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『ガラス瓶の向こう』(2/3) 

「ぼうけんしゃ? どうした?」

「お聞きしたい事がありまして」

 ルナはひとまず戻らない記憶を取り戻すところから始めた。
 十中八九、この空白の箇所に何かが起こって今に繋がっている。
 アラクネと戦った墓場での出来事は、きっとこの獣人の墓守が知っているはずだ。

「おれ、おまえ、すき。きいて。こたえる」

「私が怪我をした後、もう一人の冒険者は何処へ行ったかご存知ですか?」

「ん。きょうかい、いく。ぼうけんしゃ、いってた」

 教会。
 ただの怪我であるならば、薬師でも癒し手でも探せばいいだろう。
 特にコヨーテは半吸血鬼であり、教会に足を踏み入れただけでもその雰囲気のみで体調を崩しかねないのだ。
 ルナが聖北所属のシスターである事を差し引いても、わざわざ教会を頼った事実がルナの意識を乱す。

(確かめる必要がありますね)

 墓守に礼を言って、ルナは教会を目指した。
 アンレインの聖北教会は美しいと言うよりも豪奢である。
 潤沢な資金をつぎ込まれたそれは、まるで王族の屋敷のようだ。

 絢爛豪華――それは、らしくない。

「教会というのはもっと荘厳な美しさであるべきではないでしょうか……」

 気分のいいものではないですね、と独りごちてルナは教会へ足を踏み入れる。
 内装もこれまた豪奢の一言に尽きた。
 コヨーテではないが軽く眩暈がするほどに。

「どうかされましたか? ……おや、これは冒険者さん」

 顔を上げてみると、整った顔立ちのシスターがこちらを窺っていた。
 労わるような言葉ではあったが、その実、シスターはまるで作り物のように無表情だった。
 それも、教会という場においてはらしくない。

 しかし、ルナが違和感を覚えたのはそれだけではなかった。
 ルナの記憶の中ではこの教会に足を踏み入れた事も、このシスターに会った事もない。
 訝しがっていると、シスターは「ふむ」と顎に手を当てて、

「その様子では記憶が戻りつつあるのでしょうか」

「……やはり、あなたは何かを知っているのですね」

「やれやれ、そんな怖い顔をなさらないで。――お話しますよ。全て、ね」

 含みを持たせたような言葉だった。
 嘲笑うような感覚はない、むしろ哀れんでいるような、そんな感覚。
 無感情な表情と声だったが、その言動の端々で表情を作っているようにも見える。

「――確かにあなたとあの方は教会にいらっしゃいました。

「ただの怪我で、ですか?」

「いいえ。思い出せないのですか?」

 シスターは静かに右手を挙げ、天を指した。
 つられて、ルナも天井を見上げる形になる。

(あ……)

 この天井は、見覚えがあった。
 いや、という不思議な感覚ではあるが、確かに記憶している。
 記憶の奔流を感じ、ルナは待ちかねたとばかりに記憶を手繰り寄せた。


「――何とかなりましたね」

 通り雨のような音が連続している。
 それはアラクネが黒狼に腹を食い破られ、盛大にどす黒い血を撒き散らしている音だ。

 ルナは緊張の糸が切れてしまい、その場に座り込んでいた。
 血の雨を避けるようにアラクネの傍を離れたコヨーテは、【レーヴァティン】を霧にして『真紅のリボン』へと仕舞い込む。

「……感じるか? 恐ろしい魔力だ」

「ええ、死してなおこんな魔力を帯びているなんて――」

「――ッ! ルナッ!!」

 名を呼ばれて、ルナは反射的にコヨーテのほうを向いた。
 しかし次の瞬間には視界が勢いよく揺れ、頭に衝撃が走ったと思うと糸が切れたように真っ暗になる。

「――ええ。あなたの見立て通り、その方は呪われています」

 気がついた時には薄ぼんやりした視界の向こうに複雑な構造の天井が見えた。
 耳に入ってくるのはやたらと遠くから聞こえてくるような、コヨーテと女性の会話だけだ。

「多量の出血と強い負の魔力に侵されて、このままでは今夜が峠でしょうね。アラクネの怨念とは恐ろしいものです」

 苦しい。
 呼吸するのが億劫で仕方がないのに、止めようとすると死んでしまう。
 だというのに深く息を吸おうとしてもできない、その原因を突き止められるほど頭が回らない。

「この呪いでは治る傷も治りません。ここに来たのは賢明でしたね」

「解呪できるんだな?」

「もちろんです。ですが……お代は頂きますよ。ざっと、これくらい」

 コヨーテは言葉を詰まらせた。
 具体的にその女性がどのくらいの金額を要求したのか、ルナには分からない。
 だが、相当の無理難題だという事はなんとなく理解できた。

「払えないというのでしたら――そうですね、頼みたい仕事があります。どうぞ、こちらへ」

 靴の音が遠のいていく。
 一瞬の間の後、ルナの手に誰かの手が重なった。
 『誰かの手』じゃない、これは『コヨーテの手』だ。

「必ず、助ける……待っていてくれ」

 こちらを覗き込んだコヨーテの表情は、まるで彼も大怪我をしたように辛そうで苦しそうで。
 とても危うかった。
 コヨーテの手が離れ、再び足音が遠のいていく。

 静まり返った中でルナは目を閉じ、深く暗い意識の底へと転がり落ちていった。


「――あなたが!!」

 思わず、ルナはシスターへと掴みかかっていた。
 詰め寄られたにも関わらず、シスターはまたしても無感情な視線で返すだけだ。

「ああ、やっぱり。せっかく記憶を封じたというのに、こうもあっさり思い出されてしまうとは。あなたのパートナーもきっと嘆くでしょうね。記憶の処理はあの方の望みだったのですよ?」

「コヨーテに何をしたのか、答えなさい!」

「ああ、怖い怖い。落ち着いてください。あなたのためだったんですよ?」

「……、」

「こちらとしても解呪の報酬を貰わなければなりません。あなたに施された呪いは並大抵の力では到底太刀打ちできない物でした。ですので――」

 シスターは諸手を挙げた。

「費用は銀貨にして一〇〇万枚を提示しました」

「んなっ……!?」

 開いた口が塞がらない。
 一介の冒険者が用意できる金額ではない。
 よほどの富豪でもこの金額は支払えないか、あるいは出し惜しみするだろう。

「どうしてそんなに驚くのです? アラクネの魔力は相当なものでした。死に際の怨念も含めた強力な呪いです、正当な報酬だと思いますが」

「それが……」

 驚いたのは、何も額面だけにではない。
 ルナも彼女と同じく聖北教会のシスターであり、同じ教えを受けてきたはずなのだ。
 呪いに苦しむ人間を前にしておきながら個人では到底支払えないような額を対価として提示し、交換条件を突きつける。
 そんなのは、教会のあり方では断じてない。

「それが聖職者の言葉ですかっ!」

「ええ」

 シスターは一切の躊躇もなく、そう言い切った。
 ここまで無感情にものを言う人間を、ルナは知らない。
 恐怖すら感じられる。

「この街は、いえ――世の中はお金で回っているのです。あなたも私も、きっと神だってね」

「なんて事を……!」

「あなたがどう思おうと、あなたがそのお金によって助けられた事実は変えられない。もっとも、今回は仕事の報酬としてであって直接頂いたわけではありませんが。それに、冒険者ならばそういうのも日常茶飯事なのでしょう?」

「一体、何を……コヨーテに、何をさせたんですか……?」

「目には目を。歯には歯を。解呪には解呪を――あの方には、我々では手に余るものを対処して頂きました」

「それは――」

「お答えできかねます。……それが、あの方との契約ですから」

「え?」

「さあ、お引取りください。これ以上は自警団を呼びますよ」

 これ以上話す事などないとばかりにシスターは背を向けた。
 まだ情報が出揃っていないのだが、言葉通りに自警団を呼ばれてしまっては面倒だ。
 成す術を失ったルナは、半ば追い出される形で外に出た。

 教会から離れ、路地を歩くルナの足取りは重かった。

「私を助けるために、一体何を請け負ったんですか……」

 銀貨一〇〇万枚の仕事なんて、それこそヒト一人の命で賄えるものではない。
 そう断言できるほどに現実離れした額だ。

 もしかしたら、もう手遅れなのかもしれない。
 真相を暴いてもどうしようもないものかもしれない。

「でも――」

 そんなネガティヴな考えは捨てろ。
 無理だから何だというのだ。
 無駄だから何だというのだ。

 ルナ一人の命のためにコヨーテは得体の知れない何かを請け負った。
 それを思えば砂粒よりも小さい可能性を求めて命を張るくらい、ルナにだってできるはずだ。
 恩だとか義理だとか、そんな次元の話では断じてない。

(好きな人が苦しんでいるのに……ここで動けないようなら、私には他人を愛する資格なんてありません)

 自分の両手で、思い切り頬を叩いた。
 さっきまでのうじうじとした考えを痛みで追い出したのだ。

「……まずは、コヨーテが請け負った仕事の内容を明らかにする必要があります」

 まるで導かれるように、ルナは歩みを速めた。
 目的地はすでに決まっている。

 コヨーテは『霧断ちの門』でルナに一人で帰れと言った。
 どうして一人で、なのか。
 答えは簡単、請け負った仕事がまだ終わっていないからだ。

 傷と呪いがこうして跡形もない以上、教会側は先払いというリスクを背負っている。
 銀貨一〇〇万枚の仕事なんて、ルナが目覚めたのであれば仕事を放棄して逃げても不思議じゃない。
 であればコヨーテがああして街の出入り口である『霧断ちの門』に近づく事すらも警戒してしかるべきだ。
 霧で馬車が動かないだろう、というのはいくらなんでも楽観的すぎる。

(つまり、導き出される答えは――)

 教会はコヨーテに対して何らかの『鎖』を仕込んでいる。
 仕事が終わるまでか、はたまたその命が尽きるまでかは分からない。
 しかし、『鎖』が存在するという事は数少ない手がかりだ。

(どちらにせよ、私にはこれしか残っていないのですけどね)

 ルナが向かった先は借りた宿の一室だった。
 その部屋には、ついさっき襲われた時と同じようにベッドに横になるコヨーテの姿がある。
 トラウマのように記憶が蘇り、少しだけ躊躇したものの、ルナは意を決して彼に近づいた。

 呼びかけても返事がなく、どうやら今度は深く寝入っているらしい。
 追求したところで答えるはずもなく、不謹慎ではあるものの眠っていてくれて助かった。
 彼の額には汗が浮かんでいて、呼吸も荒い。
 濡れて張り付いた前髪をそっとかき分ける。

「必ず、助けます……だから、待っていてください」

 コヨーテの手を握ると、わずかに握り返す反応があった。
 まるでその決意を受け取ってくれたような気がして、ルナの視界が滲む。

「――あれ?」

 ふと、微かに嗅ぎなれたにおいがする事に気がついた。

「アルコール?」

 それは確かにコヨーテの呼気に乗って漂っている。
 酒を飲んだ、という事か。

「――っ、ありえない!」

 少なくとも首を絞められた時には酒のにおいはしなかった。 
 であればルナと分かれた後で飲んだとしか考えられない。
 だが、いくらコヨーテでも真昼間から酒を飲んで寝てしまうような堕落はしないはずだ。

 おそらく、彼はそうせざるを得ない状況にあったのだろう。

「あった……!」

 部屋の中を調べ回り、ようやくソファの下にそれを見つけた。
 美しい細工の施されたガラス瓶だ。
 栓を抜いてみれば、やはり件のアルコールのにおいがする。

「私の前では飲みませんでしたから、まさか……これが」

 ルナが酒好きだという事は、ちょっと付き合いが長ければ誰だって知っている事だ。
 こんなあからさまに高級そうな瓶に詰められた酒をその辺に放置していては、――ルナにとっては恥ずかしい事だが――間違いなく追求する。
 わざわざソファの下に隠していたのだから、その用心深さは並大抵のものではない。
 十中八九、これがコヨーテの請け負った仕事に関わるものであるのは間違いなかった。

「……これ、少しだけお借りしますね」

 今のコヨーテにしてあげられる事は何もない。
 ルナはガラス瓶を手に部屋を出る。
 目的地は決まっている。
 この瓶に詰まっていたものが酒だとしたら、本職に訊ねるのが一番手っ取り早い。



「こ、こいつは……」

 酒屋の主人に件のガラス瓶を見せたところ、明らかに知っている反応を見せた。
 出かける前に店主にも瓶について訊ねてみたが、仮にも宿屋の主がまるで初見のような反応をしていた。
 それはつまりこの酒、ひいてはこの酒瓶が一般流通するような代物ではない可能性が高い。
 予想が的中した事にルナは内心歓喜する。

「知っているお酒ですか?」

「……、じい様に聞いた話だ」

 酒屋の主人は俄かに声を潜めた。

「アンレインには今も昔も金が集まる。時が違えど自分の保身の事しか考えないのが金持ちってもんだ」

 ルナの脳裏にはアラクネ退治を依頼した夫婦の姿が思い浮かんだ。
 旦那さんはともかく、奥さんのほうは資産家を絵に描いたような典型的なタイプだった。

「じい様が店を出していた時代、アンレインの富を一身に受けていたのは占い師でもある一人の魔術師だった。そいつは甲斐甲斐しくアンレインの住民の役に立っていたが実は裏の顔があった……そいつはな、快楽殺人鬼だったのさ。殺しの方法はいたってシンプル――」

 酒屋の主人は両手で円を作って、

「――首を手で絞めるんだ」

「っ……!」

 ぞくりとした悪寒が首元をなぞる。

「しかしなかなか魔術師は捕まらなかった。そりゃそうだ、まさか魔術師が絞殺なんて野蛮な行為をするはずがないと思われていた。しかもアンレインの金持ち連中は魔術師の占いに首っ丈……迷宮入りしてもおかしくない事件だったさ」

「……でも、そうはならなかった?」

「周囲が殺人鬼の正体に気づく頃には、そいつは逃げちまってたんだ。

 やけに抽象的な言葉で話を締めくくった酒屋の主人に対し、ルナは首を傾げる。

「……それと、この瓶に何の関係が?」

「その瓶はなぁ、そっくりなんだよ」

「何と?」

「魔術師が逃げ込んだ、ガラス瓶に」

「……はい?」

「奴は自分の魔術の知識を総動員して液体に自分自身を溶け込ませた。そして俺のじい様はその酒を売った張本人……言われたらしいぞ、『いい酒をありがとう。しばらくは満足できそうだ』ってな」

 独り言のように「命拾い、したんだろうな」と呟いて、酒屋の主人は煙草をふかした。

「で、その瓶は発見されるや否や破壊されるはずだったんだが、そこは魔術師抜かりはなかった。しっかりと破壊されないように魔術で防御されてたらしい」

「……そのお酒を飲んでしまったらどうなるのでしょう?」

「さあ? 大方、新しい住処にでもされちまうんじゃねぇか……って、まさかあんた飲んじまったのか?」

「連れが、もしかしたら」

「あれは教会に納めたとか何とかだった気がするが、まあ、それどころじゃないな。本物だったら一大事だ」

 酒屋の主人はそう言うと、何やら住所の書かれたメモをルナに渡した。

「そこには魔術師が住んでいる。気難しい奴だが、相談に乗ってくれるかもしれない」

「ありがとうございます、助かります」

「いや、一応は俺にも関わりある事だしな。無事を祈ってるよ」

 酒屋の扉を後ろ手で閉め、ルナは深くため息をついた。
 話は繋がってきているが予想以上に複雑になってきている。

「ともかく教えられた場所に向かってみましょう。きっと、時間もあまり残っていません……」

 自然と早足になるものの、それでも頭だけは冷静になるよう努めた。
 しかし焦ってばかりもいられない。
 メモに記されていた場所へと向かう内に、だんだんとアンダーグラウンドな場所に踏み込んでいる状況で冷静さを失ってしまえば手がかりどころか下手したら命さえ失いかねないのだから。

「う……、」

 その通りに入って最初に気づいた事は、異臭であった。
 天蓋の街アンレインでここまで強烈な臭いを感じた事はない。

(ゴミが散乱している?)

 有機物の腐る酸っぱい臭いに顔をしかめながら目的の魔術師を探す。
 貰ったメモには大雑把な位置しか書かれていないため、ここからは足で探す必要がある。
 しかし、

「……あー、ろくなモンないな……ちくしょー」

 それらしい人物は今まさにそのゴミを漁っているところだった。
 無造作に伸ばした赤い髪が特徴的な女性であるが、薄汚れた格好がやたらと目に付く。
 とはいえ他に人影は見当たらず、意を決したルナは咳払いして、

「……失礼」

「はぁ? あんた誰?」

「表通りの酒屋のご主人に、この辺りに魔術師の方がお住まいと聞いて来た者ですが……」

 赤髪の女性はあからさまに面倒事が向かってきたと言わんばかりのため息をつくと、

「で、この超絶美貌の持ち主かつ超優秀魔術師の私に何かあるわけ?」

「精神に作用する魔法の相談を」

「はぁー? そんなだっさい事させるつもりなの?」

「……、」

「はぁー、精神の魔法とかほんとだっさ。まぁーでもしゃーないか。酒屋のおっさんの紹介じゃねぇ」

 ぼりぼりと頭を掻いて、魔術師は不意に手を出した。

「で、報酬は持ってきてるんでしょうね?」

「……いくら必要なのですか?」

「はぁー? 金なわけないじゃん。あんたほんとに酒屋のおっさんからの紹介なわけ?」

「ええ!?」

「む、怪しい。騙ってんじゃないでしょうねあんた」

「いえ、そんな事は……ただ力を貸してくれるかもしれないと言われて――」

「とにかく。本気で頼む気があるならさ、さっさと報酬持ってきてよね。分からないなら酒屋のおっさんに聞いて来てよ。そうすりゃ信じてあげるし」

「……分かりましたよっ!」

 語気が荒くなるのも厭わずに、ルナは踵を返した。
 確かに突然現れて協力しろと言われたら報酬のひとつでも要求するのは自然だし、その身の証を立てさせるのも良識の範囲内だろう。
 しかし、時間がない焦りがルナを苛立たせている。
 足早だった往路と違い、今度は駆け足での復路だった。

「え? 報酬? あ……、すっかり忘れてた。あいつは先払いだったか。……しかし、大丈夫か?」

 ルナはこくこくと頷く。
 さすがに息が切れてしまったルナは必要最低限の単語しか言葉に出せなかったが、何とか伝わったようだ。
 今はとにかく呼吸を整える事に集中したかった。

「あいつへの報酬はいつも酒だよ。酩酊してると上手くいくらしい……ええっと、いつもの酒は何だったかな」

 そう独りごちながら、酒屋の主人は棚から幾つかの酒瓶をカウンターに置いた。
 どうにもうろ覚えらしく、首を傾げながら手に取っている様子であり、とても信用ならない。
 ここで間違えてしまえばまた大幅な時間をロスする羽目になる。
 ルナとしては絶対に間違えたくない選択だ。

「確か、アルコール度数は高いほうが好みだったような」

「………………」

 おそらく、その情報は本物なのだろう。
 いつもの報酬が酒だとしたら相当な酒好きかつ酒豪、という事になると予想できるからだ。

 その言葉をヒントにカウンターの上の酒瓶、そして念のために棚のラベルを全て見回す。
 どうやら酒屋の主人の記憶はそう間違っていなかったのかもしれない。
 カウンターに置かれた深緑色の液体が目を引く酒瓶を手に取る。

「お、そいつにするかい。まいど!」

 提示された金額を支払い、ルナは酒瓶を握って店を出た。
 普段は敬虔なシスターさんを装っているルナはこう見えてもアルコールには強いほうである。
 アンレインに流通する酒の種類もこの街に訪れる前にリサーチ済みだ。
 その中でも突出して高いアルコール度数を誇るのがこの【深緑の酒】だった。

「そうそう、これこれ! うひゃー、今日もいい夢みれそ!」

 酒瓶を差し出した瞬間、魔術師はひったくるようにそれを受け取った。
 まるで我が子のように抱きしめ、口付けまでする始末である。
 再びの全力疾走で呼吸が荒く、おまけに臭いのせいもあってちょっと戻しそうなルナにはツッコむ気力すらない。

「で? 精神系の魔法だっけ、どんなのを貰っちゃったわけ?」

 なんとか呼吸を整えたルナが説明すると、魔術師は「うへー」と顔を歪めた。

「そいつはお気の毒。内部からじわじわ変化させられてんだよ、それ」

「対処方法は?」

「相手が『中』に居る以上、こっちも『中』に乗り込むしかなくね?」

「……中に?」

 ルナは『魔術的に可能なのか』と聞いたつもりだったが、魔術師はそうは受け取らなかったようだ。
 少しだけむっとした様子で、自信満々に胸を張った。

「あたしは空前絶後の大魔術師よ? このくらいちょちょいのちょい」

 そう言って、魔術師は報酬の酒瓶の栓を抜いて直接口をつけて中身をがぶ飲みする。
 相当の酒好きだとは予想していたが、まさかストレートでいくとは思わなかった。

「はははー、実は私の専門も精神系なのよ。だっさいでしょー? 結構教会からも目ぇつけられちゃってさ。ま、とりあえずこれ持ってきなよ」

 魔術師が手渡してきたのは美しい輝きを放つ宝石だった。

「夢っつーのはとっても隙の多いモンだから、その『中』に居る奴も夢を悪用してると思うんだよね。それは対象の夢に入り込む魔具アーティファクトよん」

 ルナにとっては宝石の形をした魔具というのは何度も見てきたものだ。
 今更驚きはしないが、それでも魔術師の付け加えた「夢魔ごっことか出来るかと思って作ったモンだけどね」という言葉にはさすがに胡散臭いと感じずにはいられなかった。

「そいつを使ってお連れさんの夢に入り込みな。きっとそこに奴がいるよ」

「あ、ありがとうござ――」

「――ただし。気をつけないと、あんたもお連れさんも魔術師に取り込まれかねないからね?」

「……はい」

「ま、せいぜいがんばんな」

 役目は終えたとばかりに、魔術師は酒瓶を呷りながら去っていった。
 その背が見えなくなってから、ルナは宝石の魔具を握り締めて小さくため息をつく。

「……これで、ようやく突破口が開けましたね」

 だからといって無計画に突入するほど馬鹿ではない。
 相手が用心深く狡猾な魔術師の典型と分かった以上、準備を怠っては二人とも助からないだろう。

 そしてコヨーテはもう動けないほどに消耗している可能性が高い。
 であれば攻撃手段のないルナが向かったところで何の役にも立たずじまいだ。

「――対策を講じなければ」

 限られた時間の中で、ルナは『戦う術』を探して街に繰り出していく。


To Be Continued...  Next→
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周摩

Author:周摩
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