーヴァティン】を両手で握り、地を蹴る。
 滑稽な姿勢で宙に漂う不死者の首へ、鈍く輝く刃が迫る。

「――ッ!」

 しかし、届かない。
 矢のように飛来した髑髏がコヨーテの脇腹に喰らいついたのだ。
 意外にも強力な髑髏の歯はがっちりと肉に食い込み、そのまま嫌な音を立てて抉っていった。

「コヨーテッ!」

「……大事ない。くそ、不死者あいつも大概だが、髑髏まわりも厄介だな」

 次々に飛来する髑髏を往なしつつ、コヨーテは距離を取る。
 地面に赤い雫が点々と滴るが、抉られた腹部からの血はすぐに止まった。
 吸血鬼の持つ【治癒】が血管を塞いだのだが、コヨーテのような半吸血鬼では傷の治りも遅い。
 何度もこんな攻撃を受けていればいずれ【治癒】に回せる魔力が足りなくなる。

「あの髑髏は不死者あいつが死霊術で呼び出したモンだ。
 死霊術を極めた年代を考えりゃ、恐らく魔力の供給ラインを繋いで現界させるってぇセオリー通りの術式だろうよ。
 つまり不死者を倒しちまえば髑髏は消えちまうはずだ!」

「だからって髑髏こいつらを相手しながらもっとヤバい不死者ヤツを倒せってのは無茶な注文ね!」

「――まぁな、だからまずは不死者と髑髏を俺の術式で引き剥がして分断する!
 俺とチコで髑髏を誘導、コヨーテとミリアは不死者を抑えてくれ!」

 ある者は黙って頷き、ある者は了解と声に出して行動を始める。

 空中からの急降下に合わせた強烈な突きを、ミリアは【飛影剣】のステップで回避する。
 同時に追従するように飛来する髑髏を弾き飛ばす。
 一人で対処するには数が多すぎる分は横合いからコヨーテが、後方からチコの矢が阻んだ。

「《貫き徹す光の鏃、輝きを纏い疾く放たれよ》、――《穿て》!」

 初歩にして必殺と成り得る【魔法の矢】は髑髏の下顎骨を砕き、そのまま頭頂部を突き抜けていく。
 けたたましい笑い声を上げながら、一体の髑髏は溶けるように消え去った。

「……けひゃ」

 不死者の嘲笑。
 唐突な哄笑ではないそれに、全員の視線が不死者へと集う。

「ッ!!」

 その場の人間の、誰もが凍りついた。
 不死者は笑っているだけのはずだ。
 

「――ぇひゃ!」

 【魔法の矢】。
 それは意趣返しのような術式の行使だった。
 不死者の精神はとうの昔に焼き切れている。
 そんな相手の考えなど分かろうとしても分かりきれない。

「ッ、チィィ!」

 暴力的な魔力の凶弾を受けたのは、後方に控えていたバリーだった。
 ただ単に六分の一の確率に当たったのか、それとも厄介な魔術師だと理解していたのかは分からない。
 唯一理解できたのは、あの【魔法の矢】はバリーの魔力に対する抵抗力を以ってしても、急所を外す程度でしか受けられないという事だけだ。

「くそったれがァ、やるってんならよォ! とことん付き合ってやるぜ!」

 右肩を撃ち抜かれた事で力が入らなくなった為、【識者の杖】を左手に持ち替える。
 魔力を集中する。
 焼けるような痛みを発する右肩を無視して、ひたすらに集中を高める。

「けひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 不死者は再び高らかに笑い始めた。
 集中を続けるバリーに向かって滑るように距離を詰め、右手の剣を大きく振りかぶる。

「っひゃ――」



 グシャア! という鈍い音と共に、不死者の笑い声が断たれた。
 【鬼手捕縛】によって掴まれ、地面に叩きつけられた音だった。
 不死者は霊体であり実体を持たないが、吸血鬼の秘術たる【鬼手捕縛】は魔力により補助されている為、実体のない相手にも干渉できる。

「《立ち昇れ紅蓮の牆壁しょうへき、その威容で以って蹂躙せよ》」

 バリーの詠唱が紡がれる。
 それを合図にチコの矢が放たれ、浮遊する髑髏を一箇所へと集めていく。

「――《隔てろ》!」

 一切の無駄な動作を削ぎ落とし、バリーは【識者の杖】を振るう。
 不死者と集められた髑髏の間を引き裂くように。

 ゴウ!! と。
 示した線に沿って放たれた魔力が燃料となり、数メートルの高さまで火柱が立ち昇る。

 【火炎の壁】。
 場の行動を制限し、同時に移動可能な炎の壁が相手を焼き払う、攻守が揃った術式だ。
 【識者の杖】が再び振るわれ、炎の壁は集められた髑髏をじわりじわりと飲み込んでいく。

「不死者は任せたぞ! コヨーテ! ミリア!」

「「了解!!」」

 好機とばかりにコヨーテは【レーヴァティン】を突き立てようとするも、不死者は短く嘲笑して自らを掴むコヨーテの右手を弾いてしまった。
 【束縛】に対する自動制御の防御術式だろうか。

「逃がすかぁ!」

 横合いから飛び出してきたミリアの聖別された双剣が閃く。
 一閃と見まがう二閃、交差する軌道を描いて切り裂く【湖面の一閃】。
 身体の自由を取り戻したばかりの不死者は避けられず、人間で例えるなら腋から脊椎までをバッサリと切り裂かれた。

「――えっひゃひゃひゃ!」

 不死者は怯まない。
 怯むという機能すら失っている。
 それでも聖別された剣で斬り続ければいつかは存在を保つほどの魔力を失うはずだ。
 程度こそ違えど、コヨーテらは以前に不死者と化した死霊術師を斃したのだから。

「もう一発っ!」

 すかさずミリアは【飛影剣】での追撃の為に跳んだ。
 が、コヨーテは感じてしまった。
 背筋が凍るほどの、嫌な予感。

 かつて冒険の中で幾度となく感じてきた、確信めいた予兆。
 今回は以前感じたものと特によく似ていた。
 そう、あの絶望的な仄暗い地の底で放たれた、膨大な魔力で編まれた【炎の玉】だ。

「待てミリアッ――!!」

 叫び、ミリアの腰に巻かれたベルトを掴み、強引に後方に投げた。
 急激な逆方向への負荷により、ミリアは潰れたカエルのような声を上げたが、気にしていられない。

 短い嘲笑と共に、不死者は剣を天に掲げた。
 その剣先には素人目にも見て取れるほどの高濃度の魔力が蓄えられている。

 魔力の塊が白い光となって上空に放たれ、空を埋め尽くす雲に吸い込まれるように消えていく。
 違う、消えてなどいない。
 濃い灰色だった雲は邪な魔力を受け、ひたすらどす黒く染まる。

「――えひゃっ!」

 半瞬後、街外れの遺跡は大地を揺るがす轟音と共に、真っ白な光に包まれた。



 ツェナイグの街外れの遺跡には霧とは違う、白い煙が立ち込めていた。
 先ほどまで現代に蘇った不死者と『月歌を紡ぐ者たち』が激闘を繰り広げていたとは到底思えないほどに、静かだ。

「………………えひゃ、」

 静寂を切り裂いたのは、甲高い笑い声。
 生気を感じないその声は、不死者のものだ。

「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

 静かな遺跡に、ひたすらに狂ったような笑い声が響き渡る。
 それ以外には何も聞こえない。
 耳を澄ましてようやく、人間のか細い息遣いが聞こえてくる。

「……、」

 コヨーテは身動ぎ一つできないほどに叩きのめされていた。
 不死者の放った雷の術式が『月歌を紡ぐ者たち』のみならず、浮遊する髑髏さえも打ちのめしたのだ。
 近距離だとか遠距離だとかは関係なかった。
 もし一瞬前にミリアが妨害していなければ、下手すればツェナイグの街まで届いていたかもしれない。

「くそ……、雷に撃たれる経験なんて欲しくないってのに……」

 指先が細かく痙攣し、力が入らない。
 空に黒雲が広がった時点で、雷系の攻撃が来るものだと理解していたにも関わらず、コヨーテは【レーヴァティン】を手放さなかった。
 不死者に対しての攻撃手段がなくなる事を恐れたのだが、仮に【レーヴァティン】を手放していたとしても直撃を受けなかったとは限らず、ミリアへの被害を考慮すればこれが最善だと思えたのだ。

 代償として全身が一時的に麻痺し、【レーヴァティン】を握る右手は焦げついて白煙を上げている。
 意識ははっきりしているものの目の前の不死者への対抗策はほとんど失われた。

 不死者は哄笑を続けながら、右手に握った剣の切っ先をコヨーテの眉間に突きつける。
 剣闘試合や演劇でよく使われる『チェックメイト』の状態だった。

「……その面で演技派気取りかよ」

 それは単なる生前の癖だったのかもしれない。
 何しろこの不死者の精神はとうの昔に焼き切れているのだから。
 どちらにせよ、そのわずか三秒に満たない時間の中でコヨーテに逆転の手立てはない。

 眉間を突かれてもすぐに死ぬ訳ではなかろうが、それでも【治癒】には魔力の限界がある。
 激痛に溺れていつかは死ぬ。
 そんな絶望の未来が見えてなお、コヨーテの心境は静かなものだった。

 明確な希望はなく、手立てもない。
 それでもコヨーテは死ぬ気がしなかった。
 多大なリスクを負ってでも手放さなかった【レーヴァティン】が、勇気をくれている気がする。

 そんなコヨーテの心境など欠片も分からない不死者は、剣を握る手に力を込めた。
 切っ先がほんの拳一つ分動けば、コヨーテの額を貫ける。

「――っひゃ?」

 しかし、その距離は永遠に等しいほど遠くなった。

 骨を削ぐような凄まじい音が響き渡る。
 不死者の頭部に幾本もの矢が突き立っていた。
 それは、聖別された矢。
 この場でそれを扱えるのはチコをおいて他にはいないだろう。

 ぐらりと揺れる不死者の胴を、一筋の光が貫通していった。
 あまりの衝撃に、浮遊する不死者は弾き飛ばされる。
 この場にあって魔術の心得があるのはバリーをおいて他にはいないだろう。

 跳ね飛ばされた不死者を、今度は逆側から何かが弾き飛ばす。
 聖別された双剣が閃き、不死者の右腕を切り飛ばした。
 ここまでの【飛影剣】を扱えるのはミリアをおいて他にはいないだろう。

「……なんだ、みんな無事だったんじゃないか」

 バランスを崩し、地面に伏せた不死者に容赦のない攻撃が加えられる。
 それは瓶だった。
 うつ伏せの不死者の背で砕けた瓶は辺りに急激な冷気を撒き散らし、ローブと地面を縫い付ける。
 魔法の瓶を扱うのは誰だってできるだろうが、ここまで的確な判断を瞬時に下し正確な投擲を行えるのはレンツォをおいて他にはいないだろう。

「ええ、無事ですよ。あなたほど傷ついた人も他にいません」

 ちょっぴり皮肉を効かせて言った声の主は、疑いようもなくルナだ。

 結果的に、『月歌を紡ぐ者たち』はコヨーテを除く誰もが雷の直撃を受けてはいなかった。
 バリーやチコ、ルナの傍には膨大な魔力がうねる炎の壁があったし、レンツォの傍には浮遊する骸骨が、ミリアの傍には【レーヴァティン】を持ったコヨーテが立っていたのだから。
 彼らは落雷の衝撃により吹き飛ばされただけに過ぎず、大した怪我は負っていなかった。

「――そうか」

 コヨーテは短く呟くと、視線を水平に上げる。
 眼前には、不死者がいる。
 腕の痺れは完全には抜けきっていないが、それでも関係なかった。

「喰らえ、黒狼」

 【天狼突破】の秘術は魔力によって動かす。
 変換前の身体が痺れていようがお構いなしだ。

 黒狼は一吠えし、元気よく左手を飛び立った。
 弧を描くように旋回し、地面へと縫い付けられた不死者の背へ自身を地面に押しつぶすようにして喰らいつく。

 【天狼突破】も魔力による補強がされている秘術だ。
 相手が霊体だろうとお構いなしに追い続け、喰らいつく。
 そしてこの一撃は間違いなく心臓に牙を突き立てたはずだ。

「……ひゃひゃひゃひゃ」

 それでも哄笑が止まない事にギクリとするも、それ以上不死者は何もしない。
 やがて得体の知れぬ哄笑を残し、不死者は煙のように消え去った。

「……終わった、のか」

 次第に痺れがなくなってきた身体を起こし、コヨーテはそのまま座り込んだ。
 その傍で、ルナは消え去った不死者――かつての神官――に祈りを捧げた。

「塵は塵に、灰は灰に。
 あるべき場所へ還ったこの者に、主よ、聖寵のかぎりを与え給う」

 件の小箱が跡形もない事を確認し、コヨーテはつめていた息を吐き出す。
 今度ばかりは心の底から疲れた。

「……さ、戻ろうか」

 徒労感を振り払い、レンツォが言う。

「そォだな、夜も深い。明日に備えてさっさと寝ちまおうぜ」

「……これで報酬が出る訳じゃなし、飲まなきゃやってられないよ。
 まったく本っ当に災難だった。寝る前に一杯やろうかな」

 コヨーテの言葉は戦いに疲れた仲間たちからもわずかな笑いを誘った。
 疲弊した足取りで遺跡をあとにし、『月の背中亭』への帰路につく。

 夜も遅いというのに街の外へ出て、ボロボロになって数刻後に戻ってくるというのはどう贔屓目に見ても怪しい。
 さすがに門番から奇妙なものを見るような目で見られたが、特に何かを聞かれるような事はなかった。
 仮に何か聞かれていたとしても、そんな些事に構っていられない程に疲弊していたので割と強引に話をでっち上げていただろう事は間違いない。
 そもそも一から事情を説明したとして信じてもらえるか分からないのだ。

 足早に『月の背中亭』へと辿り着いたコヨーテは、宣言通り葡萄酒を一杯だけ呷り、すぐに眠った。
 他の面々も同じようなもので、少しもしない内に全員が深い眠りへと落ちていく。

 『月歌を紡ぐ者たち』の長い長い陰鬱な一日は終わりを告げた。


 教会の鐘が朝を告げている。
 八点鐘だ。

 ツェナイグ第四区画の路上には、朝市が立っていた。
 行き交う人々はみな常連なのだろう、店主と談笑しながら野菜を選んでいる。

「……さてと。あ、保存食は補充しましたっけ?」

「大丈夫だ。日が高くなる頃までにリューンに辿り着けるといいな」

 『月歌を紡ぐ者たち』は出発の準備を整え、宿を出た。
 宿にとって朝は忙しい時だというのに、『月の背中亭』の女将は箒片手に見送りに現れた。

「糧食はそれっぽっちで良かったのかい?
 夕食はあんなに食ったってのに冒険者ってのは変なところで節約するんだねぇ」

「わざわざ見送りなんて良かったのに」

「よっぽどの時以外、なるべく見送りはするようにしてるのさ。
 一生の中じゃ顔すら合わせない人間の方が多いのに、うちの宿に泊まってくれるなんてのはそうある事じゃない。
 そうだろ?」

 女将は影のある表情で、

「挨拶する間もなく何かの用事で慌てて出ていく冒険者もいるけどね。
 ……そういう冒険者には、大抵二度とは会えないんだよ。

 あんたたちはリューンの冒険者だったね。
 常宿ほどとはいかないまでも、うちも悪くなかったろう?」

「有り体にいって最高だったよー女将さん。手料理おいしかった!」

 チコの言葉に、女将は大きく口を開けて笑った。
 女将は知らないだろうが、実は味にうるさいチコからここまでの評価を得られた人物は相当少ない。

「うちの一番の売りだからね。
 リューンからもさほど遠くないし、またツェナイグに来る事もあるだろう?」

 この言葉には、コヨーテたちは顔を見合わえて苦笑いした。
 交易が盛んで遺跡にも事欠かず、魔法の品物の流通もある。
 冒険者にとっては確かに悪くない街だが、

(散々な目にあったからな……)

 誰も彼も同じように考えているのが見て取れたが、しかしコヨーテにはまた他の仲間と異なる思いもあった。

 街壁によって階級差があらわになっており、外側に向かうほど生活水準の低くなる街。
 街壁の外で暮らす人々の、淀んだ瞳、絶望と死、諦め。
 昨晩、外周のスラムを一人で歩いていた時に感じていた不思議な気持ち――奇妙な『共感』のようなもの――、それから目を背けたいだけなのかもしれない。
 本当は、の言葉が未だに胸に突き刺さっていて、抜けないのかもしれない。

「その様子じゃあ厄介事にでも巻き込まれたんだろ。
 確かにそうさね、色々と問題も多い街だよ。
 でもあたしらはここが嫌いじゃないよ。
 理不尽な事に抗い、精一杯生きてる人間だっている。

 気が向いたらまた来ておくれよ。
 今度は『月の背中亭』特製の木苺のタルトをごちそうするからさ」

「……ああ、それは楽しみだな。
 腹いっぱい食えるようにたっぷり焼いてくれ。
 じゃあな、女将さん」

 手を振って、コヨーテは歩き出した。
 空を見上げると、昨日の悪天候が嘘のような快晴が広がっている。
 この調子ならリューンまで天気が崩れる事はないだろう。

 今度こそ順調な帰路を願いつつ、歩み続ける。
 決して振り返らず、前だけを見つめて。



【あとがき】
今回のシナリオは柚子さんの「滅びの呼び声」です。
いわゆる巻き込まれ型のシナリオですが、巻き込まれからの怒涛の物語運びが魅力的な一作です。
1.29エンジンがMP3に対応した事で作られたシナリオとの事で、作中のBGMは全てMP3というこだわりっぷり。
それが作品の重厚な雰囲気にかっちり噛み合っていて素晴らしい臨場感を与えてくれます。

リプレイではヨハンさんをすごい蔑ろにしてしまいましたが、制約上の都合でした。
コヨーテの秘術はこういう縛りなのでいくつかプレイを見送ったシナリオもあるんですよね。
おかげで戦闘がきつくって仕方なかったです。いつもヨハンさんの傷薬に頼りっきりなのがばれました。
せめてルナが【祝福】を習得していればまた違ったのでしょうが……
どうにかギリギリで勝てましたが、更に戦いが激化していくでしょうし、強化が必要ですかね。

場面の転換が少ないので会話文が大目ですね。
近頃は話し合いシーンで勝手にキャラが喋ってくれるのがちょっと楽しかったり。
説明のバリー、発案のルナ、結論のミリアって感じの図式が成り立ちつつありますね。

ちなみにオルゴールは一七世紀頃に作られたのが原型らしく、その頃は家具のような大型なものだったみたいです。
CardWirth的には問題ないのですが、リプレイの作中(一四世紀頃)では小型の発条式オルゴールはたぶん開発すらされていない可能性がありまして……
発条は一五世紀でも存在はしていたらしいですが、こちらも小型化されていたかどうかは不明ですね。
でもまぁこんな細かい理由でこれだけの名作をプレイしないのも勿体無い、という事で一つ。

購入:
【パン】-50sp
【葡萄酒】-50sp
【火炎瓶】-60sp×3(-180sp)
【火炎の壁】-1200sp→バリー
(冒険者の店『奇跡堂』)
【夕立】-1000sp→チコ
(闘技都市エラン)

☆今回の功労者☆
ルナ。正直、彼女のドーピングがなかったら全滅してました。

報酬:
商人護衛+800sp

使用:
【火炎瓶】
【氷結瓶】


銀貨袋の中身→6602sp


≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『滅びの呼び声』(柚子様)
『エドワードの薬屋』(たてやん様)
『武闘都市エラン』(飛魚様)
『冒険者の店『奇跡堂』』(wiz様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。
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周摩

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