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第三九話:『緋桜悲伝』 2 

 翌日、コヨーテたちは予定通りハマオ村の村長宅を訪ねた。

「……と、いうわけで、こちらとしても『緋桜』の製造が中止になったままというのは好ましくない」

「なるほど……」

 村長はうんうんと頷きながらコヨーテの話を聞いている。
 始めに濃霧と流行病の原因究明に助力する旨を伝えると、願ったりとばかりに表情を綻ばせた。
 どうやら近いうちに最寄の街の冒険者に依頼を出そうと考えていたらしい。

「ヤーヌ河ほとりに棲みついた魔物がすべての災いの原因であると我々はみております。そこで、その魔物の退治を依頼致します。報酬は銀貨にして五〇〇枚ほどを考えております」

「どんな種類の魔物なんだ? 数は?」

「名前は存じ上げませんが、紅い皮膚と深い体毛が特徴的な魔物です。どうにも集団で行動するようで、これまで十数体は確認していますが、正確な数は分かりません」

 魔物の種類も数も分からないとなると、面倒な仕事になるのは間違いなかった。
 遭遇するまで相手に合わせた準備をする事もできず、どれだけの数を倒せばいいのかすら見えないのだから。

「そうそう。水源のほうには近寄らないでいただきたい。あそこはわしの家が代々護る封印の地じゃて」

「そこに妖魔がいないとも限らないのでは?」

「強い結界が張られておって、魔物は近寄れんから問題はないじゃろう」

「……さいで」

 この非常時に結界があるから大丈夫、とはよく言えたものだ。
 村長が代々護ってきた場所であるのならいの一番に確認すべき場所だと思うのだが。
 やはりコヨーテたちが余所者である事に変わりはない、という事だろう。

 コヨーテたちは話を切り上げて宿で遅めの昼食を摂る事にした。
 依頼を引き受けはしたものの不安材料が多すぎるため、今日は情報収集に宛てるつもりである。
 日の沈む時刻が遅くなってきているとはいえ、霧中で夜を迎えるのは危険すぎる。

「実物を見てねぇからどォとも言えねぇんだが……それにしたって短絡的すぎるだろ。魔物が全ての元凶だなんてよォ」

「確かにな。霧の発生、病の流行、どちらにしても単なる魔物が引き起こせる事態とは思えない」

「村人からすれば魔物を倒せば霧も収まって病も癒えると考えたいだけでしょ。立て続けに異常事態が起こって原因も分からないとくれば、そうでも思わないと心が持たないんじゃない?」

 このまま霧と病が続けば村の存続も危ぶまれる。
 村長としては気が気でないのだろう。

「だが、まぁ依頼だからな。仮に魔物を退治して霧が晴れなくてもオレたちに非はない。あくまで村長の、村の総意として魔物を除く選択を採ったわけだからな」

「ま、悪化する事はねぇだろ。こっちはこっちで独自に調査させてもらえりゃそれでいい」

「あれ? どしたのバリー。やけに意欲的じゃない?」

「気になる事があンだよ」

 それだけ言って、バリーは茶をすする。
 コヨーテもカップを口に運ぼうとしたが、中身がない事に気づいて紅茶をポットで注文した。

 ややあってポットが運ばれてきた頃、宿の扉に備え付けられてある鈴が軽快な音を鳴らした。
 コヨーテは視線だけをそちらに向けると、片手を挙げて微笑んだ。

「急に呼び立ててすまない」

「気にしないでください。僕でお役に立てるのなら嬉しいですから」

 にこにこ笑顔で駆け寄ってきたのは昨日コヨーテらに異変の解決を頼んだ少年だった。
 村長宅から戻る際、情報収集のためにと密かに声をかけていたのだ。

「でも、どうして僕なんですか? 村長さんのほうが詳しいと思いますけど……」

「色々と理由があるのさ」

 ひとつ、この村で友好的に話ができそうな人物が数えるほどしかいない。
 ふたつ、アーノルドをはじめとする村の人間はコヨーテたちをよく思っておらず、村長ですらそのきらいがあったため、魔物退治に関わりのない情報に関しては口を閉ざしてしまう可能性がある。
 以上の理由があったのだが、さすがに少年の前で公言していい事ではない。

「村長からは魔物を退治するよう依頼があった。どうやら魔物の出現が霧と病を呼んだと考えているらしい」

「はい」

「君もそう思っているのか?」

「? だって、霧が出た時期と病気が流行り出した頃に魔物が出るようになったんですよ」

「それだ。霧と病と魔物、結局のところどの順番で起こり始めたんだ?」

「えっと……」

「要は霧と魔物はどっちが先か知りてぇんだ。最初に魔物が発見された時、霧は出ていたか?」

「バリー、落ち着け」

 おそらくバリーは興奮していたわけではないだろうが、元々顔が怖い彼に詰め寄られて少年は怯えきってしまっていた。
 それに気づいたらしいバリーはわざとらしく咳払いして紅茶に口をつける。

「えっと、霧は出ていたはずです。猟師のおじさんが霧の中から現れたように見えた、って言ってましたから……」

「魔物が現れるのはヤーヌ河付近だけか? 村に近づいた事はねぇのか?」

「現れる場所は、よく分かりませんが……魔物が村に入ったって話は聞いた事がありません」

 だろうな、とコヨーテは頷いた。
 もし魔物に村が襲われる事態が発生しているのなら、もっと早くに討伐の依頼が出ているはずだ。

「なるほどな、よく分かった」

「お役に立てましたか?」

「あぁ、ついでにもうひとつ聞きてぇ。『タタリ』って知ってるか?」

「タタリ……それは妖魔のタタリの事ですか?」

「そう、それだ。仲間が耳に挟んだんだが、どうにも眉唾な話らしい。参考までに教えてくれねぇか」

「はい!」

 元気に返事した少年は、咳払いして話し始めた。

「むかし、このあたりに強い力を持つ妖魔がいて、近くの人たちを苦しめていたそうです。その頃の王様が妖魔から人々を守るために妖魔討伐を派遣しました。そして村にやって来たのは一人の騎士さまでした。騎士さまはとても強かったけれど、妖魔もとても強くて……それで騎士さまは妖魔と相打ちになってしまったんです」

 話の大筋はコヨーテが村の老夫婦から聞いたものと同じだった。

「そうして妖魔は死んだんですけど、でも完全には力がなくなってはいなくて……それでヤーヌ河水源地にある洞窟の奥に祠を建てて封印をしたという話があるんです」

「………………」

 コヨーテは考え込んだ。
 確かに伝承の通りに妖魔が強大な力を持っていたとすれば怨霊化しても不思議ではない。
 自らを殺した騎士を、人間そのものを恨んだはずだ。
 だが、やはりここ二ヶ月間で急に発生した理由は何なのだろうか。

 ちらりとバリーを見てみると、得心いった様子で腕を組んでいる。
 どうやら何らかの答えか可能性かに辿りついた様子だ。

「ちなみに、えっと……騎士さまの名前はアルフレッド。妖魔の名前は緋桜姫といいます」

「緋桜?」

「妖魔の魔力が水に溶け込んでいるからヤーヌ河の水は霊水なんですよ。その水で造られるから『緋桜』って名前がつけられたんだと思います」

「妖魔の魔力って……そ、それって大丈夫なのでしょうか」

「大丈夫ですよ。お姉さんだって、ほら。今も飲んでいるでしょう」

 そう言って、少年は紅茶が注がれたカップを指した。
 彼の言いたい事を理解したルナは思わずと固まってしまった。

 酒造に使う水という事は、当然ながら村人の飲料水でもある。
 それどころかこれまで『緋桜』として大量に流通しているのだ。
 問題があればもっと早い段階で発見されているだろう。

「……あ、あまり気分のいいものではないです」

「そうか? 結構悪くねぇモンだぜ」

 よほど気に入ったのか、バリーは二度目の紅茶のおかわりを注文していた。



 そしてまた、目の前にこの世でもっとも愛しい人物が現れた。

『――……』

 『彼』が自分を呼んだ、気がした。

(……また、夢ですか)

 そう、夢だ。
 昨晩見たものと同じ夢。

『――……』

 『彼』が再び自分を呼ぶ。
 と同時に、ルナは杖を手に駆け出した。
 『彼』に向かって飛来する刃物、それを全て杖を振り回して叩き落す。
 夢の中でなければ到底できない芸当だった。

「させない……! 指一本触れさせはしません! もう、二度と!!」

 攻撃が向かってきた方向へ、そう宣言した。
 次なる攻撃に備えて杖を構えなおしたその瞬間、

「え……?」

 トン、と。
 拍子抜けするほど軽く、ルナの身体が貫かれた。
 『彼』が手にする剣によって。

 夢の中だと理解しているのに、身体を貫く剣の感触が不気味だった。
 そして最も愛しい人物から刺されたのだという事実がルナの喉を震わせる。
 『彼』の嘲笑がやたらと耳を叩く中、ルナのまぶたが降り、視界が黒く塗りつぶされた。



 ハマオ村での二回目の朝を迎えた『月歌を紡ぐ者たち』は朝早くから村を出てヤーヌ河へと向かった。
 わずかも歩かない内に辺りは濃霧によって真っ白になってしまう。
 一行は再び縦列となって互いの荷物や服の裾を掴み、はぐれないように注意して移動する。

「静かだね」

 先頭を行くレンツォの声。
 まだ村に近いからか、レンツォの姿はぼんやりと見える。
 しかし村から離れていくにつれて輪郭は薄ぼけていき、やがて完全に白く覆われてしまった。

「お陰で接近者の音は拾いやすいけど、薄気味悪いよ」

「………………」

 口には出さないが、誰もが同じ意見だった。
 まるでこの世ならざる場所へ足を踏み入れたような感覚すらおぼえ、どんどん視界が狭まっていくのに前に進まなくてはならないというのはひどく精神が削られる。
 もはや魔物でも何でもいいから出てきてほしい、などと考える始末である。

「あっ」

 どれだけ歩いたか時間の感覚も狂いはじめた頃、再びレンツォが声をあげた。

「ごめん、道を間違えた」

 何事かと構えていた他のメンバーは一斉に肩透かしを食らって息を吐いた。
 しかしレンツォを咎める者は誰もいない。
 こんな霧の中で初見の道を迷わず踏破できる者は少ないだろうし、それ以上に道に変化があった事で無限と思われた霧中行軍にも終わりはあるのだと安心できた。

「みんな、ゆっくり前に進んで。そうしたら柵があるからそこで折り返そう」

 彼の言う通りに歩みを進めると、木製の粗末な柵が霧の中から現れた。
 粗末な割にはしっかりと道を塞いでいる。

「これ、まさか水源への道か?」

「だと思うよ。村長が管理しているって話だし、村人が近づけないようにしてるんだろうね」

「……もしかしてだけど、これが村長の言ってた『封印』ってわけじゃないわよね?」

「ンなわけねぇだろ。どっからどォ見てもただの棒切れだぜ」

 よくよく見れば柵はここ最近の霧ですっかり湿気ってしまい、ところどころ腐りかけている箇所もあった。
 ちょっと力を入れて蹴れば根元から折れてしまいそうである。

「ほら、いいから行くよ。君らが動かないと僕も前に進めないんだ」

 遅れを取り戻そうとしているのか、レンツォが一行を急かした。
 その後、わずかも歩かない内にヤーヌ河に突き当たっているあたりはさすがといったところか。
 どうにも河の周辺には霧は薄くなっていて、コヨーテらは村を出てから初めて目視で互いの無事を確認できた。

「何かの生物の痕跡がある。っていうか分かりやすいね」

 渡河した際にできたであろう足跡が泥濘にくっきりと、しかも大量に残されていた。
 足跡と歩幅を鑑みるに、おそらくはゴブリンに似た二足歩行型の魔物だろう。
 問題はその足跡が明らかにゴブリンやコボルトのような一般的な妖魔のそれとは明らかに違う、という点だ。

「この足跡だと、おそらく小型……そして明らかに自然物じゃない紅い毛。たぶん紅い体毛をしてる。あと、足跡の数からみるとどうにも集団で行動する習性があるらしいよ」

「……もう少し早くその情報がほしかったな」

「え?」

「周りを見てみろよ」

 地面ばかりを見ていたレンツォが顔を上げると、その表情から笑みを消した。
 木々に紛れ、十数体の魔物がぐるりと『月歌を紡ぐ者たち』を取り囲んでいる。
 レンツォの推測どおりゴブリンと同程度の小型の魔物で、全身が紅い体毛で覆われている。

「あちゃあ、気配は感じなかったはずなのになぁ」

「待ち伏せする知恵くらいは持ち合わせてるって事ね。上等じゃない」

 好戦的な笑みを浮かべ、ミリアは双剣をくるくると回した。
 囲まれた時にはすでに音もなく抜いていたらしい。

「一旦退くって手もあったんだが……」

「別にいいでしょ、このままで。わざわざ倒されに来てくれたんだからさっさと終わらせましょ」

「……まぁ、いいか」

 確かに彼女の言うとおり索敵対象が目の前にいるのだから退く道理はないし、数の上では負けてはいるが取り囲まれている以上、一転突破による撤退は難しくない。
 何より、ここで退いても敵方の情報はほとんど手に入らない。
 未知の相手とはいえ一合も打ち合わずに引き返すのも面白くなかった。

「ここを本陣として戦う。あまり離れすぎて霧の中に入るなよ。奴らにとってはホームなんだから何があるか分からないからな」

「分ぁかってるって!」

 ミリアが動いたのと同時に、魔物の数体が『月歌を紡ぐ者たち』を襲う。
 どうやら彼らの知性は思っていた以上に高いらしい。
 あくまで包囲を崩さず、コヨーテたちと同等の戦力を投入していた。

 だが、

「――、――――――!!」

 ミリアの双剣が閃き、コヨーテの【レーヴァティン】が唸りを上げ、チコの速射が降り注ぐ。
 たった一度の攻撃で瞬く間に三体の魔物が地に伏した。
 あまり戦闘能力は高くないようだが、体格から鑑みればそれが普通である。
 だからこそ群れで行動しているわけであり、縄張りを荒らされていなければ人間六名を相手に狩りをする事もなかったのだろう。

 しかし相手は『月歌を紡ぐ者たち』である。
 伊達にミノタウロスやオーガ、トロールの連合『群』を相手に勝利を収めていない。

「……オレが言うのも何だが、確かに退く理由なかったかもな」

 先発の残りをさくっと斬り捨てて、コヨーテは呟いた。
 未だに魔物の群れに囲まれているのだが、それでも負ける気がしない。

「そのとおりだけど、なんだかコヨーテらしくない言葉だね。どしたのさ?」

「どうしたも何も、やけにバリーが静かだと思ったんだよ」

 コヨーテは魔物の包囲の一部を指差した。
 彼らは木々の隙間からこちらを窺っていたはずだが、今はどれもこれも茂みに突っ伏している。

「あ……、【眠りの雲】か」

「ご名答ォ、せっかく霧が出てンだ。利用しない手はねぇだろ」

 バリーはおそらく開戦前から【眠りの雲】を唱え、包囲の一部に対して発動させていたのだろう。
 【眠りの雲】は完全に霧に紛れてしまい、いくら魔物が霧の中での行動に慣れているとはいえ見破る事は不可能に近い。

 眠ってしまった魔物は即座に命を刈り取られ、残った魔物はじりじりと後ずさる。
 これにより数の上での有利不利は完全に入れ替わった。

 堪えきれずに駆け出した魔物から、チコの射撃によって打ち抜かれて絶命する。
 意を決して向かってきてもコヨーテとミリアの剣撃の前では無力に等しい。
 『月歌を紡ぐ者たち』は大した消耗もなく、ヤーヌ河の魔物退治の仕事を終えた。



「これでそのうち霧も晴れ、村人の病も治る事でしょう……はぁぁ、ありがたや。ありがたや」

 村に戻った『月歌を紡ぐ者たち』は村長へ魔物退治の首尾を報告すると、いたく感激した様子で迎えられた。
 すでに日も傾きかけていたが、小さな村だけに噂は瞬く間に広まった。
 同時に、全ての厄介事が片付いたのだという弛緩した空気も同様に広まっているように感じられる。

「村長はああ言ってたけど、ほんとにこれで終わりだと思う?」

「そんなわけがない」

 コヨーテは即否定した。
 同感だな、とバリーも後に続く。

「ヤーヌ河のほとりには確かに魔物が現れたが、あの辺の霧は比較的薄かった。もし魔物が霧を作り出してるってぇんなら普通、霧の
発生源にこそ奴らは存在するべきじゃねぇのか?」

「偶然離れてたって可能性はないの?」

「そりゃ否定できねぇな。だが、あの魔物が霧をどうこうできたとも到底思えねぇんだよ」

 戦いの熱が引いた今思い返してみてもゴブリンより少し強い程度の魔物である。
 低くない知性があるのはいいとして、それでも霧や病を振り撒くような性質の悪さがあるようには思えない。

「霧から魔力を感じるってのは往路で話したと思うが、覚えてるか? あの魔物どもはただ魔素に惹かれて集まってきただけなんじゃねぇの?」

 強い魔素に惹かれて魔物が集まってくるケースは『紅し夜』という前例もある。
 魔術師であるバリーが肌で感じられるほどの魔力を秘めた霧であれば条件も見合う。

「だから霧と魔物はどちらが先に現れたのか聞いていたのか。というより、昨日の時点でほとんど推測できていた事じゃないのか?」

「実物を見るまで答えは出せねぇだろ。ま、結局はほぼ予想通りだったがな」

「じゃあもう大体目星ついてんでしょ。黒幕は誰よ?」

「そっちはまだ確信が得られねぇなァ。いや、ほとんど答えは出てンだが、最後の一押しが足りねぇ感じだ……、あン?」

 バリーは宿屋の近くに佇むアーノルドの姿を見て取った。
 どうにもコヨーテたちを待っていたような様子である。

「……魔物を倒したって?」

「耳が早いな」

 アーノルドは嘲笑うように鼻を鳴らし、

「いい気なもんだな。そんなんじゃ霧は晴れない……」

「その口ぶり、何か知っているのか?」

「ふん、いいからお前らはさっさと街に帰ってくれ!」

 ただそれだけを伝えてアーノルドは踵を返した。
 否定もしなかったが、やはり彼は何かを知っている。
 
「……どうやって聞き出すかな」

「面倒だから少し痛い目を見てもらうって事でいいんじゃない?」

「おい」

「ふざけてるわけじゃないわ。これ以上に手がかりを探るのに手っ取り早い方法はないわよ」

「だからといって手荒な真似はしたくない。なぁバリー、何か手はないか?」

 肩をすくめて、バリーは首を横に振った。

「ま、手荒じゃねぇが強引な方法ならあるぜ。あのアーノルドとかいう村人が今回の妖魔事件に何らかの関わりがあったと村長に報告するんだ。明日になっても霧が晴れなきゃ余計に都合がいいがな」

「つまり村長に尋問させるって事か? それはまた……」

「少なくとも、アーノルドは今回の件について最初から何かを知ってる風だった。もし黒幕じゃねぇってんならそれが得になるかどうかはさておき、情報の共有くらいしてもらってもいいだろ? ……ま、それはほとんど建前なんだが」

「?」

「俺の狙いは全ての情報源を潰す事だ。アーノルドがどんな情報を持っていようが構わねぇ。有益だろうが無益だろうが、結局は『ヤーヌ河の水源地へ向かうしかない』という流れに持ち込めりゃあそれでいい」

 バリーは水源地が怪しいと言っている。
 元よりヤーヌ河の水源地は妖魔が封印された伝承が残るほどに曰くつきの場所だ。
 怪しいと感じていても不思議ではないが、バリーの言葉には確信めいた何かがある。

「まず魔素を含んだ霧ってモンはゼロから作れるよォな代物じゃねぇ、必ず基となる液体が必要だ。単純な理論だが、魔力を蓄えた液体を霧状に変化させりゃあ魔素を含んだ霧は出来上がる。今回の霧はおそらくそういった『単純な理論』で作られたモンだろうぜ。そもそも――」

 思わず『単純な理論』の中身まで講義しそうになったバリーは咳払いして気を取り直した。

「言うまでもねぇが霧の媒体はヤーヌ河の水だ。それも水源から湧き出る水に限る。柵に阻まれた水源に向かう道はやたらと霧が深く、水の流れに沿って次第に霧が薄くなっていたからな。……ま、大元の根拠となる情報は『妖魔のタタリ』だ。大昔に騎士と相打ちになった妖魔の力は、未だ消えずに封印によって抑え込まれている……相打ちになったが力が残っている、ってのは死んではいなかったとも捉えられるからなァ」

「という事は、妖魔がその黒幕?」

「そこは断言できねェ。が、限りなく妖魔かそれに近い何かが元凶だろうぜ。あるいは口酸っぱく水源地に近づくなと警告していた村長がその力を利用していた可能性もなくはねぇが……これは飛躍しすぎだろォな」

 あくまで客観的に情報をまとめるとそういうぶっ飛んだ仮説も出てくるものだ。
 裏を返せば仮説を仮説として除けてしまえるほどに推論がまとまっているという事でもある。

「明日、霧が晴れてねぇンならまず間違いねぇ。俺たちが向かう先はヤーヌ河水源地だ」

 情報をすり合わせて頭脳を働かせ、バリーは誰もが納得する形で行動方針を決定付けた。



 その男は騎士だった。
 王国に忠誠を誓い、王命であればどんなに手を汚しても厭わない覚悟があった。

『かの地に住まうおぞましい妖魔を退治せよ』

 今回の任務にも変わらぬ覚悟で臨み、即座に遂行してみせるつもりだった。
 しかし、妖魔の住まう村へ訪れた騎士は違和感をおぼえた。
 村の誰に聞いても妖魔は村人に友好的だという。

「お、お前が緋桜姫……?」

「いかにも。我の名は緋桜姫。そなたの名は? 我にいかなる用じゃ?」

 実際にその目で見ても、とても王から聞いていた極悪非道の妖魔とは思えない。

 騎士は大いに悩んだ。
 妖魔といえど何の罪もない相手を一方的に倒してしまってもよいものか。
 自身の正義と王の命令、どちらを優先するべきか。

 やがて決断した騎士は、王国へ妖魔の討伐成功の旨を報告した。
 だが、自身は王国へ戻らず村へ留まった。
 緋桜姫の元へ足しげく通っていくうちに、己の芽生えた感情に気づいていたからだ。

「緋桜姫が何をした!? 村人とも静かに友好的に暮らしていたのに!」

 およそ一ヵ月後、村は王国から討伐隊を差し向けられた。
 数十人の騎士に取り囲まれた騎士は最後まで抵抗する。

「討伐だと!? それはただ、王が緋桜姫の魔力を恐れたからじゃないか!!」

 騎士の叫びは空しくも誰の耳にも入らずに封殺された。
 取り押さえられて牢に叩き込まれるまで、騎士は緋桜姫の名を呼び、その身を案じていた。

「妖魔・緋桜姫! 貴様の命、我ら王国騎士団がもらいうける!」

 一方で緋桜姫も討伐隊に追い詰められていた。
 騎士団が施した結界によって思うように力がふるえず、体ひとつでこの場を切り抜けるのは不可能に近い。

「……しょせん、人間にとって我ら妖魔は害及ぼすものでしかないというのか? 我らが何をした!?」

 緋桜姫は心の底から信じていたはずの騎士を呪った。
 人間に対して少しでも心を許してしまった自分を恥じた。

「おのれ人間どもめ! おぬしらが我に仇なした事、我は決して忘れぬぞ!!」

 討伐隊の白刃が心臓を貫くその瞬間まで、緋桜姫は呪いの言葉を叫び続けた。

「決して、決して忘れぬぞ……! アルフレッド……!!」


To Be Continued...  Next→
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周摩

Author:周摩
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