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『呪われし者の昼と夜』(4/5) 

『――不浄な手が毟る長い金髪よ』

『生きる者のものならば深い愛情の証なれど今や責苦の形見として汝が手に渡るのだ』

『軋る歯、干からびた唇から汝が最愛の血族の血が滴り落ちるのだ――』



 コヨーテらが『祟られた森』へ足を踏み入れてから少し経った頃、日は完全に山陰に入った。
 ほぼ同時に、黒い空から降り出した雨が夜闇の帳を天地に切り刻む。

「雨……、まさかだろ。奇跡としか思えねぇぜ」

「……

「なんだって?」

「いや、なんでもない」

「……? まァいい、この雨でひとつ策が思いついたぜ。結構ォ無茶な条件が揃わねぇと使えねぇがな」

 バリーは走りながら策を説明していく。
 もはやジェベータのテリトリーに入っているが、策の中身は現時点で彼女に聞かれてもまったく問題のないものだった。
 そしてバリーがわざわざ言うほどに条件が厳しい。
 それでも成功すればかなりの有利を取れる以上、条件を整える方向で戦う事になりそうだ。

 事前にロージアから得ていた彼女の寝床だった洞窟と、ヘルウェが探知したジェベータの寝床は一致していた。
 夜の帳が下りて間もない今、ジェベータがそこにいる可能性は高い。
 できれば眠り込んでいてくれれば隙を突けるのだが、そこまで求めるのは欲の張りすぎだろう。

「いたよ、屍の狼……ヤツの手駒だ、寝床は近いよ!」

 先導するレンツォの声だ。
 前方を確認するまでの僅かな間に、ミリアの双剣とチコの矢が屍の狼を蹴散らしていた。
 ややあってレンツォが指差した先には木々に隠れた洞窟の入り口があった。

「行くぞ!」

 コヨーテを先頭に、『月歌を紡ぐ者たち』は洞窟へと殺到する。
 洞窟の中はさほど広くはなかった。
 というか目の前にジェベータが寝転がっていた。

「もう……騒がしいわねぇ。
 レディの寝室に押し入るなんて恥知らずもいいところだわ。
 そんなに私に会いたかったのかしら?」

「――焦がれるほどにな」

「あらあら。いいわ、寝起きの運動にはちょうど良さそうだし……少しだけなら遊んであげるわぁ」

 ジェベータが起き上がるのを悠長に待ってやるほどコヨーテらに余裕はない。
 チコが自慢の速射で二~三の矢を瞬く間に放つ。
 しかしそれらはジェベータに命中する事なく、地べたに敷いてあった藁くずを叩くだけに終わった。
 ジェベータは寝転んだままの姿勢で体のばねを活かして飛び上がったのだ。

「――そこッ!」

 ジェベータの着地点へとミリアが飛ぶように距離を詰め、双剣を閃かせる。
 さほど広くない洞窟の中ではジェベータにこれ以上の回避はできないだろう。
 だが、それは彼女が人間であればの話だ。

「ざ~んねん」

 ジェベータはそのまま蝙蝠へと姿を変えた。
 たった一度の羽ばたきでミリアの双剣を難なく回避してみせる。
 コヨーテらの強みである数の有利を生かし、次は羽ばたいた先へコヨーテの持つ【銀メッキの剣】が襲い掛かる。

 これは冒険者ザザに頼んで、冒険者ヨニから貰った【なまくらの剣】に冒険者レインから貰った【銀色の食器】から溶かした銀メッキを施してもらったものだ。
 不浄な存在を相手にするなら十分な切れ味を持ち合わせ、何よりその傷は吸血鬼の【治癒】では治らない。

 対するジェベータは素早く蝙蝠化を解除すると、掌で虚空をなぞる。

「うふ、出でませ!」

「――ッ!」

 円形になぞられた空間が黒く歪み、それをゲートにして『邪獣』が牙を剥き出した。
 コヨーテの【銀メッキの剣】と牙が火花を散らし、剣閃を止められてしまう。
 飛び出してしまいそうな『邪獣』をそのまま押し戻す事には成功したものの、ジェベータは軽いステップで距離を取った。

「うふふ、少しはやるじゃない。でも、悪いけど私も忙しい身だしぃ、これ以上あなたたちに付き合ってはいられないの」

 この狭い洞窟での戦いでは不利だと感じたのか、はたまた面倒になったのか、ジェベータは蝙蝠に姿を変えて洞窟の奥へと飛んでいく。
 この洞窟には村の近くの森に続く抜け穴が存在する。
 人間どころかそれこそ小動物でなければ通り抜けられないような小さな穴だが、ジェベータはそれを蝙蝠へと変身する事で裏口として扱っている可能性があった。

「逃がすか! 追え、黒狼ォ!」

 すぐさまコヨーテは左腕を【天狼突破】で黒狼と変化させて撃ち出す。
 抜け穴の直径に合わせて最小限の魔力を渡した黒狼はいつもより小さく力も弱いが、ジェベータの蝙蝠相手なら十分だ。
 ジェベータの蝙蝠の匂いを頼りに半ば自動で追撃させていたが、少しもしないうちに黒狼は抜け穴から吹き飛ばされてきた。
 ほぼ時を同じくして蝙蝠姿のジェベータも姿を現す。

「おのれ! よくも勝手口を埋めてくれたわね!!」

「ハッ、残念だったな」

 コヨーテは思い切り嫌味を込めてニヤリと笑って見せた。
 抜け穴の情報はすでにヨニから得ていた。
 だったら不利にしかならない穴を塞いでおくのは当たり前だ。

「ちっ、まぁいいわぁ。勝手口が使えないなら玄関から出て行くまでよ」

 ジェベータは身体を無数の蝙蝠へと変化させる。
 単体を晒してむざむざ攻撃を受けるよりも数で押し切ろうという腹積もりか。

「……やっぱり霧には変化できないんだな」

 コヨーテは確信を得て呟いた。
 一瞬で洞窟の壁面を覆いつくすほど展開する数多の蝙蝠にコヨーテは【銀メッキの剣】と【レーヴァティン】をそれぞれ振るう。
 ドサクサに紛れて血を吸いに来た数匹を叩き落した時には既に、大群は洞窟の入り口を脱するところだった。
 だが、

「《立ち昇れ紅蓮の牆壁しょうへき、その威容で以って蹂躙せよ》」

 ジェベータは見落としていた。
 彼女が抜け穴から戻ったときにはもう洞窟の中にコヨーテしかいなかったという事を。
 狭い洞窟内に隠れるところはそれこそ抜け穴しかなかったはずだ。
 では他の『月歌』の四名はどこへ行ったのか、答えは一つしかなかった。

「――《隔てろ》!」

 バリーの詠唱の完了と共に洞窟の入り口が紅蓮の炎に包まれる。
 【火炎の壁】の向こう、洞窟の外にバリーらはいた。

 土壇場で思いついたというバリーの『付け焼刃』の策。
 コヨーテを妨害役として立てておけばジェベータは必ず蝙蝠での回避を行うはずであり、蝙蝠の姿であれば【火炎の壁】の火力の前に多大なダメージを与えられるのも明白だった。
 そして逃げ場のない洞窟の中に押し込んでおけば少なくとも時間切れまで逃げ回られる事はない。
 
「お――、おのれぇ……!!」

 それでもジェベータは蝙蝠姿のまま火炎の中を突っ切る。
 背後からは火炎の熱気を意に介さず追撃せんとするコヨーテがいた。
 あの場で変身を解除していればコヨーテの攻撃を避ける事は難しかっただろう。
 その代償として、【火炎の壁】が無数の蝙蝠姿のジェベータを焼く。

「……逃げられたか」

 固体の小さいものは焼け潰れたが、かなりの数の蝙蝠が洞窟の外へ逃げ果せた。
 だが外は依然として雨が降り続いている。
 【火炎の壁】の火傷も流水による爛れもさほど変わらないかもしれなかった。

 しかしジェベータを逃した事は事実。
 彼女を洞窟に閉じ込める事に失敗した以上、タイムリミットまで隠れられる可能性もある。
 だとしてもそれを見越してのバリーの策である。

「レンツォ、追えるか」

「飛んでった方角くらいは確認してるよ」

「他に洞窟や山小屋がこの森にねぇのは調査済みだ。
 それこそ村人が知りえない場所をジェベータが知っているとは考えにくい。
 だとしたら木のうろだとかに潜んでいる可能性もある」

「人が入れるくらいの大木がこの森にあるかなぁ?」

「人は無理でも小動物が一匹隠れられるくらいの木の洞はあるだろ」

「無茶言うねぇ、要はこの森の木という木を虱潰しに探せって?」

「その通りだ」

「……無理っしょ」

「ただし雨の危険性がある以上、木の洞はジェベータにとって安全な場所じゃねぇはずだ。
 時間が経てばこの洞窟に戻ってくる可能性だって十分にある」

「いや、それはないかもな。
 蝙蝠姿で火炎に突っ込むくらいに追い詰めたんだ。
 あれをもう一度体験したいと思う奴は少ないだろう。

 奴はプライドが高いが、こと生命の危機となるとそれをかなぐり捨てる潔さもある。
 確実に不利な状況に陥る洞窟に戻るくらいなら雨の降りしきる闇に紛れたほうがマシだと考えるはずだ」

「それは例の勘か?」

「……さぁな、同類だからかな」

「……、ともかく奴を追うぞ。
 大まかな位置くらいならこれで感知できるらしいから使ってみるぜ」

 バリーは冒険者ヘルウェに【亡者感知の杖】という魔具マジックアイテムを事前に借り受けていた。
 ジェベータが逃げだした時に使え、という彼の言葉は今この状況を予測していたかのようだ。
 兎にも角にもただ話しているだけでは何も解決しない。
 レンツォを先頭に、【亡者感知の杖】の指し示す方角へと足を進める。

「近いな、この辺りのはずだが……」

 バリーが呟いた時、近くの木の洞から何かの影が飛び去った。
 それが蝙蝠だとハッキリ認識できたのは【夜目】を持つコヨーテだけだ。

「逃がすかッ!」

 コヨーテは蝙蝠に向けて丸太をぶん投げる。
 対吸血鬼用の武器として冒険者イナランに切ってもらったものだった。
 吸血鬼の中には血液が独自の進化を遂げた種もあり、返り血が致命傷になり得る事もある。
 その為の丸太だったが、ジェベータが特殊な血液を持つ種でない事は既に確認できていた。

 蝙蝠は迫り来る丸太をひょいと避け、更に遠くへ逃げようとする。
 が、反対側から飛んできた別の蝙蝠にぶつかり、ジェベータはバランスを崩して地に落ちていく。
 地面に墜落する寸前にジェベータは蝙蝠化を解いた。

「ちぃっ……小癪な!」

「まったく、こんな最悪の天候で始めるとは予想外でしたよ」

 もう一方の蝙蝠も赤い衣服に身を包んだ少女ロージアへと姿を変える。

「助かるよロージア。こんな天候だが奴の蝙蝠化の阻止は頼んだぞ」

「心配は無用です。
 私も年増女も同程度のパワーダウンです、雨に降られているからと逃がしはしません。
 さぁ、思う存分やっちまってください」

「まったく生意気な坊やねぇ。その女と手を組んでいたなんて……!」

「……お前を殺す準備はしてきたさ。見ろよ、天候もお前を殺せと言っている」

 止む様子もない雨、吸血鬼の弱点を突く道具の数々。
 敵対する吸血鬼ロージアによって蝙蝠となって逃げる事もできないこの状況。
 千載一遇とはまさにこの事だ。

「――今! この場で! 決着をつけるぞジェベータ!」



 相も変わらず雨は止む事なく『祟られた森』にはしとしとと降り続いている。
 少しでも雨に濡れないようにとロージアは木の幹に寄りかかっていた。
 彼女の目に映るのはジェベータと五人の冒険者たちの戦い。

 いや、戦いと表現していいものかは疑問だった。
 いかに高ランクの吸血鬼でも雨の降りしきる中、秘術の一つを封じられた上で冒険者五人と戦うのはあまりにも条件が悪い。

 盗賊レンツォがかざした【木の聖印】によりジェベータの動きが鈍る。
 吸血鬼の呪いによる十字架への拒否反応だ。
 そこに信仰心の有無は関係ない。

 狩人チコの放つ速射がほぼ同時と錯覚するほどに速く、ジェベータの両手に突き刺さる。
 防御を一瞬だけ崩すその隙を逃さず、双剣使いミリアの一閃と見紛う二閃がジェベータの脇腹を切り裂いた。

「――うふ」

 にも関わらず、ジェベータは笑む。
 ギチギチと口の端が引き裂かれてしまうほどに吊り上げて、不気味に笑む。
 ジェベータは切り裂かれた脇腹を、矢が突き刺さったままの手で触れる。

「さぁ、パーティの始まりよ」

 その手に付着した血液を、そこら中に撒き散らす。
 いや、付着などという言葉では生ぬるい。
 まるでその手が血流を操ったように大量の血液が宙を舞っていた。

 そしてその血液は中空で黒光りする無数の刃と化し、コヨーテたちに襲い掛かる。
 その刃はそう、まるで薔薇の花弁にも似ていた。

 砂嵐のように遅い来る薔薇の刃。
 その儚い見た目に反して威力は生半可なものではなかった。

「ぐっ……ああぁあああッ!!」

 術者のジェベータ、距離を置いていたロージアを除いた全てを、薔薇の刃は切り裂いた。
 それは周囲の木の幹をごっそりと削るほどに大雑把だったが、それゆえに回避は至難の業だ。

「がッ……!」

 攻撃直後で体勢が崩れていたミリアはまともに薔薇の刃を受け、吹き飛ばされた挙句に太い樹木の幹にぶつかる。
 当たり所が悪かったのか、彼女はそのまま深く息を吐いて気を失った。

 レンツォは手に持っていた【木の聖印】ごと薔薇の刃の暴虐に曝され、全身を切り刻まれた。
 咄嗟に防御に回した彼の右の掌を、一際大きな刃が貫通していた。
 元々戦闘では道具を扱う事しかできないのがレンツォだ。
 これでは戦闘は続行不可能と同義だった。

 一方、身体が小さかった事が幸いしたのか、チコはさほど傷を負ってはいない。
 だがあれだけの薔薇の刃に曝されたせいで彼女の最も得意とする弓の弦が切れてしまっている。
 いくら製造から調整まで彼女の手で行われた弓とはいえ、戦闘中に悠長に修理している余裕なんてない。
 仕方なしにチコは腰に吊っていた鉈を抜いて構える。

「うふふ、どう? 【黒薔薇の刃】の味は?」

「不味ィんだよクソッタレ!」

 肩に薔薇の刃が突き刺さったまま、バリーは【識者の杖】を構えて精神を集中させる。

「《貫き砕く光の波動、輝きを束ね疾く放たれよ》!」

 強化された【魔法の矢】の詠唱。
 ビホルダーの強靭な身体ですら一撃で半壊に追い込む超威力の魔法だ。

「――《抉れ》!」

 【識者の杖】が示した先、ジェベータ目掛けて光が飛ぶ。
 それに対してジェベータは尚も余裕の笑みを浮かべていた。

「ハイ、ざぁんねん」

 ジェベータが取った行動は実にシンプルなものだった。
 一瞬だけ無数の蝙蝠へと姿を変えた、ただそれだけだ。
 【魔法の矢】は決して的を外す事のない強力な魔術だ。
 しかし、必ず当たってしまうのなら被害を最小限に抑える方法を取ればいいだけである。

「ジェベータッ!」

 【銀メッキの剣】を振るうコヨーテはジェベータの首を狙う。
 ジェベータは素早く腰を落として回避すると、カウンターとばかりにコヨーテの胸に回し蹴りを叩き込んだ。
 しかしコヨーテはその衝撃に耐え、彼女の脚を掴む。

「ッ、今だ!」

「あらぁ。お姉さんの脚、頬ずりしたいほど魅力的かしら?」

 ジェベータは掴まれている脚を支点に、もう一方の脚から繰り出された蹴りがコヨーテの頬に突き刺さった。
 まるで曲芸師のような動きに不意を突かれたコヨーテはそのまま弾き飛ばされる。

 両脚が自由になったジェベータは無様に地面に転がるような真似はしない。
 空中で身体の制御を取り戻し、優雅に着地した。
 そしてチコへ向けて虚空で円をなぞり、門を造り出す。

「出でませ!」

 ジェベータの号令で門から現れた『邪獣』はまっすぐにチコへと飛び掛り、ナイフのように鋭い牙を突き立てた。

「――うあッ、あああああああ!!」

 獲物の肉を引きちぎるように、『邪獣』はチコに食らいつく。
 その度に傷口が抉られ、痺れるような激痛が頭の天辺から全身に走っていく。

「チコッ!」

 コヨーテの左腕がざわめき、黒狼が飛び出す。
 流星のような速度で飛来した黒狼は『邪獣』の上顎を食い破る。
 地に落ちた『邪獣』を【レーヴァティン】で地面に縫い付けると、『邪獣』は消滅した。
 放り出される形になったチコをコヨーテが受け止めるが、激痛のショックからか彼女は気を失っていた。

「あらあらぁ? その子にばかりかまけていていいのかしらぁ?」

「――ぐっ……!」

 見れば、バリーがうめき声と共に地面に倒れ込んでいた。
 その首筋に二つの小さな傷痕があるのを、コヨーテの【夜目】は見逃していない。
 ジェベータは口元の血を拭い、やれやれと頭を振った。

「やっぱりおじ様の血は駄目ねぇ、イマイチだわぁ。ま、贅沢は言えないけどねぇ」

「こ、の野郎!」

「どちらにせよあなた以外は全員私のしもべになるのよぉ。遅いか早いかじゃない」

 コヨーテは申し訳程度の止血を施した後、そっとチコを横たえて再び【銀メッキの剣】を手に立ち上がった。
 状況はすこぶる悪い。

 ミリアとバリーの攻撃は少なからずジェベータの体力を削っていたはずだった。
 だが、先ほどのバリーからの吸血でかなりの力が戻っているはずだ。
 お互いに雨に降られているからといって、結果的には彼女のほうが消耗は少ないだろう。

「あはははっ、まだやる気なの坊や?」

 ジェベータの軽口を無視して、コヨーテは片手で【銀メッキの剣】を振るう。
 刃はジェベータの左肩に深々と突き刺さって止まった。

「ッ!?」

 半ば避けられる事を想定した攻撃だった為、コヨーテは両断するほどの力を込めていなかった。
 だとしても正気ではない。
 銀メッキは確かに【治癒】が不可能なほどに吸血鬼の身体を焼いているのだ。

「あら痛ぁい」

 ニタリ、と厭らしい笑みをこぼしてジェベータは虚空に円をなぞる。
 門より『邪獣』が牙を剥き、コヨーテの心臓を狙って飛び掛ってくる。

「――ッ!」

 至近距離からの攻撃に、コヨーテは避け切れずに喰らってしまう。
 わずかに身体を捻って致命傷だけは避けられたが、『邪獣』の鋭い牙がコヨーテの右肩を貫く。
 鮮血が舞い、泥混じりの地面に次々と吸い込まれていく。

「しぶといのね坊や。でもダメよぉ? こんな紛い物じゃ私を殺すなんてできない」

「ッ、そうでも……ないさ」

「うふ、そんなになってもまだガラクタを手放さないのは健気でいいわよ。
 でもでもぉ、そこの剣よりはマシなのかしら?
 こぉんなガラクタに縋るしかないなんて哀れでしょうがないわぁ」

「別に縋っているから手放さない訳じゃない――」

 激痛が身体を強張らせるのが鬱陶しい。
 それを無理やり押さえ込みながら、コヨーテは空いていた右手で地面に刺さったままの【レーヴァティン】を掴む。
 ジェベータはそれを薄ら笑いを浮かべて眺めているだけだ。
 いくら至近距離からの斬撃とはいえ、銀製でもなく聖別されている訳でもない剣の一撃は取るに足らないと考えているのだろう。

「――

 【レーヴァティン】による一閃。
 は『邪獣』を引き裂き、ジェベータの右腕を掠めて肩を斬り裂いた。
 赤い飛沫が撒き散らされるも、傷は相当に浅い。

 あの一瞬で、突き立ったままの【銀メッキの剣】が力任せに引き抜かれ傷口が抉れる事も厭わず、ジェベータは身を引いていた。
 その咄嗟の判断力は素直に敬服できる。
 そうしていなければ今頃ジェベータは灰になっていたかもしれない。

 何故【レーヴァティン】が火炎を纏うのか。
 その理由は簡単だ。
 そもそも『レーヴァティン』とはすなわち炎の巨人スルトの持つ炎の剣に由来する魔剣だ。
 『神の鎚』ブレッゼンによって二度鍛え直された【レーヴァティン】は再現物レプリカといえど、一端の魔剣として完成していたからだ。

 彼の打つ魔剣には様々な固有の効果があるが、共通の効果として磨耗せず霊体すら斬り、邪なものを祓う力を秘めている。
 すなわち『絶対に折れない』『吸血鬼を殺せる』剣である。

 ジェベータの刃傷は神聖な刃で清められ、さらに火炎の熱で焼き潰された。
 たとえ吸血鬼の【治癒】だろうが修復はできない、治らない傷だ。

「少しはやるのね坊や。本命を意識させない為にガラクタを振り回していたなんて」

 右腕の傷から滲む血を舐め、ジェベータは笑みを浮かべる。
 紛い物だとしても質が違いすぎる【レーヴァティン】の一撃に、逆に冷静にさせてしまったようだった。
 彼女の傷ついた右手が振られ、そこから流れた血液が再び【黒薔薇の刃】と化す。

「腕一本、もーらったぁ」

「ぐっ……、うあッ――!」

 コヨーテはどうにか悲鳴を押し殺した。
 咄嗟にその場を飛びのいてはいたものの、それで避けられるほど柔な弾幕ではない。
 防御に回した【銀メッキの剣】さえもバラバラに砕き、彼の右肩から手の先にまで無数の薔薇の刃がびっしりと突き刺さっていた。
 腕全体から血液を滴らせ、もはや腕が千切れていないのが奇跡と思えるほどの惨状だ。
 コヨーテの眼はまだ死んではいなかったものの、右手は【レーヴァティン】重量を支えきれずにだらりと垂れ下がっている。

 『血も滴る』ジェベータと『月歌を紡ぐ者たち』との戦い。
 それは戦いと表現するにはあまりにも圧倒的で、あまりにも一方的すぎた。


To Be Continued...  Next→
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周摩

Author:周摩
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