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小話の二:危機と好機は表裏一体なり 

 自分に足りないものが多すぎる事くらい、とっくに気づいていた。
 生きるために山賊に身をやっして何十年経ったかなんざ覚えていないが、クソみてぇな人生だったのは断言できる。

 それでも、人生が終わるその最後の瞬間に。
 このスコットの人生は最高の一言に尽きると高らかに宣言してやる。
 それくらいのプライドはあった。

 少なくとも目の前のこの矮小な男にどれだけ踏みつけられようとどれだけ唾を吐きかけられようとも、折れてやるつもりは微塵もない。
 つい数刻前までスコットの手下だった男は、醜い顔に下卑た笑みを張りつけてこちらを見下ろしている。

「親分……いや、もう違いますか。、気分はどうです?」

「はァ? 下らねぇ質問してる余裕あるんかよ」

「フ、口の減らないひとだ」

 男はクロスボウに矢を番え、スコットの頭に狙いを定める。
 いつでも殺せる、そんな余裕を演出したいのかもしれないが、スコットは鼻で笑ってみせた。

「なァんでこの距離でクロスボウそれを選んじまうかねぇ? わしの手足見ろよ、ちィとも動かせないんだぜ?」

 じゃらり、と音が鳴る。
 スコットの手足には黒々とした鉄の枷、そしてそれに繋がった太い鎖の先には重量感たっぷりの鉄球が繋がっている。
 更に付け加えると両手は後ろで縛られていて、どう足掻いても逃げられない状態にある。

「なに、あなたも自分の愛用の得物で殺られるのは屈辱だろうと思いましてね?」

「オーイオイオイオイオイオイオイオイ、クソダセェ優越感浸ってヨロコんでんじゃねぇよ。器の小ささを手前で露呈してちゃ世話ねぇってんだ」

「では、一度死んでみますか?」

「やってみりゃいいじゃねぇかよ。ほれ、殺したいほど憎いんじゃろ?」

 男の瞳に憤怒と憎悪が燃え上がる。
 ここで感情に任せて引き金を引くような男なら、スコットにとってこれほど喜ばしい事はない。
 スコットは痛みを知らずに死ねる上に、この程度の感情をコントロールできない男が山賊を束ねられる訳もない。
 すぐに代替わりするか、他所からの干渉で維持できなくなるだろう。

「――ッ!」

 引き金にかかっていた指が引き絞られた。
 弦の鳴る音が聞こえる前に、ひどい金属音が狭い部屋に響き渡る。
 彼我の距離は一歩分もなかった。
 外しようがない距離だった。

「……ふう、死なないと思ってる捕虜というのも面倒臭いものですね」

 スコットの脳天のわずかに横の壁に、クロスボウの矢が突き立っている。
 男はわざと外したのだ。

「撃ちてぇなら脚でも撃ってりゃいいじゃろ」

「そうすればあなたは参ってくれるんですか」

「それで手前の脳天ぶち抜きゃあ参りました降参ですーっつって泣いてやってもいいぞ」

 スコットは吐き捨てるように言った。

(……こいつ、どこまで小物なんじゃい)

 スコットの落胆は留まるところを知らなかった。
 器が違いすぎる。
 今までこんな男を副頭領なんていう役職を与えて手下にしていたと思うと、自分の見る目のなさに愕然とする。

 わざと外したなんていうパフォーマンスほど寒いものもない。
 何をどう繕おうが、結局は引き金を引いたのだ。
 つまり感情をコントロールできずに爆発させてしまったのだと証明したに過ぎない。
 何かと自分に余裕があるように見せたがる、自己顕示欲の塊のような男だ。

 もっとも、スコットもそれを利用したからこそ手足をぶち抜かれる事なく、こうして優位に立っていられるのだ。
 あの男は常に自身を上に見せたがっている。
 つまりスコットが先に手足をぶち抜けと挑発しておけば、それを実行する事はスコットの言いなりになる事だと意識させたのだ。
 とはいえ、これからクロスボウを使う事が無くなっただけの話だ。
 奴の腰にはまだショートソードが吊ってあるし、大振りのナイフも幾つか持っているだろう。

「いい加減本題に入りますか、元頭領」

「ぐだぐだやっとったのは手前じゃろ」

「……『宝』はどこです?」

 スコットは鼻で笑って見せた。
 つまるところ、クーデターが完了したはずなのにスコットが未だに生かされている理由がそこにある。
 山賊稼業を始めて三〇と有余年、その間に蓄えた財の在り処はごく一部の人間しか知らない。

「別にあなたをぶち殺してのんびり捜してもいいんですけど、面倒でしょう。
 誰だって面倒は嫌です、だからあなたに直接吐いてもらおうって話ですよ」

「それでわしが吐くと本気で思っとるなら勘弁してくれ、笑い死ぬ」

「まずは生爪剥ぎますか。そしてそこから徐々に皮を剥いでいってですね、海水に浸すと痺れるほど凄いらしいですよ?」

 面倒は嫌いだと言っている癖に面倒を重ねている。
 スコットが言葉と暴力の脅しで屈するようならこんなところにいないだろうに。
 どちらにせよ、この男は千載一遇のチャンスを逃している。
 それを省みる事もフォローする事もしなかった時点で、こいつの運命は決まったも同然だ。

「……いま何時なんどきじゃい」

「は?」

「あァ、答えなくても構わんぞ。伊達にこの山に二〇年以上住んじゃいねぇや、大体なら適当でもわしにも分かる」

「随分と余裕ですねぇ元親分?」

「当たり前じゃろ、こっからは逆転に次ぐ逆転よ。もう手前に見下ろされるのもオシマイじゃからのう」

 男は怪訝な表情で問い詰めようとしたが、その声は出なかった。
 代わりに出たのは息を呑む音だけだったが、それはによって掻き消された。
 音や衝撃の程度から、その爆発はそれほど遠くない場所で起こったようだ。

「なっ、何だぁ! 何が起こってッ――!!」

「残ァ念でしたァ! 時間切れじゃい大馬鹿野郎!!」

「お前っ、お前の仕業かスコット!」

 もはやさっきまでの理性的な口調もかなぐり捨てている。
 想定外の事態が起ころうが冷静に事象を分析し対処せねばならない。
 そうでなければ一団の長は務まらないというのに、この男はどうしようもなくその素質がなかった。

「だから言ったじゃろ、『余裕あるんか』ってなァ!?
 とっととわしを殺して逃げてりゃ良かったのになぁ!
 クソみてぇな自己顕示欲さえ捨て切れてりゃ生き残ったかもしれねぇのになぁ!?」

「ち、ちくしょう、テメェ……まさか! 『宝』を!?」

「ピンポーン、大正解ィ!
 誰が他人の手に渡すかよ、ンな事するくらいだったら手前でぶち壊してやるぜ。

 そ・れ・とォ、ひとつ訂正じゃい。
 さっきのクロスボウだがな、ありゃ確かにわしの使ってたモンだが、愛用じゃねぇ。
 わしの愛用の得物ならなぁ、もうすぐここに来るぜ。
 がなぁ!」

 スコットの言葉とほぼ同時に、男の背後にある重い鉄の扉が開いた。
 その向こうから太陽光が差してきて、闖入者の姿を逆光に消している。
 たとえ姿が見えなくても、スコットにはそれが己の唯一信頼する懐刀たるガイアだと分かっていた。

「お、お前は……ガ、ガイア……!?」

「ご苦労、小僧ガイア。ついでにそこの男も始末しておけい」

「承知」

 ガイアはいつも通りに短く答えて、一歩踏み出す。
 東洋の剣を鞘に入れたまま左手に持ち、右手は柄を握ろうともせずだらりと垂らしている。
 だというのに、一部の隙もない。
 その様子を見せつけられている男は狼狽し、取るものも取らずに恐怖に身を震わせるばかりだった。

 無理もない、とスコットはわずかに自慢するように鼻を鳴らした。
 ガイアという一九歳の男はスコットが知る限り、最強と言っても過言ではないほどの剣の腕を誇る。
 相手がどれだけの大男だろうが、どれだけの魔術を、搦め手を使ってこようが、全てただの一閃で勝負を決めてきた。
 そのガイアの恐ろしさは元頭領のスコットが一番に、副頭領だったこの男が次に知っていただろう。

「――おっと、待て。ひとつ聞きたい事があったんじゃったわ」

 そう口に出していた時には、男が喉元から血を噴き出して倒れているところだった。
 先刻の発言どおり、今度はこの男をスコットが見下す状況となった。

「申し訳ない」

「……まぁいいじゃろ。どうせ大した事じゃねぇ」

 スコットは砂粒ほどの信用もしていないガイア以外の手下の名前なんていちいち覚えていなかった。
 クソみてぇな人生で出会った、もっとも器の小さかった男として名前を覚えてやろうかと思っただけだ。
 所詮は単なる思い付きに過ぎない。

 ガイアは倒れた副頭領から鍵の束を奪い、それでスコットの拘束を解いた。
 そんな面倒な事をしなくてもガイアなら拘束具くらい斬れそうなものだが、それをやると中身まで切り裂いてしまうだろう。

「さて、もうこんな場所に用もないじゃろ。さっさと出て、んでこのクーデターの首謀者でもついでにぶっ殺してどっか別ンとこで山賊やるか」

「承知――、ッ!」

「んお?」

 不意に、入り口からの光が途切れた。
 そちらに目を向けると、二つの人影が立っている。
 さっきとは違い、もう目も慣れていた事もあって、それが若い男女である事はすぐに認識できた。

 男はツンツンした赤い髪に緑の瞳、白いファーのついた紅白のジャケットといった出で立ちだ。
 スコットも装飾過多な衣服を好んではいるものの、こいつも中々に派手な格好である。
 堅気ではあるまいが、かといってそこで肉塊と化した副頭領が雇った用心棒といった類でもあるまい。
 ただ、こちらのほうだけ何故か衣服のあちこちに解れや汚れが目立ち、首には白い包帯を巻いていた。

 女は烏の濡れ羽色の髪に薄緑の瞳、暗い色彩で身体に張り付くような衣服。
 ともすれば一般人と見まがう衣服ではあるが、やけに丈夫そうな肘まである黒い手袋が唯一の特徴といっていい。
 こちらは隣の男とは真逆に地味な印象を受けるが、堅気でないのは彼女の鋭い眼光がありありと物語っていた。
 スコットの経験が判断すれば、彼女は暗殺者だ。
 こちらも副頭領が雇うには腑に落ちないところのある人間で、要は今回のクーデターとは無関係なのだろう。

「あなたたち、何をやっているのかしら?」

「おお、これはこれは。わしらはここの山賊に捕まっておりましてな、ようやく隙を突いて逃げようとしていたところですよ」

 関係ないのならわざわざ波風を立てる必要はない。
 苦しい言い訳ではあるがシラを切りとおす自信はあった。

「クロね。やっちゃっていいわよ」

「おっし任せろ!」

「ありゃ、もうバレちまったよ」

「あんたらが山賊じゃないのなら、どうしてあたしたちが山賊じゃないって分かったのよ。
 大体、捕まってたって状況で退路に人影が現れたのなら多少の動揺があって然るべき。
 なのにあんたらは何事もなかったように話しかけてきた……つまり敵か味方かの判別が出来ていたって事でしょ。
 容姿から判断すればあんたら、頭領のスコットと用心棒のガイアかしら?」

「ほーう、完璧にバレとるわ。すげぇな女、わしの部下にならんか?」

 思わず笑みがこぼれたが、女の眼光の鋭さに笑みは引っ込んだ。
 完全に視線だけで断られた。

 スコットは才能を愛でる。
 これだけの洞察力を持つ女ならたとえ不細工でも傍らに置いておきたくなる。
 目の前のこの女は美人と称して差し支えない容姿なのだから尚の事だ。

「勿体無いのう、その若さで命を散らすというのは」

「心配しなくても死ぬのはあなたたち二人だけよ」

「……小僧、やれい」

 静かに頷いて、ガイアは歩を進めた。

 スコットには足りないものが多すぎる。
 クーデターを起こされるくらいに部下の信頼が足りなかった。
 脱出しようとした矢先に謎の二人組に立ちはだかれるのも運が足りなかった。

 それでも十分だ。
 常人では到底得られないほどの、スコットには手に余るほどの巨大な才能を得た。

 どんな苦境にあろうとも絶望を感じさせない。
 絶望という暗闇を引き裂いて突き進む希望の光。
 ガイアの強烈な才能がどれだけ光り輝くのか、それを見届ける事がスコットにとって唯一の生きる楽しみといっても過言ではなかった。



【あとがき】
小話という名の回想です。
元山賊頭領のスコットが没落していく話を書こうとしていたのですが、それではあまりにも活躍しないので没落したけど再生へ向かう場面と相成りました。
というか『陽光を求める者たち』はこの山賊のクーデター事件に全員関わっています。
ちなみに時系列的には陽光第一話以前、月歌本編では第四話後のあたりです。

某所で人気なスコット元親分ですが、本編では単なる対エリックのボケ要員なんですけどね。
役割上持っている盗賊系のスキルもクロスボウによる戦闘も彼の本領ではありません。
彼の本領は言葉での駆け引きや心理戦でこそ発揮されます。
集団のトップに立つ才能はあるんですが、カリスマが足りないので長続きしません。
比較的長続きできたのはほぼガイアのおかげです。
いずれガイアの話も書いてみたいですね。
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周摩

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