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第四一話:『九十九髪の刀』 (2/2)  

 大いなる日輪亭、昼下がり。
 ミリアは酒場の最奥のテーブルにかけて、手中のワイングラスを見つめながらエイプリルを待ち続けていた。
 その向かいでは宿の亭主エイブラハムが洗い終わった皿を拭いている。

「……酔夢街で辻斬りの新たな犠牲者が出たそうだ」

「……、」

「お前の言う『近日中』ってのはもう少し早いものだと思っていたがな」

「……うるさいわね。予想よりやべぇ相手だったのよ。ほんのちょっとね」

 不機嫌さを隠そうともせずミリアは唇を尖らせる。
 辻斬りを取り逃がした事もそうだが、双剣の片割れが逝ってしまった事もやはり頭にきているのだった。

「なんにせよ、今日も夕刻に依頼人宅へ赴くわけだな」

「いえ、今日は向こうから人が来る事になっているわ」

「そうか」

 というのも、昨夜の信天扇の大変化に関してはミリアも聞かされていない事項であった。
 依頼主は付喪神の研究の一環としてあの刀を買ったと言っていたが、それも知っていてあえて隠していたのか。
 どちらにせよこれ以上隠し玉があっては生死に関わりかねないので、エイプリルには信天扇についての情報を集めてから合流するよう言いつけてある。

「ゆうべは結局帰っては来なんだな。朝帰りか。一体何をやっていた?」

「あらクリステン。なに、ちょっとした野暮用ってヤツよ。……、ていうかいつからそこに?」

「貴様が船を漕いでおる間にな」

 ミリアの後ろの席に座っていたのは老婆クリステンだった。
 相変わらず竪琴を抱えたまま杯を重ねている様子である。

「……時に、酔夢街において昨晩また辻斬りの犠牲者が出たそうだ。此度はうら若き娘であるとの事だ。……不憫な事よ」

「………………」

何時いつまで斯様な事が続くのであろうか。……と、貴様に言うても仕方のない事ではあるがな」

 相変わらず耳が早い、と感心する。
 しかし、陰鬱な雰囲気がじめじめしていてこっちの気勢が削がれてくる。

 待ち人は未だに現れない。
 気分を変えようと、ミリアはカウンターへ席を移した。
 が、直後にそれは間違いだったと思い知らされる事になる。

「おっ、ミリアじゃねえか。相変わらずいいオンナだぜ」

「……うげ」

 声をかけてきたのは常連客である眉雪びせつの老爺フィリップである。
 ミリアが露骨に嫌そうな声を上げたのは、彼が年甲斐も無く大層な色好みであり、殊に見目麗しくグラマーなミリアは顔を合わせるたび言い寄られて大変なのだった。
 それだけならまだしも、年頃の娘を見つけたら挨拶代わりにお尻を触るというトンデモ老爺なのである。
 ちなみにミリアは初見時に触られそうになったので得物を眉間に突き付けてやったらそれ以来、普通の挨拶をされるようになった。

「おいおい、つれねぇな。酌ぐらいしてくれたって構わねえだろ?」

「あんたがそう言い寄った女の子は必ずお尻を触られているんだけど。命を捨てたくなったの?」

「そこまで命知らずじゃねえよ……」

「酔夢街に近寄り難くなって飢えてんのかと思ったわ」

「そりゃそうだぜ。いきつけの娼館にいけなくなっちまったからよう。辻斬りが歓楽街に出やがるからな、畜生」

 フィリップはすでに結構な量を呑んでいるらしい。
 欲求不満のはけ口を酒に求めているのだろうか、普段よりも豪快な様子だった。

「まぁ、近づかないほうがいいでしょうね。ただでさえあんた不審者っぽいんだし」

「うるせっ! あぁ、不審者と言えばだ。酔夢街近くの廃教会を知ってるだろ?」

 あまり知られていないが、交易都市には聖北教会は二つある。
 一つは都市の中央部にある立派な大聖堂で有名な教会、そしてもう一つは酔夢街の隣接地区にある半ば打ち捨てられた旧教会である。

「……グランディア司祭が建立した、あの廃教会?」

 「それだ」と指を鳴らしてフィリップは肯定する。

「ああいうところだから皆怖がって、昼間も誰も近寄らないんだがよ。俺ぁちょくちょくその前を通るんだが、あの教会に浮浪者か何かが住みついたかもしれねえ」

「姿を見たの?」

「いいや、前は閉まりっ放しだった廃教会の玄関の扉が、最近開いてたり閉まってたり。それだけの話なんだが。しっかし馬鹿な奴だよなぁ。よりにもよってあんな場所に住みつくたぁ……て、どうしたんだミリア? 黙りこくって」

 姿を見なかった事がむしろ幸運だったのかもしれない。
 信天扇は拠点を暴かれても口封じなど考えないだろうが、だからといって目撃者を殺めないとは限らないのだから。

「それいつ頃の話?」

「五日ほど前からかな。ひょっとするともっと前からかもしれん」

「ふぅん……」

 決め手になるかは分からないが、有益な情報ではあるとミリアは確信していた。
 酔夢街からほど近い場所を拠点にする不審者が同時期に二人いるとは考えづらい。
 その不審者が何日も信天扇の凶刃を掻い潜る事ができる猛者である、というのもちょっと馬鹿馬鹿しい。

 情報源が酔いどれスケベ爺であるのはいただけないが、彼も意味のない嘘を吐くほど落ちぶれちゃいないはずだ。
 なおもぐだぐだと絡んでくるフィリップを軽くあしらったミリアは入り口が見える席へ移った。
 そのタイミングを見計らったかのように宿の扉が開き、エイプリルが姿を現した。

「ようやく現れたわね。何か分かった?」

「いいえ、残念ながらひとつとして。付喪神についての古文書をひも解くと主人は申しておりましたが、大分に時間がかかりましょう」

「……そっか。私のほうには一つ収穫があるわ。ひょっとしたら目標が昼間潜んでいる場所が分かったかもしれない」

「左様ですか」

「日が暮れない内にそこに赴くとしましょう。今ならばあいつも昨日の傷が癒えていないだろうから」

「仰せのままに」

 短く答えてエイプリルは頷いた。
 あまりこの場所に長居すると色々と質問攻めに遭いかねない。
 会話もそこそこに、ミリアはエイプリルを伴って宿を出た。

「旧教会ですか」

「そう。私が睨むに、信天扇がそこをねぐらにしている可能性は高いと思う」

 まるで噂話を楽しむように「こんな話を知ってる?」と薄い笑みを貼りつけて、ミリアは続ける。

「教会を建てたのは徳の高い司祭だった。聖北の神は誰にも救いの御手を差し伸べると言ってね。……三年ほど前になるかしら。教会がそんな彼の悪魔崇拝を疑った」

「何故に」

「それは私も知らない。知っているのはそれが冤罪だったって事だけ。あらぬ疑いをかけられた司祭は後に獄中で憤死する事になるのだけど、それ以来、教会には夜な夜な司祭の怨霊が出没するようになったそうよ」

「……冒険者様がそこに目標がいるとする根拠は一体何です?」

 エイプリルの問いにもミリアの返答は淀みない。
 
「私の経験から言うとね、妖物や霊の類には人の黒い感情……『怒り』や『怨み』を好むものもある。奴がその類であるとすれば、司祭の怨念が立ち篭った彼の教会を住処に選んだとしても不思議じゃないでしょう」

「では、辻斬りの際わざわざ歓楽街に赴いた理由は?」

「単純に人通りが多かったからかもね。標的となるべきものが夜も絶えていなかった。……ここ数日間はそうでもなかったようだけれど」

 信天扇の喪失が辻斬り事件としてここまで大仰に広まったのは、依頼主ミリガンにとっても大きな誤算だっただろう。
 それほどまでに舞台が整いすぎていた。
 心地よいねぐらの程近くにご馳走が満載されたビュッフェテーブルがあつらえてあるのとさして変わらない。

「……確証に至るものは何もありませんわね。冒険者様の仰った事はすべて憶測の域を出ない」

 そうこうしている間にくだんの教会に辿り着いた。
 打ち捨てられ古びた外観でもステンドグラスは未だに健在である。
 外から見る限りではとても怨霊が出るだとか不審者が住処にしているような場所には見えない。

「確かに憶測よ。だけど――」

 錆びついて折れそうなドアノブを捻り、ミリアはゆっくりと押した。
 旧教会の古ぼけた扉が不気味な軋み音を立てて開いてゆく。

「少なくとも、通常の感覚の人間は怨霊の出る教会なんかには五日も滞在できないわ」

 ステンドグラスから降り注ぐ光が礼拝堂を照らしている。
 礼拝堂の内部にはえた臭いと幽寂の気が立ち篭っていた。
 石製の床に厚く積もった埃は永らくここに立ち入った者がいないという印である。

 ミリアは祭壇に向かって踏み出した。
 用心深い事には、ミリアは初手から得物の柄に手をかけて教会内に入り込んでいる。
 冒険者が床を踏みしめる毎に埃が宙を舞い上がり、ステンドグラスから差し込む西陽をうけて宝石のように美しく煌めいた。

 祭壇の数歩手前で立ち止まり、ミリアはその場に身を低くした。
 小さな血痕が黒く床に染みついている。
 後ろから覗き込んだエイプリルもそれに気が付いたようだ。

「……ここに目標が在る事は確かなのかもしれませんわね。ですが礼拝堂にはおらぬようですわね。どこか別の部屋に――」

「――大したものね。見事に気配を消している」

 遮るように呟いて、ミリアは双剣を鞘から引き抜いた。
 鞘擦れの音がやたらと礼拝堂に響き渡る。
 ゆっくりと立ち上がり、その視線を天井へと跳ね上げる。
 何事かと真意を測りかねていたエイプリルの視線も同じくミリアの後を追う。

「………………!」

 天井にほど近い壁に、刀霊に操られたあの少年がやもりのように逆さに付いてミリアたち二人を見下ろしていた。
 眼を半寸ばかりも飛び出させ、蛇のような呼気を口から漏らす。
 すべての元凶、妖しの刀は少年のその背に負われていた。

「口惜しや。気取られてしもうたかよ。頭上をとろうと思うたのによ」

 エイプリルはここでようやく己の得物を打ち構えた。

「降りてきなさい。奇襲は不可能よ」

 ミリアは少年に呼び掛けた。
 昨日と違い、ここはスラム街だ。
 多少騒がしくなったところで日常茶飯事と受け取られ、治安隊に報せる者もない。

「……よもや、斯くも早うに汝れと再び士合う事となろうとはな」

 壁から足を離し、重力に引かれて石畳に着地する間にも少年はその形を変えていく。
 瞬く間に少年の姿は白亜の巨人となり、大仰に大太刀を抜き去ってミリアを上から睨めつける。
 対するミリアは口の端を歪め、笑った。

「かかって来なさい。今度こそ引導を渡してあげるわ」

『やってみるが良かろうて。汝れにそれが出来ようものならなぁ!!』

 信天扇は吼え、決戦の火花は切って落とされた。



 信天扇の大太刀が唸りを上げてミリアに迫る。
 その速さ鋭さはつい昨晩見たばかりだ。
 特筆すべきはその威力を実現するパワーを自壊せず受け止めきる大太刀の頑丈さにある。

 ミリアの双剣ではたとえ受けても衝撃のほとんどを殺せない。
 それどころか双剣が衝撃に耐えられずに破壊されてしまいかねない。
 だからこそ昨夜の戦いでは逸らす選択肢を取った。
 結果は見事なまでの武器破壊に終わっている。

 逸らす、では不十分だ。
 相応の力でもって弾かなければ意味を成さない。

「――だッ!」

 激しい金属音が礼拝堂に響き渡る。
 大太刀の一撃をミリアが弾き飛ばした音だ。

『む……!』

 予想外の反撃だったのだろう。
 信天扇はわずかに体勢を崩して揺らいだ。
 その隙を突いたミリアの蹴りが信天扇の脇腹に突き刺さった。

「――ちっ!」

 信天扇もただ蹴られるだけでは終わらず、その蹴り足を掴む。
 すかさず軸足をばねに飛び上がったミリアはそのまま腕にめがけてネリチャギを叩き込んだ。
 強引に腕を引きはがし、即座に二人は体勢を立て直す。

 信天扇の剣速がいかに速いといえど、身体の運びはそれほどでもない。
 ミリアはすでに蹴りからの連撃のためにステップを踏んでいる。
 片手の一閃が疾り、防御に回された信天扇の左腕は骨に沿うように深く裂かれた。

「……へぇー」

 戦闘の空気には場違いな声を上げて、ミリアはうんうんと頷いた。
 手慣れた様子で手の中の剣をくるりと回して見せる。

「思ったよりいいわ、これ」

『昨日の今日で用意したとは思えぬ業物よ……』

「ったりめぇよ。もともとこの仕事もの支払いで金欠になったから請けたようなもんだからね」

 彼女の手に握られているのはステンドグラスの光を受けてなお蒼く輝く双剣だった。
 やけにキラキラと輝いて見えるのは刃の表面に水が滴っているからか。
 先ほど腕を裂いたばかりだというのに信天扇の血液はすでに一滴も見当たらない。

 【海神の双剣】。
 ここでないどこかで信仰されてきた海の神、その加護を得た双剣という触れ込みで紹介された剣だった。
 いわゆる魔剣――正確には神剣か――の分類に入る業物であり、刀身には常に新鮮な水が伝っている。
 どれだけの敵を斬っても血を洗い流し、切れ味はわずかも鈍らない。
 無論、魔剣ゆえに摩耗なく折れる事もない。

「昨夜こいつを使わなかったのは、今までずっと私を支えてくれていたの仕事納めのためだった。だってのに、景気よく折ってくれやがったからね、言うならあんたで試し斬りするってわけよ」

『……面白い!』

 信天扇は口の端を釣り上げて笑う。
 彼にとって肉を裂いて血を吸うのは食事で、それまでの過程は娯楽なのだろうか。
 対するミリアは楽しむ余裕なんてなかった。

『――むぅん!』

 再び放たれる大太刀の剣閃。
 先と同じく出た先から双剣で弾いていくも、今度は決定的な隙を見せてこない。
 すでに油断は欠片も見当たらない。

 一方、ミリアが行っている剣撃の叩き落としはいわば付け焼刃だ。
 先の攻防でわざわざ蹴り技を多用したのも、弾いた右手が痺れていたからに他ならない。
 信天扇に決定的な一撃を加えるには、やはり双剣の『技』を決めなければ。

「――ッ!」

 ついに弾き切れず、ミリアは逆に弾き飛ばされた。
 更なる追撃を躱すために大きく後方へ跳び退く。

 が、信天扇もさすがの手練れである。
 完全に回避したはずのミリアだが腹部のコルセットはばっくりと裂け、その向こうの白い肌がわずかに斬られていた。
 判断を誤っていれば今頃臓腑を撒き散らして絶命していたに違いない。

(……足を止めての打合いは不利ね)

 だがミリアにはそうしなくてはならない理由があった。
 初手の攻防で掴まれた左足首はあの一瞬で強く締めあげられ、軸足となれば悲鳴を上げている。
 ミリアの神髄は強靭な脚力を生かした高速戦闘にある。
 これでは半ば以上の戦力を削がれたのと同じだ。

『如何した。まだ終いではないぞ?』

「私はそういう泥臭い戦いは苦手なのよ。ここからは冒険者の流儀でやらせてもらうわ」

 左手を前に右手は頭上に、切っ先は信天扇に向けてミリアは腰を落とした。
 全力の連続叩き落しで両手は未だに痺れているが、あと一撃くらいなら繰り出せるはずだ。

『……ただ一撃に賭けるか。好い覚悟よ』

「そりゃ恐縮の至り」

 両者ともに構えたまま、隙を見せまいと動きを止めた。
 礼拝堂に静寂が訪れる。
 それほどまでにミリアの捨て身の一撃を警戒している、という事か。

 【海神の双剣】から滴る水が、蒼い刀身を伝って切っ先まで走る。
 流れた水は大きな雫となり、やがて重力に負け、球体となってその身を落とす。
 それが決戦の火蓋となる――

「フッ……」

 ――はずだった。
 地に落ちる前に、ミリアの右の剣が雫を弾き飛ばした。
 叩かれ飛ばされた雫は右の剣が滴らせた雫と混じり合い、ひと掬いの水となって放たれた。
 すでに斬撃の予備動作に入っていた信天扇は不意を突かれ、水の弾丸にその両眼を叩かれる。

『――むうっ!』

「これが冒険者の流儀よ、悪いわね!!」

 ミリアは騎士でもなければ正々堂々を掲げているわけでもない。
 こと一対一サシの命のやり取りにおいては卑怯も汚いも存在しないのだ。
 それが冒険者の流儀にして生き残るための処方、ミリアはそう考えている。

 痛みを引きずる左足で地を蹴り、信天扇の鈍った一撃を回避した。
 痛まない万全の右足で思い切り地を踏みしめ、頭上にかざした双剣に意識を集中させる。
 深く腰を落とし、脚力をそのまま威力に変えて、

「――はあああぁぁぁ!!」

 雄たけびに似た裂帛の声を上げ、両の剣を力の限り振り下ろした。
 【海神の双剣】の魔力と混じり合ったミリアの気迫が青白い刃と化し、信天扇へと迫る。
 ばしゃっ、と信天扇の胸が赤く弾けた。

『ごっ……、……!』

 【斬塊閃】。
 深緑都市ロスウェルで発展した双剣術において唯一、間合いの外からの斬撃が可能な技である。
 本来であれば接敵時に先の先を取る技であるが、足場が悪く、持ち味である高速戦闘が難しい場面でも重宝する技術だ。
 素早さを捨てなければならない反面、攻撃に特化したその威力は凄まじいの一言に尽きる。

 再び静寂が訪れた礼拝堂に、鋭い金属音が木霊する。
 それは信天扇が手の中から滑り落とした大太刀が石畳に突き立った音だった。

『……やりおるわ。もっとも、今ここで汝れが勝利したとて何も終わりはせぬがな』

 口角から血の泡を噴きつつ、化生はそう言って、くつくつと低く声立てて笑った。

「……戯れ言を」

 人間の姿に戻って、少年は仰向けに倒れ込む。
 血に塗れたその身体が動く事は二度となかった。
 そして旧教会の床に突き立った信天扇は窓から差し込む陽の光を浴び、皓皓と輝いている。

「これは私の為すべき事。お任せください」

 そう言って、エイプリルは身をかがめて信天扇に手を伸ばそうとした。

「――ッ!!」

 しかし、それより一瞬早くミリアの手が動いた。
 疾風の如き一撃を叩きこまれた信天扇は中程で真っ二つに折れて石畳の上に転がる。
 折れた刃は静かに、ただ静かにまるで氷細工のように解けて消えてなくなった。

 それは幻聴だったのか。
 空気を切り裂く悲鳴を聞いたような気がした。

「……何故です」

 エイプリルは無表情に問う。
 何の構えもなく対峙しているように見せて、その実一部の隙もない。

「……先に私が滅ぼしたのは少年の肉体であって、奴じゃない。すべての元凶はまだ刀の中に存在していた」

 ミリアは【海神の双剣】を鞘に納めた。

「あのままではまた誰かが刀霊に操られて――。いずれまた、この少年や歓楽街で死んだ娘のような犠牲者が増える事になったでしょう」

「……、」

「なるほど刀を滅ぼさない限り終わりはなかったのよ。最後に奴が言ったようにね」

「……信天扇を打倒するまでがあなたの仕事でした。お忘れですか、冒険者様」

「理解しているわ。確かに今のは、熟練の冒険者にあるまじき行動だった」

 ミリアの表情には自嘲の笑みが薄く貼りつけられている。
 もとより金銭的な理由で請けた高額の依頼を自ら蹴ったのだ。
 熟練どころか駆け出しにも劣る。

 だが、それでも構わない。
 ミリアの行動は何かに縛られた結果から起きたものでは決してない。
 湧き上がる感情に身を任せた結果でもない。
 そうする事がミリアという個人が下した、一点の曇りもない最適な結論だった。

「仕事は失敗した。だから報酬は要らない。……あんたのご主人にそう伝えてちょうだい」

 選択とは無情である。
 選ばれたほうは否応なしに結果を見せつけてくるくせに、選ばれなかったほうは永遠にその可能性を失う。
 だからこそ、ミリアは自分の選択に後悔はない。
 あの一瞬で身体が動いてくれたからこそ、ような事態にはならなかったのだから。

「お待ちください」

 呼び止められて振り返ると、エイプリルはミリアに向けて己の得物を差し出していた。

「……これは?」

「主人の懸念を払って下さった事に対する、わたしからの個人的な謝礼とお考え下さい。あなたの仕事は失敗ゆえ、報酬たる金貨をお支払いする事は叶いませぬが、どうぞ代わりにこれを」

 逡巡の後、ミリアは無言で杖を受け取った。

「……折あらばまたお会いしましょう、冒険者様」

「ええ。いつかまた、ね」

 深々と一礼するエイプリルを背に、ミリアは旧教会の扉を開けた。

 昼間の閑散とした歓楽街を通って自宿に戻る中、ミリアは大きくため息を吐く。
 失敗したとはいえ一仕事終えた直後だ。
 身体は休息を求めている。

「さて……」 

 ミリアは紅の杖を腰のベルトに挟み、自由になった両腕を思い切り伸ばした。
 口から出てくるのは嘆息である。
 結局、銀貨は手に入れられず終いとなった『月歌を紡ぐ者たち』の財布は未だかつてなく軽い。
 下手すればコヨーテが戻ってくるまでぎりぎり保てればいいほうだった。

「……どう言い訳しようかしら」

 新たな相棒【海神の双剣】と新たな技【斬塊閃】を得るためにばら撒いた銀貨九四〇〇枚について、頭を悩ませながらミリアは帰路に着いた。



【あとがき】
今回のシナリオはテンさんの「九十九髪の刀」です。
一振りの妖刀を取り巻くとても怪しい依頼を請け、歓楽街に現れた通り魔と戦う一人用短編シナリオです。
ハードでダークな雰囲気と台詞回しや地の文の重厚さが素敵な、サクッと終わる手軽さも兼ね揃えたシナリオですね。

今回はミリアで突入しましたが、その理由は本文にもある通りお買い物で散在しすぎた責任を取る形でした。
そんな状況なのにあの行動というのはいかにも彼女っぽくて筆者は好きです。
筆者の宿ではあれを選ばない冒険者はほとんどいないのですが……お金に困っていてもそれを選ぶのが月歌という事ですね。

前回で海の中に入ったという事でコヨーテの魔剣以外は買い替えチャンスだったので、ミリアも武器を新調しました。
とはいえ彼女は一流の剣士なので手慣れた剣を手放すのは相当口惜しいだろうという事で、仕事の中でバトンタッチをさせる形と相成りました。
ついでに新技も引っ提げての初陣でしたが……技のほうはあまり深く語れないので、その、許してください。許して。
(扱いとしてはレギウスの【孤高の王】、エリックの【七色の七つの魔石】と半ば同様です)


☆今回の功労者☆
ミリア。大金払ったんだし新たな力でさらに羽ばたいてゆけー!


購入:
【海神の双剣】-8000sp(双剣の館)
【斬塊閃】-1400sp(深緑都市ロスウェル……?)

報酬:
なし

戦利品:
【傷薬】
【紅の杖】

銀貨袋の中身→1117sp


≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『九十九髪の刀』(テン様)
『双剣の館』(Leeffes様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。
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周摩

Author:周摩
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