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『蝙蝠屋敷』(2/2) 

 今では屋敷の主となった蝙蝠たちの熱い洗礼を受けた『陽光を求める者たち』は難なくそれを退けた。
 そして手持ちのランタンに明かりを灯し、屋内へと足を踏み入れる。
 何はともあれ、まずは依頼をこなさねば話にならない。

 玄関ホールには三つの扉が存在し、内一つは鍵が掛かっていた。
 残る二つから手近な扉を開け放ち、その部屋を根城にしていた蝙蝠たちが飛び出してくる。

「《清冷なる小さき種子よ、束となりて彼の者を穿つ鋭き疾き花弁となれ!》……、《舞え!》」

 クロエの紡ぐ氷の術式、【花散里】が発動する。
 魔力によって急激に冷却された大気中の水分が散る花弁のような鋭い氷と化し、蝙蝠を切り刻む。
 それを免れた蝙蝠も冷気によって動きを止め、床に形成された氷の棘に身を落とし、貫かれた。

 クロエの術式は、『月歌を紡ぐ者たち』の魔術師バリーのように火炎を軸としないのでやや威力に欠けるが、屋内でも比較的安全に使用する事ができる。
 そして何より時間が経てば氷は溶けてしまうので後処理が楽であるという利点もある。
 使い様、というやつだ。

 どうやらこの部屋は客間だったらしく、客用のベッドが幾つか並んでいる。
 ベッドの状態は埃や蝙蝠の糞やらで酷い状態である。
 スコットが調査を行うが、特に気になるものは見つからない。

「うっし次行くか」

 特に何もやっていないスコットが仕切り、マリナにげしげしと足を踏まれている。
 本人は全く気にせず、次は食堂への扉を開けた。
 飛来する蝙蝠はクロエの唱えた【眠りの雲】で無力化した後に一匹一匹処理していく。

 散らかり放題の食堂の調査を行っていた際、きらりと光る物を発見した。
 発見者はもちろんやたらと目聡いスコットである。
 どうやら指輪らしく、そこそこの価値はありそうだ。

「………………」

「何じゃいその目ぇ、隊長殿には許可は貰っとるんじゃぜ?」

「ああそうですか。ならばご自由に」

 いかにも不満げにそう答えると、レグルスはそっぽを向いてしまった。
 その後にも、部屋の隅に保管してあった食用油や水の樽の底から幾枚かの銀貨を見つけ、似たようなやり取りを行った。
 レグルスという青年、見た目どおりの真面目さを備えているらしい。

「おっと油じゃ油じゃ。わぁい油、スコット油大好き」

 何やら変な事を呟きながら、スコットは戸棚から大きな酒瓶を取り出して、樽から油を満たした。

「……何ですかそれ、というか何故そんなものを?」

「こーいうのはじゃなー、意外なところで使えたりするもんじゃ。
 たったこれだけの油で手前の身を守れちゃったりする超スグレモノなんじゃぜ!」

「へえ、私には分からない発想ですね」

 いかにも興味なさげにレグルスはあしらった。
 訊ねたのはあちらなのに、ここまで来ると単にいちゃもんをつけたいだけではないのかと疑いたくなる。

「あ、分かり合えなくて当然じゃろ。
 あんたら治安隊とわしらじゃ生き方も価値観も考え方も全く違うもんじゃからのう」

「治安隊と冒険者とあんたたち、でしょ。一緒にしないでよ」

「こりゃ手厳しい」

 そんなやり取りを冷めた目で眺めるレグルスは、さっさと次の部屋へと向かおうとする。
 跡を追う『陽光を求める者たち』との距離は更に開いていた。

 次に蝙蝠たちの支配から解放した部屋は、埃塗れとなった複数の書棚とライティングデスクが置かれた、書斎である。
 書棚に収まった本にも均一に埃が堆積しており、今回の件でこれらから得られる情報はなさそうに思える。
 ひとまず先ほどまでと同様に調査を進め、書棚の奥より【誘眠の書】のスクロールを発見した他には何もない。
 となればこの部屋には用がなく、さっさと部屋を出ようとする『陽光を求める者たち』であるが、

「ちょっと待ってください!」

 それを引き止めたレグルスは、右手に金色の鍵を手にしてスコットへと差し出している。

「床の隅に落ちていましたよ。お渡ししますね」

「おう、こりゃ済まんのう。わしも耄碌もうろくしたかー、まさかこんなギラギラした金色の鍵を見落としちまうとはー!」

 無論、スコットが耄碌したはずはない。
 調査にはスコットだけではなく、マリナも参加していた。
 その二人が見つけられなかった金色の鍵を、易々と見つけ出したレグルス。
 彼の内に眠る天才的な観察眼が開花したのでなければ、答えは一つしかないだろう。
 しかし、それを今この場で指摘するのは得策ではない。

 その後、軽く探索したものの得られたものは少ない。
 子供部屋と思しき部屋で蝙蝠を退け、子供が宝箱にしていたらしき『雪』が積もった木箱からエメラルドを発見した程度か。
 エメラルドとはいえ等級はさほど高くなく、売却したとしても決して高額にはならないだろうが、拾い物に文句をつけても仕方がない。
 三度レグルスから冷やかな視線を浴びたのだ、ここはありがたく頂戴しておくとする。

 それらが終わると、玄関ホールに最後に残された施錠された部屋へと向かう。
 レグルスが拾ったという、件の金色の鍵を試そうというのだ。
 手ごたえを感じたスコットは金属製の扉をゆっくりと開く。
 扉の向こうはすぐ下りの階段になっている。

「お、開いたのう」

「……一体この先には何がいるのでしょうね」

「さぁ? 鬼が出るか蛇が出るか、どうせそんなところですの」

「……それはどういう――?」

「ッああああああああああああああああああああああ!!!」

 唐突に、スコットが大声を上げた。
 比較的広い玄関ホールにもぐわんぐわんと反響するほどの大音量である。
 レグルスだけでなく、他のメンバーも全員がスコットへと向いた。

「やっべ、やっべぇ! わしの財布……、どっかの部屋に落として来ちまってるよ! おいぃぃぃ!!」

「……おばかさんですの? 早いところ探してきなさいですのよ」

「どうせ薄い財布でしょうけど、それで小遣い強請られても困るのよね。さっさと探して戻ってきなさい、私たちは先に行ってるから」

「おう済まねぇ、行ってくるぜ!」

 そう言い残して、スコットは物凄いスピードで駆けて行った。
 レグルスはその様子を見て、毒気を抜かれたような顔をしている。

「……、抜け目のない方だと思っていましたが、案外せっかちなんですね」

「基本あほですのよ。さぁ、先に進むですの」

 クロエが促し、一行は暗く長い階段を降りていった。
 自分たちの足音以外、何も聞こえない。
 先ほどまで飛び回っていた蝙蝠の羽音さえもだ。
 どれだけ降ったか分からなくなるほど歩いた後に、ようやく開けた場所に出た。

「どうやら最深部のようですね……」

「そうみたいですの。でも鬼も蛇もいませんのね」

 軽く周囲を見渡しても、何も物が置かれていないのでは鬼も蛇も隠れようがないだろう。
 ただ埃だけがここには保管されていた。

「おう、待たせちまったかの」

「……意外と早かったじゃない」

「ふっふっふ。せっかく盛大なネタばらしの瞬間じゃ、主役が立ち会ってやらんとのう」

 スコットはそう言い放ち、鋭い目つきでレグルスを睨みつける。
 口元には厭らしい笑みを貼り付けたままだ。

「な、何を急に……」

「おうおう、黙って聞いとれ若造。説明はしてやるからのう」

 絶対的な自信がある、と前置きしてスコットは鼻高々に解説を始める。

「まずはあの不可解にすぎる集落。
 あそこを襲った吸血鬼がこの屋敷に棲みついていた、あるいは封印されていた……なぁんて事ぁ全然ねぇのよ。
 襲ったのは間違いなく人間、そして原因はこいつじゃろ?」

 そう言って取り出したのは、集落の一軒で見つけた麻の葉っぱである。
 明らかにレグルスは狼狽した。
 目を見開いたまま表情が動かず、彼の額からは大粒の脂汗が滴り落ちる。

 麻の葉や実は『マリファナ』の原料になる。
 薬物に規制の厳しい国に横流しすれば、莫大な利益を得られるのは言うまでもない。

「あの獣道の先には麻の畑があって、集落の人間はそれを育てるのが仕事だったってところか?
 集落の人間が消えていたのは雇い主と反発して集落の人間は皆殺しにされたから。
 理由は……まぁ十中八九、金の問題じゃろ」

「な、な……!」

「あと、あんた演技へったくそじゃのう。
 この地下への扉の鍵、あれをお前さんが見つけたって言い張ったのは頂けねぇぜ。
 こちとら家探しに関しちゃプロなんだからのう」

「そりゃあんただけよ。不名誉な自慢は止めなさい」

 マリナの手厳しいツッコミも入ったが、スコットは自信満々に全ての謎を看破していた。
 それらの推論を突きつけられたレグルスは顔面蒼白となり、小刻みに震えている。

「フ、フフ……」

 しかし、蒼白となった顔の血の気はすぐに回復、というよりむしろ高潮する。

「――やはりお前か、あの時見てたのはお前なんだな! まあいい、そろそろ仲間が駆けつける!!」

「あン?」

 スコットが訝しがっていると、まるで謀っていたかのように背後の階段から物音が響き始める。
 それは雑踏である。
 数人どころじゃない、明らかに最低でも一〇名はあろうかという足音だ。
 それらがものすごい勢いで階段を駆け下りてくる。

 冒険者六名に対し、治安隊の精鋭が一〇余名。
 それも退路を絶たれた状況とあっては冒険者の敗北は揺るぎないだろう。
 しかし、スコットは一切の怯えも焦りも感じていない。

 なぜなら、既には終わっているからだ。

「――な、なんだ!? 何が起こっている!?」

 叫んだのはレグルスだったか。
 それを掻き消すほどの絶叫と金属音が、階段より響いていた。

「うっぷぷぷぷ……」

「き、貴様まさか!?」

「ピンポンピンポン大正解!
 たあっぷり油ぁ撒いて来てやったぜぇ!
 言ったじゃろ、こんなモンでも手前の身を守れるんだってなぁ!!」

 財布を拾いに行った、というのはもちろん嘘である。
 スコットはああ見えても大がつくほどの嘘つきなのだ。

「あんまりにも強引だったからこちらはフォローに苦労しましたの」

「うるせっ! まんまと嵌ってくれたんじゃから結果オーライでいいじゃろ」

 そのやり取りを眺めながら、再びレグルスは顔面を蒼白にしていた。
 罠に嵌めたつもりが逆に嵌められていたのだから無理もない。
 何も言えず、ただ呆然と立ち尽くす。

「何じゃ、ころころ顔色変えて大変じゃのう。
 まぁ、わしらもここまで知っちまった以上、真相の中の真相まで引きずり出すハラよ。
 これから魅惑の拷問タイムに入るんじゃから無理もねぇか?」

「そん、な……」

 じり、とレグルスは後ずさる。
 完全にイってしまっているようなスコットの笑みに気圧されていた。

 その時であった。
 スコットの背後から、石階段を叩く足音が響いてくる。
 その音はさっき聞いたよりも小さいものであったが、レグルスの表情を明るくするには十分なものだった。

「キース!」

「待たせちまったなレグルス!」

 遂に階段を突破した治安隊員数名は、『陽光を求める者たち』の包囲を突っ切ってレグルスの元へ駆けていった。
 恐らく保険の意味合いの強い後詰の部隊なのだろう。

「ふ、ふふ、散々虚仮にしてくれたみたいだが……『治安隊第三部隊』の力をお前らに見せ付けてやるわ!」

「オーイオイオイオイ悪党にしちゃ台詞が安っぽすぎんぜ? もうちょっとイカした台詞じゃねぇとやる気でねぇっての」

 数を得て強気になったレグルスに対し、スコットは依然変わらず飄々と返した。
 治安隊員は数でこそ不利だろうが、それを覆すほどの鍛錬と根性を持ち合わせているのだろう。
 たかが冒険者ごときに遅れを取るはずがないと、そう信じているはずだ。

 無論、彼らは正しい。
 正しいが故に彼らは敗北するのだ。
 相当の色物揃いである『陽光を求める者たち』を、一介の冒険者として括ってしまうのは大いなる間違いなのだから。



 ひとしきり暴れた『陽光を求める者たち』は、そこらに横たわる治安隊員をそれぞれ縛り付けた。
 目を覚まして暴れられては困る。
 いくら悪党だろうと相手は治安隊だ、殺してはいない。

 しかし目下の悩みとしてはどうやってこの事態を収拾するか、この一点に尽きる。
 このままでは治安隊員に重傷を負わせたと言い掛かりをつけられるに違いない。
 そうなればリューンの街で冒険者を続ける事は適わず、あの『大いなる日輪亭』にも大きな被害が及ぶだろう。

 明暗を分ける大事な判断の時に、スコットだけはお構いなしだった。
 先ほどの戦闘でも使用したクロスボウに再び矢を番えなおす。
 そしてその照準をレグルスの脳天へと合わせた。

「……スコット。何をやっているの」

 マリナに腕を掴まれながら、スコットは億劫そうな表情で彼女を見た。

「トドメを刺す。それ以外に何かあるか?」

「馬鹿、止めなさい。殺しても得にならないわ」

「あんたからすりゃそうだろうよ元暗殺者。言っとくがな、わしは利益だけで動く人形じゃねぇんだよ」

 気に障ったのか、スコットの腕を掴むマリナの力が増した。
 掴まれた腕が締め上げられるも、スコットは涼しい表情を崩さない。

「さっきの話を聞いてたら分かるじゃろ。
 『千羽の白鷺亭』のジェシカを殺したのは間違いなくこいつらじゃい」

 追い詰められたレグルスが放った言葉。
 それは『あの時』を見ていたのがスコットだと確信した一言だった。
 もちろんスコットと治安隊の間に関わりなんて一切ない。
 今回の名指しの依頼もそもそもの前提が成立しないほどにあやふやだ。

 しかしジェシカの死が関わっているとすればどうだろうか。
 ジェシカはスコットと手紙のやり取りをしていた。
 もしレグルスの言う『あの時』に彼女がその場にいたとしたら、差出人もしくは宛て名にジェシカとスコットの名が記された手紙が治安隊の手に渡ったとするならば、彼らはそれを手がかりに二人を狙うだろう。
 ジェシカの死とスコットの招集、この二つの間隔が短すぎる事を考えると、偶然とはとても考えられなかった。

「だとしても、あたしたちにこいつらを殺す権利はないわ」

「甘ぇーんだよクソが。何が権利じゃい、そんなモンなくたって人は殺せらぁ」

 スコットは強引にマリナの手を振りほどいた。
 意外にもマリナもさほど執着せず、三歩ほど退いただけだ。
 しかし彼女はエリックのほうに向き直り、

「……エリック、こいつ任せたわ」

 そう、無茶振りをした。

「――おれ、ぜんっぜん理解できてないんですけどぉー!?」

「目の前で殺人が行われようとしているわ。止めなさい正義の味方」

「……殺人だって?」

 すっかり置いてけぼりだったエリックは、ようやくここでスコットを見る。
 さっきの戦闘でもエリックはろくに状況が飲み込めておらず、ただひたすら相手の意識を狩る事だけに集中していたくらいだ。
 彼を動かすにはごちゃごちゃとした事情を抜いて、単純明快な動機を与えてやればよい。

「スコット、おれは殺人が良い事とは思わんぞ」

「こんな場面じゃ悪を憎んで人を憎まず、とか言うのが正義の味方か?」

「そうだ、ここで彼らを殺したとしても彼らの罪は消えない。
 然るべきところで法の裁きを受けさせて、それから償わせるべきだ」

「その言葉、殺されたジェシカの前でも言えるか?
 どっちに罪があるとか、ンな事ぁどうだっていいんじゃい。
 逆恨みだろうがなんだろうが手前を殺した相手を果たしてジェシカは許してると思うか?」

 エリックは言葉を詰まらせた。
 その問いは反則だ。
 どんな英雄、どんな賢者だろうが、死者の気持ちを理解する事はできない。
 理解した風を装うだけが精一杯だ。

「ったくよぉ、正義の味方ってのは残酷なモンだぜ。
 生きてるクズ共の事にばかり頓着して、死んだ人間には一瞥もせんてか?
 死んだらもう面倒見ねえってのは、そりゃさすがに筋が通らねーってモンだろ?」

「……だが、ジェシカが彼らの死を望んでいるとも限らない!」

「そりゃそうじゃ、わしにだってジェシカの本当の気持ちなんざ分からねえよ。
 だからジェシカがこいつらを恨んでいると思って、わしはわし流の弔いをする。
 いやはや残念だったの、生憎とわし紳士じゃから。
 理不尽に殺された女の無念は晴らしてやらにゃ気が済まん性質なんだぜ?」

 卑下た笑みを浮かべ、スコットは改めてクロスボウの狙いをレグルスの脳天へと定める。

「死ねよ、糞野郎ども。ただ死んで薄汚ぇ鼠にでも食われろ」

 引き金に力が入る。
 この距離なら外すほうが難しい。
 一瞬後にはクロスボウの矢が深々と頭蓋に突き刺さり、彼らの命を絶つだろう。

「――やめろッ!!」

 その一瞬よりも早く、エリックの拳がクロスボウを殴り壊していた。
 スコットは素早く身を引いていたので無傷であるが、得物の一つが消失したのは隠しようのない事実だ

「おう、やる気か正義の味方さんよお?」

「それ以上続けるならおれがお前を矯正――!」

 その言葉が終わる前に、ガイアはスコットの前へと躍り出て居合いの構えを見せる。
 エリックと元山賊の二人は、初めて会ったその日と同じように対立していた。

「だったらここでみんな大好き多数決といくか!?
 ひとつ、こいつら治安隊は表じゃ良い顔しといて実のところ麻薬の密売に手を出していた極悪人じゃ。
 ふたつ、少なくとも集落の人間を皆殺しにし、疑いがあるというだけでジェシカも手をかけておる。
 みっつ、これまた疑いだけでわしを、それだけじゃねえ、手前ら全員を殺そうとして来やがった。

 これでもまだ治安隊の糞どもを庇う理由があるってんならよぉ、正義の味方側につけ!」

 この時ばかりは、スコットはお得意の口八丁を用いなかった。
 ただ事実だけを並べるだけで十二分にひどい状況だ。
 神経がイカれている目の前の正義の味方以外はこちらにつくという確信があった。

「レティシア、クロエ……!」

 事実、レティシアもクロエも苦虫を噛み潰したような表情でスコットの側に歩み寄っていた。
 卑劣に過ぎる治安隊の所業と、同じ女性冒険者を殺された事が響いているのか。
 とはいえエリックと事を構えるつもりはないらしく、票は入れるがそこから先には従わない姿勢だった。

「んで、手前はどうするんじゃい」

 最後に残ったのはマリナだけだった。
 彼女は相変わらずの涼しい顔つきで、エリックの傍に佇んでいる。

「あたしはこちら側よ」

「ほう。……あぁ、そういやぁあン時の借りはまだ返しちゃおらんかったのう」

 その構図は彼らが初めて顔を会わせたその日とまるで同じだった。
 まだお互いの手の内はおろか名前すら知らなかったあの時。
 彼らは事の真偽すら裏取りできないままに、生き残るために、正義のためにと対峙した。

 スコットは破壊されたクロスボウの代わりを腰より抜き、マリナは鋼線を床に垂らしている。
 ガイアは腰を落として居合いの構えを見せ、エリックは苦虫を噛み潰したような表情で胸の七色の七つの宝石へと手をかざす。

「――待ちなさい。それ以上は許しません」

 レティシアの制止の声。
 向かい合うようにして対峙する双方に横合いから声を投げつけた。

「これより私は第三勢力になります。矛を収めなければ双方を叩き伏せますので、覚悟なさい」

「……わたくしも、レティシアにつきますの。仲間うちであらそうなんて、いやですの」

 今にも泣き出しそうな暗い表情で、それでも杖を握り締めて。
 クロエはレティシアに寄り添って反抗の意思を見せる。

「見事に三竦みか……いいじゃねえか。規模は小せえが、昔に戻れた気分じゃい」

 それはスコットにとってかつての日常であった。
 身一つでならず者を束ね、縄張り争いに躍起になる山賊の密集地帯に乗り込んだあの日から、スコットという一人の山賊は周囲を敵に囲まれながら過ごしてきたのだ。
 遂には山賊集団を平らげ目指すべき標を失ってしまったスコットに、その感覚は甘美に過ぎる。

「……エリック!」

 それには暗殺者として耳聡いマリナが第一に気づいた。
 足音である。
 それも一つや二つではない。
 およそ数十人の足音が、唯一の出入り口である階段からこちらへ降りてくる。

「まずい、まさか後詰が残って……!?」

 こればかりは誰にとっても想定外だった。
 先の罠に嵌めた人数も相当な数のはずであり、よもやあれに加えて後詰が用意されているとは夢にも思わない。
 たった六名の冒険者を始末するためだけにどれほどの経費をかけているというのか。

「くっそどうする! もう油の罠も通じねえぞ!」

「切り抜けるにしても出入り口はあそこしか……!」

 おそらくは同等かそれ以上の実力を持つ相手に数で負けており、更には逃げ場も存在しない。
 まさしく絶体絶命である。
 まだこちらに残っている彼らの同胞を慮ってか、閉じ込められたり火攻めにされないだけでも幾分かはマシか。

「ともかく迎撃の準備を――!」

 エリックは叫ぶが、もう遅かった。
 一気に駆け下りてきた治安隊員数十名は階段より続々と現れ、陣形を整える。
 その数、およそ二〇名。
 三倍以上の数を相手に多少なりとも疲弊した体で、かつ無策で戦いを挑まねばならない。

「ハ、どうやらここまでのようじゃの」

 言うが否や、スコットは構えていたクロスボウを近くに倒れ伏している治安隊員の脳天へと照準を定めた。
 どうせ終わりならば、せめて道連れにしてあの世でジェシカの前に引きずり出して侘びを入れさせる。
 それが腐っても山賊の頭領たるスコットの、せめてもの足掻きだった。

「やめ――」

 エリックの制止が耳に届いたとしても、引き金を引く指を押し留める力なんてこれっぽっちもない。
 物理的に止めようとしたところで間に合うはずもない。
 いつも通りの動作で一切の迷いもなく、スコットの右手の人差し指は引き金を引いた。



 小隊を率いていた銀髪の背の高い男は、隊員に剣を収めるよう指示を飛ばして改めて冒険者たちに向き合った。

『私たちは貴方たちと争うつもりはない。ただ、話がある』

 その強面に似つかわしい重苦しい低い声だが、恫喝の意味を込めたものではなさそうだ。
 敵意がない事を感じ取った『陽光を求める者たち』はそれぞれ武器を収めた。

 男は治安隊第一部隊長ダグラス=セラーゾと名乗り、自らの部隊の目的を明かした。
 その内容とはなんと『レグルス・ステファニー、キース・アンフェア両名の捕縛』との事である。
 エリックらにはその名前に聞き覚えがある、なんて程度ではない。
 今まさにそこに打ち倒して、既に捕縛まで済ませてあるのだから。

 セラーゾは語る。
 治安隊第三部隊長ジェームス=シャランと裏で取引していた麻薬の売人が捕まり、尋問にかけられたその男は全てを白状したのだという。
 すぐさまセラーゾは第一部隊を率い、シャランの身元を拘束し、更に尋問を加えてここへ辿り着いたとの事だった。

『しかし貴方たちも運がない。もう少し後であればシャランの身柄拘束が先であり、この事件に巻き込まれる事もなかったでしょうに』

 そう言ってセラーゾは笑んだ。
 癪ではあるが、そこでようやく『陽光を求める者たち』は胸をなでおろす事ができたのだった。
 もしダグラスら第一部隊がシャランと繋がっているとしたら、こんな小細工を使って油断させる必要がない。
 単純に数を頼みに押し潰してしまえばいいのだから。

 それからセラーゾは隊員に捕縛されたレグルスらを詰め所へ運ぶよう指示を飛ばした。
 村の近辺の調査など細かいものも含めて全ての指示が終わると、その場には『陽光を求める者たち』とダグラスだけが残った。

『貴方たちには申し訳なかったと思いますし、結果的に捕縛に協力いただき大変感謝もしています。
 ですが、もうここに用はありませんね?
 私たちは事件を担当する者としてこの屋敷や周囲を入念に調べなければならず、大変忙しくなります。
 申し訳ないが貴方たちはこれにて部外者となる訳です』

 捜査の邪魔だから帰ってくれ、とのお達しである。
 いちいち高圧的な物言いに辟易するが、ここで彼らと事を構える心算も気力もない。
 最後に一つだけ、 何故スコットを名指しで罠に嵌めようとしたのか、それだけを訊ねた。
 今後同じような例が起こらないとも限らないため、情報は少しでも欲しい。

 セラーゾはそれに対してやや面倒な反応を返しつつも問いに答えた。
 彼が取り出したのは一枚の手紙、それもジェシカの書きかけのスコットへ宛てた手紙である。
 この手紙はシャランの事務室から見つけたとセラーゾは語った。

 つまりはこれが元凶だったのだろう。
 手紙の宛先であったスコットがジェシカと繋がっていて、後ろ暗い場面を見たジェシカから秘密を知られたと勘違いした結果、スコットと彼と浅からぬ付き合いのその仲間を始末しようとした、という事だ。

「……つまりはやっぱりあいつらがジェシカを殺したって事じゃねえか」

 スコットは鋭い目つきでガイアを睨めつける。
 『大いなる日輪亭』の自室で、スコットは事の顛末を聞かされた。


?」

 クロスボウの引き金を引いた刹那、スコットはすぐ傍にいたガイアに殴り倒されていた。
 急激に起動を変えられた矢はあらぬ方向へと飛んでいき、誰も傷つけずに石壁にぶつかって地に落ちた。
 一撃で意識を刈り取られたスコットはその後、そのままガイアによって宿まで運ばれている。

「結果だけ見りゃあお前は実に優秀な働きをしてる。それは評価してやらんでもないがな」

 もしあの場で抵抗のできない治安隊員を撃ち殺していた場合、いくら姦計に嵌められたとはいえ過剰防衛であった。
 結果論であるが、ガイアはそれを防いだとも見える。

「……あの場ではエリックらとの連携が必要でした。
 敵の数は多く、内部分裂していてはお頭の命も守れない状況であると判断し、過ぎた真似と覚悟してあのような行動に出ました」 

 ガイアの言い分は正しい。
 たとえ第一治安部隊が敵だったとしても、最悪の状況に対応した最良の選択肢だったはずだ。

 しかし、

「舐めるな小僧。お前の考えがわしに見抜けねえと思ったか?」

 ガイアはびくりと身体を震えさせた。
 
「手前は単にだけじゃい。
 内々じゃいつエリックの側に付こうか考えてたじゃろ。
 だから治安隊の到着のどさくさに紛れてわしを黙らせた、違うか?」

 その追求に、ガイアは顔を青くして何も言えなくなっていた。
 どうやら図星らしい。
 しかし、彼も自身の本心に気づいていなかったようである。

「お、お頭……俺は……」

「黙れガイア」

 キッパリと言葉を遮る。

「今回の件、お前が忘れてはいけない事柄は二つ。
 一つは無意識にでもわしに逆らった事、こいつは努々忘れるな。
 今まで山賊として生きてきたお前が冒険者として変わりつつある証拠じゃい。

 もう一つはわしがあの正義の味方に投げつけた言葉じゃ。
 今のお前に、あれに対する答えが出せるはずもないが……心に刻んでおけ。
 いずれ必要になる時がくるやもしれん」

 スコットがエリックに投げつけた言葉。
 憎しみの連鎖を断ち切るにはどうすればいいのか。
 復讐に対する答えを、正義の味方エリックは答えられなかった。

「それ以外は全て忘れていい。
 わしも今まで通りに奴らに接してやる。
 何なら、お前に殴られた事で記憶がなくなったと吹いてもいいぜ」

 そう言って、スコットは笑いながら部屋を出て行った。
 一方、残されたガイアは何も言えずにただ立ち尽くすだけだった。

 あの問いに対する答えがいずれ必要になるとスコットは踏んでいる。
 つまり、ガイアが『正義の味方』になると予想しているという事だろうか。
 正義とは程遠い場所にいるガイアに向かって、聡明に過ぎるあの頭領はそう思っているのだろうか。

 結局、スコットは記憶が消えた事にしたらしい。
 都合よく前後の記憶だけが抜け落ちている事を不審に思う声もあったろうが、蒸し返してしまうのも気が引けたのだろう。
 その後は多少のぎこちなさを残しつつも、『陽光を求める者たち』は次第に元の関係へと修復されていく。

 ただし。
 エリックとガイアの両名だけは違う。
 スコットの投げつけた問いに対して、未だに悩み続けるのだった。

 答えは、まだ出ない。



【あとがき】
『陽光を求める者たち』、Lv3のシナリオは机庭球さんの「蝙蝠屋敷」です。
短編ながら緻密に練られたストーリーがすごく印象に残るシナリオです。
作中人物の行動や、ラストの追い込みの部分などは特に私好みでした!

実はこのシナリオ、とある要素があったので『月歌』でやろうとも思っていたのですが、対象レベル内(2~4)は激戦区でして、せっかくなので『陽光』でリプレイさせていただきました。
最終的にはPCたちが勝手に動いてくれたので割と好みな展開に仕上がっていたりします。

さて、今回はスコット回でございました。
小話02を読んだ方は多少ご存知かもしれませんが、彼はこんな奴です。
色々と適当で冴えないオヤジっぽくもありますが、やるときゃやるんです。
そのやる気の方向性が間違っていたりもしますが……や、やるんです!
……スコット回なのにエリックとかガイアとかに影響を与えてしまうのは、彼が『お頭』だからなのかなぁって思いますね。

☆今回の功労者☆
スコット。演技お疲れさまでした、頭の傷は大した事ないよ。

報酬:
なし

戦利品:
【誘眠の書】
【宝石】→売却→400sp


≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『蝙蝠屋敷』(机庭球様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。
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周摩

Author:周摩
しがないリプレイ書きのブログです。

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