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第三二話:五月祭 アイランズ編(2/2) 

「……警戒していた甲斐があったのか無かったのか。とにかく驚きですよ、まったく」

 ヘンリエッタ――エッタ――はやれやれ、と頭を振った。
 度のきつい眼鏡を外して胸元に引っ掛け、そのどんよりとした黒い瞳をあらわにする。

「そうそう、それでいい。数百年来の旧友の再会だ、素顔くらい見せたって罰は当たらねえ」

 ヒラギ――アルフレド――は不気味な笑みを浮かべたまま、

「に、してもだ。お前、相変わらずチビだし胸うっすいなぁ? ちっとも成長してねえじゃねえか」

「うっせぇです。その姿でセクハラ発言やめてください。ヒラギちゃんが可哀想じゃないですか」

「気にすんな。どうせ俺様とお前だけの空間だろ、ここ。ヒラギこいつの記憶にも残らねえし」

「ぼくの記憶に残るんですよ」

 大きくため息をついて、それでもエッタは微笑んだ。

「……しかし、まさかヒラギちゃんの正体があなただったとは、大いに予想が覆されましたよ。一本取られました」

「んん? まぁ、正体ってほど俺様の割合が多いって訳じゃねえんだがな……というかエッタ。立ち話も何だし、椅子でもよこせ。あと茶と茶菓子……せっかくのロスウェルだ、ハーブティーとブルーベリーケーキでいいぞ。贅沢は言わん」

「十分贅沢ですから。まったく、あなたこそ相変わらずじゃないですか」

 エッタは右手を振って何も無い空間に椅子とテーブルを生やし、そこへ腰掛けた。
 同じくアルフレドも行儀悪く椅子に座ったのを見計らって、テーブルにケーキとティーのセットを創造させる。

「積もる話もあるでしょう、お代わりは自由にしておきますよ」

「そりゃいい、何しろ甘味はざっと一〇年振りだ」

 アルフレドは茶化すような言葉と共に、ゆがんだ笑みを作った。
 フォークを手に取り、ざっくりと多めにブルーベリーケーキを削り取って口へ運ぶ。

「やべえー、やべえよ。久しぶりの甘味がやべえ。染み渡る」

「だからヒラギちゃんの姿でおっさんくさい台詞は止めてくださいってば」

 話もせずにもくもくとケーキを胃袋に収めていくヒラギの小さい口の周りはクリームやジャムでべとべとになっている。
 これが外見通りの少女ならば可愛げもあるが、今の中身はアルフレド・アイランズ、すなわち一児のパパである。
 可愛げどころか非常に脱力したくなる。

「やっぱり息子コヨーテさんはあなた似ですね。改めてそう思いますよ」

「あん?」

「息子さんも甘味が好物らしいですから」

「馬鹿言うな、俺様の甘味好きはハイデマリーのせいだ」

「あなたたち一家はどこまで味覚が似通ってるんですか。この分じゃ将来のコヨーテさんのお子さんすらも甘味好きになりそうですね」

「おう、男だったら俺様に似て凛々しくなるだろうし、女だったらハイデマリーに似て美人になるだろうぜ」

「誰もそんな話しちゃいませんから。というかあんまりにもお爺ちゃんお婆ちゃんの遺伝子図々しいですよ、それ」

 ふと、エッタは気づいた。
 こうして話していると、いつの間にか自然と頬が緩んでしまう。
 込み上げてくるのは懐かしさだけではなかった。

「……そろそろお聞かせ願えませんか? あなたや、ヒラギちゃんの事を」

 声のトーンを落として、エッタはそう切り出した。
 ふむ、とアルフレドはカップの紅茶を飲み干し、口元を乱暴に拭う。

「そうだな、まずは時系列順に話していこうか。……まず、俺様はコヨーテの銀の刃に貫かれて消滅した。ここはお前も知ってるだろう?」

「もちろん。知らなきゃこうして驚いていません」

「その際、心臓貫かれてから消滅するまでに数十秒の余裕があったからな。ちょっとばかし小細工をした。俺様の『理解者コンパイラー』でな」

 アルフレドの代名詞である『理解者』は、設立して間もない当時の『吸血鬼の組合』の中でもトップクラスに稀少な特異能力であった。
 多記憶情報媒体である血液の中に特定の情報のみを封じ込める事が可能であり、その力を研究・応用し秘術の習得にのみ特化したものが、現在の『組合』で利用されている血液販売である。
 これにより『組合』全体の戦力の底上げ、新規吸血鬼の勧誘の成否にも大きな役割を果たしている。

「仕掛けはいくつか施した。その内のひとつがヒラギこれだ」

「……新たに生まれてくる『不死の王ノーライフキング』に記憶転移するようラクスマンにでも依頼したのですか?」

 言葉にして、すぐにエッタはそれが誤りだと気がついた。
 もしラクスマン・クレヴァーに依頼していたのだとすれば彼が直接ヒラギと接触しなくてはならない。
 それにはどこで『不死の王』が発生するのかを正確に把握しておかねばならず、当てずっぽうで『不死の王』の発生に立ち会える確率は限りなくゼロに等しい。

「『理解者』が血液への作用全てに特化している事は、お前も知っているな?」

 何を今更、とエッタは頷く。
 かつて『吸血鬼の組合』を創始する以前から交友のあった二人にとってお互いの手の内は晒し尽くしたと言って過言ではない。
 吸血鬼の特異能力は一部の例外を除いて、吸血鬼という種族の特徴を特化させた末に発現するものだ。

 『理解者』は血液を経口摂取した際に得られる魔力量や情報を事細かに分析し、また自身の流す血液に封入する情報の選別が可能となる特異能力だったはずである。
 アルフレドにしか行えない荒業であるが、自身の血液に自らの記憶を封じ、それを他の吸血鬼に摂取させれば一時的なマインドコントロールまがいの芸当も可能だったらしい。
 しかし、それだけではヒラギへ記憶が転移した説明がつかない。
 誰かが橋渡しをしなければ血液というものは動かないのだ。

「血液ってモンは吸血鬼にとってはその全てと言い換えても過言じゃねえ。食糧であり武器であり己の存在そのものでもある……って事はだ。俺様は吸血鬼という存在そのものに干渉する事も可能だったんじゃねえか?」

「……、まさか」

「考えた事はなかったかよ? 吸血鬼はカテゴリ上は『死人』だ。脳細胞は生きちゃいない。だのにどうやって吸血鬼は物事を判断している? 情報を記憶している? その全ての答えは血液にあったんだ」

「吸血鬼の記憶情報の全ては血液に流れ込んでいる、と?」

「俺様とラクスマンの研究だと、ほぼ間違いないと結論が出た」

 有り得ない、とも言い切れない。
 アルフレドの行うマインドコントロールは、体内の血液情報をアルフレドに強制的に近づける事によって実現していたのだとすれば合点がいく。

「『不死の王』どころの騒ぎではありませんね……末恐ろしい」

 そんな事を行える存在を単なる吸血鬼と分類して良いものか。
 何しろ、その気になれば同じ『不死の王』であるヒラギですらこうして掌握されてしまうのだから。
 これを防げ得る可能性があるのは、それこそ一部の例外であるエッタとくらいのものではないか。

「面白いのはここからだ。さっきも言った通り血液ってのは吸血鬼の全ての情報を持っている。血液を摂取した『現在』から『過去』までの情報が全て手に入る。となれば、『過去』から『現在』に向かうルートが確立する訳だ。地点Aから地点Bへの道筋が解れば、地点Bから地点Aへの道筋も完璧とは言えないが、何となく解るだろ?」

「……、未来の、予知!?」

「まぁ、完璧じゃねえがな。確立する前に死んじまったんだから仕方ねえ」

 今度こそヘンリエッタは絶句した。
 『理解者』アルフレド・アイランズの恐ろしさを、この時改めて理解させられた。
 こんな力が現代にも残っていたのだとしたら誰も敵わない、敵うはずがない。
 現在の『組合』の特異能力保持者の全ては、可能性の枝を切り落とす事で特化する、一方向への進化しかできていない。
 それに対して彼の力は多方向へと分岐する、無限の可能性を秘めている。

「『不死の王』たる俺様という存在を最大限まで『過去』に遡って情報を取得、『不死の王』の発生に必要な条件を洗い出し、ヒラギという吸血鬼の発生を予知できていたのは僥倖だったぜ。ヒラギの血液情報を予知・解析まで済ませていたおかげで俺様の記憶を一部とはいえ転移させる事ができたんだからな」

「……ぼくにはもう何を言っているのか理解できません」

 まさしく次元が違う、という奴だ。
 アルフレド・アイランズは吸血鬼としての特異能力を極めた結果、吸血鬼を超えた存在として吸血鬼の頂点の先に君臨していた。

「化け物だ」

吸血鬼おまえがそれを言うか」

 アルフレドは苦笑する。
 ちっとも笑えないエッタはただ震えるばかりである。

「ええ、ぼくも『不死の王』として永く永く在り続けていましたが、ここまで冷や汗をかかされたのは初めてですよ」

「もし目の前にいる俺様がヒラギじゃなく、正真正銘のアルフレド・アイランズだったら?」

「失禁ものですね」

「そりゃ良かった。は結果的に間違っていなかった、って事じゃねえの?」

 エッタの震えは止まらない。
 その小さな身体を抱きしめても一向に収まる気配を見せない。

「……全てお見通しですか」

「当たり前だろ。いくらなんでも腑に落ちない点が多すぎる」

「ぼくを殺しますか?」

「無理だろ。この『世界』での殺生は禁じられている、違ぇか?」

 愚かな問いだった。
 アルフレドは全て見抜いている。
 今現在エッタが考えている事、これから考える事、以後の一挙手一投足、それすらも把握できるはずだ。
 彼の覚醒がこの『世界』にヒラギが足を踏み入れた後でなければ、今頃エッタは存在していなかったかもしれない。

「……あの時に利用したのがコヨーテさんでなければ」

「間違いなく事前に阻止できていただろうよ」

 背筋が凍るような事をさらりと言ってのける。
 しかし、これ以上エッタの心胆を寒からしめる事はないだろう。
 全ては過ぎ去った、文字通りの『過去』でしかないのだ。

「あの時、あなたを殺していて正解でした」

「俺様が取った二つ目の致命的な不覚だったぜ」

 視線が交錯する。
 それは、敵意や殺意を飛ばしあっているわけではない。
 この場で何を話そうが、現実が動く事は決してないのだから。

「さぁて。ここで問題だ。すでに消滅した俺様という存在はどうやってお前に語りかけているでしょーかぁ?」

「……ヒラギちゃんの血液情報を強制的に操作し、アルフレド・アイランズの記憶へとシフトしている、というところでしょう?」

「正解だ。では、もう少し突っ込んで考えてみろ。ヒラギはヒラギであって、アルフレド・アイランズではないんだぜ?」

「?」

「俺様は『記憶』だ、って言ってるんだ。この場合は素直に読んでいいぞ」

「アルフレド・アイランズはアルフレドの記憶……、ッ!?」

 ようやく、エッタはアルフレドの力の真相へと辿り着いた。
 『記憶』を遡る力を持つのはアルフレドただ一人だ。
 ヒラギにその力はなく、アルフレドの肉体は既に消失している。

「……今こうしてぼくが話しているあなたはアルフレドであってアルフレドではない」

「続けろ」

「あなたは『理解者』によって副次的に生じた未来予知によって全てを見透かしている」

「話を先へ」

「すなわち、あなたは過去の存在……すでに描かれたに過ぎません」

 『理解者』はアルフレド・アイランズの特異能力であり、彼の肉体が存在しない以上、その特異能力は二度と発現しない。
 つまり、力の再発動は不可能であるという事だ。
 今こうしてエッタが話しかけているのはヒラギの血液に刻み込まれた時限式の『アルフレドの記憶』、その再生だ。
 エッタは水面に映る月に前足を延ばしていた愚かな犬に過ぎなかった。

「あなたは過去にありながらこの現在という未来を知った。であれば、ぼくが椅子を出せば座るし、紅茶を出せば飲み、ケーキを出せば食らう。僕が問えば答え、僕が答えれば相応の反応を見せる。そういった挙動の全てを、あなたはまるで一人芝居のように血液に刻み込んだ……今この時、ぼくはただ気を失っているヒラギちゃんの前で一人芝居を演じさせられているのでしょう」

「一〇〇点満点だ、おめでとうエッタ」

 白々しい拍手が耳に障る。
 こんな感情ですら、アルフレドは把握しているに違いない。
 だからこそこうした行動に出ている。

「あなたは何がしたいのです?」

「そりゃもう、お前の邪魔がしたいんだよ」

「ぼくに残されたたったひとつの最後の願い、それを踏みにじろうとするのですか」

「俺様に問うなよ。もう理解してるんだろ? 俺様はお前の全てを知っているし、お前は俺様に見透かされている事を知っている。無駄は省こうぜ」

「それでも聞かせてほしい。何故ぼくの邪魔を?」

「簡単だろそんなもん。お前自身が『馬鹿馬鹿しくてくだらない、ちっぽけな願い』だと思っているからさ」

 傷を抉られた気がして、エッタはアルフレドを睨む。
 しかし全ての反論が無駄だともう理解している。
 彼のペースに乗って面白い事なんてひとつもない。

「さて、お前が喉から手が出るほどほしがっていた『不死の王』ヒラギはどうあってもコヨーテの側に回る事になる。お前ばかり手数を持ってちゃ不公平だからな、多少の調整はさせてもらったぜ」

「……、」

「だんまりか。まぁ仕方ねえ」

 俯いてしまったエッタを眺め、アルフレドは肩を竦めた。
 そして名残惜しそうにポットから紅茶を注ぐ。

「最後に聞いておきます。ぼくの特異能力、それが何か説明できますか?」

「………………」

 アルフレドは答えない。
 注いだ紅茶を静かに楽しんでいる。
 やがてカップを空けたアルフレドはエッタへと向き直り、

「ではな、エッタ。次は地獄で会おうじゃねぇか」

 そう言って、テーブルに突っ伏した。
 記憶の再生が全て終了し、身体の主導権をヒラギへと戻したのだろう。
 ヒラギは今まで好き勝手操られていた事も知らずに、静かに寝息を立てている。

「……ぼくは負けない」

 全てを把握しているはずアルフレドが、ヘンリエッタの特異能力を把握していないはずがない。
 だとすれば、簡単に答えられたはずだ。

 
 ヘンリエッタ・ジェラードの特異能力の前に、わずかながらも屈したのだ。
 彼女の特異能力はもはや『完成者』ではない。

「例えあなたが何をしようと、ぼくは勝ってみせますよ」

 最後の最後にぼろぼろの一勝を挙げ、エッタは小さく微笑んだ。



 コヨーテは絶句した。
 ただ名前が似ているというだけなら何の問題もない。
 だのに、コヨーテの心はひどく揺れていた。

「緑髪で分厚い眼鏡をかけた女とはもう関わったんだろ?」

 急に真面目な雰囲気で、アルフレドはそう訪ねた。
 その特徴に合致する女性といえば、エッタの事で間違いないはずだ。

「……、」

「それがあいつの本当の名前だ。お前は気づいていないかもしれねぇが、あいつ吸血鬼だぞ」

「……待て、待て」

「間違いねぇよ、俺様にも面識はある。つうか親友だったしな、『吸血鬼の組合』を作ったのは八、九割くらい俺様とあいつだし」

「分かるようにッ……、説明しろ!」

 何が何だか分からなくなって、コヨーテは叫んだ。
 アルフレドの言葉は全てが嘘偽りにしか聞こえない。

「お前が七歳の頃の話だ。あの日、お前は俺様を殺した。これは知っているな?」

 コヨーテが頷いたのを見て、アルフレドは更に続ける。

「思い返してみろ、お前はなぜ俺様を殺した?」

「お前が……吸血鬼が人間を喰らい、殺すからだ! 母さんを殺したのだってお前のせいだっただろうが!」

「その通りだ……が、違ぇだろ? 何でお前が吸血鬼を憎む必要があるんだよ。俺様はな、お前に吸血鬼の事を話した覚えは一切ねえぞ?」

「ッ……!?」

 コヨーテの言葉が詰まる。
 それに対してアルフレドは容赦なく言葉を叩きつけてくる。

「よく思い出せ。ここはお前の記憶の中だ、少し手繰り寄せれば見えてくるはずだぜ。お前に吸血鬼の因縁を吹き込んだのは誰だ? 銀の刃を渡したのは誰だ? 俺様を殺すよう命令したのは誰だった?」

 口元を押さえて、コヨーテはうずくまった。
 吐き気すら覚える。
 自身の記憶が、気味が悪いほどに断片的にしか存在しないのだ。

 ふと気がつくと、視線の先――白い地面――には幾つものガラスの破片が散らばっている。
 それらはコヨーテの記憶だというのは何となくでも分かった。
 破片のひとつひとつに触れ、途切れた記憶をひとつずつ探っていく。

 やがて、黒く塗りつぶされている奇妙なガラス片を見つけた。
 コヨーテがそれに触れようとする度に、彼の脳髄の奥が悲鳴を上げる。
 どうにか耐えつつもガラスを拾い上げ、黒い塗料のようなものを拭ってみると、

「……エッタ?」

 記憶が甦る。
 衣服こそ違えど緑色の髪に分厚い眼鏡といった出で立ちは、紛れもなくエッタである。
 そして同時にアルフレドの言葉が正しかったのだと証明されてしまった。
 彼女がコヨーテに差し出しているのは紛れもなくアルフレドを刺した銀の刃であり、そして一〇年前の記憶だというのに彼女の容姿は一切変わっていないのだから。

「お前の認識と記憶は歪められていた。どんな手を使ったのかは分からねぇが、まぁほとんど人間寄りだったお前を操るなんて簡単だったんだろうよ」

 アルフレドの言葉は、コヨーテの耳には届かなかった。
 とてもそれどころではない。
 コヨーテはアルフレドを、実の父をこの手にかけたのだ。
 それが他者に操られていたとなると意味が違ってくる。

「……オレが、あんたを、殺したのは……、操られていたから、だと……?」

「あん?」

「だったら、オレがあの時抱いた思いも、殺意も、みんな紛い物だったというのか!?」

 操られていたというのなら、コヨーテがアルフレドを手にかけた事実も歪められていた可能性だってある。
 例えば、その動機。
 もしアルフレドが人間の為に吸血鬼と戦っていたとしたら。
 もしコヨーテの母が殺されたのはアルフレドの責任ではなかったとしたら。

「――見失うなよ馬鹿息子」

 アルフレドは一喝する。
 最強の『不死の王』にして『吸血鬼の組合』創始者の眼光に射抜かれて、コヨーテは一瞬呼吸を忘れた。

「そんなモン証明するのなんざ簡単だ。今ここでもう一度考えてみろ。お前は人を襲い殺す吸血鬼を許せるか? 最強の吸血鬼として君臨していた俺様はただの一人も人間を殺さなかったと思うか?? お前の母親が殺されたのは俺様が撒き散らした憎悪から生まれた敵対勢力の仕業でないと証明できるか???」

 答えはノー、ノー、ノーだ。
 だとしても、コヨーテは納得できない。
 できるはずがない。

「エッタがオレを操ったのなら、何かしらの利益が動いたはずだ……そんな事の為に、オレはあんたを殺したなんて」

「だから何を気にしてんだよお前は! 分かってんのか、お前は半吸血鬼ダンピールだ! 半吸血鬼の行く末なんざ親殺しか吸血鬼化のどっちかしかねぇんだよ! 半吸血鬼のお前が親を殺したからなんだってんだ、普通の事なんだよ! ンな小せぇ事でうだうだ悩んでんじゃねぇ! 話が先に進まねぇだろうが!!」

「……どうしてそう割り切れるんだよ! 実の息子に殺されたんだぞ! 吸血鬼だから、半吸血鬼だからで済ませていい問題なのか!!」

「ハイデマリーのいない世界に希望なんざねぇよ」

「……ッ!」

 ハイデマリー・アイランズ。
 アルフレドの妻でありコヨーテの母親だ。
 物心つく前に亡くなったその母を、コヨーテはその顔すら知らない。

「……俺様の話はもういいだろ。ここで問答しても過去は変えられねえんだ」

 話を戻すぞ、とアルフレドは一呼吸おいた。
 全てを納得したわけではないが、これではコヨーテも何も言えなくなる。

「ヘンリエッタは元々『完成者コンプリート』の特異能力を持っていた」

「『完成者』?」

「俺様の知る限りでは自身に課せられた吸血鬼の呪いを無効化できる能力だったはずだ。流水や日光、銀や十字架なんかの弱点の呪いを無効化し、不死性や膂力なんかの強みだけを残せば、それこそ『不老不死アンデッド』が完成する。なんともまぁ反則くせえ特異能力だよ」

「……、」

「それを用いて数年間だけ人間社会に溶け込み、詩人として生きていた……代表作はお前も知っていると思うぜ?」

「まさか、……」

「そう、『』だ。当人が何を思って『ヘンリー』なんて男のペンネームを使ったのかは知らん。大方、女だとナメられるだとかって理由だろうがな、どうでもいいが」

 嫌な予感がした。
 『月姫の歌』はコヨーテら『月歌を紡ぐ者たち』というパーティ名の由来となった詩だ。
 それを書いた詩人が吸血鬼ヘンリエッタだとするならば、一体いつから吸血鬼との因縁を持ち込んでいたのか。

「重要なのはあいつがしょうもねえ遊びに俺様やハイデマリーを巻き込みやがった事だ。報いを受けさせる必要がある」

「何を……、するつもりだ」

「ハッ、とっくに死んだ俺様がやる事じゃねえよ。そもそもエッタの狙いはお前だ、どうあろうがお前がやらなきゃならなくなる」

 アルフレドは狂気じみた笑みを浮かべ、

「お前がエッタの計画を滅茶苦茶にするんだよ」

「……何言ってんだよ。できるかよ……エッタどころか、オレはアイザックに負けたんだぞ……」

「そりゃそうだ、何しろお前はこれまでずっと誰かから借りた力だけで戦ってきてんだからよ」

「……、」

 【鬼手捕縛】も【天狼突破】も【黒翼飛翔】も、全ては『組合』が用意した記憶血液から得た秘術だ。
 その劣化コピー程度で、本家本元の黒狼や黒翼を扱える彼らと同列になった等と考えるのはおこがましい。

「……どうしろって言うんだ」

 かといって、対吸血鬼用の装備を整えたところで今更だ。
 その程度で彼らと対等に戦えるなんて、たかだか『下等レッサー』を撃破した程度で『王族ロイヤル』と対等に戦えるなんて、思い上がりも甚だしい。

「お前は形から入りすぎるきらいがあるなぁ。人間だから剣を取る、吸血鬼だから秘術を操る。そんなんじゃ本質を見失うだけだぜ?」

 諭すような物言いではなかった。
 呆れ果てたような、嘲弄するような、そんな感覚。

「吸血鬼の天敵は人間だ。そりゃ周知の通りだし間違っちゃいねえよ。だが人間じゃないと吸血鬼を殺せないかと問われるとそりゃ違う。俺様だってそりゃもう数えきれねえくらいに吸血鬼を殺してきた。エッタの奴に『組合』内での闘争を禁止するルールを強引に作られちまうくらいにはな」

 アルフレドは何故かドヤ顔だった。

「俺様は『理解』したんだ。吸血鬼を、血を、そして俺自身を、誰よりも深く理解した。そうすると分かるんだよ、無限の可能性を持つのが人間だけじゃねえってな。吸血鬼にも素質や素養なんかの持って生まれた才能ってのは存在する。その傾向を理解して引き伸ばせば一芸に秀でる事ができる。たとえば狼への変化を極めに極めた結果、それこそ、だとかな」

 『魔狼の証インセインハウンド』アイザック・グルージーが生みだした魔狼を思い出す。
 狼としての性能を最大限に引き出した上にあの不死身の特異性は、彼が狼に特化した吸血鬼だからなのか。

「――それが、吸血鬼の特異能力って奴だ。『組合』の上位の吸血鬼は皆何かしらの能力を得た、一段階上の吸血鬼ってわけだ」

「待てよ、だったら尚更……」

「お前な、どうしてそうネガティブに考えるんだ。そうじゃねえだろ、『どうやったらその力が得られるんだ』くらい言えよ!」

「その特異能力とやらは吸血鬼が自分を理解した結果なんだろう? だったら半端なオレが生み出せるものじゃない……違うか?」

「くそが、こういう時だけ鋭くなりやがって」

 イラついた様子で、アルフレドは舌を打った。
 もし食いついていたら大いに笑い飛ばすつもりだったのか。

「つってもさっき言った通りだ。人間にだって吸血鬼にだって無限の可能性がある。だったら半吸血鬼にだって可能性がないわけじゃねえ」

「勝手な事を……!」

「できねえのならできねえでいいさ。お前が死んじまえばそれはそれでエッタの計画は潰れるだろうからよ」

 吐き捨てるような物言いだが、アルフレドはコヨーテの味方をしている訳ではない。
 ただエッタが気に入らないという理由でコヨーテを使って報復しようとしているだけにすぎないのだから。

「さぁて時間切れだ」

 がくん、と白い大地が縦に揺れた。
 とても立っていられるような程度の揺れではなく、コヨーテは両手を地面について耐える。
 だのに、目の前のアルフレドは何ら気にする事なく話を続けた。

「ま、俺様としてはエッタの奴をぶちのめしてもらいてえもんだがな。どちらにせよ地獄に来るのがお前が先かエッタが先かって話だが、もしお前が先だったら向こうで殺してやるから覚悟しとけよ」

 何事かと問いただす暇もなく、足元が崩落した。
 コヨーテは重力に従い下へ下へと落ちていく。
 指先一本動かせず、翼を生み出す事も出来ず、ただひたすらに暗く、泥のようにまとわりつくような深い闇の底へと墜ちていく。

「ぐッ……!?」

 気がつけば、コヨーテは地面にうずくまっていた。
 腹には大きな穴が穿たれ、どろどろと紅い生命が流れ出していく感覚がする。
 手をやってみればべちゃりとした湿った感触と共に、身を焼き切るような痛みが襲ってきた。

 声も出せない激痛に、血が滲むほどに拳を握り締める。
 津波のように押し寄せるそれは収まる事がなく、実際にどれだけの時間をそうして過ごしたか分からなくなるほどに激しかった。
 気が狂いそうになるほどに。

「……?」

 ふと、暗く何も見えない闇の底に、一筋の光が差した。
 決して激しくなく、いっそ淡いとも感じられるような、そんな優しい光。
 コヨーテにはその光がとても温かく感じられた。

 いつしか痛みを忘れ、無意識にコヨーテはその光に手を伸ばした。

「――え?」

 その光は明滅を繰り返し、やがて人の形を取る。
 はっきりとしない輪郭で分かりづらかったが、それを知覚した瞬間に確信を得た。
 それは月の光だった。

「ルナ……」

 淡い光に包まれるように佇むのは、見慣れたルナの姿だった。
 アイザックと戦った時もそうだ。
 何故だかコヨーテの脳裏にはルナの姿と表情が焼きついている。

 悲しげに涙ぐむルナ・イクシリオンを、コヨーテは何度も何度も見てきた。

「ルナ――!!」

 薄ぼんやりと光を弱め、消え行くように遠ざかるルナの姿。
 それを追いかけ、コヨーテは彼女の光の手を掴む。



 夢を見ていた気がした。
 顔も思い出したくもないほどに嫌っていた存在と会い。
 信じられないほどの現実を突きつけられ。

 大切な人が消え行く様を見せ付けられて、必死にそれを求めた。
 伸ばしたその手は、剣を掴んでいた。

 魔剣レーヴァティン。
 同じく北欧の魔剣たるダーインスレイヴとの戦いを、肌で感じたのだろうか。
 その刃はまるで震えているかのように鈍く月光を反射している。

 コヨーテの周りは夜の帳が下りた小高い丘の上で、遠目にはロスウェルの街が見える。
 そしてその街に向かって進撃を開始した『神族の帆船』もまたよく見える。

「……、」

 ふと気づけば、傍の木の枝にコヨーテの外套が引っ掛けられていた。
 そして内ポケットには何故だかルナがいつも使っている白いリボンが入っている。

 一体何が起こってこうして外で目覚めたのか、コヨーテには分からない。
 分からないが、それでも理解できた事はある。

 ルナの涙を止めるには、コヨーテ自身がこの惨劇を終わらせなければならない、と。

「すぐ……迎えに行くよ、ルナ」

 血気に逸るレーヴァティンをなだめ、改めてその背に担ぎ、コヨーテは足を踏み出した。



【あとがき】
またしてもお久しぶりです、周摩です!
今回は前編を通して必要だった『特異能力』にスポットライトを当てています。
某所で何度も何度もネタバレ書きたい欲を放出していた『特異能力』ですが、ようやく出せましたね……
そして物語全体の黒幕にもご登場頂きました。
ね? 名前だけは序盤から出ていたでしょう?

今回もひどい難産でした。
レギウスとエリックらの話がぜんぜん進まなくて……結局はバリーチコミリアレンツォと同じく外伝に回す事で対処いたしました。
そのせいで状況が掴みづらくなっていると思いますが、その辺りはいつか補完します。いつか。

さて、次回はようやく五月祭編もクライマックスです。
このまま進めばおそらく、次回はスキーズブラズニルの決戦になります。
ちゃんと合間合間に裏方で活躍しているバリーチコミリアレンツォレギウスポチマーガレットエリックマリナガイアも書きたいです。
この辺ないと展開見えないでしょうし……


当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。
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周摩

Author:周摩
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