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『呪われし者の昼と夜』(3/5) 

『――しかし、汝が成す罪の前に斃れるであろう者のひとり』

『最も若く、最も愛しき子が父の名と共に汝を祝福するのだ』

『その祝福の句こそ汝が心を劫火に投げ入れる――!』



「お熱いですね、ごちそうさまでした」

 部屋から出てすぐに、暗闇から声を掛けられた。
 抑揚のないその声の主は闇と同化するように立っている。

「……ロージア。どうしてここにいる」

 赤い髪と赤い瞳に赤い衣服を纏った少女は感情のこもっていない表情のまま肩をすくめた。
 かつてシューザー村に理性を持たぬ亡者として現われ、コヨーテに滅ぼされたはずの吸血鬼の少女。
 何の因果かこの世に再び吸血鬼として再構築された彼女を『祟られた森』で発見したのが今日の夕方近くだった。

年増女ジェベータに見つからない場所にいると言ったでしょう」

「そうじゃない。なぜここなんだ」

「お洋服が汚れていましたから。お着替えです」

 言われてみると彼女の服装は先刻のものと少し違った。
 とはいえ細部の違いだけで、彼女の持つ雰囲気が変わるほどの変化はない。

 彼女は地中に埋められていた。
 それも全身の血を抜かれて干からびた状態で、だ。
 かねてより第三の吸血鬼の存在を危惧していたコヨーテたちは、その妙な状況から情報の収集が必要だと判断し、農家から受け取った鶏の血を与えて最低限の力を戻してやった。

 そうして復活した彼女はコヨーテに牙を剝きかけたが、それよりも自らの力を奪い取ったジェベータに復讐したがっていた。
 利害の一致したコヨーテらとロージアは手を結ぶ事になるが、あまり多くの力を戻すと何をするか分からないとコヨーテはロージアに対して必要以上の血を与えていない。
 彼女は村の人間に迷惑をかけたくないと言っていたが、この村には村人以外にも冒険者が滞在している。
 血を与えられない事に対して不満が募った挙句こうして誰かを襲いに来た可能性は否定できない。

「……どうしてオレたちが宿泊しているこの宿なのかと聞いている」

「いえ、あなたが必死に助けようとしている人がどんなものか一目見ておこうかと思いまして」

「それで盗み見か。悪趣味なヤツ」

「誤解しないでください。タイミングが悪かっただけです」

「だが丁度いい。話がある」

「ふむ、何でしょう?」

「その前に場所を変えるぞ。廊下で立ち話でするような話じゃないし。オレの部屋でいいか」

「そうやって私を部屋に連れ込んで何をするつもりなんですか」

「お前なんかに興味はない」

「ふむふむ、やはりあなたは大きいお胸にしか興味がないと」

「あれ、でもエールステゥが村の周辺に魔除けの結界を張っていたはずだよな。お前、何ともなかったのか?」

「無視ですかこの野郎。
 というか結界なんか張っていたんですね。
 村に入ってから蝙蝠に変化もできなくて妙だと思っていたんですよ」

「しっかり効いていたって事か。問題のジェベータにも同程度以上に効いていればいいが」

 どちらにせよ今夜の襲撃はないだろうとコヨーテは予測していた。
 ジェベータは昨夜の雨に降られて大幅に力を失っている状況であり、コヨーテらのいる村にノコノコ現れるほど単純な行動はしないだろう。

 コヨーテは割り当てられた自らの部屋に入り、備え付けの椅子を用意する。
 何故かロージアは真っ先にベッドに腰掛けていたので、椅子にはコヨーテが座った。
 長らく野外生活をしていたせいでベッドの柔らかな感触が懐かしいのだろうか。

「それで、話というのは?」

「幾つか確認したい事があるのと、あとはジェベータについての考えを纏めたい。
 ジェベータを知っていて、かつ吸血鬼のお前じゃないとできない事だ。
 協力して欲しい」

「構いませんよ。ただし、年増女を倒す為にあなたへの報復を忘れてあげているのですから、その辺りはお忘れなく」

 ロージアが不適に笑むと、口元から鋭い牙が覗いた。
 何にせよ協力してくれるというのは有難い。
 今のコヨーテには余裕なんてなかった。

「お前は言ったな、ジェベータに拘束され血を搾り取られたと」

「いきなり不愉快な事を思い出させますね」

 ロージアは復活した後に、この森に流れてきたジェベータに無理やり血の力を奪われた。
 その結果ジェベータは吸血鬼となり、形式上はロージアの眷属という事になる。
 それでも力を奪われている現状、ロージアよりもジェベータのほうが格上だ。

「問題はその手法だ。拘束と言ったがそれは物理的な方法か? 魔術か?」

「決まっています。魔術です。馬鹿にしているんですか?」

「では血を搾り取った方法も魔術的なものだったと解釈していいんだな?」

「ええ、それが何か?」

「昼間とはいえ吸血鬼を完全に束縛する術式、対象の血液を残らず吸い出す術式。
 そしてジェベータの専門を考えると……やはり日の当たらない分類の魔術だろう」

 昼間の話し合いでも挙がったが吸血鬼化する術式は死霊術に存在するものの、現在は遺失呪文だ。
 少なくとも駆け出しの死霊術師だったジェベータが知っているとは思えない。
 しかしサンプルとなる吸血鬼の血液が大量に用意できていたとすれば足りない知識も補えたのではないか。
 結果的にジェベータが吸血鬼と化している以上、その可能性も高い。

 だとしても、

「それにしては強すぎる気がする」

「……ふむ?」

「事前の触れ込みではジェベータは駆け出しの死霊術師で、今回の作戦に参加した冒険者の数が多いのはヤツに逃げられない為の保険だった。
 所業の割には実力はさほどでもないとすら噂されていたほどだ。
 そんなヤツが、吸血鬼化の恩恵のみでそこまでの力を得られるものか?」

「お話を伺った限りでは確かに異常ですね。
 蝙蝠への変化も私はさほど得意とは言えないのですが、年増女は易々と行使しているみたいですし」

「適正の問題もあるだろうが……現実的なのはやはり魔術か。
 人間が吸血鬼化する魔術が存在する以上、吸血鬼としてのランクを引き上げる魔術がないとは言い切れない」

「……その推測が正しければ年増女を止められる気がしないのですが」

「確かにな、だが全く勝算がない訳でもない。
 どういう手法を用いたにしろ、それには限界があるはずだ。
 本当に弱点のない完璧な方法だとしたら、世界のパワーバランスなんて保てているはずがない。
 更に言えばジェベータのような駆け出しの死霊術師が知っているほうが不自然だし、お前の力を奪った事だって最初から予定されていたものじゃない。
 もしかしたら術式自体が付け焼刃なものかもしれない」

「どこかしら欠点があると?」

 訝しげに、ロージアは聞き返す。
 コヨーテたちがジェベータと遭遇してその存在の在り方を見せ付けられてから丸一日も経っていないのだから、疑うのも無理もないだろう。

「すでに予想はできている。
 それが唯一なのか複数の内のひとつなのかは置いておくとしてもだ。

 昨夜の戦いで、ヤツは『狼』や『霧』への変化をしなかった。
 回避には必ずと言っていいほど『蝙蝠』を使っていたし、あまつさえ反撃にも降雨の撤退にも『蝙蝠』だ。
 高ランクの吸血鬼ならば回避には『霧』、反撃には『狼』、降雨の撤退なら『翼』が定石だろう」

「なるほど、能力行使に制限がかかっている可能性ですか。
 しかし年増女の性格の悪さは半端なものではありませんよ。
 あえて使わずに弄んでいたという可能性は?」

「それを考慮しても、使い渋りすぎだろう。
 吸血鬼にとって敵対している人間に囲まれた上に雨に降られる状況の深刻さは説明するまでもないだろう?」

「……ダメですね、私ではこれ以上反論できません」

「いや、助かった。ある程度推測は固まったよ。
 唯一見せた『蝙蝠』への変化もお前が封じてくれるとなると、相手が余裕を見せている内に速攻でケリをつけたほうが良さそうだな」

「長引かせて良い事はありませんからね。
 ……で、現時点での勝算は見積もってどの程度です?」

「無策でコトに当たっていた場合、二割が関の山だったが……
 今日の内に集めた対策が上手く効いてくれれば四割程度にはなるはずだ」

「四割。いいですね、命を懸けるに値する数値です」

 あなたの見積もりが間違っていなければの話ですけれど、とロージアは補足した。

「六割でルナが死んでしまうんだ、とても楽観視できる状況じゃない」

「……ひとつ、質問いいですか?」

 ロージアは小さく手を挙げて聞いてきた。

「なんだ急に改まって」

「そのルナっていうシスターですが、あなたにとってそんなに大事な存在なのですか?」

「大事だよ……、どうしてそんな事を聞くんだ」

「純粋な知的好奇心ですよ。ところで、私は『大事』の分類を聞いているのですが」

 大事の分類。
 彼女の言わんとする事が良く分からない。
 コヨーテは眉を寄せて、首を傾げる。

「ええい面倒くさい、ならばストレートに聞きましょう。
 食料として大事に思っているのか、異性として大事に思っているのか、仲間として大事に思っているのか、どれですか。
 または別の理由ですか、どうなんですか?」

「どうって……」

 どうなのだろう、とコヨーテは言葉を詰まらせた。

 まず食料としてはありえない。
 コヨーテにとって人間を食料として認識する事はどうあってもない。

 異性としてはどうだろう。
 コヨーテだって異性を意識する事はあるが、それが親愛なのか恋愛なのかの線引きができていない。
 詰まるところ、良く分からないという結論に達してしまう。

 仲間として大事に思っているのは間違いない。
 かといってそれが全てだと断ずるのは間違っている気がする。

 仮に襲われたのがバリーでもミリアでも、コヨーテが激昂するのは変わらないはずだ。

 バリーやミリアがちょっとやそっとで倒れないほどに強い存在だとしても。
 ルナがパーティにおいて最もか弱い存在だとしても。
 ここまで形振り構わない事態にまでなっていただろうか。

「……分かりました、もういいです。変な事を聞いてすみませんでした、忘れてください」

 思わず長考した事で間が持たなくなったのか、ロージアは話を切り上げた。
 同時に話す事はなくなったとばかりに立ち上がり、窓を開け放つ。

「今は答えが出なくてもいいでしょう。
 ですが、いつか必ず回答を迫られる時が来ます。
 その時になって後悔したくなければ精々納得のいく答えを見つけておくんですね」

「――待て」

 ロージアは窓枠に脚をかけたところで制止した。
 待てとは言ったがそこで止まらなくてもとは思う。
 裾が大きく捲り上がっている。
 吸血鬼といえど女の子なんだからせめて脚は下ろしてほしい。

「どうしてそんな事をオレに? お前はオレを……憎んでいるんじゃないのか」

「確かに叔父や年増女と同じくらい憎いです。
 ただ、あなたの事は嫌いですがあのシスターの娘には恨みはありません。
 ……それだけです」

 言って、ロージアは窓枠に飛び乗った。
 そのまま出て行くかと思いきや、コヨーテに振り返り、

「このご時勢、悲しみに咽び泣く女の子が少ないに越した事はありませんからね」

 それだけ言って、彼女は外へと跳んだ。
 コヨーテは窓枠へ駆け寄りたい衝動を必死に抑えた。
 出来る事なら彼女へ一言だけでもいい、感謝の言葉を伝えたかった。

 彼女が憎んだ三人は、彼女を悲しみに染めた者たちだ。
 本当ならば許す事はおろか、こうして会話する事も叶わなかったのだろう。
 半ば選択肢のない状況でコヨーテと手を組んだ彼女の心中は想像に難くない。
 そんな状況でも、彼女は吸血鬼に襲われ生命の危機に瀕しているルナの心を慮ってくれた。

「………………」

 コヨーテは何も言えない。 
 ロージアが最も憎んだ三人に数えられたコヨーテには、彼女にかけられる感謝の言葉なんて存在しなかった。



『――それなのに、汝が所業の暁には彼女の頬に残る赤み』

『彼女の瞳に残る輝きと命亡き碧を凍らせるどんよりした眼差しを目の当たりにせねばならぬのだ――』



 日が天辺まで昇った。
 ルナはベッドで上体を起こしてカーテンの隙間から差し込む日の光を見て、そう悟った。

 コヨーテたちは朝早くから宿を出て情報収集や探索を始めている。
 出掛けに彼らと顔を合わせたが、皆一様に余裕のない表情をしていた。
 ジェベータが宣言したタイムリミットまで後二日しかない。
 つまり、ルナの命ももう二日以内という事だ。

 しかし、ルナの心は落ち着いていた。
 昨日思い切り泣き喚いたからだろうか。
 それとも、コヨーテに優しく抱きしめられたからだろうか。

「……うー」

 昨夜の事を思い出すと、否が応にも顔が赤くなってしまう。
 思い返せばとてもみっともなくてかつ大胆すぎる行動だった。
 相手がコヨーテでなければドン引きされていてもおかしくないと思う。

(でも、たぶん両方なのでしょうね……)

 何はともあれ、思い切り泣いてコヨーテに慰められた結果が今のルナだ。
 泣いても喚いても事態が好転しない事はもう分かった。

 相変わらず呪いは進行中なのだろうが、簡単に負けてやるつもりはもうない。
 ルナにできる事は、この呪いに対して命の限り抗う事だけだ。

 ただでさえ、今のルナではコヨーテの負担になっているはずだ。
 自惚れだというのは分かっている。
 たぶんコヨーテならルナでなくても親しい誰かが同じ境遇になれば同じように背負い込むのだろう。
 彼は何にでも優しすぎるから。

 ルナ自身に解決できるだけの力がないのなら、せめてコヨーテの負担を減らさなければならない。
 次にコヨーテが顔を見せた時に、自分は大丈夫だと伝えたい。
 もう少し余裕をもってくれないと、コヨーテが壊れてしまいかねないから。

 昨日はショックと不安でろくに口にできなかった食事も、少し摂る事ができた。
 顔色はまだひどいままなのだろうが、すぐに良くなれば誰も苦労はしない。
 せめて笑顔で迎えてあげられれば、少しは信じてもらえるかもしれない。

「……まだかな」

 ふと、ルナの唇からそう言葉がもれた。
 起床してからだいぶ経つというのに、ルナの頭はまだぼーっとしていたのだろうか。
 ほとんど無意識の内に口に出した言葉の意味をルナ自身が解かっていなかった。

 静まり返った独りぼっちの部屋ではやれる事は少ない。
 さっき無意識に口にした言葉がどんな意味だったのか疑問に思い、少し考えを巡らせてみる。
 いや、考えてみるまでもないか。

(参ったなぁ)

 もう聖誕祭の夜のように誤魔化せる気がしない。
 こんな事に今更ながらに気づくとは、我ながら呆れ返るほどに鈍感だ。

 もはや疑う余地もなく。
 気づかないフリもできないほどに。
 

「むー……」

 自覚してしまった。
 ついにと言うべきか、今更というべきか。
 周囲に誰もいないのでベッドにうずくまってジタバタするのを憚らないで済んだのはいいが、気づくタイミングはすこぶる悪いと言わざるを得ない。
 何も明日の命も分からない状況で気づかなくてもいいのに。

(……コヨーテは迷惑するでしょうか)

 コヨーテにはこれまでも数え切れないくらい迷惑をかけたし、命を助けられた事もあった。
 しかもそれらの恩のほとんどをルナは返しきれていない。
 彼にとってはルナに特別な思いはなかったのだろう。
 それが『ある』と決め付けるのはとんだ思い上がりというものだ。

 たぶん、コヨーテにとっては何でもない事だった。
 当たり前に行える範囲だったのかもしれない。
 彼の性格から予想すると、きっとそうなのだとおこがましくも思えてしまう。

 そんな当然の事を行った結果、ルナが彼を慕うというのはどうだろう。
 彼はそんな見返りなんて求めていないはずだ。
 そもそもルナの恋慕が見返りに値するかどうかは別として。

 どんなに迷惑でも、コヨーテは表に出さないだろう。
 溜め込んで溜め込んで、いつか爆発するのだろうか。

(どんな想像しているんですか、私は……)

 爆発はしないだろう、いくらなんでも。
 どう考えてもその前にこっちが参ってしまう。
 思えば、ここまで他人を想う事なんて経験のないルナにとって失恋がどれほどのダメージになるか計れるはずもない。
 それでもコヨーテに拒絶される事を考えると途轍もなく怖くなるのは間違いなかった。

 では逆に、コヨーテもルナの事を想っていてくれたとしたら。

(……ダメです。全然想像できません)

 恋愛経験がなさ過ぎるというのも女の子としてどうだろう。
 同年代の女子は恋愛のひとつやふたつこなしているのだろうか。
 こればかりは誰かに聞いてみなければ分からない。 

(今度ミリアたちに聞いてみますか……彼女らがそういう経験豊富かどうかはさておき)

 チコはまずないとして、ミリアもああいう性格だから或いはないかもしれない。
 だとしても娘さんやステラやターニャやマーガレット、マリナやレティシアやクロエに聞けばいい。
 生きて宿に帰って聞けばいい。

 そのためにも、生きなければ。
 吸血鬼の呪いがどれだけの痛みや苦しみを与えてきても、耐えてやる。
 聖北の子として、それ以前に人間として、屈してなんかやるものか。

 ルナは寝転んだまま天井を見つめて、固く固くそう誓う。
 そして一度だけ深く息を吐いて、ゆっくりとまぶたを閉じた。



「落ち着けよコヨーテ、頼むから」

「……悪い、無理だ」

 コヨーテは辛うじてそれだけ言う事ができた。
 それ以上は思考がこんがらがって言葉にならない。
 湧き上がるのは身を焦がすほどの焦燥。

 

「ルナ、起きてよルナ!」

 コヨーテの目の前で、チコが何度も何度もルナへの呼びかけを続けている。
 もう何度彼女の名を呼んだか数え切れないくらい続けているが、一向に目を覚ます気配がない。

 まるで命を失ったように静かに眠っている。
 ともすれば寝息すらも聞こえないほどに、静かに。

「――どうしてよ、今朝は何ともなかったでしょう!」

 視界の隅では、ミリアがバリーへ詰め寄っている。
 今バリーに詰め寄っても何にもならないと分かっていても、コヨーテにはそれを止められるほどの余裕がなかった。

 ルナの華奢な肉体が吸血鬼の呪いに耐えられなかったのだろう。
 今朝に顔を合わせた時にはそんな様子は欠片も見せていなかった。
 昨夜の慟哭は、その限界の表れだったのではないか。

 きっと精神こころでは吸血鬼の呪いに打ち勝っていたはずだ。
 今朝の様子から、持ち直したのは間違いないだろう。
 しかし、もしかしたらもっとずっと前、ルナの身体に吸血鬼の呪いが這入はいりこんだ時から、ルナの精神はボロボロに蝕まれていたのではないか。

 コヨーテはそこに気づけなかった。
 ルナの命を救う事に気を取られすぎて、精神面のケアが足りなかった。
 まったく、自分で嫌になるくらいの甘ちゃんぶりだ。

「……まるで運命に呪われているみたいだ」

 後悔に思考が支配されている間にそんな言葉が耳に届いた。
 言ったのはレンツォだったが、どこかで聞いた事があるような気がする。

 そうだ、聖夜にもルナが似たような事を言っていた。
 自分が不幸を引き寄せてしまったと。
 あれは彼女が今までにも巨大で数多の不幸を背負ってきたからこその言葉だったのではないか。

 運命、また運命だ。
 コヨーテが半魔として生まれて吸血鬼と戦う運命にあるというのなら、ルナが何かにつけて不幸を被るのも運命なのか。
 そんなクソッタレの運命なんかがルナの命を奪っていくというのか。

「――ッ!!」

 許せるはずがなかった。

「おい、コヨーテ……!」

 気づけば、コヨーテは部屋のドアを開けていた。
 無意識の行動であっても身体を突き動かした理由は分かりきっている。 

「ジェベータを殺す」

「今からか? もうすぐ夜の帳も落ちるんだぞ。
 そうなったらジェベータの天下だ……、落ち着け」

「――落ち着いているさ!」

 言葉と矛盾するようにコヨーテは叫んでいた。
 行き場のない怒りが爆発し、バリーへの八つ当たりとして表に出てしまった。
 それが間違いだったと気づいたのは叫んだ後だ。
 後悔は先には立てない。

「だってそれしかないだろう……ルナの身体はもう限界なんだ、明日を待たずに命が消えるかもしれないんだぞ……?」

「――分かってんだよ……俺だってなぁ、計算はした。それも嫌ってほどにだ……、だが無理なんだ。どう足掻いても日没には間に合わねぇんだよ」

「だからって何もしないつもりなのか!?」

「何もしないんじゃねぇ、何もできねぇんだよ……吸血鬼相手に夜戦なんてどォ考えても自殺行為だ。そりゃ確かに対策も立てた、装備も整えた、夜戦だろォが太刀打ちできるかもしれねぇ。だけどなァ、リスクがでかすぎんだよ」

「リスクのない戦いなんてある訳ないだろうがッ!」

「――

 搾り出すように、バリーはその言葉を口にした。
 まるで言葉で心臓を貫かれた感覚。
 一瞬でその場の空気も凍りついた。
 ミリアやレンツォ、ずっとルナへ呼びかけていたチコも押し黙り、やがて俯いた。

「お前がじゃねぇぞ。、俺もチコもミリアもレンツォも……そしてルナも死ぬ」

「………………」

「まず心を静めろ。俺だって何もルナを見殺しにするつもりはねぇ。話し合って最善策を――」

「オレが独りで行く」

「――このッ……! 分かってモノ言ってんのかクソガキがァ!」

 胸倉を掴まれ、コヨーテはそのまま引き寄せられる。
 バリーはそう力のある男ではないが、コヨーテは抵抗せずそのまま掴み上げられた。

「テメェ独りでどうにかなると思ってんのか! 思い上がってんじゃねぇぞクソガキィ!」

「……これで何度目かな」

「あァ!?」

「中堅程度の冒険者が吸血鬼と遭遇するなんて二度ある事か? 三度ある事か? 四度もあるか!?」

 答えは当然、『あるはずがない』に尽きる。
 コヨーテが吸血鬼を引き寄せた事に、もう疑いの余地は残されていなかった。
 偶然にしておくには度が過ぎている。

「みんなは一緒に背負うって言ってくれたけどな……限度くらいあるだろ。
 オレのせいでルナがこんな目に遭っているのなら、こんなものをお前たちに背負わせる訳にはいかない。

 ……オレには自分の命以上の買い物なんてできない。
 だからオレの命でルナを取り戻す……取り戻さなくちゃならないんだ!」

「ッ、馬鹿野郎ォが……、俺が毎度毎度どれだけ苦労してると思ってやがる……
 フザケてんじゃねぇよ、これまでお前もルナも他の誰だって失わなねぇ策を練ってきたんだぞ……!
 クソッ、クソッタレが……!!」

 コヨーテの胸倉を掴むバリーの腕から、次第に力が抜けていく。
 搾り出すように運命を呪う言葉を吐き続けながら、バリーは俯いた。

 もう何があってもコヨーテはジェベータを殺しに行く。
 一〇〇パーセント確実にルナの命を救う術でもなければ、誰の静止も聞く余裕がない。
 そう、察してくれたのだろう。

「……策をくれ、バリー」

 思えば、ルナが目を覚まさなくなったのはバリーの目算を大きく狂わせていた。
 彼が冷静に振舞っていたのも、心の深いところでは装っていただけに過ぎないのだろう。
 パーティの最年長として、参謀として、冷静でなければならない勤めが、彼に多大な重圧を掛けていたのではないか。
 バリーだって仲間を死なせてしまう事は怖かったはずだ。

「人の命は机上の空論で弾き出せるものじゃない。
 そこに偶然が介入して計算が狂う事なんてしょっちゅうだろう。
 だったらオレがもっともっと計算を狂わせてやる」

 味わった恐怖なんてお互い様だ。
 『月歌を紡ぐ者たち』のリーダーとして、コヨーテが恐怖を味わっていないはずがない。
 だからこそコヨーテは一歩を踏み出す。
 躊躇って進めないバリーを置いては行ったりはしない。

「だから策をくれ!
 穴があるならオレが埋める!
 足りないものがあるならオレが補う!

 頼むよバリー、ルナを助ける為にオレを助けてくれ……!!」

 もうバリーの腕に力は入っていなかった。
 襟元を掴んだまま脱力した両腕が重力に引っ張られてただの重しと化している。
 バリーは俯いたまま、

「……吸血鬼相手に一人で立ち向かう策なんざ考えつくはずねぇだろォが」

 そう、静かに告げた。

「悪ィがもォ作戦がどうのと言ってられる状況じゃねぇ。
 よしんば思いついたとしても付け焼刃の策に命を預ける価値があるかどォかは疑問だな。
 ……だが、それでも動かねぇと始まらねぇ」

 襟元を掴んでいた腕を放し、バリーはコヨーテに背を向けた。

「ルナの命を救う為にお前が死んじまったら世話ねぇだろ。
 もォ人生ままならねぇのは嫌ってほど分かったぜ……だからこのくらい目ぇ瞑ってやんよリーダー。
 今から一〇〇数える間に支度しろ。
 恐らく大勢に影響はねぇだろォが、ルナの容態を考えると早いに越した事はねぇからな」

「……、分かった」

 フン、と鼻を鳴らしたバリーはミリアやレンツォに向き直り、

「お前らもどうするか決めておけよ。
 来いとも来るなとも言わねぇ、お前ら自身が後悔しない選択をしろ。
 ちなみに今回の依頼で一番賢かったのはたぶんマリナの奴だって事も伝えておいてやる」

 それはバリーなりの気遣いだったのかもしれない。
 自分自身が心の奥底では夜戦に納得していないのに、他者に納得しろとは言えないだろう。

 しかし、彼の分かり易すぎる気遣いなんて気味悪がりこそすれ素直に受け取る『月歌を紡ぐ者たち』ではない。
 きっかり一〇〇秒後、宿の外にはルナを除いた『月歌を紡ぐ者たち』五名の姿があった。

「私だって計算乱す側でしょ? 手ぇ貸してやるわよ」

「つーかー、私の過去知ってるでしょー? 引き下がる訳ないじゃーん」

「みんなやる気あり過ぎて僕だけ参加しないってのも寝覚め最悪だし」

 結局のところ『月歌を紡ぐ者たち』というのは、

「……大馬鹿野郎の集まりだな」

「いいじゃないか。仲間を助けられるのなら喜んで大馬鹿野郎になってやるさ」

 馬鹿な五人は出来得る限りの最高速で、黄昏に染まった『祟られた森』へと足を踏み入れる。


To Be Continued...  Next→
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