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『冬に咲く花』(2/3) 

 およそ一〇〇年前の事。

「……これは一体?」

 雪の降りしきる寒い日の朝、水を汲みに庭園を横切ろうとしたシスター・セリアは目を疑った。
 庭園には所狭しと真っ白の美しい薔薇が咲き誇っているからだ。
 確かに薔薇を育ててはいたが、それも娘のリアが亡くなる少し前から多忙によりろくに手入れができず、全て枯れてしまったはずだ。
 狂い咲きというには少し異常過ぎる。

 首を傾げながらも井戸から水を汲み、教会へと入る。
 人のいない静かな教会にはシスター・セリアの靴音しか聞こえない。

『信心深き聖女セリアよ……私の声が聞こえるか』

 突如、凛とした美声がシスター・セリアの耳に入る。
 吃驚して後ろを振り返るも誰もいない。

「だ、誰っ……?」

『私の声は届いているようだね。では私の姿は見えるかね』

 注意深く声の出先を探ってみると、わずかに高い位置から聞こえてくる事に気づいたシスター・セリアは視線を上げると、はたして声の主はそこにいた。
 品のいい礼服を纏い、金の髪を揺らす中性的な顔立ちの男が宙に浮いていた。
 背中からは真っ白な翼が飛び出ており、頭の上には白く輝く輪もある。

「そのお姿! まさか……天使様!?」

『然りだ、聖女セリアよ。
 私は偉大なる神からお前に言伝を授かってきた。
 よくお聞き、あの薔薇にはお前の娘の魂が込められている』

「リアの……魂が?」

『然り、お前の愛娘リアは高い徳と法力を持った優秀な信徒であった。
 神もその奇跡で少しでも世が救われんと願っておられたが、病という名の死神がまだ幼い彼女を死に追いやった……
 神はその事を嘆かれ、一つの奇跡の実現を試みられた』

「奇跡、ですか?」

『そう、『死者蘇生』という名の尊い奇跡。
 戦火乱るるこの国にはお前たちのような慈悲に溢れ強い意志と法力を持つ者の力が必要なのだ。
 神はお前の娘リアに白羽の矢を立てられ、そして彼女が愛した白き薔薇にその魂を込められたのだ』

 シスター・セリアの表情が明るくなった。
 『死者蘇生』の奇跡。
 それで娘が戻ってくるのなら何でもする覚悟があった。

『……しかし『死者蘇生』は天界で最も難しい奇跡の一つ。
 その成就には膨大な力を要する。
 そこで母親であるお前の手を貸して欲しいのだよ』

「私の手を……?」

『そうだとも、聖女セリアよ。
 その為に必要となる私の力の一部をお前に授けよう。
 ……その代わり、この役目は非常に辛いものとなるだろう、それでも引き受けてくれるかね?』

 問われるまでもない。
 シスター・セリアは気づかない内に涙を流していた。
 勝手に零れそうになる嗚咽を押し殺し、彼女は気丈に言い放つ。

「――構いません! 構いませんわ!
 愛しい我が子が帰ってきて、それでこの国の人々をも救えるのだとしたら……、ならば私は炎の海を渡る事も剣の山を越える事も果たして見せましょう!
 だから、どうかお願いします……リアを、あの娘をかえして……!!」

 シスター・セリアは跪いて祈りを捧げる。
 その必死な姿を目の当たりにした『天使』は、
 宣言通り力を分け与える為に、本来の姿を曝け出した『天使』は続ける。

『それでは信心深き聖女セリアよ――』

「悲しみに眼を曇らせる愚かなる人の子セリアよ」

 本来の姿を曝した事で本音も漏れ出たが、すでにシスター・セリアは偽りの天使の虜だ。
 耳に入ったはずの本音に一切耳を傾けず、偽りの言葉だけを心に刻み付ける。

『神の奇跡の成就の為に一〇〇〇の御霊と血肉を花に捧げよ』

「ありもせぬ奇跡に縋りながら一〇〇〇の魂と血肉を我に捧げよ」

『……案ずるな、聖女セリアよ。この偉大なる奇跡の糧となった魂たちの安息と転生は保障しよう』

「……案ずるな、愚かな母親よ。贄となりし亡者どもは我が糧となり永遠を生き続けよう」

『そして、更に彼らは一〇〇〇の御霊が集まるその日までお前の手となり足となり、奇跡の成就に貢献してくれよう』

「そして、更に亡者どもには一〇〇〇の贄が集まるその日までお前の手となり足となり、我が力の増幅に協力させてやろう」

 どす黒い魔力を必要量だけ渡した後、彼は再び『天使』の姿に戻った。

『この奇跡の成就には国を憂い人々の安息を願う信徒としての慈悲と強い意志、そして何よりも子を思う母親の強い愛情が必要なのだよ』

「……あぁ。感謝いたします、天使様。
 このセリア、何があろうと必ずや勤めを果たしてみせましょう。
 聖北の徒として、そして一人の母親として!」

 シスター・セリアはそう強く、強く誓った。



 寝室では、仲間がすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。
 チコに至ってはおへそが見えるくらいお腹を出して眠っている。
 なんとはしたない。

「――緊! 急! 事態! ですっ!! 起きて!!」

 思い切り息を吸い込んでから出来得る限りの大声で叫んでみた。
 緊急事態という言葉に反応して飛び起きたのはミリアで、眉間に皺を寄せて目を擦りながらのっそりと起き出したのがバリーだ。
 チコはまったく動じる気配なくよだれを垂らしながら寝返りを打つだけに留まり、レンツォは「あと五週間……」等と戯けた事をのたまったので、聖北修道院長直伝の起床アタックをくれてやった。

 余談ではあるが起床アタックとは荷物袋(中身入り)で頭をバシーンとやってしまうありがたい起床促進法である。
 修道院時代、ルナは先輩のシスター・アウロラに毎度毎度これをくらって寝坊癖を直している。
 とんでもないと思われるかもしれないが、緊急事態だから仕方がないという事にしておく。

「……無事だったか」

 背後からの声に振り向くと、コヨーテがドアのすぐ傍に得物を抱えて座り込んでいた。

「起きていたのですか。しかし、何故そんなところに?」

「そんなのは後回しでいい。何が起こったのか説明してくれ」

 他の仲間もそのやり取りから並々ならぬ事態が起こっている事を察してくれた。
 ミリアやチコはコヨーテに倣って臨戦態勢を整える。

「――まずは襲撃に備えて下さい。アンデッドの大群です」

 短く伝え、戦闘の準備を整えてもらいつつ状況を説明する。
 緩慢なアンデッドの動きでも、もたもたしていたら先手を取られてしまう。
 説明が終わる頃には全員の準備も終わっていた。

「……話は分かった。ルナ、実際にそれを見た君はどう思う」

「どう、とは?」

「シスターの豹変と無限回廊は繋がっているはずだ。
 彼女の言葉の中にもあったんだろう、オレたちの血肉で一〇〇〇の魂が揃うと。
 ならば無限回廊を作り出し、オレたちを罠に嵌めたのは彼女という事になる。
 つまり彼女を押さえれば無限回廊は解かれると見て間違いないと思うか?」

「たぶん、当たっています。
 ……しかし、元凶は彼女でなく彼女の前に現れたという『天使』なのではないでしょうか。

 他者の生命を啜り死霊を使役するなど神の奇跡でなく悪魔の所業。
 彼女の言う『天使』が本物の神の御使いだとは到底思えません。
 シスター・セリアは恐らく天使の姿に化けた悪魔の類にそそのかされてあのような行動に出ていると、私は思います」

 ルナはシスター・セリアの言動を『狂信者』のものだと感じた。
 つまり、何かを信じて縋っている事になる。
 死霊術は魔術と医術双方の知識がなければ扱えるものではない。
 彼女が意図的に情報を制限した可能性もあるが、死霊術の方法が聖北教会に残るはずもなく、いちシスターが断片的な資料から死霊術を編み出せるほどの天才だとは思えない。

 接触した『天使』が『死者蘇生』と偽った死霊術を教え、彼女はそれを娘の為だと信じて行動していると考えれば、全ての辻褄が合う。

「……そうか、ありがとう。
 ここもいつまでも安全って訳じゃない、早めに動こう」

 他の仲間が会話の間に手早く装備を整えた事を確認すると、コヨーテは慎重にドアを開けた。
 廊下を除いてみる限り、アンデッドの姿はない。

「ひとまず昨日話し合った通り、無限回廊から脱出する事を第一に考えよう。
 シスターが罠を張っていた事を考えると望み薄だろうが、だからといって諦める訳にはいかない。
 それにシスターを唆した存在が何者かが分かれば対策も立てられるからな」

「教会は今頃アンデッドの巣窟になっていると思われます。慎重に進みましょう」

 ルナの言葉に皆が頷き、レンツォを先頭に部屋の外へ出た。
 教会の内部はそこらじゅうにウィスプが徘徊していた。
 ウィスプは実体を持たないので無機物からの物理的な制約からは解放されている。
 室内で戦うには厄介すぎる相手だ。

 どうにかやり過ごしつつ渡り廊下に差し掛かった時、ウィスプを従えるように歩くシスター・セリアの姿を見つけた。
 しばらく観察していたレンツォだが、ややあって音がしないようため息を吐いて首を横に振る。
 シスター・セリアの死霊術、バックアップしているであろう『天使』への警戒、及びウィスプに有利な地形だったのだろう。

 シスター・セリアが通り過ぎた後、レンツォの手引きによって庭園へと出た。
 開けた場所のほうが戦いやすいという事なのだろうが、庭園にはこれでもかというほどのアンデッドが徘徊している。
 物陰に隠れながら、レンツォが庭園の奥に建つ礼拝堂を指した。

「あの礼拝堂さ、気にならないかい?
 この辺りもだけど、庭園もほとんどソンビが徘徊したせいで雪が除けられてるってのに、あの礼拝堂の周りだけはきれいだ」

「アンデッド連中はあそこに近づけない制約でもあるのかしら」

「いや、恐らくあそこだけは穢されていないんだろう」

「? どういう事だい?」

 レンツォの疑問に答えず、コヨーテは「行ってみれば分かる」とだけ答えた。
 何にせよアンデッドが這入ってこれない場所があるなら確保しておきたい。
 慎重に慎重を重ね、レンツォはゆっくりと礼拝堂へと移動した。

 やがて礼拝堂へと辿り着いたレンツォは罠や鍵がない事を確かめ、ゆっくりと扉を開いた。

「……ここは」

 この場所は他とは明らかに違う雰囲気に満ちていた。
 一歩外に出れば死霊が蔓延る呪われた教会の一部のはずなのに、心が休まり清らかになる、そんな場所だった。

「ルナ、昨日何か言いかけたよな。シスターから情報を聞きだす前に」

 唐突なコヨーテの問いに、ルナは慌てた様子で答えた。

「……私もずっと聞きそびれていたままでした。
 コヨーテ、調?」

 くどいようだがコヨーテ=エイムズは半吸血鬼である。
 吸血鬼にとって教会は敵地であり、力の弱い吸血鬼の中には教会の敷地に入っただけで動けない程の疲労を感じる者もいる。
 コヨーテは不快感と軽く疲労する程度なのだが、昨夜のコヨーテはそんな様子を微塵も見せていなかった。
 しかし、今のコヨーテはどこか無理しているような険しい表情をしている。

「グリグオリグ修道院と似た感覚だったんだ。
 祈りを捧げる人間が減ったからといって平気な訳がない。
 吸血鬼とはいかないまでも、邪な存在が近くにいれば神聖な空気は中和されてしまうからな。
 気づいたのはついさっきだ、少し遅すぎた……」

 アレンケ村のグリグオリグ修道院は大昔に打ち捨てられて久しかった為、教会や修道院につきものの神聖な雰囲気があらかた失われていた。
 加えて地下霊廟に力の強い吸血鬼が眠っていたので教会の力は完全に中和され、修道院であろうと何の支障もなく動く事ができていたのだ。

「ついさっきここへ足を踏み入れた時、魔力の流れに妙な違和感を覚えた。
 この礼拝堂一帯に【破魔の印】みてぇな魔術が施されてるんじゃねぇかと予想したが……」

「そうですね、コヨーテが影響を受けるほどですから、これは法力でしょう。
 とても強い……アンデッドだらけの教会でこの場所に彼らを寄せ付けずに安全地帯にするほどに」

「コヨーテには悪いけど、安全地帯は確保できた訳ね。
 でも何とかして無限回廊を解除するかシスターを倒す方法を探さないと解決しないわ」

「アンデッドの大群を突っ切って調べ物するってのはちょっとスリルありすぎじゃないかなぁ。
 ま、とりあえず安全そうなここから始めるとするけどさ」

 安全地帯だと分かったので全員でバラバラに分かれて調査する。
 ただしコヨーテだけは負担にならないように窓際で外の様子見をする事になった。
 


 未明頃まで礼拝堂を調査したが、見つかったものはそう多くなかった。
 というのも礼拝堂の他には祈祷室がある程度で、どちらもろくに物が置かれていなかったからだ。
 唯一の救いだったのが聖書や賛美歌を置く本棚から誰かの日記帳を見つける事ができた。

 話によればシスター・セリアはこの教会を一人で切り盛りしていたのだという。
 となれば、この日記は彼女か娘のリアのどちらかのものである可能性が高かった。

「暦や書いてある内容からすると一〇〇年くらい前の日記らしいな。
 そしてこれの持ち主は……どうやらシスターみたいだぜ」

 内容は国の崩壊から始まり、病に倒れたリアが息を引き取るまでが綴られていた。
 娘に対する悲痛なまでの謝罪が目を引いたが、特に死霊術や魔術関連のワードは出てこない。
 恨み言のような言葉も死霊術に染まるような前兆も見受けられなかった。

 これを書いている段階ではシスター・セリアはまだ正気だった。
 という事はやはり『天使』が唆した可能性が高い。

「ほう、こいつァ……」

 バリーは日記片手に礼拝堂の中心に佇む大きな石版へ近づいた。
 ルナによれば聖北式ではあまり見ないと言っていたので、この地方独特の名残なのかもしれない。

 石版の表面には妙なくぼみが五つある。
 どうも自然にできたものではなさそうで、元々は何かが嵌め込まれてあったもののようだ。
 元々礼拝堂に物が少ない事もあり、すぐに石版の傍に纏めて転がっていた木製の札の束を見つけていた。

 ページを捲りながら手にした木製の札を石版のくぼみに埋めていく。
 迷う事無くスムーズに五つ全てのくぼみを埋めると、壁際の巨大な本棚がスライドして隠し扉が姿を現した。

「ちょっと待って、何を当たり前のように解いてんのさ」

「日記にヒントがあった、それだけだ。
 お前ら相手に極東言語の講釈垂れるのも面倒だしさっさと行くぞ」

 さらりと言ってのけたバリーは、さっさと隠し扉へと向かってしまう。
 扉を開けると、ルナは思わず声を上げた。
 既視感があった。

「この場所は夢で見た……、ということは」

 ルナの想像通り、目の前に女の子の姿がゆっくりと現れた。
 どこまでも白い少女、シスター・セリアの娘リアだ。

「ルナ、この娘が君が見たという少女か?」

「見えているのですか?」
 
 ルナの言葉に、一同は首を縦に振って答えた。
 よくよく観察してみれば、みんなに見えていなかった今までとは違う。
 どこかへ誘導するような素振りも、固まったままのような表情もなかった。

「……あなたは一体何者なんですか?」

 何度目かの質問を少女にぶつける。
 今までのようにはぐらかされる事はないだろうとは踏んでいたが、返答は早かった。

「私はリア」

「やはりあなたはシスター・セリアの……」

 リアと名乗った少女は控えめに頷いた。

「ここまで来てくれてありがとう。
 これでやっとあなたたちと話ができるようになったわ」

「どういう事だ?」

 バリーの疑問に、少し長くなるわと前置きしてリアは語り出す。

「まずは、どうしてこんな事になったのかをお話しするね。
 ……始まりは一〇〇年も昔に遡るの。
 昔ここに栄えていた王国があって、東西二つに分かれて戦争を始めて……」

 リアの説明はシスター・セリアの日記の記述と同じものだった。
 どうやらあの日記帳はリドルの為だけに用意されたものではなさそうである。

「お母さんは私の事を本当に大切に育ててくれたの。
 だから、私が黒死病で死んだ時お母さんはとっても悲しんだ。
 私の魂を慰める為にこの礼拝堂も建ててくれた。

 そんなお母さんの心を、天使の姿を騙った悪魔が騙して利用したの!
 力を増幅させる媒介に私の好きだった薔薇を使って、私を蘇らせる為と偽って一〇〇〇人も生贄に捧げるようにお母さんに強要して……!」

 感情をあらわにしたリアは苦い顔のまま、息を吐く。
 冷静になろうと務めているのか。

「……悪魔の誘惑に乗ってしまったお母さんが最初に手をかけたのは黒死病で苦しむ患者だった。
 あの頃は黒死病の死者で溢れていたしこのまま病で苦しんで逝くよりは、って慈悲の意味もあったんだと思う。
 でも、月日を重ねるごとに悪魔の要求とお母さんの行動はエスカレートしていって……」

 そこから先は口に出さないでもわかる。
 コヨーテらで一〇〇〇の魂が揃うのなら、九九四の魂は既に捧げられた事になる。
 そんな数の人間を病人だけで賄えるはずがない。

「そうか、だから森の無限回廊が……」

「ええ、王国が崩壊してからは、悪魔はあなたたちのような冒険者や旅人を狙うようになった。
 森にまやかしの術をかけて人々を迷わせ、この教会に誘い込むの。
 私も何とか悪魔の力が溢れ出ないように抑え込んでいるのだけど、こんな雪の日はお母さんが私の死を思い出して、その悲しみで悪魔の力が増幅してしまって……」

「その悪魔は近隣の村人には手を出さなかったのか?」

 その問いにリアが頷くと、バリーは舌を打った。

「随分と狡猾な野郎だぜ……」

「どーゆー事?」

「近隣住人に被害がなけりゃ周囲はそんなに騒ぎ立てる事はねぇんだ。
 仮になったとしても余所者が数名程度、自分たちの生活に支障は全くねぇ。
 土地勘のない余所者が雪で視界や方向感覚が鈍り迷ったと思う程度で放っとくぜ、普通は。

 しかも異変が雪の日に限定される事によって捜査を依頼したとしても結果は得られない可能性が高い。
 まァそもそも村人たちが繋がりの薄い余所者の為にわざわざ捜索隊を出したり依頼する理由もねぇがな」

「村人たちにとっては平和な森、だからこそ危険な情報が旅人や冒険者には入らない。
 恐らく悪魔のほうも下手に暴れて騒がれるよりもゆっくりだが確実に糧を手にする手段を取ったんだろう」

「シスター・セリアの悲しみを利用し続けて……!」

 押し殺すような声のルナの呟きは、静まり返った礼拝堂では良く聞き取れた。
 コヨーテは何も言わずにルナの肩に手を置いて、ゆっくりと頷いた。

「リア、単刀直入に尋ねるがシスターもアンデッドなのか?」

「いいえ、お母さんは生きている。
 魂が薔薇の能力で肉体に封じ込められているの。
 肉体は薔薇が吸った生贄の血によって若さを保っているの。
 ……そして悪魔の薔薇はお母さんがどんなに傷つき、ボロボロになって倒れようと永遠に再生させるの」

「……吸血鬼みたいな存在だな」

 先に薔薇を残さず破壊してしまえばいいかもしれないが、庭園は大量のアンデッドが徘徊している。
 話によればアンデッドの媒介でもあるらしいので迂闊に近寄れない。

「……私はお母さんを救いたかったの。
 あの優しいお母さんが私の為にと信じてその手を血に染めていくなんて……
 私を育ててくれたあの手で、困った人を救っていたあの手で……誰かを殺し続けるなんて、胸が張り裂けそうだったの。
 でも、私一人の力ではどうする事も出来なかった。

 悪魔の力はどんどん強くなって、私は私の遺体が眠るこの場所から動けなくなっていた。
 それでも、諦めたくなかったから……ずっと祈って、思念を飛ばし続けたの。
 私やお母さんを救ってくれる勇気があって心優しい人に届きますようにって。

 そうして、やっと出会えたのがルナさんだったの」

「………………!」

「天使の姿で現れた悪魔を信じきってしまったお母さん……
 もうお母さんには私の姿も目に映らない。
 私の声も、想いも届かなかった」

 皮肉なものだった。
 シスター・セリアが娘リアの復活を望み、偽りの天使の言う事に従うだけ、本当の娘から離れていくのだから。

「ルナさん、私の十字架は持ってる?」

 ルナは頷いて、仕舞っていた銀の十字架を差し出した。
 その手に重ねるように、リアの小さな手が重なる。
 触感はなく体温も感じなかったが、痛いほどの思いは感じられた。

「……今、この十字架に私の力の全てを込めたの。
 どうかこれで……お母さんを救ってあげて」

「承りました。私たちが、必ず」

「……ありがとう」

 力強いルナの返事に、リアはようやく微笑んだ。
 途端に、リアの存在感が希薄になる。
 宣言通りに力を全て使い果たしたのだろう。

「リアさん……」

「大丈夫……大丈夫だよ、私の魂も十字架の中にあるから」

 目視すら危うくなるほど薄くなるリアは、改めてコヨーテらに向き合い、

「ルナさん……そして皆さん。お母さんの事を、どうか……よろしくお願いします。
 そして、どうか……あの悪魔を倒して……みんなの魂を、解放……して――」

 まるで最初から何も無かったように。
 そこにあった少女の存在は、嘘のように消えてなくなった。

 そしてそのタイミングを見計らったように、背後から礼拝堂へ続く扉を叩く音が聞こえる。
 それは拳で軽くリズムを取って叩くノックのようなものだったが、今この無限回廊の最奥たる教会にいるのはアンデッドかシスター・セリアしかいないのだ。

 コヨーテが感じていた圧迫感もかなり薄れている。
 恐らくこの礼拝堂に漂っていた雰囲気はリアが蓄えた力の影響だったのだろう。
 その源泉たるリアの力は今、ルナが握り締めた十字架に宿っている。
 結界じみた神聖なフィールドが失われた今、ここは安全地帯と呼べる場所ではなくなっていた。

「……リア? 何処にいるの?
 もうすぐ、もうすぐお母さんが貴女を生き返してあげるから。
 帰ってきているのなら、その姿をお母さんにも見せてちょうだい……?」

 すでに豹変したシスター・セリアを見聞きしたルナでさえ、その不気味さに血の気が引いた。
 さっきまで三回区切りだったノックが、引っ切り無しに叩き続けるのみになっているのだ。
 激情に任せるでもなくあくまで冷静に叩かれる扉の音は、あまりにも気味が悪い。

「長居は無用だな……ルナ、あの娘との約束を果たそう」

 コヨーテの言葉に、ルナは十字架を握り締めて力強く頷いた。


To Be Continued...  Next→
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周摩

Author:周摩
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