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第三三話:『メイドですからっ』(2/2) 

 カーテンで遮られても月の明かりは部屋の中に差し込んでくる。
 そんな薄ぼんやりとした明かりを見つめながら、ルナは両手を頬に当てた。

(ねっ、眠れません……!)

 原因は分かりきっている。
 コヨーテとやった、さっきのやり取りだ。
 恥ずかしいやら嬉しかったやら、複雑な感情がぐっちゃぐちゃでとても眠れなかった。

(明日も早いというのに……)

 同室の他のメンバーはすやすやと寝息を立てている。
 首を回して見ると、コヨーテはいつもどおりに壁に背を預けるようにして座って眠っているようだ。
 少しだけ寝顔が見たいと思ったが、それは叶わない。
 彼は表情を隠して眠る癖がある。

 そうしていると、部屋のドアが音もなく開いた。
 これが『大いなる日輪亭』であれば思い切り軋む音がなっただろうが、さすがは豪邸である。 

「あら、オルガ……さん?」

 ドアを開けたのはオルガだった。
 もう深夜だというのに、メイド服のままモップを手にしている。
 何か仕事が残っていたかと慌てて飛び起きて彼女の元へ急いだルナは、モップを真正面から振り下ろされた。

「わっ、あ、危ないですって!」

 オルガは何も言わず、再びモップを両手で握る。
 その様子からは殺気すら感じられる。

「あ、あのう……私、何か粗相を……?」

 やはりオルガは答えない。
 その間にもまるで槍術のようにモップを振り回し、調度品を薙ぎ倒していく。

「みんな起きてください! 何かがおかしい!」

 大声を出したからだろうか、オルガのモップによる突きがまっすぐにルナを射抜く。
 かろうじてそれを避けられたのは、横合いから強く引っ張られたからだ。
 そのまま抱きとめられる形で、オルガと距離を取る。
 やはりというか、真っ先に反応したその人はコヨーテであった。

「……何だこれは」

「分かりません! あああ、もしかして私のせい!?」

「落ち着け。話が通じないなら、とにかく優先すべきは無力化だ」

 そう言って前に出たコヨーテにぎょっとするが、さすがにその手に武器はない。
 オルガはもはや一端の戦士のような突きを繰り出し、コヨーテはそれを腕で受け止める。
 尖っていないにしても棒での突きに変わりないのに、一切気にかけずにモップを掴んだ。

「ミリア、頼む!」

「任された!」

 騒ぎになって起き出したのだろう。
 即座に背後に回ったミリアがオルガを羽交い絞めにした。
 その隙にコヨーテが無理やりその手からモップを引き剥がす。

「オルガさん!」

 ルナが近づくと、オルガは頭を振ってうめき声を上げた。
 どうやら正気に戻ったようで、ミリアは羽交い絞めを解いた。
 しかしコヨーテは油断なく武器になりそうなモップや調度品の破片を遠ざけたままだ。

「オルガさん、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……この有様は、あたしがやったのかい?」

「覚えていないのですか?」

「ぼんやりと……あたしもとうとうヤキが回ったかね。物やお客様に当たるなんてさ……」

 掌で目元を覆って、オルガは頭を振った。

「……実はね、最近悪い夢ばかり見るんだよ。夢の中じゃあ身体の自由が利かなくてね。お屋敷の廊下が行っても行っても終わらなかったり、皿や付近が持ち上がらなかったりするのさ……」

 はっとしたオルガは、弱みを見せた事をごまかすように壊れた調度品を片付け始めた。

「手伝います」

「ふん、要らぬお世話さ。こう見えても……」

「……、手伝いますから」

 いくらなんでもこんな夜中に一人で片付けさせるのは気が引ける。
 というよりも、ルナは三日間だけではあるがこの屋敷のメイドなのだ。
 上司の手伝いも仕事のうちである。

 翌朝、辛うじて日の出と共に起きたルナは、メイド服に着替えてキッチンへ向かった。
 最終的に壊れた調度品を運んで自室に戻っていったオルガはルナより後に眠ったはずなのに、ちっとも眠そうな様子を見せずそこにいた。

「昨日はとんだところを見せたね。あたしは自分が情けないよ」

「いえ、そんな……」

「ふん、だがね。もう弱みは見せないよ。寝酒でも試すさ。それでダメなら自分を縛って寝るよ」

 そこまでしなくても、とルナがおろおろしていると、オルガの表情にうっすらと笑みが浮かんだ。
 どうやらいつもの調子が戻ってきたようだ。

「今日もしっかり働いてもらうからね! 甘くすると思ったら大間違いだよ!」

「は、はいっ!」

 さすがに昨日よりは声に張りがないものの、塞ぎこまれるよりはずっといい。
 恐らくはオルガもまだ無理しているのだろうが、無茶はしないはずだ。

 そんな二人の調子などお構いなしに仕事は待ってくれない。
 慌しい午前を越えて昼の仕事をひとしきり終えると、ルナは淹れたての紅茶を盆に載せて運んでいた。
 目指す先は屋敷の地下室である。

「マーメル婦人、お茶が入りました」

「あら、ありがとう。こんな地下までごめんなさいね」

 整理されてはいるものの、光を抑えたランプのみの地下室はとても薄暗い。
 紅茶を落としてしまわないように、ルナは慎重にカップを渡した。
 もしここでお茶をぶちまけでもしたらドジっ娘メイドの称号は避けられない。

「やっぱり、陽が入るとダメですか?」

「そうねえ、劣化してしまいますね。わたし、ほんと薬学しかやらないし……魔術はどうもダメなのよね。あれって適性の壁があるでしょう? わたしは、あまり魔力を持たずに生まれてきたみたいだわ」

 ルナは薬学はかじったくらいだが、魔術のほうはからきしダメだ。
 そんなルナでも動かせた五月祭の時の『あの魔具』はやはり相当に特殊なものだったのだろう。

「旦那様に出会って、賢者の塔を出てきて良かったのかもしれないわね。性に合ってるもの。二人目の奥さんだから、甘やかしてもらってるしね。フフ……」

「先妻の方は、ご病気で……?」

 マーメル婦人は頷いて、

「旦那様、忙しすぎるんだもの。わたしのように趣味のひとつもないと、病気になってしまうかもしれないわね」

 明るく振舞ってはいるもののやはり寂しいのだろうか。
 マーメル婦人の目は、どこか遠くを見つめている。

「あ、でもなるべく戻れるように努力はなさってるみたいよ。先週も慌しく戻ってらしたし」

 婦人として慌てて主人のフォローに入った。
 見たとおり聞いたとおりのいい夫婦なのだろう。

 地下室から戻ると、玄関にはもう『月歌を紡ぐ者たち』の面々が戻ってきていた。
 まだ昼過ぎであり、いくらなんでも早すぎる。

「いやぁ、屋敷も一通り散策して、街まで出て酒場にも行ったし、明日は窓から見える湖にでも、ってね」

「ここら辺は、ほんっとくつろぐにはいいところよね」

「……代わってください」

 言ってはみたものの、即答で断られた。
 分かっているが言わずにはいられない。

「あまりいじめてやるなよ」

「ううっ、私の味方はコヨーテだけです。あとバリー」

「俺はついでかよ」

 バリーのツッコミは聞かなかった事にして、

「というわけでコヨーテ。この仕事が終わったら何かご褒美ください」

「分かった。何がいい?」

「えっ」

 軽い冗談のつもりだったからてっきりあしらわれるかと思っていたが、これは予想外の展開だ。
 というか、こちらが指定していいなんて予想できるはずがない。

「うぇ、お、えええぅ!?」

「……公用語で頼む」

「ま、待ってください! そんなにすぐは決められません!」

「そ、そういうものなのか?」

「はい! ですので、少し考えさせてください!!」

 そう言って、ルナはごまかすように午後の仕事へ向かうのだった。



 結局その日は張り切りすぎたというか、もともと寝不足だった事もあって、仕事が終わると同時にベッドに倒れ伏したルナはすぐさま眠りの底に落ちていった。
 だからだろうか、夜中の妙な時間に目が覚めてしまい、今度は無理やりにでも眠ろうと努めている。

 そして昨夜とほぼ同じ時分、再び部屋のドアが音もなく開いた。
 今夜そこに立っていたのはオルガではない。

「え……、マーメル婦人? な、どうしてここに……」

「ウフフ……」

 またしても嫌な雰囲気である。
 しかも終始口を利かなかったオルガと違って、マーメル婦人はちょっと笑っている。
 そしてその両手に持っているものを見て、ルナはぎょっとして叫ぶ。

「みんな起きて! またです、今度は怪しい薬を持ってますー!!」

 ぎゃあ、とルナはその場を飛びのいた。
 それまでルナが沈んでいたベッドに極彩色の薬品がぶちまけられていく。
 見た目でどんな効果が出るかは分からないが、とても触れたくない。

「ちょっ、マーメルさん止めてください!」

「フフフフ……」

「ああ、もう! ビホルダーよりタチが悪いっ!」

 言っているそばから空中に薬瓶を放り投げるマーメル婦人である。
 昨日と同様にコヨーテやミリアは即座に起きたものの、相手が依頼主の妻とあっては強硬手段に出るに出られない。
 もちろん正当防衛といえば聞こえはいいが、ざっくりと言ってしまえば一般人に手を挙げる事になるのだ。
 そんな噂が流れてしまえば信用が地に墜ちかねない。

「とはいえ、これはちょっと厳しいというか……」

「大ピンチじゃねぇか」

 奇妙なオレンジ色の薬品を浴びて体が動かないバリーが言った。
 ルナを含む他の面々も、軒並みが薬品を浴びてしまってろくに行動できないでいる。
 ほんのわずかな飛沫ですら効果が現れるのだから厄介だ。

「で、何か策はあるのコヨーテ」

「ない」

 期待を外されたのか、がくりとミリアがよろめいた。
 その拍子に薬品を浴びそうになっていて実は洒落にならない状況である。

「が、要らないだろう。凌ぎさえすればそれでいい」

「? ……あぁ、なるほどね」

 いくら強力な薬品を持っていようとも、それを運用しているのはマーメル婦人ただ一人である。
 であれば彼女が手に持てる量は限られており、途中で補充するような真似をしなければいずれ薬は尽きる。
 ミリアの身体能力による回避と、コヨーテの吸血鬼由来の回復力で凌ぎきり、あとは昨日と同じくコヨーテが動きを封じてミリアが抑える。
 行動を封じられて冷静になったのか、マーメル婦人はすぐに自分を取り戻したようだった。

「マーメル婦人? 大丈夫ですか?」

「え、ええ……これ、わたしが……?」

 マーメル婦人は唖然としていた。
 客人の部屋が自作の薬品で塗れているのだ、無理もない。

「やはり、覚えていませんか?」

「ぼんやり……。洒落で作った毒薬に呪薬に……それから諸々」

「洒落で作らないでください……」

 オルガが呆れていた理由がとてもよく理解できた。
 マーメル婦人の研究はなまじ効果がある分、危険すぎる。

「これからはもっと穏健な薬を作ってください! 村の子供が転んで膝を擦りむいた時に使えるようなものでいいので……」

「ええ、そうね……」

 天井を仰いで、マーメル婦人はぽつりぽつりと零す。

「若い頃は、冒険者とは言わないまでも、転地の理に触れるような魔法使いになりたかったのよね……お嫁に行ってお婆さんになる覚悟までしたつもりだったけど、最近、強力な魔法を操る様を夢にまで見るのよ」

 どうかしてるわ、とマーメル婦人は悲しそうな目で自嘲する。

「二度とこんな事がないように、薬庫には鍵をかけておくわ。強力な秘薬も処分しないとね」

「……お願いします。ここは私が片付けておきますから」

「ごめんなさい、お願いします。わたし、どうしちゃったのかしらね……」

 頭を抱えて、マーメル婦人は部屋を出ていった。
 部屋に残されたのは特有の青臭さを放つ薬品の臭いだけだ。

「掃除はしますから、みんなは眠っていいんですよ?」

「……手伝うよ手伝いますよ」

 さすがに劇薬と添い寝は勘弁願いたい。
 『月歌を紡ぐ者たち』は総出で部屋を片付け、衣服を洗濯して、改めてベッドにもぐる。
 結局、全員が寝入ったのは昨日と変わらない時間だった。

 翌日、またしてもルナはどうにか夜明けに起きる事ができた。
 今日は依頼の最終日である。
 やる事は変わらないが、それでも心に余裕はできる。

「マーメル婦人、お茶が入りました」

「あら、ありがとう……」

 マーメル婦人はどこか元気ない様子だった。
 とはいえ昨日の今日だ。
 まだ引きずっているのかもしれないと思ったが、どうやら違うらしい。

 見回してみると、昨日まで所狭しと並んでいた薬品棚の中身がごっそりと消えていた。
 元気がなかったのは早朝から処分に勤しんでいたからかもしれない。
 そう思ってよく見れば、マーメル婦人の目の下にはわずかにくまが刻まれている。

「フフ、心配しないで。薬の処分はあらかた終わったわ」

「いえ、そうではなく……」

 マーメル婦人は首を傾げるが、ルナは次の言葉を紡げずにいた。

「でも、あなたたちでよかった。使用人にこんな危険なものを投げつけていたらどうなっていたか……」

「……、マーメル婦人。その、気にしないでください。時間が、解決してくれると思います」

「……ありがとう。だと良いのだけれど」

「きっと、大丈夫です」

「そう……、信じてみるわ」

 無理やりにでも微笑んでマーメル婦人は応えた。
 これ以上かける言葉が見つからず、ルナは静かに地下室を後にした。



「いやー、もーお昼に回る場所ないんだよねー」

「……それは結構ですこと」

「じゃ、僕らは夕飯まで適当に時間潰してるんで」

「ハイハイ、どうぞごゆっくり」

 もう反論する気力もないルナは、仲間たちを放って仕事に勤しむ事にした。
 掃除用具を手に移動しようとしていると、ミリアとチコが忍び足で近づいてくる。

「で、決まったの?」

「はぁ、何がです?」

「ごほーびだよ、ごほーびー」

「あっ……」

 あまりにも色々あってすっかり忘れていた。
 今日を終えればコヨーテに何かひとつおねだりできるのだ。

「せっかくなんだし、ここはバシッと決めなさい。大事な場面よ」

「な、何を言って……」

「いやだって好きなんでしょコヨーテ」

「ぶっふ!? ごっはごぶっ!? ごふぁあああっ!?」

「……公用語で喋ってね?」

 唐突過ぎて咳き込んでしまい、まともに喋れないルナだった。

「ど、ど、ど、ど、どうして……!?」

「見てりゃ分かるわよ。男どもは気がついてないでしょうけど」

「ルナってばハート飛ばしすぎだよー」

「う、ううう嘘っ……!?」

 とても厳重に秘めてきたつもりだったのに、とルナは顔を覆った。
 恥ずかしすぎて顔から火が出そうだ。

「いい、ルナ。コヨーテはご褒美欲しいって言ったら『何がいい?』と聞いたわ。それはつまり! って事なのよ!!」

「な、何ですってー!?」

「そりゃもうアリよ、何でもアリよ。口約束? 知った事じゃないわ。男が一度口に出したんなら最後まで貫き通させるのが筋ってものよ!」

「そ、そうなのですか!?」

「そーだよ、男に二言はないんだよー!」

 なんだか勢いに押されているような気もするが、ミリアやチコが言うならそうなのかもしれない。
 というかパーティ内での恋愛は色々問題があるのではなかったのだろうか。
 どうしてこんなにノリノリなんだこの二人は。

「というわけで、頑張んなさいねルナ。私とチコは応援してるから」

「ここでひとつ、でっかく決めちゃいなー!」

「ひゃ、はい……」

 もう何がなんだか分からないルナはとりあえず返事をして、のぼせたような頭を抱えて仕事に戻った。
 当然、そんな調子ではろくに仕事に手がつかない。

「い、いけません! このままでは手ひどいミスを犯してしまいます! 切り替えないと!!」

 ルナは追い詰められると極端な行動に出るタイプだ。
 切り替えると決めて目の前のものに打ち込めば、ある程度は物事を忘れられる。

 気がつけば、夕飯の支度を終えていた。
 それまで何をどうやって仕事をしたのかほとんど憶えていない。
 恐る恐るオルガに仕事の結果を尋ねると、なんと非の打ち所がない仕事ぶりだったらしい。
 下手を打たなかった事は喜ぶべきだが無心でそこまでやってしまう自分が少し怖い。

「旦那様、次はいつに戻られるのかしら」

「恐らく、今週末には」

「あら、そういえば、旦那様がリューンで話をつけてくれたんだったわね」

 そもそも、この依頼は宿を訪ねたマーメル氏から請けたものだ。
 その時に大まかなスケジュールは聞いていた。

「皆さんとも今晩限りね。寂しくなるわ……」

「そんな、リューンはすぐ傍ですし、この辺りもよく通りますからまた会えますよ」

「そうね……」

 話題に出た事で、ルナはマーメル氏の事を思い出していた。
 あれはそう、一週間前にまで遡る。

 『大いなる日輪亭』では依頼主のマーメル氏と『月歌を紡ぐ者たち』、そして亭主エイブラハムが同じテーブルに着いている。

「なるほど、霊媒師もそう言うのならまず間違いはないでしょう。と、そういうわけですか」

「ええ、恥ずかしながら……」

 マーメル氏は身体を縮こまらせながら言葉を続けた。

「あれは身体が弱く、自分ひとりでは何もできない、そう思い込んでいる女でしたし……実際、そうだったのかもしれません」

 誰も言葉を発さず、ただ無言で次を促した。
 沈黙が重い。

「あれには、人の何倍も時間をかけて仕事をして、服も買えないような暮らしをする事が、本当は合っていたのかもしれません。わたしはあれに、甘い言葉をかけ、裕福な暮らしを与えてしまいました。しかし、教養もない身には酷だった事でしょう……」

「……私にはかける言葉がありませんが、そういう事ならお屋敷の方には知らせないほうが賢明でしょう」

 亭主の言葉は正論だ。
 マーメル氏としても前妻の不名誉を広めたくないからこそ、こうして秘密裏に冒険者を頼ってきているのだ。
 かといって、いきなり冒険者が屋敷を訪ねるというのも、屋敷の人間が怪しむだろう。

 しかし、これらの問題は亭主の放った、たった一言で全てが解決した。

「そうですな、であればという事で、うちの者を滞在させてはいかがですかな?」



 マーメルの屋敷から見えた小さな湖。
 『月歌を紡ぐ者たち』は日が暮れてから、この地へ足を踏み入れた。

「……この湖」

「あぁ」

 短く肯定したのはコヨーテだった。
 伊達に三日間を五名でフルに使って調査していない。
 その不気味な雰囲気は、当たりであると確信させるほどの説得力があった。

「エッタ・マーメル、この湖にいるのでしょう!?」

 応えはない。
 それでも、ルナは言葉を投げつける。

「あなたは死産だった娘を抱いてこの湖に身を投げた! そうですね!?」

 応えはない。

「あなたがそうして苦しみながら現世に留まっていたいのなら構いません! だけど、そうではありませんね!?」

 応えはない。

「自分の恨みを屋敷の住人に押し付け、悪夢を見せ、焦燥を伝え、力のある私たちが来てからは屋敷の人を操って私たちを亡き者にしてしまおうとした! 違いますかっ!?」

 応えは、あった。

『クルシイ……トテモ……』

 現れたのはバンシー、そして小さなウィスプだった。
 確認するまでもなく、エッタ・マーメルとその娘の魂だろう。

『ワタシニハ、生キテイルノガ、重カッタ……ナマリノヨウニ、重カッタ……』

「やばっ……!」

 バンシーのすすり泣く声には生者を狂死させる魔力が秘められている。
 抵抗したとしても、魂が削られるような痛みが全身を襲う。

「重かった、ですって……?」

 全身が痛みに悲鳴を上げている。
 だが、ルナにとってはそんな痛みよりも、ずっとずっと心が痛かった。

「あなたの無念、あなたの痛みはあなたにしか分かりません。だとしても、その重圧を他人に向けていいと思っているのですか!?」

 バリーの詠唱が結ばれる。
 唱えられた【炎網の囲い】はバンシーとウィスプを捕らえて離さない。

「他でもないあなたの娘を果てのない苦しみに縛りつけるのが、あなたの母親としての愛ですか!!」

 ルナの声は、バンシーに届かない。
 彼女はただ自らの痛みと苦しみを叫びという『攻撃』で吐き出すしかできない。

「――この剣に邪なるものを祓う力を!」

 ミリアの双剣に、ルナが祈りを込める。
 【聖別の法】と呼ばれる奇蹟は、実体を持たない相手にも届き得る力を授ける。
 そしてコヨーテの持つ魔剣レーヴァティンにも同じ力が宿っている。

 終わりのない悲劇の女霊の叫びを止めるのは、無慈悲ながらも慈悲深い剣の一閃だけだった。



 翌日、ルナはまたしても夜明けと同時に起き出した。
 たった二度そうして起きただけなのに、なんだか身体に染み付いてしまったようだ。
 せっかくなのでキッチンへ向かうと、オルガが一人で朝食の準備をしていた。

「手伝いますよ」

「もう仕事は終わったんだ、契約以上のお給金は支払えないよ」

「気にしませんよ。目が冴えちゃっただけですから」

 そうやって笑いかけると、オルガは負けたとばかりに微笑んだ。
 この三日間、彼女のそういった笑みを見るのは初めてかもしれない。

「本当はね、日雇いが見つからないから冒険者を雇うなんてどうかと思ったんだ。しかし、やるもんだね。助かったよ」

「そうですか? ありがとうございます」

「第一印象は『トロそうな小娘』だったからねぇ、こんなのにお屋敷の仕事が勤まるのかって思ったくらいだよ」

「あ、あはは……」

 ルナ自身、鈍くさいのは認めている。
 だからこそ今回の依頼――正確には臨時メイドの仕事――でドジを踏まなかった事は誇れるものだった。

「私こそ、オルガさんの第一印象は『怖そうなお婆ちゃん』でしたから」

「言うじゃないか」

「伊達に冒険者やっていませんよ」

 胸を張って返すと、二人の間で笑いが起きた。

「怠け者のメイドからは、恐がってもらわないと仕事にならないからね。最初は厳しくやるもんさ」

「納得です。……オルガさんも、たまには休暇を取られては?」

「まだまだ。他の連中に任せるんじゃ、心配で休まらないよ。あんたが正式にご奉公に上がる気になったら考えてやらないでもないがね」

「私には冒険者のほうが性に合っていますから」

「そうかい。その腕を眠らしておくのは残念だねえ……」

 思えば、以前も『劇団カンタペルメ』で臨時の演者となった時にも同じような事を言われた気がする。
 いくら適性があろうと、いくら評価されようと、ルナの心は冒険者にしかない。
 それでも、一時であれ平和な仕事に打ち込めたのは別種の刺激となって楽しかった。

 互いに会話しながらも手は進み、すっかり朝食の準備は整っていた。
 いつものように仲間たちとマーメル婦人を起こして配膳を済ますと、ルナはようやく仲間たちと同じテーブルに着いた。
 いくら自主的とはいえマーメル婦人の目の前で働かせると、オルガが怒られるからだそうだ。

 オルガの作る食事はやはり美味だった。
 しかし、ルナの舌はまかないの味が気に入っているようだ。
 そしてあの味を知っているのがこの場で自分のみだと分かり、少しだけ誇らしく思う。

「……朝方ね、変な夢を見たのよ」

 和やかに食事が終わり、いよいよ出発という段になってマーメル婦人がそう切りだした。

「幼子を抱いた女性が、寂しそうに、ずっと遠くへ歩いていくの」

「それって……」

「でも、羨ましいわね」

「え?」

「わたし、子供がまだだから……頑張らないとね、ホホホ」

「ぶふっ!?」

 まさかお屋敷のご婦人の口からそんな言葉が出るとは思わず、ルナは噴き出してしまった。
 その向こうではオルガも呆れている様子だ。

「奥様……、そのようなはしたない……」

「えっと、その、頑張ってください」

「あんたも! 言い方ってもんがあるだろう!」

「あっ、ち、違うんです! そういう意味じゃなくて!」

 必死に弁明するが、勘違いされた事で顔を真っ赤にしたルナが言っても説得力がない。
 何だかぐだぐだな流れになってしまったが、こうして『月歌を紡ぐ者たち』のマーメル家での依頼は幕を閉じた。



「ところでルナ。例の件はどうなったの?」

「はい?」

「ご・ほ・う・び」

「……、」

 さーっと顔を青くしたルナは、

「あああぁぁぁああ! わっ、忘れていましたぁぁぁああああああ!!」

 思わずそう叫んでしまって、見事ドジっ娘である事を証明したルナだった。
 ちなみに後日考えますと濁して終わった事に、ミリアやチコから非常に刺々しい視線を浴びた事を記しておく。

 必殺ドジっ娘ヘタレ熟練メイドの誕生であった。



【あとがき】
今回のシナリオは平江 明さんの「メイドですからっ」です。
こんなタイトル卑怯です、つられるしかない!
自PCをメイドに仕立ててご奉公に出すというとても素敵なお話です。素敵です。
伏線というほどではないにしろ、会話の端々から情報が取れていたと気づかされる後半の展開はとてもわたし好みでした。

五月祭明けの一発目はルナをメインに据えました。
というのも紅蓮の夜がシリアスに継ぐシリアスでとても息苦しく感じられたでしょうし、息抜きも兼ねて『明るくて』『短め(重要)』なシナリオが欲しかったのです。
実は当シナリオはもっと後にプレイするつもりでしたが、上述の理由により早まりました。
何故後の予定だったかというと、コスプレが続いてビジュタルが安定しないのが怖かったのです……

作中での不適切な発言(シナリオ中に存在しない、リプレイ独自の台詞)について一言申し上げたい。
メイドさんは「ご主人様」とは言いません!
でも言わせたかった、時代背景を無視してでも言わせたかったのです!!
得をしたのは筆者(とコヨーテ)だけかもしれませんが構いません、満足です!!!

後半で果たせていないアレはまた後日回収します。
ご苦労さまだよるーちゃん!

さて、次回はリプレイか、五月祭アナザーサイドか、はたまた追想シリーズか。
手につくところから進めるといたしますので乞うご期待!

【最近、ルナの役得ぶりが激しすぎないかなぁと思わなくもない】


☆今回の功労者☆
ルナ。必殺メイド女、だけどドジったよ!

報酬:
臨時メイド(三日分):30sp
マーメル氏の依頼:800sp

銀貨袋の中身→5532sp

≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『メイドですからっ』(平江 明様)

今回使用させて頂いた固有名詞
『シューザー村』(出典:『呪われし者の昼と夜』 作者:ほしみ様)
『劇団カンタペルメ』(出典:『劇団カンタペルメ』 作者:柚子様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。
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周摩

Author:周摩
しがないリプレイ書きのブログです。

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当ブログはリンクフリーです。報告は不要ですが、あれば相互リンクさせていただきたいと思います。

周摩のシナリオはこちらへどうぞ。

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