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『銀斧のジハード』(1/3) 

 白、白、白。
 辺りのどこを見回しても白がその場を支配していた。
 『陽光を求める者たち』は深い霧の中にいる。
 彼らはメーヌ村での妖魔退治の仕事を終え、リューンへ戻る途中であった。

「まったく……ツイてないわ」

 しかし折悪しく突如深い霧が発生し、森の中に足止めされていた。
 『陽光を求める者たち』ももはやベテランの域に達した冒険者パーティだ。
 土地勘のない場所で山勘に任せて進んでも危険しかない事は重々理解している。

「つーてもこればっかりはどうしようもねえじゃろ」

 山の天気は変わりやすい。
 いかに用意周到な彼らとて、それを完全に予測する事は難しい。
 かつては山賊の頭領として山の天候すらも読み切っていたスコットでさえも他所の地方は知らないものだ。

 ツイていない。
 彼らにしてみればそう言う他に言葉はなかった。

「仕方がありません。火を熾してしばらく様子を見ましょう」

 霧の発生は唐突なもので、薪に使えそうな湿気っていない木の枝や木の葉はまだいくらか手に入った。
 エリックは指先でパチンと紫電を弾けさせて火を熾す。
 彼は体内で気を練り上げ、電気を生み出して操る気功闘法を修得している。
 数多の戦いを乗り越えた末に身体に馴染んできたのか、近頃はコントロールも楽になり、出力も跳ね上がっているのだという。

「はぁー……」

 じっとりとした霧が身体にまとわりつく。
 布が湿気を帯び、彼らの疲れた身体を容赦なく消耗させていく。
 自然と口数は少なくなり、誰もが俯き加減に火を見つめている。

「早く晴れねえかな、この霧……こんなところで野宿なんてゴメンだぜ」

 エリックの言葉に誰もが無言で頷く。
 皆一様に、ため息混じりに静かに燃える炎を見つめていた。

 どれだけそうしていただろうか。
 霧によって時間の進みも曖昧になってきた辺りで、真っ先に反応したのはやはりスコットだった。

「おい、何か近づいてくるぜ」

 低く鋭い声で警告を発するスコットは冷静に焚火を踏み消し、油断なくクロスボウを構える。
 他のメンバーも各々の得物を手に周囲を警戒する。
 霧でほとんど視界は利かないゆえに最初に気配を察知したスコットが向いている方角だけに気を取られるわけにはいかない。
 自然と焚火跡を中心とした円陣を組む形となった。

 沈黙の時間が過ぎる。
 ややあって、スコットのみならず誰の耳にもそれは入り込んできた。
 ざり、ざり、と枯葉を踏みつける音。
 音の規則性は二足歩行の類であると告げている。
 人間か、あるいは妖魔の類か。

 足音は次第に『陽光を求める者たち』のほうへと近づいてきている。
 スコットは三歩引き、ガイアが三歩前へ出る。
 すでに臨戦態勢は整っていた。

「……、」

 真っ白な霧から滲むように現れたのは、小さな老人だった。

「――人間? いや、あれは……」

 低い背丈ながらもがっしりとついた筋肉、長い髭に彫りの深い顔立ち。
 男の大きな目玉がぎょろぎょろと動き、冒険者の姿を認めるとその背に吊っていた戦斧へ手をかけた。

「くッ……人間めッ……こんなところまで……追いかけて来おったかッ!」

 絞り出されるようにしわがれた声が吐かれた。
 だ。

「な、何――、ちょっ!?」

 そのドワーフ族の男は傷つき、今にも倒れそうなほどに衰弱しているにも関わらず、しかし憎悪に燃える双眸で『陽光を求める者たち』を睨みつける。
 戦斧を両手に握り締め、深く腰を落とした。
 今にも飛び掛かってきそうな様子に肝を冷やしたエリックは慌てて声をあげた。

「ちょ、ちょっと待てぇい! 落ち着けおっさん!」

「ワシは……こんなところで……死ぬわけには、いかん……!!」

 轟、と振り上げられた戦斧は恐ろしい勢いで振り下ろされた。
 しかし威力はともかく踏み込みに始まる体捌きは著しく精彩を欠いており、エリックたちは一足飛びで攻撃を避けた。
 戦斧はそのまま無人の焚火跡を叩き、薪や枯葉の類が激しく飛び上がる。

「待てと言っている! あたしたちはアンタの敵じゃないわ!」

「騙されんぞ! よくも、よくも我が一族を……!!」

 横薙ぎに繰り出される一撃を、ガイアは納刀したままの鞘で叩いて逸らす。

「誤解だ。俺たちはお前の事など知らん」

「わたくしたちは北のメーヌで依頼をこなしてかえる途中ですの!」

「あなたと戦う心算などありません! 増してや初対面のあなたを傷つける目的もない!」

「ほれ、わしらも得物は仕舞うからな。おっさんも斧を収めちゃくれんかの」

 スコットの言葉を皮切りに皆が手にしていた武器を降ろし、後衛のスコットやレティシアはこれ見よがしにそこらに放った。

「なん……だと……、くッ……!」

 ドワーフの動きが鈍くなる。
 全身から急速に力が抜けていった様子で、男はその場に崩れ落ちるように倒れこんだ。
 完全に気を失ったようだ。
 その頑丈そうな体躯が動く気配はない。

「お、おい! おっさん大丈夫か!」

「邪魔です退きなさい!」

 エリックを突き飛ばしながらドワーフに駆け寄ったレティシアはすぐに聖句を紡ぐ。
 【癒身の法】による応急処置だが、ある程度経験を積んだ冒険者ならばそれが万能でない事は承知している。
 残りのメンバーはじっとその様子を見守った。

「……大丈夫です。今すぐにどうこうという事はありません」

 ややあって口を開いたレティシアの言葉の調子はおよそ安心できるテンションではなかった。

「このまま放置するのは危険です。生きているのが不思議なくらいの重傷ですからね」

「……仕方がないわね。霧が晴れるのを待ってメーヌへ連れて戻るしかないわ」

「リューンまでは……ま、もたねぇよな。あーあー、また半日かけて今来た道を引き返すってか。つれぇのう」

 しかしいくら初対面で襲い掛かられたとはいえ放置してリューンに戻るわけにもいかない。
 何よりエリックが良しとしないだろう。
 スコットはため息を吐き、空を仰いだ。

「……あ?」

 まるでこの出逢いを演出していたかのように、じっとりとした霧が晴れはじめていた。
 陽の光がどんよりとした雲間を切り裂き、山中に差し込みつつある。

「まじかよ……」

「ちょうどいいだろ。ほら、行くぞ」

 ためらいなくドワーフを背負い、エリックはメーヌの方角へ歩み出した。
 しょうがないとばかりに他の面々もその後を追う。
 その姿を尻目に、マリナはひとり考えを巡らせる。

『人間めッ……こんなところまで……追いかけて来おったかッ!』

 彼は確かにそう言っていた。
 それでなくとも、ただでさえ彼は瀕死の重傷を負っているのだ。
 のっぴきならない何かがあったに違いない。

(面倒に巻き込まれなければ良いんだけれど)

 無理だろうな、とマリナは諦めたように息を吐いた。
 何しろその面倒の塊を背負っているのはお節介の塊のような男なのだから。
 我らがヒーロー、エリック・ブレイバーが捨て置かない事なんて想像できないほど付き合いは短くない



 『陽光を求める者たち』はそれから半日かけて出てきたばかりのメーヌ村へ引き返した。
 気を失っているドワーフはひどく重かったが、エリックは一度も弱音を吐く事なく踏破した。
 村へ辿り着いた彼らは即座に教会へとそのドワーフを運んだ。

 寒村というほど寂れてはいないがメーヌ村はさほど大きくもない山村である。
 大怪我を負った者を運び込む場所は教会と相場が決まっている。
 教会の神父はドワーフの容態を見るや、快く一室を借してくれた。
 彼こそが先日解決した妖魔退治を依頼した張本人であり、その仕事ぶりに感心していた事も後押ししてくれたのかもしれない。

 寝台に横たわったドワーフの全身からは汗が噴き出し、時折苦悶の表情を見せる。
 しかし、持ち前の驚異的な生命力に加え、レティシアと教会の神父による必死の治療の甲斐もあって彼の容態は次第に安定していった。

「くっ、ここは……どこじゃ……」

 ドワーフが目を覚ましたのは三日後、まだ朝靄の消えぬ早朝の事だった。
 共に早朝の看病を請け負ってくれたメーヌ村の神父はほっと胸を撫でおろした。

「気が付きましたか……ここはメーヌ村ですよ」

「メーヌ、じゃと? ……なぜワシはこんなところにおるんじゃ?」

「あなたは山中で倒れられたのですよ。そこにいる冒険者の方々があなたをここまで運んできてくださったのです。……それはもう酷い怪我をしておられましたから」

 エリックたちの顔を見て、ようやくドワーフは記憶を取り戻した様子だった。

「そうか……世話になったようじゃな。ドワーフは恩知らずではない。礼を言わねばならんな……」

「なぁに、礼には及ばんさ。困った時はお互い様だからな!」

「あなたが私たちに出逢う事が出来たのも神の思し召しでしょう……ともかく今は身体を休める事です」

 そう言うレティシアは少しやつれていた。
 この三日間、神父と交代とはいえほとんどつきっきりで【癒身の法】で治療していたのだからあまり眠れていないのだ。
 その顔には『頼むから大人しくしていてほしい』と書いてあるようにすら見える。

「でもなぁ、びっくりしたぜ。大怪我したあんたが突然襲い掛かってくるんだからな」

「ワシが……? ……そうじゃ。確か山に入って……のう、ワシは一体どれくらい意識を失っておったのじゃ?」

「三日間よ。下手すると助からないかと思ってた大怪我からこんな短時間で持ち直したのだから大したものね」

「――三日、じゃとッ!? い、いかん、こうしてはおれんッ……」

 ドワーフは慌てて身体を熾そうとする。
 しかしまだ完全に癒えたわけではないその身体が彼の行動を妨げたようだ。
 彼は低いうめき声と共に寝台に倒れ込んだ。

「むちゃですの! いくら強じんなからだをもつドワーフとはいえ、そのケガでは……」

「しかしッ、ワシは行かねばならん……行かねばならんのじゃ!」

 並々ならぬ様子に、やはり一番最初に手を挙げてしまうのは我らがリーダーエリック・ブレイバーなのである。

「なあ、一体何があったんだ? 山で会った時から随分と切羽詰まった様子だが」

 それでも立ち上がろうと、ドワーフは歯を食いしばって必死にもがいていた。
 が、ようやく自分がまだ身動きの取れない身体である事を悟ったのか、やがて大人しく身体を寝台に横たえた。

「よかったら聞かせてくれよ。何があったのか、どうしてあそこにいたのか」

 その声が耳に届いたのか届いていないのか、ドワーフは眉間に深い皴を寄せ、むっつりと押し黙ったまま天井を睨めつけている。
 エリックたちはそんなドワーフの様子をしばらく見守っていたが、どうにも口を開きそうにないとみて、部屋から出ようと立ち上がった。

「――あれは……二週間前の事じゃ」

 突然、ドワーフが口を開いた。
 驚きつつもエリックたちは動きを止め、再び彼が口を開くのを待つ。

「ワシの住むチーニの妖精窟に甲冑を身につけた騎士らしき男がやってきた。チーニの領主の使いと名乗ったヤツは、妖精窟あなへ入るなりまっすぐワシらの長の下へ行き……その場で領主からの書状を広げ、声高に読み始めおった。中身は兎角ふざけたものじゃった……領主は傲慢にもワシらドワーフ族に対し、税を要求してきたのじゃ」

「税? ヒトの法をドワーフ族に押し付けようとするなんて」

「税としてワシらの造った武器や装飾品を納め、加えて男は一定期間兵役に就く事……それがヤツらが示した要求じゃった」

 ドワーフ族は頑健な肉体と戦士としての適性もそうだが、それよりも手先の器用さを生かした細工師や鍛冶屋といった職人技術の高さが有名である。
 妖精窟――ドワーフ族の集落――単位となればどれだけの価値ある品が眠っているのか想像もつかない。

「人間がワシらに服従を求めるなど、これほど笑える話があろうか」

 ドワーフたちはその要求を笑い飛ばし、書状を燃やして使いの者を追い出した。
 しかし三日後、領主は再び書状を送ってきた。
 今度は従わなければ攻撃するとの一文を加えてあったという。

「今度はワシらも激怒した。ド田舎の小領主がワシらを脅すなど傲慢にも程があるッ!」

 わずか二度目の接触で最後通牒とは交渉も何もあったものじゃない。
 まるで最初から決裂を望んだような事の運び方だった。

 使者を追い返したドワーフたちはすぐに戦いの準備を始めた。
 チーニの妖精窟には戦士は少なかったが、田舎の小領主の力など高が知れている。
 存分にドワーフ族の力を思い知らせてやる心算であった。

「その五日後、一〇人の騎士がやってきた。ワシらは『穴』に立てこもり、入ってくる騎士を片っ端から叩き殺そうと待ち構えた……しかし、敵はドワーフの戦い方を熟知しておった。今にして思えば、最初から『穴』の襲撃こそがヤツらの狙いだったんじゃろう。あまりにも用意が周到すぎた」

 その異変に最初に気づいたのは彼だったという。
 待ち構え、声を押し殺している最中、にわかに鼻を衝く異臭が妖精窟の入り口から漂い始めた。

「『燃える水』というものを知っておるか? ……臭いの正体に気づいた時にはすでに手遅れじゃった」

「……マジかよ。田舎の小領主ごときがそんな代物よく仕入れられたな」

 スコットは驚いたような表情を貼りつけて不愉快そうに口角を下げた。
 遥か東方で産出されるそれは名前の通りに火を近づけると激しく燃え盛るという液体である。
 そんなものを洞窟に向けてばら撒いたらどうなるか、結果は想像に難くない。

「敵はばら撒いた『燃える水』に火蜥蜴サラマンダーを放ちおった。その時まで気づかんかったが……ヤツらの中には忌まわしい黒妖精ダークエルフが混じっておったのじゃ」

「ダークエルフが……!?」

「うむ……後は地獄絵図じゃ。火と煙にやられて多くの仲間が『穴』の中で命を落としたッ! そこから逃れようと『穴』から飛び出した者も出てきたところを槍で刺し貫かれたッ!」

 それでも彼は懸命に戦った。
 しかし騎士が引き上げた時に生き残っていたのは数えるほどしかいなかったという。
 何人かのドワーフは騎士によって連れ去られ、残った者も皆、瀕死の重傷を負っていた。

「ワシは助けを求めてすぐにそこを離れた。生きておる者の中でワシが一番元気じゃったからな……」

 エリックらは霧の中で彼と出逢った時を思い出していた。
 チーニからメーヌまで踏破した疲労を抜きにしても全身にはともすれば即死してもおかしくない傷がいくつも刻まれていた。
 一番元気だったという彼がそうなのであれば、他の生存者も絶望的だ。

「ワシはここメーヌを目指して山中を彷徨った。……しかしそこで力尽き、こうして今ここに至っておる」

「………………」

 誰しもが口を真一文字に結んで何も言えなかった。
 神父は十字を切り、祈りの言葉を呟く。
 やや遅れてレティシアもそれに倣った。

「オヌシら、冒険者といったな」

「……ああ」

「オヌシらに頼みがある。『穴』の……『チーニの妖精窟』の様子を見てきてはくれんか。情けない事にワシはこの通り、動けそうもない……頼む。まだ生きておる者がおるかもしれん……」

 頑固者で知られるドワーフの眼に光るものが見えた。

「借りは必ず返す! この『銀斧のオロフ』の名に懸けて……だから、頼むッ……!」

 ドワーフ――オロフ――は美しい装飾の入った指輪をエリックの手の中に押し込んだ。

「無論タダでとは言わん。ワシが造った指輪をやろう。ドワーフの手によるものじゃ、売れば銀貨四〇〇枚にはなるじゃろう」

「わかっ――!?」

 ぐいい、と襟首をつかまれて、エリックはうめいた。
 何事かと振り向くと、マリナがドアのほうを指している。
 部屋の外に出るよう促していると気付き、エリックは指輪を一端置いて訝しがりながらもそれに従った。

「マリナは反対か」

「この件に関しては何も問題はないわ」

「だよな。おまえがいつも気にしてるタダ働きにはならねえし」

 そうじゃないわ、とマリナは短く息を吐いた。

「問題はどこまで関わるのか、という事よ。この件の根本にはチーニ領主が関わっているのは間違いないんだし、引き際を決めておかないとまたいつかみたいにずるずると領主と敵対する可能性があるわ」

「前は何とかなったじゃねえか」

「オーギュストは正式な領主じゃなかった。従えられる部下はほとんどいなかったし、だからこそあたしたちも相対できた……今回は状況が違う。チーニ領主は地位と権力を保ったまま今回の所業に出ているのよ。慎重に事を見極めないと、死ぬのはドワーフだけじゃ済まなくなるわ」

 話を聞く限りでは少なくとも騎士一〇名を動かせるくらいにはチーニ領主は権限を保っている。
 その上、ダークエルフや『燃える水』といった普通でない戦力も所持している事を考えると、軽い気持ちで敵対できる相手ではない。

「分かったよ。だが、ひとまずはオロフの依頼を請けてやりてえ」

「辛い報告をする羽目になるかもしれないわよ」

「……それでもだ。おれは目を背けたくねえんだ」

 エリックの意志は固い。
 それだけを確認して、マリナは頷いた。

 彼は変わろうとしている。
 少なくとも考えなしに叫んで喚いて殴って、それですべてが解決すると思い込んでいた以前とはまるで違う。
 マリナはそう感じていた。

(あるいは冒険者を辞めるきっかけになる、か)

 折れるかどうかは彼次第である。
 一抹の不安要素はあるものの、マリナはひとまずその思考を後へ追いやった。
 今はただ目の前の依頼をこなす事だけを考えるべきなのだから。



 『チーニの妖精窟』はメーヌ村から北東に二日進んだところに存在している。
 オロフから事細かくそこへ至る道を説明されていただけに、一切迷う事なくきっちり二日で辿り着いた。
 この辺りには騎士たちが未だに徘徊している可能性もある。
 自然とエリックらの表情は引き締まった。

「焦げ臭い」

 エリックは口元を覆って眉をしかめた。
 妖精窟の入り口周辺はところどころに炭化した草木の成れの果てが散らばっていて、地面がどす黒く変色している様子もいくつか見られた。
 この場で起こった凄惨な虐殺の傷跡が深く刻まれている。

「……こりゃあ、いくらわしでもちょっと入るのを躊躇うぜ」

「ですわね。戦いの跡はあるのに、けが人どころか死体すらありませんの」

「後片付けした奴がいるって事ね。それが未だ中にいる可能性がある。ドワーフか、それとも……」

 ドワーフであればそれでいい。
 むしろ生きて仲間を弔えるほどに動けているのならそれは朗報と言える。
 だが、彼らを虐殺した騎士たちが何らかの目的で後片付けを行ったのなら、まだこの場所に利用価値があるのかもしれない。

「慎重に行きましょう」

 スコットを先頭に、痛ましい焦げ跡が残る洞窟の入り口を潜り抜ける。
 妖精窟の内部は薄暗く、様々な『モノ』が焼けた、あの特有の臭いを閉じ込めたままだ。
 誰もがその臭いに顔をしかめた。
 しかし、彼らを不快にさせたのはその臭いだけが原因ではない。

「せ、狭ぇなぁオイ。お姫さんにゃちょうどいいかもしれんが……」

 妖精窟はもともとドワーフの体格に合わせて、彼ら自身が掘ったものなのだろう。
 小柄なドワーフならともかく人間の『陽光を求める者たち』にとっては窮屈で仕方がない。
 ここで戦いにでもなれば著しく行動を妨げられるのは明らかだった。

 およそドワーフにとっては快適なはずの妖精窟の中は、異臭と壁の焦げ跡が全てだった。
 いくつか枝分かれした『部屋』があったもののどこもかしこも散々な有様で、通路が崩落して進めない場所もあった。

 その中に、特に激しく争った形跡が刻まれた部屋が存在した。
 いくつかの棚や空箱のみが散乱するここは、おそらくはドワーフの成果物が保管されていた場所なのだろう。
 一部のドワーフはここで最後まで抗い、そして地面の染みとなってしまったのか。

「………………」

 もとより異臭によって口を開きたくない状況ではあるが、別の理由で彼らは無言だった。
 スコットが後回しにした最後の扉。
 その向こうには四、五人の騎士がいるだろう、との予測が立てられていた。

「……開けるぜ」

 扉を開くと、中にいた者たちが一斉にこちらを振り向いた。
 甲冑を身に纏った騎士が数名と、中央には浅黒い肌に尖った耳が特徴的なダークエルフが立っている。

「何者だッ、貴様らッ!」

「流れ者の冒険者よ。あんたたちと敵対する気はないけれど……」

 更にその奥には一人のドワーフが壁にもたれるように座り込んでいて、苦悶の表情のままこちらを見つめていた。
 彼は全身に火傷を負い、ひどく弱っているように見えた。

「彼を解放してくれないかしら」

「フン……どうやらネズミが迷い込んできたようだな。ドワーフの死肉でも漁りに来たか?」

 ダークエルフは見下すように嘲笑い、ドワーフの頭を足蹴にした。
 そんな光景を見せられて我慢のできるエリックではない。

「――やめろッ!!」

 マリナの背から飛び出て、明確に対峙する。
 騎士たちはダークエルフを護るようにショートスピアを構えて壁を作った。

「殺しますか?」

「こいつらはお前たちの手には余るだろう。仕方がない、私も手を貸そう」

 ダークエルフは身体を低く屈め、即座に呪文の詠唱を開始する。
 魔術は数の有利を一瞬でひっくり返す威力を秘めている。
 すぐにでも阻止したいところだが、ただでさえ狭い妖精窟に前衛として配置された騎士が邪魔すぎる。

「――リーダー、【眠りの雲】がきますの! ガイアもおねがいしますの!」

「あ? あぁ、了解! 例の布陣だな!」

 前衛を務める騎士二人に対し、エリックとガイアがそれぞれ相対する。
 もはやダークエルフの【眠りの雲】を止めるだけの時間は存在しない。
 二人は腰だめに構え、エリックは首から提げた七色の七つの撫ぜ、ガイアは大きく息を吐いて限界まで吸い込んだ。

「……《眠れ》!」

 ダークエルフの呪文が結ばれ、無味無臭の白いガスがエリックとガイアを包む。
 そのガスを吸った者は抗いようのない深い眠りへと誘われ一瞬後にはショートスピアに貫かれてしまうだろう。
 だが、それも相手がこの二人でなければの話だ。

「変ッ! 身ッ!」

「ハァァァ――!」

 エリックは魔石から光を迸らせ、次の瞬間には要所に金属のガードが付いた暗色系の鎧のような衣服に、触覚のような飾りがついたデザイン性の高い兜を身に纏っていた。
 一見すれば全身鎧に似た衣装だが、ゴテゴテした印象がまったくないスマートなそれは、単純な物理・魔法に対する防御性能を付与する一種の魔具である。
 その防御性能は変身時の一瞬、すなわち光が迸る瞬間にもっとも威力を発揮するため、【眠りの雲】の抵抗に成功したのだった。

 ガイアは精神集中によって闘志を燃やし、ただ目の前の敵を排除するだけの修羅と化す。
 遥か北方の辺境の地にて蛮族と戦い続ける城塞都市キーレにおいて発展した蛮族の武術、【荒ぶる魂】と呼ばれる精神集中法である。
 全身に気を張り巡らせ、雑念を振り払って自らを奮い立たせる効果がある。
 完璧にとはいかないものの、並の【眠りの雲】なら跳ね除け得るほどの精神集中を可能としていた。

「でいやぁぁぁあああああ!」

 エリックは吼え、真正面に構えられていたスピアを弾き、そのまま間合いに入り込んで紫電を纏った一撃で騎士を殴り飛ばす。
 一方のガイアは無言で、柄でスピアの切っ先を弾いて逸らし、それが戻る前に居合の一閃で騎士の喉元を引き裂いた。
 結果的にその場で最も油断していたのは前衛の騎士二名だった。

「な、な――!」

 ただでさえ数において劣る騎士たちは、更に差をつけられる形となり、やや浮足立った。
 頼みとしていたであろうダークエルフの魔術が通用しなかった事も精神的なダメージとなっているはずだ。

「う、うわあっ!」

 ある騎士はスコットに全身の関節を撃ち抜かれてへたり込み、またある騎士はマリナの鋼線に得物を取られ、レティシアのレイピアに膝をぶち抜かれて立てなくなっていた。
 形勢が不利と悟ったのか、ダークエルフは部屋の奥へ逃げながら次なる魔術を詠唱し始めるが、

「おいおいどこ行くんじゃ、逃がさんぜ――!」

 前衛の隙間からスコットの十八番、クロスボウによる狙撃が行われる。
 狭い妖精窟で回避が難しいとはいえ、放たれた矢は見事ダークエルフの背中の突き立った。

「ぐうっ……!」

 射撃をまともに受けたダークエルフは短くうめき、そのまま倒れ伏す。
 わずかな間でその場を制圧した『陽光を求める者たち』はエリックが難色を示す前に無力化した騎士たちに手早くとどめを刺した。
 エリックが仕留めた騎士についても例外ではない。

「正当防衛だとかそういう問題じゃないって事は分かってくれるわね? 敵対した以上、こいつらの口を封じなきゃあたしらが標的になるの」

「……分かってる」

 そう言って、エリックは強く胸を抑えた。
 痛むのか。
 聞こうとしたが思い直して、マリナは口を結んだ。

「あんたたちは……助けに、来てくれた……のか?」

 奥で痛めつけられていたドワーフが弱弱しい声をあげた。
 傍に寄ったガイアへ焦点の合わない眼差しを向ける。

「……ああ、そうだ。オロフというドワーフに頼まれた」

「おおッ……オロフは無事、メーヌに……辿り、着、いたのじゃな……良かっ……た……」

 彼は激しく衰弱していた。
 火傷の痕が化膿し、そこから虫が湧き始めている。
 彼はぜぇぜぇと苦しそうに、細い呼吸を繰り返していた。

「ここでは限界がありますね。運び出して、本格的な治療が必要です」

 ずっと【癒身の法】によって治癒していたレティシアが額に汗を滲ませながら言う。
 言葉とは裏腹に、その目は半ば泳いでいた。

「もう、いい……ワシは、もう……助からんよ」

「……そんな事、言うものではありません」

「人間は……無駄な事が……、好きじゃな……」

 ドワーフは力なく笑う。

「オヌシらに……頼みがある。オロフに……伝えてくれ……」

 血反吐を吐くような言葉が続いた。
 死の際の言葉を聞き逃すまいとしたのか、自然とガイアは彼の手を握りしめていた。

「――ッ」

 言伝が最後まで絞り出されるように。
 彼の最期の願いを聞き届けられるように。
 もう少しだけ保ってくれと。

「……、」

 ガイアは静かに彼の言葉を聞いていた。
 脳細胞に刻み付けるのは言葉だけではない。
 彼の無念、懸念、そして心願を丸ごとそっくり伝えなければならないのだ。

 領主はドワーフら妖精族の身体を使って黒魔術を行おうと目論んでいる。
 そのために『穴』を襲い、ドワーフを連れ去った。
 しかしながら『チーニの妖精窟』の血を絶やさないためにも、復讐など考えずに生きろ。
 それが、アルトゥルと名乗ったドワーフの最期の言葉だった。

「……逝きました」

 短く伝え、レティシアは聖北式に十字を切る。
 ガイアは握りしめていた手を、彼の胸の前で組ませた。
 わずかに目を伏せた後、黙って立ち上がる。

「行くぞ」

 依頼はあくまで『妖精窟の調査』だ。
 しかしオロフに対してもアルトゥルに対しても、誰しも罪悪感のようなものを感じていた。
 それを最も受けているのは、命が失われる様を目の当たりにしたエリックか、それとも傍で看取ったガイアか。

「……あ」

 突然、スコットが声をあげた。
 場違いな声に、他のメンバーが一斉に彼を見る。

「ちっ、やられたのう……」

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、スコットはある一方を睨む。
 自然と他のメンバーの視線がそれと同じ方向に注がれる。
 そこにはあるはずのものがなかった。
 確かに倒したはずのダークエルフの遺体がそっくり消失していたのだ。

「……なんらかの防御術式と、おそらくは【妖精の外套】ですの」

「ちゃあんと頭と心臓にも一発ずつぶち込んだんじゃがのう」

「十中八九、ダミーだったですの……ん?」

 その時、クロエは足元に転がる物に目を留め、拾い上げた。
 その指輪には気味が悪いほど写実的に彫刻された赤い瞳が貼りつけられていた。

「なんですの、これ。気味がわるいですの」

「これは……! 知っていますよ。異端で弾圧されたガイウス派の象徴!」

 ガイウス派は『悪魔=天使同一説』、つまり天使だけでなく悪魔もまた神の使いと見なす説を奉じる聖北教会の一派である。
 およそ一〇年ほど前に宗教会議で正式に異端認定され、解散させられたはずであるが、まだ生き残っていたようだ。

「異端認定ね……」

 クロエから指輪を受け取ったマリナはそう呟き、静かに眉を平坦にした。



 再び丸二日をかけてメーヌ村へと戻った『陽光を求める者たち』はすぐに教会へと戻った。
 少しでも早くメーヌに帰りたいという欲求と、一方でオロフに何と伝えればいいのかを精神こころが決めかねてせめぎ合い、やや足取りは重い。
 教会の扉を開くなり飛び込んできたのは自由に動き回るオロフの姿であった。

「オロフ、もう動いて大丈夫なの?」

「ふんッ、ドワーフを軟弱な人間と一緒にするでない」

「ああ、皆さん。ご無事で何よりです」

 彼らはそれぞれ互いの無事を喜び合った。
 オロフはあの後、日に日に良くなり、昨日からは簡単な運動ができるまでに回復したという。

「こちらは大変でしたよ。オロフさんがあなた方を追いかけると言って聞かず……止めるのに随分苦労しました」

 神父は苦笑いを浮かべつつそう言った。
 冒険者としては神父の苦労が容易に想像できる。
 この小柄な妖精族はとりわけ頑固な事で知られているのだ。

「ワシは大丈夫じゃと言っておろうが!」

 ところで、とオロフは話題を変えた。

「妖精窟はどうだったのじゃ……?」

 オロフはそう言って俯いた。
 エリックらが六名で帰ってきた事から結果は想像できたのだろう。
 彼はあくまで確認のためにそう訊いていた。

「……すまねえ、……助けられなかった」

 エリックは一から十まですべてを語った。
 無残に荒れ果てた妖精窟の様子、ダークエルフと騎士たちの事。
 そしてガイアからは助けられなかったアルトゥルの最期の言葉が伝えられた。
 オロフは一言も発さずにそれを聞いていた。

「妖精窟から持ち出せたのはこれだけだった」

 ガイアは一振りの剣をオロフへ差し出した。
 『チーニの妖精窟』で唯一生き残っていた箱から手に入れていた、『ブレーメル』と名が刻まれた剣である。

「ブレーメル……あやつはその剣をいつか剣豪に渡す日を夢見ておった。ワシの目の前で騎士に連れ去られたがの……」

 目を閉じたオロフは逡巡の後、剣をガイアに押し付ける。

「オヌシらが持っておればよかろう。剣は使う者がおって初めて輝くものじゃ……」

「……、分かった」

 ガイアはそれ以上何も言えず、言われたまま剣を受け取った。

「ご苦労じゃったな……感謝するぞ、冒険者たちよ。辛い役目を引き受けさせてしまったようじゃ……」

 すべてを聞き終えたオロフはそう言って沈黙する。
 成す術を失ったエリックはその沈黙に耐えきれなかった。

「すまねえ! おれは――!」

「オヌシらが謝る事はない。オヌシらは精一杯やってくれた……そうじゃろ?」

「ッ……!」

「ともかく『依頼』は完了じゃ……オヌシらには感謝しておる。……ありがとう」

 頑固者で知られるドワーフの口から出た感謝の言葉。
 妖精窟の騎士とダークエルフを全て打ち倒し、ドワーフを全て救ってからであればどれほど喜ばしかっただろう。
 結局はダークエルフを取り逃がし、唯一の生き残りだったアルトゥルの命も救えなかった『陽光を求める者たち』には喜べるはずもなかった。

「……、」

 うなだれるオロフに背を向けて、茫然自失となったエリックはふらついた足取りで教会を出た。
 しかしわずかも歩けず、教会の壁に背を預けてそのまま座り込んでしまった。

 依頼はこなした。
 後はいつもの『大いなる日輪亭』に帰るだけだ。
 それ以上、何もできる事なんかなかった。

 空を仰げば太陽が燦々とその光を降り注いでいた。
 エリックは暖かな希望を思わせる明るさを、惜しみなく振りまく太陽が好きだった。
 自身が守るべき者たちにとっての陽の光になりたいと願った。
 だからこそ、冒険者になった暁にはそれを追いかける存在となり、いつかは掴んでみせるとパーティの名前に誓いを刻んだ。

 だが現実は厳しかった。
 太陽はひどく遠い。
 イカロスの失墜に曰く、太陽に近づきすぎてはその身を焦がすという。
 だがエリックのようにちっぽけな存在では決して届く事はなく、その身の程を知る機会を得る事もなく、ただその手を伸ばしているように見せかけるだけで精一杯だった。

「なんてツラしてやがる」

 ふと気が付けば、隣にはガイアが腕を組んで立っていた。
 他の連中はどうしただの、そんな些細な事にも気が回らないエリックは、ただ彼の言葉の意味だけを考えた。

「……悪いのかよ」

「仕事は十全に達成した。俺たちは俺たちに出来うる最高の結果を出した。……何が不満だ」

 やけに冷静な物言いにエリックは思わず奥歯を噛んだ。
 どうしてそこまで冷めた言葉を口にできるのか、まったく理解できなかった。

「――人が死んだんだぞ! ドワーフも、……アルトゥルだってお前の目の前で死んだ! 何が最高の結果だよ……! おれは誰にも死んでほしくなかったのに!!」

「馬鹿か。死なねぇ生き物がどこにいる。生きてるって事は最後はみんな死んじまうモンなんだよ。早いか遅いかしか差はねぇんだ」

「だからって割り切れるもんじゃねえだろ! 殺されるのとは違うだろ!!」

「フン……そんなに死なせたくねぇんなら医者か政治家にでもなるべきだったな」

「ガイアッ……!」

「人が殺し殺される事実から目を背けて何になる。お前がやってんのは正義の味方なんかじゃねぇ。単なる臆病者があちこちに首突っ込んで場を乱して滅茶苦茶にして、そうして結果的に人が死ななけりゃいいを繰り返しただけだ。――

「――ガイアぁぁぁああああああああ!!!」

 ついに沸点に達したエリックは無我夢中でガイアを殴り飛ばしていた。
 激情に任せて思い切り殴ったはずなのに、当のガイアは二、三歩たたらを踏んだだけで持ちこたえている。

「……そう言や、お前との決着はまだだったな」

 口の端から血を流すガイアは腰を落とし、右半身を前に構えた。
 彼の攻撃圏内に入れば最後、必ず身体のどこかの部位が失われる。
 そんな、本気の居合の構え。
 しかしその右手は刀の柄には伸びていない。

「――ッ!!」

 ガイアが動く。
 二歩。
 思わずエリックは顔面を両手でガードする。
 いや、三歩。
 右の裏拳と見せかけて、左のボディーブローがエリックに突き刺さる。

「ごッ……!」

 クリーンヒットし、身体をくの字に折ったエリックの顔面を、今度こそ右のフックが叩いた。
 まるで意趣返しともとれるその一撃で、今度はエリックが殴り飛ばされる。

「どうした、正義の味方。本気も出してねぇ俺の拳で沈むようじゃ何も救えねぇぞ。これまでも、これからもな」

「く、そぉぉぉ――!」

 渾身の右ストレートを繰り出すも、居合の構えから放たれる裏拳に阻まれ、打ち落される。
 蹴りを放ってもガイアの護りのほうが疾く、鋭い。
 もともとは居合の技術だ、神髄は護りでなく攻めである。
 わずかも打ち合わない内に、エリックの四肢は断続的な痛みに悲鳴を上げていた。

「所詮、お前の本質はそんなものだ。今までがぬるま湯すぎただけで、本物の越えられない壁にぶち当たると簡単に折れる。何が正義の味方だ、くだらねぇ」

「お、まえ……!!」

「――お前のどこに正義があるってんだ! 死んだ者を救えなかった事を嘆くだけで誰もが救えるなんて勘違いしてんじゃねぇぞ!」

「う、うう……!」

「今も生きてる誰かを死なせないために動く正義はねぇのかよ! 誰かを殺して私腹を肥やす奴らをのさばらせて! ちっぽけな命が何十、何百と失われてもお前にはどうだっていいのか! それでお前は何も感じねぇってのか!!」

「――うあああぁぁぁああああああ!!!」

 エリックは吼えるように叫び、ガイアへ向かって駆けた。
 対して機械のように正確なガイアの裏拳が放たれる。
 それはエリックの鳩尾に寸分の狂いもなく突き刺さり、一時的な呼吸困難に陥ったエリックは歯を食いしばった。

「――ァ、ッ!!」

 
 フリーになった両手でガイアの両肩を掴み、エリックは思い切りのけ反る。
 まるでキツツキが木を穿つように繰り出されたはガイアの額に打ち付けられ、彼は低くうめいた。

 互いに大きすぎるダメージを受け、二人して倒れ込んだ。
 どちらも立ち上がれない。

「そん、なわけ……ねえだろ……! おれは自己満足のために正義の味方を目指してんじゃねえ……誰かを救いたくて……おれにも、救える人がいるならって……」

 より深刻なダメージを受けたエリックは激しく咳き込みながらも、それでも言葉を紡ぐ。

「……おれはッ、誰かに笑っていてほしいから! 笑って生きていてほしいと願ったから! おれの正義を掲げたんだ!!」

「………………」

 ガイアは何も言わない。
 心の底から沸き上がったエリックの本心に、しかし何も反応しなかった。
 立ち上がる気力もないエリックは彼の表情すら読み取れない。

 それでも、エリックは心で理解していた。
 ガイアは笑っている、と。
 魔術も奇蹟も超能力すら持たなくたって、きっとそうであると感じていた。

 なぜなら彼もまた心情を吐露していたのだから。
 彼の手の中で命の灯火が消えたアルトゥルの事を何とも思っていないはずがない。
 様々な感情が渦を巻いているとしても、その原因を作った領主とダークエルフに対しては怒りしかないはずなのだ。

「う、うわーお。とんでもないことになっていますの」

「えっ、私がこれを治癒するんですか? ば、馬鹿馬鹿しい……」

「そう言うてやるなって。なんかものすげー青春って感じじゃね? いやぁ、小僧ガイア送って正解だぜ」

 なんだか騒がしいと思ったら、物陰から他のメンバーがこっちを覗いていた。
 止めてくれればいいのに、と思ったがスコットが黒幕らしい。
 エリックは何のつもりかと問いただそうとするも、その背にマリナが無遠慮に腰を下ろしてあまつさえ脚を組んだためカエルがつぶれたような声をあげて押し黙るしかなかった。

「結論は出たんでしょ? それで、あんたはどうしたい?」

「ぐ、ぐ……な、なんだって……?」

「疲れたんならこのままリューンに帰るのもいいわ。何ならメーヌここに一泊したってかまわない。でも、もしそれ以外の選択肢を取りたいのなら、言うべき言葉があるでしょう?」

「……なんだよ、それ。いつもなら秒で却下するくせに。それに――」

 今回ばかりはわがままも通らないだろうとエリックは覚悟していた。
 何しろ、相手は小さいとはいえ領主だ。
 そんな者を相手にしてはたとえ打倒したとしても『お尋ね者』となる未来しかない。
 ドワーフの敵討ちだとしても法破りには変わりないのだから。

「言っておくけれど。今回の件はさすがのあたしたちも業腹で、どうにか反撃できないかを検討済みよ。そして結論は出ている」

 エリックの目の前に見覚えのある指輪がポトリと落とされた。
 気味が悪いほど写実的に彫刻された赤い瞳が貼りつけられてた禍々しい指輪。
 それは『チーニの妖精窟』で手に入れた、悪魔崇拝のガイウス派の指輪だった。

「これをダークエルフあるいは騎士たちが持っていたのは間違いないわ。そして彼らは領主の部下。となれば悪魔崇拝者を匿っている事になる。……あるいは領主自身も悪魔崇拝者かもしれないわ」

 そんなものが教会の耳に入ればどうなるか。
 学のないエリックにでも何が起こるかは理解できた。

「つまり、これを証拠に教会の異端審問官からを手に入れられれば」

「おれたちは……教会の代理人として合法的にチーニの領主を退治できる……?」

「妙案でしょ?」

 蠱惑的な笑みを浮かべたマリナに、エリックは力なく笑った。
 何もかもガイアの言う通りだ。
 エリックは独りで何もかもやろうとして、できなかったからただ逃げているだけだった。

 当然だ。
 エリックには知識もなければ知恵もなく、情報を操る術もなければ奇蹟だって起こせない。
 何もかもを独りでできる人間なんてこの世にいない。
 少なくとも、エリックはそんなに器用じゃない。

「さぁ、どうするの。ヒーロー?」

 心強い味方が手を貸してくれている。
 だったら今はそれに甘えよう。
 エリックはエリックにしかできない方法で、その借りを返せばいいのだから


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周摩

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