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第三五話:『Criss×Cross(後編)』(3/7) 

(五月二六日 〇三時二〇分 交易都市リューン近郊・名も知らぬ森の中)

 東の空がまだ白まない時分、コヨーテは軽く身体を動かしていた。
 さすがに一晩中じっと座っているだけでは身体が固くなるし眠気も襲ってくる。
 眠っている仲間を起こさないようにとなるべく静かにしていたのだが、仲間の一人がもぞりと動いた。

「……ルナ?」

 その場所で眠っていたのはルナ・イクシリオンに違いない。
 彼女はどちらかといえば眠りは深いほうで、大抵は決まった時間にならなければ起きないはずだ。

(起こしてしまったかな)

 だとしたら申し訳ない事をした。
 見張りが仲間を起こすのは大事が起こる前後でなくてはならない、とコヨーテは考えている。
 必要もなく大切な睡眠を妨げてしまっては文句を言われても仕方がない。

「うぅ……、」

 ため息のような疲れ切った吐息と共にルナの口から弱弱しい声が発せられた。
 どうにも様子がおかしい。

「ルナ?」

 もう一度、コヨーテは彼女の名を繰り返し呼ぶ。
 それに対してルナはわずかに身じろぎするだけで返事もない。
 嫌な予感がして、コヨーテは彼女の近くへ寄ってみた。

「……っ」

 ルナの顔が赤い。
 横たわっている彼女は荒い呼吸を繰り返し、顔や首筋には大玉の汗がじっとりと浮かんでいる。
 手袋を脱いで彼女の額に触れてみると異常な熱さを感じられた。

「あちゃあ、疲れが出たのかしら」

「わっ、ミリ――!?」

 いつの間にか背後に忍び寄っていたミリアに驚くと、速攻で口を塞がれた。
 他の仲間はまだ眠っているのに大声を出すのは傍迷惑である。
 意図を理解したコヨーテが頷くと、ゆっくりとミリアの手が離れた。

「起きていたのか」

「あんたが眠ってるルナに近づいた辺りからね。私の期待を返せこんちくしょう」

「? よく分からないが……それよりルナが。酷い熱だ」

「……確かにね。こりゃちょっと良くないわ。できるだけ早く街に帰して医者に見せたいところだけど」

 ミリアはそこで言葉を切った。
 続きは言わなくても想像はつく。

 およそ半日をかけて進んできた往路であるならば、復路も似たようなものだ。
 そして高熱を訴える病人にその道のりは死刑宣告とさほど変わらない。
 誰かが手助けする必要があり、そうなれば移動は酷く遅々としたものになるだろう。

 おまけに目的地であるカスミアン廃鉱山へは一歩も足を踏み入れておらず、本来の目的である情報収集は始まってすらいない。
 今回の依頼には厳しい期限がある。
 まだ時間は残されているとはいえ往復で丸一日を費やす場所への無駄足は避けたかった。

「ミリア、後を任せていいか?」

「具体的にお願い。どこから、どこまで?」

「日が昇るまで見張りを頼む。みんなが起きたら状況説明。その後はカスミアン廃鉱山へ向かい、情報収集に努めてくれ。最終的な行動の決定権はお前に委ねるが、遅くても明日には宿に戻ってくれ」

「了解。あんたは?」

「翼を使ってリューンに急ぐ。街道に出るまでならおそらく誰かに見られる心配はない、と思う」

「……また無茶するのね」

 しかし他に方法はない。
 道中でリューンに向かう馬車でも拾えたら僥倖だが、可能性は著しく低いだろう。

 出発を前に、コヨーテは装備を整えなおした。
 これからの行動に求められるのは迅速性であり、夜営道具や魔剣二振りはデッドウェイトとなる。
 往路では安全な街道を通っており、復路も同じく街道を利用する事を考えると魔剣すら手放しても問題ないだろう。
 そうしていたらまるで気の向くままふらりと散歩にでも出かけるようなスタイルになってしまった。
 ルナの荷物の整理はミリアに任せたが、やはり彼女もほとんど着の身着のままで、その懐に聖印を持つのみとなっている。

「あまり気にしない事ね」

 荷物を片付けながら、ミリアが言った。

「ルナが体調を崩したのだって、大方『オレがわがままを言ったから』だとか思ってんでしょ。やめてよね。飽き飽きよ、そういうの」

 さすがに一年近くパーティを組んでいない。
 コヨーテの考えている事などお見通しのようだ。

「……、しかし」

「大体ね、体調不良なんて女子だったら当たり前に来るのよ。男どもは知らないかもしれないけどね」

「そう、なのか?」

「そうなのよ。だから気にしないでいいの。今回はたまたまタイミングが悪かっただけの事、そう思えばいいわ」

 ルナが『そう』なのかは知らないけれど、とミリアは付け加えた。
 抽象的な言葉ばかりだったが、今回の件がコヨーテのせいではないと言いたいのだろうという事はなんとなくコヨーテにも理解できた。

「ルナの病気に責任を感じているのなら、一秒でも早くあの子が快復するよう努めなさい。過ぎ去った事をいつまでも引きずってちゃ前に進めないわ」

 ミリアの語気は鋭かったが、言葉は優しかった。
 まるで姉が弟を諭すような雰囲気である。

「ほら、ルナ抱えて。軽く固定するから」

「あ、あぁ……」

 言われるがままにルナを抱きかかえると、ミリアは外套を使ってルナを固定した。
 朝日が出れば飛行は難しくなるができるだけ負担は減らすべきだ。

「はい。それじゃ、行きなさい」

「……行ってくる」

 白と黒の翼を展開し、コヨーテは地を蹴った。



(五月二六日 〇五時二二分 交易都市リューン近郊・カスミアン廃鉱山・山麓)

 日が昇るなり、『月歌を紡ぐ者たち』はその場を出発した。
 コヨーテとルナの不在、そしていつの間にか見張りがミリアに変わっていた事については軽い説明で納得してもらえた。
 が、二人が取り急ぎ戻った事で発生した荷物持ち問題は深刻である。
 結局は移動中に限り交替で持ち運ぶ事で決定したが、やはり魔剣二振りの存在が大きい。
 コヨーテはそれらを軽々と、時には二刀流で扱う事もあるが、そもそも長剣でありその重量は生半可なものではなかった。

「こんな重いの、よくあんなに振り回せるよねー」

「ええ、感心するわ。私の双剣の倍以上あるんじゃないかしら……くそ。重いわね」

 余計な筋肉をつけないよう身体を整え、速度を重視したスタイルのミリアにとって重い荷物は自らの長所を潰してしまう。
 無理に運ぼうとすると腕の筋を痛めてしまいそうで、仕方なく引きずっていく事にした。
 むしろ他のメンバーは最初から引きずっているのだが。

 先導役を任せたレンツォはすいすいと森の中を進んでいく。
 事前に警戒を呼びかけている状況で彼が気を抜く事はない。
 しかしすこぶる順調、とはいかなかった。
 『止まれ』のハンドシグナル。

「……、ドワーフ?」

 そう呟いたレンツォの視線の先には森の切れ目の少し開けた場所に座り込むドワーフの姿があった。
 その傍らには小柄な少年が横臥している。
 彼らも野営の真っ最中なのだろうか。

「丁度いい。ドワーフなら鉱山の情報を持っているかもしれない」

「良いドワーフである事を祈るわ」

 そう言って、ミリアは頭にバンダナを巻いて長い耳を覆い隠した。

「あっ、そっか。エルフってやっぱドワーフ嫌いなの?」

故郷キルヴィのエルフはそうでもないわ。これは念のためよ。そもそもロスウェルには鉱山がないからドワーフも住み着かないし、だから会わないし」

 それよりも、とミリアは続ける。

「あいつらが山賊まがいのならず者だったら面倒だと思っただけよ」

 この場には法の目は届かない。
 殺して奪って埋めるなり棄てるなりされても不思議ではないフィールドなのだ。

「ひとまず、私とレンツォでコンタクト取ってみるわ。バリーとチコは万が一に備えて後詰ね。あと荷物もお願い」

「……さてはお前、それが狙いなんじゃねぇのか」

 適当に手を振ってあしらい、ミリアはレンツォを伴ってドワーフらへと近づいていく。
 十歩も進まない内にドワーフがこちらの姿を認めたらしく、視線が合った。
 目的はあくまで情報収集であり、無闇に音を消して近づいたりするのも警戒されてしまう可能性がある。

「……! おお、旅のお方! どうか頼みを聞いてくだされ!」

「ん?」

 反応を見ていたミリアだが、どうやら最悪の予想は外れたらしい。
 そのドワーフは近づいてくるミリアとレンツォに対して、自らの得物を一瞥もしなかった。

「コカの葉か解毒剤か、聖北の【血清の法】か……とにかく麻痺毒を和らげる手段があればこの人間を手当てしてくれぬか!」

 横臥している小柄な少年を指してドワーフは訴えた。
 そちらに目をやると、全身に傷を負っていていたるところに出血や青痣が見て取れる。
 それよりも目を引くのが少年の不規則でか細い呼吸だった。
 どうやら麻痺毒に侵されているというのはでたらめではないらしい。

「なるほどね。ミリア、どうする?」



 レンツォは了解、とだけ言って頷いた。
 あの様子だと裏の意図にまで気づいたのだろう。

「ドワーフさん、少し話を聞かせてもらえないかな?」

「話じゃと?」

「おっと、怒らないでほしいね。もちろん急がないとそっちの坊やが危ないってのは重々承知している。が、麻痺毒を治癒するためにも必要な事だ。一口に麻痺毒と言っても種類は山ほどあるし、解毒の方法もその数だけ存在する。手持ちの毒消しが有効なのかどうかを判断する材料が要るんだ、分かるだろう?」

 ドワーフは『手持ちの毒消し』という言葉にあからさまに反応した。
 協力すれば首尾よく少年を助けられるかもしれない、と考えたのだろう。

(上手いわね、こいつ)

 レンツォが並べた言葉に嘘はない。
 麻痺毒に対する解毒薬も常に懐に忍ばせているのも間違いない。
 だが、この状況においては『約束を取り付けた事』こそが重要だった。

 必要な情報のみを先んじて聞き出し、少年の解毒を先に済ませる事もできた。
 だが、万が一ドワーフが後になって情報を出し渋った場合は切り崩すのが難しくなる。
 ドワーフが本心から少年を助けたいと思っている事を確認した上での交渉である。
 慎重すぎるくらいだが、レンツォは万が一の可能性すら潰したのだ。

「僕はレンツォ。とある人物からの依頼を請けてここへ来ている。そちらは?」

「ワシはアルクダル族の戦士バルド。この人間はパースじゃ。主に遺跡荒らしを生業にしておるが、今はこの近くのカスミアン廃鉱山へ鉱石を掘りに行ったのじゃが……」

「……へぇ、廃鉱山に」

「鉱山へ入るや否や、何者かから組織立った襲撃を受けてしもうた。ワシは軽傷で済んだが、見ての通り仲間は大きな怪我を負ってしもうての……」

 この時ばかりはさしものミリアもポーカーフェイスを崩してしまった。
 まさかここまで有益な情報を仕入れる事ができるなんて想像もしていなかった。

「怪我の手当てはしたが矢に塗られておった麻痺毒までは手持ちの薬では治療できんかった。森に薬草を採りに行こうにもこんな状態の仲間を置いて行ったり連れ歩いたりするわけにもいかぬし……このままこやつの生命力に賭けるしかないかと途方に暮れておったところなのじゃよ……」

「……なるほどね。なるほど」

 レンツォも内心では動揺している様子だった。
 顎に手を当てて考え込んでいるが、それは解毒方法について考えているのではないだろう。

「バルドさん、安心していいよ。廃鉱山に陣取ったやつらが何者かはさておき、そいつらが使っただろうこの辺りの毒草には心当たりがある。解毒薬についても僕の手持ちで何とかなりそうだ」

「おお、ありがたい!」

「ミリア、悪いけどバリーとチコ連れてきて」

「ん。分かった」

 バルドとパース、この二人は有力な情報源となる。
 そう判断したのだろう。
 手持ちを分け与える事を躊躇しなかった。

(あるいは別の厄介事を抱える可能性もあるけれど……ま、その辺りはバリーに考えてもらえばいいか)

 状況の分析や真相の解明はバリーの十八番だ。
 ミリアに託された仕事は行動の決定であり、誤った選択をしないためにも不得手な分野に口出しはしないほうがいいだろう。



(五月二六日 〇五時五五分 交易都市リューン近郊・名も知らぬ森の中)

 森の中を滑るように移動するのは黒と白。
 白いシスターは苦しそうに表情を歪ませながら荒い呼吸を繰り返している。
 黒い半吸血鬼は焦りに歯を食いしばりながら木々を蹴って加速を図っている。

「くそっ……!」

 陽はもう山の裾から顔を出している。
 もともと、陽が昇る前なら他人に見られる心配がないからと黒翼での移動時間の短縮を図った。
 だのに未だに黒翼を使って飛行しているのには理由がある。

「まだついてくるのか……」

 背後を振り返るまでもなく、コヨーテはその存在を察知する。
 耳を叩くのは蹄が地面を蹴る軽快な音だ。
 追跡者は馬、それも特殊な馬だった。

 眼前の大木を避けるため、コヨーテは木を蹴って横方向に大きく軌道修正する。
 その際に視界の端にちらりと白いものが見える。
 蒼いたてがみをなびかせて走る馬は、額に鋭い一本角を生やしていた。

 一角獣ユニコーン
 その特徴的な姿は疑いようもなく伝説の聖獣であった。
 一角獣といえば万病を癒すという角のほうが有名だが、その性格は極めて獰猛である。

 そもそも野生――伝説の聖獣を野生と表現していいものか悩むところであるが――の動物に追い立てられている現状がすでに最悪だ。
 一角獣は人語を話す種ではなく、少なくとも友好的な理由で走ってはいないだろう。
 もしかしたら腹を空かせているのかもしれない。

「……冗談じゃない」

 思わずひとりごちた。
 今のコヨーテは飛行のためにデッドウェイトとなる荷物を全て残してきている。
 その中には二振りの魔剣もあった。

 自惚れていたわけじゃない。
 油断していたわけでもない。
 たかだか半日移動すれば大都市リューンに辿りつけるような場所で伝説の聖獣に追われるなんて想像できるはずがないのだから。

(愚痴っていても状況は変わらない、か……)

 一角獣の体高から、およそコヨーテの体重の一〇倍はあるだろう。
 あんなものに踏みつけられたら手足は千切れ、胴であれば内臓破裂、頭であれば原型を留めない。
 馬である以上、脚力も尋常ではないはずだ。
 まずもって近づいて戦うのは得策とは言えない。

(と、なれば黒狼に頼るしかないわけだが、今は使えない)

 吸血鬼の秘術である【天狼突破】により生み出される黒狼であればコヨーテ自身は遠距離に身を置きつつも攻撃が可能だ。
 しかし、今現在コヨーテの腕はルナを支えるので精一杯だ。
 ただでさえ不安定な飛行状態において片腕だけで彼女を支えるのは危険すぎる。
 一応、ルナの名誉のために記しておくが、決して彼女が重いから支えきれないのではない。
 決してない。

「――っ!?」

 がくん、と視界が揺れた。
 どうにも方向の微調整に足場にした木が腐りかけていたらしい。
 コヨーテとルナ、二人分の体重と飛行の勢いを受け止めきれずに音を立てて軋んでいる。

「しまっ――!」

 森の中を駆け抜ける速度は平原よりも劣るとはいえ、大型馬の追跡から逃れるほどの速度である。
 そんな状況で障害物に富む木々の狭間で体制を崩せばどうなるか。
 無理やりに翼を動かして体勢を戻そうとするも、別の木々にぶつかってしまい身動きがとれなくなる。

 このままでは地面に叩きつけられるのは時間の問題だ。
 兎にも角にも無事に着地しなければ一角獣に対抗するどころの話ではなくなる。
 ルナを抱きすくめ、その上から叛逆の翼を使って二人分の身体を覆い尽くす。

「ッ、がっ……――!!」

 二本、三本と木の枝を折る感触が背中から伝わってくる。
 その度に肺の中の空気が搾り出されるが、歯を食いしばって耐えるしかない。
 棍棒で思い切り殴られたような衝撃が額を襲い、右目が赤く塗りつぶされた。

「――嘘、だろ」

 やがて悪夢のような滞空は終わりを迎える。
 その終着点はきらきらと太陽の光を反射する水面だった。
 無常にも流れる小川はまるでコヨーテとルナを待ち構える猛獣のあぎとさながらである。



(五月二六日 〇六時〇五分 交易都市リューン近郊・名も知らぬ森の中)

 気がつけば、コヨーテは地面に横たわっていた。
 両手足を軽く動かしてみて痛みがない事を確認すると、コヨーテは身体を起こした。
 頭の痛みはすぐに治まるものではなさそうだが、血はすでに止まっていて、少なくとも吐き気はない。

「ルナ……!?」

 辺りを見回してコヨーテは絶句した。
 わずかに離れた場所、小川の傍に横になっているルナの姿があった。
 そんな彼女に寄り添うように寝そべっているのは、自分たちを追ってきた一角獣である。
 ルナが発熱により顔を赤くしていなければ、幻想的な絵画のような光景になっていただろう。

「……、」

 油断なくコヨーテは近づいてく。
 それに反応した一角獣は首だけを上げて、こちらを威嚇するように睨み付けている。
 角で突かれない位置まで近づいて、コヨーテは一角獣を観察した。

「お前……」

 一角獣の真っ白な毛並みが赤黒く汚れている。
 怪我をしているわけではない。
 それはコヨーテの額から流れた血だった。
 地面を眺めると、馬蹄の跡がやたらと強く残っている。

「オレたちを助けてくれたのか?」

 人語を理解しているのか、一角獣は鼻を鳴らした。
 そんなわけがないとでも言いたげに。

「……一応、礼は言っておく。ルナを助けてくれてありがとう」

 一角獣は再び鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
 お前には関係ない、と言いたげに。

 一角獣にはその名を冠する一本角の他に、もうひとつ大きな特徴がある。
 不思議な事に一角獣は人間の乙女に想いを寄せる習性があるのだ。
 伝承における一角獣の捕らえ方として、処女の娘に一角獣を誘惑させるという方法は最も有名だろう。

(つまり一角獣こいつはルナを追いかけていたわけか)

 小川に放られそうになった二人を身を挺して救ったのは、ひとえにルナを助けたい一心だったのだろう。
 それを証明するように、助けた後はコヨーテだけ放置されていた。

「おい一角獣」

 当然のように一角獣は無視した。
 コヨーテの呼びかけには応じるつもりもないのか。

「見れば分かると思うが、ルナは病気だ。お前の力でどうにかならないか?」

 一角獣は小さく嘶いただけだった。
 その最大の特徴たる大きな角には万病を癒すと噂されているが、この一角獣がその固体であるという確証はどこにもない。
 神話や伝承というものは伝わるに連れて虚構が積み重なるものなのだ。

「だったらもうオレの邪魔をするな。お前なんかに構っているとルナの容態は悪化しかねない」

 そう告げて一角獣に近づくと、意外なほどあっさりとルナを返してもらえた。
 どうやら彼(?)も自らの力でルナを救えないと自覚しているらしい。

 ルナを抱えると一角獣もその身を起こして一声嘶いた。
 そして四足を忙しなく動かして足踏みを始める。
 あろうことか小川でやるものだから水飛沫がコヨーテとルナに降りかかった。

「っ、何を!?」

 コヨーテは半吸血鬼である。
 小川の飛沫も十分に流水として機能し、コヨーテの体力を奪う。
 はずだったのだが。

「……?」

 頭から水を被ってしまったのにいつもの倦怠感は襲ってこない。
 それどころか先ほど傷ついた額の傷からは痛みが消えていた。
 心なしか身体が軽くなったような感覚さえ覚える。

 コヨーテは一角獣の伝承を思い出していた。
 一角獣の角には水を浄化する力があるという。
 万病を癒す力は持たずとも、単なる水を浄化して癒しの力へ変える事はできるのかもしれない。
 吸血鬼の弱点を潜り抜ける形での『水の癒し』が成立するなんて信じがたいが、事実コヨーテの傷は治っているのだ。

「もしかして侘びのつもりなのか?」

 相変わらず一角獣はまともに取り合う様子はないらしく、そっぽを向いてしまった。

(不器用なヤツ)

 しかし悪い気はしない。
 この一角獣は本気でルナを想って行動していると、なんとなくでもそう思えたからだ。
 もしかしたらコヨーテと一角獣は似たもの同士なのかもしれない。

(……なんてな)

 頭を振って、コヨーテは改めてルナを抱きかかえた。



(五月二六日 〇六時〇七分 交易都市リューン近郊・カスミアン廃鉱山・山麓)

 解毒は成功した。
 レンツォが適量に調整した解毒薬によりパースは快復し、意識を取り戻した。
 全身の傷は治癒できなかったためまだ起き上がれない様子だが、それでも峠は越えたのだ。

「まったく、冷や冷やさせおる。一人で突っ走るなぞ言語道断じゃ」

「ムチャ言うなよ。誰が廃鉱山の中に極悪トラップが仕掛けてあるなんて思うもんか」

「それなんだが、」

 彼らと合流したバリーが会話を遮った。

「さっきミリアからも話は聞いた。何者かが鉱山へやってくるあんたらを待ち伏せしていた、ってのは間違いねぇのか?」

「じゃろうな。幾重にも罠を仕掛けてあった。単なる獣除けとも思えぬほどに殺気あふれるものばかりがな」

「あんたらの口ぶりからすると、真正面から廃鉱山に入ったんだな?」

「うむ。廃鉱山に入るのにわざわざ別の入り口を探す必要性も薄いからの」

 答えが得られるなり、バリーは沈黙した。
 その表情は険しい。

「ふー、考えれば考えるほどに『こう』としか考えられねぇなァ……」

「聞かせてよ」

「二人を襲ったのは間違いなくエルを誘拐した山賊だ。そして極悪な罠が仕掛けてあったのはエドガーを殺すため、でほぼ間違いねぇだろう」

「……あんたがそう断言するからには確証があるんでしょ」

「考えてみろ。とっくの昔に使われなくなった鉱山にわざわざ立ち入る人間なんてそうそういない。誰も立ち入らない場所に罠を仕掛けても意味はねぇんだ。そしてエドガーには廃鉱山を訪れる決定的な理由がある」

 もし『月歌を紡ぐ者たち』が解決できそうになければ、エドガーは要求を飲んで身代金を渡すと言っていた。
 要求額に満たなかったとしても彼の性格を考えれば受け渡し場所まで出向いて交渉しようとするだろう。
 あるいはエドガーの依頼を請けた『月歌を紡ぐ者たち』がその標的になっていたかもしれない。

「どうやらエルの狂言誘拐って可能性はなくなったみたいね」

「まぁ、その代わり新しい謎が生まれちまったがな。どうして山賊どもはエドガーを誘き寄せて殺そうとしている?」

「死人に口なし、って事じゃないの? 犯人側としちゃ身代金がテリトリーに入った時点で約束を守る必要ないわけだし」

「俺はそうは思わねぇ。むしろ山賊どもは身代金よりエドガーの抹殺を優先している気さえするぜ」

「脅迫状はエドガーさんが利用している宿に届けられたのよ。抹殺が目的なら暗殺者でも何でも差し向けたらいいんじゃない?」

「心配性なんじゃねぇの? 自分の目で確実に死亡を確かめられなくちゃ気が済まねぇとか。ま、カネで雇った暗殺者なんて信用できねぇってのは分からなくもねぇが」

 鼻で笑うバリーに盗賊ギルド所属のレンツォは肩を竦めて見せた。
 否定できないとでも言いたげである。

「最大の問題はどうしてエドガーが狙われなくちゃならねぇのか、だろ。場合によってはあいつを問いただす必要があるぜ」

「単純な誘拐騒動じゃなくなる可能性もあるのね……ちなみに、現状での推測でいいからエルが生きている可能性は?」

「ハッキリ言って絶望的だな。脱走のリスクや掛かる費用を考えりゃ生かしておく意味がねぇ」

「ちょっとでも希望はないの?」

「価値を見出すとすりゃ……、いや何でもねぇ」

 バリーは言葉を切ったが、何を言いたいのかは想像に難くない。
 何しろエルは美女だという情報は既に得ているのだ。
 彼女の容姿が風評通りであれば『女の部分』を目当てに生きながらえさせていても不思議ではない。

「可能性はゼロじゃねぇ。依頼人には言わないほうがいい」

「言えるわけないでしょ。発狂して舌を噛むわよ」

「まったく無事だって可能性を言ってンだよ」

 どちらにせよ細すぎる可能性だが、今はそれに賭けるしかない。
 いかなる結末が待っているにせよ仕事は仕事である。
 何しろ冒険者は仕事をこなさなければ飯にありつけないのだから。



(五月二六日 一三時四九分 交易都市リューン・大いなる日輪亭)

「いらっしゃいませ……、ちょっ、どうしたの!?」

 宿に帰り着くなり、フロアの掃除していた宿の娘アンナが駆け寄ってきた。
 コヨーテは着の身着のままで、その腕の中ではルナが苦しそうに荒い呼吸を繰り返している。

「ルナが熱を出したんだ。アンナ、悪いが手伝ってくれ」

「わっ、分かりました。さぁ二階へ!」

「……悪い。オレも限界なんだ」

「わわわっ、コヨーテさん!? どうしたんですかちょっと、もー!!」

 コヨーテはルナを落とさないように気をつけながら、それでも脚に力が入らずに座り込んでしまった。

 道程の半分を飛行したとはいえ、黒翼を使えば血の力を消耗する。
 一角獣の助力は予想外だったが、そのせいでコヨーテもやたらと走らされたのも事実。
 ルナの熱は一向に引く気配がなく、意識もはっきりと回復しなかった。
 だからこそ一刻も早く宿に帰してあげたかったのだが、半吸血鬼といえどさすがに無理が祟ったらしい。

「……オレも少し休むよ。ルナを運んでからな」

 気力を振り絞って、コヨーテは再び立ち上がった。


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