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『銀斧のジハード』(2/3) 

 レティシアによる治癒を済ませた『陽光を求める者たち』は、改めて教会へ戻った。
 傷は治っても殴り合いで汚れた衣服はそのままなため、怪訝な表情をされながらもエリックはオロフと相対する。

「どうしたんじゃ……何か忘れものか?」

「あぁ、そんなところだな。でっかい忘れ物を取りに戻ってきたんだ。そう、髭面の妖精をな……」

「……オヌシら、まさか!」

「どうせ一人で悪徳領主退治と洒落込むつもりだったんだろう。俺たちにも一枚噛ませろ」

 エリックがやたらとキザったらしく似合わない台詞を吐いたせいか、ガイアも横から声をかけた。

「ヌぅ……しかし、オヌシら……分かっておるのか? ワシが倒さんとしておるのは仮にも一国の領主じゃぞ。そんな事に手を貸せば――」

「そりゃあもう承知の上だぜ、考えがあるから問題ねぇ。ところで、わしらもプロじゃからの。善意からの人助けってのもカッケェが、やっぱそれなりの『報酬』がないと、なぁ……?」

「やれやれ、呆れたものじゃ。人間というのは『妖精』一人助けるのに見返りを求めるのか……」

 オロフは肩をすくめて首を振る。
 だが、間を置かずニヤリと口の端を上げた。

「……策があると言ったのう?」

 『陽光を求める者たち』は皆一様に頷いた。

「分かった……オヌシらを信じよう。依頼は『悪徳領主』と『黒妖精』の打倒、そして『連れ去られた者の救出』じゃ。報酬は依頼を終えた後、ワシが持てる技術を駆使して魔法の品を造ってやろう。それでよいか?」

「ちゃあんと価値のあるものを頼むぜぇ?」

「ドワーフを人間と一緒にするでない。ドワーフは一度交わした約束は必ず守る!」

「おっしゃ、契約成立だ! 早速これからの事を話し合おうじゃねぇか!」

 まずは、とマリナから行動の肝となる作戦が伝えられた。
 初めに異端者を討伐するのだという大義名分がなければろくに動けない。

「ふんッ、ドワーフの『穴』がひとつ塞がったぐらいでは理由にならんというわけかッ!」

「悲しい事にね。ともかく、委任状を手に入れるためにペルージュへ行くつもりよ」

「ペルージュ? なぜそんなところへ行く必要があるんじゃ」

「ややこしい話ですが、宗教上の境界と国家の境界は一致していないのです。チーニでの宗教上の問題はペルージュの教会の管轄です」

 そもそも司教座都市であるペルージュほどの街でなければ異端審問会は設置されていない。
 教会ならどこでもいいというわけではないのだ。
 しかし領主を打倒するためにチーニへ向かう必要がないのはある意味では幸運と言えるかもしれなかった。

「ともかく、ペルージュとかいう街に行けばいいんじゃな……?」

「悪いけど同行してもらうわよ。直接の被害者が立ち会ったほうが色々と有利になるから」

 無論じゃ、とオロフは鼻を鳴らした。

「当面の行動方針はそれでいいとして……ところで率直に聞くけれど。チーニ領主ってどんな奴なの?」

 『陽光を求める者たち』はあくまでメーヌ村には妖魔退治の仕事で赴いただけだ。
 さすがに用もないチーニの、それも領主の情報なんてたいして持っていない。

「ワシが知っておる限りではあやつは先代の領主の跡を継いだばかりじゃ。じゃから、どんなヤツかはよく知らん。ただ、黒妖精を使っておるところから見ると、オヌシらが推測するとおり異端の者なんじゃろうな……黒妖精は邪神や悪魔に魂を売った者たちじゃからな」

「戦力はどのくらいか分かる?」

「前にも言ったが、ヤツはド田舎の小領主にすぎん。その力も地方豪族と同程度……ワシの知っておる限りでは手下の騎士どもは二〇もおるまい」

 ただし、手下にダークエルフを従えているとなれば他にもバケモノを飼っている可能性がないとは言い切れない。
 油断は禁物だ。

「でも、かりにも領主ですのよ? 騎士が二〇人というのはすくなすぎませんこと?」

「田舎の小領主なんてそんなものよ。これでも多いぐらいだわ。意外と知られていないけれど、大抵の領主が養ってる正規の騎士団の数なんか高が知れてるのよ。戦争なんかでも実際には数を誇張していたり、使用人や奴隷まで含めて計算する事が多々あるわ」

「ま、そういう事じゃな。人間はやたらと体面にこだわるからのう」

 『人間』という大きな括りで語られると少し否定したくもなるが、客観的にみればそうなるのだろうか。

 ともかく話を済ませた一行はすぐに装備を整え、オロフを引き連れてメーヌ村を後にした。
 山を越えねばならないが、ペルージュはメーヌから北西へ一日ほどに場所に位置する。
 オロフの体調が万全ではないため通常より遅い歩みとなったが、さしたるトラブルもなく、一行は宗教都市ペルージュへと辿り着いた。

「おおー、都会! ってかんじではありませんが、田舎というほどさびれてるかんじはないですの!」

「さ、では教会へ参りましょうか」

「まずは盗賊ギルドで情報を集めてからじゃろ」

「その前に宿決めとかねえ?」

「到着早々休む奴がありますか! とっとと教会に行くべきです!」

「情報が足りねぇの、わしめっちゃ不安なんじゃけど!」

「でも拠点は大事だろ!? なぁ、オロフも疲れたなら遠慮なく言えよ?」

 なぜか到着早々揉めてしまう『陽光を求める者たち』であった。
 その様子を見て呆れるオロフに、マリナは「いつもの事よ」と無感情な声で応える。

「宿は却下するとして……確かに情報は欲しいわね」

「異端審問官も暇ではありません。足踏みしている間に不在となったらどうするのです」

「それなら二手に別れましょう。あたしは盗賊ギルドで情報を仕入れるわ。レティシアはオロフを連れて教会へ向かいなさい」

「お、それならわしと小僧もギルドのほうじゃな。教会なんて堅苦しい場所はわしらには合わんからのう」

「ではわたくしは教会へ。ほらほら、リーダーもいっしょ行くですの」

「お、おい! 裾を引っ張るなって……!」

 いまいちまとまりに欠ける『陽光を求める者たち』だが、それでも目的のためにそれぞれが動く事はできる。
 むしろそうしたスタンドプレーのほうが得意なメンバーが集まっている節さえあるため、少人数での行動でも高い成果を発揮できるのだった。

 エリックたち教会組と別れたマリナたち盗賊ギルド組は、いかにもな路地裏を進む。
 ややあって見つけた、寂れてはいるが入り口からでも数名の客が見える酒場へと足を踏み入れる。
 店内に入ると、やはりいかにもな男たちがたむろしていた。
 入り口から遠いテーブルに一人で陣取る頬のこけた男の前に、マリナは無遠慮に腰かけた。

「『鼠』ね?」

「そう言うあんたも『狼』と『虎』を従える『蛇』とはなかなか珍しい」

「チーニ領主」

「銀貨二〇枚」

 ただ一言ずつ言葉を交わしただけで、二人は取引の場に立った。
 初見の場ゆえに簡単な符丁を用いた盗賊の会話ではあるが、それだけで十分に分かってもらえたのだろう。
 ちなみに先ほどのやりとりでは、『情報屋』かと問うマリナに対し、相手の男は『山賊』と『腕利きの武人』を引き連れた『暗殺者』であると見抜いていた。
 きっちり銀貨二〇枚をチップのように積み、賭けをベットするかのように『鼠』のほうへ動かした。

「チーニの領主はつい最近、先代から馬鹿息子に代替わりしたばかりだ。現領主はプライドの塊みたいなヤツでな。気に食わない召使や騎士たちをどんどん辞めさせていったらしい」

「そりゃまた……典型的なダメ二世じゃのう」

「メーヌ村にはあの城の元使用人がいたはずだぜ。そいつから何か情報が得られるかもしれないな」

 灯台下暗しというべきか。
 どちらにせよペルージュからチーニに向かうにしてもメーヌを通る必要がある。
 これほど重要な情報が銀貨二〇枚というのは些か安い気もしたが、元使用人が更なる情報を握っている可能性を考慮すれば妥当なのかもしれなかった。

「ダークエルフ」

「銀貨一〇枚」

 マリナは提示された銀貨を積み、情報屋のほうへ押しやった。

「お前さんたちが相手にするダークエルフってのがどんなのかは知らんが、そもそも邪神や悪魔に魂を売った奴らの事だろう? って事はだ、闇の精霊を使う可能性が高いはずだ。闇の恐怖から自分を解放する準備はしておいたほうがいいんじゃねぇか?」

 ハズレか、とマリナは短く息を吐いた。
 そもそもチーニ領主が『ガイウス派』である事やダークエルフを従えている事は普通は流通するはずのない情報だ。
 さすがに厳重に守られてはいる様子である。

「異端審問官」

「……銀貨三枚」

 あまりにも安い。
 半ば諦めつつも、マリナは三枚の銀貨を渡した。

「へへッ、これは情報って言わねぇかもな。ここの異端審問官のおっさんは気さくなヤツだ。話はちゃんと聞いてくれるだろうし、俺が言うのもなんだか信用できる。約束なんかはきちんと守ってくれるだろうな」

 どうにも個人的な印象で語られた気がしてならない。
 ともあれ盗賊と異端審問官という随分とかけ離れた職業でもこうまで言わせるのだ。
 地位に見合う能力はあるという事か。

「あんたほどの『鼠』が判を押すのなら信じていいのでしょうね」

「損はねぇさ」

 じゃろなぁ、とスコットは三枚の銀貨を眺めながら呟いた。



 エリックたちはオロフを連れ、ペルージュの教会を訪れた。

「ようこそいらっしゃったッ! さて、いかなる御用かな!?」

 ものすごい音圧がびりびりと響く。
 たくましすぎる肉体に無精髭という、およそ聖職者というよりは重戦士が似合いそうな男性が宗教都市ペルージュの司祭殿である。
 彼の口からは説法より怒号のほうが似合いそうだ。

「い、異端審問官殿にお会いしたいのですが……」

 さすがのレティシアも気圧されている様子だった。
 彼女の趣味である儚く華奢な少女とはあまりにもかけ離れた対極の存在だからだろうか。

「なんと、異端審問官殿を訪ねておいでとは。どこぞに異端者でもおったというのかな!?」

「ええ、まぁ……」

「異端審問官殿はいつもご多忙の身、なかなかお会いする事は叶わんのだが……そなたらは誠に運が良いッ! 彼の御方は今、奥で御寛ぎなのだッ!!」

「そ、それは助かりま……」

「早速、私がお取次ぎいたそうッ! ささッ、しばしこちらで待たれよッ!!」

「ありがとうござ……」

 突風が吹き抜けていったような錯覚を覚えつつ、レティシアはほっと胸を撫でおろした。
 ともかく、異端審問官に会えずに待たされる事はなさそうだ。
 彼女らはひんやりとした教会の中でそれぞれに異端審問官が現れるのを待つ。
 ややあって、司祭が初老の男を伴って現れた。

「お待たせしたなッ! こちらが異端審問官のギィ・シャンデルフェール殿であられるッ!!

 異端審問官ギィ・シャンデルフェールは割と大人しそうな雰囲気の男性だった。
 きっちりと正装している司祭とは逆に、やや動きやすそうな服装は異端審問官らしく巡回を行うためにある程度野外活動にも適応できるようになっているのだろう。
 レティシアたちはシャンデルフェールに挨拶し、自己紹介を済ませる。
 そしてここへ来た経緯を話し、領主討伐の委任状を発行してもらえるよう願い出た。

「お前たちの申し出は分かった。まず……その指輪とやらを見せてくれんか」

 エリックは懐から例の指輪をシャンデルフェールに差し出した。
 彼はそれを恐る恐るといった風に受け取ると丹念に鑑定する。

「確かにこれはガイウス派の指輪だ。……そこのドワーフよ。オロフといったな」

「うむ」


「お前は復讐心から領主を倒したいのであろう。しかしな、いかに領主が惨い行為をしたとして、それだけでおいそれと異端討伐の委任状を出すわけにはいかんのだよ……」

「……むぅ、しかし――」

「それに人間にはまだ被害が出ておらぬ……もしここでワシが委任状を発行しても、諸侯が黙っておるまい」

「なんだと!?」

 シャンデルフェールの言葉に強く反応したのはエリックだった。

「く、口を慎みなさいエリック!」

 下手に異端審問官の気分を害そうものならこの場から即刻叩き出されてもおかしくない。
 それこそ物理的にあの筋肉モリモリの司祭に追い出されかねない。
 慌ててレティシアが制そうとするものの、しかしエリックの勢いは止められなかった。

「領主は黒魔術の儀式を行うとアルトゥルが……亡くなったドワーフが言っていたんだ! 被害が出てからじゃ遅いんだよ!」

「フ……、人の話は最後まで聞くものだ。勇気ある冒険者よ」

 シャンデルフェールはわずかに口の端をゆがめた。

「領主を討伐する委任状は出す事はできん……しかし、しかしじゃ。の委任状は出す事はできる。……邪悪な妖魔の退治は教会にとっても有難いからの」

「おっさん……!」

「もし、その時……もしも、だぞ?」

 口の傍に掌を立て、シャンデルフェールはまるで内緒話のように声を潜めるふりをする。

「領主が邪悪な妖魔に操られておったら、捕えて教会に引き渡す事はできるかもしれんな。改心させねばならんからの……だが、良いか? 決して殺してはならんぞ。領主を捕えてここまで連れてくるんだ。そうしたらワシがそいつを裁判にかけてやる」

「あ、あぁ……もちろんだ!」

「フフフ……では少し待て。委任状を渡すからな」

 シャンデルフェールは再び奥へ引っ込み、半刻ほど経った後に紐で結ばれた一枚の羊皮紙を手に戻ってきた。
 ダークエルフ討伐の委任状はたった一枚の羊皮紙のはずなのに、やたら重く感じられた。

「さあ、持っていくがよい。オヌシらならきっと成し遂げると信じておるぞ」

「ありがとう、異端審問官のおっさん!」

「だから口を慎め馬鹿!」

 背中にレティシアのお叱りの言葉を浴びながらも気にせず、エリックは委任状を握りしめて教会を飛び出ていった。
 やる気があるのは結構だが、肝心の依頼主であるオロフすら置いていくとはどういう了見か。
 その様子を一歩引いたところから眺めていたクロエは長いため息を吐いてやれやれとかぶりを振った。

 恭しく非礼を詫びるレティシアを待った後、クロエたちもオロフを伴って教会を出ると、すぐそばで盗賊ギルドへ向かっていたマリナたちと合流した。
 どうやらマリナがエリックを捕まえてくれていたらしく、ダークエルフ討伐の委任状も彼女の手に渡っていた。
 その場の流れとはいえ、あんな大事なものをエリックに預けていた事に今さらながら戦慄したレティシアは身を震わせながらも委任状の無事を喜んだ。

「首尾よくいったようで何よりね」

「そちらはなにか情報はえられましたの?」

「それなりよ」

 マリナがこういった物言いをする時は得てして進展があった時だ。
 内容はチーニへ向かう道すがらに共有するとして、一行はすぐさまメーヌ村へと向かう。
 来る時と異なり、オロフの足取りが目に見えてしっかりしたものになっていた。

 もはや見慣れたメーヌ村へ向かうのは四度目になる。
 冒険者といえど短期間に同じ村を何度も訪れる機会は少なく、エリックたちは一瞬、故郷へ戻るような錯覚を覚えた。
 一昼夜の後、エリックらはメーヌ村に辿り着いた。
 教会へ顔を出すと、村の神父が慌てた様子で出迎えてくれた。

「ああ、皆さんお帰りなさい! どうでした? 委任状は手に入りましたか?」

「フンッ、一応な……」

 行動を共にしないものの、今回の件では神父も立派な仲間だ。
 マリナはこれまでの経緯を話した。
 神父はいちいち頷きながら、それらに耳を傾ける。

「……そうでしたか。オロフさんはご不満でしょうね……、でも分かってください。人間にもいろいろと込み入った事情があるのです」

「分かってはおるッ。だが理解する事と機嫌の良し悪しは別じゃッ!」

「そう、ですね……それで皆さん、いつここを発たれるのですか?」

「すぐよ。でもその前に、このメーヌには以前チーニ城で働いていた元使用人がいると聞いたのだけれど」

 それは盗賊ギルドで得た情報のひとつであった。
 宗教都市ペルージュに近いメーヌの事、信心深い人間が多いはずのこの村の中であれば神父ほど村人の情報を得ている人間は少ないだろう。
 わざわざ虱潰しに探す事もない。

「ああ、コラさんの事ですね。コラさんならすぐそこ、雑貨屋のお隣にお住まいですよ」

「さすがね。助かるわ」

「とはいえ全員で動く必要もねぇじゃろ。わしらは城へ向かう準備しておくでな、その彼女にはお前さんらで会っといてくれや」

 さすがに移動が多すぎて疲れたのか、スコットは半ばサボタージュ宣言をしていた。
 確かに一般的な民家に六人と妖精一人では窮屈この上ない。
 マリナはオロフを伴ってコラの家へ赴く事にし、他のメンバーには小休止を兼ねて準備を進めさせる事にした。



 チーニ城はメーヌを北へおよそ二日進んだところにある美しい古城だ。
 その規模は小さいものの、四方を山に囲まれており、天然の要塞となっている。
 城に辿り着いたのは二日後の昼頃だったが、マリナの提案で深夜を選んで行動を開始した。
 物陰に隠れつつ城へ近づき、正面玄関を避けて移動する。

「のう、マリナよ。ワシらは委任状を持っておる。なぜ真正面から堂々と攻め込まんのじゃ」

「委任状はあくまで合法的に領主と相対するための保険よ。うちのリーダーでもなければ白昼堂々と七名で二〇名以上の完全武装騎士を相手にしようなんて思わないわ」

「なんかものすげえ馬鹿にされた気がする……」

「教会公認なら何でもできると思ってるのは時代錯誤のお坊さんくらいね」

 そういうものか、とオロフは納得した様子だった。
 更に言えば先日の妖精窟での戦闘があった影響で、より警戒が強くなっているのだろうと予想できる。
 そこで役立つのがメーヌ村のコラより得た城内の情報である。

「この辺りに裏口があるという話よ」

 月明りが助けになっているとはいえ、周囲はかなり薄暗い。
 それでもマリナとスコットの観察眼の前には隠された小さな扉も発見されるのは時間の問題だった。
 前もって情報を得られて存在を確信できているというのは強いものだ。

「侵入前に作戦を再確認するわ」

 再び物陰に身を潜め、マリナはコラの情報から書きあげた城の見取り図を広げる。

「本件でのあたしたちの目的は二つ。ダークエルフの打倒に伴う領主の捕縛、そして生き残りのドワーフの救助よ。この中で優先すべきは当然ドワーフの救助になるわ」

「おお……おまえの口からそんな言葉が聞けるなんてちょっと感動するぞおれ」

 普段なら打算的というか他人の都合など知った事じゃないというスタンスのマリナである。
 エリックが驚くのも無理ないが、当然マリナが非効率的な作戦を提案するはずがない。

「……この時間帯なら領主はおそらく寝室でしょうが、肝心のダークエルフの場所が分からないわ。半面、ドワーフはまず間違いなく地下牢よ。潜入に下手を打って騒ぎになれば生き残りの命が摘まれる可能性が高いのだから、場所がはっきりしているほうから対処するのは当たり前よ」

「かといって地下牢でさわぎになれば領主とダークエルフがお城からにげかねないですの」

「だからドワーフの救助もダークエルフの居場所を探るのも隠密行動が原則。エリックは大声出すの禁止。なんなら発言も禁止。クロエも派手な魔術は控えなさいね」

「もちろんですの。リーダーとちがってわきまえていますのよ」

 本気マジな感じで言われたので猿轡を噛ませられる前に自主的に口元を押さえるエリックであった。
 しかしそうなるとエリックはあまり活躍の場がない。
 彼の戦法は一撃で意識を吹き飛ばすには威力もリーチも心許ない肉弾戦のみだ。
 気功による雷撃でも打ち込む場所を考えなければ声を上げさせてしまう。

 エリックはガイアの肩に手を置いて、

「……ダークエルフが見つかるまでは任せたぜ」

 ぐっと親指を立てて言った。
 その手はすぐに振り払われたものの、ガイアは拒否しなかった。

「オヌシら変わっとるのう……」

「自覚はしてるわ。残念ながらね」

 方針は決まった。
 後は行動あるのみだ。

 『陽光を求める者たち』はスコットを先頭に音を立てずに侵入する。
 規模はものすごいがそこは台所であった。
 地下牢は台所と同じく北側に位置するらしく、さらに現在では一部の使用人しか使用していないはずの二階への階段へ通じる勝手口が存在している。

 まずは地下牢を目指すべく、エリックらは台所を出て近くの扉を調べていく。
 城内は思っていたよりも簡素で、しかし機能的ともいえる造りにはなっていた。
 スコットは地下牢に続く扉の向こうに人の気配を感知した。

「わたくしがサポートしますの」

 スコットはドアノブを掴んだまま、クロエの呪文詠唱にタイミングを合わせる。
 
「……《眠れ》!」

 呪文の結びとドアを開けるタイミングはこれ以上なく完璧だった。
 部屋の中にはすぐに無味無臭の白いガスが広がっていく。
 数多の魔術の中でも【眠りの雲】は勝手に広範囲に広がるため、対象を視認していなくても用いられる強みがある。

 部屋の中にいた騎士は二人。
 それぞれが突然の闖入者と謎の白いガスに戸惑っている隙に、ガイアとマリナが跳び出した。
 ガイアが騎士の喉を裂き、マリナは騎士の首を鋼線で締め上げた。

 ガスが消え去るわずかな間に二人の喉を封じて無力化した『陽光を求める者たち』はそのまま室内へ入り、ドアを閉める。
 迅速かつ音もなく場を制したため、未だに他の騎士には気づかれていないはずだ。

「うむ、ようやった。地下への階段もあるぜぇ」

 この部屋は牢番の詰め所のようだった。
 おそらく地下には騎士はいないだろうが、それでも慎重に階段を下りていく。
 薄暗い地下牢は悪臭に満ち、一息ごとに肺を汚していくようにも思われる。
 足元にはいろいろなものが散乱しており、中にはドワーフのものと思しき衣服もある。

「ムッ……誰かおるの。あれは……ドワーフ……?」 

 スコットたちにはまだ何も見えなかったが、夜目の利くオロフには見えているらしい。
 彼はそのドワーフの名だろうか、「ビルイェル……」と呟くと、牢へと駆け寄った。
 冒険者たちの目もようやく地下牢の薄暗さに慣れてきたようで、今ではビルイェルと呼ばれたドワーフの姿がしっかりと認識できるようになった。
 マリナは上階に詰めていた牢番から奪っておいた地下牢の鍵を使い、牢を開いた。

「ビルイェルッ! 生きておったのか……ワシだ、オロフだッ!」

「ム……オ、オロフ……オロフなのか……おお、オロフ……! オヌシこそ生きておったか……」

 息も絶え絶えといった様子でビルイェルは声を絞り出している。
 出会ったばかりのオロフよりも酷い傷が全身に刻まれていた。

「少し、遅かったのう……他の皆はもう……、うぐ……ッ!」

「……これはいけません。かなり衰弱しています」

 レティシアはすぐさま祈りを捧げ、ビルイェルの傷を癒す。
 その傷はオロフよりも酷いものではあったがアルトゥルのように手遅れではなかった。

「ありがとう……少し楽になった。して、オロフ、この方たちは……?」

「こやつらは……」

 オロフは今までの経緯をかいつまんで説明した。
 その説明からはおよそ一般的な冒険者像からはかけ離れた要素は除外されていたが。

「そうだったのか……貴方たちは我らチーニのドワーフ族にとっての恩人というわけだな……」

「善意だけで行動してるわけじゃねえんだ。気にすんな」

「フフ……人間は複雑な生き物じゃな。素直に賛辞を受け入れればよいものを」

「こういうヤツらなのじゃ」

 ドワーフ二人は口の端を上げて笑い合った。

「さて、オロフよ……ここにおるという事は、狙いは領主とダークエルフじゃな……」

「無論じゃッ! この『銀斧のオロフ』の名にかけて、ヤツらのそっ首刎ね飛ばしてくれる!」

 領主は殺しちゃダメだからね、と後ろから釘を刺すマリナであった。

「頼んだぞ、オロフよ……そうじゃ、気高き冒険者たちよ。先日、牢番の騎士が仲間が殺されたゆえに見張りを強化すると言うておった……ヤツの口ぶりからの推測でしかないが、中庭には近づかんほうがいいじゃろう」

「そうか、助かる」

 む、とビルイェルはガイアの腰に吊られた剣に目を付けた。
 それはチーニの妖精窟から持ち出された『ブレーメル』の名が刻まれた一振りの剣だ。

「それはまさしく我が友ブレーメルの……、くっ……!」

「ブレーメルは領主に連れて行かれたと……彼はどこに?」

「……ヤツも皆も連れていかれた。『黒魔術』の儀式に我々の生命力を必要とするようじゃ……」

 ビルイェルも明日には連れていかれる予定だったという。
 見れば彼の他にドワーフの姿はない。
 逃げおおせたオロフを除けば彼が最後のドワーフだったようだ。

「一体、あいつらは何をしようとしているの?」

「どうやら黒妖精が領主を唆して自身の力を増す儀式を行わせているようじゃ……黒妖精のヤツめ、ここに来るたび力を強めている事がわかる」

「なんじゃとッ、ワシらの仲間をそのような事に……! ますます許せんッ、あの腐れエルフめがッ!!」

「オロフ、抑えて」

 彼が激昂するのも無理はないが、直後にエリックの手によって口が塞がれた。
 あまり興奮されると他の騎士に気づかれる恐れがある。

「領主がどこにいるか分かる?」

「二階じゃろうな……仲間のブレーメルが連れて行かれる時、『二階へ連れていけ』と黒妖精が騎士に命じておったしの……」

「儀式もそちらで行われている可能性が高いのね」

 となればもはや一階には用はない。
 負傷し動けないビルイェルはいったん牢の中に戻し、領主を無力化した後に再救助する事になった。

「あとで必ず助けに来る……だからじっと待っておるんじゃ。良いな?」

「うむ……待っておるぞオロフ。それに勇気ある冒険者たちよ……」

 牢番の騎士二名の遺体はすでに隠してある。
 ビルイェルの話によれば牢番は交代したばかりであり、朝方まではここに近づく騎士はいないという。

「……あんた、ブレーメルとは仲が良かったんだな」

 冒険者たちが次々に一階へ上る階段へ向かう中、ガイアは独りビルイェルの前に立った。

「少しだけ借りていていいか。すべてが終わったら必ずあんたに渡す」

「……分かった」

 ビルイェルは真剣な表情で頷いた。
 誓いを胸に、ガイアは元凶たる領主を叩きのめすべく階段へ向かった。


To Be Continued...  Next→
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周摩

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