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『迷宮のアポクリファ』(4/4) 

 『嵐の間』と『暁の間』の絵画はすっかり本来の色合いを取り戻した。
 このまま残りの塔にも向かうべく『月歌を紡ぐ者たち』は歩を進める。

 道中、ヒトの身体に魔物の顔を持ち、天使のごとき翼を有した異形の生き物に襲われながらも、すべてを空中回廊から叩き落として踏破した。
 あれらも元々は普通の人間だったのだろう。
 しかし魔神の引いた筋書き通りに肉体を捨てさせられ、天使をおぞましく真似たかのような魔物にさせられたのだとすれば、ただひたすら『月歌を紡ぐ者たち』の逆鱗に触れただけだった。

「……これで良しっと」

 『静謐の間』に掛けられた星空を描いた絵は、深い青と煌めく星の光に満たされた。
 それと同時に、遠くのほうで何か巨大な者が動くような音がした。
 『月歌を紡ぐ者たち』は円陣を組み、しばらく周囲を警戒したが、それきり音は聞こえなくなる。

「北東のほうだったな」

「役割を残した塔は『召喚の間』だけだからね。たぶんそこに橋が渡っているはずー」

 しかしその前に寄る場所がある。
 『虹の間』から繋がる空中回廊、正確には中ほどで崩落している箇所から飛び出して行き着く浮遊する岩場だった。

「さて、岩場に飛んでかなきゃならないんだけど……」

「先に言っておくけど、私は行かないわよ」

「……理由は?」

「私より背の低い男に抱きあげられるのが我慢ならないわ」

「お前何気ない風に言っているが結構傷つくからな?」

 コヨーテは割と真剣マジな風に言った。

「冗談はさておき、コヨーテが橋渡しするにしてもその間の戦力は完全に二分されるわよね。それほど強力じゃないものの面倒な魔物がたくさん溢れてるわけだし、この中じゃ私かコヨーテがいないと危険よ」

「だけど、門の先に踏み込むならチコは必要だよ。おそらくは最重要機密が眠る場所に二人で乗り込むってのも不安だなぁ」

「それならルナも連れてこーよ。アンデッドに強いし。重いだろうけど我慢してねコヨーテ」

「わっ、私そこまで重くありません! ですよねコヨーテ!」

「一般的な人間ならヒト二人も抱えればきついはずなんだが……まぁ、何とかするさ」

 こうして浮遊する岩場に向かうメンバーが決まった。
 コヨーテは自分の首に手を回させて、右腕でルナの脚を支えて不安定なお姫様抱っこのようにして抱きかかえる。
 そして小脇に抱えるように左手でチコを担いだ上で彼女の腰のベルトをしっかりと掴んだ。

「ちょー! ちょっとちょっとコヨーテ! 私の扱い悪くなーい!?」

「一人につき腕一本しか使えないんだから我慢してくれ」

「ずーるーいー! 私ももっかいお姫様抱っこがいいよー!!」

「あわわわわ、ちょっとチコ暴れないでください! 揺らさないでー!」

 そんなこんなでいつものようにぎゃあぎゃあとうるさい『月歌を紡ぐ者たち』であった。
 必要な荷物はすべて真紅のリボンへと格納し、コヨーテは翼をもって空中回廊から羽ばたいた。
 危なげない飛行を終え、三人は浮遊する岩場に着地し、改めてあの門と相対する。

「ほんじゃ行くよー、一応離れててねー」

 そう声をかけて、チコは件の強酸性の薬品を瓶ごと門へ投げつける。
 砕けた瓶から飛び散った魔法の酸は硬化魔法による防御をものともせず、瞬く間に鉄格子を溶かしていく。
 薬品の反応が見られなくなった頃には溶け切らなかった鉄格子もボロボロのグズグズとなっており、【レーヴァティン】の一撃で人が通れるほどの大きさの穴が開いた。

「……何か、いる」

 鉄格子の扉をくぐった先は石造りの通路が続いており、その奥は小さなホールとなっていた。
 その中央には一人の女性――青白く輝く身体と薄ぼんやりとした希薄な存在感から霊体と推測される――が佇んでいる。
 この迷宮で命を落とした人間なのか、魔術師が着るローブを更に古めかしくしたような衣装を身に纏っている。

『……私が愚かだった。ア……クリファを……御せると思っていた……代償が……こん……な……『そう、隷属の儀式を……やり直さねば……いや、だが……わたしの肉体は……喰われて……』

 亡霊に近づいてみても、彼女は何事かを呟き続けるばかりでまったく反応を見せなかった。
 それどころかこちらを認識していないかのように視線すら向けない。

『師の言葉通り……油断すべきではなかった……異界の魔神……相手取る、時は……』

「……完全にダメになっている感じがあるな」

「でもさ、独り言の内容はいかにも重要な何かを知ってる風だし、封印されてたのも相応の理由があるはずだよ。正気に戻せたら何か聞き出せるかも」

「どうやって?」

 問われて初めてチコは頭の中を『?』でいっぱいにした。
 冒険者の間では心が乱れている時は気付けに葡萄酒をというのが一般的だ。
 しかし肉体を持たない亡霊相手にどうやって酒を飲ませるというのか。

「……あっ! あれがありますよ。【歌う貝殻】! リボンの中に入っていませんか?」

「ああ。あれか」

 コヨーテはリボンの中から銀色の貝殻を取り出した。
 【歌う貝殻】と呼ばれるそれは、以前巻き込まれた水精事件の折りに楽師の水精から受け取った道具である。
 封じられているのは聴いた者の心を癒すという魔法の演奏だった。
 貝殻を開くと穏やかな調べが鳴りはじめ、竪琴の旋律がホールを包み込んだ。

『あ――ああ、ァ――』

 旋律の出処を辿るように、亡霊の視線がゆっくりと貝殻へ、それを持つルナ、そしてコヨーテたちへと焦点を結んだ。

『そなた……たちは……?』

「通りすがった冒険者だ。……あんた、大丈夫か?」

『わたし――、わたしは……召喚術師カナーリォ……この迷宮をつくりし……つくり……、し――う、うわあああぁぁぁ!!』

 問われた事で記憶を取り戻すきっかけとなったのか、カナーリォと名乗った亡霊は両手で頭を抱えて叫び出した。

『わ、わたしは喰われた! 魔、魔神! 異界の魔神に!!』

 錯乱して絶叫を続けるカナーリォの言葉は、『暁の間』に囚われていた老人の発言とも合致する。
 彼女こそが異界の魔神を呼び出した張本人であり、またこの『七塔の迷宮』の製作者である召喚術師カナーリォなのだ。

『甘言に耳を貸すべきではなかった! 魔神が偽りしか言わぬのは知っていたはずが――! 全部喰われた! 両の腕も、心の臓も、魔力すら――!!』

 段々とエスカレートしていくカナーリォの絶叫は留まるところを知らない。
 さっきとは別の意味で近寄りがたくなった亡霊に、冒険者たちは思わず一歩後ずさった。

『呪われろ! 異端書物の魔神! 永劫の闇に……還――!』

 恐怖に絶叫した亡霊はひと際大きく喚きたてると、そのまま消え去ってしまった。

「……異端書物の魔神」

「うん。きっとそれだよ。バリーは魔神に魅入られていたんだ」

 魔神が書物に細工したのではなく書物そのものが魔神であったとするならば、あるいはその痕跡を隠し果せるのかもしれない。
 何がバリーの琴線に触れたのかは分からない。
 だが魔神を呼び出した召喚術師カナーリォですら、その甘言に耳を傾けて身を滅ぼした。

「早く戻らないと」

「得るべき情報はすべて得たはずだ。急ごう」

 亡霊が消え去った後、ルナはそこに一振りの剣が残されているのを見つけた。
 カナーリォの遺品だろうか、やけに細身の剣は儀式用のそれに見える。
 さすがのチコも魔具には詳しくないらしく、しかし迷宮脱出に不必要とも断定できないため、コヨーテの真紅のリボンに収納して持ち歩く事にした。

 空中回廊に残ったミリアたちと合流したコヨーテは手早く情報を共有すると、すぐさま脱出への行動を開始した。
 チコの言葉に従い、絵画の仕掛けを解いた際に何かが起こったであろう『召喚の間』に向けて移動する。

「――これは」

 『召喚の間』に辿り着いたコヨーテたちは空を仰いだ。
 最も高い六番目の塔、その中ほどは大きく空に向かって開かれており、『召喚の間』の中央には天から降り注いだ青く輝く光の柱が突き立っていた。

「……ひょっとしてこれが七つ目の塔なんじゃないか?」

「え?」

「だって六つの塔の謎を解いて初めて現れる光の柱だろ?」

「なんかそれっぽい気がするわね。そもそも最初っから七つの塔が見えてたら謎も何もない気がするし」

「っていう事は……解釈を間違った?」

「そ、そっそそそそんなことー! ないんじゃーないかなー!? ほら、壊れた空中回廊とか浮遊する岩場とかあの辺のつじつま合わなくなっちゃうじゃんさーーー!?」

「まぁ、しかしチコの推論も全く外れているという訳でもなさそうだしな」

「そーだよ! 結果オーライだよ! 結果オーライだからもーいいじゃん子の話題は! ハイもーやめやめ!!」

 今回、チコに任されたのはバリーの代わりに迷宮の探索及び脱出の方法を探る事だ。
 当初の目的を鑑みれば、成果は限りなく満点に近い。
 むしろ付け焼刃ながらも迷宮の解析から脱出経路の確保まで成し得た功績は大きい。

「おらー、帰るぞ野郎どもー!!」

 などと叫びつつ、コヨーテの裾を引っ張ったままチコは光の柱に触れた。
 ぐわわわ、と何かが捻じ曲がるような音が響いたかと思うと、世界が暗転する。

「――うわっ!」

 暗転の直後、コヨーテたちは折り重なるように『大いなる日輪亭』の屋根裏部屋に叩き戻された。
 迷宮の入り口が一冊の本であり、あまりに狭すぎたためだろうか。
 真っ先に飛び出たチコが一番下となって潰れたカエル同然の声を上げた。

「お前ら一体どこから出てきやがった……?」

 ふと顔を上げれば、くたびれた風貌の男が一人、いつも以上に眉間に皴を寄せていた。

「おー、バリーおかえり。ねー聞いて聞いて、屋根裏から大冒険!」

「!? お前らまさか――!」

 正しくそのまさかな説明を各々から受け、バリーはこめかみを抑えて軽く呻いた。

「何をとんでもねぇ無茶してんだ」

「いつも止める役がいないんだから仕方ないだろ」

「……、」

「バリー、話がある。あの司祭は、――?」

 バリーはその呼びかけを遮った。

「悪ィが約束がある。出かけなくちゃならねぇ。お前らも一緒に来てくれ」

 テーブルの上に置かれたままの経典を手にして、バリーは背を向ける。
 屋根裏部屋を出る直前、彼は立ち止まり、それからぽつりと言った。

「コヨーテ」

「……?」

「もし、――もし俺が選ぶ道を間違えそうになったら止めてくれるか?」

「……止めないと思うのか?」

 そう言って、コヨーテは不機嫌な表情を露にした。
 対するバリーの表情は差し込む朝日と屋根裏の暗がりが作る陰影でよくわからない。
 いつの間にか夜は明け、新たな一日が始まっていた。

「――行くぜ」

 フルメンバーとなった『月歌を紡ぐ者たち』は屋根裏部屋を、『大いなる日輪亭』を飛び出した。
 向かう先はひとつ、治安隊の詰所である。



 治安隊の詰所に着いた『月歌を紡ぐ者たち』は早朝であるにも関わらず件の隊長に取り次がれた。

「おお、『月歌を紡ぐ者たち』か。実はあれから、囚人が協力的になってな……」

「……それよりも。もう一度あの司祭に会わせてもらいたい」

「何? また、だと……? どういうつもりだ」

 露骨に隊長の表情が変わる。
 その様子からもバリーが幾度となくここを訪れ、司祭との面会を求めたのだと読みとれた。

「見りゃわかる。通してくれ」

 バリーはというと一切気にせず、ずかずかと大股で牢獄へ向かう通路を歩いてゆく。
 隊長は怒声を上げ、その後を追う。
 自然とコヨーテたちもそれを追いかける形となった。

「待てバリー! これ以上の勝手はいくら協力者と言えど許さんぞ! ……ん!?」

 隊長の声を一切無視して、バリーは牢獄の扉を開け放つ。
 そう、本来は厳重に施錠されているはずの扉を、一切の小細工抜きで開け放ったのだ。

「なッ、なんだ……!? 何が起きている――!?」

 全員が驚愕し、黙り込んだ。
 牢を見張るべき牢番たちは皆、子供のように眠りこけて机に伏し、その場は異様な気配に満ちていた。
 例えるなら、肉食獣が獲物に襲い掛かる寸前の静寂のようである。

「……やっと、来て下さったのですね。お二人とも」

 静寂を打ち破ったのは、その場の雰囲気に合致しないほどに穏やかな少女の声。
 空色教団の司祭たる少女だった。

「今日はお返事を聞かせて頂けますか? 空色の教えに、真実に……興味がおありか、否か」

「バリー、聞くな。こいつの正体は――! ッ……!?」

 コヨーテは叫ぶも、その言葉は遮られた。
 ただ気配が迫ってきただけで、物理的な干渉が一切なくとも影響を及ぼした。
 これが魔神の成せる業なのか。

「――あァ、興味があるぜ。空色教団に、その真実の教えになァ」

「バ、リィィィ……ッ!!」

 呻くように声を絞り出すも、蚊の鳴くような声しか出てこない。
 横目で見る限り、他の仲間たちも同じく威圧されている様子だった。

「貴方がわたくしに答えて下されば、お約束しましょう。すべての願いを叶える、大いなる力を。しかるべき代償と引き換えに――!」

 司祭の、否、異端書物の魔神の誘う言葉に、バリーは静かに頷いた。
 バリーが一歩を踏み出す。

「――やめろッ!」

 コヨーテは重圧を跳ね除け、叫んだ。
 バリーと交わした言葉を、取るに足らない口約束として反故にするわけにはいかない。
 彼が選ぶ道を誤りそうになるのなら、それを止めてでも正すのがコヨーテの役目なのだから。

「バリー! そいつは魔神……異端書物の魔神なんだ!!」

「……コヨーテ」

 真実を伝えた。
 コヨーテの声は、確かにバリーに届いた。
 しかし、何も変わらない。
 バリーはただコヨーテの名を呟いただけで、大きな変化は何もなかった。

「さあ、バリー様。わたくしと契約を結び、我が主となられませ――!」

「……、」

「その願い叶えましょう。この『』の名において――!!」

 異端書物の魔神はついに叫んだ。
 勝ちを確信したのだろう。
 事実、バリーはもう一息で完全に魔神の支配下に置かれるような立場にあったのだから。

「ふっ……」

 しかし、

「ふふふ……はは、はっははははは!!」

 ここにきて、バリーは大声で笑いだした。
 まるですべてが計画通りであったのだとでも言いたげな、黒幕のような笑い方で。

「やっと名前を教えてくれたな? 『アポクリファ』、迷宮から逃れた魔神よ」

「……!」

 異端書物の魔神の表情にヒビが入った。
 いかなる場合にあっても冷静な少女の仮面が引きつりつつある。

「バリー……?」

「いいぞコヨーテ、迫真の演技だったぜ。魔神も騙された。さすがはカンタペルメで王子役を張っただけはある」

「い、いや演技じゃなくて……オレは本気で心配して――!」

 コヨーテの言葉を遮るように、バリーは再び魔神へと向き直る。

「――こいつが魔神なのは最初っから気づいてたが、『真名』だけがどうしても分からなかったんだよなァ。それさえ聞きだせりゃあこっちの魔法もとびきり有効に働くってモンだ」

「……。何、を……」

「ハッ、ひとつ冒険者の流儀を教えてやるよ、魔神。欲しいモンを早々に明かしちまうと足許を見られるぜ?」

「……お答えを、バリー。貴方は我と契約する心算がなかったと申されるか?」

「答えてやる。――全くない。最初っからな」

 ビキリ、と少女の表情が歪む。
 それは怒りの表情だ。

「……バリー様。魔神をここまで愚弄して、人の形を保っていられると思わぬことです」

 女司祭の身体は小刻みに震え、不気味な蠢動を始めている。
 ぞわぞわとどす黒い不穏な気配が牢獄からあふれ出さんとしていた。

「お前。全部知っていながら黙っていたのか?」

「あァ、お前が真実を知ると演技が出来ねぇ気がしてな……ッ!?」

 ドゴッ、と鈍い音が炸裂した。
 コヨーテが力いっぱい牢獄の石壁を殴りつけた音である。

「……バリー」

「お、おう」

「後で死ぬほど奢れ」

「ハイ」

 その間にも後方では治安隊隊長とルナたちが眠っていた牢番たちを必死に牢獄の外へと避難させていた。
 衛兵隊を集めるよう指示し、『月歌を紡ぐ者たち』は魔神と相対する。

『許しません! バリー! 迷宮に囚われ、未来永劫、我が慰みものとなりなさい!!』

 異端書物の魔神アポクリファとその周囲の空間が歪み、その姿を変えてゆく。
 アポクリファの両腕は禍々しさを備えた、黒く筋張った異形のものとなった。
 更にはその両の腕が一対、少女の両肩の辺りに漂っている。
 否、ただ漂っているわけではなく、彼女の意思に従って動かされていた。

「……さぁ、来いよアポクリファ!」

 バリーの啖呵に応えたわけではないのだろうが、アポクリファの本来の右手から魔力が迸り、次の瞬間には一条の雷となって放たれる。
 凄まじいスピードで飛来する雷槍は【レーヴァティン】の切っ先を伝い、コヨーテの手元が弾けた。

「ぐッ……!」

 危うく取り落としかけた【レーヴァティン】を握り直し、コヨーテは改めてアポクリファに向き直る。
 そうしている間にもアポクリファの四つの手はまるでピアノを弾くように忙しなく動いている。

「はぁっ!!」

 影から影へと飛び移る【飛影剣】の動きでアポクリファへ急接近したミリアは死角から双剣の一撃を繰り出す。
 ガィィィィン! と、凄まじい金属音が鳴り響き、ミリアの一撃はいつの間にかアポクリファの手元に現れた剣によって阻まれていた。
 その禍々しくも美しい魔力の輝きは魔剣のそれに等しい。

「何こいつ、詠唱なしで魔法使えるの!?」

「違うよミリア! こいつ、してる!」

「――指で印を結んでやがるんだ。独創性オリジナリティが強すぎて読めねぇが……不穏な動きをしていたら気を付けろ!」

 腕は四本、そして本体である魔神は本来の呪文詠唱による魔術の行使も可能だ。
 こうなっては数的有利は無いに等しい。
 火炎と雷撃が交互に繰り出される、悪夢のような連続攻撃が『月歌を紡ぐ者たち』を襲う。
 大雑把な破壊の嵐は冒険者を薙ぎ倒すにとどまらず、牢獄のあちこちを砕き、燃やし、吹き飛ばした。

「――とにかく接近しないと!」

 コヨーテとミリアは魔術による攻撃を捌きつつ、なおも不屈の闘志を燃やして接近を図る。
 再びアポクリファの右手が不気味に動き、何らかの魔術を起動した。
 両手から呼び出された幾本もの魔剣は無機質ながらも意志をもったような動きで二人に飛来する。

「アポカリプス!」

 コヨーテは『真紅のリボン』から【黙示録の剣】を取り出し、左手に構える。
 目には目を、歯には歯を、魔剣には魔剣が相応しい。
 撃ち出された魔剣をこれまた魔剣二刀流で弾いていく。

「行け、ミリア!」

 その隙をついてコヨーテの背後からミリアが飛び出していく。
 わずかな距離ではあるが、アポクリファの指が奏でる印も相当に速い。
 肩に漂う腕が一通りの印を結び終えた後、人差し指がまっすぐにミリアを指し示した。

『――ッ!!』

 と、同時にその指は根元から吹き飛んだ。
 行き場を失った魔力があらぬ方向へと弾け飛び、牢獄の天井に穴を開ける。
 指の動きが止まるその一瞬を後方から狙っていたチコの一矢が命中したのだ。

「はあああぁぁぁぁ!!」

 軽快なステップから繰り出される一撃と見紛う二撃、【湖面の一閃】がアポクリファの片腕を斬り飛ばした。
 指を欠いて動きが鈍った腕は、しかし血の一滴も出さずに壁にぶつかって瓦礫に埋もれていく。

「……義肢? まさか錬金術まで修めてやがんのか!?」

 本来の腕に加えてあれだけのパフォーマンスを成し得る代物をさらに二本も操るとなると、どれだけの技術を要するのか。
 その上この人数を相手取っても魔術の行使は一糸乱れない。
 魔神の一言では済ませられないほどの所業だった。

『む――?』

 しかし当の魔神アポクリファは少女の顔で眉を顰め、様子を確かめるように三本となった腕を動かしていた。

「ハッ、効果覿面てきめんって面だなァ?」

『……バリー』

「俺がこんな辛気臭ぇ牢獄に何度も足を運んだのはなァ、お前の力を封じ込める結界術式の準備するためだったんだよ。その様子じゃ全盛期の半分も出てねぇな? ざまぁ見やがれ」

『おのれ――!!』

「《立ち昇れ紅蓮の牆壁しょうへき、その威容で以って蹂躙せよ》――《隔てろ》!」

 激昂するアポクリファの火炎魔術を、バリーは【火炎の壁】でもって迎え撃つ。
 技量で完全に劣るバリーですら同系統の魔術で迎撃でき、あまつさえろくな被害も与えられない。
 それがさらに魔神の怒りの炎に油を注いだ。

『――――――!!!』

 叫ぶような呪文詠唱、輪をかけて高速化する十五本の指。
 力の大部分を封じられてなお生み出される破壊の嵐が、怒りによってさらに激化して放たれた。
 呪縛の爆炎が、雷撃の槍が、意志持つ魔剣が、狂気の音撃が、吸血の呪いが、怒涛のように襲い掛かってくる。
 これほどの物量はいかに神速のステップであっても、魔剣二刀流であっても捌ききれない。
 接近していたコヨーテとミリアはもちろん、後方のルナやバリーをすら巻き込んで放射状に吹き飛ばした。

 崩れかかっていた牢獄の壁を更に傷めつけたその衝撃は、ついに建物を半壊させた。
 束の間の静寂が流れる。

『――とどめです』

 カタカタカタカタカタ、と魔神の指が激しく動く。
 追撃の魔術が着々と準備されつつある。

「く、そ……!」

 しかしコヨーテは動けない。
 咄嗟に防御に回した両腕にはアポクリファが呼び出した異界の魔剣が深々と突き刺さり、滔々と血を流し続けている。
 反対側の壁に叩きつけられたミリアも脚をやられて立ち上がれない様子だった。

「コヨーテ! ミリア!」

 二人に近づこうと、後方で被害の少なかったルナが駆け寄るものの瓦礫に邪魔されて上手く走れない。
 そんな彼女は魔神にとって格好の獲物だったのだろう、残った義手がルナを指し示した。
 義手から放たれた呪縛の杭は、しかし叛逆の翼で大気を叩いて急接近したコヨーテに阻まれる。
 間髪入れずに放たれる火炎の魔術、呪縛の杭と火炎による火刑が彼を襲った。

「……ッ、レーヴァティン!」

 ボロボロの両腕で、それでも【レーヴァティン】の全火力をもって火炎の魔術に抗う。
 火炎魔術のエキスパートであるバリーならともかく、あくまで魔剣を扱うだけのコヨーテでは押し返せない。
 じわじわと熱がコヨーテを蝕んでいった。

「コヨーテ――ッ!」

 ルナの叫びが半壊した牢獄に木霊する。
 まるでその叫びに呼応するように、ルナの背後の空間がぐにゃりと歪んだ。

「え……?」

 一瞬後には歪みに大きなヒビが入り、ガラスが割れるような音と共に向こう側の空間から白い何かが現れた。
 白い身体に白いたてがみ、漆黒の蹄に天を衝く一本角が特徴的な白馬であった。
 かつてルナが病に倒れた際に現れた、聖獣ユニコーンである。

 ユニコーンはひと声大きく嘶くと、前足を持ち上げ、そのまま蹄音を響かせるように踏みしめた。
 同時にその一本角からは清らかな水が飛沫となって『月歌を紡ぐ者たち』に降り注ぐ。
 その飛沫は不思議なほど肉体に染み入り、瞬く間に傷を癒していく。

「まさかまた助けてもらう事になるとはな……」

 コヨーテもまた傷が癒えた腕で【レーヴァティン】を振るい、呪縛を打ち破った。
 彼がユニコーンと初めて相対した時もそうだったが、どうもこの飛沫は吸血鬼の弱点を潜り抜けて傷を癒すらしい。

 二度、三度と飛沫を散らすと、ユニコーンは役目を終えたとばかりに存在を薄くして消え去った。
 ルナは何が何だか分からずにぽかんとしているが、すぐに気を取り直して怪我人の治癒に走る。

「はああッ!!」

 一方で脚の傷が癒えたミリアは【海神の双剣】を閃かせてアポクリファ本来の腕を深く切り裂く。
 そちらに気を取られている内に、コヨーテも【レーヴァティン】でもって義手の指を四本飛ばした。

『おォ、のォ、れェェェ――!!』

 再び、魔神の激昂により魔力が渦を巻く。
 先ほどと同じ轍を踏むわけにはいかない『月歌を紡ぐ者たち』は、素早く退いて一ヵ所に固まった。

「ただ耐えるだけってのもつまらねぇよなァ? とっておきのを喰らわせてやるぜ!」

 バリーは【識者の杖】を掲げ、精神を集中する。

「《熱の暴威、みなぎり満ちる爆火ばくかの力よ》、《きの珠玉、焔の卵よ、焚焼ふんしょうの叫びを上げ、炸裂の羽化を遂げよ》」

 いつものように一節ではなく二節の呪文。
 とっておきと称するだけに、上級の魔術である事は間違いなかった。
 バリーの頭上に現れた拳大の火球が、詠唱の進みと共にぐんぐんと大きく成長してゆく。

 しかし、それをただ眺めているだけの魔神ではない。
 バリーよりも一瞬早く、破壊の嵐をもたらす印による術式が結ばれようとしていた。

「《たま散る黒の柱よ、仮初の闇より這い出でよ》――《射貫け!》」

 だが、バリーよりも魔神よりも一足早く
 アポクリファの背後に大きな魔方陣が展開され、中心に向かって吸い込まれるように消えていく。
 やがて一点に集約された魔力は魔神の影から飛び出て一本の大針へと変質し、アポクリファの肉体を背後から串刺しにした。

『がッ――!!』

 完全なる不意打ちにアポクリファの詠唱が、印を結ぶ指の動きが中断される。
 【影闇の針】と呼ばれるその魔術はチコが唯一習得した初級術式であるが、魔力の扱いがまだまだ大雑把ながらも放った矢が穿った地点を中心に発動するように、技術による補助を加えた必殺の術式だった。
 彼女は一日に一度しか撃てないそれを切り札としてずっと温存していた。
 つまり、ここが勝負の分かれ目となる。

「――《灼き焦がせ》!」

 続いてバリーの術式も結ばれる。
 巨大なトロールすらも飲み込むほどに成長した大火球が、悪夢のような速度で撃ち出される。
 直撃を喰らったアポクリファは身体を犬の後ろ脚のように折り曲げたまま、背後の壁に激突し、大火球はタイミングを見計らったかのように大爆発を起こした。

「ッ、うわあっ!」

 その衝撃は周囲を激しく薙ぎ、『月歌を紡ぐ者たち』すら暴風の余波を受けてよろめくほどだった。
 リューン『賢者の塔』が誇る最大火力の攻撃術式、【炎の玉】。
 爆炎でもって相手を焼き尽くす、至ってシンプルながら絶大な威力を秘めた上級魔術である。

 かつてバリーは相対した――とは言えないほどに一方的な蹂躙であったが――魔道士エイベルに心の底から恐怖し、その魔術の腕に死を覚悟するほどに追いつめられた。
 それはバリーにとってトラウマではない。
 魔術の力量差を見せつけられるように上から叩き潰されたプライドがただ悲鳴を上げていた。
 そんな記憶を塗りつぶすにも、過去の自分を乗り越えるためにも、火炎魔術のエキスパートを自負するバリーにとっては【炎の玉】の習得は必要不可欠であった。

『ば、か……な……定命の人間が……、我が肉体を滅ぼす……など……』

 バリーの放った魔術が、永劫の時を生きてきた魔神に致命傷を与えた。
 すでに右半身のほとんどは吹き飛び、唯一残った左の義手は真っ黒な炭と化している。
 もはやここまでのダメージを負ってまだ言葉を吐けるだけでも驚嘆に値する。

「……この結末が創造主おまえの書いた筋書きとだでも言うのか?」

 そんなわけがない。
 仮に魔神がまだ喋れたとしたら、そう言ったはずだ。

「オレたちの未来は『書かれて』などいない。仲間と共に選び取っていく未来の重さを、その想いの全てを、誰が書き尽くせる?」

『………………』

「お前の……負けだ!」

 もはや瞬きひとつすらできなくなった魔神は、虚ろな目を青空に向けたまま動かなくなった。
 異端書物の魔神アポクリファはその身体をボロボロに崩壊させ、風に吹かれて完全に消え去った。



「こっちに揚げじゃが三つ、リューン風ステーキ二人前、ポトフをお鍋でー!」

 はいはーい、と宿の娘アンナが忙しなく宿の中を走り回っている。
 その手のトレイに載せられた使用済みの皿の山はすべて『月歌を紡ぐ者たち』のテーブルから下げられるものだった。
 食べているのはほとんどチコで、他の連中は主に高い酒から狙って注文している有様だが。

「お前らほどほどにしてくんねぇかなァ……」

 先日の水精事件後の宴会でもそうだったが、仲間内の奢りだと割と容赦しないのが『月歌を紡ぐ者たち』であった。
 しかし先日と違うのは、その時は抑え役に回っていたコヨーテが今回ばかりは我関せずという風に黙り込んでしまっている点だった。
 静かにリューン風ステーキを口に運び、お高めの酒をちびちびっている。

「財布が底を尽きそォなんだが」

「……死ぬほど奢る約束だろ」 

「比喩じゃねぇのかそれ!?」

 ぐわーっ! と悲鳴を上げるバリーであるが、それでも注文は止まらない。
 しかしメニューの端から全部制覇しそうな勢いなチコは今回の迷宮探索において最大の功労者だ。
 止めるに止められない。

「大体、書痴が高じて窃盗まがいの行為を、あまつさえオレを巻き込むところから気に入らなかったんだ」

「うぐ……」

「それに魔神を相手取るのにたった一人で準備するなんて危険すぎる。いつも無茶するなとか言ってくるくせに、自分で出来なきゃ説得力ないぞ」

「うぐぐ……」

「反省しろ」
 
 こうして終末の空色教団をめぐる事件は幕を閉じた。
 教団の真実を解明し、魔神を滅ぼした事で治安隊から『月歌を紡ぐ者たち』に少なからぬ賞金が出たが、バリーが何回にも分けて牢獄に敷いてきた魔神封じの儀式とその触媒の代金、そしてその夜『大いなる日輪亭』で開かれた飲めや歌えやの大宴会の支払いを除くと、たいして残りはしなかった。

「親父さーん! ミートパイ追加ー!」

「まだ食うのかよお前ぇぇぇ!!」

 バリーは本気で銀貨が尽きる覚悟をしつつ、二度とコヨーテを怒らすまいと心に誓った。
 後にバリーはこう語る。
 『怒れる魔神より目の前でキレかかっているコヨーテのほうが怖かった』、と。



【あとがき】
今回のシナリオは吹雪さんの「迷宮のアポクリファ」です。
怪しげな新興宗教の裏に潜む巨大な陰謀に立ち向かう、迷宮の探索あり大物とのバトルありで大満足の中編シナリオです。
全ては参謀の知識欲から始まり、それを心配しつつあれこれと走り回るリーダーという関係性が非常にストライクでありました。

コヨーテが真なる魔剣、ミリアも神剣を得たため、これまで以上の大物と戦わせてみたい。
そういう欲から今回のシナリオを選んだと言っても過言ではなく、しかし誰のためかと問われるとやっぱりバリーとチコのためだったかな、と思います。
ひっそりユニコーンも再登場していますが、彼についてもまた追々。

今回、何を置いてもまずはチコでしょう。
レベル3の時点で彼女の弓の腕前はほとんど完成しており、これ以上の『何か』を求めるには別の手段を選ぶ必要がありました。
段々と通常の得物だけでは易々と無効化してくるようなエネミーも増えてきて、ただ生きるためでなく、強さを得るためにチコはその『何か』を探す事になるのです。
決定的となったのは五月祭の日、ロスウェル弓術大会においてであったスロットさんとの会話ですね。
こうして彼女の勉強が始まるわけですが、バリーとまったく同じ道を歩むのでは意味がないため、こっそりとレギウスやクロエに協力を仰ぎつつ、彼女自身の道を歩む事になったのでした。
これからは直観と閃きのチコ、膨大なる知識のバリーという立ち位置で進んでいくかもしれませんね。

そしてバリー!
『大いなる日輪亭』では初のレベル7技能を習得しました。
作中でもありますが、やはり彼は火炎魔術のエキスパートらしく、そして過去の記憶を塗り替えるためにもこのスキルでなくてはなりませんでした。
早逝した彼の父オスカーの全盛期と比べても勝るとも劣らず、バリーもまた一流の魔術師として一歩を踏み出したのです。
所持スキルの半分が炎による攻撃+敵全体という被りっぷりですが、わたしは気にしません!


☆今回の功労者☆
チコ。お前の才能はまだまだつぼみなんだから無限の可能性を求めて征くのだ!


購入:
【影闇の針】-1000sp(四色の魔法陣)
【炎の玉】-1800sp(交易都市リューン)

報酬:
治安隊の依頼:600sp
危険手当:200sp
魔神討伐の賞金(諸経費を除く):100sp

戦利品:
【創作ノート】→チコのバックパック(笑)
【Beginng】

LEVEL UP
バリー、ミリア→6

銀貨袋の中身→4217sp


≪著作権情報≫
今回プレイしたシナリオ
『迷宮のアポクリファ』(吹雪様)

今回使用させて頂いたキャラクター
『バルムス』(出典:『正義の精霊』 作者:アレン様)
『カンタペルメ』(出典:『劇団カンタペルメ』 作者:柚子様)
『エイベル』(出典:『盲目の道筋』 作者:takazo様)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基に周摩が製作したリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。
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