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第三五話:『Criss×Cross(後編)』(2/7) 

(五月二五日 一一時三六分 交易都市リューン・ユーシェ学院)

 警備兵と思しき男の姿が見つからない。
 交替の時間だとしても普通は片方は持ち場を離れないものだが、門の傍らの詰め所には人の姿がなかった。

「せっかくだし乗り越えちゃおうよ。誰も見てないし」

「馬鹿、やめなさい。ブタ箱にぶち込まれても見捨てるわよ」

 軽い冗談を交わしつつどうしたものかと決めあぐねているところに、

「なんか聞こえたー」

 チコが門にしがみついて言う。

「……騒がしい感じがする。叫び声、っていうか悲鳴かも?」

 他の面々も同じように門に近づいて聞き耳を立ててみる。
 辛うじてコヨーテやレンツォの耳に聞き取れたのは皮袋を引きずるような音と、途切れ途切れに発せられる男の悲鳴だった。
 それらを認識したコヨーテとチコは迷わず、レンツォは短く「たぶん敵だ」と伝えてから門をよじ登る。

 一足先にその場へ辿り着いたコヨーテとチコは、黒装束の集団が円を描くようにひしめき合っている場面へ出くわした。
 男の悲鳴もその奥から聞こえている。
 突破を試みる前に集団がうごめき、警備兵の男がようやくといった様子で這い出してきた。

「か……、数の暴力恐るべし……」

 それだけ言い残して男は気を失った。
 急いで駆け寄ると、黒装束の集団が一斉にコヨーテたちへ向き直る。
 黒装束の集団はどれもこれも人型ではあったが、人ならざるものだった。

『新・手・確・認!』

 顔に当たる場所にはのっぺりとした白い塗装の、髑髏を模した仮面が設えてある。
 やけにたどたどしい動作が目立つのはそれらがゴーレムと思しき人造物であるからか。

『全・軍・整・列! 戦・闘・開・始!』

「うわ、こっちきた!」

 どうやら機甲の兵士と似たような自律行動型らしい黒装束は一糸乱れぬ隊列を組んだままこちらへ向かってくる。
 そもそもなぜ警備兵がターゲットとなったのかはともかく、むざむざ彼と同じ目に遭う必要もない。

「どこの誰がけしかけたのかは知らないが、降りかかる火の粉は――」

「――ぶっ叩く、だよねー!」

 強引に後を引き継いだチコは即座に番え、即座に三矢を放つ。
 それらは寸分の狂いもなく先頭の三体の足元、正確には黒装束の裾を射抜いた。
 あのまままっすぐ前進されては黒装束と冒険者の間に倒れている警備兵が踏みつけられてしまう。

「……火の粉は払うものだぞ」

 時間を稼いでいる間に警備兵を除けつつ、コヨーテは訂正する。
 チコらしいといえばチコらしいのだが。

「どーでもいいから加勢してよー、モノが相手だと弓矢じゃ分が悪いのー!」

 次々に黒装束を石畳に縫い付けてはいるが、その拘束もほんのわずかな時間しか保たない。
 本来弓矢とは対生物用の道具であり、ゴーレムのように肉体も痛覚を持たない相手にはひどく効果が薄い。
 チコが基礎として修めたアルタロの技は元々が狩猟用という事もあって速射や精度が重要視され、威力は二の次である。

「いや、そうでもないらしい。見ろ」

 コヨーテが指した先には足元を射られた黒装束がバランスを崩して倒れこむ姿があった。
 脚に当たる部分に命中したらしいが、ただそれだけで身体が保てなくなるほどのダメージを受けている様子だ。

「攻撃全振りってこと?」

「数を作るのが難しくない代物って事じゃないか? どうせ術者は痛まないんだし耐久に割く分を攻撃に転化するのは合理的だろう」

「どっちにしたって私たちには都合がいいってことだね!」

 攻撃は当たらなければ意味がない。
 徒手のゴーレムに遠距離攻撃の手段はなく、その動きはとても鈍重だ。
 いくら数が多くてもコヨーテのような手練やチコのような遠距離から一方的に攻撃できる手段を持つ者であれば、それらを退けるのは容易い。

「やったね、ちょろーい」

 バリーたちが到着する頃には、瞬く間の速射により黒装束の集団を一掃したチコは鏃がまだ痛んでいない矢を選んで矢筒に仕舞っていた。
 貧乏くさいが、彼女の弓矢は全て手作りである事を考えれば恥ずべき事ではない。

「あちゃあ、やっぱり暴走してた! 大丈夫ですか、お怪我ありませんか!?」

 建物の陰から息を切らして走ってきた少年は、青ざめた顔で言う。
 
「す、すみませんでしたっ! 僕の不手際で……!」

「君は?」

「申し遅れました、僕はカーマイン・アサカット。ここユーシェ学院の生徒会長です。そしてこの骸骨を模したゴーレムは僕が開発した護身用魔法生物の『全軍』です」

「どうして護身用魔法生物が警備兵だか冒険者だかを襲う必要があったんだよ」

「それは……、ところであなた方は……?」

 自らが開発した魔法生物が暴走した後ろめたさがあるからか、カーマインは恐る恐る訊ねてきた。
 ユーシェ学院においては『月歌を紡ぐ者たち』は部外者なのだから無理もない。
 しかし、コヨーテたちは正当な理由があってこの場に足を踏み入れている。

「僕らは『月歌を紡ぐ者たち』、冒険者だ。そこの警備兵が襲われていたから無断で入ったんだけど、まさか追い出したりしないよねぇ?」

「……本当にご迷惑をおかけしました」

「気にしないでくれ。それよりも、なぜゴーレムを?」

「ええと、最近この学校の生徒一名が不審死を遂げてしまいまして、今この学校の授業は全て休講となり生徒には自宅待機が命じられています。学校側としては生徒の安全が第一なのでしょうけども、生徒側は早く遊びに行きた……、もとい。授業の再開を強く望んでいるので、なんとか生徒たちが自分の身を守れるようなそんなものを作って持たせて、学校側の説得に当たろうかと」

 いわゆる試作品に近いものだったのだろう。
 そうだとすればあの脆さも納得なのだが、元々が護身用なのにどうして攻撃一辺倒な性能だったのだろうか。

「一応、生徒たちの中で戦闘に自信のある者たちが集まって作った防衛隊があるにはあるのですが、その……生徒たちの評判はともかく学校側の評判がとても悪くて。それだけじゃ許可を降ろしてもらえなかったんです」

「そりゃ、なぁ……」

「それで、この『全軍』の性能を強化してチンピラ程度は追い払えるくらいにしようと改造を施していたんですが」

「少し目を離した隙に暴走しちまった、ってか」

 バリーの呆れ声に、カーマインはばつが悪そうに頷いた。

「ったく。術式に改良を加えるのなら自律行動状態は必ず切っておけ。そもそも素人が完成品の術式を弄くりまわすのは感心しねぇぞ」

「ハイ……」

 魔術を専攻している訳でもないユーシェ学院の生徒がゴーレムを開発・使役する手腕は驚嘆に値する。
 しかし、この詰めの甘さは致命的だ。
 現に警備兵は暴走によって手ひどく痛めつけられていたし、カーマインが事態に気づいたとしても首尾よく救助できていたかは定かではない。

「ともかく、皆さんには本当にご迷惑をおかけしました。このお礼はいつか――」

「それなら、今でいいかな? 僕らさ、ちょっと人を探してるんだよねぇ。エルっていうの、留学生らしいんだけど」

「エル、ですか。確かにそのような名前の留学生がいた事は存じていますが……、申し訳ありませんが、僕ではそれ以上の詳しい事はほとんど分かりません」

 結果は実らなかったものの、そう都合よく事が運ぶとは思っていない。
 学院関係者と繋がりが持てただけでも僥倖とすべきか。
 参考にとエルの護衛の冒険者の情報も同じく渡しておいた。

「ところで、ミア・アーツェンという生徒に心当たりはないか? 生徒手帳を拾ったんだ」

「ミア……ああ、知っていますよ。ただ、彼女も数日前から行方が分からなくなっているんです」

「失踪者の多い学校だな」

「どうも、不審死した生徒と仲がよかったらしくってショックを受けているとか……ともかく、この手帳を彼女に返したいのであれば、たぶんあなた方が持っていたほうがいいと思います。ミアさんが構内にいない事ははっきりしていますので」

「……分かった。ひとまず君は情報の収集を頼む」

 寮住まいの生徒を中心に聞き込みを行えばそれなりの情報は得られるだろう。
 生徒会長といえども部外者を構内に入れる権限はないらしく、学院内での人手はカーマイン一人だけという問題が気がかりだった。
 まとまった情報を得るまでに時間がかかってしまう。

「まぁ、こっちにもまだやる事はあるしな」

 情報を握っている人物はむしろ学院外のほうが多いだろう。
 地道な聞き込みも視野に入れると、時間的な余裕はほとんどないはずだ。
 生徒会長が『全軍』の残骸を片付けている姿を背に、コヨーテらは足早に構内を後にした。

「平気だった?」

 門の外にはミリアが佇んでいて、その隣ではルナが地べたに座り込んでいる。
 よく観察してみれば修道服のスカートが大きく裂けていて、ルナはその裾を弄っているようだった。

「ちょっと引っ掛けちゃってね。いくらなんでも独りで置いてくのも不憫だったから」

「……すみません」

 振り向いたルナは涙目だった。
 大急ぎで応急処置したのだろう、太ももの付け根辺りまで裂けたスカートの縫い目は荒っぽく見える。

「気にするな。こちらは大した事はなかった」

「進展は?」

「その辺りの話は宿に戻ってからにしよう。ルナも着替えが要るだろう」

 ちなみにコヨーテとしては限りなく何気ない一言だったのだが、ルナにとってはそうではなかったらしい。
 具体的に表すと俯いてぷるぷると震えている。
 表情こそ見えないが銀色の髪からちらりと覗く耳が真っ赤になっているのは分かった。

「……昼食もまだだからな」

 さすがにばつが悪くなって、コヨーテはごまかすように言った。



(五月二五日 一四時〇七分 交易都市リューン・ユーシェ学院)

 ルナの着替えと軽く昼食を済ませてから、『月歌を紡ぐ者たち』は再びユーシェ学院へ足を運んでいた。
 ちなみに前回とは違って門を乗り越える必要がなかったので替えの修道服の裾は見事破れていない。

「お待たせしました」

 生徒会長のカーマイン・アサカットは生徒手帳を手に門まで駆け足で寄ってきた。
 警備兵に呼び出してもらってからわずかも経っていない。
 『全軍』の件があったにしても、どうにも彼は真面目を絵に描いたような性格らしい。

「いくつか情報を聞きだせましたよ」

「……この短時間で?」

「はい!」

 訂正しよう。
 カーマイン・アサカットはたとえ今日会ったばかりの人間の頼み事であろうと全力で取り掛かれる、リューンが誇るべき大真面目だ。

「まずはエルという生徒についてですが……、一言で表すと不真面目です」

「君と逆な感じ?」

「そう、かもしれません。彼女はほとんど学校にも寮にもいる事がなかったそうなんです。姿を見せるのは月に一度、彼女のお兄さんが面会に来るときだけだったらしいんですね」

 どんなに立派な名門校にも不良は存在するようだ。
 よりにもよって調査対象のエルがそうであるのは予想外である。
 何しろ、月に一度しか姿を見せないのであればその足跡を辿る術も一気に減ってしまうからだ。

「ただ、寮の生徒の話だとエルもその兄もとびっきりの美男美女、って事でほとんど寮にいなかった割には結構有名だったみたいです」

 情報収集が比較的早かった理由はこれか、とバリーは納得した。

「それで、本来なら昨日か今日にお兄さんとの面会が予定されていたハズらしいんですが……」

「妹が姿を現さなかった、と」

 カーマインは静かに頷いた。
 どうやら彼女についてはそれ以上の情報はないらしい。
 最新の目撃情報が一月前とあっては無理もないだろう。

「次に、学院生徒の不審死についてです」

 エルの失踪と関係があるのかどうかは分かりませんが、と前置きしてカーマインは続ける。

「生徒の間では殺人だっていう噂がまことしやかに囁かれているんです」

「殺人……?」

「ええ、その生徒、名前はラインと言ったらしいですが、全身が風船のように破裂した姿で西通りに倒れているところを発見されたとか。明らかに自然な死に方ではないんで、これは何者かが魔法などを用いて殺害したのではないか、と」

 魔法、と聞いてコヨーテらは一斉にバリーへ視線を向ける。
 意見を聞こうとするが、彼は無言で首を横に振った。
 情報がない、あるいは多すぎて特定ができないかのどちらかだろう。

「……あと、もうひとつ。この死亡した生徒ラインとあなた方が拾った生徒手帳の持ち主ミアは、その……恋人同士だったとか何とか。だから、ミアさんのほうの失踪にはこの事件が関わっているんじゃないか、って思ったんです」

「そうか。それならエルの失踪とは無関係の可能性が……」

「いえ、それが。偶然かもしれませんけどミア・アーツェンは寮でエルと同室だったんです。そして二人の仲はかなり良好なものだったらしくて、どうにも履修した授業が全て同じだったとか」

「そりゃアレだろ。代返のための」

「……ですよね。でも逆を返せばほとんど全ての出席をごまかしてもらえるくらい二人の仲が良かったって事では?」

 確かに、いくらルームメイトだからとはいえ毎度毎度の代返は骨だ。
 それこそ親友と言えるほどの仲でなければ投げ出してしまうだろう。

「生徒たちの間では、エルがお兄さんとの面会日に姿を現さなかったのはミアさんと共にラインを殺した犯人を捜しに行ってしまったからなのではないか……という噂も流れています」

「……あの性格ならやりかねない」

 コヨーテは以前リューンの路地でチンピラに絡まれていたエルを思い出していた。
 三人を前に怖気づく様子もなく説教を垂れたあの強気な女性、依頼主エドガーに訊ねたところ、彼女はほぼ間違いなく妹のエルだという。

「あるいは、皆様が仰っていたエルと仲のいい冒険者たちに犯人探しの協力を要請した、とか」

「独りで動くとは考えづらいな。そちらの冒険者の情報は?」

「護衛の冒険者たちについては目撃証言が結構多くありましたよ。特に、東通りでエルと一緒にいるところを目撃したという話が大多数でした。……ただ、」

「ただ?」

「ひとつ気になる話がありまして……冒険者たちと一緒にいた彼女は、皮鎧を着て剣を佩いていた、と」

 まるで冒険者だ、と誰もが思った。
 『月歌を紡ぐ者たち』には誰一人として鎧を着込んだ者はいないが、それでも一般的な冒険者のイメージで言うならその姿は紛う事なき冒険者だろう。
 一応、『月歌』の名誉のために言っておくとミリアは厚手のコルセットとアームカバーで身を守ってはいる。

「いわゆる『コスプレ』、とはちょっと思えないですよねぇ……」

「……まさか」

「こんな話もあったんですよ。以前エルが彼女以上に素行の悪い生徒数人に絡まれてた事があったらしいんですけど、それらをあっという間に伸したとか。まさか、エルって学校にいない間は冒険者をやっていたりするんでしょうか……?」

 その問いに答えられる者はいなかった。
 ただ一人、コヨーテのみがそれに対して一歩進んだ憶測を立てる事ができる。
 およそ二ヶ月前の記憶を手繰り寄せながら、情報を整理していく。

『約束の時間なのにアイツらちっとも来ないんだもん』

(約束の時間、と言っていた。何の約束だ?)

『ったく、ホラとっとと行くわよ!』

(冒険者を差し置いて、どうしてエルが先頭に立っていた? 生徒の不審死の事件が起こる前から、いったい何をやっていた?)

 いくらでも推測が成り立つが、決定的な材料が足りない。
 人の命が掛かっている問題で安易な推測に飛びつくのは死を招く。

「ともかく、情報についてはこちらで精査する。君には引き続き聞き込みを続けてほしい」

 分かりました、と頷いてカーマインは来た時と同じく駆け足で去っていった。

「……行ってみるか、廃鉱山」

「それ、マジで言ってんの? いきなり敵の本拠地に乗り込むの?」

「目的はあくまで調査だよ。もしそこでエルが捕らえられている確証が得られたとしたら乗り込む可能性もあるが……」

 いまいちハッキリしない調子でコヨーテは続ける。

「オレにはどうもエル、そして護衛の冒険者たちが自分から廃鉱山に向かった気がしてならないんだ」

「例の不審死事件を追って辿り着いたと?」

「彼女らがどういった手順で情報を集めたのかは明確になっていない。だが彼女らの行動目的はライン殺害の真相を調べる事でほぼ間違いないだろう。ありえない話ではないと思うんだが」

「だとしたら『エルを誘拐した犯人はエドガーの身辺に詳しい人物』という前提が揺らぐぜ。仮に不審死事件の犯人が廃鉱山を根城にしてたとして、エルを含む冒険者たちがそこに調査に向かう確率は決して高くねぇ。なにしろラインと繋がりのあるミアと繋がりのあるエル、だぜ?」

 仮に犯人がエルを狙って身代金を巻き上げようとしているのであれば、あまりにも回りくどい。
 そしてエル、ひいてはエドガーの身辺に詳しくなければあんな脅迫状は出さないだろう。

「こういう仮説もあるにはある。不審死事件を追って廃鉱山に向かったエルと冒険者は犯人に捕らえられた、犯人は都合よくエルとエドガーを知っていて、更に都合よく兄妹の面会の日が近かった……言ってて馬鹿らしくなってくるな」

「視野が狭くなっていないか? オレは不審死事件の犯人とエル誘拐の犯人が同一とは考えていないぞ」

「……ん、あァ。確かに。繋がっているほうがどうかしてらぁな。だが、それでも反論の余地は残る。誘拐の犯人はどうしてこのタイミングでエルを拐かしたのか、だ」

「単に面会日が近かったから、では理由にならないな。不審死事件の調査でエルは冒険者と行動を共にしていた可能性が高い。どう考えてもリスキーだ」

「……、」

「……、」

 議論していた二人の間に沈黙が流れた。
 あまりにも情報が足りずに水掛け論になりかけている。

「分かったよ。廃鉱山に向かおうじゃねぇか。これで情報が得られなかったら無駄足もいいところだが……」

「そうなった場合は、あまり頼りたくないが盗賊ギルドの利用も考えるとしよう」

 疲れたように笑って、コヨーテは改めてメンバーに行動の決定を告げた。



(五月二五日 二一時〇〇分 交易都市リューン近郊・名も知らぬ森の中)

 昼過ぎにリューンを経った『月歌を紡ぐ者たち』はカスミアン廃鉱山への道程を半分ほど踏破したところで大休止を取った。
 煌々と輝く月を頼りに歩を進めていたものの、先ほどから分厚い雲が月光をすっぽりと覆い隠している。

「小雨は降るかもしれないけど、本降りはないと思うよー。これ狩人の勘ねー」

「ものすごくフワッとした気休めをありがとう。根拠ないんだよな、それ……」

 コヨーテ・エイムズは半吸血鬼である。
 吸血鬼にとっての雨、すなわち流水はその身を溶かす強酸と変わりない。
 いくら半分とはいえ雨に降られては身体中から力という力が抜けていき、酷ければ衰弱死してしまいかねないのだ。
 勿論、そうならないために降雨対策はある程度整えてあるが、やはり屋根のない場所で雨に降られるというのは心臓に悪い。

 こんな状況でおちおち眠っていられるほどコヨーテの神経は図太くない。
 よって必然的に見張り役となったが、本人は特に気にしていなかった。
 得手は尊重し不得手は補うべきだからだ。

「……、ふう」

 皆が寝入った頃を見計らって、コヨーテは短くため息をついた。

 ――視られている。

 そう感じたのはこの場所で夜営に入ってからだった。
 他の誰かがその視線に気づいた様子はなく、コヨーテ自身もともすれば見落としてしまったかもしれないほどに希薄なものだ。

 視線の主はおそらく人間ではない何かなのだろう。
 コヨーテは半吸血鬼であるからか、異形の存在については常人よりも感知能力が鋭い。

(今回の件に関わりがあると見たほうがいいのか?)

 視線に殺気は感じられない、というより敵意が感じられない。
 ただ観察しているだけのようにも思える。

(何にしても警戒を緩める理由にはならない。となれば根競べか)

 向こうの意図が読めない以上、どんな事態に陥っても対処できるように振舞わなければならない。
 無論、そちらばかりに掛かりきりになるのもよろしくない。
 意識を異形へ向けつつも、全方位に対して警戒しなくてはならないという事だ。

「……やれやれ」

 辛い一夜になりそうだった。



(五月二五日 二三時五八分 交易都市リューン近郊・名も知らぬ森の中)

 『月歌を紡ぐ者たち』を観察していた異形は、静かに四本足の踵を返して森の中に消えていった。


To Be Continued...  Next→
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周摩

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