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『冬に咲く花』(1/3) 

 昨夜、この時期には珍しく降り積もった雪が帰り道の森林を白銀に染め上げ、日の光に輝いていた。
 辺りはとても静かで、ただ雪を踏みしめる音だけが六人分響いている。

「まさかこんなところで道に迷うとは……」

「リューンまではほとんど一本道だったよねー? 一本道で迷子になんかならないよフツー」

 コヨーテら『月歌を紡ぐ者たち』はアレリウスから続く街道をリューンへ向けて進んでいたところだ。
 何度も通った道であり、つい数日前に往路で通ったとあれば迷う事はほとんどありえない。

 自然に、一行の冷たい視線が先頭を行くレンツォに突き刺さる。
 レンツォは肩をすくめて頭を横に振るだけだった。
 その様子にため息をつきながらも、一行は足を進めようとした。

「恐らく、このまま進んでもどうにもならねぇんだろうな」

 バリーの呟きも静かな森の中では十分に聞き取れた。
 誰もがその言葉に頷く。

 何度も通った一本道で迷ってしまう事。
 レンツォが先頭を歩いていながら異変に気づけなかった事。
 さっきから同じところをぐるぐる回っている事、その全てが妙だった。

 言うまでもないが、コヨーテらは異様な事態に陥っている。
 歩けども歩けども見えてくるのは同じ光景ばかりだ。
 明らかに往路とは様子が違う。

「考えられる可能性としては罠か魔法か、ですが……」

「歩き回りながら罠がないか調べてみたけど、それらしいのは何も無かったよ」

 さっきの様子を見る限り可能性は低いだろうと予想していたルナは、すぐにバリーへ視線を向けた。
 消去法で残ったのは魔法、そしてバリーはそのスペシャリストだ。

「そォだな。やってみるか」

 バリーは【識者の棒杖】を構え、【魔力感知】のコマンドワードを唱える。
 すぐさま結果が反映されたのだろうが、バリーは眉間に皺を寄せて舌打ちした。

「辺り一帯から魔力が霧状に充満してやがる……
 発生源の特定は難しいが、異変の原因はこの魔力ってぇ事は間違いなさそうだぜ」

「やっぱそっち系かぁ……」

「解除は難しいだろうな。
 霧状に展開してるって事は『霧』の持つ『視界を狭める』性質を利用してるはずだ。
 それに上手く表現できねぇが何かこの魔力は異質なんだよ」

 無限回廊の術式を破る方法はいたってシンプルだ。
 術者に魔法を解かせる、術者を倒す、発信源が装置ならそれを解除もしくは破壊する事だ。
 現状では魔力の発生源が分からないので手が出せない。 

「えっ……?」

 みんなで解決法を模索している最中、突如ルナが声を上げた。
 何事かと目を向けて見るとルナは明後日の方向を見つめている。

「どうした、ルナ」

「今、そこに女の子がいました。
 あ! ほら、森の奥へ走っていきます。
 追いかけましょう、あの子もここに囚われてるのかもしれません!」

「おい、ちょっと……まったく、オレたちも追いかけるぞ!」

「罠かも知れねぇ! 気をつけろよお前ら!」


 しばらく走ると、木々が途切れて少し開けた場所に出た。
 無限回廊からは脱出したのだろうか。

 民家も人通りもないはずのひっそりとした森の中に教会が建っていた。
 入り口にルナの見慣れた聖北の印が刻まれている。

「……聖北の教会?」

 目の前の少女は大きな青の瞳でじっとルナの目を見つめている。
 美しい銀の髪に、雪のように白い肌。
 雪の妖精と言われれば信じてしまいそうな容姿だった。

「あなたは……?」

 少女は問いには答えず踵を返して教会へ向かい、そして吸い込まれるように消えてしまった。

 あれだけはっきりと見えていたのだ。
 ゴーストや幻覚の類とは考えたくなかった。

 少女を追いかけようとしたルナの足元から山中には似つかわしくない高い音が聞こえた。
 石を蹴っ飛ばしたような音ではない。
 見ると、紐の付いた小さな銀の十字架が落ちていた。
 少女が落としていったのかもしれない。

 十字架を拾い上げると、後ろから複数人の足音と聞き慣れた声がする事に気づいた。
 振り返ると、息を切らせて駆けつけた仲間たちの姿がある。

「みんな、あの――きゃん!?」

「こんな状況で迂闊に一人で動くんじゃない。罠だったらどうするつもりだったんだ」

 ルナのおでこを指で弾いて軽くおしおきを加えたところで、コヨーテはようやくため息をついた。

「それで、どうしたんだ。女の子がどうとか言っていたが」

「お、女の子が森の奥へ入っていくのを見たので一人じゃ危険だと思いまして……」

「……どんな女の子だった?」

「? 銀髪青眼で白い服を着た綺麗な女の子でしたよ?」

「オレたちはそんな女の子は見ていない」

「え? でも……」

「この森には僕ら以外が入った形跡はないんだ。
 足元見てみなよ。
 その女の子が本当にいたとしたら、あるべきものがないだろう?」

 レンツォが指差しているのは地面だった。
 正確には雪が降り積もり、ルナの足跡を残す地面だ。
 そこにはルナ一人分の足跡しかなかった。

「……!!」

 再び教会へ向き直るが、降り積もった雪の上には教会に向かって伸びているはずの足跡も見当たらない。

「でも、確かに!」

「誰も君が嘘をついているなんて思っていないさ。
 レンツォの調べも事実だし、君を追ってこの教会に辿り着いたのも事実だ。
 問題はその女の子が何者なのかってところだが、それでも同じ場所をぐるぐる回るよりは一歩前進したよ」

「その娘の正体は現状じゃ予測しかできねぇ。
 だがそいつが導いた結果、無限回廊から抜け出てここへ辿り着いたのなら警戒するべきだぜ。
 無限回廊を作った野郎が放った誘導係の可能性もあるんだからよォ」

「とりあえずはこの教会調べなきゃでしょ。
 答えのない無限回廊に逆戻りしても進展はないんだからさ」

 次の行動を話し合う仲間たちをよそに、ルナは一人考えていた。
 本当にあの子は悪意からルナをここへ誘導したのだろうか。
 そんなはずはない、と強く思った。

 教会へ振り返った彼女の瞳はとても寂しそうで、とても悲しそうだったから。

 ルナが握り締めた掌の中で、拾った十字架が金具に触れて小さく鳴った。



「はい、どちら様でしょうか?」

 教会のドアにノックをしてみると意外にもすんなりと返答があった。
 無限回廊を生み出した発生源の可能性が高いと踏んで、それなりに警戒していたコヨーテらは肩透かしを食らったような気分だ。

「私たちは交易都市リューンの冒険者です。
 原因不明の妨害により森から出られなくなってしまい、手がかりを探しております。
 何か心当たりがあるならばお力をお借りしたのですがよろしいでしょうか?」

「まぁ、冒険者の方でしたの。
 今ドアを開けますので少々お待ちになってくださいね」

 鍵を開ける音が聞こえたと思うと、すぐにドアが開いた。
 白い修道服に白っぽい銀髪に白い肌と、何かと白が目を引くシスターが現れた。
 さっきの声は彼女のものなのだろう。

「私はこの教会で修道女を勤めさせていただいております、セリアと申します」

 セリアと名乗った修道女に、ルナはこれまでの出来事を説明した。
 癖なのか、シスター・セリアは言葉の一つ一つにうんうんと頷きながら聞いている。

「事情は大体分かりました。
 申し訳ありませんが、私は神に仕える身でありますので魔法に関しては全く……」

「では情報を提供していただけますか?
 こちらには魔法に詳しい者もいますし、何かヒントになるような情報が得られれば前進するかもしれません」

「ええ、構いませんよ」

「ありがとうございます……あっ、それとこの十字架に見覚えはありませんか?」

 それは例の少女が落としたと思われる銀の十字架だ。
 シスター・セリアは目を見開いて、瀟洒しょうしゃな雰囲気に似つかわしくない慌てようを見せた。

「そ、その十字架は一体何処で……!?」

「この教会の近くで拾ったものです。
 恐らく森の中で会った少女が落としたものだと思われます。
 銀髪で青い目で白い服を着た女の子なのですが……」
 
「……やはりそうでしたか」

 シスター・セリアは得心したように目を閉じて頷く。

「それは私の娘です」

「あなたの娘さん、ですか?」

「ええ。……あら、いけない。
 皆様、大変な目に遭われてさぞやお疲れでしょう。
 立ち話も何ですので、どうぞ教会へおあがりください

 何も無い古い教会ですが、暖かいものと皆様の寝場所はご提供できますわ
 それに、この様な灰色の雲の寒い日は雪が更に降り積もりますゆえ……」

 ふと空を見ると、また時期外れの雪がはらはらと降ってきていた。
 この雪模様と量だと今夜一杯降り続くだろう。

 結局コヨーテらは宿を提供してくれるというシスター・セリアの厚意に甘え、この森や少女について詳しく説明してもらう事にした。
 コヨーテらは教会の中へ案内された後、シスター・セリアが淹れてくれた温かい紅茶を飲みながら一息つく。
 当のシスター・セリアは先に寝室の準備をすると告げて奥へ小走りで行ってしまった。

「………………」

「コヨーテ、何で難しい顔してるのよ」

「何か違和感があるんだよな……なぁ、何か変なところはないか」

 コヨーテの質問は漠然としていた。
 あまり回りくどい言い回しをしないコヨーテの事だから無限回廊の件とは別の事だろうか。

「妙な魔力は感じねぇな」

「僕も特にないよ。見た感じ、何の変哲もない教会だ」

「そうか……すまない、根拠のない戯言だったと思ってくれ」

「待って、コヨーテの勘って大体当たるって噂でしょ。
 今回も悪いほうのものなの? だとしたらはっきりさせないと気持ち悪いんだけど」

「理由が見つけられないから勘なんだ、悪いが説明できるようなものじゃない。
 が関わっているかどうかははっきりとは分からないな。
 ただ、何だろうなこの感じは。何かを忘れているような気もするが……」

「あ、それなんですけど――」

 ルナが口を開きかけたその時、教会の奥から小走りでシスター・セリアが戻ってきた。
 規格外の存在という物騒な話をしていたからか、ルナは急いで口を閉じた。

 コヨーテ=エイムズは半吸血鬼である。
 彼の正体が明るみに出てしまってはとても今までのような暮らしは望めない。
 それ故に吸血鬼に関する会話は極力注意して行っているのだ。

「お待たせしました。寝室の準備ができましたので、お疲れでしたらいつでもお休みになってくださいね」

「シスター・セリア、勝手に押しかけてしまった上に何から何まで本当に申し訳ありません」

「お気になさらずに。困った時にはお互いに手を取り助け合うのが人の子ですもの。
 ……さて、何からお話しいたしましょうか?」

 シスター・セリアは粗末な椅子に腰を掛けて、やんわりと微笑んだ。
 話の途中だったルナはコヨーテに視線で「後で話します」と伝え、本題の質問に移った。

「シスター・セリアはいつからここに?」

「私の家系は代々かつてこの地に栄えた王国に仕える聖北神官の家系でありましたので、生まれた頃からです。
 もう国も滅び、荒れ果てて長い時をかけて自然の姿に還りつつあります。
 血筋も私の代で絶えますが最後まで聖北の神と王家への勤めを果たしたいのです」

「……そんな状況でちゃんと生活はできているのか?」

「ご心配なく、神の慈悲は何処であっても注がれておりますわ。
 最寄りの街や村で教えを説いたり庭園で栽培している薬草や花を売って生計を立てております。
 傷や風邪によく効きますのよ」

「国が滅んだと言ったが、その国の魔術は発達してたのか?」

「分かりません……ただ、かつて栄えた王国も武力と神の威光で栄えた国と聞きますので、このあたりにそういった魔術の類の遺跡や産物が残っているとは思えませんわ」

「だろうね。もっとも残っていたとしても大昔に盗賊なんかに盗り尽くされてんだろうけど」

 やや悲しそうな表情を見せて、シスター・セリアは紅茶を口に含んだ。
 亡国の民としてはあまりいい気分ではないのだろう。

「ではシスター、ルナが森で見たという少女……あなたの娘について聞かせてほしい」

 順当に質問を進めていたはずだが、シスター・セリアの肩がびくりと跳ねた。
 手に持った紅茶が荒波を立てるが無様に零してしまうような事はない辺り、彼女は育ちがいいのだろう。
 紅茶の波紋が収まるまで静かに時間が流れ、やがてシスター・セリアは口を開いた。

「……あの娘はリアといい、流行り病で命を落としましてもう随分と経ちます」

「っ……!」

「家族を失った私にとって唯一残された私の娘でした。
 とても信心深い良い子で皆から愛されておりました……」

 懐かしむような口調で、シスター・セリアは続ける。

「聖職者としての才能もあり幼い頃から幾つかの奇蹟を授かり、将来は立派な司祭になるだろうと期待されておりました。
 あの頃は何処も患者で溢れて私も患者の看病に日夜明け暮れて……娘の死に目にもあえなかった……」

 ふと、シスター・セリアは視線を脇に移した。
 視線の先はステンドグラス、ではなくその向こうか。

「お花が大好きな娘で教会の裏にある庭園もあの娘と一緒に造りました。
 あの娘の加護のためでしょうか、この時期でも美しい花や植物が枯れずに育っているのですよ」

 彼女の視線の先には、庭園の光景が広がっているのだろう。
 それもまだ娘のいた頃の、過去の光景が。

「そういえばあの娘が亡くなった日もこんな雪の日の晩でしたわ。
 暦の上では雪の時期を越えたはずなのにとても寒い日で……まるで天が涙を流すかのように真っ白な雪が降っていました。

 ……こんな日ですもの。
 あの娘は生前の事を思い出してこの場所に帰ってきているのかもしれません」

 そして、とシスター・セリアはルナの持つ十字架へ視線を向け、

「貴女たちを通じて何か伝えたい事があって、その十字架を授けたのでしょう」

「しかし、何故私たちに?」

「……それは私にも分かりません。
 きっと、貴女たちにしか成しえない事があり、それを願っているのかもしれません」

 そこで会話が途切れた。
 問題の無限回廊へのヒントは幾つか出たが決定的な答えには辿り着けなかったのが大きい。
 どうもこれ以上の情報の収集は難しいと判断したコヨーテらは、情報提供の礼を述べて「もう休む」とシスター・セリアに告げた。
 そして森の無限回廊の規模が分からない以上、危険だから外へ出るのは控えてほしいと伝え、用意された部屋へと向かった。



 狭くて申し訳ないとシスター・セリアは言っていたが、そんな事はなかった。
 元々は修道士のための寝室なのだろうが、一部屋に寝台が八つある。
 無限回廊で雪に埋もれながら野宿するよりも何倍もマシだ。

 各々荷物を下ろし、武装解除する。
 一息ついたところでコヨーテが切り出した。

「さて、どう思う」

「進展はしたな。だが無限回廊を破る方法は未発見で、モノ自体もまだ健在だろうよ」

 バリーは苛立ち紛れに髪を掻きながら、

「知らなければならねぇ事が多すぎる。
 まず無限回廊を仕掛けた犯人、その目的、何故俺たちだったのか、リアという娘が幽霊となってルナと接触した理由、ルナに十字架を託した理由……」

「あの場じゃシスターがいたから迂闊に切り出せなかったけど……、そのリアって娘が無限回廊と作り出したというのは考えられないの?」

「有り得なくもねぇが、ンな事が出来るのは中位以上のゴーストの類だ。
 そんな不浄の存在が教会に近づき、かつ十字架を持ち運べるかってぇと考えにくい。
 仮にその娘が無限回廊を仕掛けたとして、目的は?」

 ミリアはややうろたえながらも答えを返す。

「んんん……孤独な母親に人を会わせたかった、とか」

「考えられなくもねぇが、一つ引っ掛かる事があんだろ。
 ルナの持ってる十字架は何のために託されたんだって事だ。
 つまりまだ続きがあるって事だろ」

「……オレが思うに、まだ何も成していないし何も始まっていないと思うんだが」

 コヨーテの言葉に、寝室が静まり返った。
 これが異変だというのなら、確かに今は何も起こっていない。
 状況は未だ無限回廊に閉じ込めて舞台を教会へ移しただけだ。

「リアって娘の目的が教会や母親と引き合わせる事じゃないとしたらなんだ?
 わざわざルナを誘導してまでここへ連れて来たんだぞ。何か意味があるはずだ」

「……ダメだ分からねぇ。明日、この教会を調べる必要があるな」

「魔法、霊術、歴史、更にはシスターとリアの情報も必要になるって事ね。頼んだわよレンツォ」

「へいへい、任せといて」

 その後、軽く明日の予定を立てて緊急時の対応を話し合った。
 レンツォに出入り口に呼び子の罠を仕掛けてもらってから、コヨーテらは各々眠りについた。


 気がつけば、ルナは見慣れない場所に立っていた。
 そこが何であるかは凡その見当はつく。
 造りや装飾から、恐らくは聖北式の礼拝堂だろう。
 何故こんな場所にいるかを考える間もなく、壇上に立つ一人の少女にルナの思考が持っていかれる。

「……また、あなたですか」

 森の中で出会った白い少女。
 シスター・セリアの娘、リア。
 もうずっと前に流行り病で命を落とした幽霊。

「あなたはもう亡くなっているのです。安らかなる神の御許へ還りなさい」

 ややあって、少女は黙って首を横に振った。
 その様子から彼女がまだ理性を失っていない事を確信した。

「長い間現世に留まっていると悪霊と化してしまいますよ。
 そんな事はシスターも……あなたのお母様も望んではいないはずです」

「………………」

 少女はじっとルナの瞳を見つめたままである。

「まただんまりですか……
 あなたは私に一体何を伝えたいのですか?
 私に一体何をしろと言うのですか?
 私たちが妙な魔法で森に閉じ込められたのもやはりあなたが原因なのですか?」

 段々と語気が荒くなっている事に気づいて、ルナは一旦言葉を切った。
 溜まった苛立ちをため息と共に吐いて、再び少女に向き直る。

「答えてください。
 いつまでも受身じゃ望みは伝わりません」

 ルナの言葉に呼応するように、少女はゆっくりと手を差し出した。
 それに目をやった途端、少女の手が強烈な白色の光を発する。
 正確には少女の手の中の――

「銀の、十字架……!」

 思わずルナは目を覆った。
 しかし視界を塞いだはずのルナの脳裏には様々な情景が次々に思い浮かべられた。
 ルナたちが通されたこの教会の一室、外へ続く渡り廊下、緑に囲まれた庭園、一面に咲き誇る赤い花、遠めに見た教会の外観、そして見知らぬ礼拝堂。

「ッ……!?」

 見た事もない光景が頭の中に進入して混乱するルナを感情のこもらない瞳で見つめていた少女は差し出した手をそっと戻した。
 今のは、と少女に詰め寄ろうとするも、急激な浮遊感を覚えたルナの世界は暗転し――



 ゴツン、という音が寝室に響いた。
 硬い床にルナのおでこがぶつかった音だ。

「あいたたたたぁ~……」

 ぶつけたおでこを擦りながら、ルナは自分がいつの間にか寝台からずり落ちている事に気づいた。
 勢いよく顔を上げて辺りを見回してみると、そこはさっきまでの礼拝堂ではなく他の仲間も眠っている寝室だ。

「……今のは、夢?」

 ぼんやりした思考を覚醒させるために目元を擦っていると、視界の隅に白いものが映った。
 それが何であるかはすぐに結びつく。
 もはや何度も見た、あの少女の髪であり服であり肌だ。

 すぐさまルナは自分の頬をつねってみた。
 痛い、夢じゃない。
 それ以前におでこがさっきからずきずきと傷むので夢じゃないのは確かだろう。

「あっ!」

 少女は滑るように移動し、寝室のドアへ溶けるように消えていった。
 また逃げられてはたまらないと、ルナは外套を羽織って寝室から出る。
 部屋の外では少女はずっと先で廊下の角を曲がっていた。

 初めに通された部屋から廊下に出て、渡り廊下から外へ出る。
 外はまだ少し暗かったが、多少見づらいくらいで支障はなかった。
 未だにはらはらと静かに降る雪の中で少女の姿を見失ってしまった。
 いや、視認できなくなったのだ。

「ここはシスター・セリアの言っていた庭園……?」

 そうだ、シスター・セリアは言っていた娘のリアはこの庭園で大好きな花を育てていたと。
 辺りを見回してみると、庭園に建つ小さな礼拝堂を囲むかのように白い薔薇の花が美しく咲き誇っている。
 フードを目深に被っていて顔は分からないが、そこで一人のシスターが土をいじっていた。

(こんな雪の降りしきる寒空の下で……)

 花の美しさ生命の強さを感じるよりも先に、えも言われぬ恐怖を感じる。
 シスター・セリアらしき女性は庭の手入れに夢中なのか、こちらには気づいていないようだ。
 外には出ないようにと釘を刺していた事もあり、ルナは声をかける。

「あの。シスター・セリア?」

「あら、シスター・ルナ。お目覚めですか」

「……、こんな時間に庭の手入れですか?」

「えぇ、この花は娘が私に残してくれた大切な宝物なのです、手入れは欠かせません。
 ……不思議な薔薇でございましょう?
 こんな雪の降りしきる寒空の下でも枯れもせずに凛と咲いている」

 まるで降り積もる雪から色を奪うような真っ白な薔薇。
 慈しむような目で、シスター・セリアはそれらを眺める。

「この花が雪の中でも咲き続けるようになったのは娘が亡くなった年からでした。
 まるで奇跡のように思えました。
 そう、まるで娘のリアが生まれ変わったような……

 そんな雪の日の事でした。
 祈りを捧げる私の元に天使様が現れて……」

「て、天使……!?」

「この薔薇にはあの娘の魂が込められていると告げられたのです。
 こんな事を話しても嘘だと言ってお笑いになられるでしょうけど……」

 本当なのですよ、とシスター・セリアは笑った。
 その笑みに嘘はなく、奇跡のように咲き誇る薔薇に偽りはない。
 突拍子もない話ではあるが、ルナには疑う余地はなかった。
 どんな場所にもどんな人間にも奇跡は起こるはずだ。

 だが、この感覚はなんなのだろう。
 言葉を紡げない。
 嫌な感覚がじわじわとルナを包んでいった。

「……良いのです。
 こんな田舎の滅びかけた教会の修道女が天使様の御姿を見るなど私も信じられませんでしたから。
 けれども、神様はこんなちっぽけな存在である私に慈悲の手を差し伸べてくださったのです。

 そう、これは神様が授けて下さった奇跡……」

 シスター・セリアは表情を隠すように俯いてしまった。

「こんなちっぽけな私に下さった慈悲の手……
 そう、奇跡。これは奇跡。
 奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡」

「シ、シスター・セリア……?」

 突如狂ったように言葉を紡ぐシスター・セリアに、ルナは後ずさった。
 対してシスター・セリアは何事もなかったようにルナに背を向け、

「神の奇跡をこの世に実現するには尊い犠牲が必要……そうですわよね、シスター・ルナ?」

「と、突然何を言い出すのですか!」

「あぁ、私の努力が苦労が実ってきているのだわ……
 その証拠にほら、あの娘が帰ってきてくれている……」

 シスター・セリアの言葉に辺りを見てみると、礼拝堂の近くに薄っすらとしたあの少女の姿があった。
 少女は相変わらず何も喋らず、すっと礼拝堂へと消えていった。

「さぁシスター・ルナ。一緒に鑑賞しましょう?
 ……!」

「え……、あっ!」

「どうぞご覧になってくださいな。この奇跡の薔薇を!」

 先ほどまで雪のように白かった薔薇が、一瞬にして真紅に染め上がっていた。
 そう、例えるならば真っ赤な血のような赤色に。
 神の奇跡というにはあまりにも禍々しい。

「うふふ……素敵でしょう。だってこの色は命そのものの色なのだから。
 神の奇跡を授かったあの娘の復活のために尊い犠牲になった方々の命の煌きの色なのだから……!」

「シスター・セリア、あなたは……」

「――長かったわ」

 シスター・セリアはもうルナの声を聞いていない。

「でも、これでようやく終わり。
 一〇〇〇の生き血と魂が揃うわ……!」

「あなたはッ!」

 ルナは身構えた。
 彼女は狂っている、もう取り返しが付かないほどに。

「貴女たちも拒まれるのですね?
 この神の奇跡の一部となる事を。

 とても残念ですわ。
 貴女はあの娘の気に入ったお方、手荒な真似はしたくはなかった……」

 でも、とシスター・セリアは笑って。

「これも全てリアの為。仕方のない事だわ」

 彼女の瞳から、が消え去った。
 同時に背筋が凍りつくほどのおぞましい力を感じる。
 それは圧倒的な『負』の力と表すべきか。

 その力の影響を受けたのか、瞬きの内に真紅の薔薇が咲き誇る庭園はゾンビやウィスプといったアンデッドが溢れんばかりに蠢いていた。
 先のシスター・セリアの言葉を拾えば、真紅の薔薇は人の血肉を吸い取っているらしい。
 魔術に疎いルナでさえ、それが死霊術の媒体になり得るという事は容易に想像がついた。

(とにかく、みんなと合流して起こさないと! あちらにアンデッドが出現していなければ良いのですが……!)

 ルナはすぐさま踵を返して駆け出した。
 幸いにもソンビやウィスプは動きが緩慢なアンデッドだ。
 シスター・セリアの様子に後ずさっていたお陰で、囲まれる前に渡り廊下へと逃げ切れた。
 
「どうして誰も彼も拒むのかしら?
 『死者蘇生』という奇跡の偉業の一部となる事を……」

 走り去るルナの耳に、シスター・セリアの言葉が届く。

 ルナは彼女を狂っていると思った。
 今ならば何に対して狂っているのか、はっきりと分かる。

「決して逃がしてなるものか……!」

 彼女の言動は、のそれに酷似していた。


To Be Continued...  Next→
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