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第三五話:『Criss×Cross(後編)』(5/7) 

(五月二七日 〇〇時二八分 交易都市リューン・西通り・レストラン『ランダーズ』)

 数刻前までは従業員がひっきりなしに往復していたであろう裏方は、今は夜の沈黙の支配化に置かれていた。
 もっとも、完全な静寂というわけではなく厨房のほうから何かを煮立てているようなかすかな煮沸音が匂いと共に漏れてくる。

「おいおい、人いるじゃない」

 小声で言うミリアに答えたのは同じく絞られたのレンツォの声だった。
 潜入にぞろぞろと人を連れてくるわけにもいかない。
 結果として隠密行動に長けたレンツォと、万が一の戦闘要員としてのミリアの二人が潜入任務に抜擢された。

「料理の仕込みってところでしょ。気づかれないうちに証拠を集めてとっととおさらばしようぜ」

「まぁ、その辺はあんたに任せるわ。私はあくまで荒事担当なわけだし」

「頼むよ。信頼してんだからさ」

 軽い調子で言いつつ、レンツォはひょいひょいと先へ進んでいく。
 暗闇の中にあっても障害物に蹴躓く事もない。

 やがて辿り着いた先は廃棄物置き場だ。
 樽や木箱が複数置かれていて、律儀にそれぞれ可燃物と不燃物に分けられている。

「普通なら生ゴミはすぐ外に出すよねぇ? とっくに営業は終了してるんだからさ」

「でもここではまだ室内に溜めている。こりゃ当たりかしら」

 目で見るだけでは確たる証拠かどうかは分からない。
 よってレンツォは手当たり次第にゴミを漁る羽目になってしまった。
 ある程度の量を確保したところで脱出を図ろうとしたが、

「隠れて!」

 いち早く気配を察知したレンツォの指示で、二人は咄嗟に物陰へその身を滑らせた。
 近づいてきた足音は一人分だ。

「……、何かの物音が聞こえましたが、私の気のせいでしたか」

 それは低い男の声だった。
 顔だけでも確認したかったが、廃棄物置き場は狭く、下手に動けばすぐさま感づかれてしまう。
 リスクが高すぎると判断したレンツォは視線だけでミリアに『絶対に動くな』と伝えた。

「まったく、いつまでシェフなどを演じていなければならないのか……まぁ、料理も調薬も似たようなものなのですけどね」

 代わりに、全神経を聴覚へ集中して男の言葉を一言一句漏らさず聞き取る。

「――今日は進展なし、と」

 べちゃり、とやけに生々しく湿った音が響く。
 盗賊として訓練されたレンツォの耳には、それが何らかの『肉の塊』が放り投げられた音であるとはっきりと認識できた。
 男の発言と照らし合わせても、それが絶対的な証拠になるのは間違いない。

 そう、まさしく勝利を確信した瞬間だった。
 レンツォは薄暗い廃棄物置き場の隅に『それ』を見た。
 薄汚れた毛並みの、やたらと人相――もとい猫相――の悪い猫がのそりとその身を動かしている様を。

「……どうやら野良猫でも忍び込んでいるみたいですね」

(ッ……! ふざけんな! なんだってこんな時に……!!)

 恨み言をぶつける先の猫はするりと物陰に隠れていってしまった。
 まるで窮地を演出するためだけに神様が送り込んだのではないかと錯覚するほどに鮮やかな密告である。

「残飯を漁られて『アレ』を見つけられては難です。捕まえて実験台にでもしましょうか」

(『アレ』……?)

 今にも飛び出して先手必勝を狙っているミリアをどうにか押しとどめ、レンツォは窮地を打開する策を練る。
 しかしもともと参謀役にはおつむの出来が悪いレンツォに作戦が浮かぶはずもなく、男の足音がこちらに近づいてくる音だけがやけに大きく響いているように感じた。

 だが、そんな最悪の状況はさらに変化する。

「!?」

 それは紛う事なき獣の咆哮であった。
 レンツォとミリアが背にしている樽がびりびりと震えるほどの威圧だ。

「ほう、これは……息絶えたと思っていましたが副作用を克服するとは……クククッ、実に素晴らしい! 鼠畜生もたまには私を楽しませてくれるものですね! クフフフフ……さて、このままでは私がコイツのエサになりかねません」

 男は悠々と足音を鳴らして移動し、やがて廃棄物置き場のドアが軋む音が鳴り響く。

「窮鼠猫を噛む……いや、いっそ窮鼠に猫を食い殺してもらいましょうか」

 ドアが閉じられた音が、やけに大きく響いた気がする。
 即座にレンツォは物陰から顔を出して状況の把握に努めた。
 男が言っていた『鼠畜生』の姿を認めた瞬間、レンツォの口からは思わず乾いた笑いが出ていた。

「なんだよこれ……」

 そこにはラットの化け物が赤い目を血走らせながら蠢いていた。
 ラットといえどもまるでイノシシと見まがうほどに身体が肥大化および凶暴化していて、もはや別の生き物と化している。

「麻薬の症状と同じだわ……って事は、こいつはもう言い逃れができないくらいクロね」

「言ってる場合かよ、やばいって!」

 凶暴化したラットは鋭い前歯を剥き出しにしてミリアに襲い掛かる。
 それを軽いステップで避けると、勢いあまったラットは樽の山へとその身を突っ込んでしまう。

「足を止めるだけでいいわ」

 いつの間に手にしていたのか、ミリアは廃棄物の中から鉄串を拝借していたらしい。
 それらを次々にラットの腿から脚にかけて突き刺しては踏み抜いていく。
 その度にどす黒く染まった血が噴き出し、ラットの甲高い悲鳴が鳴り響いた。
 思わず目と耳を塞ぎたくなるような光景だが、とっととおさらばしたいレンツォもミリアに倣って鉄串を漁ってサポートする。

「―――――ッッッ!!!」

 やがて身体が限界を迎えたラットは文字通り爆発四散した。
 西通りで襲われた中毒者と同じく、膨張しすぎた筋肉に身体が耐え切れなかったのだろう。
 辺りにはぶち撒かれた鼠の臓物と廃棄物の中身が散乱し、見るも無惨な状況になっている。

「……、」

 すでに目的は達成している。
 二人は何も言わず、音を消してその場を後にした。



(五月二七日 〇一時二〇分 交易都市リューン・リューン市警)

 レンツォとミリアが持ち帰った生ゴミもとい証拠品の分析は迅速に行われた。
 すでに準備は整えてもらっていたお陰で結果が出るまでにそう時間は掛かっていない。

「分析の結果、この生ゴミから見事に麻薬と同じ成分が検出されたよ」

「そりゃ結構。苦労した甲斐があったってものだわ」

「さすがにこれだけの証拠が揃えば上も文句は言えまい。夜が明け次第、『ランダーズ』の強制捜査に踏み切ろう」

「頼むわよ。私たちは廃鉱山に向かう準備をするから」

 レストランに潜入した際はそう深く調査はできなかったが、やはりどうにもエルがそこに捕らえられているとは思えない。
 あの場にいた男の言葉から、あくまで麻薬の精製場として使われていた可能性が高いだろう。
 本命はやはりカスミアン廃鉱山だった。

「諸君らの協力、誠に感謝する」

「次に何か困った事があったら『大いなる日輪亭』を訪ねてくれるといいわ」

 ひらひらと手を振ってミリアは応接室を後にする。
 廊下を歩きながら欠伸を噛み殺していると、隣でチコが口をもごもごと動かしていた。

「ミリアも食べるー?」

 どうやら塩漬け肉を齧っているらしい。
 そういえば、とミリアも今更ながらに空腹を感じていた。
 カスミアン廃鉱山からリューンまで歩き詰めの上、予定外のサービス残業だ。
 特にミリアは激しい運動までさせられている。

「んー……、いらない。どうせすぐ寝ちゃうし」

「お腹減って寝れなくない?」

「そこは我慢するわよ。というか、寝る前に食べたら太るわよ」

「その辺は若さでカバーするからー」

「ちくしょう、若いっていいわよね……」

「ミリア……その発言、ちょっとおばさんっぽいと思――」

 デリカシーのないレンツォの言葉は当然のごとくミリアの裏拳によって封じ込められた。



(五月二七日 〇九時四七分 交易都市リューン・西通り)

 朝だというのに西通りは騒然としていた。
 人気のレストラン『ランダーズ』で麻薬密造の疑いが発覚し、踏み込み捜査が行われている。
 周りを囲んでいる野次馬は普段からこのレストランを利用している人々なのだろうか。
 皆一様に不安と困惑で表情を暗くしている。

「……どうやらこちらはカタがついたようだな」

 『月歌を紡ぐ者たち』のリーダーであるコヨーテはそれだけ呟いて、雑踏の中へ姿を消した。



(五月二七日 一〇時一七分 交易都市リューン・北通り・銀の翼竜亭)

 商談に出かける前のエドガーを捕まえられたのは幸運だったか。
 コヨーテはミリアから受けた報告とバリーが立てた推測を統合した結果を彼に伝えた。

「そうか、廃鉱山に……分かった。吉報を待っているよ」

「ここに来るまでにレストランのほうも確認してきたが、おそらくは本命はそちらだろう」

「万が一、警察のほうがエルを保護してくれた場合でも依頼完遂には違いないからな」

「……もしそうだったらいいんだけどな」

 まったくだ、とエドガーは同意した。
 コヨーテにとっては彼の依頼とは『別の頼み』を引き受けてしまったため、どちらにせよ廃鉱山には行く予定なのだが。

「そうか、行くのか。すまないね、関係ないのに巻き込んじまって」

 そう言って割り込んできたのは青髪の女性だった。
 傭兵エルズ。
 ミリアたちから彼女の話は聞いている。

「依頼を請けた以上、無関係じゃない。だから気にするな……って、オレの仲間ならきっとそう言うさ」

「……そうか。ありがとう」

 エルズは微笑んで、

「念のために、これを渡しておく」

 彼女がコヨーテに手渡したのは折りたたまれた薬包紙だった。

「これは……まさか」

「傭兵団のほうの『龍舞団』が実際に使ってた薬だ。効果は筋力増強と精神高揚。もっとも、身体にかかる負担もでかくて並外れた筋力と体力を持った人間でないと、逆に身体を壊しちまう……言うなれば悪魔の薬さ」

「麻薬のレシピもそうだが、どうしてあんたがそんなものを持っているんだ」

「……『龍舞団』はとっくの昔に滅んだ。でも、その血筋が絶えたワケじゃなかった。かつての傭兵団の子孫たちは先祖から受け継いだ強靭な肉体や秘薬を用いて、同じように傭兵家業を続けていた。だが、その内の一人がヘマしちまってな。己の出自と薬の調合法を雇い主に知られちまったのさ」

 後は言う必要はないとばかりにエルズは口を噤んだ。

「気をつけてな。馬鹿力とタフさってのは単純なだけに対策が取りにくい。どっちが先にくたばるか、それだけが勝負だ」

「……同感だな」

 コヨーテも幾度となく馬鹿力とタフさを併せ持つ吸血鬼と戦ってきた。
 位の高い吸血鬼に対するカウンターとして『叛逆者』を得たものの、あくまで自身と同じ場所まで引き摺り下ろすだけの力だ。
 そこから先は単純な力の勝負になる。

(吸血鬼が出てきたほうが有利っていうのは妙な感じだな……)

 ただし、五月祭の夜に戦ったアイザックのように吸血鬼の力のみに頼らない吸血鬼が出てきたら非常にまずいのだが、そんな状況なんてそうそうあるものではない。
 コヨーテはため息と共に余計な考えを頭の中から追い出した。

「ところで、君一人で行くのかい?」

「まさか。他の仲間たちには休んでもらっているだけだ」

「こんな時間までか?」

「解決に繋がる決定的な鍵を握ってくれたんだ。もう少し眠らせてやるさ」

 肩を竦めたコヨーテに、焦りからか強張っていたエドガーの表情が少し緩んだ。

 山賊『龍舞団』と麻薬密造組織の繋がりはほぼ確定的になった以上、『ランダーズ』に公安の手が及んだ事はすぐに誘拐犯にも知れる。
 そうなれば人質の状況が劇的に変わってしまう可能性が高い。
 それを阻止するためにはとにかく迅速な行動を起こさなければならないが、だからといって準備を怠っていい理由はない。

 速さの重要度を理解した上で危険に備える。
 言葉にすればたったこれだけの事が恐ろしく難しいものである。



(五月二七日 一八時〇六分 交易都市リューン・東通り・中天の俄雨亭)

 宿に入るなり、コヨーテはカウンターの最奥を選んで陣取った。
 店内と入り口を同時に見渡せる位置である。
 すぐさま、人当たりのよさそうな女将がカウンターの向こうから笑顔を向けてくる。

「いらっしゃい。食事かい?」

「いや、人探しのようなものだ。エルって冒険者はここの宿に所属しているんだよな?」

「あぁ……今は依頼に出てるんだが、何が聞きたいんだい?」

 女将は明らかに表情を曇らせた。
 これは当たりか、とコヨーテは内心で頷く。

「何の依頼を請けたのか教えてもらえるか?」

「最近リューンで流行ってる麻薬の調査だよ。密売に関わる何かが見つかったらしくてね。でも、思いのほか手こずっているのか、それとも何かあったのか……三日で片付くはずの依頼なのにいまだに帰ってこない」

 そろそろ持っていった保存食も底をつく頃なんだけどねぇ、と女将はため息をついた。
 コヨーテも宿の亭主の傍で働いていた身だ。
 女将の憂鬱はエルを含む『信頼できる』冒険者を心配しての事だとすぐに気がついた。

(だとすると、やはりエルは冒険者として長く活動していた事になるか)

 粗方の情報は出揃ってはいるが、やはり確信できる情報がほしい。
 さらに詳しく話を聞きだそうとすると、女将は「それならば」と隅っこのテーブルを指した。
 左足を包帯でぐるぐる巻きにして椅子に杖を立てかけた少年が、ちびちびと牛乳を飲んでいる。

「エルと一緒に冒険に出てる連中の一人さね。もっとも、今は骨折のせいでお留守番だがね」

 同じパーティに所属しているとなればこれ以上の情報源はない。
 早速とばかりにコヨーテは少年に近づいて声をかけた。
 少年はどんよりと曇ったような目をコヨーテに向け、短く「何か?」とだけ言った。

「エルについて話を聞きたい」

「自信過剰でわがままで、いつも周囲を振り回してばかりのとんでもないヤツだよ」

 なんとなく共感できるのは裏路地での一幕を目撃したせいだろうか。

「だが、何だかんだ言って一緒に付いてきちまってる自分がいる。何があっても諦めなくて、自分や仲間を信じて、何者にも立ち向かっていく……、っていうのは大げさかな。でもまぁ、冒険者に必要な要素は持ってるヤツだと思うよ」

 多少の軽口は混じっていても、少年のエルに対する信頼は本物だろう。
 そう感じさせるだけの言葉の熱を感じた。

「で、そういうアンタは何者だ? エルの事を聞くなんて、アイツに何か?」

「これは失礼。オレは『月歌を紡ぐ者たち』のコヨーテ・エイムズ。エルの兄、エドガーから依頼を請けて彼女を探している」

「……なるほど、エドガーさんか。確かにあの人ならエルがいなきゃこうするだろうなぁ」

 少年は得心いったように頷いた。

「オレはアイーク・ルグリア、エルの仲間の一人だ。チームでの役割は探索と雑用、別名使いパシリ。この前請けた依頼の時に足の骨を折っちまって今はお留守番の憂き目中。まぁ、アイツらが請けている依頼は別にオレがいなくても支障はない」

 アイークは目を伏せて、両手を固く握り締め、

「……支障はないはずなのに」

 搾り出すようにそう言った。

 彼にしてみれば何事もないはずの仕事なのに仲間が戻らない、さては何か大変な事に巻き込まれているのではないか、という漠然とした不安を感じているのだろう。
 それだけならまだしも自らの不覚で同行する事もできず、今ですら仲間を思って行動する事もできない。
 自分がその立場になったらと思うと、アイークの気持ちが痛いほど分かる。

「怪我は悪いのか?」

「いいや、もう大した事はないが……まだ動き回れるほどには快復していない」

「あと一押しか」

 コヨーテは懐から薬瓶を取り出す。
 以前アレリウスを訪れた際にレンツォが値切りに値切って購入した【完治の薬】である。
 ルナをリューンに運ぶ際に万が一の場合を考えて受け取っていたものだが、

「……それは?」

「外傷にも効く万能薬みたいなものらしい」

「いいのか? それ相当貴重な薬なんじゃ……」

「もう封は開けてしまった。遠慮なく使ってくれ」

 肩を竦めて言うコヨーテに、アイークはただただ呆気にとられるばかりだった。

「また置いてけぼりは嫌だろう?」

「……なるほどね。それじゃ治してもらった怪我の分くらいは働いてみるよ」



(五月二七日 一八時三七分 交易都市リューン・北通り)

 十分な睡眠と食事を摂り、入念な旅支度を整えた『月歌を紡ぐ者たち』は冒険者アイークを引き連れ、カスミアン廃鉱山へと向かう。
 もはやエルがそこに捕らえられている事は明白である。

 決戦の時は近い。


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