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第三二話:ロスウェル五月祭 紅蓮の夜編(1/2) 

 船の機関室にレギウス・エスメラルダ、エリック・ブレイバー、ルナ・イクシリオンの三名が入室した。
 心臓部に乗り込むとはいえ、今は停止しているため先ほどよりは危険は少ないだろう。
 レギウスは先ほどの戦いで疲弊した火光獣をあらかじめ霊界に戻して休憩させた。

 機関室に入るなり、レギウスは唐突な違和感を覚えた。
 頭の奥で声がした気がする。
 集中してみると、それは砂嵐のような雑音が消えた精神感応テレパスの声だった。

「オイ、聞こえるか」

『ぴゃっ、ししょー!! よかったぁ、ようやくつながったですのぉ!!』

 泣き声に似た甲高い叫びがレギウスの耳を打った。
 どうやら内部であれば魔力炉による妨害を受ける事なく精神感応を繋げられるようだった。
 地上で待機しているクロエ・キャンベルは、通信が途切れてもその場を動かなかったらしい。

「状況報告だ。船の機関部は停止した。これ以上の進行はない」

『それより、ししょーはごぶじですの!? ついさっき、おおきな鳥のようななにかが船にのりこんだのが見えてとっても不安だったですの!』

「そりゃ……とにかくこっちは大した被害はねェ」

 コヨーテの正体についてはレギウスが軽々しく口にしていい事じゃない。
 学のない連中なら魔術だの魔具だのでごまかせるだろうが、エキスパートであるクロエではそうはいかない。
 あれが魔力由来ではない事はすぐに看破するだろう。

「そっちの状況はどうだ。塔の奴らがこいつを攻撃しようとしてねェだろうな?」

『大丈夫ですの。さすがに街なかであんな大質量をうちおとしてしまうのは被害がおおきすぎですの。そんなむちゃはしないですの。ただ……』

「あ? 何だよ」

『……まだ確証はとれておりませんが、どうにも街じゅうの魔術師たちがなにものかにねらわれているらしいですの』

 推測するまでもなく、敵側からの妨害だ。
 魔術師のみを狙うのは船への干渉をさせないためか。

『でもでも、ミリアさんがキルヴィのエルフたちを連れてもどってきたですの。いまはミリアさんたちが街じゅうを駆けめぐっているはずですの!』

「……そうか、だったらいい。傍にバリーはいるか?」

『おりますの。ことづてですの?』

「今から俺たちは『神族の帆船スキーズブラズニル』を始末するが、墜落させるに最適な場所を選出するよう伝えろ」

 レギウスの言葉を受けて、少しの間だけ精神感応が途切れた。
 ややあって、再び繋がったクロエの第一声は「つたえましたの!」という元気な返事だった。

「もうひとつ。魔力炉についての情報を精査してェ。仕様書を一言一句違えず読み上げろ」

『……ぜんぶですの?』

「全てだ。急げ」

 ひえー、と涙声で軽い悲鳴を上げつつも、クロエは健気に音読を開始した。
 実物が手元にあれば速読も可能だが、たとえ音読でも聞き流しながら別の作業ができないわけでもない。

「エリック、オマエはその青白いヴェールの中に立て」

「あ? ここか? 何するんだよ?」

「機関を再起動するための準備だ。停止したはいいが、このままじゃいずれ魔力炉からの供給がなくなって街中に墜落しちまう。再起動してどこか別の地点まで移動させて墜落させるしか手がねェんだ」

「待て待て待て待て待て! おれに魔術的な操作は無理だ! お前も知ってるだろ!?」

「うるせェからもう少し静かに喋れ。クロエの声が聞こえねェだろうが。墜ちて死にてェのか」

「お、おぉ、悪ぃ」

「操作の方法はルナから聞け。分かんだろ?」

 唐突に話を振られたからか、ルナは目を白黒させている。
 男ものの黒い外套の前をしっかりと閉じているくせにやけに窮屈そうだった。
 マーガレットやクロエが見たら青筋浮かべて舌打ちしそうな光景だ。

「わ、私、実はその……記憶、なくて……」

「まったくねェのか?」

 びくりと身体を揺らしてルナは申し訳なさそうに首を縦に振る。
 別に叱責するつもりもないのだが、どうもレギウスとは相性が悪い気がする。

「身体のほうはどうだ。本人の意識もないまま操られてたんならどっかに違和感が残ってるモンだぜ」

「え、っと……実は二の腕の辺りが少し痛くて。怪我したとかじゃなくて、軽い筋肉痛というか」

「それだ。恐らくは腕部での操作が主な制御法なんだろうよ。とりあえずオマエは感覚が残っているうちに腕を動かしてみろ」

「なぁ、おい。それっておれがやる意味あるのか? ルナが動かしてたんだし」

「……操られていた奴にまた同じ術式を扱わせる? 論外だな」

 得心いった様子でエリックは手を叩いた。
 この機関部が停止した時にコヨーテがどういう手段を用いてルナを解放したのかは分からないが、それでも完全に解呪できていない可能性はある。
 本来であれば機関部にすら近づけたくなかったが、コヨーテに頼まれたのだから致し方ない。

『ししょー! きいてますのししょー!?』

「本ッ当にうるせェ奴だなオマエは……聞いてるからとっとと進めろ」

 あえて向こうに届くように舌打ちしてみせるが、いまさらそんなパフォーマンスに怯えるクロエではなかった。

『そのまえに、バリーさんからですの。「船を落とす場所はアルタロ村にしろ」っていっていますの』

「あ? 何でバリーがアルタロを知ってんだよ」

『チコちゃんが場所をおしえてくれたですの。地形的にも問題ないし人的被害もないからきまったですの』

「……オイ、チコもそこにいるんだろ。『本当にそれでいいのか』とそいつに聞け」

『え、ええと。「過去は振り切った、もう大丈夫」といっていますの……これ、なんのことですの?』

「オマエは知らなくていい。とっとと次を読み上げろ。時間ねェぞ」

 あからさまに不機嫌声になったクロエを軽く無視しつつ、レギウスは頭の中で状況を組み立てていく。
 機関部が停止した事で進行および膨張は止まったはずだが、それでも浮遊魔法だけはなおも残っている。
 おそらく、残存魔力はすぐに尽きるだろう。
 所詮は万が一の時に備えて比較的ゆるやかに落下するための予備なのだ。

「うおっ、出た! おいレギウス出たぞ、何だこれ!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ出したエリックのほうを見れば、彼の目の前に灰色で半透明の板のようなものが浮かんでいる。
 それは間違いなく船の入出力制御盤だろう。

「よし、代われ」

 ちょうどクロエの音読も終わったところで、エリックを入出力盤の前からどかした。
 両手を使って入出力盤を操作し、複数の『窓』を周囲に配置して情報の整理を行っていく。

「おいおい!? なんでお前っ! こ、これ分かんの!?」

「仕様書読んだっつってんだろ」

「だったら最初っからお前がやればよかったじゃねえか!」

「オマエにも仕事がなきゃコヨーテのところに行くだろうが」

「それの何が悪いってんだ!!」

 興奮した様子のエリックは、横合いからレギウスの胸倉を掴んだ。

「あいつは独りで戦ってるんだぞ! おれたちが二人がかりでも勝てなかった相手に、たった独りで!」

「それが何だ? オマエごときが向かって何かメリットがあんのか? アイザックは無数の狼を呼び出せる。数の利なんざ一瞬でひっくり返るんだぜ」

「ッ……! それでも、いないよりはマシだろう!」

「オマエが変身を解かれるほどの怪我を負った原因を忘れたか? コヨーテはあれと同じ事をやるぜ、必ずだ」

 エリックは今度こそ完全に言葉を詰まらせた。
 地面に投げ出されたレギウスを庇うために、エリックは魔狼の波状攻撃を全てその身で受け、変身を解除されたのだ。

「第一、あの場に最も残りたかったのはオマエじゃねェ」

 突き放すように、極めて冷徹にレギウスは言い放つ。
 そして視線をルナに向けると、彼女は外套の前を閉じるようにして身体を抱きしめた。
 その姿はコヨーテを信じる気持ちと彼の身を案じる気持ちがせめぎあっているようにも見えた。

「さっきも言っただろ。アイザックの相手は俺たちじゃねェんだ。俺たちがやるべき事は、街へ被害を最小限に抑えつつこの船を始末する事だ。だから人手がいる。数少ない人手を無為に消費するわけにはいかねェんだよ」

「……、」

 拳を堅く握り締めて、エリックは押し黙った。
 つくづく彼は頭を使う仕事には向いていない。

「分かったよ。でもおれは納得できない。お前やコヨーテがやるべき事をやってるのに、おれは何もしないなんて……!」

「わ、私も……! 私にも、何かやれる事はありませんか!?」

「心配すんな。オマエらにもちゃんと仕事はある」

 会話の間にも、レギウスは忙しなく両手を動かして情報を集めていた。
 『窓』を開きすぎてもはや目の前が深い灰色に覆われているような状態である。
 特殊な専用の指示を出して『窓』を全て消去した後、改めて必要な『窓』を開きなおす。

「ルナ。オマエは俺の代わりに船を動かせ」

「えっ!? で、でも……」

「構わねェよ。オマエと船のリンクは完全に切れている事は確認済みだ。簡単な操作方法は『窓』に表示した。基本的に術式のほうで指示を出すよう設定しておいたから問題はねェだろう」

 ルナは自信なさげに頷き、レギウスと入れ替わるように青白いヴェールの中心に立った。
 横合いから『窓』を操り、機関室に魔術的な扉を二つ出現させる。
 片方の扉の前に立ったレギウスは、もう一方の扉を指してエリックに向き直る。

「その扉をくぐれば船内の魔力炉室に繋がる。指示があればオマエはそこへ向かい、魔力炉をひとつずつ破壊しろ。タイミングはルナから聞け」

 力強くエリックは頷いた。
 誰にでもできるような仕事だが、この場においてはエリックにしかできない仕事だ。
 やり遂げてもらわねば困る。

「最後にひとつだけ言っておく。何があっても今伝えた指示は完遂しろ。できなけりゃロスウェルの街と人間が砕けると知れ」

 二人の答えを聞かずにレギウスはゆっくりと目の前の扉を開けた。
 その向こうにはまるで髑髏を模したような悪趣味な『鍋』がひとつあるだけだ。
 眼や鼻の位置には鉄製の管が備え付けられ、幾つも分岐しながらどこかへと伸びている。
 『鍋』の淵、口元に並べられた歯の一部は鋭く尖っており、それはまさしく吸血鬼がデザインした炉にふさわしく見える。

「……レギウス、お前は何を?」

「ざっと見積もっても魔力が足りねェ。補給する必要がある。だが、いまさら外部に頼れねェからな。内々でどうにかするしかねェだろ」

 理知の剣を抜いて、レギウスは詠唱を開始する。
 視界の隅で表情を険しくしたエリックが駆け出した姿が見えた。
 馬鹿のくせにこういう時だけは察しが早いらしい。

 だとしても、詠唱の結びのほうが早い。
 凝縮され炸裂した魔力は疾風となり、レギウスの

「―-ッッッごッ!! ガ、ァ……ッッッッッ!!!」

 声にならない叫びを上げながらも、レギウスは『鍋』へ身体を乗り出して痛みに耐える。
 えぐられた左目と、そこから泉のように湧き出る赤い液体は余さず『鍋』へ注がれていく。

 人間の血肉を糧として動かす魔力炉の存在はそう珍しいものではない。
 まったく魔力を持たない人間を放り込んでも、オリーブから油を搾り出すようにある程度は抽出できるものだ。
 であれば、一端の魔力を持つ魔術師の血肉、それも眼球であればどうなるか。
 膨張を続け肥大化した『神族の帆船』であってもしばらくの間を飛行できるほどの魔力を得られるはずだ。

「――レギウス!!」

 『鍋』から引き剥がされ、左目に熱い何かを押し付けられた。
 いや、熱いのは傷口の痛みのせいか。
 止血のつもりだろう、押し付けられたのは布切れのようだった。

 急激に血を失った影響か、視界が明滅する。
 残ったほうの右目でルナを見ると、彼女は視線をこちらに向けたまま、それでも必死に船の操作を開始する姿が見えた。
 しっかりと指示を守っている事を確認し、レギウスは少しだけ安堵の息を吐いた。

「なんで……どうして、お前がここまでしなきゃならないんだ……!」

「どうして、ねェ……教えねェ……よ……」

 力なく、しかしレギウスは無理やりに笑みを作る。
 どうしてここまでする必要があったのか。
 そんなもの、いまさら問うまでもない。

 深緑都市ロスウェルは、レギウスの故郷である前にステラの故郷だ。
 あのステラが未だに数少ない風景なのだ。
 遺産とも言うべきその風景を踏みにじる輩がいるのなら、自身の何を犠牲にしても構わない。

 たとえ流した血が一瞬後に無駄になろうとも、レギウスには現在いまを必死に生き抜くしかなかった。



 深緑都市ロスウェルは混乱していた。
 先ほどまでわずかずつにも進行していた『空飛ぶ帆船』が急に動きを止めたと思えば、やがて高度を下げながら再び動き出したのだ。
 街のほぼ中心に位置する賢者の塔よりも東側はいわゆる富裕層が多数を占めるエリアである。

 群衆の中で誰かが言った。
 すぐにでも落ちてくるのではないか、と。
 そのたった一言の小さな火種は勢いよく燃え上がり、街の東側は軽いパニックになった。

 人々は我先にと街の南側を通って西側へと向かう。
 その流れにまぎれるように、街のあらゆる箇所で人影が隙間を縫うように移動していた。

 人通りのない路地に入ったところで、とある人影は民家の屋根へと跳び乗った。
 見た目は一四歳くらいのラフな格好の少女だった。
 桃色の髪を揺らしながら、こちらは毒々しいほどに真っ赤な瞳を船へと向けている。

「……くっそー、本来ならあそこにゃあっしがいたはずなのに。アイザックのばーか! エッタのあーほ!!」

 桃色の髪の少女、エコマ・ノーザンクロスは見た目通りに子供の口喧嘩のような罵倒を船に叩きつけた。
 すると、彼女の肩に停まっていた蝙蝠がわずかに身じろぎする。

『そう言うてやるな。お主とて納得しておったじゃろ』

 吸血鬼の使役する蝙蝠はたとえ街ひとつ隔てていようが声を届ける事ができる。
 右肩の蝙蝠が発したのは古風な喋り方をする少年のソプラノボイスだった。

「冗談じゃねッス! 北側にゃ雑魚しか残ってないッスよ! 強いの他にもいるって聞いたから来たのに!!」

『もーぉ、あんまりわがまま言っちゃダメだぞっ★ めっ! こんなのでもぉ、お仕事なんだからぁ』

 左肩の蝙蝠は、やたらと甘ったるい猫撫で声を発した。

「その物言い! やっぱあんたも飽きてんじゃないッスか。今からでも遅くないッス、船に乗り込もうぜ!?」

 阿呆らしい、と右肩の蝙蝠がため息をついた。
 何と言われようと船から漂ってくる芳しい『戦いのにおい』の前には敵わない。
 折角の祭りなのだ、楽しまなければ来た意味がない。

『――あぁん、ちょっとぉ。お話してる間にいきなり斬りつけるなんて野暮だぞっ★』

『あからさまに化け物ですって気配振りかざしながらぼーっとしているほうが悪いとは思わないかい?』

 左肩の蝙蝠が次々と声を運ぶ。
 甘ったるい猫撫で声に混じっているのはハスキーな女性の声だった。

「ちょ、メアリー? 何、そっちはお楽しみタイム突入ッスか!?」

『あっはぁん、ごめんねぇ。お先に楽しませてもらっちゃーうぞっ★ 「仮面舞踏師マスカレイダー」メアリー・スポットライト、いっきまぁーすぅ!』

『やれやれ気持ち悪い娘だよ。久々に血と魂で大鎌をザブザブ洗いたい気分なんだ。是非とも協力したまえよ』

 それきり、蝙蝠の声が途絶えた。
 左肩を掴んでいた爪からは一気に力が失せ、蝙蝠は屋根から地面へと落ちていく。
 蝙蝠を維持するために割く力すら惜しいほどの相手と当たったのだろう。

「ぐあぁぁあああ!! メアリーばっかりずりーッス! こうなったらあっしも乗り込んで……」

 げしげしと屋根を蹴りつけるエコマに対し、右肩の蝙蝠はまたもや呆れたようなため息で返した。
 何か反論しようとした矢先、

『おう、何じゃお主。お客かの? ……あ? 聞こえん。声が小さいぞ。若いんじゃから腹から声出せよ、目隠れ坊主』

『……お前、先ほど人を襲っていた奴だろう』

 少年のソプラノボイスに混じっているのは、低く重苦しい男性の声だ。

『斬る』

『なるほどシンプルに来たのう。刀を抜けよ、相手してやるぞ! この「白に尽きるオールホワイト」スコーグル・レッドレインがな!』

 それきり、右肩の蝙蝠も同じく声が途絶えて地面へ落下した。
 逃げていく人々の喧騒をよそに静かに取り残されたエコマはぷるぷると震えている。
 やがて限界を迎えたエコマの怒りは、破壊衝動へと形を変えて振り下ろされる。

 民家の屋根がまるで爆発したように吹き飛び、崩壊した。
 怒りに任せて、力を振るったところで何にもならない虚しさを感じながらも、エコマは叫ばずにはいられなかった。

「ちくしょぉぉぉおおお!! もう誰でもいッスよ、敵ぃー! 敵どっか落ちてないッスかー敵敵敵敵敵敵ぃいぃいいいいいい!!!」

 もはや狂人のそれだった。
 流せない涙の代わりに歪んだ欲望を吐き出していると、エコマの背後に人影が現れた。
 エコマにとっては救世主にも似た存在、敵である。

「……異常事態に狂ったのかと思ったけど、まさか吸血鬼の仲間とはね。参ったわ、とっとと『船』に乗り込みたいってのに」

 凛々しい声をした、左目の辺りに妙な紋様を刻んだエルフの女性だった。
 その腰には一対の双剣を携えられている。
 何よりも重要だったのは、そのエルフは激戦を潜り抜けて来ただろう傷を全身につけている事だった。
 いずこの修羅場を渡ってきたのかは知らないが、エコマの正体を察しつつそれでも逃げ出さないという事は。

「あんた強いッスか!?」

「ん、強いわよ?」

「ヒャアやったぜ! 殺し合いを前提に突き合ってください!!」

 まるで冗談のように言い放つが、それでも相手は冗談に受け取らなかったらしい。
 エルフの女性は油断なく双剣を抜き放つ。
 たとえ無理やりだったとしてもそれが承諾した証と捉え、エコマは蕩けたようにだらしなく表情を緩ませた。

「うへへへ、嬉しッス……お願いだから早々に倒れるのはなしッスよ!?」

「早々に倒れてくれると私としては嬉しいけどね?」

「だめッス! あっしが『六枚羽アマリリス』を出すまで粘ってくれないと許さないッスからね!!」

 久方ぶりの殺し合いにテンションがあがりすぎたエコマは剣を調達するのも忘れて、素手で飛び掛っていった。


 深緑都市のあちこちで戦いが繰り広げられる。
 それらは『叛逆者リベリオン』であったり、『魔狼の証インセインハウンド』であったり、隻眼となった魔術師であったり、誰かを守ろうと足掻く英雄であったり。
 それらは吸血鬼の『王族ロイヤル』であったり、赤毛の死神であったり、無口なサムライであったり、堕ちて這い上がったエルフであったり。
 それらは『双璧の猛禽』であったり、孤児院の長であったり、歴戦の傭兵であったり、闇に生きる盗賊であったり。

 規模の大小ではない。
 生命の多寡でもない。

 彼らは成し得たい思いの為に、その手に得物を取る。



「くそっ!!」

 無力感に打ちひしがれながらも、エリックは魔力炉を蹴り壊す。
 これで都合九つの魔力炉を破壊した事になり、最後のひとつを残してエリックの仕事は終了した。
 すぐさま扉をくぐって機関室へと戻るが、そちらの状況は相変わらずだ。

 青白いヴェールの中では、ルナが忙しそうに船を操縦していた。
 その傍らにはレギウスが力なく横たわっている。

 自ら左目を抉って大量の血を流したのだ、無理もない。
 おまけに精神的に動揺し疲弊したルナが起こした聖北の奇蹟では、傷は完全に塞がってはくれなかった。
 仮に塞がっていたとしても失った血は返ってこないのだ。

「……大丈夫か、レギウス」

「良くはねェがオマエの顔色よりはマシってところだ」

 軽口が叩ける内は大丈夫、と信じたかった。
 唯一傷の治療ができるルナは船の操縦と情報整理に追われていて、何もできないエリックはただ時間が過ぎるのを待つだけだ。

(――情けない)

 状況が許すのならば今すぐにでも逃げ出してしまいたいくらいに己を恥じた。

 真っ先に船の場所を突き止め、船に乗り込んだレギウスは街を救うために自らの左目を差し出して、倒れ伏している。
 死に掛けてなお立ち上がり、不屈の精神で船に乗り込んだコヨーテはたった独りで元凶たる吸血鬼と戦っている。
 船に乗り込んだ三名の内で何も成し遂げていないのはエリックだけなのだ。
 一方的に拐かされたルナでさえ、今こうして街を守るために船を必死に操縦している。

 それぞれが、それぞれにしかできない事をやっている。
 だのに、エリックのこの様は何だというのだ。
 何のためにこの船に乗り込んだのかも分からなくなるほどに、エリックは無力だった。
 正義の味方に憧れて、またそれを目指すようになっても、その領域は遥か遠い。

 強ければ正義を貫けると思っていた。
 しかし、それはとんでもない間違いだと気づかされた。
 強さには種類があり、ただひとつの強さを得ても、それが活かされる場面が来るとは限らない。

 そもそもの問題として、エリックは強くなんてなかった。

 吸血鬼アイザックとの戦いでは武力としての強さの格の違い、コヨーテからは折れない精神力としての強さを、レギウスからは守るべきものへの意志の強さを、それぞれ見せつけられた。
 凡人が見れば、誰もが口を揃えてこう言うだろう、『彼らは化け物』だと。
 エリックが真に望んだのは、そういった化け物から人々を守る強さだったのに。
 才能がなかっただとか、環境が違っただとか、そんな醜い言い訳はしないと決めていたはずなのに。

 厳しい現実を突きつけられて、胸の内で燻るのはドロドロとした嫉妬心だ。
 彼らの持つ強さが自分に与えられなかったのは何故なのか。
 あるいは、何故自分という力なき弱者が誰かを守りたいなんて願ってしまったのか。

「――オイ、聞いてんのか」

 気がつけば、レギウスがこちらに話しかけていたらしい。
 胸の内に湧いた負の感情を払いのけ、エリックは震える声を隠して返事をした。

「気になる事があるなら、話せ」

「ッ!?」

 心臓が口から飛び出るかと思った。
 いくらレギウスが聡明な魔術師だとはいえ、まさか他人の心を覗けるとは思わなかったのだ。

「公用語が不自由になったか?」

 なんとレギウスは急かしている。
 ここまで言われてはさすがのエリックも観念せざるを得ない。
 弱い自分を他人に見せる事が、これほど恥ずかしいものだとは思わなかった。

「……じ、実はな」

 自分の口から発せられた言葉だというのに、やけに重苦しい声に感じた。

「おれとお前やコヨーテは、さほど年齢違わないよな。つーかおれのほうが年上だよな?」

「……あァ?」

「正直、妬むほどに羨ましい。どうやったらお前たちのように強く在れるか、そればかり考えてしまうんだ……」

 左目の止血のために衣服を裂いて包帯代わりとしたため、レギウスの表情はそれで隠れてしまっている。
 だが、それでも彼が呆れているように見えたのは見間違いだったのだろうか。

「……誰がオマエの悩み相談に乗るっつったんだよ」

「え? だって、お前、話せって。さっき」

「オマエがこの世の終わりみてェなツラぁしてっから何かに気づいたかと勘繰っただけだ! 馬鹿じゃねェのオマエ!!」

 叫ぶなり、レギウスは身体をこわばらせて左目を押さえた。
 興奮した事で傷に響いたのだろう。

「お、おい大丈夫かよ」

「クソが……! 聞いて損したぜ」

「そ、そこまで言う事ないだろ。確かにこの状況には見合わないかもしれないが、おれにとっては重要なんだよ……」

 自分が馬鹿だというのは、エリックは理解している。
 だからこそこの状況においても自分の弱さに悩む事ができるし、弱者の味方をするのに躊躇しない。
 それが長所かと聞かれれば首を横に振るしかないのだが。

「メンタル弱ェな、オマエ。そんなんで正義の味方自称してんのかよ」

「返す言葉もねえよ……」

「ハァ、別にいいんじゃねェの? 一切悩み事がねェ人間なんていねェんだし。ヒーローが悩んじゃいけねェ理屈なんざどこにもねェんだ」

「違う、悩む事を悩んでいるわけじゃない! おれは、自分の弱さを……」

「だから、弱さに悩むヒーローがいたっていいだろうが。ヒーローが強くなくちゃいけねェなんて誰が決めた?」

「弱くちゃ誰かを助ける事なんてできないだろ」

「そうか? 一切ブレず、悪を悪として討ち、弱者を正義として助ける強者。それが正義の味方か? オマエが望むヒーローだってのか?」

 いまいちレギウスの言いたい事が分からない。
 エリックの頭脳は長期間の思考に耐えうるほど上等なものではないのだ。

「悪だの正義だのを判断してんのは他でもないオマエだろうが。そんなオマエが人の弱さを知らないでヒーローやっていけるのかって聞いてんだよ」

「……人の弱さを、知る?」

「そもそも善悪に意味なんてねェ。真にそれを決めるのは後世の歴史家のペンだけだ。だから、オマエはオマエがやりたいようにヒーローやってりゃいいんじゃねェの?」

「よく、分からないが……」

「強さも弱さも見知って覚えとけって事だ。折れるにしろ立ち直るにしろ、オマエが変わるための材料になる。すぐ強者になれるほど人間強くねェんだからよ」

 そこまで言い切って、レギウスは激しく咳き込んだ。
 もともと血を失いすぎて衰弱した身体だ、長話をさせるのは非常識だった。
 しかし、彼の言葉はエリックに突き刺さる。
 心地よい痛みとして、再び足を踏み出すための刺激として。

「レ、レギウス! 何か、赤く……『警告』が出ています!」

 ルナが泣き出しそうな声で叫ぶ。
 一方のレギウスは億劫そうに身体を起こそうとして、立ち上がれなかった。
 何とかエリックの助けを得て、青白いヴェールまで連れて行く。

「……船の進路に障害物か。危険度が高ェ、ぶつかれば墜落は免れねェな」

「そ、そんな!」

 絶句するルナをよそに、エリックは集中して灰色の入出力盤を見る。
 警告の文字が指す先にはロスウェル南門の見張り塔が船を真っ二つにする位置に在るらしい。
 墜落のために高度を落とし、舵を切って戻すまでの燃料もない船はこれを避けられない。

「……おれが行く!」

「あ? オイ、どうするってんだ」

 ゆっくりとレギウスを地面に下ろし、

「道を開けるんだよ」

 言うが早いか、エリックは機関室を駆け出した。
 背中に誰かの声が投げられたが、もう聞こえない。
 すぐそこではコヨーテがまだ戦っているのだろうが、そちらにも目を向けない。

 エリックが目指したのは船首だ。
 船の縁に立ち、一度だけ大きく息を吐くと、胸に下げた【七色の七つの魔石】を軽く撫ぜる。
 もう迷いは吹っ切った。
 できる事がないと腐っていたエリックは消え去った。

「――変身!!」

 気合の掛け声と同時に魔石が光を放ち、その身に【不撓の魔鎧】を纏う。
 その手には魔鎚ミョルニル――【トールハンマー】――を構え、猛々しく叫ぶ。

「う、ぉぉぉおおおおおお!!」

 全身の力を込めて、ミョルニルを撃ち出す。
 放物線を描いて飛び立った魔鎚は見張り塔の根元へと直撃する。
 いくら魔鎚といえど、一撃で普段から人が利用している施設を破壊する事は難しい。

(一撃で無理なら、折れるまでやってやる――!)

 本来であればそのまま落ちていくはずの魔鎚ミョルニルは、まるでそれ自身が意志を持つかのようにエリックの手元へと戻ってきた。
 これこそがミョルニルが魔鎚と呼ばれる由縁であり、また得物を扱うに不器用なエリックがこの武器を選んだ理由でもある。
 まるで見えない縄でもくくりつけられているように、何度も何度も見張り塔の根元を魔鎚が叩きつけられる。

「くそっ……間に合わないか!?」

 しかし見張り塔と魔鎚では重量の差は歴然だ。
 通常、重量の小さいものから重量の大きなものへの力の伝わり方はひどく鈍い。
 もっと重量と威力のあるものでなければ、見張り塔を船の進路から退かす事はできない。

「……はっ、これこそ正に『矯正』の時間ってか」

 自嘲気味につぶやき、エリックは覚悟を決めた。
 魔鎚ミョルニルを手元に戻し、体内で気を練り上げる。
 練り上げた気は紫電と化して魔鎚へと集約されるようにコントロールした。

「いくぜ必殺!!」

 電撃を帯びた魔鎚ミョルニルを、再び見張り塔へと投げつける。
 それと同時にエリック自身も船の縁から大きく跳び、両手から紫電を迸らせた。
 まるで轍のように延びる紫電の『縄』は魔鎚ミョルニルへと繋がり、やがては見張り塔へと直撃する。

「――でいやぁぁぁああああああああああああ!!!」

 鉄製の見張り塔へ磁力を繋げたエリックは『蹴り』の姿勢のままその『縄』を一気に引っ張る。
 吸い寄せられるように一直線に飛び出したエリックの姿はまるで横薙ぎの雷霆の如く。
 全身全霊を込めて放った必殺の【雷霆脚】は、見張り塔を根元から捻じ曲げた。

「ッ……、ぐあ……!!」

 貫けなかった分、自身に跳ね返った衝撃も尋常なものではない。
 全身がバラバラになりそうな痛みに悶えながらエリックは門の外へと落ちていく。
 見張り塔はまるでお辞儀するように頭を反らし、船の進路から退いている。

 それを確認したエリックの口元には、何かを成し遂げた笑みがあった。


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周摩

Author:周摩
しがないリプレイ書きのブログです。

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