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『大猿岩』(2/2) 

 そのままイベロ村に戻ったところで進展はしない。
 多少の回り道をして、村で仕入れた情報の確認を取っていく。

「おっほー、こりゃスゲェ。面白ぇ地形してやがんなこの村ぁ」

 スコットがはしゃいでいるのは、村の南西に位置する深い崖谷を眺めているからだ。
 村人から聞き出した情報にこの崖谷の話は出てきてはいたが、予想以上にとんでもない傾斜と高さだ。
 地形の情報は実際に目で見なければその真価は引き出せない。

「いけるでしょ」

「……いけますわね」

「間違いねぇじゃろ」

 エリックら『陽光を求める者たち』の参謀という役割はただの一人を指す言葉ではない。
 というのも一般的な見解に聡いマリナの穴を埋めるように、魔術的な見解を示すクロエ、アウトローな見方に明るいスコットという切れ者の存在があるからだ。
 今回はその三人の意見がぴったり一致していた。
 つまりはほぼ一〇割の確率で成功する作戦を得たという事だろう。

「……で、何が?」

 例によって、作戦の肝をエリックはほとんど理解できていない。
 これには知恵働きがそう得意でないレティシアもガイアも呆れたように冷たい視線を浴びせるしかなかった。

「……あんた、例の鎧を纏ったとしてここから落ちて助かる?」

「いや無理だろ。限界超えてるよこんなもん」

 思い切り首を横に振って否定するエリック。
 そしてじりじりと立ち位置を崖から放していく。
 下手すれば『あらそう、じゃやってみましょう』とか言って背中を押されかねない。

「それならあんたよりももっと重量のあるものがここから落ちたら、衝撃はどれほどになるでしょうね?」

「……あぁ、そういう事か。あの奇岩をここから落としてぶち砕こうって話か!」

「そういう事よ。少しは前後の文脈から状況を把握して頂戴」

 軽くため息をついて、マリナは踵を返した。
 大まかな作戦は決まった。
 後はそれを実現する為に必要なものの調達だ。

「……場合によっては広葉樹林に逆戻りだったけど、運が良かったわ」

 マリナがそう呟いたのは、南東の針葉樹林に近づいた際に聞こえてきた乾いた音が聞こえ出してからだった。
 一定のリズムで刻まれるカーン、カーン、という音は、山育ちのスコットやガイアは馴染み深いものである。

 その音を生み出す場所を目指して歩くと、やがて屈強そうな樵夫が勤勉に斧を振るっている姿を見つけた。
 彼の周囲には幾本もの切り倒された木が横たえられており、かなりの作業量を一人で行っている様子だ。
 あちらも気づいた様子で、作業の手を止めて物珍しいものを見るような目でこちらを凝視する。

「……外の人間に会うとは、こいつぁ珍しい」

 職業柄、好奇の視線を向けられるのは慣れている。
 特にエリックは余計に悪目立ちする為、殊更平気だった。

「ここで樵の仕事をしているの?」

「そうさ、何たって俺は村一番の力持ちなんだからさ!」

「随分と仕事をしている様子だけど、村の中で起こっている事は正しく理解してる?」

 マリナがそう訊ねると、樵夫は首を傾げた。
 事情を説明すると、樵夫は目を丸くして驚いた。
 どうにも朝早くからここで仕事をしていたらしく、村に起きた異変についてはさっぱり知らなかったという。

「あたしたち、丸太が欲しいのよ。
 あなたも村人なら南西の崖谷は知っているでしょう?
 村に現れた奇岩を移動させてそこへ突き落とす作戦を立てたんだけど、その運搬に丸太が要るのよ、大量にね。
 協力してもらえないかしら?」

「そりゃあもう、喜んで協力するとも。
 ……だがよぉ、俺は斧を二本しか持ってなくてなぁ。
 少し時間がかかるかもしれないぜ?」

 どちらにせよ彼一人に全ての伐採を任せるつもりはない。
 村から崖谷までの距離を考えると、一人の伐採量ではとても日暮れまでには必要数に間に合わない。
 ひとまず樵夫には作業を続けてもらう事にして、エリックらは村へ戻って斧を借りる事にした。

 村に戻った辺りで、岩の周りに集る村人が少ない事に気づいた。
 よくよく観察してみると、家々から炊煙が立ち上っている。
 昼時なのだろう。

 ろくに休憩も取っていないエリックらは、ここで携帯食料による食事を済ませた。
 これから大急ぎで樵の真似事をしなくてはならないのだ。
 こうなっては休める時に休んでおかねばならない。

 少し時間が経って、エリックらは聞き込みを始めた。
 村長に事情を伝えると、そこから伝達して合計二本の斧を借り受けられた。
 といっても力仕事はエリックとガイアの仕事である。
 二本以上あっても作業効率にさほど影響はしなかっただろう。

 再び針葉樹林に戻ったエリックらはしばらく伐採に力を注いだ。
 その間、マリナやスコットらは周囲の警戒を強めていた。
 既に正午を回って久しく、そろそろかの魔術師による何らかのアプローチがある頃だと睨んでいるのだ。

 というより、あった。
 村に戻った際に周囲を観察していたマリナとスコットがほぼ同時に『それ』を発見していたのだ。
 それは真っ黒な翼を持つ鴉であったが、ただの鴉ではないとクロエは分析した。

「おそらく、というよりかなりの確率でかの魔術師の使い魔ファミリアーでしたの」

「な? わしの勘も捨てたもんじゃないって」

「だからといって何の相談もなく撃ち落そうとしたのは許せないわよ」

 目つきが気に入らねぇ、という理由でクロスボウによる射撃を行ったスコットに対して、マリナはご立腹だった。
 矢は命中する事なく鴉はそのまま飛び去ってしまったが、事実あの鴉が使い魔だったとしたら、いくらか作戦の立てようはあったのだ。
 上手く誘導すれば主人である魔術師の下へ戻るまで泳がせる事もできたし、情報操作の成否によっては背後で糸を引く魔術師を奇襲もできたはずである。

「落ち着こうぜ、何にせよあの奇岩を放っておくってぇのはありえねぇじゃろ」

「あの作業と同時進行も可能だったって話してんのよ、まったく……」

「しかし、はやばやと撃退したのはわるいことばかりではありませんのよ。
 おまぬけなリーダーが余計なことをしゃべる前に止められたのですもの」

「クロエ。それには賛成だけれどこいつを庇うような発言は止めなさい。増長するわ」

「事実ですのに」

 特に悪い事をした訳でもないクロエは、ある意味理不尽な理由で叱られて頬を膨らませた。
 マリナとスコットは基本的に反りが合わないのだ。
 スコットはさほど気にしてはいないどころか時折鬱陶しく絡んでくるくらいだが、マリナのほうは彼の適当すぎる性格に辟易しているようだった。
 一応、マリナも彼の実力を認めていない事はないらしく、彼が正しければそれに従うという場面も多々ある。

「どちらにせよ、林みたいに遮蔽物が多量にある場所であの鴉の存在を察知するのはほぼ不可能よ。
 これから先の行動は全てかの魔術師に筒抜けだと思ったほうが賢明ね」

「わしらが件の『鏡』を得た事は知れとるんかのう」

「知らないからこそ偵察の使い魔を放っていた可能性もあり得るわ。
 そもそもあの使い魔は村を、引いてはあの奇岩周辺を監視する為だったのかもしれない。

 仮に知っていると仮定すれば、すぐにでも奪取に掛かるはずよ。
 そうしないというのなら、理由は三通り考えられるわ」

 マリナは右手の指を三本立てて、その内の一本を折る。

「ひとつはあたしたちが『鏡』を握っているから迂闊に手が出せないという可能性。
 要するに人質ならぬ物質にされるのが厄介だと踏んで様子見しているというところかしら。
 これにはあたしたちが『鏡』を入手した理由が魔術師に対する妨害であると向こうが知っていなければならないのだけれど、あたしたちをとりあえずの敵だと認識しているのは間違いないでしょう。

 少しの間でも使い魔の監視が途切れた以上、現在の『鏡』の在り処は知らないはずよ。
 もし『鏡』の所持者が分かれば、すぐにでも襲いかかって来るでしょうから気をつけなさい」

「なるほどのう。『鏡』さえ手に入っちまえば馬鹿みてぇに広範囲の魔術も使い放題ってぇ事か」

「ちなみに『鏡』はいま誰が持っていますの?」

「教える訳ないでしょ。この会話だって盗み聞きされてる可能性だってあるのよ」

 それもそうですの、とクロエはあっさりと引き下がる。
 実は現在の『鏡』の所持者はクロエであるのだが、情報操作の意味も含めてそう発言した。
 この会話を魔術師が収集してくれていればいいのだが、それでなくとも魔術師が『鏡』の在り処を見失った事は確定する。

 マリナは更に右手の指を折り、話を続ける。

「ふたつに魔術師が手を下さなくても何ら問題がない可能性。
 そもそも魔術師はこの村に『鏡』が眠っていると踏んだ上で『恐るべき破滅』とやらをもたらすつもりだった。
 もし村人がそれとは知らずに『鏡』を所持していた場合、それが原因で『鏡』が失われる事は絶対に避けるはず。
 要するに『恐るべき破滅』の対象から『鏡』は最初から外れている可能性が高いのよ」

「それはなっとくできますの。
 かの魔術師がけいけいにこの村に姿をあらわさないのはそのせいかもですの」

「話が見えねぇよ。いっちょおじちゃんにも分かるように説明してくれや」

「魔術師があつかうのはもちろん魔術ですの。
 であれば、『恐るべき破滅』をもたらすのは少なくとも村をつつむほど広範囲な術式にちがいありませんのよ。
 『鏡』をこわさないようにするのにもっとも簡単で、きそんの術式から流用しやすいのが『生物のみを対象とする』設定ですの。

 ここからはわたくしの予想になるのですが、おそらくあの奇岩が対象設定につかわれているのではないかと。
 村の中心にあれほど大きなオブジェクトを配置したのは、あれにちかづいた生物を術式の対象とする設定だったからであればなっとくですの。
 もしこの仮説がただしければ、魔術師があれにちかづいて術式の効果対象になるのをふせいでいるからわたくしたちの前に姿をあらわさないという可能性もあるですの」

「それね……、あたしは魔術に疎いからみっつ目の可能性は少し弱いのだけれど」

 そう前置きして、マリナは最後の指を折る。

「魔術師の求める『鏡』は必ずしも手の中にある必要はなく、『恐るべき破滅』のほうこそが彼の願望という可能性よ」

「なんじゃそりゃ、矛盾してねぇか?
 件のクソ魔術師は『鏡』を得る為に『恐るべき破滅』とやらを引き合いに出したんじゃろ?」

「もし望みを叶える為に大爆発が必要な術式だったとしたらどう?
 魔術師の示した『恐るべき破滅』が村人から見て一種類だとは誰にも断定できないわ。
 『鏡』が見つかれば本来の願望を叶えた余波で村を業火で包み、見つからなければ口封じと腹いせに村を洪水で押し流す。
 どちらも『恐るべき破滅』と解釈できるでしょう?」

「ううん……、ありえなくもないですの。
 おそらく口ふうじのための『恐るべき破滅』……あの奇岩を処理しようとするわたくしたちに手を出してこないところを見ると、もしかするともしかしますの」

 イベロの村長は『鏡』を太陽神の祭器らしいと言っていた。
 数多の神話で最高神に位置づけられる太陽の神を祭る『鏡』である。
 どのような使い方をするにせよ、発生するエネルギーの量は半端なものではないだろう。

「クロエ、太陽神の儀式から魔術師の扱う術式の解析は可能かしら」

「むちゃですの。そもそも情報がまったく足らないですのよ」

 何よりも情報が足らない事が現状で最大の不満だった。
 しかし『鏡』がこの手にある以上、魔術師との戦いは避けられない。
 腹をくくって出たとこ勝負するしかない、なんと参謀泣かせな状況であろうか。

 諦観溢れる会話で作戦会議を締めくくったマリナたちの元へ、必要数の伐採を終えたエリックらが汗だくで向かってきていた。



 村に戻った『陽光を求める者たち』は、まず村長に話を通した。
 元より解決策を持たない村人たちはすぐに奇岩運搬の作戦に乗ってきた。
 その辺りの交渉や指揮を行ったのは、マリナとクロエ、スコットである。
 先ほど丸太の伐採を行っていた残りのメンバーは、各々束の間の休息を味わっている。

 丸太の伐採と運搬により既に相当の時間を消費し、太陽は既に山吹色の輝きを見せている。
 崖までの間に丸太を等間隔に敷き詰めなければならないが、村人の協力を得られたとあってはそれもすぐに終わった。
 後はこれら丸太の上を、奇岩を載せて転がしてゆくのみとなる。

「よーし、皆の衆! いざ押せい!」

 陣頭指揮を執っているのはスコットだ。
 魔術師襲撃に備え、『陽光を求める者たち』は奇岩の運搬には参加せず、それぞれ周囲の警戒にあたっている。
 村人の協力を得られたのは僥倖だったといえよう。

 じりじりと奇岩は進む。
 力ある若者の少ないリベロ村ではあるが、その歩みは決して遅くはない。

「よし、休めい!」

 村人たちは奇岩が逆戻りしないように固定すると、一人また一人と地面に倒れこんだ。
 わずか半刻に満たない時間であったものの、村人の疲弊は相当なものだ。
 あれほどの重量を動かすとなれば仕方のない事である。

「再開する! 各々位置につけい!」

 この時になって、ようやく『陽光を求める者たち』は気がついた。
 日暮れまでにはまだ余裕がある。
 いくら歩みが遅かろうが、いくら山間では日没が早かろうが、あの崖谷に届きうる。

「行けい! 行けい! もうひと踏ん張りじゃ!」

 さすがにスコットは集団を束ねるのには慣れている。
 かつて三桁近くの山賊を率いた彼の手腕は伊達ではないという事だろう。

 じりじりと進む奇岩は、やがて崖谷の淵へと辿り着いた。
 予想よりも遅くなったが、それでも山の裾には山吹色の輝きが顔を残している。

「さんざ脅しかけてきたクソ魔術師のクソ岩を! 蹴り落としてやれい!!」

 スコットの号令の下、血気盛んな村の男衆が奇岩の尻を蹴飛ばした。
 ぐらり、と傾いた奇岩は、そのままゆっくりと傾いでいく。
 やがて丸太を弾き飛ばすようにその身を投げ出し、淵を少し削り取って崖下へと身を躍らせた。

 身震いするほどに切り立った崖谷だ。
 奇岩は道中で岩肌に触れる事なく落下を続ける。
 揺れは感じたが音はなかった。
 というよりも遠すぎて音が伝わる前に強風に切り裂かれてしまったのか。

「……すっげ、見事に粉微塵だぜ」

 崖下を覗き込んで確認したエリックは少し顔色が青くなっていた。
 なまじ奇岩が人型に近かったせいか、粉々に砕けた姿が人体と重なって見えたのだ。

 それを露ほども知らない村人たちからは歓声が上がった。
 二刻以上も運搬に費やした彼らの体力はもはや限界寸前だろうが、それでも飛び跳ねんばかりに喜んでいる。

 しかし雰囲気に流されてはいけない。
 『恐るべき破滅』とあの奇岩が直接関わっていたかどうかなんて、それを仕掛けた魔術師にしか分からない。
 マリナたちは崖から落として砕くと言っていたが、その実あの奇岩を村から遠ざけられればそれで良かったのだ。

 そしてかの魔術師がこれで済ますとも到底思えない。
 鴉の使い魔は、確かにこの場面も主に伝えている事だろう。
 あるいは、最悪の予想通り日暮れには術式が始まってしまうのか。

『……その「鏡」は渡さぬ』

「――!!」

 エリックは絶句した。
 不気味なしわがれた声がどこからともなく聞こえてきたからではなく、彼らの周囲が深く暗い闇に包まれたからだ。
 山吹色の輝きを振りまいていた太陽の光は、黒い霧のような闇に遮られわずかな明かりしか届かない。

『……その「鏡」を我に渡すのだ』

 大音声という訳ではない。
 しかし不思議とよく通る年老いた声が、あたりに殷々と響き渡った。

「このまま引き下がるとは思っていませんでしたが……やはりあらわれましたわね、魔術師!」

 クロエは前方の闇を睨めつけた。
 その瞳と声には、魔術師に対する敵意と敬意が同時に秘められていた。

 この闇の出所について、クロエには大方の予想がついている。
 例の奇岩を砕いた事による『保険』の術式であろう。
 奇岩が使い物にならなくなった場合に発動し、それを実施した者たちを逃がさない為の黒闇の術式。
 しかし監視していたにも関わらず奇岩が破壊されてから出てきたところを見ると、マリナとクロエの予想したふたつめの可能性はあるいは的を射ていたのかもしれない。

『……分かっておるなら話は早い、……我にその「鏡」を寄こすのだ』

「フン、いやだと申し上げましたら?」

 この闇に包まれている以上、選択肢なんてないに等しい。
 クロエの持つ『鏡』こそが唯一かの魔術師に付け入る隙に他ならないのだ。

『今一度言う。速やかに我にその「鏡」を渡せ……』

「ではこちらも一言。ぜったいにお渡ししませんのよ、はぐれ魔術師!」

『魔術師たらんとするならば冷静に考えたまえよ……戦いになってもいいのかね?』

「ふりかかる火の粉ははらうのみ、ですの」

 毅然とした態度でクロエは答える。
 たとえかの魔術師が数十年の先輩だとしても、クロエよりも十数倍の実力があったとしても。
 その傲岸不遜な忠告を受け取るつもりは砂粒ほどもありえなかった。

 少なくとも、クロエが師と仰ぐレギウスならばそうするだろう。
 その忠告を一笑と共に払いのけ、挑発ついでに魔術師を口汚く罵ったろう。
 クロエはそれに倣い、偉大なる師と天才と謳われた自身の名を汚さぬよう、ただ毅然とした態度で迎え撃った。

『……ならば、苦しみ抜いて死ぬがよい』

 魔術師の言葉が終わるより前に、不快な音が周囲を叩いた。
 それは蟲の羽音に似た、聞く者の精神を掻き乱すような低音。
 いや、似ているのではない。
 それは蟲の羽音であった。

 暗い闇の底から這い出たような禍々しい色合いの、人の頭ほどもある蟲がぬらりと姿を表した。
 魔術を使った影響か、魔術師自身の姿もはっきりと視認できる。
 禿げ上がった頭に辛うじて残る頭髪も髭も白い老人だった。

「【蟲の矢】……? 蟲をあつかう魔術師!?」

 生物を扱う、いわゆる使役系の魔術。
 呪術的な側面を併せ持つその系統は、リューン付近のではそうそうお目にかかれない。
 それ故に滅多にお目にかかれない情報不足の相手である。

「みんな、しんちょうに間合いをはかってくださいですの!」

 クロエの海馬より引き出した【蟲の矢】の情報では、術式で召喚される蟲に毒はなかったと思われるが、彼が術式の改変を行っていた場合はその限りではない。
 今の『陽光を求める者たち』は解毒の手段は持ち合わせていない。
 準備不足というよりは、その他の障害に対して手を回した結果であり、どこかで手が足らなくなるのは致し方ない。

「俺、ああいうでっかいムシは苦手なんだよなぁ……」

 あんなでかいの誰でも苦手よ、とマリナからツッコミを受けつつ、エリックは首から提げた七色の七つの石を撫ぜる。

「――変ッ身ッ!!」

 瞬時に己の正義の象徴たる『不撓の魔鎧』をその身に召喚する。
 蟲毒といえどそれが魔術に由来するものであれば『不撓の魔鎧』は多少なりとも緩和してくれるだろう。
 かといって油断や楽観視はしてはいけない。
 死への最短経路を行くようなものだ、特にかの魔術師ほどの手練であればなおさらである。

 魔術師は静かに掌を動かす。
 それが号令だったのかはさておき、召喚された二匹の蟲が『陽光を求める者たち』の元へと飛んでいく。
 狙いはガイアとマリナだ。

「……チッ」

 二人はほぼ同時に迎撃に移ったが、ガイアは無傷であったがマリナは左肩の肉を齧られて出血した。
 ガイアの刀は飛来する蟲を真っ二つに切り裂いたが、マリナの鋼線は柔らかい人体には非常に効果的であるものの頑丈で流線型の甲殻をもつ蟲には効果が薄かった。

「っあ――!」

 肩の肉を食いちぎられそうになりながらも、マリナは蟲を引き剥がす事に成功した。
 そのまま地面に叩きつけたところを、レティシアの細剣の一突きで甲殻ごと貫通させる。

「すぐに治癒を――!」

「要らないわ。それより次に備えるのよ、来るわ」

 マリナは傷を一瞥もせず、乱れた鋼線を改めて整えなおした。
 ガイアも刀に付着した蟲の残骸や体液を軽く拭って再び鞘に戻す。
 それとほぼ同時に魔術師の号令が下り、先刻の倍の量の蟲たちが一斉に襲い掛かってくる。

「はぁっ!!」

 エリックの【雷破】が、マリナの鋼線が、ガイアの刀が蟲たちを叩き落とす。
 押さえきれなかった一匹が脇を通り抜けるも、後衛のレティシアの細剣に叩き落された。

 蟲を全滅させた事で改めて魔術師を見やると、彼は再び詠唱を始めていた。
 周囲には闇よりもどす黒い魔方陣が不気味に浮かび上がっている。
 いくらエリックが鈍くても、あの術式が何のものか想像できないほどではない。

 エリックは駆けた。
 今ならば詠唱に集中していて無防備だ、仮に蟲の召喚に間に合わなくても一撃喰らわせてやるだけの余裕はある。

 【雷破】は自らの気力を雷撃に変えて戦う気功闘法であり、基礎であるそれにもわずかに『溜め』にあたる文字通りの充電期間が存在する。
 さっきの蟲への対処に【雷破】を使ってしまった為、連発できない状況ではあるがエリックの会得した技は【雷破】だけではない。
 交易都市リューンの誇る気功闘法の基礎、【掌破】がある。

「――さぁさぁ、矯正の時間だ! 喰らえい!」

 渾身の【掌破】が魔術師の鳩尾へと吸い込まれる。
 しかし、

「なッ……にぃ!?」 

 次の瞬間にはエリックはバランスを崩して転げていた。
 【掌破】が直撃したはずなのに手応えどころか何かに触れた感触すらなく、エリックの目には魔術師の身体を通り抜けたように見えた。
 混乱する頭のままのエリックは大量の蟲の羽音で我に返り、転げた勢いを利用して地を蹴って魔術師と距離をとる。

「何だってんだよ、今のは!」

「リーダー、早くはなれるですの!」

「クロエ! 今の俺、どうなったんだ!?」

 エリックの疑問を放っておいて、クロエは呪文の詠唱に入る。
 幾ら相手が大群であろうが、それが精神を持つ者なら一網打尽も可能な魔術の詠唱だ。

「……《眠れ》!」

 クロエの唱えた【眠りの雲】は魔術師の周囲を包み込んだ。
 蟲たちは一匹また一匹とふらふらと揺れ、地面に落ちていく。
 魔術師自身は完璧に抵抗に成功したらしいが、その眉間には深い皺が刻まれている。

 地に落ちた蟲は、エリックやガイアに移動のついでにあらん限りの力で踏み潰された。
 残った蟲を、束ねた鋼線でマリナが、細剣の鞘でレティシアが叩き潰していく。
 魔術師はそれを眺めながらも余裕をもって更なる呪文を紡ぐ。
 今度は虚空に禍々しい魔方陣は現れず、どうやらさっきとは違う呪文のようだ。

「スコット! 魔術師を射るですの!」

「あいよぅ、お姫さん」

 クロエの指示にスコットは不気味なくらい大人しく従い、クロスボウによる射撃を行う。
 ヒュン、という軽い音と共に撃ち出された矢は詠唱で派手に動けない魔術師へと迫り、そして右肩へと突き刺さった。
 さっきのエリックの攻撃は表情も立ち位置すら変えずに回避しおおせたはずの魔術師の表情が苦痛に歪む。

「なッ、さっきはかすりもしなかったのに!?」

「答えは蟲の羽音ですの。大量の羽音を重ねることで魔術的なリズムを生みだし、それを自分のまわりに配置することで一種の不可侵結界を作り出していたんですのよ!」

 蟲はごく普通に飛ぶだけで羽音を生み出している。
 それらを魔術的な記号に当てはめるように召喚し、調整する事で自身への干渉の一切をシャットアウトしていたのだ。
 故に周囲に蟲のない環境を作り出してやればその結界はいとも容易く崩れ去る。

 スコットはただ指示に従うだけの間抜けではない。
 自身が魔術的見解に疎いとはいえ、魔術師も人間である事に変わりなく、人間であればある程度の心理を読み解く事は可能である。
 『陽光を求める者たち』の監視を続け、かつ奇襲による足止めまでやりきった用意周到な魔術師が、その身を曝け出すにはそれなりの保険が打ってあると仮定し、それが会戦直後に召喚された蟲に関わっていると推理するのは彼にとってそう難しくなかった。
 言うなればあの指示の瞬間、クロエの魔術的見解とスコットの人間の心理的見解は一致していたのだ。

「小癪な……!」

 魔術師は矢創に構わず詠唱を完成させると、虚空より黒い杯を生み出す。
 杯に注がれているのは紅茶よりも赤く紅い血液のような液体だった。
 魔術師はそれを一気にすと、歯を食いしばって突き立ったクロスボウの矢を引き抜いた。

 しかし傷口より吹き出るはずの魔術師の血液も、通常よりもずっと少ない。
 蟲が全滅した後に蟲の追加召喚よりも優先した黒杯の魔術。
 それは自己修復術式であろうと容易に想像がつく。

「【鮮血の杯】ですの……即効性はない代わりにしばらくのあいだ自動で治癒がはたらきますの」

 クロエの記憶するところによれば、【鮮血の杯】は考えなしにあらかじめ発動しておく、といった使い方のできない術式だ。
 怪我をしていない平時においても治癒効果は消耗され、最悪の場合は魔力の無駄遣いになってしまう恐れがある。
 当然であるが相手の攻撃を予測して使用すればその性能を最大限に発揮できるといえよう。

「なるほど周到な魔術師だわ」

 吐き捨てるように、マリナは言った。
 こちらの会話など聞く耳持たぬとばかりに、魔術師は三度【蟲の矢】の呪文を紡ぐ。
 現れ出でた四匹の蟲が不可侵結界の要たる羽音を立てて飛び回る。

「《清冷なる小さき種子よ、束となりて彼の者を穿つ鋭き疾き花弁となれ》!」

 その一瞬、まるで雪に触れたかのようなひやりとした感覚を覚えた。
 クロエの紡いだのは【花散里】という冷気系の術式である。
 魔力によって急激に冷やされた周囲の水分が花弁に似た鋭い氷として形成され、集団を切り刻む。
 特筆すべきは単純な物理的攻撃だけでなく冷気による間接攻撃もできる部分にある。

「……《舞え》!」

 氷の花弁は虚空を舞い、その鋭い刃を蟲や魔術師に突き立てる。
 頑丈な甲殻にはさほど効果がなくとも、甲殻の隙間に刺さった氷の花弁が蟲を一気に冷やし、その動きを永久に止めた。
 あくまでも対群術式である【花散里】は単体に大きなダメージを与える事は難しく、魔術師の傷は【鮮血の杯】によってほぼ治癒されてしまった。

「【鮮血の杯】の弱点は――」

 それだけで十分である。
 対人、しかも一対一に優れるエリック、マリナ、ガイアといった連中が何の気兼ねもなく魔術師に殺到できるのだから。

「――治癒には時間がかかる、ということですの」

 先刻とは違う意味で魔術師はクロエの言葉を無視して、凍りついた下草を踏み折りながら必死で後退する。
 しかし即座に追いついたマリナが魔術師の片腕に鋼線を絡ませ、瞬間的な連環とする。
 振りほどかれる前にマリナ自身が解いた鋼線に、エリックの【雷破】による雷撃が加えられた。
 鋼線を伝った電流が魔術師の身体を強制的に停止させる。

 その間に接近したガイアの刀が、魔術師の腹を横一文字に裂いた。
 分厚いローブに多少は勢いを殺され、【鮮血の杯】による自動治癒で死ぬ事はないかもしれない。
 それでも【鮮血の杯】の治癒力を使い潰し、かつ魔術師の戦意を喪失させるほどの大怪我である事は揺らがない。

「ガ――、」

 膝を突いた魔術師は、

「――ガ、アアア!! ああああああ、あああァァァアアアアアーーー!!!」

 天を仰ぐように仰け反り、この世の全てを呪うような叫び声をあげた。
 裂けた腹の傷が、ぐいいい、と盛り上がる。

「――なッ!?」

 それはギチギチと細い節足を動かし這い出る蟲だった。
 腹の傷から出たのではなかった。
 蟲は、魔術師の腹を食い破って出てきたのだ。

「……ッ!」

 蟲は一匹だけにとどまらなかった。
 更に後から、うじゃうじゃと大量の蟲が溢れ出した。
 腹だけではない。
 口から、目から、耳から、その他体中の穴という穴から、大量の血糊と蟲が這い出でた。

 かのおぞましき蟲共はなおも尽きる事無く魔術師の全身から湧き出し、見る見るうちに魔術師の身体に取り付いていく。
 やがてその全身を完全に覆いつくしてしまった。
 人の形をなぞるようにうごめく蟲共は、否、その全ては風化するが如く、木目細かい塵と化して空気中に溶け出すように消えていった。

「……いま、『奈落』への回廊が閉じました。
 これが……、これが黒魔道に魅せられ、道を外れた者の末路ですの……」

 クロエは、呆然とそう呟いていた。
 続きは口に出せなかった。

(これほどむごい末路であろうと、このちからに魅せられる者はあとを絶たないですの……
 因果応報とはよくいいますが、かれら黒魔道の徒はその因果律すらおかそうとします。
 くさっても同じ魔道の輩、理解できなくもないのがくやしいですの……!)

 もはや何もなくなった地面を見つめ、クロエは己の唇を噛んだ。
 魔術師が張った黒闇の結界はすでに解けていたが、今度は本物の夜の闇が辺りを包み始めていた。



 こうして、『陽光を求める者たち』のイベロ村での依頼は終了する。
 あれだけの実力者を相手に死者が一人も出なかったのは奇跡に近い。
 村人も闇に惑わされて転んだしまった人間はいても、怪我らしい怪我を負った者は一人もいなかった。

「うむ、確かに六〇〇枚じゃの」 

 村長より渡された麻袋の中身を検めたスコットは、そう言って自らの懐に収めた。
 同時にマリナからツッコミという名のケンカキックを貰ったが、本人はあまり気にしていない。

 さて、『鏡』であるが、これは村には返さずに『陽光を求める者たち』が持ち帰る運びとなった。
 というのも事の発端がこの『鏡』であり、以降も同様の黒魔道の徒に狙われる危険性があると説得すると、村人の決定は早かった。
 『陽光を求める者たち』は見事『鏡』を持ち帰り、好事家アルブの依頼を完遂したのである。

「……なんて訳にもいかんよなぁ」

 好事家アルブに渡せば大きな見返りが期待できる。
 しかしこれほどまでに苦労して手に入れた『鏡』が一人の好事家の快楽に寄与するというのは些か不愉快に思う。
 その上、この『鏡』は軽々しく取り扱っていいものではない。

「仕方がないわ。この『鏡』は危険すぎる」

「魔術師学連に研究資料として取引をもちかければ、依頼主ほどではないけどいくらかしはらってくれるはずですの」

 かの魔術師が『鏡』を求めた理由が不明瞭である以上、用途や術式の解析を行わなければ常に危険が付き纏う。
 その点、魔術師学連ならば少なくとも好事家のコレクションルームよりは安全だし、悪用の危険性も少しは低いだろう。
 幸いにもクロエには魔術師学連と太いパイプを持つ。

 リューンに戻ってすぐに交渉に赴き、その甲斐あって銀貨五〇〇枚という結果に至った。
 本来の報酬の半分ではあるが、それでも大健闘であろう。

 結果的には好事家の依頼を達成できはしなかったものの、元々あまり評判の良くない依頼人だ。
 同情されこそすれ、非を咎められる事はないはずだ。
 ただし結局村の依頼や魔術師学連との取引などであまり損はしていない事は内緒である。

 ともあれ、エリックは自らの『正義』を貫き、村を脅かす悪の魔術師を退けたのであった。



【あとがき】
『陽光を求める者たち』、Lv2のシナリオはMNSさんの「大猿岩」です。
こちらも寝る前サクッとシリーズに収録されているシナリオですね。
制限時間の中でやれる事が多く、すごく自由度が高いつくりになっています。
色々なルートがあるのですが、今回は初見プレイ時と々ルートを辿ってみました。

さて、今回はクロエ回でございました。
すでに考察力や洞察力はかなりのものをもっています。
あとは経験を積めばバリーやレギウスにも匹敵する才能を秘めているんじゃないでしょうか。
すでにお察しの方もいらっしゃるかもしれませんが、バリーが火炎系という事でクロエは冷気系の魔術を修めてゆきます。


☆今回の功労者☆
クロエ。いい子いい子。

報酬:
村からの報酬→600sp
魔術師学連と取引→500sp


≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『大猿岩』(MNS様)
『花散里』(sue様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。
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