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第四二話:七月七日 常宿襲撃事件(1/2) 

 七月八日。
 黎明のやや冷えた空気の中、コヨーテ・エイムズは頬を冷や汗が伝っていく感触に嫌悪する。

 『大いなる日輪亭』においてコヨーテが寝泊まりしているのは冒険者になる前からこの屋根裏部屋だった。
 本来は彼以外、誰も入る事のない部屋。
 そこに今、招かれざる客が闖入している。

 光陰矢の如しとは言うものの、つい昨日の事がまるで遠い昔の事のように思い出せた。
 あれだけ大忙しな一日も珍しい。
 嬉しい事も楽しい事も面倒な事も苦しい事も心配事も大盛りな一日だった。

 そう、その日は七月七日なのだった。
 十八年前にコヨーテ・エイムズがこの世に生まれ落ちたその日。
 特別な日である事に変わりはないが、生涯忘れられない一日となったのは間違いない。

 昨日を語るにはまず事の始まりを語らねばならない。
 時はおよそ一週間前に遡る。



 六月末日。
 この日、希望の都フォーチュン=ベルは記録的な猛暑となった。

 コヨーテは半吸血鬼である。
 直射日光が与えるダメージは生粋の吸血鬼ほどではないにしても深刻なものだ。
 それを防ぐためにも裾の長い外套を着ているのだが、やはりこの時期になると暑さに参ってしまう。

「聞いておるのか?」

「……聞いてるよ」

 『神の鎚』ブレッゼンは土産の『緋桜』をりつつ眉間の皺を深くしていた。
 鍛冶を生業とするだけあって、この程度の暑さは慣れっこなのだろう。
 実際、日光が当たらないだけいくらかマシではあるが工房内のほうがずっと熱いのだ。

「【レーヴァティン】から炎が出なくなったのは魔力が尽きたから、だろう?」

「うむ、おぬしはなかなかに魔剣使いが荒い。……あぁ、勘違いするな。何も責めておるのではない。むしろ魔剣にとってはそれほど自身の力を求められ、戦いの中に身を置ける環境というのは喜ばしい事だからな」

 ブレッゼンは抜き身の【レーヴァティン】を作業台へ静かに身を横たえた。
 燃え盛る炎のような猛々しさは鳴りを潜め、今はひそやかに美しい赤を輝かせている。

「しかし、二ヶ月か。これほどの短期間で魔力を使い切ってしまうとはよほどの激戦に巻き込まれたと見える」

 苦笑いで誤魔化したが、誇張抜きで色々あったから仕方がない。
 シューザー村では『血も滴る』ジェベータ、紅し夜での黒ミリアを経て深緑都市ロスウェルでの紅蓮の夜、人造トロールに改造トロール、怨念によって霊体化した妖魔の姫とも相対した。
 列挙するだけでも相当に濃密な二ヶ月間である。

「……なぁ、ブレッゼンさん」

「む?」

「『神剣』の名を冠するレーヴァティンを知っているか?」

 コヨーテの脳裏には溶岩のように赤く灼けた、黄金の輝きを放つ剣が浮かんでいる。
 紅蓮の夜で相対した吸血鬼クラウド・ブルースターの持つ神剣レーヴァティン。
 本人の目の前では言いづらいが、コヨーテの持つ魔剣レーヴァティンと比べても出力の差は歴然だった。

「いいや、聞いた事はないが……誰の作だ?」

「見かけただけだからそこまでは分からない。だが、神剣というからにはそれなりの力を持っているはずだ」

「ふむ……元来、レーヴァティンの伝承はひどく曖昧なものだ。原典の北欧神話では雄鶏ヴィゾフニルを打ち落とせる唯一の武器として記されておるだけに過ぎん。だがレーヴァティンを管理していた女巨人シンモラがスルトの妻だったゆえに、終焉の日ラグナロクにおいて世界を焼き尽くした炎を放ったのがレーヴァティンだという解釈が生まれた。わしはこの解釈を基として【レーヴァティン】を打ったのだ」

 北欧神話に限った話ではないが、伝承の中に一度しか名前が出てこない存在は珍しくない。
 それらを他の伝承と繋げ、新たな解釈を見出す事も神話の面白さである。

「もともとレーヴァティン自体も悪名高い『終える者』ロキがルーン文字を唱えて作り上げたとされているんだったよな。ロキも火が神絡化された存在らしいが……」

「いや、レーヴァティンで神の剣であればおそらくは豊穣神フレイだろうよ。かの神は戦いにおいて決して敗れる事のない『勝利の剣』を持っておってな、天地に切り裂けないものはなく刃の輝きは太陽に劣らぬとされておる」

「それがレーヴァティンだと?」

「そういう解釈もある。終焉の日において豊穣神フレイは炎の巨人スルトに敗れるが、その時にはすでに『勝利の剣』は手放しており、鹿の角で戦わざるを得なかったためだとされておる。もしスルトの振るう剣がレーヴァティンであったとするならば、鹿の角で巨人を打ち殺せるほどの力を持つフレイだとしても敗れるのは必定よ」

「『勝利の剣』……、待ってくれ。同一視されているのなら魔剣レーヴァティンにも『勝利の剣』の要素があったりするのか?」

 ブレッゼンは熱で縮れた顎鬚を撫でつつ不敵な笑みを浮かべた。

「それは遠回しに魔剣レーヴァティンを褒めておるのか?」

「良いほうの捉え方をするとそうなるが……」

「ふむ。わしが魔剣レーヴァティンに封じた固有能力はあくまで巨人スルトが振るった『炎』のみよ。第一、豊穣神フレイの『勝利の剣』は原典にも詳細な描写がほとんどなく、モチーフとするには適切ではなかった」

 確かに巨人スルトの操る『炎』は世界を焼き尽くしたほどの猛烈な力だとイメージしやすいが、『勝利の剣』はただ単純にすさまじい切れ味を誇る不敗の剣としか表現ができない。
 正しき者が扱えばおのずと使い手の元を離れて巨人族と戦うという記述もあるにはあるが、こんな能力を剣の形に詰め込んでも魔力の消耗が激しく、まともに動かないガラクタになってしまうという。

「だが、魔剣レーヴァティンが『勝利の剣』となるか否かはおぬし次第だろうよ」

 わしの打った剣はあくまできっかけに過ぎん、とブレッゼンは語る。

「おぬしが伝説の存在となるのよ。さすれば魔剣レーヴァティンは巨人だの豊穣神だのと曖昧に揺れるものではなくなる」

「……無茶言うなぁ」

「ふん。一年にも満たぬ内に魔剣を手懐け、更には『真なる魔剣』にまで昇華させようというのだ。むしろそのくらいやってもらわねば困る」

「まぁ、精一杯やってみるさ」

 コヨーテは魔力の尽きた【レーヴァティン】と【魔崑石】をブレッゼンに託して工房を出た。
 ちなみに【魔崑石】とは永遠に魔力を発し続ける究極の魔晶石であり、それを用いて剣を打ち直せば永遠にその威力を保てるという。
 ブレッゼン氏と取引した鉱石の数がついに二桁を超えたため譲られたものだった。

 一週間後には魔力の補給を必要としない真なる魔剣となって再び力を取り戻すだろう。

「『勝利の剣』か……」

 それだけ呟いて、コヨーテは魔剣工房を後にした。
 あとはゆったりと馬車に揺られ、仲間たちの待つ『大いなる日輪亭』に戻るだけである。



 次に工房を訪れた時、コヨーテは真なる魔剣レーヴァティンを得る。
 魔力切れの起きない炎の剣、正真正銘の魔の剣。
 望めば相対する者をどこまでも焼き尽くす、破滅をもたらす終末の炎。

 遺産の呪剣ダーインスレイヴ
 黙示録の剣アポカリプス
 そして破滅の枝レーヴァティン
 コヨーテが持つ魔剣だけで三本である。

 雷神の魔鎚ミョルニル
 海神の双剣わだつみ
 エリック・ブレイバーやミリア・アドラーク・グラインハイドの持つ魔鎚と神剣を加えると相当数となる。

 思えば昨日という一日は『剣』に始まったと言っても過言ではなかった。
 時は二〇時間ほど遡る。



 コヨーテがリューンに戻った翌日、この日こそは七月七日である。
 半吸血鬼であるコヨーテにとっては疎ましくなるほどに日差しが強い朝だった。
 降り注ぐ陽の光は屋根裏部屋のたった一つの小窓からでもお構いなしに室内を照らしている。

「……、」

 コヨーテはのっそりと身体を起こして羽織っていた外套に袖を通した。
 さすがにこうも気温が上がっていては外套を着込んだまま眠るのは難しい。
 陽の登る時刻もすっかり早くなり、コヨーテの睡眠時間もめっきり減ってしまった。

(やはり疲れは溜まっていくものだな……そのための休みだってのに寝不足とはもったいない話だが)

 『月歌を紡ぐ者たち』は明後日まで休暇にする事で決まっていた。
 数日前に巻き込まれたミリア拉致事件で著しく消耗したのはコヨーテだけではない。
 それに加えて【レーヴァティン】が生みの親である『神の鎚』ブレッゼン氏によって最後の鍛え直しに挑んでいるからだ。

「……、やっぱり落ち着かないな」

 身支度を整えたコヨーテは、ついいつもの癖で【レーヴァティン】を目で探してしまっていた。
 フォーチュン=ベルから帰還する間、代用としてずっと持ち歩いていた【黙示録の剣】も今は手元にない。
 というのも、コヨーテが宿に戻った翌日に『星を追う者たち』のリーダーにして魔術師であるレギウス・エスメラルダから『どうせ使う予定もねェんだろ』と半ば強引に研究材料として持ち出されていた。
 確かにリューンの街中で過ごすのだから使う予定はないし、万が一の時は吸血鬼の特異能力『叛逆者リベリオン』がある。

 しかし、そこまでの事態に見舞われるなんて滅多にない事だし、剣がなければ生活できないわけでもない。
 むしろ割り切ってしまわなければ普通の生活なんて送れない。
 冒険者が生死の境を彷徨うのは日常茶飯事だとしてもそちらが『日常』となってはならないのだ。

(一日くらいは、いいか)

 代わりの武装を漁る手を止めて改めてコヨーテは部屋を出ようとする。
 ドアノブに手をかけようとした瞬間、無遠慮に、しかし音もなくその扉が開かれた。
 ノックすらせずに扉を開けたのは濃紺のスカーフで左目を隠した黒髪の男、『星を追う者たち』のレギウスだった。

「なんだ、起きてたのか」

「……ノックくらいしてくれ。オレの部屋は鍵がついていないんだ」

「知ってるよ。だから起さねェようにしてんだろうが」

「他人の部屋にこっそり忍び込んで何をするつもりだ」

「地下室の鍵、持ってんだろ」

 その一言だけで、コヨーテは彼が何を狙っているのか察しがついた。
 呪剣【ダーインスレイヴ】。
 斬ったもの全てを滅ぼすという絶大な呪いをその身に宿す剣であり、ひとたび抜けばひとつの命を喰らわない限り鞘に収まる事はなく、もし命を捧げられなければ持ち主を喰らうという。
 その強力すぎる呪いはあまりにも危険なため、現在は宿の地下に半ば封印されている。

「……【黙示録の剣】は貸してやってるだろう」

「一本じゃ足りねェよ。もう一、二本は欲しいところだが、エリックの野郎が【ミョルニル】を抱えて外に行きやがるからよぉ」

 『陽光を求める者たち』のリーダー、エリック・ブレイバーもまた魔剣ならぬ魔鎚【ミョルニル】を所持している。
 こちらもブレッゼン氏の作なのだが【レーヴァティン】と違ってほぼ完成形に近い魔具である。

「ミリアの奴も神剣だか魔剣だかを手に入れたとは聞いたが」

「あぁ、どうやら本物らしいな」

 コヨーテがフォーチュン=ベルを訪ねている間に他の五名は一足早くリューンへと戻っていたのだが、つい数日前にミリアは新たな双剣を買い取ったとは聞いている。
 【海神の双剣】と呼ばれる別天地の海神の加護を得た神剣であるというが、先日の水精の事件を経てミリア自身も『海』に近しくなったようで強く惹かれた末に購入を決意したという。
 だが、それが銀貨八〇〇〇枚で取引されたと知った時はさすがのコヨーテも言葉を失った。

 とはいえ『月歌を紡ぐ者たち』の刃物類はコヨーテの持つ魔剣を除けばほぼ全てが海水にやられてしまい、散々な有様となっていた。
 チコの鉈やレンツォのナイフなどは簡単に買い直せても、手に慣れたミリアの双剣は軽々に買い直せるものじゃない。
 ならばといつぞやのコヨーテのように先行投資しておくのは悪い選択肢ではないだろう。
 コヨーテも【レーヴァティン】や【黙示録の剣】で安くない金額を使っているし、何より破損を気にせずに武器を振るえるというのは戦士にとって大きなプラスとなる事は重々承知している。

「朝から晩までほとんど宿に居やがらねェのはどうなってんだよ」

「……まぁ、想像はつくが」

 ミリアは『月歌を紡ぐ者たち』を結成する前からずっとあの双剣を使っていた。
 長年慣れ親しんだ双剣から、彼女のために誂えた訳でもない双剣に乗り換えるのだ、双剣との感覚を共有して相応の修練を一から重ねなくてはならない。
 だが実直に戦士としての役割を果たそうとするミリアならば、きっと休日の内に仕上げてくるだろう。
 つまりはラストスパートに入っている、という事だ。

「しかし、それで【ダーインスレイヴ】にも手を出そうというのか。一体何の研究をしているんだよ」

「吸血鬼の技術の研究だって前にも言わなかったか?」

 そう言ってレギウスが懐から出したのは赤い布切れだった。
 コヨーテはその赤色に見覚えがあった。
 忘れもしない、紅蓮の夜にいやと言うほど目に焼きついた、あの『神族の帆船スキーズブラズニル』の帆の色だ。

「オマエもアレの仕様書見たんだろ。元々は、つまりは兵器じゃねェんだ。だのにあれだけの侵略行為がもののついでのようにできちまう。今後のためを思えば解析が必要だろうが」

「それは……その通りだが」

「だから協力しろ、とは言わねェよ。俺なりの吸血鬼への対抗策ってだけだからな。だからこうして頼んでんじゃねェか」

「オレがまだ眠っていたらこっそり鍵を拝借するつもりだったんじゃないのか」

「……どこぞの女狐マリナと一緒にするんじゃねェよ」

 いかにも心外だといった風にレギウスは息を吐いた。
 彼の研究はもともと左目の治療とリハビリでろくに外出もできないレギウスの暇つぶしで始めたものだと聞いていた。
 研究にケリがつかない気持ち悪さはあれど、そこまで切羽詰っている状況でもないのだろうか。

「まぁ、危険な事をしなければいいんだ。うっかり鞘から抜いて呪われでもしたら寝覚めが悪いしな」

「安心しろ。九割九分ありえねェ」

 レギウスの言葉には自信が満ち溢れていた。
 現実主義の彼の事だ、コヨーテを相手に可能性を盛る事はないだろう。

「分かったよ」

 そう言って、コヨーテは部屋の隅に置いている木箱の底に手を差し込んだ。
 鍵の掛からない屋根裏部屋では単に保管していただけではそのまま持ち出される危険性があるため、隠す場所にも気を配らなければならない。
 そこでコヨーテは地下室の鍵に蝋を垂らし、木箱の裏に貼り付ける事にしていた。
 もともとが物置のような屋根裏部屋だけに未だかつてその場所を見破られた事は一度もない。
 とはいえ、泥棒に入られた事もないのだが。

「夜までには返してやるよ」

 地下室の鍵を受け取ったレギウスはさっさと階段を下りていってしまった。
 一応は休養とリハビリ中の身ではあるが、噂通りに快復しているらしい。

(あれだけ元気があればもう大丈夫だろうな)

 五月祭の戦いでもっとも重い傷を受けた彼の事はずっと気に掛かっていた。
 死ぬ事はないと聞かされていても、片目を失うなんて下手すれば冒険者としては終わりかねない傷だ。
 それでも心を折らず、貪欲に力の可能性を求める彼の生き方は苛烈なほどに光を放つ。
 身を焦がしながら夜空を駆け抜ける流れ星、それを追う彼もまたその身を削りながらも生きていくのか。

 一抹の危うさを感じつつも、コヨーテは頭を振ってその考えを追い出した。



 結局、コヨーテに魔剣類が返されたのは夕方の事である。
 それでも何一つ事故を起こさず借り物にも傷をつけず――魔剣に傷をつけられるならそれだけで称賛に値するが――約束を果たしてくれるのがレギウスなのだった。

 【レーヴァティン】をはじめとする魔剣は今、手元にない。
 だが【ダーインスレイヴ】と【黙示録の剣】ならばひとたびコヨーテが願えばその手元に現れる、そんな場所に存在している。
 しかしそれらをもってしても、目の前の人物と対等に戦えるのかは疑問であった。

「おはようございます……、というのは少し変ですよね」

 コヨーテは答えない。
 一瞬たりとも目の前の存在から目を逸らせなかった。
 それでも不意に背中に意識が向いた。

 愛用の黒い外套は昼間の事件で背中に大穴が空いてしまった。
 たとえ七月七日であろうと不運に巻き込まれればそうなるのがコヨーテなのだ。
 大穴が空いた経緯は『七月七日 聖堂襲撃事件』を参照いただくとして、時はおよそ一〇時間ほど遡る。



 リューン東地区で突如巻き起こった東聖堂の襲撃事件からほうほうのていで脱出できたのは正午過ぎの事であった。
 事件の起こった場所が場所なだけに、長々と事情聴取で拘束されるのはコヨーテの正体が露見する可能性が高く、非常に望ましくないため足早にその場から立ち去った。
 ちなみにコヨーテは確かに大怪我――なお、吸血鬼の治癒力によって完治済み――をしていたのだが、へろへろになった最大の理由はその過程で外套に大穴が開いてしまった事だ。

「さすがにこれは……」

 ルナも口元を覆って言葉を出せないでいる。
 裁縫の技術は彼女のほうが上なのだが、彼女でも難しいとなると絶望的だ。
 今まで幾度となく怪我をして、その度に外套も傷ついてきたが、今回はさすがに致命傷だったようだ。

「潮水に浸しすぎたから痛んでいたのかもな」

「コヨーテが無茶したからだと思いますけど」

「……寿命だったんだな」

「誤魔化しましたね」

 しかし寿命といえば寿命だろう。
 宿の亭主エイブラハム・エイムズに選ばれ、コヨーテに贈られた時点で過酷な日常を送るのは間違いなかったのだから。
 むしろコヨーテとしては大事に大事にしてきたつもりだ。
 
「形あるものはいずれ壊れるのです。物を大事にするのは素晴らしい事ですが、あまり引きずるのもよくありません」

 そう言われると以前も大事にしていた髪紐が千切れた際にもひと悶着あった事を思い出した。
 あの時は宿の娘アンナから贈られたものだったために勃発した事件だったが、あれは逆手に取られていいようにされただけだ。
 ついでとばかりにその際にルナとの間に起こった『とある事故』も思い出してコヨーテは少し紅潮した。

「もう、仕方ありませんね」

 顔を背けた事で納得していないと思ったのか、ルナは軽く息を吐いた。

「強度は落ちるでしょうけど、同じ生地を探して宛がいましょう」

「探すと言っても、これ自体はオーダーメイドで」

「ですから。そのお店を探しましょうよ。生地さえ見つかれば私でも修繕できますから」

「これを仕立てたのはある晩に宿に泊まった、旅の仕立て屋と名乗る謎の人物で」

「それ実在するんですか……?」

 かつて宿の亭主エイブラハムから聞いた言葉をそのまま話しているだけなのに、だんだんとコヨーテも自信がなくなってきた。
 というか改めて考えると非常に胡散臭い。

「いや、そんな事はない。親父が嘘をつくはずがない。というか意味がないだろう」

「……では実在すると仮定して。それってどのくらい前の話なんです?」

「三年前だな。オレは会っていないんだが、親父が大体の背格好を伝えたら仕立ててくれた、と言っていた。そのせいでしばらくは袖が余ってしまって恰好がつかなかったんだが」

 それは亭主エイブラハムが長く使えるようにと気を使って一回り大きく伝えたのか、あるいは単にコヨーテがちっちゃかったかのどちらかだろう。
 三年前のコヨーテを想像したのか、ルナがにやにや笑っている。
 何やら「萌え袖……」と呟いていたがなんだか触れないほうがよさそうな雰囲気だったのでコヨーテは普通にスルーした。

「とにかく、オレも少し気になって当時は色んな仕立て屋を回ってみたんだが、やっぱりこの生地はどこにもなかったんだよ」

「……確かにそう出回っていなさそうな生地ですけど」

「だよな。もしかしたら相当高いやつかも」

「でも、私はどこかで見た……いいえ、触った覚えがあるんですよね」

 そう言いつつ、ルナは外套の生地――正確にはコヨーテの左腕――を触っている。
 しばらくそうして唸っていたと思ったら、唐突にルナは「ああっ!」と顔を上げた。

「思い出しました、で見たんです!」

「うち……ってイクシリオンの屋敷で?」

「冒険者になる前の記憶なのでちょっと曖昧ですが、見た事があるのは間違いありません」

 ルナの生家は代々騎士を輩出している名門である。
 普段市場に出回らないようなものがそこにあるとすれば納得はいく。
 同時に、この外套に使われている生地はそんなに貴重なものだったのかと若干戦慄した。

「ここからそう遠くはありませんし、ちょっと寄っていきますか」

 このまままっすぐ宿へ戻るにしてもイクシリオン家はその道中にある。
 特に拒否する理由もなく、コヨーテはルナと共に彼女の生家に向かった。

「では、私は探してきますのでゆっくりしていてください」

 イクシリオン家の客間に通された後、コヨーテを残してルナは生地を探しに出かけた。
 女中が運んできた紅茶――熱くなく、ぬるくもなく、ひんやりとしている――を頂きつつ、コヨーテはぼんやりと室内を眺める。
 調度品ひとつとっても落ち着いた品の良い雰囲気で、過剰に高そうな感じはしなかった。
 この辺りは単なる貴族でなく騎士家である事も影響しているのだろうか。
 そうして風通りの良い客間で涼みつつ辺りを眺めていたが、それもすぐに手持無沙汰となった。

「おや、お客様ですか」 

 外から声をかけられて、コヨーテはそちらへ振り向いた。
 庭の花壇を弄っていたのか、あちこちを泥で汚した、庭師の少年だった。
 年の頃はコヨーテと同じくらいだろうか。

「誰かお待ちで?」

「あぁ、ルナを待ってはいるんだが……」

「……もしかしてコヨーテさん、ですか?」

 名乗りもしない内に看破され、コヨーテは一瞬息を呑んだ。
 記憶を手繰っても目の前の少年に覚えはない。
 少年もイクシリオンの関係者であればルナの叔父にあたるダーレン・イクシリオンから聞いたのだろうか。

「人違いでしたか?」

「いや、確かにオレはコヨーテだが……」

「やっぱり! 一度お会いしたいと思っていたのです!」

 何やらキラキラした眼差しで笑顔を向けられた。
 誰から繋がったのかは知らないが、一体何を吹き込んだのか。
 煌びやかに輝く笑顔で握手を求められ、コヨーテは面食らいつつも応えた。

「お噂はかねがね伺っております。いやぁ、まさか会えるなんて! それで、今日は何用で?」

「いや、実は――」

 コヨーテはかいつまんで事情を話した。
 もしかしたら長い間家を空けていたルナよりも使用人のほうが知っているかもしれない。
 その程度の考えであったが、少年は意外にも心当たりがありげに考え込んでいた。

「あなたは、……」

「……え?」

「いえ、何でもありません。布生地ならいくらか倉庫に心当たりがあります。探して参りますね」

 そう言って、少年は足早に屋敷の裏手へ向かって駆けて行った。
 呼び止める隙もなく嵐のように去っていった少年の背中をただ見送るしかなかったコヨーテは、成すすべなくソファーに腰を下ろす。
 やたらと柔らかい感触が返ってくる高級そうなソファーに若干の落ち着かなさを覚えつつ、ひたすらにルナの帰りを待つのだった。



 結局、外套の生地はイクシリオンの騎士が身に着けるマントに使われるものだった。
 本来であれば一般に流通するようなものではないものの、さほど高価なものでもないという。
 いくらでもあるわけではなかったが、紋章を入れる前の生地を一枚だけ拝借できたと、ルナはそれを使ってコヨーテの外套を修繕した。

 コヨーテといえば黒の外套、という方程式が成り立つくらいには彼の代名詞となっている。
 これを着ていなければ落ち着かないほどには身体の一部という事だ。
 それが再びコヨーテの身体を包んでいるのだから、万全の状態と言い換えても過言ではない。

 だが、場合によっては次の瞬間にもこの外套に再び大穴が空きかねないと思うと気が気でない。
 それどころかコヨーテの白に似た銀髪をひとつにまとめる真紅のリボン、そしてつい先ほど贈られたばかりのルビーのイヤリングすらも戦いの余波に巻き込まれないかと気になってしまう。

 これらはおよそ武装としてでなく、特別なこの日のために用意され贈られた特別なものである。
 時はおよそ六時間ほど遡る。


To Be Continued...  Next→
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周摩

Author:周摩
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