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第三二話:ロスウェル五月祭 紅蓮の夜編(2/2) 

 深緑都市ロスウェルの上空を進む『神族の帆船スキーズブラズニル』の船尾付近では鋭い金属音が連続していた。
 魔剣と魔剣のぶつかり合いだ。
 一撃ごとに火花が飛び、衝撃が余波となって互いの身体を打ちのめす。

「いくら我輩が『魔狼の証インセインハウンド』として名を馳せた吸血鬼だとしても、剣が扱えぬではせっかくの魔剣も宝の持ち腐れである」

「これだから長命種は……」

「我流であるがなかなかのものだろう? 魔剣を得てより五〇〇年の間に積み上げてきた証である」

 喋っている間にも、アイザックは鋭い三段突きを繰り出している。
 一撃でも受けてしまえば魂を削られるに等しい取り返しのつかない傷となる。
 レーヴァティンで二撃を受け流し、最後の一突きを間合いを大きくとって回避する。

「さぁどうした、つまらんぞ。もっと攻めてくるがいい」

 一方のアイザックは魔剣によって刻まれる傷をちっとも恐れていない。
 コヨーテの持つ魔剣レーヴァティンは邪なる存在を穿ち、祓う特性がある。
 吸血鬼にとっては魔剣ダーインスレイヴのように治癒不可能の傷を刻む厄介な武器であるにも関わらず、だ。

 二人の戦力に優劣をつけるとしたら、その差に因るところが大きいだろう。

「貴様の『叛逆者リベリオン』は実に面白い逸材だが、必然的に受け身にならざるを得んのは実に勿体ない」

 魔剣のみで戦うアイザックはまるで猛獣のようだった。
 縦横に振るわれるダーインスレイヴは荒々しく鋭い爪牙となってコヨーテを襲う。
 攻撃は最大の防御とはこういった状況を指すのだろう、その猛攻の前にコヨーテは攻勢に出られない。

「その魔剣は飾りか? あるいは剣ではなく盾だったか? どちらにせよ、いまさら時間を稼いでどうするつもりかね?」

 コヨーテが再び距離をとると、アイザックはひどく落胆した様子でため息をついた。

「貴様が戦いを躊躇う要素が理由がどこにある? 船はとうにロスウェルの中心から離れているのは知っていよう。貴様は単なる臆病者である!」

 指を突きつけて高らかに宣言したアイザックは続けて、

「あるいは神殿に走った仲間の増援でも待っているのかね? だとしたらお笑い種だな。貴様は臆病者ではなく卑怯者である」

「……、」

 ゆっくりと息を吸って、頭に冷えた空気を送り込む。
 こんな挑発に乗って命を失うのは馬鹿のやる事だ。

「聞かせてくれ。貴様は何故我輩の前に立ったのだ? 罪もない人々を絶望の底へと叩き落し、貴様の肉をえぐって死線を彷徨わせ、貴様の女を誑かして傀儡とした元凶の前に立ち、一体何をやりたかったのだ?」

「決まっている、お前を――」

「だったら何をグズグズしている! 貴様の剣が我輩の心臓を穿たぬ限り、貴様の願いは永劫叶わぬと知れ!!」

 その怒声にコヨーテは思わず足を引いていた。
 吸血鬼の『王族ロイヤル』が怒りを顕わにしているとなれば、生物として危険を感じずにはいれらない。
 いや、自らの心の内で偽っても仕方がない。

 この時コヨーテはただ純粋に、目の前のアイザック・グルージーをと感じていた。

 これまで幾人もの吸血鬼と合いまみえ、命のやり取りをしてきた。
 何度も危機に陥り、あるいは死線を掻い潜ってきたのに、ここまで明確な恐怖を感じた事はない。
 本気でなかったとはいえ、同じ『王族』であるエコマ・ノーザンクロスとも違う。
 彼女もまた戦いを渇望していたが、どこか戦いを遊びのように思っている節があった。

 アイザックは違う。
 戦いを遊びだなんて思っていない。
 一切の妥協なく、欠片ほどの余裕もなく、戦いを楽しむ事に全てを捧げている。

「くっ……!」

 震えそうな歯の根を堅く噛み締めて、コヨーテは己の誤りに気づく。
 真に恐れるべきは『魔狼の証』という特異能力でも、魔剣ダーインスレイヴでもなく、アイザック・グルージーという個人だったのだ。
 そこに吸血鬼だの半吸血鬼だのという差なんて存在しない。

「コヨーテ・エイムズよ。貴様が臆病者であれ卑怯者であれ、殺す事に変わりはない」

 アイザックの瞳から、先ほどまでは確かにあった期待の色はすっかり失われている。

「ならばせめて足掻いてみせよ。貴様の『叛逆者』を発現せしめた抗う力とやらを、見せてみよ」

 戦うにせよ逃げるにせよ何もしなくてはただ死ぬだけだというのに、身体が動いてくれない。
 アイザックの一挙手一投足を目で追わねば死がやってくるというのに、視線はあちこちに揺れ動いた。

 歯を食いしばって力を込めて、ようやく足が動いてくれたが、覚束ない足取りが身体を揺らす。
 それで転ばなかった事は僥倖だったといえる。
 ぐらついたコヨーテの身体が纏うぼろぼろになったシャツの内側から、白いリボンが零れ落ちたのが見えた。

 それは、他でもないルナとの思い出の品だった。
 何気なく買って贈った品だったが、彼女がずっと大事に身につけてくれていたものだ。
 ふと、コヨーテは場違いにも願う。
 と。

「……、臆病者か」

 確かに、アイザックの言うとおりだ。
 コヨーテは臆病なのかもしれない。
 死を恐れ、離別を恐れ、絶望を恐れ、アイザックを恐れている。

 だが、違う。
 コヨーテは臆病者であって臆病者ではない。
 彼の手が白いリボンを掴む。

「そうだよ、オレは恐れるべきなんだ。恐れなくてはならないんだ。……

「ふむ?」

 気が触れたのかと窺うアイザックを、コヨーテは睨めつけた。
 その手に魔剣レーヴァティンを握り締め、震える心を叱咤して吸血鬼と対峙する。

 『破滅』をもたらす魔剣として分類されるレーヴァティンとダーインスレイヴだが、それらに託された思いの数々はまったく逆のものだった。

 アイザックがダーインスレイヴに託しているのは、ただひとつの快楽だろう。
 殺し殺される戦いというイベントを通じて得られる緊張感や優越感を味わわせろ、という思いだ。
 大なり小なり、吸血鬼であれば誰もがそう思っているだろうが、彼の思いは一際強く輝くものだった。

 コヨーテがレーヴァティンに託しているのは、生きたいという願いだ。
 魔剣を振るう事で絶望を切り開き、勝利する事で明日の命を得る。
 ひどく小市民的で、だからこそ純粋な願い。
 しかし自分が生きなければ誰かを助ける事なんてできないという、強迫観念に似た願いでもある。

「アイザック」

 雰囲気が変わる。
 アイザックの瞳に期待の色が見え隠れする。

「――覚悟は済ませたぞ」

「ほう?」

 笑みに似た声を上げるアイザックに、コヨーテは立ち向かう。
 二度三度と、魔剣同士が激しい金属音を響かせる。
 レーヴァティンの剣閃は先ほどとは比べものにならないほど鋭くなっていた。

 先ほどは対処し切れなかった三段突きを、初期動作の段階で【鬼手捕縛】によって強制的に中断させる。
 大振りな攻撃の合間に繰り出された小手狙いの一閃はわずかに手元をずらして柄で受けた。
 ほとんど見えない初期動作から繰り出される一撃必殺の突きは、最小限の回避により、かすかに頬を裂くだけに終わった。

「……良い。良いぞ、コヨーテ・エイムズよ」

 まるで人が入れ替わったかのような洗練された動きに、アイザックは頷くしかなかった。
 アイザックの戦いが猛獣のそれであれば、コヨーテの騎士のような戦いと例えられる。
 己の持ち得るべき力の全てを戦力として捉え、どうすれば最大の戦果を挙げられるかを考えている。
 ただ傷つかないように逃げ腰だった先ほどまでとはまったく違う。

 しかし、戦況はさほど変わらない。
 アイザックの戦法が攻めに特化しているように、コヨーテの動きは防御や回避に特化していた。
 というのも、やはり魔剣ダーインスレイヴの破滅の呪いという抑止力がコヨーテに攻めを躊躇させているのだ。

(だが、これでいい。アイザックを恐れろ。ダーインスレイヴを恐れろ。死を恐れろ)

 それでこそ、未来を見据える事ができる。

「――取ったぞコヨーテ!」

 がくん、と身体が揺れた。
 アイザックの足払いが見事に決まり、コヨーテの身体は中空に投げ出されてしまったのだ。
 天地が入れ替わる視界の中でコヨーテはまっすぐに左手を伸ばし、それを黒狼へと変換する。

「――喰らえ黒狼!」

 狙うべきは身体の中心、すなわち心臓だ。
 身体のどこかに当たってさえくれれば、次の一撃を回避するだけの時間が稼げるかもしれない。

 しかし、そんな考えは一瞬で打ち砕かれる。
 アイザックは『魔狼の証』であり、黒狼の扱いに関しては組合でも随一である。
 彼の舌がもぞりと蠢いたかと思えば、それは魔狼へと姿を変えてコヨーテの黒狼を蹴散らした。

「ご……っ、は」

 不安定な着地と同時に、膝をついたコヨーテの身体がびくりと震えた。
 ずしりとした重苦しい圧力が腹部をじわじわと支配していく感覚。
 一度味わった事のある痛みではあるが、そんなものに慣れるほどコヨーテは吸血鬼ではなかった。

 魔剣ダーインスレイヴが再びコヨーテの身体を貫いている。
 そう知覚した時には、力が入らなくなった右手がレーヴァティンを手放していた。
 白い地面をコヨーテの鮮血が赤く濡らしていく。

「炎とは消える間際にその輝きを増すものだ。貴様の抗い、確かに見せてもらった」

「何、を言って、いる……まだ、オレは……」

「無駄だ。魔剣ダーインスレイヴの毒牙にかかっては貴様はもはや滅びの道を辿るしかない」

 一度目はすぐに気を失ったから分からなかったが、今はその不気味さをまざまざと見せつけられている。
 こうして貫かれているというのに、奇妙なほどにその傷は熱を感じなかった。
 ともすれば痛みすら感じなくなるのかもしれない。

「貴様は良く戦った。感謝するぞ。久方ぶりに心の底から楽しめたのだ」

「……、……」

 全身が冷たくなっていくのが分かる。
 だのに、ちっとも意識が途切れる様子がないのが怖かった。
 今、コヨーテは生きているのか死んでいるのかも分からない。

(死ぬものか……死んで、たまる、か!)

 吼えるように、コヨーテは声にならない声で叫ぶ。
 蝿のささやきよりも小さなそれは、しかし、確かに伝わった。
 いずこかへ跳ね飛ばされた、黒狼へと。

 黒狼はコヨーテの意志どおりに、その牙でレーヴァティンを掴んでアイザックへと飛び掛った。

「なんと!?」

 アイザックはすぐさま後方へ引く。
 が、コヨーテが自身に突き刺さったままのダーインスレイヴを掴むほうが早かった。
 避けきれなかったアイザックの右腕が、黒狼が振り下ろしたレーヴァティンによって両断された。
 紅蓮の夜において初めて流されたアイザックの血が大量に宙を舞う。

「ぬっ、ぐ……きさ、ま……!!」

 主を守るように立ちはだかる黒狼を、アイザックは射抜くように睨めつける。

 後ろに引いた勢いでコヨーテの身体を貫いていたダーインスレイヴは抜け、その傷に熱と痛みが戻っていく。
 だが、この好機を逃す手はない。
 黒狼の後ろでコヨーテは更なる手を打つ。

「ダーイン、スレイヴ……! お前の主、は、お前に命を、……!」

 振り絞った声は、かろうじて音としてこの世に生まれ落ちた。

「オレが、お前の、新たな主に……なってやる! オレのひとつ、だけじゃなく、命が、欲しいんだろう……呪いを、解け! 喰わせてやる!」

 視界の端で、アイザックが目を見開いている様子が見えた。
 予想だにしていなかった行動に気を取られているその時間こそが、コヨーテが待ち望んでいた隙である。

『――

 頭の奥に響いてきたのは、魔剣の声なのか。
 望んでいたとはいえ半ば一方的な契約を結ばれたコヨーテの身体から、重苦しい圧力が消え去った。
 治らない傷から噴き出していた血は勢いを弱め、ついには吸血鬼の治癒力によって完全に塞がってしまう。

「心の底から驚いたぞ、コヨーテ・エイムズよ……」

 右腕を失ったというのに、そちらを一瞥もせずにアイザックは言う。
 その声の端々には溢れかえるばかりの喜びの感情が顔を覗かせていた。

「そのような手法でダーインスレイヴを封じるとはな。まさしく尊敬に値する」

 コヨーテは左腕に戻した黒狼からレーヴァティンを受け取ると、それを杖代わりにして立ち上がる。
 思ったよりも身体は動いてくれた。

「だが、よもやこれで終わりだとは思うておらんよな?」

 ぞわり、と気配が蠢いた。
 アイザックの身体だけを黒いインクで塗りつぶしたように黒く、のっぺりとした渦のように変えた。

「我輩は吸血鬼の組合の『王族』たる『魔狼の証』アイザック・グルージーである! たかが上っ面の特異能力を封じられたとて、我輩の戦いは終わらぬのだ!!」

 叫ぶアイザックの身体がポップコーンのように弾けた。
 肉片の一つ一つ、血液の一滴一滴が、それぞれ大小さまざまな不死の魔狼へと姿を変えている。
 まるで悪夢のような光景だ。
 膨大な数の魔狼は『神族の帆船』を半球状に覆うように作られた虚空のどこからでも自在に出入りし、月の光すら届かない魔狼の部屋が完成した。

 奥の手、ではなかった。
 確かに己の全てを魔狼へと変えてしまえばダーインスレイヴは握れない。
 だとすればこの形こそが魔剣ダーインスレイヴを得る前のアイザック・グルージーの全力だ。

 しかし、それはあまりにも古く、時代錯誤の攻撃である事は間違いない。

 コヨーテ・エイムズの中の『叛逆者』は吸血鬼の力のみを無効化し、魔狼であれば触れただけで絶命する。
 コヨーテ・エイムズの持つレーヴァティンは吸血鬼に対しては十字架よりも効果が高い魔剣だ。
 コヨーテ・エイムズの得たダーインスレイヴは決して消えない呪いの傷を与え、吸血鬼すらも永遠に葬る事ができる。

 右に純白の翼と魔剣レーヴァティン。
 左に漆黒の翼と魔剣ダーインスレイヴ。

 人間の心と吸血鬼の力を正しく得たコヨーテ・エイムズは、魔狼の返り血に塗れながら吸血鬼を狩る者ヴァンパイアキラーとしての産声を上げる。

 恐怖を感じず、だからこそ刺激を求めて破滅的な戦いしかできない者。
 恐怖を知り、だからこそ安穏を求めて生き抜く力に手を伸ばした者。

 二人の差を埋めたのは、ただそれだけのものである。



 白を基調とした『神族の帆船』はどす黒い赤で染め上げられた。
 しかしそれもひと時の事で、すぐに全ての赤が灰と化し、煙のように消え去っていく。

「……、」

 声を発する事もできないほど、コヨーテ・エイムズは疲弊していた。
 膝をついて、しかし何とか倒れないように耐える。
 両手が肩から剥がれ落ちてしまいそうなほどに痛い。

『次はまともな命を喰わせよ』

 魔剣ダーインスレイヴの声が聞こえた。
 一心不乱に両手両翼を攻防に回して戦い続けている内に、ダーインスレイヴが定めた二〇の命というノルマは達成できていた。
 むしろお釣りがきてもおかしくないほどに、魔狼の命を刈り取っている。

 コヨーテは震える腕をおしてダーインスレイヴをレーヴァティンの革鞘へ納める。
 鞘に収めている内は、呪いは発動しないはずだ。
 革鞘では心許ないため、いずれまともな鞘を用意してやらなければならないだろう。

「終わった、のか……」

 ここでようやく、コヨーテは勝利を実感した。
 両手の痛みはまだ治まらないが、それでも小さくガッツポーズする。

 間違いなく、アイザックはこれまで戦ってきた全ての存在と比べても最強の分類だった。
 その最強の一人を倒したのだ。
 無数の魔狼へと姿を変えたアイザックは、最終的に魔狼となっていた心臓を破壊されて塵へと還った。

 しかし、ひとつだけ不思議な事がある。

 いくら『叛逆者』を持とうが、魔剣二刀流だろうが、数の暴力の前にはコヨーテも無傷ではいられず、全身に爪牙による傷を負っている。
 だのに、それらの傷は戦いが終わった今では跡形もなく塞がっていた。
 そしてこれだけの治癒力を使い、さらには『叛逆者』も嫌になるほど振るったというのに、倒れるどころか意識ははっきりしている。

 今までの経験から、あまりに吸血鬼の力を使いすぎると身体のほうが保たないのは知っている。
 『叛逆者』は開花したばかりでどれほど力を食うのか知らなかったが、片翼の【黒翼飛翔】や【天狼突破】といった秘術は倒れるのに十分すぎるほど使ったはずだ。

(だとすれば……)

 恐らくは『叛逆者』の力、だろう。
 無効化する吸血鬼の力を乱す際に、その力を奪っているのだろうか。
 彼自身、特異能力についてはまだ知らないところがあるようだ。
 コヨーテの実父にして『理解者』アルフレド・アイランズ風に言うのなら『理解が足りない』のだろう。

「……よろしく頼むよ」

 自らの内に生まれた『叛逆者』とは、これから長い付き合いになるだろう。
 それこそ、コヨーテが死ぬまで相棒である事は間違いなかった。

 ふと見れば、東の空が白んでいる。
 長かった五月祭の夜は明けつつあった。

「コヨーテーッ!!」

 名前を呼ばれて振り向くと、そちらにはルナ・イクシリオンが神殿と呼ばれる機関室から出てきたところだった。
 急いで立ち上がり、コヨーテは彼女の元へ駆ける。

「まずいです、そろそろ堕ちますッ!」

「は? え、船が?」

「はい、もうほとんど高度が……!」

 ルナの言葉の合間合間に、しゃりしゃりしゃり、という音が割り込んできていた。
 船がキルヴィの森まで進んでいる事は知っている。
 だとすればこれは背の高い木の枝葉が船と接触している音なのだろう。

「まずいな、早く脱出しないと……レギウスとエリックはどうした?」

「エリックは、もういません。そしてレギウスは……」

 話によれば、エリックは船の進路を塞ぐ見張り塔を破壊して船から落ちていったらしい。
 レギウスは停まった船を動かすために自らの左目を抉り、その血肉をもって船を動かしたそうだ。
 癒しの奇蹟で出血は止めたものの衰弱が激しかったため、高度が低くなった辺りで火光獣に乗せて脱出したらしい。

「それなら、もう船に残っているのはオレたちだけか?」

「そのはずです。一応、走り回って声を掛けてみましたが返事がなくて」

「……声を出して走り回ったのか? 敵がいるかもしれない船の中を」

「あっ」

 ぶわっ、と一気に汗を噴き出すルナだった。
 大人しくて控えめなのに、変なところで行動的になるのは相変わらずだ。

「……、ルナ」

「えっ、えっえっえっ!?」

 コヨーテは半ば無理やり、ルナを引き寄せる。
 慌てた様子のルナに構っていられる状況ではなかった。
 コヨーテの中の吸血鬼が告げている。

(――力の強い吸血鬼が、こちらへ向かっている!)

 はたしてその吸血鬼は現れた。
 神殿を盛大に突き破って現れたのは大量の黒翼を背中から生やし、あまつさえその両手すら黒翼に換えた幼い外見の少女。
 その姿には見覚えがあった。
 昼間に出会い、何の因果か殺されかけた吸血鬼の『不死の王ノーライフキング』ヒラギである。

「あっ、いたです! コヨーテお兄ちゃん、ルナお姉ちゃん、探したですー!」

「お前、どうしてここに……!?」

「わーい!」

 ばさばさと豪快に羽ばたき、一息で近くに着地すると、ヒラギはコヨーテに飛びついてきた。
 さすが『不死の王』というべきか、あれだけの出力を単なる黒翼のみで行っておきながら疲弊した様子がちっとも見えない。

 何故唐突に現れたのか、今までどこにいたのか、怪我はないのか、どれから聞こうか悩んでいる間に、背中に柔らかいものが押し付けられた。
 というか、背中からルナが身体を寄せてきている。
 それでいて何も言わないのだからちょっと怖い。

「あの、ルナ?」

「何ですか」

 疑問系ですらない。

「……怒っているのか?」

「怒っていませんよ」

「……嘘だ」

「だから怒っていませんってば!」

 結局怒られてしまった。
 何はともあれ、コヨーテは心の底から安堵した。
 戦いの中から日常の中へ戻ってこられた気がする。

「……ヒラギちゃんの役目はもう終わりましたから、ぼくが解放しただけですよ」

 しかし、平和を感じられたのは束の間だった。
 いつの間に現れたのか、半壊した神殿の半球形の屋根に分厚い眼鏡を掛けた緑髪の少女が立っている。

「エッタ、いや……『不死の王』ヘンリエッタ・ジェラード!」

「その口振り。やはりあなたはアルフレド・アイランズと会ったのですね。まったく忌々しい」

 エッタはもはや隠すつもりもない様子だった。
 事情を知らないルナやヒラギはただ困惑するが、ただならぬ雰囲気を察したのか口を挟まない。

「『魔狼の証』アイザック・グルージーとの戦い、お疲れさまでした。見せていただきましたよ」

「見ていた?」

「ええ。あなたが『叛逆者』として覚醒した事も、魔剣ダーインスレイヴを得た事も、全て知っています」

 だとしたら腑に落ちない事がある。
 アルフレドはエッタがコヨーテを狙っていると言っていた。
 事実、今回のアイザックとの戦いもエッタが誘導したからこそ起きたものだ。
 どうしてアイザックに加勢せず傍観に徹したのだろうか。

「分かりませんか。まぁ、アルフレド辺りにぼくがあなたを狙っていると聞かされでもしたのでしょうけど」

 まるで心を見透かしたようにエッタは言う。

「言っておきますが、ぼくの狙いは今も昔も変わらずあなたです。

「な、に?」

「『属性』についてはエコマから聞かされているはずですね? まぁ、言うなれば『属性』の強化のためにはこの状況を作り出す必要があった、それだけです」

 またしても『属性』だ。
 一体何を知っていて、何を狙っているのか、エッタの言葉からは何も見えてこない。

「……そろそろ船は落ちますね。それではヒラギちゃん、ルナさんを抱えて脱出してください。今のあなたであれば一人を抱えて飛ぶ事は難しくないはずです」

「それも、計画のためか?」

「当然です、と返しておけば満足ですか?」

 誘導されているようで気に食わないが、それでも二人を船から脱出させたいのはコヨーテも同じだ。

「……ちょっと、何がどうなっているんですか!?」

「詳しい事は、後で説明する。一から一〇まで、全部な……だから、先に戻っていてくれ」

「で、でも……」

「ヒラギ、ルナを頼む」

「飛ぶです? 任せるです!」

「ちょ、ちょっとぉー!?」

 半ば無理やりといった形だが、ヒラギはルナを抱えて羽ばたいた。
 あの出力ならルナは地上に辿り着けるだろう。
 問題はヒラギ自身が翼を操れるようになってまだ一日も経っていない事だが、それでもあの翼の守りがあれば怪我はしないはずだ。

「それで、オレを残した理由はなんだ?」

「だからさっきも言ったでしょう。『属性』の強化のためだと」

「『属性』とは何だ、答えろ!」

「それは、まだ知らなくて良いものです」

 適当に受け答えしているエッタの背後に、虹色の渦のような光が現れた。
 そちらに向かうエッタの姿に、恐らくはアイザックが生み出していた虚空のような『門』だと推測できる。

「――待てッ!」

 叛逆の翼を背に生やし、コヨーテは一足飛びにエッタへ迫る。
 抜き身のレーヴァティンを水平に構え、狙うは彼女の脚だ。
 声を掛けているにも関わらず、エッタは振り向きすらしない。

 その理由は単純だった。
 虹色の渦の向こうから伸びてきた『黒い何か』がレーヴァティンを弾いたのだ。
 余裕を見せるのにはそれ相応の理由が存在するという事か。

「くっ……!」

 弾かれた衝撃で神殿から落ちそうになり、慌てて翼を操って体勢を立て直す。
 そして改めてエッタを見れば、その傍らにはもう一人の吸血鬼が立っていた。
 黒い髪に赤い瞳、紅色のコートに身を包んだ男は真っ黒な棒のようなものを手にしている。

「コヨーテ・アイランズ、いえ……コヨーテ・エイムズ。あなたの『属性』はほぼ足りています。今から死に急ぐ事はありませんよ」

 エッタは一度だけ振り返って、

「それにしても『星』はいいとして、『陽』は何をやっているのやら……」

 独り言のようにつぶやいて虹色の渦の中へ消えていった。
 コヨーテにはその背を見送る事もできない。
 新たに現れた吸血鬼の殺気がコヨーテの足を釘付けにしていたからだ。
 一歩でも動けば首と胴が永遠に別れる、そんな未来が明確の脳裏に浮かぶ。

「……コヨーテ・エイムズ」

 男が口を開く。
 声は若く、コヨーテと同じくらいの年齢ではないかと推測できる。

「お前は未だに『理解』していない」

「……何を、理解していないって?」

「お前自身の価値だ」

 その剣閃は、声とほぼ同時に襲い掛かってきた。
 レーヴァティンで防御できたのは、運が良かったとしか言いようがない。
 何しろ踏み込みがちっとも見えなかった。
 まるで黒化したミリアと同じか、それ以上の速度だ

「くっ、……!」

 二合、三合と打ち合い、鍔迫り合いの形に移行する。
 ここでようやく、彼が振り回していたものが単なる棒ではなく、黒剣だと知った。

「何故お前がヘンリエッタ・ジェラードに狙われたのか、そんな事はどうでもいい。重要なのはただひとつ」

 抽象的なものではなく、物理的な熱を感じる。
 それは彼の持つ黒剣から発せられていた。
 煤のように剣に纏わりついていた黒い何かがわずかに剥がれ、その下からは真っ赤に灼けた刀身が黄金に似た輝きを伴って現れる。
 それはまるで何もかもを飲み込む溶岩のようでもあり、もし別の言葉に換えるならば『炎の剣』である。

「お前はこのの前に敗れなければならない、という事だ」

 魔剣レーヴァティンと神剣レーヴァティン。
 同じ名を持つというのに、出力が桁違いだ。
 鍔迫り合いのまま押し切られ、コヨーテはたまらず受け流して退くが、やはり男のほうが速い。
 更なる神剣の一撃を魔剣の防御の上から受け、コヨーテは神殿の屋根から叩き落される。

「くっ……! お前は一体――!?」

「『超越者オーバーラン』クラウド・ブルースター」

 背中に衝撃が走る。
 叛逆の翼が落下の衝撃を抑えたおかげでさほどダメージはなかった。

「お前に逃げ場はない。いずれ訪れる『夜』を待っていろ」

 その瞬間、船が大きく揺れた。
 高度が下がり、ついには森の木々にぶつかりだしたのだろう。
 墜落はもう間もない。

 そんな中、ロスウェルの東に位置するヘントウ山の裾から太陽が顔を出した。
 日の出と共に降り注ぐ陽光は吸血鬼を灰へと還す。
 それは、このクラウドであっても例外ではない、はずだった。

「……!」

 日の光を浴びても、クラウドは何ら意に介さない。
 神剣レーヴァティンを煙のように消し去り、ゆっくりと虹色の渦へと歩んでいく。

 真っ先に思い浮かんだのは『日の下を歩く者デイ・ウォーカー』の存在だった。
 しかし、クラウドからはそんな小細工のような方法を超越した何かを思わせる。
 彼は特異能力者なのだ。

「う、わっ――!?」

 もはやコヨーテには考えている暇はない。
 船は揺れているというより、船首のほうから拉げはじめていた。
 その前方には一際大きな樹木が天を衝くように聳え立っている。

 紅蓮の夜が幕を上げてより十余刻、また東の空に太陽が昇った半刻後。
 超大型移送魔具『神族の帆船』が数多の木々を薙ぎ倒し、向かった先はロスウェル南部に位置する無人のアルタロ村跡地。
 長らくロスウェルの空を支配した船はとうとう、と言うべきか。

 大地にその身を沈めた。



 ロスウェル五月祭の翌日。
 悪夢のような紅蓮の夜を越えたその日、ロスウェルの気候はとても穏やかなものだった。
 しかし『大いなる日輪亭』の専属冒険者が集う冒険者の宿『蒼天の雫亭』は嵐のような慌しさの中にある。

「わぁぁぁぁあああん! レギウスが死んじゃうよぉぉぉぉおおお!!」

「ししょー! 死なないでししょーぉぉおおおおおおお!!」

「だから死なねェっつってんだろうが話聞いてんのかクソガキども!」

「でもでも、おめめなくなっちゃってるですのー! うわぁぁぁぁああああああん!!!」

「ぜぇったい痛いたかったに違いないんだよ~! ひゃぁぁぁぁああああああん!!!」

 ステラとクロエ・キャンベルの泣き声を浴びせかけられながら、『星を追う者たち』のリーダーであるレギウス・エスメラルダは宿のベッドで身体を起こしていた。
 紅蓮の夜で『神族の帆船』がロスウェルに落ちないようコントロールした結果、レギウスは自らの手でその左目を抉り出している。
 出血により身体は衰弱しきっている上に完全に体内の魔力が尽き、そのまま絶命してもおかしくなかったほどの容態だった。

「はいはい、その辺にしようね君ら。でないと頭に血が上りすぎたレギウスの左目から血が噴き出すよ?」

「ンな器用な事できるかボケ」

「できるかどうかじゃない、そうなっちゃうんだよ。だから君も落ち着きたまえよ」

「落ち着いてほしいんならとっととそのガキどもをつまみ出せ」

 やれやれと頭を振ったマーガレット・ヤンガーはまるで孤児院のシスターがそうするように穏やかな笑みを浮かべて二人に部屋を出るよう迫った。
 余談ではあるが、彼女が振舞った穏やかな笑みは到底堅気の子供たちにはお見せできないような不気味なものだったと記しておく。
 それに肝を冷やしたのか、幼女二人はさらに声を強めて、逃げるように部屋を出て行った。

 隣のベッドからその様子を眺めていた『陽光を求める者たち』のリーダーであるエリック・ブレイバーはそこで耳を塞いでいた人差し指を引っこ抜いた。
 紅蓮の夜で『神族の帆船』の進路を塞ぐ見張り塔を排除するために全力を尽くした彼は、およそ三階建ての民家の屋根ほどの高さから落下した。
 いくら防御において信頼を置いている【不撓の魔鎧】といえど、その衝撃を完全には防げず、エリックは全身を強く打ってボロボロになっている。

「ああ、すげえうるさかった……にしてもクロエの奴、仮にもリーダーのおれを完全に無視してやがったぞ……」

「知るか」

 短く答えたのは壁に背を預けて目を閉じているガイア・ロッケンフィールドだ。
 気の持ちようで外部の音をシャットアウトする技術でも持っているのかと疑うほどに、彼は微動だにしていなかった。

「……ともかく、命があるだけよかった」

 部屋の中心に立ち、胸を撫で下ろしているのは『月歌を紡ぐ者たち』のリーダーであるコヨーテ・エイムズだ。
 紅蓮の夜の主役とも言える戦いを乗り越えた彼は、しかし自身に生まれた『叛逆者』の作用によってか傷を残していない。
 最後の最後、『神族の帆船』がアルタロ村跡地に落下する直前にコヨーテは叛逆の翼を羽ばたかせてかろうじて脱出していた。

「あんたが言うと嫌味っぽく聞こえるわ。ま、そんなつもりは微塵もないんでしょうけど」

 笑いながら言ったのはミリア・アドラーク・グラインハイドだ。
 コヨーテの傍に、宿の古ぼけた椅子に逆向きに腰掛けている。
 隣の椅子にはルナ・イクシリオンが行儀良く座っていて、その膝の上ではヒラギがうとうと舟を漕いでいる。

「で、ボクらを呼びつけるなんて一体何の用だいコヨーテ君? 生憎、ボクもそんなに元気ハツラツってわけじゃないから休みたいんだけど」

「それには同感だわ。こちとら夜通し駆け回らされた挙句にアホっぽい吸血鬼と戦ってて眠いのよ」

「オレの話は、まさしくそれだ。吸血鬼について情報交換をしなければならない」

 吸血鬼、という言葉に反応したのはミリアだけではなかった。
 マーガレットはその顔から作り笑いを消し、ガイアは片目だけ開いてコヨーテを見ている。
 紅蓮の夜において、ロスウェルの街でそれぞれが異なる吸血鬼と死闘を繰り広げていたからだ。

「まず、オレは純粋な人間じゃない。半吸血鬼だ」

「ちょ、ちょっと!?」

 慌ててルナが口を挟んだが、コヨーテの声はもうマーガレットとガイアの耳に入ってしまった。
 すでに事情を知っているレギウスやエリック、ミリアなどは驚いた様子で何も言えない。

「……重要な事だ。ここにいる誰もが五月祭の夜において吸血鬼と関わっている。もう情報を伏せていられるような状況じゃない。信じてもらえないよりは、ずっとマシだ」

 こうして、コヨーテは自らの秘密を明かした。
 半吸血鬼である事、『吸血鬼の組合』という組織がある事、昨夜の事件はその組合が引き起こした事、またその首領がコヨーテを狙っている事、特異能力『叛逆者』の力を得た事などを、全て。
 その中にはルナですら知らない情報もあったが、誰もが口を挟むような事はしなかった。

 現実味がなくて受け入れられないのとは違う。
 むしろ反対に、誰もが納得していた。
 彼らは皆、その『組合』の吸血鬼と関わっているのだから無理もない。

「……何か、質問はあるか?」

 真っ先に手を上げたのはミリアだった。

「あんた、エコマとかいう吸血鬼は知ってる? 昨日戦った奴なんだけど」

「よりによってあいつと当たったのか……聞こえが悪いかもしれないが、よく無事だったな」

「まぁね。あんにゃろ、まるでおちょくってるように本気出してなかったし。結局『六枚羽アマリリス』とやらも出さずに帰っていったし」

「それならボクんとこもそうだよ。メアリーとかいう気持ち悪い猫撫で声の吸血鬼、『仮面舞踏師マスカレイダー』だとか大仰に名乗った割には決着つかないうちに逃げ帰っていったね。ガイア君は誰だった?」

「……『白に尽きるオールホワイト』スコーグル・レッドレイン。戦いの流れはお前らと同じだ」

 どうやら街中で戦っていた吸血鬼は単なる足止めだったらしい。
 街中の魔術師が狙われていた事から、その考えは間違っていないとレギウスが補足した。

「今回の事件の全ては『吸血鬼の組合』の長が意図的に起こしたものらしい」

「そいつがエッタってわけか」

 コヨーテは頷いて、

「ヘンリエッタ・ジェラード。吸血鬼の組合の長にして『完成者コンプリート』の特異能力を持つ吸血鬼だ。同時に『運命を操る魔物』とも呼ばれているらしい」

 エリックは信じられないといった表情を見せているが、レギウスは特に大きな反応は見せない。
 船の上でアイザックの口からヘンリエッタの名前が出てから薄々その正体に勘付いていたらしい。

「しかし『完成者』って何だよ。なんだかいまいち運命を操るだとかと結びつかねえんだが」

「情報が足りねェんだからオマエは黙ってろ……コヨーテ、話を先へ進めろ」

 脱線しかけた話をすぐさま戻したレギウスに感謝しつつ、コヨーテは口を開く。

「その運命を操るとされる化け物が、よりによってオレを狙っているらしい。何故、だとかは聞かないでくれ。オレにも分からない」

「また、そっち系の話なの? 解散するだの何だのと」

 うんざりした調子でミリアが訊ねる。
 だが、事態はそんな段階ではない。

「……推測に過ぎないが、恐らく狙われているのはオレだけじゃない」

 しん、と部屋の中が静まり返った。
 エッタが去り際につぶやいた『星』と『陽』は恐らく、『星を追う者たち』と『陽光を求める者たち』を指しているのだろう。
 何しろ、それらのリーダーであるレギウスやエリックも船に乗り込んでアイザックと対峙したのだから無関係とは考えづらい。

「仮に奴が狙っているのが『月』と『星』と『陽』だとしたら、オレとレギウスとエリック、という事になる。だが、先ほども言ったとおりヘンリエッタは『運命を操る魔物』だ。もしこの三人が計画の途中で何らかのアクシデントで使い物にならなくなったとして、果たしてあいつは諦めるだろうか」

「なるほどな。ミリア、マーガレット、ガイアはそれぞれのスペアプランってとこか」

 後を引き継いだのはレギウスだった。
 さすがに理解が早い。

「はっ、上等じゃない。だいたい、何度も何度もコヨーテを痛めつけてくれた組合って奴、私はとっても気に入らないのよねぇ」

「同感だね。レギウスの左目まで奪ってくれちゃってさ。ボクは相当にムカついているんだよ」

「……俺はどうだっていい」

「待て、他の二人に比べてお前ひどくないか!?」

「だが、虚仮にされたまま大人しく引き下がるほど臆病になったつもりはない」

 警告のつもりだったのに、何故か彼らの闘志に火を点ける事になってしまった。
 やいのやいのと気合を入れるミリアたちに対し、コヨーテは次の言葉を紡げない。
 というか、下手に口を出しても結果は変わらないような気がしてならなかった。

「大丈夫ですよ。みんな、強いのです。コヨーテだけが背負う事はありません」

 ふわりと微笑むルナに、してやられたとばかりにコヨーテは笑みを浮かべた。
 二人で笑っているとルナの膝の上でうとうとしていたヒラギが目を覚まして、大きく伸びをし始めた。
 これだけ重要な話をしているというのに、どこまでもマイペースだ。

 まったく、冒険者というのはなんて風変わりな生き物なのだろうか。


 しかし、とコヨーテは表情を険しくする。

 『超越者オーバーラン』クラウド・ブルースター。
 船が墜落する直前に現れた吸血鬼であり、神剣レーヴァティンを操り、アイザックを超える身体能力を見せ付けた。
 ヘンリエッタがコヨーテを狙う限り、彼との再戦は避けられないというのに、とても勝てるビジョンが思い浮かばない。


 表情を悟られないように、レギウスは眉間に皺を寄せる。

 『美食家トップイーター』ヴィルヘルム・ヴェルフェンバルト。
 船から脱出したレギウスの前に現れた宿敵であり、レギウスが必ず殺すと誓った化け物。
 再会したのは半刻に満たない間だけであり戦いと呼べるものではなかったが、【理知の剣】はその際の余波で中ほどより折れてしまった。


 瞳を閉じて、エリックは心を鎮まめようと努める。

 『人形師パペットマスター』イザベラ・コロナードと『七罪クライム・セブン』パイソン。
 船より落下した後に巡り会った、恐ろしいほど大量の不死者を苦もなく操る死霊術師と、エリックと同じシステムを用いて変身する仮面の騎士。
 イザベラの操る驚くべき質と量の前に苦戦を強いられ、果てにはパイソンが繰り出した必殺の一撃を受けて、【七色の七つの魔石】のうち二つが破損し変身を封じられてしまっていた。


 五月祭の戦いは最後まで生き残った『大いなる日輪亭』の冒険者たちの勝利で間違いない。
 しかしそれぞれが深い傷跡をその身に刻まれる形で、その幕を閉じた。



【あとがき】
昨日ぶりですね、周摩です!
ついに、ついに五月祭編が完結いたしました!
構想より二年以上を費やしたオリジナルストーリーですが、現時点で最長だった第一九話を超える事ができましたね。
喜びもひとしおです、ありがとうございました!

今回は特にタイトルに当てられるものがなく、結局はシンプルにつけるしかなくて。
しかし実質は『特異能力者編』とでも言うべきかな、とも思っていたりします。
名前や能力しか出てきていない者も含めれば、『月歌を紡ぐ者たち』改め『ツキヒメノウタ』という物語全体での最終章、そこまでに登場する全てのキャラクターが今回の五月祭編に登場しているのです。
姿を現していないのはラクスマン・クレヴァー(名前のみ)、スコーグル・レッドレイン(声のみ)、メアリー・スポットライト(声のみ)、『傍らに侍る少女』(能力の描写のみ)ですが、実は全員ロスウェルの街に来ていました。

レギウスやエリック、彼らについては今まで本編に出られなかった分、濃く書けたと思います。
レギウスのほうでは必要な伏線をいくつも張り、エリックのほうではまともにアクションできたのはこれが初な気がしますからね……
そして最後の辺りで今まで見た事がない名前が出ているのですが、船から脱出しても彼らの戦いは終わっていなかった、という事です。
これらはいずれ、語る事になるはずです……(追想シリーズも終わっていないし)

『魔狼の証』アイザック・グルージーについては、お疲れさまとしか言いようがありません。
よくぞそこまで強大な壁として在れたな、と。
わたしはバトルものを書く際にはまず敵の強さを設定してから攻略法を考えるスタンスを取っているので、なるべくご都合展開での決着は避けるようにしています。
だからこそというべきか、本編でのアイザックの『強さ』を感じていただきたいのです。
初登場だから補正がつくはずの『叛逆者』が……まさか、あんな……(ぶつぶつ)

さて、今回も様々な吸血鬼と特異能力が出てきました。
その中でも『仮面舞踏師』のルビを下さったのは烏間鈴女さんです、ありがとうございました! メアリーがんばっちゃうぞっ★
アイザックと同格のエコマ、スコーグル、メアリーも登場できましたし、他の化け物たちも登場して本当にお祭り騒ぎでした。
とはいえ、やっぱり最も気になるのは神剣のあいつじゃないかなぁ、と思っていますが……

ちなみに作中でエリックが振るっていた【トールハンマー】ですが、こちらは急遽用意したブレッゼンさん謹製の魔鎚です。
エリックのパワー不足を補うためにラストイベントまでをクリアしてきたので、時系列的にすごい事になっていますね……
(第三〇話時点からF=ベルに行くどころかリューンにも帰っていません)

さて、次回は久しぶり……本当に久しぶりにリプレイのほうに戻ります。
『星』や『陽光』からでも半年ぶり、『月歌』で言えば一年と四ヶ月ぶり……掛かったなぁ、五月祭。
ちなみに次回に何をプレイするか、あまり考えていません。
まず積んできたシナリオをプレイするところから始めねば……!


☆今回の功労者☆
登場人物みんなが功労者です。お疲れさまでした。

戦利品:
「魔剣工房」
 【碧曜石】→工房に売却+1000sp
 【金鉱石】→工房に売却+500sp
 【風精王召喚】
 【活力の霊薬】
 【バロの眼鏡】
 【トールハンマー】→『陽光を求める者たち』のエリックへ譲渡

購入:
【黒翼飛翔】-1400sp(吸血鬼の組合)

銀貨袋の中身→4702sp

≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『深緑都市ロスウェル』(周摩)
『吸血鬼の組合』(周摩)
『魔剣工房』(Djinn 様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。
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周摩

Author:周摩
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