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『子供狩り』(1/2)  

「ほんによう降りますなあ。こないな中に雨ざらしにされたら、いくら冒険者でも病気になってしまいますじゃろ」

 白髪の老婆は人数分のシチューの皿をテーブルに並べつつ、人当たりのいい笑みを浮かべた。

「ほら、これでも食べて身体あったこうして。夕飯の残り物なんじゃがね」

「いやいや、とんでもないご馳走だ! ありがたくいただくよ!」 

 雪の季節が近いこの時期、ただでさえ雨に降られて身体が冷えているところでほこほこと湯気を立てるシチューは反則的だ。
 じっくりと煮込まれてほろほろに溶けるじゃがいもは程よい甘さを口の中に広げていく。
 今のエリックらにとっては何よりのご馳走である。

「おーいしい! からだのしんからあったまりますのよ」

 窓の外の闇は深く、雲間を窺い知る事はできない。
 先ほどから雨が強く弱く窓硝子を叩いている。

 エリックら『陽光を求める者たち』はとある依頼の帰り道で思いがけず雨に降られてしまった。
 あいにく宿など望むべくもない山中だったので雨ざらしの覚悟を決めていたところだったのだが、そんな中で一軒の小屋を見つけて訪ねたのだった。

「すみませんね、ご婦人。こんな夜更けに押しかけてきて食事まで頂いてしまって」

 ほほほ、と老婆は上品に笑う。

「困っている旅の人に閉ざす戸なんぞありませんよ。ゆっくりしておいき」

 そう言ってくれてはいるものの、ただでさえ一人暮らしの小屋だ。
 冒険者が六名も急に上がりこんでいては迷惑極まりないだろう。

 エリックは未だ雨脚強い窓の外を見やり、

「街道に出るまでおおよそ四半刻といったところか。リューンもそう遠くないな」

「おいおい。雨が降ってなきゃ、だろ」

「分かってるよ……それにしてもよく降るなぁちくしょう」

「ほんにほんに。こんな夜はあったこうして、早う寝らんと。人さらいも来てしまいますしのう」

「人さらい?」

 唐突に物騒な言葉が飛び出してきて、思わずエリックは聞き返していた。

「この辺りには野盗でも出るのか?」

 だが、よくよく考えれば有り得ない事ではないように思われる。
 人家もまばらな山中だ、そうした行為はやりやすいだろう。
 しかし老婆は黄色い歯を見せて笑った。

「おやまあ私ったら、よう考えもせんと物騒な事を口走ってもうた。この辺りではよう言うんじゃ、『夜に雨が降ると人さらいが来る』いう風に。意味なんぞない、雨が降ったときの決まり文句みたいなものじゃよ。そうそう、わらべうたにもあってのう……」

 老婆は顎に手を当てて思い出すような仕草をして、頼んでもいないのにこの地方に伝わる童謡を歌いだした。
 雨音を伴奏に、しゃがれた声が細く響き始める。

『夜が来るよ 雨が降るよ
 早くお帰り 子供たち
 人さらいが やってくる

 夜が来るよ 雨が降るよ
 振り返らずに お急ぎよ
 背中に誰かの手がのびる

 後ろをご覧 球蹴りしていた
 子供たちは どこ消えた?
 後ろをご覧 おしゃべりしていた
 子供たちは どこ消えた?

 夜が来るよ 雨が降るよ
 早くお帰り 子供たち
 人さらいが やってくる』

「……これはまたずいぶんと不気味なおうたですの。童謡にはあまり適さない気がいたしますわ」

「似たような歌なら知ってるわ。そっちでは子供をさらうのはオーガだけど」

「きっと暗くなっても遊びたがる子供を怖がらせて早く帰らせるためにあるのでしょう。よくある話です」

 遊び盛りの子供たちに業を煮やした母親たちの苦心の作、といったところか。
 道徳教育等を子供に分かりやすく伝えるための手段として童謡や童話が生まれる事もある。
 この不気味な童謡もその類かと思ったのだが、

「ほっほっほ、そんな見方もありますじゃろなあ」

「作り物ではない、と?」

「左様、私の母親が言うとった。この辺がまだ村と言ってもいいくらいじゃった昔の話でな、小さい子が何人も居のうなってしまう事件があったそうじゃ。草の根分けて探したが、ひっとりも見つからんかった。村の者も総出で、当時の領主様も冒険者を雇ってまで探したというんじゃが、結局原因は分からずじまいだったそうな。歌はその事件を踏まえておるんじゃよ」

「……それでこんなに恐ろしげな歌詞、ですか。歌の通りに人さらいか、それともオーガの仕業かもしれませんね。いずれにしろ、子供が巻き込まれる事件は痛ましいものです」

 レティシアは十字を切り、かつての被害者に祈りを捧げた。

「怖い歌じゃが、その裏には二度とそんな事を繰り返してはならんという思いを感じるのう。忘れてしまわんように歌にしたのかもしれん。人間はすぐ忘れてしまいよるからのう……」

「……そうね」

 話が一段落して、マリナは小さく息をついた。
 窓を叩く大粒の雨を見ながら、マリナは明日の天気を危ぶんでいた。
 一向に雨脚が弱まる気配はない。
 やはり雨ざらしは逃れられないかもしれない。

 ふと、雨音に混じって別の音をマリナの耳が捉えた。
 泥濘を踏みつける規則的な音、誰かがこちらへ近づいてきている。
 少し遅れてスコットが椅子に座りなおし、ガイアは刀へ手を伸ばした。

 家の出入り口が勢いよく開かれ、男が入り込んできた。
 閂がかけられていなかった事に一瞬ぎょっとしたマリナだったが、この家の主があの人当たりの良さそうな老婆だった事を思い出してため息をつく。

「はぁ……はぁ、はぁ……」

 男はずぶ濡れで荒い呼吸を繰り返している。
 身体を引きずりながら家へあがろうとしたが、精根尽き果てたようにその場へ倒れ込んでしまった。

「おやまあ、大変! すぐに湯を沸かさにゃあ。長い事雨の中にいたんじゃろ、こんなに身体が冷えてしもうて……ひっ!」

 駆け寄った老婆が息を呑んだ。
 男の腹部から、赤い滴りが染み出していたからである。
 すぐさまレティシアが傷口を検めるが、眉をしかめて首を横に振った。

「刃物で抉られて内臓がはみ出しかかっています。これでは、もう……」

「あ、ぁ……あんたたち、そのなりは……冒険者かい?」

 異常事態に立ち上がりかけたエリックを、マリナがその肩を掴んで止める。
 訝しげに振り向いたエリックに対し、マリナは無言で首を振った。
 面倒事はご免被る、という意思表示だった。

 しかしエリックはそんな事はお構いなしだ。
 マリナの手を払い除けて男に近づく。

「頼む、村を……俺の村を、救ってやってくれ……」

 男の息がひゅうひゅうと擦れだす。
 懸命に言葉を紡ごうとしているが、音にならない。

「しっかりしろ! お前の村がどうしたってんだ!?」

「こ、子供が……子供たちが……、俺は、俺なんか、俺一人の命……なんか、喜んで……捧げ……でも、子供たち……が、なんて、た、耐えられない」

 そうして喋っている間にも、床には真っ赤な血溜まりが広がっていく。
 男の目も焦点があっていない。

「村は……東に山を一つ越えたところに……こ、これを報酬に……」

 言い終える前に男の身体から力が抜け、ぴくりとも動かなくなった。
 レティシアは瞳を覗き込み、しばらく黙した後、下唇を噛み締めた。
 そして開いたままの目を閉じさせる。

 男が差し出したままの手の中には、鈍く光る首飾りがあった。
 詳しい価値は調べてみなければ分からないが、幾許かの金にはなるだろう。
 言い換えれば、報酬として機能する事になる。

「――言っておくけれど。これは正式な依頼じゃないわ。宿を通していないし詳細すら曖昧、話す前に死んじゃったもの」

「マリナ、何が言いてえんだ?」

「こんの馬鹿……、ああもういいわ。勝手にしなさい」

 呆れてため息もでないマリナは腕を組んで身を引いた。
 この自称正義の味方であれば垂涎モノの状況だ、断るはずがない。
 今回はタダ働きにはならないだけマシ、なのだろうか。

(ま、そう思って諦めるしかないわね)

 マリナは深くため息をついて、せめて雨が上がってくれる事を祈るしかなかった。



「暗くて分かり辛いけれど、向こうに人家のようなものが見えるわ」

「どれどれ……あぁ、本当だ本当だ。あれが例の村か。やっと着いたなぁオイ」

 早朝に出発した冒険者は山一つ分の長い道のりを歩き続け、ようやく目的の村を前にしていた。
 頭上には薄紫の暗雲が垂れ込め、辺りは既に夜の気配を孕んでいる。
 夕べから一晩中降り続いた雨も今は止んでいるが、いつ振りだしてもおかしくない天気だ。

「こんな天気なのに山越えなんて呆れ果てるわよまったく」

 地面のぬかるみや土砂崩れは相当なものだった。
 依頼主の男の切羽詰った様子は、村が一刻を争う事態だと告げていた。
 それ故に日中のほとんどを移動に費やしたのだが、こうして夜が近づいている現状、結果的には正解だったといえる。

「……妙じゃのう」

「あ? 何が?」

「ここまで近づくまで誰も村に気づかなかったのよ。どうしてだと思う?」

「どうして、って。こんなに暗いんじゃ気づくわけねえだろ。ここまで来てようやく家らしい輪郭が見えてきたんだからな」

「……どうしてくらいのか、ぎもんに思わないですの? この村にはあかりがついていないですのよ」

「日が沈んでからまだそう経っていないにしてもこの天気よ。明かりを点けるのが普通だと思うけれど」

 合点がいったエリックは、村の方角を睨むように見つめた。
 なるほど明かりのついた家はただの一軒もない。

 いつまでも尻込みしているわけにもいかず、エリックらは村の中へと足を踏み入れた。
 通りに人の姿は見当たらず、家々もまばらで閑散とした村だ。
 夜闇の濃さが増しているのに対し、明かりのついた家が一軒もないのが気に掛かる。

「ここに降りてくるまでは廃村である可能性も考えておったが……どうやらそりゃなさそうじゃなぁ。道に新しい足跡がある」

 スコットは演技掛かった調子で両手を広げてくるりと回る。

「生活感はある、人が住んでいる気配もある。じゃが、どこか打ち捨てられたような雰囲気があるのはなァんでじゃろうの?」

 ただ投げかけるだけの疑問の言葉だったが、誰もそれに答えられない。
 廃村というだけならまだしも、人気がないのに生活感があるというギャップが不穏な空気を醸し出していた。
 試しに手近な民家のドアを叩いてみるものの、扉が開かれる事も応えもなかった。

「待てぃ、扉の向こうに人の気配を感じる。衣擦れの音がしたぞ」

 言うが早いか、口の前に人差し指を立てたスコットは扉へと張り付く。
 しばらくして、彼は扉から離れた。

「向こうに誰かが居るのは間違いないのう。息を潜めてこちらを窺っとる様子じゃな」

「……居留守を使われているのですね」

 取り合ってくれないのでは仕方がない。
 無理やりこじ開けるわけにもいかず、エリックらはその場を離れて再び村を散策する。
 ようやく村の外れで見かけた斧を抱えた樵らしき男は、エリックらの姿を見て青ざめ、呼び止める間もなくそそくさと立ち去ってしまった。

「何なんだよ……」

 山間の村が排他的な性格をしているのは不思議な事ではない。
 だが、ここまで頑なに外部の人間との接触を避けているのは少し妙に感じる。
 
「なぁ。何か起こってる感じ、あるか?」

「見ただけで判断できるような異変はないわ」

 言いつつ、マリナは一歩身を引いた。
 隣を歩いていたレティシアはその行動に小首を傾げたが、一瞬後に意味を知る。

「――きゃっ!」

 狭い道から突然飛び出してきた小さな影がレティシアにぶつかった。
 何かと思えば、淡いクリーム色のワンピースに身を包んだ女の子である。
 どうやらマリナは敵意のない幼女が近づいてくるのを察知したのだろうが、レティシアにとっては、

「ありがとうございます!」

 そう興奮気味に叫ばずにいられなかった。
 マリナにはあからさまに嫌悪感交じりの目で見られたが、レティシアは気にしない。
 反面、幼女のほうは見る見る表情を曇らせていく。
 大きな澄んだ瞳が揺れ、今にも泣き出しそうな雰囲気だった。

「ほら、これ」

 エリックが差し出したのは年季の入った人形だった。
 幼女の表情がみるみる明るいものへと変わっていく。
 どうやらぶつかった拍子に手にしていたものを取り落としたらしく、そのまま奪われると思ったのだろうか。

「ありがとうお兄ちゃん」

「気にするな……って、痛っ、痛い! 何だよレティシア何なんだよ?」

 幼女には見えないところで地味に攻撃を受けるエリックだった。

「ねえ、お兄ちゃんたち変な格好だね。どこから来たの?」

「リューンからだよ。この村の人に頼み事をされたんだ」

 幼女は可愛らしく小首を傾げた。
 村の事情を訊ねるには、さすがに幼すぎたようだ。

「ねえお兄ちゃん、セシルと一緒に遊ぼうよ。もう一人で遊ぶのいやだよ」

 セシルと名乗った幼女はつま先立ちをしながら、エリックの袖を引いてくる。
 村の様子はほぼ死に絶えたような静けさだったし、遊び盛りの子供としては相当に退屈なのだろう。
 そして背後の完全なる死角から繰り出されるレティシアの蹴りが勢いを増した。

「ごめんな、ちょっとやらなくちゃならねえ事があるんだ。それが終わってからな」

「ほんと、ほんとに? ぜったいよ」

「ああ、ヒーローは約束を破らねえんだぜ」

 色々と破られたんだけれど、と言いたげなマリナの冷ややかな視線がエリックに突き刺さるが、エリックはへたくそな口笛を吹いてそっぽを向いた。

「ところでおじょうちゃん、村長さんのおうちがどこにあるかごぞんじありませんの? この村で一番えらい人のことですの」

「グレアムのお爺ちゃんのことね。知ってるよ、あっち」

 セシルが指した先に目をやると、木々の隙間から比較的立派な家屋の屋根が顔を出していた。
 さっきからの受け答えでも感じたが、エリックたちを騙そうとする様子は見られない。
 彼女と同い年くらいで冒険者のクロエでもここまで完璧な演技は不可能だろう。

「感謝いたしますわ。それと、もう暗いですからお子さまはおうちにおかえりなさい。人さらいがきちゃいますわよ」

「……、」

 セシルはくしゃりと顔を歪め、身体をひるがえした。
 てっきり「お前が言うな」という風なツッコミを期待していたのだが、少し様子がおかしい気がする。
 彼女は何かを知っていたのだろうか。

「さあ、とっとと村長んトコ行こうぜ。何か知ってるかもしれねえし……おいレティシア?」

「は、はいはい。行きますよ……まぁ、帰りにも会えるでしょうし。お楽しみはその時にとっておくとしますか」

「あ? 何だって?」

「気にしないでください。とっとと終わらせたいのです」

 レティシアに急かされる形で、エリックらは半ば急ぎ足で目的の村長宅を目指した。
 村長宅はちらりと覗いた屋根からも予想はついていたが、他の家々よりも少しだけ立派なつくりをしていた。
 それでも比較的に、ではあるが。

 そんな多少はきれいなドアをノックすると、初老の禿頭の男性が顔を出した。
 エリックらを値踏みするような視線で見回し、

「……何だね、あんたたちは」

 鷲を思わせる鋭い瞳でジロリと睨んできた。
 どうにも歓迎されていないらしい。

「依頼を請けて来た冒険者よ。ある人に『この村を救ってくれ』と頼まれてね。依頼人に心当たりはないかしら? 村の者だと思うのだけれど。黒髪で色白、それからこんな首飾りを持っていたわ」

 マリナが依頼人の首飾りをじゃらりと手に下げると、村長らしき男性はぎょろりとした目をいっそうむき出した。

「……さぁ、知らんな。どこの誰だね、そんな妙な依頼をしたのは」

 村長らしき男性は視線を落として言う。
 その不自然な変化をマリナは見落とさない。

「心当たりがおありのようだけれど?」

「そんな男は知らん。そもそも何の事だ、『この村を救ってくれ』だと? 見たと思うが、ここはいたって普通の村だ。わざわざ冒険者が来るようなところではない」

「ふう……そうは言うけれど、確かに頼まれたのよね。依頼人の様子も尋常じゃなかった。ずぶ濡れで、血相を変えて飛び込んできたのよ」

「知らん、知らん。その男も死に際で気が動転していたんだろう。意識が朦朧としてあらぬ事を口走ったんだ、よくある事だ」

……か。まるで見てきたように言うのね?」

 後ろのほうで、スコットが笑いをこらえきれずに噴き出した。
 クロエも目を伏せて、無言で肩をすくめる。

「あたしは依頼人が瀕死だっただなんて一言も言っていないけれど? ついでに言えば、依頼人が男だとも言っていないわ」

「………………」

「何か知っているのでしょう?」

「わ、わしは……っ、そう、単なる間違いだ。『飛び込んできた』などと言うからなんとなく死にかけだと思ったんだ、深い意味はない!」

「自称『普通の村』なのに随分と物騒な間違いするのね」

「――っ、不愉快だ! 帰ってくれっ!」

 村長らしき男性は顔を真っ赤にして勢いよくドアを閉め、すぐさま閂をかける音も聞こえてきた。

「ふん。ああまであからさまなのも珍しいわ」

「この村になにが起こっているかはまだわかりませんが、村長が一枚かんでいると見てまちがいありませんわね」

「あの様子じゃあ二枚三枚は噛んどるんじゃねぇの? 何にせよ、依頼主が瀕死だったと知っとるっつー事は奴の死に何らかの形で関わっとったんじゃねぇか」

「今の時点で結論を下すのはまだ早いわ。早々に断定すると視野を狭めるわよ」

「ま、どちらにせよ情報が要るわな。いっそ、強引に扉を破って脅迫するってぇのはどうじゃい?」

「それもありだけど」

「ありなのかよ!?」

 マリナは当然のようにエリックのツッコミをスルーした。
 話の腰を折られるのを嫌ったというのもあるが、普段が非常識のカタマリのような男に常識を諭されたような気がして腹が立ったのだ。

「最後の手段よ。怪しいというだけで村長が関わっている物的証拠はないもの。いっそこちらを攻撃でもしてくれれば正当に実力行使に出られるのだけれど」

 ぱき、と指を鳴らしてマリナは物騒な事を言ってのける。
 確かにそれが一番手っ取り早いだろうが、いくらなんでもむちゃくちゃだ。

「……まったく、そういうとっぴな発言はリーダーだけにしてほしいですの」

 誰にも聴こえないように呟いてから、クロエは来た道を引き返していく。



「む、あの子のにおいがします」

「……どうしたレティシア、何か変なモンでも食ったのか?」

「違いますよ失礼な。ほら、あそこに」

 レティシアが指した先には、先ほど会ったセシルという幼女が持っていた人形が落ちていた。
 先ほどは観察する余裕もなかったが、こうして見ると薄汚れてボロボロになっているのが分かる。
 山間の貧しい村では良くある事だ。

「あらら、何度もおとすなんて物もちのわるい子ですの」

「そう言ってやるなよお姫さん。どうやらわざとじゃあないらしいぜ」

「はぁ?」

「馬の蹄」

 スコットは地面にしゃがみこんだまま立ち上がらず、

「見ろよ、人形が落ちてた周囲には蹄の跡がある。ほら、点々とあっちへ続いてるじゃろ」

「……ほんとですの。でも、たんなる野生馬ではないですの?」

「装蹄されとるんじゃよ、野生馬じゃあねぇ。それに、随分と大きな馬だぜ。大人の男じゃないと乗りこなすのは難しいんじゃねぇか?」

「精査は済んでいるの?」

「ああ、蹄の跡は向こうの茂みのほうからこちらへ一直線。そして、ちょうど人形のあった場所で折り返しておる」

「つまりあの子がさらわれた、と」

「あの幼女の家が村はずれにある。装蹄済みの馬で送迎する。人形を落としても気づかない。そういう性質じゃなけりゃそう考えるのが妥当じゃろなぁ」

 それに、とスコットは続ける。

「依頼主が死に際に言っておったじゃろ、子供が云々とな。わしにはどうにも繋がっておるように思えてしょうがない」

「跡、追えますか!?」

「おお、なんじゃいきなりやる気出しやがって……まぁわしにかかりゃあこんなの楽勝じゃ。午前中に降った雨のおかげで地面柔らけぇからな」

 そう会話を続けている間にもスコットは足跡を追っていたらしく、言い終えた時にはもうその視線を水平に戻していた。

「森のほうへ向かっておるな」

「よし、行きますよ!」

「……間違っちゃいないのだけれど、薄気味悪いわね。やる気に満ち溢れるレティシアが」

「うるさいですね! 幼女が私を待っているのです!」

「のう、マリナ。もしかして、っつーか間違いなくこやつ……」

「あたしに答えを求めないでよ。成人してて良かったって喜びを噛み締めているところなんだから」

 つまり、レティシアは『そういう人』だったという事だ。
 『大いなる日輪亭』には幼女趣味疑惑が持ち上がっているレギウスという冒険者がいる――なお、彼は強く否定している――が、そんな彼をステラやクロエといった幼い女の子が慕う様をまるで親の仇のように眺めるレティシアという図はそう珍しいものではなかった。

「……なにやら身のきけんをかんじますの」

「あんた、しばらく大人しくしておいたほうがいいんじゃない?」

「うう……リーダー、背中にかくれさせてくださいですの……」

 じりじりとレティシアから距離を取るクロエだった。
 もしかしたら心当たりがあったのかもしれない。

「あぁ、もう。とっとと行くわよ」

 スコットとそれを護衛するような立ち位置のガイアを先頭に、エリックらは森を進んでいく。
 足跡を調査しつつ進むスコットをやたらと急かすレティシアにガイアが得物を抜きかける事態も発生したものの、どうにかマリナとエリックで宥めた。
 しばらくは順調に進んでいたが、泉に近づいた辺りでスコットが「うげっ」と唸った。

「他の動物の足跡が多すぎてダメじゃなこりゃあ、紛れちまっとる」

「完全に?」

「完全にじゃい。どうやらここは森の動物たちの水飲み場みてぇじゃからのう」

 億劫そうに膝を叩いて立ち上がり、スコットはため息をついた。

「つーかやべぇよ。動物の足跡ン中に割とでけぇの混じって……」

 スコットが言いかけると、傍の茂みになにかの影がうごめいた。
 長身のスコットよりもひと回りもふた回りも巨大な、黒々とした体毛のグリズリーだ。
 口元が引きつったスコットの姿をみとめ、ずんぐりとした巨体を伸び上がらせる。

「……噂をすれば何とやら、って奴かの?」

 縄張りを荒らされたと思ったのか、グリズリーは牙をむき出して威嚇の雄叫びを上げた。


To Be Continued...  Next→
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周摩

Author:周摩
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