≪ 2017 05   - - - - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 -  2017 07 ≫
*admin*entry*file*plugin

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


『呪われし者の昼と夜』(2/5) 

『だが先に、汝が骸は墓を追い出され、吸血鬼と化して地上へ舞い戻らねばならぬのだ』

『青褪めた姿で汝が故郷に出没し己が血族全ての血を貪らねばならぬのだ』



 『月歌を紡ぐ者たち』に割り当てられた一室のベッドにルナは膝を立てて座っている。
 それを心配そうに取り囲むのは、ミーティングに出かけたコヨーテを除く仲間たちだ。

「まだ痛むのかい?」

「……いいえ。何でもありません」

 ルナは首元から手を戻し、膝の上に置いた。
 無意識に傷を擦っていたらしい。

 傷が痛む訳ではない。
 異質な何かが身体の中を蠢いている気がして、それがいつか首の傷から噴き出してしまうような不気味な感覚がする。
 それが恐ろしくて、たとえ気のせいだとしても傷を意識してしまう。

「しかし、これからどうすればいいのかまるで分からないね」

「このまま放っておくとルナは……その、屍食鬼になってしまうんでしょ?」

「……ッ!!」

 一気に背筋が冷たくなり、ルナは止め処なく沸き起こる震えに自分の身体を抱きしめた。
 それでも止まらない震えと嫌な汗に耐えられず、堅く目を閉じてうずくまる。

 屍食鬼と聞けば否応なしに思い出してしまう。
 ルナと同じようにジェベータに噛まれ、命を落とした挙句に屍食鬼へと変えられてしまった哀れな冒険者。
 元冒険者の屍食鬼を塵に返したのは他でもない『月歌を紡ぐ者たち』であり、それからまだ半日も経っていない。
 思い出すなというほうが無理だ。

「不注意だったわね。悪かったわ、ルナ……」

「………………」

 『気にしないでください』とでも言いたかったが、口を開けられなかった。
 歯を食いしばって口を噤んでおかないと噛み合わない歯の根が音を立ててしまう。
 痩せ我慢すら出来ないのなら、せめてそれ以上にみっともない姿を見せたくなかった。

「悪ィがルナ、とりあえず今分かってる限りの情報を整理するぜ。
 聞きたくないってんなら耳を閉じろ。
 出て行って欲しいなら言ってくれ、無理に聞かせるつもりもねぇ」

 バリーの言葉に、ルナは小さく頷いた。
 彼は言葉遣いや見た目こそ粗暴だが、その実とても深いところまで人を見ている。
 言葉が出ないと察したルナを議論に参加させてくれる事と、限界になったらすぐに外れられるように逃げ道すら作ってくれている。

「まずはルナの状況からだ。
 ルナは首の傷から屍鬼化が始まっているとみて間違いない。
 これはアンデッドが持つ同族作りの呪いの一種だな。
 毒や病気のように見えるが呪いを解除しねぇと治らねぇ」

「それだよ、呪いを解除するにはどうすればいいの?」

「『解呪』の力を持つ術式か道具があれば、屍鬼化は治まるはずだ。
 方法さえありゃそれがどんな種類の呪法だろォが俺が解析と再構築までやってみせらぁ。
 だが……」

 しかし『月歌を紡ぐ者たち』の誰もがそういった解呪法を持ち合わせていない。
 そもそも『解呪』とは呪いの研究の末に生み出されるもので、基本的には呪いと解呪法は一対一の関係にある。
 世の中にはそういった理論を無視して全ての呪いを断ち切る術式や魔剣もあるらしいが、少なくとも研究機関が存在せず、寂れかかったこの村で解呪法を見つけるのは不可能に近い。

「たった一つ、最もシンプルでストレートな解呪法がある。
 特にルナが触れた呪いは吸血鬼によるものだ、有名なはずだぜ。
 『元凶を殺しちまえばしもべとなっていた人間の支配が解ける』、ってな」

 吸血鬼の支配を受けた存在は、親である吸血鬼が消滅すれば正気に戻る。
 数多くの伝承に残っているその特徴は、逆を返せばジェベータその例に漏れる可能性も少ないという事だ。
 しかし、それにも問題が残る。

「ただしこの方法はルナが完全に屍食鬼化する前に遂げなくちゃならねぇ」

 屍食鬼と化すという事は、一度そこで人間としての生を終えるという事だ。
 そうなってしまえばたとえ元凶を殺して呪いが解けたとしても、戻るのは人間にではなく死体だ。
 すなわち、厳しいタイムリミットが存在する。

「……呪いを解く以外に屍鬼化を防ぐ方法はないの?」

「呪いの進行を一時的に止める方法なら他にもある。
 例えば肉体を石化させちまうとかだな。
 そうすりゃ少なくともジェベータを倒すなり解呪の手段を探したりする時間を稼ぐ事はできる。
 キーレには対価を払えば解呪法を教えてくれる呪術師がいるって話を聞いた事があるし、そこまで行かなくてもリューンほどの大都市やカルバチア、ラーデックなら探せば術者もいるはずだ」

「遠いね……、この村からじゃタイムリミットに間に合いっこない」

「ある意味、その為の石化でもあるからな。
 ま、俺たちには石化させる手段も持ち合わせてねぇし、俺としては方法のひとつとしては挙げるが推奨はしねぇ。
 どちらにせよ危険な賭けである事は間違いねぇんだからよォ」

 ルナは自分の肩を抱いたまま頷いた。
 屍食鬼化にしても石化にしても、およそ人間から遠く離れてしまう事に違いはない。
 その恐怖の度合いを測ろうなんてのはどんぐりの背比べという奴だ。

「石化以外で屍鬼化を防ぐ方法はないの?」

「最終手段があるにはある……が、口に出させるな」

「そんな……!」

 誰もが口を噤んだ。
 バリーの言う最終手段とやらを察したのだろう。
 最終と銘打つとなれば、今まで挙げた方法の全てが不可能か失敗した場合だ。
 つまりルナの屍鬼化を止められなかった場合という事である。

 そうなればしか方法がなくなる。
 そこには人間として死ぬか、屍食鬼として死ぬかの違いしかない。
 仮にそういった状況に陥った場合、ルナがどちらを選ぶかなんて明白だった。

「当然だが、これは最後の最後の手段だ。
 最悪の事態を避けられるだけの、劣悪な手段だ。
 他に手を尽くして、それでもダメだった時に初めて選択肢に上るモンだぜ」

「……つまり私は自殺の準備をしておいたほうが良いという事ですか」

 不思議と、ルナの震えが止まっていた。
 最後の手段とするには拍子抜けするくらい簡単な方法だったからか。

 ルナは人間でない何かになるのが怖かった。
 ただ死んで、動かない物言わぬ死体になるのならそれでいい。
 だがその後に屍食鬼となって他人を不幸にするのだけは絶対に許しがたく、そして恐ろしかった。

「手遅れになった時には……、お前はもう自分の意思で身動きできねぇ可能性がある。
 介錯人を用意しておいたほうが確実だろう。
 俺たちの中から選んでもいいし、他の宿の冒険者に頼むってのも手だ」

「………………」

 自然に誰も口を開かなくなった。
 最後の手段があまりにも言葉通りすぎてフォローもできない。
 そんな状況を打ち破ったのは、ミーティングを終えて戻ってきたコヨーテだった。

「ルナ、体の調子はどうだ?」

「……あまり良くありません」

「そうか……」

 ぎり、という音が静かな室内に響いた。
 それがコヨーテの歯が鳴った音だというのはすぐに分かった。

「コヨーテ、依頼のほうはどうなったよ」

「……ああ、とりあえずルナを助ける手段が見つかるまで他の冒険者たちはオレたちに協力してくれるそうだ。
 当然だが無償とはいかない。
 協力を要請したら相応の銀貨を支払う事で話が決まった。
 要はオレたちが彼ら冒険者を雇う形になるな」

「なるほどね。ちなみに戦いには?」

「そこまで求めるのは酷だろう……それに、オレが動きづらくなる」

「まぁ、そうだろォな。それじゃコヨーテも戻ってきた事だ、ひとまず状況を整理しようぜ」

「それともうひとつ。マリナが依頼を放棄した」

 この作戦にはコヨーテらと同じ『大いなる日輪亭』の冒険者パーティ『陽光を求める者たち』のマリナの姿もあった。
 彼女は都合により冒険者を用意できなかった他の冒険者の宿からの頼みでそこにいた。
 そのまま頼みを聞き入れてはマリナの『大いなる日輪亭』に対する裏切り行為となるため、亭主エイブラハムが苦労して交渉し、今回の依頼の範囲内でのみマリナはその宿の冒険者となる形で契約が完了している。

「責めないでやってくれ。本来なら誰が逃げ出してもおかしくない状況なんだ」

「分かってるよ。あいつァ徹底した現実主義者だからな、勝算がない現状だとこうなるだろォとは予想してたぜ」

 コヨーテが適当な椅子を探して腰掛けたところで、バリーは話を切り替えた。

「まずジェベータについてだが、依頼元が掴んでいた情報だと駆け出しの死霊術師だったはずだ。
 だが昨夜の森で対峙したあの女は恐るべき力を持った不死者と化してやがった。
 正直、あの女がどういった手段で吸血鬼と成り果てたのかは検討がつかねぇ。
 ただ重要なのは、今のジェベータが紛れもない『吸血鬼』である事だ。

 吸血鬼は強大な力を持つが、その弱点の多くが伝承で語られている。
 上手い具合にそこを突けば絶望的な相手でもねぇはずだ。
 事実、俺たちは何度か吸血鬼と戦い、勝ってこうして生きてるんだからな」

「でもさぁ、そもそも吸血鬼になるってそんな簡単に出来るもんなの?」

「簡単になれるなら世の中が傾くわよ」

「いくつか原因はあるんだが、そのほとんどが外的要因だ。
 本人だけで変化する手段はねぇはずだぜ。
 古代魔法帝国時代には死霊術で己の身を変化させる事が出来たと聞くが、今じゃ遺失呪文だからな」

「つまり、現実的な要因としては……」

「代表的なのが他の吸血鬼から呪いを移される方法だろ。
 いくつかのパターンはあるが、大体の吸血鬼化の原因といえばこれだ」

「待ってバリー、だとするとジェベータはどこで吸血鬼化したっていうの?」

「依頼元が掴んでいた情報がいつのものかってのは分からねぇからな。
 そもそも吸血鬼ってのは見た目だけじゃ人間とそう変わりはない。
 ジェベータがどの時点から吸血鬼化していたのかは知りようがねぇ」

「って事はだよ、ジェベータの吸血鬼化がごく最近に行われたものだとしたら、この村の近くに彼女を眷属にした吸血鬼がいるかもしれないって事じゃないか?」

「――ないとは言い切れねぇよ。
 ただ、本当にそんな存在がいたとして、目的がはっきりしてねぇのは不気味だ。
 今のジェベータはそれこそ傍若無人に振舞っているが、奴を眷族にした吸血鬼は何を狙ってやがる?」

「……オレはそんな吸血鬼に心当たりがある。いや、

 わざわざ言い直したコヨーテの真意を測りかねたバリーは眉間に皺を寄せた。
 そしてその数秒後、合点がいったとばかりに頷き、

「例の依頼でか」

 コヨーテは頷く事で答えた。
 そもそもこの依頼が『月歌を紡ぐ者たち』にとって適していると判断された理由。
 以前コヨーテがここシューザー村で請けた怪事件の調査依頼、それにはが関わっていた。

 しかし、そいつは間違いなくコヨーテが滅ぼしたはずだ。
 灰塵へ還ったところも目撃している。
 あれ以来同じ事件が起こったという話も聞いていない。

「その、ジェベータが復活させたって可能性はない?」

「考えられなくもねぇが、それだとジェベータがその吸血鬼の存在をあらかじめ知ってねぇとおかしい。
 手掛かりかもしれねぇが決め手にはならねぇな……、その吸血鬼を見つける事ができりゃ話を聞けるかもしれねぇが」

「ただ、塵に還った吸血鬼を元に戻すというのも相当高位の術式のはずだ。
 ジェベータにそれを扱えたとも思えないんだよ」

「……吸血鬼に関する話はその辺にしておこうぜ、埒が明かねぇ」

 バリーは逸れていた話を元に戻す。

「呪いの伝染以外の方法では魔界・冥界の瘴気に中てられた死体が形質変化する事がある。
 『祟られた森』と呼ばれるあの森一帯ならアンデッドが自然発生してもおかしくねぇ。
 だが、あの森程度の魔素だと死体がすぐに動き出す事はねぇし吸血鬼として蘇生するには相当強い負の感情が必要だ。
 ジェベータが魔素の影響で吸血鬼化した可能性はない……、そう考えていいだろォな」

「そもそも、その方法だとジェベータは一度殺されてなきゃ成り立たないもの。
 賞金首のあいつを殺して放っておくような世間知らずの腕利きが偶然あの森にいたって考えるほうが不自然ね」

 話し合えば話し合うほどに、考えれば考えるほどに、ジェベータの背後に別の吸血鬼の影がちらつく。
 これ以上の抜け穴や特殊な手法は現実味がなさすぎる。
 ジェベータの現状に加え、背後に控える『吸血鬼』を意識していたからか、自然に話は吸血鬼の弱点へと移っていった。

「吸血鬼の弱点で特に著明なのが『日光』『銀』『十字架』『流水』……、まぁ色々あるが、吸血鬼と一言に言っても様々な連中がいるから弱点とされるものが全てジェベータに有効とは限らない。
 それでも弱点を集めておくに越した事はない。
 現に『流水』は微弱ながら効果があったし、日中に出てこないところを見ると『日光』も得意じゃないんだろう」

「他の弱点となるとー……『白木の杭』とか『ニンニク』とか。あとは『丸太』とかー」

「……『丸太』?」

「さておき、シューザー村は森と岩山に囲まれた農村だ、今まで挙げたような弱点の全てが手に入るとは思えねぇ。
 教会になら聖印はあるだろうが、聖水の備蓄まであるかどうかは分からん。
 ニンニクもこの村で栽培されているとは限らねぇ。

 ……一番難しいのが銀だな。
 裕福な家に食器があれば御の字、武器なんかは望めないものと思ったほうが良い」

 どちらにせよ、取れる対策は限られるだろう。
 『月歌を紡ぐ者たち』は過去二度、コヨーテ個人だと計四度に渡って吸血鬼と戦い、勝利している。
 それらの戦いでは奇しくも吸血鬼の弱点を突いた事はなかった。
 言い換えれば、弱点を意識しなくてもある程度は戦えていたという事である。

「それじゃ、早めに動こうよ。
 ジェベータは三日って言ってたらしいけど、実際のタイムリミットはどのくらいか分からないからね」

「三日……」

 バリーは窓から外の空を眺めた。
 太陽こそ差しているものの、雲の多い空だ。

「……確かに、三日だ。
 これより早くはなっても遅くはならねぇだろォぜ」

「どうしてよ、根拠でもあるの?」

「――『紅し夜』、という言葉を聞いた事は?」

 コヨーテを除く、誰もが首を横に降った。
 そのコヨーテも耳にした事がある程度で、詳しくは知らない。

「大気中に存在する魔素が何らかの原因で濃密になり、月を紅く染めてしまう現象だ。
 三日後の夜に魔素が……魔性の存在の力の源が辺りに満ち溢れる事になる。
 つまり、魔の物が強くなるんだ」

 悪い事は重なるものだと吐き捨てて、バリーは肩をすくめた。

「あの森の瘴気の影響だと片付けていたが、思い違いだったぜ。
 一昨日よりも昨日よりも確実に大気中の魔素が濃くなってやがる。
 魔性の者と化したジェベータはこれを察知したんだろォな」

「バリー、オレは『紅し夜』に詳しくないんだが……そいつは呪いの侵食が早まったりするのか?」

「ハッキリと否定してぇところだが、楽観視しないほうが賢明だ。
 ジェベータの力が増すのは間違いねぇし、ヤツが例の『祟られた森』に近いこの村を潜伏先に選んだ理由もそれだろォな。
 あそこなら『紅し夜』まで時間を稼ぐのに都合がいい。
 ゆくゆくはそうして蓄えた瘴気によって増大した力で、目障りな追っ手を始末しようと企んでやがるはずだ」

「ちなみに『紅し夜』って空も晴れちゃったりするの?
 つまり……、昨日みたいに雨の心配がないとか」

「ご名答ォ」

「洒落になってないって……」

 それは三日後にはジェベータが手に負えなくなる事を意味している。
 彼女が宣言した三日というタイムリミットがそれを表していたのは間違いないだろう。
 そもそもルナの身体が『紅し夜』で増幅する魔の物の衝動に耐えられるとは思えない。
 事はすでに予断を許さない状況にある。

 現状でのジェベータとコヨーテらとの戦力差は歴然としている。
 彼女の背後に存在すると思われる吸血鬼への対処もそうだが、あの蝙蝠への変化がどうしようもない。
 最悪の場合、一度も彼女と見える事なく三日というタイムリミットを迎えてしまう可能性だってある。

 ルナが生き延びる為には、三日以内にジェベータをたおして灰塵へと還すか、もしくは石化や解呪などの細い可能性を探りあてて処置を施した上で逃げるしかない。
 それが出来なければルナは屍食鬼となるか人間として死ぬかを選ばなければならない。

 ため息をつきながら、レンツォはちらりとルナを見やった。
 思ったよりも彼女は落ち着いているようだ。
 それよりもレンツォが意外だと感じたのは、コヨーテが静かに佇んでいる事だった。

「少なくとも三日以内っていうのは辛いわね。
 まずジェベータの潜伏先を特定しなきゃお話にならないのに」

「三日間の日光と雨をしのぐ場所……、となれば村の中に潜んでいる可能性は少ないだろう。
 大勢の冒険者が滞在している事を考えると、どれだけ力を持った吸血鬼でもまず村の中は有り得ない。
 事前に村の中に潜めるような場所があると知っていたのなら別だが、それもあまり考えにくいだろうな」

 ジェベータはお尋ね者であり、シューザー村の人間にも容姿を伝えて協力を仰いでいる。
 彼らがジェベータを匿う利点はほぼない。
 狭い田舎の村では噂の伝達速度は異常に早く、そんな中で人一人を匿うのは難しいだろう。
 仮に協力者の吸血鬼の手引きで潜んでいたとしても村の中は可能性が著しく低い。

「森の中に猟師用の小屋や洞窟があるかもしれねぇ。
 それはこの村の人間に聞きゃあ大体の場所は分かるだろ」

「ジェベータがこの村周辺から一時的にでも離れちゃう可能性はないのかな?」

「恐らくそりゃねぇなァ、ジェベータにとってはこの村が唯一の外界への出入り口になっちまってるからな」

 バリーは一枚の羊皮紙を取り出した。
 昨晩行われたジェベータを虱潰しに追い込む作戦で、同じく依頼を受けた他の宿の冒険者が描いた村周辺の地形図だ。
 簡易的ながらも要点を抑えていて、かつ誤差はかなり少ないという逸品である。

「見ての通り、森の周囲は岩山と川しかねぇ。
 流れ水を弱点とするジェベータがこれらを越えて逃げるのはかなり大変なはずだぜ。
 仮に蝙蝠に変化して岩山を飛び越えよォとしてもいつ雨に降られちまうか分からねぇし、岩山だと身を隠す場所すらねぇ。
 だったら最悪地面を掘って日光や雨から逃れられる森の中に潜伏すんだろ」

「……となると、まずは聞き込みかな」

 これ以上ここで話す事ももうない。
 あとは行動あるのみだ。

「ところで、私はこのまま大人しく寝ていたほうがいいでしょうか?
 今はまだ冒険や探索が出来ないほど身体は呪いに蝕まれていませんし、一緒に行っても大丈夫だとは思うのですが……」

「まァ、今日はルナを連れ歩いても問題にゃならんだろォが」

 ちらり、とバリーはコヨーテを見やる。

「……大人しく横になっていてくれ。
 どんな要因で屍鬼化の進行が早まるか分からない以上、下手に動いても良い事はない。
 そうだな……チコ、ここに残ってルナを任されてくれないか?」

「――『月歌を紡ぐ者たち』! 入るよ!」

 唐突にドアを跳ね除けるように開けて入ってきたのは冒険者風の装いの少年だった。
 彼もまたジェベータ討伐作戦に参加していた冒険者の一人である。
 『大人泣かせ』のジャックは暗い青の髪を揺らしてコヨーテと相対する。

「ジャック? どうしたんだ」

「話は聞かせてもらったよ。
 君たちがルナをこの村に置いて探索に出かけるのなら、その間は僕が彼女の見張りに就こうかって提案さ。
 何かしら君たちの力にならないと雀の涙ほどの報酬も貰えないし、どうせこの村にいたって暇だしさ」

 彼の提案は現状を思えばありがたいものだった。
 これからジェベータの探索、もしかしたらそこで交戦するかもしれない状況で無闇に戦力を分散させたくはない。

「……場合によっちゃ辛い役目が回ってきちまうかも知れねぇぞ」

 ジェベータの討伐が間に合わず、ルナの屍鬼化が完了してしまうようならその前に手を下さなくてはならない。
 ルナがいつ屍鬼化するか分からない現状では、その場にコヨーテたちがいない可能性もある。
 その場合、手を下せるのはジャックのみだ。

「構わないよ。むしろ気楽なもんだ」

 君たちに比べればね、とジャックは付け加える。
 ありがたい事に彼はこちらの気持ちを汲んでくれている。

「……頼めるか」

「わかった。こっちは任せなよ」

 契約完了、とばかりにコヨーテとジャックは握手を交わした。
 コヨーテは改めてルナに向き直ると、

「必ず戻る。今は迅速に行動しなければ全てを失いかねない。だから――」

「分かっていますよ。
 今日一日くらいは何が何でも人間のままでいます、屍食鬼にも吸血鬼にもなってあげません」

「……行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 ただそれだけ言葉を交わして、コヨーテらは部屋を出た。

 今度ばかりは手を抜く事も出し惜しみもしていられない。
 銀貨と引き換えに協力してくれるというのなら、協力を仰ぐべきだ。
 仲間の命は銀貨に代えられるものでは決してない。



『――汝が娘、姉妹、妻の命の奔流を真夜中に吸い尽くさねばならぬのだ』

『死して尚生き続ける汝が死骸を養うために催される晩餐に嫌気を覚えねばならぬのだ』



 事は急を要するが闇雲に急いては事を仕損じる。
 打ち合わせの通り、コヨーテらは村の中で情報と装備を整える事に集中するようだった。

 コヨーテらが部屋を出ると残されたのはルナとジャックだけだ。
 取り残された感じがして、思わず唇を引き結んでしまう。

 ルナに出来る事はあまりない。
 今はまだ動けるかもしれないが、いつ呪いの侵食が始まるか分からない。

「……いい人たちだね。みんなが君を助けようと必死になっている」

 ジャックは窓を開けて、室内の空気を入れ換えながら続ける。

「さっきのミーティングでさ。
 マリナが割に合わないから依頼を棄てるって言い出した時、たぶんみんなも心が揺れたと思うんだよね。
 本当はみんなも怖いと思ってるし一刻も早くこの村から離れたいとも思ってるはずなんだ」

 ジェベータがあれほどの力を持った不死者だと分かっていればこの依頼を請ける冒険者はいなかっただろう。
 もしくは依頼主がもっと適切な機関へ依頼を通していたはずだ。

「それでも僕らがここに残ったのはね……きっと、コヨーテの影響だと思うんだ」

「え……?」

「マリナが出てってから方針を決めあぐねている時にコヨーテに聞いたんだよ、『これからどうする?』ってさ。
 そうしたらコヨーテ、何て言ったと思う?」

「……『ジェベータを倒す』、でしょうか?」

「半分正解だよ。あの時コヨーテはね――
 『』……そう言ったんだ」

「――ッ!!」

「分かるかい?
 コヨーテは真っ先に君を助けると誓っているんだ。
 君をそんな風にしたジェベータへの怒りは当然あったろうし、激しいものだと思う。
 それでも君を助けようとする目的は見失っちゃいなかった。

 だから僕はコヨーテに協力しようと思えた。
 他のみんなはどうか分からないけど、全く影響がなかったという事はないんじゃないかな。
 ほとんど無理やり請けされられたこの依頼に対しては、みんなもそう乗り気じゃないはずだしさ。
 もしコヨーテが仲間の命を二の次にするような男だったなら、そしてバリーら他の仲間がそれに賛同していなかったなら、この状況は生まれていなかったかもしれないよ」

「……、」

 ルナは静かに涙を流した。
 コヨーテが言った言葉が嬉しかったのは間違いない。
 だが、それと同じくらい怖くなった。

 以前、ルナはコヨーテを庇って大怪我を負った事がある。
 それが直接的な原因かどうかは分からないが、その後コヨーテは自分の吸血鬼の力を高めてしまったらしい。
 もしまた彼が吸血鬼の力を高めるような事になったらと思うと怖くて仕方がなかった。
 ルナが足を引っ張る度にコヨーテが人間から離れていく様が恐ろしかった。

「さて、僕は隣の部屋にいるからね。何かあったら呼んでよ」

 そう言って、ジャックは部屋を出て行った。
 一人になったルナはとりあえずベッドに横になる。
 今のルナに出来る事は、ただひたすら自分の身体に入った吸血鬼の呪いに抗うしかない。
 日の高い内から眠る事に若干の躊躇いはあったが、気力が折れてはダメだと思い直して無理にでも眠った。

 それからどれくらい眠ったかは分からない。
 目が覚めた時にはカーテンが締め切られていて外の様子が見えなかったからだ。
 カーテンの隙間から漏れる光がオレンジ色で淡いところを見ると、もう夕刻なのだろうか。

 もうコヨーテたちも帰ってきているかもしれない。
 少し肌寒く感じて上着を羽織ったところで、外からノックされた。

「起きていたのか」

 ドアが開くとそこにはコヨーテがいた。
 口を引き結んだ険のある表情も相まって、少し疲れているように見える。
 彼はいつもと変わらない風を装っているのだろうがなんとなく分かってしまう。

「どうでしたか?」

「……収穫はあった。だが、決定的とは言えない」

 コヨーテは手にしていた皮袋からテーブルに瓶や小さな袋を置いた。

「農家からは鶏の血を、この宿の厨房からニンニクを、あとここにはないが教会から木製の十字架を貰えた。
 聖水は切らしているとかで手に入れられなかったがな」

「他は分かるんですけど……ニンニクって、本当に吸血鬼に効果あるんですか?」

「十中八九、効果はあるだろう。
 ジェベータは魔術師タイプの吸血鬼だが、弱点を克服する術式や魔具を使用するには時間が足らなかったはずだ。
 もし時間があったとしても流水よりニンニクの克服を先回しにする理由が見当たらない」

「ではコヨーテもニンニクは克服しているんですか?」

 コヨーテは頷きつつ、苦笑いを浮かべた。

「そういえばチコにも似たような事言われたな、ついでにニンニクを押し付けられた」

「何やってるんですかあの子は……」

「吸血鬼はニンニクを食事として摂る事はないが、人間ならそうはいかない。
 オレの場合、元々日光と流水は多少耐えられたから優先順位が高かったんだ。
 ……まぁ、それほど好きでもないが」

「あれ? という事はジェベータにも口にねじ込まなきゃいけないんですか?」

「口は無理だろうけど、磨り潰すなりすれば嗅覚を潰すくらいはできるさ。
 鶏の血は嗅覚で罠に嵌める時に使えるかもしれないが、ニンニクとの兼ね合いがな……
 無差別にありったけを集めてきたから仕方がないんだけど」

 はぁ、とコヨーテは短く息を吐いた。
 それが疲れからきているものだと、彼は自覚しているのだろうか。

「あとはそうだな、作戦に参加した冒険者にも協力を仰いだ」

 エールステゥは村の周りに魔除けの結界を張ってくれたし、不死者を拘束する結界のスクロールの製作も頼んだ。
 レインには村の中の、ヨニには森の中の情報を集めてもらった。
 タガイサには霊木を渡して杭を、ザザには拾った剣に銀メッキを施して擬似的な銀の武器の製作を頼んだ。
 ヘルウェにはジェベータの寝床を占術で探ってもらい、イナランには丸太の切り出しを依頼した。

「まさに総力戦って雰囲気ですね」

「みんなが君の為に力を尽くしてくれている。君を吸血鬼になんかさせやしない、絶対にだ」

「……勝算はありますか?」

「……まだ低い。明日、製作を依頼した道具やらが揃ったら、あるいは」

 やはり普段のコヨーテとは違う。
 上手く言葉にできないが、何となく余裕がないように見える。
 いつもなら不安がらせないように、例え確実でなくてもどうにかすると言っていただろう。

「無論、だからといって諦めるつもりはない。
 三日後の『紅し夜』まで、まだ時間はある。
 その間に必ず――」

「……私は」

 俯きながら、ルナはコヨーテの言葉を遮る形になってしまった唇を動かす。

「私は人間を辞めたくはありません」

「……あぁ」

「朝、あなたが来る前にバリーが話していました。
 万が一の時のために、介錯人を選んでおいたほうがいいと」

「………………」

「その時は……、私はコヨーテにお願いしたいんです」

「……おい、自棄になるんじゃない。気をしっかり持つんだ」

「自殺がダメなら……、見知ったあなたたちの誰かに殺してほしいだけです。
 コヨーテなら、辛くても背負ってくれそうだ、って思って……
 あは、は……、私、嫌な奴ですよね……ごめん、なさい……」

 後のほうは嗚咽が入り混じり、途切れ途切れになっていった。
 感情と共に、ルナの双眸からは止め処なく涙が流れ落ちていく。

「……本当は死にたくない。
 屍食鬼になるのも嫌です……
 だけどそれと同じくらい、あなたたちにも死んで欲しくなんかないんです……」

 両袖で顔を覆い、涙を流すルナはそれでも声を押し殺した。

 涙が止まらない。
 身体が震える。
 果てしなく暗く広がる恐怖感が拭えない。
 じわじわと体内を侵食していく黒いものに食い尽くされそうで恐ろしい。

 顔を覆っていると、闇しかなくて怖い。
 だけど涙でくしゃくしゃになった顔を誰かに見られなくなかった。

 すぐそこに立っているコヨーテは一言も声を発さない。
 その代わりに、ブーツが床を叩く音が聞こえた。

 不意に肩を掴まれて、身体が前へと引き寄せられる。
 ルナの頭が、コヨーテの胸にすっぽりと収まった。
 そのまま彼の腕が背中へ回され、ルナの身体が抱きしめられる。

 ルナは我慢できなくなって、声を上げて泣いた。
 みっともない姿を見せて、弱い自分を知られて、拠り所のない心を理解された。

 ずっと暗いままだと思っていた闇が、少しだけ振り払われた気がした。


To Be Continued...  Next→
スポンサーサイト


この記事へのコメント

この記事へコメントする














(△お好みの文字サイズになるまでクリックしてください)

周摩

Author:周摩
しがないリプレイ書きのブログです。

Info.
当ブログはリンクフリーです。報告は不要ですが、あれば相互リンクさせていただきたいと思います。

周摩のシナリオはこちらへどうぞ。

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。