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『早馬は命を繋ぐ』 

 早朝、冒険者にとっては早すぎる時間。
 何やら騒々しい物音でカイルは目を覚ました。
 年が明けてしばらく経つが、それでもまだまだ寒さは引かない。
 朝であればなおさらで、目が覚めたのならとっとと一階へ降りて暖炉前のテーブルを占領しようと動くのは自然の摂理である。
 眠い目をこすりつつ階下へ行くと、同じような状況で起き出してきたらしい仲間たちの姿が見えた。

「おはよ~カイル。寒いね」

「おはようステラ、レギウス。キミらも暖炉狙いかい?」

「つってもどうせ一番乗りはコヨーテの奴だろ。あいつ無駄に早ェんだよなぁ」

「いや、いないでしょ。コヨーテさんたちって確か今頃ミューゼルだよ」

 コヨーテ・エイムズら『月歌を紡ぐ者たち』がいないのであれば、暖炉前の席は貰ったも同然だ。
 何しろ『大いなる日輪亭』を常宿とする冒険者パーティはもうひとつあるが、『陽光を求める者たち』は怠惰な連中が多い。
 この時間帯なら誰にも邪魔されずに暖炉の暖かみを独占できるに違いないのだ。

「あぁ、そういやそんな話聞いた気がするねぇ」

「うお。な、なんだマーガレットか。いきなり脅かさないでよ」

「別に脅かしていないじゃないか」

 暗がりからぬーっと顔面蒼白で薄ら笑いを貼りつけた顔面がいきなり現れたら誰だって怖がる。
 とは思うものの口には出さないのがカイルの優しさだった。

「オマエの顔が薄気味悪いっつってんだろ」

 しかし欠片も遠慮せずにずけずけ言ってのけるのがレギウスの厳しさだった。

「あっはっは、今日もレギウスのジョークは冴えてるなぁ」

「冗談言ったつもりはねェんだが」

「あー、もう。喧嘩腰な会話はお腹いっぱいだからさぁ、とっとと降りようよ」

「喧嘩しちゃいねェだろ」

「してないよねぇ」

 心が広いとかそういう問題でなく彼らは気を許し合っているという事かもしれない。
 当人に聞いたら確実に否定されるだろうが。
 こんなのに付き合っていたら凍え死んでしまう。

 一階に降りると、暖炉の前のテーブルには案の定誰もいなかった。
 ただ残念な事に火が入れられていないのでひどく寒い。
 寒さに震えながら、カイルは自前の火口箱を使って火を熾した。

「んー……、これいいかもね」

 かじかんだ手を温めていたところに、背後でターニャの声がした。
 まったく気配がしなかったが、一体いつの間に降りてきたのか。
 彼女は依頼の貼り紙が留めてあるコルクボードとにらめっこしつつ、その手には一枚の羊皮紙が握られている。

 レギウス率いる『星を追う者たち』はさほど仕事に関してはガツガツしてはいない。
 金が入り用ならその時に仕事して、余裕のある時は好きに過ごす、そんなスタイルを貫いていた。
 近頃は安穏と日々を過ごしていたからそろそろ懐具合も寒々しくなってくる頃合いだ。
 ターニャも同じ考えなのだろう。

「……あれ? 親父さん、いないの?」

 そう言われてカウンターの向こうを覗いてみるが人の気配はない。
 普通なら朝一で火が入れられるはずの暖炉も手付かずだった事といい、不在なのかもしれない。

 そう訝しがっていると、年季の入った『大いなる日輪亭』の扉が壊れんばかりの勢いで開き、宿の亭主エイブラハム・エイムズが姿を現した。
 噂をすればなんとやらなどと軽口を叩く暇を与えるのも惜しいのか、亭主エイブラハムが狭い宿内を駆け寄ってくる。

「――お前たち、いいところにいた。その依頼、請けるのか?」

 ターニャが握っている貼り紙を見るや、宿の亭主は意外そうに声を上げた。

「ええ、まぁ……わるくない依頼だとおもうけど」

「つーかさぁ、こんな朝っぱらから血相変えてどしたのさ」

「その依頼の件で、少しな……すまんが、奥に来てもらえるか」

「えええ、せっかく温まってきたところなのに」

 とはいえ亭主エイブラハムの挙動から緊急性の高い依頼が入ったのだと察したカイルはとっととその後を追う事にした。
 緊急性が高く、内密な話が必要とくればそれだけ報酬もいいはずだ。

 『星を追う者たち』は金に対する執着は薄いだろうが、カイル個人としては別だ。
 カイルはとにかくお金が大好きなのだった。
 ローリスクでハイリターンなお仕事は大好物だが、ハイリスクでも美味しくいただけるクチである。

 狭くて窓がなく、一つのテーブルとランタンのみが備え付けられている特別室。
 ここは内密な交渉を依頼主が希望する場合に使われる場所だ。

「早速だが……先ほどの騒動について何か知っているか」

「騒動も何も……、何かあったん?」

 亭主エイブラハムがちらりとレギウスのほうを見やるが、当のレギウスは無反応だ。
 半年近く一緒にいるからカイルには分かる。
 これは知っていて黙っている顔だ。
 要するに面倒臭いのだろう。

「そこから話そう」

 亭主エイブラハムの話によると、つい先ほどリューンの街中で魔法を使って暴れた男がいたらしい。
 彼は賢者の塔に所属する魔術師で、研究者としての立場を利用して魔法の道具を横領し、私腹を肥やしていたそうだ。
 彼の所業は盗賊ギルドの内偵によって露見し、捕縛しようとしたところを抵抗され大騒動に発展したようだ。

「その男の名はオットー・アウスト。その貼り紙の依頼主も――」

「――オットー・アウスト」

 亭主エイブラハムは無言で頷いた。

「その依頼、もう引き受けてしまったのがいるんだよ。最近うちに流れ着いた、駆け出し連中なんだが……」

「なんでそんなモンが貼られっ放しなんだよ」

「駆け出しだからでしょ。僕らだって最初の仕事で貼り紙忘れて出戻ったじゃん」

「あれはオマエが勝手に置いてきただけじゃねェか」

「そうだっけ? 忘れちゃったなぁ」

「……話を戻すぞ」

 オットーは横領した魔具をカルバチアまで馬車で運んで売り捌いており、その馬車には毎回護衛を依頼していた。
 そして今回、馬車の護衛を引き受けた冒険者が件の駆け出したちだというのだ。

「――最悪な事に、オットーは件の騒動の最中、盗賊ギルドの人間を一人殺害している」

「はぁー、それマジ? やべーじゃん」

 かの魔術師の勝手な密売行為に加え、仲間を殺害された盗賊ギルドがただ黙っているはずがない。
 亭主エイブラハムの話によればほどなくして馬車に追っ手が差し向けられたそうだ。
 横領の共犯である御者を粛正するために。

「……全て、一足違いだったんだ」

 護衛する冒険者たちはどう思うだろう。
 馬車を狙って盗賊が襲い掛かってくるのだ、当然馬車を護るために抵抗するだろう。
 だが駆け出しの冒険者で粛清のために放たれた手練を相手にどれほど保つというのか。

「件の騒動は馬車がリューンを発ってからすぐに起きている。俺がこれらを知ったのは追っ手が出てすぐだ」

 亭主エイブラハムは深くため息を吐いた。
 『大いなる日輪亭』は駆け出し冒険者の死亡率がとにかく低い。
 くだらないミスで命を失わないように、宿の亭主や先達冒険者からの過保護ともとれるような支援があるからだ。

「……まだ盗賊ギルドに顔を出していないあいつらは追っ手に対して応戦し、そして死んでいくだろう。まだ右も左も分からんあいつらをこんな事で死なせたくはない」

 亭主エイブラハムもそれは誇りに思っているだろう。
 だからこそ彼らがこの場に呼ばれている。
 ちぐはぐながらに経験を積み、『月歌を紡ぐ者たち』に次いで冒険者歴が長い『星を追う者たち』が。

「頼む、救ってやってくれ……!」



 カイルの先導で『星を追う者たち』が向かったのは中心街から少し外れたところにある、人気はないが何故か潰れない酒場だった。
 店内には皿を拭いている坊主頭の中年男と、泥酔していびきをかく初老の男しかいない。
 この立地条件でこの有様では、早朝である事を差し引いたとしても散々だろう。

 だとしても何ら不思議な事はない。
 酒場は表向きの仮の姿であり、その実態は世にも名高い盗賊ギルド、その支部であるからだ。
 交易都市リューンの盗賊ギルドはいたるところに拠点が存在する。
 時には法に触れる情報や『品物』を扱うのだ、一見それとは分からないよう隠されているのは当たり前だった。

「……いらっしゃい」

 店番の男は入ってきたカイルたちに一瞥もくれる事なく皿を拭いている。
 そのあからさまな態度は明らかに客に向けるものではない。
 だが、それはカイルも承知しているので勝手知ったる様子でひょいひょいとカウンターへ近づき、軽い調子で声をかける。

「やあ兄弟。景気はどう?」

 その声を聞き、店番の男は初めて顔を上げた。

「おう兄弟。ボチボチってところだ。……今日は随分とにぎやかだな」

「ちょっと訳アリでさぁ。かなり急ぎの用事なんだけど、『猫』いる?」

「中にいるが。何の用だい」

「……オットーの件だよ」

 その言葉を発した瞬間、店番の男の顔に険しさが宿った。
 仲間を殺害された事に対して神経質になっているのだろう。
 店番の男はくい、と顎で酒場の奥を指した。
 カイルもまた仲間たちへ合図して、カウンターの裏手から酒場の奥へと進んでいく。
 普通の酒場ならば厨房か酒蔵があって然るべき場所には黒ずんた机と椅子が何組か雑然と並べられている。

「ここが盗賊ギルド……興味深い」

「ちょっとターニャ、あんまりじろじろ見ないでよ。恥ずかしいなぁ」

「めったに入れる場所じゃないから、つい……」

 いつになく興奮気味のターニャであった。
 確かにいくら冒険者といえども盗賊ギルドに仲間全員を連れて乗り込む機会はそう多くない。
 そんな機会に何度も恵まれるような冒険者パーティは絶対に長続きしないと断言できる。
 盗賊ギルドはどこまで行っても『黒』であり『闇』なのだから。

「カイル、カイル。『猫』ってなに~? にゃんにゃん?」

「うちの幹部の通称さ。あと親切心から忠告しとくけどそのイメージを期待すると絶対ぇ裏切られるから注意な」

 適当に返しつつ、カイルは近くの椅子に腰かけた。

「……しっかし、いつ来ても汚いなぁ」

「住めば都と言うだろ。慣れてくれば意外と快適になるぜ」

 いつからそこにいたのか、髭を生やした金髪の中年男が唐突に姿を現した。

「初めての奴もいるようだな。俺はストレイ・キャット……この界隈だと『猫』で通ってる」

 忍び足を日常的に使っているのか、足音は一切聞こえなかった。
 なるほどドラ猫ストレイ・キャットという通称は伊達ではないらしい。

「それで、用件は何だ? オットーの件で話があると聞いたが……」

 カイルは諸々の事情を説明した。
 一刻を争うこの状況においても、盗賊ギルドへ話を通さず追っ手を退ければカイルたちもまた敵とみなされる危険がある。
 それと同時に、盗賊ギルドが握っている馬車の移動ルートを把握し、さらに追いすがるための足を手にしなければならず、どちらにせよ盗賊ギルドの協力は不可欠であった。

「……なるほどなあ、そいつは気の毒に。しかし、どうするつもりだ。こちらからの連絡手段はないぞ」

「人数分の馬を貸してほしいんだ。まだ時間も経っていない今なら何とか追いつけるだろうし」

「構わんが、追っ手が乗っていった三頭より速い馬はいないぞ」

「十分だよ、サンキュ」

「分かった。すぐに準備させよう」

 『猫』が部下に命じると、いかつい風貌の男が小走りで、しかし足音は立てずに出て行った。
 準備が整うまで待つ事になるが、のんびりしている時間はない。
 引き出せるだけの情報を『猫』から引き出さねば。

「追っ手が三人だけってェのは少数精鋭を揃えたって事でいいんだな?」

「ああ。あの街道はかなりの距離が森に挟まれた一本道だからな。そのほうが動きやすいだろ」

「具体的には誰なのさ」

「手先が器用な奴、小回りが利く奴、それと『毒使い』だ」

 最後に『毒使い』の名を聞いた時、カイルの顔に明らかな焦燥が浮かんだ。
 それだけでかなりの熟練者である事は十分に予測できた。

「……魔具とは聞いちゃいるが、横領品ってのはどんな品だったんだ?」

「【眠りの雲】を操る指輪だとか火晶石なんかがあったそうだ。要するに値段が張る物ばかりさ」

「うわお。それめちゃくちゃ危険じゃん……」

 いくら駆け出しといえど、冒険者が護衛対象の荷物を無暗に乱用するような真似はしない。
 しかし命の危機に陥れば話は変わる。
 命あっての物種。
 高価だろうが貴重だろうが、彼らは何を使っても生き延びようと魔具に手を伸ばすだろう。

「一応聞いておくけどさ、オットーはどうなった?」

「モグリで商売した上に兄弟を殺しやがったクソ野郎だぜ、放っておくはずがねえ」

「おっけーわかった。結末まで想像できたからもういいよ」

 やられたらやり返すのが盗賊ギルドのやり方だ。
 おそらくは最速で、最大のダメージを叩き出すように、蛇のようにしつこく報いを受けさせたに違いない。
 しかし幸いにも駆け出し連中の粛清は後始末扱いゆえに、まだ少しは余裕があるはずだ。

「――ああ、一応言っておくが。うちの者がその駆け出しを殺しちまったとしても責任は取らんぞ」

 馬車の用意が整う頃合いを図って、表に出ようとドアに手をかけた瞬間だった。
 『猫』の声はとても低い。

「そちらに非がないのは確かだが、それはこちらも同様だからな」

「分かってるよ」

 重苦しい空気が場に流れる。
 互いに非がないからこそ、ただ純粋に協力を求めて『星を追う者たち』はここにいる。

「……救ってみせるさ」

「健闘を祈る」

 本心かどうか分かり辛い『猫』の声音を背に、『星を追う者たち』は用意された馬に乗り、カルバチアに続く街道へと走らせた。



 『星を追う者たち』は馬を駆り、一陣の風となって街道を走り抜けていく。
 盗賊ギルドから借りた馬は四頭。
 それに並走するのは世にも美しい漆黒の毛並みの獅子、火光獣のポチ――命名はステラ――である。

『……主よ』

「文句言ってねェで脚を動かせよ。時間ねェっつってんだろ」

『しかし……』

 ポチが訴えているのはその背中に乗っているターニャの惨状についてであろう。
 今現在、彼女はポチの首に手をまわし、振り落とされないように必死にしがみついている最中である。
 傍から見ればもふもふのたてがみに顔を突っ込んでいるようにも見えるが、本人にとってはシャレになっていないらしく、

「あばばばばばばばばば、ぽ、ぽぽぽポチちゃん……もうちょっとととと、ゆっくりりりり……!」

 などと震えた声で訴えてくるのだった。

「あぁ? クソうぜェな……」

 馬に乗れない乗った事がないと難色を示したターニャに対してできる最大限の譲歩が『ポチに乗ってもらう』であった。
 ポチであれば馬と違って御す必要はない。
 ただその背に乗っていればポチ自身が勝手にレギウスたちに追従してくれるのだから。
 ターニャもそれならばと首を縦に振ったわけだが、限りなく最高速で疾走する獣の背に乗るなど不可能に近く、しがみつかなければ容易に振り落とされてしまうのだ。

 しかし、だからと言って速度を緩めるわけにはいかない。
 まずは何が何でも駆け出し連中が生きている内に追いつかねばならないのだから。

「うーん。今日ほど乗馬経験あってよかったと思える日はないね……お尻は痛いけど」

「マーガレットって見るからに都会っ子だけど馬に乗る機会なんてあったの?」

「……昔の仕事仲間にそういう奴がいてね、一回だけ乗せてもらったんだよ。あー、お尻痛い」

「そのままお馬にハマっちゃえばよかったのに~! はしるのたのし~よ~!」

「お尻が痛くてそれどころじゃなかったんだ! 今もね!」

「尻尻うるせェんだよ。とっとと慣れろ」

「……君らのお尻は大丈夫なのかい? マグ姉さんとしてはこの後の展開に支障がないか本気で心配なんだけれども」

 ただでさえ薄気味悪いほどに蒼白な顔を更に白くしつつ、マーガレットは本気でそう言った。
 冒険者といえども馬を駆る機会はそう多くないとはいえ、まったく乗れないのでは笑い話にもならない。
 今回のような逼迫ひっぱくした状況においても冷静に対処するための力なのだから。

「ばばばば、あばばば……!!」 

 多少荒療治になったとしても。

「――んっ!?」

 そうこうしている間に周囲の景色に緑が増え、山間街道へ差し掛かった時であった。
 列の先頭を走っていたカイルの両眼がそれらを捉えた。
 わずかもしない内に、それらは後に続くレギウスたちの目にも入る。

「……馬?」

 前方から走ってきた二頭の馬は『星を追う者たち』とすれ違い、あっという間に走り去っていった。
 鞍も手綱も装着済みだ、野生ではない。

「状況から考えると追っ手が乗っていった馬……だよね」

「追っ手は三人だったはずだよ。乗り手はどこへ行ったと思う?」

「この辺には魔物らしい魔物も出ないはずだよね……」

 不可解な事態に、カイルとマーガレットは二人して眉を寄せた。
 そんな中で一人静かに思考を進めていたレギウスが口を開く。

「……追っ手の思考を読み取ってみろ」

 『猫』は言っていた。
 【眠りの雲】を操る指輪や火晶石のような、広範囲に対して影響を及ぼす魔具が大量にあった、と。

「実力は劣るとはいえ襲撃対象のほうが人数は上、さらに追い詰められた襲撃対象が横領品に手をつける事を当然想定するわけだが――カイル、【眠りの雲】を使える相手を追う場合、盗賊はどう動く」

「え? 僕? 珍しいなぁ、キミが僕にモノを聞くなんて」

「とっとと答えろ。つっても結論の補強にしかならねェが」

「【眠りの雲】にしろ火晶石にしろ、全員が喰らうとおしまいだからね。広がって牽制しつつ隙を見て不意打ちで仕留めるってのがセオリーかな。でも、この状況下だと散開して森を走ると追いつけないけど」

「ご苦労。そして解析完了だ」

 そう宣言してレギウスは馬に鞭を打つ。
 見るからに過剰な加速で、馬を潰す勢いであった。

「えっ、ちょ、ボクもうお尻痛いの限界なんだけども!!」

 慌てて他のメンバーも速度を上げる。
 そんな中、火光獣の背にしがみついているターニャはもはや言語を喋る余裕を完全に失っていた。
 朝靄あさもやの中を早馬が駆けてゆく。

「追っ手が三島の馬で発ち、二頭だけ戻ってくる。何故か?」

 疾風のような速度で景色が後ろへ後ろへと過ぎ去ってゆく中で、レギウスの声だけがその場に響くように聞こえた。

「――森に入って馬車を奪っちまえば馬はもう必要ねェからだ。むしろ邪魔になる」

 カイルはハッとして、更に速度を上げてレギウスと並走する。

「だけど馬を降りたら馬車に追いつけるはずがない……!」

「だったらどうする?」

「答えは簡単だ、馬車の足止めをすればいい。三頭目の馬に乗った囮が!!」

 このパーティで盗賊の流儀を最も理解しているのはカイルだ。
 盗賊ギルド内で取り立てて重要なポストについていない彼でも戦術くらいはいくらか聞き及んでいる。

「でも~、そのおとりがねむらされたら~~~?」

「魔術の届かない距離から弓矢でも何でも使えばいいのさ。馬に乗りながらじゃ当たんないだろうけど、注意だけは引ける」

「護衛が馬車を守るならそれでいい、向かってくるとしても囮はただ逃げるだけでいい……その隙に森へ潜んだ二人が厄介な相手モノを無力化すりゃいいんだからな!」

「――いた、見えたよ!!」

 開けた視界の先に、交戦状態の数人の姿が見えた。
 傍には横転した馬車が転がっており、冒険者と思しき五名がそれを守るように立ち塞がっている。
 そしてそんな彼らを三人の盗賊が圧倒していた。
 冒険者も必死で応戦しているようだが、その攻撃は無様に空を切るばかりだ。

「くくっ! 新手だと!?」

「も、もう無理だ! 逃げよう!」

 無勢に多勢が圧されている状況に加え、更に新手となれば逃げだしたくなるのは当然だ。
 だが相手は盗賊ギルド、しかも粛清を請け負うほどの殺しの専門家だ。
 戦術としての退却でなく単なる逃走では逃げられるはずもない。 

「く、くそぉぉぉおおお!!」

 追い詰められた鼠は猫を噛むという。
 気力が完全に折れていないのは立派だが、残念なのはその矛先が『星を追う者たち』に向いた事だった。
 盗賊連中三名よりは与しやすいと判断したのだろうか。

「ひゃあ! っとと! 危ないなぁ!」

「お前、カイルか!?」

「そうだよ、聞いてよ『毒使い』! わわっ!」

 まだ幼いとはいえカイルも伊達に冒険者として生き抜いてはいない。
 難なく、とはいかないものの、駆け出し冒険者の攻撃を躱し続けている。

「こいつらモグリの盗賊だ! 援護しろ!」

「だっ! だから聞いてってば! こいつらは――!」

「だりゃあああ!!」

 駆け出し冒険者の攻撃に、またしてもカイルの言葉が遮られた。

「ちっ、面倒くせェな。一度全員ぶちのめしたほうが早ェんじゃねェか」

「勘弁してよレギウス!」

 とは言うがレギウスは魔術師であり、本来なら後衛側である。
 【孤高の王】という防御術式で星型の障壁を纏ってはいるものの、彼自身が盾になるような動きで場を制しようとしているのだから兎にも角にも状況を動かさなければならない。
 そんな中でもステラは長い槍の間合いを十分に使った防御の型が得意なだけあって不安は少ないだろうが、

「おえぇぇぇ……!」

「ちょっと、ターニャ大丈夫かい? ボクもまだお尻が痛くて動きたくないんだけどなぁ……」

 などと、後方では移動だけでダメージを受けすぎた二名がガクガクプルプルしていた。

「もぉぉぉーーー! 役立たずーーー!!」

 普段なら頼りになるターニャの呪歌やマーガレットの大鎌も今回限りはまったく頼りにならない。

「おい。とっとと終わらせるぞ」

「軽く言うなぁ」

 この場を収めるにはただ一言を伝えるだけで済むはずだ。
 しかし今では言葉を発するだけでは足りない。
 恐怖で興奮しきった駆け出し連中にもその一言を耳に入れてもらわねばならず、乱戦となった今では誰の動きを止めても危険だ。
 やるとするなら一度に、それも全員の注目を退いてからやらねばならない。

「とりあえずこの場の空気を止めりゃいいんだろ。俺がやる」

「お、マジで。やったぁ」

「説得はオマエに任せるがな」

 そんなぁ、とカイルが不満を漏らす様子を尻目に、レギウスは呪文の詠唱を開始する。
 彼の手に握られているのはいつもの儀式用ナイフではない。
 これまで術式起動時に集中力を高める道具として用いていた【隠者の杖】と同等の力を秘めた、【理知の剣】という儀式用の剣だった。
 先日、『月歌を紡ぐ者たち』の魔術師バリーと取引して得た魔具である。

「《貫き砕く光の波動、輝きを散らして流星の如く数多に降り注げ》、――《弾け》!」

 無数の魔弾がレギウスの周囲に漂い、タクトのように振られる【理知の剣】に追従して空中に放たれる。
 【魔法の散弾】と呼ばれる術式である。
 一般的な【魔法の矢】よりもやや威力は落ちるものの、複数の魔弾は大勢を薙ぎ払うのに適している。

 とはいえこの場において全員を薙ぎ倒すための術式ではない。
 飛び上がった魔弾はぐるん、と軌道を一八〇度変えてレギウスとカイルが立っていた周りの地面へ突き刺さった。
 嵐のような音を立てて魔弾が地面を抉り、激しく砂埃をあげる。

「な、なんだ――!?」

 もうもうと立ち込める砂埃が視界を遮り、レギウスとカイルの姿は見えない。
 駆け出し連中も盗賊たちも、ステラたちも自爆染みたその様子を見守らざるを得なかった。
 しかし何が起こったのかを判断する猶予も与えず、砂埃が一斉に引き裂かれる。

「なっ……!!」

 世にも恐ろしい咆哮を響かせながらその中から現れたのは、漆黒の毛並みの火光獣である。
 迂闊に火光獣を出したままにしてしまうと駆け出し連中がパニックになると判断して霊界に戻した事もあって、この登場はインパクトが大きい様子だった。
 その背に乗せられたカイルはありったけの大声でその場の全員に声を投げつける。

「ええい静まれい! 静まれい者ども!! この僕のプリティフェイスが目に入らぬか!!」

「カ、カイル、お前なにやって――」

「いいから聞けぇい『毒使い』! そこのひよっこたちはさぁ! ――うちの宿の冒険者なんだよ!」

「……なん、だと!?」

「み、味方……なのか?」

 恐怖に慄き、無我夢中で剣を振るっていた駆け出し連中も落ち着きを取り戻したようだ。
 緊張の糸が切れたのか、駆け出し連中は皆その場に崩れ落ちた。
 そのほとんどが大なり小なり怪我を負っており、毒にやられた者も少なくない。

「ご苦労」

 火光獣の背後にひっそりと姿を隠していたレギウスはそう呟いて【理知の剣】を鞘に納めた。
 とにかく注目を集めて場を支配するという手段をたった一つの術式で成し遂げた彼は満足そうだが、不本意な役割を押し付けられた火光獣とカイルは不服そうである。
 一人も死者を出さずにその場を収められたのであれば結果オーライなのだが。

「説明しろ、カイル。ギルドのほうで何かあったのか」

 全員の毒抜きと応急処置が終わったところで、『毒使い』が口を開いた。

「あー、うん」

 カイルは手早く事情を説明した。
 一頻り説明を受けた『毒使い』は得心したように頷き、駆け出し連中へ向き直る。

「……悪い事をしたな。だが、お前たちもお前たちだ。この世界で生きるならモグリでは話にならん」

「……、」

「迷惑料として入会金は負けといてやる。うちへ顔を出しに来な」

「ああ、分かったよ」

 何だかんだあった彼らも納得し、御者を欠いた馬車に乗って戻っていった。

「さ、僕らも帰ろう。親父さんを待たせると悪いからね」

「あまり心配させすぎるとハゲ頭に磨きがかかってしまうからね」

 眩しい朝の光の中に、笑い声がこだまする。
 こうして見事に駆け出し冒険者を救った『星を追う者たち』はまたひとつ経験を積み、立派なベテラン冒険者としての一歩を、

「おええーっ!!」

「お尻痛いお尻……」

 ――踏み出したのであった!



【あとがき】
『星を追う者たち』Lv4のシナリオはsuikameさんの「早馬は命を繋ぐ」です。
不運と不運が重なり窮地に陥った駆け出し冒険者を助け出すというスピード感あふれるシナリオです。
PCたちが冒険者として経験を積み、駆け出しを抜けた実感を味わわせてくれるのでレベル4になりたてくらいのPCで挑むととても良いです!
しかしあまり表立って冒険していないせいか、『星を追う者たち』がベテランというのに結構違和感あったりするのですがそれはそれ。
それにしてもターニャとマーガレットにはひどい事したよね……

ラストのギミックバトルでは特定のリューン技能を持っているとちょっと楽になります。
が、『星を追う者たち』は一切そんな技能持っていない上に下見プレイ段階では火光獣を外し忘れて大苦戦するハメに。
自動攻撃する召喚獣は外して挑んでくださいネ!

ここで新たな魔術を修得してきたレギウスですが、すでに彼の手札は数枚溢れています。
ある意味贅沢プレイですが、レギウスは冒険前に数ある魔術を選択してシナリオに挑むスタイルなのです。
複数の魔術を使いこなすプロフェッショナル感が出るから楽しいですよ。


☆今回の功労者☆
カイル。子供だとしても盗賊ギルドに顔が利くというのは大事ですよ。

報酬:
700sp

≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『早馬は命を繋ぐ』(suikame様)

今回の使用カード
【魔法の散弾】(『Star Dust』histar様)
【火光獣】(『晴藍渓流のエルフ』Leeffes様)
【理知の剣】(『深緑都市ロスウェル』周摩)

今回使用させて頂いた固有名詞
『ミューゼル』(出典:『劇団カンタペルメ』 作者:柚子様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。
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周摩

Author:周摩
しがないリプレイ書きのブログです。

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