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『残酷な救済』 

『――犠牲者たちは今際の際に悪鬼こそ己が親しき者だと悟るであろう』

『互いに呪詛を投げ合いながら麗しき花々は茎の上で虚しく萎れてしまうのだ――』



 話は少し前に遡る。
 ある日、コヨーテは単身私用で遠出していて、その道中でシューザー村に立ち寄った。

「あなたには森の動物が凶暴化した原因の究明と解決を依頼したいのですよ」

 髭も髪も白い初老の男は、コヨーテに向けてそう言った。
 彼はこのシューザー村で村長を務めているという。
 どこから冒険者だという事を嗅ぎ付けたのか不審に思うものの、どうやらコヨーテの格好はこの閑散とした村では異常らしい。

「伯爵による別荘地開発計画が持ち上がっている最中にこれでは、最悪計画が頓挫し、この村に流れる銀貨が消えかねませんからな」

 やれやれだとか、まったくだとか、そういった雰囲気を漂わせて、村長は続けた。
 村長の第一印象は悪くなかったのは間違いない。
 少なくとも彼はこの村の長として、村の現状を憂いている。

「別荘地計画ぅ?
 ありゃ村長が勝手に推し進めて、村長一人が儲けようって話だぜ?」

 村長との交渉を経て、村唯一の宿屋で食事を摂った際に交わした何気ない会話から思わぬ情報が得られた。
 それはコヨーテの抱いた村長への第一印象を覆すものだ。

「そう……、なのか?」

「おうよ、この村の周辺は土地が痩せててあまり農業や牧畜に向いてないからみんな生活の糧は森に依存してるんだ。
 だのに森の開発だぜ?

 あぁ、そりゃもちろん抗議したぜ、俺たちも黙ってなかったさ。
 だが森の西側だけは計画から外れててそこに入ればいいって言うんだ。
 馬鹿かって話だよ。
 あそこは村人は誰も近づかない、動物すらいない祟られてる場所だってのによ」

 主人は拭いていた皿を置いて続ける。

「元々あの村長は余所者だったし森に入る必要も機会もないからそんなの気にも留めてなかったんだろうが、こっちとしちゃおっかねぇ事この上ねーぜ」

 田舎の村落でのこういった禁忌タブーは珍しくない。
 コヨーテは半ば聞き流しながらも、窓の外を眺める。
 村の西側、『祟られた場所』からひしひしと感じる『嫌な予感』に目を細めながら、最後のパンの欠片を口に入れた。

 あれだけあからさまでは誘われている気がしないでもないが、最優先で探さなければならない場所ではある。
 件の『祟られた場所』へ向かうには半日掛かるという。
 できるだけ遅くならない内に済ませてしまいたい。
 そんなコヨーテの思いとは裏腹に、『祟られた場所』に到着したのは夜の帳が降り始めた頃だった。

 鬱蒼と茂る森の中は、殊更に暗かった。
 動きのない不快な暗さは、どんよりとした瘴気めいた雰囲気を更に際立てている。
 のっぺりとした闇がずるりと動く。

「……狼、か?」

 そもそもコヨーテは独り言が饒舌なタイプではないが、それでも声に出したのは強烈な違和感をあったからだろう。
 一見ただの狼に見えるそれらは、決定的に『ただの』狼ではなかった。
 ところどころ毛皮の変わりに赤黒い何かが露出していて、コヨーテを狙うその瞳はこの世のものならぬ狂気を灯している。
 何より、その腐臭が酷い。

(アンデッドか……)

 その場に現れた狼もどきは二体。
 群れている訳ではなさそうだが、協力して襲ってくる風にも見えない。
 元々あったはずの知能はすでに失われているのか。

 一体の狼もどきが吼え、コヨーテへ向かって地を蹴った。
 が、まるで遅い。
 運動神経まで朽ちかかっているのかもしれない。

 二度、剣を振るうと狼もどきは崩れ落ちた。
 それは文字通りの意味でもある。
 糸の切れた人形のように地に伏した狼は、まるで溶けるように灰色の塵と化した。
 コヨーテにとって、この現象は身近なものとして記憶している。

(吸血鬼か? 狼の?)

 しかしそれにしては脆い。
 この狼もどきでは死に切れぬ同族を増やしてしまえるほど強力な存在ではない。
 となると答えは一つ。

(こいつらを食屍鬼グール……いや食屍化させた吸血鬼が他にいるな)

 コヨーテは歩を進める。
 森の動物の凶暴化の正体はおそらくこれだろう。
 被害を受けた村人が吸血鬼へ変貌しなかったのも力が弱すぎたからだと説明もつく。

 死臭と瘴気が肌に纏わりつくようだ。
 森の中にいるはずなのに、まるで地下墓地にいるように錯覚するほどに不快な感覚だった。

 ふと、コヨーテは足元に赤いものを見つけた。
 おそらくは森の中には似つかわしくない赤い布のようなものは、強くコヨーテの目を引いた。
 拾い上げてみれば、それは服の切れ端だった。

「………………」

 ざり、と落ち葉を踏みしめる音が、ほとんど無音の森の中で聞き取れた。
 そちらへ目を向けると、みすぼらしい格好の少女がこちらへ歩いてきている。

 赤い髪に赤い瞳、そして薄汚れてはいるが、確かに赤の服。
 ぼろぼろの服と、コヨーテが手に持っている服の切れ端は元は同じだったのだろう。
 更に、虚ろに開かれた口からは肉食獣を思わせる鋭い牙が覗いている。

「お前は……」

 血のように赤い瞳、鋭い牙、そして犠牲者を食屍鬼化させる能力。
 それは吸血鬼に他ならない。
 しかし、彼女は本当に吸血鬼なのだろうか。

 コヨーテは半吸血鬼である。
 鈍いとはいえ、吸血鬼かそうでないかを見分けるくらいはできるはずだ。
 それなのに確信が持てない。
 吸血鬼であるはずなのに、心のどこかで違和を感じているのだ。

「寒い……寒くて、ひもじいよ……」

 対処を決めかねている内に、少女は鋭い牙を覗かせながら呟くように言った。
 その言葉に思わずコヨーテは警戒を解きそうになる。
 彼女が吸血鬼だと感じたのは何かの間違いではないかと。

「……あなた、」

 その僅か三秒後、コヨーテは己の過ちを知る。
 少女の光の無い目にはコヨーテの姿が映っているはずだ。

「美味しそうな血……ちょっとだけ、飲ませて……」

 コヨーテがどう思おうが、彼女は間違いなく吸血鬼なのだった。
 しかも、かなり弱っている。
 コヨーテが勘違いしたのはそれだけが理由だったのだろうか。

「……この森の狼を食屍鬼化したのはお前か?」

 間抜けな質問だ。
 彼女が吸血鬼である以上、食屍狼と無縁であるはずがない。
 それでも問うたのは吸血鬼だと断定できなかったコヨーテの隙だったのだろう。
 彼我の距離を一足で詰められ、外套の襟を掴まれた。

「――くっ!」

「血を……ちょうだい!」

 少女は口の端から涎を垂らしながら、コヨーテに喰らいつこうと鋭い牙をむいた。
 無論、吸血鬼に与える血など一滴も持ち合わせていないコヨーテは、少女の細い手首を掴んで強引に振り払う。
 吸血鬼でありながら弱りきった少女と、半吸血鬼ではあるが本来の力の一端を引き出せるコヨーテとではお話にならない。

 数歩引いて、改めて【レーヴァティン】を握りなおす。
 もうコヨーテにさっきまでの油断も隙も存在しない。
 明確な敵として、少女を睨めつける。

 再び飛び掛ってくる少女に対して、コヨーテはシンプルに【レーヴァティン】を構えた。
 勢いのついた少女の柔らかい身体を、【レーヴァティン】の鋭い切っ先が貫いていく。
 胸のほぼ真ん中、心臓の位置を通り抜ける。

「ご、っ……!」

 振り上げた手は力なく垂れ下がり、少女は自らの頭をコヨーテの胸に埋める。
 コヨーテの胸元は少女の吐いた血で汚れたが、コヨーテは表情を変えなかった。

 手ごたえあり、決着だ。
 しかしあっけないとは思わなかった。
 そうなるのが当然だった。

 彼女はコヨーテを目にして『美味しそうな血』と言った。
 本来ならそれはありえないだろう。
 コヨーテは半分人間でも、もう半分は吸血鬼なのだから。
 濁った血を『美味しそう』と評するほどに、彼女はまともな人間を見た事がないのだろう。

 つまり、彼女は人間の血を吸った事がないのではないか。
 だからこそこうまで弱っているのではないか。
 全てはコヨーテの推測だった。

「……思い、出した」

 少女は血に塗れた口を怠そうに動かす。

「私……叔父様に父様と母様を殺されて……私も、同じ目に……」

 【レーヴァティン】が震えていた。
 それは少女の震えが伝わったからだ。
 彼女は、まさか泣いているのかもしれない。
 コヨーテからは彼女の前髪が邪魔で表情は見えない。

「……悔しい……もっと早く、思い出していれば……!」

 崩れかけた身体で、少女は力なく顔を上げる。
 垂れ下がった前髪の隙間から覗く赤い瞳は、憎悪に紅く燃えていた。

「嫌だ、このまま……眠りたくなんかない……許さない、叔父様も、あなたも……!」

 少女はコヨーテから離れようと仰け反るが、そのせいでずぶずぶと音を立てて【レーヴァティン】が少女の柔らかい肉を抉っていく。
 やがて力尽きた少女は空を仰いだまま動かなくなり、塵へと還った。

「………………」

 塵の小山の傍に、ところどころ錆の浮いた銀の指輪が落ちていた。
 コヨーテは無意識の内にそれを拾っていた。
 見ると、内側に『ロージアへFOR ROSIA』と刻まれている。

 正気を失って森を彷徨い、狼や動物を見つけては血を吸ってわずかに渇きを癒し、また彷徨う。
 自らの目的も全てを虚空へと置き去りにした彼女は辛うじて道を踏み外さなかったはずだ。
 つまり、出来うる限り人間として死ねたはずだ。

 それが救いになるかどうか、決めるのはコヨーテではない。
 彼女は言った、『もっと早く思い出していれば』と。
 正しくその通りだった。

 もっと早くに正気を取り戻していれば、こんな結末にはならなかったのではないか。
 別のルートがあったのかもしれない。

 それが善悪どちらに傾くかは分からない。
 今、コヨーテが下した決断が正しかったのかどうかも、そうなってみなければ分からない。
 しばらくコヨーテはその場を動けなかった。


 村に戻り、宿屋の主人に森で拾った指輪を見せた。
 しばらく眺めていたが、やはり内側の文字には見覚えがあったらしい。

「ああ、一〇年ぶりに見る名前だ。前の村長の娘ロージア……」

 宿屋の主人に容姿を尋ねると、あの少女とほぼ一致した。
 唯一の違いといえば吸血鬼でなく人間だった、という事くらいだ。

「頭のいい、しっかりした娘だった。
 でも病で両親をほとんど同時に亡くして、そのせいで頭がおかしくなっちまって村を飛び出してからそれっきりだ」

 あの少女が散り際に呟いた事とは大きく違う。
 訝しがっていると、宿屋の主人は声量を抑えて「表向きはそうなってる」と答えた。

「ああ、ここだけの話なんだが。
 前村長一家は、本当は今の村長に殺されたって噂があるんだ。
 前村長の弟だった今の村長がこの村にやってきてから、不自然なくらい唐突に前村長夫婦が病気になったからな。
 ……怪しさ満点ってところだったよ」

「………………」

 どうもコヨーテには人を見る目がないらしい。
 村長の第一印象は真反対に覆ってしまった。
 思わずため息をつくと、それを怒りと勘違いしたのか、宿屋の主人は取り直すように早口で言う。

「もちろん噂ってだけだぜ、証拠も何もない。
 それにもう一〇年以上昔の事だ、今更蒸し返す話でもないさ」

 コヨーテは無言で頷くと、宿を後にした。
 これから村長へ結果を報告に行かねばならないが、ある程度のシミュレーションはしておいたほうがいいかもしれない。
 下手すればおそれもある。

「おお、お早いお戻りで。動物凶暴化の解決はなされたので?」

 事前にまとめておいた報告を簡潔に済ませると、村長は目を細めた。
 人を見る目がないコヨーテにも、次に村長の吐き出す言葉がだいたい分かる。

「……なるほどアンデッドと。そんな汚らわしい存在が村の近くに巣食っていたなど忌々しい話ですな、まったく」

 八割方予想通りの言葉を吐いた村長に、コヨーテはロージアの指輪を見せた。

「何ですかなその薄汚い指輪は……?
 え? 私の姪のもの、ですか?
 確かにロージアは私の兄の娘でしたが、もう過去の話です」

 村長の反応は案の定だった。
 そもそも何を期待して彼女を指輪を見せるに到ったのか、コヨーテ自身も良く分かっていない。

「これから私は別荘地開発で忙しくなる身でしてね――」

 そう言って、村長は皮袋をテーブルに置いた。
 じゃらりと鳴るその袋には事前の打ち合わせ通り五〇〇枚の銀貨が入っているだろう。

 死に損なった少女は呪詛を残して塵へ還った。
 そして生き残った者たちは死んだ者を振り返る事なく、ただ未来へと進み続ける。

 果たして、あのロージアという少女は本当の死を迎える事で救われたのだろうか。
 それとも、眠れぬ魂は未だにこの森を彷徨っているのだろうか。

 その答えはもう、闇の中に葬られてしまったかのように思えた。


To Be Continued...  Next→
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