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第三二話:ロスウェル五月祭 神族の帆船編(2/2) 

「あら?」

「いぃ?」

「う~?」

「えっ?」

「おぉ?」

 中央広場に繋がる交差路で、彼女らは一斉に顔を合わせた。
 北路からはレギウスとステラが、南方からはエリックとマリナが並んで歩いてきていた。

「よぅ、こんなところで何してんだお前ら」

「仕事帰りだ。文句あっか」

「そ、それよりどうしてみんなロスウェルに!?」

「ロスウェルでお祭りがあるから来たんだよ~、るーちゃんこそどうして?」

「ええっ!? る、るーちゃんって私ですか!?」

「あぁもう。話は後にしてくれない? いい加減あたしは空腹なのよ」

 何にしても祭りの見物客でごった返す路上に複数人でお喋りするというのも通行の妨げになる。
 マリナやステラは空腹を訴えているし、丁度夕飯時という事もあって落ち着くついでにどこかで夕食を摂ろう、という話になる訳だが、ここでひとつ問題が生じる。

「で、どこで食うんだ」

「………………」

 全員の沈黙が一致した。

「せっかくですし、名物料理を食べたいですよね」

「おれは肉が食いてぇ。ロスウェリアンビーフって言うんだっけ、あれのステーキがいいな」

「お肉もいいけど~、わたしはチーズバケットが食べたいの! あとホットミルクも!」

「あたしは香草を使った料理なら何でもいいわ。できれば川魚がいいけれど」

「私はロスウェレーゼっていうハーブをふんだんに使った緑色のパスタが前々から気になっていたのですが……レギウスは?」

「どうだっていい……つーか、今からだとどこのレストランも満員じゃねェの?」

「……あっ」

 その間の抜けた声は誰のものだっただろう。
 このままでは夕食を摂りっぱぐれる羽目になりそうだ。
 そもそもこの場の全員がロスウェルの地図に明るくないので、見つけた店に入るくらいしか手はない訳だが。

「とにかく、中央広場に行ってみようぜ!」

「そっ、そうですね。もう空いているお店を見つけたらそこに決めてしまいましょうか!」

 宿に戻るにせよ中央広場を横切っていかなければならない。
 ひとまずルナたちは揃って人の流れに従って中央広場を目指して歩みを進めた。



 深緑都市ロスウェルの中央広場は日が沈んでからも賑わいを衰えさせなかった。
 膨大な数の魔導ランタンがロスウェルの街を照らし、まるで巨大な篝火が焚かれているようだ。
 広場には至るところに簡易的なテーブルが用意されていて、ルナたちは各々で思い思いの夕飯を調達してその片隅に集まった。

「普段から宿住まいだと屋台で夕飯というのも珍しいですね」

 ロスウェリアンサイズ――明らかに普通よりも大きい――の鶏肉の串焼きを取り分けながら、ルナは言った。
 白い修道服に油が飛び散らないように慎重にフォークを操るが、なかなか引き抜けずに苦戦している。
 さすがに人前で串のまま齧り付くようなはしたない真似はできない。

「そうか? おれはしょっちゅうだけどな」

 彼女とは反対に串のついたまま豪快に牛串に齧り付いているのはエリックだ。
 同じロスウェリアンサイズだというのに彼はもう三本目に突入している。
 どうにも食べ馴れた印象を受けるのは気のせいだろうか、と思っていると、

「あんたは普段から夜な夜な街に出るからでしょうが」

 そうマリナからツッコミが入った。
 彼女は自前のナイフで白身魚の包み焼きから丁寧に骨を除けている。
 そんな彼女もどこか馴れている風に見えるが、元々暗殺者ギルドに身を寄せていた彼女であれば食事をひとところに滞在せずに済ませられる屋台は重宝していたのだろうか。

「わたし、屋台でごはんって初めてかも!」

 嬉しそうに焼きドーナツを頬張るのはステラだ。
 彼女の皿には鶏と魚のフライ、おまけにベイクドポテトまで乗っている。
 チョイスに中途半端な偏りがあるのは、焼きドーナツは彼女が注文したものではないからだった。
 食べすぎではないかと心配になる量であるが、彼女はまるで気にした様子もなくパクついている。

「つーか、何だってオマエらと一緒にメシ食わなきゃならねんだよ」

 レギウスはぶちぶち文句を垂れながら、ステラに分けた残り半分の焼きドーナツを咀嚼している。
 例によってロスウェリアンサイズのドーナツは半分になったところで普通のサイズとさして変わらない大きさだった。
 ステラとは反対に、彼は相当に少食のようだ。

「まぁ、いいじゃないですか。同じ宿のよしみです」

「どう見ても知らねェ奴がいやがるんだが?」

 レギウスはちらりと横目でヒラギへと視線をやった。
 そのヒラギは素知らぬ顔で三種の串焼きを小さな口でもしゃもしゃ咀嚼している。
 お昼と同じ料理を注文したところを見ると、それなりに気に入ったのだろうか。

「ごはんは大勢で食べたほうがおいしいんだよ~!」

 チッ、と舌打ちして、レギウスはため息をついた。

「こっちは疲れてんだよ。とっとと宿に戻って寝てェんだ」

「あら、仕事でヘマでもやらかしたの?」

「……喧嘩売ってんのかオマエ」

 レギウスは苛立ちを隠そうとせずにマリナを睨む。
 ピリピリした空気を感じて、慌ててルナがぎこちない笑みを浮かべてフォローを入れる。

「え、ええっと、レギウス。何かあったんですか?」

「どうもこうもねェよ。ワケ分かんねェ内に仕事が増えやがった」

「ん? そっちも何かイレギュラーあったのか?」

「あぁ? オマエ何か知ってんのか」

 最後の一切れを飲み込んで、エリックは串をバキバキに折った。
 彼なりのご馳走様でしたの挨拶だろうか。
 ちなみに全員同時に食事を開始したのにも関わらず、ルナはまだ一切れも口に出来ていない。

「こっちは孤児院の手伝いやってたんだがな、突然庭の樹木がぶち折れちまったんだ。おれは倉庫の手伝いしてたからその時見てなかったんだが、子供たちは馬鹿でけぇ真っ黒な鳥だかドラゴンだかが飛んできてぶつかっただとか言ってた」

「ちょ、一大事じゃないですか! 子供たちは無事だったんですか!?」

「幸いにも孤児院の連中総出で五月祭の準備をしてたからな、庭には誰もいなかった」

 ルナはほっと胸を撫で下ろして、ここでようやく串焼きを口にできた。
 美味しいが塩が利きすぎていて少し辛い。
 何というか、非常にアルコールが欲しくなる味だった。

「へェ、こっちゃ賢者の塔の屋根が削り取られたぜ。怪我人が出るような被害じゃなかったがな、そのせいで大騒ぎだったぜ」

「無事で良かったじゃないですか。それにしても、賢者の塔ってそんなに神経質なのですか?」

「塔に限った話じゃねェが、ある程度魔法技術が発展している都市の重要施設は防御術式が敷かれてるモンだぜ。その被害がどれだけ小規模だろうがロスウェル賢者の塔の技術の粋を集めて敷いた防御術式に傷をつけられたんだ。単純に手前らの安全が脅かされた事もそうだが、市役所や自警団に対する信用問題になりかねねェ。だから防御術式も一から見直しするんだっつって外部の俺まで巻き込まれちまったんだよ」

 せっかくの一年に一度の祭りだというのにレギウスが浮かれた様子を見せないのはそういった理由があったのだ。
 同じく魔術師の『月歌を紡ぐ者たち』のバリーや『陽光を求める者たち』のクロエも駆り出されてしまったのだろうか。
 そういえば今朝にバリーと別れてからはずっと顔を見ていないな、と考えていると、ルナの頭にふとした閃きがあった。
 ロスウェルの俯瞰図を頭に思い浮かべて、と賢者の塔と孤児院を直線で結んでみる。

「……あの、二人とも。それって何時ごろの話です?」

「昼ちょい過ぎかな、昼飯食ってしばらくしてだった」

「こっちもそのくらいだぜ」

 やっぱり、とルナはさっと顔を青くした。
 昼過ぎといえばヒラギが暴れ始め、その翼で郊外までひと飛びした時分と一致する。

 ちらりとヒラギを見やると、ちょうど最後の一切れを飲み込んだところらしい。
 食事に夢中で話を聞いていなかったらしいヒラギは疑問符を飛ばしながら笑顔で小首を傾げている。

 口元が肉の脂でべっとべとだった。
 とても昼間にコヨーテを殺しかねないほどに追い詰めた吸血鬼とは思えない。
 脱力しながらも、ルナはその口元をハンカチで拭ってあげた。

「何だよ、何か知ってるのかよ」

「い、いいえ、何にも?」

 ヒラギは当時の事をよく覚えていないらしい。
 吸血鬼に詳しいコヨーテ曰く、自然発生したての『不死の王』ヒラギは心身共に不安定であり、昼間のように強すぎる衝動によって突き動かされた記憶は曖昧にしか残らないのではないか、との事だった。
 人間で言うところの、いわゆる心神喪失状態では無理もない話ではある。

「それはそうと、ヒラギ……だったか。オマエは何なんだ」

「ふぁい?」

 勝手にレギウスの焼きドーナツを頬張るヒラギは間抜けな声を出した。
 レギウスはそれを咎める事なく言葉を続ける。

「いくらコヨーテとルナがお人好しつってもただのガキを連れてまわるほど暇人じゃねェだろ。さっきも大した説明なかったしよ、何か隠してねェか?」

「そ、そんな事は……!」

「どうなんだヒラギ」

「私です? 吸血鬼ですよ?」

「ちょっ、ヒラギちゃん!?」

 昼間もそうだったが、この子には常識というものが欠落している。
 どう誤魔化そうかと頭を悩ませたその時、

「わっ!」

「な、何!?」

 突如として大地が揺さぶられた。
 地鳴りと揺れはすぐに収まったため被害はなかったようだが、辺りは軽いパニックに陥っていた。
 こうなるとむしろ二次被害のほうが怖い。

「大した揺れじゃなかったが、ここは危ねェな」

「余震の可能性を考えると早いところ水と食料の確保に動いたほうがよさそうね」

 レギウスとマリナは一切動じずに次の行動を話し合っている。
 ルナはというと久しぶりの地震に未だに心臓が早鐘を打っていてそれどころじゃない。

「……コヨーテは大丈夫だったのでしょうか」

 ふと、ルナはそうこぼした。
 あの揺れが何か不吉の前触れのような気がして、この場にいないコヨーテがそれに巻き込まれているような、そんな嫌な予感がした。

「ルナおねーちゃん、大丈夫です?」

 膝の上で硬く握り締めていた手に、ヒラギの小さな手が触れた。

「大丈夫……」

 空いていたもう片方の手で、ヒラギの手を包み込む。
 ルナはこの時ようやく自分の手が震えていた事に気がついた。

「……きっと大丈夫です」

 まるで自分に言い聞かせるような言葉を、ルナはもう一度だけ繰り返した。



 コヨーテ・エイムズが地に伏した後、『魔狼の証インセインハウンド』アイザック・グルージーは全ての黒狼を自らへ戻した。
 倒れ伏したコヨーテはわずかも経たない内に白く光って消失した。
 おそらくは転移術式を用いて退避したのだろう。

「追いますか」

 闇の中からじわりと滲み出たようにして現れたのは毒々しいまでに赤い髪をした細目の男だ。
 吸血鬼アーサー・マクレーン。
 今回の『祭り』に招待した吸血鬼の一人である。

「構わん。捨て置け」

「しかし彼も半身とはいえ吸血鬼。傷を癒せば再び牙を剥きましょう」

「だからこそだ。仮にあの傷を癒し、かつ再び立ち上がるほどの気力があるとするならば、奴は成長する。先ほどの退屈を吹き飛ばすほどの戦士に、な」

 アイザックはまるで月明かりを浴びせるように黒い剣を掲げた。
 華美な装飾のない無骨なつくりは戦いのために生み出されたのだと物語っている風にも見える。

 魔剣ダーインスレイヴ。
 この黒い剣はそう呼ばれている。
 魔剣と言えど『魔をも穿つ剣』ではなく『魔物じみた剣』という意味合いが強い。
 いや、その表現は適切ではないかもしれない。
 何しろ『魔物じみた』ではなく、この剣はまさしく『魔物』そのものなのだから。

 アイザックは短く息を吐いて、黒狼を一匹分だけ変換した。
 呼び出した黒狼はアイザックそのものであり、自由意志は彼自身にある。
 その黒狼目掛けて一切の容赦なくダーインスレイヴを振るった。

「難儀ですねぇ」

「仕方があるまい」

 真の意味で絶命した黒狼をその身に回収して、アイザックは苦笑した。
 魔剣ダーインスレイヴにはどす黒い意思のようなものが宿っている。
 この世に生まれて幾度となく変わった所有者は、その全てがダーインスレイヴの呪いにその身を侵されて死んでいた。

『つまらぬ。紛い物の命はもう飽いたぞ』

 そうアイザックの思考にダーインスレイヴの声が響く。

『次なる戦いを』

「我慢しろ。飯抜きにされたいか」

 狂ったように血を欲すダーインスレイヴの声を押え付けて、アイザックは剣を鞘へ仕舞った。
 生半可な精神力では即座に食い潰され、呪いの操り人形となるか気が狂って廃人となる。
 ひとたび抜けば『生命』を殺すまで鞘に収まる事はなく、アイザックのように使い捨ての生命を用意できない存在にとっては厄介な制約であった。
 それだけ強大な力を持つ魔剣ではあるが一握りの者にしかまともに扱えないとなれば使いづらさのほうが目立ってしまう。

「しかしあの少年、あのまま死んでしまうのでは? わざわざダーインスレイヴで斬りつけたのでしょう」

「その可能性は否定できんな。わずかな恐怖、わずかな躊躇い……そんなちっぽけな要因で手遅れになる。死に至る傷。そうなるよう調整した」

「相変わらず趣味が悪いお人だ。まぁ、私もそういった趣向は嫌いではありませんが」

「フン、少しは役立ってほしいものだな」

 アイザックは『神族の帆船』の本体を無造作に放った。
 それを受け取ったアーサーはニヤリと笑んだ。

「言われるまでもありません。約束を守って頂けるのであれば協力は惜しみませんとも」

「ならば良い、後は任せるぞ。我輩は寝る」

「ええ、ご心配ならさずとも目が覚められた頃には全ての準備は整っておりますよ。おやすみなさい」

 その場で寝転んだアイザックは、すぐさま静かに寝息を立て始めた。

「……やれやれ、大胆不敵というか何というか」

 アーサーはアイザックの『子』ではない。
 『親』に逆らえない『下等レッサー』以下の吸血鬼の前で無防備に眠るなんて普通ありえない。
 それどころか『親』の支配とは無関係の別個の吸血鬼、それも同じ『貴族ノーブル』の前である。
 まるで殺してくださいと言っているような態度だ。

「まぁ、いい。始めましょう」

 彼に自殺願望があるとは到底思えない。
 となれば絶対に死の危険はないと高をくくっているという事だろう。
 すなわちアーサーにアイザックを殺す事は出来ないと睨んでいるのだ。
 それが物理的になのか心理的なのかはさておき、そう思われている。

「――退屈な退屈な、前哨戦を」



「お待ちしていました」

 ルナたちが冒険者の宿『蒼天の雫亭』に戻ると、玄関前で緑髪で分厚い眼鏡をかけた少女に呼び止められた。
 どうにか記憶の海から探し出そうとするが、やはり覚えがない。
 もしかしたら他の誰かの知り合いかとちらりとレギウスらを見やるも、誰も特に反応していない様子だった。

「誰だオマエ」

「ぼくはエッタ。コヨーテさんの知り合いです」

「……はぁ。コヨーテの?」

 野暮用を思い出したとコヨーテは言っていたが、まさかこの子との用事だったのだろうか。
 そう考えるとやたらと心がざわついたのでさっさと考えるのをやめた。

「まずは話を聞いてもらえますか?」

「構いませんけども……その前にこの子を宿に上げてからでも?」

「彼女は、もしかしてヒラギという名前では?」

 不可思議な問いに、ルナは一瞬だけヒラギのほうへ視線を向ける。
 やはり見覚えがないのだろう、ヒラギはきょとんとしているだけだ。
 すぐに肯定も否定もしなかった事で、少女は彼女がヒラギだという確信を得た様子だった。

「好都合です。あなたがたのお部屋にコヨーテさんもいらっしゃいますから」

「?」

 まるで見てきたような物言いだ。
 もしかして彼女はコヨーテのいた部屋から出てきてここでルナを待っていたのかもしれない。
 再び心がざわついたので、頭を振って考えを追い出した。

「それじゃ、俺たちも宿に戻るぜ」

「待ってください。あなたたちにも話を聞いて頂きたいのですが」

「……あぁ?」

 レギウスはエッタを睨めつけた。
 初対面の人間からの唐突な頼みを不躾に思っているのだろうか。
 もともと強面のレギウスが意図しての睨みつけは、端から見ているルナからしても怖い。

「大切な話です」

 しかし、エッタは一切臆せずにそう言い放った。
 レギウスは目を閉じて短く息を吐くと、それきり何も言わない。
 折れるのが早い。
 どうやらただ単に面倒を回避したかっただけのようだ。

 宿に入ると、まずはヒラギの宿泊手続きを済ませた。
 『月歌を紡ぐ者たち』が泊まる部屋にはまだベッドの余裕があったため、彼女をそこへねじ込む形になる。
 五月祭の影響だろう、すでに他の部屋は満員だった。

「……あなたも付いてくるんですか?」

「手間が省けます」

 静々と後を付いてくるエッタを不審に思いつつも、ルナは階段を昇って部屋の扉を開けた。

「――え?」

 コヨーテがベッドで横になっている、ただそれだけならルナは取り乱さなかっただろう。
 彼は血塗れになって青ざめた顔で横たわっていたのだ。

「コヨーテ!? コヨーテッ! しっかりしてください!!」

 急いで駆け寄ると、コヨーテが荒く息を吐く様子が分かった。
 絶命してはいないがそれでもこの出血量は尋常じゃない。
 全身に治りかけの切り傷があったが、腹に穿たれた大きな裂傷は殊更酷かった。
 止血の為に宛がわれただろう白いタオルはどす黒い赤に変色しているものの、吸い切れなかった血液がベッドに大きく染みを作っている。

「――ひっ!?」

 短いヒラギの悲鳴。
 そちらに目をやると、ふらりと体勢を崩して倒れ掛かったヒラギを、マリナが受け止めていた。
 あまりにも凄惨な光景に気を失ってしまったのだろう。
 他の面々も皆一様に険しい表情で、ある者は口元を覆い、ある者は脂汗を浮かばせている。
 それが他ならぬコヨーテでなければ、ルナであっても意識を飛ばしていたかもしれない。

 両手はすでにコヨーテの血でべとべとになっていたがそれでも口元を抑えずにはいられない。
 血生臭さと過度なストレスで涙があふれ、視界がぼやける。

「……オイ、一体何があったッ!」

 視界の端で、レギウスがエッタに詰め寄っていた。
 胸倉を掴んでいるが、やはりエッタは欠片も臆した様子もなく言葉を紡ぐ。

「コヨーテさんは吸血鬼と戦い、そして敗れました。辛うじて退却する事はできましたが、予断を許さない状況です」

「吸血鬼だと?」

「いや違えだろ! それよりも怪我……どうして止血すらしてねえんだよ!」

「しないのではなく、できないのです。全身の他の傷はともかく、腹部の傷は通常の止血法でも治癒術式を用いても塞がりません。血が流れ続けてしまいます」

 そう言って横を向いたエッタの視線を追うと、テーブルの上に傷薬の空瓶が幾つか転がっていた。
 だとしてもルナにはとても信じられない、信じたくない。
 十字架を握り締め、癒しの聖句を紡ごうとして、はたと気づく。

 コヨーテは半吸血鬼である。
 癒しの聖句は彼にとっては毒と化す。
 ルナの力ではコヨーテの傷を癒す事はできない。

「おいルナ、お前僧侶だろ!? 【癒身の法】くらい使えるんだろ!?」

「できません……」

「はぁ!? できないってどういう事だよ、コヨーテが死んじまうぞ!」

「できないのです……コヨーテには、聖北の奇跡は届きません……」

 下唇を噛み締めて、ルナは未だに血を流し続ける患部を強く押さえた。
 傷口に触れた痛みからコヨーテが呻くが、少しでも失血を抑えなければこのまま死んでしまう。
 ルナにはこれくらいしかやれる事がなかった。

「エッタとか言ったな、オマエは何か知ってんのか」

「コヨーテさんは半吸血鬼ですから聖北の奇跡はむしろ毒になります」

 コヨーテがずっと隠さなければならなかった事を、このエッタという少女は何の躊躇もなく明かしてしまった。
 エッタのあまりにも冷静な言動も癇に障っていたのだろうか。
 ほとんど無意識の内に、ルナの平手がエッタの頬を叩いていた。

「……気が済みましたか?」

「っ……!」

「コヨーテさんには悪いとは思いますが、今の彼は生死の境です。命とどちらが大事ですか?」

 言われなくても分かっている。
 コヨーテの命のほうが大事だし、自分にできない技術が彼の命を救う事になるのなら、障害になり得る情報は共有したほうがいいに決まっている。
 それでもエッタがコヨーテの秘密を明かしたという事実が許せなかった。

「話を先に進めても?」

 ルナはもう何も言わずにコヨーテに向き直った。
 それを肯定と捉え、エッタは口を開く。

「コヨーテさんを刺した吸血鬼の名はアイザック・グルージー、彼は『神族の帆船スキーズブラズニル』という大規模術式を用いてこのロスウェルの街を破壊せんと企んでいます」

「何だと!?」

 過剰に反応したのはやはりというかエリックだった。
 正義の味方を自称する彼ならば街を破壊するという言葉には黙っていられないのだろう。

「彼を止められる人物にはもう心当たりがありません。ですので、ヒラギさんのお力をお借りしたいのです」

「あん? このガキを……、まさか本当にこいつも吸血鬼だってんじゃねェだろうな」

「その通りです。ヒラギさんは吸血鬼という種でも最高位たる『不死の王ノーライフキング』です。まだ未熟ではありますが、その内に秘めたポテンシャルはコヨーテさんを遥に凌ぐとされていますから。ただ……」

 ちらりとエッタはヒラギを見やった。
 気を失ったためマリナによってソファに寝かされているヒラギは、彼女が言うような危険な存在にはとても思えない。

「……何かの間違いじゃねェのか?」

「いえ、そんなはずは……、単に精神性が幼いからかと」

「で、このガキが動けば事は解決すんのかよ」

「おそらくは」

「断言できねェのか」

 エッタはそっと息を吐いて、

「……ぼくはコヨーテさんだけで事が済むと思っていました。しかし、アイザックの力はぼくが思っていた以上に強大でして」

「だったらおれが行く!」

「馬鹿、やめなさい。話聞いてなかったの、相手は吸血鬼よ? あんたみたいなのが倒せる相手じゃないわ」

「だったらこのまま見過ごせっていうのかよ! こんな小さな女の子に全部任せて、おれたちはただ宿に戻って震えてるだけでいいのかよ!!」

「同感だな」

 そう言って、レギウスはエッタへと向き直る。
 いつもの彼ならこういう面倒ごとは回避するはずである。
 意外すぎる言葉にエリックは目を丸くし、マリナは怪訝そうな顔をしていた。

「魔具は『神族の帆船』だったな? そいつの形式は? 魔術系統はどうなってやがる?」

「――ちっ、こいつ幼女が絡んでると聞いて張り切りだしたわね」

「ブッ殺すぞオマエ」

 マリナにとりあえずのツッコミを入れて、

「そもそもこいつの言った『好都合』ってのはそういう事だろうよ」

「……ああ、あたしたちにも手伝わせようって腹ね。納得だわ。この正義馬鹿やロリコンのあんたはホイホイ引っかかるでしょうし」

「いい加減にしねェとその減らず口縫い付けんぞ」

「……ぼくにそういう意図があったかどうかはご想像にお任せします」

 しかし、とエッタはレギウスの手を握り、

「ご協力ありがとうございます」

「どうでもいいからとっとと情報渡しやがれ」

 さっさと手を振り払われたエッタは部屋の隅に置いていた大きめの鞄から本を取り出した。
 表紙からして魔術的な暗号化が施されているが、解読技術に造詣が深いレギウスならば苦にならないだろう。

「仕様書があんのかよ」

「役立つかどうかはあなた次第ですけれど」

「誰にモノ言ってやがんだ」

 ふん、と鼻を鳴らして、レギウスは本を受け取る。

「俺はこいつを塔の書庫に持っていって研究する。ヒラギが失敗した場合は最低でも魔具を止めなきゃ話にならねェからな」

「何だよ、お前ってそんなに素直だったっけ?」

「……うるせェよ。エリック、オマエはマリナ連れて孤児院に行け」

「子供たちを助けろって? お前にしちゃ珍しい意見だが、おれは元凶を叩いたほうがいいと思うんだがな?」

「このだだっ広い都市で連携するには連絡役が必要なんだよ」

「あぁ、あの不思議な力を使う孤児院長ね」

「話が早くて助かるぜ。オマエなら言わなくても分かるだろ?」

 含みを持たせたレギウスの言葉に、マリナは短く息を吐いて答えた。
 普段はウマが合わないと思われがちだが、この二人の本質は似たようなものだ。
 互いが互いの思考を読み取れるという訳ではないが、大まかな想像がつき、かつ解に近い答えが導けるのだった。

「オイ、時間の余裕はどのくらいある?」

「断言はできませんが、おそらく二刻――一時間――ほどかと。『神族の帆船』の起動には最速で一刻――三〇分――ですが、アイザックらはコヨーテさんによる襲撃を受けた事で潜伏場所を変えるはずですので、それにかかずらうだけ余裕が生まれます」

「あぁ? って事ァ奴らの居場所はどうやって突き止めんだよ」

「ぼくはここに残ってもう一度アイザックの現在地を特定します。古典的な索敵術式ですが、範囲が広大なので時間は掛かるでしょうが……あなたたちが戻る頃には済ませておきますよ」

「ステラ、オマエもここに残ってろ。火光獣ポチは借りていくから、どこにも出て行ったりするんじゃねェぞ?」

「わかったよ~、難しい事はよくわかんないけど、気をつけてね」

 よし、とレギウスは頷いて、

「最後にルナ、オマエはどうする?」

「……私にできる事が、何かあるんですか?」

 思い切り涙声だった。
 こちらに顔を向けようともせず、ただコヨーテの傷を抑えるだけの背中が震えている。

「ねェな、傷を癒すのが僧侶オマエの役目だってのにコヨーテに効かねェんじゃしょうがねェ。そもそも秘蹟も魔術と同じで集中しなきゃろくに効果ねェはずだろ? 精神状態ガタガタのオマエじゃ足手まといにしかならねェよ」

「おいレギウス、そんな言い方――むぐっ!」

 エリックが詰め寄ろうとしたが、その前にマリナによって口を封じられた。
 黙って聞いていなさい、と暗に言っているようだ。

「オマエは絶対にこの宿から出るな。むやみに走り回っていたずらに時間を無駄にするよりそうやって傷を押さえてるだけのほうが延命できんじゃねェか?」

 コヨーテの傍にいろ。
 つまり、レギウスはそう言っていた。

「それにコヨーテが怪我したのはこれが初めてじゃねェだろ。頭を働かせろ、思考を止めるな、最期まで足掻け。俺に言えるのはそこまでだ」

 言い終えるや否や、レギウスは踵を返した。
 もう話す事などないという事だろう。
 彼には彼の仕事がある、それは重々承知している。

「……レギウス」

 しかし呼び止めざるを得なかった。
 厚顔無恥と罵られてもいい、自分がどれだけ汚れてもいい。
 

「片手間で構いません。コヨーテの傷を癒す方法を探してください、お願いします……私も、私も絶対に諦めませんから!!」

 それに対してレギウスはひらひらと手を振るだけで、肯定とも否定とも取れない挙動で答えた。

 ただ、その口元は笑っていたような、そんな気がする。



【あとがき】
お久しぶりです、周摩です!
今回は五月祭編の中心たる『神族の帆船』を登場させつつ、新たな敵にスポットライトを当てています。
とはいえまだまだ続きますよー、ぜんぜん終わらないですがまだまだ続きますよー!
(前回のあとがきで「あと一話は~」とか言ってた見積もりの甘さが露呈していますね……)

今回は一気に新キャラが三名ほど登場しましたね。
後のお話でちゃんとスポットライトを当てていきますので、もしご期待くださっている方はしばしお待ちを……!
あ、パブロは既存キャラですよ!(参照:第二〇話:月歌を紡ぐ為に)

そして作中でコヨーテとエッタが食べていた若鶏のロスウェレーゼ、こちらはRiverさんより頂いたロスウェル名物パスタで、みんなが食べている焼きドーナツ、チーズバケット、こちらは再びLeeffesさんよりいただいたロスウェルご飯のアイデアより頂きました!
ふふふ、どれもものすごくお気に入りなのでついつい本編にも出させていただきました、ありがとうございます!!
(そしてひそかに『魔狼の証』という二つ名とルビを下さったのもLeeffesさんです、重ね重ねありがとうございます!!)

そして例によって、次回も本当に長くなりそうなので、どうか気長にお待ちください……!
仕事が落ち着きそうにないんです!(涙目)


当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。
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周摩

Author:周摩
しがないリプレイ書きのブログです。

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