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第四一話:『九十九髪の刀』 (1/2)  

「――以上のようなところで、大体の事についてはお分かり頂けましたでしょうか」

「酔夢街に出没する辻斬りの討伐、並びにすべての元凶たる『妖刀』の回収。それらが私の仕事なわけね?」

 この屋敷に足を踏み入れてから何度となく聞いた依頼主の声――というより喋り方――がすでに鬱陶しくなってきたミリア・アドラーク・グラインハイドは依頼の内容を手早く反復した。
 依頼主の両脇には従者と思しき男女が護衛のごとくミリアに相対している。
 最初の会釈以外では身じろぎひとつなく、声を発する事も視線を合わせる事もない。
 そんな状況で唯一会話ができる魔術師が無機質に語りかけてくるのだがミリアは相当辟易していた。

「ええ。交易都市の治安機関に真相を悟られぬ内に解決して頂きたいのです」

 依頼人たる魔術師――アダナラ・ミリガンと名乗った――の話はまことに奇怪極まる内容であった。
 一月前の事、東方よりの方術師から魔術師は曰く付きの刀を買い上げた。
 『信天扇おきのたゆう』と銘打たれたその刀は、付喪神と呼ばれる霊をその内に宿していた。
 その付喪神は常に人の生き血を欲しており、刀を手に取った者を意のままに操り、人を斬らせる能力すら備えているという。

 半月ほど前、危険極まりないその妖刀、厳重に管理されていたはずのそれが賊の手によって屋敷より盗み出された。
 それより二日を経てより、交易都市の酔夢街――いわゆる歓楽街――に、夜半を過ぎた頃に辻斬りが出没するようになる。
 おそらくは血に飢えた付喪神に操られた何者かが凶行を繰り返しているのだろう、とは魔術師の推測だった。
 ゆえに迅速かつ内密に事態を収拾すべく『大いなる日輪亭』に冒険者を要請し、白羽の矢が立ったのがミリアだったのだ。

「――もう少し話を聞かせてほしいのだけれど。依頼を請けるかどうかはそれからよ」

「……、再三申しましたが、ここでの話は依頼の諾否に関わらず他言無用に願います」

「無論よ。再三言ったけどね」

 もし事が公になれば当の魔術師が窃盗の被害者であっても管理不十分として罪に問われる可能性は十分にある。
 後ろ暗い事もやっていそうなきな臭さを漂わせているだけあって、自警団の類を極端に嫌っている節さえあった。
 とはいえ求められたのは『融通の利く、口の堅い熟練の冒険者一名』である。
 今はそれらをとやかく言うべき時ではない。

「妖刀についてもう少し詳しく。具体的にその力について教えてほしいわ」

 今回の敵は単なる妖魔でも人間でもない。
 本来であれば得物であるはずの刀が相手なのだ。
 情報はありすぎて困る事はない。

「『信天扇』の付喪神が行う精神干渉は声なき声で脳を揺らします。私自身、それを手に取った時、幾度となく付喪に囁きかけられました」

 ――自今じこんれは我が下僕、傀儡と成りたり。
 ――刀を手に取り人を斬るべし。
 ――刃に生き血を啜らせるべし。

「……それはまた不穏当ね」

 話に聞く【ダーインスレイヴ】と似たようなものか、とミリアは勝手に納得した。
 しかしあちらと違って――たとえ仮初でも――友好な関係は築けないだろうとは容易に想像できる。

「無傷のままに回収していただきたい。なんとなれば、他の付喪は人を操る術など知らぬゆえ。東方の妖物・方術の研究者たる私にとり、かの刀は研究材料として非常に興味深いものなのですわ」

「……辻斬りの正体について目星はついているの?」

「刀が他の者に渡ってなくば、付喪に操られているのは刀を盗み出した賊でしょう」

 後はそちらで調べろ、という事か。
 辻斬りが代替わりしたとは聞き及んでいない以上、おそらくは魔術師の言う通りなのだろう。

「――付喪は刀を手に取った者の心を喰らい、その上でその者を操ります。一度心を喰らわれた者は二度と正体を取り戻しません。文字通り、魂が抜けた様になって一生を過ごす事となります」

「……、」

「いっそ殺めてしまうのが、本人にとっても一番でしょう」

 ミリアは付喪神についての知識は一切持ち合わせていない。
 ゆえに専門家である魔術師がそう言うのならきっとなのだろう。
 それが妖刀の被害者を真に慮っての事なのか、あるいは手加減なしで妖刀を回収させるための方便なのかはさておき、手加減無用と口添えされた事実だけを受け止めるのみだ。

「そういえば報酬の額を聞いていなかったわね」

「金貨一〇〇枚を用意しております」

 銀貨にして一〇〇〇枚となれば一般的な中級妖魔退治程度の報酬には見合う。
 問題の付喪神がどれほどの力を持つものなのかを推し量れない以上、妥当であると言わざるを得ない。

「なるほどね、大体分かったわ。だけど最後にひとつ最重要事項を聞いてもいいかしら」

「何なりと」

「妖刀に操られた何某かを倒したとして、肝心の妖刀の回収はどうするつもり? その付喪神ってやつは刀を手に取った人間を無差別に操ってくるんでしょ」

 もし妖刀使いを討ち果たしても妖刀を回収するにはその手に持たねばならない。
 であれば賊と同じくミリアも操られる可能性があり、木菟ずく引きが木菟に引かれる、なんて事になりかねない。

「そちらにつきましては私の手の者を同道させて頂きたく思います」

 そう言って、魔術師は両脇の男女を指した。

「これにある私の護衛二人の内よりどちらか一人をお連れください」

「対策があると思っていいのね?」

「彼らは人の心を持ちませぬゆえ、刀の回収役となればうってつけです」

「……?」

 『人の心を持たない』と魔術師は確かにそう言った。
 聞きとがめて、ミリアはわずかに眉根を寄せる。

「まぁ、そっちで回収してくれるんなら問題ないわ。依頼を断る理由もないわね」

「重畳。ではどちらを連れて行くか、冒険者様ご自身がお選びください。彼らはそれぞれ闘法を嗜んでおります。戦闘で邪魔になる事はないでしょう」

「ありがたい限りね」

 ミリアは三割ほど皮肉を混ぜて言った。

 刀の回収役を護衛しなくても済むのは確かに助かるのだが、腐っても魔術師なら連絡用の術式のひとつやふたつは用意できただろう。
 仮に戦闘の邪魔にならないとしてもわざわざ冒険者に依頼を出すくらいなのだから妖刀に操られた賊を倒せるほどではない。
 戦力に数えられない以上、それでも同道させるとなれば答えはひとつ、監視役だ。
 なんだかんだと理由を並べていたが、結局のところ魔術師の狙う最上の成果は『妖刀を無傷のままに回収』、この一点に尽きる。

 これまでの説明を聞くだけでも妖刀『信天扇』は危険すぎる代物だ。
 すでに少なくない数の犠牲者が出ていて、専用の対策がなければより強い者が使い手として無限に代変わりしていく。
 だが、使い手を討ち果たして妖刀が無防備となった瞬間、これらの事情を知る者には連鎖を断ち切るを取る事が可能になる。
 妖刀が好き勝手に暴れる事よりも情報の漏洩を危険視し、万が一の場合にも対処しやすいように一名のみに数を絞った依頼の出し方からもそれが窺えた。

 あまり気乗りがしない依頼ではあった。
 しかし辻斬りを止めたいという思いがないわけでもない。
 無報酬ならまだしも相場通りの見返りがあるのだから、目的――たとえ建前だったとしても――が合致する以上は断る理由はない。

「どちらと言われても……じゃあ、そっちから。あんたの得物は?」

「これです」

 護衛の男のほうが見せたのは一振りの剣、騎兵が遣う片手剣だった。
 細身ながら肉厚な刃は、突けば鎧の上からでも貫通させられそうなほどに鋭い。
 それより何より、単なる剣が発するものとは思えないこの違和感にも似た威圧感は何かしらの魔法が付与されていると見て間違いないだろう。
 どうも彼の雇い主が一枚噛んでいるようだ。

「腕のほうは」

「実戦を見て頂くより他、それを示す術はありませぬ」

 なるほどもっともだ。

「そっちのあんたは?」

「私はこれを使います」

 言って女が取り出したのは装飾の施された魔法杖だった。
 ただ繊細なだけでなく使い込まれた跡がある。
 しかし魔法に疎いミリアにとってはただ見ただけでは腕前なんて判断がつかない。

「……得意な分野は?」

「主に治療の呪文を使います。無論の事、攻撃呪文も」

 さっぱり分からない。

(ま、どちらにせよ戦力に数えるつもりはないし)

 今回の依頼は一名のみという前情報を聞いてから、それでもなおミリアはこの依頼を選んだ。
 単純に義憤に駆られた、というのが全てではない。
 ある程度の目的もあってこの場に立っているのだが、それを達成するためにはミリアと辻斬りの他に何者かが存在するのは好ましくなかった。

「あなた、名前は?」

「エイプリルと申します」

 結局、ミリアは魔法の遣い手である栗色の髪の娘、エイプリルを選んだ。
 攻撃呪文も使えるとは聞いたが『使うな』と釘を刺せばいい。
 前衛と違って防御のために刃を用いる必要がないからだ。

「よろしく、エイプリル。束の間の付き合いとしかならないでしょうけどね」

「此方こそどうぞ宜しくお願い致します、冒険者様」

 エイプリルは恭しく一礼した。
 その所作には一部の隙もなく、同時に親しみやすさの欠片もない。
 あくまでも仕事上の付き合いだ、無理に歩み寄れとは言えないが事件解決まで堅苦しい時間が流れそうだ。

「かの辻斬りは夜も深まった頃の出没を常としております。黄昏時に此の者を引き連れに再び当屋敷へお越し下さい。今は一たび御常宿にお帰りになり、夜に備えて英気を養って下さいませ」

「そうさせてもらうわ」

 そう言って、ミリアは足早に屋敷を後にした。



 同日の昼下がり、ミリアは『大いなる日輪亭』に帰還した。
 一階の客もまばらになってきた頃合いで、ミリアにとっては都合のいい時間帯だ。

「よう、おかえり」

「ただいま。何か軽く食べるものちょうだい」

 適当に注文して、ミリアはカウンターに腰を下ろす。
 それとほぼ同時に目の前には炙った腸詰とライ麦パンが供された。
 戻ってくるタイミングを計って温めてくれていたのだろうか。

「例の辻斬りの討伐だってな、今回の仕事は」

「まぁね」

 熱々の腸詰はパキリと小気味いい音を立てた。

「どうも何か訳アリの仕事臭いな。深くは聞かんでおくが」

「そうしてちょうだい。貼り紙にもあった通り、ろくに自慢にできそうもない仕事よ」

「辻斬りの影響で酔夢街には夜中ほとんど人通りがないそうだ。あすこは歓楽街だってのにな」

「酒場の売り上げにも相当響いてるんでしょうね」

 宿の亭主エイブラハム・エイムズは肩をすくめて頷いた。
 歓楽街は夜も賑わう不眠の場所だ。
 それを狙って動く不審者がうろついているかもしれないのに夜間に出歩く人間は少ないだろう。

「ま、近日中にそんな事もなくなるわよ。私がこの仕事を引き受けたからにはね」

「ふん。大した自信だ。さすがは熟練の冒険者様だな」

「自慢の冒険者様、でしょ?」

 ミリアは悪戯っぽく片目を閉じて笑った。

「それはそうと親父さん。例の辻斬りについて知っている事を教えてくれない?」

「なんだ偉そうな口を叩いておいてそれか」

「だって辻斬りが出始めた頃には私たちリューンにいなかったもの」

「……辻斬りは十二日前より歓楽街に不定期に出没するようになる。襲われた数は総勢八名、命を取り留めた者は一人もいない。犯行の目撃者もいない」

「そんなの――」

「――そんな情報は誰もが当然のように知っているだろうよ。だが、残念ながら俺はこれ以上知らんよ」

 ため息ひとつついて、ミリアは食事を終えた。
 事件の概要も知らずに仕事に臨むのもそれはそれでいいかもしれないが、そこまで不真面目なつもりもない。
 とっとと休むためにもとっとと情報を集めてしまいたい。

「そういえばクリステンの奴が治安機関の知音から辻斬りについて何かを聞いたそうだぞ。あの鬱陶しい婆さんならそこで酒呑んでるだろ」

「何かね。私に聞きたい事でも?」

 悪口に反応したようにぎろりと鋭い眼光を投げつけてきたのは、総白髪と深く刻まれた皴を隠すように黒のローブを被っている老婆である。
 精霊遣いにして吟遊詩人であり、常に肌身離さず抱えている竪琴も彼女の腕の中に健在であった。

「ええ、クリステン。あんたが知り合いに聞いたっていう辻斬りの話について些か興味があってね」

「……、出会い頭の唯一刀。犠牲者八名全員がその下に斬り伏せられていたそうだ。その中には熟達の傭兵や剣闘士も在ったそうだが、どちらも易々とたおされた。剣を抜く間もなくな。殊に剣闘士のほうは袈裟に斬られ、見事にその巨躯を二つに割られたという」

「鮮やかな手口。つまり、犯人は『遣い手』って事か。……にしても、剣闘士の巨躯を一刀両断? 人並外れた膂力の持ち主なのねぇ」

「貴様も剣士であらば知っておろうが、腕一本斬り落とすのとはわけが違う。尋常の為業しわざではない。そのような力を持つ犯人とは……さて何者か。相当の手練であるは疑いなし。或いは異類の所業やもしれぬ」

「例えば――」

 言いかけて、ミリアは口をつぐむ。
 あらゆる面で条件は違えど一度そういった場面を見た事があるし、それが可能な存在に心当たりがあった。
 だが、それを口に出してしまうのはいくらなんでも憚られた。

 そう、吸血鬼であれば。
 かつて『月歌を紡ぐ者たち』のリーダーであり半吸血鬼であるコヨーテ・エイムズが元人間のアンデッドを真っ二つに斬り裂いたように。
 とある村に封じられていた吸血鬼がただの膂力のみで分厚い長剣を棒切れのように叩き折ったように。

 と、そこまで考えた至った辺りでミリアは頭を振って霧散させた。
 あまりにも思考が狭くなっている。
 すでに聞かされている通り、今回の事件の肝はやはり付喪神なのだ。

「……なかなかに興味深い話だったわクリステン」

「良いともさ。多少の暇つぶしにでもなったならそいつは幸いだ」

 言って、クリステンは静かに杯を呷った。
 辻斬りの異常性は彼女もよく知るところだろう。
 まだ日も高い内から随分っているなと感じたが、あるいは夜間に辻斬りと出会ってしまう危険性を考えているのかもしれない。

 と、備え付けの鈴の音と共に『大いなる日輪亭』の扉が不意に開いた。
 宿に入ってきたのはこれまた黒いローブに身を包んだ妙齢の女性である。
 彼女はミリアの姿を見つけると艶やかに微笑んだ。

「あら。しばらくね、ミリア。ご機嫌いかが?」

「あんたが酒場に、しかも昼間から来るとはね……賢者の塔の仕事はいいの?」

「失礼ね、その塔のお仕事よ。依頼の貼り紙を届けに来たのよ。あなたに依頼を請けてもらえると嬉しいのだけど」

「生憎とついさっき次の仕事が入ったばかりでね。そっちが片付いたら考えてあげるわ」

「……今度の依頼は火急を要するの。残念だけど、他の方にお頼みせざるを得ないかもしれないわね」

 女魔術師はぶー、と頬を膨らませて貼り紙を亭主エイブラハムへ手渡した。
 だが今この宿の冒険者はほとんどが出払っている。
 その依頼が受諾されるのはまだ時間がかかるだろう。

「それはそうと。東方の方術はあんたの専門ではなかったわね」

「ええ、私の専門は西方の呪術。東方の方術には明るくないわ」

「だけどあえて訊くわ。付喪神というものにつき、知っている事を教えてくれない?」

「付喪神か……妙な事を訊くわね」

 専門外とはいえある程度の知識はあるようで、女魔術師は小さく咳払いしてカウンターに腰を下ろした。

「まず、付喪神とは何か。東方の某国ではね、永い年を経た道具には霊が宿ると信じられているの。古道具に宿るとされる霊を指して付喪神とその国の民は呼ぶのよ」

「……ふむ」

「本来なら付喪神は人に大害を成すものではないの。陰陽の入れ替わる時期に命を捨てた付喪神だけは妖物ばけものに変じて人間を喰らうといわれるけどね」

「オンミョー?」

「陰陽とは東方人の考えだした概念よ。森羅万象の根本、対立する二つの『気』の事よ。ちなみに、陰陽の入れ替わる時節は季節の分け目で『節分』と呼ばれるのだけれどね」

「ごめん。そういう豆知識系の薀蓄うんちくはまた今度にして」

 ぴしゃりと言い放つと、女魔術師は露骨に落胆した様子を見せた。
 魔術師という人種はどうしてこうも説明したがりなのか。

「まぁ、私の知っているのはそんなところなんだけど」

「ええ……得意げに話しだした割には意外と浅いわね……」

「だから専門外なんだって! 何を期待したのよ!」

「――アダナラ・ミリガンを知っているでしょう? 彼女も塔に属す魔術師だし」

「名前くらいは。そもそも専門が違うし、直接お会いした事もないのだけどね」

「それでも、ミリガンについてのちょっとした噂を耳にする事くらいあるでしょう。例えばミリガン宅に在る異様な佇まいの男女二人について、とか」

「ミリガンの護衛について……か。異様なまでに生気に乏しい。不吉の光を瞳に宿し、異質な空気を身に纏うという。常に無表情、何事にも動じる事はない。ミリガン本人曰く彼らは人の心を持たぬ、と。噂じゃ妖魅ようみの類とまで言われているわ。確かに尋常の人間では有り得ないわね」

 おおよそは自身が抱いた感想と同じようだ。
 どうにも賢者の塔内部の人間からもミリガンは変人だと思われている様子である。

「彼らの正体については『式神に相違ない』と、そんな噂が塔内部で囁かれているわ」

「シキガミ? また初めて聞く言葉ね」

「東方の方術師が遣うあやかし……いわゆる雑霊よ。式神は術師の意志で自在に姿を変えるわ。例えば人間、護衛の男女二人のような姿に、ね」

 低級霊の使役が可能な点だけを見れば死霊術と変わらない気がするが、どう違うのかミリアには分からなかった。

張子はりこや木彫りの人形が仮初めの命を吹き込まれた。式神は得てしてそんなもの。心を持たずとも不思議ではないわ」

「なるほどゴーレムみたいなもの?」

 違うけど大体そんなものよ、と半ば諦めたような雰囲気で女魔術師は息を吐いた。

「とはいえ式神か否かは飽くまで可能性のお話だけどね。ミリガン本人は彼らの正体について語った事はないそうよ」

「まぁ、簡単に手の内は晒さないでしょうね。だいたい分かったわ、ありがとね」

「……ところであなたの次のお仕事はミリガンと関係でもあるのかしら?」

「それはどうかしら」

 適当にはぐらかしてミリアは席を立った。
 十分ではないが得られる情報は得たし、軽々に依頼主との守秘義務を破るわけにはいかない。
 辻斬り退治に有用な情報はほとんどなかったものの、ミリアが欲したのは戦いにおいて有利に立ち回れる情報ではない。
 やはり依頼主が油断ならない手合いだと再認識できればそれでよかった。

 今回の依頼はミリア一人が請け、完遂しなければならない。
 わずかな情報の有無が生死を分ける事だってあるだろう。
 であれば面倒くさがらずにやるべきだ。
 いくら面倒でも誰かに頼れないのならば、何かを怠って命を失っても誰かの責任にもできないのだから。



 交易都市の酔夢街にはひと気もまるでなく、ひっそりと静まり返り、さながら死霊の街のようですらある。
 時分はとうに夜半を過ぎているとはいえ曲がりなりにも歓楽街である事を考えれば異常だ。
 空は雲に覆われ、月の光も届かない。
 夜闇の中で家々の灯火だけがチロチロと揺れている。

 静まり返った酔夢街の大通りを足音がひとつ、転がるように駆け抜けていく。
 足音の主は銀髪の少女であった。
 その深緑の瞳は何かに怯えて震え、辺りを絶え間なく見回している。

 少女はあたう限り、平素人通りの多い道を選んで通っていた。
 だというのにも関わらず何処にも彼女が求めるものは認められない。
 即ち、人込み。
 あるいは雑踏である。

 人込みどころか人の子一人、猫の子一匹すら今宵の酔夢街には視認できなかった。
 それが彼女を一層に怯えさせた。
 自然と足の運びが早くなる。

 平素なれば、この時分この通りにこれほどに人がいないというのは有り得ない。
 なぜならここは酔夢街、酒池肉林の場。
 本来ならば夜にこそ賑わうべき場所なのだ。
 だが、現実として今は誰もいない。
 一人の乞食すら路上に寝ていない。

 酔夢街の全ての人々が怯えていた。
 娘と同じものを恐れて家に閉じ篭もり、堅固に戸を閉ざしていた。

「――!!」

 娘の行く手に幽鬼の如き人影が唐突に出現し、認めて少女ははっと立ち止まる。
 だが、それが少女の運命を決めた。
 少女が瞬きする間に六メートル近くあった距離を詰め、影はその眼前に出現した。
 驚懼きょうくし、少女はかっと目を見開いた。

 ただの一閃。
 闇の中で白刃が閃き、さっと鮮血が路上に迸る。
 声を上げる間もなく少女は絶命した。

 生命を失ったからだが石畳の上に傾ぎ、どさりと音を立てて仰向けに倒れる。
 どう、と突風が吹いて、空を覆っていた雲を運んで行った。
 青く病める弦月が姿を見せ、その光の下に人影は全き姿を露にする。

 照らし出されたその風貌はまだ充分にあどけなさを残している。
 驚くべき事に、昨今巷を騒がせていた酔夢街の辻斬りは、なんと弱冠十二、三歳程の少年であった。
 その手が確かに握るのは信天扇。
 少女の生命を奪ってなお、呪われし刀は更なる血を渇望し、刃は煌々と光を放っていた。

「……、くそ。遅かったようね」

 従者エイプリルを背後に伴い、夜闇を分けて冒険者ミリアが現れた。
 どこか飄々とした風で、目標を眼前にしながら得物を構えもしない。
 何の構えも取らずに少年に対峙しているように見せて、しかしミリアの双眸は炯炯けいけいと光り、油断なく標的の動向を見張っていた。

「………………」

 少年は口辺に奇怪な微笑を浮かべ、手にした妖刀を構えるでもなく、突如出現した冒険者とその従者とを黙然と見詰めていた。

「……汝れに付き従う其の者。の屋敷にて出会うたな」

 人間のものとは信じ難いほどに、少年の発声はれて押し潰れたものだった。
 暗いその眼差しの見詰める先が、従者から冒険者へゆるりと移行する。

「汝れは彼の術者の手の者か。我を取り戻しに現れたかよ」

 その問いかけには答えず、ミリアは少年の足元、哀れな少女へと目を落とす。
 遺体は凄惨な有様だった。
 斬られた首は半ば胴体から外れかけており、そこからは未だに血が溢れ続け、見る間に石畳に赤黒い水溜まりが広がっていく。

(年若いのに不憫な事ね……もう少し私が早く着いていれば)

 ミリアは再び顔を上げ、少年の顔を真っ向から睨み据える。
 今やその眼光は冷えた怒りを内に孕んでいた。

「付喪神……、信天扇。あんたは言葉が分かる様子ね」

「無論人語を解すとも。さりとて人の口を借りるより外、発語の術は知らぬがな」

「それなら事を穏便に済ませられない? 私とて無用の暴力を好みはしない。――取引しましょう。少年を解放した上で大人しく捕まえられなさい。それですべてが丸く収まる」

「………………」

「さもないと、ここで私はあんたを破壊する事になる」

 その言葉は恫喝に過ぎなかった。
 刀を無傷で回収する事も仕事の内なのだから。
 しかしそれを聞いた少年は、冒険者を嘲笑って呵呵大笑かかたいしょうした。

迂愚うぐなるかな。斯様かような戯言に我が応ずるといささかなりとも思うてか」

「……こんな事を繰り返して一体何の意味があるの?」

「何をさんとて鉄より刀は打たるるぞや? 知れた事よ、人を斬らんが為なり……為に、世に在る限り我は人を斬り続けねばならぬ。之は刀に宿りし魂たる我が宿痾しゅくあなり。人共とて皆其々の宿業を背負いて生きておろう。同じ事よな」

「なるほど、刀の存在理由ってわけね。ではどうあっても人斬りを止める気はないのね?」

「斬り続けてやろうとも。其れこそ刀が刀たる所以であり、証であるが故にな……」

 ミリアはため息一つついて、

「……、分かってはいたけどね」

 ここで初めて得物を抜き、構えた。
 従者もそれに倣い、己の得物を少年へと向ける。
 その所作には一部の隙もない。

「……くっくっく」

 対して信天扇は少年の姿で不敵に笑う。
 眼を落さんばかりに瞼を開き、歯並びを完全に剥き出しにした、凄絶にして異様な笑みである。

「汝れの其の物腰……相当に遣う様子よな。其の従者もまた然り」

「褒めたって何も出ないわよ」

「……良かろう。汝れ等には我が真実の力を見せてやろう」

「真実の力?」

 ――ばきり。

「ッ!?」

 ミリアは僅かに息を呑んだ。
 骨の折れるような鈍い音を立てて、少年の小躯が歪に変形する。
 ごりごりと聞くに堪えない音が連続し、やがて少年の姿はまったくの別物となった。

「なっ……!?」

 ミリアの知識の中では食人鬼オーガが最も近いが体毛の類は見当たらず、薄紅の膚肌はだに額には角らしき突起が二本、天を衝いている。
 驚愕したミリアの眼前で、ついに少年は身の丈三メートルを越す大化生に姿を変えた。
 数多の妖魔をその眼で見てきたミリアでも初見の化物だった。

 もはや可憐な少年の面影はどこにもない。
 その双眸は血を求めて貪婪どんらんに光り、ミリアとエイプリルの二人を捉えている。

「……辻斬りの正体がこんな化け物だとは事前には聞いていなかったわ」

「私も斯様な力があるとは存じませんでした。主人もおそらくは知らなかったのでしょう」

 エイプリルは依然として無感動な音声でミリアにそう告げた。
 信天扇が今度は異形の姿で低く笑う。
 血への期待による嬉笑きしょう、心底からの喜悦の体現である。

『さて……如何しよる? 此の姿を見て尚我に立ち向こう気概は汝れにあるかよ。臆した、赦せ……と汝れ言うたとて、最早我は逃しはせぬがな』

「なんとでも吼えなさいな」

 異形が放つ圧倒的な殺気と威圧感、しかしミリアに退こうとする気配はない。
 異形の喉笛に得物の先をひたりと向けたまま、冷然と一言そう放った。

『……ほほう』

 化生が目を細めてミリアを見詰める。
 それは奇妙な慈愛に満ち満ちた眼差し、老爺が孫を愛おしむような風情の眼差しだ。

『蛮勇なりとて真実天晴な者よ。然らば汝れを敬して、我は覚えておこうぞ』

 ぐばあ、と化生は耳まで裂けた大口を開いた。

『我が啜りし汝れが生き血の味を、未来永劫になぁ!』

 三メートルを越える巨体が猛獣のように飛び掛かってくる。
 上段から振り下ろされた大太刀を、ミリアは双剣を斜めに構えて逸らして真横に飛び退く。
 だがミリアは見誤った。
 信天扇はただ速いだけではなく、その巨体に似合うだけの威力が大太刀に込められている。
 振り下ろされた大太刀の圧は双剣の防御を貫いてミリアの細身を叩いた。

「ッが――!!」

 跳んだ事で衝撃を減らせてはいるものの、それでも容赦なくミリアの身体は吹き飛んだ。
 ミリアは歯を食いしばって二度三度と地面を転がり、その勢いを利用して体勢を立て直す。
 その間にも信天扇は大太刀を構えてミリアを貫かんと駆けていた。

「なめんなッ!!」

 しゃがんだ体勢から脚のばねを最大限に活かし、信天扇に向かって跳び出した。
 突き出された大太刀を皮一枚で避けつつ、その脇を潜り抜けるように交差する。
 神速のカウンターが信天扇の脇腹に一筋の赤線を引いた。
 灰色の巨体から鮮血が迸る。

『――むぅん!』

 振り返りざまに大太刀の一閃が放たれる。
 しかしそこにはもうミリアの姿はない。
 目標を見失った大太刀は大きく空を切る。

 ミリアは呼吸を止めたまま、一切の音もなく信天扇の背後に回り込んでいた。
 【飛影剣】と呼ばれるその技はミリアが最も得意とする、死角に回り込む動きだ。
 左足を軸に思い切り捻りを加え、横薙ぎの一閃を放つ。
 その一撃で喉を掻っ捌けるはずだった。

 しかし、

「はっ!?」

 ミリアの剣もまた空を切っていた。
 先の剣閃の際に折れたのか、左の剣は中ほどから消失している。
 その一瞬後に折れた切っ先が石畳にぶつかり、激しい金属音を立てた。

「――ついてないわ」

 不幸を呪う言葉をため息と共に吐き出した。
 左の剣はもはや盾にしても持て余すだけで単なるデッドウェイトでしかない。
 手の中から滑り落とし、残った剣に左手を添えた。

『……でもあるまい』

 ミリアと相対する異形が、つ……、とその眼光を脇へ滑らせる。
 何処よりか幾人分もの足音が此方こなたに近づいてくるのを聞きつけたようだ。
 おそらくは近隣の住民が、剣戟の響きを聞きつけて治安隊に報せてくれたのだろう。

 街に黎明訪れて、明るみ始めた空に月は細く、光を失いかけていた。
 眼差しをミリアへ振り戻し、異形は低く言う。

『続きはまたいずれとしておこうか。……のう、汝れよ?』

「……、」

『汝れと再び合いまみゆるが何時なんどきになるか分からぬが……其の時を愉しみに待っていよう。次は必ず我が刃をもって汝れが喉笛を貫いてくれようぞ』

 一頻ひとしきり笑い声を立てた後、異形は出し抜けに後方に跳躍する。
 明暗交錯する空を三メートルの巨躯が舞い踊り、たちまちの内に暁闇あかつきやみの彼方へ飛び去った。

「ええ……、私のほうこそ愉しみに待っているわ」

 忌々しげに呟いて、ミリアは逝った相棒の片割れを拾い上げる。
 まさかこんな形で失うとは考えもしなかった。
 折れた剣身も布に包んで腰のベルトに挟んだ。

「怪我はない?」

「ご心配なく」

 だろうな、とミリアは短く息を吐いた。
 耳をそばだてると、先ほどの足音がかなり近いところにまで迫ってきている。

誰何すいかされると面倒ね。見つからない内に私たちもこの場を退くわよ」

「仰せのままに」

「また明日、宿で落ち合いましょう。今度こそあの怪物に引導を渡してやるためにね」

 それだけ告げて、二人はそれぞれ別の路地へ別れた。
 夜闇に溶けていくエイプリルの背を一瞥して、ミリアもまた宿への帰路に着いた。


To Be Continued...  Next→
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周摩

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