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第三九話:『緋桜悲伝』 1 

 六月のある日、『月歌を紡ぐ者たち』は毎朝恒例の依頼の貼り紙争奪戦から除外された。
 宿の亭主エイブラハム直々に呼び出されたからだ。
 先日の仕事で大きな報酬を得ていなければ文句のひとつも言ったかもしれない。

「ハマオ村から届くはずの酒がここ数ヶ月まったく入ってこないんだ」

 すすいだグラスの水気を拭き取りながら亭主エイブラハムは言った。

「現地の様子見をしてきてほしい。もちろん、できれば酒の仕入れも頼みたい」

「またお使いか?」

「皆まで言うな」

 亭主エイブラハムがこういった形で依頼をしてくる事はこれが初めてではない。
 およそ半月前にも同じようにお使い同然の仕事を持ちかけられた事があり、休養も兼ねた軽い仕事を、という亭主なりの気遣いだった。
 とはいえ仕事は仕事、やるべき事はきっちりやらねばならない。

「報酬は?」

「前金で銀貨一〇〇枚、依頼達成後に三〇〇枚だ」

「ずいぶんと安くないか?」

 その言葉を待っていたとばかりに、亭主エイブラハムはグラスをカウンターに置き、そこへ透明な液体を注ぎ込む。

「飲んでみろ」

 コヨーテはすぐに察してルナを呼んだ。
 彼女は両手でグラスを持って香りを確かめると、表情を変えた。
 液体をゆっくりと口に含み、舌の上で転がして味をみる。

「……ッ!!」

「どうだ?」

 ルナは興奮した様子でコヨーテの肩をバシバシと叩いた。
 どうやら相当に気に入った様子だ。

「それが届かなくなっている秘蔵の酒だ。請けてくれればお前らにもいくらか分けてやろうじゃないか」

「本当ですか!? コ、コヨーテ! これは是非やるべきですっ!!」

「わ、分かったから叩くのをやめてくれ。地味に痛い」

 ルナの酒好きにも困ったものだ、とコヨーテは苦笑する。
 とはいえコヨーテも元々は宿で働いていた身であり、あの秘蔵の酒の正体を知っていた。

 『緋桜』。
 穀物を発酵させて造る端麗辛口の酒で、ハマオ村のみで作られている、その筋では有名な霊酒だ。
 ちなみに普通に購入しようとするとまともな依頼二回分ほどの銀貨がすっ飛んでいく。

「と、いうわけで引き受けさせてもらう」

「そうこなくちゃな。それじゃあ依頼書と前金を渡しておくぞ」

 カウンターに置かれた羊皮紙と小さめの皮袋を受け取り、『月歌を紡ぐ者たち』は動き出した。



 目的のハマオ村があるというデルロイ山までの道程は快適かつ何事もなく退屈に終わった。
 ところが山の中ほどに差し掛かったところで季節外れの霧にまかれた。
 霧は登るほどに濃くなってゆくようだ。

「もうわずかで着くって本当かよ?」

「そのはず、なんだけどねぇ」

 先導のレンツォも辟易した様子で息を吐いた。
 行けども行けども変わり映えのない山道が続く。
 霧は相変わらず深い。

 やがて霧は三歩先も見えないほどに視界を白く塗りつぶした。
 自然とレンツォの安全確認も慎重にならざるを得なくなる。
 縦列となった『月歌を紡ぐ者たち』は互いに荷物や服の裾を掴んではぐれないように移動を続けた。

「……この霧、少し妙だ」

 やがて疑問が噴出した。

「季節外れの霧って事がすでに不自然だとは感じていたが……どうにも魔力を帯びているような感覚だぜ」

「何らかの魔術が発動しているのか?」

「そこまでは読み取れねぇが、あまりにも広範囲すぎる。少なくとも俺たちを狙ったものではなさそうだ」

「しかし、これは……」

 先ほどから声だけは通るものの、相手の姿はほとんど見えていなかった。
 コヨーテはレンツォのバックパックから伸びる紐を掴んでいるのだが、よほど引き寄せなければその手元すらもはや見えない。

 真っ白な霧が奪ったのは視界だけではない。
 足元が抜けていくような感覚に囚われ、そして方向感覚すら失われた。
 もはやまともに進む事すら困難になってきたその時、

「――ちょっと待って! 何かある!」

 先頭を進むレンツォの眼が何かを捉えたらしい。
 相変わらず慎重な歩みで方向を変えて進むと、そこには古ぼけた道標がひっそりと立っていた。
 この道標を見落としていたら延々と霧の中を彷徨わなければならなかったかもしれない。

「お手柄よレンツォ」

 湿気で額に纏わりつく髪をかき上げつつ、ミリアは言う。
 気がつけば全身じっとりとした湿気を帯びており、ひどく肌寒い。
 霧がひどく小休止もままならなかった『月歌を紡ぐ者たち』は足早にハマオ村を目指した。

 しばらく進むと集落の影が見えてきて、次第にその様子が鮮明になっていった。
 ハマオ村に入った途端、嘘のように霧が晴れ、方向感覚が戻る。

「なんだったんだよ、あの霧は……」

「放っておきなさいよ。さっきの道しるべまでは一本道なんだから復路は霧で方向が分からなくなる事はないでしょうし」

「まぁ、頭の片隅においておくくらいでいいんじゃねぇか。何だったら村の人間に聞いてみりゃいいだろ?」

 それもそうだ、とコヨーテも頭を切り替える。
 ここに来たのは霧の調査のためじゃないのだ。

 ハマオ村は小さな山村という感じで、ところどころに酒を造る施設や酒を保存する倉庫のような建物が建っている。
 ぱっと見ても外に人気はなくひっそりとした雰囲気だ。

「もうすぐ日が暮れそうですが、どうします?」

「まずは今晩の宿だな。あとは酒場でも見つければ『緋桜』の事も聞けるだろう」

 予想よりも大幅に到着が遅れた上、湿気で身体が冷え切っている。
 今回のおつかい、もとい依頼に期限は存在しないのだから今日は早くに休んでしまいたかった。

 聞き込みを経て辿りついた宿屋は他の建物より一回り大きい二階建ての建物で、酒場を兼ねている造りだという。
 よくある造りではあるが、拠点となる宿に目的の酒場があるのはありがたい。
 早速宿屋に向かってみると、もう夜も近いというのに一階の酒場はひっそりとしていた。
 カウンターの向こう座っていた初老の女性が気だるそうに「いらっしゃい」と声をかけてくる。

「これは珍しい、旅人さんね。お泊りかい?」

「ああ、空いているか?」

「ごらんのとおりさ」

 宿の女将は自嘲気味に笑って肩を竦めた。
 村の外に広がる濃霧によって外からの人間が訪れる機会が減っているのだろうか。
 部屋が空いているのならありがたい限りだ。

「ところで『緋桜』について聞きたいんだが、在庫はあるか?」

「……残念だね。今この村のどこにも『緋桜』はないんだよ」

「ない? この村でしか生産されていないんだろう?」

「一、二ヶ月前から妙な事が起こり始めてね。酒造りがストップしている状態なのよ」

「もしかして霧の事か?」

 自身らも経験したあの濃霧を思い出す。
 だが女将は表情を暗くして「それもあるけど」と続けた。

「霧の発生と同時に何人かの村人が原因不明の病に倒れてね。死ぬほどじゃあないけど、微熱が続いてうなされっぱなしよ。しかも霧のおかげで外界から遮断されて、ただでさえ少ない訪問者がぱったり」

「そんなぁ。ただの一本もないんですか?」

 軽く絶望気味のルナが食い下がる。
 依頼が達成できない事よりも『緋桜』を味わえない事のほうを残念がっている気がする。

「少なくともうちにはないねぇ。村の誰かがまだ残してるかもしれないけど、望み薄だよ」

「……コヨーテ、行きましょう」

「行くって、今からか?」

「もちろんです! もし今夜飲まれちゃったらどうするんですか」

「あー……」

 指先で眉間を抑えてコヨーテは脱力した。
 確かに一刻を争う状況ではあるが、彼女の元気はどこから沸いてくるのか。
 そんなにお試しで飲んだ『緋桜』が気に入ったのだろうか。

「……みんなはもう休んでいいぞ。オレはルナに付き合うから」

「そう? だったら後は頼むわ」

「ミリア、お前って時々すごく冷たいよな」

「女々しいこと言ってんじゃないわよ」

 すっぱりと一蹴されて、コヨーテは諦めたように息を吐いた。
 急かされながら荷物だけを宿に置いて、コヨーテはルナの後を追うように村へ繰り出した。



 行動を開始したコヨーテとルナは日暮れまで時間がない事もあって片っ端から家を訪ねることにした。
 最初に訪ねた民家をノックすると、白髪の老婆が顔を出した。
 老婆はまず訪問者が外の人間だということに驚いたあと、すぐに我に返って穏やかな笑顔を見せる。

「こんばんは、『緋桜』ありませ――むぐっ!?」

「……失礼。オレたちはリューンから来た冒険者だ。少し話を聞かせてもらえないか?」

 やや暴走気味のルナの口をコヨーテの手が強引に塞いだ。

「『緋桜』を探してやって来たんだが、酒場では取り扱っていないと聞いた。もし残っているようなら譲ってもらいたい」

「すまないねぇ、うちも切らしててね。なにぶん、妖魔のタタリのせいで酒造りが止まってるからねぇ」

「妖魔のタタリ?」

 聞きなれない言葉だった。
 ハマオ村独特の言い回しだろうかと考えていると、見かねたらしい白髭の老人が老婆をたしなめた。

「すいませんね外の方。『タタリ』はバァさんの最近の口癖でして」

「タタリとは初耳だが……」

「あぁ、この村にはその昔おっそろしい妖魔がいたそうで。それをとある騎士さまが捨て身で倒したという話だぁよ。バァさんはその妖魔のタタリだっていうんだ」

「騎士さまに倒されてなお、妖魔はこの地に災いを振りまいたんだ。封印されてからもきっとその怨念は消えていないんだよ」

「だからそんな突拍子もない話を旅の人に話しても困るだろぉ?」

 どうやらタタリとは呪いのようなものらしい。
 二ヶ月内で発生した異変に老人が語り継ぐほどの昔話が関係しているとは思えないが、多少は気になる話ではあった。
 が、ルナがコヨーテの外套の裾を引っ張って急かしてくるので、老夫婦との会話はほどほどにして切り上げた。

 他の民家を訪ねてみるも、やはりどこにも『緋桜』の持ち合わせはないという。
 中には家族の看病に付きっきりでそれどころではない家もあり、他の村人からは苦言を呈される事もあった。
 これにはルナも正気に戻った様子で、以後は粛々とコヨーテの情報収集に付き従っている。

 どうにも村人の大半はコヨーテら冒険者に対して警戒している様子で、特に若者にその傾向が見られた。
 最後に訪ねた若い村人からは村外の人間は関わるな、と厳しい口調で釘を刺されてもいる。
 彼からは特に強い拒絶の意思が見て取れたからかルナはすっかり気を落としている。

「……へこみますね」

「そう気を落とすな。聖北の奇跡も万能じゃないって君も分かっているんだろう?」

「お酒に心を奪われてしまってこの村の苦しみから目を逸らしていた自分が恥ずかしくって……慎まなければなりません、慎まなければ……!」

「そっちもあまり気にしすぎるなよ?」

「でも、コヨーテがいなかったら私……」

「確かに危なかったけど、何とか踏みとどまっただろう。そのためにオレが付いてきたんだから」

「……はい」

 ルナであれコヨーテであれ、完璧な人間なんて存在しない。
 間違いは正せばいいし、可能ならば他人が注意してやればいい。
 重要なのは間違いから何を学ぶか、なのだ。

「ともあれ、この村の問題は難しいな。明らかに異変が起こっているが、村人は『タタリ』を恐れているのか根本的な解決を望んでいない様子だ。その力を持っていないから考え付かない、といったほうが正しそうだが」

「例の病が命に関わるほどひどくないというのも遠因なのでしょう」

「仮に解決できたとしても即座に酒が出来上がるわけでもない。現存しないのであれば今回は諦めるしかなさそうだな」

「そうですね……残念ですが仕方ありません」

 そう言ってルナは静かに宿に戻るべく歩き出した。
 かと思ったらすぐに立ち止まってコヨーテに向き直る。

「それで、どうします?」

「……何が?」

「異変ですよ。調査してみますか?」

「その必要はないだろう。ついさっき村人から関わるなと忠告されたばかりだ」

 親父の依頼はあくまで現地の様子見で、酒の仕入れは可能であればという話だった。
 村で手に入らなくても多少割高になるがあるところにはある。
 しかしそれを仕入れるかを判断するのはコヨーテらではない。

「それこそ村人から依頼があれば別だが……」

「――ちょっと待ってぇ~!!」

 唐突に後ろから甲高い声が聞こえてきた。
 振り向いてみれば、一〇歳そこらの少年がこちらに向かって走ってきている。
 何事かと立ち止まってやると、少年は息せき切りながらも言葉を紡ごうと必死な様子だった。

「落ち着いて呼吸を整えろ。逃げやしないから」

 コヨーテは水袋を差し出して言う。
 荒い呼吸を繰り返していた少年は水を口に含むと、ようやく落ち着いた様子で息を吐いた。

「ごめんなさい、もう大丈夫です」

「そんなに急いでどうしたんです? 私たちに何かご用ですか?」

「……はい。実は僕、皆さんにお願いがあるんです。皆さんは冒険者でしょう?」

 コヨーテは短く「あぁ」とだけ答えた。
 次に出てくるであろう言葉がなんとなく予測できた。

「この村の病気と霧の原因、どうか突き止めて……そして解決してくれないでしょうか?」

「……、」

 コヨーテは困ったような表情を浮かべて考え込んだ。

「おや、コヨーテにしては珍しいですね」

「……何が?」

「こんな状況だったら二つ返事で引き受けるものかと」

「茶化すなよ。エリックじゃあるまいし」

 それに、とコヨーテは一層声を潜め、

「こればっかりはオレの一存で決められるものじゃない。何しろ報酬に期待ができないからな」

「……それも珍しい発言ですね」

「だから茶化さないでくれよ。オレだって『月歌』のリーダーなんだ」

 優しいだけの冒険者に価値はなく、甘いだけの冒険者は永くない。
 冒険者パーティのリーダーとは決定権を持つ代わりに他のメンバーが食いっぱぐれないように請ける仕事に気を配らなければならない。

 無論、利益だけを求めて仕事を吟味するのではない。
 自分たちが請けたい依頼でどこまで利益を上げられるか、それも冒険者のスキルのひとつだ。

「少年、それは冒険者に対する依頼か?」

「そ、そうですけど……あっ、村が救われればきっと村長さんからお金がもらえると思うんです。お酒もまた造れるようになるし……」

「あぁ、それなら村長に話してみよう」

 コヨーテが欲しかったのは村人が異変解決を願っているという大義名分だ。
 当然ながらこの少年だけを後ろ盾に村の調査をするわけもなく、村人から要望がある事だけを村長なり有力者なりに伝えて引き入れようとしていた。
 特産品である『緋桜』の製造が再開できるのであれば、村長を説得する材料になり得るだろう。

「おい、何やってるんだ!?」

「……え?」

 唐突に、三人の間に村人が割り込んだ。
 少年を遠ざけるようにコヨーテらと対峙するのは、先ほどひときわ厳しい口調で冒険者の介入を拒絶した村人だった。
 拒絶どころか敵意すら垣間見える瞳がコヨーテを睨めつける。

「ただ話をしていただけだ」

「何の話だ」

「守秘義務だ。悪いが教えられない」

 埒が明かないと感じたのか、村人は少年に向き直り、

「こんなヤツらに関わるんじゃない。いいな?」

 そう言うだけ言って、足早にその場を後にした。

「ど、どうしちゃったんだろうアーノルド兄さん……」

「随分と嫌われてしまったみたいだな」

「ちょっと思い込み激しいところがあるけど、とっても優しくていい人なんです……でも、あんなに怒るなんて何があったんだろう?」

「………………」

 少年の独白にコヨーテは口をつぐんだ。
 アーノルドと呼ばれた青年の言動に、一種の違和感を覚えたからだ。

 余所者が疎まれ、排他的な扱いを受けるのは閉鎖的な村ではよくある事だ。
 まして、村の現状を鑑みれば原因不明の流行病と濃霧に頭を痛めているところに、突如現れた余所者なのだ。
 彼もそういった類の理由から刺々しい態度なのではないか、とコヨーテも思っていた。

(なんとなく、そんな雰囲気じゃない気がするんだよな)

 あくまで可能性でしかないが、もしかしたらあの青年も今回の事件に何らかの関わりを持っているのかもしれない。

(まぁ、主犯って事はなさそうだが……)

 コヨーテの直感は外れる事の方が少ない、というのは『大いなる日輪亭』では有名だ。
 しかしただそれだけの理由で事を前に進めていいはずもなく、コヨーテとルナは少年と別れて宿へと戻った。



 気がつくと、ルナは草木生い茂る『何処か』に立っていた。
 目の前にはこの世でもっとも愛しい人物がこちらを見つめている。

『――……』

 『彼』が自分を呼んだ、気がした。
 一秒、二秒と時が過ぎるにつれて、『彼』が本当にルナの名前を呼んだのか不明瞭に思えてくる。
 この感覚はルナにも覚えがあった。

(……これは、夢?)

 そう、夢だ。
 なぜならルナはハマオ村の宿屋で眠ったはずであり、夢遊病の気もない。
 何よりも、目の前の『彼』は『この世でもっとも愛しい人物』であるはずなのに、その面貌がまったく認識できないのだから。

『――……』

 『彼』が再び自分を呼ぶ。
 と同時に、猛烈な嫌な予感がルナの背筋を凍らせた。

「危な……っ!!」

 『彼』の胸から棒のようなものが生えてきた。
 棒のようなものは真っ赤に濡れた剣であり、間髪入れずに何本も何本も、全身から突き出てきた。
 ごぼ、と『彼』は血反吐を吐いて、まっすぐルナを見つめて口を開く。

『――……、なぜ……なぜ、護ってくれなかっ……』

 言葉を言い切る前に、『彼』は崩れ落ちた。
 夢の中での事象だ。
 『彼』が絶命した事は身体を調べなくても頭が認識した。

「あ……あぁ……!!」

 目の前で、この世でもっとも愛しい人物が血を流し冷たくなっていく。
 二度と光を映さぬ虚ろな瞳が、真っ赤な双眸が、じっとルナを見つめた。

「うわぁぁぁぁあああああああああ――!!!」



「――あああああぁぁぁ!!!」

 ルナの悲鳴でコヨーテは目を覚ました。
 即座に抱えていた【レーヴァティン】をすぐ抜けるよう持ち替えて、ルナのベッドへ駆け寄った。
 その途中、室内を見渡してみたが何かが起こった形跡はない。

「ルナ、どうした?」

 ルナは衣服を冷や汗でびっしょりと濡らし、荒い呼吸を繰り返していた。
 上半身を起こしているものの、俯いて顔は両手で覆っている。

「ルナ――!?」

 ルナの肩に手を置くと、まるで怯えるようにその身を震わせた。
 彼女は恐る恐るといった風に顔を上げると、細い腕でコヨーテの胸に触れ、腹に触れる。

「お、おい……?」

 流されるままにコヨーテのシャツは捲り上げられていた。
 冷え切ったルナの手が素肌に触れているが、何が何だか分からずにコヨーテは困惑するばかりだ。
 あまりにも必死な様子だったため止めるのも憚られた。

「……、ない。きずは、ない、ですよね……」

 そう呟いて、ルナは深く息を吐いた。
 ようやく落ち着いてきたようだ。
 呼吸も次第に戻ってきているが、しかし依然顔色は悪い。

「夢でも見ていたのか?」

「……夢、……そう、夢を見ていた気がします」

「どんな夢だった? ……まさか、この間のような?」

 夢、という言葉にコヨーテは眉根を寄せた。
 ルナ本人は気がついていないが、彼女は数日前に夢魔に魅入られていた事がある。
 その夢魔はコヨーテが跡形もなく倒したが、もしかしたら別種の夢魔が彼女を襲ったのかもしれない。

「いえ……、あの時とは違う感じでした」

 そう言って、ルナは自分の膝を抱いた。
 あまり踏み入ってほしくないような内容の夢だった様子だ。
 なぜ身体を弄られたのか、とても理由が知りたかったがコヨーテは潔く諦める事にした。

「あの、コヨーテ……またあのおまじないを――」

「……ちょっとあんたらさぁ」

「んひゃっ!?」

 ルナは顔を真っ赤にして素っ頓狂な声を上げた。
 他の面々も彼女の悲鳴で起こされていたが、ルナは気づいていなかったようだ。

「別に他人の趣味嗜好をどうこう言うつもりはないけどね、やるならもっと人目につかないところでやりなさいね? というかヤりなさいね?」

「え……はっ!? ちがっ、違います! 誤解です!!」

「……やるって何を?」

「え、マジで言ってんのコヨーテ……ちょっと引くわ」

「無学で悪かったな」

「親父さんどういう教育してんのよ……」

「コ、コヨーテは知らなくていいものです!」

「――お前らうるせぇんだよ! とっとと寝ろ! 今何時だと思ってやがンだ!!」

「ひゃあごめんなさいっ!」

 バリーに怒られて、『月歌を紡ぐ者たち』のハマオ村での夜は更けていく。


To Be Continued...  Next→
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周摩

Author:周摩
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