≪ 2017 07   - - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 - -  2017 09 ≫
*admin*entry*file*plugin

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


『紅し夜に踊りて』(2/2) 

 遂にコヨーテが避けられなくなった。
 ルナの素人然とした目にはそうとしか見えなかった。

「コヨーテ!」

 ルナは思わず叫んでいた。
 長い前髪でコヨーテの表情は見えない。
 だが平気なはずはないだろう、腹と背の傷と口からはおびただしい量の血を吐き続けている。

「もう――!」

 見ていられない。
 そう叫んで逃げ出してしまいたくなるほどの惨状だ。
 コヨーテとミリアが、互いを信頼し合った仲間が殺し合っている。

 だが、ルナは軽々に動かなかった。
 そんな絶望的な状況でもコヨーテは逃げ出さなかったから。
 真正面から残酷すぎる運命に立ち向かって、彼はなお諦めていない。

「……近づくな、ルナ」

 か細い声で、コヨーテは呟いた。
 辺りは真っ赤な死に彩られた静謐な空間だ、そのくらいの声でも十分ルナに届く。

「案外余裕あるのね」

「がッ――く、……うあッ……」

 荒い吐息と共に、コヨーテは搾り出すような声を出す。
 【レーヴァティン】は右手に握られたまま、切っ先は地面と接している。
 自らを貫く剣の一本を握る手が震えているところを見ると、もう力が入らなくなっているのか。

 絶体絶命、その言葉がルナの脳裏に浮かんだ。
 あの状況で黒ミリアが少しでも手を捻ってしまうとそれだけでコヨーテが死んでしまいかねない。
 そうでなくとも出血量は相当なものだった。

「もう……、もういいでしょう、ミリア……」

「――あぁ?」

 一切の感情がこもっていない眼を向けられ、ルナは思わず息を呑んだ。
 本当にあれはミリアなのだろうか。
 『紅し夜』の魔力はここまで彼女を狂わせているのだろうか。

「――もッ、もう決着はついたでしょう……? これ以上は無意味です」

「馬鹿言ってんじゃないわ。まだコヨーテは死んでないし、この程度で死ぬはずがない。そうでしょ?」

「うあッ……!」

 黒ミリアの手首が右に左にとゆっくりと捻られていく。
 その度に傷口からは新たな血が溢れ、コヨーテの身体を震えさせる。

「ねぇコヨーテ、私の剣の痛みって他のと比べてどうなのよ? 感想聞かせてくれない?」

「――ッぐ……!」

 黒ミリアの手首の動きが早まった。
 彼女はもう、何でもやるつもりだ。
 殺し合う決心をするまでコヨーテを痛めつけるつもりだ。

 そんなのは嫌だ。
 コヨーテが死んでしまう事も、ミリアが彼を殺してしまう事も、どっちも耐え難い。

「………………」

 ルナの手の中にあるスクロールが存在感を増した。
 落とさないように、失くさないようにしっかりと握っていたそれは未だ使用されていない。
 スクロールに記された呪文は【魔法の矢】。
 威力は本家のそれには劣るが、相当の威力はあるはずだ。

 気味が悪いほどにルナの頭が冷えていく。
 ルナにはコヨーテの傷を癒す術はない。
 仮にそれができたとしても、根本的な解決には結びつかない。

 ルナの手には攻撃用のスクロールがある。
 それを使えば。

(え?)

 その一瞬、ルナは何を思ったのか。
 攻撃用の術式をミリアにぶつけようとした。
 仲間であるミリアに、人を殺すほどの威力を持つ魔術を中てようとしたのか。

 想像するだけでも恐ろしい考えに手が震えた、涙も流れた。
 それでも、ルナはスクロールを取り落とすような真似はしなかった。

「ミリア!!」

 名を呼ばれた黒ミリアは億劫そうにルナを見やる。
 さっきまでの一切の感情を削ぎ落としたような眼を、再び向けられる。

「もう止めてください。あなたがコヨーテを殺すというのなら、私はあなたを撃たなければなりません」

 ともすれば歯の根が音を立ててしまいそうになるほど、ルナは震えた。
 今のミリアは恐ろしい。
 もはや聖誕祭の夜の吸血鬼よりも恐ろしい存在になっている。

「やめ……ろ、ルナ……」

 コヨーテの途切れ途切れの声。
 もう一刻の猶予も残されていないように感じる。

「――ッ!!」

 双剣が一気に引き抜かれ、コヨーテは痛みに呻く。
 支えを失った彼はどろどろの地面に倒れこんだ。

 黒ミリアはそれを一瞥もせず、散らばった妖魔の肉片を踏み潰すように歩む。
 攻撃の意を示すルナに向かって、ゆっくりと足を運ぶ。

 ルナは身動きが取れなかった。
 こうもあっさりとコヨーテを放すとは思いもしなかった為、その予想と現実のズレがルナの足を地に縫いつけている。
 そしてその戸惑いは致命的だ。

「どうしたの?」

 あれよあれよという間に彼我の距離は詰められ、ルナの歩幅で七歩半の位置で黒ミリアは立ち止まる。
 それは完全にミリアの領域に入り込んだ事を意味している。
 ルナの一挙手一投足に反応してから首を跳ね飛ばせるほどの、必殺の間合い。

「――?」

 間違いなくこの瞬間、黒ミリアの殺意はルナに向けられた。
 まるで蛇に睨まれたカエルのような感覚。

 こんな感覚をルナは知っている。
 聖誕祭の夜にとある吸血鬼に命を狙われた時と同じだった。

「撃たなきゃ死ぬわ。撃っても殺すけど」

 恐ろしく平坦な黒ミリアの声は、とんでもなく冷え切っている。
 スクロールを握るルナの手にも力が入る。
 もしスクロールの攻撃で黒ミリアの気を失わせる事ができれば、みんな助かるかもしれない。

 やるしかない。
 ルナにできる事、ルナが生き残る方法は、たったひとつ。
 彼女を倒す事だけ、

「ミリア、を……」

 倒す。
 すなわち、彼女を傷つけるのだ。

「たお、す……」

 無理だった。
 『やるしかない』なんて言葉でどれだけ自分を正当化しようと、『かもしれない』なんてひどく楽観的な結末を切に望んだ末だとしても、ルナは自分を誤魔化しきれなかった。
 コヨーテはミリアを救う為、彼女を傷つけない為に自身がどれだけ傷ついてもいいという覚悟を決めて戦っている。
 そんな彼の気高き覚悟を、か細い願いを踏みにじる行為を、ルナには決してできなかった。

「……ごめんなさい」

 それこそ自己欺瞞だと、ルナは理解してはいた。
 ルナはコヨーテを絶対に死なせたくないと思っていながらも、ミリアを傷つけない選択を採った。
 コヨーテの願いを、盾に使って。

 大切な人を守る為に他の何かを切り捨てる事もできず、それにさえ理由をつける卑怯者。
 それがルナ=イクシリオンという人間だ。
 自分の汚さ弱さ甘さが悔しくて、悲しくて涙が出た。

「ごめんなさい……、ごめんなさい……」

 せっかく救ってもらった命なのに自分勝手な考えで失ってしまう。
 それがどれだけコヨーテに衝撃を与えるかも考えられずに、ルナはただ謝罪の言葉を繰り返した。

「……。それでいいんだ、ルナ」

 黒ミリアの背後でコヨーテが立ち上がっていた。
 全身を真っ赤に染め、【レーヴァティン】を杖のようにしてようやく立ち上がれた様子だ。
 吸血鬼の【治癒】があったとしても、立ち上がれるほど傷が治った風には見えない。

「オレなんかの為に汚さないでいい。
 君の手はそんな事をする為にあるものじゃない。
 ミリアを止めるのは……オレの仕事だ」

「……まーだ殺し合う気にはならないの?
 いい加減私にも我慢の限界ってものがあるんだけど。
 そうだ、ルナの首でも斬り落とせばやる気になってくれるのかしら?」

「――ふふっ」

 黒ミリアの問いには答えず、コヨーテは声を上げて笑った。
 あまりにも唐突な、場違いな笑い声。

「何よ、おかしくなっちゃったの?」

「至って正気だ。
 ただ、少しだけ分かったような気がしたんだ。
 ……オレが吸血鬼のイザコザを持ち込んだ時、みんなもこんな気分だったのかなってさ」

 そう言って、コヨーテは今度は自嘲気味に笑んだ。

「実際に体験してみないと分からないものだな。
 

 ……おこがましいかもしれないが、オレは納得できたよ。
 ミリアがオレの知らない事情でダークエルフになった?
 

「……コヨーテ」

「お前の事情なんて知った事じゃない。
 ダークエルフと化してお前が闇に堕ちたというのなら、そこから引き上げてやる。
 オレの意地が勝つか、お前の執念が勝つか。

 ――勝負だミリア」

「……その気になったの?」

「いいや、だが一撃でもオレに攻撃を中てる事ができればオレも腹を括ろう。
 お前の望みを何だって聞いてやる」

「緩い条件。二言はなしよ」

 言って、黒ミリアは獰猛な笑みを見せた。
 既に何度もコヨーテの身体を切り裂いた双剣を構え、対するコヨーテも【レーヴァティン】を握りなおす。
 さっきまでルナに向けられていた殺気はすでにどこにもない。

(あれ、もしかして……)

 もしかしても何もなかった。
 コヨーテのあの言葉は、ルナを殺したり人質に取ったりする必要はないと明言している。

 さりげなく守られてしまったルナは無言で、解きかけていたスクロールを封じた。
 もうこれはミリアに向ける必要がなくなった。
 それはきっと、これからもずっと、ずっと必要なくなったものだ。



「出ろ、黒狼」

 左腕を黒狼に変換し、脇に侍らせる。
 必然的に【レーヴァティン】を右手一本で操る事になるが、大した問題ではなかった。
 両手を使うような重い攻撃は必要ない。

「忘れた訳じゃないでしょうね。
 今のアンタの腹には刺し傷が二つ、確かに残っているはずよ」

 忘れる訳がない。
 ついさっき穿たれた二箇所の傷は、吸血鬼の【治癒】でもまだ完全に塞がっていない。

「さっきと同じ事を繰り返すだけで一撃は入る。そうすれば私の勝ちよ」

「やってみるといい。こちらも相応の対処をするだけだ」

 自信ありげに応えて見せると、黒ミリアは少しだけ眉を寄せた。
 何かあると判断するのに材料は十分ではあるが、狙いが分からないのだろうか。
 しかしそれも少しの間だけだった。

「……やるわ」

 視界から黒ミリアの姿が消える。
 だが彼女の影を追いきれない訳ではない。
 そして左腕を黒狼へと変えた事で、彼女の狙いも絞られる。

 一撃を入れられたら殺し合いに応じると既に宣言している。
 すなわち、攻撃を仕掛けた直後の不安定な体勢の黒ミリアに黒狼が飛び掛るという事だ。
 戦闘の駆け引きを理解するミリアがそれを考慮しないはずもない。
 攻撃を仕掛けてくるとしたら捕まえられる可能性のある『突き』ではなく一撃離脱の『薙ぎ』だ。

 『薙ぎ』は『突き』に比べて速度でわずかに劣り、点ではなく線で襲い来る攻撃は幾分か防ぎ易い。
 攻撃方法の差は砂粒ほどの違いしかないが、その違いが決定的にコヨーテの生存率を上げている。
 まさしくそうせざるを得ない状況に、コヨーテは誘導したのだ。

 もし攻撃を仕掛けなければならない状況であれば、コヨーテは成す術なくずぶずぶと血の海に沈んでいっただろう。
 しかし最初から手を出さずに防御と回避に専念していれば、いくら黒ミリアが化け物級であろうと致命傷を受ける可能性は相当に低くできる。

 唯一の問題は先ほどのように眼を封じられる事だ。
 視界を奪われては影を捉える事はできず、また今度は空いた手でそれを払う事もできない。

 二度三度、ミリアの剣がコヨーテを襲った。
 ほとんど牽制のような攻撃ではあるが、左腕を切り離した事でコヨーテはいつも以上に身体をぐらつかせる。
 コヨーテの身体が傾ぐのを見逃すようなミリアではなかった。

 再び金色の髪の毛がコヨーテの顔を叩く。
 ある程度予測できていたお陰で、今度は目に入るような事はなかった。
 それでもコヨーテの視界をわずかな間だけでも封じる効果はある。

 目を閉じたコヨーテはぞくりと危機感を覚える。
 どこから来るか分からないが、ミリアの双剣が迫ってきているのが分かる。
 たとえ勘を頼りに回避行動を取ったところで、黒ミリアは少しも焦らず軌道修正するだろう。
 だからコヨーテは

「なッ――!?」

 思わず、といった様子の黒ミリアの声。
 それもそうだろう、唐突にコヨーテの身体が双剣の範囲外へと移動したのだから。
 移動という言葉は適切ではない、コヨーテの身体は

「ご――ッッ!!」

 コヨーテが左腕を黒狼へと変えたのは攻撃の誘導の為だけではなく、防御・回避不可能な攻撃から逃れる為でもあったのだ。
 とはいえ、自分自身が出した指示ではあるが迂闊に加減して黒ミリアの攻撃を受けてしまっては元も子もなく、腹を食い破らない程度の威力の【天狼突破】を自らが受ける事になってしまった。
 めりめりと身体に食い込んだ黒狼の衝撃は手近な内臓を不気味に揺らす。
 更には肺に届いた衝撃が内部の空気を押し出し、コヨーテは激しく咽せた。

「アンタは……!」

「ゲホッ……、ハァ、残念……だったな」

「バッカじゃないの……何を勝ち誇ったようなツラしてんのよ……!
 黒狼の使役! 傷の治癒! そのどちらにも吸血鬼の力を使って、アンタあとどれだけ持つと思ってんのよッ!!」

 黒ミリアの怒りは焦燥と罠にはめられた事に対するものだったか。
 確かに、ただでさえ残り少ない吸血鬼の力を【天狼突破】と【治癒】に充てればわずかも持たずに自滅するだろう。
 全力での殺し合いを望む黒ミリアにとっては、早々に一撃を入れなければせっかく殺し合いに持ち込めたとしても死にかけで満身創痍のコヨーテでは殺し合う価値がない。

 黒ミリアが手を早めようとすれば、それだけコヨーテが消耗する速度も速まる。
 言うなればチェックメイトだ。
 もはや黒ミリアが望む殺し合いは、この『紅し夜』の下では行われない。

「もう、いいわ。どうあってもアンタが殺し合いに応じるつもりはないってのは分かったから――」

 驚くほど真っ直ぐに、黒ミリアは間合いを詰める。
 今までのように撹乱を交えるような攻撃ではない。
 緩急をつけた奇襲に近い攻撃ではあったものの、コヨーテは易々と【レーヴァティン】で受け止める。

「――だからって私が諦めるとでも思ったのかしら?」

「思っちゃいないさ……お前の諦めの悪さはオレも知っている」

「アンタが殺し合いを望まないというのなら、今この瞬間こそが。殺してやるわ、コヨーテ」

 射殺すような黒ミリアの視線を浴びてなお、コヨーテは微塵も揺らがない。
 彼女の静かな冷たい殺意を侮っている訳ではない。
 ただ、コヨーテは既に敗北の要因をほとんど取り去っていた。

 黒ミリアは手を替え品を替え、何度も何度もコヨーテの首を、心臓を狙う。
 ある一撃は【レーヴァティン】によって阻まれ、ある一閃は黒狼による強引な回避法によって避けられた。
 無茶に無茶を重ねるコヨーテの姿はもはや見ている者が思わず目を覆いたくなるような惨状だ。

 それでもミリアの剣はコヨーテにかすりもしない。
 何度も身で持って受け、その目で見た太刀筋だ。
 黒狼回避が可能な今なら全ての攻撃を捌き切る事も可能だろう。
 コヨーテは既に死に掛けるほどの傷を受ける覚悟を決めている。

「……どうして、」

 攻撃を捌かれつつ、ミリアは呟く。
 コヨーテが倒れる事はない。
 決してその眼は死なない。

「……どうして!」

 血反吐を吐こうがお構いなしだ。
 何度も黒狼の突進を受けた衝撃は胃を叩き、吐き気を覚える事もあった。
 だとしても、コヨーテは真っ直ぐ黒ミリアを見据える。

「どうしてアンタは死なないのよッ!?」

 ついに黒ミリアは叫んでいた。
 黒狼による突進だけでももう何回分になるだろう、あまり考えたくないくらいには死んでいたのだろう。
 昨夜の戦いで大きく消耗したコヨーテが、先刻までの攻撃からの【治癒】で消耗し、更には【天狼突破】まで連発したのだ。
 どう贔屓目に見ても使用した魔力は今までのコヨーテの容量を超えているはずだった。

「……『紅し夜』の影響を受けたのはお前だけじゃない」

「だとしたらアンタも心の闇が増幅されてるハズでしょうが!」

「オレじゃない。この妖魔たちの成れの果てさ」

 戦いの場の周りには、黒ミリアが屠った妖魔の血肉がそこら中に撒き散らされている。
 地面はすっかり血の赤を取り込み、真っ赤な汚泥と化していた。

「魔力が増幅された妖魔の血がそこら中に、それこそ中規模以上の儀式場並みの血肉にえが撒き散らされているんだぞ……?
 いくらオレが半吸血鬼だろうが、いくらオレが魔力の扱いが下手だろうが、経口摂取の過程を省略して血液から直接吸血鬼の力として魔力を取り込むくらいはできたさ」

「…………、ッ!!」

 屠ってからかなりの時間が経つというのに、周囲の妖魔の血は未だに乾ききっていない。
 濃密な血のにおいに麻痺していたミリアは気づいていなかったらしい。
 いや、単に目に入っていなかっただけなのかもしれない。

「見えるかミリア……夜明けは近いぞ」

 コヨーテは西の空を【レーヴァティン】で指した。
 夜の終わりを告げる、白みつつある空。
 それは同時に『紅し夜』の終演でもある。

「……いや、」

 黒ミリアはさっと顔を青くした。
 目を丸くして白みがかった西の空を見て、眉間に皺を寄せている。

「――いやだぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!!」

 絶叫。
 黒ミリアの感情が爆発した。
 何かに怯えるように、闇雲に双剣を振るう。

 先刻までの黒ミリアとは似ても似つかない、拙い剣。
 そのお粗末な剣は以前のミリアにも劣る。
 集中を乱し、ただ感情に任せて振るう剣にコヨーテが斬れる訳がない。

「――いや、いやよコヨーテ……」

 もはや黒狼を使うまでもない。
 全ての攻撃を【レーヴァティン】を盾に捌いていく。

「お願い、戦って……戦ってよぅ……!」

 段々と、黒ミリアの声が弱弱しくなっていく。
 まるで駄々をこねる子供のように、涙を流しながらひたすら両手の剣を振るっている。

「今じゃないと……ダメなの……正気に戻ったら私は一生、アンタと戦えなくなる……」

「………………」

 コヨーテは何も言わない。
 感情を表に出さず、ひたすらに黒ミリアの攻撃を捌き続ける。

「私、は……」

 決着の時はあっけなく訪れた。
 黒ミリアの動きが止まり、やがて大きく前方に傾いだ。
 彼女の身体が倒れる前にコヨーテが彼女の身体を抱き支える。

 夜が明けた、すなわち『紅し夜』は終演を迎えた。
 大気中の魔素の濃度が通常に戻ったようだ。
 辺りを染める真紅の光が急激に失われていく。

 黒ミリアの身体から力が抜けている。
 双剣がだらりと垂れ下がった両手から滑り落ちた。
 彼女の両手を離れた剣はゆっくりと重力に引かれ、地面に突き立った。

「……オレの勝ちだ」

 静かな勝利宣言に、黒ミリアは苦笑した。

「悔しい、わ……」

「まだオレと殺し合いたいか?」

「もういいわ。敵わない相手に向かっていくのは勇気じゃなくて無謀だからね」

 コヨーテの位置からではミリアの表情は見えない。
 あれほどの力を振るったダークエルフとは思えないほどに、今の彼女は力を失くしていた。

「妙な事に巻き込んで悪かったわ。裏切り者わたしの処遇はアンタの好きにして……」

「分かった」

 言うや否や、コヨーテはミリアを抱きかかえた。

「――って、ええ!?」

 いわゆるお姫様抱っこである。

「な、何すんのよぉ!」

「何って、町へ向かうんだよ……動けなさそうだし、お前が好きにしていいって言ったんだろ?」

「そういう事じゃないでしょ! 私、アンタにとんでもなく酷い事したのよ!?」

「まぁそうだな。だけどもう済んだ事だ」

「済んだ事って……」

「――『種族の違いで差別なんかしないわよ』だっけ……あれ、結構心に響いたんだ」

 それは聖誕祭の夜、自らの正体を明かしたコヨーテにミリアが告げた言葉だった。

「本当に嬉しかったんだ。
 こんなオレでも差別しないでくれてさ。
 だから、オレもお前に返すよ。

 

 たとえミリアがダークエルフになったとしても。
 コヨーテが闇に近しい者でなかったとしても、そう言い切れる自信がある。

「バカ……、ほんと馬鹿よアンタ……」

 ミリアは腕で顔を覆った。
 しかしコヨーテの腕を伝って、彼女が震えているのが分かる。

「……アンタ言ってたわね。
 仲間にならなかったほうが良かったなんて本当に思っているのかって。

 思ってるはずないじゃない。
 アンタと出会えて、命を預けられるほどの仲間になれて、心の底から本当に良かったって思ってるわよ」

 ミリアが嗚咽交じりにそう告げると、その濃灰色の肌がすうっと色を変えた。
 返り血で薄汚れてはいるがいつものミリアの健康的な白い肌だ。
 ただし、彼女の左眼の周りにはダークエルフの紋様が、消えずに残ってしまっている。

「あぁ……、オレもだよ」

 それを聞いて、安心したようにミリアは眠りに落ちた。
 どうにも『紅し夜』の影響で無茶な動きをしすぎたようで、警戒心ゼロの寝息を立てている。

「お疲れさまでした」

 黒の外套を胸に抱いたルナがそう言って微笑んだ。
 つられてコヨーテも笑むと、町へ向かって足を踏み出した。

 こうして、紅し夜の宴は一通りの結末を迎えた。
 この事件が『月歌を紡ぐ者たち』の面々に一体どんな影響を及ぼす事になるのか。

 それはまだ定かではない。



【あとがき】
今回のシナリオはほしみさんの「紅し夜に踊りて」です。
タイミングが合いすぎてほしみさんのシナリオ三連となってしまいましたね。
内容はバトルシナリオなのですがまさか仲間と戦う事になるとは思いませんでした。
確か周摩が体験した中では初めてのPCvsPCだったと思います。
『赤い月』というシチュエーションはホントいいですね、大好きです。
ちなみに踊れる者ミリア、留まる者コヨーテ、抗う者ルナ、導く者バリー、戦う者チコでした。

ちなみに今回のシナリオは環菜さんのリクエストでした。
タイムオーバーってレベルじゃないですもう。
たいへんたいへんたいへんお待たせいたしました……!

ちなみにコヨーテは20ラウンド耐え抜くほうを選択しました。
おかげさまでかなり辛かったですけどね……治癒足りてないし。
でもいい感じに纏まってくれてよかったです。
このルートを選んだということで、正直やりたい放題しましたからね!

ミリアの変化については結構悩みました。
実際に拙作のシナリオでやった事とはいえ、ネットで探してもあまりそちらについての情報が見当たらなくて結局オリジナル設定とするしかありませんでした。
いずれこちらの設定も纏めたいところではありますね。
それより前に次回辺りに説明入るかもしれませんが。

あと展開の都合上、入手した報酬800spは特に理由もなく増える事になります。
次回辺りでまた散財する気がしますのでそっちで帳尻合わせると思います。


☆今回の功労者☆
コヨーテ。おつかれ。

報酬:
800sp

使用:
【氷結瓶】

LEVEL UP
ルナ、チコ→5

銀貨袋の中身→4602sp

≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『紅し夜に踊りて』(ほしみ様)

今回使用させて頂いたキャラクター
『ジェベータ』(出典:『呪われし者の昼と夜』 作者:ほしみ様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。
スポンサーサイト


この記事へのコメント

またコメント失礼します。Leeffesです。

てっきり、「コヨーテが魔素影響なったらバッドエンド直行だろうに、どうやって回避するのだろう…ドキドキ」とかしてたんですが、まさかのミリアさんダークエルフ化。
予想の斜め上を光速で飛んでったストーリーに、非常に楽しませていただきました。

それにしてもミリアさん、事情を知るエルフが見たら一様に眉をひそめる刻印が残った、ということですよね?
シナリオ反応はなくても合間合間に何らかの弊害は生まれそうで、うわあ、これからの冒険どうなるんだろう、と今からちょっと妄想が広がります。
悪堕ちってこーゆーことなんですね。見習おう。

20ラウンド耐え切りはまだやったことなかったので、これから時間ある時にプレイしてみますね。
更新お疲れ様です、ありがとうございました!
リクエストに答えてくださりありがとうございます。
頼んだ時にはこんな展開になるとは思ってもいませんでした。
ミリアさんのこれからが気になりますね。
締めの台詞もなんか意味深だし、
宿で待つ仲間の反応もですが、
見知った故郷のエルフさんと再会したときの反応、とか。
でも大丈夫ですよね、仲間いるし。

更新お疲れ様です。また次の話を楽しみにしていますね。
Leeffesさんいらっしゃいませ!
コメントありがとうございます!

『呪われし者の昼と夜』から『紅し夜に踊りて』へと続けると決めたときにミリアの運命は決まりました。
ですのでジェベータ様戦ではミリアがあまり活躍できなかったというですね。
実際、ミリアの黒化はかなり反響があって周摩自身もびっくりしています。

いかにもミリアの左目辺りには黒化の刻印が残ったままです。
さすがに黒化の刻印を他のエルフさんが知っているという設定は押し付けられませんので、現時点ではキルヴィの森の一部のエルフが黒化した際にのみ残り、かつロスウェル出身者か一部の事情通が知っている、という感じですね。
刻印の弊害は次回の月歌本編辺りでガッツリやりたいと思っています。
乞うご期待!

実プレイではコヨーテが耐えに耐えて、ルナの体力が危なくなった辺りで呪縛技を使って時間を稼いでいました。
最終的にコヨーテ負傷、ルナ無傷というベストな結果に終わって満足です!
レベルが高いと回復スキルが回ってきやすいので割と楽かもしれません、頑張ってください!

改めまして、コメントありがとうございます。
大変励みになります!
次回以降の更新もお楽しみに、です!
環菜さんいらっしゃいませ!
リクエスト&コメントありがとうございます!

いい意味で予想を裏切れたでしょうか!?
今回の話で一気にミリアというキャラクターの存在感が増したので大変助かりました。

ミリアの黒化は堕落した末の邪な力ではありますが、コヨーテの半吸血鬼の力と似たようなものです。
互いに互いの後ろ暗い部分を認め合えたので、何があっても乗り越えていけると思います。
次回のミリアには早速刻印の件で故郷のエルフとひと悶着ありそうですけど……
でも大丈夫です、きっと!

改めまして、リクエストとコメントありがとうございます。
大変励みになります!
次回以降の更新もお楽しみに、です!
この記事へコメントする














(△お好みの文字サイズになるまでクリックしてください)

周摩

Author:周摩
しがないリプレイ書きのブログです。

Info.
当ブログはリンクフリーです。報告は不要ですが、あれば相互リンクさせていただきたいと思います。

周摩のシナリオはこちらへどうぞ。

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。