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第三二話:ロスウェル五月祭 ヒラギ編(1/2) 

 五月一日。
 毎年のこの日、深緑都市ロスウェルでは街を上げての五月祭メーデーが催される。
 もともとロスウェル周辺の地域では古くから精霊によって農作物が育つという伝承があり、大地の精霊に感謝と豊作の祈りを届ける日となっている。
 母なる『キルヴィの森』に囲まれたロスウェルではその風習が色濃く残っており、聖北教が浸透した今でも大々的に行われていた。

 早朝、とは言いがたい午前一〇時。
 『月歌を紡ぐ者たち』は冒険者の宿『蒼天の雫亭』を拠点とし、それぞれ思い思いに五月祭を楽しむ事にした。

 真面目なのか不真面目なのか、祭りだというのにバリーは賢者の塔に顔を出すと言っていた。
 チコは思い切り食べ歩くつもりらしく、コヨーテに小遣いをねだって来たので一応無駄遣いしないようにと釘を刺しておいた。
 レンツォは例によって例のごとく賭場を狙うらしい。
 いつも通りといえばその通りである。

「――それじゃ。この子、借りていくわよ」

 短くなった金の髪を揺らして、ミリアは【レーヴァティン】を抱えた。
 彼女の左目の辺りには黒い痣のような紋様が浮かび上がっている。
 それは『黒化の刻印』と呼ばれる、キルヴィのエルフのごく一部にしか発生しない紋様である。
 すなわちダークエルフに堕ちた証であるが、ミリアはそれを隠そうとはしなかった。

「悪いな、頼むよミリア」

「気にしないでいいわ、これくらい」

 軽く片目を瞑って笑うと、ミリアはそのまま宿を発った。
 シューザー村でのジェベータ、道中での妖魔の群れ、そしてミリアと、短い間にろくに掃除もできずに激戦を潜り抜けた代償か、コヨーテやミリアの得物はこれでもかというほど血に塗れていた。
 いつもの手入れ程度では完全に落としきる事はできず、素人が下手に分解掃除に手を出してしまうのもよろしくない。

 そこで、ミリアが双剣を鍛えてもらったというロスウェルの鍛冶屋へ掃除を依頼する事にしたのだった。
 【レーヴァティン】も本来ならば『神の鎚』ブレッゼンの元へ持っていきたいところではあったが、ロスウェルからフォーチュン=ベルに向かう間に柄や鍔の金属が錆びてしまいかねない。
 魔剣に磨耗や破損はないが、それ以外の柄や鍔、鞘などはその限りではないのだ。

「……久しぶりに違う剣だと何か落ち着かないな」

「半日の辛抱ですよ」

「んっ!? あれ、ルナ。どうしてここに? みんなと一緒に出かけたんじゃないのか?」

「せっかくのお祭りなのです。肌に合わない賢者の塔やチコのお守りや大嫌いな賭場や場違いな鍛冶屋に、わざわざ私が顔を出すとお思いですか?」

「それもそう、か……しかし、宿にいてもしょうがないだろう」

「あなたこそ。まさか【レーヴァティン】が戻ってくるまでずっと宿に籠もっているつもりですか?」

 その予定だった、とはとても言えない。

「あっ、いえ、それがダメって言っている訳じゃないんですよ? コヨーテは特にたくさん怪我していましたし、疲れも人一倍でしょうから……お祭りといっても無理してちゃ楽しめません。ロスウェルでは今日は祝日ですから、身体を休めるのも選択肢のひとつですよ?」

 思わず言葉を詰まらせてしまったせいか、慌てた様子でルナはフォローを入れてくれた。
 確かにここ三日間はろくに食事も睡眠も取れていない上に、二度も死にかけるという凄絶な日々を送っている。
 今日くらいはゆっくり休んでも誰も文句は言わないだろうが、何となくもったいない気もしてきた。

 しかし、思ったよりも選択肢が少ない。
 気になったコヨーテはルナにも予定を聞いてみるが、

「私ですか? えっと、その……」

 目が泳いでいるし何だかしどろもどろだ。
 意味を図りかねて次の言葉を待っていると、ルナは上目遣いで気恥ずかしそうに口を開いた。

「……コヨーテと、お祭りを回りたくって」

「オレと?」

 見物のお誘いは嬉しい申し出だが、何だってこんなに恥ずかしそうなのだろう。
 冒険者を続けて多少はましになってきたものの、ルナの人見知りは未だに治っていないようだ。
 しかしよくよく考えてみると、チコのようにハッキリした目的もなく祭りを一人で回るのは例えコヨーテであってもそれなりに厳しいものがある、かもしれない。

「まぁ、いいけど」

「いっ、いえいえ! いいのですよ、コヨーテは休んでいてください!」

「半日遊ぶくらいの体力はあるさ。それに、せっかくの祭りだからな……一緒に回ろう、ルナ」

「……ッ!」

 一瞬で顔を真っ赤にしたルナは言葉を失いつつも、静かに頷いた。
 そんなルナの様子を見ていると、何となく居心地が悪いというか、妙な感じを覚える。

「その、あまり無茶しないでくださいね?」 

「あ、ああ。分かってるよ」

 そっぽを向いて、無理やり誤魔化す。
 とにかくじっとしていたらこちらまで顔を赤くしてしまいそうだったので、コヨーテはさっさと立ち上がって動く事にした。

 五月祭のこの日はロスウェル市民の願いが天に届いたのか、雲ひとつない快晴だった。
 日差しが強すぎる事もなく、先日の雨の影響も残っていない今日は過ごしやすい日と言える。
 コヨーテとルナは宿から繋がる街路を抜けて中央広場へと向かった。

 祭りの中心はやはり中央広場である。
 二人が到着した時は儀式が始まりかかったところだったらしい。
 ロスウェル五月祭では白い衣装に身を包んだ少女二人が、大勢の少年たちを引き連れて家々を回るのだ。
 夏の訪れを告げる儀式のようなもので、元々はこの地方で親しまれている神話での神々の結婚式を模したものらしい。

「ふふっ、可愛いですね」

 ルナはニコニコ顔で祭りの様子を眺めている。
 しかしコヨーテはどこか奇妙な違和感に襲われていた。

(……平和すぎる) 

 異常に密度の濃い数日を過ごしてきた弊害だろうか。
 殺し合いに慣れてしまった戦場帰りの人間の中には平和な日常に馴染めずに精神を病む事すらあると聞く。
 コヨーテはそれに片足を突っ込んでいるのかもしれない。

(危うい、か?)

 コヨーテは半吸血鬼である。
 吸血鬼の本能は戦いを望み、また人を殺す事に何の躊躇いもない。
 そちら側に染まりつつあると考えただけでも怖気がする。

 このままでは絶対に良くない。
 コヨーテが戦うのはそうせざるを得ないからであり、自ら望んで殺し合いをするなんてもっての外だ。
 心がそう願っていても精神が平和を受け付けないのであれば意味がない。
 そういう意味では一日を寝て過ごすよりもルナと一緒に平和を享受し、再確認したほうがいいのかもしれない。

「コヨーテ、屋台! 屋台ですよ!」

 ルナはきょろきょろと周りを見渡して、いつもより落ち着きのない風だ。
 元々箱入りのお嬢様から聖北の修道女となった彼女はこういう華やかな行事にはあまり馴染みがないのかもしれない。

「はっ! クレープ屋さんがありますよ!」

「お、おい。そんな慌ててると――」

 コヨーテの忠告むなしくルナは駆け出してしまい、横合いの路地から飛び出してきた少女とぶつかった。

「もぎゅふ!」

 くりくりとした甘ったるい少女の声。
 弾かれて倒れそうになった少女を、ルナは慌てて抱きすくめる。
 ふかぁっ、となっていたので恐らく怪我はないだろう。

「ごっ、ごめんなさい! お怪我ありませんか!?」

「うー、大丈夫です。すごく柔らかいです」

「きゃん! ななな何するんですかっ!?」

 胸をむにむにされてルナは勢いよく後ずさり、少女は結局尻餅をついた。
 その様子に呆れた表情のコヨーテはひとまず少女に近づいて手を差し伸べる。

「連れが済まなかったな、大丈夫か?」

「ありがとですー!」

 にっこりと微笑んで、少女はコヨーテの手を取る。
 その瞬間。

「――ッ、お前……!?」

 コヨーテは唐突に理解した。
 すぐさま手を払いのけるような事をしなかったのは賢明だったかもしれない。
 自身が確信を持てない何かがある。

「何です?」

「……吸血鬼だな?」

「わ、なんで分かったです!?」

 重ねるが、コヨーテは半吸血鬼である。
 例え姿かたちが人間そのものであろうとも、それが吸血鬼やそれに類するものであれば些細な違和を感じ取れる。
 目の前の少女からは、そんな吸血鬼特有のにおいのようなものがした。
 しかし、根拠はもうひとつある。

「いや、だってお前……背中のそれ……」

 少女の背中からは漆黒の翼が一対、衣服と同化するように――実際はスリットから――生えていた。
 今が五月祭であればこそ何らかの仮装だと誤魔化せたのだろうが、知る者が見れば一目瞭然である。
 彼女の吸血鬼のにおいは非常に希薄であり、ともすれば勘違いだと判断するような不安定ささえ感じる。
 まるでリンゴの形をしているのに齧ってみればオレンジの味がするような、そんな内外の不一致。

「何が目的だ」

「目的? って何です?」

「何って……どうしてわざわざ目立つような真似してるのかって聞いているんだ」

「目立つです? 目立つと悪いです?」

「……悪いというか、露見したらお前が困るぞ。とにかく、とっととそれしまえ」

「羽を出しちゃいけないです? 嘘をつくのはダメです、ドロボーの始まりなのです」

「……ルナ」

「困ったからって私に振らないでください」

 吸血鬼関連はコヨーテの得意分野でしょう、とルナはちょっと冷たかった。
 もしかしたらこの少女が本当に吸血鬼だと信じられずにいるのかもしれない。
 実際、吸血鬼に道徳を説くなんていくらルナでも難しいだろう。

「ああもう、分かったよ。とにかく場所を移そう」

 今日一日だけなら五月祭という補正がある為、誤魔化しきれるだろう。
 事実、遠目に見ればさっきすれ違った集団と大差ない仮装のようにも見える。
 とにかく往来の真ん中で吸血鬼だの何だのと物騒な話をしたくない。

「悪いが、少し話を聞かせてもらうぞ」

 視界に入ったカフェに視線を向け、そちらへ誘導する。
 少女もコヨーテの意図を理解したらしい。

「お茶です!? わーい行くですー!」

 多分、恐らく理解したのだろう。
 きっと。



「美味しいです!」

 少女は遠慮なしに注文したミルクティーと栗カボチャプリンのセットを満喫していた。
 やたらと口が小さいからかカラメルでべとべとになる口元を、隣でルナが甲斐甲斐しく拭っている。

 どうやら目の前の少女には敵意や害意はないようで、それどころか精神が幼すぎて吸血鬼やそれを取り巻く常識すらも分かっていない様子だ。
 単に白を切っている可能性もあるが、もしそうであれば劇団『カンタペルメ』で主役を張れるだろう。

「でもリューンで食べたプリンのほうが美味しかったです」

「あぁそうかよ」

 聞きようによっては図々しい台詞のように聞こえるが、彼女はその言葉のままに感想を述べたのだろうと思う。
 彼女の心には曇りというものがなさそうに見えた。

「……お前今までどうやって生きてきたんだよ」

「リューンで冒険者やってたです!」

「ええっ、同業者だったんですか!?」

 ルナも驚いて目を見開いている。

「じゃあ、ロスウェルに何をしに来たんだ」

「目的はないです。けど、自分が何なのかを知りたかったです」

「自分探しの旅? 記憶でも失くしたのか?」

「分かんないです。気づいたらこの街の中にいたですから」

「……ちょっと失礼」

「ひゃい!?」

 一言断りを入れて、コヨーテは少女の首筋を検めた。
 少女はくすぐったそうに身をよじるが、それでも念入りに手を触れる。

「無い……、ぐっ!」

「女の子の首筋に指を這わせて何を確認しようとしているんですか何を!」

「違う。勘違いするな。噛み跡を確認しただけだ。だから足をどけてくれ」

 コヨーテのデリカシーのないチェックに、ルナからテーブルの下でゲシゲシとお叱りを受けた。
 もし噛み跡があったとしたら彼女はこの街で吸血鬼になった可能性が高かったのだが。

「でも『コヨーテと同じ』だったら傷跡くらい消えるんじゃないですか?」

「いや、『こう』なった時の傷というのは生前の傷だから消えないんだ。だから、たとえ『オレと同じ』だとしても無いのはおかし……うあっ」

「あれぇ? おにーちゃんにもないですよ?」

 音もなく近づいてきた少女に首筋を撫でられ、コヨーテも妙な声を出した。
 なんだか仕返しされた気分だが、先に手を出したのはコヨーテだ。
 文句の言いようもない。

「オ、オレは生まれついてだから無いんだよ」

 そう言ってから、コヨーテはひとつの可能性にたどり着いた。
 噛み跡が無いからといって不思議でもない場合がごく身近にあるではないか。

「お前、もしかしたら半吸血鬼ハーフなのかもな」

「ヒラギです」

 予想外の返答から、何かの符号かと一瞬大真面目に考えて、

「あ、ああ名前か! オレはコヨーテだ。こっちはルナ……聖北教徒だがお前に危害を加える事はない、安心しろ」

「危害? おねーちゃん、こわい人です?」

「ええっ、こ、怖くないですよ!? もう、コヨーテ! 変な事言わないでください、誤解されちゃうじゃないですか!」

「……見えないところで足を踏んでくる君は怖いと思うよ」

 頬を膨らませて怒りを表現するルナにぽかぽか叩かれながら、コヨーテは短く息を吐いた。

「しかし、ハーフだとしても疑問が残るが……」

 半吸血鬼にしては感じ取れる力が大きすぎる。
 純粋な吸血鬼だとしたらこうして日の下を出歩くほどの力を感じられないのは不自然だ。
 どのみち本人が記憶していないと言い張るのならばこれ以上の追求はできない。

「冒険者をやっていた、と言ったな」

 ようやく栗カボチャプリンを半分食べ終えたヒラギはミルクティーに口をつけてすぐさま放した。
 どうにも猫舌だったらしい。
 目尻に涙を浮かべて、舌を出して唸っている。

「だとしたら、お前は……何人食らった?」

「?? 何の事か分からないです」

「……どれだけ血を吸ったのかと聞いている」

「血を吸う、ですか???」

「まさか……それも、ない、のか……?」

 よもや吸血鬼という言葉の意味も知らないとは思わなかった。
 軽い頭痛を覚えながらも、コヨーテは状況を確認する。

 ヒラギは吸血鬼となる前の記憶を失くし、以後は血を吸う事もなく冒険者として人間社会に溶け込んでいた。
 そして単なる吸血鬼ではなく日の下を歩く事もでき、常時翼を展開する事さえ可能なほどの力を持つ。
 どうにも常識のほうは欠落しているようではあるが、少なくとも敵対する理由はない、ような気がする。

「うー、熱いです。ルナおねーちゃん、ふーふーしてくださいです」

「熱いの苦手でしたか」

 ルナは優しく笑むとカップを受け取り、ミルクティを冷ましはじめた。
 あまりにも平和な光景に、コヨーテの心にひとつの願望が生まれた。
 それは彼にとっての長年の願い、そして切望でもある。

「……なぁ、ヒラギ。吸血鬼オレたちと人間って共存できると思うか?」

「? できないのです?」

 ヒラギは可愛らしく小首を傾げた。
 それが心を隠すための演技ではない事は、何となくでも分かった。
 彼女はそういった腹黒さとは真逆の位置に存在している。

 しかしこれでは話が進まない。
 コヨーテは助け舟を乞うようにルナへと視線を巡らせる。

「……えっと、私は難しいと思います。種族が違う以上、必ずどこかに差は出てしまうものですし、それ以前に同じ人間であっても未だに分かり合えず戦争を続けている国もあると聞きますから」

「『難しい』、なんだな。『無理』じゃないのか」

 わずかにでも可能性があると考えてくれているのが嬉しくて、ついコヨーテは何の気なしに言うと、ルナの眉がぴくりと動いた。

「コヨーテ、それはちょっとひどいですよ」

 頬を膨らませたルナにジト目で睨まれたコヨーテははたと気づく。
 こうして目の前に半吸血鬼と吸血鬼と顔を突き合わせて食事しているというのに『無理』なはずがなかった。
 それ以前に、どれだけ豪胆だとしても本人たちを目の前にして否定的な意見なんて言えるものか。

「……悪い、反省する」

「よろしい」

「おにーちゃんたち仲良しさんです!」

 そんなコントじみたやり取りを見て、ヒラギはくすくすと笑った。
 無邪気な子供の言葉に罪はない。
 ルナは顔を赤くしてうつむき、コヨーテも居心地が悪そうに咳払いして、話を先に進めた。

「確かにルナの言うとおり、共存は難しいかもしれない。あまりにも長い間を敵対して過ごしてきたんだ、お互いの確執は海より深いだろう」

「そうなのです? きょーぞん、ダメです?」

「いいや、ダメじゃない。ほら、ここに『可能性』があるだろう?」

 半吸血鬼と吸血鬼と人間。
 それぞれ種族の違う三人が一所に集まって仲良く談笑している。
 ちっぽけな枠組みではあるものの、それは確かに『共存』の形だった。

吸血鬼オレたちが血を必要としなければ、お互いにもう少し歩み寄れると思う。人間を襲う必要自体がなくなるし、襲う必要がなくなれば人間だって吸血鬼オレたちを必要以上に恐れる事もない」

 言い終えてすぐ、コヨーテは自嘲気味に表情を崩した。

「……まぁ、そう単純な話じゃないとは知っている。必要がなくなったからといってすぐに合い寄れるものじゃないっていうのも含めてな。それでも、吸血鬼オレたちと人間が手を取り合う時代が続けば、いつか必ずそういう未来が来るとオレは信じている」

「それがコヨーテの夢……、ですか?」

「青臭いと笑ってくれてもいいさ」

 そっぽを向いて、コヨーテは鼻の頭を掻いた。
 彼は無自覚にやっているらしいが、本当に照れている時はこういった仕草をする事をルナは知っている。
 その様子にこそ笑みをこぼしたくなるが、人様の夢を笑うなんてルナにはできない。

「どうして笑うです? いい夢だと思うですよ?」

「……ありがとう。そう言ってくれる吸血鬼やつは多分そう多くない」

「どうしてですー?」

「そういうものなんだよ、今はな。だからこそ変えたいんだ」

「わかったです!」

 元気よく答えたヒラギに対して、コヨーテは思わず噴きだした。
 本当にこの娘は分かっているのだろうかと疑問に思うが、あまりにも無邪気なヒラギの様子に追求する気なんて失せた。
 きっと彼女は吸血鬼のドロドロとした部分すらも忘れ、あるいは知らずにこれまで生きてきたのだろう。
 できればずっとこのまま暗い部分を知らずに、人を襲わずに生きていてほしいと願うが、おそらく世界がそれを許さない。
 いずれ人間か吸血鬼のどちらかと戦い、あるいは討伐されてしまうだろう。

 彼女はコヨーテの意見に賛同してくれた数少ない吸血鬼だ。
 いつか彼女の考えが変わるとしても、それまでは大事にしていきたい。
 時期を見計らって吸血鬼の世界について話さなければならないな、とコヨーテが考えた時、

 きゅるるるる。
 と、ヒラギのお腹から可愛らしい音が鳴った。

「あう、お腹すいたですー」

「……気づきませんでしたが、もうお昼ですよコヨーテ」

 ヒラギにつられるようにルナも空腹を覚えたらしい。
 突然のイレギュラーと出会ったからとはいえ、少し話し込みすぎたようだ。

「何か頼むか?」

 メニュー表を開いてテーブルの上に広げる。
 しかしカフェの一般的な軽食にはさほど食指が動かない。
 コヨーテらは基本的にリューン周辺で活動していている上に、今日は一年に一度の『五月祭』である。
 現地の伝統料理に舌鼓を打つのも旅の醍醐味だろう。

「……せっかくだし屋台でも見て回ろうか」

「やたいってなんです?」

「ええー、そこからか……屋台っていうのは要するに動く食べ物屋さんだ」

「動くです!?」

「コヨーテ、面倒だからって適当に濁さないでください」

「い、いいだろう別に。国語の勉強している訳じゃないんだし、ヒラギにも分かりやすいし……ヒラギ、屋台で昼食でもいいか?」

「さーんせいですー! やたいでごっはん! ごっはん!!」

 未知の食べ物屋さんに目を輝かせたヒラギは元気よく立ち上がって、そのままパタパタと中心街へ走り出していく。

「お客さん、お代!」

 後を追いかけようとするコヨーテの前に、カフェの店員が鉄壁のディフェンスで立ちはだかる。
 どうやら財布を持っていそうだと思われたらしい。
 見事な慧眼恐れ入るが、あの常識の埒外に存在する少女が好き勝手動いたら絶対にろくな事にならない気がする。

「ヒ、ヒラギちゃーん!? 待ってくださいよー!」

「頼むルナ、あいつ放っておいたら絶対迷子になるから!」

 コヨーテは急いで財布を取り出しつつ、ヒラギを追うルナに全てを託した。


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周摩

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