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小話の一:晴天髪紐断切事件 

 ぶつん。

「あぁ……」

 つい腑抜けた声が出てしまった。
 コヨーテは指先で切れて解れてしまった紐をさする。
 それで何がどう変わる訳でもないのに、名残惜しそうに指先で紐の感触を確かめていた。

 髪紐が千切れてしまった。
 ただそれだけのはずだ。

 コヨーテはそこまで細かい性格していない。
 たかがそれくらいでブルーになるほど繊細な性格でもない。

 だが、この紐だけは別だ。
 かつてコヨーテが親父さんの養子となった日に宿の娘さんが近づきの印として渡してくれたものだ。
 当時の娘さんはこの紐がとても気に入っていたらしく、大切なものをプレゼントするくらいにはコヨーテを歓迎していたらしい。

 コヨーテもそれを理解しているし、感謝している。
 だからこそ、彼女が大事にしていたものが壊れてしまったのはとても残念に思う。

(素直に謝るか)

 どちらにせよ、モノが壊れてしまうのは仕方のない事だ。
 かといってそれを蔑ろにするのは間違っている。

 コヨーテは髪を下ろしたまま、外套を着ずに部屋を出た
 まだ朝も早いため、娘さんは一足先に朝食の仕込みをしているはずだ。

 今日は親父さんは一日出かける事になっている。
 冒険者の宿という横の繋がりで会合があるらしい。
 そんなわけでコヨーテは一日だけ、宿の仕事を任される事になっているのだ。

「おはようコヨーテ。髪、どうかしたの?」

 階段を下りている途中で、娘さんに声を掛けられる。
 娘さんは早速、コヨーテが髪を結んでいない事に気がついたらしい。

「紐が切れたんだ」

 コヨーテが千切れた紐を見せると、娘さんはまじまじと見つめ、

「むう、これはちょっと直せないわね」

 観念したように肩を竦めた。

「悪い。これ、君の気に入りだっただろう」

「……何年前の話よ」

 呆れたように娘さんは顔を引きつらせた。

「まぁ、紐としてはここまで大切に使ってもらえて満足だったんじゃない?
 それはそうとコヨーテ、あなたこれから髪はそのままなの?」

「ん、できれば結んでおきたいな」

 不思議と、コヨーテとしては髪を切るという選択肢はない。
 もしかしたら彼の中に生き続けているドロテアの嗜好なのかもしれないが。

「だったら、また私があげても――」

 ハッ、と何かに気付いた娘さんは言葉を切った。
 それからにんまりと笑顔を作ると、ニヤニヤとした笑みと共に、

「じゃあさ、また私のお気に入りをあげるから、ひとつだけお願い聞いてくれる?」

 何やら嫌な予感しかしない事を言い出した。

「……お願いって?」

「うふふー、大した事じゃないわ。ただちょーっと髪を弄らせてもらえればいいのよ」

 思えば、このとき断ってしまえば良かったのだ。
 紐なんて市場に出ればすぐ見つかるはずである。

 それでも断れなかったのは、コヨーテが娘さんの大切なものを壊したという罪悪感を感じているからだ。
 罪悪感というものは、時として強力な枷となる。
 特に他人事に熱心なコヨーテには、とても巨大な枷となって襲い掛かってしまった。



 同日昼前、バリーはのそのそと起き出した。
 普段から怠惰なバリーは、休日こそはここぞとばかりにだらけるのが習慣となっている。
 見苦しくない程度に身だしなみを整え、部屋を出る。

 寝ていても腹は減る。
 昼前だが、親父に頼み込めば食事は出してもらえるだろう。

(あれ、でも今日は親父いないんだっけか?)

 そんな事を考えながら狭い廊下を歩いていると、

「……どうしたんだ、お前ら」

 いつものテーブルに突っ伏して震えているチコとレンツォを発見した。
 彼女らの隣ではミリアが静かに紅茶を飲んでいる。
 ミリアはちらりとバリーを一瞥して、それから何も言わずに目を伏せた。

「バ、バリー……」

 レンツォは手を口元に当て、若干涙目になっている。
 見れば、チコも同じ顔だった。

「何だよ、どうした。何かあったのか?」

「コ、コヨーテが……」

 言いつつ、チコはまた顔を伏せてしまう。
 何がなんだか分からないバリーは、レンツォがカウンターを指差していることに気がつき、階段を下りる。
 訝しがりながらも一階のフロアを見渡し、彼が指した方向に見慣れたくすんだ銀髪を見つけた。

「おい、コヨー……テェ!?」

 思わず声が裏返ってしまった。
 そこにいたのはいつものコヨーテではなかったのだ。

 宿の中だから黒い外套を着ていない事は別にいい。
 武器を持っていない事も別にいい。
 だが、髪型だけはまずかった。

「おっ、おま、お前……!?」

「バリー、何も言うな。できれば悪い夢だと思って忘れてくれ……」

 パクパクと口を開閉するバリーに、コヨーテが呟くように言う。
 元々白い肌が、恥ずかしさでわずかに紅潮している。

 コヨーテのセミロングの銀髪は二つに分けられ、それぞれ耳の上辺りでピンクのリボンで結ってある。
 いわゆるツインテールだった。

「どう、バリーさん。コヨーテかっわいいでしょ?」

「む、娘さん! あんたの仕業か、これェ!?」

「そうよ。実はね――」

 半ば錯乱状態のバリーに、娘さんがかいつまんで状況を説明する。
 恩や情といった言葉に弱いコヨーテらしい理由だったため、バリーは思わず納得してしまう。

「そ、そうか。俺ァてっきりコヨーテが何かに目覚めたのかと……うがっ!?」

「そんな訳ないだろ!」

 ほっと胸を撫で下ろすバリーの脳天に、コヨーテの持つトレイが振り下ろされた。
 どうやらコヨーテは本気で恥ずかしがっているらしい。
 半信半疑なバリーは、これで『何かに目覚めた説』はないと確信する。

「わ、悪ィ。にしてもアレだな、悪趣味すぎないかソレ」

「……どうしても、って言うから」

「そこは断っとけよ」

 バリーは呆れた風にため息をついた。
 さっきレンツォやチコが何かを堪えるようにしていたのは、これだったのか。
 そしてよく見ればミリアはクールに装ってはいるものの、口元をもにょもにょしながら微妙に震えていた。
 込み上げる笑いを必死に堪えているのだろう。

 だとしてもそんなに笑ってやらないでもいいのに、とバリーは思う。
 トレイの一撃が来るのを覚悟しつつ、これだけは言わずにはいられなかった。

「意外と似合ってんじゃねぇのか」

 さっきとは比べ物にならない威力で、トレイがバリーの脳天を揺らした。



 同日正午、『大いなる日輪亭』のカウンターは満員となってしまった。
 丁度依頼の切れ目が重なって、専属冒険者のほとんどが主な面々である。
 要するに同業者が面白い事をやっているのならそれをからかって酒の肴にするくらい朝飯、ではなく昼飯前な状況なのだった。

「だからもう許してくれ」

「えー似合ってるのに」

「勘弁してくれ」

「でも可愛いわよ?」

「男は可愛いって言われても嬉しくない生き物なんだよ」

 娘さんは不満たらたらといった風であるが、コヨーテにとっては冗談では済まされない。
 細々とした変化も含め、たった数刻の間に一〇回以上は髪型を変えられたのだ。
 注文を受けて厨房に引っ込む度にそれであるので、同業者たちは面白がって何度も注文を繰り返す始末である。
 ちなみに現在はチコとお揃いの三つ編みにさせられている。

「ま、いいわ。お陰で十分売り上げアップしたし」

 全く抜け目がなかった。
 こんな商売してるからツケの返済に苦しむ冒険者が増えるんだ。

「それじゃ、ちょっと二階の部屋で待ってて。色々見繕って持ってくるから」

「貰う立場で言える事じゃないんだが、何でもいいんだぞ?」

「ダメよ、私のお気に入りを渡すって約束だったでしょ。
 約束破るのは私の主義に反するわ。
 あ、私のお気に入りがひとつやふたつと思ったら大間違いよ。
 もう子供の頃とは違う……真のお気に入りアクセにひれ伏すがいいわ!」

「意味が分からんぞ……」

 それでもこの格好を止めていいのならそれに越した事はない。
 コヨーテはエプロンを脱いでから二階の『月歌を紡ぐ者たち』の部屋へ向かった。
 備え付けの椅子に腰掛けて、改めて深いため息をつく。

「今日はツキのない日だったか」

 遠い目で窓の外を眺めると、目が痛くなるくらいすごくいい天気だった。
 半吸血鬼のコヨーテにとってはプラスマイナスゼロくらいの気分ではあるが、何となく損した気分になってしまう。
 そうしていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「開いてるよ」

「失礼します……、ふぅ重い」

「あれ、ルナか?」

「はい私です。娘さんに頼まれて色々と持ってきたんですよ」

 ルナは手に持っていた真鍮製の箱を机に置いた。
 蓋を開けると、色とりどりのアクセサリーが綺麗に区画分けされてある。

「ひとつで良いんだが」

「娘さんが『お気に入りはたくさんあるから合うのを選んであげて』って」

「どうしてルナまで巻き込むかなぁ、あいつは……まぁいい。髪を弄るならほどほどに、なるべく手早く済ましてくれ」

「弄っちゃっていいんですか!?」

「え……、あっ!」

 そこでコヨーテは自分の失言に気づいた。
 娘さんがルナに頼んだのは『選ぶ』だけだったのだ。
 大量のアクセサリーを見せられたせいか、髪を弄られる流れだと勝手に勘違いしてしまった。

「悪い、ナシ。さっきの発言は取り消す」

「うふふふふ、今日はどんな髪型にしましょうか? 素敵な小物もたくさんですし、迷っちゃいますね」

 自然にスルーされてしまった。
 こと髪を弄れると分かったルナは結構押しが強い。
 発言の責任は取るべきか、とコヨーテは観念して窓の外に目を向ける。
 憎たらしいくらい良い天気だ。

「あらら? 髪がくしゃくしゃですね」

「……さっきまでアンナの奴に好き放題されていたからな」

「私が見逃しちゃってるじゃないですか! なんて事を!」

「見逃して結構だ! あんな姿を広められたくない」

 本日何度目かのため息をついて、コヨーテはうなだれた。
 一方のルナは『ずるいです』とか呟きながら櫛でコヨーテの銀の髪を梳きはじめる。

「むしろ君は何かとオレの髪を弄ってきただろう。それこそ今日の比じゃないくらい」

「それでもですー、見逃したら損した気分になるんですー」

「……解らないな。他人の髪を弄ってそんなに面白いのか?」

「楽しいですよ?」

「じゃあチコでもミリアでもいいだろう」

「チコはその、髪質が……コヨーテほど良くありませんし」

「……ああ、うん。オレが言えた事じゃないけど、チコってそういうの大事に考えてなさそうだもんな」

「そんなチコをキレイに整えてあげるのも楽しいんです。
 楽しいんですけど……キレイにしたその日の内に外に出かけてドロドロに汚れて帰ってきた事がありまして……」

「……分かった、じゃあミリアは?」

「ミリアはお返しと称して仕返ししてくるので」

「……そ、そう言ってやるなよ。ミリアがこういうの苦手なのは今に始まった事じゃないだろう」

「その上、何かと奇抜な方向に突っ走る傾向にあるのでキツくって……あ、これ持っててください」

 髪を梳き終わったルナが渡してきたのはとんぼ玉のついたリボンと銀色のヘアピンだった。
 ただのリボンだけでなくヘアピンもある辺り、いつもより複雑な髪型になってしまうのではないかとコヨーテは予想する。
 いや、それ以前に物凄く気になるところを質問させてもらう。

「……何故ふたつ?」

「今日は気分を変えてツインテールにしようかと」

「何なんだよ、今日はツインテールの気分だとかってのは共通認識なのか?」

「あら、先取りされていましたか……って、それって私が見逃したっていうアレですか!」

「くうっ! どうしても逃げ場がないって訳かよ……!」

「よし、今日の私は冴えていますよ、っと。コヨーテ、ヘアピンください」

「はいはい……、あっ」

「あ……!」

 どうも指を離すタイミングがずれてしまったようで、ヘアピンを取り落としてしまった。
 支えを失ったヘアピンは重力に引かれて床に向かって落ちていく。

 さて、ここではっきりさせておきたい事がある。

 コヨーテは成されるがまま、椅子に座っていただけだ。
 そしてルナは髪を弄るので背後に、少なくとも前方には立っていなかった。
 今朝からの展開に疲れていたコヨーテはヘアピンを渡す時、膝の上から肩くらいまでの高さに挙げただけで止めてしまったのも事実。

 しかしコヨーテが椅子に座っていた事、ルナがその背後に立っていた事、ヘアピンが絶妙な位置で取りこぼされてしまった事、ルナの身体が借り物を傷つけまいと反射的に動いてしまった事が、今回の事故を引き起こしてしまったのだ。

 ふかぁっ。

(……、?)

 コヨーテの視界には後ろから伸びた白くて細い手が、取りこぼれたヘアピンをしっかりと掴んでいる様子が見える。
 この手は背後から伸びているところを見ると、ルナの手なのだろう。
 と、なると後頭部から首筋にかけて当たっているこの、間違いないのだろう。

 言葉を失う。
 顔が熱い。

「わ、わ、わ、わ」

 耳のすぐ傍でルナがあたふたしている声が聞こえる。
 上から押さえ込まれる形になっているコヨーテはただ座っているしかできない。
 立ち上がったらそれはそれで凄い事になってしまいそうなこんな状況でも、すぐに立ち上がれる馬鹿であれば救われたのだろうか。
 ともあれこの状況、耳元で囁くような真似は止めてさっさと体勢を立て直して頂きたい。

「しっ、しつっ……、失礼しました……」

「いや……」

 のそのそと体勢を立て直したルナは蚊が鳴くような弱弱しい声で謝罪した。
 改めて思う。
 離れた今となってはあの重量感は途轍もなかったと。
 
「………………」

「………………」

 気まずい。
 何というか、非常に空気が重くて息苦しい。
 お互いにさっきから顔を合わせていないのも会話の機会を逃している要因のような気がする。

 今すぐにでもここから脱出したいところではあるが、何か動きづらい。
 そう、一流の剣士同士の戦いで例えるならば『先に動いたほうが負ける』である。

(負けって何だ……、例えがおかしい。何を考えてるんだオレは)

 どうもコヨーテ自身も冷静でないみたいだった。
 まだ顔が熱い。

「……その、すみません」

 沈黙を破ったのはよりにもよってルナの謝罪の言葉だった。

「……謝られても困る」

「あ、そ、そう……ですよね。ごめんなさい」

 ルナも混乱しているようだ。
 いっそ思い切りぶん殴ってくれたほうが楽だったんじゃないか。

 ともかく、これはチャンスだ。
 ぎこちないとは言え、会話は出来ている。
 この流れで『じゃあこれで』とでも言ってさっさと外に出てしまえばいい。

「じゃ――」

「おっまたせー! 真打は遅れて登場するものなのよ!」

 バターン! とドアを跳ね開けて、全ての元凶たる宿の娘アンナ様の御登場である。

(空気読んでくれよアンナァァァ!!)

 そう叫んでしまいたかった。
 そしてドサクサに紛れて逃げてしまいたかった。

「ありゃ、まだ選んでる途中だった?」

「……は、はい。そ、その、悩んじゃってその」

「そっか、じゃあ片っ端からやっていきましょうか」

「えと、私もう……」

「そーうだ! せっかくだし下のみんなにも手伝ってもらいましょうそうしましょう! 呼んでくるね!」

 アンナはどうしてこんなにテンションが高いのだろう。
 何か変なものでも食べたのだろうか。
 それが何か分かればすぐにでもこの世から断絶してみせるのに。

(というかちょっと待て。だって!?)

 つまりこの場に再びルナと二人きりになってしまう事を意味する。
 娘さんが異常なテンションで場を掻き乱したせいで、さっきよりもルナは混乱しているような気がする。

「ま、待ってください! 私がっ、呼んできますよ! 娘さんはここにいてください!」

「そう? じゃ、お願いね」

 返事の前にルナは慌ててドアから出て行った。
 バタバタと階下へ降りていく音が聞こえる。
 物凄い力技だったが、とにかくあの気まずい場から逃れる事はできた。

 と、胸を撫で下ろしたのも束の間。
 ルナとの間に流れる空気にばかり気を取られていたコヨーテは言葉の意味を見落としていた。

「レギウス~! わたしちょっとコヨーテで遊んでくる~!」

「ししょー! 私は見学にいってきますわ!」

「よっしミリアも行こう行こう! 行ってくるねレギウスー!」

「おい小僧、何ぞ面白ェ事になってるらしいから行ってみるぞ。じゃあのレギウス」

「……承知。ではレギウス」

「レギウス、ついでにあたしも行ってくるわ」

「無論、この俺も行くぞレギウス! どうにも面白そ――ゴッハァ!!」

「オマエらうるせェよ! いちいち俺に許可とってんじゃねェ!!」

 どやどやと階下が騒がしい。
 この様子ではどのくらいの人数が押しかけてくるか想像もつかない。
 そしていつになったら解放されるかも分からない。

 改めてコヨーテは窓の外を眺める。
 とても、とても良い天気だ。

「プラスマイナスゼロ……、か……」

 いやどうせならプラスのままで終わってくれよ。



【あとがき】
小話という名の日常回です。
気が向いたときにコメディ寄りでいくつか書きたいですね。
ちなみに時系列的には第二〇話以降のどこかです。

某所でも発言しましたが『ラッキースケベは主人公の特権』でございます。
多くは語るまい……!
いや、ひとつだけ語らせて頂けるならこれだけは主張したい。
コヨーテだって健全な十七歳の男子です、と。
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周摩

Author:周摩
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