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『大猿岩』(1/2) 

 エリックら『陽光を求める者たち』は黙々と、すっかり日も暮れた暗い山中を歩いている。

 日が沈む数刻前までは頼まれなくても口を突いて出ていた愚痴すらももう出ない。
 ここはリューンから遠く南西へと隔たった山中である。
 彼らは現在、とある依頼でこの地方に来ていた。

 幸いこの地方は時期も相まって気候も温暖であり、山中を数日彷徨おうと凍死する事はない。
 また、豊かな山の恵みが彼らを飢えさせず、清涼な川が喉の渇きを潤すだろう。
 しかし、皆一様に疲れた表情を隠せない。

 今回の依頼はこの地方のどこかの村で古代に行われていたとされる太陽神の儀式に使用されたとされる、とある『鏡』の探求だった。
 取り立てて目立ったところのない、聞くだけなら普通の範疇に収まる依頼だと思われるだろう。

 ところがどっこい、今回の依頼人というのがとんだ曲者だった。
 その潤沢な資金力に任せて骨董品や芸術品、魔術の道具マジックアイテムを買い漁り、依頼先にも無理難題を押し付けるという冒険者業界でも有名な悪評高い好事家、それが依頼人アルブの風評である。
 今回の品もまた、ただ古い伝承の一節に登場するのみで、あまりにもそれについての情報が少なく、実在すら危ぶまれる代物であった。
 かといって有力者であるアルブの依頼を無下に退ける訳にもいかない。

 詰まるところ、そのような雲を掴むような話に近頃ようやく活動を再開した宿の主力たる『月歌を紡ぐ者たち』を投入する訳にはいかず、丁度良く手が空いていた『陽光を求める者たち』が選ばれたという事だった。
 宿の亭主エイブラハムは手が空いていたからと説明したが、聡明なマリナやクロエはそれが欺瞞だとうすうす感じ取っていた。

「くっそー……何でおれたちが……」

 依頼人の屋敷から出発した後、エリックはそう愚痴をこぼしていた。
 何の事はない、要するに『この依頼ならエリックがどれだけアホな行動を取っても問題ないんじゃないか?』という宿の亭主の判断なのだろう。
 ついでに野外活動や夜営等のフィールドワークを駆け出しの内に体験させておこうという親心もあったのかもしれない。

「よし」

 先頭を歩くマリナの後ろで、エリックが何かを決意したように立ち止まる。
 何事かとマリナが振り返った事を確認したエリックもまた後続の仲間へと振り返った。

「こんな辺境まで探索したんだ。依頼人にはもう十分に義理は果たしたと思うんだがどうだ?」

 依頼を諦めよう、とエリックは言っていた。
 かつて山賊として山間を駆け回っていたガイアやスコットはともかく、都会育ちの箱入り娘クロエは疲労の色を隠せていない。
 ポーカーフェイスのマリナや肉体派シスターのレティシアも顔には出していないが相当疲労がたまっているはずだ。

「……そうね。残念だけれど仕方がないわ」

 意見が出てからの決断は早かった。
 冒険者にとっては依頼の成否よりも自らの命のほうが当然重い。
 元々、内容のほうに無理があったのだ。
 『陽光を求める者たち』の名に泥を塗るかもしれない判断ではあるが、仕方のない事だと割り切ってしまうしかない。

「とにかく、日暮れから随分時間が経っちまってる。今日はこの辺りで夜営にしようぜ」

 しばらく歩き、適当な場所を見繕って夜営の準備に取り掛かる。
 ガイアが慣れた手つきで熾した火を囲み、それぞれ干し肉や乾パンで軽く食事を取った。
 見張りをエリックとガイアが交代で行うよう取り決めると、真っ先にスコットが高いびきで寝入ってしまった。

 特に夜の間に何が起こるでもなく、日が昇る。
 焚き火に水を張った鍋を掛けていたガイアは鍋を火からどかして、そこに直接茶葉を放り込んだ。
 元山賊らしい荒削りな紅茶ではあるが、慣れない夜営で疲れの取れていない一行の心に余裕を取り戻すだけの効果はあったようだ。
 余談ではあるが、寝起きの紅茶はスコットの趣味らしい。

 火の始末を終えた『陽光を求める者たち』は宿に帰還すべく、山中を北東へと進む。
 どれだけ歩いた末だろうか、先頭を歩いていたマリナの視線が大きく上へと跳ね上がった。

「……村」

 そう呟いたマリナは立ち止まり、改めて生い茂る草木の向こうを見つめる。
 やがて確信を得たとばかりに口を開いた。

「村が見えるわ」

「マジか」

 単純に驚きからの言葉であったが、技量を疑われたと思ったのかマリナはむすっと口をへの字に曲げると、人差し指で空を指した。
 快晴の青い空に、幾筋もの白い煙が立ち上っている。
 炊煙だった。

 しばらく山中を進むと、肉眼でも村が見えるようになる。
 木々の切れ目から見えるその村は、寒村と呼ぶべきか。
 まともな行路すらなく、外との交流もあまりなさそうなところを見ると、完全に自給自足が成立しているのだろう。
 ちょっとした建築物ひとつをとってみても、意外にみすぼらしい印象は受けない。

「あぁ? 何じゃありゃ……」

 最初に気づいたのはスコットだ。
 村に近づくにつれ視界を遮る木々が減っていき、やがて全ての視界が開けた瞬間だった。
 異様なほど巨大な岩が、村の中央に鎮座ましましている。

 奇怪な形をしたその奇岩の周りを村人らしき人々が取り囲んでいる。
 どうにも最初からあったものでもないらしい、ちょっとした騒ぎになっている様子だ。

「参りましたね」

 そう言ったのはレティシアだったか。
 彼女は特徴的な猫のようなきつい目つきで奇岩を、そして周囲の村人を眺めている。

「……そうね」

 返答したのはマリナだった。
 彼女もレティシアが言わんとしている事を理解したのだろう。
 軽くため息をついて、もはや手遅れとなった事態を見守る事にした。

 この村に立ち寄ったのは単純に移動の方角が合致したからというだけではない。
 冒険者の長旅は何が起こるか分からない。
 いくらこの地方の山の恵みが豊かであれ、いずれは中央行路を通ってリューンに戻らねばならないのだ。
 であれば途上で食料等を補給しておいて損はなく、可否はともあれ交渉したい状況ではあった。

 しかし、それにも現実的な損得勘定が必要である。
 仮に食料等の補給が可能であったとしても、それらの価値を上回るほどの厄介事に巻き込まれてしまってはマイナスだ。
 そしてあの村では現在進行形で『何か』が起こっているらしい。
 『何か』があの桁違いのスケールの奇岩であるならば、マイナスになる可能性が非常に大きかった。

「そこの第一村人、何かあったのか?」

 自称『正義の味方』エリックは状況を分かっているのかいないのか、ともあれ手近な村人に声を掛けてしまっていた。
 どうにも彼は他人の不幸や困惑といったものが感覚で解るそうで、そんな雰囲気を醸し出す人には躊躇なく手を差し伸べてしまう、言うなれば手当たり次第に捨て猫を拾ってくるような困ったヤツである。
 レティシアもマリナも、彼がこういった行動を取る事は間違いないだろうと予測していたが、その通りであった。
 そもそも奇岩と困惑する周囲の村人を見られた時点で手遅れだった。

 奇岩を取り囲む人々の中に、この村――イベロ村というらしい――の村長が混じっていた。
 ルイスと名乗った髪も髭も白い初老の男性は、田舎特有の排他的な考えは持っていないらしく、素直にエリックら冒険者を歓迎してくれた。
 街道からも大きく外れたこの村にはほとんど外部の人間が訪れないらしく、数人の村人から好奇の視線を投げかけられる。

「ところで村長、あの不気味な岩は一体何なんだ?」

「……う~む、実は我ら村民もほとほと困り果てておるのです。
 我らにも、『これ』についての詳しい事は全く分からんのですよ」

「どういうことですの?」

 傍のクロエが思わず口を挟んだ。
 村の中にあれだけ目立つ奇岩があって、村人ですら詳細を知りえない。
 どうにも尋常な状況ではないらしい。

「いや……何しろ、この岩は今朝までここにはなかったのですから」

「……んん? つまり?」

「実は――」

 村長は事の経緯を語り出した。
 昨夜、一人の魔術師がこの村を訪れ、脅迫まがいに村に古くから伝わるとある宝物の引渡しを迫った。
 しかし村人たちにはその宝物の所在についての心当たりはなく、業を煮やした魔術師はどういった方法でか、あの奇岩を村へと運び込んだ。

『日暮れまで猶予を与える。
 それまでに宝物の引渡しに応じぬ場合……、ぬしらには恐るべき破滅が舞い降りるであろう』

 そう言い残し、引渡し場所を指定して姿を消したとの事だった。

「そりゃまた……面倒な手合いに絡まれたもんじゃの」

「どうにか情報を集めて宝物の所在の心当たりをかの魔術師に伝えたのですが、彼はそのまま姿を消し、それきり……」

 情報を渡した事で脅威は去ったのか、それとも現物を持ってこなければ状況は変わらないのか、対応を決めかねている様子だ。
 改めて、エリックは奇岩を見上げた。
 話を聞いた後では、あの奇妙な形が次第に悪魔のような姿を模しているように見え始める。

 一方のクロエはあの奇岩が魔術師によって用意されたものだと聞いて、興味津々といった風に観察を始めている。
 『大いなる日輪亭』が誇る一流の魔術師であり『星を追う者たち』のリーダー・レギウスに対し師匠ししょー』呼ばわりする前の彼女は、魔術師を見つければ互いの理論を戦わせる事を楽しみとしていたくらいには他の魔術師に対する対抗意識が強い。
 それは弱冠一二歳にして一端に魔術を扱える彼女にとって年齢の差を容易に埋める事のできる数少ない手段であったからだ。
 あれほどの大質量を運び込むほどの実力を持つ魔術師だ、難敵である事に間違いはない。

「ところで、その宝物とは?」

「かつてこの村で信仰されていたという、太陽神の祭器らしいのですが……それは『鏡』であったと伝わっております」

「『鏡』……!?」

「もっとも、実際のところその実在すら怪しいのですが……」

 どこかで聞いた話だと思ったら、エリックらの求めている『鏡』とよく似ていた。
 この地方のどこかの村で古代に行われていたとされる太陽神の儀式。
 場所、儀式、そして『鏡』という一致。
 もはやこれで別物であるほうが異常であるような、そんな一致である。

「……ところで、あなた方はもしや冒険者とおっしゃる方々なのではないですかな?」

「いかにも、おれたちは冒険者だが」

「冒険者という方々は、報酬をお支払いすれば色々な事を請け負って下さると聞いております」

「うむ、時には報酬はなくても――んがっ!」

 エリックの返答の後半が乱れたのは、マリナによるローキックが綺麗にふくらはぎにヒットしたからだ。
 完全に筋肉の防御が効かない場所を狙われたエリックはうずくまって痛みに耐えるためにとても静かになった。
 確かに冒険者はタダ働きする事もあろうが、それは苦渋の決断の末でなければならない。
 エリックが損する分にはまだいいが、それが他五名に影響を出してはいけないのだ。

「何とか私どもにお力をお貸し頂けないものでしょうか……?」

「もう少し具体的にお願いします。私たちに何をしてほしいと?」

「……何とか、この岩の始末を手伝って頂きたいのです」

「つーてもよぉ、勝手に岩を弄っちまっても大丈夫なんかよ」

「かと言いましても、日没までと時間が限られておりますので、この岩に対して何らかの始末をつけておかねば……」

「まぁ、確かにね」

 件の魔術師がどんな思惑で『鏡』を欲しているかは分からないが、それを手に入れるためならあれほどの奇岩を易々と用意できるくらいに執着しているのは確かだ。
 脅しをかけている以上、どう転んでも村人を始末する可能性も捨てきれない。
 となれば、早くあの奇岩を処理してしまったほうがいいに決まっている。

「報酬は銀貨でお支払い致します」

「銀貨ぁ? 半強制的に外と隔離されてるこの村に銀貨があるんかよ」

「念のために持ってはおりますが、村の生活のほとんどを自給自足で賄っておりますゆえ、我らにとって貨幣はあまり必要のないものなのです。
 そうですな……村中からかき集めれば六〇〇枚にはなりましょうか」

「六〇〇か……ううむ……」

 こと報酬や銀貨の話になると口を挟んでくるのがスコットである。
 六〇〇枚という額はそういった取り決めこそないものの、駆け出し冒険者への報酬としては一般的だ。
 スコットが渋っているのは、冒険者となって初めての情報が極めて不明瞭な状態からの依頼となりそうだからだ。
 かつて山賊の頭領として三桁近くの人間を率い、かつその中でクーデターが起ころうとも難なく切り抜けて見せるほどに用意周到な彼は、情報の重要性を正しく理解している。

「……おい、どうすんだ」

「(今回の依頼主アルブは失敗に対しては極めて財布の紐の堅い男よ。『鏡』を持ち帰らないと、きっと奴は最低限の報酬しか出さないでしょうね)」

 村人に聞こえないように、かつ仲間たちには聞こえるように声を絞って、マリナは続ける。

「(だけど幸い『鏡探し』の依頼は日限を切られていない事だし、ここで小金を稼いでおいてもいいんじゃないかしら?)」

「(つーてもよぉ。この依頼、結構なリスクを背負う事になるかもしれねぇんだぜ?)」

「(ですの。敵はおそらく黒魔道の徒であるうえに、わたしたちはへとへとですのよ)」

 件の奇岩の調査は粗方終えたのだろう。
 クロエはそれを用意した魔術師を高位の者と判断したようだ。

「(……『鏡』の件はどうなんだ。村長の話を聞く限りだと俺たちが求めている『鏡』と合致している)」

「(アルブは依頼さえ成功させれば金は惜しまない男よ。首尾よく『鏡』を持ち帰れば、相当の見返りが期待できるわ。幸い、村人も『鏡』の実在を信じてはいないみたいだし)」

「(そもそも『鏡』が現存しない可能性は考慮しているか?)」

「(そんな事言ったら何もできないでしょうが。とにかく、この依頼を請けておけば『鏡』に接する何らかのチャンスが訪れるかもしれない。現存の有無は実際に調査して調べるしかないわ)」

「(ここで帰ってタダ働き同然の銀貨を得るくらいなら、村長の依頼を請けておいていいのではないでしょうか。魔術師が奇岩を用意して脅している以上、あの岩を中心に『恐るべき破滅』とやらが始まるのでしょうし、最悪の場合は村人を連れて村を離れてしまえばいいのです)」

「ま、何にせよ情報を集めてからの判断になるのよ。分かった、リーダー?」

「うぐおおお……え、なに? つかお前のローキックがな、スゲェ痛いんだよ。手加減……いや足加減しろよ……!!」

「うるさいわね。私たちは依頼を請けるほうに傾いてるのよ。さっさと決断しなさいよ『正義の味方』」

 元より一人ででも依頼を受ける勢いだったエリックだ。
 仲間たちが依頼を請けるほうに傾いていると聞いては反対材料なんて何もなかった。



 イベロ村は外界とはほとんど隔離された山の中にある村だ。
 現在の正確な時刻がほとんど分からない。
 とはいえタイムリミットは日没という事なので、数人の村人から各々の感覚での日没までの時間を聞き出して平均値を割り出せばそれなりの精度の制限時間が設定できる。
 最悪の事態を考慮すると、そう余裕は残されていないだろう。

 しかし情報収集をないがしろにしては本末転倒である。
 できる限り迅速に情報を集め、吟味して行動に移さなければならない。
 となればまずはメンバーを分けての聞き込みや村周辺の製図となるが、この状況ではそれもできない。

 魔術師の存在である。
 かの魔術師がただ奇岩を用意しただけとは到底考えられない。
 ほとんど外界との交流を絶った村とはいえ、魔術に造詣の深い旅の人間が訪れるという万に一つの偶然を考慮していないはずがない。
 必ず何らかの方法で監視あるいは感知術式を仕込んでいるはずだ。

 であればこちらから戦力を分断するのは得策とは言い難い。
 最悪、散ったところを各個撃破されてしまいかねないのだから。
 よっぽど腕に自信のある魔術師でなければ、不確定要素である冒険者を放っておく事は考えにくい。

「ところで村長。例の『鏡』、その在り処の心当たりを私たちにも教えてもらえないかしら?
 魔術師のほうもケアしておかなければ、後々大変な事になるかもしれないわ」

 村人が最も恐れているのは『恐るべき破滅』、ひいては魔術師だ。
 それへの対処だと大義名分を掲げていれば彼らは喜んで協力してくれる。
 見事なまでの言い包めだった。

 村長は確証はないと前置きしつつも、詳細な場所を伝えてくれた。
 同時に古びた笛も渡され、その場所で笛を吹けば神宝への道が開く、と言っていた。
 彼自身も言っていた言葉ではあるが、眉唾物である。

「とりあえず好事家の依頼は一歩前進だな」

「さて、それじゃ『鏡』の確認に行きましょうか」

「え? 先にそっちを進めるのか? 岩はどうするんだよ?」

「例の魔術師は相当危険な相手だってのは理解してる?
 そいつはあんな奇岩を用意するほどに『鏡』を強く求めてるのよ。
 何に使うにしろ、少なくとも平和的な利用法じゃないってくらい分かるでしょ」

「もしまだ残っているようならこちらで先にかくほしてしまえばいいですの。
 すでになくなっているのなら魔術師がもちさったものととらえ、あの大岩の処理に力をつくすですの。
 目的のものを手に入れてなおこんな村にこだわる理由なんてありませんのよ」

「口封じとかの可能性は?」

「かの魔術師がおそれるとしたらそれこそリューンの『騎士団』や『賢者の塔』レベルの質・量ともにそろったつわものですの。
 この村からでは近くの大都市には半日ていどではとうていたどりつけませんし、その後のゆくえなんていくらでもごまかせますから無意味ですのよ」

 一流の魔術師レギウスに形だけとはいえ師事しているクロエはさすがの洞察力を見せ付けた。
 特に相手が魔術師という事で、いつも以上に張り切っているようにも見える。

「ともかく、その場所とやらに行ってみようぜ。それが最善手なんじゃろ?」

 情報の収集は大事ではあるが、それを抱えて足踏みしているだけでは前に進めない。
 『陽光を求める者たち』は村の中心から北西に位置する広葉樹林へと向かった。

 じめじめとした広葉樹林の道中では、マリナが移動に支障が出ない程度に草を摘んでいた。
 どうやら傷に効く薬草の類であるらしい。
 元暗殺者だけあって、彼女は薬や毒にも詳しいのだとか。

 そうこうしている内に、村長から聞き出した『鏡』の在り処へと辿り着いた。
 後はここで渡された笛を吹けばいいとの事だったが、クロエは笛をエリックに差し出すばかりで吹こうとしない。

「わたくし、アンティークだけはがまんならないですの。ばっちいですの」

「あぁ、そういう……仕方ねぇなぁ」

「待ちなさい、あたしがやるわ。もしあんたが失敗したら誰か吹いてくれる人がいるなら別だけど」

「おう、『正義の味方』の後は嫌じゃが、お前さんの後ならわしが吹いてやらぁ。是非失敗しやがれ」

 スコットの軽口を無視して、マリナは渡された笛に口をつけた。
 村長から旋律の指定はなかった為、ただ息を吹き込んで音を出すだけだ。

「………………」

 気配がした。
 周囲の木々がざわついているような感覚がある。
 三六〇度、全方向から気配を感じるが、多数の気配は感じない。
 やがて、木々の切れ目からぬるりと『それ』が姿を現した。

「蛇……!?」

 クロエ程度の体躯なら易々と丸呑みにしてしまいそうな大蛇だった。
 いや、あれだけ巨大であれば大柄なエリックやスコットも全身の骨を砕かれてから丸呑みされてしまうだろう。

『汝ら……イベロの血筋の者ではないな……』

「しゃべった……? なるほど、この大蛇こそが太陽神の使徒という事ですのね……!」

「感心している場合ではありませんよ! 私たちは――」

『……我は「神鏡」の守護者なり。イベロの血を持たず、「呼び笛」を持つ者は滅ぼさねばならぬ』

「――待て、話を聞けぃ! おれたちはイベロ村から依頼を、」

『我は「神鏡」の守護者なり。イベロの血を持たず、「呼び笛」を持つ者は滅ぼさねばならぬ』

 元よりこちらの話を聞く気はないと言いたげに、大蛇は同じ言葉を返してきた。
 自ら守護者と名乗るだけあって頭が固い。

『……参る!』

 守護者は首をもたげ、一気にクロエに向かって襲い掛かる。
 単に彼女が最も丸呑みに適した身体をしていたからだろうが、傍にはスコットが立っていた。
 そしてスコットの傍には、必ずガイアがいる。

 ベギィ! という鈍い音と共に守護者の攻撃はクロエやスコットの位置から大きくずれる。
 ガイアの持つ白刃が閃き、守護者の巨大な毒牙のひとつを叩き斬っていた。
 腰に差した状態からの一瞬の鞘走りから繰り出される先の先を取る抜刀の技、【居合い斬り】である。
 牙は衝撃によって吹き飛ばされ、近くの木の幹をへし折りながら止まった。

「チ……硬い」

 守護者の武器のひとつである毒牙の一本を奪っただけでもお手柄ではあるが、あくまでガイアは納得していないようである。
 あの様子だと守護者の身体をそれこそ魚のように捌いてしまうつもりだったのか。

 何にせよ、守護者の皮膚は硬い。
 口内の粘膜であれば別だろうが、そこへ至るにはまずあの毒牙を何とかせねばならない。
 渾身の【居合い斬り】は毒牙によって勢いを殺されていたが、まともに当てれば斬れるはずだ。
 ガイアは慌てずにそう分析し、刀を再び鞘へと戻した。

「ッ……! 来るぞ、避けろぉぉぉ!!」

 エリックが叫ぶとほぼ同時に、守護者が動いた。
 守護者はぬらりと身を翻して距離をとったように見えるが、もうひとつの武器である尾が振りかぶられていた。

 ひとの胴体よりも太い尾は辺りの広葉樹を薙ぎ倒して迫ってくる。
 その素早さに、後衛のクロエとレティシアが対応できていない。
 間に合わないと判断したエリックは首から提げた七色の七つの石を撫ぜ、

「――変ッ身ッ!!」

 石から放たれた猛烈な光の奔流と共にエリックの姿が眩む。
 光は一瞬で治まったが、そこに立っていたのはさっきまでのエリックではない。

 赤色系の下地に黄色いラインが走った、真っ赤なマントが特徴的な鎧のような衣服。
 アーメットに近いが黄色い触角のような飾りのついたデザイン性の高い兜。
 一見すれば鎧だが、下半身にはそういったゴテゴテした印象のないスマートなデザインは、どちらかといえば仮装に近かった。
 それは『不撓の魔鎧』という、単純な物理・魔法に対する防御性能を付与する一種の魔具アーティファクトである。

「く、……おおおおッ!!」

 守護者の尾による一撃を、エリックはあろう事かその身で受け止めた。
 それでも衝撃を完全に殺せるはずもなく、エリックの身体は数メートルの距離を後ずさり、地面に二本の轍を作る。

「ナイスですの、リーダー!」

 その隙に射程外から離れたクロエは、悠々と呪文の詠唱を開始する。

「《眠りをもたらす白雲よ、抱いて沈め微睡まどろみの底に》……」

 それは【眠りの雲】と呼ばれる、リューン界隈ではポピュラーな魔術だ。
 劣勢を覆すほどの力を秘めたその魔術は、眠りという無防備な状態に強制移行させる恐るべき術式である。

「《眠れ》!」

 距離も範囲も十分に満たした守護者は無味無臭の霧を思い切り吸ったのだろう。
 エリックを数メートルも押し出したその力はどこへやら、全身が弛緩し始めている。

 その期を逃さず、レティシアの細剣が守護者の脳天を切り裂く。
 浅かったものの守護者もたまらずのたうち、尾を掴んでいたエリックはそのまま振り回された。
 そしてとうとう掴んでいられなくなり、そのまま空中に放り出される。

「――やべっ!」

「チッ、とどめてろよ阿呆」

 身を低くしたガイアが交差するように守護者へ近づく。
 十分に大地に踏み込み、渾身の【居合い斬り】が放たれた。
 一瞬の抜刀による居合いはもはや目で追う事も難しく、比例して威力も相当のものだ。
 守護者の尾は根菜のように切り裂かれ、皮一枚を残して盛大に血を噴いている。

「見ろ、斬り落とせなかっただろうが」

「そこまでやりゃ十分だろ。動けねぇよ」

 ばつが悪そうにエリックは言うが、守護者――純粋ではないだろうが彼(?)は蛇なのだ――の生命力を甘く見てはいけない。
 尾が動かせない事など気にも留めない風に、守護者は激しく身をよじって這い回る。

 周囲の木々を薙ぎ倒し、その死角からエリックへとあぎとを限界まで開いて襲い掛かる。
 対するエリックは放られたままの体勢だ。
 打撃等に抗する力を持つ『不撓の魔鎧』といえど、全ての攻撃をシャットアウトできる訳ではない。
 鎧が破られれば、当然毒牙はエリックを貫くだろう。

「ったく、世話の焼ける『正義の味方』じゃの」

 しかしその牙はエリックを貫く事はなかった。
 スコットの両手に構えられた二挺のクロスボウから放たれた矢が、狙いをあたわず守護者の両眼に突き刺さったからだ。
 痛みと驚愕からか、守護者は首を高く振り上げる。

 目の前には、比較的柔らかい腹が無防備に曝されている。
 エリックは駆けた。
 得物を持たない彼にとっての『必殺技』をお見舞いする為にはぎりぎりの距離まで接近しなければならない。

「――だあッ!」

 掛け声と共に繰り出された拳が守護者の腹へと迫る。
 直撃の一瞬前に、ズバチィ! という弾ける音がしたかと思うと、エリックの拳が発光した。
 その発光の正体は、紫電だ。

 エリックの放った技は体内で雷を練り上げ、その力でもって技と成す気功闘法の一種である。
 とりわけ基礎的な技術として比較的広く教えられているその技は【雷破】と呼ばれている。
 身体の末端部分から電撃を迸らせ敵を打ち据える単純な技ではあるが、生者への攻撃ではかの【掌破】よりも高い威力を発揮する。

「――――――!!!」

 守護者の甲高い雄叫びが広葉樹林に響き渡る。
 それを間近で聞いたエリックは、それでも耳を塞ぐような真似はせずに構えを崩さない。
 重ねるが、蛇の生命力を甘く見てはいけない。

 ぎらり、と守護者の潰れた視線がエリックを射抜く。
 彼我の距離が近すぎる。
 このままでは手痛い一撃、いや丸呑みされてもおかしくない。

「邪魔だ、阿呆」

 立ち尽くすエリックの傍を駆け抜けたガイアは、【雷破】が打ち込まれた場所へ疾走からの居合いを叩き込む。
 それで全てが決した。
 衝撃も含めたその一閃は守護者の身体を真っ二つにし、その巨体をゆっくりと地に横たえさせた。
 そしてしゅうしゅうといった音と白煙と共に守護者は跡形もなく消滅し、その跡にはひとつの『鏡』が残るばかりだった。

「これが……例の『鏡』って訳か」

 守護者が消滅し、周囲に敵性が存在しなくなったのを確認してから、エリックは『不撓の魔鎧』を解いた。
 そのまま膝をついてしばらく呼吸を整え、それからようやく『鏡』を手にした。
 祭器として使用されている割には『鏡』は特に目立った装飾もなく、至ってシンプルなつくりになっている。
 背面には古代語と思しき文字が彫られてあるが、古代語魔術を専門とするレギウスを師と仰いでいるクロエでも頭をひねっている辺り、相当に難しい言語なのだろうか。

「たんに劣化していて読めなくなっているだけですの」

「あ、さいで」

 何はともあれ、『鏡』を得られた事は大きなアドバンテージとなる。
 同時に、この『鏡』を付け狙う魔術師との衝突を避けられないものとして策を練らなければならない。
 差し当たっては村に鎮座ましましている例の奇岩をどうにかせねばならない。

 負傷したのはエリックだけだが、その傷も大したものではない。
 のんびり休憩を取っていられるほど余裕もないエリックらは、すぐに村の方角へ戻らなければならない。

「何してんだマリナ、帰ろうぜ?」

 エリックは、静かにその場に佇むマリナに声を掛けた。
 その声にピクリと反応すると、マリナはゆっくりと振り返る。

「……ええ。行きましょう」

 いつもと変わらないマリナの声と表情。
 だが、エリックにはその手が微かに震えているように見えた。

 改めて見直してみるが、さっきとは打って変わって震えているようには見えない。
 何故だかその一瞬だけはエリックにはそう見えたのだ。
 エリックは見間違いだったと思い直して、仲間たちに置いていかれないように足を動かした。


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