第三八話:『正義の精霊』
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2016/11/09 22:08:06
2016/11/09 22:08:06
事の発端はレンツォが見つけた一枚の貼り紙だった。
それは依頼ではなく治安隊からの手配書で、とある連続失踪事件についての情報提供を求める内容が書かれている。
その中でももっとも目を引くのはやはり謝礼金だろう。
情報を提供し、失踪者が発見された場合はなんと銀貨二〇〇〇枚という大金が支払われるのだ。
「確かに謝礼は魅力的だが、治安隊では解決できない難事件という事だろう。当てがあるならともかく、ゼロから調査するくらいなら地道に他の依頼を探すべきだと思うぞ」
宿の亭主エイブラハムの言葉である。
至極その通りであるし、そもそも近頃の『月歌を紡ぐ者たち』はさほど金銭に困っていない。
稼げる内に稼ぐ事も大事だが、確実性に著しく欠ける場合は話が別だ。
そう、逆を返せば確実な何かがあれば事情は変わるのだ。
「実は私、犯人を目撃したんです。失踪者たちの居所も知っています」
そう言ってのけた、燃えるような赤い髪と瞳をもつ少女は柔らかな笑みを湛えて礼儀正しく座っている。
自分で治安隊に通報するべきではないか、と問いただしてみても事情があってできないのだという。
「その理由は依頼を請けてくれたら話します。本来ならこちらが情報料を頂ける話だと思いますが、依頼を請けてくれるなら一切要りません。それに事件解決の暁に治安隊から支払われる謝礼も全て差し上げます」
一言で表すなら美味すぎる。
綺麗な薔薇には棘があるように、美味い話には裏があるものだ。
『月歌を紡ぐ者たち』はお互いに顔を見合わせて眉をしかめた。
「でも見返りは大きいよ?」
謝礼に目がくらむレンツォはなおも食い下がる。
どの道、信用に値するものか否かは話を聞いてみなければ判断のしようがない。
「そもそも、君は何者なんだ?」
「私は街灯に宿る火の精霊、名はフィルと言います」
「……精霊?」
フィルと名乗った女性はにっこりと笑って、燭台に灯されている蝋燭の火に手をかざした。
彼女を除く全員が息を呑むが彼女は笑顔を絶やさない。
手を焼かれているにも関わらず、だ。
「これで火の精霊である事の証明になれば良いんだけど」
おもむろに引き戻したその手には火傷の痕は一切見られない。
彼女ははにかむように微笑んでいるが、説得力は十二分にあった。
「私は防犯も務める街灯の精霊として悪を成敗したいだけ。この依頼、引き受けてもらえませんか?」
「その心意気は立派だが……」
コヨーテはちらとバリーの様子を伺う。
彼は何も言わずに肩を竦めた。
少なくともさっきの芸当は魔術や奇術の類ではない、判断は任せると言ったところだろうか。
「分かった。その依頼、オレたちが請けよう」
「ありがとうございます! それじゃ、早速犯人の情報を教えますね」
「あぁ、そう畏まらなくていいぞ。ところで場所は変えなくてもいいのか?」
「構いませ……構わないわ。だってこれから向かうんだもの」
口ぶりから、どうもその場所はそう遠くないらしい。
どちらにせよこの場には『月歌を紡ぐ者たち』と宿の亭主しかいない。
宿の出入り口に注意しつつ、ひとまず話してもらう事にした。
「犯人の名はバルムス。リューン治安隊のエリート仕官よ」
「治安隊員が犯人だと?」
だからこそ治安隊には通報できなかった、とフィルは続ける。
「彼は職務質問を装って近づき、精神魔法を掛けて人をさらっているのよ」
「……魔法使えンのかそいつ」
「そうみたい。だけどどれくらいの腕前か、っていうのは私には判断できないかな」
一般的に魔術の腕前というのは形に表れにくいものだ。
ある程度の実力を持つ魔術師が観察して初めてその力の一端を測る事ができる。
いくら火の精霊とはいえ、そこまで求めるのは酷だろう。
「監禁場所はリューン市外にある空き家よ。その場所まで私が案内するから捕まっている人たちを助けてほしいの。いくら犯人が治安隊の有力者でも、私たちが失踪者を見つけて解放すれば言い訳はできないはずよ」
「さらわれた人は無事なのか?」
「確認はできてないけど……」
「無事だとしても証言できない、あるいは記憶を消されている可能性はないの?」
「なくもねぇなァ。そもそもバルムスが人をさらう理由が分からねぇし。何に使ってンだかな」
だが、とバリーは言葉を続ける。
「仮に最悪の想像が当たったとしても、その監禁場所を調べりゃボロのひとつやふたつは出るだろォよ。野郎の拠点が他にもいくつかあるってならまだ分からねぇが……」
「その可能性は低いと思うわ。バルムスが他の場所へ被害者を移した事なんてないもの」
「だったら問題ねぇな。とっとと行って済ませちまおうぜ」
場合によってはバルムスと一戦交える可能性がある。
近場とはいえコヨーテたちは十分に準備を整えてから宿を発った。
*
火の精霊フィルに連れられて向かったのはリューン市外の大通りだった。
人通りの激しいそこから路地に入った場所に目的の空き家がある。
唯一の出入り口の扉を開き、コヨーテたちは注意深く屋内へ進んだ。
「……静かですね」
屋内は薄暗く静まり返っていて人の姿はない。
奥には扉と地下へ続く階段が見える。
人の気配はしないものの、コヨーテたちは一階から調べる事にした。
「まぁ、鍵も掛かっていない空き家だし。何かあるとは思えないけどさ」
奥の扉を開くとやはり暗かった。
明かり取りの窓も塞がれているようだ。
「油断はするなよ。仮にも魔術師の本拠地に乗り込むんだ」
「つってもここが工房とは到底思えねぇが」
いくらなんでもお粗末に過ぎる、とバリーは言う。
どちらかといえば犯罪者の隠れ家に近いのだから当然か。
「――留守番はしっかりいるみたいだけどな」
暗がりから放たれた剣の一閃を【レーヴァティン】で受け止め、コヨーテは『それ』を蹴飛ばした。
「こいつっ……!」
壁に叩きつけられてなおコヨーテに向かっていく『それ』の動きを止めたのはレンツォだ。
先端に鉤爪がついた縄を投げつけてぐるぐる巻きに捕縛している。
盗賊王バルセルミが得意とした【捕縛の縄】という特殊な製法で編まれた縄だった。
身動きが取れない間にコヨーテは接近し、『それ』の首を狩り取った。
吹き飛んだ首は壁にぶつかって跳ね返り、後方のルナの足に当たって動きを止める。
無理もないが、ルナは短く悲鳴を上げて後ずさりした。
「これは……スケルトン?」
跳ね飛ばされた首は人間の頭蓋骨に良く似ていた。
よく見ればレンツォが縛っていた襲撃者の体もボロ布を纏った人骨である。
その手には申し訳程度の武装として粗末な剣が握られている。
「スケルトンがお出迎えとはね。ただの空き家じゃないのは間違いないけど」
「問題はなぜこんな空き家に存在するのかってほうだな。こんなモン、ゴーストやウィスプと違って自然発生するようなアンデッドじゃねぇ」
「フィル。バルムスは死霊術にも精通しているのか?」
コヨーテの問いに、フィルは「分からない」と首を横に振った。
かじった程度でスケルトンの使役ができるものか、バリーにも分からないらしい。
実際に相手したコヨーテの感想としてはさほど精度は高くないように感じたが、それだけで判断するのは危険だ。
念のため、とルナは聖句を紡いでミリアの双剣とチコの矢に【聖別の法】を施した。
武器を聖別することで不浄な相手を討つ手助けをする祈りだ。
そしてコヨーテのもつ魔剣【レーヴァティン】も同じく不浄なる者にはめっぽう強い。
対アンデッドへの備えは十二分と言えよう。
そのほかに一階には何も手がかりも人の姿もなく、次にコヨーテらは階段を下りていった。
ややあって地下室に辿り着くが、そこでも大したものは発見できずに、ただ最奥と思しき扉があるばかりだった。
「……当たりだね」
扉を調査していたレンツォが呟いた。
彼に促されて格子窓を覗くと扉の先は小部屋になっていて、数人の人影が力なくうずくまっている様子が見える。
「たぶん、あれが失踪者なんだろうね。薄暗くて見づらいけど」
ともかく救助しよう、とレンツォは鍵穴の観察を始めた。
失踪者たちを閉じ込めているこの扉にだけは当たり前だが鍵が掛かっているようだ。
彼の腕をもってすれば少しもしない内に開くだろう、と思った矢先だった。
「足音だ。複数だぞ」
コヨーテの耳が階段のほうから聞こえてくる音を拾った。
即座に得物を抜き、コヨーテとミリアは階段のほうへ歩を進める。
地下室に他の出入り口はなく、場合によっては階段で相手を食い止める必要があるからだ。
数秒もしない内に、足音の主は階段から殺到した。
白を基調とした揃いの鎧に身を包んだ彼らは見紛う事なきリューン治安隊である。
「どうやら先客がいらっしゃるようですね」
先陣を切っていた青年は軽く驚いたような素振りを見せた。
彼の纏う鎧の質は傍目から見ても他の隊員のものより上等だ。
恐らくは彼が部隊を率いる士官なのだろう。
「最近、リューンで多発している失踪事件の被害者がこの場所に監禁されているという情報を得ましてね。しかしあなた方のほうが発見が早かったようです」
「……、」
「捜査にご協力ありがとうございます。ここから先は我々の仕事ですので、あなた方はお引き取りください。謝礼金は後日、お支払いしますよ」
「謝礼金? いいのかよ、俺たちが受け取っても」
「ええ、もちろん」
「ほう? 自分で言うのも何だが、明らかに堅気じゃねぇ奴らが失踪者が監禁されている場所で武装してたむろってンのに、俺たちが失踪事件の犯人だとは一切疑わねぇんだな?」
仕官と思しき青年は笑みを消した。
「失言だったな」
バリーは笑って、答えあわせだと言わんばかりにフィルへ振り返る。
彼女は一瞬だけ呆気にとられたような表情を見せたが、すぐに気を取り直して治安隊へ向き直った。
「私たちを追い出して隠蔽工作でもするつもりですか、真犯人のバルムスさん?」
「私が真犯人ですと……?」
「何なら、捕まっている人たちに聞いてみましょうか? 皆、あなたが職務質問をしている最中に意識を失ったと証言するはずよ!」
まるで演劇の名探偵がそうするようにビシッと人差し指で治安隊員の青年を指した。
実際に犯行の様子を一部始終見ていたフィルだからこそ自信満々に言い切れるのだろう。
「後ほどあなた方を犯人に仕立て上げようかと思ったのですが……」
バルムスと看破された青年はくつくつと笑い、
「貴様らはこの場で始末したほうが良さそうだな!」
パチン、と指を鳴らした。
それを合図に後ろに詰めていた治安隊員が外套を放り投げ、その下の骸骨顔を顕にした。
バルムスに付き従っていた彼らの正体はスケルトンである。
「やっぱり死霊術にも手を出してやがったか」
精神魔法を使うらしいが、専門は死霊術だったのだろうか。
捕らえた人々は術式の生け贄に使う予定だったのかもしれない。
どちらにせよ略取誘拐罪と死霊術の行使が明るみに出れば彼が治安隊員という立場を考慮しなくても極刑は免れないだろう。
「大人しく法の裁きを受けろ、バルムス」
「言っても無駄だろ」
「まぁ、最後通牒みたいなものだよ」
「貴様ら――!!」
余裕の態度が気に食わなかったのか、バルムスが激高した瞬間。
速攻で距離を詰めたミリアの双剣がスケルトンの首を刎ね、チコの速射によってスケルトンの四肢を正確に打ち砕いた。
一瞬で従者を失ったバルムスは絶句する。
そもそもバルムス側は数の上で負けている。
狭い地下室で前衛がスケルトン二体だけで冒険者たち七名を相手する状況は、ハッキリ言って絶望的だ。
欲をかいてこの場で決着をつけようとせず、逃走に専念していればまだ違う未来があったかもしれない。
たとえバルムスが一流の魔術師であったとしても、距離が開いている訳でなく頼れる前衛がいる訳でないこの状況で『月歌を紡ぐ者たち』を止められるはずがなかった。
*
バルムスを捕縛した後、地下室に監禁されていた人々を助け出して近くの治安隊詰め所へ通報した。
被害者の証言によってバルムスの犯行は立証され、治安隊から謝礼金として三〇〇〇枚の銀貨を受け取った。
一〇〇〇枚が上乗せされていたのは内部犯行だった事のお詫びだという。
口止め料も含まれているのだろう。
「いやぁ、今回はがっぽり稼げたねぇ」
謝礼金の額に目を奪われていたレンツォは大満足の様子だ。
ずっしりと重たい銀貨袋に頬ずりまでする始末である。
恍惚の表情を浮かべるレンツォは放っておいて、コヨーテはフィルへ向き直る。
「ありがとう、フィル。君のお陰だ」
「いいえ、こちらこそ悪を成敗できてよかったわ」
フィルははにかむように笑った。
謝礼金を『自分には必要ない』と一切気にかける様子もなく、大きな利益を得たコヨーテたちのほうが恐縮してしまう。
「第一、バルムスを倒したのはあなたたちよ。私も守られていたし……」
「ルナのお陰で大した相手じゃなかった。それに依頼人を守るのは当然だよ」
「街灯の精霊なのに?」
「あんたが何者だろうが関係ない。オレたちはそういうのは気にしないんだ」
コヨーテは微笑んで肩を竦めた。
変わり者の集まりなんだよ、と言いたげに。
「……あなたから、若い火の気配を感じるわ」
「え?」
フィルは掌に小さな火を生み出すと、そっと息を吹いた。
ゆらゆらと飛ぶ小さな火の玉はコヨーテの周りを何度か回ると、溶けるように消え去った。
怪訝な表情のコヨーテに、フィルは優しく微笑む。
「あなたに火と光の加護があらん事を」
「……あ、あぁ。ありがとう?」
「それじゃ、私は街に戻るわね。これからも街灯の精霊として、街を見守り続けるわ」
そう言ってフィルは手を振りながら街に戻っていった。
リューンを騒がせていた連続失踪事件は終わりを迎えた。
この件での『月歌を紡ぐ者たち』の活躍は広く知られる事はなかったが、ある意味では治安隊ともパイプが繋がったとも言える。
新たな繋がりを結んだ『月歌を紡ぐ者たち』は帰るべき場所へと戻っていった。
【あとがき】
今回のシナリオはアレンさんの「正義の精霊」です。
リューンを騒がす連続失踪事件を精霊と共に解決する短編シナリオですね。
非常によくまとまった短編で、サクッとプレイできますので寝る前にも是非!
ちなみに報酬もガッポリもらえます。おいしい!
登場する精霊さんはNPCとして連れ込みも可能なのですが、月歌では連れ込みませんでした。
『組合』とかと因縁もって好き放題やっている宿に連れ込んでも迷惑だよなぁ……という感じです。
これからも街を見守っていてください……!
そしてついにといいますか、レンツォが盗賊王の技術に手を出しました!
まだ初期スキルの【盗賊の眼】と【盗賊の手】は装備していますが、少しずつ入れ替えていけたらなと思います。
お金余ってるからね、買っていいよレンツォ!
さて、次回は第三九話です。
少し長くなるかな、とは思いますがこちらも結成時からやりたかったシナリオなので書くのが楽しみです!
乞うご期待!
【地下で魔術師と相対するって以前も似たようなシチュエーションあったような】
☆今回の功労者☆
レンツォ。よくぞ請けるまで粘ってくれたな!
報酬:
情報提供の謝礼金:3000sp(お詫び込み)
購入:
【捕縛の縄】-2400sp(風たちがもたらすもの)
銀貨袋の中身→9677sp
≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『正義の精霊』(アレン様)
『風たちがもたらすもの』(Y2つ様)
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。
それは依頼ではなく治安隊からの手配書で、とある連続失踪事件についての情報提供を求める内容が書かれている。
その中でももっとも目を引くのはやはり謝礼金だろう。
情報を提供し、失踪者が発見された場合はなんと銀貨二〇〇〇枚という大金が支払われるのだ。
「確かに謝礼は魅力的だが、治安隊では解決できない難事件という事だろう。当てがあるならともかく、ゼロから調査するくらいなら地道に他の依頼を探すべきだと思うぞ」
宿の亭主エイブラハムの言葉である。
至極その通りであるし、そもそも近頃の『月歌を紡ぐ者たち』はさほど金銭に困っていない。
稼げる内に稼ぐ事も大事だが、確実性に著しく欠ける場合は話が別だ。
そう、逆を返せば確実な何かがあれば事情は変わるのだ。
「実は私、犯人を目撃したんです。失踪者たちの居所も知っています」
そう言ってのけた、燃えるような赤い髪と瞳をもつ少女は柔らかな笑みを湛えて礼儀正しく座っている。
自分で治安隊に通報するべきではないか、と問いただしてみても事情があってできないのだという。
「その理由は依頼を請けてくれたら話します。本来ならこちらが情報料を頂ける話だと思いますが、依頼を請けてくれるなら一切要りません。それに事件解決の暁に治安隊から支払われる謝礼も全て差し上げます」
一言で表すなら美味すぎる。
綺麗な薔薇には棘があるように、美味い話には裏があるものだ。
『月歌を紡ぐ者たち』はお互いに顔を見合わせて眉をしかめた。
「でも見返りは大きいよ?」
謝礼に目がくらむレンツォはなおも食い下がる。
どの道、信用に値するものか否かは話を聞いてみなければ判断のしようがない。
「そもそも、君は何者なんだ?」
「私は街灯に宿る火の精霊、名はフィルと言います」
「……精霊?」
フィルと名乗った女性はにっこりと笑って、燭台に灯されている蝋燭の火に手をかざした。
彼女を除く全員が息を呑むが彼女は笑顔を絶やさない。
手を焼かれているにも関わらず、だ。
「これで火の精霊である事の証明になれば良いんだけど」
おもむろに引き戻したその手には火傷の痕は一切見られない。
彼女ははにかむように微笑んでいるが、説得力は十二分にあった。
「私は防犯も務める街灯の精霊として悪を成敗したいだけ。この依頼、引き受けてもらえませんか?」
「その心意気は立派だが……」
コヨーテはちらとバリーの様子を伺う。
彼は何も言わずに肩を竦めた。
少なくともさっきの芸当は魔術や奇術の類ではない、判断は任せると言ったところだろうか。
「分かった。その依頼、オレたちが請けよう」
「ありがとうございます! それじゃ、早速犯人の情報を教えますね」
「あぁ、そう畏まらなくていいぞ。ところで場所は変えなくてもいいのか?」
「構いませ……構わないわ。だってこれから向かうんだもの」
口ぶりから、どうもその場所はそう遠くないらしい。
どちらにせよこの場には『月歌を紡ぐ者たち』と宿の亭主しかいない。
宿の出入り口に注意しつつ、ひとまず話してもらう事にした。
「犯人の名はバルムス。リューン治安隊のエリート仕官よ」
「治安隊員が犯人だと?」
だからこそ治安隊には通報できなかった、とフィルは続ける。
「彼は職務質問を装って近づき、精神魔法を掛けて人をさらっているのよ」
「……魔法使えンのかそいつ」
「そうみたい。だけどどれくらいの腕前か、っていうのは私には判断できないかな」
一般的に魔術の腕前というのは形に表れにくいものだ。
ある程度の実力を持つ魔術師が観察して初めてその力の一端を測る事ができる。
いくら火の精霊とはいえ、そこまで求めるのは酷だろう。
「監禁場所はリューン市外にある空き家よ。その場所まで私が案内するから捕まっている人たちを助けてほしいの。いくら犯人が治安隊の有力者でも、私たちが失踪者を見つけて解放すれば言い訳はできないはずよ」
「さらわれた人は無事なのか?」
「確認はできてないけど……」
「無事だとしても証言できない、あるいは記憶を消されている可能性はないの?」
「なくもねぇなァ。そもそもバルムスが人をさらう理由が分からねぇし。何に使ってンだかな」
だが、とバリーは言葉を続ける。
「仮に最悪の想像が当たったとしても、その監禁場所を調べりゃボロのひとつやふたつは出るだろォよ。野郎の拠点が他にもいくつかあるってならまだ分からねぇが……」
「その可能性は低いと思うわ。バルムスが他の場所へ被害者を移した事なんてないもの」
「だったら問題ねぇな。とっとと行って済ませちまおうぜ」
場合によってはバルムスと一戦交える可能性がある。
近場とはいえコヨーテたちは十分に準備を整えてから宿を発った。
*
火の精霊フィルに連れられて向かったのはリューン市外の大通りだった。
人通りの激しいそこから路地に入った場所に目的の空き家がある。
唯一の出入り口の扉を開き、コヨーテたちは注意深く屋内へ進んだ。
「……静かですね」
屋内は薄暗く静まり返っていて人の姿はない。
奥には扉と地下へ続く階段が見える。
人の気配はしないものの、コヨーテたちは一階から調べる事にした。
「まぁ、鍵も掛かっていない空き家だし。何かあるとは思えないけどさ」
奥の扉を開くとやはり暗かった。
明かり取りの窓も塞がれているようだ。
「油断はするなよ。仮にも魔術師の本拠地に乗り込むんだ」
「つってもここが工房とは到底思えねぇが」
いくらなんでもお粗末に過ぎる、とバリーは言う。
どちらかといえば犯罪者の隠れ家に近いのだから当然か。
「――留守番はしっかりいるみたいだけどな」
暗がりから放たれた剣の一閃を【レーヴァティン】で受け止め、コヨーテは『それ』を蹴飛ばした。
「こいつっ……!」
壁に叩きつけられてなおコヨーテに向かっていく『それ』の動きを止めたのはレンツォだ。
先端に鉤爪がついた縄を投げつけてぐるぐる巻きに捕縛している。
盗賊王バルセルミが得意とした【捕縛の縄】という特殊な製法で編まれた縄だった。
身動きが取れない間にコヨーテは接近し、『それ』の首を狩り取った。
吹き飛んだ首は壁にぶつかって跳ね返り、後方のルナの足に当たって動きを止める。
無理もないが、ルナは短く悲鳴を上げて後ずさりした。
「これは……スケルトン?」
跳ね飛ばされた首は人間の頭蓋骨に良く似ていた。
よく見ればレンツォが縛っていた襲撃者の体もボロ布を纏った人骨である。
その手には申し訳程度の武装として粗末な剣が握られている。
「スケルトンがお出迎えとはね。ただの空き家じゃないのは間違いないけど」
「問題はなぜこんな空き家に存在するのかってほうだな。こんなモン、ゴーストやウィスプと違って自然発生するようなアンデッドじゃねぇ」
「フィル。バルムスは死霊術にも精通しているのか?」
コヨーテの問いに、フィルは「分からない」と首を横に振った。
かじった程度でスケルトンの使役ができるものか、バリーにも分からないらしい。
実際に相手したコヨーテの感想としてはさほど精度は高くないように感じたが、それだけで判断するのは危険だ。
念のため、とルナは聖句を紡いでミリアの双剣とチコの矢に【聖別の法】を施した。
武器を聖別することで不浄な相手を討つ手助けをする祈りだ。
そしてコヨーテのもつ魔剣【レーヴァティン】も同じく不浄なる者にはめっぽう強い。
対アンデッドへの備えは十二分と言えよう。
そのほかに一階には何も手がかりも人の姿もなく、次にコヨーテらは階段を下りていった。
ややあって地下室に辿り着くが、そこでも大したものは発見できずに、ただ最奥と思しき扉があるばかりだった。
「……当たりだね」
扉を調査していたレンツォが呟いた。
彼に促されて格子窓を覗くと扉の先は小部屋になっていて、数人の人影が力なくうずくまっている様子が見える。
「たぶん、あれが失踪者なんだろうね。薄暗くて見づらいけど」
ともかく救助しよう、とレンツォは鍵穴の観察を始めた。
失踪者たちを閉じ込めているこの扉にだけは当たり前だが鍵が掛かっているようだ。
彼の腕をもってすれば少しもしない内に開くだろう、と思った矢先だった。
「足音だ。複数だぞ」
コヨーテの耳が階段のほうから聞こえてくる音を拾った。
即座に得物を抜き、コヨーテとミリアは階段のほうへ歩を進める。
地下室に他の出入り口はなく、場合によっては階段で相手を食い止める必要があるからだ。
数秒もしない内に、足音の主は階段から殺到した。
白を基調とした揃いの鎧に身を包んだ彼らは見紛う事なきリューン治安隊である。
「どうやら先客がいらっしゃるようですね」
先陣を切っていた青年は軽く驚いたような素振りを見せた。
彼の纏う鎧の質は傍目から見ても他の隊員のものより上等だ。
恐らくは彼が部隊を率いる士官なのだろう。
「最近、リューンで多発している失踪事件の被害者がこの場所に監禁されているという情報を得ましてね。しかしあなた方のほうが発見が早かったようです」
「……、」
「捜査にご協力ありがとうございます。ここから先は我々の仕事ですので、あなた方はお引き取りください。謝礼金は後日、お支払いしますよ」
「謝礼金? いいのかよ、俺たちが受け取っても」
「ええ、もちろん」
「ほう? 自分で言うのも何だが、明らかに堅気じゃねぇ奴らが失踪者が監禁されている場所で武装してたむろってンのに、俺たちが失踪事件の犯人だとは一切疑わねぇんだな?」
仕官と思しき青年は笑みを消した。
「失言だったな」
バリーは笑って、答えあわせだと言わんばかりにフィルへ振り返る。
彼女は一瞬だけ呆気にとられたような表情を見せたが、すぐに気を取り直して治安隊へ向き直った。
「私たちを追い出して隠蔽工作でもするつもりですか、真犯人のバルムスさん?」
「私が真犯人ですと……?」
「何なら、捕まっている人たちに聞いてみましょうか? 皆、あなたが職務質問をしている最中に意識を失ったと証言するはずよ!」
まるで演劇の名探偵がそうするようにビシッと人差し指で治安隊員の青年を指した。
実際に犯行の様子を一部始終見ていたフィルだからこそ自信満々に言い切れるのだろう。
「後ほどあなた方を犯人に仕立て上げようかと思ったのですが……」
バルムスと看破された青年はくつくつと笑い、
「貴様らはこの場で始末したほうが良さそうだな!」
パチン、と指を鳴らした。
それを合図に後ろに詰めていた治安隊員が外套を放り投げ、その下の骸骨顔を顕にした。
バルムスに付き従っていた彼らの正体はスケルトンである。
「やっぱり死霊術にも手を出してやがったか」
精神魔法を使うらしいが、専門は死霊術だったのだろうか。
捕らえた人々は術式の生け贄に使う予定だったのかもしれない。
どちらにせよ略取誘拐罪と死霊術の行使が明るみに出れば彼が治安隊員という立場を考慮しなくても極刑は免れないだろう。
「大人しく法の裁きを受けろ、バルムス」
「言っても無駄だろ」
「まぁ、最後通牒みたいなものだよ」
「貴様ら――!!」
余裕の態度が気に食わなかったのか、バルムスが激高した瞬間。
速攻で距離を詰めたミリアの双剣がスケルトンの首を刎ね、チコの速射によってスケルトンの四肢を正確に打ち砕いた。
一瞬で従者を失ったバルムスは絶句する。
そもそもバルムス側は数の上で負けている。
狭い地下室で前衛がスケルトン二体だけで冒険者たち七名を相手する状況は、ハッキリ言って絶望的だ。
欲をかいてこの場で決着をつけようとせず、逃走に専念していればまだ違う未来があったかもしれない。
たとえバルムスが一流の魔術師であったとしても、距離が開いている訳でなく頼れる前衛がいる訳でないこの状況で『月歌を紡ぐ者たち』を止められるはずがなかった。
*
バルムスを捕縛した後、地下室に監禁されていた人々を助け出して近くの治安隊詰め所へ通報した。
被害者の証言によってバルムスの犯行は立証され、治安隊から謝礼金として三〇〇〇枚の銀貨を受け取った。
一〇〇〇枚が上乗せされていたのは内部犯行だった事のお詫びだという。
口止め料も含まれているのだろう。
「いやぁ、今回はがっぽり稼げたねぇ」
謝礼金の額に目を奪われていたレンツォは大満足の様子だ。
ずっしりと重たい銀貨袋に頬ずりまでする始末である。
恍惚の表情を浮かべるレンツォは放っておいて、コヨーテはフィルへ向き直る。
「ありがとう、フィル。君のお陰だ」
「いいえ、こちらこそ悪を成敗できてよかったわ」
フィルははにかむように笑った。
謝礼金を『自分には必要ない』と一切気にかける様子もなく、大きな利益を得たコヨーテたちのほうが恐縮してしまう。
「第一、バルムスを倒したのはあなたたちよ。私も守られていたし……」
「ルナのお陰で大した相手じゃなかった。それに依頼人を守るのは当然だよ」
「街灯の精霊なのに?」
「あんたが何者だろうが関係ない。オレたちはそういうのは気にしないんだ」
コヨーテは微笑んで肩を竦めた。
変わり者の集まりなんだよ、と言いたげに。
「……あなたから、若い火の気配を感じるわ」
「え?」
フィルは掌に小さな火を生み出すと、そっと息を吹いた。
ゆらゆらと飛ぶ小さな火の玉はコヨーテの周りを何度か回ると、溶けるように消え去った。
怪訝な表情のコヨーテに、フィルは優しく微笑む。
「あなたに火と光の加護があらん事を」
「……あ、あぁ。ありがとう?」
「それじゃ、私は街に戻るわね。これからも街灯の精霊として、街を見守り続けるわ」
そう言ってフィルは手を振りながら街に戻っていった。
リューンを騒がせていた連続失踪事件は終わりを迎えた。
この件での『月歌を紡ぐ者たち』の活躍は広く知られる事はなかったが、ある意味では治安隊ともパイプが繋がったとも言える。
新たな繋がりを結んだ『月歌を紡ぐ者たち』は帰るべき場所へと戻っていった。
【あとがき】
今回のシナリオはアレンさんの「正義の精霊」です。
リューンを騒がす連続失踪事件を精霊と共に解決する短編シナリオですね。
非常によくまとまった短編で、サクッとプレイできますので寝る前にも是非!
ちなみに報酬もガッポリもらえます。おいしい!
登場する精霊さんはNPCとして連れ込みも可能なのですが、月歌では連れ込みませんでした。
『組合』とかと因縁もって好き放題やっている宿に連れ込んでも迷惑だよなぁ……という感じです。
これからも街を見守っていてください……!
そしてついにといいますか、レンツォが盗賊王の技術に手を出しました!
まだ初期スキルの【盗賊の眼】と【盗賊の手】は装備していますが、少しずつ入れ替えていけたらなと思います。
お金余ってるからね、買っていいよレンツォ!
さて、次回は第三九話です。
少し長くなるかな、とは思いますがこちらも結成時からやりたかったシナリオなので書くのが楽しみです!
乞うご期待!
【地下で魔術師と相対するって以前も似たようなシチュエーションあったような】
☆今回の功労者☆
レンツォ。よくぞ請けるまで粘ってくれたな!
報酬:
情報提供の謝礼金:3000sp(お詫び込み)
購入:
【捕縛の縄】-2400sp(風たちがもたらすもの)
銀貨袋の中身→9677sp
≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『正義の精霊』(アレン様)
『風たちがもたらすもの』(Y2つ様)
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。
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