≪ 2017 09   1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 - - - -  2017 11 ≫
*admin*entry*file*plugin

『賢者の果実』(1/4) 

 とある朝、『星を追う者たち』は常宿としている『大いなる日輪亭』の専属冒険者が寝泊りする二階の一室に集合していた。
 レギウスは窓際の壁に寄りかかるように立ち、マーガレットは備え付けの椅子に足を組んで座っていて、ターニャとカイルは膝を折ってベッドの上の小動物を眺めている。
 この場には『星を追う者たち』のムードメーカーたるステラがいなかった。
 その代わりに、一匹の小さなリスが輪の中にいる。

「……それで?」

 窓際のレギウスが苛立ったように言った。

「朝目覚めたらリスになってたんだってさ」

「……バッカじゃねェの?」

 レギウスたちは、朝っぱらからステラに叩き起こされていた。
 というのもステラはいつものステラではなく、何故かリスの姿になっていたのだからコメントに困る。
 ステラ自身、何故いきなり自分がリスになったのか分かっていないらしく、酷く取り乱していた。

「レギウスぅぅぅ~、わたしどうしたらいいの!? うわあぁぁぁ~~ん!!」

「うるせェ、泣き喚いても解決しねェんだよ」

 ステラはリスの姿になっていても人間の言語を発する事ができた。
 それがなければやたらと馴れ馴れしい小動物として対処されてしまっただろう事を考えるとぞっとしない。

「何か思い当たる節はねェのか」

「うう~……ない」

「よく思い出してみたまえ。何か、そう、拾い食いしたとか」

「してないぃぃ~!」

「しらない人からもらったものをたべちゃったとか……?」

「食べてないよぉ~! って、なんで食べ物の話になるの!?」

「自分の胸に手を当てて考えてみろ」

「さすがに擁護できないね」

 反省を促された。
 育ち盛りの食べ盛り、花より団子を地で行くステラである。
 何か異変が起きたときに食べ物関係を真っ先に疑われても仕方がない。

「みんなひどいよ~、いくらわたしでも……あっ」

「あ? オマエ今何を言いかけた?」

「………………」

「思い当たる事があるんだね? 隠さずに吐きたまえよ、楽になるよ」

 なんだかとても尋問されているような気分のステラであった。
 実際に『星を追う者たち』の中でもダントツに怖いレギウスとマーガレットのコンビだ。
 自身の人生に関わる問題でもあり、隠しとおせるはずもない。

「じ、実は昨日の事なんだけど~……」

 ステラは心当たりを話し始める。
 元々頭を働かす事に関しては鈍い彼女の事で、最初から結論に辿り着くような話ではなかった。

「わたしは日課の朝のジョギングをしてたんだよ。
 そうしたらお婆ちゃんが転んだところに通りすがって、抱えていた荷物がバラバラに散らばっちゃってたんだ。
 荷物を全部拾ってあげて、お婆ちゃんのおうちまで運んであげたの」

「……ひとまずそこだけは褒めてやる」

「えへへ、ありがと。

 それでね、お婆ちゃんもすごく喜んでくれてね!
 お礼にってりんごを二つくれたんだ。
 魔法のアイテムって言ってたなぁ~」

「オイ待て、思いっきり元凶候補出てんじゃねェか。そこ詳しく話せ」
 
 しかしステラの記憶力はあてにはならない。
 辛うじてりんごは黄色と赤色の二つがあった事、黄色いほうが『知恵の実』で赤いほうが『力の実』である事、魔法の効果はそれぞれ名前の通り知恵や力がつく実だという事は聞き出せた。

「それで、食ったのか」

「うん……でっ、でも食べるよね普通!?」

「私なら気味がわるいから……ことわるよ」

「ボクなら普通のりんごと交換してもらうがね」

「僕ならお金になりそうなものに替えてもらうね」

「どうでもいいだろンな事は。それで、いつ食ったんだ」

「ジョギングから帰ってきてすぐ……その、一個だけ」

 ステラ、というか子リスは前足をもじもじさせてそう呟いた。
 なんというか、今更何を恥ずかしがっているのか。
 むしろ二つとも食べたと言ってもさして驚きはしなかっただろう。
 呆れはしただろうが。

「昨日の朝食っていつも通りバクバク食ってたよねステラ。りんご一個食べた後だったのアレ!?」

「お、おなかがすいてたの!」

 尚も無駄な抵抗を見せるステラを放っておいて、レギウスはため息ひとつついて先を促す。

「んで、どっちを食った。赤か、黄か」

「………………」

 ステラは押し黙った。
 さして難しい質問でもなかったはずだが、まさかまたしても無駄な抵抗をしようというのか。
 しかし今度ばかりはそうではなかったらしい。
 子リスは愛くるしく小首を傾げている。

「え~っとね……」

「オマエまさか」

「………………ごめんなさい」

 どうも忘れてしまったようだ。
 力なくうなだれる子リスは可愛らしいが、それで許される事ではない。

「……チッ。まぁ仕方ねェ」

 てっきり怒り出すと思ったが、レギウスは踏みとどまった様子だった。
 それに対して、ステラはよせばいいのに更に付け足して言葉を重ねる。

「そ、そんなの、おなかの足しに食べるのにいちいち覚えてないよ~!」

「腹の足し、だと?」

 ぴき、とレギウスの額に青筋が走った。
 さすがのステラもこれには肝を冷やしたか、ただでさえ小さいリスの身体を縮こまらせる。

「……オマエ、ちょっとそこに座れ」

「ハ、ハイ」

「いいか、耳をかっぽじってよく聞けよ……
 一つ、魔法アイテムを腹の足しにするんじゃねェ。
 二つ、魔法アイテムをやたらに食うな。
 三つ、以後何か貰ったらまず俺のところに持って来い、必ずだ」

「ハ、ハ、ハ、ハイ……」

 いくらレギウスに慣れているとはいえ、ここまで叱られるのはステラにとっても珍しかった。
 ひとしきり叱り終えたレギウスは改めて深くため息をつく。

「やれやれだねぇ」

「まったくだ」

「しかしだ、両方食べた訳でもないのだろう?」

 マーガレットの問いに、ステラはこくこくと頷いた。
 どうやらさっきの説教が堪えているらしい。

「一応、その判断力はあったみたいだな」

「お婆ちゃんに両方一緒に食べたらダメって言われてたの……」

「理由は聞いたか?」

「うん、食べ合わせが悪いんだって」

「って事はもう一方の何らかの要素に触れる事で不具合が発生する可能性もあるって事じゃねェか」

 食べ合わせと言うが、本来の意味でも食物に含まれる成分が反応を起こして人体に害するのだ。
 魔法を構成する要素が片割れのりんご以外にはないという保障はどこにもない。

「しかし話からしてそんなに強力なアイテムでもなさそうだよ」

「おばあちゃんの言葉をうのみにするなら、リスになった説明はつかないし……」

「だが魔法が絡んでるとなりゃ十中八九そいつが原因だろうよ。とりあえず残ったほうの実を見せてみろ」

「わたしの荷物袋のなかに入れてるよ」

 部屋の片隅に無造作に放られたステラの荷物袋を検める。
 中はがらくたで溢れていて、言ってしまえば非常に汚い。
 というかダイレクトにゴミにしか見えないものも入っている。
 ステラが小動物特有のつぶらな瞳で捨てないでと懇願したので戻したが、これは後でレギウスの説教が待っている気がしないでもない。

「……ないんだけど」

「ええええええ!? ウソ、絶対あるよぉ~!」

 ぴょこんと跳んだ子リスのステラはがらくた満載の荷物袋へダイブした。
 小さな身体を活かして自らの汚い荷物袋を探検している。

「あれ? あれぇ? ………………な、ない」

「だれかにあげちゃったとか?」

「ステラに限ってそりゃないでしょ。無意識の内に二つとも食べちゃったってほうが現実味あるね」

「食べてないよぉ~! というかさっきから失礼だよ!?」

 子リスのステラの声もなんだか涙声になってきたような気がする。
 頼みの綱であるレギウスへ目を向けてみるも、彼の表情もあまり芳しくない。

「実物を見てみねェ事には判断がつかねェな。片割れの行方も気になる」

「ど、どどどどどうする……!?」

 ステラはうろうろと室内を走り回っている。
 慌てているのだろうが、あまりちょろちょろされると踏み潰してしまいかねない。

「今朝食ったっていう実は全部食ったのか?」

「うん、食べた」

「さすがのオマエでも芯くらいは残しただろ。残してねェっつったら引くけどな」

「引かないでよ! ちゃんと芯は残したよ、酸っぱかったもん!」

「酸っぱくなかったら食うつもりだったのかオマエは。
 ……まぁそれはいい。
 オマエの事だから魔法アイテムっつっても雑に捨てたんだろ、どこに捨てた?」

「えっと、裏のゴミ箱にだけど……」

 魔法のアイテムを軽々しく食べてしまうようなステラである。
 完全に食べ物としか見ていないのだから相当雑に扱っているのも仕方ない。
 この辺りも含めて後でレギウスに説教されるのだろうが。

「とりあえず手がかりがなけりゃどうしようもねェ。面倒だが芯を探すしかねェだろ」

「まだのこってるといいね」

 下手すれば野犬やカラスなんかに奪われている可能性もある。
 行動するなら早いほうがいいと、『星を追う者たち』は立ち上がった。
 ステラも焦って走り出すが、

「――ぎゃふっ!?」

「あ、ゴメーン」

 カイルに踏まれてしまった。

 改めて体格差を思い知らされるが、これでは非常に危ない。
 レギウスは子リスのステラの尻尾を掴んで、マーガレットに向かって雑に放り投げた。

「おっとっと、乱暴だなぁ君は」

「ぎゃ~~おっ、落ちる! 落ちるぅ!」

「リスのくせに掴まれないの?」

「もともとリスじゃないも~ん!」

「仕方がない、ここに入っていたまえ」

 マーガレットは懐に子リスのステラを押し込んだ。
 ネクタイの端をピンで留めて、落ちないように足場も作ってある。
 しかし場所が場所だけに不可抗力でも当たってしまうものは当たってしまう。

「マーガレット、おっぱいないね」

「そんな事はないぞ、ミリアとかターニャとかが大きすぎるだけだ」

「……セクハラまがいの発言はつつしんでマーガレット。わかった?」

 関係ないところで名前を挙げられたターニャは思わず胸元を隠して言った。
 さすがのターニャもスルーはできなかったらしい。
 とんでもなく威圧感のある「わかった?」をもう一度繰り返す。

「……馬鹿やってねェで行くぞ」

 いまいち緊張感のない女性陣に呆れ顔のレギウスであった。



 一階に降りた『星を追う者たち』は宿の亭主エイブラハムとその娘アンナに軽く挨拶をするとさっさと裏へ向かおうする。
 しかしステラがいない事を宿の亭主に気づかれてしまい、その所在を訊ねられてしまった。

「……あいつは用事で出掛けて――」

 レギウスが言いかけたところで、娘さんの叫び声が宿内に響き渡った。
 何事かと、一階の全ての人間が娘さんへと視線を向ける。
 どうやらマーガレットのネクタイに包まっている子リスを見つけたらしい。

「か、か、かわい~~~!! やだぁすっごいもふもふ!! マーガレットさんどうしたんですかこの子!?」

「え、ええと……この子はだね」

 さすがのマーガレットも娘さんの迫力に圧されている。
 助けを求めるようにレギウスに視線を送るが、レギウスは諦めたような表情で首を横に振った。
 この異常事態、本来ならば宿の亭主にも事情を話して協力を仰ぐのがベストなのだが、ああも目立ってしまっては正体を晒さないほうが賢明だろう。
 今回の件、何者かがステラを狙って魔法を行使した可能性もゼロではないのだ。

「知り合いからしばらく預かっていてね、おっと?」

 子リスのステラにも娘さんの迫力が伝わったのか、怯えるようにカーディガンの陰に身体を隠した。
 しかしどうにも逆効果だったらしく、娘さんはその縮こまった様子が可愛らしいと大変喜んでいる。

「ねね、マーガレットさん! ちょっと触らせて? お願い!」

「え、ええと……」

 腹の辺りでぐりぐりと首を左右に振る感触が伝わってくる。
 ノーサインなのだろうがものすごく気持ち悪い。

「……遊んでる暇はねェんだぞ。働けマーガレット。それとアンナ、リスは好きにしてくれていい」

「ほんと!? きゃ~~~! ありがとう!!」

 礼を言うや否や、娘さんは恐ろしい速度でマーガレットの服に手を突っ込み、リスを強奪した。
 マーガレットが反応できないほどの早業である。

 ここまでしつこいと調査に支障が出かねないと判断しての事であるが、娘さんの撫で回し方は並ではなかった。
 というか言葉は喋らなくても子リスのステラは完全に怯えきっている。
 後々トラウマになりかねない状況ではあるが、その為にもさっさと情報を集めて元の身体に戻してやらなければならない。

「あのぅ、いちおう預かりものだから……ほどほどに」

「お任せください! ばっちりお世話しますよ!!」

「いやそうじゃなくて……」

 ターニャの忠告もはぐらかされた感じがある。
 たぶん興奮のあまりもう言葉が耳に入っていない。
 どうにもならなくなったところで、なされるがままのリスに向けて敬礼するカイルであった。

「親父、昨日のゴミはまだ残っているか」

「ゴミ? ああ、裏口に出してあるが、どうかしたか?」

「昨日、うちの馬鹿が要るものを捨てたらしくてな」

「ステラか。しょうがない奴だな……まぁ好きに探すといい。ただし後片付けまでやってくれよ?」

 適当に話を打ち切って、さっさと裏口へと向かう。
 ゴミ処理をまだ行っていないのは僥倖だが、それでも野犬やカラスの可能性は残っている。
 背後からステラの悲鳴が聞こえてきそうだが、今は早急な解決が求められているのだ。

「しかし本人がいないと確認できないんじゃない?」

「荷物袋に魔力の残り香があった。いなくても問題ねェ」

「ふーん、魔力なんかで分かるんだ」

「独特のものだったからな、同じタイプの魔力を探せばそれがアタリだ。
 つってもそんなに強ェもんでもねェしこのゴミの量だ、手分けして探してそれらしいのがあったら俺に見せろ」

 割とアバウトな作戦であったが、こと魔法や魔力が関わるとレギウスは信頼できる。
 結局はこれが一番効率がいいのだと思い直し、ゴミ箱をひっくり返して漁っていく。

 しかし、これがなかなか見つからない。
 形状はりんごとほぼ同じという事は分かっていても、普通のりんごが捨ててある事も当然ある訳で、いくつものハズレを引かされた。
 内容のほとんどが生ゴミであるため、非常に不快な臭いが立ち込める。

「……何だって朝からゴミ探ししなきゃならねェんだよ」

 自然と愚痴もこぼれてしまうが、始めてしまったからにはさっさと終わらせたいのも事実。
 口を閉じて手を動かす。
 やがて、レギウスは酸化しきって黒ずんだりんごの食べカスを見つけた。

「こいつだな、間違いねェ」

 そのりんごの欠片から感じる魔力は弱弱しいものの、荷物袋に残留していた魔力と同じものだった。
 かすかにでも魔力を発しているならばそこから得られる情報は大きい。
 野犬やカラスに奪われていないのは幸運だった。

 レギウスはりんごの欠片を羊皮紙で厳重に包んだ。
 目的のものが見つかったとあればもはやゴミの山には興味はない。
 臭いも酷いし下手すれば近隣から苦情が出かねないので、さっさとゴミの山を箱に元に戻していく。

 すっかり汚れてしまった手を適当に洗い落として、宿内へと戻る。
 レギウスは断定しているが、一応本人にも確認してもらったほうがいい。

「おっ、目的のものは見つかったのか?」

 宿に戻るなり、呆れ顔の宿の亭主に訊ねられた。
 見れば、娘さんがカウンターの一席でリスと幸せそうに遊んでいる。
 宿の亭主のその表情は「仕事にならないからさっさとリスを引き取ってくれ」といわんばかりである。

「あぁ、見つかった。後は本人に確認するだけだ」

 その言葉が聞こえたのか、リスのステラはものすごい勢いで娘さんの手の中から逃げ出した。
 カウンターで助走をつけて一気にマーガレットに飛びつく。
 そのままじたばたと襟元へと必死に潜り込んだ。

「悪かったな、急に押し付けちまって」

「いえいえ! またいつでもどうぞ!」

 娘さんの満面の笑みはリスを十分に堪能した証だろうか。
 マーガレットの襟元で、再びノーサインとして首を左右にぐりぐりするステラであった。

「ぎえっ! く、くすぐったい!」

「あ~ん、マーガレットさんの襟元からのぞくリスちゃんもすっごくキュート!」

 リスのステラは若干青ざめているような気がする。
 毛深くてよく分からないが、そんな感じがした。
 じたばたと短い手足を使ってマーガレットの服の中に潜り込んでしまった。

「お前たち、メシはどうするんだ」

「あとでいただきますので、四人分おねがいしますね」

「あぁ、ついでにリスのエサも頼む」

 からかうようなレギウスの言葉だったが、宿の亭主にとってはそう受け止められない。
 その後真剣にリスのエサについて議論を交わす宿の亭主と娘さんの姿があった。
 部屋に戻ったレギウスは包んだ羊皮紙をテーブルの上に置いて、羊皮紙を剥いだ。

「これか?」

「あっ、それそれ!」

 マーガレットの胸元から、ステラはテーブルにジャンプした。
 そして改めてりんごの欠片を検めると、小さな身体で大きく頷いた。

「しっかし変色しきってるねぇ」

「おそらくは赤いほう、『力の実』だろうな。
 微弱で薄っすらとしか読み取れねェがフィジカル面の強化を促すタイプみてェだ」

「そんな事まで分かんの? 魔力ってスゲー」

「……『知恵の実』を食ってりゃ良かったのにな。きっと判断力が上がっただろうぜ」

「ううっ、レギウスは意地悪だよ~」

 落ち込むステラは姿が小動物なだけに愛らしい。
 当のレギウスには全く通用していないのはさておき。

「しかしこれ自体に問題はねェな、さほど強いって訳でもねェし」

「つまり原因は他にあるって事?」

「何らかの要因で術式が変質した可能性もありえなくもねェが……」

 しばらく考えて、レギウスは口を開いた。

「ダメだな、情報が少なすぎる。
 こいつをくれたっていう婆さんに話を聞いてみるしかねェな。
 ステラ、婆さんの家の場所は……、覚えてるか?」

「覚えてるってば! ちょっと不安にならないでよ~!」

 結局ここにいても事態は進展しない。
 マーガレットは再びステラを懐に収めると、件の老婆の家へと向かう準備を進めた。

 階段を降りて外に出ようとしたところで、再び宿の亭主に呼び止められた。
 未だ朝食を摂っていない事を指摘された『星を追う者たち』はカウンターに座る事もなくその場で手早く食べ終える。
 せめて座って食えといわんばかりの呆れ顔を披露する宿の亭主は大きくため息をついた。
 なおもリスをモフろうとする娘さんを掻い潜り、『星を追う者たち』は宿を出た。

「ほらよ」

 宿を出てすぐ、レギウスはステラにパンの欠片を手渡した。
 さっきもレギウスだけは食事を取らずに、ただパンを一つ確保しただけだったのだ。

「あ、ありがと~レギウスぅ~……!」

 ステラは涙声になりながらちっちゃな前足でパンの欠片を掴んで、ひたすらパンの欠片に齧りついた。
 その様子を眺めながら、レギウスは本体ともいえるパンを齧って咀嚼する。

 幼い頃に交わした、取るに足らない約束。
 食事を取るときはいつも一緒、というほんの些細なものだった。
 しかしこれまで一〇年近く一緒に生きてきて、それを違えた事は一度もない。
 ちなみに昨日の朝食前の『力の実』は間食扱いである。

「で、どっちだ」

「若葉通りのほう、あっちだよ!」

 欠片とはいえリスの身体ほどのパンをぺろりと平らげたステラは、これまた小さな前足で方角を指した。
 ナビ通りに市街地への大路を抜けて、若葉通りへと入る。
 しばらく歩いた先に建っている一軒の民家、ここが件の老女の住まいだという。

「間違いねェか?」

「うん。ばっちり」

「疑わしいねぇ、なんたってステラだし」

「うう、大丈夫だってばぁ~……」

「確かめてみりゃ済む事だろうが、行くぞ」

 やはりどこか緊張感のないメンバーに一抹の不安を覚えつつも、レギウスは民家の扉をノックした。



 件の老婆が魔術師である事はステラの話からも明らかであった。
 リスへの変化が彼女の意図したものであるかどうかは定かではないが、少なくとも目の前の民家は魔術師の工房アトリエであるのは疑いようがない事実である。
 なればこそ、一層の警戒を強めて掛からねばならない。

 レギウスは簡単にノックしたように見えるが、その左手は油断なく【隠者の杖】を握っている。
 脳内での術式シミュレーションも問題ない。
 これなら何が起ころうとも少なくとも成されるがままという事はないだろう。

「はいはい、どちらさまだね」

 総白髪の老婆がドアを開けて一行を出迎えた。
 レギウスは本能的に身構えるが、彼女が使い魔ファミリアー泥人形ゴーレムの類でない事、彼女自身の保有する凡その魔力の総量から鑑みて、彼女が魔術師本人だと断定した。

「突然すまないね。ボクたちは『大いなる日輪亭』の冒険者、『星を追う者たち』だ」

「はあ……? 『大いなる日輪亭』、かね……?」

「お婆さん、わたし、わたし!!」

「な、なんじゃい! リスがしゃべっとる!?」

 老婆は見ているほうが心配になるほど目を剥いて驚きを顕にした。
 この時点でレギウスは構えを解いて【隠者の杖】から手を離す。
 明らかに素のリアクションだ、これが演技だとしたらかの劇団カンタペルメで主演を勤められる。

 この魔術師にとってもステラのリスへの変化は想定外だったのだろう。
 レギウスは手短に事情を話した。
 といってもこれまでに得られた情報はひどく少ないのだが。

「はあ……リスに、ねえ」

 魔術師の老婆――パウラと名乗った――は、感心したようにステラを眺めている。

「こりゃまた、面白――あいや、不思議な事が起きたもんじゃて」

「確かに普段だったら研究材料にしてェくらいだが当事者としちゃシャレになってねェんだ。原因の推測は可能か?」

「ううむ……虫になった話は聞いた事があるが、リスとはのぉ……」

「そりゃ確かに有名だが、変身の種類の話じゃねェんだよ」

「ううむ、実は一つしか食っとらんのじゃな?」

 パウラの問いに、ステラは必死に首を縦に振る。

「赤の『力の実』のほうを食ったらしい。食べカスで悪ィが、こいつだ」

 レギウスは再び羊皮紙で包んでいたりんごの欠片を取り出した。
 すぐさまそれを検めたパウラは、頷いてそれをテーブルに戻す。

「確かに、儂の『力の実』じゃな」

「ちなみに二つ一緒に食べるとどうなるの?」

「そうじゃな、まず力が相殺されて双方の効き目が悪くなってしまう。
 それから副作用でマイナス効果が出る……と言うてもほんのちょっぴりじゃがな。
 後はそうじゃな、ちょっと下痢気味になる」

「リスのリの字もでてないね……」

「魔法アイテムとしては大した力はないからの。
 反動も大した事にはならんよう、安全には気を配っておる。
 むしろ――」

 パウラの目がきらりと光る。

「儂が苦労したのはそう、味じゃ!
 大体魔法アイテムっちゅーのはやたら不味い事が多いんじゃ。
 じゃが、仮にも食べ物ならば我々の三大欲求の一角を担う、食欲を満たすにふさわしいものでなければならんと思わんかね!?
 より美味しく! より安全に! これが儂の研究モットーなのじゃ」

「……分からなくもねェが、変わった研究してんな」

「分からなくもないんだ!?」

 カイルが思わずツッコんだ。
 素人が聞けばなんて無駄な研究だとあざ笑うかもしれないが、魔術師同士でなければ理解できないものもあるのだろうか。
 もしくは単に話を進める為の世辞か。
 どうやら後者のようだった。

「分からなくもねェがな婆さん、その研究の話はまた後で聞いてやるよ。
 こっちにゃのんびりしてる暇はねェんだ。
 何かに変化する魔法には他にどんなものがある?」

「ふむ……変化する、と言えば蝙蝠変化が有名じゃろうな。
 吸血鬼なんかがよくやるあれじゃ。
 元は吸血鬼どもの固有能力じゃが、これを取り入れた魔法がある」

「あぁ、シュレックのところで見たアレか」

「ほう、心当たりがあるかね。
 他にはそうじゃなあ、精霊を己に憑依させて飛行や水中呼吸などの能力を得るものもあるな。
 まあ、これはあくまで憑依であって変化とはちと違うがの。
 こちらは精霊魔法に分類される」

「全くの専門外だな……他には?」

「人狼の変化魔法もあるが、これは本人の能力を利用しとるだけじゃからの。完全な変化という訳ではない」

「おばあちゃん、リスへの変化ってないの?」

「ないのお……そもそも考えてみいよ。リスに変化したところで利点はなかろうが」

「グサッ! リ、リスだって悪くないもん~……」

「なんだってオマエはリスを弁護してんだ」

「まあ、悪くないが良くもなかろう。
 得られる能力が何かとなると小さな身体を生かした隠密くらいじゃろうて」

「でもかわいいよ?」

「そりゃそうかもしれねェが、どうせ宿の娘アンナのおもちゃになって弄ばれるだけだぜ」

「ひぃぃ~~!!」

 ステラは小さな身体を縮こまらせて悶えた。
 どうにも娘さんがトラウマになりつつあるようだ。

「後は多少すばしっこくなるかの」

「元から落ち着きないから意味ないんじゃない?」

「そんな事ないよ、わたしだって落ち着きのひとつやふたつ……」

「ちょっとまって、今なんて言った?」

「わたしだって落ち着きの――」

「ステラじゃないよ、というかムダな見栄はらないの! おばあさんに聞いてるの、今さっきっていったね!?」

「それがどうし……あぁ! 『力の実』のと防御力アップか!?」

 つまりは『力の実』による効果が驚異的に発揮された結果、素早さを重視したリスの姿へとステラを変化させた、という説だ。
 思えば体重差何十倍にもなるカイルに踏んづけられたはずのステラはぴんぴんしていた。

「だが曖昧すぎる。それだけじゃ因果関係があるかどうかは断定できねェ」

「まあ、そうじゃの。拡大解釈のしすぎじゃろう」

「発想を変えてみよう。変化系じゃなく入れ替え……つまりは変換魔法、そっちはどうだ」

「外見を変える魔法というのはある。
 それ自体は不可能ではないが、入れ替えるには術式上で双方の同意が不可欠じゃ。
 この場合、リスとステラじゃな」

 一応、レギウスはステラに視線を移したが、ステラはありえないとばかりに首を横に振った。
 リスと入れ替わってくださいなんて頼まれたところで受け入れる馬鹿なんているはずはない。
 仮に言葉巧みに隠蔽されていたとしても、術式上の同意が必要とあれば『リス』という単語は絶対に外せない要素であり、もしそういった単語が出ていればとっくにステラは思い出しているはずだ。

「……実以外に思い当たる節はないのかね?」

 こればかりは当人でしか知りえない。
 みんながステラを見るが、妙に可愛らしく小首を傾げて考え込んでいる。

 それから一行とパウラはあれこれ考え、ステラも思い出そうと努めたがこれといったものは浮かんでこなかった。
 収穫はほぼゼロという絶望的な状況で夜を迎えてしまう。
 結局、レギウスとパウラの二人でも知りえない魔術の存在を疑うべきだという結論に達し、話し合いは打ち切りとなった。

「元気を出しなさい、儂もいろいろ当たってみるから。これも調べてみるしな」

 テーブルに置かれた『力の実』の欠片をつつきながら、パウラは言った。
 思えば彼女はほぼ無関係だというのに協力させる形になってしまっている。
 とはいえ、現状では彼女の協力なしでは調査の手が遅れるのは必定であり、せめて言葉だけでもお礼を述べる。

「いやいや、こんなに面白――あいや、貴重――いや、またとない――えへん。その、恩人の危機を放ってはおけんよ」

「本音ダダ漏れじゃねェか。最後だけ綺麗にまとめやがって」


To Be Continued...  Next→
スポンサーサイト


この記事へのコメント

この記事へコメントする














(△お好みの文字サイズになるまでクリックしてください)

周摩

Author:周摩
しがないリプレイ書きのブログです。

Info.
当ブログはリンクフリーです。報告は不要ですが、あれば相互リンクさせていただきたいと思います。

周摩のシナリオはこちらへどうぞ。

QRコード