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第三四話:『深緑へ挑む』 

「エーレーンの街までハーブの買い付けに行ってほしい」

 五月のある日、『大いなる日輪亭』の一階で『月歌を紡ぐ者たち』は亭主エイブラハムからそう持ちかけられた。
 ご丁寧に正式な依頼という形で、おまけに貼り紙まで用意していたらしい。

 仕事の内容は内陸の街エーレーンまで向かい、指定のハーブを購入する事とある。
 報酬は銀貨五〇〇枚だが道中含めて危険は考えられないとも記されており、適正範囲の額である。

「……お使い同然じゃないか」

 驚き半分呆れ半分といった表情でコヨーテは返した。

 ロスウェル五月祭の吸血鬼襲撃事件――通称、紅蓮の夜――以降の『大いなる日輪亭』は軽い危機的状況に陥っている。
 専属冒険者パーティのうち二つが機能しておらず、まともに動けるのがコヨーテたち『月歌を紡ぐ者たち』しかいないこの状況で、のんびりとお使いなんてやっている暇はないはずだ。
 少なくとも、外部から収入を得る必要はあるだろう。

「悪いとは言わんが、気を回しすぎるのはお前のいつもの癖だな」

 エイブラハムは笑って、

「言うほど宿の経営は悪くないんだ。冒険者が出払っているとはいえ、うちはそれがメインじゃないからな」

 その無骨な手で優しくカウンターを撫ぜる。
 『大いなる日輪亭』に『月歌を紡ぐ者たち』が結成される以前はベテラン冒険者などおらず、せいぜい中堅どまりの冒険者が一、二名しかいなかった。
 それでも何とか宿を経営し続けられたのは、長年に渡って提供し続けた料理と酒の味への信頼あってこそだろう。

「つまり、そう焦る必要もないって事だ。揶揄する意図はないがレギウスやエリックのように命を失う事はないにせよ、しばらく活動できない事態に陥る事がある。たとえお前たちのようなベテランでも、だ。むしろだからこそ危険な依頼が回ってくる事だってあるだろう」

 それはかつて冒険者として活動し、引退して今を生きているエイブラハムだからこその言葉だろう。
 彼も一度はそれらを経験している。

「『大いなる日輪亭』はお前たちの帰るべき家だからな。万が一にでも冒険者より先に宿がくたばるわけにはいかん。――そこでだ」

 ダンッ、と勢いよくカウンターに置かれたのはラベルのない酒瓶だった。
 瓶から透けて見えるのは、透明度の高い液体とそれに浮かぶ何かの花びらだ。
 酒とあっては興味を惹かれてしまうのが我らが敬虔なる酒好きシスター・ルナである。
 彼女は瓶に顔を近づけて観察した後、すんすんと香りを確かめた。

「ハーブ酒ですね。これはラベンダーでしょうか?」

「ご名答。こいつは料理の香り付けに使っている自作のものだ」

「それなら知っている。親父の料理の味を盗もうと躍起になった時期に辿り着いた……が、それがどうしたんだ」

 コヨーテは幼い頃にエイブラハムに拾われ、『月歌を紡ぐ者たち』が結成されるまでずっと宿で働いていた。
 厨房での仕事も覚え、頻繁に出入りしていたコヨーテにとっては、エイブラハムの料理については大抵の知識を持ち合わせている。

「ひとつ、本格的なハーブ酒でも漬けてみようかと思ってな」

「……料理用ではなく?」

 その通り、とエイブラハムはラベンダーのハーブ酒を仕舞いながら言う。
 さっきからルナの視線が瓶にばかり向いていたのが気がかりだったのだろうか。

「ここ最近、料理のほうはそこそこだが酒の種類はさほど増えていないからな。宿の売りになるような酒を追加しようというわけだ」

「それでわざわざハーブの買い付けに? そのラベンダーの奴でも十分な出来だと思うんだが」

「言っただろう、インパクトのある『看板』が必要なんだよ。そんじょそこらで手に入らない奴がいい」

 長年に渡ってこの小さな宿を経営し続けたエイブラハムである。
 安定しない経営状況の下、数多の危機を乗り越えてきたのは彼の手腕によるところが大きい。
 彼の判断は必ず経験と実績に基づいて行われるのだ。

「しかし、何もオレたちが出向く必要はないだろう。危険は考えられない、と親父自身が貼り紙に書いている」

「……できればお前たち全員に請けてもらいたいんだが」

「訳アリの仕事じゃないんだろう?」

「それはそうだが……」

「だったら事情を話せ。不明瞭な依頼にはもううんざりしているんだ」

 理由もなく上手い話など存在しない。
 それはコヨーテたちは駆け出しの頃に、一度だけとはいえ十分に味わっていた。

「……その、なんだ。お前ら、ロスウェルでは大変な目に遭ったんだろ?」

「まぁ、それなりにはな」

「要するにこれは俺からのサービスみたいなモンだ。五月祭の事件の以前から働きづめで、今ですら休む気配すらないお前たちはどうせ言っても聞かないだろうからな」

 照れたようにそっぽを向くエイブラハムに対し、コヨーテは彼に聞こえないように笑った。
 口で言っても聞かないのならば依頼にしてしまえとは、なんとも彼らしいやり方だ。
 依頼の貼り紙には『期限なし。観光ついででも可』と記されている辺り、どうやらこれは冗談ではなく本音だったらしい。

「いいんじゃない? 『休め』だなんて言われる内が華よ」

 そう意見を差し挟んだのはミリアだ。
 彼女も紅蓮の夜においては街中を駆け回った挙句に吸血鬼との戦いを経ている。
 顔に出さないものの彼女こそひどく消耗し、それは未だに回復していないはずだ。

「……分かった。その依頼、『月歌を紡ぐ者たち』で請けよう」

 仕事を優先するあまり潰れてしまっては元も子もない。
 何より、せっかく経営者殿が御自ら計らってくれたのだ。
 その厚意を無碍にするような真似はできない。

「それで、目的のハーブの詳細は?」

「手に入れて欲しいのは『五方翠玉ごほうすいぎょく』というハーブだ。エーレーンの問屋を訪ねれば問題なく購入できるだろう」

「インパクトが必要だとか言うから、てっきり貴重なものかと思っていたが、そうでもないのか?」

「らしいな。あまり広く出回ってはいないらしい。俺も知り合いから一杯だけ試飲させてもらっただけだしな」

 目的地まで移動して、問屋を訪ねて品物を買う。
 本当にただのお使いである。
 エーレーンまでの道のりが馬車を使って片道二日という点でも駆け出しにぴったりの依頼ではないか。

 馬車は明日の朝方にリューンを出るという。
 特に必要なものは少ないだろうが、それでも準備を整えるために『月歌を紡ぐ者たち』は思い思いにその日を過ごす事にした。

 各々が一日の過ごし方を決めて行動に出た頃、ルナはひとまず自室に戻ろうと階段へ足をかける。
 すると、そこでミリアに肩を掴まれて引き止められた。
 何事かと振り返ると、ミリアはいつになく真剣マジな表情だった。

「分かってるわね、ルナ?」

「はい?」

 いきなり話を振られてもきょとんとするルナである。

「依頼主が言うからにはエーレーンでの観光はほぼ確定よ。この好機を逃す手はないわ」

「えっと……ああ、ご褒美の……」

「あれ? 何よその気のない返事は」

「お仕事で出かけるとはいえ、半ば休みのようなものなのに私の都合に付き合わせるのはどうかと思いまして……」

「……はぁー、こんのヘタレが」

 ミリアは全力で呆れてがっくりと膝をついた。
 さすがにここまでオーバーなリアクションしなくても、と思う。

「そんなんじゃ誰かに横から取られるわよ」

「……えっ」

「奥手なのもほどほどにしなさいね」

 そう言ってミリアは階段を昇っていった。
 取り残されたルナは、ただ呆然とするしかない。

(そんなの、考えた事もなかった……)

 自分がコヨーテを好きだとしても、相手も同じ考えだとは限らない。
 むしろ彼が自分を嫌いにならないなんて保障はどこにもなかった。
 想いは秘めているだけでは伝わらない。

(……無理です)

 コヨーテは誰にだって優しいわけで、ルナにだけ特別なわけではない。
 紅蓮の夜で吸血鬼に捕われて操り人形にされたルナを助けたのだって、きっと彼自身が心に決めている『助けるべき人々』にルナも入っていたからに違いない。
 確かに意識を取り戻した時には強く抱きしめられていたが、あれはきっと仲間を取り戻した事による安堵から来るものだったのだろう。
 その後に交わした会話も、きっとそういうものなのだ。
 想いを伝えてしまっても気まずさが残ってしまうのならいっそ秘めたまま終わってしまってもいい。

 と、本気でルナはそう考えていた。
 それが本心でない事には気づかずに、ただひたすらに両目を覆い隠したままで。



 翌日、首尾よくリューン発エーレーン行きの乗合馬車に乗り込んだ『月歌を紡ぐ者たち』は馬車の中で知り合った商人との会話に花を咲かせていた。
 人当たりのよさそうな笑みを浮かべた商人は、『月歌を紡ぐ者たち』の目的がお使い同然だと聞いて意外そうに目を丸くしていた。

「冒険者ってのはもっとこう、殺伐とした奴らだと思ってたよ。あんたたちはなんかこう、のんきというか」

「失礼ね、親しみやすいって言ってよ。年がら年中荒事ばかり担当してるわけじゃないんだから」

「おっと悪かった悪かった。エーレーンに着いたらいい宿教えるから機嫌直せよ」

 この様子だとエーレーンには何度も訪れた事があるらしい。
 コヨーテはこの商人からエーレーンの話を聞く事にした。
 リューンからそう遠くないにしても『月歌を紡ぐ者たち』にとっては初見の街である。
 道中の空き時間は有効に使うべきだろう。

「良い街だぞ。ハーブの栽培で財を成した街だから、どこ行ってもハーブのいい香りがするんだ。女も美人が多いしな」

「……最後のは関係あるのか?」

「あー、あと香草類に恵まれているからか食事も美味い。凝った食事に安くありつけるってのがいいな」

 適当に流しつつ、商人は馬車の窓から外を眺める。
 コヨーテたちもそちらに目を向ければ、大きな森が通り過ぎる様が見えた。

「聞いた限りだといいところみたいね、エーレーンって」

 そう言いつつ、ミリアは小ぶりな瓶を取り出して蓋を開けた。
 甘い香りが漂うそれはクルミの蜂蜜漬けだ。
 どうやら間食用に用意していたらしい。

「のんびりするにはよさそうですね」

 相槌を打ちながらルナが取り出したのは葡萄酒の瓶である。
 もはや全員、この旅を観光気分で楽しむ腹だった。

「おっ、昼間から酒かい? いいねいいねぇ、俺もとっておきの肴を出すから一緒にろうや」

 商人がいそいそと取り出したのはスモークチーズとソーセージだった。
 風味豊かなチーズはもちろん、ソーセージも劣らず美味そうだ。
 それを見ていた他の乗客たちもこぞって酒盛りに参加してくる。

「……ほどほどにな」

 旅の空の下では、こうして他の客を巻き込んだ宴会が始まるのはそう珍しい事ではない。
 だとしても御者にまで酒を飲まそうとするのはさすがに悪乗りが過ぎる。
 コヨーテがそれを阻止する役回りとなったのは言うまでもない。


 道中を楽しみつつ、二日かけて『月歌を紡ぐ者たち』を乗せた馬車はエーレーンの街に到着した。
 エーレーンを一言で形容するなら『綺麗な街』がふさわしいだろう。
 石畳はきっちりと平らに敷き詰められており、街路樹も綺麗に整えられている。

「んー、本当に街の空気からハーブの香りがするんですね」

 ルナは街の空気を肺いっぱいに吸い込んで、味わうように吐いた。
 香りはあまり強くないので不快に感じるほどではない。

「気に入ったみたいじゃないか、え? いいところだろ、この街は」

 馬車で一緒になって騒いだ商人が心なしか嬉しそうに言った。
 思い入れも強いのだろうか。

「さぁて約束だ。いい宿紹介するぜ」

「言わなくても分かるだろうが、料金ばかり高いぼったくり宿はお断りだぞ」

「分かってるよ。商売人は信用が大事ってな。そもそも俺もそこに泊まるんだぜ」

 ついて来いよ、と商人は慣れた調子で路地を歩いていく。
 案内されたのは中央通りを少し外れたところにある静かな住宅街だった。
 その中にぽつりと存在する、まるで隠れ家のような宿は静かだが決して寂れている様子はない。

 宿に入って最初に目に入ったのは食堂だった。
 閑静な外観から想像できるとおり、中は綺麗に掃除されている。
 満員とまでは言えないがそれなりに客入りはある様子だった。

「おーい、女将さんいるかい? またしばらく厄介になりに来たぜ。ついでに団体客も連れてな」

「アンタか、久しぶりだねぇ! いいよ、部屋なら空いてる。団体さんの分も含めてね」

 商人が呼びかけると、店の奥から妙齢の女性が駆け寄ってきた。
 歳は三十半ばを好きだ頃だろうが、エーレーンは美人が多いとの評に違わぬ容姿である。

「おや、団体さんは見たところ冒険者だね。仕事で来たのかい?」

「確かに仕事だな。とはいえお使いみたいな依頼だから、すでに観光が主目的になりつつあるが……」

 お使い、と聞いて女将さんは笑っていた気がする。
 駆け出しだと思われたのかもしれない。

「そうだ女将さん、『五方翠玉』ってハーブを商っている場所をご存知ありませんか?」

「……アンタたち、『五方翠玉』を探しに来たのかい? そりゃあ、間が悪いというかなんというか」

「えっ、何か問題でも?」

 早速雲行きが怪しくなってきた。
 しかし『月歌を紡ぐ者たち』はこの程度では動じない。
 大抵、冒険者に楽な仕事なんて存在しないものだ。

「俺もエーレーンはご無沙汰だったから知らんが、割とその辺でも売ってるハーブだっただろ、あれ」

「主だった供給が途絶えちまったからね。今はどこも売ってないと思うよ。仮に残している店があったとしても足元見られちまうだろうね」

「採取できなくなった理由は知っているのか?」

「『五方翠玉』の唯一の採取場所である森に妖魔が住み着いたらしいんだよ。あんたたちもここに来る途中、でっかい森があるのを見ただろ? あそこさ」

 道中で見かけた大きな森を思い出す。
 深緑都市と名高いロスウェルを囲むキルヴィの森ほどではないが、それでもこの広さでは早期解決は望めないだろう。
 なかなかに厄介な事態である。

「他のハーブなら違う森で採れるんだけど、『五方翠玉』となりゃあの森だけだね」

「……まぁ、一応期限は切られていないわけだし。解決するまでのんびり観光でもして待ってりゃいいんじゃない?」

「それがねぇ、ゴブリン程度ならこの街の冒険者でも相手になるけど、トロールやミノタウロスまで見かけたって噂なんだ」

 これにはさすがに唖然とするしかない。
 リューンから馬車で二日という近場の森に、トロールやミノタウロスが現れるなんて予想できるはずがない。

「この街は平和だからな。冒険者連中は大概リューンを根城にするしトロールやミノタウロスを相手にできる経験豊富な冒険者なんて……」

 商人はちらりと『月歌を紡ぐ者たち』を見やり、

「いやいや、ここにいましたよ腕の立つ冒険者が。ねぇ諸君!」

 などと演技くさい調子でコヨーテの肩をポン、と叩く。
 これに対して『月歌を紡ぐ者たち』が思った事と言えば、

「……やっぱりそうなるか」

 これだけだった。
 とはいえ『五方翠玉』を手に入れられなければどんな形であれ依頼は失敗となる。

 予想外の事態に陥ったとはいえ、このまますごすご帰るようでは本当に子供のお使いである。
 それでも駆け出しの冒険者であれば許されるだろう。
 しかし『月歌を紡ぐ者たち』はもはやベテランであり『大いなる日輪亭』の代表として看板を背負っている冒険者パーティである。

 想像と違っていても逆に出稼ぎのチャンスだと捉えて立ち回り、見事依頼を完遂するのが冒険者のあるべき姿ではないだろうか。

「やるからにはきっちり契約を結んでからだ」

 決意してからの行動は迅速だった。
 バリーが直接エーレーンの行政と交渉して、事態解決の際には銀貨一〇〇〇枚の報酬を受け取る旨を取り付けた。
 この金額を即決で決めてきた辺り、さすがはハーブで潤う街である。

「せっかくのんびりできると思ってたのになー」

「仕方ねぇだろ。文句は邪魔した妖魔どもに言え」

 不満を隠そうともしないチコを宥めつつ、『月歌を紡ぐ者たち』は件の森へと足を踏み入れた。



「ははっ、懐かしいねぇ。こうやって罠を張るのも久々な気がするよ」

 笑みさえ浮かべながら、レンツォは様々な罠を張り巡らせる。
 相手がオーガで罠を張って奇襲を掛けるというのは、『月歌を紡ぐ者たち』を結成したての頃を思い出すのだろう。
 最も、今回は当時と比べ物にならないほどのオーガの数、そしてトロールとミノタウロスもいるのだが。

「慢心は身を滅ぼすわよ。油断抜きでやりなさい」

「何だよ、ミリアだって。『ミノタウロスは任せなさい』とか言っちゃってさ、それって慢心じゃないの?」

「私は経験あるのよ。首をスッ飛ばしてやったわ」

「紅し夜ブースト込みで、でしょ。信用ならないデータだよ」

「だからこうして証明して見せようってんじゃない」

 オーガたちに気取られないように大きく距離を取った場所での会話だが、その内容に現状を悲観する色はなかった。
 たかが一年程度の冒険者生活で、数に劣る状況を笑って対処できるようになったわけではない。
 恐怖は経験によって乗り越える事ができるのだ。

「作戦を再確認する」

 バリーは地面に木の枝で簡易な地図を描いている。
 事前の調べで敵の数は割れている上に、位置まで把握済みだ。

「まずは罠に誘い込み、少数でもいいから足止めする。その後に俺の火炎術式、チコの一斉射撃を加えた後、コヨーテとミリアが斬り込んでトロールとミノタウロスを仕留める」

「前半はいいとして、後半はそんなに簡単にできるものではないと思いますけども……」

「当然だな。一人一殺ならまだしも、トロールは二体いる。手が足りねぇのはどうしようもない事実だ。レンツォがトロール受け持つってんなら別だが」

 無茶言うない、と作業中のレンツォからツッコミが入る。

「だが、やるしかねぇ。罠と俺の妨害が上手く機能すりゃ、後は各々の腕次第だ。つっても直後には体勢を立て直すだろうオーガ数体を相手にしなきゃならねぇんだし、せめてどれか一体は除けてほしいモンだが」

「ふーん、ナメられたものじゃない。ねぇコヨーテ?」

「やるだけやるさ。オレは吸血鬼相手には完全な優位が取れても、その他の妖魔にはさほどでもないからな」

 そう言いつつも、コヨーテは反対しない。
 確かに不明瞭な部分が多い作戦ではあるが、成功の確率は現時点でもそう低くはない。
 ミノタウロスとトロールを先制攻撃で潰せたらの話ではあるが、それでも何とか優位に立てるような采配を取っている。

 言うまでもなくミノタウロスはパワー偏重の戦闘スタイルであり、一撃は重いが回避してしまえば隙だらけとなりやすい妖魔である。
 対するミリアは回避に重きを置いたスピードタイプであり、その速度を十二分に生かした戦闘スタイルで――紅し夜や黒化による身体能力の底上げがあったにしろ――ミノタウロスを完封した事もある。

 そしてトロールも同じパワータイプであるが、種として驚異的な再生力を持ち合わせる厄介な妖魔だ。
 しかしその再生力は火傷に対しては発揮されず、火炎という明確な弱点が存在する。
 コヨーテの持つレーヴァティンは炎を噴き出す魔剣であり、さらにもう一振りのダーインスレイヴは破滅を司り、たとえ吸血鬼のような不死者ですら死に至らしめる強力な不治の呪いをもたらす魔剣である。

 大幅にとはいかないものの、勝率を高めるに足りる優勢は保てるはずだ。

「あいよ、こっちは済んだ。タイミングはそちらに合わせるよ」

 コヨーテは頷き、それぞれ配置につくように指示を出した。
 近接戦闘を行うコヨーテとミリアはなるべく妖魔たちに近い場所に身を潜める。
 やがてルナが適当な位置に石を投げ、木々を揺らして何体かの妖魔の注意を引く。

「――!!」

 怪しみ近づいたオーガたちはそちらに気を取られ、無警戒に罠を踏み抜く。
 ある者は太いロープで宙吊りにされ、ある者は毒を塗られた枝に貫かれ悲鳴を上げた。
 混乱の中にいる間に、コヨーテとミリアはそれぞれ茂みを飛び出す。

「――ふっ!!」

 まさに一瞬の出来事だった。
 ミノタウロスの体毛を掴んだミリアは遠心力を利用して、まるで引き寄せられるようにその頭上に飛び上がる。
 空中で身体を縦に捻り、左右の双剣を遠慮なく振るった。
 背後からの二撃に牛頭をかち割られたミノタウロスは盛大に血と脳漿を噴き出して倒れる。

 しかしコヨーテにはその様子を最後まで見ている余裕などない。
 眼前には罠に驚き硬直しているトロールがこちらを凝視しているのだ。

 レーヴァティンを水平に構え、体当たりするようにその刃を突き立てる。
 手応えだけで致命傷だと分かった。
 通りすがるように首を抉って引き裂き、そのままもう一体のトロールを目指して反転する。

 そちらはすでに立ち直っていたらしい。
 混乱が収まり激昂した様子のトロールはコヨーテに向けて大きく足を振り上げ、踏み潰そうとする。
 それに対し、コヨーテは急激に速度を落とした。
 回避のためではない、すでにトロールの後ろを取っていたミリアが流れるような剣閃を浴びせる直前だったからだ。

 トロールの首が飛んで噴水のような血が舞い上がるのと、オーガたちが罠の戒めを解くのはほぼ同時だった。
 最高速度でミノタウロスとトロール二体を排除したコヨーテとミリアはさすがに息が切れている。
 このままでは数に劣る二人がなぶり殺しにされてしまう。

「《立ち昇れ紅蓮の牆壁しょうへき、その威容で以って蹂躙せよ》――《隔てろ》!」

 バリーの詠唱が結ばれ、【火炎の壁】が二人とオーガの境界をなぞった。
 行動が制限され立ち止まったオーガには、チコが放った【夕立】のような矢の雨が降り注ぐ。
 コヨーテやミリアが安心して前に出られるのは、確実な後衛の援護が得られるからだ。

 壁が消え去ったタイミングで、コヨーテとミリアも動き出す。
 それぞれの刃がオーガの命を確実に刈り取っていく。
 やがてその場に残ったのは大量の妖魔の死体と地面を真っ赤に染める血液、肉の焦げる悪臭だけだった。


 戦いの熱が引くまで休憩した後、『月歌を紡ぐ者たち』はエーレーンの街まで戻る。
 特に期限が定められているわけでもない以上、焦りは禁物で休息は重要だ。
 宿に戻り適当に食事を注文すると、厨房からとても良い香りが漂ってくる。

「おまちどう! うちの定番の肴、シュリンプアンドチップス。モルトビネガーと岩塩で召し上がれ!」

 運ばれてきたのはカラッと揚がったエビとじゃがいもが山盛りの皿だ。
 外はカリッカリ、中はぷりっぷりのエビは噛めば噛むほどに旨みが滲み出してくる。
 塩気の利いたほくほくのポテトと交互に食べれば食感の違いが楽しめる。

「うっま! 何これビネガーでも岩塩でもどっちもうまい!」

 チコは果実水だが、他のメンバーはエールを注文している。
 濃厚なエビの旨みがくどくなってきたところをよく冷えたエールで流し込むともうたまらない。
 一日の疲れまで一緒に流れていきそうだ。

「ハイお待ち! 三種のキノコとバジルソースのパスタだよ」

 山盛られた平打ちパスタに、たっぷり掛け回された緑のソースと、歯触り楽しいキノコの調和。
 肉厚なキノコはボリューミーであり、決して脇役なんかではない。

「これは……ロスウェレーゼと張るな……!」

 コヨーテは深緑都市ロスウェルで似たような緑色の香草ソースが特徴の『若鶏のロスウェレーゼ』を口にした経験がある。
 このパスタは、決してロスウェレーゼに負けず劣らずの味だった。

「おまっとさん。とろ~りチーズのオニオングラタンスープだ」

 五月とはいえ、森の中は想像以上に肌寒い。
 冷えた体にガーリックと玉ねぎのスープは有難い。

「ふはぁ……身体の芯から温まるわね」

 しっかりと煮込まれてはいるものの、具材用に後から投入されている玉ねぎがしゃきしゃきとした食感を残している。
 もちろん、あっつあつのチーズはとろとろであり、身体の内側から力が沸いてきそうだ。

「さぁさぁ、お次はこいつだ。丸ごと一羽、一〇種のハーブを擦り込んで焼き上げたローストチキン!」

 卓に置かれる前から香り立つ湯気が先制攻撃を仕掛けてくる。
 ナイフを入れれば溢れる肉汁と、さらに広がる香気によだれが止まらない。

「ぎゃー! チキン様がとんでもなくおめかししてらっしゃるよ、うまままー!」

 皮は適度に焦げ目が入っていてパリパリになっている。
 じっくりと焼き上げられて旨みが凝縮されたような肉のしっとりとした柔らかさは、もはや得も言われぬ快感である。

「とどめはこれだ。当宿の看板、シュラスコ! 岩塩とハーブから作った門外不出のタレを着けて焼いた、分厚い肉の串焼きさ!」

 鶏、豚、羊肉にソーセージ。
 肉汁滴る多彩なシュラスコに、時折生野菜で口休めしながら食らいつく。

「こっ、こんなの口が裂けてもまずいなんて言えません! 最高です!」

 トロトロの甘辛いタレがこの期に及んでも食欲を刺激してきて、いくらでも食べられそうだ。
 軽く焦げたタレがまた香ばしくて、サービスで供された薄切りパンに野菜と一緒に挟むとそれだけで最高のご馳走が出来上がる。
 食べ応えのあるジューシーなサンドイッチにより、誰もが一言も発する事なく完食した。

「やー、大満足だね」

 『月歌を紡ぐ者たち』はゆったりと食後のローズマリーティーを楽しむ。
 食事が美味いという評判は確かなものだった。

「とっとと仕事終わらせて、もう何日かゆっくりしたいわね」

「そう上手くいきゃあいいがな」

「何よ、やっぱりアレが気になるの?」

 ミリアは森の最北東では複数のゴブリンシャーマンが円陣を描き、一心不乱に呪文を唱えている姿を思い出す。
 まるで呪文に呼応するように、周囲の木々が微かにだが確かに動いていた。
 どうやら彼らはエントを召喚していたらしく、もしかしたら他の妖魔も彼らの仕業ではないかと疑うには十分である。
 なお、厄介かと思われたエントもバリーの火炎術式によって奇襲を受け、ほとんど無傷のまま倒す事ができた。

「仮にオーガやトロールを奴らが召喚していたとして、あのゴブリンシャーマンはどこから来たのかはまったくの謎だからな」

「ゴブリンシャーマン程度じゃ単純に魔力が足りねぇ。数が集まったとしても召喚した端から制御できずに暴れ出すから奴らにとっちゃ理はねぇよ」

 だとしたら、どうやって妖魔たちは現れたのか。
 物事には必ず理由がある。
 そしてこういった仕事には大抵、胡散臭い結末が待っているものである。

「……これ以上面倒が起こらないといいけどな」

 そう呟いたコヨーテの言葉に、誰もが苦笑いを浮かべるしかなかった。



 タン、とオーガの眉間に矢が突き立つ。
 いくら強靭な肉体を持ったとしても、脳を破壊されては生物は生きられない。
 ゆっくりと後ろへ倒れたオーガは二度と立ち上がる事はなかった。

「もー終わったよね? 終わったよね?」

「油断するんじゃねぇよ。うんざりしてんのは俺もだ」

 オーガを含む妖魔の群れを倒した『月歌を紡ぐ者たち』はさすがにため息をついた。
 昨日あれだけ倒したというのに、未だに残っているとは想像できなかった。
 とはいえオーガは一体のみで他はゴブリンだけという、どこかアンバランスな集団である。

「なんとなく残党っぽかったわよね」

「私もそう感じました」

 であれば、森の妖魔の絶対数は少なくなっているのだろうか。
 これだけ探索してもなおミノタウロスやトロールが残っている可能性は低いだろう。
 森もほぼすべてを踏破しているだけあって、昨日と比べると幾分か静かだ。

「――んっ!?」

 ずぅぅん、という地鳴り。
 いや、連続するこれは足音のようだ。
 おそるおそる背後を振り返ると、

「げえっ、トロール!」

 木々を踏み潰しながら顔を出したのはトロールだった。
 それも尋常な大きさではない。
 通常のトロールに比べて遥かに巨大で、毒々しい赤い肌はまるで返り血のようにも見える。

 赤いトロールは『月歌を紡ぐ者たち』の姿を認めると、歪な口の端からよだれを垂らし始める。
 とても逃げさせてもらえる状況ではない。
 通常のトロールであっても対峙した状況からではとても逃げられない。

「――げぶっ!」

 赤いトロールのがむしゃらな突進により、レンツォが木の葉のように跳ね飛ばされた。
 その巨体とスピードによって直撃を避けても突風のような衝撃が散らばる。
 跳ね飛ばされたレンツォは背中から巨木に叩きつけられ、血液混じりに咳き込んだ。

「レンツォ!」

 あんなものが直撃したら、人の身体ではとても耐えられない。
 ミノタウロスを相手にできる戦力がエーレーンには存在しない事は先刻承知済みだ。
 ここで逃げるわけにはいかない。

「――翼を!」

 コヨーテの背中から漆黒の片翼が噴き出すように展開される。
 【黒翼飛翔】により生まれた蝙蝠の片翼により大気を叩き、一時的な加速を得て赤いトロールへと立ち向かう。
 赤いトロールは振り向きざまに拳を振り回すが、片翼の調整により身体の芯をずらして回避する。

 がら空きとなった胴体に、左右からコヨーテとミリアの剣閃が浴びせられる。
 巨体ゆえに致命傷となるほどの傷にはならなかったが、レーヴァティンによる火炎がその傷を焼いた。
 トロールは種として再生力を持ち合わせているが、火傷で潰れた細胞は再生しづらいという弱点がある。

「おい……嘘でしょ」

 確かに弱点を突いたはずなのに、赤いトロールの傷は見る見る癒えていく。
 コヨーテがつけた傷もミリアがつけた傷も、一切の差がなく瞬く間に、だ。
 毒々しい真っ赤な皮膚を持ち、火炎に対する耐性を備え、なおかつその驚異的な再生力。
 どうやらこの赤いトロールは突然変異体ミュータントのようである。

「だったら再生する前に叩き潰すまでよ!」

 ミリアのスピードがさらに上がった。
 しかし、どれだけ速度を上げても再生力が勝ってしまう。

「だったら――!」

 コヨーテはレーヴァティンを構えて強く踏み込む。
 だが、まるで見透かされていたようにタイミングを合わせて、赤いトロールの拳が力任せに振り下ろされた。

「ッ、コヨーテ――!!」

 ゴバッ、と凄まじい衝撃が広がり、土砂と真っ赤な血が弾け飛んだ。
 それらは間合いのずっと外にいたルナやバリーたちへ降り注ぐ。
 土煙が煙幕のようにもうもうと立ち込めていて視界がひどく狭まった。

「……まったくなんて馬鹿力だ」

 コヨーテは死んでなどいないし潰されてもいない。
 赤いトロールの拳を、左手で掴んだダーインスレイヴで真正面から受け止めていた。
 ダーインスレイヴは刃を立てており、赤いトロールの拳は真っ二つに割れている。
 右手のレーヴァティンはコヨーテ自らがダーインスレイヴで傷つかないように盾にしていた。

 赤いトロールは困惑にも似たうめき声を上げて拳を引いた。
 いかに驚異的な再生力を持っていたとしても、破滅の魔剣ダーインスレイヴによって傷つけられれば関係ない。
 ダーインスレイヴの刃で斬りつけられたものは生物・非生物を問わず必ず破滅する。

「――ミリア!」

 一斉攻撃の合図。
 ノータイムで理解したミリアは脚に力を溜め、一気に飛び掛る。
 その直後に片翼で加速したコヨーテが続いた。

 ミリアの双剣が閃き、赤いトロールのもう一方の腕を切り飛ばした。
 いくら再生力があろうと切り離された部位はそう簡単には戻らないはずだ。
 その隙にコヨーテはレーヴァティンから溢れる火炎を利用して火花を操る。

 やがて拳ほどの大きさの火の玉が魔剣の背で炸裂する。
 その衝撃を受けた剣速により爆発的な威力を生み出す【既殺の剣】である。

「――、――――――!!!」

 赤いトロールの絞り出すような断末魔の悲鳴が森に響き渡る。
 逆袈裟に二筋の轍がトロールの身体に刻まれ、ほとんど両断されかかっている。
 その身体よりも赤い血を噴水のように噴き出して、トロールは轟音を立てながら倒れ付した。

 赤いトロールの絶命を確認すると、コヨーテは胸を撫で下ろした。
 その脅威もさる事ながら、魔剣ダーインスレイヴはひとたび鞘から抜けば生命を喰らわなければ戻らない。
 もしひとつ以上の生命を喰わせなければ、所持者に対して『破滅』の呪いが降りかかる。

『またしても紛い物ではないか』

「……なんだと?」

 頭の中に魔剣ダーインスレイヴの声が響く。
 確かに生命は喰らっていたのだが、どうやら文句を言いたかっただけらしい。
 それでも『紛い物』という言葉がどうにも引っかかる。

「はぁ、疲れたわ……、にしてもこのトロールなんなのよ」

 愚痴をこぼしながら、ミリアが赤いトロールの死体へ近づいていく。
 すると、さっきまで動いていたはずの赤いトロールの身体はぐずぐずに崩れ落ち、あっという間に赤い粉の山になってしまった。

「トロールの変異種にしても、これはいくらなんでもおかしいぜ」

 バリーも驚き、目を見開いている。
 魔術によって作られていたにしても、こんな特殊な術式は聞いた事もない。

……、か」

 コヨーテは呟き、赤いトロールが現れた方向を見据える。
 用心のためにダーインスレイヴを鞘に戻さずに、コヨーテは足跡を観察した。

「コヨーテ、どしたん?」

 開幕で吹き飛ばされて倒れたレンツォは、何事もなかったように立ち上がっている。
 戦いの間中、ルナの必死の祈りによって傷を癒してもらっていたらしい。

「この赤いトロールの足跡を辿りたい。早速で悪いが、頼まれてくれるか?」

「……まだ何かいるっての? 勘弁してほしいよ、もう」

 そう愚痴をこぼしながらも、レンツォは意識を切り替えて調査に臨む。
 どちらにせよ森のすべてを踏破するまでは依頼を完遂したとは言いがたい状況である。
 コヨーテが魔剣ダーインスレイヴを鞘に戻していない事も、レンツォの決意を後押ししたのだろう。

 今まで以上に周囲に警戒しながら『月歌を紡ぐ者たち』は森を進んでいく。
 やがて見つけたのは、木の幹や足元の草に付着しているきらきらと光る赤い粉である。

「この赤い粉、まさか……」

 先ほど絶命した赤いトロールは、赤い粉の山となって崩れ去った。
 見た事もないような赤い粉だ、少なくともトロールと関わりがないとは想像しにくい。
 足跡の変わりに粉の跡を辿っていくと、やがて森の中にぽっかりと開いた空き地に出くわした。
 その中心に、小さな古い屋敷が経っている。

「いかにもって感じがするねぇ」

 試しにノックをしても返事はない。
 赤い粉の跡は途切れる様子を見せずに玄関の向こうへ続いている。
 ドアノブを捻ってみるとすんなりと開いた。
 鍵が、というよりは扉の蝶番から外れているようだった。

 屋敷はかなり古びており、床もところどころが抜けている。
 その影響で途切れ途切れではあるものの、赤い粉が地下室へと伸びているのを見つけた。
 先頭のレンツォとコヨーテが階段を降り切った瞬間に、悪臭が鼻を突く。

「……腐臭だな」

 換気ができない地下室には腐った血の臭いが充満していた。
 吐き気すら覚える悪臭に鼻と口元を覆いながら慎重に探索する。
 可燃性のガスが溜まっている可能性もあったため、下手に灯りを点けられないのも足を引っ張った。

「あらら……みんな、こっちだよ」

 レンツォが見つけ、指差したのはほとんど骨しか残っていない人間の死体だった。
 残った骨も頭蓋と肋骨が見事に拉げ、片腕の骨は上腕部で砕けているがどこにも見当たらなかった。
 死体の周囲には赤い粉が転々と散らばっており、この死体を『作った』のがあの赤いトロールであるという事実を物語っている。

 暗がりに目が慣れて来た頃、その地下室には鉄格子つきの部屋がいくつもある様子が見えた。
 そして一際大きな部屋の鉄格子が捻じ曲げられ、破壊されている。
 生じた穴はあの赤いトロールが少し身体を縮めれば出られそうなほどの大きさだった。

「……もう限界だ、戻ろう!」

 音を上げたレンツォの手には書き物机に放置されていた記録帳があった。
 屋敷の外に出て、森の新鮮な空気で体内を浄化した『月歌を紡ぐ者たち』は、早速その記録を検める。

「ふぅん。どうやら地下室の死体は魔術師だったみたいだね。そしてあの赤いトロールはその研究成果だってさ」

「妖魔研究の末にあんな化け物を生み出したって事かよ。自分の研究に殺されるとはザマァねぇな」

 赤いトロールはそこらの魔術師では手に負えないほどの力を持っていた。
 研究の暴走か、あるいは見積もりが甘かったのか。
 どちらにせよ、魔術師は失敗した。

 記録を読み込んでいけば、オーガやゴブリンなどの雑多な妖魔も研究対象だったらしい。
 森に唐突に現れた妖魔たちの正体は、どうやらこれで間違いないようだ。
 脱走してから月日がどれほど経ったか正確には分からないものの、記録に残されていた妖魔の数と『月歌を紡ぐ者たち』が倒した数がぴったりと一致した。

「って事はこれで一件落着?」

「……だな」

 おそらくすべての妖魔を倒しつくした『月歌を紡ぐ者たち』は、達成感よりも疲労のほうを強く感じていた。
 人間のエゴが生み出した妖魔たちが結局は人間の首を絞めていたのだ。
 今さら理不尽に嘆くほどピュアでないにしても、それでも疲れはやってくるものである。



「はぁ……、僕らの休暇はどこいったんだよ」

 骨休めのつもりで訪問した街で、まさか十数体の妖魔と切り結ぶ羽目になるとは誰が予想できただろうか。
 予想できたとしても誰がそれを信じられるというのだ。
 とはいえ冒険者が仕事に恵まれるというのは得がたい幸運だ。

「なんだかんだで臨時収入もあったわけだし、今度こそゆっくりしましょ」

「はーい、私はまたお肉が食べたいでーす! チキン様!!」

 重さ嬉しい銀貨一五〇〇枚が詰まった皮袋に頬ずりする勢いのチコだった。

 森から戻った『月歌を紡ぐ者たち』はその足でエーレーンの役所へ向かい、事の顛末を報告した。
 迅速な解決と原因究明の実績労われたものの、早いところ宿に戻って休みたい気分の『月歌を紡ぐ者たち』は適当に打ち切って岐路についている。
 ちなみに事前の契約では報酬は銀貨一〇〇〇枚だったが、原因究明に対する報酬として追加で五〇〇枚を上乗せされたのだ。

「つーわけでさ、どうよ。親父さんには手紙で報せておいて、この街で半月ぐらいゆっくりしない?」

「親父の依頼に期限は切られてねぇしな。悪くねぇ」

 意外とバリーも乗り気だった。
 なんだかんだ言っても、ここ最近の忙しさには参っていたのだろうか。
 あるいは食事が気に入ったのだろうか。

「コヨーテもそれでいいよね?」

「あ、ああ……しかしだな……」

 やはり宿が心配なコヨーテだったが、

「ああ、いたいた! アンタたち、今回はお疲れさんだったね」

 手を振って近づいてきた宿の女将さんによって遮られる形になった。
 その口振りからすれば、すでに森に平穏が訪れた噂は広まっているらしい。

「実はさ、さっき『大いなる日輪亭』のエイブラハムさんからアンタたちに手紙が届いてさ」

「親父から?」

 手紙を受け取ったコヨーテは背後から覗き見ようとするルナやレンツォたちに軽く邪魔されながらも、早速中身を検める。

「名指しの依頼が入ったらしい」

「……は!? じゃあ僕らの休みはいずこへ!?」

「また今度、だな」

 まるで死刑宣告を受けたように、レンツォはがっくりと両膝をついた。
 チコも力なく座り込んでしまう。
 ショックが大きいのは分からなくもないが、往来で恥ずかしい真似はやめてほしい。

「あっ、でも『五方翠玉』が手に入ってないしー! 買って帰らなきゃ依頼失敗しちゃうしー!!」

 ガバッ、と顔を上げたチコがまだ抵抗しようとする。

「『五方翠玉』ならもう市場に出てるよ。森が開放された事で隠し持っていた商人も焦ったんだろうねぇ、値崩れすらしてるんだよ。道中で買ってきたから買値で売ってあげるよ」

 が、女将さんの一言で再び崩れ落ちる。
 その手に提げた籠の中にはぎっしりと『五方翠玉』と思しきハーブが敷き詰められていた。

「すまない、そんなにたくさんは……」

「いいんだよ、要らない分はうちでも使うからさ。必要な分だけ買えばいいさ」

 もう一度礼を述べて、コヨーテは一掴みの『五方翠玉』を銀貨で購入した。
 これで当初の目的も達成した事になる。
 もはや反論の余地もなくなったチコとレンツォは一言も発さなくなった。

「ほら二人とも、馬車の時刻も近いみたいですから帰りますよ。立って!」

「何だよぉ……こちとら森の中歩き回って疲れてんだよぉ……」

「それはみんな同じです! 眠るなら馬車の中でもいいですから、行きますよ!」

「いやだぁぁぁああああ!! またあのチキン様を食べるまでは絶対に帰るもんかぁぁぁあああああ!!!」

「残念だけどテイクアウトはやっていないんだ」

 ついには駄々っ子と化したチコを引きずりながら、女将さんのトドメの一言を背にエーレーンを後にする『月歌を紡ぐ者たち』であった。



【あとがき】
今回のシナリオはflying_corpseさんの「深緑へ挑む」です。
ハーブの買い付けというお使い同然の仕事を任された冒険者たちが面倒事に巻き込まれる、という王道ストーリーなシナリオです。
登場するエネミーは安定感のあるチョイスに加え、一風変わった大物も出現します。

しかしなんといっても注目したいのがお宿で供されるさまざまな料理!
ステップ名からして「メシテロステップ」ですもの、こんなの全制覇するしかないじゃないですか!
というわけで本編では無駄に何度も回復しております。
みんな美味しそうに食べてくれたので満足です。えへ。
(ちなみに2016/01/29現時点の最新版ではフラグが立たないので宿に戻れません……)

今回は前回同様、ある意味五月祭のリハビリです。
前回が息抜きのためであるならば、こちらは所持スキル等を戦闘シーンで披露する、言うなればおさらい回ですね。
このためだけではありませんが、一応はコヨーテの【黒翼飛翔】以外は全員のスキル・アイテムは変わっていませんので。
しかし銀貨を使う暇がないですねぇ……

さて次回ですが、作中で言っていた『名指しの依頼』を消化します。
そちらは中編みたいですので、さすがに四週連続更新は無理かな、と……勢いが残っていればいけるかもしれませんが。
ちなみに今回は筆者のドジにより稼働中のPCの電源ケーブルを引っこ抜き、約四〇〇行分を保存せずに消失させたというお間抜けな話があったりします。
二日分消えたのです、その日はひどい絶望で大変でした……が、二日で復旧しましたというか書き上げました。我ながら勢いしゅごい。

さて、次回はリプレイか、五月祭アナザーサイドか、はたまた追想シリーズか。
手につくところから進めるといたしますので乞うご期待!
これ前回も言いましたね!?

【チコは生粋のロスウェル民だからチキン様大好き人間なのですよ】


☆今回の功労者☆
レンツォ。【盗賊の目】が活躍するシナリオは大好物です!

報酬:
森の妖魔退治:1000sp
原因究明報酬:500sp
ハーブ調達依頼:500sp

購入:
シュリンプ&チップス:-5sp
キノコとバジルソースのパスタ:-10sp
オニオングラタンスープ:-5sp
香草風味のローストチキン:-15sp
シュラスコ:-20sp


銀貨袋の中身→7477sp

≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『深緑へ挑む』(flying_corpse様)

今回使用させて頂いた固有名詞
『紅し夜』(出典:『紅し夜に踊りて』 作者:ほしみ様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。
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周摩

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